説明

電解質膜・電極接合体の製造方法

【課題】電極触媒層にシワや割れが発生することを低減し得、しかも、長期間にわたって良好な発電特性を示す電解質膜・電極接合体の製造方法を提供する。
【解決手段】電極触媒層となるインクは、水とアルコールの混合液からなる溶剤に対し、触媒、必要に応じて繊維状カーボンが各々所定の割合で添加されて調製される。一方、インキパン52に貯留された前記インクを電解質膜に塗工するためのグラビア印刷装置50は、版胴58と圧胴60を備える。これら版胴58及び圧胴60には、制御回路82によって発熱量が制御される第1ヒータ66、第2ヒータ68がそれぞれ埋設されており、版胴58及び圧胴60の温度は、第1ヒータ66、第2ヒータ68の作用下に、80〜130℃の間に調節される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体高分子膜からなる電解質膜に対し、電極触媒層となるインクをグラビア印刷によって直接、又は転写用シートを介して間接的に塗工する電解質膜・電極接合体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
図6は、固体高分子形燃料電池(PEFC)の単位セル10の要部縦断面図である。周知の通り、単位セル10は、固体高分子膜からなる電解質膜12をアノード電極14とカソード電極16で挟持して構成される電解質膜・電極接合体18を備え、この電解質膜・電極接合体18が1組のセパレータ20、22で挟まれることで構成される。なお、図6における参照符号24は、アノード電極14に燃料ガスを供給するための燃料ガス供給路を示し、参照符号26は、カソード電極16に酸化剤ガスを供給するための酸化剤ガス供給路を示す。
【0003】
アノード電極14及びカソード電極16は、ガス拡散層28、30と、該ガス拡散層28、30と電解質膜12との間に介在する電極触媒層32、34から構成される。ガス拡散層28、30は、例えば、カーボンペーパー又はカーボンクロスからなり、また、電極触媒層32、34は、例えば、白金等の触媒を担持した触媒担体(カーボンブラック等)がイオン導伝性バインダを介して結合一体化されることにより形成される。
【0004】
一般的には、このような単位セル10が複数個積層されることにより、スタックとしてのPEFCが構成される。PEFCには、比較的低温で高電圧と大電流を得易いという利点があり、このため、自動車等の駆動機構として好適である。
【0005】
上記した電解質膜・電極接合体18は、例えば、先ず、電解質膜12に対して電極触媒層32、34を設け、次に、電極触媒層32、34に対してガス拡散層28、30を設けることによって得ることができる。なお、以降においては、電極触媒層32、34が設けられた電解質膜12を「CCM」と表記することもある。
【0006】
電解質膜12に対して電極触媒層32、34を設ける方法の1つとして、特許文献1に記載されるように、塗工が挙げられる。具体的には、インクジェット、スプレー、ドクターブレード、グラビア印刷、ダイコート等の手法である。
【0007】
この中のグラビア印刷は、特許文献2、3等にも、電極触媒層32、34の好適な塗工手法として挙げられている。しかしながら、実際にグラビア印刷を行うと、電極触媒層32、34にシワや割れが発生することが多々認められる。また、電極触媒層32、34には、電極反応を生起するために供給された反応ガスを容易に拡散させるべく、三次元的な細孔を形成する必要があるが、そのような細孔を得ることが容易ではない(換言すれば、得られた電極触媒層32、34では、反応ガスを十分に拡散させ得ない)という不都合が顕在化している。
【0008】
さらに、シワや割れが少ない電極触媒層32、34が得られた場合であっても、PEFCを構成したときに比較的短期間で発電特性が低下することがある。すなわち、電極触媒層32、34の活性を長期間にわたって安定させることが容易ではない。この理由は、電極触媒層32、34に残留歪が発生しているためであると推察される。
【0009】
このように、グラビア印刷では、シワや割れが発生しておらず、しかも、長期間にわたって活性が継続する(換言すれば、寿命が長い)電極触媒層を得ることが困難であるという不具合がある。
【0010】
