説明

電磁クラッチ用の摩擦板及びトルク伝達カップリング

【課題】摩擦板の孔間のブリッジ部での磁束の短絡を抑制し、締結効率を向上させることを可能とする電磁クラッチ用の摩擦板及びトルク伝達カップリングを提供する。
【解決手段】径方向の中間部に周方向に複数形成された長孔37,43及び長孔37,43間に形成され径方向内外間を連続させるブリッジ部39,45とを備え、電磁石側とアーマチャ15との間で長孔37,43の径方向内外を周回するように形成される磁路49により電磁石側及びアーマチャ15間で締結結合されるインナー・プレート20、アウター・プレート22であって、ブリッジ部39,45に、残留応力を与えたことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車等に供する電磁クラッチ用の摩擦板及びトルク伝達カップリングに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、電磁クラッチ用の摩擦板及びこれを用いたトルク伝達カップリングとして、特許文献1に記載されたカップリングがある。
【0003】
このカップリングは、メイン・クラッチとパイロット・クラッチとアーマチャと電磁石とを備えている。電磁石への通電によりロータとパイロット・クラッチとアーマチャとを通じて磁路が形成され、ロータに対してアーマチャを引き付け、パイロット・クラッチが締結される。
【0004】
パイロット・クラッチが締結されるとカム機構を介してプレッシャー・プレートが移動し、メイン・クラッチが締結される。
【0005】
前記パイロット・クラッチの磁性体であるアウター・プレート及びインナー・プレートには、前記磁路形成のために径方向の中間部に周方向に複数形成された長孔が形成され、長孔間には、径方向内外間を連続させるブリッジ部が備えられている。
【0006】
そして、前記長孔の径方向内外を通るようにして電磁石からロータ、パイロット・クラッチ、及びアーマチャ間に周回するように磁路が形成されて前記引き付けが行なわれる。
【0007】
しかし、長孔間のブリッジ部の存在で、この部分での径方向内外間の磁束の短絡により、長孔の径方向内外を周回する磁路以外の磁束漏れを生じ、締結効率を低下させる原因となっていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2001−107991号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
解決しようとする問題点は、摩擦板の孔間のブリッジ部を短絡して磁束漏れを生じ、効率を低下させる原因となっていた点である。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、摩擦板の孔間のブリッジ部での磁束の短絡を抑制し、締結効率を向上させることを可能とするため、径方向の中間部に周方向に複数形成された孔及び孔間に形成され径方向内外間を連続させるブリッジ部とを備え、電磁石側とアーマチャとの間で前記孔の径方向内外を周回するように形成される磁路により前記電磁石側及びアーマチャ間で複数枚が締結結合される電磁クラッチ用の摩擦板であって、前記ブリッジ部に、残留応力を与えたことを特徴とする。
【0011】
前記電磁クラッチ用の摩擦板を用いたトルク伝達カップリングであって、 内外回転部材間のメイン・クラッチに推力変換機構を働かせて押圧力を付与するパイロット・クラッチと、前記パイロット・クラッチの一側に対向配置されたロータ及び同他側に対向配置されたアーマチャと、前記ロータとパイロット・クラッチとアーマチャとを通じて前記磁路を形成し前記アーマチャを前記パイロット・クラッチの他方側に押し付けて前記推力変換機構を働かせる電磁石とを備え、前記パイロット・クラッチに、前記電磁クラッチ用の摩擦板を用いたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明の電磁クラッチ用の摩擦板は、上記構成であるから、残留応力を与えたブリッジ部により、この部分での径方向内外間の磁束の短絡を抑制し、孔の径方向内外を周回する磁路を精度良く形成し、締結効率を向上させることができる。
【0013】
本発明のトルク伝達カップリングは、上記構成であるから、締結効率の良いトルク伝達を行わせることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】トルク伝達カップリングの断面図である。(実施例1)
【図2】パイロット・クラッチのインナー・プレートの正面図である。(実施例1)
【図3】パイロット・クラッチのアウター・プレートの正面図である。(実施例1)
【図4】製造工程に係り、(A)は比較例、(B)は実施例を示す説明図である。(比較例、実施例1)
