説明

音響特性制御装置及び電子楽器

【課題】電子ピアノの演奏音をヘッドホンを介して聴かせるようにした場合における音像の拡がり感を、その音をスピーカを介して聴かせるようにした場合の音像の拡がり感に近づける。
【解決手段】帯域分割部11L及び11Rは、電子ピアノ90の出力信号L及びRを3つの帯域に分割する。信号生成部12は、各帯域に属する帯域分割信号L,R,L,R,L,RからMID成分信号M,M,M,及びSIDE成分信号S,S,Sを抽出し、信号M,M,M,及び信号S,S,Sを異なる比率で混合して成分混合信号LMX,RMX,LMX,RMX,LMX,RMXを生成し、信号LMX,LMX,LMXをヘッドホン93の左ヘッドホンユニット94Lに、信号RMX,RMX,RMXを右ヘッドホンユニット94Rに供給する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子鍵盤楽器の演奏音をヘッドホンを介して聴取させる場合における音の音像を制御する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
電子ピアノの中には、ヘッドホンを接続するためのジャックを有しているものがある。この種の電子ピアノでは、演奏音を周囲に漏らしたくない場合は、演奏者の頭にヘッドホンを装着するとともに、ヘッドホンのプラグを電子ピアノのジャックに差し込み、この状態で演奏を行う。電子ピアノは、そのジャックにヘッドホンのプラグが差し込まれた状態において、鍵の打鍵を検知すると、打鍵音の左右2チャネルの音データを音源から読み出し、この左右2チャネルの音データを左右2チャネルの音信号としてヘッドホンの左ヘッドホンユニット及び右ヘッドホンユニットに供給する。ヘッドホンの左ヘッドホンユニットは、電子ピアノから供給された左チャネルの音信号を演奏者の左耳に向けて放音し、ヘッドホンの右ヘッドホンユニットは、電子ピアノから供給された右チャネルの音信号を演奏者の右耳に向けて放音する。これにより、演奏者は、電子ピアノの演奏音を周囲に漏らすことなく演奏を行うことができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開昭58−30300号公報
【特許文献2】米国特許公報第2010/0246832号明細書
【特許文献3】米国特許5751817号明細書
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】フリッツメンツァー,クリストフファーラー,Stereoto Binaural Conversion Using International Coherence Matching,オーディオエンジニアリングテクノロジーコンベンションペーパー7986,グレートブリテン及び北アイルランド連合王国,the128th Convention 2010年4月22日
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、電子ピアノの演奏音の聴取にヘッドホンを使用した場合、自然な音の拡がり感が得難いという問題がある。その理由は次の通りである。一般に、電子ピアノの音源内に格納されている左右2チャネルの音データは、アコースティックピアノの周辺に配置した複数のマイクロホンで収音した各鍵の打鍵音をミキシング調整して製作した音のデータとなっている。従って、図2(A)の例に示すように、電子ピアノ190の左チャネルの音信号の音及び右チャネルの音信号の音を演奏者の左前方と右前方の各位置(図2(A)の例では、演奏者の正面方向からみて30度左側の位置と30度右側の位置)に置いた2つのスピーカ200L及び200Rを介して演奏者Pに聴かせるようにした場合、左スピーカ200Lから放音される左チャネルの音信号の音が左耳ELだけでなく右耳ERにも聴こえ、右スピーカ200Rから放音される右チャネルの音信号の音が右耳ERだけでなく左耳ELにも聴こえる現象であるクロストークが発生する。ここで、左スピーカ200Lから左耳ELに伝わる音をALとし、右スピーカ200Rから右耳ERに伝わる音をARとし、左スピーカ200Lから右耳ERに伝わる音をALCRとし、右スピーカ200Rから左耳ELに伝わる音をARCRとすると、音ALが左耳ELに到達する時刻と音ALCRが右耳ERに到達する時刻との間には各々の音路長の差に応じた時間差ΔTLが生じる。同様に、音ARが右耳ERに到達する時刻と音ARCRが左耳ELに到達する時刻との間には各々の音路長の差に応じた時間差ΔTRが生じる。よって、この場合、演奏者Pは、演奏者Pから見て左スピーカ200Lと右スピーカ200Rのある方向にそれらのスピーカ200L及び200Rを含む左右方向の拡がりをもった音像があると感じる。
