説明

音像定位制御装置

【課題】複雑な処理を行うことなく、かつ少ないスピーカ数で高さ方向を含めて自由な方向に音像を良好に定位させることを可能にする。
【解決手段】互いに相関の強いまたは同一である実音源の信号成分と仮想音源の信号成分の振り分けにより当該実音源と仮想音源との間の位置に音像を定位させる場合において、両信号成分を同一のスピーカに与える場合には、仮想音源の信号成分に遅延を付与し、さらに、両信号成分のゲインの二乗和が一定値となり、かつ仮想音源の信号成分のゲインが上記音像の位置に応じて定まる基準値よりも大きな値となるように両信号成分のゲインを調整する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、音像定位を制御する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、図8(a)に示すように、聴者LPの正面に配置されるスピーカSP1およびSP2の各々から放射される音の音量を調整することでそれらスピーカを結ぶ直線上の位置に音像を定位させる技術は一般にパンニングとして知られている。また、図8(a)のスピーカSP1およびSP2の各々に与えるオーディオ信号に、これらスピーカSP1およびSP2の設置位置とは異なる位置(仮想音源位置)から聴者の左右の耳に至る音の伝達特性を模した伝達関数(頭部伝達関数)を畳み込むことで当該仮想音源位置に音像を定位させ、あたかも当該仮想音源位置に音源があるかのような聴感を聴者に与えることもできる。以下では、仮想音源位置に定位する音源のことを「仮想音源」と呼び、スピーカの位置に実在する音源を「実音源」と呼ぶ。特許文献1や特許文献2には、仮想音源を実音源と同等に扱い、仮想音源と実音源の間での信号成分の振り分け(ゲインの調整:パンニング)によって仮想音源と実音源とを結ぶ直線上の位置に音像を定位させ、高さ方向も含めた自由な方向に音像を定位させる技術の開示がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許4306029号
【特許文献2】特開平6−303699号公報
【特許文献3】特開2007−288677号公報
【特許文献4】特開平8−205297号公報
【特許文献5】特許4567049号
【特許文献6】特許3368835号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1および特許文献2に開示された技術では、仮想音源と実音源とを結ぶ直線上の位置に音像を定位させる際に、仮想音源に対応するオーディオ信号と実音源に対応するオーディオ信号とを同一のスピーカに与えることはできない、といった制約があると考えられる。その理由は以下の通りである。
【0005】
図8(b)は、特許文献1に開示された技術における信号処理の一例を示す図である。より詳細に説明すると、図8(b)は、図8(a)のスピーカSP1およびSP2から放射される音により仮想音源VSSを定位させるオーディオ信号(以下、仮想音源信号)XV1およびXV2と、スピーカSP1を実音源RSS1として駆動するオーディオ信号(すなわち、当該スピーカSP1の位置から放音させる音を表すオーディオ信号:以下、実音源信号)XRを同一の入力オーディオ信号Xから生成し、実音源信号と仮想音源信号の信号振り分けによって、仮想音源VSSと実音源RSS1とを結ぶ直線上の位置に音像SIを定位させる場合の信号処理の一例を示す図である。
【0006】
図8(b)に示す信号処理においてスピーカSP1に与えられるオーディオ信号は、実音源信号XRと仮想音源信号XV1とを加算器30によって加算することで生成される。図8(b)に示すように、実音源信号XRは、入力オーディオ信号Xにゲイン制御部10rによるゲイン調整を施して得られる信号である。一方、仮想音源信号XV1およびXV2は同オーディオ信号Xにゲイン制御部10vによるゲイン調整を施した後、さらに、仮想音源処理部20による頭部伝達関数Hの畳み込みを施して得られたものである。
【0007】
仮想音源VSSと実音源RSS1とを結ぶ直線上の位置に音像SIを定位させるには、実音源間における信号振り分けによる音像定位と同様に、ゲイン制御部10rおよび10vにおけるゲインCrおよびCvを以下の式(1)を満たすように適宜調整すれば良いかに見える。
0≦Cr≦1かつ0≦Cv≦1かつ(Cr)+(Cv)=1・・・(1)
