説明

非晶質クエン酸カルシウム・炭酸カルシウム複合体及びその製造方法

【課題】単独で簡便な操作により固形化ができるとともに、溶媒中での崩壊速度を制御可能で、機能性カルシウム資材などとして利用することができる非晶質クエン酸カルシウム・炭酸カルシウム複合体及びその容易な製造方法を提供する。
【解決手段】非晶質クエン酸カルシウム・炭酸カルシウム複合体は、非晶質クエン酸カルシウムと非晶質又は結晶質の炭酸カルシウムとが複合化されて構成されている。この複合体は、例えば0.3Mのクエン酸水溶液2Lに生石灰粉末300gを加えて反応させ、その懸濁液に炭酸ガスを導入することにより得られる。炭酸ガスを4〜5時間吹き込むことで図1に示す結晶ピークのない非晶質クエン酸カルシウム・非晶質炭酸カルシウム複合体が得られ、炭酸ガスを6時間吹き込むことで図1に示すバテライト型及びカルサイト型の結晶ピークをもつ非晶質クエン酸カルシウム・結晶質炭酸カルシウム複合体が得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば固化体とすることで、固化体の水中での崩壊速度を制御できる、環境汚染浄化剤の運搬等に利用される非晶質クエン酸カルシウム・炭酸カルシウム複合体及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、環境汚染に関する報告が増加しており、その対策が急務とされているなかで、種々の汚染物質や汚染状況に応じて、物理化学的手法や生物学的手法を利用した対処が図られている。浄化方法の中には、汚染物質の分解を進める物質を添加する方法や、土壌中の微生物を活性化させる薬剤を投入する方法など、様々な有効成分を汚染環境に導入する原位置処理法がある。有効成分の導入方法としては、その成分を直接土壌に混練したり、地上部と地下水を循環させる井戸等に投入する方法が挙げられるが、汚染箇所に到る前に浄化能力を消失してしまい、持続的に効果を発揮させることができない等の課題があった。有効成分とは例えば、酸化還元剤、微生物や酵素又はそれらの活性化剤などが挙げられ、こうした有効成分を固形化して汚染箇所に到達させ易くし、溶出量又は溶出速度を制御しつつ、長期にわたり効用を持続させることができる材料は、環境分野のみならず、医療分野においても必要とされている。
【0003】
カルシウム資材は環境浄化及び環境保護の分野において有用な物質であり、生石灰(CaO、酸化カルシウム)は土壌や水域の汚染浄化資材として、酢酸カルシウム(CHCOOCa)は環境にやさしい凍結防止剤として使用されている。また、炭酸カルシウム(CaCO)は原料が豊富で十分な量を安定して供給でき、安価、無毒・無臭で炎症を起こさず生体に対して安定性が高く、広範囲の粒子径に調整できる等の多くの利点を備えているために、ゴムやプラスチックなどの充填材として汎用されている。さらに、クエン酸カルシウム〔C(OH)(COOCa)〕は食品分野においてカルシウム補給剤として有用であり、炭酸カルシウムとともに食品添加物として使用されている。このようにカルシウム資材は取扱性や汎用性に優れることから環境や医療分野に適用しやすい材料と考えられる。
【0004】
ところで、炭酸カルシウムの工業的生産は、一般に炭酸ガス法により行われている。この炭酸ガス法では、水に生石灰を加えて調製した石灰乳(水酸化カルシウム懸濁液)に炭酸ガスを吹き込んで水酸化カルシウムと反応させることで炭酸カルシウムを析出させる。炭酸ガス法では、炭酸化反応の反応場に添加剤を加えたり、析出した炭酸カルシウムに表面処理を施したりするなどの工夫により、炭酸カルシウムの結晶系、形状、粒径又は分散性を良くするなどの所望の物性を付与することができる。炭酸カルシウムは機能性を与えやすい汎用性の高いカルシウム資材である。
【0005】
