説明

非小細胞肺癌に対する腫瘍マーカーおよび治療標的としてのADAM8

肺癌発生に関与する分子、および、診断マーカーまたは新たな分子療法の標的として役立つ可能性のある遺伝子を探索する中で、ADAM8遺伝子が、試験したNSCLC試料の大多数において高度に過剰発現されることが見いだされた。その後の分析により、肺癌患者においてELISAにより検出されたADAM8タンパク質の血清レベルは、正常個体におけるレベルよりも有意に高いことが実証された。さらに、ADAM8遺伝子に対するベクターベースの低分子干渉RNA(siRNA)を用いたNSCLC細胞の処理により、その発現が抑制され、NSCLC細胞の増殖抑制がもたらされた。これらの結果は、ADAM8が、診断マーカーとして、および、肺癌に対する新たな分子療法の開発のための標的として、有用である可能性を示している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
技術分野
本発明は生物科学の分野に関し、より具体的には癌の診断および治療法の分野に関する。特に、本発明は、肺癌を診断するための方法、ならびに癌細胞の増殖を抑制するための組成物および方法に関する。
【0002】
本出願は、PCT出願第PCT/JP03/12072号(これは2002年9月30日に提出されたUSSN 60/414,673号、2003年2月28日に提出されたUSSN 60/451,374号、および2003年4月28日に提出されたUSSN 60/466,100号に関する)に関し、これらは全てその全体が参照として本明細書に組み入れられる。
【背景技術】
【0003】
背景技術
肺癌は世界で最も一般的な癌の一つであり、非小細胞肺癌(NSCLC)はそれらの症例の80%近くを占める(Greenleeら、2001)。進行肺癌の予後は依然として悪く、新たな治療方法および診断方法が至急必要である(Narukeら、2001)。癌胎児性抗原(CEA)(Shinkaiら、1986)、血清サイトケラチン19断片(CYFRA 21-1)(Pujolら、1993)、およびプロガストリン放出ペプチド(pro-GRP)(Miyakeら、1994)といった現在用いられている肺癌に対する腫瘍マーカーのほとんどは、癌細胞の存在の検出におけるそれらの感度および特異性が比較的低いため、臨床における早期診断のためには満足いくものではない。さらに、肺癌組織の形態は多様であり、組織学的には、腺癌(ADC)、扁平上皮癌(SCC)、大細胞癌(LCC)、および小細胞肺癌(SCLC)を含む、いくつかのカテゴリーに分類される。現在、肺癌の組織学的および細胞学的な診断は主として形態的評価に依存しており、このため、早期診断のための信頼性の高いツールの開発が強く待ち望まれている。
【0004】
近年癌治療のための新規な標的分子の同定および機能解析の速度が高まっていることから、新たなタイプの抗癌薬剤の開発に大きな関心が集まっている(Schillerら、2002;Kellyら、2001)。分子標的薬は、作用機序が明確なため、悪性細胞に対する特異性が高く、副作用は最小限であることが期待される。マイクロアレイ技術は、肺癌などの癌に対する特異的分子マーカーを同定するための新たなアプローチをもたらしている。NSCLCの診断、治療、および予防のための新規標的分子を単離するため、37例の癌組織からレーザーキャプチャーマイクロダイセクションによって調製されたNSCLC細胞のゲノムワイドな発現解析が、23,040個の遺伝子を含むcDNAマイクロアレイを用いて、以前に行われた(Kikuchiら、2003)。この研究において、クラスタリングアルゴリズムによって解析された遺伝子発現データが、非小細胞肺癌の2つの主な組織学的タイプであるADCおよびSCCを容易に識別しうることが示された。すなわち、「NSCLC」という表示は2つの異なる組織学的サブタイプを含むものの、臨床的な状況では全てが一緒に分類され、患者にはしばしば、特に手術不能な症例では同一の化学療法が与えられる。このため、癌特異的分子の選択的な抑制手段による、各々のタイプの肺癌に対して個別化された治療は、肺癌治療の転帰の向上に有望である可能性がある。
【0005】
肺腫瘍形成に関与する明確な細胞系譜および分化経路は依然として不明であるが、現在の証拠からは、腫瘍細胞が各組織学的タイプおよび各特定の分化段階に特有な細胞表面マーカーを発現していることが示唆される。したがって、癌特異的な細胞表面/分泌タンパク質に注目することは、新規な診断標的および治療標的を同定するための有効なアプローチである可能性がある。
【0006】
有望な戦略の一つは、癌細胞において過剰発現される遺伝子を効果的に同定するゲノムワイドな発現解析を、抗体結合アッセイによる細胞表面でのそれらの発現のスクリーニングおよびRNA干渉(RNAi)システムによる機能喪失型表現型のスクリーニングと組み合わせることである。この複合的アプローチを用いて、ADAM8(IMS-TM26)が、NSCLCに対する新規な治療薬および診断マーカーの開発のための有望な標的として同定され、それがヒト肺癌発生において一定の役割を果たすことが予想された。ADAM8は、細胞外接着ドメインおよびプロテアーゼドメインならびにC末端膜貫通ドメインである可能性のあるものを有する特有の構造を備えた824アミノ酸のタンパク質(SEQ ID NO:2)をコードする (Yoshiyamaら、1997;Yamamotoら、1990)。以前の諸研究で、ADAMファミリーのタンパク質はさまざまなヒト癌で過剰発現されることが示されているが(Karanら、2003;O'Sheaら、2003)、 ヒト癌におけるADAM8の役割は報告されていない。
【発明の開示】
【0007】
発明の概要
本発明は、 ADAM8遺伝子が、 非小細胞肺癌、例えば、扁平上皮癌、腺癌(すなわち、腺房状、乳頭状、および気管支肺胞型 )、大細胞癌(すなわち、巨細胞および明細胞)、腺扁平上皮癌、および未分化癌などにおいて特異的に過剰発現されるという発見に基づく。
【0008】
本発明者らは 、ADAM8遺伝子を非小細胞癌組織において上方制御されるものとして同定していたが、本発明において、肺癌患者の血液中でADAM8のレベルが上昇しているという知見は新規である。 癌におけるADAM8の発現の誘導の機序は 極めて複雑であり、未だ解明されていないが、本発明者らは、ADAM8遺伝子に対して特異的なsiRNAでNSCLC細胞を処理すると増殖抑制がもたらされることを見いだした。この遺伝子の、正常組織における発現が相対的に低く肺癌における発現が相対的に高いこと、この遺伝子の抑制による肺癌細胞の増殖低下、およびADAM8遺伝子が膜/分泌タンパク質をコードするという証拠をあわせて考えると、 ADAM8は、細胞表面でのタンパク質機能の阻止、さらには補体依存性細胞傷害(CDC)および抗体依存性細胞傷害(ADCC)といったエフェクター機能の好適な標的であることが示唆される。さらに、肺癌患者の血液および腫瘍組織におけるADAM8のレベルが上昇していることは、この遺伝子およびそのタンパク質が 新規な診断マーカー(すなわち、血清または痰)として、さらには新たな薬剤および免疫療法の開発のための標的として有用である可能性も示唆する。
【0009】
したがって、本発明は、対象における非小細胞肺癌を発症する素因の診断または判定の方法であって、 対象由来の生物試料におけるADAM8のレベルを決定する段階、およびこのレベルを参照試料、典型的には正常対照におけるレベルと比較する段階を含む方法を提供する。試料におけるADAM8のレベルが高いことにより、その対象が非小細胞肺癌に罹患しているかそれを発症するリスクを有することが示される。「正常対照レベル」は、正常で健康な個体において、または非小細胞肺癌に罹患していないことが判明している個体の集団でみられるレベルのことを示している。
【0010】
ADAM8のレベルは 、(a)ADAM8タンパク質を検出すること、または(b)ADAM8タンパク質の生物活性を検出することによって決定してもよい。
【0011】
対象由来の生物試料は、対象、例えば、非小細胞肺癌を有することが判明しているかその疑いのある患者に由来する、任意の試料であってよい。例えば、生物試料は、痰、血液、血清、血漿、または癌組織であってよい。1つの好ましい態様において、生物試料は体液であり、より好ましくは血液または血液由来の試料である。
【0012】
さらに、本発明は、非小細胞肺癌の治療の経過をモニターする方法であって、治療の後に採取した患者由来の生物試料におけるADAM8レベルを、治療の前に採取した患者由来の生物試料のADAM8レベルまたは正常対照のADAM8レベルと比較する段階を含む方法も提供する。類似した様式で、本発明は、患者由来の生物試料におけるADAM8レベルを正常対照のADAM8レベルと比較することによって、非小細胞肺癌を有する患者の予後を評価するための方法も提供する。治療の後のADAM8レベルが低下していることは、治療が有効であること、および/または予後が良好であることが示す。