しかし、図8(b)に示す信号処理により得られる実音源信号XRと仮想音源信号XV1は、同一のオーディオ信号(図8(b)に示す例では入力オーディオ信号X)から得られたものであり、両者の振幅および位相には一定の関係があり、両者は互いに相関の高い信号である。このため、加算器30によって実音源信号XRと仮想音源信号XVを加算すると、両信号は互いに混じりあい、オーディオ信号Xに(Cr+CvH)というフィルタ特性のフィルタ処理を施した音がスピーカSP1から出力され、想定しない位置に仮想音源VSSが定位したり、あるいは聴者LPには周波数特性の劣化した音がスピーカSP1自体から出ているようにしか聴こえず、仮想音源VSSは想定された位置に定位しない。仮想音源VSSが想定された位置に定位しないため、音像SIの定位にも支障が生じる。
【0008】
仮想音源の定位には一般的には少なくとも2つのスピーカを利用するため、例えば前方左右と後方左右の合計4個のスピーカを使用する場合には、実音源信号の出力先のスピーカと仮想音源信号の出力先のスピーカとを重複させないようにすることも可能である。具体的には、仮想音源信号を後方左右のスピーカに出力する場合には前方左右のスピーカに実音源信号を与え、仮想音源信号を前方左右のスピーカに出力する場合には後方左右のスピーカに実音源信号を与える、といった具合である。しかし、このような態様では、前方左右のスピーカ、および後方左右のスピーカの各々に対して仮想音源処理部を別個に設ける必要があり、オーディオ機器の構成が複雑になるといった問題がある。
【0009】
本発明は上記課題に鑑みて為されたものであり、複雑な処理を行うことなく、かつ少ないスピーカ数で高さ方向を含めて自由な方向に音像を良好に定位させることを可能にする技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は上記課題を解決するために、複数のスピーカのうちの少なくとも1つに与えるオーディオ信号であって、前記複数のスピーカが設置された空間内の仮想音源位置に音源を定位させる仮想音源信号を、入力オーディオ信号に基づいて生成する仮想音源処理手段と、供給先のスピーカの位置から放音させる音を表す入力オーディオ信号から、互いに時間差を有する第1および第2のオーディオ信号を生成し、前記仮想音源信号を与えられるスピーカのうちの少なくとも1つと前記仮想音源処理手段に前記第1および第2のオーディオ信号の各々を与える分配手段と、を有することを特徴とする音像定位制御装置、を提供する。
【0011】
このような音像定位制御装置によれば、仮想音源信号の生成元である第2のオーディオ信号は第1のオーディオ信号に対して時間差を有しているため、一般的な音楽や映画、テレビ放送などの非定常オーディオ信号を上記第1および第2のオーディオ信号の生成元の入力オーディオ信号として用いた場合に、仮想音源信号と第1のオーディオ信号の同時刻における相関は低くなる。したがって、仮想音源信号と第1のオーディオ信号を同一のスピーカに与えて音を放音させたとしても、仮想音源の定位感が損なわれることはない。このように、本発明の音像定位制御装置においては、特許文献1に開示された技術のような制約はなく、スピーカ数を増やしたり、仮想音源信号と実音源信号とが同一のスピーカに出力されないようにしたりするといった複雑な処理を行うことなく、高さ方向を含めて自由な方向に音像を定位させることが可能になる。
【0012】
より好ましい態様においては、前記分配手段は、前記第1および第2のオーディオ信号の各々のゲインを調整するゲイン制御部を含み、前記スピーカの位置と前記仮想音源位置との間に音像を定位させるとした場合における各ゲイン制御部のゲインを基準値とし、前記第1および第2のオーディオ信号のうちの後発のもののゲインを調整するゲイン制御部のゲインが前記基準値よりも大きな値となり、かつ各ゲイン制御部のゲインの二乗和が一定値となるように、各ゲイン制御部のゲインを定めることを特徴とする。このような態様によれば、第1および第2のオーディオ信号に時間差を設けたことに起因する先行音効果を緩和し、仮想音源と実音源の間の位置に音像を良好に定位させることが可能になる。なお、特許文献3〜6には、サラウンド左右間の相関が高い場合に仮想音源の定位に問題が生じることを回避するために、サラウンド左右の各々の位相を操作して両チャネルの非相関化を実現する技術が開示されている。しかし、これら特許文献3〜6に開示された技術は、仮想音源信号と実音源信号とを同一のスピーカに出力した場合に生じる問題を解決するものではない。また、仮に仮想音源信号と実音源信号とが完全に非相関になってしまうと、信号振り分けによって音像定位を実現するという本来の目的が達せられなくなってしまう。したがって、本願発明は、特許文献3〜6に開示された技術とは全く異なるものである。