【図5】磁路の形成に係り、(A)は比較例、(B)は実施例を示す説明図である。(比較例、実施例1)
【発明を実施するための形態】
【0015】
摩擦板の孔間のブリッジ部での磁束の短絡を抑制し、締結効率を向上させることを可能にするという目的を、ブリッジ部に残留応力を与えることにより実現した。
【実施例1】
【0016】
[トルク伝達カップリング]
図1は、トルク伝達カップリングの断面図である。
【0017】
図1のトルク伝達カップリングは、パイロット・クラッチに、本実施例1の電磁クラッチ用の摩擦板を用いたものである。
【0018】
このトルク伝達カップリング1は、例えば四輪駆動車のファイナル・ドライブ側に配置され、プロペラ・シャフトとドライブ・ピニオン・シャフトとの間に取り付けられる。
【0019】
トルク伝達カップリング1は、クラッチ・ハウジング3とシャフト5とを備えている。
【0020】
前記クラッチ・ハウジング3及びシャフト5間に、メイン・クラッチ7、パイロット・クラッチ9、カム・プレート11、押圧プレート13、アーマチュア15が配置されている。
【0021】
前記メイン・クラッチ7は、複数枚のインナー・プレート17とアウター・プレート19とを備え、両プレート17,19が交互に配置されている。
【0022】
インナー・プレート17は、シャフト5にスプライン係合している。アウター・プレート19は、クラッチ・ハウジング3にスプライン係合している。メイン・クラッチ7は、押圧プレート13の押圧によって締結され、クラッチ・ハウジング3とシャフト5との間のトルク伝達を行う。
【0023】
押圧プレート13は、前記シャフト5にスプライン係合している。
【0024】
パイロット・クラッチ9は、アーマチュア15とロータ21との間に介在され、複数枚のインナー・プレート20とアウター・プレート22とを備え、両プレートが交互に配置されている。
【0025】
インナー・プレート20は、カム・プレート11の外周面にスプライン係合し、アウター・プレート22は、クラッチ・ハウジング3にスプライン係合している。
【0026】
アーマチュア15は、クラッチ・ハウジング3にスプライン係合している。このアーマチュア15は、後述する電磁石の磁力によって引き付けられ、パイロット・クラッチ9を締結するようにロータ21側へ移動可能である。
【0027】
カム・プレート11の背面側は、ニードル・ベアリング23を介して、ロータ21側に当接する構成となっている。カム・プレート11と押圧プレート13との間には、推力変換機構としてボール25を備えたカム機構27が設けられている。
【0028】
ロータ21の収容空間部には、電磁石29が配置されている。電磁石29は、電流制御に応じた電磁力を発生するもので、支持体31に固定されている。支持体31は、ベアリング33を介して、前記ロータ21のボス部外周に相対回転自在に支持されている。支持体31は、車体側のブラケット35に回転不能に係合している。電磁石29は、車体側の電源及びコントローラに対してハーネス37を介し電気的に接続されている。
【0029】
そして、電磁石29への通電制御によって、ロータ21、支持体31、アーマチュア15間に磁路が形成される。
【0030】
この磁路の形成によって、アーマチュア15がロータ21側へ引き付けられ、パイロット・クラッチ9が締結されると、カム・プレート11がクラッチ・ハウジング3側に回転方向に係合する。シャフト5側に係合する押圧プレート13がカム・プレート11に対して相対回転し、カム機構27が働いて推力を発生する。
【0031】
この推力は、ニードル・ベアリング23を介して、ロータ21側へ伝達され、その反力として押圧プレート13に作用する。この反力の作用によって、押圧プレート13が移動し、メイン・クラッチ7を締結する。メイン・クラッチ7は、締結力に応じてクラッチ・ハウジング3からシャフト5へトルク伝達を行う。
【0032】
従って、例えばエンジンからのトルクを後輪側へメイン・クラッチ7の締結力に応じて伝達することができる。
【0033】
[摩擦板]
図2は、パイロット・クラッチのインナー・プレートの正面図、図3は、パイロット・クラッチのアウター・プレートの正面図である。
【0034】
図2のように、インナー・プレート20の径方向の中間部には、周方向に複数形成された孔として、6個の長孔37が形成されている。各長孔37間には、径方向内外間を連続させるブリッジ部39(図上網掛部)が6個形成されている。これら各ブリッジ部39には、残留応力として圧縮残留応力が与えられている。インナー・プレート20の内周には、カム・プレート11に係合するインナー・スプライン41が形成されている。
【0035】
