説明

電解質測定用試薬のα−アミラーゼKm値維持剤

【課題】電解質測定に用いられる再活性化されたα−アミラーゼのKm値を任意レベルに一定に保ち、測定の再現性を向上させること。
【解決手段】α−アミラーゼとその基質として化学式1:X−(グルコース)n−Y(Xは単糖;(グルコース)nの非還元末端グルコースの4位または6位の水酸基に結合している、Yは発色基;(グルコース)nの還元末端グルコースの1位の水酸基に結合している、nは2〜7)を用いた電解質測定方法における、化学式2:X−(グルコース)nで示される、α−アミラーゼの基質に対するKm値維持剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はα−アミラーゼの基質に対する見かけのKm値維持剤に関する。更に詳細には、体液、特に血液または尿中の電解質、例えばカルシウムイオン塩素イオンなどの電解質を測定する試薬中のα−アミラーゼの基質に対する見かけのKm値維持剤、Km値維持方法、電解質測定の精密性向上方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生体内の電解質の濃度は、通常厳密に代謝調節されていることから、体液中の電解質の測定は生体機能のバロメータとして生化学的臨床検査の中で最も一般的な分析であり、これらを測定することにより各種疾患の診断が行われる。例えば、血清中のカルシウムイオン量の測定は、低カルシウム血症として、低タンパク質血症、低リン血症、腎炎、ネフローゼ、ビタミンD欠乏症、副甲状腺機能低下症、クル病などの疾患、高カルシウム血症としては、骨腫瘍、アジソン病、肺気腫、副甲状腺機能亢進症、腎不全などの疾患の診断に用いられる。また例えば、血清中の塩素イオンの測定は低クロール血症として、低張性脱水症、グルココルチコイド過剰症、呼吸性アシドーシスなどの疾患、高クロール結晶としては、高張性脱水症、尿細管性アシドーシス、呼吸性アルカローシスなどの疾患の診断に用いられる。
【0003】
本発明者らは先にα−アミラーゼを用いた体液中のカルシウムの測定法を提案している。
(特許文献1参照)。この方法はカルシウムによりα−アミラーゼが活性化されることを利用し、糖基質を分解し、分解した生成物をレート法により測定することにより、体液中のカルシウムを定量するものである。α−アミラーゼは活性発現に必要なカルシウムをそれ自体に含むため、前記方法に使用されるα−アミラーゼは脱塩処理によりカルシウムが除去され不活化する必要がある。α−アミラーゼを用いたカルシウム測定は他の酵素法であるホスホリパーゼDを利用する方法(特許文献2参照)、カルモジュリンを利用する方法(特許文献3参照)と比較して正確性かつ簡便性に優れているとして実際に臨床検査分野で用いられている。
【特許文献1】特公平6−87798号公報
【特許文献2】特開昭62−195297号公報
【特許文献3】特開昭62−36199号公報
【0004】
また、カルシウムを除去され、不活性化されたα−アミラーゼがカルシウムを取り込んで再度活性化されるためには、塩素イオンの存在が必須であり、その活性化の度合は塩素イオン濃度に比例することが知られている(非特許文献1、2参照)。この原理に基づきα−アミラーゼを用いて塩素イオン濃度を測定する方法(特許文献4、5参照)は、現在実際に臨床検査分野で用いられており、他の測定法と比較して正確性、簡便性、分析効率の点で優れている。
【非特許文献1】最新検査,6 (6) 363,(1989)
【非特許文献2】The Chemical Times,2,32(1989)
【特許文献4】特開平3−176000号公報
【特許文献5】特開平4−94698号公報
【0005】
α−アミラーゼを安定化する方法は、いくつか知られており、例えば、カルシウムイオンを加える方法、塩素イオンを加える方法、アルブミンを加える方法(非特許文献3参照)、アミノ酸を加える方法(特許文献6参照)、酸のアルカリ金属塩等を加える方法(特許文献7参照)、メチオニンを加える方法(特許文献8参照)、アルミニウム塩を加える方法(特許文献9参照)などが上げられる。ここでいう安定化とは長期保存安定性を高めることである。
