説明

非線形光学顕微鏡

【課題】散乱を抑制するために長波長の光を用いた場合であっても、光の吸収を抑制することができる顕微鏡の技術を提供する。
【解決手段】非線形光学顕微鏡である2光子励起顕微鏡100は、光源部2が1200nm以上の波長を有し且つ数十から数百フェムト秒のパルス幅を有するパルス光を射出し、作動距離2mm以上の対物レンズ9が光源部2から射出されたパルス光を標本12に照射する。2光子励起顕微鏡100の標本12と対物レンズ9の間には、光源部2から射出されるパルス光の波長に対して純水が有する内部透過率よりも高い内部透過率を有する浸液であるシリコーンオイル11が満たされている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非線形光学顕微鏡に関する。
【背景技術】
【0002】
非線形光学顕微鏡を用いた生体標本の観察において、観察深度を制限する最大の要因は、標本で生じる光の散乱である。例えば、2光子励起顕微鏡による蛍光観察では、励起光の散乱は、焦点面に照射される励起光の減少や散乱光によるS/N比の低下などを引き起し、標本の深部の観察を制限する。また、蛍光の散乱は、撮像素子に入射する蛍光の減少を引き起こし、標本の深部の観察を制限する。
【0003】
このため、生体標本をより深くまで観察するためのアプローチとしては、散乱の抑制に効果的な光の長波長化が最も一般的である。
一方で、観察深度は、光の散乱の他に光の吸収によっても制限される。例えば、生体標本の主要な成分である水は、長波長帯域で低い光透過率を有している。観察深度が深くなるほど、光が生体標本内を通過する距離は長くなるため、標本の深部を観察する場合、生体標本内の水による光の吸収の影響は無視できない。
【0004】
従って、観察深度は、一概に光の波長が長くなるほど深くなるというものではなく、各波長における光の散乱と光の吸収のバランスによって決まることになる。
このような観点から、光の散乱と光の吸収のバランスを考慮し、長波長でありながら光の吸収が比較的抑えられる波長帯域の光を利用した顕微鏡が、例えば、非特許文献1で開示されている。
【0005】
非特許文献1に開示される顕微鏡によれば、光の散乱を抑制し得る長波長の光を使用しながら、水による過度な光の吸収を抑えることができるため、従来の顕微鏡に比べて、より深くまで生体標本を観察することができる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】D. Kobat, M.E.Durst, N. Nishimura, A. W. Wong, C. B. Schaffer; C. Xu: “Deep tissue multiphoton microscopy using longer wavelength excitation,” Optics Express, Vol.17, No16(2009), 13354-13364.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、光の吸収は、生体標本内でのみ生じるわけではなく、光路中の任意の場所で生じうる。例えば、2光子励起顕微鏡などの非線形光学顕微鏡では、対物レンズと標本の間を浸液で満たして開口数を向上させる液浸技術を用いることが多々あるが、浸液による光の吸収も標本内での光の吸収と同様に観察深さを制限する要因となる。
【0008】
生体標本を対象とする観察では、標本との間の屈折率差を小さくすることができる場合が多く、且つ、取扱いが容易である、といった理由から、浸液として純水(水)を利用することが一般的である。非特許文献1に開示される顕微鏡でも、浸液として純水を利用している。
【0009】
従って、非特許文献1に開示される顕微鏡では、水による光の吸収は、観察深度よりも長い作動距離に依存する。このため、非特許文献1に開示されるように、光の吸収が比較的抑えられる波長帯域の光を使用した場合であっても、水による光の吸収は未だ大きな影響を及ぼす。このため、非特許文献1に開示される顕微鏡によれば、従来の顕微鏡に比べて深い部位を観察することは可能であるが、その観察深度は十分なものではない。
【0010】
