騒音源の快音化方法および快音化装置
【課題】騒音源が発生する騒音を、効果的にかつ低コストで快音化する。
【解決手段】騒音源が発生する騒音信号Nとオーディオ源が発生するオーディオ信号Aを採取し、騒音信号Nの時間平均をとった騒音平均スペクトルNav(f)を求める。ホワイトノイズ等の目標雑音WのスペクトルW(f)を定める。時間軸上に複数の区間を設定し、第k番目の区間について、オーディオ信号Aの複素スペクトルA(k,f)を求め、|D(k,f)|=W(f)−Nav(f)−|A(k,f)|なる差分演算によって、差分区間複素スペクトルD(k,f)を算出する。このD(k,f)を時間軸に逆変換した差分区間信号D(k)を個々の区間に配置することにより差分信号Dを生成し、オーディオ信号Aと差分信号Dとをスピーカから出力すれば、人間の耳には、騒音信号Nに重ねて、オーディオ信号Aと差分信号Dとが聞こえ、目標雑音Wに近い音が聞こえる。
【解決手段】騒音源が発生する騒音信号Nとオーディオ源が発生するオーディオ信号Aを採取し、騒音信号Nの時間平均をとった騒音平均スペクトルNav(f)を求める。ホワイトノイズ等の目標雑音WのスペクトルW(f)を定める。時間軸上に複数の区間を設定し、第k番目の区間について、オーディオ信号Aの複素スペクトルA(k,f)を求め、|D(k,f)|=W(f)−Nav(f)−|A(k,f)|なる差分演算によって、差分区間複素スペクトルD(k,f)を算出する。このD(k,f)を時間軸に逆変換した差分区間信号D(k)を個々の区間に配置することにより差分信号Dを生成し、オーディオ信号Aと差分信号Dとをスピーカから出力すれば、人間の耳には、騒音信号Nに重ねて、オーディオ信号Aと差分信号Dとが聞こえ、目標雑音Wに近い音が聞こえる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、騒音源が発生する騒音に対して快音化を図る方法および装置に関し、特に、オーディオ源を利用して新たに発生させた音を騒音に重ね合わせることにより、人間の心理上、騒音を軽減させる技術に関する。
【背景技術】
【0002】
人間が社会生活を営む以上、家電製品、オフィス機器、工場施設、輸送機器などの様々な装置から生じる騒音を甘受せざるを得ないが、従来から、不快な騒音を可能な限り軽減する対策が考えられてきた。現在実用化されている騒音対策は、大別して、受動消音法と能動消音法とに分けられる。
【0003】
前者は、騒音源の筐体に吸音材などを付加して外部に騒音が伝達されるのを防ぐ手法であるが、筐体がかさばり、また、低音部の消音効果が弱いという欠点がある。
【0004】
一方、後者は、一般にANC(Active Noise Control)と呼ばれており、騒音を打ち消す成分をもった別な音波を故意に発生させ、騒音成分を低減させる手法である。たとえば、下記の特許文献1,2には、ダクト内を伝搬する音波に対して同音圧逆位相の音波を放射して、騒音を消すANCシステムが開示されている。また、下記の特許文献3には、自動車の車室内騒音を低減させる技術が開示され、特許文献4には、複写機の騒音を低減させる技術が開示され、特許文献5には、ジェットエンジンのための騒音低減技術が開示されている。更に、特許文献6には、騒音をキャンセルする機能を有するヘッドフォンが開示されている。
【0005】
このANCは、コンパクトな電子的機器を用いて実現可能であるが、マイクを用いて騒音をリアルタイムで採取し、これを解析して、当該騒音を打ち消す音波(位相反転した音波)をリアルタイムで生成する必要があるため、DSPなどの高速な信号処理回路が必要になり、コストがかかるという欠点がある。また、原理的に、高音部の消音効果が弱く、音波の位相を活用して消音を行うため、騒音低減の効果に指向性があるという問題もある。このため、ダクト、自動車内、ヘッドフォンなど、騒音方向を制御可能な閉鎖的な音響空間に適用が限定されているのが実情である。
【0006】
一方、最近は、人間の聴覚の生理学的特性を利用して、騒音を軽減させる新たな技術も提案されている。この技術は、騒音とは別な音波を発生させる点では、上記能動消音法と類似した手法を採るが、騒音そのものを物理的に減衰させるわけではなく、騒音に対してマスキング効果(人間の聴覚の生理学的特性に基づく効果)をもった別な音を聞かせることにより、人間が騒音を生理学的に聴取しにくくする手法ということができる。たとえば、下記の特許文献7には、騒音をマスクするためにMIDI信号音を流すことにより、室内の騒音を軽減する技術が開示されている。また、特許文献8には、プリンタ装置の不快な動作音を抑制するために意図的に雑音を付加する技術が開示されており、特許文献9には、ハードディスク装置の不快な動作音を抑制するために意図的に雑音を機械的に付加する技術が開示されている。また、下記の特許文献10には、車室内の騒音をマスキングできるように、オーディオ信号をフィルタ加工して再生する技術が開示されており、特許文献11には、自動車内での騒音レベルを検知して、適当な音量で音楽を鑑賞することができるように、自動的にオーディオ再生音量を重畳する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開昭63−276100号公報
【特許文献2】特許第2544899号公報
【特許文献3】特許第2663552号公報
【特許文献4】特開平7−281497号公報
【特許文献5】特許第3434830号公報
【特許文献6】特許第4417316号公報
【特許文献7】特表2004−510191号公報
【特許文献8】特許第2967400号公報
【特許文献9】特許第3365386号公報
【特許文献10】特許第2541062号公報
【特許文献11】特許第3287747号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述したとおり、古くから知られている受動消音法には、筐体がかさばり、低音部の消音効果が弱いという欠点がある。また、前掲の特許文献1〜6に例示されているような能動消音法には、高速な信号処理回路のためにコスト高となり、高音部の消音効果が弱く、騒音低減の効果に指向性があるという欠点がある。
【0009】
一方、特許文献7〜9で提案されている手法では、確かに騒音が聴取しにくくなる効果は得られるが、騒音レベルを上回るような無味乾燥な信号音(MIDI楽器音や意図的に付加した雑音)が流れることになり、長時間の使用に耐える快適な音響環境を提供するこはできない。また、特許文献10,11で提案されている手法は、自動車内で音楽鑑賞する際、車室内で音楽を聴きやすくすることが目的であるため、適用可能な音響空間が自動車内に限定されるという問題がある。
【0010】
そこで本発明は、室内/室外を問わず、種々の音響空間において様々な騒音源が発生する騒音を、効果的にかつ低コストで快音化することができる騒音源の快音化方法および快音化装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
(1) 本発明の第1の態様は、騒音源が発生する騒音に対して快音化を図る騒音源の快音化方法において、
騒音源が発生する騒音信号Nを採取する騒音信号採取段階と、
騒音信号Nの所定時間内の平均周波数分布に基づいて騒音平均スペクトルNav(f)を求める騒音平均スペクトル算出段階と、
オーディオ源が発生するオーディオ信号Aを採取するオーディオ信号採取段階と、
所定の目標雑音Wの周波数分布を示す目標雑音スペクトルW(f)を、時間的に不変な定常スペクトルとして定める目標雑音設定段階と、
時間軸上に複数の区間を設定し、第k番目(k=1,2,3... )の区間について、オーディオ信号Aの周波数分布をオーディオ区間複素スペクトルA(k,f)として求め、騒音平均スペクトルNav(f)および目標雑音スペクトルW(f)を用いて、|D(k,f)|=W(f)−Nav(f)−|A(k,f)|なる差分演算によって、第k番目の区間についての差分区間複素スペクトルD(k,f)を算出し(但し、|A(k,f)|はA(k,f)のノルム、|D(k,f)|はD(k,f)のノルム)、差分区間複素スペクトルD(k,f)を時間軸に逆変換した差分区間信号D(k)を求め、時間軸上で、各区間についての差分区間信号D(k)を合成することにより差分信号Dを生成する差分信号生成段階と、
オーディオ信号Aと差分信号Dとを、スピーカから、騒音信号Nに重ねて出力するオーディオ出力段階と、
を行うようにしたものである。
【0012】
(2) 本発明の第2の態様は、上述の第1の態様に係る騒音源の快音化方法において、
目標雑音設定段階で、目標雑音Wとしてホワイトノイズを用い、目標雑音スペクトルW(f)として、可聴周波数域にわたって同一のエネルギー値が定常的に維持される定常スペクトルを定めるようにしたものである。
【0013】
(3) 本発明の第3の態様は、上述の第1の態様に係る騒音源の快音化方法において、
目標雑音設定段階で、目標雑音Wとしてピンクノイズを用い、目標雑音スペクトルW(f)として、周波数fもしくは周波数fの対数値に反比例するエネルギー値が定常的に維持される定常スペクトルを定めるようにしたものである。
【0014】
(4) 本発明の第4の態様は、上述の第1〜第3の態様に係る騒音源の快音化方法において、
差分信号生成段階で、所定の観測点において得られる実際の音圧レベルを基準として、Nav(f)および|A(k,f)|を補正した差分演算を行い、