炭酸カルシウムに機能性を付与する方法として、錯体形成物質を添加して炭酸化反応を行う技術が示されている(例えば、特許文献1を参照)。係る特許文献1によれば、水酸化カルシウム水懸濁液を調製した後に、クエン酸ナトリウム、シュウ酸ナトリウムなどの錯体形成物質を添加することにより、微細な粒子の沈降性炭酸カルシウムを製造することができる。
【0006】
また、クエン酸などの有機酸と炭酸カルシウムとを30℃以下の温度で反応させ、熟成後、噴霧乾燥することにより、水に易溶性の非晶質クエン酸・有機酸・カルシウム組成物(実質上クエン酸カルシウム組成物)を得る方法が提案されている(例えば、特許文献2を参照)。
【0007】
ところで、前述のように土壌や地下水中に種々の有効成分を混練するには炭酸カルシウムなどの担体に保持させた固形化物(固化体)にすることが好ましいが、炭酸カルシウムは単独の材料で固形化することは困難である。このため、炭酸カルシウムは焼結法によって固化体を製造することが考えられるが、大きな熱エネルギーコストを必要とする上、混合する有効成分の機能が熱により損なわれるという欠点がある。そこで、キトサンなどの固化助剤を添加して加温、加圧して成形する方法(例えば、特許文献3を参照)、ポリ乳酸との複合体を作る方法(例えば、特許文献4を参照)、及び炭酸カルシウム、カルボン酸、キトサン及び適量の水よりなる組成物を成形する方法(例えば、特許文献5を参照)により固化体を得る方法が提案されている。
【特許文献1】特開平10−72215号公報(第2頁及び第4頁)
【特許文献2】特開平8−157380号公報(第2頁及び第3頁)
【特許文献3】特開平8−290949号公報(第2頁及び第3頁)
【特許文献4】特開2001−294673号公報(第2頁及び第3頁)
【特許文献5】特開2000−226402号公報(第2頁及び第3頁)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、これらの方法ではキトサン、ポリ乳酸などのバインダーに相当する添加物が必要となり、操作が煩雑になるとともに、製造コストが嵩むという問題があった。また、バインダーを溶解させるための加熱や溶媒にさらす操作の際に、混合する薬剤、微生物や酵素などの有効成分の機能が消失するという問題もあった。さらに、特許文献1から5に記載された方法で得られるような材料では、バインダーに相当する添加物で固化体が形成されていることから、その固化体を例えば水中で容易に崩壊させるなど、その崩壊速度(ひいては固化体に保持させた有効成分の溶出量及び溶出速度)を任意に制御することは困難であった。
【0009】
本発明は、このような従来技術に存在する問題点に着目してなされたものであり、その目的とするところは、単独で簡便な操作により固形化ができるとともに、溶媒中での崩壊速度を制御可能で、機能性カルシウム資材などとして利用することができる非晶質クエン酸カルシウム・炭酸カルシウム複合体及びその容易な製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記の目的を達成するため鋭意研究の結果、高濃度のクエン酸水溶液に生石灰を加えた石灰乳を調製し、この石灰乳に炭酸ガスを導通することで、従来のカルシウム資材にはない特性を有する非晶質クエン酸カルシウム・炭酸カルシウム複合体が析出されることを見出した。そして、この非晶質クエン酸カルシウム・炭酸カルシウム複合体が簡便な操作で固形化できることを見出した。また、この複合体と通常の結晶質炭酸カルシウムとの混合物の固化体では、非晶質クエン酸カルシウム・炭酸カルシウム複合体の配合量を変えることで、固化体の崩壊速度が調節できることを明らかにし、結果として同時に混合した有効成分(例えば、医薬品などの生理活性物質、微生物や酵素など)の溶出速度又は溶出量をも制御できることを見出し、本発明を完成した。
【0011】
すなわち、請求項1に係る発明の非晶質クエン酸カルシウム・炭酸カルシウム複合体は、非晶質クエン酸カルシウムと非晶質炭酸カルシウム又は結晶質炭酸カルシウムとが複合化されて構成されていることを特徴とするものである。