以上のような実情を踏まえて、本発明では、散乱を抑制するために長波長の光を用いた場合であっても、光の吸収を抑制することができる顕微鏡の技術を提供することを目的する。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の第1の態様は、1200nm以上の波長を有し、且つ、数十から数百フェムト秒のパルス幅を有するパルス光を射出する光源部と、前記光源部から射出される前記パルス光を標本に照射する、2mm以上の作動距離を有する対物レンズと、前記標本と前記対物レンズの間に満たされる、前記光源部から射出される前記パルス光の波長に対して純水が有する内部透過率よりも高い内部透過率を有する浸液と、を含む非線形光学顕微鏡を提供する。
【0012】
本発明の第2の態様は、第1の態様に記載の非線形光学顕微鏡において、前記パルス光の波長は、1600nmから1750nmの間である非線形光学顕微鏡を提供する。
本発明の第3の態様は、第2の態様に記載の非線形光学顕微鏡において、前記浸液の内部透過率は、前記パルス光の波長に対して、80パーセント/mm以上である非線形光学顕微鏡を提供する。
【0013】
本発明の第4の態様は、第1の態様に記載の非線形光学顕微鏡において、前記パルス光の波長は、1200nmから1350nmの間である非線形光学顕微鏡を提供する。
本発明の第5の態様は、第4の態様に記載の非線形光学顕微鏡において、前記浸液の内部透過率は、前記パルス光の波長に対して、95パーセント/mm以上である非線形光学顕微鏡を提供する。
【0014】
本発明の第6の態様は、第1の態様に記載の非線形光学顕微鏡において、前記パルス光の波長は、1550nmから1850nmの間である非線形光学顕微鏡を提供する。
本発明の第7の態様は、第3の態様、第5の態様又は第6の態様に記載の非線形光学顕微鏡において、前記浸液の屈折率は、1.38よりも大きい非線形光学顕微鏡を提供する。
【0015】
本発明の第8の態様は、第7の態様に記載の非線形光学顕微鏡において、前記浸液は、シリコーンである非線形光学顕微鏡を提供する。
本発明の第9の態様は、第3の態様、第5の態様又は第6の態様に記載の非線形光学顕微鏡において、さらに、球面収差を補正するための球面収差補正機構を含む非線形光学顕微鏡を提供する。
【0016】
本発明の第10の態様は、第9の態様に記載の非線形光学顕微鏡において、前記球面収差補正機構は、前記対物レンズの補正環である非線形光学顕微鏡を提供する。
本発明の第11の態様は、第3の態様、第5の態様又は第6の態様に記載の非線形光学顕微鏡において、前記光源部は、光源と、前記光源から射出された光の波長を変換する光パラメトリック発振器と、を含む非線形光学顕微鏡を提供する。
【0017】
本発明の第12の態様は、第1の態様、第5の態様又は第6の態様に記載の非線形光学顕微鏡において、前記光源部は、ファイバレーザである非線形光学顕微鏡を提供する。
【0018】
本発明の第13の態様は、第1の態様、第5の態様又は第6の態様に記載の非線形光学顕微鏡において、さらに、前記対物レンズと前記標本の間に前記浸液を保持する浸液保持部を含む非線形光学顕微鏡を提供する。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、散乱を抑制するために長波長の光を用いた場合であっても、光の吸収を抑制することができる顕微鏡の技術を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】実施例1に係る2光子励起顕微鏡について説明するための図である。
【図2】浸液の透過率特性を示した図である。
【図3】浸液の屈折率と浸液内での実距離との関係について説明するための図である。
【図4】実施例2に係る2光子励起顕微鏡について説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【実施例1】
【0021】
図1は、本実施例に係る2光子励起顕微鏡について説明するための図である。図2は、浸液の透過率特性を示した図であり、横軸を波長(nm)とし、縦軸を単位長さ(1mm)当たりの内部透過率(%)とした透過率特性を示している。
【0022】