【0013】
また、本発明の別の態様としては、複数のスピーカのうちの少なくとも1つに与えるオーディオ信号であって、供給先のスピーカの位置から放音させる音を表す実音源信号を、入力オーディオ信号に基づいて生成する実音源処理手段と、前記複数のスピーカが設置された空間内の仮想音源位置に音源を定位させる仮想音源信号を入力オーディオ信号に基づいて生成し、前記実音源信号の供給先のスピーカの少なくとも1つを含む前記複数のスピーカのうちの少なくとも1つに与える仮想音源処理手段と、共通の入力オーディオ信号から互いに時間差を有する第1および第2のオーディオ信号を生成し、前記実音源処理手段および前記仮想音源処理手段の各々に与える分配手段と、を有することを特徴とする音像定位制御装置を提供する態様も考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本願発明の原理を説明するための図である。
【図2】同原理を説明するための図である。
【図3】同原理を説明するための図である。
【図4】本発明の一実施形態のオーディオアンプの構成例を示す図である。
【図5】同オーディオアンプに接続されるスピーカSP1〜SP5の配置例と実音源RSS1〜4および仮想音源VSS1およびVSS2の設定例を示す図である。
【図6】同オーディオアンプの音像定位制御装置320が実行する信号処理の一例を示す図である。
【図7】同音像定位制御装置320の音場効果信号生成処理部70の構成例を示す図である。
【図8】従来技術の問題点を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下では、本発明の実施形態の説明に先立って本発明の原理を説明する。
(A:本発明の原理)
図1は、図8(a)のスピーカSP1およびSP2から放射される音により仮想音源VSSを定位させるとともに、スピーカSP1を実音源RSS1として機能させ、さらに、仮想音源VSSと実音源RSS1とを結ぶ直線上の位置に音像SIを定位させることを、本発明の原理に則して実現する信号処理の一例を示す図である。なお、図1では、図8(b)と同一の構成要素には同一の符号が付されている。図1と図8(b)とを対比すれば明らかように、図1に示す信号処理は、ゲイン制御部40rおよび40vによるゲインの調整と、遅延手段50によって仮想音源VSSの信号成分に遅延を付与する処理とを含んでいる点が図8(b)に示す信号処理と異なっている。
【0016】
図1に示すように、実音源RSS1に対応する実音源信号XRは、入力オーディオ信号Xにゲイン制御部10rによるゲイン調整およびゲイン制御部40rによるゲイン調整を施して生成される。一方、仮想音源VSSの信号成分XV1およびXV2は、入力オーディオ信号Xにゲイン制御部10vおよびゲイン制御部40vによるゲイン調整を施し、さらに遅延手段50による遅延の付与を行った後に仮想音源処理部20による仮想音源処理を施して生成される。換言すれば、図1のゲイン制御部10rおよび10vと、ゲイン制御部40rおよび40vと、遅延手段50とは、入力オーディオ信号から時間差を有する第1および第2のオーディオ信号を生成し、仮想音源処理部20と当該仮想音源処理部により生成された仮想音源信号を与えられる2つのスピーカのうちの1つ(図1に示す例ではスピーカSP1)に上記第1および第2のオーディオ信号の各々に与える分配手段の役割を果たすのである。
【0017】
図1のゲイン制御部10rおよび10vによるゲイン調整は、前掲図8(b)におけるものと同様、実音源の信号成分と仮想音源の信号成分との振り分けによって、仮想音源VSSと実音源RSS1を結ぶ直線上の位置に音像SIを定位させることを実現するためのものである。したがって、ゲイン制御部10rにおけるゲインCrとゲイン制御部10vにおけるゲインCvについては、音像SIの位置に応じて前掲式(1)を満たすように定められる。
【0018】