オーディオ出力段階で、差分信号Dを、観測点における音圧レベルが上記補正に応じた音圧レベルとなるように出力し、オーディオ信号Aを、観測点における音圧レベルが上記補正に応じた音圧レベル以上となるように出力するようにしたものである。
【0015】
(5) 本発明の第5の態様は、上述の第1〜第4の態様に係る騒音源の快音化方法において、
目標雑音設定段階で、目標雑音スペクトルW(f)として、時間的に不変な定常スペクトルを定め、
差分信号生成段階で、
時間軸上に複数の区間を設定し、オーディオ信号Aの第k番目(k=1,2,3... )の区間内の信号をオーディオ区間信号A(k)として抽出するステップと、
オーディオ区間信号A(k)をフーリエ変換してオーディオ区間複素スペクトルA(k,f)を求めるステップと、
目標雑音スペクトルW(f)と、騒音平均スペクトル算出段階で求めた騒音平均スペクトルNav(f)と、オーディオ区間複素スペクトルA(k,f)と、を用いて、|D(k,f)|=W(f)−Nav(f)−|A(k,f)|なる差分演算を行い、差分区間複素スペクトルD(k,f)を求めるステップと、
差分区間複素スペクトルD(k,f)を逆フーリエ変換して、第k番目の区間についての差分区間信号D(k)を求めるステップと、
を設定したすべての区間について行い、時間軸上で、各区間についての差分区間信号D(k)を合成することにより差分信号Dを生成するようにしたものである。
【0016】
(6) 本発明の第6の態様は、上述の第1〜第5の態様に係る騒音源の快音化方法において、
オーディオ出力段階で、オーディオ信号Aを発生させるためのオーディオ信号データAdと、差分信号Dを発生させるための差分信号データDdとに基づいて、オーディオ信号Aと差分信号Dとを重畳した重畳オーディオ信号A*を発生させるための重畳オーディオ信号データA*dを生成し、生成した重畳オーディオ信号データA*dを再生することにより、スピーカから、重畳オーディオ信号A*を出力するようにしたものである。
【0017】
(7) 本発明の第7の態様は、上述の第1〜第6の態様に係る騒音源の快音化方法において、
オーディオ出力段階で、騒音源が発生する騒音信号Nの音圧レベルを測定し、その測定結果に基づいて、スピーカから出力されるオーディオ信号Aおよび差分信号Dの音圧レベルを調整するようにしたものである。
【0018】
(8) 本発明の第8の態様は、上述の第1〜第7の態様に係る騒音源の快音化方法における騒音信号採取段階と、騒音平均スペクトル算出段階と、オーディオ信号採取段階と、目標雑音設定段階と、差分信号生成段階と、を専用プログラムを組み込んだコンピュータに実行させるようにしたものである。
【0019】
(9) 本発明の第9の態様は、騒音源が発生する騒音に対して快音化を図る騒音源の快音化方法において、
所定の観測点において観測される、騒音源が発生する騒音信号Nの時間平均スペクトルをNav(f)、目標雑音Wのスペクトル(時間的に不変な定常スペクトル)をW(f)、時間軸上に複数の区間を設定した場合の第k番目(k=1,2,3... )の区間についてのオーディオ信号Aの複素スペクトルをA(k,f)、所定の倍率係数をG(但し、G>1)としたときに、|A*(k,f)|=(G−1)・|A(k,f)|+W(f)−Nav(f)で与えられる複素スペクトルA*(k,f)を時間軸に逆変換した第k番目の区間についての区間信号を(但し、|A*(k,f)|はA*(k,f)のノルム)、時間軸上で合成することにより得られる信号を、スピーカから、騒音信号Nに重ねて出力するようにしたものである。
【0020】
(10) 本発明の第10の態様は、騒音源が発生する騒音に対して快音化を図る騒音源の快音化装置において、
オーディオ信号Aを発生させるためのオーディオ信号データAdを格納したオーディオ信号データ格納部と、
所定の差分信号Dを発生させるための差分信号データDdを格納した差分信号データ格納部と、
オーディオ信号データAdと、差分信号データDdとに基づいて、オーディオ信号Aと差分信号Dとを重畳した重畳オーディオ信号A*を発生させるための重畳オーディオ信号データA*dを生成する信号重畳部と、
重畳オーディオ信号データA*dに基づいて、重畳オーディオ信号A*を再生する重畳オーディオ信号再生部と、
重畳オーディオ信号再生部で再生された重畳オーディオ信号A*をスピーカから出力するオーディオ出力部と、
を設け、
W(f):所定の目標雑音Wの周波数分布を示す目標雑音スカラースペクトル(時間的に不変な定常スペクトル)、
A(k,f):時間軸上に設定された第k番目(k=1,2,3... )の区間についてのオーディオ信号Aの周波数分布を示すオーディオ区間複素スペクトル、
Nav(f):騒音信号Nの所定時間内の平均周波数分布を示す騒音平均スカラ−スペクトル、
D(k,f):第k番目の区間についての差分信号Dの周波数分布を示す差分区間複素スペクトル、
としたときに、式「|D(k,f)|=W(f)−Nav(f)−|A(k,f)|」(但し、|A(k,f)|はA(k,f)のノルム、|D(k,f)|はD(k,f)のノルム)が成り立つようにしたものである。
【0021】
(11) 本発明の第11の態様は、上述の第10の態様に係る騒音源の快音化装置において、
オーディオ信号データ格納部内に複数n通りのオーディオ信号データAdが格納されており、
差分信号データ格納部内にn通りのオーディオ信号データAdのそれぞれに対応した合計n通りの差分信号データDdが格納されており、
n通りのオーディオ信号データAdのうち、第i番目(i=1〜n)のオーディオ信号データAdを自動選択もしくは外部からの選択操作に基づいて手動選択するオーディオ信号選択部を更に設け、
信号重畳部が、第i番目(i=1〜n)のオーディオ信号データAdと、これに対応した第i番目の差分信号データDdとを重畳して、第i番目の重畳オーディオ信号データA*dを生成する処理を行い、
重畳オーディオ信号再生部が、選択された第i番目のオーディオ信号データAdに対応する第i番目の重畳オーディオ信号データA*dを再生するようにしたものである。
【0022】
(12) 本発明の第12の態様は、上述の第10または第11の態様に係る騒音源の快音化装置において、
騒音源が発生する騒音信号Nを採取する騒音信号採取部と、
騒音信号採取部が採取した騒音信号Nの音圧レベルを検出する音圧レベル検出部と、
手動設定操作または音圧レベル検出部が検出した音圧レベルに基づいて、「信号重畳部による信号の重畳比率」もしくは「各信号再生部の再生信号レベル」またはその双方を調整する音圧レベル調整部と、
を更に設けるようにしたものである。
【0023】
(13) 本発明の第13の態様は、上述の第12の態様に係る騒音源の快音化装置において、
音圧レベル検出部が検出した音圧レベルが所定のしきい値未満である状態が所定時間継続した場合に、騒音信号採取部および音圧レベル検出部を除く構成要素の一部もしくは全部に対する電源供給を停止する休止モードへと移行し、音圧レベルが所定のしきい値を越えた場合に休止モードを解除する電源制御部を更に設けるようにしたものである。
【0024】
(14) 本発明の第14の態様は、上述の第10または第11の態様に係る騒音源の快音化装置において、
騒音源が発生する騒音信号Nを採取する騒音信号採取部と、
予め格納している目標雑音スペクトルW(f)と、オーディオ信号データ格納部に格納されているオーディオ信号データAdと、騒音信号Nと、に基づいて差分信号データDdを作成し、これを差分信号データ格納部に格納する差分信号作成部と、
を更に設けるようにしたものである。
【0025】
(15) 本発明の第15の態様は、上述の第14の態様に係る騒音源の快音化装置において、
差分信号作成部が、
騒音信号採取部が採取した騒音信号Nの所定時間内の平均周波数分布に基づいて騒音平均スペクトルNav(f)を求める手段と、
オーディオ信号データ格納部に格納されているオーディオ信号データAdから発生するオーディオ信号Aの第k番目の区間についての周波数分布を示すオーディオ区間複素スペクトルA(k,f)を区間kの関数として求める手段と、
騒音平均スペクトルNav(f)および目標雑音スペクトルW(f)を用いて、|D(k,f)|=W(f)−Nav(f)−|A(k,f)|なる差分演算を行い、第k番目の区間についての差分区間複素スペクトルD(k,f)を算出する手段と、
差分区間複素スペクトルD(k,f)を時間軸に逆変換した差分区間信号D(k)を時間軸上で合成することにより得られる差分信号Dを発生させるための差分信号データDdを作成する手段と、
を有するようにしたものである。
【0026】
(16) 本発明の第16の態様は、上述の第14または第15の態様に係る騒音源の快音化装置において、
騒音源が発生する騒音信号Nを採取する騒音信号採取部と、
騒音信号採取部が採取した騒音信号Nの音圧レベルを検出する音圧レベル検出部と、
手動設定操作または音圧レベル検出部が検出した音圧レベルに基づいて、「信号重畳部による信号の重畳比率」もしくは「各信号再生部の再生信号レベル」またはその双方を調整する音圧レベル調整部と、
を更に設けるようにしたものである。
【0027】
(17) 本発明の第17の態様は、上述の第16の態様に係る騒音源の快音化装置において、
音圧レベル検出部が検出した音圧レベルが所定のしきい値未満である状態が所定時間継続した場合に、騒音信号採取部および音圧レベル検出部を除く構成要素の一部もしくは全部に対する電源供給を停止する休止モードへと移行し、音圧レベルが所定のしきい値を越えた場合に休止モードを解除する電源制御部を更に設けるようにしたものである。
【0028】