図1に例示される非線形光学顕微鏡の一種である2光子励起顕微鏡100は、チタンサファイアレーザ1aと光パラメトリック発振器1b(OPO:optical parametric oscillator、以降、OPOと記す。)とからなる光源部2と、ビーム径を拡大するビームエクスパンダ3と、標本12を走査するためのガルバノミラー4と、瞳リレーレンズ5と、結像レンズ6と、ミラー7と、標本12を励起するレーザ光を透過させて標本12から生じる蛍光を反射するダイクロイックミラー8と、光源部2から射出されたレーザ光を標本12に照射する対物レンズ9と、標本12と対物レンズ9の間に満たされる浸液であるシリコーンオイル11と、を含んでいる。
【0023】
さらに、2光子励起顕微鏡100は、図1に例示されるように、蛍光を反射するダイクロイックミラー8の反射光路上に、リレーレンズ13と、IRカットフィルタ14と、反応光検出フィルタ15と、蛍光を検出する光検出器である光電子増倍管16(PMT:Photomultiplier、以降、PMTと記す)と、を含んでいる。
【0024】
チタンサファイアレーザ1aは、サブピコ秒オーダーのパルス幅を有するパルス光を射出し、OPO1bは、チタンサファイアレーザ1aから射出されたパルス光の波長を1200nm以上の波長に変換する。つまり、光源部2は、1200nm以上の波長を有し、且つ、例えば、例えば、数十から数百フェムト秒程度のサブピコ秒オーダーのパルス幅を有するパルス光として、レーザ光を射出する。
【0025】
ビームエクスパンダ3は、光源部2から射出されたレーザ光のビーム径を拡大して平行光束として射出する。ガルバノミラー4は、対物レンズ9の瞳位置と光学的に共役な位置に配置されている。つまり、2光子励起顕微鏡100では、瞳リレーレンズ5及び結像レンズ6により、ガルバノミラー4の像が対物レンズ9の瞳位置に形成される。このため、ガルバノミラー4がビームエクスパンダ3からの平行光束を偏向することで、対物レンズ9へ入射する平行光束の光軸に対する傾きが変化し、それによって、標本12を走査することができる。
【0026】
対物レンズ9は、2mm以上の作動距離を有し、且つ、球面収差補正機構として補正環10を備えている。補正環10は、シリコーンオイル11と標本12の間の屈折率の不整合によって生じる球面収差や、観察深さの変化などによって生じる球面収差を補正するために用いられる。なお、対物レンズ9は、1200nm以上の波長帯域、より具体的には、1200nmから1850nmまでの波長帯域に対して、良好に収差が補正されていることが望ましい。良好に補正されていない波長帯域では、補正環10により球面収差を補正しても良い。
【0027】
シリコーンオイル11は、その屈折率がおよそ1.4と純水の屈折率(1.33)よりも高く、且つ、図2に示されるように、光源部2から射出されるレーザ光(パルス光)の波長(1200nm以上)に対して純水が有する内部透過率よりも高い内部透過率を有している。
【0028】
なお、図1では、浸液としてシリコーンオイル11を例示したが、浸液はシリコーンオイル11に限られない。例えば、シリコーンオイル11の代わりに、市販される官能基を有するパーフルオロポリエーテルを含む水浸顕微鏡に用いる浸液(単に、市販される液浸と記す。)を用いても良い。この市販される液浸の屈折率は、シリコーンオイル11に比べて純水に近い屈折率を有しているが、図2に示されるように、シリコーンオイル11と市販される液浸は、いずれも1200nmを超える長波長帯域で、純水が有する内部透過率よりも高い内部透過率を有している。
【0029】
IRカットフィルタ14は、光源部2から射出されるレーザ光がPMT16に入射することを防止するために用いられる、赤外領域の波長の光を遮断するフィルタである。反応光検出フィルタ15は、標本12の蛍光分子によって定まる特定波長の蛍光(反応光)のみをPMT16で検出するために用いられるフィルタである。
【0030】
PMT16は、対物レンズ9の瞳位置と光学的に共役な位置近傍に配置されている。2光子励起顕微鏡100では、リレーレンズ13が対物レンズ9の瞳をPMT16の近傍に投影することで、標本12の走査によって標本12の任意の領域から生じ得る蛍光を検出することができる。
【0031】
以上のように構成された2光子励起顕微鏡100では、1200nm以上の長波長の光が対物レンズ9により標本12に照射されるため、標本12で生じる光の散乱を抑制することができる。