ここで、特許文献4、5には、一層精細なグラビア印刷を行うべく、被塗工物を予め加熱することが提案されている。しかしながら、これら特許文献4、5に記載された技術は、電極触媒層を形成するものではない。従って、特許文献4、5に開示された印刷条件を、電極触媒層となるインクを塗工する際にそのまま適用し得るものではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2008−4453号公報(特に段落[0043]参照)
【特許文献2】特開平11−273688号公報(特に段落[0034]、[0040]参照)
【特許文献3】特開2007−214077号公報(特に段落[0069]参照)
【特許文献4】特開平8−197710号公報(特に段落[0005]、[0006]参照)
【特許文献5】特開2010−140938号公報(特に段落[0017]参照)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
以上のように、グラビア印刷によって電極触媒層を得る手法は、未だ確立されたものではない。
【0013】
本発明は上記した問題を解決するためになされたもので、電極触媒層にシワや割れが発生することを低減し得、しかも、長期間にわたって良好な発電特性を示す電解質膜・電極接合体の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
前記の目的を達成するために、本発明は、固体高分子膜からなる電解質膜、又は転写用シートに対し、アノード電極又はカソード電極の電極触媒層となるインクをグラビア印刷によって塗工する電解質膜・電極接合体の製造方法において、
アルコールと水が重量比で5:95〜30:70の割合である溶剤を調製する工程と、
電極触媒層を得るためのインクを、前記溶剤を30〜70重量%含むものとして調製する工程と、
グラビア印刷装置を構成する版胴又は圧胴の少なくともいずれか一方の温度を80〜130℃に設定するとともに、前記版胴と前記圧胴との間に、電解質膜又は前記電解質膜に前記インクを転写するための転写用シートを通しながら、前記インクを塗工する工程と、
を有することを特徴とする。
【0015】
なお、版胴と圧胴は互いに近接するので、いずれか一方のみの温度を制御した場合であっても、実質的には略同等の温度となる。勿論、版胴及び圧胴の双方の温度を制御するようにしてもよい。
【0016】
インクにおける溶剤の水とアルコールの割合や、インクにおける溶剤と他の成分との割合を上記のように設定することにより、インクの乾燥物である電極触媒層に割れやシワが発生することを回避することができる。また、版胴ないし圧胴の温度を上記の範囲内とすると、インクの乾燥速度が適切となる。
【0017】
そして、このようにして得られた電極触媒層では、残留歪みが低減される。従って、比較的長期間にわたって触媒活性が維持される。その結果、電解質膜・電極接合体、ひいては固体高分子形燃料電池に優れた発電特性が長期間にわたって発現する。
【0018】
インクには、繊維状カーボンを含めるようにしてもよい。繊維状カーボンは、電極触媒層中で、触媒や、該触媒を担持した担体に絡みつくことで多数の接触点を形成する。これに伴って導電パスが形成されるので、電極触媒層の電子伝導性が向上する。しかも、繊維状カーボン同士の絡み合いによって電極触媒層に多数の細孔が形成されるので、反応ガスが、この細孔を介して容易に拡散するようになる。加えて、電極反応の反応生成物である水分や、電解質膜の湿潤状態を保つために供給された過剰の水分を、前記細孔を介して排出することが容易となるという利点がある。
【0019】
インク中の溶剤以外の成分の重量を100重量%とするとき、繊維状カーボンの割合は、3〜33重量%であることが好ましい。3重量%未満では、電極触媒層に割れが発生し易くなる傾向がある。また、単位セルないしは固体高分子形燃料電池を構成したとき、その発電特性が良好でなくなる。一方、33重量%よりも多いと、細孔が多く形成されるので、電極触媒層が、気孔率が大きな多孔質体となる。このため、電極触媒層の結着力が低下し、該電極触媒層の一部が電解質膜から脱落する懸念がある。
【0020】
なお、アノード電極及びカソード電極の両電極触媒層をグラビア印刷によって形成する必要は特になく、一方の電極の電極触媒層のみをグラビア印刷によって形成すれば十分である。例えば、前記インクからカソード電極の電極触媒層のみをグラビア印刷にて形成するようにしてもよい。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、インクにおける溶剤の水とアルコールの割合や、インクにおける溶剤と他の成分との割合を規定し、且つグラビア印刷時の版胴ないし圧胴の温度を規定するようにしているので、インクの乾燥物である電極触媒層として、割れやシワが発生することが回避されるとともに、残留歪みが低減されたものを得ることができる。この電極触媒層では、比較的長期間にわたって触媒活性が維持されるので、電解質膜・電極接合体、ひいては固体高分子形燃料電池が優れた発電特性を示すとともに、該発電特性が長期間にわたって維持される。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】電極触媒層となるインクを塗工するためのグラビア印刷装置の要部概略正面図である。