(18) 本発明の第18の態様は、騒音源が発生する騒音に対して快音化を図る騒音源の快音化装置において、
元のオーディオ信号Aに対して所定の差分信号Dを重畳することにより得られる重畳オーディオ信号A*を発生させるための重畳オーディオ信号データA*dを格納した重畳オーディオ信号データ格納部と、
重畳オーディオ信号データA*dを再生して重畳オーディオ信号A*を発生させる重畳オーディオ信号再生部と、
重畳オーディオ信号再生部で再生された重畳オーディオ信号A*をスピーカから出力するオーディオ出力部と、
を設け、
W(f):所定の目標雑音Wの周波数分布を示す目標雑音スカラースペクトル(時間的に不変な定常スペクトル)、
A(k,f):時間軸上に設定された第k番目(k=1,2,3... )の区間についてのオーディオ信号Aの周波数分布を示すオーディオ区間複素スペクトル、
Nav(f):騒音信号Nの所定時間内の平均周波数分布を示す騒音平均スカラースペクトル、
D(k,f):第k番目の区間についての差分信号Dの周波数分布を示す差分区間複素スペクトル、
としたときに、式「|D(k,f)|=W(f)−Nav(f)−|A(k,f)|」(但し、|A(k,f)|はA(k,f)のノルム、|D(k,f)|はD(k,f)のノルム)が成り立つようにしたものである。
【0029】
(19) 本発明の第19の態様は、上述の第18の態様に係る騒音源の快音化装置において、
重畳オーディオ信号データ格納部に、オーディオ信号Aと差分信号DとをG:1の比率(但し、G>1)で重畳することにより得られる重畳オーディオ信号A*を発生させるための重畳オーディオ信号データA*dが格納されているようにしたものである。
【0030】
(20) 本発明の第20の態様は、上述の第18または第19の態様に係る騒音源の快音化装置において、
重畳オーディオ信号データ格納部内に複数n通りの重畳オーディオ信号データA*dが格納されており、
n通りの重畳オーディオ信号データA*dのうち、第i番目(i=1〜n)の重畳オーディオ信号データA*dを自動選択もしくは外部からの選択操作に基づいて手動選択するオーディオ信号選択部を更に設け、
重畳オーディオ信号再生部が、選択された第i番目の重畳オーディオ信号データA*dを再生するようにしたものである。
【0031】
(21) 本発明の第21の態様は、上述の第20の態様に係る騒音源の快音化装置において、
外部から与えられた新たな重畳オーディオ信号データA*dを入力して重畳オーディオ信号データ格納部に格納する機能をもった重畳オーディオ信号入力部を更に設けるようにしたものである。
【0032】
(22) 本発明の第22の態様は、上述の第18〜第21の態様に係る騒音源の快音化装置において、
騒音源が発生する騒音信号Nを採取する騒音信号採取部と、
騒音信号採取部が採取した騒音信号Nの音圧レベルを検出する音圧レベル検出部と、
手動設定操作または音圧レベル検出部が検出した音圧レベルに基づいて、重畳オーディオ信号再生部によって再生される重畳オーディオ信号A*の再生音圧レベルを調整する音圧レベル調整部と、
を更に設けるようにしたものである。
【0033】
(23) 本発明の第23の態様は、上述の第22の態様に係る騒音源の快音化装置において、
音圧レベル検出部が検出した音圧レベルが所定のしきい値未満である状態が所定時間継続した場合に、騒音信号採取部および音圧レベル検出部を除く構成要素の一部もしくは全部に対する電源供給を停止して休止モードへと移行し、音圧レベルが所定のしきい値を越えた場合に休止モードを解除する電源制御部を更に設けるようにしたものである。
【0034】
(24) 本発明の第24の態様は、上述の第10〜第23の態様に係る騒音源の快音化装置において、
騒音源に内蔵されているか、または、一部もしくは全部の構成要素を騒音源に装着するための着脱アダプタを備えているようにしたものである。
【0035】
(25) 本発明の第25の態様は、上述の第24の態様に係る騒音源の快音化装置において、
内蔵または装着の対象となる騒音源が電力によって稼働する装置であり、
この騒音源の稼働状態をモニタして待機モードへの移行制御を行う電源制御部を更に備え、
電源制御部が、騒音源が稼働停止状態にある場合には、電源制御部以外の構成要素の一部もしくは全部に対する電源供給を停止する待機モードへと移行し、騒音源が稼働状態にある場合には、待機モードを解除する制御を行うようにしたものである。
【0036】
(26) 本発明の第26の態様は、上述の第10〜第25の態様に係る騒音源の快音化装置の一部もしくは全部の構成要素が組み込まれた電気製品において、当該快音化装置が、当該電気製品自身が発生する騒音信号Nを用いて作成された差分信号Dを用いて重畳オーディオ信号A*を発生させるようにしたものである。
【0037】
(27) 本発明の第27の態様は、騒音源が発生する騒音に対して快音化を図る騒音源の快音化装置において、
所定の観測点において観測される、騒音源が発生する騒音信号Nの時間平均スペクトルをNav(f)、目標雑音Wのスペクトル(時間的に不変な定常スペクトル)をW(f)、時間軸上に複数の区間を設定した場合の第k番目(k=1,2,3... )の区間についてのオーディオ信号Aの複素スペクトルをA(k,f)、所定の倍率係数をG(但し、G>1)としたときに、|A*(k,f)|=(G−1)・|A(k,f)|+W(f)−Nav(f)で与えられる複素スペクトルA*(k,f)を時間軸に逆変換した第k番目の区間についての区間信号を(但し、|A*(k,f)|はA*(k,f)のノルム)、時間軸上で合成することにより得られる信号を、スピーカから出力するようにしたものである。
【発明の効果】
【0038】
本発明では、予め、騒音源が発生する騒音信号Nとオーディオ源が発生するオーディオ信号Aを採取し、騒音信号Nのサンプル採取期間の時間平均をとった騒音平均スペクトルNav(f)が求められる。一方、ホワイトノイズ等、人間が不快に感じない目標雑音WのスペクトルW(f)を予め定めておく。そして、時間軸上に複数の区間を設定し、第k番目(k=1,2,3... )の区間についてのオーディオ信号Aの複素スペクトルA(k,f)が求められ、|D(k,f)|=W(f)−Nav(f)−|A(k,f)|なる差分演算によって、差分区間複素スペクトルD(k,f)のノルム(大きさ)|D(k,f)|が算出される。
【0039】
差分区間複素スペクトルD(k,f)の位相とオーディオ区間複素スペクトルA(k,f)の位相は変化しないとすれば、D(k,f)/|D(k,f)|=A(k,f)/|A(k,f)|が成立し、A(k,f)の実部をRe{A(k,f)}とすれば、D(k,f)の実部はRe{D(k,f)}=Re{A(k,f)}・|D(k,f)|/|A(k,f)|で与えられ、A(k,f)の虚部をIm{A(k,f)}とすれば、D(k,f)の虚部はIm{D(k,f)}=Im{A(k,f)}・|D(k,f)|/|A(k,f)|で与えられる。
【0040】
このようにして、D(k,f)が求まったら、この差分区間複素スペクトルD(k,f)を時間軸に逆変換して差分区間信号D(k)を求め、時間軸上で、各区間についての差分区間信号D(k)を合成することにより差分信号Dを生成し、オーディオ信号Aと差分信号Dとを、スピーカから、騒音信号Nに重ねて出力すれば、人間の耳には、騒音信号Nに重ねて、オーディオ信号Aと差分信号Dとが聞こえることになり、目標雑音Wに近い音が聞こえることになる。
【0041】
すなわち、時間軸上の第k番目の区間について、人間の耳に聞こえる音のスペクトルに着目すると、騒音信号Nの時間平均スペクトルN(f)と、オーディオ信号Aの複素スペクトルA(k,f)と、差分信号Dの複素スペクトルD(k,f)と、をスカラー的に重畳したものになるので、この人間の耳に聞こえる音のスペクトルをZ(f)とすれば、Z(f)=N(f)+|A(k,f)|+|D(k,f)|になる。これに、上記差分演算式|D(k,f)|=W(f)−Nav(f)−|A(k,f)|を代入すると、Z(f)=N(f)+|A(k,f)|+W(f)−Nav(f)−|A(k,f)|=N(f)+W(f)−Nav(f)となる。
【0042】
ここで、騒音信号Nの時間平均スペクトルN(f)が時間的に大きく変動せず、サンプル採取時に比べ全く変化しないと仮定すれば、騒音スペクトルN(f)は、騒音平均スペクトルNav(f)に等しくなるので、上記重畳したスペクトルは、Z(f)=W(f)となり、人間の耳に聞こえる音のスペクトルはホワイトノイズ等の目標雑音のスペクトルになり、人間には不快感は生じない。雑音Wとして、たとえば、ホワイトノイズを用いれば、騒音信号Nを人間の耳の中でホワイトノイズ化することができる。
【0043】
実際には、N(f)=Nav(f)なる式は、正確に成り立つわけではないが、一般的な騒音源から発せられる騒音信号Nの場合、任意の時間における騒音スペクトルN(f)は、サンプル採取期間の平均スペクトルNav(f)にかなり近いものになるので、人間の耳に聞こえる音は、かなりホワイトノイズ等の目標雑音Wに近いものになる。かくして、本発明によれば、室内/室外を問わず、種々の音響空間において様々な騒音源が発生する騒音を、効果的にかつ低コストで快音化することができる。
【0044】
また、オーディオ信号Aと差分信号Dとを重ねて出力する際に、オーディオ信号Aの音圧レベルをG倍(G>1)にすれば、N(f)=Nav(f)なる仮定の下で、人間の耳に聞こえる音のスペクトルは、Z(f)=W(f)+(G−1)・|A(k,f)|となる。これは、ホワイトノイズ等の目標雑音Wに、オーディオ信号Aが重なって聞こえることを示している。このため、音脈分凝による心理的効果によって、人間の耳には、オーディオ信号Aが強調して聞こえることになる。したがって、心理的に聴取される音はオーディオ信号Aが主成分となり、騒音源を効果的に快音化することが可能になる。
