説明

電気光学導波路およびそれを用いた電気光学素子

【課題】高圧印加下で作製せざるを得ないプロセスの困難性と、配向緩和による電気光学効果消失の問題とを同時に解決した電気光学導波路の提供。
【解決手段】入射端および出射端を有するコアと、該入射端および出射端を除いてコアを包囲するクラッドとを有し、該コアが電気光学効果を呈する(チオフェン/フェニレン)コオリゴマーからなることを特徴とする電気光学導波路。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光データ処理、情報処理、光通信システムなどにおいて有用な素子である電気光学(EO)導波路、およびそれを用いた電気光学素子(スイッチ、変調器など)に関する。
【背景技術】
【0002】
当該技術において知られている光変調器は、代表例として、ニオブ酸リチウム(LN)を用いたタイプ、半導体素子を用いたタイプ、および有機材料を用いたタイプを含む。これらのうち、有機材料を用いた光変調器は、(1)誘電率およびその分散が小さいことから、高速応答性(>100Gbps)に優れる、ならびに(2)石英ガラスに近い小さい屈折率を有することから、他デバイス(たとえば、石英ガラスを用いたデバイスなど)との整合性に優れるという特長を有する。さらに、有機材料は、適切な分子設計および化学修飾を行うことによって、効率の高い材料を作製することができるという特徴を有する。
【0003】
前述のように、有機材料は高いポテンシャルを有するものの、電気光学(EO)変調器用の材料として用いるには問題があった。EO効果を発生させるためには、EO効果の発現を担うべきEO分子の反転対称性を消失させることが不可欠である。しかしながら、ポリマー中に有機EO材料を単に混合した場合、混合物中で有機EO材料の分子がランダムに配向してそれらのEO効果を互いに打ち消してしまい、材料全体としてはEO効果が発現されないという問題があった。そのため、従来は、有機EO材料をガラス転移温度以上に加熱した上で10000ボルト以上の電界を印加する処理(ポーリング処理と呼ばれる)を施すことによって、有機EO材料の分子を強制的に一定方向に配列させ、反転対称性を消失させることが行われてきた。しかしながら、このポーリング処理は、実施が困難であるという問題点があった。加えて、ポーリング処理によって得られた有機EO材料の分子の配向が経時による分子結合の変化などに伴う緩和(おおむね、1月以内)を受けることも、ポーリング処理を実用的でないものとする問題点であった。
【0004】
この点に関して、有機EO材料の分子が配向した時点において架橋反応を行い、配向緩和を抑制することが提案されている(非特許文献1参照)。しかしながら、これらの方法によって作製した光変調器においても、高温下ではなく室温下においてさえ、経時に伴ってEO分子の配向が徐々に緩和することは避けがたい問題であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008−058531号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】有機フォトニクス pp.57−66(雀部博之編、アグネ承風社、1995.3.20発行)
【非特許文献2】T. Yamao, S. Ota, T. Miki, S. Hotta and R. Azumi, Thin Solid Films, 516 (2008) 2527-2531.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、高電圧印加下で作製せざるを得ない製造プロセスの困難性と、配向緩和によるEO効果消失の問題とを同時に解決した、電気光学導波路およびそれを用いた電気光学素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の第1の実施形態の電気光学導波路は、入射端および出射端を有するコアと、該入射端および出射端を除いてコアを包囲するクラッドとを有し、該コアが電気光学効果を呈する(チオフェン/フェニレン)コオリゴマーからなることを特徴とする。
【0009】
本発明の第2の実施形態の電気光学素子は、第1の実施形態の電気光学導波路と、該コアの上方および下方のクラッドの表面に設けられた一対の電極とを有することを特徴とする。
【0010】
本発明の第3の実施形態の電気光学スイッチは、第2の実施形態の電気光学素子と、該コアの入射端に光学的に接続される偏光子と、該コアの出射端に光学的に接続される検光子とを含み、該偏光子と該検光子とがクロスニコルを形成していることを特徴とする。
【0011】
