説明

電磁クラッチ

【課題】ロータのスリップ回転時の摩擦熱によるベルトの焼損、軸受の焼き付き等を未然に防止し得る自己保持型の電磁クラッチを提供する。
【解決手段】電磁クラッチ1は、動力伝達用の永久磁石6、励磁コイル24およびアーマチュア解放用の永久磁石32を備えている。永久磁石6は、動力伝達時において、アーマチュア11をロータ5の摩擦面15aに磁気吸着させている。励磁コイル24は、動力を遮断するとき通電励磁されることにより永久磁石6の磁気力を打ち消し、アーマチュア11を永久磁石6から解放させる。永久磁石32は、動力伝達を遮断したとき、アーマチュア11をロータ5から離間させスプリングカバー33に磁気吸着させる。永久磁石6のキュリー温度は、ロータ5のスリップ回転時における発熱温度より低い。永久磁石32のキュリー温度は、ロータ5のスリップ回転時における発熱温度より高い。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、永久磁石の磁束によって生じる磁気力を利用して動力を伝達し、励磁コイルへの通電によって動力の伝達を遮断する電磁クラッチに関するものである。
【背景技術】
【0002】
永久磁石の磁束によって生じる磁気力(以下、単に磁気力ともいう)によって動力を伝達する電磁クラッチとしては、従来から種々提案されている(例えば、特許文献1、2、3参照)。
【0003】
前記特許文献1に記載されている無励磁作動型電磁クラッチは、回転軸に取付けられたロータと、前記回転軸にベアリングを介して回転自在に取付けられたハブと、このハブに取付けられたアーマチュアと、前記ロータに軸線方向に並設された永久磁石および励磁コイルとを備えている。ロータは、非磁性材からなるコンパウンドによって一体的に結合された外磁極部材および内磁極部材の2部材からなり、これら両部材のフランジ部間に形成した空間に永久磁石を介在させている。
【0004】
永久磁石の磁気回路は、磁束がロータの外磁極(外磁極部材の磁極面)からアーマチュアに迂回してロータの内磁極(内磁極部材の磁極面)に流れる磁気回路を形成している。
一方、励磁コイルの磁気回路は、磁束がフィールドコア−内磁路部材−永久磁石−外磁路部材を経てフィールドコアに流れる磁気回路を形成している。
【0005】
このような構造からなる無励磁作動型電磁クラッチにおいて、励磁コイルの通電を遮断している無励磁状態では、永久磁石の磁気力によりアーマチュアの摩擦面(磁極面)をロータの摩擦面(磁極面)に磁気吸着させることにより、ロータとアーマチュアとを摩擦結合させている。例えば、ウォーターポンプ用無励磁作動型電磁クラッチであれば、エンジンの動力がベルトを介してハブに伝達されるので、エンジンの駆動中はウォーターポンプも駆動している。このエンジンの駆動中において、ウォーターポンプへの動力伝達を遮断するときは、励磁コイルに通電し、その磁束によって生じる磁気力で永久磁石の磁気力を打ち消す。これによりアーマチュアは、永久磁石による磁気力から解放されるため、ばねの弾性復帰力でロータから離間し、エンジンからウォーターポンプへの動力伝達を遮断する。
【0006】
前記特許文献2に記載されている無励磁作動型電磁クラッチは、ロータを固定ハウジングに軸受を介して回転自在に配設している。ロータは、内側円筒状磁路部(内側磁束路部)と、外側円筒状磁路部(外側磁束路部)と、これら両磁路部の一端を連結する円板状の磁路部(フランジ部)とからなり、これら磁路部間に形成した環状溝内に一対の環状磁性板、永久磁石および励磁コイルの一部を組込んでいる。
【0007】
前記永久磁石は、外側円筒状磁路部および内側円筒状磁路部と適宜な隙間を保って対向し、一対の環状磁性板に挟持されている。一対の環状磁性板のうち永久磁石より環状溝の奥側に位置する一方の環状磁性板は、前記円板状磁路部の内面および外側円筒状磁路部の内周面と適宜な隙間を保って対向し、内側円筒状磁路部の外周面に固定されている。他方の環状磁性板は、内側円筒状磁路部および励磁コイルと適宜な隙間を保って対向し、外側円筒状磁路部の内周面に固定されている。励磁コイルは、上記特許文献1に記載の発明と同様に永久磁石がアーマチュアを磁気吸着して動力の伝達を行なっているとき、無励磁状態に保持され、動力伝達を遮断するとき通電されることにより、上記特許文献1と同様に永久磁石の磁気力を打ち消し動力の伝達を遮断する。
【0008】
前記特許文献3の図5に記載されている動力伝達機構は、上述した特許文献2に記載の電磁クラッチと同様に、ロータの環状溝内に励磁コイルと、一対の磁性板によって挟持された永久磁石を軸線方向に並設し、動力伝達時に永久磁石の磁気力によってアーマチュアをロータの摩擦面に磁気吸着させ、動力伝達を遮断するとき同じく励磁コイルに通電することにより永久磁石の磁気力を打ち消し動力の伝達を遮断するようにしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】米国特許第3,263,784号明細書
【特許文献2】実公昭63−011394号公報
【特許文献3】特開2007−333109号公報
【特許文献4】特開昭57−051025号公報
【特許文献5】実公昭59−027550号公報
【特許文献6】特開2006−200570号公報
【特許文献7】特開平8−135686号公報
【特許文献8】実公昭59−005232号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上記した特許文献1〜3に記載されている従来の電磁クラッチは、通常カーエアコン用コンプレッサやウォーターポンプなどの従動側機器の動力伝達装置として使用されるものの、従動側機器の回転軸が過負荷によってロック(停止)したり、あるいはロータとアーマチュアの摩擦面間に外部から油類が付着すると、ロータとアーマチュアとの間に異常な滑りが生じ、ロータがスリップ回転する。このようなスリップ回転が発生すると、摩擦熱によってロータやアーマチュアの温度が瞬時に上昇するため、駆動側機器の回転をロータに伝達するベルトが焼損したり、ロータを軸支している軸受のグリースが流出して軸受が焼き付いたりし、電磁クラッチが短時間で動作不能になるという問題があった。
【0011】
このような従動側機器の過負荷等によるロータのスリップ回転に対する対策としては、例えば特許文献4〜8に記載されている電磁クラッチが知られている。
【0012】
前記特許文献4に記載されている電磁クラッチは、励磁コイルの磁束による磁気力により動力伝達を行なう電磁クラッチにおいて、温度ヒューズを備え、スリップ回転による摩擦熱によって温度ヒューズ周辺の温度が上昇すると、ヒューズがその熱によって溶断して励磁コイルヘの通電を遮断し、アーマチュアをロータから解放させるようにしている。