【0045】
本発明に係る方法は、受動消音法のように、騒音源に吸音材などを付加する必要はなく、また、従来の能動消音法のように、高価なリアルタイム信号処理回路も必要ない。単に、オーディオ信号Aと差分信号Dとを重畳してスピーカから出力すればよい。また、差分信号Dを生成する処理も、一般的なフーリエ変換処理および逆フーリエ変換処理を行う機能をもった回路やプロセッサによって行うことが可能である。したがって、本発明を利用すれば、比較的安価な費用で効果的な騒音対策を講じることが可能になる。しかも、本発明による方法は、位相反転波によって騒音を物理的に打ち消すわけではないので、指向性が問われることもなく、室内/室外を問わず、種々の音響空間において様々な騒音源が発生する騒音を、効果的にかつ低コストで快音化することができる。
【0046】
実用上は、差分信号Dを算出するプロセスを予め準備段階で行っておき、この準備段階の後の快音化段階において、オーディオ信号Aと差分信号Dとを重畳してスピーカから出力すればよいので、非常に単純な構成で本発明を実施可能である。あるいは、オーディオ信号Aに差分信号Dを重畳した重畳オーディオ信号A*を生成するための重畳オーディオ信号データA*dを、予めデジタル処理によって用意しておけば、この重畳オーディオ信号データA*dを再生してスピーカから重畳オーディオ信号A*を出力するだけの単純な構成で本発明を実施することも可能である。
【0047】
一方、快音化装置内に、騒音源が発生する騒音信号Nとオーディオ源が発生するオーディオ信号Aとを採取し、差分信号Dを生成する機能を組み込んでおけば、未知の騒音源に対しても、新たな差分信号Dを生成して対応することが可能になる。
【0048】
また、騒音源が発生する騒音の音圧レベルを検出する機能を装置に組み込んでおけば、オーディオ信号Aと差分信号Dとをスピーカから出力する際の音圧レベルを、騒音に対する快音化効果が得られる適正な値に自動調整することが可能になる。更に、騒音の音圧レベルをモニタして、電力節約を行う休止モードへ移行する機能を設けておけば、騒音の音圧レベルが小さいときには、装置を休止モードとして電力を節約することができる。また、騒音源が電力によって稼働する装置の場合、この騒音源の稼働状態を電気的にモニタして待機モードへの移行制御を行うようにすれば、騒音源が稼働していないときには、待機モードに移行して電力を節約することができる。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】従来の能動消音法(ANC:Active Noise Control)による騒音軽減化の基本原理を示す図である。
【図2】図1に示す能動消音法に、更にフィードバック制御を加えた方法の基本原理を示す図である。
【図3】本発明の基本的実施形態に係る快音化装置の基本構成を示すブロック図である。
【図4】本発明に係る快音化方法で利用する音脈分凝の現象を示すグラフである。
【図5】音脈分凝により、人間の心理的な音声の認識プロセスにおいて音脈の補間が行われる具体例を示す波形図である。
【図6】音脈分凝により、人間の心理的な音楽の認識プロセスにおいて音脈の補間が行われる具体例を示す譜面図である。
【図7】本発明に係る快音化方法の基本手順を示す流れ図である。
【図8】図7の差分信号生成段階(ステップS5)で用いられる具体的なスペクトルの例を示すグラフである。
【図9】図7の差分信号生成段階(ステップS5)で行われる具体的な演算処理を示すグラフである。
【図10】本発明に係る快音化装置を利用した場合に、人間の耳に到達する音波成分を示す図である。
【図11】ヘアードライヤーを騒音源として本発明に係る快音化装置を利用するいくつかの形態を示す図である。
【図12】図7の差分信号生成段階(ステップS5)のより詳細な手順を示す流れ図である。
【図13】図12のステップS52で行われるオーディオ区間信号の抽出処理を例示する図である。
【図14】図13に示す各区間に適用するハニング窓の一例を示す図である。
【図15】図7の差分信号生成段階(ステップS5)で、目標雑音Wとしてピンクノイズを用いた場合の各スペクトルを示すグラフである。
【図16】図7の差分信号生成段階(ステップS5)で、目標雑音Wとしてピンクノイズを用いた場合の具体的な演算処理を示すグラフである。
【図17】本発明の第1の変形例に係る快音化装置の基本構成を示すブロック図である。
【図18】本発明の第2の変形例に係る快音化装置の基本構成を示すブロック図である。
【図19】本発明の第3の変形例に係る快音化装置の基本構成を示すブロック図である。
【図20】本発明の第4の変形例に係る快音化装置の基本構成を示すブロック図である。
【図21】本発明の第5の変形例に係る快音化装置の基本構成を示すブロック図である。
【図22】本発明の第6の変形例に係る快音化装置の基本構成を示すブロック図である。
【図23】本発明の第7の変形例に係る快音化装置の基本構成を示すブロック図である。
【図24】本発明の第8の変形例に係る快音化装置の基本構成を示すブロック図である。
【図25】本発明の第9の変形例に係る快音化装置の基本構成を示すブロック図である。
【図26】本発明の第10の変形例に係る快音化装置の基本構成を示すブロック図である。
【図27】本発明の第11の変形例に係る快音化装置の基本構成を示すブロック図である。
【図28】電気掃除機が発生する騒音信号とオーディオ信号の波形(図(a) )およびスペクトル(図(b) )を示すグラフである。
【図29】電気掃除機が発生する騒音信号と重畳オーディオ信号の波形(図(a) )およびスペクトル(図(b) )を示すグラフである。
【図30】電気シェーバが発生する騒音信号とオーディオ信号の波形(図(a) )およびスペクトル(図(b) )を示すグラフである。
【図31】電気シェーバが発生する騒音信号と重畳オーディオ信号の波形(図(a) )およびスペクトル(図(b) )を示すグラフである。
【図32】ヘアードライヤーが発生する騒音信号とオーディオ信号の波形(図(a) )およびスペクトル(図(b) )を示すグラフである。
【図33】ヘアードライヤーが発生する騒音信号と重畳オーディオ信号の波形(図(a) )およびスペクトル(図(b) )を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0050】
以下、本発明を図示する実施形態に基づいて説明する。
【0051】
<<< §1. 本発明に係る快音化装置の基本構成 >>>
ここでは、本発明に係る快音化装置の基本構成を説明する。本発明は、人間の脳が行う音の認識処理の心理的特性を利用して、騒音を軽減させる原理に基づくものであり、騒音とは別な音波を発生させるという点では、能動消音法(ANC:Active Noise Control)と類似した手法を採る。そこで、まず、従来から利用されている能動消音法の基本原理を図を参照して説明する。
【0052】
図1は、従来の能動消音法による騒音軽減化の基本原理を示す図である。ここでは、説明の便宜上、騒音源10として、ヘアードライヤーを用いた例で説明を行う。図示のとおり、騒音源10となるヘアードライヤーからは騒音信号N(音波)が周囲に伝播されることになる。古くから行われてきた受動消音法では、この騒音源10の筐体に吸音材などを付加して外部に騒音が伝達されるのを防ぐ対策を施すことになるが、筐体がかさばり、低音部の消音効果が弱いという欠点があることは既に述べたとおりである。
【0053】
そこで、能動消音法では、この騒音信号Nを打ち消す成分をもった別な音波(位相反転信号I)を故意に発生させ、騒音信号Nに位相反転信号Iをぶつけることにより、両者を物理的に消滅させる手法を採る。もっとも、現実的には、従来の能動消音法を用いて図示のような構成で消音を行うことは不可能であり、ヘアードライヤーをダクト内に閉じ込めて、騒音波が所定方向にしか進行しないような制御を行うなど、非実用的な実験環境でないと騒音を打ち消すことはできない(後述する図2の構成をとる場合も同様である)。
【0054】
図1に示す例の場合、騒音収録マイク20によって、騒音源10の近傍で騒音信号Nを収録して電気信号に変換し、これを信号遅延部30で所定時間だけ遅延させ、位相反転部40で位相反転させた上で、スピーカ50から出力する。信号遅延部30では、騒音源10から、騒音信号Nと位相反転信号Iとの衝突位置までの音波の伝搬距離Lに相当する音波の伝搬時間に相当する時間差だけ信号を遅延させる処理を行う(電気信号の伝搬時間は、音波の伝搬時間に比べて非常に小さいので無視する)。
【0055】
位相反転信号Iが、騒音信号Nに対して、正確に位相反転した同一音圧レベルの信号であれば、理論的には、騒音信号Nを完全に打ち消すことができる。しかしながら、実際には、騒音信号Nに完全に同期した信号を取り出し、正確な位相反転信号Iを生成し、タイミングを正確に合わせて衝突させることは極めて困難である。そのため、図の右方に示すとおり、打ち消されずに残った残存信号Rが観測されることになる。このように、騒音信号Nを低減させる効果は得られるものの、完全に消し去ることはできない。
【0056】