【0012】
請求項2に係る発明の非晶質クエン酸カルシウム・炭酸カルシウム複合体は、請求項1に係る発明において、非晶質クエン酸カルシウムと非晶質炭酸カルシウムとが複合化されて構成されていることを特徴とするものである。
【0013】
請求項3に係る発明の非晶質クエン酸カルシウム・炭酸カルシウム複合体の製造方法は、クエン酸水溶液に生石灰を加えた懸濁液を調製し、その懸濁液に炭酸ガスを導入し、非晶質クエン酸カルシウムと非晶質炭酸カルシウム又は結晶質炭酸カルシウムとを複合化させて析出させることを特徴とするものである。
【0014】
請求項4に係る発明の非晶質クエン酸カルシウム・炭酸カルシウム複合体の製造方法は、請求項3に係る発明において、前記クエン酸水溶液中のクエン酸1モルに対して生石灰7〜9モルを用い、非晶質クエン酸カルシウム・非晶質炭酸カルシウム複合体を生成させることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、次のような効果を発揮することができる。
請求項1に係る発明の非晶質クエン酸カルシウム・炭酸カルシウム複合体では、非晶質クエン酸カルシウムと非晶質炭酸カルシウム又は結晶質炭酸カルシウムとが複合化されて構成されている。このため、非晶質クエン酸カルシウムがバインダーの代替作用を発現しているか、両成分が複合化されていることで相互作用が強くなって溶媒中での崩壊性が抑えられるものと推測される。従って、非晶質クエン酸カルシウム・炭酸カルシウム複合体は、単独で簡便な操作により固形化ができるとともに、溶媒中での崩壊速度を制御可能な機能性カルシウム資材として好適に利用することができる。また、この崩壊速度が制御できるという特性は、この複合体を種々の有効成分と混合して固化体とすることで、溶媒中での固化体からの有効成分の溶出量などを制御することにつながる。
【0016】
さらに、非晶質クエン酸カルシウム・炭酸カルシウム複合体は、従来の炭酸カルシウムが利用されてきた高分子材料の改質剤や充填剤などとしても使用可能である。例えば、ポリ乳酸との複合材料とすれば、擬似体液中でのアパタイト形成が認められることから骨修復材料としての利用ができる。
【0017】
請求項2に係る発明の非晶質クエン酸カルシウム・炭酸カルシウム複合体では、非晶質クエン酸カルシウムと非晶質炭酸カルシウムとが複合化されて構成されている。このため、請求項1に係る発明の効果に加えて、非晶質クエン酸カルシウムと結晶質炭酸カルシウムとの複合体で作られる固化体とは異なる崩壊性を示すと推測される。従って、有効成分の溶出速度又は溶出量を精度良く制御することができる。
【0018】
請求項3に係る発明の非晶質クエン酸カルシウム・炭酸カルシウム複合体の製造方法では、クエン酸水溶液に生石灰を加えた懸濁液を調製し、その懸濁液に炭酸ガスを導入し、非晶質クエン酸カルシウムと非晶質炭酸カルシウム又は結晶質炭酸カルシウムとを複合化させて析出させるものである。このため、請求項1又は請求項2に係る発明の非晶質クエン酸カルシウム・炭酸カルシウム複合体を簡単な工程で容易に製造することができる。
【0019】
請求項4に係る発明の非晶質クエン酸カルシウム・炭酸カルシウム複合体の製造方法では、クエン酸水溶液中のクエン酸1モルに対して生石灰7〜9モルを用い、非晶質クエン酸カルシウム・非晶質炭酸カルシウム複合体を生成させるものである。従って、請求項3に係る発明の効果に加え、非晶質クエン酸カルシウム・非晶質炭酸カルシウム複合体を容易に製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明の最良と思われる実施形態について詳細に説明する。
