説明

非アルコール性脂肪肝炎治療効果の判定マーカー

【課題】臨床で軽度乃至重度の非アルコール性脂肪肝炎患者の治療の際に用いられ、治療の効果を、的確に判定するマーカーを提供する。
【解決手段】血中又は肝臓における非アルコール性脂肪肝炎治療効果の判定マーカーは、非アルコール性脂肪肝炎患者から採取された血液に由来するフェリチン、チオレドキシン、遊離脂肪酸の何れか、又は前記患者から採取された肝臓に由来するCu,Zn-スーパーオキサイドディスムターゼ、Mn-スーパーオキサイドディスムターゼ、腫瘍壊死因子α、細胞間接着分子-1、エンドトキシン受容体であるトール様受容体4の何れかであって、その含量の変化若しくはそのmRNA含量の変化として測定される。非アルコール性脂肪肝疾患の病勢又は治療効果の判定マーカーは、非アルコール性脂肪肝炎を含む非アルコール性脂肪肝疾患患者から採取された血液に由来するサイトケラチン18フラグメントであって、その含量の変化として測定される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非アルコール性脂肪肝疾患、特に非アルコール性脂肪肝炎による脂肪肝や肝炎の症状を治療する非アルコール性脂肪肝炎治療薬、脂肪肝や肝炎である肝組織機能を改善する肝組織機能改善薬による治療効果を、判定するマーカーに関するものである。
【背景技術】
【0002】
非飲酒者の脂肪肝である非アルコール性脂肪肝疾患(non-alcoholic fatty liver disease:NAFLD)の中でも特に非アルコール性脂肪肝炎(non-alcoholic steatohepatitis:NASH)は、炎症壊死を伴う肝臓の中性脂肪変性症、肝細胞の風船様腫大、類洞周囲/静脈周囲線維症で特徴付けられる疾患である。最近、肥満、耐糖能障害、脂質代謝異常のような代謝性疾病が増加してきており、これらに起因する非アルコール性脂肪肝炎は、我が国でもよく見られる慢性肝炎となってきている。
【0003】
非アルコール性脂肪肝炎は、脂肪肝を呈する病態であるが、炎症・肝細胞傷害・線維症を随伴する点で、単純性脂肪肝と異なる。非アルコール性脂肪肝炎は、予後良好な単純性脂肪肝と比較すると、予後不良である。さらに非アルコール性脂肪肝炎は、肝硬変を惹き起こし、肝癌や肝不全に進行することがある。このような非アルコール性脂肪肝炎の患者は、心臓血管疾患や肝臓の所為による死亡の発生率が高いために、単純性脂肪肝の患者と比較しても平均の死亡率と比較しても、死亡の割合が高いと報告されている。
【0004】
このように非アルコール性脂肪肝炎は、深刻な疾患であると考えられることから、適切な治療介入を必要とする。非アルコール性脂肪肝炎でなければ、血液検査によって血清のアラニンアミノトランスフェラーゼ(ALT)値、アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ(AST)値が低いことは疑いないが、ALT値やAST値が低くても非アルコール性脂肪肝炎である症例が散見される。そこで、単純性脂肪肝と非アルコール性脂肪肝炎との識別は、今のところ肝生検に基づいて行われている。非アルコール性脂肪肝炎であると診断された患者の治療に、様々な薬物、例えばインスリン抵抗性改善剤、ビタミンE、ウルソデオキシコール酸、プロブコールのような脂質低下薬を含む薬物による治療が行われているが、その効果には著しい個人差がある。
【0005】
疫学的研究や無作為対照試験の結果、魚油中に大量に含まれているn−3系不飽和脂肪酸(n−3 PUFA)やその誘導体を補給すると、血中のトリグリセリド値が低下し、心臓の冠状動脈疾患の発症やそれに起因する突然死などのリスクが低減することが分かっている。エイコサペンタエン酸(eicosapentaenoic acid、C20:5 n−3)やその誘導体は、n−3系不飽和脂肪酸類の主要成分の一つである。高純度エイコサペンタエン酸誘導体は、高脂血症やアテローマ性動脈硬化症の治療に、汎用されている。我が国での大規模臨床試験JELIS(Japan EPA Lipid Intervention Study)によれば、エイコサペンタエン酸誘導体の補給による血漿エイコサペンタエン酸誘導体値の上昇が、高コレステロール血症患者での冠状動脈性心疾患の予防に有効であると報告されている。また、特許文献1には、エイコサペンタエン酸誘導体を有効成分として含むくも膜下出血の予後改善薬が、開示されている。
【0006】
しかし、非アルコール性脂肪肝炎(NASH)患者に対する高純度エイコサペンタエン酸誘導体による治療の有効性については、未だ明らかにされていない。しかも、非アルコール性脂肪肝炎に対する標準的で確実な治療方法は、未だ確立さえしていない。また、非アルコール性脂肪肝(NAFLD)患者の肝組織機能の一層優れた改善方法が、望まれている。そして、そのような治療による効果を的確に判定するマーカーが、望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際公開第2004/069238号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は前記の課題を解決するためになされたもので、臨床で軽度乃至重度の非アルコール性脂肪肝炎(NASH)患者の治療の際に用いられ、その脂肪肝や肝炎に対する優れた薬効を示し、安全で長期間服用でき、副作用がない非アルコール性脂肪肝炎治療薬、及び非アルコール性脂肪肝疾患(NAFLD)患者の肝機能改善薬による治療の効果を、的確に判定するマーカーを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記の目的を達成するためになされた特許請求の範囲の請求項1に記載の血中又は肝臓における非アルコール性脂肪肝炎治療効果の判定マーカーは、非アルコール性脂肪肝炎患者から採取された血液に由来するフェリチン、チオレドキシン、遊離脂肪酸の何れか、又は前記患者から採取された肝臓に由来するCu,Zn-スーパーオキサイドディスムターゼ、Mn-スーパーオキサイドディスムターゼ、腫瘍壊死因子α、細胞間接着分子−1、エンドトキシン受容体であるトール様受容体4の何れかであって、その含量の変化若しくはそのmRNA含量の変化として測定されるものである。
