説明

顎間固定ブラケット

【課題】 特殊な技能を要せず、短時間で容易にかつ正しい咬合が誘導できるように顎間固定術を行うことができる顎間固定ブラケットを提供する。
【解決手段】 顎間固定ブラケットは、歯に対する装着面を有するブラケット本体と、該ブラケット本体の上面に一体に結合された係止突起と、前記ブラケット本体の側面端部から延伸するワイヤとからなり、前記係止突起は、その基端部に前記ワイヤの延伸方向と平行に設けられた挿通孔と、該挿通孔の上部に設けられた顎間牽引ゴムの係止部とを有し、前記挿通孔と前記ワイヤとの間に、該挿通孔に対して該ワイヤをその延伸方向の向きにのみ挿通させることができるワンウェイクラッチが形成されてなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
顎骨に係る治療の顎間固定術に用いられる顎間固定ブラケットに係り、特に簡易顎間固定術に用いられる顎間固定ブラケットに関する。
【背景技術】
【0002】
外傷を受けた顎骨の治療、腫瘍性疾患による顎骨の切除治療等においては、それらの治療に引き続いて組織再生のための再建手術がなされる。この再建手術が適切に行われるためには顎間固定術において先ず正しい咬合を誘導しておくことが重要である。
【0003】
しかしながら、適切な顎間固定術を行うために十分な時間がない場合が多く、ときには応急的な顎間固定術を執らざるを得ない場合がある。このような場合に行う方法として、例えば、特許文献1又は非特許文献1には、上下顎の歯槽骨に、頂部にフックを備える複数個のスクリューピンをねじ込み、上下の顎を正しい咬合が実現されるような状態にして顎の上下のスクリューピンにステンレスなどの繋索を緊着することにより顎間固定を行う方法が提案されている。また、非特許文献2には、フックを備えるブラケットを顎上下の複数個の歯の上面に貼着し、顎間牽引ゴムをフックに掛け渡して顎間固定を行う方法が提案されている。
【0004】
【特許文献1】特開平05-338872号公報
【非特許文献1】British Journal of Oral and Maxillofacial Surgery(1999)37,p115-p116
【非特許文献2】British Journal of Oral and Maxillofacial Surgery(2001)39,p301-p303
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、このような方法は、スクリューピンの歯槽骨へのねじ込みやブラケットの歯面への貼着に時間がかかり本来の治療手術を損ねかねないという問題がある。また、このような方法は、歯の加工技術や接着技術等特殊な技能を要するために広く利用できないという問題がある。さらに、ワイヤによって粘膜を損傷しやすいという問題、あるいは複雑な操作を要するという問題がある。
【0006】
このため、短時間で容易に正しい咬合を誘導することができる顎間固定装置が求められている。特に、近年多くの診療科で顎骨に係る手術が行われることが多くなっていることから、そのような顎間固定装置の要請が強くなっている。
【0007】
本発明は、このような従来の問題点に鑑み、特殊な技能を要せず、短時間で容易にかつ正しい咬合が誘導できるように顎間固定術を行うことができる簡易な顎間固定装置として好適な顎間固定ブラケットを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る顎間固定ブラケットは、歯に対する装着面を有するブラケット本体と、該ブラケット本体の上面に一体に結合された係止突起と、前記ブラケット本体の側面端部から延伸するワイヤとからなり、前記係止突起は、その基端部に前記ワイヤの延伸方向と平行に設けられた挿通孔と、該挿通孔の上部に設けられた顎間牽引ゴムの係止部とを有し、前記挿通孔と前記ワイヤとの間に、該挿通孔に対して該ワイヤをその延伸方向の向きにのみ挿通させることができるワンウェイクラッチが形成されてなる。
【0009】
