説明

香料調合における新規調合方法

【課題】対象物を鼻で嗅いだ香りを、口腔内環境で再現する香料を調合するために、機器分析で得たデータに基づき、香料の組成を簡便に補正する方法を提供する。
【解決手段】基剤に人工唾液を含有する口腔内モデル環境溶液と、人工唾液を含有しない非口腔内環境溶液に香料組成物を投入し、揮散する香気成分をそれぞれ捕集するか、口腔内モデル環境溶液と非口腔内環境溶液に香気成分を含む気体を通過させてそれぞれ捕集した成分を分析し、両者の差異から補正値を算出して香料組成物の組成比を補正する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は香料の調合方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的には、香料を調合する場合、対象となる香気をもつ物質をガスクロマトグラフ等で機器分析し、得られたデータに基づき調合している。しかしながらこのガスクロマトグラフィーで得たデータに基づいて作成された調合品を果汁入り飲料などの基材に添加し試飲した場合、最初に対象物を鼻で嗅いだ香りと異なって感じる場合が多々ある。これは最初の段階で対象物質の香気を捕集する場合、口腔内で香気が発現する環境を考慮していないことに起因する。そこで近年、口腔内を想定し、口腔内における香気の発現を調査しようという研究が行われてきた。
【非特許文献1】Robert, D. D., Acree, E. T., J. Agric. Food Chem., 43, 2179−2186, (1995)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
前記のように最初に香料組成物を鼻で嗅いだ香りと、基剤に該香料組成物を添加して試飲したときに感じる香気に違いがあることは知られていたものの、この違いを補正する方法としては、基材に実際に香料組成物を添加し、官能評価して微調整を重ねるというものであった。本発明の目的は、対象物を鼻で嗅いだ香りを、口腔内環境で再現する香料を調合するために、機器分析で得たデータに基づき、香料の組成を簡便に補正する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明は、人工唾液を混合した口腔内モデル環境と、人工唾液を用いない非口腔内環境に香料組成物を投入し、揮散する香気成分をそれぞれ捕集して成分分析し、両者の差異から補正値を算出して香料組成物の組成比を補正する香料の調合方法である。
【発明の効果】
【0005】
本発明の方法を利用すると、口腔内で感じる香気を、補正前の香料組成物を鼻で嗅いだ香りと、簡便に一致させることができる。これにより、従来官能評価と香料組成比の微調整を繰り返す方法に比して、格段に作業効率を向上させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0006】
本発明は、口腔内の環境により変化する香気バランスを補正することで、口腔内における香気イメージを最適化する方法である。本発明の補正方法は、人工唾液と含有する口腔内モデル環境と、人工唾液を用いない非口腔内環境で揮散する香気成分をそれぞれ捕集し、成分分析した結果を比較することによって、補正値を算出して香料組成物の組成比を補正する方法である。
【0007】
本発明の口腔内モデル環境溶液とは、口腔内における唾液による香気への影響を測定するためのものであって、唾液を再現した人工唾液を基剤中に含有させた溶液をいう。本発明で用いられる人工唾液としては、アミラーゼ、無機塩、ムチンを含有する水溶液が使用される。本発明の人工唾液に使用されるアミラーゼは、α−アミラーゼを使用し、塩はNaHCO、KHPO、NaCl、KCl、CaCl・2HO、ムチンはブタ胃由来のものを使用することができる。より具体的な組成としては例えば、蒸留水1000mlに、NaHCOを5.208g、KHPOを1.369g、NaClを0.877g、KClを0.477g、CaCl・2HOを0.441g、ブタ胃ムチンを2.160g、α−アミラーゼを125,000 units加えて溶解させたものが一例として挙げられる。
【0008】
また、本発明の非口腔内環境溶液とは、人工唾液を含有しない基剤のみからなる溶液をいう。
【0009】
本発明でいう基剤とは、香料組成物を投入し、もしくは香気成分を通過させる媒体をいう。具体的には、水、または水を主体とする溶液であって、果汁、飲料、ピューレに加水して粘度調整した溶液や、コーヒー、紅茶、お茶などの抽出液を含む溶液、炭酸を含む溶液、砂糖・水飴・乳製品・安定剤からなるアイスクリーム、ゲル化剤を使用したゼリー・プリン、卵を使用し焼いて固めたプリン、ヨーグルト、ヨーグルト等に添加して使用されるフルーツプレパレーション、乳や乳を含む飲料、その他香料の用途に合わせて付香対象を使用することができる。これら基剤は、粘度が高い飲食品などを使用する場合、水を加えて容易に撹拌できる程度、もしくは気体状の香気成分を通過させる場合は気泡が容易に移動できる程度に粘度を調整することが好ましい。