【0013】
本発明はさらに、ADAM8 siRNAを含む組成物も提供する。1つの好ましい態様において、ADAM8 siRNAは、SEQ ID NO:10またはSEQ ID NO:11のヌクレオチド配列を標的配列として含む。このようなsiRNAは、本明細書において、NSCLC細胞株の細胞増殖を抑制するのに有効であることが示されている。
【0014】
したがって、本発明は、このような組成物を用いて、肺癌、特に非小細胞肺癌を治療または予防するための方法を提供する。治療方法の例には、インビトロまたはインビボで、ADAM8遺伝子の発現を低下させるADAM8 siRNAを含む組成物と癌細胞を接触させることによって、癌細胞の増殖を抑制する方法が含まれる。1つの好ましい態様において、癌細胞は非小細胞肺癌細胞である。あるいは、治療方法には、対象における非小細胞肺癌を、ADAM8の発現を低下させるADAM8 siRNAの組成物を対象に投与することによって治療または予防することも含まれうる。
【0015】
最終的に、本発明はまた、ADAM8 siRNAの有効量を有効成分として含む、非小細胞肺癌を治療または予防するための薬学的組成物も提供する。
【0016】
本発明の前記の概要および以下の詳細な説明はいずれも好ましい態様のものであって、本発明または本発明のその他の代替的な態様を制限するものではないことが理解される必要がある。
【0017】
発明の詳細な説明
本明細書で用いる「1つの(a)」「1つの(an)」、および「その(the)」という単語は、別に特記する場合を除き、「少なくとも1つの」を意味する。
【0018】
ADAM(A Disintegrin And Metalloprotease)遺伝子ファミリーは、プロドメイン、メタロプロテアーゼドメイン、ディスインテグリン様ドメイン、システインリッチなドメイン、膜貫通性ドメイン、細胞質ドメインを含む共通のドメイン構造を有する一群のタンパク質をコードする。そのメンバーは、接着ドメインおよびプロテアーゼドメインの可能性があるものを両方とも有する特有の構造を備えた細胞表面タンパク質であることが知られている。ヒトADAM8遺伝子(この遺伝子のヌクレオチド配列は本明細書にSEQ ID NO:1として示されている)は、ヘビのディスインテグリン、Reprolysinファミリーのプロペプチド、およびReprolysin(M12B)ファミリーのジンクメタロプロテアーゼと相同性のある824アミノ酸のタンパク質をコードする(Yamamotoら、1999)。ADAM8タンパク質(そのアミノ酸配列は本明細書にSEQ ID NO:2として示されている)は、細胞表面抗原CD156およびMS2としても知られており、これは16aaのシグナルペプチド、637aaのエクトドメイン、25aaの膜貫通ドメイン、および146aaの細胞質ドメインからなる。ADAM8タンパク質の細胞外領域は、メタロプロテアーゼドメインおよびディスインテグリンドメインを含む出血性ヘビ毒タンパク質と有意なアミノ酸配列相同性を示す。本発明は、一部には、血清ADAM8レベルが肺癌特異的マーカーとして役立ちうるという発見に基づく。
【0019】
非小細胞肺癌の診断
対象由来の生体試料におけるADAM8レベルを測定することにより、対象における非小細胞肺癌の発生、または非小細胞肺癌を発症する素因を判定することができる。したがって、本発明は、生物試料におけるADAM8のレベルを決定すること(例えば、測定すること)を含む。
【0020】
ADAM8のレベルを決定するための生物試料としては、ADAM8遺伝子またはADAM8タンパク質のいずれかが試料中に検出されうる限り、任意の生物材料を用いてもよい。生物試料は、血液、血清、または痰などのその他の体液を含むことが好ましい。好ましい生物試料は血液または血液由来の試料である。血液由来の試料には血清、血漿、または全血が含まれる。
【0021】
本方法に従って非小細胞肺癌に関して診断される対象は好ましくは哺乳動物であり、これにはヒト、非ヒト霊長動物、マウス、ラット、イヌ、ネコ、ウマ、およびウシが含まれる。
【0022】
本発明の1つの態様において、ADAM8遺伝子(例えばADAM8タンパク質)の遺伝子転写物を、ADAM8レベルを決定するために検出する。当業者に周知の技法を用いて、ADAM8遺伝子の検出および測定を行うことができる。本方法によって検出される遺伝子転写物には、mRNAおよびタンパク質といった転写産物および翻訳産物の両方が含まれる。例えば、ADAM8遺伝子に対応する配列を、例えばノーザンブロットハイブリダイゼーション分析によってADAM8 mRNAを検出するためのプローブの構築のために用いることができる。プローブと対象の生物試料中の遺伝子転写物とのハイブリダイゼーションをDNAアレイ上で行うこともできる。もう1つの例として、ADAM8配列を、例えば、逆転写に基づくポリメラーゼ連鎖反応(RT-PCR)などの増幅に基づく検出方法においてADAM8ポリヌクレオチドを特異的に増幅するためのプライマーの構築のために用いることもできる。
【0023】
1つの代替的な態様において、ADAM8のレベルは、生物試料中のADAM8タンパク質の量を測定することによって決定される。生物試料中のADAM8タンパク質の量を決定するための方法には、イムノアッセイ法が含まれる。1つの好ましい態様において、イムノアッセイには、市販のヒトADAM8 ELISAキット(「Quantikine」、R&D Systems, Minneapolis, MN)などのELISAが含まれる。
【0024】
続いて、生物試料中のADAM8レベルを、正常対照試料などの参照試料でみられるADAM8レベルと比較する。「正常対照レベル」という語句は、非小細胞肺癌に罹患していない集団の生物試料で通常認められるADAM8のレベルのことを指す。参照試料は、被験試料のものと類似した性質のものであることが好ましい。例えば、被験試料が患者血清を含むならば、参照試料も血清であるべきである。対照および被験対象からの生物試料中のADAM8レベルを同時に決定してもよく、または正常対照レベルを、対照群から以前に採取した試料におけるADAM8のレベルを分析することによって得た結果に基づいて統計学的方法によって決定してもよい。
【0025】
また、ADAM8のレベルを、非小細胞肺癌の治療の経過をモニターするために用いることもできる。この方法では、非小細胞肺癌に対する治療を受ける対象から被験生物試料を得る。処置前、治療中、または治療後の様々な時点に対象から多数の被験生物試料を入手することが好ましい。続いて、治療後試料におけるADAM8のレベルを、治療前試料におけるADAM8のレベル、または参照試料(例えば、正常対照レベル)と比較してもよい。例えば、治療後のADAM8レベルが治療前のADAM8レベルよりも低ければ、その治療が有効であったと結論づけることができる。同様に、治療後のADAM8レベルが正常対照ADAM8レベルと同程度であれば、同じくその治療が有効であったと結論づけることができる。
【0026】
「有効な(efficacious)」治療とは、対象における、ADAM8レベルの低下、または非小細胞肺癌のサイズ、有病率、もしくは転移能の低下をもたらす治療のことである。治療が予防的に適用される場合には、「有効な」とは、治療が非小細胞肺癌の発症を遅延もしくは防止すること、または非小細胞肺癌の臨床症状を軽減することを示す。非小細胞肺癌の評価は標準的な臨床的プロトコールを用いて行うことができる。さらに、治療の有効性は、非小細胞肺癌の診断または治療のための任意の既知の方法を用いて判定することができる。例えば、非小細胞肺癌は病理組織学的に、または慢性的な咳、嗄声、喀血、体重減少、食欲不振、息切れ、喘鳴、気管支炎もしくは肺炎の反復発作、および胸痛などの症候性異常を特定することによって日常的に診断される。
【0027】
さらに、非小細胞肺癌の本診断方法を、患者由来の生物試料におけるADAM8レベルを参照試料と比較することによって、この癌を有する患者の予後の評価に適用することもできる。または、患者の予後を評価するために、生物試料におけるADAM8レベルを疾患の諸病期の全体にわたって測定することもできる。正常対照レベルと比較したADAM8レベルの増加は、予後があまり好ましくないことを意味する。ADAM8レベルが正常対照レベルとの比較で同程度であることは、患者の予後がより好ましいことを意味する。
【0028】
非小細胞肺癌の治療または予防
本発明は、被験者の非小細胞肺癌を治療、軽減、または予防する方法を提供する。治療用化合物または組成物を、非小細胞肺癌の被験者、または非小細胞肺癌を発症する危険性のある(すなわち発症しやすい)被験者に、予防的または治療的に投与する。このような被験者は、標準的な臨床的方法を用いて、または増加したADAM8レベルを検出することで同定される。予防的投与は、疾患または障害の出現が妨げられるか、またはその進行が遅れるように、疾患の症状が顕著に現れる前に行う。