【図2】インク中の溶剤における水に対するアルコールの割合と、インクの乾燥物である電極触媒層の寸法変化、及び単位セルを組み立てたときのセル電位との関係を示す図表である。
【図3】インク中の溶剤の割合と、インクの乾燥物である電極触媒層の寸法変化との関係を示す図表である。
【図4】インク中の繊維状カーボン(気相成長炭素繊維)の割合と、インクの乾燥物である電極触媒層の塗工状態、及び単位セルを組み立てたときのセル電位との関係を示す図表である。
【図5】グラビア印刷時の設定温度と、インクの乾燥物である電極触媒層の塗工状態との関係を示す図表である。
【図6】固体高分子形燃料電池を構成する単位セルの要部縦断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明に係る電解質膜・電極接合体の製造方法につき好適な実施の形態を挙げ、添付の図面を参照して詳細に説明する。なお、図6に示される構成要素と同一の構成要素には同一の参照符号を付し、場合によっては、その詳細な説明を省略する。
【0024】
先ず、電極触媒層32、34となるインクを塗工するためのグラビア印刷装置につき説明する。
【0025】
図1は、電極触媒層32、34を形成するためのグラビア印刷装置50の要部概略正面図である。このグラビア印刷装置50は、インキパン52に貯留されたインク54を電解質膜12に塗工するためのものである。
【0026】
グラビア印刷装置50は、ファーニッシャローラ56、版胴58、圧胴60を有する。この中のファーニッシャローラ56は、インキパン52に貯留されたインク54を巻き込んで版胴58の表面(版面)に移送する役割を果たす。
【0027】
版胴58の表面(版面)には、複数個の凹部62が形成される。ファーニッシャローラ56から供給されたインク54は、この凹部62に一旦貯留される。なお、凹部62から溢れた余剰のインク54は、版胴58の近傍に配設されたドクターブレード64によって掻き取られる。
【0028】
圧胴60は、電解質膜12を版胴58側に指向して押圧する。従って、電解質膜12において、版胴58と圧胴60の間を通過した部位には、前記凹部62に貯留されたインク54が付着する。これにより、電解質膜12にインク54が塗布される。
【0029】
以上の構成において、版胴58及び圧胴60の内部には、それぞれ、第1ヒータ66、第2ヒータ68が埋設される。さらに、版胴58及び圧胴60の近傍には、それぞれ、第1輻射温度計70、第2輻射温度計72が設けられる。これら第1ヒータ66、第2ヒータ68、第1輻射温度計70及び第2輻射温度計72の各々は、第1信号線74、第2信号線76、第3信号線78及び第4信号線80を介して制御回路82に電気的に接続されている。
【0030】
次に、本実施の形態に係る電解質膜・電極接合体18の製造方法につき説明する。
【0031】
はじめに、インク54を得るための溶剤を調製する。この溶剤は、水とアルコールを混合することによって得ることができる。アルコールは特に限定されるものではなく、メタノールやエタノール等を用いるようにしてもよいが、安価でハンドリングが容易であることから、ノルマルプロパノールが好適である。
【0032】
アルコールと水は、重量比で、アルコール:水=5:95〜30:70の割合で混合される。すなわち、混合液の重量を100重量%とするとき、アルコールは5〜30重量%であり、水は95〜70重量%である。アルコールが5重量%よりも少ないと、電解質膜12に対してインク54が十分に塗布されなくなる。すなわち、塗布不良が起こり易い。一方、アルコールが30重量%よりも多いと、インク54の膨潤量が大きくなり、残留歪みが大きくなる。その結果、単位セル10ないしPEFCを構成したときの発電特性が十分でなくなる。
【0033】
次に、上記のようにして調製した溶剤(混合液)に対し、触媒、プロトン伝導性高分子バインダ溶液、必要に応じて繊維状カーボンを添加し、これによりインク54を調製する。