【0010】
本発明では、補正対象の香料組成物を、口腔内モデル環境溶液に投入して、気散する香気成分を捕集するか、または補正対象の香料組成物から気散させた成分をキャリアーガスと共に、口腔内モデル環境溶液中を通過させて、排出されるガス中の香気成分を捕集する方法が用いられる。
【0011】
香料組成物を溶液中に投入する場合は、キャリアーガスの導入口と排気経路を有する密閉容器に人工唾液に補正対象の香料組成物を投入し35〜37℃、好ましくは37℃の条件下で撹拌し、気散する香気成分を、キャリアーガスと共に系外の成分捕集手段に導入して捕集する。
【0012】
溶液中に香料揮散成分を通過させる場合は、キャリアガスの導入口と排気口を有する密閉型容器に口腔内環境溶液または非口腔内環境溶液を導入し35〜37℃、好ましくは37℃の条件下で撹拌する。次に、キャリアガスの導入口と排気口を有する密閉型容器に香料組成物を投入して、キャリアーガスを導入しする。排出口から排出される揮発性成分を含むキャリアガスを、前記の口腔内環境溶液または非口腔内環境溶液中に導入し、撹拌しつつバブリングする。口腔内環境溶液または非口腔内環境溶液を通過した揮発性成分を含むキャリアガスを系外の成分捕集手段に導入して揮発性成分を捕集する。
【0013】
本発明においては、前記口腔内モデル環境溶液より揮発させて捕集した香気成分と、非口腔内環境溶液に香料組成物を投入して気散させて捕集した香気成分を機器分析して比較する方法が使用される。また別法として、香料組成物を気散させて、キャリアーガスと共に口腔内モデル環境基溶液を通過させて捕集した香気成分と、非口腔内環境溶液を通過させて捕集した香気成分を機器分析して比較する方法が使用される。
【0014】
本発明における、香気成分の捕集方法には、公知の揮発性成分の捕集方法が適用できるが、通常はたとえば、固相マイクロ抽出(以下、SPMEと標記する)法やTenax樹脂吸着による捕集など、微量成分の捕集に適した方法が選択される。
【0015】
本発明における香気成分分析は、ガスクロマトグラフあるいはガスクロマトグラフ質量分析計を使用することができる。たとえば、香気をSPME法で捕集し、成分吸着した捕集媒体をガスクロマトグラフ等の注入口から導入し熱脱着して分析を行い、得られたエリア面積を分析値として使用する。
【0016】
ガスクロマトグラフ分析で得られた各香料成分の分析値についてまず唾液を含まない非口腔内環境溶液の値を選択する。次に、口腔内モデル環境溶液の値を選択し、先に選択した値で除する。そのときの値の逆数を補正値とする。この補正値を各香料成分の配合量に乗したものを係数補正した香料組成物の配合量とする。
【0017】
本発明によって配合比を補正した香料組成物は、飲食品や歯磨き、洗口剤などの口腔用製品全般に使用される。特にブリックパックやチルド用カップなどストローを使用して飲用する飲料、ゼリー飲料などチューブ型容器入り飲食品など、開封後の香気が大気中に発散しにくい摂取形態の飲食品に好ましく使用される。
【0018】
また、本発明の香料組成物の補正部分、すなわち補正前の香料組成物と補正後の香料組成物の各香料成分の差分にあたる組成物を別途異なる形態とすることもできる。香料組成物の補正部分は、たとえば配糖体などの香料成分の前駆体をモル比換算で置き換えることもでき、また補正部分の香料組成物をマイクロカプセルなど公知の方法で包括して補正前の香料組成物に加えることもできる。このように補正部分を異なる形態とする方法は、飲食時に口腔内環境において発散されることから、チューインガムなど口腔内で咀嚼を要する食品に特に好ましく用いられる。
【実施例】
【0019】
(補正値の算定)
使用した実験装置の実験条件は、SPMEの捕集媒体にSPELCO:RED、Polydimethylsiloxane、膜厚100μm、捕集容器をムエンケ式洗浄瓶500ml、キャリアーガスにN、ガスの気流量は20ml/min、ガスの通気時間は5分間、SPMEによる捕集場所はムエンケ式洗浄瓶出口、対象物容量は100ml、対象物に添加したフレーバーの添加量は0.02%、ウォーターバス内温度は37℃、捕集容器内を撹拌するスターラーは120rpmの回転数で実験した。
【0020】
実験に使用した成分および濃度既知のフレーバー(標準フレーバー)は以下の処方で配合した組成物を使用した。