【0006】
これに対して、図2(B)の例に示すように、電子ピアノ190の演奏音をヘッドホン193を介して聴かせるようにした場合、クロストークは発生しない。そして、この場合、演奏者は、自身を挟んだ左右両側の方向から左ヘッドホンユニット194Lの音ALと右ヘッドホンユニット194Rの音ARがそれぞれ聴こえる。よって、この場合、演奏者は、自身の前方に音像があるとは感じずに、左右に大きく拡がる音像の中に自身が居ると感じる。
【0007】
本発明は、このような課題に鑑みてなされたものであり、電子ピアノの演奏音の聴取にヘッドホンを使用した場合において、自然な音の拡がり感が得られる技術的手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するため、本発明は、左右2チャネルの入力信号を複数の帯域に分割し、分割した各帯域に属する左右2チャネルの帯域分割信号を各々出力する帯域分割手段と、前記帯域分割手段により分割された各帯域の左右2チャネルの帯域分割信号について、当該帯域の左右2チャネルの帯域分割信号の和であるMID成分信号と当該帯域の左右2チャネルの帯域分割信号の差であるSIDE成分信号を生成し、各帯域のMID成分信号及びSIDE成分信号を混合して帯域毎の左右2チャネルの成分混合信号を生成し、各帯域の左チャネルの成分混合信号をヘッドホンの左ヘッドホンユニットに出力するとともに各帯域の右チャネルの成分混合信号を前記ヘッドホンの右ヘッドホンユニットに出力する信号生成手段とを具備する音響特性制御装置を提供する。
【0009】
本発明では、左右2チャネルの入力信号を分割した各帯域について、当該帯域のMID成分信号とSIDE成分信号とを混合して得られる左右2チャネルの成分混合信号を左ヘッドホンユニット及び右ヘッドホンユニットに出力する。よって、各帯域の左右2チャネルの各成分混合信号内におけるSIDE成分信号の比率を適切に決定することにより、演奏者が演奏音の聴取にヘッドホンを使用した場合に感じる音像の拡がり感を適度に狭め、より自然な音の拡がり感を創出することができる。
【0010】
ここで、左右2チャネルのステレオ音声の拡がり感を制御する技術を開示した文献として、特許文献1〜3及び非特許文献1がある。しかし、特許文献1に開示された音場可変装置は、左右2チャネルの音信号L,Rの和M(M=L+R)と差S(S=L−R)から信号Mと信号Sの和信号M+Sと差信号M−Sを生成し、これらの信号M+S,M−Sを所定量の遅延を与えた上で元の音信号L,Rに加算し、この加算信号L+(M+S)及びR+(M−S)を出力するものである。また、特許文献2,3の技術は、左右2チャネルのステレオ音声信号に音の発生源から左右の耳に至る区間の頭部伝達関数を畳み込むものである。また、非特許文献1は、分割帯域Δf毎に音像の位置を計算し、この位置に定位するように頭部伝達関数を畳み込むものであり、本発明のように鍵盤楽器への適用を想定したものではない。よって、特許文献1〜3及び非特許文献1は、左右2チャネルの音信号の帯域分割と、分割した帯域分割信号の加算、減算、及び増幅とによって音像を制御する技術である本発明とは異なるものである。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明の一実施形態である音響特性制御装置と電子ピアノを含む電子楽器の構成例を示す図である。
【図2】従来技術の問題点を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、図面を参照し、この発明の実施の形態を説明する。