【0032】
また、2光子励起顕微鏡100は、深部観察を可能とするために、作動距離が2mm以上の対物レンズ9を備えている。このため、観察に用いられる浸液の量も必然的に増加することになる。しかしながら、2光子励起顕微鏡100では、純水に比べて内部透過率が高いシリコーンオイル11が浸液として用いられているため、対物レンズ9から標本12までの間で生じる光の吸収を抑制することができる。
【0033】
また、図3に示されるように、同じ開口数(NA)を実現する場合、対物レンズ9と焦点面19の間の媒質の屈折率nが高いほど、光軸17に対して最大の角度で入射する光18と光軸17とのなす角θ(以降、最大入射角と記す。)は小さくなる。つまり、純水に比べて高い屈折率を有するシリコーンオイル11を浸液として使用する2光子励起顕微鏡100では、純水を使用する場合に比べて最大入射角θを小さくすることができる。最大入射角θが小さいほど、最大入射角で入射する光18が対物レンズ9から射出されてから焦点位置19pに入射するまでの距離は短くなるため、2光子励起顕微鏡100では、浸液による光の吸収をさらに抑えることができる。なお、このような効果を得るためには、浸液が純水に対してある程度大きな屈折率を有することが必要であるため、浸液の屈折率は1.38よりも大きいことが望ましい。
【0034】
上述した理由により、本実施例に係る2光子励起顕微鏡100によれば、散乱を抑制するために長波長の光を用いた場合であっても、光の吸収を抑制することができる。このため、従来の顕微鏡に比べて、標本のより深い部位を観察することができる。
【0035】
なお、極短いパルス幅(例えば、サブピコ秒オーダー)のパルス光を用いて非線形光学現象を生じさせる非線形光学顕微鏡では、焦点面で非常に高い光子密度が要求される。このため、本実施例に係る2光子励起顕微鏡100により実現される、長波長の光を用いた場合であっても光の吸収を抑制することができる構成は、非線形光学顕微鏡において特に好適である。
【0036】
また、図1では、非線形光学顕微鏡のうちの2光子励起顕微鏡を例示したが、本実施例に係る顕微鏡は、2光子励起顕微鏡に限られず、例えば、2光子励起顕微鏡以外の多光子励起顕微鏡、第二高調波(SHG)顕微鏡、第三高調波(THG)顕微鏡、コヒーレントアンチストークスラマン散乱(CARS)顕微鏡などの他の非線形光学顕微鏡であってもよい。その場合、反応光検出フィルタ15としては、反応光に応じた波長特性を有する光学フィルタが用いられる。例えば、SHG顕微鏡の場合には、反応光検出フィルタ15は、光源波長(励起波長)の2分の1の波長を透過させるフィルタであり、THG顕微鏡の場合には、反応光検出フィルタ15は、光源波長(励起波長)の3分の1の波長を透過させるフィルタである。
【0037】
以下、本実施例に係る2光子励起顕微鏡100のさらに好ましい構成について、具体的に説明する。
上述した2光子励起顕微鏡100は、純水の代わりにシリコーンオイル11を浸液として使用することで、浸液での光の吸収を抑制することが可能であり、その結果、標本をより深くまで観察することができる。このように、上述した2光子励起顕微鏡100では、主に浸液での光の吸収に着目しているが、観察深度が深い場合は、標本内の水による光の吸収の影響も大きくなる。従って、浸液による光の吸収に加えて、標本内の水による光の吸収も、併せて抑制することができる構成がより望ましい。
【0038】
純水の内部透過率は、図2に示されるように、波長が1350nmを超えたあたりから急激に低下して、およそ1400nmから1500nmの波長に対して低い内部透過率を示すが、その後一旦透過率が増加に転じて、およそ1500nmから1850nmの間の波長に対して比較的高い内部透過率を示す。なお、以降では、この低い内部透過率を示す帯域を反射帯と、比較的高い内部透過率を示す帯域を透過帯と記す。この透過帯は、1600nmから1750nmの間で内部透過率の極大点を有している。
【0039】