【0010】
請求項2に記載の非アルコール性脂肪肝疾患の病勢又は治療効果の判定マーカーは、非アルコール性脂肪肝炎を含む非アルコール性脂肪肝疾患患者から採取された血液に由来するサイトケラチン18フラグメントであって、その含量の変化として測定されるものである。
【0011】
このような非アルコール性脂肪肝炎治療効果や非アルコール性脂肪肝疾患の病勢又は治療効果を発現させるために用いられる非アルコール性脂肪肝炎治療薬は、少なくとも98%の高純度のエイコサペンタエン酸、その塩及びそのエステルから選ばれる少なくとも一種類からなる不飽和脂肪酸類を含むものである。
【0012】
この非アルコール性脂肪肝炎治療薬は、非アルコール性脂肪肝炎による脂肪肝及び/又は肝炎の症状を、前記不飽和脂肪酸類により、改善することができるものであることが好ましい。
【0013】
この非アルコール性脂肪肝炎治療薬は、前記不飽和脂肪酸類が、血中のアラニンアミノトランスフェラーゼの低下剤、血中のアスパラギン酸アミノトランスフェラーゼの低下剤、血中の遊離脂肪酸の低下剤、血中のフェリチンの低下剤、血中のチオレドキシンの低下剤、血中のサイトケラチン18フラグメントの低下剤、脂肪肝の酸化ストレスの低減剤、肝臓中の活性酸素除去酵素若しくはそのmRNAの増加剤、肝臓中の炎症性サイトカイン若しくはそのmRNAの低下剤、肝臓中の細胞間接着分子若しくはそのmRNAの低下剤、及び/又は肝臓中のエンドトキシン受容体若しくはそのmRNAの低下剤として作用することが好ましい。
【0014】
また、このような非アルコール性脂肪肝炎治療効果や非アルコール性脂肪肝疾患の病勢又は治療効果を発現させるために用いられる肝組織機能改善薬は、少なくとも98%の高純度のエイコサペンタエン酸、その塩及びそのエステルから選ばれる少なくとも一種類からなる不飽和脂肪酸類を含有し、脂肪肝及び/又は肝炎である肝組織の機能異常を改善するものである。
【0015】
この肝組織機能改善薬は、肝臓の中性脂肪変性症及び線維症と、肝細胞の風船様腫大と、小葉の炎症の少なくとも何れかの前記肝組織の機能異常を改善するものであることが好ましい。
【発明の効果】
【0016】
非アルコール性脂肪肝炎治療効果や非アルコール性脂肪肝疾患の病勢又は治療効果を発現させるために用いられる非アルコール性脂肪肝炎治療薬は、エイコサペンタエン酸やその誘導体のみからなる不飽和脂肪酸類を、ほぼ単一の有効成分として用いており、エイコサペンタエン酸やその誘導体に加えてドコサヘキサエン酸(DHA)やその誘導体等を含み、活性酸素生成酵素を増加させうることが明示された精製魚油などに比べ、より酸化ストレスを生じ難いという優越性を有すると判断される。
【0017】
また、非アルコール性脂肪肝炎治療効果や非アルコール性脂肪肝疾患の病勢又は治療効果を発現させるために用いられる非アルコール性脂肪肝炎治療薬は、非アルコール性脂肪肝炎(NASH)患者の治療に用いられるもので、安全かつ有効なものである。この治療薬や改善薬による薬効は、エイコサペンタエン酸やその誘導体のみからなる不飽和脂肪酸類の単独投与による抗炎症性と抗酸化性とに基づくものである。
【0018】
この非アルコール性脂肪肝炎治療薬や肝組織機能改善薬は、治療に用いても有害事象を生じず、長期間服用しても、副作用がない。
【0019】
この非アルコール性脂肪肝炎治療薬を用いて非アルコール性脂肪肝炎を治療すると、血中のアラニンアミノトランスフェラーゼ、アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ、遊離脂肪酸、フェリチン、チオレドキシン、サイトケラチン18フラグメントの各濃度が低下し、脂肪肝の酸化ストレスが低減され、肝臓中の活性酸素除去酵素やそのmRNAが増加し、かつ、炎症性サイトカインやそのmRNA、細胞間接着分子やそのmRNA、エンドトキシン受容体やそのmRNAの各濃度や作用が低減される。
【0020】
この肝組織機能改善薬は、非アルコール性脂肪肝炎治療薬と同様な組成からなり、非アルコール性脂肪肝疾患(NAFLD)患者に投与される脂肪肝や脂肪肝炎の組織機能の改善薬として用いられ、肝臓の中性脂肪変性症及び線維症と、肝細胞の風船様腫大と、小葉の炎症とを改善するもので、脂肪肝の酸化ストレスの改善薬としても作用する。
【0021】
本発明の非アルコール性脂肪肝炎マーカーは、非アルコール性脂肪肝炎の病勢又は治療効果を正確かつ簡便に判定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】非アルコール性脂肪肝炎治療薬を投与したときのAST、ALT、フェリチン、チオレドキシン、遊離脂肪酸の経時的な変化を示すグラフである。
【図2】本発明を適用する判定マーカーに関して、非アルコール性脂肪肝炎治療薬を投与したときのサイトケラチン(CK)18フラグメント量又はALT量とNAFLD組織学的活動性のスコアとの相関関係を示すグラフである。
【図3】本発明を適用する判定マーカーに関して、非アルコール性脂肪肝炎治療薬による治療前後でのサイトケラチン(CK)18フラグメント量の変化を示すグラフである。
【図4】生体部分肝移植のドナー術前検査で得られた正常肝組織と、非アルコール性脂肪肝炎治療薬投与前後に肝生検を行なったNASH患者の肝組織における肝TG量、及びMDA+4-HNE量の変化を示すグラフである。
