説明

電極材料の貴金属成分抽出方法

【課題】 処理する過程で副次的な有害物質を発生させることなく、貴金属を含む電極材料から貴金属を効率的に回収する。
【解決手段】 フッ素系樹脂に貴金属粒子、貴金属を含有する粒子、または貴金属系触媒を分散させた部材を含む電極材料から貴金属成分を抽出する方法において、当該電極材料を1リットル当たり0.05モル以上、7.0モル未満の濃度範囲でハロゲン成分が溶解している溶液に浸した上で、当該溶液にオゾンを溶解し、かつ超音波振動を与える。このハロゲン成分には、ハロゲンイオン、ハロゲン酸イオンの少なくとも一方が含まれることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料電池から回収した電極材料に触媒として含まれている白金などの貴金属を、副次的な有害物質を発生することなく効率的に回収することが可能な使用済み電極材料の貴金属成分抽出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
燃料電池は、クリーンなエネルギー源として現在注目されているが、その中でも固体高分子型燃料電池は、それが備える小型化可能性や携帯性などによって将来に向けて需要拡大の期待が高く、現在最も開発が進んでいるものである。この固体高分子型燃料電池は、電極材料にMEA(Membrane Electrode Assembly)と略称される電極周辺部材を一体化したものを採用しており、耐久性やコストの面で課題を残しているが、これらの課題が解決すれば大規模普及の可能性が高いと言われている。
【0003】
また、固体高分子型燃料電池の開発おいて、さらに解決すべき重大な課題としては、電極材料に使用される貴金属触媒量が多いことが挙げられる。即ち、コスト的な見知あるいは貴金属資源量の限界等から判断すると、このことが今後固体高分子型燃料電池を広く普及させる上で、大きな障害となることが懸念されており、さらに固体高分子型燃料電池の将来的な開発の行方をも大きく左右すると予想される。そのため、目下貴金属を使用することなく貴金属触媒と同程度の性能を発揮する手段を開発しようとする試みが盛んに行われているが、今のところ、例えば十分な再現性を持つ非貴金属触媒の開発等具体的な解決策は紹介されていない。
【0004】
ところで、固体高分子型燃料電池は、パーフルオロスルホン酸などのフッ素系高分子からなる電解質膜の一方の面にアノードが、他方の面にカソードが接合された基本構造を有している。これらアノードとカソードは、撥水材を混合したフッ素系高分子中に白金などの貴金属系触媒を分散して混合したものである。また、アノードとカソードの外側には、カーボンペーパーやカーボンクロス等のガス拡散層を介して、それぞれ燃料及び酸化剤の流路基板が配置してある。
【0005】
世界的に金属資源のリサイクル利用が進む中、使用済みの固体高分子型燃料電池の電極材料から貴金属を効率良く回収する技術の開発が検討されている。しかしながら、現状の固体高分子型燃料電池では、前述したように、その電極材料を構成する電解質膜やアノード及びカソードなどの部材の多くがフッ素系高分子のマトリックスで構成されており、電極材料の特定部分については安定した撥水性を持つよう設計されている等、使用済み燃料電池の電極材料から触媒として含まれている貴金属を有益に回収できるようにするためには、障害となる多くの問題がある。
【0006】
例えば、特許文献1、2には、乾式の回収方法として、貴金属系触媒を含む電極材料を炉で燃焼処理して貴金属成分を含む残渣を回収し、その残渣を各種手法でさらに処理することで貴金属を取り出す方法が記載されている。しかし、このような処理を行うと、電極材料のマトリックスがフッ素系高分子であるために、燃焼処理時に有害なフッ化水素ガスが発生することが避けられない。
【0007】
また、発生するフッ化水素ガス量を抑制する工夫も試みられているが、フッ化水素ガスの発生を完全に無くすことは事実上困難であるため、ガス処理設備が必要となったり、焼成炉が長期使用に耐えられない等の問題が生じる。
【0008】