本実施形態の非晶質クエン酸カルシウム・炭酸カルシウム複合体(以下、単に複合体ともいう)は、非晶質クエン酸カルシウムと非晶質又は結晶質の炭酸カルシウムとが単に混合されて組成物を形成しているのではなく、非晶質クエン酸カルシウムと非晶質又は結晶質の炭酸カルシウムとが何らかの相互作用を及ぼし合うことで複合化され、一体的に形成されているものと考えられる。
【0021】
ここで、本実施形態では、X線回折においてその回折図(チャート)にクエン酸カルシウム及び炭酸カルシウムのいずれのピークも認められないものは勿論のこと、炭酸カルシウムについては若干のピークが認められるが明確に結晶が成長したと判断されないものは、非晶質クエン酸カルシウム・非晶質炭酸カルシウム複合体とする。一方、X線回折においてその回折図に、バテライト(Vaterite)型結晶(六方晶)、カルサイト(Calcite)型結晶(菱面体晶)などの炭酸カルシウムの結晶のピークが明確に認められる場合には、非晶質クエン酸カルシウム・結晶質炭酸カルシウム複合体とする。ここで、非晶質とは、結晶質に対する語で、X線回折において結晶質物の存在を示すピークが実質的に認められない状態を意味する。
【0022】
非晶質クエン酸カルシウム・炭酸カルシウム複合体は、非晶質クエン酸カルシウムがバインダーの代替機能を発揮すると推測され、この非晶質クエン酸カルシウムが複合化されていることで複合体は、従来技術のようにバインダーを加えることなく単独で固化体を得ることができる。しかも、この複合体と公知の炭酸カルシウムなどとを種々の割合で混合することにより、固化体の崩壊を促進又は抑制するように制御することができる。従って、固化体に薬剤、微生物又は酵素等の様々な機能性成分を混合すれば、固化体の崩壊により溶出又は放出される有効成分の量やその速度をも任意に制御することができる。
【0023】
次に、上記の非晶質クエン酸カルシウム・炭酸カルシウム複合体の製造方法について説明する。
すなわち、その製造方法は、クエン酸水溶液に生石灰(酸化カルシウム)を加えて反応させクエン酸カルシウムと消石灰(水酸化カルシウム)の懸濁液を形成し、その懸濁液に炭酸ガスを導入し、非晶質クエン酸カルシウムと炭酸カルシウムとを複合化するものである。非晶質クエン酸カルシウム・炭酸カルシウム複合体の生成は、定法である水と生石灰を原料とした場合又は従来技術で提供される場合とは異なるクエン酸カルシウム生成又は炭酸カルシウム生成の反応場が形成されることが重要であると考えられる。この反応場において複合体の生成に至る反応は以下のようなものと推測される。
【0024】
まず、クエン酸〔C(OH)(COOH)〕水溶液に生石灰(CaO)を加えて消石灰〔Ca(OH)〕の懸濁液を形成し、この消石灰に由来するカルシウムとクエン酸又は炭酸ガスとが反応することにより、複合体が析出すると考えられる。この場合、次の反応式(1)に示す消化反応によって最初に消石灰が生成する。
【0025】
CaO + HO → Ca(OH) ・・・(1)
生成した消石灰の一部はクエン酸と次の反応式(2)に基づいて反応し、クエン酸カルシウム〔C(OH)(COOCa)〕が生成する。
【0026】
2C(OH)(COOH) +3Ca(OH)
→ 2C(OH)(COOCa)+6HO ・・・(2)
このようにして消石灰懸濁液は、消石灰とともにクエン酸カルシウム又は未反応のクエン酸が含まれた懸濁液となる。
【0027】
続いて、その懸濁液中に炭酸ガス(CO)を吹き込み、下記の反応式(3)に基づく炭酸化反応を行う。
(OH)(COOCa)+Ca(OH) +CO
→ C(OH)(COOCa)+CaCO+HO ・・・(3)
このようにして、非晶質クエン酸カルシウム・炭酸カルシウム複合体が生成されるものと推察される。
【0028】
この場合、炭酸化反応の時間を制御することにより、クエン酸カルシウムは非晶質のままに、炭酸カルシウムを非晶質からバテライト型やカルサイト型の結晶質まで任意の複合体を製造することができる。また、炭酸化反応の終了後は、特別な方法を必要とせず、常法に従って乾燥させることで目的とする非晶質クエン酸カルシウム・炭酸カルシウム複合体を得ることができる。