【0029】
例示的な治療方法には、ADAM8遺伝子の発現を低下させるADAM8 siRNAを含む組成物をインビボまたはインビトロで癌細胞に接触させることによって癌細胞の増殖を抑制する方法が含まれる。あるいは、本治療方法には、対象にADAM8の発現を低下させるADAM8 siRNAを含む組成物を投与することによって対象において非小細胞肺癌を治療または予防する方法が含まれる。低分子干渉RNA(siRNA)は、ADAM8をコードするヌクレオチド配列のセンス鎖の核酸とアンチセンス鎖の核酸の組み合わせを含む。「siRNA」という用語は、標的mRNAの翻訳を妨げる2本鎖RNA分子を意味する。siRNAを細胞に導入する標準的な手法は、DNAがRNAを転写するテンプレートである手法を含め、本発明の治療または予防に使用可能である。このようなsiRNAは、1つの転写物が、標的遺伝子に由来するセンス配列と相補的なアンチセンス配列の両方を有するように構築される(例えばヘアピン型)。
【0030】
本発明の治療方法を、ADAM8遺伝子の発現を抑制するために用いてもよい。標的細胞でsiRNAとADAM8遺伝子転写物が結合すると、細胞によるADAM8タンパク質の産生が減少する。オリゴヌクレオチドの長さは少なくとも10ヌクレオチドであり、天然の転写物と同じ長さでもよい。好ましくは、オリゴヌクレオチドの長さは19〜25ヌクレオチドである。最も好ましくは、オリゴヌクレオチドの長さは75ヌクレオチド、50ヌクレオチド、または25ヌクレオチド未満である。本発明の好ましいsiRNAは、その両方がNSCLC細胞株において細胞の増殖抑制に有効であることが示されている、SEQ ID NO:10またはSEQ ID NO:11のヌクレオチド配列を有するポリペプチドを標的配列として含む。
【0031】
具体的には、本発明に用いられる好ましいsiRNAは、一般式:
5'-[A]-[B]-[A']-3'
を有し、式中、[A]は、ADAM8の標的配列に対応するリボヌクレオチド配列であり;[B]は、3〜23ヌクレオチドからなるリボヌクレオチド配列である;かつ[A']は、[A]に対して相補的なリボヌクレオチド配列である。本明細書において、「ADAM8遺伝子の標的配列」という語句は、NSCLC細胞株に導入された場合に、細胞の生存能力を抑制するのに有効な配列のことを指す。ADAM8遺伝子の好ましい標的配列には、SEQ ID NO:10または11を含むヌクレオチド配列が含まれる。相補的配列[A']および[A]は互いにハイブリダイズして二本鎖を形成し、一般式が5'-[A]-[B]-[A']-3'であるこのsiRNA分子全体がヘアピンループ構造を形成する。本明細書で用いる場合、「相補的な」という用語は、ポリヌクレオチドのヌクレオチド単位間のワトソン-クリック型またはフーグスティーン型の塩基対合のことを指し、ヌクレオチド単位のハイブリダイゼーションまたは結合とは、ミスマッチをほとんどまたは全く含まない安定な二重鎖(二本鎖構造)を形成する適切な条件下での単位間の物理的または化学的な相互作用のことを示す。1つの好ましい態様において、このような二重鎖が10個のマッチ毎に含むミスマッチは1個以下である。特に好ましい二重鎖は完全に相補的であり、ミスマッチを全く含まない。本発明で用いるADAM8遺伝子のmRNAに対するsiRNAには、ADAM8遺伝子のmRNA全体(3236nt)よりは短く、かつ全長として500、200、または75ヌクレオチドの配列を有する標的配列が含まれる。同じく本発明に含まれるものには、本明細書に記載の核酸の1つまたは複数を含むベクター、およびベクターを含む細胞がある。本発明の単離された核酸は、ADAM8に対するsiRNAのため、またはそのsiRNAをコードするDNAのために有用である。核酸がsiRNAまたはそれをコードするDNAに用いられる場合には、センス鎖は19ヌクレオチドよりも長いことが好ましく、21ヌクレオチドよりも長いことがより好ましい。
【0032】
さらに、siRNAのヌクレオチド配列は、Ambion社のウェブサイト(www.ambion.com/techlib/misc/siRNA_finder.htmlを参照のこと)から利用可能なsiRNA設計コンピュータプログラムを用いて設計することができる。siRNAのヌクレオチド配列は、以下のプロトコルを元にコンピュータプログラムによって選択される。
【0033】
siRNA標的部位の選択:
1.転写物のAUG開始コドンを出発点として、AAジヌクレオチド配列を求めて下流をスキャンする。siRNA標的候補部位として、個々のAAおよび3'側に隣接する19ヌクレオチドの出現を記録する。Tuschlらは、5'および3'側の非翻訳領域(UTR)、および開始コドンに近い領域(75塩基以内)に対するsiRNAを設計しないように推奨している。というのは、これらの領域は、調節タンパク質結合部位に富む可能性があり、そのために、これらの領域に対して設計されたsiRNAとエンドヌクレアーゼの複合体が、UTR結合タンパク質、および/または翻訳開始複合体の結合に干渉する恐れがあるからである。
2.標的候補部位をヒトゲノムデータベースと比較し、他のコード配列に対して有意な相同性をもついかなる標的配列も検討対象から除く。相同性検索は、NCBIのサーバー上(www.ncbi.nlm.nih.gov/BLAST/)にあるBLASTを用いて実施することができる。
3.合成に適した標的配列を選択する。Ambion社のウェブサイト上で、複数の好ましい標的配列を、評価対象遺伝子の全体に沿って選択することができる。
【0034】
このような本発明のADAM8 siRNAは、ADAM遺伝子の発現を阻害し、このためタンパク質の生物学的活性の低下および癌細胞増殖の抑制に有用である。したがって、ADAM8 siRNAを含む組成物は、非小細胞肺癌の治療または予防に有用である。
【0035】
薬学的組成物
本発明は、ADAM8の発現の抑制または癌細胞増殖の抑制に効果的な量の活性成分を含む、非小細胞肺癌の治療または予防のための薬学的組成物をさらに提供する。より詳細には、本発明は有効量のADAM8 si RNAまたはその誘導体を活性成分として含む組成物を提供する。
【0036】
活性成分は、誘導体に対して不活性な適切な基剤と混合することにより、塗布剤またはパップ剤などの外用剤に使用することができる。また必要に応じて、このような活性成分を、賦形剤、等張剤、可溶化剤、保存剤、鎮痛剤などを添加することにより、錠剤、散剤、顆粒剤、カプセル剤、リポソームカプセル剤、注射剤、溶液、点鼻薬、および凍結乾燥剤に製剤化することができる。これらは、医薬を含む核酸を調製する従来の方法で調製することができる。
【0037】
好ましくは、siRNA誘導体を、患部に直接塗布することで、または患部に到達するように血管内に注入することで患者に投与する。封入剤を組成物中に使用することで、持続性および膜透過性を高めることもできる。封入剤の例には、リポソーム、ポリ-L-リシン、脂質、コレステロール、リポフェクチン、およびこれらの誘導体などがある。
【0038】
このような組成物の用量は、患者の条件にあわせて適切に調整し、かつ所望の量を用いることができる。例えば0.1〜100 mg/kg、好ましくは0.1〜50 mg/kgの用量範囲で投与することができる。
【0039】
siRNAおよびそれをコードするベクター
ADAM8に対するsiRNAを発現するベクターのトランスフェクションは、NSCLC細胞の増殖抑制を招く。したがって、センス鎖およびアンチセンス鎖を含む二本鎖分子であってADAM8に対するsiRNAとして機能する分子、ならびにその二本鎖分子をコードするベクターを提供することは、本発明のもう1つの面である。
【0040】
本発明の二本鎖分子はセンス鎖およびアンチセンス鎖を含み、ここで、センス鎖はADAM8標的配列に対応するリボヌクレオチド配列を含み、アンチセンス鎖は該センス鎖に対して相補的なリボヌクレオチド配列を含み、該センス鎖および該アンチセンス鎖は互いにハイブリダイズして該二本鎖分子を形成し、該二本鎖分子はADAM8遺伝子を発現する細胞に導入された場合に該遺伝子の発現を阻害する。
【0041】
本発明の二本鎖分子は、その本来の環境(すなわち、それが天然に存在する分子である場合には天然の環境)に由来する、その天然の状態から物理的もしくは化学的に改変された、または化学合成されたポリヌクレオチドでもよい。本発明によれば、このような二本鎖分子には、DNA、RNA、およびそれらの誘導体から構成されるものが含まれる。DNAはA、T、C、およびGなどの塩基から適切に構成され、RNAではTがUによって置き換えられている。
【0042】
上記のように、「相補的な」という用語は、ポリヌクレオチドのヌクレオチド単位間のワトソン-クリック型またはフーグスティーン型の塩基対合のことを指し、ヌクレオチド単位のハイブリダイゼーションまたは結合とは、ミスマッチをほとんどまたは全く含まない安定な二重鎖(二本鎖構造)を形成する適切な条件下での単位間の物理的または化学的な相互作用のことを示す。1つの好ましい態様において、このような二重鎖が10個のマッチ毎に含むミスマッチは1個以下である。特に好ましい二重鎖は完全に相補的であり、ミスマッチを全く含まない。
