説明

駆動力配分装置

【課題】クラッチ機構を潤滑・冷却する流量を十分に確保することができるとともに、潤滑・冷却を効率的に行うことができるようになり、性能安定性及び耐久性の向上を実現した駆動力配分装置を提供する。
【解決手段】駆動力配分装置1は、ケース2と、メインクラッチ40と、パイロットクラッチ50と、入力回転部材20の回転によりケース2の第1の内部空間3から撥ね上げられ、入力回転部材20の第2の内部空間26に供給される潤滑油を一時溜めるオイル溜り部80とを備えている。オイル溜り部80は、メインクラッチ40の締結側のケース2及び入力回転部材20間に形成された環状の設置空間により構成されている。メインクラッチ40及びパイロットクラッチ50の少なくとも一方は、クラッチプレート摩擦係合面45,57に供給される潤滑油の油量がクラッチプレート摩擦係合面45,57を通過する油量よりも増加する構成の流量制限部を有している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、クラッチ機構を備えた駆動力配分装置に係わり、特に、クラッチ機構の潤滑牲及び冷却牲などの向上を図った駆動力配分装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、例えば四輪駆動車における各種の駆動力配分装置が提案されている。この種の従来の駆動力配分装置の一例としては、例えばデフケースの内部に、互いに相対回転可能に配置された入力回転部材及び出力回転部材間のトルク伝達を制御するクラッチ機構を備えており、デファレンシャルの特性や性能に適合する潤滑油とは異なる特性や性能の潤滑油をクラッチ機構の潤滑・冷却に用いた駆動力配分装置がある(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
この特許文献1に記載された従来の駆動力配分装置は、デフケース(ケーシング)の内部に入力回転部材となるカップリングケースを回転可能に支持している。そのカップリングケースの内部には、筒状シャフトが相対回転可能に配置されている。その筒状シャフトの内部には、デフケースの内部に回転可能に配置された出力回転部材となるドライブピニオンシャフトの前端部が取り付けられている。
【0004】
その筒状シャフト及びカップリングケース間に形成された内部空間は、カップリングオイル室を形成している。そのカップリングオイル室には、クラッチ機構が同一軸線上に設けられるとともに、カップリングオイルが封入されている。そのカップリングケース及びデフケース間に形成された内部空間は、液密及び気密に封止されており、空気室を形成している。そのデフケース及びドライブピニオンシャフトの後端部間に形成された内部空間は、カップリングオイル室及び空気室とは独立して液密及び気密に封止されており、デファレンシャルオイル室を形成している。そのデファレンシャルオイル室には、デファレンシャルオイルが封入されている。
【0005】
この従来の駆動力配分装置によれば、カップリングオイルとデファレンシャルオイルとを別個に選択して封入することが可能となり、他の動力伝達機構や構成部品に要求される機能や特性との適合性に関わりなく、クラッチ機構の特性や性能に適合するカップリングオイルを選択して封入することができるとしている。
【0006】
従来の駆動力配分装置の他の一例としては、例えば入力回転部材となるクラッチハウジングの回転により発生する遠心力で、クラッチハウジングを回転可能に支持する支持ハウジングに封入された潤滑油を、クラッチハウジング内に配されたクラッチ機構に供給する潤滑構造を有する駆動力配分装置がある(例えば、特許文献2参照)。
【0007】
この特許文献2に記載された従来の駆動力配分装置は、アーマチュアと電磁石との間に配されたパイロットクラッチと、パイロットクラッチの締結により推力を発生するカム機構と、カム機構の推力が伝達されることで締結されるメインクラッチとを備えており、支持ハウジングからクラッチハウジングに供給される潤滑油を一時溜めるオイル溜り部(環状空間部)をクラッチハウジングの電磁石側の設置空間に設けている。その設置空間は、支持ハウジングと、クラッチハウジングと相対回転可能に支持された出力回転部材となる車軸と、電磁石と、支持ハウジング及び車軸間に介装されたオイルシールとにより形成されている。
【0008】
この従来の駆動力配分装置の潤滑構造によると、支持ハウジングに封入された潤滑油が、クラッチハウジングの回転により発生する遠心力で、支持ハウジングの内面に設けられたオイルガータへ掻き上げられる。そのオイルガータからの潤滑油は、支持ハウジングに形成されたガイド凹部と、電磁石の支持体に形成された切欠とを介して環状空間部へ移動する。その環状空間部に溜められた潤滑油は、クラッチハウジングと車軸との相対回転によりクラッチハウジングの内部へ引き込まれて移動する。その潤滑油は、クラッチハウジングの回転による遠心力により、クラッチハウジングの外周面に形成された複数の油孔(導入窓)から支持ハウジングの内部へ排出されるようになっている。
【特許文献1】特許第3442250号公報
【特許文献2】特開2007−285459号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ところで、上記従来の駆動力配分装置は、クラッチ機構のクラッチプレートの滑りを伴う状態で使用されるので、そのクラッチプレート間の摩擦熱による過熱、クラッチプレートの磨耗やオイル切れなどが発生する。このため、クラッチプレートの潤滑・冷却を行なうために潤滑油が供給される。しかしながら、上記特許文献1に記載された従来の駆動力配分装置は、デフケースの内周面とカップリングケースの外周面とにより形成された内部空間が空気室となっているので、以下の様々な問題点を有している。
(1)空気によりパイロットクラッチ、カム機構、メインクラッチなどのカップリング(クラッチ機構)を冷却する構成では、カップリング内部を十分に冷却できないので、カップリングケースの外側の冷却牲が悪い。そのため、悪路走行などによるクラッチ発熱の多い環境条件下では、駆動力配分装置の内部の温度上昇が早くなり、長時間の運転走行ができない。
(2)冬季の外気温度が低い環境条件下では、冷え切った駆動力伝達装置の内部温度が上昇し難い。そのため、駆動力伝達装置内のオイルの粘性が高くなり、そのオイルの粘性抵抗により大きな引きずりトルクが発生し、車両操縦性の悪化を招く。
(3)カップリングケース内には、カップリングが密集状態に配設される。そのため、カップリングケースの内部空間に余裕が少なく、その容積が小さくなる。その結果、カップリングケース内の封入油量が少ないので、潤滑油の劣化が早くなり、シャダーの防止耐久性の寿命が短い。