【図5】本発明を適用する判定マーカーに関して、生体部分肝移植のドナー術前検査で得られた正常肝組織と、非アルコール性脂肪肝炎治療薬投与前後に肝生検を行なったNASH患者の肝組織におけるCu,Zn-SOD量、Mn-SOD量、TNF−α量、ICAM−1量、及びTLR4量の変化を示すグラフである。
【図6】高脂肪食摂取のマウス肝臓、非アルコール性脂肪肝炎治療薬であるEPA単独投与、及びEPAとDHA同時投与(魚油投与)を行なったマウス肝臓におけるCYP4A1量、AOX量、gp91phox量、及びp47phox量の変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の好ましい実施の形態を詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらの実施の形態に限定されるものではない。
【0024】
非アルコール性脂肪肝炎治療薬は、98%以上の高純度のエイコサペンタエン酸エチルからなる不飽和脂肪酸類を含むものである。
【0025】
このようなエイコサペンタエン酸エチルは、例えば魚油やエイコサペンタエン酸産生菌の培養液のような粗不飽和脂肪酸含有物から精製したエイコサペンタエン酸に由来するものである。より具体的には、その粗不飽和脂肪酸含有物を、蒸留、クロマトグラフィ、液体クロマトグラフィ、超臨界液体クロマトグラフィで精製し、エチルエステル化して調製したものである。
【0026】
高純度のエイコサペンタエン酸エチルは、具体的には、エパデール(持田製薬株式会社製;登録商標)が挙げられる。
【0027】
98%以上の高純度のエイコサペンタエン酸エチルの例を挙げたが、その他のエイコサペンタエン酸誘導体、例えば遊離のエイコサペンタエン酸、炭素数1〜18の低級乃至高級アルキルアルコールとのエステル、エチレングリコールのようなグリコールやグリセリンとのエステル;カリウム、ナトリウム、カルシウムのような金属、有機アミン及びアミノ酸のいずれかとの製薬上許容される塩であって、その純度のものであってもよい。このような高純度のエイコサペンタエン酸やその誘導体であれば、高々2%未満の不純物を含んでいたとしても、その不純物に起因する影響は殆んど無い。
【0028】
非アルコール性脂肪肝炎治療薬は、賦形剤、植物油、動物油、結合剤、懸濁剤、乳化剤、PH調整剤、等張化剤を含んでいてもよい。さらにビタミンEのような抗酸化剤を含んでいてもよい。
【0029】
非アルコール性脂肪肝炎治療薬は、液状のまま液剤として投与されてもよいが、エリキシル剤、カプセル剤、顆粒剤、丸剤、軟膏、懸濁剤、乳剤、硬膏剤、坐剤、散剤、錠剤、シロップ剤、注射剤、トローチ剤、軟膏剤、ハップ剤、リニメント剤、リモナーデ剤、ローション剤にして投与されてもよい。
【0030】
非アルコール性脂肪肝炎治療薬を、経口で投与してもよく、静脈注射・点滴で投与してもよく、皮膚に塗布乃至貼付して経皮吸収させてもよい。
【0031】
非アルコール性脂肪肝炎治療薬は、エイコサペンタエン酸誘導体として、1800〜2700mg/日投与されることが好ましい。毎日投与されることが好ましく、数時間おきに毎日数回投与されてもよく、毎食後に等量ずつ投与されてもよい。
【0032】
その他の医薬品例えば、カルシウムチャンネル拮抗剤、アンギオテンシンII受容体拮抗剤、又はアロプリノールなどと併用してもよい。
【0033】
この他、脂肪肝及び脂肪肝炎の改善薬として用いてもよく、脂肪肝の酸化ストレスの改善薬として用いてもよく、脂肪肝及び脂肪肝炎の組織機能の改善薬として用いてもよい。
【実施例】
【0034】
以下に、非アルコール性脂肪肝炎治療薬や肝組織機能改善薬を、投与した実施例を示す。この非アルコール性脂肪肝炎治療薬を用いて治療を行いつつ、この治療薬が非アルコール性脂肪肝炎患者の生化学的乃至組織学的異常を回復させていることについて、検討した。
さらに、本発明を適用する判定マーカーにより、非アルコール性脂肪肝炎治療効果や非アルコール性脂肪肝疾患の病勢又は治療効果の判定について、検討した。
【0035】
(実施例に関与した患者)
非アルコール性脂肪肝炎の患者に、非アルコール性脂肪肝炎治療薬による治療を行った。この全患者は、腹部超音波診断により肝臓の中性脂肪変性症(脂肪肝)であると認められ、栄養士によるカロリー摂取を控えるよう常に指示されているにも関わらず血清のアラニンアミノトランスフェラーゼ(ALT)値が6ヶ月以上45U/Lを超え、さらに肝臓の生検で非アルコール性脂肪肝炎であると認められた者である。このような患者のうちこの実施例の非アルコール性脂肪肝炎治療薬による治療の対象外とする基準は、B型肝炎ウイルス表面抗原陽性又はC型肝炎ウイルス抗体陽性の場合、薬剤性肝障害、自己免疫肝疾患、ウィルソン病、遺伝性ヘモクロマトーシス症、及びαアンチトリプシン欠乏症のような慢性肝臓疾患の場合、タモキシフェンによる治療や外科手術した非アルコール性脂肪肝炎の場合、毎週40gを超えるアルコールを摂取している場合、フィブレート、スタチン、又はプロブコールのような脂質低下薬を常用している場合である。
【0036】
この治療を行う患者は、病院に入院し、一晩絶食した後、採血され、経皮的肝臓生検が行われた。治療前に、体重指標(BMI)を算出した。日本人全体を基準にして比較し、BMIが25kg/mを超える場合は、肥満であると考えられた。患者は、心収縮圧/心拡張圧が140/90mmHgを超える場合、又は降圧剤を服用している場合、高血圧症であるとみなした。また、患者は、空腹時のグルコース値が126mg/dL以上である場合、若しくはインスリン又は経口低血糖症剤を服用している場合に、糖尿病であるとみなした。また、患者は、空腹時の血清中のコレステロール値及びトリグリセリド値が夫々220mg/dL以上及び150mg/dL以上である場合に、高脂血症であると診断した。なおこの治療は、世界医師会ヘルシンキ宣言に従って行ったもので、当該病院の倫理委員会で承認されたものである。