図1は、本発明の一実施形態である音響特性制御装置10と電子ピアノ90とを備える電子楽器の構成例を示す図である。この電子楽器では、演奏者Pの頭部に装着されるヘッドホン93と演奏者Pにより演奏される電子ピアノ90とが音響特性制御装置10を介して接続されている。この電子楽器では、電子ピアノ90の左右2チャネルの出力信号L及びRが音響特性制御装置10による信号処理を経てヘッドホン93の左ヘッドホンユニット94L及び右ヘッドホンユニット94Rに供給される。図1に示すように、電子ピアノ90の筐体99の上面には、最も低いノートナンバの鍵91−1から最も高いノートナンバの鍵91−88に至る88個の鍵91−k(k=1〜88)が左右方向に並べて配置されている。電子ピアノ90の音源92には、鍵91−k(k=1〜88)の各々と対応する88組の音データDL−k(k=1〜88)及びDR−k(k=1〜88)が収録されている。1つの鍵91−kと対応する1組の音データDL−k及びDR−kは、アコースティックピアノの周辺に配置した複数のマイクロホンにより収音した打鍵音をミキシング調整した音のデータである。この電子ピアノ90は、筐体99の上面における鍵91−kが打鍵されると、打鍵された鍵91−kと対応する音データDL−k及びDR−kを音源92から読み出し、この音データDL−k及びDR−kを左右2チャネルの音信号L及びRとして音響特性制御装置10に出力する。
【0013】
次に、音響特性制御装置10の構成について説明する。音響特性制御装置10は、帯域分割部11L,11Rと信号生成部12とを有している。帯域分割部11Lは、電子ピアノ90から与えられる左チャネルの入力信号Lを、低域、中域、及び高域の3つの帯域に分割し、低域に属する帯域分割信号L、中域に属する帯域分割信号L、及び高域に属する帯域分割信号Lを出力する。帯域分割部11Rは、電子ピアノ90から与えられる右チャネルの入力信号Rを、低域、中域、及び高域の3つの帯域に分割し、低域に属する帯域分割信号R、中域に属する帯域分割信号R、及び高域に属する帯域分割信号Rを出力する。
【0014】
信号生成部12は、帯域分割部11L,11Rにより分割された各帯域の帯域分割信号L、L、L、R、R、及びRについて、低域の帯域分割信号L及びRの和であるMID成分信号Mと両信号L及びRの差であるSIDE成分信号S、中域の帯域分割信号L及びRの和であるMID成分信号Mと両信号L及びRの差であるSIDE成分信号S、並びに高域の帯域分割信号L及びRの和であるMID成分信号Mと両信号L及びRの差であるSIDE成分信号Sを生成する。その上で、信号生成部12は、低域、中域、及び高域の各帯域のMID成分信号M,M,及びMとSIDE成分信号S,S,及びSについて、同じ帯域のもの同士の和または差を混合して帯域毎の左右2チャネルの成分混合信号LMX,LMX,LMX,RMX,RMX,及びRMXを生成し、各帯域の左チャネルの成分混合信号LMX,LMX,及びLMXの和を混合して左ヘッドホンユニット94Lに出力するとともに各帯域の右チャネルの成分混合信号RMX,RMX,及びRMXの和を混合して右ヘッドホンユニット94Rに出力する。
【0015】
より詳細に説明すると、信号生成部12は、低域処理部13と、中域処理部13と、高域処理部13と、加算部14L及び14Rとを有する。各部13、13、13、14L、及び14Rの役割は次の通りである。低域処理部13は、低域の帯域分割信号L及びRの和であるMID成分信号Mと両信号L及びRの差であるSIDE成分信号Sを生成し、信号M及び信号Sを混合比率α:(1−α1/2及びα:−(1−α1/2で各々混合して左右2チャネルの成分混合信号LMX及びRMXを生成し、信号LMX及びRMXを各々に固有の利得β及びγで増幅した信号LMX×β及びRMX×γを出力する。さらに詳述すると、低域処理部13は、加算部1、減算部2、増幅部3、増幅部4、加算部5、減算部6、増幅部7、及び増幅部8を含んでいる。加算部1は、信号Lと信号Rとを加算し、この加算結果L+Rを信号Mとして出力する。減算部2は、信号Lから信号Rを減算し、この減算結果L−Rを信号Sとして出力する。増幅部3は、加算部1の出力信号Mを混合比率αで増幅した信号M×αを出力する。増幅部4は、減算部2の出力信号Sを混合比率(1−α1/2で増幅した信号S×(1−α1/2を出力する。ここで、本実施形態では、増幅部3の混合比率α及び増幅部4の混合比率(1−α1/2の大小関係をα>(1−α1/2と設定する。