【0010】
一方、上記特許文献2に記載された従来の駆動力配分装置は、支持ハウジングからクラッチハウジングへ循環供給される潤滑油を一時溜める環状空間部をクラッチハウジングの電磁石側の配置空間に設けているので、以下の問題点を有している。
(1)環状空間部に溜められた潤滑油は、クラッチハウジングと車軸との相対回転により、クラッチ機構の電磁石側からパイロットクラッチ、カム機構などの構成部品を介して離間したメインクラッチ側へ引き込まれて移動するので、この各種構成部品が潤滑油の流れを阻害することとなり、パイロットクラッチ、メインクラッチを充分に潤滑し難くなる。そのため、パイロットクラッチ、メインクラッチの冷却を確実に行うことができず、これらのクラッチプレートの摩耗、劣化が激しくなりやすい。
(2)パイロットクラッチ及びメインクラッチの摺動に伴うエネルギー損失により、多大なクラッチ発熱が発生する。特に、メインクラッチのクラッチ発熱が最も多くなるので、メインクラッチに対しては潤滑油により充分に潤滑・冷却を行う必要がある。しかしながら、クラッチハウジングの外周面には、複数の油孔(導入窓)が形成されているので、メインクラッチ側へ引き込まれて移動する潤滑油は、クラッチハウジングの回転により発生する遠心力の作用でクラッチハウジングの油孔から支持ハウジングの内部へ急速に排出されてしまい、メインクラッチへの潤滑油の油量が充分に確保され難い。
(3)メインクラッチに対して充分な潤滑・冷却が得られない場合は、クラッチプレート摩擦係合面が過熱することとなり、フェーシング材がクラッチプレートから剥離したり、フェーシング材が炭化したりしてしまうので、メインクラッチの寿命が著しく短くなる。
【0011】
従って、本発明は、上記従来の課題を解消すべくなされたものであり、その具体的な目的は、クラッチ機構を潤滑・冷却する流量を十分に確保することができるとともに、潤滑・冷却を効率的に行うことができるようになり、性能安定性及び耐久性の向上を実現した駆動力配分装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
[1]本発明は、潤滑油が封入された第1の内部空間を有するケースと、前記ケースの前記第1の内部空間に回転可能に支持され、第2の内部空間を有するケース状の入力回転部材と、前記入力回転部材の前記第2の内部空間に相対回転可能に支持された出力回転部材と、前記入力回転部材及び前記出力回転部材間の前記第2の内部空間にあって、前記入力回転部材及び前記出力回転部材間のトルク伝達を断続するメインクラッチ、及び通電により前記メインクラッチの伝達トルクを制御するパイロットクラッチを有するクラッチ機構と、前記入力回転部材の回転により前記第1の内部空間から前記第2の内部空間に供給される前記潤滑油を一時溜めるオイル溜り部とを備え、前記オイル溜り部は、前記メインクラッチの締結側の前記ケース及び前記入力回転部材間に形成され、前記メインクラッチ及び前記パイロットクラッチの少なくとも一方は、クラッチプレート摩擦係合面に供給される前記潤滑油の流量が前記クラッチプレートの摩擦係合面を通過する流量よりも増加する構成の流量制限部を有していることを特徴とする駆動力配分装置にある。
[2]上記[1]記載の発明にあって、前記メインクラッチ及び前記パイロットクラッチの少なくとも一方は、前記クラッチプレート摩擦係合面の内径部を除く外径部側の領域に放射状に形成された複数の油溝を有し、前記流量制限部は、前記クラッチプレート摩擦係合面の前記内径部により構成されていることを特徴としている。
[3]上記[1]又は[2]記載の発明にあって、前記パイロットクラッチは、複数のアウタクラッチプレート及び複数のインナクラッチプレートを有し、前記アウタクラッチプレートは、前記インナクラッチプレートと接触しない非摩擦係合面側から摩擦係合面に向けて傾斜する傾斜部を有していることを特徴としている。
[4]上記[1]記載の発明にあって、前記オイル溜り部は、前記メインクラッチの締結側の前記ケースと、前記入力回転部材と、前記メインクラッチの締結側の前記ケースに前記入力回転部材を回転可能に支持するベアリング部材と、前記ケース及び前記出力回転部材間をシールするシール部材とにより囲まれた環状の設置空間により構成されていることを特徴としている。
[5]上記[1]記載の発明にあって、前記ケースには、前記入力回転部材の回転により前記第1の内部空間から撥ね上げられた前記潤滑油を収集するオイルガータと、前記オイルガータから流出する前記潤滑油を前記オイル溜り部へ誘導する誘導路とが設けられ、前記入力回転部材には、前記オイル溜り部に溜められた前記潤滑油を前記第2の内部空間に供給する供給孔と、前記供給孔に連通する導入路と、前記入力回転部材の回転を受けて、前記導入路から前記第2の内部空間に導入された前記潤滑油を前記第1の内部空間へ排出する排出孔とが設けられていることを特徴としている。
[6]上記[5]記載の発明にあって、前記供給孔の外径D1、前記導入路の外径D2、及び前記メインクラッチのクラッチプレートの内径D3が、D1<D2<D3の関係を有していることを特徴としている。
[7]上記[4]記載の発明にあって、前記ベアリング部材は、シールを有するシール付きベアリングからなることを特徴としている。
[8]上記[4]記載の発明にあって、前記オイル溜り部は、前記ベアリング部材及び前記シール部材間にオイルダクトを形成していることを特徴としている。
[9]上記[1]記載の発明にあって、前記クラッチ機構は更に、前記パイロットクラッチの伝達トルクを前記メインクラッチに対する押付け力に変換するカム機構と、前記メインクラッチの締結側とは反対側の前記入力回転部材の壁部の外側に軸線方向移動可能に設けられた電磁石と、前記入力回転部材の前記壁部の内部に前記パイロットクラッチに向けて移動可能に配され、前記パイロットクラッチを押付ける押圧部材とを有し、前記押圧部材は、前記電磁石に通電することで、前記入力回転部材との間で前記電磁石に作用する磁気吸引力により前記パイロットクラッチの操作力を調整することを特徴としている。
[10]上記[9]記載の発明にあって、前記電磁石は、前記ケースの内周面に支持されていることを特徴としている。
[11]上記[9]記載の発明にあって、前記電磁石は、前記入力回転部材の軸部に対して相対回転可能及び軸方向移動可能に支持され、かつ、前記ケースに対して回転不能に支持されていることを特徴としている。
【発明の効果】
【0013】