図3のように、アウター・プレート22の径方向の中間部には、周方向に複数形成された孔として、インナー・プレート20の長孔37に対応して6個の長孔43が同一の大きさで形成されている。各長孔43間には、径方向内外間を連続させるブリッジ部45(図上網掛部)がインナー・プレート20のブリッジ部39に対応して6個同一の大きさで形成されている。
【0036】
各ブリッジ部45には、残留応力として圧縮残留応力が与えられている。アウター・プレート22の外周には、クラッチ・ハウジング3に係合するスプライン47が形成されている。
【0037】
なお、インナー・プレート20及びアウター・プレート22の長孔37、43、ブリッジ部39、45は、必ずしも同じ大きさである必要はない。
【0038】
図4は、製造工程に係り、(A)は比較例、(B)は実施例を示す説明図である。(A)(B)の左欄は工程を示し、右欄は各工程での残留応力状態を示している。
【0039】
(A)のように、比較例は、板材料受入の工程で原材料を導入し、プレス抜きの工程でインナー・プレート20、アウター・プレート22をプレスにより打ち抜き加工する。このとき残留応力が発生するので、後工程の熱処理で残留応力を取り除く。
【0040】
したがって(A)では、プレス加工により熱処理前に残留応力が発生し、熱処理で残留応力が取り除かれている。
【0041】
これに対し、(B)の実施例では、熱処理の後、ブリッジ押しの工程を設けている。このブリッジ押し工程では、例えば複数のブリッジ部39(45)を押圧可能な円筒状の治具を用い、油圧プレスやハンド・プレスを行い、ブリッジ部39(45)のみに残留応力が発生するように荷重を加える。
【0042】
したがって、(B)では、熱処理で残留応力が取り除かれ、その後ブリッジ押し工程でブリッジ部39,45に残留応力を与えている。
【0043】
[磁路]
図5は、磁路の形成に係り、(A)は比較例、(B)は実施例を示す説明図である。
【0044】
図5では、パイロット・クラッチでの磁路形成を概念的に示しており、(A)の比較例では、ブリッジ部39A、45Aに残留応力を与えていないので、ブリッジ部39A,45Aの部分での径方向内外間の磁束の短絡により、長孔37A,43Aの径方向内外を周回する磁路49A以外に磁束漏れを生じており、締結効率の低下を招いている。
【0045】
これに対し、(B)の実施例では、ブリッジ部39、45に残留応力を与えているので、ブリッジ部39,45の部分での径方向内外間の磁束の短絡を抑制し、長孔37,43の径方向内外を周回する磁路49を精度良く形成し、締結効率を向上させることができた。
【0046】
なお、ブリッジ部に残留応力を与える摩擦板は、電磁クラッチ用であれば、図1のトルク伝達カップリング以外の装置にも適用することができる。残留応力の付与は、インナー・プレート20とアウター・プレート22との何れか一方にすることもできる。
【符号の説明】
【0047】
1 トルク伝達カップリング
3 クラッチ・ハウジング(外回転部材)
5 シャフト(内回転部材)
7 メイン・クラッチ
9 パイロット・クラッチ
15 アーマチャ
20 インナー・プレート(摩擦板)
22 アウター・プレート(摩擦板)
21 ロータ
29 電磁石
37,43 長孔(孔)
39,45 ブリッジ部
49 磁路

【特許請求の範囲】
【請求項1】
径方向の中間部に周方向に複数形成された孔及び孔間に形成され径方向内外間を連続させるブリッジ部とを備え、電磁石側とアーマチャとの間で前記孔の径方向内外を周回するように形成される磁路により前記電磁石側及びアーマチャ間で複数枚が締結結合される電磁クラッチ用の摩擦板であって、
前記ブリッジ部に、残留応力を与えた、
ことを特徴とする電磁クラッチ用の摩擦板。
【請求項2】
請求項1記載の電磁クラッチ用の摩擦板を用いたトルク伝達カップリングであって、
内外回転部材間のメイン・クラッチに推力変換機構を働かせて押圧力を付与するパイロット・クラッチと、
前記パイロット・クラッチの一側に対向配置されたロータ及び同他側に対向配置されたアーマチャと、
前記ロータとパイロット・クラッチとアーマチャとを通じて前記磁路を形成し前記アーマチャを前記パイロット・クラッチの他方側に押し付けて前記推力変換機構を働かせる電磁石とを備え、
前記パイロット・クラッチに、前記電磁クラッチ用の摩擦板を用いた、
ことを特徴とするトルク伝達カップリング。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−104523(P2013−104523A)
【公開日】平成25年5月30日(2013.5.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−250523(P2011−250523)
【出願日】平成23年11月16日(2011.11.16)
【出願人】(000225050)GKNドライブラインジャパン株式会社 (409)