上記顎間固定ブラケットにおいて、ワンウェイクラッチは、ワイヤの外周部に設けられた凸部又は凹部と挿通孔の内周部に設けられた凸部又は凹部との間に形成され、前記挿通孔に対して前記ワイヤがその延伸方向の向きに所定の力で押し込まれ又は引き抜かれようとするときは、前記ワイヤの外周部に設けられた凸部又は凹部が前記挿通孔の内周部に設けられた凸部又は凹部を乗り越えるように弾性変形させて該ワイヤの送りを可能とし、前記ワイヤが挿通孔に挿通された後、該挿通孔に対して該ワイヤがその延伸方向と逆向きに押し込まれ又は引き抜かれようとするときは、前記ワイヤの外周部に設けられた凸部又は凹部と前記挿通孔の内周部に設けられた凸部又は凹部とが噛み合い前記ワイヤの送りが阻止されるように形成されてなるように構成することができる。
【0010】
また、上記顎間固定ブラケットにおいて、係止突起は、その基端部にワイヤとワンウェイクラッチを形成する挿通孔形成部材を入れ込んで形成してなるように構成するのがよく、ブラケット本体は異なるサイズごとに色づけされているのがよい。また、ブラケット本体に2つの係止突起を設けることができる。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係る顎間固定ブラケットは、特殊な技能を要せず、短時間で容易にかつ正しい咬合ができるように顎間固定術を行うことができる。また、安全に使用できるとともに、緊急時及び顎の再建後に顎間固定ブラケットを患者から容易に取り外すことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明に係る顎間固定ブラケットの実施の形態について図面を基に説明する。図1は顎間固定ブラケットの一部断面図である。図1に示すように、本顎間固定ブラケット10は、ブラケット本体11と、ブラケット本体11の上面に一体に結合された係止突起15と、ブラケット本体11の側面端部から延伸するワイヤ20からなる。
【0013】
本例のブラケット本体11は、平板状で歯面内に収まるサイズを有するとともに、歯面に密着するように変形可能な程度の弾性を有し、歯面に装着されやすい形状・弾性を有する。これにより、正しい咬合を誘導すべくブラケット本体11をそれぞれ所要の歯面に取り付けることができるようになる。また、ブラケット本体12は、容易に滅菌や消毒をすることができ、口腔内に安全に装着できる素材から構成される。例えば、ブラケット本体11の素材としてポリウレタン,ポリプロピレン,ポリエチレン,ポリカーボネート等の樹脂を使用することができる。
【0014】
係止突起15は、その基端部151がブラケット本体11の上面に一体に結合されたキノコ形状をしており、基端部151の上部に係止部153を有する。なお、係止突起15は、ブラケット本体11と異なる部材から成形し、ブラケット本体11に接着等の接合方法により一体に結合されるものであってもよく、また、当初よりブラケット本体11と一体に成形されるものであってもよい。
【0015】
係止突起15の基端部151にはワイヤ20の延伸方向と平行に挿通孔154が設けられ、挿通孔154の内周面には爪状の凸部155が形成されている。この凸部155は本例では8個設けられている。この凸部155は、以下に説明するように、ワイヤ20の外周部に設けられた凸部21との間にいわゆるワンウェイクラッチを形成するようになっている。
【0016】
係止部153は、基端部151に続く小径部と頂部の大径部からなり、顎間牽引ゴムが係止されやすく、外れにくい形状になっている。また、係止部153の頂部は球面状をしており、顎間固定ブラケットを装着された患者の口腔内の損傷を防止し、不快感を和らげるようになっている。
【0017】
ワイヤ20は、図1に示すようにブラケット本体11の側面端部から延伸している。ワイヤ20は公知の鋼線、チタニウム又はチタニウム合金製の細線を使用することができる。例えば線径が0.5mmの鋼線を用いその一端を樹脂製のブラケット本体11に埋め込んで構成することができる。また、ワイヤ20は、歯を1周回して少し余る程度の長さになっている
【0018】
