説明

電気絶縁油および油入電気機器

【課題】絶縁紙が巻きつけられた銅コイルが電気絶縁油中に配置された変圧器などの油入電気機器において、コイル等の絶縁紙に硫化銅が析出しない電気絶縁油、および、その電気絶縁油を用いた油入電気機器を提供すること。
【解決手段】本発明は、2,6−ジ−tert−ブチル−p−クレゾールの濃度が0.2重量%以下であることを特徴とする、油入電気機器に用いる電気絶縁油である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば変圧器などの絶縁紙が巻きつけられた銅コイルが電気絶縁油中に配置された油入電気機器内のコイル絶縁紙に硫化銅が析出しない電気絶縁油およびその電気絶縁油を利用した油入電気機器に関するものである。
【背景技術】
【0002】
油入変圧器などの油入電気機器では、通電媒体として銅から成るコイルを使用している。このコイルには複数層の絶縁紙が巻きつけられており、電気的な絶縁を確保して、隣り合うターン間でコイルが電気的に短絡しないような構造となっている。
【0003】
一方、油入変圧器には鉱油からなる電気絶縁油が主に用いられている。鉱油には微量の硫黄成分が含まれており、この硫黄成分が鉱油中に配置されたコイル銅と反応して導電性の硫化銅が生成され、コイルの絶縁紙表面に析出することが知られている。析出した硫化銅によって隣り合うターン間で導電路が形成された結果、絶縁破壊により機器が故障する問題があることが知られている(例えば、非特許文献1)。
【0004】
これらの硫化銅を析出させる原因物質の一つとして、鉱油に含まれる硫黄成分のジベンジル・ジスルフィドが知られている(例えば、非特許文献2)。そして、ジベンジル・ジスルフィドが銅と反応して生成した錯体が、絶縁油中に拡散して絶縁紙に吸着した後、分解して硫化銅として析出することが知られている(例えば、非特許文献3)。
【0005】
上記の析出メカニズムに基づき、ジベンジル・ジスルフィドが銅と反応して生成した油中錯体の量から、絶縁油中の硫化銅の生成量を推定する油入電気機器の異常診断方法が知られている(例えば、特許文献1の第3−6頁、第2図など)。
【0006】
一方、鉱油の経年劣化を抑制するため、海外では添加剤を用いることが多い。2,6−ジ−tert−ブチル−p−クレゾール(DBPC)は酸化防止のための添加剤として広く用いられており、例えば、酸化劣化による誘電損失の増大を抑制する効果があることが知られている(例えば、特許文献2の段落[0030]〜[0031]など)。
【0007】
ジベンジル・ジスルフィドは硫化銅の原因物質であるが、ジベンジル・ジスルフィドを含んだ鉱油を電気絶縁油として変圧器に用いた場合でも、必ずしも、コイルの絶縁紙上に硫化銅が析出されるわけではないことが明らかになってきた(例えば、非特許文献4)。すなわち、変圧器の電気絶縁油として用いられる複数の銘柄の鉱油について、硫化銅の生成試験を行った結果、数ppmwの低濃度のジベンジル・ジスルフィドを含む絶縁油であっても絶縁紙表面に硫化銅が析出する場合があるのに対して、2000ppmw(ppm(w/w))の高濃度のジベンジル・ジスルフィドを含む絶縁油であっても絶縁紙表面に硫化銅が析出しないことがあることが判明した(例えば、非特許文献4)。
【0008】
従って、油入電気機器に使用する絶縁油として、コイルの絶縁紙等に硫化銅を析出させないものを選定する際は、各々の絶縁油について個別に硫化銅の生成試験を行い、硫化銅の析出の有無を検証しなければならないとの問題点があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2010−10439号公報
【特許文献2】特開平9−272891号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】CIGRE TF A2.31, “Copper sulphide in transformer insulation,” ELECTRA, No. 224, pp. 20-23, 2006