一方、湿式の回収方法では、貴金属回収方法として広く採用されている王水溶解法等を適用することが考えられるが、前述したように、電極材料には撥水性を保持するよう設計された部材が含まれて構成されているため、湿式処理を行う回収方法を採用した場合には、この部材の撥水性によって電極材料に王水等の処理液が浸透することが妨げられてしまい、効率的に貴金属回収を行うことが困難となる。
【0009】
即ち、特許文献3の実施例に記載されているように、処理対象としている電解質膜が単に触媒で被覆されているような構造である場合には、湿式の処理方法を適用すれば容易に処理液を電極材料に浸透させることが可能である。しかし、多くの固体高分子型燃料電池に使用されている触媒電極材料は、撥水材を混合したフッ素系高分子マトリックス材質で構成されており、また貴金属系触媒はそのマトリックス中に分散しているため、電極材料を王水等の処理液に単に浸したり接触させたりして貴金属触媒を浸出しようとしても、処理液が電極材料中に殆ど浸透しないので貴金属と処理液との接触効率が上がらず、従って貴金属回収率は極めて低い。
【0010】
しかも、電極材料のマトリックス材質については、強度特性や耐熱性などの点から、フッ素系高分子が最も定評ある素材として世界的に定着しつつある上に、フッ素系高分子以外の有機系材質については、今のところ実用化の見通しが立っていない状況にある。このような燃料電池の電極材料に対して、一定の湿式処理条件で処理することによって貴金属を効率良く回収する方法は知られていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特許第2684171号公報
【特許文献2】特開昭60−3864号公報
【特許文献3】特表2008−527628号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、上記した従来の事情に鑑みてなされたものであり、貴金属を含む電極材料から貴金属を回収する過程において、副次的な有害物質を発生させることなく、貴金属を有効かつ効率的に回収することが可能な、使用済み電極材料の貴金属成分を抽出する方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは鋭意検討を重ねた結果、フッ素系樹脂に貴金属粒子、貴金属を含有する粒子、または貴金属系触媒を分散させた部材を含む電極材料を処理して貴金属成分を抽出する方法において、当該電極材料を1リットル当たり0.05モル以上、7.0モル未満の濃度範囲内でハロゲン成分が溶解している溶液に浸した上で、当該溶液に対してオゾンを溶解し、かつ超音波振動を与えることにより、上記課題を解決することができることを見出した。
【0014】
また、当該溶液におけるハロゲン成分には、ハロゲンイオンおよびハロゲン酸イオンの片方もしくは両方が含まれること、当該溶液に対してオゾンを溶解させかつ超音波振動を与える際の溶液温度を20℃〜60℃の範囲内にすること、当該溶液に対しオゾンを溶解させる際のオゾンガス濃度を60g/Nm〜230g/Nmの範囲とすること、当該超音波の周波数を10kHz〜60kHzの範囲内とすることのうちの少なくとも一つ以上の条件を加えることが、さらに望ましいことも見出した。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、貴金属を含む電極材料を処理する過程で副次的な有害物質を発生させることなく貴金属を効率的に回収することができる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明で処理する対象の電極材料は、使用後の固体高分子型燃料電池から取り出されたものであるが、その形態の如何は特に問わない。例えば、触媒層とガス拡散層や電解質膜とを分離させる前の形態であっても構わない。
【0017】
本発明においては、取り出した触媒層を含む使用済み電極材料を、ハロゲン成分を溶解させた処理液に浸した状態で、その処理液に任意の形態でオゾンを添加し溶解させ、さらに超音波振動を与える。
【0018】
