説明

電線・ケーブル

【課題】しゅう動環境下において、柔軟性と、優れた耐摩耗性及び低摩擦性を有する電線・ケーブルを提供する。
【解決手段】導体と、前記導体の外周に被覆材を有する電線において、前記被覆材表面の比摩耗量が500×10-8mm3/Nm以下であり、摩擦係数が0.3以上0.5以下とするものである。被覆材はゴムであり、この被覆材を不活性ガス雰囲気中において電子線照射することにより、表面のみを改質し、硬化させる。また、改質させる厚さが被覆材全体の厚さに対し、表面から3%以上20%以下である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、しゅう動環境下において使用される電線・ケーブルに関するものである。
【背景技術】
【0002】
電線・ケーブルは配線・布設時に電線管、ダクトなどの中を通したり、引きずりまわしたりする。また使用時には電線・ケーブル同士や他の部材と接触し、しゅう動させ使用される場合がある。このため耐摩耗性に優れることは勿論のこと、滑り性の良好な低摩擦性被覆材が要望されている。これを改善する手法として、グラファイト、二硫化モリブデン、4フッ化エチレン樹脂、シリコーン樹脂、滑剤などの固体潤滑剤を混和する方法が一般的である。例えば、特許文献1には、被覆材としてスチレン系熱可塑性エラストマーを用い、シリコーンオイル、パラフィン系オイルを含有させることで滑り性を向上させる方法が記載されている。また、特許文献2には、ケーブルの絶縁層または、およびシース層を形成する樹脂にシリコーンパウダーを添加する方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2001−031903号公報
【特許文献2】特開2003−7144号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、上記の手法では、製造された組成物の引張強さなどの機械的強度の大幅な低下を招くという欠点がある。このような欠点を補うため様々な手法が検討されているが、必ずしも十分とは言えない状況にある。例えば混和する固体潤滑剤を微粉化する、シランカップリング剤により表面処理するなどの方法が検討されているが、その効果は十分なものではない。このためこれらの手法で製造された被覆材は、その利用範囲が制限されることが多かった。
【0005】
本発明の目的は、これらの上記課題を解決し、しゅう動環境下において優れた耐摩耗性及び低摩擦性を有する電線・ケーブルを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は上記の目的を達成するため、不活性ガス雰囲気中で電線・ケーブル被覆材表面に電子線を照射し、表面のみを改質硬化させることで、被覆材自体の柔軟性は失わず、表面のみの硬さを向上させることにより耐摩耗性、低摩擦性を付与したことを特徴とするものである。
【0007】
本発明者は、電線・ケーブル被覆材の表面のみを改質することにより、被覆材自体の性能を大幅に変えることなく、耐摩耗性および低摩擦性を付与することが可能となることを見出し、本発明に至った。
【0008】
第一の本発明は、導体と、前記導体の外周に被覆材を有する電線であり、前記被覆材表面の比摩耗量が500×10‐8mm3/Nm以下であり、摩擦係数が0.3以上0.5以下であることを特徴とする電線である。
【0009】
また、第二の本発明は、導体と、前記導体を被覆する絶縁体と、前記絶縁体をさらに被覆する被覆材とを有するケーブルであり、前記被覆材表面の比摩耗量が500×10‐8mm3/Nm以下であり、摩擦係数が0.3以上0.5以下であることを特徴とするケーブル。
【0010】
本発明の被覆材はゴムであり、この被覆材を不活性ガス雰囲気中において電子線照射することにより、表面のみを改質し、硬化させることを特徴とするものである。改質させる厚さが被覆材全体の厚さに対し、表面から3%以上20%以下であることを特徴とする。
【0011】
前記電子線照射は、窒素、アルゴン、ヘリウム、ネオン、キセノンのいずれか1種、またはこれらを2種以上混合した不活性ガス中で行われ、電子線の総照射線量は10kGy以上1MGy以下であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、電線・ケーブルの被覆材自体の柔軟性は失うことなく、被覆材の耐摩耗性と低摩擦性を向上させたものであり、しゅう動環境下における電線・ケーブルの使用範囲を広げる上で大きく貢献するものである。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】加速電圧の異なる電子線を照射した際の、比重1の物質の線量吸収率と透過厚さの関係。