本発明は、入力回転部材の回転により発生する遠心力で潤滑油をクラッチ機構へ能動的に供給することで、クラッチ機構への潤滑油の供給を安定化させることが可能となり、クラッチ機構の磨耗、オイル切れなどを効果的に抑制することが可能になる。これにより、潤滑牲、冷却性、性能安定性及び耐久性の向上を達成することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明の好適な実施の形態を添付図面に基づいて具体的に説明する。
【0015】
[第1の実施の形態]
図1は、本発明の代表的な実施の形態である駆動力配分装置の内部構造を概略的に示す断面図である。
【0016】
(駆動力配分装置の構成)
図1において、符号1は、四輪駆動車のプロペラシャフトとリヤデファレンシャルとの間に配置された駆動力配分装置の全体構成を概略的に示している。この第1の実施の形態に係る典型的な駆動力伝達装置1は、入力回転部材である回転軸部21を有するカップリングケース20を備えている。このカップリングケース20は、回転軸線方向(車体前後方向)に延びる一対のケースを組み合わせたリヤデフケース2,2により覆われており、リヤデフケース2の内周面及びカップリングケース20の外周面間により所要の第1の内部空間3が形成されている。リヤデフケース2の内部には、リヤデファレンシャルを回転駆動する出力回転部材であるドライブピニオンシャフト4がカップリングケース20の回転軸部21と同一軸線上に配置されている。
【0017】
カップリングケース20の回転軸部21は、図1に示すように、エンジンからの駆動力が伝えられるプロペラシャフト側のフランジ5の円筒部内にナット6により締付固定されている。そのフランジ5には、プロペラシャフトと一体に取り付けられたフランジが連結固定されるようになっている。
【0018】
(リヤデフケースの構成)
ドライブピニオンシャフト4の前端部には、図1に示すように、円筒状のハブ27の内周面がスプライン連結されており、ベアリング15を介してカップリングケース20に相対回転可能に支持されている。ドライブピニオンシャフト4の後端部は、一対のテーパローラベアリング7,7を介してリヤデフケース2の内周面に回転可能に支承されており、スペーサ及びナットにより一体化されている。ドライブピニオンシャフト4の後端部先端には、リヤデファレンシャルのギヤ機構と噛合されるギヤ8が一体に形成されている。
【0019】
リヤデフケース2の後端部には、図1に示すように、カップリングケース20の軸受部となる円筒壁部9がカップリング側に向けて延在されている。リヤデフケース2の前端部に形成された開口とプロペラシャフト側のフランジ5の外周面との間には、オイルシール10が配されている。リヤデフケース2の円筒壁部9の内周面とドライブピニオンシャフト4との間には、オイルシール11が配されている。それらのオイルシール10,11により、リヤデフケース2の第1の内部空間3とリヤデファレンシャル側の第3の内部空間18とを区画しており、その内部空間3を密封している。プロペラシャフト側のフランジ5には、ダストカバー12が固定されており、リヤデフケース2の内部空間3にダストなどが浸入するのを防止している。
【0020】
(カップリングケースの構成)
このカップリングケース20は、図1に示すように、回転軸部21よりも大径の円筒部22と、円筒部22よりも大径の第1のハウジング23と、第1のハウジング23の後端開口部を液密に内嵌固定する円環状の第2のハウジング24とからなる多段形状を有している。第2ハウジング24の後端面には、円筒状の開口筒部25が形成されている。回転軸部21は、ベアリング13を介してリヤデフケース2内に回転可能に支承されるとともに、第2ハウジング24の開口筒部25が、シール付きベアリング14を介してリヤデフケース2の円筒壁部9の内周面に回転可能に支承されている。
【0021】
図示例によれば、この駆動力配分装置1では、リヤデフケース2の円筒壁部9の内周面及びドライブピニオンシャフト4間に介在されたオイルシール11により、カップリングケース20の第2の内部空間26とリヤデファレンシャル側の第3の内部空間18とが区画されている。そのオイルシール11とシール付きベアリング14とにより環状の設置空間を形成することで、駆動力配分装置1の回転によりリヤデフケース2の内部空間3から撥ね上げられた潤滑油を溜めるオイル溜り部80が構成されている。
【0022】
カップリングケース20の円筒部22の外周面とリヤデフケース2の内周面との間には、電磁石70を配置する環状の配置空間28が形成されている。第1ハウジング23の入力側には、電磁石70に面する段差面を形成する環状の段差壁部23aが設けられている。その段差壁部23aには、環状凹部23bが形成されている。その環状凹部23bの底面には、カップリングケース20の回転軸線を中心とする同一円周上に所定の位相差をもって複数の貫通孔23c,…,23cが軸方向に貫通して形成されている。その貫通孔23cのそれぞれには、パイロットクラッチ50の押付け力を調整する押圧部材53が軸方向移動可能に収納されている。
【0023】
(クラッチ機構の構成)
この駆動力配分装置1は、図1に示すように、カップリングケース20及びドライブピニオンシャフト4間のトルク伝達を制御するクラッチ機構をカップリングケース20内に回転軸部21と同一軸線上に配している。このクラッチ機構は、電磁石70に通電することで、カップリングケース20の段差壁部23aとの間で電磁石70に作用する磁気吸引力を、電磁石70がパイロットクラッチ50に向けて移動する操作力としたことに特徴を有している。このクラッチ機構の基本構成は、メインクラッチ40と、メインクラッチ40の伝達トルクを調整する電磁式のパイロットクラッチ50と、パイロットクラッチ50の伝達トルクをメインクラッチ40に対する押付け力に変換するカム機構60とにより主に構成されている。この駆動力配分装置1は更に、クラッチ機構を断続操作する電磁石70と、電磁石70に作用する磁気吸引力によりパイロットクラッチ50を押付ける押圧部材53とを備えている。
【0024】
(メインクラッチの構成)
メインクラッチ40は、図1に示すように、カップリングケース20の第1ハウジング23の内周面にスプライン連結された複数の円環状のアウタクラッチプレート41と、ハブ27の外周面にスプライン連結された複数の円環状のインナクラッチプレート42とを有している。メインクラッチ40と第2ハウジング24との間には、クラッチの隙間を規制する円環状のスペーサ43が配されている。インナクラッチプレート42の摩擦係合面を除く部位には、カップリングケース20の回転軸線を中心とする同一円周上に所定の位相差をもって複数の円形状の油孔44,…,44が形成されている。メインクラッチ40は、パイロットクラッチ50の締結によりメインクラッチ40側に移動するカム機構60のプレッシャリング61を介して締結される。メインクラッチ40が締結されると、第1ハウジング23及びハブ27が接続されるので、カップリングケース20からドライブピニオンシャフト4へ駆動力が伝達される。