図1のゲイン制御部40rにおけるゲインHrとゲイン制御部40vにおけるゲインHvは、ゲイン制御部10rにおけるゲインCrとゲイン制御部10vにおけるゲインCvの比、および遅延手段50における遅延量に応じて各々定まる値であり、以下の式(2)を満たすように定められる。これらゲイン制御部40vおよびゲイン制御部40rによるゲイン調整を施す理由については後に明らかにする。
0≦Hr≦Hv、かつ、(Cr×Hr)+(Cv×Hv)=1・・・(2)
【0019】
遅延手段50は、例えばメモリへのデータの読み書きで実現でき、仮想音源VSSの信号成分を実音源RSS1の信号成分に対して遅延させることで、両者の相関を低くするためのものである。入力オーディオ信号Xが非定常的で周波数分布の時間変動が大きいものである場合には、元来同一のオーディオ信号であった仮想音源VSSの信号成分と実音源RSS1の信号成分の相関が低くなり、両信号成分を同一のスピーカ(図1に示す例ではスピーカSP1)に与えても、仮想音源VSSの定位感が損なわれることはない。本出願人の行った実験によれば、遅延手段50により付与する遅延の大きさは5〜25msであることが好ましいことが判明した。遅延手段50によって付与する遅延の大きさが30msを超えると、仮想音源VSSの信号成分と実音源RSS1の信号成分とが時間軸上でばらばらに聴こえ、パンニングによる音像SIの定位が不可能となる一方、一般的な各種の非定常オーディオ信号に対して5ms未満の遅延では、相関を低くする効果が不十分だったからである。
【0020】
さて、上記のように仮想音源VSSの信号成分に遅延を付与すると、ハース効果等の先行音効果が生じることとなる。ここで先行音効果とは、同一のオーディオ信号を時間差を持たせて2つのスピーカの各々に与え音を出力させた場合に、出力タイミングの早いスピーカのほうに定位を感じ、他方は定位として知覚されない現象のことである。図1に示す信号処理では、ゲイン制御部40rおよび40vを設け、前掲式(2)に示すように、ゲイン制御部40vにおけるゲインHvをゲイン制御部40rにおけるゲインHrよりも大きくする(すなわち、後発側である仮想音源VSSの信号成分を強める)ことで先行音効果が緩和されるのである。
【0021】
つまり、図1に示す信号処理では、仮想音源VSSの信号成分に遅延を付与することで同信号成分と実音源RSS1の信号成分の相関を引き下げ、仮想音源VSSの定位感が失われることが回避される。このような遅延の付与により仮想音源VSSの定位感の喪失を回避することは、入力オーディオ信号Xが、例えば楽曲を表すもの或いは映画やゲームの効果音等を表すものである場合に効果的であると考えられる。この種のオーディオ信号は非定常的であり、周波数分布の時間変動が大きい非定常オーディオ信号であることが多いからである。したがって、図1に示す信号処理は、音楽や映画を再生するオーディオ機器、或いはゲーム機などに好適であると考えられる。
【0022】
加えて、図1に示す信号処理では、前掲式(2)に示す関係を満たしつつ、仮想音源VSSの信号成分をゲイン調整する際のゲインを、音像SIの定位位置に応じて定まる基準値CvからHvCvに引き上げることで上記遅延の付与に起因した先行音効果の発生が緩和される。これにより、仮想音源VSSと実音源RSS1とを結ぶ直線上の所望の位置に音像SIを良好に定位させることが可能になるのである。
【0023】
図1に示す例では、スピーカSP1およびSP2から放射される音により仮想音源VSSを定位させるとともに、スピーカSP1を実音源RSS1として機能させ、仮想音源VSSと実音源RSS1とを結ぶ直線上に音像SIを定位させる場合について説明した。しかし、スピーカSP1およびSP2から放射される音により仮想音源VSSを定位させる一方、スピーカSP1を実音源RSS1として機能させるとともにスピーカSP2を実音源RSS2として機能させ、仮想音源VSS、実音源RSS1およびRSS2の各々の信号成分の振り分けにより、図3に示すように、仮想音源VSS、実音源RSS1およびRSS2の各々設定位置を頂点とする三角形内に音像SIを定位させることも可能である。このようなことを実現するには、図1に示す信号処理に換えて図2に示す信号処理を実行するようにすれば良い。
【0024】