───────────────────────────
Isoamyl acetate 50mg
Ethyl acetate 10mg
Butyl butyrate 10mg
Isoamyl butyrate 10mg
Isoamyl isovalerate 5mg
Octanol 3mg
trans−2−Hexenal 3mg
2−Methylbutyric acid 3mg
Hexanoic acid 3mg
Butyric acid 3mg
Ethanol 900mg
───────────────────────────
【0021】
人工唾液は、以下の成分を配合し、蒸留水で1000mlに調整したものを使用した。

────────────────────────
NaHCO 5.208g
HPO 1.369g
NaCl 0.877g
KCl 0.477g
CaCl・2HO 0.441g
ブタ胃ムチン 2.160g
α−アミラーゼ 125,000 units
────────────────────────
【0022】
対象物として基材に使用したものは精製水、100%バナナ果汁(濃縮果汁を精製水で100%果汁になるように調製)、50%バナナピューレ(100%ピューレを50%に精製水で調製)の3タイプ用意した。人工唾液を3タイプそれぞれの1/5量添加したものを口腔内モデル環境溶液とした。
【0023】
それぞれ実験条件に基づき捕集した香気をガスクロマトグラフ質量分析した。条件は分析装置はHP社6890/5973MSD、使用カラムはTC−WAX,30m×0.25mm×0.25μm、カラム流量は1.5ml/min.,34cm/sec.,17psi(定圧モード)、カラムオーブン温度は最初65℃〜120℃(3℃/min.)で後に、120℃〜250℃(5℃/min.)まで昇温した。検出器はMSD,EI,70eV、注入口温度は250℃で分析した。
【0024】
このガスクロマトグラフ質量分析で得られた結果、人工唾液が入ってない非口腔内環境(鼻で嗅いだ香りを想定)と人工唾液が入ってる口腔内モデル環境(口腔内の香りを想定)のアバンダンスの差異を求め算出した値をRN−Factorとした。
【0025】
RN−FactorはIsoamyl acetateなどの各成分ごとまた、各成分のRN−Factorは各基材ごとに算出した。例えば精製水が基材の場合Isoamyl acetateは0.81、Butyl butyrateは1.08、Isoamyl butyrateは1.29、Isoamyl isovalerateは1.44、Octanol 1.31などのRN−Factorを得た。これを最初の配合に乗ずるとそれぞれ、Isoamyl acetateは40.7、Butyl butyrateは10.8、Isoamyl butyrateは12.9、Isoamyl isovalerateは7.2、Octanol 3.9となる。これを基に調合した香料を基材に添加すると、対象物に近い香気をもった飲料を作成することができた。
【0026】
(補正品の確認試験)
非口腔内環境と口腔内モデル環境で測定した揮発性成分の揮発量と、RN−Factorを用いて算出されたフレーバーを用いて口腔内モデル環境で測定した揮発性成分量の比較を行った。
【0027】
非口腔内環境で標準フレーバーを添加した場合に比べて口腔内モデル環境に標準フレーバーを添加した場合は各香気成分の減少が見られた。これに対し唾液を添加したサンプルにRN−Factorで算出したフレーバーを添加した場合ではガスクロマトグラフ質量分析上は、ほぼ非口腔内環境の場合と同様の数値を得られた。図1に基材が精製水の場合における本発明のガスクロマトグラフ質量分析の結果を示した。
【0028】
(効果の確認)
非口腔内環境と口腔内モデル環境に標準フレーバーを添加した場合、RN−Factorを用いて算出されたフレーバーを口腔内モデル環境に添加した場合の香気の官能検査の比較を行った。
【0029】
パネルは研究部の8名を選出した。男女構成は、男性5名、女性3名である。年齢構成は20代5名、30代3名である。サンプルは3つの基材(精製水・果汁・ピューレ)ごとに非口腔内環境溶液と口腔内モデル環境溶液に、それぞれ標準フレーバーを添加した試料とRN−Factorを用いて算出されたフレーバーを用いて口腔内モデル環境溶液に添加した試料の3種類を調整し、さらに無作為な3桁の数字をラベルとして与えた。サンプルは常温にて評価に供した。評価項目はあらかじめパネルに言葉出しをしてもらい約40項目の評価用語の中から青さ、甘さ、バナナ様、フルーティー、強さの5項目を選出し設定した。それぞれの項目の強度について、1〜9の9段階尺度で評価を実施した。
【0030】
パネルは無作為な順序で提示されたサンプルの匂いを嗅ぎ、上記の評価項目について官能評価を行なった。評価結果は市販の統計解析ソフトSPSS13.0Jを用いて一元配置分散分析法、多重比較法(ダンカン法)にて解析した。
【0031】
結果の表を表1、2、3に示す。I、II、IIIは、それぞれ非口腔内環境での試験結果、口腔内モデル環境での試験結果、RN−Factorを用いて算出されたフレーバーを用いた口腔内モデル環境での試験結果を表している。各評価項目についてサンプル間に差があるかどうかを一元配置分散分析法と多重比較法(ダンカン法)を用いて検討した。結果の数値は1〜9の9段階の平均値で表し、脇のアルファベットは有意差の結果を示す。これは同じ文字の付いた付いたサンプル同士には差が認められないことを現している。
【0032】
【表1】