【0034】
触媒は、Pt、Pd、Ruやその合金等であるが、これらは、炭素粒子(例えば、カーボンブラック)等の適切な担体の表面に予め担持されている。すなわち、触媒は、担体に担持された状態で溶剤に添加される。
【0035】
プロトン伝導性高分子は、担体(触媒)及び繊維体同士を結合するバインダとして機能するとともに、電極反応によって生成したプロトンの移動に寄与する。この種の高分子の好適な例としては、パーフルオロスルホン酸や、スルホン化ポリアリーレン系ポリマー等が挙げられる。
【0036】
繊維状カーボンは、前記触媒や前記担体に絡みつくことで多数の接触点を形成し、これに伴って導電パスを形成する。すなわち、電極触媒層32、34の電子伝導性を向上させる役割を果たす。加えて、繊維状カーボン同士の絡み合いによって電極触媒層32、34に多数の細孔を形成することから、この細孔を介して反応ガスが拡散することが容易となるとともに、電極反応の反応生成物である水分や、電解質膜12の湿潤状態を保つために供給された過剰の水分を排出することが容易となる。
【0037】
繊維状カーボンとしては、繊維径が大きい、細孔の孔径や分布を制御し易い、電子伝導性が高いという様々な利点があることから、結晶性炭素繊維とも呼称される気相成長炭素繊維(以下、VGCFともいう)が特に好ましい。
【0038】
ここで、インク54の重量を100重量%とするとき、触媒、プロトン伝導性高分子バインダ溶液、繊維状カーボンは、溶剤が30〜70重量%となる量で添加される。すなわち、得られたインク54中の溶媒は、30〜70重量%である。溶剤が30重量%未満であるインク54を用いてグラビア印刷を行うと、塗布不良が起こり易くなる。また、溶剤を70重量%よりも多く含むインク54を用いると、インク54の膨潤量が大きくなるとともに、乾燥後の収縮量が大きくなるので電極触媒層32、34にシワが発生し易くなる。
【0039】
また、触媒、プロトン伝導性高分子バインダ溶液、繊維状カーボンの合計重量を100重量%とするとき、繊維状カーボンは、3〜33重量%とすることが好ましい。繊維状カーボンが3重量%未満であると、電極触媒層32、34に割れが発生し易くなる傾向があるとともに、単位セル10ないしPEFCを構成したときの発電特性が良好でなくなる。また、33重量%よりも多いと、細孔が多く形成されて結着力が低下し、電極触媒層32、34の一部が電解質膜12から脱落する懸念がある。
【0040】
次に、このようして調製したインク54を図1に示すインキパン52に貯留した後、制御回路82の制御作用下に、第1ヒータ66及び第2ヒータ68を発熱させる。この発熱に伴い、版胴58及び圧胴60が加熱される。
【0041】
版胴58及び圧胴60の温度は、それぞれ、第1輻射温度計70、第2輻射温度計72によって測定され、その温度に関する情報は、第3信号線78、第4信号線80を介して制御回路82に伝達される。この情報を受けた制御回路82は、第1信号線74及び第2信号線76を介して制御信号を第1ヒータ66及び第2ヒータ68に送り、各々の発熱量を調整する。その結果、版胴58及び圧胴60の温度が80〜130℃の範囲内に制御される。
【0042】
次に、グラビア印刷を実施する。すなわち、ファーニッシャローラ56、版胴58及び圧胴60を同期して回転動作させる。これにより、インキパン52内のインク54がファーニッシャローラ56から版胴58に送られる。インク54は、版胴58に形成された凹部62に貯留される。上記したように、凹部62から溢れた余剰のインク54は、ドクターブレード64によって掻き取られる。
【0043】
その一方で、電解質膜12が版胴58と圧胴60の間に通される。この際、電解質膜12は、圧胴60によって版胴58側に押圧される。この状態で版胴58と圧胴60の間を通過すると、その部位には、前記凹部62に貯留されたインク54が塗工される。
【0044】
ここで、インク54における溶剤の各成分の割合や、溶剤以外の各成分の割合が上記したように設定されている。このため、電解質膜12に対してインク54が強固に付着する。すなわち、塗工不良が起こることが回避される。
【0045】
電解質膜12に塗工されたインク54は、版胴58及び圧胴60から伝達された熱によって自然乾燥する。この際、版胴58ないし圧胴60の双方が80℃よりも低温であると、インク54の乾燥速度が小さくなるために電極触媒層32、34にシワが発生し易くなり、また、版胴58又は圧胴60の一方が130℃よりも高温であると、インク54の乾燥速度が大きくなるので電極触媒層32、34に割れが発生する傾向があるが、本実施の形態では、版胴58及び圧胴60の温度が上記した範囲、すなわち、80〜130℃に制御されている。このため、電解質膜12に塗工されたインク54の乾燥速度が適切となり、割れやシワが発生することが回避された電極触媒層32が得られる。
