説明

電量滴定式アンモニア性窒素測定方法および装置

【課題】
電量滴定式のアンモニア性窒素測定装置において、定量下限として0.05mg/Lまで測定可能な装置を提供する。
【解決手段】
電解電極として使用している陰極の表面積を陽極の表面積の1/50から1/100とすること、ならびに陰極の電流密度を0.1A/cm〜0.2A/cmとすることによって、0.05mg/Lのアンモニア性窒素を測定することが可能となった。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は電量滴定法によるアンモニア性窒素の測定方法および装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
海水、湖沼水、河川水などの環境水および下水処理場、工場排水から排出され廃水に含まれる微量なアンモニア性窒素を電量滴定法によって測定するアンモニア性窒素測定装置は、測定精度が高く短時間で測定できる特徴を備えており、広く活用されて来た。また、本装置の改良についても、研究報告(特許文献1)がなされて来た技術である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2000−111521号公報
【0004】
【非特許文献1】「上水試験方法 解説編 2001年度版」、日本水道協会、2001年、p.5
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従来の電量滴定式アンモニア性窒素測定装置における定量下限はおよそ1mg/Lであり、本濃度以下を精度良く測定することが困難である。一方、測定上限は数千mg/Lまで測定可能であるが、実試料において数千mg/Lのような高濃度試料は少なく、実用性は低い。実際にアンモニア性窒素を測定する下水処理場等では、原水のアンモニア性窒素濃度として50mg/L〜100mg/L程度であり、最終的な処理水のアンモニア性窒素濃度は1mg/L以下である場合が多い。従って従来の電量滴定式アンモニア性窒素測定装置において、より低濃度を簡便かつ精度よく測定できる装置が望まれる。しかしながら現状1mg/L以下を精度よく測定できる電量滴定式アンモニア性窒素測定装置はない。
【0006】
電量滴定式アンモニア性窒素測定装置において、電解電極である陽極および陰極に白金を用いることは特許文献1に記されているとおりである。本発明は、白金の表面積ならびに電流密度をより詳細に規定し、アンモニア性窒素濃度として0.05mg/Lまで測定可能とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、電量滴定式アンモニア性窒素測定装置の電解電極において、陰極の表面積を陽極の表面積の1/50から1/100とすること、ならびに陰極の電流密度を0.1A/cm〜0.2A/cmとしたものである。
【発明の効果】
【0008】
前述した電解電極の表面積ならびに電流密度にすることにより、アンモニア性窒素濃度として0.05mg/Lまで測定可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】電量滴定式アンモニア性窒素測定装置の概略図
【図2】電解電極の概略図
【図3】電解電流と2ppmアンモニア性窒素標準液の測定値との関係を示すグラフ
【図4】電解電流を4mAとしたときの滴定曲線
【図5】電解電流を10mAとしたときの滴定曲線
【発明を実施するための形態】
【0010】
前述したような電解電極の表面積および電流密度に至った経緯について、各実験結果を踏まえながら説明する。
【0011】
まず、陰極の衣面積を極端に小さくするに至った着眼点について説明する。一般に市販されている電量滴定式アンモニア性窒素測定装置に使用されている電解電極の陽極および陰極の表面積はおよそ1.6cmであり、電解電流は約30mAとなっている。電解電流が大きいため、高濃度のアンモニア性窒素に関しては迅速に測定可能となっているが、反面、低濃度については電解電流が大きすぎて測定時間が極端に短くなるために精度が悪くなるという欠点もある。そのため電解電流を小さくすることにより低濃度の精度を向上させることが考えられるが、両電解電極の表面積が大きいと電流密度が小さくなるため、陰極表面で本来の目的以外の電解が生じ、結果として電解効率が悪くなる。陰極表面で発生する本来の目的以外の電解とは、後述する臭素の還元などが考えられる。逆に言えば、陰極表面で目的以外の電解を生じさせないようにするためには、陰極の表面積をより小さくし、電流密度を大きくすればよい。前述した市販されている装置における電極の電流密度はおよそ0.02A/cmであり、本発明はこの電流密度を大きくするという着眼点から、陰極の表面積を極端に小さくする発想に至ったものである。