この時、水中に溶解した状態で存在するオゾン分子の一部が、超音波の持つエネルギーによって励起され、ヒドロキシラジカルを含む活性ラジカル種に転換する。この活性ラジカル種が、電極材料中に分散している貴金属成分粒子の酸化を促進し、酸化された貴金属は、溶液中に存在する周りのハロゲン成分のイオンと結合し、水中で安定な錯結合性イオンを形成する。
【0019】
なお、ここで生じる現象は、王水等の処理液に単に浸したり接触させたりした場合に起こる酸化溶解とは異なる。即ち、上記超音波振動を与えることによって、上記ハロゲン成分のイオンおよび活性ラジカル種を、強制的に外部から電極材料内部に拡散・移動させることができ、電極材料マトリックス内に分散して存在する貴金属成分粒子は、より溶解しやすくなる。
【0020】
また、それに加えて、貴金属成分の溶解が起こった後に、この溶解した貴金属成分は、超音波振動の副次的な作用を受けてマトリックスの外部に容易に拡散して移動することができるようになる。以上のことから、本発明によれば、貴金属成分の浸出速度を速め、効率良く貴金属成分のみを抽出することが可能となる。
【0021】
本発明における貴金属成分には白金やパラジウムが含まれる。また、本発明におけるハロゲンイオンには、塩素イオン、ヨウ素イオン、臭素イオンが含まれ、ハロゲン酸イオンには、塩素酸イオン、ヨウ素酸イオン、臭素酸イオンが含まれる。
【0022】
本発明における処理条件として、電極材料を浸す溶液の温度については、貴金属の溶解性を高める上で室温付近よりもやや高めの温度である20℃〜60℃の範囲内が望ましい。また、当該溶液の温度が20℃未満だと顕著な効果が得られず、60℃を超えると溶解オゾンの自己分解性が高まり、貴金属成分近傍に溶解オゾンが到達する前に酸素へ分解してしまう量が増えるため、溶液の温度を上記範囲外にすることは望ましくない。
【0023】
また、本発明は、上記したように溶液に超音波振動を与えることで、オゾンのラジカル転換作用を進めると同時に、ハロゲン成分のイオンおよび活性ラジカル種を電極材料内部に拡散・移動させ、かつ溶解した貴金属成分を拡散させて、電極材料の有機マトリックスの中から効果的に抽出することができる。ここで、本発明で使用する超音波の周波数は、10kHz〜60kHzの範囲内であることが望ましい。
【0024】
10kHz未満の周波数では、当該溶液に超音波振動を与えても顕著な効果が得られない。また、60kHzを超える周波数で当該溶液に超音波振動を与えても、生ずる抽出効果は、上記範囲内の周波数の場合と殆ど差が無く、逆に経済性の面でマイナス要素となり得るので、本発明においては、10kHz未満、60kHz超の周波数は対象外とした。
【0025】
本発明では、上記溶液にオゾンを溶解させるために、溶液にオゾンガスを混合するが、このオゾンガスは、一般に高濃度オゾンと呼ばれる。オゾンは、高濃度領域では低濃度領域と比較して酸化力が飛躍的に向上することが一般的に知られているが、より高濃度のオゾンガスを発生させるためには、設備投資、ランニングコスト等の経済的負担もより大きくなる。
【0026】
本発明においては、このオゾン濃度を60g/Nm〜230g/Nmの範囲に設定することにより、オゾンによる酸化力を一段と強めて、さらに効率的に処理できる。なお、このオゾン濃度が60g/Nm未満では、酸化力、オゾン溶解能力が共に不足し、顕著な効果を得ることができない。また、オゾン濃度が230g/Nmを超えても、オゾン濃度の上昇に見合うだけのオゾン溶解能力の向上が認められないので経済的ではない。
【0027】
また、本発明では、上記溶液のハロゲンイオン濃度が、1リットル当たり0.05モル以上、7.0モル未満の範囲内にあることが望ましい。高濃度オゾンと超音波振動により酸化力と抽出能力が上がるため、ハロゲンイオン濃度が低い場合であっても、十分な貴金属浸出効果を得ることが可能となる。なお、このハロゲンイオン濃度が1リットル当たり0.05モル未満では、顕著な貴金属浸出効果を得ることができない。また、ハロゲンイオン濃度を1リットル当たり7.0モル以上として超音波振動を与えても、貴金属浸出効果の向上は見られず、好ましくない。