従って、2光子励起顕微鏡100は、光源部2から射出されるパルス光の波長が、透過帯が形成される1500nmから1850nmの間であるように構成されることが望ましい。これにより、長波長の光を用いた場合であっても、浸液と標本内の水の両方による光の吸収を抑制することができるため、標本をより深部まで観察することが可能となる。より望ましくは、2光子励起顕微鏡100は、光源部2から射出されるパルス光の波長が純水の内部透過率の極大点を含む内部透過率がより高い帯域である1600nmから1750nmの間であり、且つ、浸液の内部透過率がそのパルス光の波長に対して80パーセント/mm以上であるように構成される。これにより、浸液と標本内の水の両方による光の吸収をさらに抑制することができるため、標本をさらに深部まで観察することが可能となる。
【0040】
または、2光子励起顕微鏡100は、光源部2から射出されるパルス光の波長が、内部透過率の急激に低下する直前の帯域である1200nmから1350nmの間であり、且つ、浸液の内部透過率がそのパルス光の波長に対して95パーセント/mm以上であるように構成されることが望ましい。この場合も、長波長の光を用いた場合であっても、浸液と標本内の水の両方による光の吸収を抑制することができるため、標本をさらに深部まで観察することが可能となる。
【実施例2】
【0041】
図4は、本実施例に係る2光子励起顕微鏡について説明するための図である。
図4に例示される非線形光学顕微鏡の一種である2光子励起顕微鏡200は、1280nmの波長のレーザ光を射出するファイバレーザ21aと1650nmの波長のレーザ光を射出するファイバレーザ21bとからなる光源部22と、1280nmの波長の光を反射し1650nmの波長の光を透過させるダイクロイックミラー23と、ビーム径を拡大するビームエクスパンダ24と、プリズム25と、対物レンズ32の瞳共役位置でレーザ光の位相を変調して波面を制御する位相変調型SLM26と、瞳リレーレンズ27と、標本36を走査するためのガルバノミラー28と、結像レンズ29と、ミラー30と、標本36を励起するレーザ光を透過させて標本36から生じる蛍光を反射するダイクロイックミラー31と、光源部22から射出されたレーザ光を標本36に照射する対物レンズ32と、標本36と対物レンズ32の間に満たされる浸液であるシリコーンオイル33と、その一部がカバーガラス35により形成された浸液保持部34と、を含んでいる。
【0042】
さらに、2光子励起顕微鏡200は、図4に例示されるように、蛍光を反射するダイクロイックミラー31の反射光路上に、リレーレンズ37と、IRカットフィルタ38と、ダイクロイックミラー39と、蛍光検出用フィルタ40と、PMT41と、ミラー42と、蛍光検出用フィルタ43と、PMT44と、を含んでいる。
【0043】
なお、位相変調型SLM26としては、例えば、反射型の液晶位相変調器、ミラーの駆動により光路長差を生じさせる反射型ミラー位相変調器、デフォーマブルミラーなどを用いることができる。図4では、位相変調型SLM26が反射型のデバイスである場合が例示されているが、位相変調型SLM26は反射型のデバイスに限られず、例えば、透過型の液晶位相変調器などの透過型のデバイスであってもよい。また、標本36を走査するXYスキャナとして、ガルバノミラー28の代わりに、音響光学偏向素子(AOD:Acoustic Optical Deflector)などを用いてもよい。
【0044】
ファイバレーザ21a、ファイバレーザ21bは、それぞれサブピコ秒オーダーのパルス幅を有するパルス光を射出する。つまり、光源部22は、1280nmまたは1650nmの波長のレーザ光を、選択的にまたは同時に射出することができる。ダイクロイックミラー23は、ファイバレーザ21a及びファイバレーザ21bから射出されたレーザ光をビームエクスパンダ24に導く。
【0045】
ビームエクスパンダ24は、レーザ光のビーム径が拡大して平行光束としてプリズム25へ射出する。プリズム25は、ビームエクスパンダ24から射出されたレーザ光を位相変調型SLM26へ向けて反射し、位相変調型SLM26で変調されたレーザ光を瞳リレーレンズ27へ向けて反射する。
【0046】
位相変調型SLM26は、対物レンズ32の瞳共役位置に配置されていて、レーザ光の波面を制御することにより、レーザ光の集光位置を対物レンズ32の光軸と直交するXY方向に任意の位置に移動させることができる。また、レーザ光の集光位置を対物レンズ32の光軸と平行なZ方向に任意の位置に移動させることもできる。さらに、レーザ光の集光位置における球面収差を良好に補正することもできる。即ち、位相変調型SLM26は、球面収差補正機構として機能し、例えば、標本36と接する媒質と標本36の間の屈折率の不整合によって生じる球面収差や、観察深さの変化などによって生じる球面収差を補正することができる。