【0025】
(パイロットクラッチの構成)
パイロットクラッチ50は、図1に示すように、2枚の円環状のアウタクラッチプレート51,51と1枚の円環状のインナクラッチプレート52とを有している。アウタクラッチプレート51は、第1ハウジング23の内周面にスプライン連結されている。一方のインナクラッチプレート52は、カム機構60のカムリング62にスプライン連結されている。インナクラッチプレート52の摩擦係合面を除く部位には、カップリングケース20の回転軸線を中心とする同一円周上に所定の位相差をもって複数の円形状の油孔54,…,54が形成されている。
【0026】
電磁石70に通電すると、電磁石70がパイロットクラッチ50側に吸引移動される。その押圧力により押圧部材53がパイロットクラッチ50側に移動され、その押圧力によりパイロットクラッチ50が締結される。このとき、カムリング62とプレッシャリング61との間に回転トルクが生じることでカム機構60にスラスト力を発生させる。なお、図示例によると、パイロットクラッチ50のインナクラッチプレート52の枚数を1枚に設定しているが、これに限定されるものではない。この第1の実施の形態では、例えばインナクラッチプレート52を2枚もしくは3枚以上の枚数に設定してもよいことは勿論である。
【0027】
(カム機構の構成)
カム機構60は、図1に示すように、プレッシャリング61と、カムリング62と、プレッシャリング61及びカムリング62間に配されたカムボール63とにより構成されている。カム機構60は、カップリングケース20の第1ハウジング23の段差壁部23aの内周面にスラスト軸受64により受け止められ、ハブ27の外周面に配されている。プレッシャリング61には、メインクラッチ40のアウタクラッチプレート41の油孔44と対応して円形状の油路65が貫通して形成されている。その油路65は、メインクラッチ40のインナクラッチプレート42の油孔44に面する位置に配されている。
【0028】
カム機構60は、図1に示すように、メインクラッチ40の締結力を無段階に制御する。電磁石70の通電によりパイロットクラッチ50が締結されると、パイロットクラッチ50に連結されたカムリング62及びプレッシャリング61間に回転トルクが生じる。カムボール63がカムリング62及びプレッシャリング61を互いに離反する方向に押圧するスラスト力によって、プレッシャリング61がメインクラッチ40側へ移動し、メインクラッチ40が締結する。
【0029】
(電磁石の構成)
電磁石70は、図1に示すように、ヨーク71とコイル72とにより円環状に形成されている。ヨーク71は、メインクラッチ40側に開放された断面コ字状をなす円環状の凹部73を有している。その凹部73内には、同心状に保持された円環状のコイル72が液密にシールされている。そのコイル72と面する部位には、ステンレス材等からなる円環状の非磁性部材74が埋設されている。その非磁性部材74は、電磁石70の磁束の短絡を防止している。電磁石70は、カップリングケース20の円筒部22の外周面とリヤデフケース2の内周面間に形成された環状の配置空間28において、カップリングケース20の段差壁部23aとの間に所定の空隙Gをもってリヤデフケース2の内周面に回転不能にかつ軸方向移動可能に支承されている。
【0030】
電磁石70には、リヤデフケース2にグロメット75を介して外部へ引き出されたリード線76が連結されている。このリード線76を介して電磁石70に通電すると、パイロットクラッチ50に磁気を通過させることなく、ヨーク71及びカップリングケース20の段差壁部23a間を循環する磁路Lが形成され、電磁石70がカップリングケース20の段差壁部23aに吸引される荷重(電磁石70に作用する磁気吸引力)をパイロットクラッチ50に対して直接付加するようになっている。電磁石70への通電電力を調整することでパイロットクラッチ50への押付け力を調整することができる。電磁石70とカップリングケース20の段差壁部23aとが近接して配されており、磁束漏れを低減させ、磁力を効率的に使用することが可能となる。
【0031】
この第1の実施の形態では、電磁石70をリヤデフケース2の内周面に支持する構成を例示しているが、これに限定されるものではない。この構成に代えて、例えば電磁石70をカップリングケース20の円筒部22に支持することができる。電磁石70は、カップリングケース20の円筒部22の外周面にベアリングを介して相対回転可能に支持するとともに、軸方向移動可能に支持することで、リヤデフケース2の内周面に対しては回転不能に支持する構成とすることができる。
【0032】
(押圧部材の構成)
カップリングケース20の段差壁部23aに形成された環状凹部23bの貫通孔23c内には、図1に示すように、押圧部材53が軸方向移動可能に配されている。その押圧部材53は、一端に円形フランジをもつ円形のブロック体により構成されている。この段差壁部23aの環状凹部23bには、電磁石70の非磁性部材74に面するスラストニードルベアリング55と、押圧部材53に面するリングプレート56とが並設されている。電磁石70に作用する磁気吸引力は、非磁性部材74、スラストニードルベアリング55、リングプレート56及び押圧部材53へと伝えられ、パイロットクラッチ50への押付け力となる。
【0033】
以上のように構成されたクラッチ機構は、カップリングケース20との間で電磁石70に作用する磁気吸引力をパイロットクラッチ50に対する操作力としているので、パイロットクラッチ50を磁路Lの一部として構成する必要がない。パイロットクラッチ50のクラッチプレート摺動面に加えて、クラッチプレート摺動面としては必要としない磁気通路断面を形成することがなくなるので、パイロットクラッチ50をコンパクトに構成することが可能となり、小さな電流で大きなトルクを制御することができるようになる。
【0034】
(オイル循環路の構成)
このクラッチ機構を備えた駆動力配分装置1は、互いに摩擦係合又は離間する複数のクラッチプレートの滑りを伴う状態で使用される。そのため、クラッチプレート間の摩擦熱による過熱、クラッチプレートの磨耗やオイル切れなどが発生するので、カップリングケース20の内部にクラッチプレートの潤滑・冷却を行なう潤滑油を供給するオイル循環路が必要となる。この第1の実施の形態に係るオイル循環路の主要な構成は、メインクラッチ40及びパイロットクラッチ50に潤滑油を能動的に供給する流量制限部にある。