【0012】
本発明における陰極の表面積ならびに電流密度に関して実験を行なった結果、陰極の表面積を陽極の表面積の1/50から1/100とすること、ならびに陰極の電流密度を0.1A/cm〜0.2A/cmにすることによって、0.05mg/Lまでのアンモニア性窒素を測定することが可能になるという結論に至ったものである。
【0013】
以下に、電解電極の表面積および電流密度を上記のように決定した実験の詳細を説明する。
【0014】
まず、電解電極の表面積について説明する。電解電極に使用する白金はφ0.8mmの白金線を使用した。陽極は白金線を13cmにカットし、渦巻き状にしたものを作成した。この表面積は3.27cmとなる。一方、陰極は表面積の比較実験を行うため、(1)陽極と同表面積のもの、(2)1cmにカットしたもの(表面積0.26cm)、(3)0.5cmにカットしたもの(表面積0.13cm)、(4)0.1cmにカットしたもの(表面積0.03cm)の4種類を準備した。電解電流を4mAとし、塩化アンモニウムより調製した2ppmアンモニア性窒素標準液を測定した。また、測定に使用する電解液は、臭化カリウム濃度を0.4mol/Lとし、pH緩衝剤として炭酸ナトリウムと炭酸水素ナトリウムによって約pH9に調製したものを用いた。本電解液10mLと2ppmアンモニア性窒素標準液10mLを電解セルに採取し、測定を実施した。測定結果を表1に示した。その結果、電解効率としてほぼ100%が得られるのは、陰極の表面積が0.13cmと0.03cmであることがわかった。陰極の表面積0.13cmは陽極の表面積の約1/25であり、0.03cmは約1/109である。この範囲ではほぼ100%の電解効率が得られることがわかったため、余裕度を考慮して、陰極の表面積は陽極の1/50から1/100の表面積が適切であると判断した。
【0015】
【表1】

【0016】
電解電極の陰極側の表面積を小さくすることによって100%の電解効率が得られる要因としては、次のようなことが考えられる。
【0017】
まず、本測定の原理について説明する。本測定の原理は、電解液に含まれている臭素イオンが電解電流を流すことにより陽極側で酸化されて臭素が発生し、その臭素がアンモニアと定量的に反応することによってアンモニアが測定されるという原理に基づいている。すなわち、発生した臭素が全てアンモニアと反応しないと100%の電解効率を達成し得ないことになる。
【0018】
電解効率が低下する要因は、陽極で発生した臭素の一部が陰極側で再び臭素イオンに還元されてしまうことが挙げられる。電解は一定電流で行われるため、陰極側の表面積が大きいと、陽極間との抵抗が小さくなるため両極間にかかる電圧が小さくなる。陰極側では通常、水(水素イオン)が還元されて水素が発生するが、電圧が小さい条件下では、臭素は電気化学的に水より小さい電圧で先に還元されるために、一部の臭素も還元されてしまうことが推測される。そのため、陰極側の表面積を小さくすることにより両極間の電圧が大きくなり、臭素の還元が抑制されたと考えられる。
【0019】
一方、アンモニアと臭素の反応速度、および陰極への臭素の接触頻度の観点からも、陰極の表面積が小さいほうが臭素の還元を抑制する効果があることが推測される。まず、電解開始直後は被滴定液中のアンモニアは臭素より大過剰にあるため、臭素とアンモニアの反応速度が速い。そのため電解開始直後は陰極への接触頻度が低いため臭素は還元されにくい。しかし、電解が進行し終点に近づくに従ってアンモニアが少なくなるため、次第に臭素との反応速度が遅くなる。そのため、臭素は陰極への接触する頻度が高くなる。この臭素の陰極への接触頻度は陰極の表面積が大きいほど高くなることは容易に推測できる。従って陰極の表面積が小さいほど臭素の接触頻度も少なくなり、陰極での臭素の還元もされにくくなると推測される。
【0020】
また付加的な要因として、陰極の表面積を小さくすると陰極全体が水素の気体で覆われることにより臭素が陰極に届き難くなることも、臭素の還元が抑制される要因になっていると推測される。上述したこれらの要因が、陰極の表面積を小さくすると100%の電解効率が達成できた要因であると考えられる。すなわち、陰極における臭素の還元が電量滴定式アンモニア性窒素測定において1ppm以下を測定できなかった主因であり、表1に示すように陰極の表面積を小さく改善することが、1ppm以下を精度良く測定するための必須条件である。