【0046】
その後、必要に応じ、電極触媒層32を加熱してさらに乾燥させるようにしてもよい。電解質膜12の残余の端面にも、上記に準拠して電極触媒層34を形成すればよい。
【0047】
上記したように、本実施の形態によれば、電極触媒層32、34に割れやシワが発生することが回避される。従って、CCMを歩留まりよく作製することができる。
【0048】
また、インク54における溶剤の量を規定したためにインク54の膨潤量が小さく、且つ乾燥に伴うインク54の収縮量も小さい。このため、電極触媒層32、34に発生する残留歪みが低減される。
【0049】
次に、CCMから電解質膜・電極接合体18(図6参照)を作製するべく、電極触媒層32、34の端面にガス拡散層28、30を積層する。なお、ガス拡散層28、30は、例えば、カーボンブラックとポリテトラフルオロエチレン(PTFE)粒子とをエチレングリコール等に分散させてスラリーとし、次に、このスラリーをカーボンペーパーに塗布して乾燥することで、前記スラリーの乾燥物である下地層がカーボンペーパー上に形成されたものとして得られる。
【0050】
そして、電極触媒層32、34の露呈した一端面に、ガス拡散層28、30の前記下地層を積層する。さらに、ホットプレスを行うことによって電極触媒層32、34と下地層とを互いに接合することにより、アノード電極14及びカソード電極16が電解質膜12の各端面にそれぞれ形成されるとともに、電解質膜・電極接合体18が得られるに至る。
【0051】
単位セル10は、この電解質膜・電極接合体18を1組のセパレータ20、22で挟持することによって得られる。さらに、このようにして得られる単位セル10を複数個積層することにより、PEFCがスタックとして構成される。
【0052】
このPEFCに含まれる電極触媒層32、34では、残留歪みが低減されている。従って、電極触媒層32、34の活性が長期間にわたって維持される。しかも、電極触媒層32、34に繊維状カーボンが含まれているので、三次元的な細孔が十分に形成される。このため、アノード電極14に供給された燃料ガス、及びカソード電極16に供給された酸化剤ガスが電極触媒層32、34を十分に拡散することができるので、電極反応が容易に進行する。このような理由から、PEFCが長期間にわたって良好な発電特性を示す。
【0053】
以上のように、本実施の形態によれば、PEFCに長期間にわたって良好な発電特性をもたらす電解質膜・電極接合体18を歩留まりよく得ることができる。
【0054】
なお、上記した実施の形態においては、電解質膜12に対してグラビア印刷を行うことで電極触媒層32、34を形成するようにしているが、インク54を転写用シートに塗工した後、転写用シートから電解質膜12にインク54を転写するようにしてもよい。
【0055】
この場合、ポリエチレンテレフタレート(PET)等からなる転写用シートに対し、上記と同様にしてグラビア印刷を行う。インク54の各成分の割合や印刷条件は、電解質膜12に対してインク54を塗工するときと同様であってもよい。その後、インク54を乾燥させることにより電極触媒層32又は電極触媒層34を得る。
【0056】
次に、電解質膜12の両端面に、前記電極触媒層32、34を積層する。さらに、ホットプレスを行うことによって、電極触媒層32、34と電解質膜12とを互いに接合する。その後、前記転写用シートを剥がして電極触媒層32、34の端面を露呈させれば、CCMが得られる。以降は、上記に従って電解質膜・電極接合体18や単位セル10ないしスタックを作製すればよい。
【0057】
また、版胴58及び圧胴60の双方を加熱する必要は特になく、版胴58又は圧胴60のいずれか一方のみを80〜130℃の範囲内に設定するようにしてもよい。
【0058】
さらに、版胴58及び圧胴60を加熱する加熱手段は、第1ヒータ66及び第2ヒータ68に限定されるものではなく、版胴58又は圧胴60を80〜130℃に設定し得るような加熱手段であれば如何なるものであってもよい。
【0059】
さらにまた、グラビア印刷による塗工は、アノード電極14の電極触媒層32となるインク、又はカソード電極16の電極触媒層34となるインクの少なくとも一方でよい。例えば、アノード電極14の電極触媒層32をブレードコータで塗工し、カソード電極16の電極触媒層34をグラビア印刷で塗工するようにしてもよい。