混合比率αは本来0<α<1なので、増幅部3の混合比率αの設定範囲は1>α>(1/2)1/2となり、増幅部4の混合比率(1−α1/2の設定範囲は(1/2)1/2>(1−α1/2>0となる。加算部5は、増幅部3の出力信号M×αと増幅部4の出力信号S×(1−α1/2を加算し、この加算結果M×α+S×(1−α1/2を信号LMXとして出力する。減算部6は、増幅部3の出力信号M×αから増幅部4の出力信号S×(1−α1/2を減算し、この減算結果M×α−S×(1−α1/2を信号RMXとして出力する。増幅部7は、加算部5の出力信号LMXを利得βで増幅した信号LMX×βを出力する。増幅部8は、減算部6の出力信号RMXを利得γで増幅した信号RMX×γを出力する。
【0016】
中域処理部13は、中域の帯域分割信号L及びRの和であるMID成分信号Mと両信号L及びRの差であるSIDE成分信号Sを生成し、当該帯域の左右2チャネルの成分混合信号LMX及びRMXに占める信号Mの割合が低域の左右2チャネルの成分混合信号LMX及びRMXに占める信号Mの割合よりも小さくなるような混合比率α:(1−α1/2(αはαよりも小さい値)及びα:−(1−α1/2で信号M及び信号Sを各々混合して左右2チャネルの成分混合信号LMX及びRMXを生成し、信号LMX及びRMXを各々に固有の利得β及びγで増幅した信号LMX×β及びRMX×γを出力する。さらに詳述すると、中域処理部13は、加算部1、減算部2、増幅部3、増幅部4、加算部5、減算部6、増幅部7、及び増幅部8を含んでいる。加算部1は、信号Lと信号Rとを加算し、この加算結果L+Rを信号Mとして出力する。減算部2は、信号Lから信号Rを減算し、この減算結果L−Rを信号Sとして出力する。増幅部3は、加算部1の出力信号Mを混合比率αで増幅した信号M×αを出力する。増幅部4は、減算部2の出力信号Sを混合比率(1−α1/2で増幅した信号S×(1−α1/2を出力する。加算部5は、増幅部3の出力信号M×αと増幅部4の出力信号S×(1−α1/2を加算し、この加算結果M×α+S×(1−α1/2を信号LMXとして出力する。減算部6は、増幅部3の出力信号M×αから増幅部4の出力信号S×(1−α1/2を減算し、この減算結果M×α−S×(1−α1/2を信号RMXとして出力する。増幅部7は、加算部5の出力信号LMXを利得βで増幅した信号LMX×βを出力する。増幅部8は、減算部6の出力信号RMXを利得γで増幅した信号RMX×γを出力する。
【0017】
高域処理部13は、高域の帯域分割信号L及びRの和であるMID成分信号Mと両信号L及びRの差であるSIDE成分信号Sを生成し、当該帯域の左右2チャネルの成分混合信号LMX及びRMXに占める信号Mの割合が低域の左右2チャネルの成分混合信号LMX及びRMXに占める信号Mの割合とほぼ同じになるような混合比率α:(1−α1/2(αはαとほぼ同じ値)及びα:−(1−α1/2で信号M及び信号Sを各々混合して左右2チャネルの成分混合信号LMX及びRMXを生成し、信号LMX及びRMXを各々に固有の利得β及びγで増幅した信号LMX×β及びRMX×γを出力する。さらに詳述すると、高域処理部13は、加算部1、減算部2、増幅部3、増幅部4、加算部5、減算部6、増幅部7、及び増幅部8を含んでいる。加算部1は、信号Lと信号Rとを加算し、この加算結果L+Rを信号Mとして出力する。減算部2は、信号Lから信号Rを減算し、この減算結果L−Rを信号Sとして出力する。増幅部3は、加算部1の出力信号Mを混合比率αで増幅した信号M×αを出力する。増幅部4は、減算部2の出力信号Sを混合比率(1−α1/2で増幅した信号S×(1−α1/2を出力する。加算部5は、増幅部3の出力信号M×αと増幅部4の出力信号S×(1−α1/2を加算し、この加算結果M×α+S×(1−α1/2を信号LMXとして出力する。減算部6は、増幅部3の出力信号M×αから増幅部4の出力信号S×(1−α1/2を減算し、この減算結果M×α−S×(1−α1/2を信号RMXとして出力する。増幅部7は、加算部5の出力信号LMXを利得βで増幅した信号LMX×βを出力する。増幅部8は、減算部6の出力信号RMXを利得γで増幅した信号RMX×γを出力する。
【0018】