【0043】
本発明の二本鎖分子は、ADAM8遺伝子のmRNA全体(3236nt)よりも短いADAM8標的配列に対応するリボヌクレオチド配列を含む。本明細書において、「ADAM8遺伝子の標的配列」という語句は、NSCLC細胞株に導入された場合に、細胞の生存能力を抑制するのに有効な配列のことを指す。具体的には、標的配列は、SEQ ID NO:1のヌクレオチド配列からの、少なくとも約10個、または適切には約19個から約25個の連続したヌクレオチドを含む。すなわち、本二本鎖分子のセンス鎖は、少なくとも約10ヌクレオチドからなり、適切には19ヌクレオチドよりも長く、より好ましくは21ヌクレオチドよりも長い。好ましい標的配列には、SEQ ID NO:10および11の配列が含まれる。センス鎖およびアンチセンス鎖を含む本二本鎖分子は、約100ヌクレオチド長よりも、好ましくは75ヌクレオチド長よりも、より好ましくは50ヌクレオチド長よりも、最も好ましくは25ヌクレオチド長よりも短いオリゴヌクレオチドである。本発明の適した二本鎖分子は、長さが約19〜約25ヌクレオチドであるオリゴヌクレオチドである。さらに、siRNAの阻害活性を高める目的で、ヌクレオチド「u」を、標的配列のアンチセンス鎖の3'末端に付加することができる。付加する「u」の数は少なくとも2個、一般的には2〜10個、好ましくは2〜5個である。付加された「u」は、siRNAのアンチセンス鎖の3'末端に一本鎖を形成する。
【0044】
さらに、本発明の二本鎖分子は、一本鎖リボヌクレオチド配列を介して結びついているセンス鎖およびアンチセンス鎖を含む単一のリボヌクレオチド転写物であってもよい。すなわち、本二本鎖分子は一般式:
5'-[A]-[B]-[A']-3'
を有してよく、式中、[A]は、ADAM8の標的配列に対応するリボヌクレオチド配列であり;
[B]は、3〜23ヌクレオチドからなるリボヌクレオチド配列(ループ配列)であり;かつ
[A']は、[A]に対して相補的なリボヌクレオチド配列である。相補的配列[A']および[A]は互いにハイブリダイズして二本鎖を形成し、一般式が5'-[A]-[B]-[A']-3'であるこのsiRNA分子全体がヘアピンループ構造を形成する。
【0045】
領域[A]は[A']とハイブリダイズし、すると領域[B]からなるループが形成される。ループ配列は、http://www.ambion.com/techlib/tb/tb_506.htmlに記載されたもの、またはJacque, J.-M., Triques, K., and Stevenson, M.「Modulation of HIV-1 replication by RNA interference」. Nature 418: 435-438 (2002)に記載されたものから選択することができる。本二本鎖分子に含まれうるループ配列のその他の例には以下が含まれる:

CCC、CCACCまたはCCACACC:Jacque, J. M., Triques, K., and Stevenson, M.「Modulation of HIV-1 replication by RNA interference」. Nature, Vol. 418: 435-438 (2002);

UUCG:Lee, N.S., Dohjima, T., Bauer, G., Li, H., Li, M.-J., Ehsani, A., Salvaterra, P., and Rossi, J.「Expression of small interfering RNAs targeted against HIV-1 rev transcripts in human cells」. Nature Biotechnology 20: 500-505 (2002); Fruscoloni, P., Zamboni, M., and Tocchini-Valentini, G. P.「Exonucleolytic degradation of double-stranded RNA by an activity in Xenopus laevis germinal vesicles」. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 100(4): 1639-1644 (2003);および

UUCAAGAGA:Dykxhoorn, D. M., Novina, C. D., and Sharp, P. A.「Killing the messenger: Short RNAs that silence gene expression」. Nature Reviews Molecular Cell Biology 4: 457-467 (2002)。
【0046】
本発明のヘアピンループ構造を有する好ましいsiRNAを以下に示している。以下の構造において、ループ配列は以下からなる群より選択しうる:CCC、UUCG、CCACC、CCACACC、およびUUCAAGAGA。これらの配列のうち、最も好ましいループ配列はUUCAAGAGA(DNAでは「ttcaagaga」に対応する)である:
gaaggacaug ugugaccuc-[B]-ga ggucacacau guccuuc(SEQ ID NO:10の標的配列用);および
gacgccuucc aggagaacg-[B]-cg uucuccugga aggcguc(SEQ ID NO:11の標的配列用);
【0047】
本発明はさらに、本発明の二本鎖分子をコードするベクターも提供する。本ベクターは二次構造を有する転写物をコードし、これはセンス鎖およびアンチセンス鎖を含み、適切には該センス鎖および該アンチセンス鎖を連結する一本鎖リボヌクレオチド配列も含む。本ベクターは、適切な細胞における分子の発現を導く調節配列を、本二本鎖分子をコードする領域に隣接して含むことが好ましい。例えば、本発明の二本鎖分子は、それらのコード配列を、例えば低分子核内RNA(snRNA)U6またはヒトH1 RNAプロモーター由来のRNA pol III転写単位を含むベクター中にクローニングすることにより、細胞内で転写される。
【0048】
あるいは、本ベクターは例えば、標的配列を、目的の配列がその発現(DNA分子の転写)が可能となる様式でベクターの調節配列と機能的に連結するように、発現ベクター中にクローニングすることによって作製される(Lee, N.S., Dohjima, T., Bauer, G., Li, H., Li, M.-J., Ehsani, A., Salvaterra, P., and Rossi, J.「Expression of small interfering RNAs targeted against HIV-1 rev transcripts in human cells」、Nature Biotechnology 20: 500-505 (2002))。例えば、標的配列に対するアンチセンス配列を有するRNA分子の転写は第1のプロモーター(例えば、クローニングされたDNAの3'末端に結合したプロモーター配列)によって主導させ、標的配列に対するセンス鎖を有するものは第2のプロモーター(例えば、クローニングされたDNAの5'末端と結合したプロモーター配列)によって主導させる。発現されたセンス鎖およびアンチセンス鎖はインビボで互いにハイブリダイズして、標的配列を含む遺伝子のサイレンシングを行うsiRNA構築物を生じる。さらに、siRNA構築物のセンス鎖およびアンチセンス鎖をそれぞれ産生させるために、2つの構築物(ベクター)を利用してもよい。
【0049】
ベクターを細胞に導入するためには、トランスフェクション促進物質を用いることができる。FuGENE(Rochediagnostices)、Lipofectamin 2000(Invitrogen)、Oligofectamin(Invitrogen)、およびNucleofactor(Wako pure Chemical)は、トランスフェクション促進物質として有用である。
【0050】
以下の実施例は、本発明を説明し、当業者が本発明を作製および使用することを支援するために提示する。これらの例は、本発明の範囲を制限することを決して意図しない。
【0051】
特に明記しない限り、本明細書で用いられるすべての科学技術用語は、本発明が属する技術分野の当業者により一般に理解される用語と同じ意味をもつ。本発明を実施または検討するにあたって、本明細書に記載されたものと類似または等価の方法および材料が使用される場合があるが、適切な方法および材料を以下に説明する。本明細書で引用された任意の特許、特許出願、および刊行物は、参照として本明細書に組み入れられる。