図2は、図1に示す能動消音法に、更にフィードバック制御を加えた方法の基本原理を示す図である。この例では、残存信号Rを収録するための誤差収録マイク60を更に設け、誤差帰還部70によって残存信号Rを電気信号として採取し、これを位相反転部45に対してフィードバック信号として帰還させている。位相反転部45は、この残存信号Rの振幅が零になるように、位相反転信号Iに対するフィードバック制御を行う機能を有する。
【0057】
このようなフィードバック制御を行うことにより、騒音信号Nを更に低減させることが可能であるが、実際には、騒音信号Nを完全に打ち消すことはできない。また、図には、騒音信号Nが右方向にのみ伝搬した図が示されているが、実際には、騒音源10からは騒音信号Nが音波として四方八方に広がってゆくことになるので、これらすべての音波を物理的に消滅させることは不可能である。
【0058】
結局、従来の能動消音法では、空間上の特定位置についてのみ騒音の低減が図れるだけであり、騒音低減の効果に指向性があるという問題がある。また、高音部の消音効果が弱い欠点もある。更に、位相反転処理やそのフィードバック制御をリアルタイムで高速に行うためには、DSPなどの高価な信号処理回路が必要になり、コストがかかるという経済的な問題も生じる。このため、現状では、ダクト、自動車内、ヘッドフォンなど、騒音方向を制御可能な閉鎖的な音響空間での実用化が行われているにすぎない。
【0059】
さて、本発明に係る騒音源の快音化方法は、騒音とは別な音波を発生させる点において上記能動消音法と類似する。しかしながら、騒音そのものを物理的に減衰させるわけではなく、人間の脳の特性を利用して、人間が音として認識する騒音を心理的に軽減させる手法を採る。
【0060】
図3は、本発明の基本的実施形態に係る快音化装置の基本構成を示すブロック図である。この快音化装置は、騒音源10が発生する騒音に対して快音化を図る機能を有している。ここでも、騒音源10として、ヘアードライヤーを用いた例が示されている。
【0061】
この実施形態に係る快音化装置は、オーディオ信号供給部100とオーディオ出力部200とによって構成されている。オーディオ信号供給部100は、図示のとおり、オーディオ信号データ格納部110,信号重畳部120,差分信号データ格納部130,重畳オーディオ信号再生部140を有するデジタルユニットであり、内部の処理はすべてデジタル演算によって行われる。ただ、重畳オーディオ信号再生部140の出力段には、D/A変換器が組み込まれており、重畳オーディオ信号A*がアナログ再生信号として出力される。オーディオ出力部200は、図示のとおり、オーディオアンプ210とスピーカ220とを有するアナログユニットであり、重畳オーディオ信号再生部140から出力されたアナログ再生信号を音波として出力する機能を有する。
【0062】
オーディオ信号データ格納部110内には、オーディオ信号Aを発生させるためのオーディオ信号データAdがデジタルデータの形で格納されている。ここでは、人間の歌声を再生するためのオーディオ信号データAd(歌手の歌声を収録したコンテンツデータ)が、オーディオ信号データ格納部110内に格納されている場合を例にとって、以下の説明を行うことにする。
【0063】
一方、差分信号データ格納部130内には、差分信号Dを発生させるための差分信号データDdがデジタルデータの形で格納されている。この差分信号Dは、後述するように、目標雑音信号W,騒音信号N,オーディオ信号Aという3種類の信号に基づいて生成される信号である。ここで、「差分」という言葉を用いているのは、この差分信号Dが、人間の耳80に聞かせる音の周波数特性を目標雑音信号Wの周波数特性に近づけるための不足分を補う役割を果たすためである。大まかな概念としては、この差分信号Dは、「目標雑音信号Wのスペクトル」から、「騒音信号Nのスペクトルとオーディオ信号Aのスペクトルとの和」を差し引いて得られる差分スペクトルをもった信号ということになる。この差分信号Dも、可聴周波数域の信号という意味では、「オーディオ信号」の一種であるが、ここでは上記理由から、「差分信号」という用語を用いることにする。
【0064】
信号重畳部120は、オーディオ信号データ格納部110から読み出したオーディオ信号データAdと、差分信号データ格納部130から読み出した差分信号データDdとに基づいて、重畳オーディオ信号データA*dを生成する処理を行う。ここで、重畳オーディオ信号データA*dは、オーディオ信号Aに差分信号Dを重畳した重畳オーディオ信号A*を発生させるためのデジタルデータである。オーディオ信号Aも、差分信号Dも、基本的には音波の信号であり、重畳オーディオ信号A*は、オーディオ信号Aの振幅と差分信号Dの振幅とを加算することによって得られる信号である。
【0065】
上述したとおり、オーディオ信号供給部100はデジタルユニットであり、信号重畳部120による信号の重畳処理は、デジタル演算処理として行われる。なお、オーディオ信号A,差分信号D,重畳オーディオ信号A*は、デジタル信号の形態、アナログ信号の形態、物理的な音波信号の形態のいずれをとることも可能である。各信号の形態は、最終的に人間の耳80に到達する段階において、物理的な音波信号の形になっていれば、その前段階ではどのような形態をとっていてもかまわない。図3では、便宜上、オーディオ信号供給部100の内部処理段階では、各信号がデジタル信号の形をとっており、オーディオ出力部200の内部処理段階では、アナログ信号の形をとっているが、もちろん、本発明はこのような形態に限定されるものではない。
【0066】
また、ここでは、便宜上、信号自体を示す場合には、オーディオ信号A,差分信号D,重畳オーディオ信号A*と呼び、これらの信号情報を含むデジタルデータを示す場合には、それぞれオーディオ信号データAd,差分信号データDd,重畳オーディオ信号データA*dと呼ぶことにする(符号には、末尾にdを付してデジタルデータであることを明記する)。各データそれ自身はデジタル信号の形態をとり、これを再生することによりアナログ信号の形態を得ることができ、更にスピーカを通すことによって物理的な音波信号の形態が得られることになる。もっとも、本発明を技術思想として捉える上では、信号とデータとを特に区別する必要はなく、これらの実体は同一のものである。したがって、オーディオ信号データ格納部110にはオーディオ信号Aが格納され、差分信号データ格納部130には差分信号Dが格納され、信号重畳部120は、オーディオ信号Aに差分信号Dを重畳して重畳オーディオ信号A*を生成すると考えてもよい。
【0067】
重畳オーディオ信号再生部140は、この重畳オーディオ信号データA*dに基づいて重畳オーディオ信号A*を再生し、アナログ信号として出力する機能を果たす。このように、オーディオ信号供給部100は、最終的に重畳オーディオ信号A*をアナログ信号として出力し、オーディオ出力部200に与える処理を行う。オーディオ出力部200に与えられた重畳オーディオ信号A*は、オーディオアンプ210で増幅され、スピーカ220によって音波の形の重畳オーディオ信号A*として出力される。
【0068】
結局、人間の耳80には、騒音源10が発生する騒音信号Nと、スピーカ220から出力される重畳オーディオ信号A*との双方が、音波として伝搬される。重畳オーディオ信号A*は、騒音信号Nを物理的に打ち消す性質をもった音波ではないので、物理的な観点からは、騒音信号Nを減衰させるどころか、騒音信号Nに加えて、更に重畳オーディオ信号A*が加わることになり、人間の耳80に与えられる音波のエネルギー量は、かえって増加することになる。それにもかかわらず、騒音の快音化が行われるのは、人間の耳80の中で騒音信号Nと重畳オーディオ信号A*とが重なり合うことにより、合成音波信号のスペクトルが目標雑音信号Wのスペクトルに近似する効果が得られるためである。
【0069】
スピーカ220によって出力された重畳オーディオ信号A*は、「オーディオ信号データ格納部110内のオーディオ信号データAdを再生することによって得られる音波の形のオーディオ信号A」に、「差分信号データ格納部130内の差分信号データDdを再生することによって得られる音波の形の差分信号D」を重畳したものになる。したがって、人間の耳80には、騒音信号N、オーディオ信号A、差分信号Dという3種類の信号が音波として伝達されることになる。
【0070】
ここで、差分信号Dは、前述したように、「目標雑音信号Wのスペクトル」から、「騒音信号Nのスペクトルとオーディオ信号Aのスペクトルのスカラー値との和」を差し引いて得られる差分スペクトルをもった信号なので、人間の耳80に伝達される合成音波信号のスペクトルは、「目標雑音信号Wのスペクトル」に近似したものになる。目標雑音信号Wとして、人間の脳が心地良いと感じる雑音信号(たとえば、ホワイトノイズ)を設定しておけば、人間の耳80まで伝達される合成音波は、人間の脳が心地良いと感じる音になる。これが本発明の基本原理である。
【0071】
<<< §2. 音脈分凝の基本原理 >>>
本発明の基本原理は、上述したとおり、人間の耳80に伝達される合成音波のスペクトルを、「目標雑音信号Wのスペクトル」に近づけることにあるが、本発明では、更に快音化の効果を高めるために、音脈分凝(Auditory Stream Segregation)という心理学的な現象も利用している。ここでは、この音脈分凝という現象を簡単に説明しておく。
【0072】