【0013】
前記特許文献5に記載されている電磁クラッチは、入力プーリと従動側機器のハウジングに温度検出部と回転ピックアップ装置を互いに対向させて設けている。回転ピックアップ装置は、入力プーリの異常な温度上昇により温度検出部の温度収縮部材が収縮することにより出力が遮断され、これにより励磁コイルへの通電が遮断され入力プーリを空転状態にする。
【0014】
特許文献6に記載されている電磁クラッチは、クラッチプレート(アーマチュア)に弾性部材を介して連結され、回転軸と一体に回転するトルクリミッターを備えている。トルクリミッターは、ハブのフランジ部と、このフランジ部に重ねられたプレートとにボール係合溝と環状の退避部とを設け、ボール係合溝内に球面部材を介在させている。球面部材は、回転軸が過負荷によってロック状態になると、クラッチプレートに大きなトルクが作用することで、ボール係合溝から退避部に移動し、クラッチプレートをトルクリミッターから解放する。この結果、クラッチプレートは弾性部材の弾性力によってロータから離間し、動力の伝達を遮断する。
【0015】
前記特許文献7に記載されている電磁クラッチは、アーマチュアとハブをダンパー機構によって接離可能に連結しており、従動側機器の回転軸が過負荷によってロックしたとき、ダンパー機構の弾性リング体(ダンパーゴム)に大きなトルクが作用することで、弾性リング体が弾性変形して一対の保持部材の隙間から抜け出し、プーリとハブの連結を遮断するようにしている。
【0016】
しかしながら、上記した特許文献4に記載されている電磁クラッチは、励磁コイルへの通電と通電の遮断とによって動力の伝達と遮断を行なっているので、永久磁石の磁気力でロータとアーマチュアを連結して動力伝達を行なう、通称、自己保持型の電磁クラッチの場合は、特許文献4に記載されているような温度ヒューズを用いることができない。
【0017】
一方、自己保持型の電磁クラッチであっても、上記した特許文献5、6に記載されているような回転ピックアップ装置やトルクリミッター機構を付加した場合は、従動側機器の回転軸への動力伝達を遮断することができる。しかしながら、その場合は回転ピックアップ装置をプーリと対向させて従動側機器の固定ハウジングに装着しなければならないため、設置スペースが必要になるとともに組立に手間が掛かる。また、電磁クラッチの構成部品が増えて製品のコストアップになる。
【0018】
上記した特許文献7に記載されている電磁クラッチは、ダンパー機構を必要とするため、特許文献3、5、8等に記載されているクラッチばねの捩り変形による巻締め力を利用してトルク伝達を行なうばね式電磁クラッチに比べて設置スペースが必要になるとともに部品点数が増加し、同様に製品コストが高くなるという問題があった。
【0019】
本発明は上記した従来の問題を解決するためになされたもので、その目的とするところは、ロータのスリップ回転時の摩擦熱によるベルトの焼損、軸受の焼き付き等を未然に防止し得るようにした自己保持型の電磁クラッチを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0020】
上記目的を達成するために本発明は、従動側機器のハウジングに回転自在に配設されたロータと、前記従動側機器の回転軸に固定されたアーマチュアハブと、前記アーマチユアハブに軸線方向に移動自在に配設されたアーマチュアと、前記ロータ内に組み込まれた磁性体および前記アーマチュアを前記ロータに連結する動力伝達用永久磁石と、前記ハウジングに取り付けられ前記ロータの内部に非接触状態で挿入配置されたフィールドコアと、前記フィールドコア内に配設され動力伝達遮断時に励磁されることにより前記動力伝達用永久磁石の磁気力を打ち消し、前記アーマチュアを前記動力伝達用永久磁石から解放させる励磁コイルと、前記動力伝達遮断時に前記アーマチュアを前記ロータから離間させ前記アーマチュアハブ方向に移動させるアーマチュア解放用永久磁石とを備え、前記動力伝達用永久磁石のキュリー温度を前記ロータのスリップ回転時における発熱温度より低くしたものである。
【0021】
また、本発明は、上記発明において、前記アーマチュア解放用永久磁石のキュリー温度を前記ロータのスリップ回転時における発熱温度より高くしたものである。
【0022】
また、本発明は、上記発明において、前記動力伝達用永久磁石が前記アーマチュア解放用永久磁石よりも高磁力永久磁石によって形成されているものである。
【0023】
また、本発明は、上記発明において、前記動力伝達用永久磁石のキュリー温度が300〜350℃で、前記アーマチュア解放用永久磁石のキュリー温度が700〜800℃であるものである。
【0024】
また、本発明は、上記発明において、前記ロータが、同心円状の内側円筒状磁路部および外側円筒状磁路部と、これら両磁路部の一端を連結する円板状磁路部とによって形成されることにより前記磁性体、前記動力伝達用永久磁石および前記フィールドコアを収容する環状溝を有し、前記磁性体と前記動力伝達用永久磁石はそれぞれ環状に形成されることにより、その内周面と前記内側円筒状磁路部との間に環状の空間を形成しており、前記フィールドコアは、前記空間内に挿入される延長部を一体に有するものである。
【0025】
また、本発明は、上記発明において、前記磁性体が前記フィールドコア側の開口縁に形成された面取り部を有するものである。
【0026】
また、本発明は、上記発明において、前記動力伝達用永久磁石が複数の磁石片で構成され、前記磁石片が仮止め部材によって前記磁性体にリング状に仮固定され、前記磁性体によって前記ロータの内部に固定されるものである。
【0027】
また、本発明は、上記発明において、前記磁性体が環状凹部を有し、前記磁石片が円弧状に形成されて前記環状凹部に配置され、前記仮止め部材が弾性を有し、前記磁石片間に介在されることにより各磁石片の外周を前記環状凹部の内壁に圧接するものである。
【0028】
さらに、本発明は、上記発明において、前記磁石片が前記ロータの内部に組み込まれた後に着磁されるものである。
【発明の効果】
【0029】
本発明において、過負荷等の発生によりロータがアーマチュアに対してスリップ回転すると、ロータとアーマチュアは摩擦熱によって発熱する。ロータの発熱温度が動力伝達用永久磁石のキュリー温度より高くなると、動力伝達用永久磁石は、磁性を失い強磁性体から常磁性体に変化する。このため、アーマチュアは動力伝達用永久磁石から解放され、アーマチュア解放用磁石の磁気力によりロータから離間する。したがって、ロータが空転し、摩擦熱による温度上昇を抑制する。この場合、動力伝達用永久磁石のキュリー温度が摩擦熱によるロータの発熱温度(例えば、600℃程度)より十分に小さい値(例えば、300〜350℃)にしておくことにより、ロータの発熱温度を低く抑えることができるため、ベルトの焼損や軸受の焼き付き等をより効果的に防止することができる。