【0037】
(治療介入)
肝臓の生検を行ったところ組織学的に非アルコール性脂肪肝炎と認められるが他には疾患がないと診断された患者に対して、この治療について説明した。非アルコール性脂肪肝炎である30人の患者(内訳は男性が18人で女性が12人、年齢は27〜74歳で平均58歳)から、この治療に関与することの同意書を得た。その後、98%以上の純度を有する高純度エイコサペンタエン酸エチルエステルであるエパデール(持田製薬株式会社製;登録商標)(エパデールカプセル又はエパデールS)(以下、EPAと略記)を、その患者に12箇月間、2700mg/日ずつ内服投与した。このようなEPA単独内服を行った全患者は、少なくとも12箇月間、カロリー制限を継続し、何人かの患者は、カルシウムチャンネル拮抗剤、アンギオテンシンII受容体拮抗剤、又はアロプリノールのような以前から常用していた様々な薬物も併せて服用した。このような治療介入は、この治療期間中、変わることなく、継続した。理学所見及び血液検査所見によって、EPAによる副作用を監視した。患者が医師の指示に従ってEPAを摂取していることを、問診と血漿のEPA濃度の測定とによって、確かめた。治療効果は、主に臨床データと検査データとによって、評価した。うち7人の患者は、この12箇月の治療での最後にも繰り返し肝臓の生検を行うことに同意した。これらの患者について、組織学的所見の変化を調べた。
【0038】
(検査方法)
全てのデータは、空腹時のものである。常用検査を標準的な方法で行った。EPA内服治療開始時、開始後3、6、9、12箇月目での代表的な臨床検査を行った。血清AST、ALT、フェリチン値は、オートアナライザーを用いて測定した。フェリチン値は、抗フェリチン抗体を感作させたラテックスとの反応により生じる混濁度を濃度既知の標品と比較することにより、即ちラテックス比濁法により測定されたものである。血清中のチオレドキシン値は、サンドイッチELISAキット(レドックス・バイオサイエンス株式会社製;商品名)を用いて、酵素標識免疫吸着法により測定したものである。血中遊離脂肪酸(FFA)濃度の測定はNEFAテストキット(和光純薬社製)を用いて発色させ、濃度既知の標品との比色測定により行ったものである。なお、値は平均±標準偏差で表示する。インスリン抵抗性のホメオスタシスモデル評価(HOMA−IR)は、次式
空腹時の血漿グルコース値(mg/dL)×空腹状態での血漿インスリン値(μU/mL)/405
を用いて算出した。血清の脂肪酸組成は、ガスクロマトグラフィーを用いて、その標品の濃度と検知面積との検量線の比較により、測定した。血漿の腫瘍壊死因子−α(TNF−α)、可溶性TNF−α受容体−1(sTNF−R1)及びsTNF−R2の各濃度は、酵素免疫定量キット(R&Dシステムズ社製;商品名;米国ミネソタ州ミネアポリス)を用いて、酵素免疫定量法により、測定した。血清のアディポネクチン濃度は、酵素標識免疫吸着測定(ELISA)キット(大塚製薬株式会社製;商品名)を用いて、ELISA法により、測定した。血清中のチオレドキシン値は、サンドイッチELISAキット(レドックス・バイオサイエンス株式会社製;商品名)を用いて、ELISA法により、測定した。
【0039】
(超音波検査法による肝臓の中性脂肪変性症の評価)
B−モード超音波検査法は、3.5MHz凸型変換機(日立メディカル株式会社製;商品名)を装着した超音波診断装置モデルEUB−525(株式会社日立製作所製;商品名)を用い、同一の熟練技術者によって行われた。患者は、超音波検査の前、少なくとも12時間絶食し、この治療の開始時と終了時とに測定が行われた。超音波検査により、肝臓のエコー反射性は、次の四つの等級で評定した。等級0は中性脂肪変性症なし、等級1は軽度中性脂肪変性症(僅かに均質に肝臓のエコー反射性の増加あり;明瞭な肝臓内部脈管像あり;肝臓深部エコーの減衰なし)、等級2は中程度中性脂肪変性症(肝臓のエコー反射性の中程度の増加あり;肝臓内部脈管に部分的な不明瞭像あり;僅かに肝臓深部エコーの減衰あり)、等級3は重度中性脂肪変性症(瀰漫性・高度の肝臓のエコー反射性の増加あり;もはや肝臓内部脈管の可視不能;非常に深刻な肝臓深部エコーの減衰あり)というものである。
【0040】
(組織学的評価)
肝臓の生検標本は、14−Gの生検針を用いて採取し、直ちに10%中性ホルマリンで固定した。断片を4μmの厚さに切断し、ヘマトキシリンとエオシンとによりアザン−マロリー法で染色した。組織学的所見は、クライナーらによる進展度診断/格付け法に準拠し、一人の病理学者(KS)による盲検法で、評定した。NAFLDの組織学的活動性(NAFLD activity score: NAS)は、中性脂肪変性症(0〜3レベルの4段階)、小葉炎症(0〜2レベルの3段階)、肝細胞風船様腫大(0〜2レベルの3段階)の夫々の評価の非加重合計による0〜8レベルの幅で定められるものである。NASが5を超えるものは、疑いなく非アルコール性脂肪肝炎と診断される。
【0041】
(統計処理)
統計学的分析は、ウインドウズ版SPSSソフトウェア11.0J(SPSS社製;米国イリノイ州シカゴ)を用いて行われた。定性値は、(%)で表示し、χ検定で比較した。定量値データは、平均と標準偏差とで表示し、二項両側t検定で比較した。確率値(P値)が0.05未満で、統計学的有意性ありとみなし、*で示した。
【0042】
この治療の結果を以下に示す。
【0043】
(患者の特徴の基準値)
この治療に関与した非アルコール性脂肪肝炎である30人の患者の特徴の基準値を、表1に示す。25人(83%)の患者は、肥満であり、平均BMIが28.3±3.3kg/mであった。16人(53%)の患者は高血圧症であり、5人(17%)の患者は糖尿病であった。腹部超音波検査の結果、15人(50%)の患者が等級3の重度中性脂肪変性症であった。組織学的には、全患者のNASが、5を超えていた。多くの患者の線維症第1期又は第2期であった。6人(20%)の患者は線維性架橋を形成していた。これら患者のうち肝硬変になっている者はいなかった。