【0052】
発明を実施するための最良の形態
本発明を、以下の実施例で詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に制限されない。
【0053】
[実施例1]一般的な方法
(1)細胞株および臨床試料
これらの実施例では、以下の20種のヒトNSCLC細胞株を用いた:肺ADC;A549、LC174、LC176、LC319、PC14/PE6、NCI-H23、NCI-H522、NCI-H1650、NCI-H1735、NCI-H1793、PC-3、PC-9、PC-14、SW-1573、肺SCC;RERF-LC-AI、SK-MES1、SK-LU-1、SW-900、気管支肺胞細胞癌(BAC);NCI-H358、肺腺扁平上皮癌(AS);NCI-H596。細胞は全て、10%ウシ胎仔血清(FCS)を加えた適切な培地中で単層として増殖させ、5%COを含む加湿空気の雰囲気下において37℃で保った。原発性NSCLC試料(そのうち22例がADC、14例はSCC、1例はASに分類された)は、患者37名からインフォームドコンセントを得た上で以前に採取した。さらに15例の原発性NSCLC(7例のADCおよび8例のSCCを含む)を、北海道大学およびその付属病院(北海道、日本)で手術を受ける患者から、隣接する正常肺組織試料と共に採取した。
【0054】
ホルマリン固定した合計302例の原発性NSCLC(病期I〜IIIA)および前癌病変(162例のADC、105例のSCC、20例のLCC、11例のBAC、4例のASを含む)ならびに隣接する正常肺組織試料を、手術を受けた患者から採取し、17例の進行SCLC(病期IV)を、剖検を受けた患者から採取した。
【0055】
血清を8例の健常個体から対照試料として採取した。健常個体は、全血球算値、C反応性タンパク質(CRP)、赤血球沈降速度、肝機能検査、腎機能検査、尿検査、糞便検査、胸部X線、および心電図に関して何ら異常を有しなかった。血清は、継続入院している49名の肺癌患者(男性38名、女性11名;平均年齢64.5±10.8歳、30〜84歳)からも採取した(患者特性に関しては表1を参照のこと)。患者を以下の背景に基づいて選択した:(1)新たに診断され、それまでに治療を受けていない症例、または(2)病理学的に診断がなされた進行肺癌(病期IIIBまたはIV)。彼らはADC患者27名、SCC患者13名およびSCLC患者9名からなった。彼らの病歴および病理組織学的診断は全て文書として記録した。患者全てから血清を診断時点で入手し、-80℃で保存した。患者全ての疾患病期判定は、胸部のコンピュータ断層撮影(CT)スキャン、腹部のCTスキャン、骨シンチグラフィー、および頭部の磁気共鳴映像法(MRI)により支持されている。
【0056】
(表1)患者背景


PUL:肺、OSS:骨、HEP:肝臓、BRA:脳、LYM:リンパ節、MAR:骨髄、ADR:副腎、OTH:その他
CBDCA:カルボプラチン、TAX:パクリタキセル、VNR:ビノレルビン、TXT:ドセタキセル、VP-16:エトポシド、CPT-11:イリノテカン
ADC:腺癌、SCLC:小細胞癌、SCC:扁平上皮癌、
LD:限局型病変、ED:進展型病変(extensive disease)
【0057】
(2)抗ADAM8ポリクローナル抗体
ADAM8タンパク質(コドン94〜228)を発現するプラスミドを調製した。この組換えタンパク質をウサギに接種し、免疫血清を標準的な方法に従ってアフィニティーカラムで精製した(暫定的にBB014と命名)。ウサギ抗ADAM8ポリクローナル抗体も販売業者(TRIPLE POINT BIOLOGIES)から購入した。
【0058】
(3)統計分析
p<0.05で有意差ありとして、腫瘍群間の差をMann-Whitney検定によって評価した。分析は全て、Statview J-4.11(Abacus Concepts, Berkeley, CA)を用いて行った。
【0059】
[実施例2]ADAM8の特性決定
(1)半定量的RT-PCR分析
NSCLCに対する治療薬および/または診断マーカーの開発のための新規な標的分子を探索する過程において、cDNAマイクロアレイにより分析した37例のNSCLCのうち50%を上回るNSCLCで5倍高い発現を示した遺伝子に関してスクリーニングした。スクリーニングした23,040個の遺伝子から、ADAM8(アクセッション番号NM_001109、SEQ ID NO:1)転写物がNSCLCにおいて高頻度に過剰発現するものとして同定された。ADAM8の発現を確かめるために半定量的RT-PCR実験を以下のようにして行った。
【0060】
培養細胞および臨床組織から、Trizol試薬(Life Technologies, Inc. Gaithersburg, MD, USA)を製造元のプロトコールに従って用いて全RNAを抽出した。抽出したRNAおよび正常ヒト組織のポリA RNAをDNアーゼI(Roche Diagnostic, Basel, Switzerland)で処理した上で、オリゴ(dT)12−18プライマーおよびSuperScript II逆転写酵素(Life Technologies, Inc.)を用いて逆転写させた。半定量的RT-PCR実験は、以下の合成した遺伝子特異的プライマー、または内部対照としてのβ-アクチン(ACTB)特異的プライマーを用いて行った:
ADAM8: 5’-GTGTGTGTACGTGTCTCCAGGT-3’ (SEQ ID NO: 3)および
5’-CAGACAAGATAGCTGACTCTCCC-3’ (SEQ ID NO: 4);
ACTB: 5’-GAGGTGATAGCATTGCTTTCG-3’ (SEQ ID NO: 5)および
5’-CAAGTCAGTGTACAGGTAAGC-3’ (SEQ ID NO: 6)。
【0061】
全てのPCR反応には、GeneAmp PCRシステム9700(Applied Biosystems, Foster City, CA)により、94℃ 2分間の初期変性、続いて94℃ 30秒、54〜60℃ 30秒、および72℃ 60秒の22サイクル(ACTBの場合)または35サイクル(ADAM8の場合)を用いた。
【0062】
その結果から、ADAM8の発現は、9種のヒト組織(心臓、肝臓、卵巣、胎盤、骨髄、精巣、前立腺、腎臓、および肺)と比較して、NSCLC症例10例中6例(ADC 5例中5例およびSCC 5例中1例)で上昇していることが確かめられた(図1A)。続いて、ADAM8発現の上昇は、追加した7例のADCのうち6例でも確かめられた(図1B)。さらに、ADAM8の上方制御は20種のNSCLC細胞株のうち18種でも観察された(図1C)。
【0063】
(2)ノーザンブロット分析
ADAM8遺伝子の組織分布およびサイズを決定するために、ヒト多組織ノーザンブロット分析を、ヒトADAM8 cDNAをプローブとして用いて行った。具体的には、ADAM8遺伝子転写物に対応する32P標識PCR産物を、ヒト多組織ブロット(BD Biosciences Clontech)とハイブリダイズさせた。プレハイブリダイゼーション、ハイブリダイゼーション、および洗浄は供給元の推奨に従って行った。ブロットのオートラジオグラフィーは増感スクリーンを用いて-80℃で1週間行った。
【0064】
ノーザンブロット分析により、白血球、リンパ節、および骨髄において単一の3.5kb転写物が検出された(図2)。
【0065】
(3)ウエスタンブロット分析
ADAM8タンパク質のレベルを調べるために、ECLウエスタンブロット分析システムを用いた(Amersham Biosciences, Uppsala, Sweden)。細胞をトランスフェクション後24時間にわたって無血清培地中で培養後、適量の溶解バッファー(150mM NaCl、50mM Tris-HCl、pH 8.0、1% Nonidet P-40、0.1% SDS、0.5%デオキシコール酸-Naにプロテアーゼ阻害薬を加えたもの)中で溶解させた。肺癌細胞の馴化培地の上清を収集し、StrataClean(商標)Resin(Stratagene, La Jolla, CA, USA)を用いて濃縮した。
【0066】
SDS-PAGEは7.5%ポリアクリルアミドゲルを用いて行った。PAGEにより分離させたタンパク質をエレクトロブロッティングによってニトロセルロース膜(Amersham Biosciences)に移行させ、ウサギポリクローナル抗ヒトADAM8抗体(TRIPLE POINT BIOLOGIES)と共にインキュベートした。ヒツジ抗マウスIgG-HRP抗体(Amersham Biosciences)およびヤギ抗ウサギIgG-HRP抗体(Amersham Biosciences)をこれらの実験のための二次抗体として用いた。
【0067】
(4)免疫細胞化学分析