【0035】
図2は、メインクラッチのインナクラッチプレートを模式的に示す正面図である。同図において、インナクラッチプレート42のクラッチプレート摩擦係合面45の内径部45aを除く外径部側には、複数の油溝46,…,46が放射状に形成されている。クラッチプレート摩擦係合面45の内側プレート部には、油孔44が設けられている。クラッチプレート摩擦係合面45の内径部45aは、複数の油孔44を介して供給される潤滑油の流量を制限する流量制限部とされている。この内径部45aは、クラッチプレート摩擦係合面45へ供給される潤滑油の油量(供給量)がクラッチプレート摩擦係合面45を通過する油量(抜け量)よりも増加するように設けられている。
【0036】
ところで、放射状の油溝46をクラッチプレート摩擦係合面45の内径側から外径側に連通して形成した場合は、その内径側から供給された潤滑油が外径側へ素早く抜け出てしまう。そのため、潤滑油の供給量が少ない場合には、潤滑油の供給側に近い部位に配されたインナクラッチプレート42には、潤滑油を十分に供給することができるが、潤滑油の供給側とは反対側の部位に配されたインナクラッチプレート42には、潤滑油が供給され難いという問題が発生する。
【0037】
この第1の実施の形態によれば、メインクラッチ40は、クラッチプレート摩擦係合面45の一部に潤滑油が通り難い内径部45aを設けるとともに、複数の放射状の油溝46をクラッチプレート摩擦係合面45の外径側に設けることで、クラッチプレート摩擦係合面45の内径部45aに潤滑油を充満させて、潤滑油がクラッチプレート摩擦係合面45の全てに行き渡るように構成されている。複数の放射状の油溝46をクラッチプレート摩擦係合面45の外径側に設けることで、複数のインナクラッチプレート42に潤滑油を均等に供給することができるようになり、クラッチ応答性を向上させることができるとともに、引きずりトルクを低減することができるようになる。
【0038】
図示例によれば、流量制限部としては、クラッチプレート摩擦係合面45の内径側に放射状に延びる油溝46を有しない構成とされているが、これに限定されるものではない。流量制限部の他の一例としては、例えばクラッチプレート摩擦係合面45の内径側に油溝46の幅よりも狭い幅寸法を有する油溝を形成することで、流量制限部を構成してもよい。また、流量制限部の更に他の一例としては、例えばクラッチプレート摩擦係合面45に、空洞部を有するフェーシング材を用いた場合は、そのフェーシング材の内部を介して潤滑油が抜け出る構成とすることができるので、供給すべき潤滑油の油量によっては、油溝を有しないクラッチプレート摩擦係合面45を用いてもよい。すなわち、クラッチプレート摩擦係合面45の内径側から流れる潤滑油の供給量が、フェーシング材から抜け出る潤滑油の抜け量よりも多くなるように設定することで、複数のインナクラッチプレート42に潤滑油を均等に供給することができる。
【0039】
図3は、パイロットクラッチのインナクラッチプレートを模式的に示す正面図である。同図において、このパイロットクラッチ50にあっても、メインクラッチ40と同様に、複数の放射状の油溝58,…,58がインナクラッチプレート52のクラッチプレート摩擦係合面57の外径側に形成されている。クラッチプレート摩擦係合面57の内径部57aは、複数の油孔54を介して流れる潤滑油の流量を制限する流量制限部とされている。
【0040】
パイロットクラッチ50の流量制限部にあっても、上記メインクラッチ40の流量制限部と基本的な構成において変わるところはない。
【0041】
図4にパイロットクラッチ50への潤滑油供給部の一例を示す。図4は、カップリングケースの前端部側の要部断面拡大図である。同図において、パイロットクラッチ50のアウタクラッチプレート51は、インナクラッチプレート52と接触する摩擦係合面側からインナクラッチプレート52と接触しない非摩擦係合面側に向けて下傾斜する傾斜部59を有している。メインクラッチ40の油孔44及びプレッシャリング61の油孔65を通過した潤滑油は、遠心力で外周側に広がりながら、傾斜部59に供給される。傾斜部59に供給された潤滑油は、アウタクラッチプレート51の傾斜部59に誘導案内されてインナクラッチプレート52の内径側に集まるようになっている。このパイロットクラッチ50にあっても、複数のインナクラッチプレート52に潤滑油を均等に供給することができるようになり、クラッチ応答性を向上させることができるとともに、引きずりトルクを低減することができる。
【0042】
図5〜図7は、この第1の実施の形態に係る駆動力配分装置に効果的に使用されるオイル循環路の一構成例を概略的に示している。図5(A)は、図1の5A−5A線に沿って切り欠いた要部断面図、図5(B)は、図1の5B−5B線に沿って切り欠いた要部断面図であり、図6は、図5(B)の6−6線の矢視断面拡大図、図7は、カップリングケースの後端部側の要部断面拡大図である。
【0043】
これらの図において、このオイル循環路の基本構成は、駆動力配分装置1の回転によりリヤデフケース2の内部空間3から撥ね上げられた潤滑油を収集するオイルガータ81と、オイルガータ81から流出する潤滑油を誘導する誘導路82と、誘導路82の誘導口82aから流出する潤滑油を溜めるオイル溜り部80と、オイル溜り部80に溜められた潤滑油をカップリングケース20の内部空間26に供給する供給孔83と、供給孔83に連通する導入路84と、カップリングケース20の外周面に貫通して形成された排出孔29とにより主に構成されている。
【0044】
(オイルガータの構成)
駆動力配分装置1の回転によりリヤデフケース2の内部空間3から撥ね上げられた潤滑油をオイル溜り部80に導くオイルガータ81は、図5(A)及び図5(B)に示すように、カップリングケース20の回転軸線Cよりも上方向のリヤデフケース2の内周面に沿って配されている。その内周面から外方向へ膨出して形成された細長い周壁81aと、その周壁81aにより形成された膨出空間81b及びリヤデフケース2の内部空間3を区画する隔壁81cとにより、断面が樋状をなす排出路が構成されている。
【0045】