【非特許文献3】臨床病理, 37 (10) 1155 (1990)
【特許文献6】特開昭51−26284号公報
【特許文献7】特開昭57−29286号公報
【特許文献8】特開昭63−17690号公報
【特許文献9】特開平1−104173号公報
【0006】
しかし、上述した方法ではカルシウムを除去して不安定になったα−アミラーゼを完全に安定化するには不十分であり、また金属イオン等の使用は測定対象が微量のカルシウムであるために、測定に影響を及ぼすおそれがあり、好ましくない。更にアルブミン、アミノ酸、メチオニン等を加える方法は腐敗のおそれがあるため好ましいものではない。それに対して、不活性型α−アミラーゼの安定化方法としてマルトース、α−シクロデキストリン等の小糖類、またはこれらの混合物が有効であることが知られている(特許文献10参照)。
【特許文献10】特許第2906200号
【0007】
α−アミラーゼの基質としてp−ニトロフェニル−β−ガラクトシル−α−ペンタオシド(以下GalG2−CNPと表記)を用いた場合の、α−アミラーゼの基質に対するKm値は0.6−0.9mMと小さいため(非特許文献4)、このままの状態で電解質測定に用いると定量域が狭くなる。電解質測定において測定したい濃度範囲の定量性を持たせるためには、測定項目に応じて基質に対するKm値を調整する必要がある。例えば体液中カルシウムの場合、α−アミラーゼ活性を阻害してやる、つまり基質に対する見かけのKm値を10mM以上、好ましくは30mM以上、より好ましくは40mM以上に制御することで測定に耐えうる定量性を確保することが出来る。
【非特許文献4】Clinical Chemistry(46)7(2000)
【0008】
しかしながら、上述の検討により長期保存安定性は確保されたものの、臨床検査の現場においては原因不明の異常値が見出されたとの指摘が散見されているのが実情であった。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は従来技術の課題を背景になされたもので、電解質測定に用いられる再活性化されたα−アミラーゼの基質に対する見かけのKm値を任意レベルに一定に保ち、異常値の頻度を低減し、測定の再現性を向上させることを課題とするものである。
【0010】
測定の再現性とは同一試料を複数回連続して測定した際の測定値の変動程度を示す。通常、測定値の最大値と最小値の差、標準偏差および変動係数で評価する。測定の回数は限定しないが、通常20乃至30回測定を行う。
【0011】
我々は、α−アミラーゼを用いた電解質測定において異常値が現れたり再現性が悪くなる理由は、何らかの理由により基質に対する見かけのKm値が変動するためではないかと考えた。つまり、再現性を向上させるためには、α−アミラーゼの基質に対する見かけのKm値を一定に保つ必要がある。しかしα−アミラーゼの安定化剤としてマルトース、α−シクロデキストリン等の小糖類、またはこれらの混合物を使用した場合、α−アミラーゼに対する阻害能力が高くないために、見かけのKm値を厳密に一定に保つことが出来ず、測定の再現性が良くないのではないかと考えた。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは上記課題を解決するため、体液中の電解質(特にカルシウム、塩素イオン)測定に用いることのできる再活性型α−アミラーゼの基質に対する見かけのKm値を一定に制御する方法を鋭意研究した結果、α−アミラーゼが基質を分解した際に生成される生成物を不活性型α−アミラーゼと共存させることにより、再活性化α−アミラーゼによる電解質測定の再現性が向上することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0013】