【実施例】
【0028】
[実施例]
使用済み固体高分子型燃料電池から電極材料1kgを回収し、定量分析を行ったところ、この回収電極材料には白金が3.75%含まれていた。この電極材料1kgを超音波照射装置付き反応槽に入れ、さらに1リットル当たり3モルの塩酸を含む抽出溶液を反応槽に入れた。この抽出溶液を20℃〜40℃の液温に保ちつつ反応槽と加圧混合装置との間で繰り返し循環させた。抽出溶液を循環している間、超音波照射装置により超音波周波数40kHzで超音波振動を与えた。また、加圧混合装置では、抽出溶液に、オゾン濃度110g/Nmのオゾンガスを加圧混合し続けた。
【0029】
上記循環処理を1時間行う毎に一旦処理を停止し、上記処理設備中に残留する抽出溶液を全て抜出して、その都度新たな抽出溶液に入れ替えた。合計3時間の循環処理を行った後、上記抜出しによって得られた全ての抽出溶液を混合し、定量分析を行った。上記分析の結果、これら全ての抽出溶液に浸出した白金の合計量は36.5gであった。即ち、上記処理により、使用済み固体高分子型燃料電池から回収した電極材料中に当初含まれていた白金のうち97.3%を回収することができた。
【0030】
[比較例]
使用済み固体高分子型燃料電池から電極材料1kgを回収し、定量分析を行ったところ、この回収電極材料には白金が3.09%含まれていた。この電極材料1kgを反応槽に入れ、さらに1リットル当たり3モルの塩酸を含む抽出溶液を反応槽に入れた。この抽出溶液を、40℃〜60℃の液温に保ちつつ反応槽と加圧混合装置との間で繰り返し循環させた。抽出溶液を循環している間、加圧混合装置では、抽出溶液にオゾン濃度180g/Nmのオゾンガスを加圧混合し続けた。この時、超音波照射装置は起動させず、抽出溶液に超音波振動を与えなかった。
【0031】
上記循環処理を1時間行う毎に一旦処理を停止し、上記処理設備中に残留する抽出溶液を全て抜出して、その都度新たな抽出溶液に入れ替えた。合計4時間の循環処理を行った後、上記抜出しによって得られた全ての抽出溶液を混合し、定量分析を行った。上記分析の結果、これら全ての抽出溶液に含まれる抽出した白金の合計量は29.4gであった。即ち、上記実施例に比べて1時間長く処理したにもかかわらず、使用済み固体高分子型燃料電池から回収した電極材料中に当初含まれていた白金のうちの95.1%しか回収することができなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フッ素系樹脂に貴金属粒子、貴金属を含有する粒子、または貴金属系触媒を分散させた部材を含む電極材料から貴金属成分を抽出する方法において、当該電極材料を1リットル当たり0.05モル以上、7.0モル未満の濃度範囲内でハロゲン成分が溶解している溶液に浸した上で、当該溶液にオゾンを溶解し、かつ超音波振動を与えることを特徴とする電極材料の貴金属成分抽出方法。
【請求項2】
前記溶液に溶解しているハロゲン成分には、ハロゲンイオン、ハロゲン酸イオンの少なくとも一方が含まれることを特徴とする、請求項1に記載の電極材料の貴金属成分抽出方法。
【請求項3】
前記超音波振動が与えられる際に、前記溶液の温度が20℃〜60℃の範囲内にあることを特徴とする、請求項1または2に記載の電極材料の貴金属成分抽出方法。
【請求項4】
前記超音波の周波数が10kHz〜60kHzの範囲内にあることを特徴とする、請求項1乃至3の何れかに記載の電極材料の貴金属成分抽出方法。
【請求項5】
前記溶液に溶解させるオゾンガス濃度が、60g/Nm〜230g/Nmの範囲内にあることを特徴とする、請求項1乃至4の何れかに記載の電極材料の貴金属成分抽出方法。

【公開番号】特開2011−1570(P2011−1570A)
【公開日】平成23年1月6日(2011.1.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−143332(P2009−143332)
【出願日】平成21年6月16日(2009.6.16)
【出願人】(000183303)住友金属鉱山株式会社 (2,015)
【Fターム(参考)】