この音脈分凝という現象は、もともと「カクテルパーティ効果」として知られている、人間の脳に生じる心理的な現象である。すなわち、種々雑多な人間が集まったカクテルパーティーでは、多数の人間の話声の合成音が「ガヤガヤ」したノイズとして感じられるが、その中に脳が音脈として認識できる特定の話声が混じっていると、その特定の話声が心理的に強めに聞こえてくる、という現象である。たとえば、多数の言語が飛び交うパーティーにおいて、自分が理解できる言語の会話のみが聞こえる理由は、この音脈分凝によって説明できる。要するに、物理的にはノイズに埋もれた弱い信号成分であったとしても、脳が何らかの意味を認識できる音脈であれば、心理的に強まり、ノイズから浮き出して認識されることになる。こうして、音脈分凝によって強められた特定の音に脳の注意が向けば、ノイズは気にならなくなる。
【0073】
この音脈分凝は、万人に等しく生じる現象ではなく、その程度には個人差がある。これは、ある音脈を意味のある音声や音楽として認識できるか否か、という脳の活動に深くかかわる心理学的な現象であるため、むしろ当然である。ただ、多数の被験者に対する実験の結果、程度の差はあるものの、大多数の人間に共通して生じる現象であることが知られている。
【0074】
図4は、この音脈分凝の現象を示すグラフである。いま、図4(a) に示すようなスペクトルX(f)をもった音を発生する音源Xと、図4(b) に示すようなスペクトルY(f)をもった音を発生する音源Yと、が存在し、物理的には、音源Xからの音と音源Yからの音との合成音が人間の耳まで到達する環境を考えてみる。ここで、音源Xは、自分が関心をもつ話題をテーマにした会話であるものとし、音源Yは、「ガヤガヤ」といった周囲の雑音であるものとしよう。一般に、音脈を認識できる特定の音の周波数特性は、図4(a) に示す例のように、いくつかのピークをもったスペクトルになり、背景雑音と感じられる音の周波数特性は、図4(b) に示す例(この例では、ホワイトノイズ)のように、広い周波数帯域に分布したスペクトルになる。
【0075】
図4(c) は、図4(a) に示す音源XのスペクトルX(f)と図4(b) に示す音源YのスペクトルY(f)とを同一のグラフに重ねて表示した図であり、図に実線で描かれたグラフは、物理的なスペクトルX(f),Y(f)を示している。したがって、人間の耳に伝達される物理的な音のスペクトルは、この実線で示されたグラフX(f),Y(f)を足し合わせたものになる。ところが、人間の脳が感じる音のスペクトルは、実線で示されたグラフとは異なるものになる。すなわち、上述した音脈分凝の現象により、音源Xの音が意味のある音脈として認識されるため、心理的には、実線グラフX(f)ではなく、破線グラフX(f)′のように強調されて聞こえることになる。
【0076】
結局、この図4(c) に示す例の場合、物理的には、実線で示すスペクトルX(f)をもった音と実線で示すスペクトルY(f)をもった音との合成音が人間の耳に提示されているにもかかわらず、心理的には、破線で示すスペクトルX(f)′をもった音と実線で示すスペクトルY(f)をもった音との合成音が聞こえるように感じる。すなわち、人間の脳には、音源Xからの音のエネルギーが実際よりも大きく感じられることになる。
【0077】
この音脈分凝の現象は、音源Xからの音が、ブロードなスペクトルをもった背景となる雑音(音源Yからの音、この例では、ホワイトノイズ)とともに提示されることによって起こる現象であるが、2つの音は、必ずしも時間的に同時に提示されなくてもよいことが知られている。図5は、このような実験結果を示すグラフである。
【0078】
いま、図5(a) に示すような波形をもった途切れ途切れの音を人為的に作成する。図示の例は、人間のしゃべり声を360ms単位の周期に分け、前半周期(180ms)はそのままとして、後半周期(180ms)は無音部分とする加工を施したものである。このような音を人間に聞かせると、無音部分によって音脈が分断され、内容を十分に聞き取ることはできない。ところが、後半周期(180ms)の無音部分をホワイトノイズに置換して、図5(b) に示すような波形をもった信号を作成し、これを人間に聞かせると、無音部分の音脈が補間され、内容を聞き取ることができるようになる。もちろん、後半周期には、本来のしゃべり声の情報は含まれていないが、ここにホワイトノイズを挿入することにより、脳が音脈を補間しやすい環境が醸成されたものと考えられる。
【0079】
このように、脳が音脈補間機能を有することは、音楽の分野でも古くから知られている。たとえば、図6(a) に示すような音符を順に演奏した場合を考える。ここで、上段の音符と下段の音符とは、互いに1オクターブ程度離れているものとし、時間軸上で、上段の音符と下段の音符とが交互に演奏される楽譜になっているものとする。この場合、実際に演奏されているのは、図6(a) に示すとおりの単旋律の音楽であるにもかかわらず、脳によって聴取される音は、図6(b) に示すような複旋律の音楽になることが知られている。すなわち、実際に演奏されている音符は、図6(b) の黒音符だけであるが、脳は勝手に図の白音符を補間することにより、上段の旋律と下段の旋律とが同時に演奏されているかのような認識を行うことになる。
【0080】
このように、音楽の分野における音脈分凝は、音楽家の間では古くから知られている現象であり、たとえば、バッハ作曲の「無伴奏バイオリン・パルティータNo.3」などの楽曲には、この音脈分凝の効果が活用されている。この図6に示す例の場合、ホワイトノイズなどの雑音成分の付加は行われていないが、図4,図5の例に示すとおり、ホワイトノイズなどのブロードな周波数特性を有する雑音成分を付加することにより、音脈分凝の効果は更に高まるものと考えられる。
【0081】
本発明では、人間の耳に伝達される合成音波のスペクトルを、人間が不快には感じない「目標雑音信号W」のスペクトルに近づけるとともに、更に、この「目標雑音信号W」に、人間が心地良く感じる「オーディオ信号A」の成分が加わるようにすることにより、騒音の快音化を効果的に図ることができる。
【0082】
<<< §3. 本発明に係る快音化方法の基本手順 >>>
ここでは、図7の流れ図に基づいて、本発明に係る快音化方法の基本手順を説明する。この快音化方法は、騒音源が発生する騒音に対して快音化を図る方法であり、図示のとおり、前半の準備段階と後半の快音化段階とによって構成されている。準備段階は、差分信号D(差分信号データDd)を生成するための段階である。一方、図7後半の快音化段階は、準備段階で用意された差分信号Dをオーディオ信号Aとともにスピーカから出力することにより、特定の騒音源10が発生する騒音信号Nを快音化する段階である。
【0083】
前半の準備段階は、騒音信号採取段階S1,騒音平均スペクトル算出段階S2,オーディオ信号採取段階S3,目標雑音設定段階S4,差分信号生成段階S5によって構成される。
【0084】
ステップS1の騒音信号採取段階は、特定の騒音源10が発生する騒音信号Nを採取する段階である。たとえば、図3に示す例の場合、騒音源10となるヘアードライヤーの近傍に騒音収録マイクを配置し、ヘアードライヤーの動作音を録音すればよい。録音した騒音は、デジタルデータの形式で保存しておくようにする。
【0085】
続くステップS2の騒音平均スペクトル算出段階は、ステップS1で採取した騒音信号Nの所定時間(サンプル期間)内の平均周波数分布に基づいて騒音平均スペクトルNav(f)を求める処理を行う段階である。たとえば、10秒間とか、5分間というように、予め平均をとるサンプル期間を定めておき、採取した騒音信号Nをフーリエ変換することにより得られるスペクトルの当該サンプル期間に関する平均を求める処理を行えばよい(符号「av」は、このようなサンプル期間における平均であることを示す)。
【0086】
サンプル期間は、騒音の時間変動周期を考慮して適宜決定すればよい。たとえば、ヘアードライヤーが騒音源である場合は、通常、さほどの騒音変動はみられないので、10秒間程度のサンプル期間を設定しておけば十分である。ただし、ヘアードライヤーの送風モードは温風・冷風・強風など複数用意されている場合があり、送風モードごとに騒音信号Nの特性が異なるため、送風モードを変化させた場合は、図7の一連の準備段階をやり直す必要がある。実際には、予め各送風モードに対応した複数の差分信号Dを準備しておくという運用方法をとることもできる。
【0087】
図8(a) は、このようにして得られた騒音平均スペクトルNav(f)の一例を示すグラフであり、横軸に周波数f、縦軸に個々の周波数fに対応するエネルギー値が示されている。このように、任意の音について、所定時間内の平均フーリエ変換スペクトルを算出する技術は、古くから行われている公知の技術であり、ここでは具体的な演算処理についての説明は省略する。
【0088】
一方、ステップS3のオーディオ信号採取段階は、オーディオ源が発生するオーディオ信号Aを採取する段階である。このオーディオ信号Aの採取も、騒音信号Nの採取と同様に、マイクによる収録作業で行うことも可能であるが、実際には、オーディオ源から直接採取する方法をとるのが好ましい。§1で述べたとおり、本発明で用いるオーディオ信号Aは、騒音信号N(および差分信号D)とともに人間に聞かせる可聴周波数域の音であり、人間が心地良く感じる音であれば、どのような信号を用いてもかまわない。
【0089】
ただ、実用上は、CDに収録された、あるいは、ネットワーク経由で配信された音楽のデジタルデータをオーディオ源として用いるケースが一般的であろう。その場合は、当該デジタルデータをそのままオーディオ信号データAdとして読み込めばよい。また、オーディオ源として、アナログ録音テープを用いる場合は、アナログ信号をデジタル信号に変換して取り込めばよい。なお、ステレオのオーディオ源の場合は、左右の音の合算値を用いてモノラル化して用いるようにする。