本発明の第4の実施形態のマッハツェンダ変調器は、入射端、分岐部、2つのアーム部、合波部および出射端を有するコアと、入射端および出射端を除いてコアを包囲するクラッドと、少なくとも一対の電極とを有し、該コアが電気光学効果を呈する(チオフェン/フェニレン)コオリゴマーからなり、該少なくとも一対の電極は、該アーム部の少なくとも一方の上方および下方のクラッド表面に設けられていることを特徴とする。ここで、本実施形態のマッハツェンダ変調器は一対の電極を有し、該一対の電極は該アーム部の一方のみの上方および下方のクラッドの表面に設けられていてもよい。あるいはまた、本実施形態のマッハツェンダ変調器は二対の電極を有し、該アーム部のそれぞれの上方および下方のクラッドの表面に一対の電極が設けられていてもよい。
【発明の効果】
【0012】
上記の構成を有する本発明の電気光学導波路は、(チオフェン/フェニレン)コオリゴマーの分子配列性を利用することから、従来の高電圧印加をともなうポーリング工程が不要となり、導波路作製が安全・簡易に行えるという利点を有する、また、本発明の電気光学導波路は、一旦生成したEO効果が時間とともに消失していくという問題もない。さらに、ソフトスタンパ技術を用いることによって、電気光学導波路の作製工程がより簡便となる。また、この技術は、大面積の電気光学導波路、および、多彩なパターンを有する電気化学導波路の製造を可能とする。
【0013】
本発明の電気光学導波路を用いた電気光学素子は、高効率で動作可能であること、良好な光学特性などを有することから、光情報処理や光通信分野で重用される。また、有機材料はガラスと屈折率がほぼ等しいことに加えて、本発明の電気光学導波路は平面型の光導波路であることから、光ファイバ型と異なり、PLC(Planar Lightwave Circuit)との接続が容易であり、それによって広い展開を図ることも可能である。しかも、本発明に従った電気光学素子は、純粋な電子分極効果による非線形メカニズムを利用しているので、通信波長帯を含む広い波長範囲で100Gbps超での高速動作を実現でき得る。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】化合物(8)の結晶膜のX線回折データを示すグラフである。
【図2】製造実施例1で用いる昇華再結晶装置の概略を示す図であり、(a)は装置全体の概略を示す図であり、(b)は領域IIbの詳細を示す図である。
【図3】本発明の電気光学素子の構成例を示す図であり、(a)は電気光学素子の上面図であり、(b)は電気光学素子の断面図である。
【図4】本発明のマッハツェンダ変調器の1つの構成例を示す図であり、(a)はマッハツェンダ変調器の上面図であり、(b)はマッハツェンダ変調器の断面図である。
【図5】本発明のマッハツェンダ変調器の別の構成例を示す図であり、(a)はマッハツェンダ変調器の上面図であり、(b)はマッハツェンダ変調器の断面図である。
【図6】マッハツェンダ変調器における印加電圧と透過率との比を示すグラフである。
【図7】実施例4のマッハツェンダ変調器における印加電圧と透過率(出力パワー/入力パワー)との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の第1の実施形態の電気光学導波路は、入射端および出射端を有するコアと、入射端および出射端を除いてコアを包囲するクラッドとを有し、該コアが電気光学効果を呈する(チオフェン/フェニレン)コオリゴマー(以下、「TPCO」と称する)からなることを特徴とする。
【0016】
EO効果を有する分子として用い、コアを形成するTPCOとは、チオフェン環とフェニレン(ベンゼン)環とが一次元的に結合した化合物のことである。より詳細には、TPCOは、2−チエニル基、フェニル基、2,5−チオフェンジイル基、および1,4−フェニレン基からなる群から選択される複数の基が一次元的に結合しており、2−チエニル基およびフェニル基の合計数が2である化合物を意味する。TPCOを構成する基の数は3〜16、好ましくは4〜8の範囲内である。また、TPCOを構成する基の少なくとも1つは2−チエニル基および2,5−チオフェンジイル基であり、少なくとも1つはフェニル基および1,4−フェニレン基である。TPCOの具体例は、たとえば、以下に示す化合物(1)〜(8)を含む。
【0017】
【化1】

【0018】
TPCOを構成する2−チエニル基、フェニル基、2,5−チオフェンジイル基、および1,4−フェニレン基のそれぞれの1つまたは複数の水素原子を、アルキル基(たとえば、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基など)、ハロゲン、アルコキシル基(たとえば、メトキシ基、エトキシ基など)、アルケニル基(たとえば、エテニル基など)、シアノ基、フッ素化アルキル基(たとえば、トリフルオロメチル基など)などで置換してもよい。さらに、上述の置換または無置換の2−チエニル基、フェニル基、2,5−チオフェンジイル基、および1,4−フェニレン基のそれぞれの1つまたは複数の水素原子を、重水素で置換してもよい。