【0047】
ガルバノミラー28は、対物レンズ32の瞳共役位置に配置されていて、瞳リレーレンズ27を介して入射したレーザ光を偏向することで、対物レンズ32へ入射する光束の光軸に対する傾きを変化させて、それによって、標本36を走査する。
【0048】
対物レンズ32は、2mm以上の作動距離を有する。さらに、1200nm以上の波長帯域、より具体的には、1280nmと1650nmの波長帯域に対して、良好に収差が補正されていることが望ましい。良好に補正されていない波長帯域では、SLM26により球面収差を補正しても良い。
【0049】
シリコーンオイル33は、その屈折率がおよそ1.4と純水の屈折率(1.33)よりも高く、且つ、図2に示されるように、光源部22から射出されるレーザ光(パルス光)の波長に対して純水が有する内部透過率よりも高い内部透過率を有している。
【0050】
なお、図4では、浸液としてシリコーンオイル33を例示したが、実施例1と同様に、本実施例でも、浸液として市販される官能基を有するパーフルオロポリエーテルを含む水浸顕微鏡に用いる浸液を用いても良い。
【0051】
浸液保持部34は、浸液(シリコーンオイル33)を標本36と対物レンズ32の間に保持する部材であり、図4に例示されるように、皿のような形状を呈している。浸液は、通常、表面張力により標本と対物レンズの間に保持されるが、本実施例に係る対物レンズ32は作動距離が2mm以上と長いため、比較的多量の浸液を対物レンズ32と標本36の間に保持する必要がある。このため、浸液を安定して保持するために、浸液保持部34を用いることが望ましい。なお、浸液保持部34が標本36への光の照射を妨げないように、光が通過する浸液保持部34の中心部分には、透過率の高いカバーガラス35がはめ込まれている。
【0052】
IRカットフィルタ38は、光源部22から射出されるレーザ光がPMT(PMT41、PMT44)に入射することを防止するために用いられる、赤外領域の波長の光を遮断するフィルタである。
【0053】
ダイクロイックミラー39は、1280nmのレーザ光で励起された蛍光を反射し1650nmのレーザ光で励起された蛍光を透過させるダイクロイックミラーであり、蛍光検出用フィルタ40、蛍光検出用フィルタ43は、それぞれ、1650nmのレーザ光で励起された蛍光、1280nmのレーザ光で励起された蛍光を透過させるフィルタである。
【0054】
PMT41、PMT44は、それぞれ対物レンズ32の瞳位置と光学的に共役な位置近傍に配置されている。2光子励起顕微鏡200では、リレーレンズ37が対物レンズ32の瞳をPMT41、PMT44の近傍に投影することで、標本36の走査によって標本36の任意の領域から生じ得る蛍光を検出することができる。
【0055】
以上のように構成された2光子励起顕微鏡200によれば、実施例1に係る2光子励起顕微鏡100と同様に、長波長の光を用いることで光の散乱を抑制することができる。また、光源波長に対して純水よりも高い内部透過率を有し、且つ、大きな屈折率を有する浸液を用いることで、対物レンズ32から標本36までの間で生じる光の吸収を抑制することができる。従って、本実施例に係る2光子励起顕微鏡200によっても、実施例1に係る2光子励起顕微鏡100と同様に、従来の顕微鏡に比べて、標本のより深い部位を観察することができる。
【0056】
また、本実施例に係る2光子励起顕微鏡200は、光源波長として1280nmと1650nmのレーザ光を使用する。図2に示されるように、1280nmは、純水の内部透過率が急激に低下する直前の波長であり、また、1650nmは、純水の内部透過率の極大点近傍の波長である。このため、2光子励起顕微鏡200は、いずれの波長の光に対しても標本36内の水による光の吸収を抑制することができる。従って、本実施例に係る2光子励起顕微鏡200によれば、浸液と標本内の水の両方による光の吸収を抑制することができるため、標本をさらに深部まで観察することができる。
【符号の説明】
【0057】