【0030】
また、本発明においては、アーマチュア解放用永久磁石のキュリー温度をロータのスリップ回転時における発熱温度より高い値にしているので、アーマチュア解放用永久磁石はロータが発熱しても強磁性体から常磁性体に変化することがなく、アーマチュアをロータから確実に離間させることができる。
【0031】
また、本発明において、動力伝達用永久磁石はアーマチュア解放用永久磁石より高磁力永久磁石で形成されているため磁気力が大きく、動力伝達時においてアーマチュアをロータに確実に磁気吸着させておくことができる。
【0032】
また、本発明においては、フィールドコアの内側円筒部の先端に延長部を一体に延設し、この延長部の断面積をロータの内側円筒状磁路部の断面積に加算したので、ロータの内側円筒状磁路部での磁気飽和が抑制され、アーマチュアに対する磁気力の低下を防止することができる。
【0033】
また、本発明においては、磁性体のフィールドコア側開口縁に面取り部を形成したので、フィールドコアの延長部と磁性体の内周面との間の磁気抵抗を大きくすることができ、磁束の漏洩(短絡)を抑制することができる。
【0034】
また、本発明においては、動力伝達用永久磁石を複数の磁石片で構成したので、一体に形成された高価な永久磁石を用いる必要がなく、製造コストを低減することができる。
また、磁石片を仮止め部材によって磁性体に仮固定した状態でロータの内部に組込み、しかる後磁性体と磁石片をロータに固定するとともに磁石片を着磁するようにしたので、磁性体および動力伝達用永久磁石の組立が容易で、生産性を向上させることができる。
さらに、弾性を有する仮止め部材は、線ばね、合成樹脂、金属板等によって形成することができるため、安価かつ製造が容易で、磁石片を磁性体の内壁に押し付けることにより、確実に仮固定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】本発明に係る電磁クラッチの第1の実施の形態を示す動力伝達時における断面図である。
【図2】動力伝達遮断時の断面図である。
【図3】ロータの正面図である。
【図4】アーマチュアの温度変化を示す図である。
【図5】本発明に係る電磁クラッチの第2の実施の形態を示す動力伝達時の断面図である。
【図6】アーマチュア組立体の正面図である。
【図7】動力伝達遮断時の断面図である。
【図8】本発明に係る電磁クラッチの第3の実施の形態を示す動力伝達時の断面図である。
【図9】磁石ユニットの平面図である。
【図10】図9のA−A線断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0036】
以下、本発明を図面に示す実施の形態に基づいて詳細に説明する。
図1〜図3において、本実施の形態は、駆動側機器としてのエンジン(図示せず)の回転を従動側機器としてのウォーターポンプの回転軸に伝達したり、その伝達を遮断したりする電磁クラッチ1に適用した例を示す。
【0037】
前記電磁クラッチ1は、永久磁石とコイルスプリングを併用して動力伝達を行なう自己保持型の電磁スプリングクラッチを構成しており、ウォーターポンプ2のハウジング3に軸受4を介して回転自在に配設されたロータ5と、ロータ5内に組み込まれた磁石ユニットUおよび励磁コイル装置8と、ロータ5の回転を前記ウォーターポンプ2の回転軸9に伝達するアーマチュア組立体10等で概ね構成されている。また、磁石ユニットUは、動力伝達用永久磁石6と磁性体7とで構成され、アーマチュア組立体10は、アーマチュア11、コイルスプリング12、アーマチュアハブ31およびスプリングカバー33等で構成されている。
【0038】
前記ロータ5は、ウォーターポンプ2側端が開放する二重の円筒体に形成されることにより、同心円状の内側円筒状磁路部5Aおよび外側円筒状磁路部5Bと、これら両磁路部5A、5Bのアーマチュア11側端を互いに連結する円板状磁路部5Cと、内側円筒状磁路部5Aのアーマチュア11側端に突設された筒状の連結部5Dとを一体に有し、前記内側円筒状磁路部5Aが前記軸受4によって回転自在に軸支されている。また、ロータ5は、前記内側円筒状磁路部5A、外側円筒状磁路部5Bおよび円板状磁路部5Cとの間に形成されたウォーターポンプ2側に開放する環状溝14を有し、この環状溝14に前記磁石ユニットUと前記励磁コイル装置8が配設されている。
【0039】
ロータ5の内側円筒状磁路部5Aと連結部5Dは、同一の外径と内径を有している。ロータ5の外側円筒状磁路部5Bは、外周面に形成された複数のV字状溝13を有し、これらのV字状溝13に自動車エンジンの動力が図示を省略したVベルトを介して伝達されるようになっている。ロータ5の円板状磁路部5Cは、アーマチュア11と対向する表面がアーマチュア11との連結面(摩擦面)15aを形成しており、外周寄りには前記動力伝達用永久磁石6の磁束φ1 を円板状磁路部5Cからアーマチュア11に迂回させる複数個の貫通穴16が形成されている。これらの貫通穴16は、図3に示すように同一円周上に形成された円弧状のスリットからなり、前記環状溝14にそれぞれ連通している。このため、本実施の形態における電磁クラッチ1は、同一円周上に形成された複数の貫通穴16によるシングルフラックスタイプのクラッチを構成している。なお、ロータ5は、一般的に機械構造用炭素鋼(S12C)や熱間圧延鋼(SPHC)などの熱間鍛造や冷間鍛造によって製作されている。
【0040】
磁性体7とともに磁石ユニットUを構成する前記動力伝達用永久磁石6は、動力伝達時において前記アーマチュア11を吸引してロータ5の連結面15aにアーマチュア11のロータ5と対向する面(摩擦面)11aを磁気吸着によって連結させておくための磁石である。また、動力伝達用永久磁石6は、リング状に形成されて、ロータ5の内側円筒状磁路部5Aの外径より大きい内径と、外側円筒状磁路部5Bの内径より小さい外径とを有し、アーマチュア11と対向する面(表面)6aが例えばS極に、磁性体7側の面(裏面)6bが例えばN極になるように軸線方向に着磁されることにより、平行磁場タイプの磁石を構成している。このような動力伝達用永久磁石6は、キュリー温度Q1 がロータ5のスリップ回転時の発熱温度よりも十分に低い強磁性体材料によって形成されている。例えば、ロータ5のスリップ回転時の発熱温度は600℃程度であるため、動力伝達用永久磁石6としては、キュリー温度Q1 が300〜350℃程度のネオジム・鉄・ボロン系のマグネットを用いることが望ましい。なお、動力伝達用永久磁石6は、ロータ5への組込みの容易性を考慮してロータ5内に前記磁性体7とともに組み込まれた後、表裏面6a、6bがロータ5の外部から着磁される。また、本実施の形態においては、動力伝達用永久磁石6を1つの磁石で構成したが、これに限らず同一円周上に配列した複数個の磁石を樹脂モールドして一体化したり、後述するように仮止め部材によって仮止めされるものであってもよい。