すなわち本発明は、以下のような構成よりなる。
[項1]
α−アミラーゼとその基質として化学式1:X−(グルコース)n−Y(Xは単糖;(グルコース)nの非還元末端グルコースの4位または6位の水酸基に結合している、Yは発色基;(グルコース)nの還元末端グルコースの1位の水酸基に結合している、nは2〜7)を用いた電解質測定方法における、化学式2:X−(グルコース)nで示される、α−アミラーゼの基質に対するKm値維持剤
[項2]
発色基Yが2−クロロ−4−ニトロフェニル基であり、(グルコース)nの還元末端グルコースの1位の水酸基にα−結合により結合している項1記載の基質およびKm値維持剤
[項3]
Xがα−,β−グルコシダーゼ、グルコアミラーゼなどのブロック剤として機能する単糖である項1乃至2記載の基質およびKm値維持剤
[項4]
Xが6炭糖である項1乃至3記載の基質およびKm値維持剤
[項5]
Xがガラクトースであり、かつn数が2〜4である項1乃至4記載の基質およびKm値維持剤
[項6]
n数が2であり、かつXが非還元末端グルコースの4位または6位の水酸基とβ−結合したガラクトースである項1乃至5記載の基質およびKm値維持剤
[項7]
α−アミラーゼと同一試薬中に添加されている項1乃至6記載のKm値維持剤
[項8]
電解質がカルシウムイオンである項1乃至7記載のKm値維持剤
[項9]
電解質が塩素イオンである項1乃至7記載のKm値維持剤
[項10]
化学式2:X−(グルコース)nで示されるα−アミラーゼの基質に対するKm値維持剤を含有することを特徴とする、α−アミラーゼとその基質として化学式1:X−(グルコース)n−Y(Yは発色基)を用いた電解質測定のための組成物
[項11]
化学式2:X−(グルコース)nで示される化合物を含有させることを特徴とする、α−アミラーゼとその基質として化学式1:X−(グルコース)n−Y(Yは発色基)を用いた電解質測定系における、α−アミラーゼの基質に対する見かけのKm値を一定に維持する方法
[項12]
化学式2:X−(グルコース)nで示される化合物を含有させることを特徴とする、α−アミラーゼとその基質として化学式1:X−(グルコース)n−Y(Yは発色基)を用いた電解質測定系における、測定の精密性を向上する方法
[項13]
化学式2:X−(グルコース)nで示される化合物を含有させることを特徴とする、α−アミラーゼとその基質として化学式1:X−(グルコース)n−Y(Yは発色基)を用いた、電解質測定系におけるα−アミラーゼの基質に対する見かけのKm値が一定に維持された電解質測定試薬を製造する方法
[項14]
化学式2:X−(グルコース)nで示される化合物を含有させることを特徴とする、α−アミラーゼとその基質として化学式1:X−(グルコース)n−Y(Yは発色基)を用いた、電解質測定系における測定の精密性が向上した電解質測定試薬を製造する方法
【発明の効果】
【0014】
上述したように、本発明における電解質測定用試薬に用いられるα−アミラーゼKm値維持剤により、再活性化後のα−アミラーゼの基質に対する見かけのKm値を一定に保つことができ、体液中のカルシウムや塩素イオン等の電解質を測定する際の再現性および精密性を大幅に向上させることが可能となった。これにより体液中の電解質を精度良く正確に測定することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本願発明は、α−アミラーゼとその基質として化学式1:X−(グルコース)n−Y(Xは単糖;(グルコース)nの非還元末端グルコースの4位または6位の水酸基に結合している、Yは発色基;(グルコース)nの還元末端グルコースの1位の水酸基に結合している、nは2〜7)を用いた電解質測定方法における、化学式2:X−(グルコース)nで示される、α−アミラーゼの基質に対するKm値維持剤である。
【0016】