【図2】加速電圧80kVの電子線を照射した際の、比重1の物質の線量吸収率と透過厚さの関係。
【図3】加速電圧80kVの電子線を照射した際の、被覆材A〜Cの線量吸収率と透過厚さの関係。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の好適な一実施例の形態を記述する。
本発明は、被覆材を導体あるいは電線コア上に押出被覆後、加熱などにより加硫させ、その後、電子線照射により被覆材表面をさらに改質硬化させることにより、被覆材の低摩擦性と耐摩耗性を向上させるものである。
【0015】
本発明の電線・ケーブルの被覆材としては、エチレンプロピレンゴム(EPM)、ブチルゴム(IIR)、クロロプレンゴム(CR)、ニトリルゴム(NBR)、ふっ素ゴム(FKM)、シリコーンゴム(VMQ)、スチレンブタジエンゴム(SBR)、クロロスルホン化ポリエチレン(CSM)、塩素化ポリエチレン(CM)などのゴム系被覆材が挙げられ、これらを単独あるいは2種以上をブレンドして用いてもよい。
【0016】
またこれらの改質を目的に、ポリエチレン、エチレン酢酸ビニルコポリマ、エチレンエチルアクリレートコポリマなどのプラスチックをブレンドすることも可能である。
【0017】
さらに安定剤、加硫剤、酸化防止剤、充てん剤、補強剤、着色剤、滑剤、軟化剤、可塑剤などの配合剤を適宜加えることも可能である。
【0018】
これらの被覆材表面を効率よく改質するため、トリメチロールプロパントリメリテート、メタクリレートモノマ、フェニレンジマレイミド、トリアリルイソシアヌレートなどの多官能モノマを被覆材中に混合するか、あるいは被覆材の表面上に塗布することが有効である。
【0019】
改質するための電子線総照射線量としては、10kGy以上1MGy以下の範囲とすることが望ましく、10kGy以上で照射することで、被覆材表面への耐摩耗性、低摩擦性が付与され、また1MGy以下とすることで、伸びにも優れた被覆材となり、屈曲などによるクラックを防ぐことができる。
【0020】
電子線照射には電子線加速器を用い、改質を効率的に行うため窒素、アルゴン、ヘリウム、ネオン、キセノンなどの不活性ガス雰囲気下で照射することが好ましい。
【0021】
これらの不活性ガス雰囲気中で改質を行うことにより、改質を効率よく進行させることが可能となり、期待する耐摩耗性、低摩擦性への効果が向上する。
【0022】
また照射温度は通常、常温で構わないが、高温とすることにより改質を促進することもできる。
【0023】
このような方法により改質される厚さは、電線・ケーブルの被覆材全体の厚さに対し、3%以上20%以下とすることが好ましい。3%以上であることで、耐摩耗性、低摩擦性への効果が高くなり、また改質厚さの割合を被覆材全体の20%以下に抑えることで、被覆材の引張特性や屈曲性も優れたものとなる。
【0024】
このような観点から、電子線の加速電圧は改質厚さに合わせて調整する必要があり、照射線量については加速電流と照射時間により調整する。
【0025】
また、改質された被覆材の比摩耗量は500×10-8mm3/Nm以下であり、摩擦係数は0.3以上0.5以下とする。摩擦係数を0.3以上0.5以下の範囲とするのは、摩擦係数を0.3未満とするためには、被覆材の改質を高線量照射で行う必要があり、高線量照射を行うと摩擦係数は低くなるが、伸びの著しい低下を招く。
【0026】
一方、摩擦係数を0.5以上とするには、照射による低摩擦化効果が不十分となる。
【実施例】
【0027】
以下、本発明の実施例1〜6と比較例1〜3について表1、表2と共に説明するが、本発明はこれらの実施例のみに限定されるものではない。
【0028】
便宜上、実施例においては被覆材材料をシート状に成形し、電子線照射により表面を改質硬化させ、改質シート状成形体を作成し、特性評価を行う。実施例で用いる改質シート状成形体は、電線・ケーブルの被覆材として用いても同様の効果を得られる。
【0029】
【表1】

【0030】
【表2】

【0031】