【0041】
前記磁性体7は、環状部7Aと、環状部7Aの表面外周部に一体に連設された環状の突部7Bとで構成されることにより、断面形状がL字型のリング状を呈し、前記動力伝達用永久磁石6とともにロータ5の環状溝14に組み込まれている。磁性体7の環状部7Aは、ロータ5の内側円筒状磁路部5Aの外径より大きく、動力伝達用永久磁石6の内径と略等しい内径を有し、突部7Bの内側に前記動力伝達用永久磁石6がはめ込まれている。動力伝達用永久磁石6および磁性体7の内周面6c、7aと内側円筒状磁路部5Aの外周面20aとの間には、環状の適宜な空間Sが形成されている。さらに、磁性体7の内周面7aで励磁コイル装置8側の端縁には、略45°の角度で面取りされた面取り部23が形成されている。面取り部23は、後述するフィールドコア25の延長部28との間の距離を長くして磁気抵抗を大きくするために形成されている。
【0042】
前記励磁コイル装置8は、励磁コイル24と、前記フィールドコア25等で構成されている。励磁コイル24は、フィールドコア25の内部に収納され、合成樹脂29によってモールドされている。
【0043】
フィールドコア25は、前記ハウジング3に取付けた取付板26に固定され、前記ロータ5の環状溝14内に遊挿、言い換えれば非接触状態で挿入配置されている。また、フィールドコア25は、同心円状に形成された内側円筒部25Aおよび外側円筒部25Bと、これら両円筒部25A、25Bの磁石ユニットU側とは反対側端を連結する円板部25Cとで断面形状が2重の円筒状に形成されている。前記円筒部25A、25Bおよび円板部25Cによって囲まれた空間は、前記励磁コイル24を収納する環状の収納凹部27を形成している。収納凹部27は、ロータ5の環状溝14の奥側(磁石ユニットU側)に開放し、前記磁性体7と対向している。さらに、前記内側円筒部25Aの先端には、前記延長部28がフィールドコア25の軸線方向に一体に延設されている。延長部28は、フィールドコア25がロータ5の環状溝14内に遊挿された状態において、前記空間S内に挿入されている。延長部28としては、磁石ユニットUの内部、望ましくは動力伝達用永久磁石6の内部にまで延在する長さを有するものであってもよい。一方、フィールドコア25の外側円筒部25Bは、先端に延長部28が形成されていないため、内側円筒部25Aよりも短く、先端が磁性体7の裏面側外周縁部と僅かな間隔を保って対向している。
【0044】
前記アーマチュア11は、前記ロータ5と同様に機械構造用炭素鋼(S12C)や熱間圧延鋼(SPHC)などの材料によって円板状に形成され、前記スプリングカバー33の内側に軸線方向に移動自在に配設されている。また、アーマチュア11は、前記ロータ5の連結部5Dの外周を取り囲み、前記円板状磁路部5Cと対向する面11aが磁極面(摩擦面)を形成し、動力伝達時において図1に示すように動力伝達用永久磁石6の磁気力によってロータ5の摩擦面15aに連結されている。アーマチュア11の前記スプリングカバー33と対向する面11bには、複数の凹陥部11cが同一円周上に等間隔おいて形成されており、これらの凹陥部11cに前記アーマチュア解放用永久磁石32が嵌め込み固定されている。
【0045】
前記アーマチュアハブ31は、ボス部31Aと、ボス部31Aの外周に一体に突設された円板状のフランジ部31Bとからなり、前記ボス部31Aが回転軸9のハウジング3から突出する突出端部9Aにスプライン結合され、かつナット34によって固定されている。フランジ部31Bの外径は、ロータ5の連結部5Dの外径と略等しく設定されている。
【0046】
前記アーマチュア解放用永久磁石32は、励磁コイル24への通電によって電磁クラッチ1を動力伝達状態から非動力伝達状態に切り替えたとき、前記アーマチュア11をロータ5から離間させスプリングカバー33に磁気吸着させるために用いられるもので、例えば8個からなり、前記アーマチュア11に形成した複数の凹陥部11cにそれぞれ配設されている。また、アーマチュア解放用永久磁石32は、キュリー温度Q2 がロータ5のスリップ回転時におけるアーマチュア11との摩擦熱による発熱温度(600℃程度)より十分に高い強磁性体材料、例えばキュリー温度Q2 が700〜800℃程度のサマリウム・コバルト系のマグネットによって形成されている。これは、動力伝達用永久磁石6がロータ5のスリップ回転による発熱温度によって磁気力を失い強磁性体から常磁性体に変化しても、アーマチュア解放用永久磁石32は磁気力を失わず磁石として機能させるためである。なお、動力伝達用永久磁石6は、動力伝達時においてアーマチュア解放用永久磁石32の磁気力およびコイルスプリング12のばね力に抗してアーマチュア11をロータ5に連結させておく必要があるため、アーマチュア解放用永久磁石32に比べて高磁力永久磁石が用いられる。
【0047】
前記スプリングカバー33は、磁性体材料によって形成され、ボルト37によってアーマチュアハブ31のフランジ部31Bに固定されることにより、ロータ5の連結部5D、アーマチュアハブ31のフランジ部31B、アーマチュア11およびコイルスプリング12を覆っている。スプリングカバー33の内面で前記アーマチュア11と対向する平坦な面33a部分は、動力伝達の遮断時、すなわちロータ5とアーマチュア11の非連結状態においてアーマチュア解放用永久磁石32を吸着保持する解放保持部を形成している。
【0048】
前記コイルスプリング12は、断面形状が矩形のコイルばねからなり、前記ロータ5の連結部5Dの外周面とアーマチュアハブ31のフランジ部31Bの外周面とに跨って巻装され、一端12Aがアーマチュア11の内周面に形成した係止用凹部11Aに抜けを防止されて係止され、他端が前記アーマチュアハブ31の外周に形成した係止用凹部31Cに同じく抜けを防止されて係止されている。また、コイルスプリング12は、電磁クラッチ1の動力伝達遮断時において、図2に示すように自然な状態に保持されることにより、ロータ5の連結部5Dとアーマチュアハブ31のフランジ部31Bの外周面の外径より大きな内径を有してこれら両部材の外周面から離間し、外周がスプリングカバー33の内周面33bに接触している。一方、電磁クラッチ1の動力伝達時、すなわちロータ5とアーマチュア11の連結状態では図1に示すようにアーマチュア11が動力伝達用永久磁石6の磁気力によってロータ5方向に移動してその摩擦面15aに摩擦結合されるため、コイルスプリング12は、ロータ5とアーマチュア11の回転にともない縮径し、ロータ5の連結部5Dとアーマチュアハブ31のフランジ部31Bの外周面を巻き締めすることにより、ロータ5とアーマチュアハブ31を機械的に連結している。