本発明でいう電解質測定方法あるいは電解質測定系とはα−アミラーゼの活性化剤であるカルシウム、または塩素イオン等によりα−アミラーゼが活性化されることを利用し、分解された糖基質を測定することにより試料中の電解質を測定するものである。ここでいう電解質とは、水その他の溶媒に溶解して溶液がイオン電導を行うような物質をいうものであり、具体的には、カルシウムイオン、塩素イオン、マグネシウムイオン、バリウムイオン、マンガンイオン、亜鉛イオン等を指す。
【0017】
本発明でいうKm値維持とは、不活性化α−アミラーゼの再活性化後の基質に対する見かけの親和性、つまりKm値を一定にすることを意味する。α−アミラーゼを用いた電解質測定の場合、上述したように測定反応開始後の発色基吸収波長の1分間当たりの吸光度変化から電解質濃度を算出するレート法を採用する場合、再活性化されたα−アミラーゼの基質に対するKm値が一定でないと、反応開始後の基質の分解速度が時間の経過あるいは測定毎に変動し、それが再現性不良の原因となりうると考える。
【0018】
アミラーゼの基質に対するKm値維持の指標を、測定に自動分析機を使用した場合の測光ポイント間の吸光度変化(1分間あたりに換算)の変動とした場合、最終測光ポイントでの吸光度変化±10%以内に反応開始後1分以内に到達すれば、Km値が維持されていると評価できる。
【0019】
図1は、Km値維持剤としてGalG2(ガラクトシルマルトース)の濃度を変えたときの、各測光ポイントでの吸光度変化(1分間あたりに換算)を示したものである。使用した測定装置は日立7170形自動分析機である。GalG2濃度を変えた測定試薬の構成は以下に示すとおりである。
【0020】
(1)第一試薬組成
グッド緩衝液(pH7.1)50mM
1,2−ビス(o−アミノフェノキシ)エタン四酢酸 0.8mM
NaCl 200mM
マルトース一水和物 50mM
2−クロロ−4−ニトロフェニル−4−o−β−D−ガラクトピラノシル−α−マルトシド 0.9mM
【0021】
(2)第二試薬組成
グッド緩衝液(pH6.4)300mM
NaCl 200mM
ガラクトシルマルトース (第二試薬中の濃度は図1の各表上部に記載)
不活性型α−アミラーゼ(ヒト唾液由来) 26IU/mL
【0022】
各図の縦軸は1分間あたりの吸光度変化、横軸は反応開始後の経過時間を示す。図中のプロットは各測光ポイントでの吸光度変化(1分間あたりに換算)であることを示す。破線は最終測光ポイントでの吸光度変化±10%の値を示す。
この図から、Km値維持剤の添加濃度の上昇に伴い、最終測光ポイントでの吸光度変化±10%以内に到達する反応開始後からの時間が短くなることがわかる。
【0023】
上記の測定に使用する自動分析機とは病院の検査室などで一般に使用されている生化学項目分析用自動分析機を指し、例えば日立製7080形、7180形、7700形、9000形自動分析機、日本電子製BM1250形、BM2250形、BM6010形、BM9030形自動分析機、オリンパス製AU640形、AU2700形、AU5400形自動分析機、東芝製TBA−120FR形自動分析機などが挙げられるが、これらに限定されるものではない。当然、用手法であってもよい。
【0024】
本発明でいう精密性の向上とは日間差の低減を指す。検査室では測定機器の日常管理を特定サンプルの測定値変動の有無で実施している。同時測定における再現性の向上とは同一サンプルを測定した場合の測定値変動が少なくなると言い換えることができ、さらに言い換えればそれは同一サンプル測定における日間差が低減される、つまり精密性の向上と言うことができる。
【0025】
本発明でいう基質とは、α−アミラーゼの基質となりうる物質であって、かつ発色基を有するものである。発色基としてはp−ニトロフェニル、2−クロロ−4−ニトロフェニルなどの基が挙げられる。その結合様式は、α−型、β−型があるが、本発明においては、α−型が好ましい。α−アミラーゼの基質となりうるために、発色基は(グルコース)nの還元末端に結合する必要がある。従ってα−アミラーゼの基質の一例として、2−クロロ−4−ニトロフェニル4−O−β−D−ガラクトピラノシル−α−マルトシドが挙げられる。該化合物の製造法は、特許文献11、特許文献12などに記載される。