【0044】
【表1】

【0045】
(生化学的特徴によるEPAの効果)
全患者に12箇月間、治療した。平均体重は、治療前に73.8±11.5kgであったが、治療後に73.6±11.9kgとなり(P=0.807)、その前後で変化が認められなかった。血清中のALT値は、図1に示す通り、81±38U/Lから12箇月後に50±22U/Lとなり、その基準値と比較すると29%減少していた(P=0.002)。血清のAST値とALT値との改善が、6ヶ月以降認められた。うち7人(23%)の患者で、血清のALT値が、EPAによる治療で正常値(<30U/L)に戻ったが、4人(13%)の患者で血清のALT値の有意な改善が認められなかった。血小板数と、血清中のアルブミン値、アルカリホスファターゼ値、γ−グルタミルトランスフェラーゼ値、ヒアルロン酸値及び4型コラーゲン7S値は、変化していなかった。EPAによる治療で、表2に示すように、総コレステロール値は、基準値から8%減少(P=0.037)し、遊離脂肪酸(FFA)値は、基準値から34%減少(P=0.011)していたが、トリグリセリド値と高比重リポタンパク質(HDL)コレステロール値とは、変化していなかった。血清の脂肪酸のプロファイル分析の結果、EPA濃度と、アラキドン酸(AA)に対するEPA組成比(C20:5,n−3)/(C20:4,n−6)とは、有意に増加していた。EPAによる治療で、血清のアラキドン酸濃度は、基準値から12%(P=0.038)減少していた。一方、EPAによる治療後、空腹時のグルコース値、インスリン値、及びアディポネクチン値、HOMA−IR、グリコヘモグロビン値は、有意な変化がなかった。そのためEPAによる治療で血清のAST及びALTの低下と、インスリン抵抗性及び低アディポネクチン血症の改善との間に相関性がないことが示された。
【0046】
【表2】

【0047】
次いで、非アルコール性脂肪肝炎の炎症性壊死を惹き起こす血清の炎症性サイトカイン値について、検討した。血漿の平均TNFα値は、治療後に低下する傾向にあった。血漿のsTNF−R1値とsTNF−R2値とは、基準値に対し夫々10%と16%有意に低下(夫々P<0.001)していた。血清の鉄濃度とトランスフェリン飽和度とは変化しないままであったが、血清のフェリチン濃度は12箇月間のEPAによる治療で、有意に低下していた。酸化的ストレスの指標である血清のチオレドキシン値も28%低下(P=0.032)していた。
【0048】
EPA単独内服治療を受けたNASH患者において、経時的に採取して分析した血清の結果を示す。図1から明らかなように、フェリチン(Ferritin)、チオレドキシン(Thioredoxin)、遊離脂肪酸(FFA)の各濃度の経時的変化は、ASTやALTの経時的変化によく類似していた。すなわち、これら5種の血清中の因子が、EPA単独内服による治療過程で同調的に変化することが、明らかとなった。したがって、NASH患者の治療におけるEPA単独内服治療によるNASHの改善を判断する指標として、血清中のAST・ALT・可溶性腫瘍壊死因子受容体−1・可溶性腫瘍壊死因子受容体−2の治療前・治療後の変化のみならず、フェリチン・チオレドキシン・遊離脂肪酸含量の変化もEPAのNASHに対する好ましい薬効を表していることが分かった。
【0049】
(超音波検査法の所見によるEPAの効果)
17人(57%)の患者で、中性脂肪変性症のレベルの改善が見られた。中性脂肪変性症のレベルにつき、15人(50%)の患者が1レベル低下し、2人(7%)の患者が2レベル低下していた。7人(23%)の患者は、12箇月のEPAによる治療で、中性脂肪変性症が消失していた。中性脂肪変性症の平均レベルは、2.2±1.0であったものが、治療によって1.6±1.2(P=0.004)に、有意に改善されていた。
【0050】
(組織学的所見によるEPAの効果)
全患者の23%に相当する7人の患者が、12箇月間EPAによる治療をした後、肝臓の生検を繰返し行うことに、同意した。その組織学的所見の変化を、表3に示す。中性脂肪変性症の平均レベルは、2.4±0.5であったものが、治療によって1.7±0.5に低下した。線維症の平均レベルは、1.7±1.1であったものが、治療によって0.7±0.5に低下した。生検を行ったところ、線維症の等級がその内の4人(57%)の患者で1レベル低下しており、2人(29%)の患者で2レベル低下していた。線維症が悪化した患者はいなかった。小葉炎症と肝細胞の風船様腫大との平均レベルは、何れも改善されていた。
【0051】
【表3】

【0052】
平均NASは、6.1±1.3であったものが、12箇月の治療後、3.7±1.4に低下していた。NASは、6人(86%)の患者で改善されていた。中性脂肪変性症、小葉炎症、及び肝細胞風船様腫大の夫々が少なくとも1レベルの改善がありNASの3レベル以上の低下があるものを、組織学的に治療効果があるとした。このような厳格な規定によると、3人の患者(43%)に、組織学的な治療効果が見られた。5人(71%)の患者に、NAS 5未満への低下が見られ、これらの患者は『疑いなく非アルコール性脂肪肝炎である』から、12箇月間のEPAによる治療後に、『非アルコール性脂肪肝炎か否かのボーダーライン上にある』又は『非アルコール性脂肪肝炎でない』に、改善されていた。
【0053】
(組織学的活動性と血清サイトケラチン18とALTとの相関性の検討)
次に、過去に肝臓生検を施行した無治療のNAFLD患者の118例において、NAFLDの組織学的活動性のスコア値(NAS)と、血清サイトケラチン(CK)18フラグメント又はALT値との相関を、調べた。