図2に示す信号処理では、スピーカSP1およびSP2の各々に与えるオーディオ信号のうち、仮想音源VSSに対応する仮想音源信号XV1およびXV2の各々生成方法は、図1に示す信号処理におけるものと同様である。これに対して、スピーカSP1を実音源RSS1として機能させる実音源信号XR1は、入力オーディオ信号Xにゲイン制御部10r1によるゲイン調整およびゲイン制御部40r1によるゲイン調整を施して生成され、スピーカSP2を実音源RSS2として機能させる実音源信号XR2は、入力オーディオ信号Xにゲイン制御部10r2によるゲイン調整およびゲイン制御部40r2によるゲイン調整を施して生成される。実音源信号XR1と仮想音源信号XV1とを加算器30−1によって加算することでスピーカSP1に与えるオーディオ信号が生成され、実音源信号XR2と仮想音源信号XV2とを加算器30−2によって加算することでスピーカSP2に与えるオーディオ信号が生成される。
【0025】
そして、図2のゲイン制御部10r1におけるゲインCr1、ゲイン制御部10r2におけるゲインCr2、およびゲイン制御部10vにおけるゲインCvを音像SIを定位させる位置に応じて以下の式(3)を満たすように設定し、さらに、ゲイン制御部40r1および40r2におけるゲインHrとゲイン制御部40vにおけるゲインHvを以下の式(4)を満たすように設定すれば、図1に示す信号処理と同様に、仮想音源VSS、実音源RSS1およびRSS2の各々設定位置を頂点とする三角形内の所望の位置に音像SIを定位させることが可能になる。
0≦Cr1≦1かつ0≦Cr2≦1かつ0≦Cv≦1かつ(Cr1)+(Cr2)+(Cv)=1・・・(3)
0≦Hr≦Hv、かつ、(Cr1×Hr)+(Cr2×Hr)+(Cv×Hv)=1・・・(4)
以上が本発明の原理である。なお、以上の説明では仮想音源の定位に2つのスピーカを用いたが、1つのスピーカのみを用いて仮想音源の定位を実現しても良い。要は、複数のスピーカのうちの少なくとも1つに仮想音源信号を与え、当該スピーカから放音される音によって仮想音源を定位させる態様であれば良い。
【0026】
(B:実施形態)
次いで、上記原理を適用した本発明の実施形態について説明する。
図4は、本発明の一実施形態であるオーディオ機器の構成例を示すブロック図である。図4に示すように、このオーディオ機器は、例えばオーディオアンプであり、DVDプレイヤなどのソース機器から出力される1または複数チャネルのオーディオ信号を受け取り、複数台のスピーカの駆動制御を行うものである。図4に示すように、このオーディオアンプは、ソース機器から出力されるオーディオ信号のデコード等を行う信号入力部310と、信号入力部310に入力されたオーディオ信号に対して音像定位のための各種信号処理を施す音像定位制御装置320と、音像定位制御装置320による信号処理を施されたオーディオ信号にD/A変換を施すD/A変換部330と、D/A変換部330から出力されるアナログオーディオ信号を増幅して上記複数台のスピーカに出力する増幅器340と、を含んでいる。図4に示すオーディオアンプでは、音像定位制御装置320によって、本発明の原理に則した信号処理が実行される。
【0027】
図4に示すソース機器からは5チャネルのオーディオ信号X1〜X5が出力される一方、上記オーディオ機器には、図5に示すように聴者LPの正面に配置されるスピーカSP1、SP2およびSP5と、同聴者の背面側に配置されるスピーカSP3およびSP4の合計5台のスピーカが接続される。以下、図5に示すように、スピーカSP1〜SP4の各々を実音源RSS1〜RSS4として機能させるとともに、スピーカSP1およびSP2の各々から放音される音によって仮想音源VSS1およびVSS2を定位させ、これら2つの仮想音源と上記4つの実音源の各々との間の位置に音像を定位させる場合を例にとって、音像定位制御装置320が実行する信号処理を説明する。なお、図5に示す5台のスピーカのうち、スピーカSP5は、このスピーカ位置にのみ明瞭に定位させたい音(例えば、映画における台詞などセンタチャネルの音)の再生に用いられる。
【0028】
図6は、音像定位制御装置320の構成例を示す図である。
図6に示すように、音像定位制御装置320は、加算器60−m(m=1〜4)、加算器30−i−j(i=1〜2、j=1〜2)、仮想音源処理部20−i、遅延手段50−i、および音場効果信号生成処理部70を含んでいる。本実施形態の音像定位制御装置320は、例えばDSPであり、図6に示す各部の機能は当該DSPにおけるソフトウェア処理として実現される。音場効果信号生成処理部70は、実音源RSSm(m=1〜4)および仮想音源VSSi(i=1〜2)の各々を定位させるための音場効果(例えば残響など)を表す音場効果信号YRm(m=1〜4)およびYVi(i=1〜2)を入力オーディオ信号X1〜X5から生成して出力する。