【0049】
次に、上記構造からなる電磁クラッチ1の動作について説明する。
図1は電磁クラッチ1の動力伝達状態を示す。この状態において、アーマチュア11は動力伝達用永久磁石6の磁束φ1 によって生じる磁気力によってスプリングカバー33から離間し、ロータ5の摩擦面15aに磁気吸着されている。コイルスプリング12は、ロータ5とアーマチュア11の回転により縮径し、ロータ5の連結部5Dとアーマチュアハブ31のフランジ部31Bの外周面を巻き締めすることにより、ロータ5とアーマチュアハブ31を連結している。したがって、ロータ5とアーマチュア組立体10は、動力伝達用永久磁石6の磁気力と、コイルスプリング12による巻締め力とによって強固に連結されている。そして、この連結状態において、エンジンの動力がロータ5−アーマチュア11−コイルスプリング12−アーマチュアハブ31を経てウオーターポンプ2の回転軸9に伝達される。なお、このような電磁クラッチ1は、動力伝達状態において、励磁コイル24への通電を遮断し無励磁状態に保持していることから、無励磁作動型電磁クラッチを形成している。
【0050】
動力伝達状態から電磁クラッチ1を解放して動力の伝達を遮断するときは、図2に示すように励磁コイル24に通電し、動力伝達用永久磁石6の磁束φ1 の流れ方向とは流れ方向が反対方向の磁束φ2 を生じさせる。通電によって励磁コイル24を励磁すると、励磁コイル24の磁束φ2 は、フィールドコア25の内側円筒部25A−ロータ5の内側円筒状磁路部5A−円板状磁路部5C−アーマチュア11−ロータ5の円板状磁路部5C−外側円筒状磁路部5B−フィールドコア25の外側円筒部25B−円板部25Cの磁束路を通る。
【0051】
このとき、励磁コイル24の磁束φ2 による磁気力が動力伝達用永久磁石6の磁気力と等しくなるように励磁コイル24を通電励磁することにより、動力伝達用永久磁石6と励磁コイル24の磁気力を互いに打ち消し、これによりアーマチュア11を動力伝達用永久磁石6による磁気力から解放させる。一方、アーマチュア解放用永久磁石32の磁気力は、励磁コイル24の通電励磁によっては打ち消されないため、アーマチュア11を磁気吸引してロータ5から離間させ、スプリングカバー33の解放保持部33aに磁気吸着させる。言い換えれば、アーマチュア解放用永久磁石32は、アーマチュア11をロータ5から引き戻し、スプリングカバー33の解放保持部33aに連結させる。なお、アーマチュア解放用永久磁石32の磁束は、アーマチュア11−スプリングカバー33の磁束路を通る。
【0052】
アーマチュア11が動力伝達用永久磁石6から解放され、アーマチュア解放用永久磁石32の磁気力によってロータ5からスプリングカバー33に引き戻されると、コイルスプリング12も動力伝達用永久磁石6から解放されるため、拡径してロータ5の連結部5Dとアーマチュアハブ31のフランジ部31Bの外周面から離間する。この結果、電磁クラッチ1によるロータ5から回転軸9への動力伝達は完全に遮断される。図2はこの状態を示す。
【0053】
ウォーターポンプ2への動力伝達を遮断した後、再び電磁クラッチ1を作動させるときは、励磁コイル24に通電する。このときは、電流の流れる方向を上記とは反対方向に変えて動力伝達用永久磁石6の磁束φ1 と同じ方向の磁束φ3 (図2の点線で示す磁束)を発生させる。これにより、アーマチュア11はこれらの磁束φ1 、φ3 によって生じる磁気力により、アーマチュア解放用永久磁石32の磁気力に抗してスプリングカバー33から離間され、ロータ5の摩擦面15aに磁気吸着される。また、アーマチュア11がロータ5とともに回転すると、コイルスプリング12は縮径し、ロータ5の連結部5Dとアーマチュアハブ31のフランジ部31Bの外周面を巻き締めする。したがって、ロータ5とアーマチュア組立体10は、再び動力伝達用永久磁石6によるアーマチュア11に対する磁気力と、コイルスプリング12による巻締め力とによって強固に連結され、エンジンの動力がロータ5−アーマチュア11−コイルスプリング12−アーマチュアハブ31−回転軸9を経てウオーターポンプ2に伝達されるようになる。すなわち、電磁クラッチ1が作動する。そして、電磁クラッチ1が作動した後は、励磁コイル24ヘの通電を遮断し、動力伝達用永久磁石6とコイルスプリング12とによってロータ5とアーマチュア組立体10の連結状態を保持し、動力の伝達を行なう。
【0054】
動力伝達状態において、回転軸9が過負荷等によって停止したり、あるいは油類がロータ5とアーマチュア11の摩擦面に付着してロータ5がアーマチュア11に対してスリップ回転すると、摩擦熱によりロータ5およびアーマチュア11の温度が急激に上昇する。このときのロータ5の発熱温度は、600℃程度である。このため、アーマチュア11の温度も同様に図4に示すように急激に上昇する。
【0055】
一方、動力伝達用永久磁石6は、キュリー温度Q1 が300〜350℃のネオジム・鉄・ボロン系のマグネットで形成されているため、ロータ5のスリップ回転によるロータ5とアーマチュア11の発熱温度がキュリー温度Q1 より高くなると磁気力を失って強磁性体から常磁性体に変化し、アーマチュア11を解放する。このため、アーマチュア11は、アーマチュア解放用永久磁石32による磁気力によってロータ5の摩擦面15aからスプリングカバー33の解放保持部33aに引き戻される。アーマチュア11が動力伝達用永久磁石6から解放されてロータ5から離間すると、コイルスプリング12も解放されるため、拡径してロータ5の連結部5Dとアーマチュアハブ31のフランジ部31Bの外周面から離間する。この結果、ロータ5は空転状態となり、温度上昇が抑制される。したがって、ロータ5のV字状溝13に張設されているベルトが焼損したり、ロータ5を軸支している軸受4のグリースが流出して軸受4が焼き付いたりするといった事故を未然に防止することができる。
【0056】