ADAM8タンパク質の細胞内局在を明らかにするために、COS-7細胞に対して、c-myc-Hisタグを付加したADAM8発現プラスミドをトランスフェクトした。c-myc-Hisタグ付加タンパク質の調製のためには、ADAM8タンパク質のC末端にc-myc-Hisエピトープ配列(LDEESILKQE-HHHHHH)を含むpcDNA3.1(+)ベクター(Invitrogen Corp., Carlsbad, CA, USA)を構築し、これをCOS-7細胞にトランスフェクトした。一過性トランスフェクションを受けたCOS-7細胞をチャンバースライドに再びプレーティングし、4%パラホルムアルデヒドを含むPBSで固定した後に、0.1% Triton X-100を含むPBSによる透過化処理を4℃で3分間行った。非特異な抗体結合部位をブロックするために、細胞をブロッキング溶液(3% BSA、PBS中)により室温で30分間覆った。続いて、細胞をマウス抗c-myc抗体(ブロッキング溶液で1:300に希釈)と共にインキュベートした。抗体をFITCが結合したヤギ抗マウス二次抗体で染色し、レーザー共焦点顕微鏡(TSC SP2 AOBS:Leica Microsystems, Wetzlar, Germany)で観察した。タンパク質の発現を確かめるためには、ウエスタンブロット法を上記の様式で行った。ADAM8トランスフェクト細胞、A549細胞、およびLC319細胞それぞれからのc-mycタグ付加タンパク質および内因性タンパク質を含む馴化培地を用いるウエスタンブロット法も行った。
【0068】
免疫細胞化学分析により、ADAM8/c-myc-Hisタンパク質は主として細胞質膜で検出されることを確認した(図3A)。さらに、おおよその分子量が55kDaであるバンドが、ADAM8発現プラスミドをトランスフェクトしたCOS-7細胞およびLC319細胞からの細胞溶解物中に検出された。ADAM8は分泌タンパク質と推測されている通り、A549およびLC319からのNSCLC培養液へのADAM8の分泌も検出された(図3B)。これらの結果は、ADAM8が分泌タンパク質として機能することを裏づけるものである。
【0069】
(5)フローサイトメトリー分析
A549細胞およびSK-MES-1細胞上でのADAM8の発現を、精製ポリクローナルADAM8抗体(暫定的にBB014と命名)を用いるフローサイトメトリー分析によって評価した。具体的には、癌細胞(1×106個)を抗ADAM8抗体-BB014(0.34mg/ml)または対照ウサギIgG(0.34mg/ml)と共に4℃で1時間インキュベートした。細胞をリン酸緩衝食塩水(PBS)で洗浄した後に、FITC標識Alexa Flour 488中にて4℃で30分間インキュベートした。細胞をPBS中で洗浄した。フローサイトメトリーはBecton Dickinson FACScanを用いて行い、ModFitソフトウエア(Verity Software House, Inc., Topsham ME, USA)により分析した。
【0070】
抗ADAM8抗体-BB014は、A549細胞およびSK-MES-1細胞に対して、ウサギIgG(対照)よりも高い割合で結合した(図4)。これらの結果は、ADAM8がまず細胞表面に発現され、そのタンパク質の細胞外ドメインが切断されてNSCLC細胞からの培養液中に分泌されることを裏づけている(図3B)。
【0071】
(6)免疫組織化学および組織マイクロアレイ
臨床的な肺癌におけるADAM8発現について、組織アレイを用いて検討した。具体的には、臨床試料(パラフィンブロック中に包埋した正常肺組織、NSCLC、およびSCLC)におけるADAM8タンパク質の存在について明らかにするために、組織切片をENVISION+ Kit/西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)(DakoCytomation, Glostrup, Denmark)を用いて染色した。手短に述べると、内因性のペルオキシダーゼおよびタンパク質をブロックした後に抗ヒトADAM8抗体を添加し、切片を二次抗体としてのHRP標識抗ウサギIgGと共にインキュベートした。基質-色素原を添加し、標本をヘマトキシリンにより対比染色した。腫瘍組織マイクロアレイは、319症例分のホルマリン固定した肺癌を用いて、以前に発表されているように構築した(Kononenら、1998;Chinら、2003, Callagyら、2003)。試料採取のための組織領域は、スライド上での対応するHE染色切片との目視による位置合わせに基づいて選択した。組織マイクロアレイ作製装置(tissue microarrayer)(Beecher Instruments, Hummingbird Court Sun Prairie, WI, USA)を用いて、供与側の腫瘍ブロックから採取した3つ、4つ、または5つの組織コア(直径0.6mm;高さ3〜4mm)を受容側のパラフィンブロックの中に配置した。正常組織のコアは各例から穿孔法によって採取した。この結果得られたマイクロアレイブロックの3μm厚切片を免疫組織化学分析に用いた。
【0072】
これらの結果から、ADAM8は腫瘍細胞の原形質膜に加えて細胞質中にも局在するが、周囲の正常組織には存在しないことが示されている。ADCの64%(104例/162例)、SCCの32%(35例/105例)、LCCの65%(13例/20例)およびBACの30%(3例/10例)(これらは全て外科的に切除可能なNSCLCであった)ならびに進行SCLCの53%(9例/17例)で強い染色が認められ、一方、試験した正常肺組織ではいずれも染色が観察されなかった(図5)。
【0073】
(7)ADAM8の血清レベル
血清ADAM8は、患者および正常個体双方の全ての血清試料において検出された。血清ADAM8レベルは、市販の酵素検査キット(R&D systems Inc. Mckinly Place NE, MN, USA)を用いるELISAによって測定した。まず、肺癌患者と健常個体との間で血清ADAM8の発現を比較した。ADAM8の血清レベルは、NSCLC患者では151.7±73.5pg/ml(平均±SD)であり、健常個体では70.7±31.3pg/ml(平均±SD)であった(図6A)。したがって、肺癌患者と健常個体との間にはADAM8の血清レベルに関して統計学的に有意な差があった(p<0.01)。ADAM8の血清レベルは、ADC患者では152.9±82.1pg/ml(平均±SD)、SCC患者では148.9±50.6pg/ml(平均±SD)、およびSCLC患者では104.7±29.8pg/ml(平均±SD)であった。したがって、ADC患者と健常個体との間(p<0.01)、SCC患者と健常個体との間(p<0.01)、およびSCLC患者と健常個体との間(p=0.02)には、ADAM8の血清レベルに統計学的に有意な差があった(図6B)。
【0074】
(8)RNA干渉アッセイ
標的遺伝子の発現を抑制するために、哺乳動物細胞における低分子干渉RNA(siRNA)の合成を導くベクターベースのRNA干渉(RNAi)システムであるpsiH1Bx3.0(Suzukiら、2003)を用いた。
【0075】
産物をHindIIIで消化した後に、自己連結させて、SEQ ID NO:12に示されたヌクレオチド配列を有するpsiH1BX3.0ベクタープラスミドを作製した。
【0076】
siRNAをコードするDNAフラグメントを、以下のプラスミド配列(SEQ ID NO:12)に(-)で示されているように、GAPのヌクレオチド489〜492に挿入した。



【0077】
具体的には、10μgのsiRNA-発現ベクターを、30μlのLipofectamine 2000(Invitrogen)を用いて、ADAM8を過剰発現するNSCLC細胞株であるNCI-H358にトランスフェクトした。90%を上回るトランスフェクト細胞が合成siRNAを発現し、これらの細胞では個々の標的遺伝子(ADAM8)の内因性発現が効果的に抑制された。トランスフェクト細胞を適切な濃度のジェネティシン(G418)の存在下で5日間培養し、その後に細胞の数および生存率をギムザ染色および3回のMTTアッセイによって測定した。
【0078】
RNAiのための合成オリゴヌクレオチドの標的配列は以下の通りとした:

対照1(EGFP:発光オワンクラゲ(Aequorea victoria)GFPの変異体である高感度緑色蛍光タンパク質(GFP)遺伝子)、5’-GAAGCAGCACGACTTCTTC-3’ (SEQ ID NO: 7);

対照2(ルシフェラーゼ:フォチナス-ピラリス(Photinus pyralis)のルシフェラーゼ遺伝子)、5’-CGTACGCGGAATACTTCGA-3’ (SEQ ID NO: 8);

対照3(スクランブル:5Sおよび16S rRNAをコードする葉緑体ミドリムシ(Euglena gracilis)遺伝子)、5’-GCGCGCTTTGTAGGATTCG-3’ (SEQ ID NO: 9);