オイルガータ81の周壁81aは、図5(A)及び図5(B)に示すように、上壁と、底壁と、上壁及び底壁を連結する外壁とからなる。周壁81aの上壁及び隔壁81c間には、カップリングケース20側に開放する細長い開口81dが膨出空間81bに連通して形成されている。その隔壁81cは、リヤデフケース2の一部を構成しており、周壁81aの上壁を形成する内側表面に臨んで立設されている。その上壁の内側表面は、リヤデフケース2の内部空間3から撥ね上げられた潤滑油を受け止めて開口81dからオイルガータ81へ導くようにガイド面としての機能を有している。その開口81dは、カップリングケース20の回転時には、カップリングケース20の回転により発生する遠心力でリヤデフケース2の内部空間3から撥ね上げられた潤滑油を捕捉する。
【0046】
オイルガータ81の流路幅は、図6に示すように、カップリングケース20の回転軸線方向の下流側に向けて次第に小さく形成されている。カップリングケース20の回転時には、オイルガータ81の下流側に向けて潤滑油の流速を速めるとともに、オイルガータ81の下流側に潤滑油を確実に安定して供給することができるようになっている。
【0047】
(誘導路の構成)
リヤデフケース2の円筒壁部9の内部には、図5(A)及び図6に示すように、オイルガータ81から流出する潤滑油の流れをほぼ直角方向に変えてオイル溜り部80へ誘導する誘導路82が、リヤデフケース2の内側方向に向けて形成されている。この誘導路82の下流側には、潤滑油の流れをほぼ直角方向に変えてオイル溜り部80へ導く誘導口82aが形成されている。その誘導口82aは、オイル溜り部80の設置空間の周面に一致している。このオイル溜り部80には、カップリングケース20の回転により発生する遠心力でオイルガータ81から誘導路82を介して導入される潤滑油が一時溜められる。
【0048】
(オイル溜り部の構成)
カップリングケース20の回転により発生する遠心力でリヤデフケース2の内部からカップリングケース20の内部に供給される潤滑油が一時溜められるオイル溜り部80は、図6及び図7に示すように、カップリングケース20の電磁石70側(第1ハウジング23の入力側)とは反対側のメインクラッチ40の締結側(第1ハウジング23の出力側)に設けられている。このオイル溜り部80は、カップリングケース20の後端部に形成された開口筒部25とリヤデフケース2の円筒壁部9とにより取り囲まれた環状の設置空間から構成されている。その設置空間は、リヤデフケース2の円筒壁部9の内周面及びドライブピニオンシャフト4間に介在されたオイルシール11と、リヤデフケース2にカップリングケース20を回転可能に支持するシール付きベアリング14とにより液密に密閉されている。環状の設置空間を形成するベアリング部材にシールを有するシール付きベアリング14を採用することで、オイルガータ81からの潤滑油をカップリングケース20の内部空間26へ確実に安定して供給することができる。
【0049】
(供給孔及び導入路の構成)
カップリングケース20の開口筒部25の開口端縁は、図6及び図7に示すように、内周側に張り出した環状のツバ部25aを有している。このツバ部25aとドライブピニオンシャフト4との間の環状の隙間により潤滑油の供給孔83が形成されている。その供給孔83は、オイル溜り部80に溜められた潤滑油の流れをほぼ直角方向に変えてカップリングケース20の内部空間26に供給するように導入路84に連通して形成されている。
【0050】
供給孔83に連通する導入路84は、図6及び図7に示すように、カップリングケース20の開口筒部25の内周面とドライブピニオンシャフト4のハブ27の外周面との間の内部空間により構成されている。この導入路84を流れる潤滑油は、ベアリング15に導かれて潤滑し、メインクラッチ40のインナクラッチプレート42の油孔44、プレッシャリング61の油路65及びパイロットクラッチ50のインナクラッチプレート52の油孔54を介してカップリングケース20の内部空間26を潤滑する。
【0051】
(排出孔の構成)
排出孔29は、カップリングケース20のメインクラッチ40及びパイロットクラッチ50と対応する部位に貫通して形成されている。カップリングケース20の内部空間26に導入される潤滑油は、カップリングケース20の回転による遠心力を受けてメインクラッチ40及びパイロットクラッチ50から排出孔29を介してリヤデフケース2の内部空間3へ排出される。
【0052】
この第1の実施の形態によると、図1に示すように、供給孔83の外径がD1であり、導入路84の外径がD2であり、メインクラッチ40のアウタープレート41の内径がD3であるとき、D1<D2<D3の関係を有していることが好適である。この構成を採用することで、カップリングケース20の回転により発生する遠心力が潤滑油に作用しても、カップリングケース20の内部空間26に流入した潤滑油が導入路84側から供給孔83側へ逆流するのを防止することができる。
【0053】
以上のように構成されたオイル循環路によると、カップリングケース20の回転時に、リヤデフケース2の内部空間3に封入された所定量の潤滑油は、駆動力配分装置1の回転により発生する遠心力で撥ね上げられる。その撥ね上げられた潤滑油は、オイルガータ81の周壁81aの上壁に受け止められ、オイルガータ81の開口81dからオイルガータ81に収集される。収集された潤滑油は、図6及び図7に示すように、オイルガータ81の下流側に向けて流れる。その潤滑油は、オイルガータ81の下流側で、ほぼ直角方向に流れを変えて誘導路82へ流出する。その誘導路82の下流側の誘導口82aから流れる潤滑油は、オイル溜り部80に一時溜められる。
【0054】
オイル溜り部80内に所定量以上の潤滑油が溜まると、その潤滑油は、図7に示すように、ほぼ直角方向に流れを変えてカップリングケース20の供給孔83を通って導入路84に導入される。その潤滑油は、カップリングケース20の回転により発生する遠心力でベアリング15に導かれて潤滑し、カップリングケース20の内部に供給される。
【0055】
潤滑油の一部は、図1及び図7に示すように、メインクラッチ40のインナクラッチプレート42の油孔44を介してクラッチプレート摩擦係合面45に供給される。その潤滑油は、潤滑油が通り難いクラッチプレート摩擦係合面45の内径部45aに充満してメインクラッチ40の全領域に行き渡る。その潤滑油は、クラッチプレート摩擦係合面45の油溝46を流れ、カップリングケース20のスプライン形成部分から排出孔29を介してリヤデフケース2の内部空間3へと排出される。
【0056】
一方、メインクラッチ40のインナクラッチプレート42の油孔44を通った潤滑油の一部は、図1及び図4に示すように、カップリングケース20の回転により発生する遠心力で、プレッシャリング61の油路65及びパイロットクラッチ50のインナクラッチプレート52の油孔54に移動し、アウタクラッチプレート51の傾斜部59に誘導案内されることで、インナクラッチプレート52の内径側に集まり、パイロットクラッチ50の全域に行き渡る。その潤滑油は、クラッチプレート摩擦係合面57の油溝58を流れ、カップリングケース20のスプライン形成部分から排出孔29を介してリヤデフケース2の内部空間3へと排出される。