【0019】
なお、本発明に係るTPCOの結晶の製造方法は、目的とする平板状結晶を得られる限り、限定されない。本発明において用いることができるTPCO結晶の製造方法は、たとえば、昇華再結晶法(非特許文献2参照)、液相再結晶法、溶融成形法などを含む。
【0020】
クラッドは、コアを形成するための基板としても用いられる下層クラッド、コアの上面を覆う上層クラッド、および下層クラッドおよび上層クラッドの間を充填する側部クラッドで構成することができる。下層クラッドは、用いるTPCOよりも低い屈折率を有すること、および、後述するTPCO材料の分子配向工程の加熱温度に耐え得ることを条件として、当該技術において知られている任意の材料を用いて形成することができる。上層クラッドおよび側部クラッドは、用いるTPCOよりも低い屈折率を有することを条件として、当該技術において知られている任意の材料を用いて形成することができる。下層クラッドとしては、ポリイミド(日立化成社製など)およびシリコーン樹脂(信越シリコーン社製など)、上層クラッドとしては、ポリイミド(日立化成社製など)およびシリコーン樹脂(信越シリコーン社製など)の他、ポリエステル(ポリエチレンテレフタレート(PET)など)、ポリシクロオレフィン(日本ゼオン社製ゼオネックスなど)の透明なプラスチックフィルムを用いることができる。また、側部クラッドは、二液混合エポキシ系接着剤(セメダイン社製やコニシ社製)、またはシリコーン樹脂(信越シリコーン社製など)などを用いて形成することができる。
【0021】
本発明においては、TPCOの有する分子配列性を利用することによって、高電圧印加を伴う困難なポーリング処理を行うことなしに反転対称性を消失させることができ、かつ配向緩和の問題も発生しないことを特徴とする。すなわち、TPCOを用いて光学薄膜を作製した場合、その分子配列性によってTPCO分子が規則的に配列し、異方性を有し、かつ対称中心のない薄膜(すなわち、反転対称性のない光学薄膜)を形成することができる。この際に、従来技術において用いていた高電圧印加を伴うポーリング処理を行う必要がない。加えて、分子の規則的配列がポーリング処理によって二次的に形成されたものではないため、ポーリング処理後の配向緩和という問題も起こりえない。実際、本発明者らが確認したところ、TPCOが規則的に配列した光学薄膜において、少なくとも3年間にわたって、配向緩和は一切認められなかった。
【0022】
本発明においてコアとして用いるTPCOの分子配列性は、X線回折実験、偏光顕微鏡観察、第2高調波発生(SHG)測定によって確認することができる。一例として、昇華再結晶法によって精製した化合物(8)の結晶膜のX線回折データを図1に示す。なお、図1には精製前および精製後の結晶膜のデータを示した。この実験においては、TPCOの(002)面に帰属されるピークのみが観察されること、ならびに、精製した結晶膜において高次の回折ピークがより明瞭に観察されることがわかった。この結果から、TPCOが基板面にほぼ垂直方向に配列することにより、分子配向が実現されていることが確認された。また、偏光顕微鏡観察によっても明瞭な面内偏光特性(すなわち、面内異方性)が観察され、TPCOが基板面内で分子配向していることが確認された。
【0023】
さらに、メーカフリンジ(Maker Fringe)法を用いて第2高調波発生(SHG)測定を行った。この測定は、回転可能に保持されたサンプルに対して、波長1.55μmのナノ秒レーザーパルス(パルス幅:6ns、繰り返し周波数:10Hz)の基本波を入射させた際の第2高調波(SH)の強度を測定する。ここで、基本波の偏光方向とTPCO分子の長軸方向がほぼ平行になるときにSH強度が最大となり、それらがほぼ垂直となるときにSH強度が最小となる。TPCO結晶膜について測定を行った結果、TPCO結晶膜の主平面に垂直な方向から基本波を照射した場合にSHはほとんど観察されなかったが、結晶膜を回転させるにつれてSH強度が増大し、TPCO結晶膜の主平面に平行な方向から基本波を照射した場合に最大のSH強度が得られた。この結果から、TPCO結晶膜において、TPCO分子が主平面に対して垂直に並んで配列していることがわかった。以上のように、SHG測定の結果は、X線回折実験および偏光顕微鏡観察の結果と一致する。
【0024】