一方、アーマチュア解放用永久磁石32は、キュリー温度Q2 がロータ5のスリップ回転時におけるロータ5やアーマチュア11の発熱温度よりも十分に高いサマリウム・コバルト系のマグネットによって形成されているので、磁気力を失って強磁性体から常磁性体に変化するおそれがなく、ロータ5のスリップ回転時にアーマチュア11をロータ5から離間させ、スプリングカバー33に磁気吸着させる。なお、強磁性体から常磁性体に変化した動力伝達用永久磁石6は、室温に戻った後、再度着磁することにより再び磁石として使用することが可能である。
【0057】
このように上記した構造からなる電磁クラッチ1によれば、動力伝達用永久磁石6を、キュリー温度Q1 がロータ5のスリップ回転時の発熱温度よりも低い値の磁石を用いるだけで、スリップ回転時のベルトの損傷や軸受4の焼き付き等を解決することができるため、構造が簡単で、温度ヒューズ等の他の部品を一切必要とせず、安価に製作することができる。
【0058】
また、アーマチュア解放用永久磁石32は、キュリー温度Q2 がロータ5のスリップ回転時の発熱温度よりも高い値の磁石を用いているので、ロータ5がスリップ回転によって発熱しても磁石としての機能を失うことがなく、アーマチュア11をロータ5から確実に離間させることができる。
【0059】
また、電磁クラッチ1は、フィールドコア25の内側円筒部25Aの先端に延長部28を一体に延設しているので、磁気飽和を低減することができる。すなわち、単にフィールドコア25と磁性体7とを適宜間隔を保って対向させて配置し、前記延長部28に相当する部分を設けていない場合は、ロータ5の内側円筒状磁路部5Aの磁性体7およびフィールドコア25間に位置する部分における磁路断面積は、当該部分の断面積のみによって決定される。この部分は、内周面に軸受4のための段差部45(図1)が形成されている薄肉部分であるため磁路断面積が内側円筒状磁路部5Aの他の部分より小さく、このため内側円筒状磁路部5Aの軸受突き当て部45Aの近傍、すなわち段差部45の軸受4の前端が当接する部分の近傍において、励磁コイル24の磁束φ2 (φ3 )の磁気飽和が生じ易く、磁気飽和が生じると磁気回路中の透磁率が低下し、アーマチュア11に対する磁気力が低下する。
【0060】
そこで、フィールドコア25の内側円筒部25Aの先端に延長部28を一体に延設し、この延長部28を駆動伝達用永久磁石6および磁性体7とロータ5の内側円筒状磁路部5Aとの間の空間Sに挿入しておくと、フィールドコア25の内側円筒部25Aの磁路を長くすることができるとともに、前記軸受突き当て部45Aの近傍における磁路断面積をフィールドコア25の延長部28の断面積を加算した値分だけ増加させることができる。したがって、延長部28を設けない場合に比べてロータ5の内側円筒状磁路部5Aでの磁気飽和が抑制され、アーマチュア11に対する磁気力を増大させることができる。
【0061】
さらに、磁性体7の内周面7aでフィールドコア25側開口縁に面取り部23を形成しているので、フィールドコア25の内側円筒部25Aの外周面と磁性体7の内周面7aとの間の距離が長くなって磁気抵抗が大きくなり、磁束の漏洩(短絡)を抑制することができる。したがって、アーマチュア11に対する磁気力を一層増大させることができる。
【0062】
図5〜図7は、本発明に係る電磁クラッチの第2の実施の形態を示すもので、上記した第1の実施の形態と同一構成部品、部分については同一符号をもって示し、その説明を適宜省略する。本実施の形態の電磁クラッチ50は、アーマチュア組立体60が第1の実施の形態で説明した電磁クラッチ1のアーマチュア組立体10と相異している。具体的には、アーマチュア組立体60は、前述したコイルスプリング12およびスプリングカバー33を備えず、アーマチュア11、アーマチュアハブ31、アーマチュア解放用永久磁石32、板ばね62およびストッパープレート64等で構成されている。また、コイルスプリング12を備えていないため、ロータ5の延長部5Dを取り除いている。
【0063】
アーマチュア11は、3つの板ばね62を介してアーマチュアハブ31に軸線方向に移動可能に取付けられている。
【0064】
前記板ばね62は、ばね用鋼板等の打ち抜き加工によって長方形の形状に形成することにより、固定基部62Aと自由端部62Bとで構成され(図6)、固定基部62Aがアーマチュアハブ31のフランジ部31Bの裏面に密接され、複数のリベット65によってかしめ固定されている。自由端部62Bは、アーマチュア11の摩擦面11aとは反対側の面に密接され、リベット66によってかしめ固定されている。また、板ばね62は、固定基部62Aと自由端部62Bを連結する連結部62Cを備えている。連結部62Cは板厚方向に弾性変形自在であり、固定基部62Aよりも自由端部62Bがアーマチュアハブ31の回転方向前方側に位置するようにロータ5側に所要角度折り曲げられている。
【0065】
前記ストッパープレート64は、アーマチュアハブ31のフランジ部31Bの裏面側に、前記板ばね62の固定基部62Aとともに前記リベット65によってかしめ固定されている。また、ストッパープレート64は、磁性体材料によって正面視略三角形の形状に形成され、各頂点部がロータ5側に折り曲げられ、アーマチュア11に対する解放保持部64Aを形成している。
【0066】
このようなアーマチュア組立体60を備えた電磁クラッチ50は、図5に示す動力伝達状態において、アーマチュア11が動力伝達用永久磁石6の磁束φ1 によって生じる磁気力によってロータ5の摩擦面15aに連結されている。このため、板ばね62は、ロータ5側に弾性変形している。
【0067】
動力伝達状態から電磁クラッチ50を解放して動力の伝達を遮断するときは、図7に示すように励磁コイル24に通電し、動力伝達用永久磁石6の磁束φ1 による磁気力を励磁コイル24の磁束φ2 により生じる磁気力によって打ち消す。これにより、板ばね62が弾性復帰し、アーマチュア11をロータ5から離間させ、ストッパープレート64側に変位させる。そして、アーマチュア11は、アーマチュア解放用永久磁石32の磁気力によりストッパープレート64の解放保持部64Aに磁気吸着される。なお、ストッパープレート64の解放保持部64Aをロータ5側に折り曲げた理由は、アーマチュア11とアーマチュアハブ31のフランジ部31Bとの間に板ばね62が挟み込まれるからである。
【0068】
ここで、板ばねでアーマチュアを保持する一般の電磁クラッチは、板ばねにプリセット荷重を与え、アーマチュア解放時に板ばねの弾性復帰力のみでアーマチュア11をロータ5から離間させているが、本実施の形態の電磁クラッチ50は、アーマチュア解放用永久磁石32の磁気力でアーマチュア11をロータ5から離間させる構造を採っているため、板ばね62にプリセット荷重を与える必要はない。また、板ばね62は、単に動力伝達用部材を構成しているだけであるため必ずしも必要ではなく、例えばアーマチュア11の内周面とアーマチュアハブ31のボス部31Aの外周面とをスプライン嵌合などにより連結することにより、板ばね62を省略することができる。またさらには、アーマチュアハブ31のフランジ部31Bに解放保持部(アーマチュア解放用永久磁石の磁路部)を設けることにより、ストッパープレート64を省略することができる。