【非特許文献2】F. Scatiggio, V. Tumiatti, R. Maina, M. Tumiatti M. Pompilli and R. Bartnikas, “Corrosive Sulfur in Insulating Oils: Its Detection and Correlated Power Apparatus Failures”, IEEE Trans. Power Del., Vol. 23, pp. 508-509, 2008
【非特許文献3】S. Toyama, J. Tanimura, N. Yamada, E. Nagao and T. Amimoto, “High sensitive detection method of dibenzyl disulfide and the elucidation of the mechanism of copper sulfide generation in insulating oil”, Doble Client Conf., Boston, MA, USA, Paper IM-8A, 2008
【非特許文献4】Fukutaro Kato, Tsuyoshi Amimoto, Junji Tanimura, Satoru Toyama, Noboru Hosokawa and Eiichi Nagao, “INVESTIGATION OF EFFECT OF ADDITIVE DBDS ON COPPER SULFIDE FORMATION BY CORROSIVE SULFUR TEST”, Doble Client Conf., Boston, MA, USA, Paper IM-7, 2010
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、上述の課題を解決するためになされたものであり、例えば、絶縁紙が巻きつけられた銅コイルが電気絶縁油中に配置された変圧器などの油入電気機器において、コイル等の絶縁紙に硫化銅が析出しない電気絶縁油、および、その電気絶縁油を用いた油入電気機器を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の油入電気機器に用いる電気絶縁油は、酸化防止剤として広く用いられている2,6−ジ−tert−ブチル−p−クレゾール(DBPC)と硫化銅の原因物質であるジベンジル・ジスルフィドが共存しない電気絶縁油を用いるようにしたものである。
【0013】
すなわち、本発明は、DBPCの濃度が0.2重量%(w/w%)以下であることを特徴とする、油入電気機器に用いる電気絶縁油に関する。
【0014】
上記DBPCの濃度は、0.1重量%以下であることが好ましく、より好ましくは0.08重量%以下である。
【0015】
また、本発明は、上記電気絶縁油を使用した油入電気機器にも関する。
【発明の効果】
【0016】
この発明の電気絶縁油は、DBPCとジベンジル・ジスルフィドが共存しないため、コイル絶縁紙に硫化銅が析出しない。従って、電気機器内部で硫化銅の析出による絶縁破壊が起こらない信頼性の高い電気絶縁油を得ることができるという効果がある。
【0017】
また、この発明の電気絶縁油を用いた油入電気機器は、DBPCとジベンジル・ジスルフィドが共存しない絶縁油を用いているため、コイル絶縁紙に硫化銅が析出しない。従って、電気機器内部で硫化銅の析出による絶縁破壊が起こらない信頼性の高い油入電気機器を得ることができるという効果がある。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】実施例で行った硫化銅試験の方法を説明するための模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明において油入電気機器とは、油が内部に保持された電気機器であり、例えば、(油入)変圧器、リアクトル、自動電圧調整器、油浸ケーブルが挙げられる。
【0020】
本発明の電気絶縁油は、例えば、鉱油であり、好ましくは粘度5〜30cST(40℃)を有する鉱油、または、鉱油と長鎖アルキルベンゼンの混合物である。長鎖アルキルベンゼンとしては、具体的には炭素数9〜36の直鎖または分岐のアルキル基で置換されたアルキルベンゼンが好ましい。また、本発明の電気絶縁油は、鉱油そのものであってもよく、鉱油を基油として酸化防止剤等の添加剤が添加されたものであってもよい。
【0021】