また、SHG測定の結果は、TPCOが対称中心を欠くように分子配列していることを示している。実際、基本骨格が非対称性である化合物(1)のSH強度は、基本骨格が対称性である化合物(2)のSH強度よりも大きかった。さらに、TPCO蒸着膜についてもSHG測定を行ったところ、TPCOが膜面に対して垂直に配列していることを示す測定結果が得られた。以上の結果から、本発明においてコアとして用いるTPCO材料が、高電圧印加を伴うポーリング処理を行うことなしに分子配向を実現し、SHG活性(すなわち、EO活性)を有する結晶膜および蒸着膜を形成できることが確認された。
【0025】
本実施形態の電気光学導波路は、たとえば、導波路の大面積化が容易なソフトスタンパ技術などを用いて作製することができる(特許文献1参照)。ソフトスタンパ技術は、導波路パターン転写時の押圧分布の影響を受けにくいという利点を有する。
【0026】
ソフトスタンパ技術による電気光学導波路の作製は、以下の手順を用いて実施することができる。最初に、下層クラッド(たとえば、ポリイミドフィルム)の上に、TPCOを付着させる。この付着工程は、平板状結晶の配置、TPCOを含む溶液または分散液の塗布、またはTPCOの蒸着で実施することができる。次に、不活性ガス雰囲気下で、TPCOを溶融させ、続いて冷却させることにより、TPCOが分子配向した薄膜を形成する。冷却は、好ましくは0.1〜5℃/分、より好ましくは0.2〜1℃/分の速度で実施される。次に、通常の反応性イオンエッチング(RIE)技術を用いてTPCO薄膜を、所望されるコアの形状にパターニングする。続いて、コアの周囲に接着剤を塗布し、上層クラッドを貼り合わせる。ここで、接着剤またはその硬化物が側部クラッドとなる。得られた貼り合わせ物に対して、通常の研磨加工などにより端面加工を行うことによって、コアの入射端および出射端を形成して、電気光学導波路が得られる。
【0027】
本発明の第2の実施形態である電気光学素子は、第1の実施形態の電気光学導波路と、コアの上方および下方のクラッドの表面に設けられた一対の電極とを有することを特徴とする。1つの構成例を図3に示す。図3(a)は電気光学素子の上面図であり、図3(b)は切断線IIIb−IIIbにおける電気光学素子の断面図である。電気光学素子は、入射端および出射端を有し、TPCOからなるコア110と、入射端および出射端を除いてコア110を包囲するクラッド120と、コア110の上方のクラッド120の表面およびコア110の下方のクラッド120の表面に設けられた一対の電極130(a,b)とを有する。一対の電極130(a,b)は、当該技術において知られている材料および作製技術を用いて形成することができる。
【0028】
本発明の第3の実施形態である電気光学スイッチは、第2の実施形態の電気光学導波路と、該コアの入射端に光学的に接続される偏光子と、該コアの出射端に光学的に接続される検光子とを有することを特徴とする。偏光子および検光子は、特定の直線偏光を透過させる素子である。好ましくは、偏光子が透過させる偏光の偏波方向と、検光子が透過させる偏光の偏波方向とが垂直になる(すなわち、クロスニコルを形成する)ように配置される。任意選択的に、コアの出射端と検光子との間に、複屈折を補償するための補償板(位相板)を挿入してもよい。
【0029】
本発明の第4の実施形態であるマッハツェンダ変調器は、入射端、分岐部、2つのアーム部、合波部および出射端を有するコアと、入射端および出射端を除いてコアを包囲するクラッドと、一対の電極とを有し、該コアが電気光学効果を呈するTPCOからなり、該一対の電極は、該コアの少なくとも1つのアーム部の上方および下方のクラッド表面に設けられていることを特徴とする。
【0030】
図4に、一方のアーム部のみに一対の電極が設けられたマッハツェンダ変調器の構成例を示した。図4(a)は上面図であり、図4(b)は切断線IVb-IVbにおける断面図である。図4のマッハツェンダ変調器において、コア110は、入射端、入射端に連絡する分岐部、分岐部に連絡する2つのアーム部110aおよび110b、2つのアーム部に連絡する合波部、および出射端を有し、入射端および出射端を除いてクラッド120に覆われている。一対の電極130(a,b)は、一方のアーム部110aの上方および下方のクラッド120の表面上に設けられている。コア110およびクラッド120は第1の実施形態の電気光学導波路と同様にして形成することができる。また、一対の電極130(a,b)は、第2の実施形態の電気光学素子と同様にして形成することができる。
【0031】