【0029】
非晶質クエン酸カルシウム・炭酸カルシウム複合体は、製造に用いられるクエン酸濃度や生石灰量により変動するが、炭酸カルシウムを50〜60質量%含み、目的を達成し得る範囲内であれば変動があっても良い。クエン酸水溶液中のクエン酸濃度は0.2〜0.35M(モル濃度)であることが好ましい。クエン酸濃度が0.2M未満又は0.35Mを越える場合には、反応効率のバランスが悪くなり、所望とする非晶質クエン酸カルシウムが得られなくなるおそれがある。
【0030】
また、非晶質クエン酸カルシウム・非晶質炭酸カルシウム複合体を得る場合には、生石灰はクエン酸1モルに対して7〜9モル加えることが好ましい。生石灰とクエン酸のモル比が上記範囲から外れると特に炭酸カルシウムの非晶質状態が形成されにくくなり、非晶質クエン酸カルシウム・非晶質炭酸カルシウム複合体が得られにくくなる。
【0031】
炭酸ガスの吹き込み速度は、非晶質クエン酸カルシウム・非晶質炭酸カルシウム複合体を得るためには、0.5〜2.0L/minであることが好ましい。また、炭酸ガスの吹き込み時間は、4〜5時間であることが好ましい。炭酸ガスの導入による炭酸化反応は30℃以下の温度に設定することが好ましく、15〜20℃に設定することがより好ましい。非晶質クエン酸カルシウム・結晶質炭酸カルシウム複合体を得るためには、上記の各条件のうち、炭酸ガスの吹き込み時間を5時間以上に設定することが望ましい。
【0032】
例えば、濃度0.3〜0.4Mのクエン酸水溶液2Lに生石灰300gを加えて調製した懸濁液に、20℃において2.0L/minの流量で炭酸ガスを4〜5時間吹き込むことにより非晶質クエン酸カルシウム・非晶質炭酸カルシウム複合体が得られる。炭酸ガスをさらに長時間、つまり5時間を越えて6時間吹き込むことによりバテライト型及びカルサイト型の結晶質炭酸カルシウムを含む非晶質クエン酸カルシウム・結晶質炭酸カルシウム複合体が得られる。
【0033】
次に、非晶質クエン酸カルシウム・炭酸カルシウム複合体は取扱性の良い固化体として使用することが好ましいが、ポリ乳酸やキトサンなどのバインダーを利用することなく、常法に従って加圧成形法により固化体を作製することができる。加圧成形法の条件は、使用機器や用いる複合体の量及び混合する材料により異なるため、一概には条件設定をすることはできないが、例えば複合体1〜2gを加圧装置にて1〜2t/cmの圧力を作用させて行うことができる。
【0034】
また、非晶質クエン酸カルシウム・炭酸カルシウム複合体は、そのものが機能性を有し、他の材料(樹脂)との複合材料の成分(充填剤、改質剤)ともなる。例えば、ポリ乳酸をジクロロメタン(塩化メチレン)に溶解したポリ乳酸溶液に非晶質クエン酸カルシウム・炭酸カルシウム複合体を加えて混合し、キャスト法などの常法に従ってジクロロメタンを揮発させることで固化体を得ることができる。
【0035】
さて、本実施形態の作用について説明すると、本実施形態における複合体では、非晶質クエン酸カルシウムと炭酸カルシウムとが混合物ではなく、複合状態で存在しているものと考えられる。ここで、結晶質クエン酸カルシウムと結晶質炭酸カルシウムとの混合物を複合体と同様に加圧成形した場合には、得られる固化体は水中ですみやかに崩壊する。このことから、複合体では非晶質クエン酸カルシウムがバインダーの代替作用を発現するために、単独で固形化が可能で、水中で崩壊しにくい錠剤などの固化体を得ることができると推測される。そのため、非晶質クエン酸カルシウム・炭酸カルシウム複合体の固化体は、複合体の配合量を調整することで水中での崩壊速度を調節することができる。
【0036】
以上詳述した実施形態により発揮される効果について、以下にまとめて記載する。