本発明の電気絶縁油は、DBPCの濃度が0.2重量%以下であることを特徴とする。好ましくは1.0重量%以下であり、より好ましくは0.08重量%以下である。DBPCの濃度が0.2重量%より多い電気絶縁油が、さらにジベンジル・ジスルフィドを含有する場合、油入電気機器のコイル等の絶縁紙に硫化銅が析出してしまう。なお、DBPCの濃度は、0.08重量%よりも少ない方が望ましいが、規格(例えば、IEEE Std C57.106-2006)では、0.08%以下のDBPC濃度はトレースレベルとして扱われることを考慮すると、DBPC濃度の上限を0.08重量%より小さい値に設定することは、通常はあまり意味がない。
【0022】
以上では、DBPCとジベンジル・ジスルフィドの共存による硫化銅の析出に関して述べたが、DBPCと類似の酸化防止剤である2,6−ジ−tert−ブチル−フェノール(DBP)とジベンジル・ジスルフィドの共存でも同様に硫化銅の絶縁紙等への付着が起こり得ると考えられる。従って、DBPおよびジベンジル・ジスルフィドの共存による硫化銅の析出を防止するには、DBP濃度も0.2重量%以下にすることが好ましく、より好ましくは0.1重量%以下であり、最も好ましくは0.08重量%である。
【0023】
また、DBPCとDBPが混在している場合でも、同様に硫化銅の絶縁紙等への付着が起こり得る。従って、DBPC、DBPおよびジベンジル・ジスルフィドの共存による硫化銅の析出を防止するには、DBPC濃度とDBP濃度の和を0.2重量%以下にすることが好ましく、より好ましくは0.1重量%であり、最も好ましくは0.08重量%以下である。
【0024】
本発明の電気絶縁油は、一定量のジベンジル・ジスルフィドを含んでいても、油入電気機器のコイル等の絶縁紙に硫化銅が析出しないものである。しかし、ジベンジル・ジスルフィドの濃度が高すぎると、DBPCの濃度が0.2重量%以下であっても硫化銅が析出する恐れがあるため、電気絶縁油中のジベンジル・ジスルフィドの濃度は、2000ppmw以下であることが好ましく、最も好ましくは1ppmw以下である。
【0025】
なお、本発明の電気絶縁油で着目したジベンジル・ジスルフィドおよびDBPCは、原油から精製して得られた鉱油には含まれず、使用目的に応じて必要量を添加することが一般的である。従って、この発明の電気絶縁油は、特別な製造方法を必要とせず、添加工程を省くことで目的とする電気絶縁油を得ることができる。
【実施例】
【0026】
本実施例では、DBPC濃度およびジベンジル・ジスルフィド濃度の異なる電気絶縁油について、変圧器のコイルの絶縁紙への硫化銅の付着の有無を調べるための模擬的試験を行った。
【0027】
具体的な試験方法としては、IEC(国際電気標準会議)規格のIEC62535に記載された硫化銅の生成試験を用いた。図1は、この試験方法を説明するための図である。図1において、ガラス製試料容器1は蓋2を備えており、内部に電気絶縁油3が収容されている。電気絶縁油3内には、コイルを模擬した紙巻銅板4が浸漬されている。紙巻銅板4は、長さ30mm、幅7.5mm、厚さ1.5mmの銅板にコイル絶縁紙としてクラフト紙41を1層巻きつけてなるものである。
【0028】
図1に示すように、紙巻銅板4が電気絶縁油3に浸漬された状態で、ガラス製試料容器1ごと、150℃のオーブンで72時間の加熱を行った後、紙巻銅板4を解体して、クラフト紙の表裏の両面を観察した。硫化銅がクラフト紙に析出すると、クラフト紙の表面が金属光沢を帯びるため、目視による観察で硫化銅の析出を判定することができる。念のため、試験を行った全てのクラフト紙に対して、電子線マイクロアナライザを用いて表面分析を行い、硫黄と銅が検出された場合、硫化銅が析出されていると判定した。
【0029】
本実施例では、市販の3種類の変圧器用の鉱油を用いた。試料油Aは国内石油メーカーから調達したパラフィン系鉱油であり、試料油Bおよび試料油Cは海外メーカーから調達したナフテン系鉱油である。試料油AおよびBには、ジベンジル・ジスルフィドおよびDBPCが含まれていないが、試料油Cには購入時点でDBPCが0.3重量%添加されていた。
【0030】