ADAM8 siRNA-1(si-ADAM8-1)、5’-GAAGGACATGTGTGACCTC-3’ (SEQ ID NO: 10);ならびに
ADAM8 siRNA-2(si-ADAM8-2)、5’-GACGCCTTCCAGGAGAACG-3’ (SEQ ID NO: 11)。
【0079】
これらのsiRNAのために用いたオリゴヌクレオチドは以下に示されている。各々の構築物は、以下の二本鎖オリゴヌクレオチドをpsiH1BX3.0ベクターのBbsI部位にクローニングすることによって調製した。SEQ ID NO:1のADAM8核酸配列に対する、対応するヌクレオチド位置を、各オリゴヌクレオチド配列に関して列記している。各オリゴヌクレオチドは、ADAM8の標的配列のセンスヌクレオチド配列とアンチセンスヌクレオチド配列との組み合わせである。各siRNAのヘアピンループ構造のヌクレオチド配列も以下に示されている(エンドヌクレアーゼ認識部位は、各ヘアピンループ構造配列から除外されている)。
【0080】
ADAM8 siRNA-1(1415-1433)(si-ADAM8-1)
標的配列5’-GAAGGACATGTGTGACCTC-3’ (SEQ ID NO: 10)用;
インサートF 5’-tcccgaagga catgtgtgac ctcttcaaga gagaggtcac acatgtcctt c-3’ (SEQ ID NO: 13)
インサートR 5’-aaaagaagga catgtgtgac ctctctcttg aagaggtcac acatgtcctt c-3’ (SEQ ID NO: 14)
ヘアピン 5’-gaaggacatg tgtgacctct tcaagagaga ggtcacacat gtccttc-3’ (SEQ ID NO: 15)

ADAM8 siRNA-2(1473-1491)(si-ADAM8-2)
標的配列5’-GACGCCTTCCAGGAGAACG-3’ (SEQ ID NO: 11)用;
インサートF 5’-tcccgacgcc ttccaggaga acgttcaaga gacgttctcc tggaaggcgt c-3’ (SEQ ID NO: 16)
インサートR 5’-aaaagacgcc ttccaggaga acgtctcttg aacgttctcc tggaaggcgt c-3’ (SEQ ID NO: 17)
ヘアピン 5’-gacgccttcc aggagaacgt tcaagagacg ttctcctgga aggcgtc-3’ (SEQ ID NO: 18)

対照1(EGFP:発光オワンクラゲGFPの変異体である高感度緑色蛍光タンパク質(GFP)遺伝子)
標的配列5’-GAAGCAGCACGACTTCTTC-3’ (SEQ ID NO: 7)用;
インサートF 5’-Tccc GAAGCAGCACGACTTCTTC ttcaagaga GAAGAAGTCGTGCTGCTTC-3’ (SEQ ID NO: 19)
インサートR 5’-Aaaa GAAGCAGCACGACTTCTTC tctcttgaa GAAGAAGTCGTGCTGCTTC-3’ (SEQ ID NO: 20)
ヘアピン 5’-GAAGCAGCACGACTTCTTC ttcaagaga GAAGAAGTCGTGCTGCTTC-3’ (SEQ ID NO: 21)

対照2(ルシフェラーゼ:フォチナス-ピラリスのルシフェラーゼ遺伝子)
標的配列5’-CGTACGCGGAATACTTCGA-3’ (SEQ.ID.NO.8)用;
インサートF 5’-Tccc CGTACGCGGAATACTTCGA ttcaagaga TCGAAGTATTCCGCGTACG-3’ (SEQ ID NO: 22)
インサートR 5’-Aaaa CGTACGCGGAATACTTCGA tctcttgaa TCGAAGTATTCCGCGTACG-3’ (SEQ ID NO: 23)
ヘアピン 5’-CGTACGCGGAATACTTCGA ttcaagaga TCGAAGTATTCCGCGTACG-3’ (SEQ ID NO: 24)

対照3(スクランブル:5Sおよび16S rRNAをコードする葉緑体ミドリムシ遺伝子)
標的配列5’-GCGCGCTTTGTAGGATTCG-3’ (SEQ.ID.NO.9)用;
インサートF 5’-Tccc GCGCGCTTTGTAGGATTCG ttcaagaga CGAATCCTACAAAGCGCGC-3’ (SEQ ID NO: 25)
インサートR 5’-Aaaa GCGCGCTTTGTAGGATTCG tctcttgaa CGAATCCTACAAAGCGCGC-3’ (SEQ ID NO: 26)
ヘアピン 5’-GCGCGCTTTGTAGGATTCG ttcaagaga CGAATCCTACAAAGCGCGC-3’ (SEQ ID NO: 27)
【0081】
このRNAi系を評価するために、個々の対照siRNA(EGFP、ルシフェラーゼおよびスクランブル)が、COS-7細胞に一過性にトランスフェクトされた対応する標的遺伝子の発現を低下させることを半定量的RT-PCRによってまず確かめた。ADAM8の発現が、各々のsiRNA(si-ADAM8-1、si-ADAM8-2)によっては下方制御されるが、対照によっては下方制御されないことが、このアッセイのために用いた細胞株における半定量的RT-PCRによって確かめられた。
【0082】
(9)NSCLC細胞に対するADAM8の影響
ADAM8が肺癌細胞の増殖または生存のために必須であるか否かを評価するために、ADAM8に対するsiRNA(si-ADAM8-1、-2)を発現するプラスミド、および3種類の対照プラスミド(EGFP、ルシフェラーゼ(LUC)、またはスクランブル(SCR)に対するsiRNA)を設計して構築し、内因性ADAM8の発現を抑制させるためにNCI-H358細胞に対してトランスフェクトした。si-ADAM8-1およびsi-ADAM8-2がトランスフェクトされた細胞におけるADAM8転写物の量は、3種類の対照siRNAの任意のものがトランスフェクトされた細胞と比較して有意に減少した(図7A)。si-ADAM8のトランスフェクションは、コロニー形成アッセイおよびMTTアッセイによって測定した細胞生存率およびコロニー数も有意に低下させた(図7B、7C)。
【0083】
産業上の利用可能性
本発明は、肺癌患者の血清中では正常対照と比較してADAM8レベルが上昇しているという発見を含む。したがって、ADAM8遺伝子およびタンパク質には、新規な診断マーカー(すなわち、血清または痰)として、ならびに新薬および免疫療法の開発のための標的としての有用性がある。ADAM8のレベルを指標として用いることで、本発明は、非小細胞肺癌またはそれを発症する素因を診断するための方法、癌治療の進展をモニターするための方法、および癌患者の予後を評価するための方法を提供する。
【0084】
本発明はさらに、ADAM8 siRNA、およびそれを癌細胞の増殖を抑制するために用いる方法も開示する。したがって、本発明は、このようなsiRNA、ならびにそれらの誘導体および医薬製剤を用いて、肺癌、特に非小細胞肺癌を治療または予防するための方法を提供する。
【0085】
本発明を、その具体的な態様に言及しながら詳細に説明してきたが、発明の精神および範囲から逸脱することなく、さまざまな変更および修正をそれに加えうることは当業者には明らかであると考えられる。
【0086】
参考文献
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【0087】
別に定義する場合を除き、本明細書で用いる全ての技術用語および科学用語は、本発明が属する技術分野の当業者が一般に理解しているものと同じ意味を有する。本発明の実施または試験のために本明細書に記載したものと同様または同等の方法および材料を用いることができるが、適した方法および材料は以下に説明するものである。本明細書で言及する全ての刊行物、特許出願、特許、およびその他の参考文献は、それらの全体が参照として本明細書に組み入れられる。対立が生じた場合には、定義を含め、本明細書が支配的であるものとする。さらに、材料、方法、および実施例は例示のためのみのものであって、制限を意図したものではない。
【0088】
本発明を、具体例および好ましい態様に言及することによって例示してきた。本発明は、前述の記載によっては限定されず、添付した特許請求の範囲およびそれらの等価物によって規定されるものとすることが理解されるべきである。
【図面の簡単な説明】
【0089】
【図1】原発性NSCLCおよび細胞株におけるADAM8の発現を示した一連の写真を示している。図1Aは、半定量的RT-PCRによって試験した、10例のNSCLC臨床試料および9例のヒト組織(心臓、肝臓、卵巣、胎盤、骨髄、精巣、前立腺、腎臓、肺)におけるADAM8の発現を示している。図1Bは、7例のADCの臨床試料および対応する正常肺組織におけるADAM8の発現を示している。図1Cは、20種のNSCLC細胞株におけるADAM8の発現を示している。