【0057】
カップリングケース20の回転による遠心力を受けてカップリングケース20の排出孔29に捕捉されてリヤデフケース2の内部空間3へ排出された潤滑油は、クラッチ機構の潤滑・冷却に再度利用される。これにより、少ない潤滑油の流量でクラッチ機構を効果的に潤滑・冷却することが可能になる。
【0058】
(第1の実施の形態の効果)
この第1の実施の形態に係る駆動力配分装置1によると、次の様々な効果が得られる。
(1)メインクラッチ40及びパイロットクラッチ50に対して、潤滑油を均等に供給することができるとともに、潤滑油の油抜けが良好となり、クラッチ応答性を向上させることができるとともに、引きずりトルクを大幅に低減することができる。
(2)潤滑油の流れを阻害することなく、カップリングケース20の内部及びカップリングケース20の外部を循環するため、冷却性能と潤滑性能とを高めることができる。その結果、悪路走行などによるクラッチ発熱の多い環境条件下にあっても、駆動力配分装置1の内部温度の上昇を緩和することが可能となり、長時間の運転走行が可能になる。
(3)カップリングケース20の回転により発生する遠心力で、潤滑油が撹拌されるため、適度な温度上昇が発生する。そのため、冬季の外気温度が低い環境条件下にあっても、冷え切った駆動力配分装置1の内部温度が速やかに上昇するので、潤滑油の粘性による引きずりトルクが長く続くことを回避することができるようになり、車両操縦性を円滑にかつ即座に得ることができるようになる。
(4)駆動力配分装置1のカップリングケース20内にパイロットクラッチ50、カム機構60及びメインクラッチ40が密集状態に配設され、カップリングケース20の内部空間26に余裕が少なく、カップリングケース20の容積が小さい場合であっても、潤滑油が、カップリングケース20の回転により発生する遠心力で撹拌されるので、少ない油量でメインクラッチ40及びパイロットクラッチ50を効率的に冷却することができるようになる。
(5)カップリングケース20の供給孔83の外径D1をメインクラッチ40のアウタープレート41の内径D3よりも小さく設定したため、不必要に油量を増やすことなく、カップリングケース回転時のクラッチ機構への潤滑を充分に確保することができる。
(6)カップリングケース20の後端開口部にツバ部25aを設けているため、カップリング内部へのオイル導入を確実に行うことができる。
(7)オイルガータ81により潤滑油の供給を行うことで、カップリングケース20の内部及びカップリングケース20の外部間の潤滑油の循環効率を高めることが可能となり、オイル劣化を抑制することができる。オイル循環路の構成を簡略化することができるので、オイル循環路の製作コストの低減化を図ることができるようになる。
(8)オイル溜り部80の構成部品にシール付きベアリング14を採用することで、格別な部材を使用することなく、狭小な環状の設置空間を形成することができるようになる。それと相まって部品点数の削減化と構造の簡略化とを達成することができるようになり、製作コストを低減することができる。
【0059】
[第2の実施の形態]
図8は、本発明の第2の実施の形態に係る駆動力配分装置に効果的に使用されるオイル循環路の一構成例を示している。図8は、図7に相当するカップリングケースの後端部側の要部断面拡大図である。なお、図8において上記第1の実施の形態と実質的に同じ部材には同一の部材名と符号を付している。従って、これらの部材に関する詳細な説明は省略する。
【0060】
この第2の実施の形態にあっても、上記第1の実施の形態に係るオイル循環路と基本的な構成において変わるところはない。図8において、上記第1の実施の形態と大きく異なるところは、上記第1の実施の形態では、オイルシール11とシール付きベアリング14とで取り囲まれた環状の設置空間をオイル溜り部80とした構成となっていたものを、この第2の実施の形態にあっては、シール付きベアリング14に代えて、シールを有しないベアリング16を用いて、オイルダクト17とオイルシール11とにより取り囲まれた環状の設置空間をオイル溜り部80として形成した点にある。
【0061】
このオイルダクト17は、図8に示すように、内側の環状フランジ17aと外側の環状フランジ17bとを同一方向に屈曲したドーナッツ板形状を有している。オイルダクト17の環状フランジ17aの先端部は、カップリングケース20の開口筒部25内に臨んで配されている。このオイルダクト17を用いることで、高価なシール付きベアリングを排除することができるので、オイル溜り部80の構成を安価に形成することができる。なお、この第2の実施の形態にあっても、オイルガータ81からの潤滑油をカップリングケース20の内部空間26へ確実に安定して供給排出することができるようになり、上記第1の実施の形態と同様の作用効果を奏することができることは勿論である。
【0062】
以上の説明からも明らかなように、本発明の駆動力配分装置は、上記実施の形態及び変形例に限定されるものではなく、流量制限部をメインクラッチ又はパイロットクラッチの一方に設けているだけでもよく、傾斜部又は流量制限部のいずれかを設けるだけでもよいことは勿論であり、各請求項に記載した範囲内で様々に設計変更が可能である。また、本発明の駆動力配分装置は、前後輪間の駆動力配分に適用することで前輪のみ、あるいは後輪のみを駆動する2WDモード、車両状態に応じて前後輪間の駆動力を自動制御するオートモード、最大駆動力に保持するロックモードを備えた構成とすることができることは勿論である。
【産業上の利用可能性】
【0063】
本発明は、例えば農業機械、建設土木機械、運搬機械等の作業用車両、バギー車及び自動車などの各種の車両における駆動力配分装置に効果的に使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0064】
【図1】本発明の代表的な実施の形態である駆動力配分装置の内部構造を概略的に示す断面図である。
【図2】メインクラッチのインナクラッチプレートを模式的に示す正面図である。
【図3】パイロットクラッチのインナクラッチプレートを模式的に示す正面図である。
【図4】カップリングケースの前端部側の要部断面拡大図である。
【図5】(A)は、図1の5A−5A線に沿って切り欠いた要部断面拡大図、(B)は、図1の5B−5B線に沿って切り欠いた要部断面図である。
【図6】図5(B)の6−6線の矢視断面拡大図である。