本実施形態の変形例として、図5に両方のアーム部のそれぞれに一対の電極が設けられたマッハツェンダ変調器の構成例を示した。図5(a)は上面図であり、図5(b)は切断線Vb-Vbにおける断面図である。図5のマッハツェンダ変調器は、他方のアーム部110bの上方および下方のクラッド120の表面にも一対の電極140(a,b)が設けられている点を除いて、図4のマッハツェンダ変調器と同様の構成を有する。
【実施例】
【0032】
以下、実施例により、本発明を詳しく説明する。
【0033】
(製造実施例1) 昇華再結晶法によるTPCO結晶の作製
昇華再結晶法を用いて、TPCO結晶を作製した。図2に、本製造実施例で用いた昇華再結晶装置を模式的に示す。図2(a)は、昇華再結晶装置20の全体を模式的に示す図であり、図2(b)は領域IIbで示す試験管21内部の詳細を示す図である。昇華再結晶装置20は、内部でTPCOを昇華および再結晶させる試験管21、有機半導体材料の劣化を防ぐために試験管21に窒素を導入する窒素ボンベ31、流量計32、試験管21内で再結晶化しなかったTPCOを捕捉するコールドトラップ33、および試験管21内を周囲雰囲気から隔離するためのバブラー34を含む。本製造実施例で用いた試験管は、25mmの外径を有し、2組のステンレスリングおよびゴムリングにより、ステンレス金具(不図示)に固定して、その内部を高気密に維持するための蓋22で閉止した。蓋22は、流量計32に連通し、窒素ガスを導入するためのガラス管25と、コールドトラップに連通する排気口とを有する。精製されるTCPOの導入および再結晶された結晶の取り出しを容易にするために、試験管内部に外径22mmのガラスリング23を配置した。本製造実施例においては、試験管21の奥側から、それぞれ30mm、20mm、20mm、および30mmの長さを有する、4つのガラスリング23a〜23dを配置した。さらに、ガラスリング23aに相当する位置の試験管21外周にソースヒータ27を配置し、ガラスリング23bおよび23cに相当する位置の試験管21外周に成長ヒータ28を配置した。ガラスリング23aおよびソースヒータ27を設けた領域をソース領域と称し、ガラスリング23bおよびcならびに成長ヒータ28を設けた領域を成長領域と称する。
【0034】
最奥部のガラスリング23aに、TPCO粉末24を配置した。流量計32で流量を調節した窒素ガス(不活性ガス)をガラス管25を通して、試験管21の最奥部のTPCO粉末24に向かって供給し、ソースヒータ27および成長ヒータ28による加熱を行い、TPCOの昇華および再結晶を行った。すなわち、ソース領域の温度T1を適切に設定することによって、加熱されたTPCO粉末24が昇華する。昇華したTPCOは、ガラス管25から供給される窒素ガスをキャリアガス26として、成長領域に運搬される。成長領域の温度T2を適切に設定することによって、ガラスリング23bおよび23c上でTPCOの再結晶が進行して、TPCO結晶29が形成された。
【0035】
なお、成長領域で結晶化しなかったTPCOを含むキャリアガス26を、コールドトラップ33に導き、TPCOを捕捉した。TPCOが除去されたキャリアガス26(窒素ガス)を、流動オレフィンなどを満たしたバブラー34を介して大気中に放出した。
【0036】
上記の方法で得られた多数のTPCO結晶29の中から適切な平板状結晶を選択し、洗浄した石英基板上にこの結晶を配置して、物理的に接触させた。石英基板ではなく、ポリイミドまたはシリコーン樹脂からなる基板を用いても、同様にTPCO結晶を得ることができる。
【0037】
(製造実施例2) 真空蒸着によるTPCO薄膜の作製
洗浄した石英基板をガラスベルジャータイプの蒸着装置のサンプルホルダーに設置した。サンプルホルダーと対向する位置に設けられた電極に、タングステンボート上に堆積させたTPCOを配置した。蒸着装置を油拡散ポンプにより真空排気し、5×10-3Pa以下になったのを確認して後、TPCOを石英基板上に蒸着した。蒸着レートは毎秒0.01から0.05nmとなるように設定した。真空蒸着法を用いる場合であっても、石英基板ではなく、ポリイミドまたはシリコーン樹脂からなる基板を用いても、同様にTPCO薄膜を得ることができる。
【0038】
(実施例1) 直線状電気光学導波路の作製
1cm×1cmの寸法を有する下層クラッド(ポリイミド製)の上に、蒸着法を用いてTPCO化合物(1)の薄膜を形成した。次に、不活性ガス雰囲気下で240℃に加熱してTPCO化合物(1)を溶融させ、続いて0.3℃/分の速度で冷却してTPCO化合物(1)の分子配列を行った。次に、マスクを用いるRIE法によって、1mm間隔で配置される5本の直線状のコアを形成した。次に、側部クラッドとしてm−ニトロアニリン(mNA)を添加したセメダイン社製の二液混合エポキシ系接着剤を塗布し、上層クラッド(ポリイミド製)を貼り合わせて、直線状のコアを有する電気光学導波路を形成した。得られた電気光学導波路は、100μmの膜厚を有した。また、コアのそれぞれは、5μm×5μmの正方形の断面形状を有した。