これらの試料油A〜Cを用いて、以下の表1に示す濃度でジベンジルジスルフィドおよび/またはDBPCを含有する絶縁油を準備した。すなわち、何も添加していない試料油AおよびB(実施例1)と、100ppmwのジベンジル・ジスルフィドのみを添加した試料油AおよびB(実施例2)と、0.3重量%のDBPCのみを添加した試料油AおよびB並びに何も添加していない試料油C(参考例1)と、100ppmwのジベンジル・ジスルフィドおよび0.3重量%のDBPCを添加した試料油AおよびB並びに100ppmwのジベンジル・ジスルフィドを添加した試料油C(比較例1)とを準備した。
【0031】
これらの試料油について、上記IEC62535に記載された硫化銅の生成試験を行った。クラフト紙(絶縁紙)表面に析出した硫化銅の測定結果(硫化銅の析出の有無)を表1に示す。
【0032】
【表1】

【0033】
表1に示されるように、試料油AおよびBに関して、ジベンジル・ジスルフィドおよびDBPCの両方を添加した場合(比較例1)はクラフト紙に硫化銅が析出するが、ジベンジル・ジスルフィドを含んでいてもDBPCを含まない場合(実施例2)には、クラフト紙に硫化銅は析出しなかった。なお、ジベンジル・ジスルフィドおよびDBPCの両者を含まない場合(実施例1)にも、クラフト紙に硫化銅は析出しなかった。また、ジベンジルジスルフィドを含有せず、DBPCのみを含有する場合(参考例1)にも、クラフト紙に硫化銅は析出しないことが確認された。
【0034】
以上の実験結果から、クラフト紙表面に硫化銅が析出するには、ジベンジル・ジスルフィドおよびDBPCの両方が鉱油中に共存する必要があることが明らかとなった。
【0035】
なお、DBPCは、ジベンジル・ジスルフィドが銅と反応して生成した錯体を、鉱油中で分解しないように安定に存在させる機能があると考えられる。従って、この錯体が油中で分解することなく、クラフト紙に吸着することが可能となる。そして、クラフト紙に吸着した錯体は、熱エネルギーにより分解して、クラフト紙上に硫化銅を析出すると考えられる。一方、ジベンジル・ジスルフィドのみが鉱油中にある場合、銅と反応して生成した錯体がクラフト紙に吸着する前に鉱油中で分解するため、クラフト紙には硫化銅が析出しないと考えられる。
【0036】
従って、ジベンジル・ジスルフィドおよびDBPCの両方が共存しない鉱油を用いた場合、油入電気機器のコイル等の絶縁紙には硫化銅が析出しない。
【0037】
このように、本発明の電気絶縁油および油入電気機器においては、ジベンジル・ジスルフィドとDBPCを共存させないことで、コイル等の絶縁紙への硫化銅析出を防止することができる。従って、電気機器内部で硫化銅の析出による絶縁破壊が起こらない信頼性の高い電気絶縁油および油入電気機器を得ることができるという効果がある。
【0038】
上記実施例では、変圧器をモデルとした試験を行ったが、本発明の電気絶縁油は、変圧器以外の他の油入電気機器にも利用することができる。
【0039】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0040】
1 ガラス製試料容器、2 蓋、3 電気絶縁油、4 コイルを模擬した紙巻銅板。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
2,6−ジ−tert−ブチル−p−クレゾールの濃度が0.2重量%以下であることを特徴とする、油入電気機器に用いる電気絶縁油。
【請求項2】
前記2,6−ジ−tert−ブチル−p−クレゾールの濃度が0.1重量%以下である、請求項1に記載の電気絶縁油。
【請求項3】
前記2,6−ジ−tert−ブチル−p−クレゾールの濃度が0.08重量%以下である、請求項1に記載の電気絶縁油。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の電気絶縁油を使用した油入電気機器。

【図1】
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【公開番号】特開2011−246674(P2011−246674A)
【公開日】平成23年12月8日(2011.12.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−123941(P2010−123941)
【出願日】平成22年5月31日(2010.5.31)
【出願人】(000006013)三菱電機株式会社 (33,312)
【Fターム(参考)】