・ 本実施形態における非晶質クエン酸カルシウム・炭酸カルシウム複合体では、非晶質クエン酸カルシウムと非晶質炭酸カルシウム又は結晶質炭酸カルシウムとが複合化されて構成されている。従って、非晶質クエン酸カルシウム・炭酸カルシウム複合体は、単独で簡便な操作により固形化ができるとともに、溶媒中での崩壊速度を制御可能で、機能性カルシウム資材として好適に利用することができる。具体的には、環境汚染物質を分解する薬剤のキャリアとなる環境浄化資材、化粧品の原料成分又は薬剤のキャリアとなる化粧品用資材、医薬品の原料成分となる医薬品用資材、カルシウム補給剤となる食品用資材、ゴム、プラスチックなどの充填剤又は改質剤となる工業用資材、農薬のキャリアとなる農薬用資材などとして用いることができる。
【0037】
・ 複合体のうち非晶質クエン酸カルシウム・非晶質炭酸カルシウム複合体は、非晶質クエン酸カルシウムと非晶質炭酸カルシウムとが複合化されて構成されている。この非晶質クエン酸カルシウム・非晶質炭酸カルシウムの複合体を利用した固化体は、非晶質クエン酸カルシウム・結晶質炭酸カルシウムを利用した固化体と異なる崩壊性を示すと考えられ、崩壊速度を細かく制御することができる。
【0038】
・ 複合体の製造方法では、クエン酸水溶液に生石灰を加えて懸濁液を形成し、その懸濁液に炭酸ガスを導入し、非晶質クエン酸カルシウム・炭酸カルシウム複合体を析出させるものである。このため、非晶質クエン酸カルシウム・炭酸カルシウム複合体を簡単な工程で容易に製造することができ、製造コストを低減させることができる。
【0039】
・ 複合体の製造に際し、クエン酸水溶液中のクエン酸1モルに対して生石灰7〜9モルを用いることにより、非晶質クエン酸カルシウム・非晶質炭酸カルシウム複合体を容易に製造することができる。
【0040】
・ 複合体は、常法に従って固化体(錠剤)を作製することができ、取扱性などを向上させることができる。加えて、非晶質クエン酸カルシウム・炭酸カルシウム複合体はポリ乳酸などとの複合材料とすることができる。この複合材料を擬似体液に浸漬してアパタイト生成を電子顕微鏡観察及びX線回折により確認したところ、水酸アパタイト及び炭酸アパタイトの生成が認められたことから、カルシウム資材は骨修復に使用される生体材料として応用できる可能性がある。
【実施例】
【0041】
以下、実施例及び比較例を挙げて前記実施形態をさらに具体的に説明するが、本発明はそれらの実施例に限定されるものではない。
(実施例1)
濃度0.3Mのクエン酸水溶液2Lに生石灰粉末300gを加えて140分間反応させた後、20℃においてこの懸濁液に2L/minの流量で炭酸ガスを吹き込んだ。クエン酸:生石灰=1モル:9モルであった。そして、2時間、3時間、4時間、5時間及び6時間後にそれぞれ生成物を濾過して回収し、約105℃で乾燥させて試料1を得た。図1に各試料のX線回折図を示す。図1において、Pは消石灰(水酸化カルシウム)、Lは生石灰(酸化カルシウム)、Vはバテライト型結晶の炭酸カルシウム、及びCはカルサイト型結晶の炭酸カルシウムのピークを表す。
【0042】
図1のX線回折図に見られるように、炭酸ガスを4〜5時間吹き込むことにより、図2に示されるような非晶質クエン酸カルシウム・非晶質炭酸カルシウム複合体を得ることができた。炭酸ガスを6時間吹き込むと、バテライト型結晶及びカルサイト型結晶の炭酸カルシウムを含む非晶質クエン酸カルシウム・結晶質炭酸カルシウム複合体となった。
(実施例2)
濃度0.2M、0.3M及び0.35Mの3種類のクエン酸水溶液2Lに各々生石灰粉末300gを、クエン酸:生石灰=1モル:7.7、8.9及び13.4モルとなるようなモル比で加えた。炭酸ガスの吹き込み時間は、モル比が7.7のとき4.5時間、モル比が8.9のとき5.0時間及びモル比が13.4のとき5.5時間とし、その他実施例1と同様にして反応及び処理を行った。この場合、クエン酸の濃度0.2Mの場合にはモル比が13.4、クエン酸の濃度0.3Mの場合にはモル比が8.9、及びクエン酸の濃度0.35Mの場合にはモル比が7.7である。