【0069】
図8〜図10は、本発明に係る電磁クラッチの第3の実施の形態を示すもので、図5〜図7に示した第2の実施の形態と同一構成部品、部分については同一符号をもって示し、その説明を適宜省略する。本実施の形態の電磁クラッチ70は、アーマチュア組立体71が第2の実施の形態のアーマチュア組立体60と異なるとともに、磁石ユニットU’の構成が第1、第2の実施の形態の電磁クラッチ1、50の磁石ユニットUと異なっている。具体的には、アーマチュア組立体70は、前述したストッパープレート64を備えず、アーマチュア11、アーマチュアハブ31、アーマチュア解放用永久磁石32および板ばね62等で構成されている。アーマチュアハブ31は、回転軸9の端部9Aにスプライン嵌合されるボス部31Aと、ボス部31Aの外周に突設されたフランジ部31Bと、フランジ部31Bの外周に周方向に等間隔おいて突設され前記アーマチュア11に対向する3つの解放保持部31Cとで構成されている。すなわち、アーマチュアハブ31は、解放保持部31Cを一体に有することにより、第2の実施の形態のストッパープレート64を兼用するものである。
【0070】
前記磁石ユニットU’は、動力伝達用永久磁石6と、磁性体7および永久磁石6を磁性体7に仮止めする仮止め部材72とで構成されている。動力伝達用永久磁石6は、リング状ではあるが、周方向に分割された例えば8つの円弧状の磁石片6a〜6hによって構成されている。
【0071】
磁極片6a〜6hは、ネオジューム、フェライト等の強磁性材料によって製作され、表裏面にN極とS極が着磁されている。ただし、磁石片6a〜6hの着磁は、磁性体7とともにロータ5内に組み込まれた後で行われる。
【0072】
前記磁性体7は、ロータ5の内側円筒状磁路部5Aの外径より大きい中心孔74を有し、外径が外側円筒状磁路部5Bの内径と略等しい円板状に形成されている。磁性体7のアーマチュア11側の面には、動力伝達用永久磁石6がはめ込まれる環状の凹部75が形成されている。環状凹部75は、穴径が永久磁石6の外径、言い換えれば磁石片6a〜6hの外周径と略等しく、内壁75Aに各磁石片6a〜6hの外周が密接される。また、磁性体7には、複数の排出用開口部76が形成されている。排出用開口部76は、ロータ5のメッキ、塗装等の表面処理時にロータ5内に溜まる空気や処理液の排出を良好にするためのもので、本実施の形態においては、磁性体7の外周に形成した半円形の切欠きの例を示したが、これに限らず適宜な形状の貫通穴であってもよい。このような排出用開口部76を設けておくと、ロータ5の環状溝14に磁石ユニットU’を組み込んだ状態において、環状溝14の磁石ユニットU’より奥側の空間77Aと手前側の空間77B(図8)を、排出用開口部76によって互いに連通させることができるため、後処理工程において、奥側の空間77A内に空気や処理液が溜まるのを防止することができる。
【0073】
図9において、前記仮止め部材72は、磁石ユニットU’をロータ5内に組込む前の状態において、着磁されていない磁石片6a〜6hを磁性体7に仮固定するためのもので、線ばね、合成樹脂等によって略コ字状またはΩ形状に形成されていることにより、互いに対向する弾性変形部72A、72Bと、両弾性変形部72A、72Bの基端を連結する連結部72Cとからなり、各弾性変形部72A、72Bの自由端部には外側に折り曲げられた係止部72D、72Eがそれぞれ設けられている。このような仮止め部材72は、図9に示すように、磁石片6a〜6hを磁性体7の環状凹部75に周方向に所定の隙間78を保ってリング状に配置した後、隙間78に弾性変形部72A、72Bを閉脚させた状態で弾装される。弾性変形部72A、72Bは、弾装されると弾性復帰によって開脚し各磁石片6a〜6hの側面を押圧する。また、係止部72D、72Eが各磁石片6a〜6hの内周側角部を押圧する。このため、各磁石片6a〜6hは、外周面が環状凹部75の内壁75Aに圧接することにより磁性体7に対して仮固定され、磁石ユニットU’が組立てられる。そして、磁石ユニットU’は、磁極片6a〜6hを磁性体7に仮固定した状態でロータ5内に組み込まれる。組込みに際しては、磁性体7をロータ5の環状溝14に圧入して磁石片6a〜6hを円板状磁路部6Cの内面に押し付け、磁性体7を外側円筒状磁路部5Bの内面に固定する。磁性体7の外側円筒状磁路部5Bに対する固定は、かしめ固定、電子ビール溶接、レーザー溶接等によって行なうことができる。なお、図8はかしめ固定により固定した例を示し、符号79は外側円筒状磁路部5Bのかしめ部である。
【0074】
磁石片6a〜6hの仮止め方法および仮止め部材としては、上記した実施の形態に限らず、種々の変更、変形が可能である。例えば、磁石片6a〜6hを2つ置きに間隔を空けてリング状に配置し、仮止め部材72を各隙間に弾装して仮止めしたり、あるいは複数のの仮止め部材72を一本の線材の折曲加工によって一連に形成したものであってもよい。
【0075】
このような電磁クラッチ70の製造に際しては、複数の磁石片6a〜6hと磁性体7を用意する。そして、磁性体7の環状凹部75に磁石片6a〜6hを仮止め部材72によって仮止めし、磁石ユニットU’を組立てる。この状態において、磁石片6a〜6hは、未だ着磁されていないため、磁石片6a〜6hと磁性体7とは磁気吸着していない。
【0076】
次に、磁石ユニットU’をロータ5の内部に組込み、磁石片6a〜6hをロータ5の円板状磁路部5Cの内面に押し付ける。そして、磁性体7を外側円筒状磁路部5Bの内周面にかしめ、電子ビーム溶接等によって固定する。
【0077】
磁石ユニットU’のロータ5への組込み作業が完了した後、ロータ5にメッキや塗装等の表面処理を施す。例えば、カチオン電着塗装を施す場合は、ロータ5を電着槽内のカチオン電着塗料液中に浸漬し、ロータ5を陰極とし、陽極との間に電圧を印加することにより、ロータ5全体にカチオン電着塗膜を形成する。
【0078】
ここで、ロータ5をカチオン電着塗料液に浸漬したとき、ロータ5の内部に空気が残ったり、塗料液が溜まったりする箇所があると、塗装不良の原因となる。磁性体7より奥側の空間77Aのうち特に動力伝達用永久磁石6の外周より外側部分は、空気や塗料液の溜まり部が形成され易い箇所である。磁性体7の外周に設けた排出用開口部76は、磁性体7より奥側の空間77Aと手前側の空間77Bを連通させているので、奥側空間77A内の空気や塗料液を手前側空間77Bを通ってロータ5の外部に確実に排出することができる。したがって、上記のような問題は解消することができる。