【特許文献11】特開平 8−67691号公報
【特許文献12】特開平 8−67692号公報
【0026】
また、基質およびKm値維持剤の(グルコース)nの非還元末端に結合する単糖は特に限定されるものではない。例えばキシロース、グルコース、ガラクトース、フルクトース、2−デオキシ−D−グルコース、メリビオース、リビトース、イノシトール、ズルシトール、グルシトール、グルコノ−1,5−ラクトン、マンノース等が挙げられるが、好ましくはグルコース以外の単糖、より好ましくはヘキソース、より好ましくはガラクトースである。いずれも、市販のものなどを使用することができる。
これらの単糖の結合様式は特に問わないが、このましくは、β1、4結合、あるいはβ1、6結合である
【0027】
本発明でいうKm値維持剤は測定試薬中での添加位置は制限しないが、特にα−アミラーゼと共存させることで効果を発揮する。電解質測定方法に用いる試薬は、その構成に制限はないが、通常、自動分析機に適用できるような構成であることが好ましく、さらには2試薬で構成されていることが好ましい。電解質測定方法に用いる方法が2試薬系であり、かつα−アミラーゼが第二試薬に添加されている場合、Km値維持剤の第二試薬中での濃度は5mM以上、好ましくは35mM以上で効果が期待できる。
【0028】
上述したように(グルコース)nの非還元末端に結合する単糖はグルコース以外の単糖が好ましいが、それは(グルコース)n+1−Yを基質とした場合、α−アミラーゼ以外の検体由来の酵素の基質にもなりうるために、α−アミラーゼ以外の酵素の作用により基質から遊離した発色基の吸光度がα−アミラーゼの作用により遊離した発色基の吸光度に上乗せされてしまうため、電解質濃度を正確に測定できなくなるためである。したがって検体由来の酵素の基質となりえないように(グルコース)nの非還元末端に結合する単糖はそれらの酵素のブロック剤として作用するグルコース以外の単糖が好ましい。ブロック剤とは、X−(グルコース)n−Yを基質としうる酵素の作用を抑制するための糖残基と定義する。X−(グルコース)n−Yを基質としうる酵素としては、例えばα−グルコシダーゼ、グルコアミラーゼ、β−グルコシダーゼなどであるがこれらに限定されるものではない。
【0029】
上記例において基質としてGalG2−CNP、Km値維持剤としてガラクトシルマルトース(GalG2)を用いた場合、α−アミラーゼがGalG2によりいわゆる生成物阻害を受け、α−アミラーゼの基質に対するKm値を見かけ上大きくすることができると考えられる。
【0030】
本発明においてKm値維持の対象となるα−アミラーゼとは、微生物、植物、または動物の、いずれの起源のものも用いることが可能であるが、好ましくは動物起源のものであり、例えばブタ膵臓、ヒト膵臓、ヒト唾液由来のα−アミラーゼが例示される。また、これらをコードする遺伝子を微生物に組換え導入し、製造したα−アミラーゼも含まれる。本発明に用いられるα−アミラーゼは、脱塩処理などによって不活性化型とされている必要がある。そして、実際に測定に関与する不活性型α−アミラーゼは、上述のように試料中のカルシウムまたは塩素イオン等の電解質を得て活性化型α−アミラーゼとなり、α−アミラーゼの基質と反応する、電解質により可逆的に再活性化するものである必要がある。該脱塩処理は、例えば、透析、限外ろ過、イオン交換、カラム除去、電気膜透析などの方法により行われるのが好ましい。電解質により可逆的に再活性化する不活性型α−アミラーゼの試薬組成中の濃度は好ましくは反応液中に0.1〜1000IU/mLの範囲で用いられる。
【0031】
また、本願発明はこのような電解質測定系において、上記Km値維持剤を含むことを特徴とする、α−アミラーゼの基質に対する見かけのKm値を一定に維持する方法、あるいは、測定の精密性を向上する方法である。