【0060】
なお、カソード電極16は活性化過電圧がアノード電極14に比して高く、発電性能が製造方法の影響を受けて変化し易いので、カソード電極16の電極触媒層34をグラビア印刷で塗工することが好ましい。
【実施例】
【0061】
ノルマルプロパノールと水を重量比で2:1の割合で混合し、溶剤を調製した。この溶剤180gに対して30gのTEC10EA50Eと、70gのVGCFとを添加した。この添加物を三次元撹拌機で10分間撹拌した後、さらに、遊星ボールミルにて80rpm、120分間の条件下で撹拌し、アノード電極用インクとした。
【0062】
その一方で、ノルマルプロパノールと水を重量比で25:75の割合で混合し、溶剤を調製した。この溶剤に、田中貴金属工業社製のTEC10EA50E(Pt担持触媒)、イオン伝導性バインダ高分子溶液としてのデュポン社製のナフィオンD2020(パーフルオロアルキレンスルホン酸)溶液、昭和電工社製のVGCF(気相成長炭素繊維)を添加した。さらに、この添加物を遊星ボールミルにて80rpm、120分間の条件下で撹拌し、グラビア印刷を行うためのカソード電極用インクとした。
【0063】
先ず、デュポン社製のナフィオンN−112(パーフルオロアルキレンスルホン酸)に対し、アノード電極用インクをブレードコータによって塗工した。具体的には、ナフィオンN−112の一端面に、塗工を行う部位だけ窓を形成したPETマスクシートを貼付し、次に、ナフィオンN−112を、100℃に加熱したステンレス製多孔質板の一端面に載置した。このステンレス製多孔質板の他端面側から吸気を行うことで、ナフィオンN−112をステンレス製多孔質板に吸着させた。
【0064】
この状態で、前記アノード電極用インクを、Pt量が0.2mg/cmとなるように、ブレードコータによって塗工した。その後、吸気を停止してステンレス製多孔質板からナフィオンN−112を離脱させ、100℃に設定した乾燥炉にて2分間乾燥した。これにより、アノード電極の電極触媒層を形成した。
【0065】
次に、ナフィオンN−112からPETマスクシートを剥離した後、前記カソード電極用インクを用いてグラビア印刷を行うことで、ナフィオンN−112の残余の一端面、すなわち、アノード電極の電極触媒層が形成された面の裏面にカソード電極用インクを塗工した。なお、グラビア印刷装置として、倉敷紡績社製のGP−10を用いた。
【0066】
その後、100℃に設定した前記乾燥炉にて2分間乾燥し、さらに、1℃/分の降温速度で25℃となるまで乾燥炉内に放置し、23℃、相対湿度50%となった状況下で乾燥炉から取り出した。これにより、ナフィオンN−112の一端面にアノード電極の電極触媒層が形成され、且つ残余の一端面にカソード電極の電極触媒層が形成が形成されたCCMを複数個得た。
【0067】
各CCMから10cm×1cmのテストピースを切り出し、恒温恒湿槽を用いて乾湿サイクルを施した。具体的には、23℃、相対湿度50%から70℃、95%に変化させて2時間保持し、次に、70℃、5%に変化させて2時間保持した。この70℃、95%での2時間保持と70℃、5%での2時間保持を繰り返して5回行い、最後に、23℃、50%に戻した。以上の乾湿サイクルを行う間、ギャップセンサによってテストピースの寸法を常時測定した。
【0068】
また、上記のようにして得られたCCMに対してガス拡散層を設けることにより、電解質膜・電極接合体を構成した。なお、ガス拡散層は、以下のようにして作製した。すなわち、三菱化学社製のカーボンブラックであるケッチェンブラックECと、三井・デュポン社製のPTFE粒子であるテフロン640Jとを重量比で4:6として混合した後、この混合物をエチレングリコールに分散させてスラリーとした。次に、このスラリーを東レ社製のカーボンペーパーTGP−H060の平坦面に塗布し、その後、乾燥した。これにより、カーボンペーパー上に前記スラリーの乾燥物である下地層が形成されたガス拡散層を得た。
【0069】
このガス拡散層の前記下地層を、電極触媒層に積層した。さらに、150℃、2.5MPaの条件下で12分間ホットプレスを行い、電極触媒層と下地層とを互いに接合した。これにより、アノード電極及びカソード電極を電解質膜の各端面にそれぞれ形成した。
【0070】
この電解質膜・電極接合体から前記カーボンペーパーTGP−H060を剥離し、目視にてシワが存在するか否かを確認した。表面にシワが認められない場合には、下地層を削り取った後、再度シワの有無を確認した。