【0021】
次に、最適な電解電流について実験した。前述の実験では電解電流を4mAとしたが、1mAから25mAの範囲で電解電流を変え、同様に2ppmアンモニア性窒素標準液を測定した。陰極の表面積は前述の実験で100%の電解効率が得られた0.03cmを用いた。測定結果を表2に示し、グラフで表したものを図3に示した。本実験を行った結果、電解電流が1mA〜15mAの範囲内で測定誤差として3%以内の結果が得られた。特に2mA〜5mAの範囲内では誤差1%以内の結果となり、本測定の最適条件であることがわかった。
【0022】
【表2】

【0023】
電解電流が2mA〜5mA以外ではわずかに測定誤差が出る要因としては、次のようなことが考えられる。
【0024】
まず、電解電流1mAでは真値より低い値となった。この要因としては測定中に一部のアンモニアが揮散したことが考えられる。電解電流1mAの条件で2ppmアンモニア性窒素標準液を測定すると、測定時間としておよそ8分を要する。測定時間が長いため、一部のアンモニアの揮散による測定誤差が影響したと推測される。
【0025】
次に電解電流6mA〜15mAの条件では、真値より高い値を示した。この要因としては、前項で示した陰極での臭素の還元が起因していると考えられる。電解電流を大きくすると陽極で発生する臭素も多くなる。発生した臭素は直ちにアンモニアと反応するが、臭素濃度が高いとアンモニアと反応して消費する臭素より、陽極より発生する臭素がいくぶん過剰になる。臭素過剰の状況下では陰極における臭素の還元がわずかに行われてしまい、すなわちアンモニアとの反応以外で臭素が消費されるため、結果として測定値が高くなったと考えられる。
【0026】
本推測の根拠として、電解電流4mAと10mAによる滴定曲線を図4および図5に示した。電解電流4mAでは、測定中は電流指示値がほぼ0μAを示し、終点(EP)直前で急激に電流が上昇し、終点に達する。一方、電解電流10mAの滴定曲線は、測定途中で電流指示値が少しずつ上昇し、終点に達していることがわかる。指示電極は定電圧電流検出法となっており、臭素が過剰になると電流値が上昇し、所定の電流値以上になった点を終点として検出するしくみとなっている。測定途中で電流値が上昇しているということは、被滴定液中にわずかに臭素が常に存在していることを意味する。このわずかに存在している臭素が陰極側で臭素イオンに還元されてしまうため、測定値が高くなると推測される。
【0027】
最後に電解電流20mA〜25mAの条件では、測定値が低い値を示した。この要因としては、ブランクの測定誤差に起因すると考えられる。本測定の手順としてはまず電解液に含まれるブランクを測定し、本測定から減算する必要がある。ブランクの値としては概ね0.2ppm程度である。すなわち、このブランクが正確に測定できることもアンモニア性窒素を正確に測定するために必須となる。電解電流20mA〜25mAの条件では、このブランクの測定に問題が生じる。前述したように、通常のブランクはおよそ0.2ppmであるが、電解電流20mA〜25mAでは電流が大きいため臭素が急激に発生し、指示電極による終点検出と、終点を検出したことによって電解電流がストップする間にわずかな時間差が生じる。その時間差によって臭素の過剰分が大きくなる。実際に電解電流20〜25mAにおけるブランク値は0.4〜0.5ppmを示した。つまり、ブランクの減算分が大きくなったために測定値が低くなったと推測される。
【0028】
前項までの実験結果より、低濃度のアンモニア性窒素を測定するためには、陰極の表面積を陽極の表面積の1/50から1/100とし、かつ電解電流を2mA〜5mAとすることにより陰極の電流密度を0.1A/cm〜0.2A/cmとすることが最適な条件であることが明らかとなった。この結果を踏まえ、本発明による装置におけるアンモニア性窒素の定量下限値を求めた。
【0029】
試験方法は、非特許文献1の「2 自己精度管理」に記されている定量下限の算出法に従った。塩化アンモニウム標準液を、アンモニア性窒素濃度として0〜0.1ppmとなるように段階的に調製したものを測定する併行試験を行い、べき乗回帰および双曲線回帰の計算によって変動係数10%となる濃度を算出した。0〜0.1ppmアンモニア性窒素標準液の併行試験結果を表3に示した。
【0030】
【表3】

【0031】