【0032】
また、本願発明は、上記Km値維持剤を含む電解質測定のための組成物も含む。本発明の組成物には、基質、補酵素など反応に必須なものの他、緩衝能の維持、安定化、防腐、定量域の確保などを目的にして色源体、防腐剤、界面活性剤、安定化剤、キレート剤等種々の物質をさらに添加することができる。金属塩等も使用できるが、測定系に影響を及ぼさないように条件を設定することが必要である。
【0033】
また、本願発明は、上記Km値維持剤を含むことを特徴とする、電解質測定系におけるα−アミラーゼの基質に対する見かけのKm値が一定に維持された電解質測定試薬を製造する方法、あるいは、電解質測定系における測定の精密性が向上した電解質測定試薬を製造する方法である。
【0034】
本発明に使用される緩衝剤としては特に限定されないが、トリス緩衝剤、クエン酸緩衝剤、リン酸緩衝剤、ほう酸ホウ砂緩衝剤、GOOD緩衝剤などが挙げられる。中でもトリス緩衝剤、クエン酸緩衝剤、リン酸緩衝剤、ほう酸ホウ砂緩衝剤は濃度、温度によってpHが変動しやすいが、安価であるという利点がある。また、GOOD緩衝剤にはMES、Bis−Tris、ADA、ACES、BES、PIPES、MOPS、TES、HEPES、Tricine、Bicine、POPSO、TAPS、CHES、CAPSなどが例示される。これらのうち、例えばリン酸緩衝剤ではリン酸1水素2K塩とリン酸2水素K塩との混合、トリス緩衝液では塩酸塩との混合、GOOD緩衝剤ではNa塩との混合比率を変えて調整されうる。
【0035】
本発明に使用される緩衝剤の濃度は特に限定されないが、好ましくは10−500mM、より好ましくは50−300mMの濃度で用いられる。また、緩衝剤のpHはα−アミラーゼの安定性至適pHが6乃至8の中性付近であることから、本発明の試薬組成物はpH6乃至8の範囲で調整するのが好ましいと考えられるが、試薬構成および組成成分の安定性により必ずしもこの範囲内に収まらなくても、反応時のpHがα−アミラーゼの至適pHとなるように調整すれば問題ない。
【0036】
本発明に用いられる防腐剤としては、アジ化物、キレート剤、抗生物質、抗菌剤等が挙げられる。抗生物質としてはα−アミラーゼの安定性に対する影響の少ないセフェム系、ペニシリン系、アミノグリコシド系、キノロン系等が公的に用いられる。抗菌剤としてはMIT、HPO、CAA、IZU、BND等が挙げられる。これらは単独でも組み合わせても使用することができる。
【0037】
本発明に用いられる界面活性剤としては、特に限定されないが、非イオン界面活性剤、陽イオン界面活性剤、陰イオン界面活性剤、両性イオン界面活性剤が挙げられる。非イオン界面活性剤としては、N,N−ビス(3−D−グルコアミドプロピル)コラミド、n−ヘプチル−β−D−チオグルコシド、n−オクチル−β−D−チオグリコシド、MEGA−8、MEGA−9、MEGA−10、シュークロースモノカプレート、ポリオキシエチレンラウリルエーテル等が挙げられる。陽イオン界面活性剤としてはSDSが挙げられる。陰イオン界面活性剤としては、コール酸ナトリウム、両性イオン界面活性剤としてはCHAPS、CHAPSOが挙げられる。これらは単独でも組み合わせても使用することができる。
【0038】
本発明に用いられる安定化剤としては、特に限定されないが、チオール化合物、フラビン含有化合物、糖類、アルブミン、キレート剤等の公知の各安定化剤が挙げられる。
【0039】
本発明に用いられるキレート剤としては、例えばエチレンジアミン四酢酸、グリコールエーテルジアミン四酢酸、1,2−ビス−(o−アミノフェノキシ)エタン四酢酸、トランス−1,2−ジアミノシクロヘキサン四酢酸ならびにこれらの塩等が挙げられる。中でもα−アミラーゼの至適pHである中性付近での金属選択性の点から、1,2−ビス−(o−アミノフェノキシ)エタン四酢酸が特に好ましい。該キレート剤の電解質測定用試薬組成物中での役割は、ブランク反応を抑える、拮抗阻害剤として定量性を調節する、または測定対象外の類似共雑イオンをマスキングするなどが挙げられる。該キレート剤の添加濃度は特に限定されないが、好ましくは0.01乃至10mM、より好ましくは0.1乃至1mMの範囲で用いるのが良い。また、蒸気に示されるキレート剤を複数組み合わせても良い。