【0071】
また、電解質膜・電極接合体を用い、日本自動車研究所(JARI)に規格される電極面積25cmの標準セルを組み立てた。この標準セルにつき、セル温度を70℃とし、燃料ガスとして湿度70%の水素ガスを100kPa、利用率を70%としてアノード電極に供給するとともに、酸化剤ガスとして湿度85%の空気を100kPa、利用率を60%としてカソード電極に供給し、電流密度1A/cm時のセル電位を測定した。
【0072】
以上の結果を、カソード電極用インクの溶剤におけるノルマルプロパノールの割合、インク中の溶剤の割合、インク中のVGCF(繊維状カーボン)の割合、グラビア印刷時の設定温度との関係で、図2〜図5に示す。なお、乾湿サイクル後の寸法変化は、23℃、相対湿度50%で3時間放置したCCMを参照とし、これに対する寸法の相違を相対的に示している。
【0073】
先ず、図2から、アルコール比を5〜30に設定することにより、カソード電極用インクが塗布不良を起こすことなしに乾湿サイクル後の寸法変化が小さくなり、且つ優れたセル電位を示すPEFCが得られることが分かる。
【0074】
次に、図3を参照し、インク中の溶剤比が30〜70であるときに、カソード電極用インクが塗布不良を起こさず、しかも、乾湿サイクル後の寸法変化が小さくなることが諒解される。
【0075】
また、図4によれば、インク中のVGCF比が3〜33であるときに、塗布不良が起こらず、また、ヒビ割れのないカソード電極が得られることが分かる。
【0076】
最後に、図5に示すように、グラビア印刷時の版胴及び圧胴の設定温度(図5中のロール温度)を80〜130℃とした場合、シワが発生せず、且つカソード電極にヒビ割れのないCCMが得られた。
【0077】
以上のように、上記の各条件を適切な範囲に設定することにより、割れやシワが発生することが回避されるとともに、優れたセル電位を示すPEFCが得られることが明らかである。
【符号の説明】
【0078】
10…単位セル 12…電解質膜
14…アノード電極 16…カソード電極
18…電解質膜・電極接合体 20、22…セパレータ
28、30…ガス拡散層 32、34…電極触媒層
50…グラビア印刷装置 54…インク
56…ファーニッシャローラ 58…版胴
60…圧胴 66、68…ヒータ
70、72…輻射温度計 82…制御回路

【特許請求の範囲】
【請求項1】
固体高分子膜からなる電解質膜、又は転写用シートに対し、アノード電極又はカソード電極の電極触媒層となるインクをグラビア印刷によって塗工する電解質膜・電極接合体の製造方法において、
アルコールと水が重量比で5:95〜30:70の割合である溶剤を調製する工程と、
電極触媒層を得るためのインクを、前記溶剤を30〜70重量%含むものとして調製する工程と、
グラビア印刷装置を構成する版胴又は圧胴の少なくともいずれか一方の温度を80〜130℃に設定するとともに、前記版胴と前記圧胴との間に、電解質膜又は前記電解質膜に前記インクを転写するための転写用シートを通しながら、前記インクを塗工する工程と、
を有することを特徴とする電解質膜・電極接合体の製造方法。
【請求項2】
請求項1記載の製造方法において、前記インクを、繊維状カーボンを含むものとして調製することを特徴とする電解質膜・電極接合体の製造方法。
【請求項3】
請求項2記載の製造方法において、前記インク中の前記溶剤以外の成分の重量を100重量%とするとき、前記繊維状カーボンの割合を3〜33重量%に設定することを特徴とする電解質膜・電極接合体の製造方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の製造方法において、前記インクから、カソード電極の電極触媒層を形成することを特徴とする電解質膜・電極接合体の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2012−243693(P2012−243693A)
【公開日】平成24年12月10日(2012.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−115324(P2011−115324)
【出願日】平成23年5月24日(2011.5.24)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.テフロン
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】