【0039】
ここで、二液混合エポキシ系接着剤に対するmNAの添加は、コアとして用いるTPCO化合物(1)の屈折率と側部クラッドの屈折率との差を調整して、シングルモード伝搬を実現させるために行った。mNAの添加量を変化させて導波パターンを詳細に調査した結果、波長0.83μmの光においては、mNAの添加量を6.5質量%(mNAおよび二液混合エポキシ系接着剤の総質量を基準とする)とした場合に、最も良好な特性が得られた。上層および下層クラッドとして用いたポリイミドフィルムも、種々の構成の材料を検討し、シングルモード伝搬が可能となるものを用いた。ポリイミドの屈折率は、TPCOに比べて0.005大きかった。
【0040】
続いて、直線偏波のレーザ光(波長0.83μm)を用いて、得られた電気光学導波路の偏光保持率を測定した。測定の結果、得られた電気光学導波路は、s偏波およびp偏波の両方に対して、デバイス実験を行うのに十分な20dB以上の偏光保持率を有した。また、波長0.83μmの光に関して、TPCOによる吸収はほとんど観測されなかった。
【0041】
また、TPCO化合物(1)に代えてTPCO化合物(4)を用いて、同様の検討を行ったところ、側部クラッドにおけるmNAの添加量を5.2質量%とした場合に最も良好な特性が得られた。さらに、TPCO化合物(1)に代えてTPCO化合物(5)を用いて、同様の検討を行ったところ、側部クラッドにおけるmNAの添加量を3.6質量%とした場合に最も良好な特性が得られた。
【0042】
これらのTPCO化合物は、ほぼ等しい屈折率の大きさおよび分散特性を有するため、いずれの化合物を用いて作製した電気化学導波路もほぼ同等の導波路特性を有した。ただし、電気化学(EO)効果の大きさは、用いたTPCO化合物自身のEO効率によって変化することは当然である。
【0043】
また、セメダイン社製の二液混合エポキシ系接着剤に代えて、コニシ社製の二液混合エポキシ系接着剤または信越シリコーン社製のシリコーンゴムを用いた場合にも、mNAの添加量を最適化することにより、ほぼ同等の光学特性を有する電気光学導波路を形成することができた。
【0044】
(実施例2) 直線状電気光学導波路の作製
2mm×2mmの寸法を有する下層クラッドの上に、昇華再結晶法によって得られたTPCOを載置した。続いて、実施例1と同様にして、TPCOの分子配列および上層クラッドの貼り合わせを行い、1mm間隔で配置される5本の直線状のコアを有する電気光学導波路を形成した。得られた電気光学導波路は、100μmの膜厚を有した。また、コアのそれぞれは、5μm×5μmの正方形の断面形状を有した。
【0045】
続いて、直線偏波のレーザ光(波長0.83μm)を用いて、得られた電気光学導波路の偏光保持率を測定した。測定の結果、得られた電気光学導波路は、s偏波およびp偏波の両方に対して、デバイス実験を行うのに十分な20dB以上の偏光保持率を有した。また、波長0.83μmの光に関して、TPCOによる吸収はほとんど観測されなかった。
【0046】
(実施例3) 電気光学スイッチ
実施例1で作製したTPCO化合物(1)の蒸着膜からなる直線状電気光学導波路の上面および下面に、蒸着法を用いて一対のアルミニウム製電極を形成した。その後、一対の電極のそれぞれの上に適当な膜厚を有するプラスチックフィルムを貼り合わせて、1mm厚さの電気光学素子を形成した。次に、電気光学素子のコアの入射端に偏光子を配設し、コアの出射端に複屈折補償用の位相板および検光子を配設して、電気光学(EO)スイッチを得た。ここで、偏光子および検光子の偏波方向を電気光学スイッチの主平面(すなわち、電気光学導波路の主平面)に対して45度傾け、かつ偏光子および検光子をクロスニコル配置した。
【0047】
EOスイッチへの入射光(以下、入射プローブ光と称する)、波長0.83μmの直線偏波の半導体レーザ光(連続光)を用いた。この半導体レーザ光の偏波方向をEOスイッチの主平面に45度傾けて偏光子に入射させた。一対の電極に対して電圧を印加した場合、コアを形成するTPCO化合物(1)にEO効果が誘起される。その結果、電圧を印加しない場合には検光子に対して垂直成分のみの直線偏波である入射プローブ光が、コアの通過に伴って検光子に対して平行な偏波成分を含む楕円偏波となり、その平行な偏波成分が検光子を通過し、出射プローブ光として検出される。入射プローブ光強度に対する出射プローブ光強度の比である透過率Tは、以下の式(I)で与えられる。
【0048】
【数1】

【0049】
(式中、Vは一対の電極に印加される電圧であり、Vπは透過率Tが最大となる時の印加電圧である。)