また、ワイヤ20は図2に示すように、その外周部に複数個の爪状の凸部21を有する。このような凸部21は、例えば転造、鍛造等の加工法により形成することができる。この凸部21は、以下に説明するように挿通孔154の凸部155とワンウェイクラッチを構成するものであるからその機能を満たす程度にワイヤ20の先端部に複数個設ければよい。ワイヤ20の全長にわたって設ける必要はない。ワイヤ20に設けられる凸部21の範囲及びその個数は、挿通孔154の長さ及びその内周面に設けられる凸部155等との関係で決められる。
【0019】
上記顎間固定ブラケット10は、図3及び4に示すように歯40に装着され顎間固定術がなされる。すなわち、図3に示すように、顎間固定ブラケット10のブラケット本体11を所定の歯40の面内に収まるように配し、ワイヤ20を歯40の隙間を通して歯40に巻き付けた後挿通孔154に対しワイヤの延伸方向の向きに挿通する。次に、挿通孔154から引き出されたワイヤ20の先端部23をペンチ等で引き付け緩みがないように歯を締めあげる。
【0020】
さらに、図4に示すように、顎間固定ブラケット10を上顎及び下顎の所要の歯40A、40Bにそれぞれ10A、10Bのように複数個装着する。最後に、顎間固定ブラケット10A、10Bの係止突起15の係止部153間に顎間牽引ゴム30を掛け渡して顎間固定を行う。
【0021】
上記操作において、挿通孔154に対してワイヤ20がその延伸方向の向きに所定の力で押し込み又は引き抜かれようとするときは、ワイヤ20の外周部に設けられた凸部21又は凹部22が挿通孔154の内周部に設けられた凸部155又は凹部156を乗り越えるように弾性変形させてワイヤ20の送りを可能とする。これに対して、ワイヤ20が挿通孔154に挿通された後、挿通孔154に対してワイヤ154がその延伸方向と逆向きに押し込まれ又は引き抜かれようとするときは、ワイヤ20の外周部に設けられた凸部21又は凹部22と挿通孔154の内周部に設けられた凸部155又は凹部156とが噛み合いワイヤ20の送りが阻止される。すなわち、ワイヤ20は、挿通孔154に対してワイヤの延伸方向にのみ挿通することができるワンウェイクラッチが形成される。これにより顎間固定ブラケット10を歯40の面上に緊縛することができる。なお、挿通孔154に対してワイヤ20を挿通させるときの押し込み又は引き抜きの力は、医師等がペンチ等で容易に引き付けることができる程度の力がよい。また、ワイヤ20の先端部25が安全を損なうほど長い場合は切断するのがよい。
【0022】
このような顎間固定法により、容易かつ短時間で正しい咬合を誘導することができるように上顎及び下顎間の顎間固定を行うことができる。正しい咬合を誘導するには、大きい歯には大きい引っ張り力を負荷できるようにするのがよい。このため、顎間固定ブラケット10を歯40の大きさに合わせてサイズ分けするのがよい。例えば、大臼歯、小臼歯、犬歯又は前歯用等にサイズ分けするのが好ましい。また、サイズ分けしたものは区別しやすいように色分けするのが好ましい。
【0023】
以上、顎間固定ブラケット10及びこれを用いた顎間固定法について説明した。しかしながら、本発明は上記実施例に限定されない。例えば、上述のワンウェイクラッチは、ワイヤ20の先端外周部に設けられた凸部21と、図5(a)に示す挿通孔154の内周部に設けられた凹部156との間で形成することができる。
【0024】
また、挿通孔154の内周部に設けられた凸部155と、図6(a)に示すワイヤ20の先端外周部に設けられた複数の凹部22との間に、あるいは、図6(b)に示すワイヤ20の先端外周部に設けられた連珠との間にワンウェイクラッチを形成することができる。
【0025】
また、ワンウェイクラッチの機能において、挿通孔154の内周部に設けられる凸部155又は凹部156の弾性特性が重要である。このため、挿通孔内周部に設ける凸部155又は凹部156の弾性特性を比較的自由に選択できるように、図7に示すように、ワイヤ20とワンウェイクラッチを形成する挿通孔154を設けた挿通孔形成部材Aを係止突起の基端部151に埋め込んで係止突起15を形成するのがよい。
【0026】
さらに、例えば、挿通孔154の孔径をワイヤ20の最大径よりわずかに小さくするとともに、図8に示すように、係止突起15の頂部から挿通孔154につながる溝157を設けた構造にすることができる。この場合は、挿通孔154に挿通されたワイヤ20に係止突起15部から圧縮力を作用させ、ワイヤ20の緩み防止を図ることができる。