【0043】
得られた粉末についてのX線回折図を図3に示す。図3において、CaO/CAは、生石灰/クエン酸のモル比を表す。この図3に示した結果から、上記モル比が7.7及び8.9の場合において非晶質クエン酸カルシウム・非晶質炭酸カルシウム複合体を得ることができた。モル比が13.4の場合には、バテライト型結晶及びカルサイト型結晶の炭酸カルシウムのピークが見られ、非晶質クエン酸カルシウム・結晶質炭酸カルシウム複合体であった。
(実施例3)
実施例1と同様な方法で作製した試料、市販のクエン酸カルシウム(ナカライテスク(株)製)と市販の炭酸カルシウム(和光純薬(株)製)の混合物又は炭酸カルシウム(市販品又はバテライト型結晶)の粉末、それぞれ1gを加圧成形(圧力1t/cm)して錠剤を作製した。その結果、市販の炭酸カルシウムのみでは錠剤は得られなかったが、実施例1と同様な方法で作製した試料、前記混合物又はバテライト型炭酸カルシウムについては、錠剤を作製することができた。
【0044】
図4(a)〜(c)に示すように、得られた錠剤10をシャーレ11中のそれぞれ3mlの水12に浸し、5時間静置した。図4(a)では試料1の錠剤10a、図4(b)は前記混合物の錠剤10b及び図4(c)はバテライト型炭酸カルシウムの錠剤10cを表す。図4(a)に示す結果より、実施例1と同様な方法で作製した試料1の錠剤10aは崩壊しなかったのに対して、図4(b)に示す混合物の錠剤10b及び図4(c)に示すバテライト型炭酸カルシウムの錠剤10cは形状を維持できずに崩壊した。
(実施例4)
実施例1と同様な方法で得た試料、市販の炭酸カルシウム及び食品色素を種々の割合で混合し、それぞれ1.05gを加圧成形(圧力1t/cm)して錠剤(試料4−1〜4−4)を作製した。表1に非晶質クエン酸カルシウム・炭酸カルシウム複合体(試料1)と市販の炭酸カルシウムとの配合量(質量%)を示した。食品色素は有効成分の一例として使用しており、全ての試料に0.05g加えた。
【0045】
【表1】

得られた各錠剤をそれぞれ3mlの水に浸して、15分後と24時間後に水の一部を回収し、波長405nmの光の吸光度を測定した。そして、各試料において、食品色素溶出量(%)を15分後と24時間後について図5に示した。図5に示した結果より、食品色素は時間の経過とともに溶出量が増加し、その溶出速度は試料1の割合が低いほど速いことが判明した。言い換えれば、試料1の非晶質クエン酸カルシウム・炭酸カルシウムで作製した固化体は溶媒中で崩壊しにくく、その配合量を変化させることにより、溶媒中での有効成分(食品色素、微生物又は酵素)の溶出速度(放出速度)又は溶出量(放出量)を制御できることが分かった。
(実施例5)
ポリ乳酸2gを20mlのジクロロメタンで溶解した液と、実施例1と同様な方法で得た試料2gを10mlのジクロロメタンで懸濁した液とを混合した。この混合液を脱気した後、シャーレ上にキャストし、乾燥させて、試料1とポリ乳酸の複合材料(図6参照)を作製した(キャスト法)。この複合材料を擬似体液中に37℃で21日間浸漬した後、表層を走査型電子顕微鏡で観察した(図7参照)。さらに、X線回折による解析を行い、その結果を図8に示した。図8(b)は複合材料のX線回折図を示し、図8(a)は擬似体液に浸漬後の状態を示す。
【0046】
図8(a)に示す結果より、水酸アパタイト〔Ca10(PO(OH)〕及び炭酸アパタイト〔Ca10(POCO〕の析出が確認された(図8(a))。従って、非晶質クエン酸カルシウム・炭酸カルシウム複合体よりなるカルシウム資材は、そのものが有効成分として利用でき、骨修復に用いられる生体材料としての使用可能性が見出された。
【0047】
なお、前記実施形態を次のように変更して具体化することも可能である。
・ 前記非晶質クエン酸カルシウム・炭酸カルシウム複合体中の炭酸カルシウムは、アラゴナイト(Aragonite)型の結晶(斜方晶)などが含まれていても良い。