【0050】
一方、本実施例の電気光学素子部分に関して、一対の電極に1Vの電圧(繰り返し周波数1MHz)を印加した場合、14度の偏波回転(検光子に垂直な成分に対する検光子に平行な成分の比の逆正接)が観察された。この値は、従来のポーリング処理によって形成される電気光学素子に比較において、本発明の電気光学素子のEO効率が1桁小さいことを意味している。しかしながら、EO効率の低さは、導波路長の延長によって補うことが可能である。実際、本実施例の電気光学素子の導波路長を1cmから2cmに延長すると、22度の偏波回転が得られた。あるいはまた、有機材料の設計の自由度を活用して、TPCO化合物(1)に代えて、EO効果のより大きいTPCO化合物(4)を用いた場合、2cmの導波路長において27度の偏波回転が得られた。
【0051】
また、本実施例においては、近赤外領域(波長0.83μm)においてEOスイッチの動作を確認した。ここで、TPCO化合物中の水素を重水素またはフッ素で置換することによって、近赤外領域における吸収を低下させることが可能となる。また、重水素またはフッ素置換は、通信波長帯(波長1.3μm帯、波長1.5μm帯)においても、コア材料による吸収を効果的に低減しつつスイッチング動作を可能とする。さらに、本実施例においては、電圧印加の繰り返し周波数を1MHzとしたが、有機材料の特性から、これ以上の高繰り返し周波数(10GHz以上)で実験することは十分に可能である。
【0052】
(実施例4) マッハツェンダ変調器
下層クラッドの寸法を3cm×3cmに変更し、RIE法によるパターニングの際に、直線状のコアに代えて、入射端、分岐部、2つのアーム部、合波部および出射端を有するコアを形成したことを除いて、実施例1の手順を繰り返して、電気光学導波路を作製した。ここで、2つのアーム部におけるコアの断面を5μm×5μmの正方形とし、アーム部の長さを1cmとした。実施例1と同様に、側部クラッドにおけるmNAの添加量を6.5質量%としたときに、電気光学導波路の特性が最も良好になることがわかった。また、この電気光学導波路は十分な光学特性を有し、マッハツェンダ変調器の動作に必要な20dB以上の直線偏波の偏光保持率を有した。
【0053】
次いで、蒸着法を用いて、一方のアーム部110aの上方および下方のみに一対のアルミニウム製電極130(a,b)を設置し、図4に示すマッハツェンダ変調器を得た。変調器の取り扱いを考慮して、変調器の上面および下面に適当な膜厚を有するプラスチックフィルムを貼り合わせて、全厚1mmの変調器とした。
【0054】
本実施例のマッハツェンダ変調器においては、一対の電極130(a,b)に電圧を印加した場合、EO効果によりアーム部110aを通過する光に位相変調が起こる。合波部において、他方のアーム部110bを通過する位相変調されていない光と、アーム部110aを通過し位相変調された光とが合波されると、全体として強度変調が起こる。一般的に、電極130(a,b)に印加される電圧と、マッハツェンダ変調器の透過率(入射光の強度に対する出射光の強度の比)は、図6に示されるグラフのようになる。ここで、透過率が最小値になる時の印加電圧をVπと称する。
【0055】
波長0.83μmの半導体レーザ光(連続光)を用い、電圧の印加繰り返し周波数を1MHzとして、印加電圧と透過率(入射光強度に対する出射光強度の比)との関係を測定した。その結果を図7に示した。本実施例のマッハツェンダ変調器のVπは20Vであった。この値は、従来のポーリング処理によって形成される電気光学素子に比較において、本発明の電気光学素子のEO効率が1桁小さいことを意味している。しかしながら、EO効率の低さは、導波路長の延長によって補うことが可能である。実際、本実施例の電気光学素子の導波路長を1cmから2cmに延長すると、Vπは12Vまで低下した。あるいはまた、有機材料の設計の自由度を活用して、TPCO化合物(1)に代えて、EO効果のより大きいTPCO化合物(4)を用いた場合、2cmの導波路長において10VのVπが得られた。なお、図7のグラフにおいて、印加電圧0Vの際の透過率が100%でないことは、導波損失などに起因する。
【0056】
また、本実施例においては、近赤外領域(波長0.83μm)においてマッハツェンダ変調器の動作を確認した。ここで、TPCO化合物中の水素を重水素またはフッ素で置換することによって、近赤外領域における吸収を低下させることが可能となる。また、重水素またはフッ素置換は、通信波長帯(波長1.3μm帯、波長1.5μm帯)においても、コア材料による吸収を効果的に低減しつつ強度変調を可能とする。さらに、本実施例においては、電圧印加の繰り返し周波数を1MHzとしたが、有機材料の特性から、これ以上の高繰り返し周波数(10GHz以上)で実験することは十分に可能である。