【0029】
図6の加算器60−m(m=1〜4)の各々は、音場効果信号YRmと入力オーディオ信号Xmとを加算し、その加算結果を実音源RSSmに対応する実音源信号として出力する。つまり、加算器60−m(m=1〜4)と音場効果信号生成処理部70は、入力オーディオ信号X1〜X5から実音源RSSmに対応する実音源信号を生成する実音源処理手段の役割を果たす。図6の遅延手段50−i(i=1〜2)および仮想音源処理部20−iの各々は、図1における遅延手段50および仮想音源処理部20と同様の役割を担っている。図6の遅延手段50−i(i=1〜2)の各々は、音場効果信号YViを遅延させ、音場効果信号YRm(m=1〜4)との間に時間差を設ける。仮想音源処理部20−i(i=1〜2)の各々は、音場効果信号YViから仮想音源VSSiに対応する仮想音源信号YVi−j(j=1〜2)を生成して出力する。そして、図6の加算処理30−i−j(i=1〜2:j=1〜2)は、実音源RSSjに対応する実音源信号(すなわち、Xj+YRj)に仮想音源信号YVi−jを加算し、その加算結果をスピーカSPjに与えるオーディオ信号として出力する。
【0030】
図7は、音場効果信号生成処理部70の構成例を示す図である。図7に示すように、音場効果信号生成処理部70は、入力オーディオ信号X1〜X5の加算信号Wを遅延処理n(n=1〜N)によって遅延させた各遅延信号W(n)に音像定位係数Cnkr(k=1〜4)と補正係数Hrの積を乗算して加算することで実音源RSS1〜RSS4の各々に対応する音場効果信号YR1〜YR4を生成する。また、音場効果信号生成処理部70は、各遅延信号W(n)に音像定位係数Cnkv(k=5,6)と補正係数Hvの積を乗算して加算することで仮想音源VSS1およびVSS2の各々に対応する音場効果信号YV1およびYV2を生成する。音像定位係数Cn1r〜Cn4rおよびCn5v〜Cn6vの合計6個の音像定位係数のうちの2つ以上はゼロであり、これら6つの音像定位係数Cn1r〜Cn6vおよび補正係数HrまたはHvの大きさを調整することで、実音源RSSm(m=1〜4)と仮想音源VSS1(或いは仮想音源VSS2)との間の位置に音像を定位させることができる。つまり、図7において音像定位係数Cn1r〜Cn4rの各々と補正係数Hrとの積を遅延信号W(n)に乗算する各ゲイン制御部は、図1のゲイン制御部10rおよび40r(或いは図2のゲイン制御部10r1および10r2とゲイン制御部40r1および40r2)の役割を果たし、同図7において音像定位係数Cn5v或いはCn6vと補正係数Hvとの積を遅延信号W(n)に乗算する各ゲイン制御部は、図1(或いは図2の)のゲイン制御部10vおよび40vの役割を果たすのである。つまり、図7の音場効果信号生成処理部70は、加算器60−m(m=1〜4)とともに前述した実音源処理手段の役割を果たす一方、遅延手段50−i(i=1〜2)とともに前述した分配手段の役割を果たすのである。なお、前述した本発明の原理では音像定位係数Cr(或いはCv)と補正係数Hr(或いはHv)を各々個別のゲイン制御部によって乗算したが図7に示すように両者を一つのゲイン制御部で乗算する(すなわち、両者の積を乗算)するようにしても良いことは勿論である。
【0031】
例えば、第1の時刻においては実音源RSS1と仮想音源VSS1とを結ぶ直線上の位置に1つの音像を定位させ、上記第1の時刻とは異なる第2の時刻においては実音源RSS4と仮想音源VSS2とを結ぶ直線上の位置に別の音像を定位させる場合には、第1の時刻においてはCn1rおよびCn5v以外の音像定位係数をゼロとし、前掲式(1)および(2)を満たすようにCn1r、Cn5v、HrおよびHvの値を定め、第2の時刻においてはCm4rおよびCm6v以外の音像定位係数をゼロとし、前掲式(1)および(2)を満たすようにCm4r、Cm6v、HrおよびHvの値を定めるようにすれば良い。このように、前掲式(1)および(2)を満たすように、音像定位係数および補正係数を定めることによって、仮想音源の定位感が損なわれることを回避し、かつ仮想音源と実音源の間の位置に音像を定位させることができることは前述した通りである。
【0032】