【0048】
・ 複合材料を形成する材料として、キトサンなどを使用することもできる。
次に、前記実施形態より把握できる技術的思想について以下に記載する。
・ クエン酸水溶液に生石灰を加えて反応させてクエン酸カルシウムと消石灰の懸濁液を形成し、その懸濁液に炭酸ガスを導入し、非晶質クエン酸カルシウムと炭酸カルシウムとを複合化することを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の非晶質クエン酸カルシウム・炭酸カルシウム複合体の製造方法。この製造方法によれば、非晶質クエン酸カルシウム・炭酸カルシウム複合体を簡単な工程で容易に製造することができる。
【0049】
・ 請求項1又は請求項2に記載の非晶質クエン酸カルシウム・炭酸カルシウム複合体を加圧して成形することにより得られることを特徴とする非晶質クエン酸カルシウム・炭酸カルシウム複合体の固化体。この固化体は、取扱いが容易で、溶媒中での崩壊速度を制御することができる。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】実施例1で作製した粉末をX線回折により解析した結果を示すX線回折図。
【図2】実施例1のうち5時間反応させたときに得られた粉末の電子顕微鏡写真。
【図3】実施例2で作製した粉末をX線回折により解析した結果を示すX線回折図。
【図4】(a)は実施例1で作製した粉末の錠剤を水に浸漬した状態を示す説明図、(b)はクエン酸カルシウムと炭酸カルシウムの混合物の錠剤を水に浸漬した状態を示す説明図及び(c)はバテライト型炭酸カルシウム粉末の錠剤を水に浸漬した状態を示す説明図。
【図5】試料4−1〜試料4−4について、15分後と24時間後における食品色素溶出量を示すグラフ。
【図6】非晶質クエン酸カルシウム・非晶質炭酸カルシウムとポリ乳酸の複合材料の電子顕微鏡写真。
【図7】図6の材料を擬似体液に21日間浸漬した後の電子顕微鏡写真。
【図8】(a)は図7に示す複合材料についてのX線回折図、(b)は図6に示す複合材料についてのX線回折図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
非晶質クエン酸カルシウムと非晶質炭酸カルシウム又は結晶質炭酸カルシウムとが複合化されて構成されていることを特徴とする非晶質クエン酸カルシウム・炭酸カルシウム複合体。
【請求項2】
非晶質クエン酸カルシウムと非晶質炭酸カルシウムとが複合化されて構成されていることを特徴とする請求項1に記載の非晶質クエン酸カルシウム・炭酸カルシウム複合体。
【請求項3】
クエン酸水溶液に生石灰を加えた懸濁液を調製し、その懸濁液に炭酸ガスを導入し、非晶質クエン酸カルシウムと非晶質炭酸カルシウム又は結晶質炭酸カルシウムとを複合化させて析出させることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の非晶質クエン酸カルシウム・炭酸カルシウム複合体の製造方法。
【請求項4】
前記クエン酸水溶液中のクエン酸1モルに対して生石灰7〜9モルを用い、非晶質クエン酸カルシウム・非晶質炭酸カルシウム複合体を生成させることを特徴とする請求項3に記載の非晶質クエン酸カルシウム・炭酸カルシウム複合体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2007−191453(P2007−191453A)
【公開日】平成19年8月2日(2007.8.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−13688(P2006−13688)
【出願日】平成18年1月23日(2006.1.23)
【出願人】(391016842)岐阜県 (70)
【出願人】(591039643)矢橋工業株式会社 (10)
【Fターム(参考)】