【0054】
NAFLDの組織学的活動性は、患者背景、患者臨床情報を知らない病理学者が、118名の無治療のNAFLD患者の肝生検組織切片にヘマトキシリンエオジン染色を施しそれを顕微鏡で観察し、脂肪肝の程度、バルーニングや小葉内炎症の程度などをクライナーらにより提唱された基準(Kleiner et al., Design and validation of a histological scoring system for nonalcoholic fatty liver disease. Hepatology 2005; 41: 1313-1321)に則り、スコアリングしたものである。スコアリングにより、1〜8のランクのスコアに区分され、NAS値が大きいほどNAFLDの活動性が強いことを示す。前記と同様、NAS値が5以上でNASHと確定される。またNAFLDの治療効果もこのスコアの改善を以って評価される。
【0055】
一方、各々のNAFLD患者から得られた血清ALT量の値と血清サイトケラチン18フラグメント量を測定した。血清サイトケラチン18フラグメント値はM30-Apoptosense ELISAキット(Peviva社製、商品名)を用いて、ELISA法により、測定し、ALTは前記と同様にして測定した。Spearman's rank correlation analysisにより相関係数(r値)を求めた。横軸にNAFLDの組織学的活動性のスコア値、縦軸に夫々血清ALT量の値と血清サイトケラチン(CK)18フラグメント量の値とにした相関の結果を、図2に示す。
【0056】
図2から明らかな通り、血清サイトケラチン18フラグメント量の値とNAS値との相関値(r)は0.526であり、血清ALT値とNAS値との相関値(r)は0.298であった。この結果から明らかなように、血清サイトケラチン18フラグメント量は、血清ALT値よりも、NAS値との相関値が、はるかに高い。したがって、血清サイトケラチン18フラグメント量は、NAFLDの組織学的活動性(即ちNASHの病勢)との高い相関性を示すことが分かった。
【0057】
従来は、NASHの治療効果判定には複数回の肝生検を行い、組織学的変化を観察するしか有効な観察方法がなかった。肝生検は入院を要し、肝臓に針を刺してその一部を採取するという侵襲性の高い検査であるため、患者に多大な肉体的・精神的・経済的負担をかけているばかりか、定量的なNASHの治療効果判定がしばしば困難であった。それに対し、血清サイトケラチン18フラグメント量は、NASHの程度を判断するうえで定量化できる血清マーカーとして有用であるばかりでなく、今までNAS値と相関すると信じられてきた血清ALTの定量値よりも、遥かに優れたNAS値との相関を有することが判明した。従って、血清サイトケラチン18フラグメントは、NASHの治療効果判定の際に、正確かつ簡便なマーカーであり、従来の肝生検より安全で侵襲性の低い評価法として用いることができる。また、NASHだけでなく、他の脂肪蓄積を伴う肝炎の程度を推定する血清マーカーとしても有用である。
【0058】
この血清サイトケラチン18フラグメント量は、(1)EPA単独内服によるNASH患者の治療における肝炎改善程度を判断する新規血清マーカーとして有用であり、(2)脂肪肝疾患(NASHやC型肝炎)の脂肪蓄積および炎症程度を判断する新規血清マーカーとしても有用であり、さらに(3)NASHやC型肝炎患者のEPA単独内服以外の治療における肝炎改善程度を判断する新規血清マーカーとしても有用であると考えられる。
【0059】
(EPA治療前後における血清サイトケラチン18フラグメント値の変化の検討)
12箇月のEPA単独内服治療を完遂できたNASH患者6例において、治療開始時、12箇月後に、前記と同様にして血清サイトケラチン18フラグメント量を測定した。その血清サイトケラチン18フラグメント量の値の変化を図2に、示す。治療開始時における血清サイトケラチン18フラグメント値を各々100%とし、12箇月治療後の相対値を%で表示した。スチューデントのt検定によりP値を算出した。全ての患者において著しい血清サイトケラチン18フラグメントの低下が確認され、低下の程度は図1に示した5種の血清マーカー値の低下の程度と強い相関があることが確認された。このことからも、血清サイトケラチン18フラグメント量が、NASHの治療効果判定の有能なマーカーとして用いることができることが確かめられた。
【0060】
(EPA治療前後での肝臓内トリグリセリド(TG)と過酸化脂質(MDA+4-HNE)量の変化)
生体部分肝移植のドナー術前検査で得られた正常肝組織(C:Control、n=4)、EPA単独内服治療前後に肝生検を行なったNASH患者の肝組織(SH:steatohepatitis[脂肪肝炎、治療前]、及びSH+EPA[EPA治療後]、各n=5)から総脂質を抽出し、トリグリセリドテストキット(和光純薬社製、商品名)を用いてトリグリセリド量(TG)を測定した。肝組織中の過酸化脂質量(MDA+4-HNE量、なおMDAはmalondialdehyde、4-HNEは4-hydroxynonenal)は、LPO-586キット(オキシス インターナショナル社製、商品名)を用いて測定した。測定値は平均±標準偏差で表示し、群間の比較は、スチューデントのt検定により行った。確率値(P値)が0.05未満で、統計学的有意性ありとみなし、*で示した。その結果を、図4に示す。
【0061】
図4から明らかな通り、12箇月間のEPA単独内服治療を完遂できたNASH患者5名において、生検で得た肝臓を生化学的手法で調べたところ、肝臓内のトリグリセリド量(TG)および過酸化脂質量(MDA+4-HNE)は、EPA治療前のNASH(SH)では高値であるが、治療後(SH+EPA)では大きく減少していた。
【0062】