表1は実施例、及び比較例に係る改質シート状成形体の作成環境と、それぞれの特性を評価し、まとめて示したものである。
【0032】
まず、表1に記載の改質シート状成形体の作成方法について説明する。
表2に記載の配合組成に従い、各種材料を混合後、180℃の熱ロールで10分間熱プレスし、厚さ1mm、縦150mm、横100mmのシートを作成した。このシートの表面に20℃の不活性ガスを流量150L/分で吹き付けながら、電子線を照射する。実施例においては、最大加速電圧800kVの電子線加速器を用い、シート状成形体の表面に電子線を規定量照射し、改質を行った。なお、電子線はいずれも常温で照射した。
【0033】
図1は加速電圧の異なる加速器を用いて電子線を比重1の物質に照射した際の、物質の線量吸収率と透過能力の関係を示したものである。物質が異なっても、物質の比重が同じであれば、同様の関係である。図2、図3は、図1のグラフを元に算出したものである。図2は、図1のグラフを目安として、加速電圧80kVの電子線を比重1の物質に照射した際の、物質の線量吸収率と透過能力の関係を示したものである。実施例で使用する被覆材の比重は、被覆材Aが1.5、被覆材Bが1.32、被覆材Cが1.14と異なるので、それぞれの比重の被覆材に加速電圧80kVの電子線を照射した際の、被覆材の線量吸収率と透過能力の関係を図3に示す。
【0034】
被覆材の改質厚さは、シート状成形体の線量吸収率が、70%となるところまでとし、電子線の加速電圧はそれぞれの改質厚さに合わせて調節する。シート状成形体に照射する電子線総照射線量の70%(線量吸収率が70%)を吸収しているところまでを、改質厚さとする。表1では、改質厚さをシート状成形体全体の厚さに対しての割合で示す。
【0035】
たとえば、実施例1の場合、総照射線量は200kGyであるので、この70%、つまり140kGyが吸収されているところまでが改質厚さとなる。図3より、実施例1の被覆材Aに加速電圧80kVの電子線を総照射線量200kGy照射した際に、その70%(被覆材の吸収線量140kGy)が吸収されているのは、シート状成形体の表面から35μmのところであるので、シート状成形体の厚さ1000μm(1mm)を100%とすると、このシート状成形体の表面から3.5%を改質硬化すればよいということが分かる。
【0036】
他の実施例、比較例においても同様にそれぞれの加速電圧で電子線を照射し、シート状成形体の線量吸収率が70%となる部分までを改質する。
【0037】
(実施例1)
窒素ガス雰囲気中において、被覆材Aシートの表面に加速電圧80kVの電子線を200kGy照射する。
(実施例2)
窒素ガス雰囲気中において、被覆材Bシートの表面に加速電圧100kVの電子線を300kGy照射する。
(実施例3)
窒素ガス雰囲気中において、被覆材Bシートの表面に加速電圧120kVの電子線を600kGy照射する。
(実施例4)
アルゴンガス雰囲気中において、被覆材Cシートの表面に加速電圧140kVの電子線を300kGy照射する。
(実施例5)
窒素ガス雰囲気中において、被覆材Bシートの表面に加速電圧200kVの電子線を600kGy照射する。
(実施例6)
アルゴンガス雰囲気中において、被覆材Bシートの表面に加速電圧140kVの電子線を900kGy照射する。
(比較例1)
被覆材Bシートの表面を、窒素ガス雰囲気中に置くが、電子線を照射しない。
(比較例2)
空気中において、被覆材Bシートの表面に加速電圧120kVの電子線を400kGy照射する。
(比較例3)
窒素ガス雰囲気中において、被覆材Bシートの表面に加速電圧800kVの電子線を400kGy照射する。
【0038】
上記の通り作成して得られたシート状成形体の特性の評価方法を次に述べる。
【0039】
(1)耐摩耗性、摩擦係数
試験にはスラスト摩耗試験装置を使用したJISK7218に準じ、シート状成形体を40mm角,厚さ1mmに裁断し試験片とし、相手材にはSUS304製の円筒リング(外径25.6mm,内径20.6mm、表面粗さRa0.2μm)を用いた。この円筒リングと改質したシート状成形体の表面をしゅう動させ、試験を行った。
面圧0.1MPa、周速30m/分、測定時間30分、雰囲気はドライ中で、温度は常温とした。試験後、重量を測定し、重量変化から比摩耗量を算出すると共に、トルクから摩擦係数を計算した。この方法により各2点測定を行い、その算術平均を示した。
【0040】
(2)折り曲げ試験