【0057】
あるいはまた、図4の構成に代えて、図5に示すような2つのアーム部110(a,b)のそれぞれに一対の電極130(a,b)、140(a,b)を設ける構成のマッハツェンダ変調器を形成することができる。この構成においては、電極130(a,b)、および140(a,b)のそれぞれに異なる電圧を印加することによって、2つのアーム部110(a,b)のそれぞれにおいてEO効果により異なる量の位相変調が起こる。そして、それら2つの位相変調された光が合波される際に、全体として強度変調が起こる。
【符号の説明】
【0058】
20 昇華再結晶装置
21 試験管
22 蓋
23(a〜d) ガラスリング
24 TPCO粉末
25 ガラス管
26 キャリアガス
27 ソースヒータ
28 成長ヒータ
29 TPCO結晶
31 窒素ボンベ
32 流量計
33 コールドトラップ
34 バブラー
110(a,b) コア
120 クラッド
130,140(a,b) 電極

【特許請求の範囲】
【請求項1】
入射端および出射端を有するコアと、該入射端および出射端を除いてコアを包囲するクラッドとを有し、該コアが電気光学効果を呈する(チオフェン/フェニレン)コオリゴマーからなることを特徴とする電気光学導波路。
【請求項2】
該(チオフェン/フェニレン)コオリゴマーは、2−チエニル基、フェニル基、2,5−チオフェンジイル基、および1,4−フェニレン基からなる群から選択される複数の基が一次元的に結合した化合物であり、ここで、該(チオフェン/フェニレン)コオリゴマーを構成する基の数は3〜16の範囲内であり、2−チエニル基およびフェニル基の合計数が2であり、該(チオフェン/フェニレン)コオリゴマーを構成する基の少なくとも1つは2−チエニル基および2,5−チオフェンジイル基であり、少なくとも1つはフェニル基および1,4−フェニレン基であることを特徴とする請求項1に記載の電気光学導波路。
【請求項3】
請求項1または2に記載の電気光学導波路と、該コアの上方および下方のクラッドの表面に設けられた一対の電極とを有することを特徴とする電気光学素子。
【請求項4】
請求項3に記載の電気光学素子と、該コアの入射端に光学的に接続される偏光子と、該コアの出射端に光学的に接続される検光子とを含み、該偏光子と該検光子とがクロスニコルを形成していることを特徴とする電気光学スイッチ。
【請求項5】
入射端、分岐部、2つのアーム部、合波部および出射端を有するコアと、入射端および出射端を除いてコアを包囲するクラッドと、少なくとも一対の電極とを有し、該コアが電気光学効果を呈する(チオフェン/フェニレン)コオリゴマーからなり、該少なくとも一対の電極は、該アーム部の少なくとも一方の上方および下方のクラッド表面に設けられていることを特徴とするマッハツェンダ変調器。
【請求項6】
該(チオフェン/フェニレン)コオリゴマーは、2−チエニル基、フェニル基、2,5−チオフェンジイル基、および1,4−フェニレン基からなる群から選択される複数の基が一次元的に結合した化合物であり、ここで、該(チオフェン/フェニレン)コオリゴマーを構成する基の数は3〜16の範囲内であり、2−チエニル基およびフェニル基の合計数が2であり、該(チオフェン/フェニレン)コオリゴマーを構成する基の少なくとも1つは2−チエニル基および2,5−チオフェンジイル基であり、少なくとも1つはフェニル基および1,4−フェニレン基であることを特徴とする請求項5に記載のマッハツェンダ変調器。
【請求項7】
一対の電極を有し、該一対の電極は該アーム部の一方のみの上方および下方のクラッドの表面に設けられていることを特徴とする請求項5または6に記載のマッハツェンダ変調器。
【請求項8】
二対の電極を有し、該アーム部のそれぞれの上方および下方のクラッドの表面に一対の電極が設けられていることを特徴とする請求項5または6に記載のマッハツェンダ変調器。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate


【公開番号】特開2012−42899(P2012−42899A)
【公開日】平成24年3月1日(2012.3.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−186649(P2010−186649)
【出願日】平成22年8月23日(2010.8.23)
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【出願人】(504255685)国立大学法人京都工芸繊維大学 (203)
【Fターム(参考)】