以上説明したように本実施形態によれば、複雑な処理を行うことなく、かつ少ないスピーカ数で高さ方向を含めて自由な方向に音像を良好に定位させることが可能になる。なお、上記実施形態では、複数のスピーカ(スピーカSP1〜SP4に)に実音源信号を与え、それら実音源信号を与えられるスピーカのうちの2つ(すなわち、スピーカSP1およびSP2)に仮想音源信号を与える場合について説明したが、複数のスピーカのうちの少なくとも1つに実音源信号を与え、当該実音源信号の供給先のスピーカを含む少なくとも1つのスピーカに仮想音源信号を与えるようにしても良い。
【0033】
(C:変形)
以上、本発明の一実施形態について説明したが、この実施形態を以下のように変形しても勿論良い。
【0034】
(1)以上では、仮想音源信を実音源信号に対して遅延させたが、逆に、実音源信号を仮想音源号に対して遅延させても勿論良い。このように、実音源信号を仮想音源信号に対して遅延させる場合には、ゲイン制御部10rにおけるゲインCrとゲイン制御部40rにおけるゲインHrの積Cr×Hrが基準値であるCrよりも大きくなり、かつ(Cr×Hr)+(Cv×Hv)=1となるようにHrおよびHvを調整するようにすれば良い。
【0035】
(2)以上では、補正係数HrおよびHvを導入して、仮想音源信号を実音源信号に対して遅延させたことに起因する先行音効果を緩和したが、先行音効果がさほど強く発現しない場合、あるいは若干の先行音効果が発生しても許容できる範囲内であれば上記補正係数による補正は必須ではない。
【符号の説明】
【0036】
10r,10r1,10r2,10v,40r,40r1,40r2,40v…ゲイン制御部、20,20−1,20−2…仮想音源処理部、30,30−1,30−2,30−i−j(i,j=1,2)…加算器、50,50−1,50−2…遅延手段。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数のスピーカのうちの少なくとも1つに与えるオーディオ信号であって、前記複数のスピーカが設置された空間内の仮想音源位置に音源を定位させる仮想音源信号を、入力オーディオ信号に基づいて生成する仮想音源処理手段と、
供給先のスピーカの位置から放音させる音を表す入力オーディオ信号から、互いに時間差を有する第1および第2のオーディオ信号を生成し、前記仮想音源信号を与えられるスピーカのうちの少なくとも1つと前記仮想音源処理手段に前記第1および第2のオーディオ信号の各々を与える分配手段と、
を有することを特徴とする音像定位制御装置。
【請求項2】
前記分配手段は、前記第1および第2のオーディオ信号の各々のゲインを調整するゲイン制御部を含み、前記スピーカの位置と前記仮想音源位置との間に音像を定位させるとした場合における各ゲイン制御部のゲインを基準値とし、前記第1および第2のオーディオ信号のうちの後発のもののゲインを調整するゲイン制御部のゲインが前記基準値よりも大きな値となり、かつ各ゲイン制御部のゲインの二乗和が一定値となるように、各ゲイン制御部のゲインを定める
ことを特徴とする請求項1に記載の音像定位制御装置。
【請求項3】
複数のスピーカのうちの少なくとも1つに与えるオーディオ信号であって、供給先のスピーカの位置から放音させる音を表す実音源信号を、入力オーディオ信号に基づいて生成する実音源処理手段と、
前記複数のスピーカが設置された空間内の仮想音源位置に音源を定位させる仮想音源信号を入力オーディオ信号に基づいて生成し、前記実音源信号の供給先のスピーカの少なくとも1つを含む前記複数のスピーカのうちの少なくとも1つに与える仮想音源処理手段と、
共通の入力オーディオ信号から互いに時間差を有する第1および第2のオーディオ信号を生成し、前記実音源処理手段および前記仮想音源処理手段の各々に与える分配手段と、
を有することを特徴とする音像定位制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−212982(P2012−212982A)
【公開日】平成24年11月1日(2012.11.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−76474(P2011−76474)
【出願日】平成23年3月30日(2011.3.30)
【出願人】(000004075)ヤマハ株式会社 (5,930)
【Fターム(参考)】