【0090】
図8(b) は、このようにして採取されたオーディオ信号Aについて、時間軸上に設定された第k番目(k=1,2,3... )の区間の周波数分布を示すオーディオ区間複素スペクトルA(k,f)の一例を示すグラフである。ここで、|A(k,f)|は、複素スペクトルA(k,f)のノルム(大きさ)を意味する。図8(a) と同様に、横軸に周波数f、縦軸に個々の周波数fに対応するエネルギー値(ノルム)が示されている。図8(a) に示す騒音平均スペクトルNav(f)が、所定のサンプル期間内の平均周波数分布を示すスカラースペクトルであるのに対して、図8(b) に示すオーディオ区間複素スペクトルA(k,f)は、区間kの関数でスペクトルが複素数の値で位相情報をもつ周波数分布を示す。別言すれば、図8(b) に例示したオーディオ区間複素スペクトルA(k,f)は大きさと位相(図示していない)が時間とともに変動してゆくことになる。
【0091】
続くステップS4の目標雑音設定段階では、所定の目標雑音Wの周波数分布を示す目標雑音スペクトルW(f)が設定される。本発明において、目標雑音Wは、人間の耳に到達する合成音波の周波数特性を近づける目標となる音であり、人間が不快に感じない雑音であれば、どのような雑音を用いてもかまわない。ここでは、目標雑音Wとしてホワイトノイズ(白色雑音)を用いた実施例を説明する。ホワイトノイズは、広い周波数域にわたって各周波数成分が均一に含まれているノイズであり、そのスペクトルは、図8(c) に示すように、各周波数について同一のエネルギー値を示すグラフになる。なお、非可聴周波数域の特性は発明の作用に直接影響しないので、少なくとも可聴周波数域にわたって同一のエネルギー値を示すスペクトルをもったホワイトノイズを用いれば十分である。
【0092】
ここで述べる実施例の場合、可聴周波数域にわたって同一のエネルギー値が定常的に維持される定常スペクトルを、目標雑音スペクトルW(f)として設定している。すなわち、図8(c) に示す目標雑音スペクトルW(f)は、時間的に不変な定常スペクトルになり、時間が経過しても、このスペクトルのグラフは変化しない。もちろん、この場合、時間が経過しても変化しないのは、あくまでも雑音信号のスペクトル(周波数次元のグラフ)であり、雑音信号自体が時間的に全く変化しないわけではない。雑音信号の波形(時間次元のグラフ)は、絶えずランダムな変化を繰り返している。
【0093】
そして、準備段階の最後の段階であるステップS5では、差分信号Dを生成する差分信号生成段階が行われる。差分信号Dを生成する処理は、ステップS2で算出した騒音平均スペクトルNav(f)と、ステップS3で採取したオーディオ信号Aと、ステップS4で設定した目標雑音スペクトルW(f)と、を用いた差分演算によって行われる。具体的には、時間軸上に複数の区間を設定し、オーディオ信号Aの第k番目(k=1,2,3... )の区間における周波数分布を示すオーディオ区間複素スペクトルA(k,f)を区間kの関数として求め、|D(k,f)|=W(f)−Nav(f)−|A(k,f)|なる差分演算によって、差分スペクトルD(k,f)を区間kの関数として算出する。ここで、|A(k,f)|はA(k,f)のノルム(大きさ)、|D(k,f)|はD(k,f)のノルムである。そして、この差分スペクトルD(k,f)を時間軸に逆変換したD(k)を時間軸上で合成して差分信号Dを生成する処理を行えばよい。
【0094】
なお、エネルギー値|D(k,f)|が負になるスペクトルは存在しないので、上記差分演算において、特定の周波数値fについて、|D(k,f)|<0となった場合には、便宜上、|D(k,f)|=0とする置換を行うようにすればよい。このような置換により、§4で述べる基本原理からは多少逸脱しても、騒音を快音化するという本発明の作用効果が著しく損なわれることはない。したがって、実際には、実際には、|D(k,f)|<0となることが多少発生しても、人間がうるさく感じないように、必要十分な最小限のエネルギー値をもった目標雑音スペクトルW(f)を設定しておくのが好ましい。
【0095】
図9は、この差分信号生成段階(ステップS5)で行われる具体的な演算処理を示すグラフである。騒音平均スペクトルNav(f)は、既にステップS2で算出されており、目標雑音スペクトルW(f)は、既にステップS4で設定されているので、ステップS5では、オーディオ信号Aに対してフーリエ変換を行うことにより、オーディオ区間複素スペクトルA(k,f)を求め、演算器90によって、|D(k,f)|=W(f)−Nav(f)−|A(k,f)|なる差分演算を行い、差分区間複素スペクトルD(k,f)を求める処理が行われる。
【0096】
ここで、Nav(f)は、時間によらず常に一定のスカラースペクトルであり、W(f)も、ここに示す実施例では、定常スペクトルであるが、A(k,f)は、区間の関数として与えられる複素スペクトルであり、大きさと位相が時々刻々と変化する。したがって、この図9に示す差分演算は、時間軸上の所定の区間(フレーム)で繰り返し実行されることになる。§6で詳述する例の場合、約0.1sec 間隔で個々の区間が設定される。したがって、この場合、約0.1sec おきの区間ごとに、それぞれ差分区間複素スペクトルD(k,f)が得られる。このように、差分区間複素スペクトルD(k,f)は区間の関数として与えられる。
【0097】
こうして、差分区間複素スペクトルD(k,f)が得られたら、これを逆フーリエ変換し、差分区間信号D(k)を求めればよい。差分信号Dは、差分区間信号D(k)を時間軸上で合成した信号で与えられる。上例の場合、約0.1sec おきの区間ごとに逆フーリエ変換した波形が得られ、これらを時間軸上で順次合成することにより、オーディオ信号Aと同じ再生時間をもった差分信号D(実際には、デジタルデータの形式の差分信号データDd)が得られることになる。なお、このような逆フーリエ変換の方法も、古くから行われている公知の技術であり、ここでは具体的な演算処理についての説明は省略する。
【0098】
このステップS5で実行されるフーリエ変換処理や逆フーリエ変換処理は、実際にはデジタル演算によって行われる処理であるため、図9に示す各スペクトルNav(f),|A(k,f)|,W(f),|D(k,f)|は、いずれも周波数f軸上に設定された離散的な周波数について、それぞれエネルギー値を示すデータの集合によって構成されている。具体的には、ここに示す実施形態の場合、f=0〜22.05kHzという周波数軸上の範囲(可聴域の周波数範囲)に2048個の離散的な周波数を設定し、これら各周波数についてそれぞれエネルギー値を定義した演算を行っている。したがって、各スペクトルNav(f),|A(k,f)|,W(f),|D(k,f)|の実体は、これら2048通りの離散的な周波数について、それぞれエネルギー値を対応づけたデータの集合ということになる。
【0099】
したがって、演算器90によって実行される加算および減算も、実際には、これら離散的な周波数値のそれぞれについて実行される。たとえば、2048通りの周波数値の中の第j番目の離散値については、|D(k,j)|=W(j)−Nav(j)−|A(k,j)|なる差分演算が行われることになる。これにより、D(k,j)のスカラー値が決定したら、差分区間複素スペクトルD(k,f)の複素数値は次のように算出できる。差分区間複素スペクトルD(k,f)の位相とオーディオ信号の区間複素スペクトルA(k,f)の位相は変化しないとすれば、D(k,f)/|D(k,f)|=A(k,f)/|A(k,f)|が成立し、A(k,f)の実部をRe{A(k,f)}とすれば、D(k,f)の実部はRe{D(k,f)}=Re{A(k,f)}・|D(k,f)|/|A(k,f)|で与えられ、A(k,f)の虚部をIm{A(k,f)}とすれば、D(k,f)の虚部はIm{D(k,f)}=Im{A(k,f)}・|D(k,f)|/|A(k,f)|で与えられる。D(k,j)の複素数値が決定したら、フーリエ逆変換により、時系列の差分区間信号D(k)を算出でき、全ての区間において差分区間信号D(k)を時間軸上で合成すれば差分信号Dを算出できる。
【0100】
こうして、差分信号D(差分信号データDd)が得られたら、前半の準備段階は完了である。この前半の準備段階(騒音信号採取段階S1,騒音平均スペクトル算出段階S2,オーディオ信号採取段階S3,目標雑音設定段階S4,差分信号生成段階S5)は、実際には、コンピュータに専用の処理プログラムを組み込み、これを実行させることにより行うことができる。
【0101】
続く後半の快音化段階では、得られた差分信号Dをオーディオ信号Aとともに、スピーカから騒音信号Nに重ねて出力するオーディオ出力段階(ステップS6)が実行される。図3に示す実施形態の場合、人間の耳80には、オーディオ信号Aと差分信号Dとを重畳した重畳オーディオ信号A*が、騒音信号Nとともに到達することになる。
【0102】
この図7に示す基本手順における前半の準備段階と、後半の快音化段階とは、密接に関わりあっている。すなわち、前半の準備段階で作成された差分信号Dは、汎用性のある信号ではなく、ステップS1で採取した特定の騒音信号NとステップS3で採取した特定のオーディオ信号Aに組み合わせて利用することを前提とした固有の信号になる。したがって、後半の快音化段階では、当該特定の騒音信号Nを快音化の対象となる騒音として、当該特定のオーディオ信号Aとともに当該固有の差分信号Dをスピーカから出力する必要がある。別言すれば、本発明の作用効果は、人間の耳に対して、これら特定の騒音信号N、特定のオーディオA、固有の差分信号Dという組み合わせからなる合成音波を与えることにより奏されることになる。