【図7】カップリングケースの後端部側の要部断面拡大図である。
【図8】本発明の第2の実施の形態に係る駆動力配分装置におけるカップリングケースの後端部側の要部断面拡大図である。
【符号の説明】
【0065】
1 駆動力配分装置
2 リヤデフケース
3 第1の内部空間
4 ドライブピニオンシャフト
5 フランジ
6 ナット
7 テーパローラベアリング
8 ギヤ
9 円筒壁部
10,11 オイルシール
12 ダストカバー
13,15,16 ベアリング
14 シール付きベアリング
17 オイルダクト
17a,17b 環状フランジ
18 第3の内部空間
20 カップリングケース
21 回転軸部
22 円筒部
23 第1のハウジング
23a 段差壁部
23b 環状凹部
23c 貫通孔
24 第2のハウジング
25 開口筒部
25a ツバ部
26 第2の内部空間
27 ハブ
28 配置空間
29 排出孔
40 メインクラッチ
41 アウタクラッチプレート
42 インナクラッチプレート
43 スペーサ
44,54 油孔
45,57 クラッチプレート摩擦係合面
45a,57a 内径部
46,58 油溝
50 パイロットクラッチ
51 アウタクラッチプレート
52 インナクラッチプレート
53 押圧部材
55 スラストニードルベアリング
56 リングプレート
59 傾斜部
60 カム機構
61 プレッシャリング
62 カムリング
63 カムボール
64 スラスト軸受
65 油路
70 電磁石
71 ヨーク
72 コイル
73 凹部
74 非磁性部材
75 グロメット
76 リード線
80 オイル溜り部
81 オイルガータ
81a 周壁
81b 膨出空間
81c 隔壁
81d 開口
82 誘導路
82a 誘導口
83 供給孔
84 導入路

【特許請求の範囲】
【請求項1】
潤滑油が封入された第1の内部空間を有するケースと、
前記ケースの前記第1の内部空間に回転可能に支持され、第2の内部空間を有するケース状の入力回転部材と、
前記入力回転部材の前記第2の内部空間に相対回転可能に支持された出力回転部材と、
前記入力回転部材及び前記出力回転部材間の前記第2の内部空間にあって、前記入力回転部材及び前記出力回転部材間のトルク伝達を断続するメインクラッチ、及び通電により前記メインクラッチの伝達トルクを制御するパイロットクラッチを有するクラッチ機構と、
前記入力回転部材の回転により前記第1の内部空間から前記第2の内部空間に供給される前記潤滑油を一時溜めるオイル溜り部とを備え、
前記オイル溜り部は、前記メインクラッチの締結側の前記ケース及び前記入力回転部材間に形成され、
前記メインクラッチ及び前記パイロットクラッチの少なくとも一方は、クラッチプレート摩擦係合面に供給される前記潤滑油の流量が前記クラッチプレートの摩擦係合面を通過する流量よりも増加する構成の流量制限部を有していることを特徴とする駆動力配分装置。
【請求項2】
前記メインクラッチ及び前記パイロットクラッチの少なくとも一方は、前記クラッチプレート摩擦係合面の内径部を除く外径部側の領域に放射状に形成された複数の油溝を有し、
前記流量制限部は、前記クラッチプレート摩擦係合面の前記内径部により構成されていることを特徴とする請求項1記載の駆動力配分装置。
【請求項3】
前記パイロットクラッチは、複数のアウタクラッチプレート及び複数のインナクラッチプレートを有し、
前記アウタクラッチプレートは、前記インナクラッチプレートと接触しない非摩擦係合面側から摩擦係合面に向けて傾斜する傾斜部を有していることを特徴とする請求項1又は2記載の駆動力配分装置。
【請求項4】
前記オイル溜り部は、前記メインクラッチの締結側の前記ケースと、前記入力回転部材と、前記メインクラッチの締結側の前記ケースに前記入力回転部材を回転可能に支持するベアリング部材と、前記ケース及び前記出力回転部材間をシールするシール部材とにより囲まれた環状の設置空間により構成されていることを特徴とする請求項1記載の駆動力配分装置。
【請求項5】
前記ケースには、前記入力回転部材の回転により前記第1の内部空間から撥ね上げられた前記潤滑油を収集するオイルガータと、前記オイルガータから流出する前記潤滑油を前記オイル溜り部へ誘導する誘導路とが設けられ、
前記入力回転部材には、前記オイル溜り部に溜められた前記潤滑油を前記第2の内部空間に供給する供給孔と、前記供給孔に連通する導入路と、前記入力回転部材の回転を受けて、前記導入路から前記第2の内部空間に導入された前記潤滑油を前記第1の内部空間へ排出する排出孔とが設けられていることを特徴とする請求項1記載の駆動力配分装置。
【請求項6】
前記供給孔の外径D1、前記導入路の外径D2、及び前記メインクラッチのクラッチプレートの内径D3が、D1<D2<D3の関係を有していることを特徴とする請求項5記載の駆動力配分装置。
【請求項7】
前記ベアリング部材は、シールを有するシール付きベアリングからなることを特徴とする請求項4記載の駆動力配分装置。
【請求項8】
前記オイル溜り部は、前記ベアリング部材及び前記シール部材間にオイルダクトを形成していることを特徴とする請求項4記載の駆動力配分装置。
【請求項9】
前記クラッチ機構は更に、前記パイロットクラッチの伝達トルクを前記メインクラッチに対する押付け力に変換するカム機構と、
前記メインクラッチの締結側とは反対側の前記入力回転部材の壁部の外側に軸線方向移動可能に設けられた電磁石と、
前記入力回転部材の前記壁部の内部に前記パイロットクラッチに向けて移動可能に配され、前記パイロットクラッチを押付ける押圧部材とを有し、
前記押圧部材は、前記電磁石に通電することで、前記入力回転部材との間で前記電磁石に作用する磁気吸引力により前記パイロットクラッチの操作力を調整することを特徴とする請求項1記載の駆動力配分装置。
【請求項10】
前記電磁石は、前記ケースの内周面に支持されていることを特徴とする請求項9記載の駆動力配分装置。
【請求項11】
前記電磁石は、前記入力回転部材の軸部に対して相対回転可能及び軸方向移動可能に支持され、かつ、前記ケースに対して回転不能に支持されていることを特徴とする請求項9記載の駆動力配分装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2009−257556(P2009−257556A)
【公開日】平成21年11月5日(2009.11.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−110490(P2008−110490)
【出願日】平成20年4月21日(2008.4.21)
【出願人】(000154347)株式会社ユニバンス (132)