【0027】
また、ブラケット本体11上に2つの係止突起15を設けることができる。この場合は、顎間固定ブラケット10を係止突起15が歯40と歯40の間にあるように配設でき、患者が顎間固定ブラケット10を装着した際に受ける不快感を軽減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】本発明に係る顎間固定ブラケットを示す一部断面図である。
【図2】図1のワイヤ部分の一部断面拡大図である。
【図3】顎間固定ブラケットを歯に緊縛する手順の説明図である。
【図4】顎間固定ブラケットを用いて顎間固定を行う手順の説明図である。
【図5】係止突起に設けられた挿通孔部分の構造の他の実施例を示す断面図である。
【図6】ワイヤの端部形状が、複数の凹部を有する場合の一部断面図(a)、連珠形の場合の正面図(b)である。
【図7】挿通孔構成部材により挿通孔を形成する場合の実施例の断面図である。
【図8】係止突起部が他の構造を有する場合の実施例を示す一部断面図である。
【符号の説明】
【0029】
10、10A、10B 顎間固定ブラケット
11 ブラケット本体
15 係止突起
151 基端部
153 係止部
154 挿通孔
155 凸部
156 凹部
157 溝
20 ワイヤ
21 凸部
22 凹部
25 先端部
30 顎間牽引ゴム
40、40A、40B 歯

【特許請求の範囲】
【請求項1】
歯に対する装着面を有するブラケット本体と、該ブラケット本体の上面に一体に結合された係止突起と、前記ブラケット本体の側面端部から延伸するワイヤとからなり、
前記係止突起は、その基端部に前記ワイヤの延伸方向と平行に設けられた挿通孔と、該挿通孔の上部に設けられた顎間牽引ゴムの係止部とを有し、
前記挿通孔と前記ワイヤとの間に、該挿通孔に対して該ワイヤをその延伸方向の向きにのみ挿通させることができるワンウェイクラッチが形成されてなる顎間固定ブラケット。
【請求項2】
ワンウェイクラッチは、ワイヤの外周部に設けられた凸部又は凹部と挿通孔の内周部に設けられた凸部又は凹部との間に形成され、
前記挿通孔に対して前記ワイヤがその延伸方向の向きに所定の力で押し込まれ又は引き抜かれようとするときは、前記ワイヤの外周部に設けられた凸部又は凹部が前記挿通孔の内周部に設けられた凸部又は凹部を乗り越えるように弾性変形させて該ワイヤの送りを可能とし、
前記ワイヤが挿通孔に挿通された後、該挿通孔に対して該ワイヤがその延伸方向と逆向きに押し込まれ又は引き抜かれようとするときは、前記ワイヤの外周部に設けられた凸部又は凹部と前記挿通孔の内周部に設けられた凸部又は凹部とが噛み合い前記ワイヤの送りが阻止されるように形成されてなることを特徴とする請求項1に記載の顎間固定ブラケット。
【請求項3】
係止突起は、その基端部にワイヤとワンウェイクラッチを形成する挿通孔形成部材を入れ込んで形成してなることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の顎間固定ブラケット。
【請求項4】
ブラケット本体は、異なるサイズごとに色づけされていることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の顎間固定ブラケット。
【請求項5】
ブラケット本体に2つの係止突起を設けたことを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の顎間固定ブラケット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2006−167275(P2006−167275A)
【公開日】平成18年6月29日(2006.6.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−365904(P2004−365904)
【出願日】平成16年12月17日(2004.12.17)
【出願人】(504136568)国立大学法人広島大学 (924)
【Fターム(参考)】