1a ・・・チタンサファイアレーザ
1b ・・・OPO
2、22 ・・・光源部
3、24 ・・・ビームエクスパンダ
4、28 ・・・ガルバノミラー
5、27 ・・・瞳リレーレンズ
6、29 ・・・結像レンズ
7、30、42 ・・・ミラー
8、23、31、39 ・・・ダイクロイックミラー
9、32 ・・・対物レンズ
10 ・・・補正環
11、33 ・・・シリコーンオイル
12、36 ・・・標本
13、37 ・・・リレーレンズ
14、38 ・・・IRカットフィルタ
15、40、43 ・・・反応光検出フィルタ
16、41、44 ・・・PMT
17 ・・・光軸
18 ・・・マージナル光線
21a、21b ・・・ファイバレーザ
25 ・・・プリズム
26 ・・・SLM
34 ・・・浸液保持部
35 ・・・カバーガラス
100、200 ・・・2光子励起顕微鏡


【特許請求の範囲】
【請求項1】
1200nm以上の波長を有し、且つ、数十から数百フェムト秒のパルス幅を有するパルス光を射出する光源部と、
前記光源部から射出される前記パルス光を標本に照射する、2mm以上の作動距離を有する対物レンズと、
前記標本と前記対物レンズの間に満たされる、前記光源部から射出される前記パルス光の波長に対して純水が有する内部透過率よりも高い内部透過率を有する浸液と、を含む
ことを特徴とする非線形光学顕微鏡。
【請求項2】
請求項1に記載の非線形光学顕微鏡において、
前記パルス光の波長は、1600nmから1750nmの間である
ことを特徴とする非線形光学顕微鏡。
【請求項3】
請求項2に記載の非線形光学顕微鏡において、
前記浸液の内部透過率は、前記パルス光の波長に対して、80パーセント/mm以上である
ことを特徴とする非線形光学顕微鏡。
【請求項4】
請求項1に記載の非線形光学顕微鏡において、
前記パルス光の波長は、1200nmから1350nmの間である
ことを特徴とする非線形光学顕微鏡。
【請求項5】
請求項4に記載の非線形光学顕微鏡において、
前記浸液の内部透過率は、前記パルス光の波長に対して、95パーセント/mm以上である
ことを特徴とする非線形光学顕微鏡。
【請求項6】
請求項1に記載の非線形光学顕微鏡において、
前記パルス光の波長は、1550nmから1850nmの間である
ことを特徴とする非線形光学顕微鏡。
【請求項7】
請求項3、請求項5又は請求項6に記載の非線形光学顕微鏡において、
前記浸液の屈折率は、1.38よりも大きい
ことを特徴とする非線形光学顕微鏡。
【請求項8】
請求項7に記載の非線形光学顕微鏡において、
前記浸液は、シリコーンである
ことを特徴とする非線形光学顕微鏡。
【請求項9】
請求項3、請求項5又は請求項6に記載の非線形光学顕微鏡において、さらに、
球面収差を補正するための球面収差補正機構を含む
ことを特徴とする非線形光学顕微鏡。
【請求項10】
請求項9に記載の非線形光学顕微鏡において、
前記球面収差補正機構は、前記対物レンズの補正環である
ことを特徴とする非線形光学顕微鏡。
【請求項11】
請求項3、請求項5又は請求項6に記載の非線形光学顕微鏡において、
前記光源部は、
光源と、
前記光源から射出された光の波長を変換する光パラメトリック発振器と、を含む
ことを特徴とする非線形光学顕微鏡。
【請求項12】
請求項3、請求項5又は請求項6に記載の非線形光学顕微鏡において、
前記光源部は、ファイバレーザである
ことを特徴とする非線形光学顕微鏡。
【請求項13】
請求項3、請求項5又は請求項6に記載の非線形光学顕微鏡において、さらに、
前記対物レンズと前記標本の間に前記浸液を保持する浸液保持部を含む
ことを特徴とする非線形光学顕微鏡。

【図3】
image rotate

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2013−54175(P2013−54175A)
【公開日】平成25年3月21日(2013.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−191632(P2011−191632)
【出願日】平成23年9月2日(2011.9.2)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)
【Fターム(参考)】