(EPA治療前後での肝臓内の酸化ストレス消去・炎症に関連する遺伝子発現の変化)
生体部分肝移植のドナー術前検査で得られた正常肝組織(C:control,n=4)、EPA単独内服治療前後に肝生検を施行し得えたNASH患者の肝組織(SHおよびSH+EPA、n=5)から、キット(キアゲン社製)を用いて総RNAを分離後、逆転写酵素(インビトロゲン社製)を用いてcDNAを合成した。PRISM 7000 Sequence Detection System(ABI社製、商品名)を用いた核酸染色であるSYBR green法により、酸化ストレス消去酵素であるスーパーオキサイドディスムターゼ(Cu,Zn-SOD及びMn-SOD、なおSODはsuperoxide dismutase)、炎症関連分子(TNF−αおよびICAM−1、なおTNF−αはtumor necrosis factor α:腫瘍壊死因子−α、ICAM-1はintercellular adhesion molecule-1:細胞間接着分子−1)、エンドトキシン受容体(TLR4、なおTLR4はToll-like receptor 4:トール様受容体)各分子のmRNA発現量(GAPDH mRNA量に対する相対値、なおGAPDHはglyceraldehyde-3-phosphate dehydrogenase)を算出した。測定値は平均±標準偏差で表示し、群間の比較は、スチューデントのt検定により行った。確率値(P値)が0.05未満で、統計学的有意性ありとみなし、*で示した。その結果を、図5に示す。
【0063】
図5から明らかな通り、蛋白発現をmRNAレベルで測定すると、EPA治療前のNASH(SH)ではCu,Zn-SOD及びMn-SODは正常(C:control)より低下していた。治療後(SH+EPA)は両方とも正常(C)の数倍レベルに増加した。両方のSOD分子は活性酸素を除去する機能を持つので、治療後に増加することはEPA内服により抗酸化能力が上昇することが示唆された。このことは治療後(SH+EPA)の過酸化脂質量の減少の一因と考えられる。
【0064】
炎症関連分子(TNF-α及びICAM-1)およびエンドトキシン受容体(TLR4)の発現は治療前に高く、治療後に減少した。TNF-αは炎症を生じている細胞から放出されるが、半減期が短いため、血中での蛋白量変化にはあまり反映されない(表2参照)。しかし、肝臓内でのmRNA量は合理的な変化を示した。従って、肝臓内におけるTNF-α mRNA量は肝炎改善程度を判断するマーカーとして有用である。ICAM-1はTNF-αと似た機能と挙動を示すので、ICAM-1 mRNA量も肝炎改善程度を判断するマーカーとして有用である。TLR4はエンドトキシン(LPS:リポポリサッカライド)の細胞表面受容体として炎症の促進機能を持つことが知られている。図5に示されたデータはTLR4 mRNA量が、治療前に正常人の約3倍高く、治療後に正常人レベルまで低下することを、初めて示したものである。この変化は、EPA内服により生じるTNF-αおよびICAM-1の変化に類似しており、肝臓内におけるTLR4 mRNA量は肝炎改善程度を判断するマーカーとして有用である。
【0065】
NASHの肝炎改善程度を判断する手法として組織学的解析を併用することが有用である(表3参照)。図5に示された肝臓内蛋白分子の生化学的解析結果が加わると、血清解析データでは得られない情報が得られるので、EPA単独内服治療効果のさらに的確な判断が、可能となる。
【0066】
(酸化ストレス生成分子の発現レベルに関するEPA単独投与とEPA+DHA混合投与との差異)
C57 B6雄マウス(12週齢)を15%硬化ヤシ油含有のAIN-93G変型高脂肪食にて12週間飼育した。これにより、全てのマウスは脂肪肝症状を呈した(5.8 + 0.9 mg トリグリセリド/g 肝臓)。コントロール群(C:Control)は上記高脂肪食にて、さらに6週間飼育した。EPA単独投与群(EPA)は上記高脂肪食を与え、加えて、1.4 mg EPA/日/30g 体重 にてEPAを6週間経口投与した。EPA+DHA混合投与群(EPA+DHA)は上記高脂肪食を与え、加えて、30 mg マグロ油(27%DHAおよび5%EPAを含有、なおDHAはdocosahexaenoic acid)/日/30g体重にてEPAおよびDHAを6週間経口投与した。マグロ油投与群(EPA+DHA)は、EPA単独投与群とほぼ等量のEPAとそのEPAの5.4倍量のDHAを与えたことになる。各群6匹のマウスを使用した。肝臓を摘出後、キット(キアゲン社製)を用いて総RNAを分離した。逆転写酵素(インビトロゲン社製)を用いてcDNAを合成した後、PRISM 7000 Sequence Detection System(ABI社製)を用いたSYBR green法により、チトクロームP450 4A1(CYP4A1)、アシルCoAオキシダーゼ(AOX)、NADPHオキシダーゼ
サブユニット蛋白 (gp91phox およびp47phox) 各分子のmRNA相対量(GAPDH mRNA量に対する相対値)を測定した。これら4種の酵素蛋白は、何れも活性酸素を生成する機能を有し、酸化ストレス生成酵素である。測定値は平均±標準偏差で表示し、群間の比較は、スチューデントのt検定により行った。確率値(P値)が0.05未満で、統計学的有意性ありとみなし、*で示した。その結果を、図6に示す。
【0067】
図6から明らかな通り、肝臓における4種の酵素蛋白のmRNA量を測定したところ、同一パターンの結果を得た。即ち、EPA単独投与群(EPA)では4分子種のmRNA量は全く増加しないが、EPA+DHA混合投与群(EPA+DHA)では4分子種とも著しい増加が生じた。EPA+DHA混合投与群はEPA単独投与群とほぼ同量のEPAが投与されているが、得られた結果はEPA単独投与群と全く異なるものであった。このことから、EPA+DHA混合投与(魚油投与)は、EPA単独投与とは全く異なる変化を引き起こしうることが、明らかとなった。従って、NASH患者へのEPA単独内服による薬効は特異的であり、EPA+DHA混合投与(魚油投与)による薬効とは、多くの事項に関して、かなり異なることが、強く示唆された。