【実施例】
【0040】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明する。なお、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0041】
実施例1および2
α−アミラーゼとガラクトシルマルトースを共存させた下記組成からなるカルシウム測定試薬を調整し、市販の管理血清2種の30回繰り返し測定を実施し、再現性を評価した。過酷な条件での再現性を評価するために第二試薬添加後、攪拌を行わない場合の再現性も併せて評価した。
【0042】
(1)第一試薬組成
グッド緩衝液(pH7.1)50mM
1,2−ビス(o−アミノフェノキシ)エタン四酢酸 0.8mM
NaCl 200mM
マルトース一水和物 50mM
2−クロロ−4−ニトロフェニル−4−o−β−D−ガラクトピラノシル−α−マルトシド 0.9mM
【0043】
(2)第二試薬組成
グッド緩衝液(pH6.4)300mM
NaCl 200mM
ガラクトシルマルトース 実施例1;10mM、実施例2;35mM
不活性型α−アミラーゼ(ヒト唾液由来) 26IU/mL
【0044】
カルシウム量の測定方法
試料量5.2μLに第一試薬180μL加え、5分間予備加温した後、さらに第二試薬60μLを加えて反応を開始させ、該試薬添加後2分後からの3分間における1分あたりの吸光度変化を求め、精製水およびカルシウム10mg/dL標準液での2点検量線に基づき、試料中のカルシウム量を求めた。尚、測定装置は日立7170形自動分析装置を使用し、測定波長は主波長405nm、副波長546nmとし、測定温度は37℃で実施した。
【0045】
比較例1
下記組成からなるカルシウム測定試薬を調整し、市販の管理血清の30回繰り返し測定を実施し、再現性を評価した。過酷な条件での再現性を評価するために第二試薬添加後、攪拌を行わない場合の再現性も併せて評価した。
【0046】
(1)第一試薬組成
グッド緩衝液(pH7.1)50mM
1,2−ビス(o−アミノフェノキシ)エタン四酢酸 0.8mM
NaCl 200mM
ガラクトシルマルトース 18mM
2−クロロ−4−ニトロフェニル−4−o−β−D−ガラクトピラノシル−α−マルトシド 0.9mM
【0047】
(2)第二試薬組成
グッド緩衝液(pH6.4)300mM
NaCl 200mM
マルトース一水和物 150mM
不活性型α−アミラーゼ(ヒト唾液由来) 26IU/mL
【0048】
【表1】

【0049】
上記表1は第二試薬添加後の攪拌を実施した場合の再現性評価結果である。この場合、再現性の性能は比較例1と比較して実施例1、2とも差が見られない。
【0050】
【表2】

【0051】
上記表2は第二試薬添加後の攪拌を未実施の場合の再現性評価結果である。この場合、再現性の性能は比較例1で同時再現性CVが1.68%であるのに対し、実施例1では1.23%、実施例2では0.77%と再現性が良好であることが確認された。測定平均値についても比較例1では表1と表2の差が1.0mg/dlであるのに対し、実施例1では0.6mg/dl、実施例2では0.3mg/dlと攪拌動作がない場合の測定値が攪拌動作があるときと近似することを確認した。
【0052】