シート状成形体を幅10mm、長さ10cm、厚さ1mmに裁断し、これを常温で厚さ方向に+90度、−90度折り曲げ、これを1サイクルとし10サイクルを行った。その後、目視により表面のクラックの発生有無を観察した。
各実施例、比較例の改質シート状成形体ごとに3点折り曲げ試験用シートを用意し、同様の試験を行う。いずれのサンプルにおいてもクラックを生じないものを良好、1点でもクラックが生じたものを不良とした。
【0041】
実施例1〜6はいずれも比摩耗量が小さく耐摩耗性に優れ、また摩擦係数も小さいと言える。これに対し電子線を照射せず、表面を改質していない比較例1は比摩耗量が大きく、摩擦係数も高い。
【0042】
このことから、適当な材料であっても、電子線によりシート状成形体の表面を改質しなければ、目的とする比摩耗量や摩擦係数が得られないことが分かる。
【0043】
また、電子線照射雰囲気を不活性ガス中ではなく、空気中で行った比較例2は表面の改質が行われず、比摩耗量と摩擦係数が大きくなっている。このことから、電子線照射による表面改質は、不活性ガス雰囲気中でなければ、改質が行われないことが分かる。
【0044】
また、シート状成形体全体を改質した比較例3は、比摩耗量が小さく耐摩耗性に優れ、摩擦係数も低い結果となっているが、折り曲げ試験でクラックを生じている。これは、シート状成形体の表面のみではなく、全体を改質したことにより、改質シート状成形体自体の柔軟性が失われたことに起因する。
【0045】
よって、被覆材の改質は、不活性ガス雰囲気中において、電子線の総照射線量が10kGy以上1MGy以下の範囲内で照射され、被覆材全体の厚さに対し、被覆材の表面から3%以上20%以下の範囲を改質硬化させることによって、被覆材自体の柔軟性を失わず、且つ、優れた耐摩耗性、低摩擦性が得られるということが分かる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
導体と、前記導体の外周に被覆材を有する電線において、前記被覆材表面の比摩耗量が500×10-8mm3/Nm以下であり、摩擦係数が0.3以上0.5以下であることを特徴とする電線。
【請求項2】
前記被覆材の表面のみが改質硬化されていることを特徴とする請求項1に記載の電線。
【請求項3】
前記被覆材の改質厚さは、被覆材全体の厚さに対し、表面から3%以上20%以下であることを特徴とする請求項2に記載の電線。
【請求項4】
前記被覆材は、ゴムであることを特徴とする請求項3に記載の電線。
【請求項5】
前記被覆材は、不活性ガス雰囲気中の電子線照射により、表面が改質硬化された被覆材であることを特徴とする請求項4に記載の電線。
【請求項6】
前記不活性ガスは、窒素、アルゴン、ヘリウム、ネオン、キセノンのいずれか1種、またはこれらを2種以上混合したガスであることを特徴とする請求項5に記載の電線。
【請求項7】
前記電子線照射の電子線総照射線量は、10kGy以上1MGy以下であることを特徴とする請求項6に記載の電線。
【請求項8】
導体と、前記導体を被覆する絶縁体と、前記絶縁体をさらに被覆する被覆材とを有するケーブルにおいて、前記被覆材表面の比摩耗量が500×10-8mm3/Nm以下であり、摩擦係数が0.3以上0.5以下であることを特徴とするケーブル。
【請求項9】
前記被覆材の表面のみが改質硬化されていることを特徴とする請求項8に記載のケーブル。
【請求項10】
前記被覆材の改質厚さは、被覆材全体の厚さに対し、表面から3%以上20%以下であることを特徴とする請求項9に記載のケーブル。
【請求項11】
前記被覆材は、ゴムであることを特徴とする請求項10に記載のケーブル。
【請求項12】
前記被覆材は、不活性ガス雰囲気中の電子線照射により、表面が改質硬化された被覆材であることを特徴とする請求項11に記載の電線。
【請求項13】
前記不活性ガスは、窒素、アルゴン、ヘリウム、ネオン、キセノンのいずれか1種、またはこれらを2種以上混合したガスであることを特徴とする請求項12に記載のケーブル。
【請求項14】
前記電子線照射の電子線総照射線量は、10kGy以上1MGy以下であることを特徴とする請求項13に記載のケーブル。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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