【0068】
(EPAの安全性)
EPA治療期間中に、有害な症状は現われなかった。また出血傾向は、線維症を有する非アルコール性脂肪肝炎患者にさえ、認められなかった。
【0069】
(治療結果の総括)
この高純度EPAにより治療するというこの方法によると、87%の患者で、血清のALT値が通常値よりも29%も低下していた。また、肝臓の中性脂肪変性症が改善することは、肝臓の超音波診断法によって裏付けられた。再生検を行い得た患者の86%に、肝臓の中性脂肪変性症、線維症、小葉炎症、及び肝細胞の風船様腫大のような非アルコール性脂肪肝炎の典型的な特徴の改善が認められた。そのうち43%の患者に、NAS評価の3レベルを超える有意な改善が認められた。この治療は少人数で行われたものであるが、非アルコール性脂肪肝炎の患者のEPAによる治療の有効性と安全性を初めて示したものである。
【0070】
EPAにより治療すると、非アルコール性脂肪肝炎の患者の肝臓の中性脂肪変性症を軽減することが、超音波検査や組織学的検査により認められた。中性脂肪変性症の肝臓中のトリグリセリドのほとんどは、主に脂肪組織から放出され循環している遊離脂肪酸(FFA)から誘導されたり肝細胞中で脂質生合成されたりしたものである。EPAによる治療で、血清のFFA濃度の有意な低下が認められた。ob/obマウスへEPAを投与すると、白色脂肪細胞中で脂肪酸合成酵素の発現の低下をもたらし、その結果、血漿中のFFA濃度が低下すると、報告されている。さらにこのマウスにおいて、EPAは肝臓での脂肪酸合成酵素発現値を低下させ、ステロール応答領域結合タンパク1の発現低下により脂肪生合成を抑制していることが示されている。
【0071】
組織学的所見と血漿のsTNF−R値とによる結果は、EPA治療が、非アルコール性脂肪肝炎の活動性を有意に改善することを裏付けている。EPA誘導抗炎症効果は、肝細胞中のFFA誘導脂肪毒性の減少、酸化ストレスの解消、5−ヒドロキシエイコサテトラエン酸のような炎症前駆エイコサノイド誘導体を産生するアラキドン酸に対する代謝拮抗、NF−κB活性化の抑制のようなメカニズムによるものと考えられている。さらに、EPAの補給は、細胞/細胞小器官の膜脂質組成を変え、流動性を改善し、肝細胞の損傷の低下をもたらしているのであろう。
【0072】
非アルコール性脂肪肝炎治療薬を用いた治療では、EPAで、血清のアディポネクチン濃度を低下させインスリン抵抗性を改善するという効果は、認められなかった。最近、ピオグリタゾンによる非アルコール性脂肪肝炎の治療の効果を示す幾つかの報告がなされている。EPAに比較すると、非アルコール性脂肪肝炎に対するピオグリタゾンの主な薬効は、炎症前駆体のサイトカインや酸化ストレスの調整というよりむしろ、アディポネクチンを介在するインスリン感受性の改善と肝臓での脂肪酸の代謝促進にある。そのため、EPAとピオグリタゾンとの両剤併用療法によれば、これらの薬物の欠陥を補い合うことができる。また、単剤療法よりも、非アルコール性脂肪肝炎に対する一層の効果が得られるかもしれない。
【0073】
この治療により、非アルコール性脂肪肝炎患者に2700mg/日の服用量でEPAを投与したときの安全性及び有効性に関し、有用であることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0074】
非アルコール性脂肪肝炎治療薬は、脂肪肝の酸化ストレスの改善や脂肪肝の組織機能の改善に用い、非アルコール性脂肪肝炎の症状の緩和、改善、治癒のような治療に有用である。無作為プラセボ対照試験による診断にも有用である。
【0075】
また、肝組織機能改善薬は、脂肪肝及び/又は肝炎である肝組織の機能異常の改善に用い、非アルコール性脂肪肝疾患の症状の緩和、改善、治癒のような治療に有用である。
【0076】
本発明の非アルコール性脂肪肝炎マーカーは、病勢や治療効果判定の指標として、有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
非アルコール性脂肪肝炎患者から採取された血液に由来するフェリチン、チオレドキシン、遊離脂肪酸の何れか、又は前記患者から採取された肝臓に由来するCu,Zn-スーパーオキサイドディスムターゼ、Mn-スーパーオキサイドディスムターゼ、腫瘍壊死因子α、細胞間接着分子−1、エンドトキシン受容体であるトール様受容体4の何れかであって、その含量の変化若しくはそのmRNA含量の変化として測定される血中又は肝臓における非アルコール性脂肪肝炎治療効果の判定マーカー。
【請求項2】
非アルコール性脂肪肝炎を含む非アルコール性脂肪肝疾患患者から採取された血液に由来するサイトケラチン18フラグメントであって、その含量の変化として測定される非アルコール性脂肪肝疾患の病勢又は治療効果の判定マーカー。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−94131(P2010−94131A)
【公開日】平成22年4月30日(2010.4.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−276627(P2009−276627)
【出願日】平成21年12月4日(2009.12.4)
【分割の表示】特願2009−530109(P2009−530109)の分割
【原出願日】平成20年8月25日(2008.8.25)
【出願人】(504180239)国立大学法人信州大学 (759)
【Fターム(参考)】