攪拌動作がない場合の同時再現性CVおよび表1、表2間の測定値差が小さいということは過酷な条件下でも測定値が一定である、つまり再活性化α−アミラーゼのKm値が一定に保たれやすいことを示している。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明は、体外診断用医薬品(電解質測定用試薬など)などの用途分野に利用することができ、産業界に寄与することが大である。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】図1は、Km値維持剤としてGalG2(ガラクトシルマルトース)の濃度を変えたときの、各測光ポイントでの吸光度変化(1分間あたりに換算)を示したもの

【特許請求の範囲】
【請求項1】
α−アミラーゼとその基質として化学式1:X−(グルコース)n−Y(Xは単糖;(グルコース)nの非還元末端グルコースの4位または6位の水酸基に結合している、Yは発色基;(グルコース)nの還元末端グルコースの1位の水酸基に結合している、nは2〜7)を用いた電解質測定方法における、化学式2:X−(グルコース)nで示される、α−アミラーゼの基質に対するKm値維持剤
【請求項2】
発色基Yが2−クロロ−4−ニトロフェニル基であり、(グルコース)nの還元末端グルコースの1位の水酸基にα−結合により結合している請求項1記載の基質およびKm値維持剤
【請求項3】
Xがα−,β−グルコシダーゼ、グルコアミラーゼなどのブロック剤として機能する単糖である請求項1乃至2記載の基質およびKm値維持剤
【請求項4】
Xが6炭糖である請求項1乃至3記載の基質およびKm値維持剤
【請求項5】
Xがガラクトースであり、かつn数が2〜4である請求項1乃至4記載の基質およびKm値維持剤
【請求項6】
n数が2であり、かつXが非還元末端グルコースの4位または6位の水酸基とβ-結合したガラクトースである請求項1乃至5記載の基質およびKm値維持剤
【請求項7】
α−アミラーゼと同一試薬中に添加されている請求項1乃至6記載のKm値維持剤
【請求項8】
電解質がカルシウムイオンである請求項1乃至7記載のKm値維持剤
【請求項9】
電解質が塩素イオンである請求項1乃至7記載のKm値維持剤
【請求項10】
化学式2:X−(グルコース)nで示されるα−アミラーゼの基質に対するKm値維持剤を含有することを特徴とする、α−アミラーゼとその基質として化学式1:X−(グルコース)n−Y(Yは発色基)を用いた電解質測定のための組成物
【請求項11】
化学式2:X−(グルコース)nで示される化合物を含有させることを特徴とする、α−アミラーゼとその基質として化学式1:X−(グルコース)n−Y(Yは発色基)を用いた電解質測定系における、α−アミラーゼの基質に対する見かけのKm値を一定に維持する方法
【請求項12】
化学式2:X−(グルコース)nで示される化合物を含有させることを特徴とする、α−アミラーゼとその基質として化学式1:X−(グルコース)n−Y(Yは発色基)を用いた電解質測定系における、測定の精密性を向上する方法
【請求項13】
化学式2:X−(グルコース)nで示される化合物を含有させることを特徴とする、α−アミラーゼとその基質として化学式1:X−(グルコース)n−Y(Yは発色基)を用いた、電解質測定系におけるα−アミラーゼの基質に対する見かけのKm値が一定に維持された電解質測定試薬を製造する方法
【請求項14】
化学式2:X−(グルコース)nで示される化合物を含有させることを特徴とする、α−アミラーゼとその基質として化学式1:X−(グルコース)n−Y(Yは発色基)を用いた、電解質測定系における測定の精密性が向上した電解質測定試薬を製造する方法

【図1】
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【公開番号】特開2006−129800(P2006−129800A)
【公開日】平成18年5月25日(2006.5.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−323533(P2004−323533)
【出願日】平成16年11月8日(2004.11.8)
【出願人】(000003160)東洋紡績株式会社 (3,622)
【Fターム(参考)】