加算部14Lは、増幅部7,7,7の出力信号LMX×βL,LMX×β,LMX×βを加算し、この加算結果LMX×βL+LMX×β+LMX×βを信号LMXとして左ヘッドホンユニット94Lに出力する。加算部14Rは、増幅部8,8,8の出力信号RMX×γL,RMX×γ,RMX×γを加算し、この加算結果RMX×γL+RMX×γ+RMX×γを信号RMXとして右ヘッドホンユニット94Rに出力する。以上の手順によって生成された左右2チャネルの音信号LMX及びRMXは、左右のヘッドホンユニット94L及び94Rから演奏者Pの左耳及び右耳に音として放音される。
【0019】
以上が、本実施形態の構成の詳細である。この実施形態によると次の効果が得られる。
第1に、本実施形態では、低域について、MID成分信号MとSIDE成分信号Sとを混合して得られる成分混合信号LMX及びRMXを左右のヘッドホンユニット94L及び94Rにそれぞれ出力する。また、中域について、MID成分信号MとSIDE成分信号Sとを混合して得られる成分混合信号LMX及びRMXを左右のヘッドホンユニット94L及び94Rにそれぞれ出力する。また、高域について、MID成分信号MとSIDE成分信号Sとを混合して得られる成分混合信号LMX及びRMXを左右のヘッドホンユニット94L及び94Rにそれぞれ出力する。よって、本実施形態によると、演奏者Pが電子ピアノ90の演奏音の聴取にヘッドホン93を使用した場合に感じる音像の拡がり感が適度に狭まり、自然な音の拡がり感を創出することができる。
【0020】
第2に、本実施形態では、中域については、当該帯域の左右2チャネルの成分混合信号LMX及びRMXに占めるMID成分信号Mの割合が低域及び高域の左右2チャネルの成分混合信号LMX,及びRMX,に占めるMID成分信号Mの割合よりも小さくなるような混合比率α:(1−α1/2(α<α≒α)及びα:−(1−α1/2でMID成分信号M及びSIDE成分信号Sを各々混合して左右2チャネルの成分混合信号LMX及びRMXを生成する。ここで、ある帯域の左右2チャネルの成分混合信号LMX及びRMXに占めるMID成分信号Mの割合が小さくなるとその帯域の成分混合信号LMX及びRMXよって創出される音像は広くなる。よって、本実施形態によると、低域の成分混合信号LMX及びRMXや高域の成分混合信号LMX及びRMXによって創出される音像は中域の成分混合信号LMX及びRMXによって創出される音像に比べて相対的に狭くなる。また、電子ピアノ90の鍵91−k(k=1〜88)は、ノートナンバの低いものが左に、ノートナンバの高いものが右に配置されている。このため、演奏者Pが左側の鍵91−kを打鍵したときの入力信号L及びRは低域の成分を多く含んでおり、演奏者Pが正面の鍵91−kを打鍵したときの入力信号L及びRは中域の成分を多く含んでおり、演奏者Pが右側の鍵91−kを打鍵したときの入力信号L及びRは高域の成分を多く含んでいる。従って、本実施形態によると、演奏者Pが左側や右側の鍵91−kを打鍵したときの音像が演奏者Pが正面の鍵91−kを打鍵したときの音像よりも狭くなり、より自然な聴感を演奏者Pに与えることができる。
【0021】
第3に、本実施形態では、低域の成分混合信号LMX及びRMX、中域の成分混合信号LMX及びRMX、高域の成分混合信号LMX及びRMXを各々について設定された利得β,γ,β,γ,β,γで増幅し、この増幅を経た各帯域の左チャネルの成分混合信号LMX×β,LMX×β,LMX×β,及び右チャネルの成分混合信号RMX×γ,RMX×γ,RMX×γを左右のヘッドホンユニット94L及び94Rに各々出力する。ここで、例えば、低域の左チャネルの成分混合信号LMXの利得βの方が低域の右チャネルの成分混合信号RMXの利得γよりも大きい場合、演奏者Pは左側の鍵91−kを打鍵したときに感じる音像が全体として左に寄っていると感じる。また、高域の右チャネルの成分混合信号RMXの利得γよりも高域の左チャネルの成分混合信号LMXの利得βの方が小さい場合、演奏者Pは右側の鍵91−kを打鍵したときに感じる音像が全体として右に寄っていると感じる。また、中域の左チャネルの成分混合信号LMXの利得βと中域の右チャネルの成分混合信号RMXの利得γがほぼ同じである場合、演奏者Pは中央の鍵91−kを打鍵したときに感じる音像が全体として中央に寄っていると感じる。