【図2】ノーザンブロット分析による、白血球、リンパ節、および骨髄におけるヒトADAM8 cDNAの3.5kb転写物の発現を示した写真を示している。
【図3】ADAM8タンパク質の細胞内局在およびその分泌を示した一連の写真を示している。図3Aは、COS-7細胞に対してc-myc-Hisタグ付加ADAM8発現プラスミドをトランスフェクトした場合の免疫細胞化学分析によるADAM8タンパク質の細胞内局在を示している。ADAM8タンパク質を抗c-myc-FITC抗体によって検出した。トランスフェクションから48時間後の時点でのFITCおよびDAPIの合成像をレーザー共焦点顕微鏡検査によって入手した。ADAM8/c-myc-Hisタンパク質は主として細胞質膜中に検出された。図3Bは、全細胞溶解物、およびADAM8を発現するLC319細胞からの馴化培地を用いたウエスタンブロット法の結果を示している。NSCLC細胞株においてADAM8タンパク質は切断されて細胞表面から培地中に分泌されると推定される。
【図4】抗ADAM8抗体-BB014を用いたフローサイトメトリー分析により評価した、A549肺癌細胞およびSK-MES-1肺癌細胞上でのADAM8タンパク質の細胞表面発現を示している。
【図5】組織アレイに対して抗ADAM8抗体を用いた、肺ADC、LCC、およびSCLCを含む代表的な外科切除試料および剖検試料ならびに正常肺組織の免疫組織化学染色の結果を示した一連の写真を示している(100倍、400倍)。
【図6】肺腺癌の患者および正常対象(対照)における、ELISAにより決定したADAM8タンパク質の血清濃度を示している。
【図7】ADAM8に対するsiRNAによるNSCLC細胞の増殖の阻害を示している。図7Aは、半定量的RT-PCRによって分析した、NCI-H358細胞におけるsi-ADAM8または対照siRNA(EGFP、ルシフェラーゼ(LUC)、またはスクランブル(SCR))に対するADAM8の発現を示している。(b)特異的siRNAまたは対照プラスミドをトランスフェクトしたNCI-H358細胞のコロニー形成アッセイを示す。(c)MTTアッセイにより評価した、si-ADAM8、si-EGFP、si-LUCまたはsi-SCRに対するNCI-H358細胞の生存率を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象における非小細胞肺癌または非小細胞肺癌を発症する素因を診断する方法であって、
(a)診断しようとする対象から生物試料を採取する段階;
(b)生物試料におけるADAM8のレベルを決定する段階;
(c)(b)のADAM8レベルを正常対照のものと比較する段階;および
(d)対象由来の試料におけるADAM8レベルが正常対照に比較して高いことを判断し、これによりその対象が非小細胞肺癌に罹患しているかそれを発症するリスクを有することが示される段階、
を含む方法。
【請求項2】
生物試料が体液を含む、請求項1記載の方法。
【請求項3】
体液が血液または血液由来の試料を含む、請求項2記載の方法。
【請求項4】
ADAM8レベルが、生物試料中のADAM8タンパク質を検出することによって決定される、請求項1記載の方法。
【請求項5】
ADAM8タンパク質がイムノアッセイによって検出される、請求項4記載の方法。
【請求項6】
イムノアッセイがELISAである、請求項5記載の方法。
【請求項7】
対象における非小細胞肺癌の治療または予防の方法であって、ADAM8低分子干渉RNA(siRNA)組成物を該対象に投与することを含む方法。
【請求項8】
ADAM8 siRNAが、SEQ ID NO:10またはSEQ ID NO:11のヌクレオチド配列を標的配列として含む、請求項7記載の方法。
【請求項9】
siRNAが、一般式
5'-[A]-[B]-[A']-3'
を有し、
式中、[A]がSEQ ID NO:10または11のヌクレオチド配列に対応するリボヌクレオチド配列であり;[B]が3〜23ヌクレオチドからなるリボヌクレオチド配列であり;かつ[A']が[A]に対して相補的なリボヌクレオチド配列である、請求項8記載の方法。
【請求項10】
センス鎖およびアンチセンス鎖を含む二本鎖分子であって、センス鎖がSEQ ID NO:10または11のADAM8標的配列に対応するリボヌクレオチド配列を含み、アンチセンス鎖が該センス鎖に対して相補的なリボヌクレオチド配列を含み、ここで該センス鎖および該アンチセンス鎖が互いにハイブリダイズして該二本鎖分子を形成し、該二本鎖分子が、ADAM8遺伝子を発現する細胞に導入された場合に該遺伝子の発現を阻害する、二本鎖分子。
【請求項11】
ADAM8標的配列が、SEQ ID NO:1のヌクレオチド配列からの少なくとも約10個の連続したヌクレオチドを含む、請求項10記載の二本鎖分子。
【請求項12】
ADAM8標的配列が、SEQ ID NO:1のヌクレオチド配列からの約19〜約25個の連続したヌクレオチドを含む、請求項11記載の二本鎖分子。
【請求項13】
一本鎖リボヌクレオチド配列を介して結びついたセンス鎖およびアンチセンス鎖を含む単一のリボヌクレオチド転写物である、請求項10記載の二本鎖分子。
【請求項14】
約100ヌクレオチド長未満のオリゴヌクレオチドである、請求項10記載の二本鎖分子。
【請求項15】
約75ヌクレオチド長未満のオリゴヌクレオチドである、請求項14記載の二本鎖分子。
【請求項16】
約50ヌクレオチド長未満のオリゴヌクレオチドである、請求項15記載の二本鎖分子。
【請求項17】
約25ヌクレオチド長未満のオリゴヌクレオチドである、請求項16記載の二本鎖分子。
【請求項18】
二本鎖分子が約19〜約25ヌクレオチド長のオリゴヌクレオチドである、請求項17記載の二本鎖ポリヌクレオチド。
【請求項19】
請求項10記載の二本鎖分子をコードするベクター。
【請求項20】
二次構造を有し、センス鎖およびアンチセンス鎖を含む転写物をコードする、請求項19記載のベクター。
【請求項21】
転写物がさらに、センス鎖およびアンチセンス鎖を結びつける一本鎖リボヌクレオチド配列を含む、請求項20記載のベクター。
【請求項22】
センス鎖核酸およびアンチセンス鎖核酸の組み合わせを含むポリヌクレオチドを含むベクターであって、該センス鎖核酸がSEQ ID NO:10または11のヌクレオチド配列を含み、該アンチセンス鎖核酸がセンス鎖に対して相補的な配列からなるベクター。
【請求項23】
ポリヌクレオチドが一般式
5'-[A]-[B]-[A']-3'
を有し、
式中、[A]がSEQ ID NO:10または11のヌクレオチド配列であり;[B]が3〜23ヌクレオチドからなるヌクレオチド配列であり;かつ[A']が[A]に対して相補的なヌクレオチド配列である、請求項22記載のベクター。
【請求項24】
非小細胞肺癌の治療または予防のための薬学的組成物であって、有効成分としてのADAM8低分子干渉RNA(siRNA)の薬学的有効量、および薬学的に許容される担体を含む、組成物。
【請求項25】
ADAM8 siRNAが、SEQ ID NO:10またはSEQ ID NO:11のヌクレオチド配列を標的配列として含む、請求項24記載の薬学的組成物。
【請求項26】
siRNAが一般式
5'-[A]-[B]-[A']-3'
を有し、
式中、[A]がSEQ ID NO:10または11のヌクレオチド配列に対応するリボヌクレオチド配列であり;[B]が3〜23ヌクレオチドからなるリボヌクレオチド配列であり;かつ[A']が[A]に対して相補的なリボヌクレオチド配列である、請求項25記載の組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5−1】
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【図5−2】
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【図6】
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【図7】
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【公表番号】特表2007−530921(P2007−530921A)
【公表日】平成19年11月1日(2007.11.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−529409(P2006−529409)
【出願日】平成16年3月24日(2004.3.24)
【国際出願番号】PCT/JP2004/004075
【国際公開番号】WO2005/090991
【国際公開日】平成17年9月29日(2005.9.29)
【出願人】(502240113)オンコセラピー・サイエンス株式会社 (142)
【Fターム(参考)】