【0079】
また、磁石ユニットU’は、ロータ5に組み込まれた後、表面処理されるため、ロータ5への組込み時に誤って傷つけられ外観不良が発生するといったおそれもない。
【0080】
電着塗装が終了すると、ロータ5を電着槽から引き上げ、加熱炉で加熱することによりカチオン電着塗膜を焼き付ける。
【0081】
電着塗装が終了すると、磁石片6a〜6hを着磁する。磁石片6a〜6hの着磁は、着磁装置によってロータ5の外部から着磁することができる。
【0082】
磁石片6a〜6hに対する着磁作業が終了した後、ロータ5に軸受4を圧入嵌合し、もって ロータ5の製造組立が完了する。
【0083】
次に、ロータ5とアーマチュア組立体71をコンプレッサ2に装着し、励磁コイル装置8をロータ5の内部に挿入配置することにより、電磁クラッチ70のコンプレッサ2への取り付け作業を終了する。
【0084】
このような構造からなる電磁クラッチ70においても、上記した第1、第2の実施の形態の電磁クラッチ1、50と同様な効果が得られることは明らかであろう。
【0085】
なお、上記した実施の形態は、いずれもアーマチュア11にアーマチュア解放用永久磁石32を設けた例を示したが、本発明はこれに何ら特定されるものではなく、スプリングカバー33、ストッパープレート64またはアーマチュアハブ31の解放保持部(33a、64A、31C)側に設けてもよい。
【産業上の利用可能性】
【0086】
本発明は、いずれもシングルフラックスタイプの電磁クラッチに適用した例を示したが、これに限らずカーエアコン用のダブルフラックスタイプの電磁クラッチにも適用することができる。
【符号の説明】
【0087】
1…電磁クラッチ、2…ウォーターポンプ、3…ハウジング、4…軸受、5…ロータ、
5A…内側円筒状磁路部、5B…外側円筒状磁路部、5C…円板状磁路部、6…動力伝達用永久磁石、6a〜6h…磁石片、7…磁性体、8…励磁コイル装置、9…回転軸、10…アーマチュア組立体、11…アーマチュア、12…コイルスプリング、14…環状溝、23…面取り部、24…励磁コイル、25フィールドコア、28…延長部、31…アーマチュアハブ、31C…解放保持部、32…アーマチュア解放用永久磁石、33…スプリングカバー、33a…解放保持部、50…電磁クラッチ、60…アーマチュア組立体、62…板ばね、64…ストッパープレート、64A…解放保持部、70…電磁クラッチ、71…アーマチュア組立体、72…仮止め部材、75…環状凹部、S…空間、U、U’…磁石ユニット。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
従動側機器のハウジングに回転自在に配設されたロータと、
前記従動側機器の回転軸に固定されたアーマチュアハブと、
前記アーマチユアハブに軸線方向に移動自在に配設されたアーマチュアと、
前記ロータ内に組み込まれた磁性体および前記アーマチュアを前記ロータに連結する動力伝達用永久磁石と、
前記ハウジングに取り付けられ前記ロータの内部に非接触状態で挿入配置されたフィールドコアと、
前記フィールドコア内に配設され動力伝達遮断時に励磁されることにより前記動力伝達用永久磁石の磁気力を打ち消し、前記アーマチュアを前記動力伝達用永久磁石から解放させる励磁コイルと、
前記動力伝達遮断時に前記アーマチュアを前記ロータから離間させ前記アーマチュアハブ方向に移動させるアーマチュア解放用永久磁石とを備え、
前記動力伝達用永久磁石のキュリー温度を前記ロータのスリップ回転時における発熱温度より低くしたことを特徴とする電磁クラッチ。
【請求項2】
請求項1記載の電磁クラッチにおいて、
前記アーマチュア解放用永久磁石のキュリー温度を前記ロータのスリップ回転時における発熱温度より高くしたことを特徴とする電磁クラッチ。
【請求項3】
請求項1または2記載の電磁クラッチにおいて、
前記動力伝達用永久磁石は、前記アーマチュア解放用永久磁石よりも高磁力永久磁石によって形成されていることを特徴とする電磁クラッチ。
【請求項4】
請求項1、2、3のうちのいずれか一項記載の電磁クラッチにおいて、
前記動力伝達用永久磁石のキュリー温度は300〜350℃で、前記アーマチュア解放用永久磁石のキュリー温度は700〜800℃であることを特徴とする電磁クラッチ。
【請求項5】
請求項1〜4のうちのいずれか一項記載の電磁クラッチにおいて、
前記ロータは、同心円状の内側円筒状磁路部および外側円筒状磁路部と、これら両磁路部の一端を連結する円板状磁路部とによって形成されることにより前記磁性体、前記動力伝達用永久磁石および前記フィールドコアを収容する環状溝を有し、
前記磁性体と前記動力伝達用永久磁石はそれぞれ環状に形成されることにより、その内周面と前記内側円筒状磁路部との間に環状の空間を形成しており、
前記フィールドコアは、前記空間内に挿入される延長部を一体に有することを特徴とする電磁クラッチ。
【請求項6】
請求項5記載の電磁クラッチにおいて、
前記磁性体は、前記フィールドコア側の開口縁に形成された面取り部を有することを特徴とする電磁クラッチ。
【請求項7】
請求項1〜6のうちのいずれか一項記載の電磁クラッチにおいて、
前記動力伝達用永久磁石は複数の磁石片で構成され、
前記磁石片は、仮止め部材によって前記磁性体にリング状に仮固定され、前記磁性体によって前記ロータの内部に固定されることを特徴とする電磁クラッチ。
【請求項8】
請求項7記載の電磁クラッチにおいて、
前記磁性体は、環状凹部を有し、
前記磁石片は、円弧状に形成されて前記環状凹部にリング状に配置され、
前記仮止め部材は、弾性を有し、前記磁石片間に介在されることにより各磁石片の外周を前記環状凹部の内壁に圧接することを特徴とする電磁クラッチ。
【請求項9】
請求項8記載の電磁クラッチにおいて、
前記磁石片は、前記ロータの内部に組み込まれた後に着磁されることを特徴とする電磁クラッチ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2010−25336(P2010−25336A)
【公開日】平成22年2月4日(2010.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−101747(P2009−101747)
【出願日】平成21年4月20日(2009.4.20)
【出願人】(000185248)小倉クラッチ株式会社 (55)