よって、本実施形態では、例えば、低域における左右2チャネルの成分混合信号LMX及びRMXを左チャネルの成分混合信号LMXの割合が大きくなるような利得β及びγ(β>γ)で各々増幅し、中域における左右2チャネルの成分混合信号LMX及びRMXを左チャネルの成分混合信号LMXと右チャネルの成分混合信号RMXの割合が略等しくなるような利得β及びγ(β≒γ)で各々増幅し、高域における左右2チャネルの成分混合信号LMX及びRMXを左チャネルの成分混合信号LMXの割合が小さくなるような利得β及びγ(β<γ)で各々増幅することにより、電子ピアノ90における演奏者Pが押下した鍵91−kのある方向と演奏者Pが感じるその鍵91−kの音像の方向とを一致させ、演奏者Pにより自然な聴感を与えることができる。
【0022】
第4に、本実施形態では、MID成分信号M及びSIDE成分信号Sを混合比率α:(1−α1/2及び混合比率α:−(1−α1/2で混合し、MID成分信号M及びSIDE成分信号Sを混合比率α:(1−α1/2及び混合比率α:−(1−α1/2で混合し、MID成分信号M及びSIDE成分信号Sを混合比率α:(1−α1/2及び混合比率α:−(1−α1/2で混合する。ここで、αと(1−α1/2の2乗和、αと−(1−α1/2の2乗和、αと(1−α1/2の2乗和、αと−(1−α1/2の2乗和、αと(1−α1/2の2乗和、及びαと−(1−α1/2の2乗和はいずれも1である。よって、本実施形態によると、演奏者Pが感じる演奏音の大きさ(エネルギ量)を変化させずにその音像だけを制御することができる。
【0023】
<他の実施形態>
以上、この発明の一実施形態について説明したが、この発明には他にも実施形態があり得る。例えば、以下の通りである。
(1)上記実施形態では、電子ピアノ90の左右2チャネルの出力信号L及びRを各々3つの帯域に分割した。しかし、信号L及びRを2つまたは4つ以上の帯域に分割してもよい。例えば、信号L及びRを電子ピアノ90の鍵91−k(k=1〜88)と同じ88個の帯域に分割し、ある鍵91−kが打鍵された場合にその打鍵された鍵91−kの位置に音像の拡がりの中心が位置するように各帯域の成分混合信号LMX及びRMXにおけるMID成分信号MとSIDE成分信号Sの比率を制御するようにしてもよい。
【0024】
(2)上記実施形態において、各帯域の左右2チャネルの成分混合信号LMX及びRMXについての利得β,γ,β,γ,β,γを演奏者の頭部の動きに連動して変化させるようにしてもよい。より具体的には、演奏者の頭部が正面の電子ピアノ90に対して左側を向くときは、各帯域の左右2チャネルの成分混合信号LMX,RMX,LMX,RMX,LMX,RMXによって創出される音像が右側に移動するように利得β,γ,β,γ,β,γを制御し、演奏者の頭部が正面の電子ピアノ90に対して右側を向くときは、各帯域の左右2チャネルの成分混合信号LMX,RMX,LMX,RMX,LMX,RMXによって創出される音像が左側に移動するように利得β,γ,β,γ,β,γを制御するとよい。
【0025】
(3)上記実施形態は、電子鍵盤楽器である電子ピアノ90の出力音の制御に本発明を適用したものであった。しかし、電子ピアノ90以外の、例えば電子パイプオルガンなどの電子鍵盤楽器の出力音の制御に本発明を適用してもよい。また、音高を異にする複数種類の音の発生源を有する楽器(例えば、ドラム,チャイムなど)を模擬した電子楽器の出力音の制御に本発明を適用してもよい。
【0026】
(4)上記実施形態では、電子ピアノ90とヘッドホン93の間に音響特性制御装置10が介挿されていた。しかし、電子ピアノ90やその他の電子鍵盤楽器の演奏音のステレオオーディオ信号(例えば、EFM(Eight-to-fourteen modulation)やMP3(MPEG Audio
Layer-3))を再生する再生装置とヘッドホン93の間に音響特性制御装置10を介挿してもよい。また、この再生装置に音響特性制御装置10を組み込んだ構成としてもよい。また、電子ピアノ90と音響特性制御装置10とを同一筐体に収めて1つの電子楽器を構成してもよい。
【0027】