表3の結果を元に、べき乗回帰計算を行うと、変動係数10%の濃度は0.0483ppmとなり、双曲線回帰計算を行うと、0.0416ppmとなる。濃度の高いほうが定量下限値として採用されるため、べき乗回帰によって計算された値(0.0483ppm)が定量下限値となる。本結果より、0.05ppmのアンモニア性窒素が定量可能であることが実証された。
【0032】
上述のように、本発明によって電量滴定式アンモニア性窒素測定装置の定量下限を、従来のおよそ1mg/Lから0.05mg/Lに引き下げることができた。このことによって、従来の電量滴定式アンモニア性窒素測定装置の利点である測定の簡便性に加え、より市場の需要にマッチした低濃度領域の測定が可能となり、本方式によるアンモニア性窒素測定装置における実用性ならびに汎用性を飛躍的に向上させることができた。
【実施例】
【0033】
本発明の実施例を図1に基づいて説明する。図1は本発明の電量滴定式アンモニア性窒素測定装置の概略図である。本装置は、電解電流や検出器を制御する制御部1と、測定結果等の表示を行う表示部2と、制御部を操作するためのキーボード3と、電解液と試料を投入して電解を行う滴定セル7から構成される。滴定セル7には検出部5に接続された指示電極8と、電解電流電源制御部4に接続された電解電極9と、モーター6に接続されたスターラ10が配置されている。指示電極8は片方が金線11、もう片方が銀線12からなり、滴定終点を検出する役割をする。一方、電解電極9は陽極13と陰極14から成り、電解電流を流すことによって臭素を発生させる役割をする。
【0034】
実際の測定操作について説明する。電解液および測定試料を滴定セル7に投入し、キーボード3からの入力操作によって測定を開始すると、電解電流電源制御部4がオンし、電解が開始される。同時にスターラ10に接続されているモーター6が回転して滴定セル中の液を撹拌し、本測定における化学反応を迅速かつ確実に行う目的を果たす。電解電流は制御部1によって2mA〜5mAに制御される。陽極13では電解液に含まれる臭素イオンが酸化されて臭素が発生する。発生した臭素は直ちに試料に含まれるアンモニアと反応する。このように反応が進行し、滴定セルにアンモニアが無くなり臭素が過剰になると、指示電極8が臭素過剰を検知して電解を停止し、測定が終了する。測定終了までに流した電気量によって試料中のアンモニア性窒素濃度が計算され、測定結果が表示部2に表示される。
【0035】
本発明における電解電極の構造について図2に基づき説明する。電解電極は電解電極胴部20と、白金線を渦巻き状に形成した陽極21と、白金線を樹脂性チューブ23で被覆した陰極22から構成される。まず陽極21は、陰極22と比較して表面積を50倍から100倍に大きく製作する必要がある。表面積を大きくする方法として、白金を板状もしくは網状に形成する方法も考えられるが、本実施例では特殊な加工が不要であり、最も製作が簡単である白金線を渦巻き状に形成する方法を選択した。一方、陰極22は白金線に樹脂製のチューブで被覆した形状をしており、先端部が表面積0.03cmとなるように白金が露出した構造をしている。樹脂製のチューブで被覆する形状とすることにより、白金の露出面積の調整は、チューブの長さを変更するのみで可能となるため、本発明には好適である。
【符号の説明】
【0036】
1 制御部
2 表示部
3 キーボード
4 電解電流電源制御部
5 検出部
6 モーター
7 滴定セル
8 指示電極
9 電解電極
10 スターラ
11 金線
12 銀線
13 陽極
14 陰極
20 電解電極胴部
21 陽極
22 陰極
23 樹脂製チューブ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電量滴定式アンモニア性窒素測定装置において、アンモニア性窒素の定量下限として0.05mg/Lまで測定可能とする方法。
【請求項2】
電量滴定式アンモニア性窒素測定装置において、電解電極の陰極の表面積を陽極の表面積の1/50から1/100とすること、ならびに陰極の電流密度を0.1A/cm〜0.2A/cmとすることを特徴とする電量滴定式アンモニア性窒素測定装置。
【請求項3】
請求項2において、電解電極は陽極および陰極ともに白金を使用し、陽極は白金線を渦巻き状等に形成し、陰極は白金線を樹脂等によってコーティングして白金の露出面積が陽極の1/50から1/100となるような構造を有した電解電極を具備する電量滴定式アンモニア性窒素測定装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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