【0033】
【表2】

【0034】
【表3】

【0035】
表よりIとIIIで差異がなくIIのみ官能的に差異があるとパネルに判断されている項目がそれぞれの基材で多く見られることから、IとIIIは似たような香気を持ち、IIは異なっていると評価した。よってこのRN−Factorによる調合方法が香料開発に有効であることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0036】
今発明は対象物の香気を新規方法で捕集するだけで、既存の分析装置を使用し、また既存の香料成分を用いて香料の調合を格段に早めることができる。また市販の製品でブリックパックのようなストローを使用する飲料の場合、つまり鼻から匂いを嗅ぐことがないような飲料にも口腔内でより対象物に近い香気を再現できる。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】基材が精製水の場合における、人工唾液非存在下と人工唾液存在下の香気成分気散量、本発明の補正方法によって調合された試料の人工唾液存在下における、香気成分気散量の再現性を示すガスクロマトグラフ質量分析結果。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基剤に人工唾液を含有する口腔内モデル環境溶液と、人工唾液を含有しない非口腔内環境溶液に香料組成物を投入し、揮散する香気成分をそれぞれ捕集して成分分析し、両者の差異から補正値を算出して香料組成物の組成比を補正する香料の調合方法。
【請求項2】
基剤に人工唾液を含有する口腔内モデル環境溶液と、人工唾液を含有しない非口腔内環境溶液に、香料組成物から揮発する香気をキャリアガスと共に通気し、排出される香気成分をそれぞれ捕集して成分分析し、両者の差異から補正値を算出して香料組成物の組成比を補正する香料の調合方法。
【請求項3】
人工唾液がα−アミラーゼ、無機塩、動物性ムチンを含有することを特徴とする請求項1または2に記載の香料の調合方法。
【請求項4】
請求項1乃至3に記載の方法により補正された組成比に従って調合された香料。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2007−236233(P2007−236233A)
【公開日】平成19年9月20日(2007.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−60602(P2006−60602)
【出願日】平成18年3月7日(2006.3.7)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成17年11月1日 畠中稔発行の「第49回香料・テンペルおよび精油化学に関する討論会講演要旨集」に発表
【出願人】(000201733)曽田香料株式会社 (56)
【Fターム(参考)】