(5)上記実施形態において、低域の信号M及び信号S、中域の信号M及び信号S、中域の信号M及び信号Sを、上記実施形態における混合比率と異なる任意の混合比率で各々混合した信号を各帯域の左右2チャネルの成分混合信号LMX,RMX,LMX,RMX,LMX,RMXにしてもよい。
【符号の説明】
【0028】
1,5,14…加算部、2,6…減算部、3,4,7,8…増幅部、10…音響特性制御装置、11…帯域分割部、12…信号生成部、90…電子ピアノ、91…鍵、92…音源、93…ヘッドホン、94…ヘッドホンユニット。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
左右2チャネルの入力信号を複数の帯域に分割し、分割した各帯域に属する左右2チャネルの帯域分割信号を各々出力する帯域分割手段と、
前記帯域分割手段により分割された各帯域の左右2チャネルの帯域分割信号について、当該帯域の左右2チャネルの帯域分割信号の和であるMID成分信号と当該帯域の左右2チャネルの帯域分割信号の差であるSIDE成分信号を生成し、各帯域のMID成分信号及びSIDE成分信号を混合して帯域毎の左右2チャネルの成分混合信号を生成し、各帯域の左チャネルの成分混合信号をヘッドホンの左ヘッドホンユニットに出力するとともに各帯域の右チャネルの成分混合信号を前記ヘッドホンの右ヘッドホンユニットに出力する信号生成手段と
を具備することを特徴とする音響特性制御装置。
【請求項2】
前記信号生成手段は、前記各帯域のMID成分信号及びSIDE成分信号を帯域毎の混合比率で各々混合して帯域毎の左右2チャネルの成分混合信号を生成することを特徴とする請求項1に記載の音響特性制御装置。
【請求項3】
前記帯域分割手段は、電子鍵盤楽器から供給される左右2チャネルの音信号を前記左右2チャネルの入力信号とし、この左右2チャネルの音信号を低域、中域、及び高域の3つの帯域に分割し、低域における左右2チャネルの帯域分割信号、中域における左右2チャネルの帯域分割信号、及び高域における左右2チャネルの帯域分割信号を出力するものであり、
前記信号生成手段は、中域については、当該帯域の左右2チャネルの成分混合信号に占めるMID成分信号の割合が低域及び高域の左右2チャネルの成分混合信号に占めるMID成分信号の割合よりも小さくなるような混合比率で当該帯域のMID成分信号及びSIDE成分信号を混合すること
を特徴とする請求項1または2の記載の音響特性制御装置。
【請求項4】
前記各帯域の左右2チャネルの成分混合信号を各々について設定された利得で増幅し、増幅した信号を前記左ヘッドホンユニットおよび右ヘッドホンユニットに各々出力する増幅部を具備することを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1の請求項に記載の音響特性制御装置。
【請求項5】
鍵盤を有し、前記鍵盤の操作に応じた左右2チャネルの音信号を出力する電子鍵盤楽器と、
前記電子鍵盤楽器から出力される左右2チャネルの入力信号を複数の帯域に分割し、分割した各帯域に属する左右2チャネルの帯域分割信号を各々出力する帯域分割手段と、前記帯域分割手段により分割された各帯域の左右2チャネルの帯域分割信号について、当該帯域の左右2チャネルの帯域分割信号の和であるMID成分信号と当該帯域の左右2チャネルの帯域分割信号の差であるSIDE成分信号を生成し、各帯域のMID成分信号及びSIDE成分信号を混合して帯域毎の左右2チャネルの成分混合信号を生成し、各帯域の左チャネルの成分混合信号をヘッドホンの左ヘッドホンユニットに出力するとともに各帯域の右チャネルの成分混合信号を前記ヘッドホンの右ヘッドホンユニットに出力する信号生成手段とを含む音響特性制御装置と
を具備することを特徴とする電子楽器。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2013−34094(P2013−34094A)
【公開日】平成25年2月14日(2013.2.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−169089(P2011−169089)
【出願日】平成23年8月2日(2011.8.2)
【出願人】(000004075)ヤマハ株式会社 (5,930)
【Fターム(参考)】