【0103】
したがって、実用上は、準備段階において、騒音信号採取段階S1、騒音平均スペクトル算出段階S2、オーディオ信号採取段階S3、目標雑音設定段階S4、差分信号生成段階S5、を実行し、快音化の対象となる特定の騒音について、予め固有の差分信号Dを作成し、これを保存しておくようにすればよい。そして、準備段階に後続する快音化段階において、準備段階において用いたオーディオ信号Aと準備段階において生成された差分信号Dを用いて、オーディオ出力段階を行えばよい。
【0104】
騒音源10が発生する騒音信号Nに変わりがなければ、準備段階を1回だけ行って差分信号Dを作成しておけば、同じ差分信号Dを用いて、オーディオ出力段階を何回でも繰り返し行うことができる。また、前述したように、温風・冷風・強風など、複数の送風モードが用意されているヘアードライヤーを騒音源10とする場合には、それぞれのモードごとに準備段階を行い、モードごとに異なる騒音信号Nを採取して、モードごとに異なる差分信号Dを生成しておけばよい。快音化段階では、実際のヘアードライヤーの動作モードに応じて、対応する差分信号Dを選択して出力すればよい。
【0105】
同様に、オーディオ信号Aとして利用する楽曲が異なる場合にも、それぞれの楽曲ごとに準備段階を行い、楽曲ごとに異なる差分信号Dを生成しておけばよい。快音化段階では、実際にオーディオ信号Aとして出力する楽曲に対応した差分信号Dを選択して出力すればよい。
【0106】
<<< §4. 本発明に係る快音化方法の基本原理 >>>
ここでは、§3で述べた基本手順に従った方法により、騒音に対する快音化が可能になる基本原理を説明する。図3に示すように、本発明に係る快音化装置からは、重畳オーディオ信号A*が音波として出力され、人間の耳80には、騒音源10からの騒音信号Nとともに、重畳オーディオ信号A*が到達することになる。ここで、重畳オーディオ信号A*は、オーディオ信号Aに差分信号Dを重畳した信号であるから、結局、人間の耳80に伝達される音波は、図10に示すように、騒音信号N、オーディオ信号A、差分信号Dの合成波ということになる。しかも、差分信号Dは、目標雑音信号W(この例ではホワイトノイズ)の周波数成分から、騒音信号Nの周波数成分とオーディオ信号Aの周波数成分とを差し引いた差分に相当する周波数成分をもった信号であるため、騒音信号N、オーディオ信号A、差分信号Dの合成波の周波数成分は、目標雑音信号Wに近似したものになる。
【0107】
いま、人間の耳80まで伝達される合成音波信号をZとし、その時間平均スペクトルをZ(f)とすると、
Z(f)=N(f)+|A*(k,f)| (1)
が成り立つ。ここで、N(f)は騒音信号Nの時間平均スペクトルであり、A*(k,f)は区間kにおける重畳オーディオ信号A*の複素スペクトルである。重畳オーディオ信号A*は、オーディオ信号Aに差分信号Dを重畳した信号であるから、その複素スペクトルA*(k,f)は、オーディオ信号AのスペクトルA(k,f)に差分信号DのスペクトルD(k,f)をスカラー的に加え合わせたものになる。すなわち、
|A*(k,f)|=|A(k,f)|+|D(k,f)| (2)
が成り立つ。
【0108】
そこで、式(2)を式(1)に代入すれば、
Z(f)=N(f)+|A(k,f)|+|D(k,f)| (3)
が得られる。ところで、差分区間複素スペクトルD(k,f)は、図9に示されているとおり、
|D(k,f)|=W(f)−Nav(f)−|A(k,f)| (4)
なる差分演算によって求められたスペクトルである。そこで、式(4)を式(3)に代入すれば、次の式(5)が得られる。
Z(f)=N(f)+|A(k,f)|
+W(f)−Nav(f)−|A(k,f)| (5)
ここで、N(f)=Nav(f)とすれば、
Z(f)=W(f) (6)
を得る。
【0109】
上記式(6)は、図10において、人間の耳80まで伝達される合成音波信号Zの時間平均スペクトルZ(f)が、目標雑音信号WのスペクトルW(f)に等しくなることを示している。したがって、たとえば、目標雑音信号Wとしてホワイトノイズを用いたとすれば、合成音波信号Zは、図8(c) に示すような周波数成分をもった信号になる。一般に、ホワイトノイズは人間にとって心地良い音として聞こえる雑音であり、騒音信号Nの快音化が行われたことになる。
【0110】
もっとも、上記式(6)は、N(f)=Nav(f)との仮定の下で得られた式であり、実際には、N(f)はNav(f)に正確には一致しない。既に述べたとおり、N(f)は、騒音源10が発生する騒音信号Nのスペクトルであり、図7の手順のオーディオ出力段階S6(快音化段階)においてリアルタイムで得られ、時々刻々と変化してゆくスペクトルになる。これに対して、Nav(f)は、図7の手順の騒音信号採取段階S1(準備段階)でサンプルとして採取された騒音信号Nの時間平均スペクトルである。しかしながら、発生する騒音信号NのスペクトルN(f)が、時間的にそれほど大きな変動を生じない騒音源であれば、快音化段階においてリアルタイムで得られる騒音スペクトルN(f)は、準備段階で求めた騒音平均スペクトルNav(f)に近似すると考えてよい。
【0111】
したがって、一般的な騒音源(騒音スペクトルN(f)が時間的に大きく変動しない騒音源)の場合、近似的に上記式(6)が成り立つことになり、人間の耳80まで伝達される合成音波信号Zの時間平均スペクトルZ(f)は、目標雑音信号WのスペクトルW(f)に近似する。目標雑音信号Wとしてホワイトノイズを用いれば、騒音信号Nのホワイトノイズ化が図れることになる。これが本発明に係る快音化方法の基本原理である。
【0112】
以上、人間の耳80まで伝達される合成音波信号ZのスペクトルZ(f)を、目標雑音信号WのスペクトルW(f)に近づけることにより快音化を図る原理を説明したが、本発明では、更に、§2で述べた音脈分凝の効果を利用して、快音化を更に向上させることが可能である。その基本原理を、以下に式を用いて説明する。
【0113】
図10に示すとおり、スピーカ220から出力される重畳オーディオ信号A*は、オーディオ信号Aに差分信号Dを重畳した信号であり、これまでの説明では、その重畳比率は1:1に設定されていた。この場合、重畳オーディオ区間複素スペクトルA*(k,f)は、
|A*(k,f)|=|A(k,f)|+|D(k,f)| (7)
なる式で与えられることになる。ここでは、この重畳比率を、G:1(但し、G>1)に設定した場合を考えてみよう。すなわち、オーディオ信号Aの比率が、差分信号Dの比率よりも若干大きく設定されることになる。この場合、重畳オーディオ区間複素スペクトルA*(k,f)は、
|A*(k,f)|=G・|A(k,f)|+|D(k,f)|
(但し、G>1) (8)
になる。
【0114】
この式(8)に、式(4)を代入すれば、
|A*(k,f)|
=W(f)+(G−1)・|A(k,f)|−Nav(f) (9)
が得られ、この式(9)を式(1)に代入すれば、次の式(10)が得られる。
Z(f)=W(f)+(G−1)・|A(k,f)|
+N(f)−Nav(f) (10)
ここで、N(f)=Nav(f)とすれば、
Z(f)=W(f)+(G−1)・|A(k,f)| (11)
を得る。
【0115】
上記式(11)は、N(f)=Nav(f)との仮定の下で得られた式であるが、前述したとおり、発生する騒音信号NのスペクトルN(f)が、時間的にそれほど大きな変動を生じない騒音源であれば、式(11)は近似的に成り立つ式になる。この式(11)が意味するところは、人間の耳80まで伝達される合成音波信号ZのスペクトルZ(f)は、目標雑音信号WのスペクトルW(f)に(G−1)・A(k,f)なる複素スペクトルの大きさを加えたスペクトルに近似する、ということである。ここで、A(k,f)は、区間kにおけるオーディオ区間複素スペクトルであり、Gは、G>1なる倍率係数であるから、結局、合成音波信号Zは、目標雑音信号Wに、ゲインを(G−1)倍にしたオーディオ信号Aを加えた信号に近似することになる。
【0116】
ここで、オーディオ信号Aとして、音声や音楽の信号を用いれば、人間の脳は音脈を認識することができるので、§2で述べた音脈分凝の効果が生じることになる。すなわち、オーディオ区間複素スペクトルA(k,f)を、その時間的な変動を無視して平均化し、これを図4(a) に示す音源XのスペクトルX(f)と考え、目標雑音スペクトルW(f)を、図4(b) に示す音源YのスペクトルY(f)と考えれば、図4(c) に示すように、音脈分凝による心理的効果によって、人間の脳には、音源Xの音、すなわち、オーディオ信号Aが強調して聞こえることになる。結局、人間にとって心理的に聴取される音は、オーディオ信号Aが主成分となり、目標雑音Wはその存在が気にならなくなる。もちろん、騒音信号Nの存在も気にならなくなる。
【0117】
このような音脈分凝の効果を付加するには、図3に示す信号重畳部120が、オーディオ信号データAdと差分信号データDdとに基づいて、重畳オーディオ信号データA*dを作成する際に、重畳比率を1:1にするかわりに、G:1(但し、G>1)とすればよい。音脈分凝による心理的効果が加われば、騒音源を更に効果的に快音化することが可能になる。
【0118】
ところで、式(1)〜(11)の各項は、所定のスペクトルのエネルギー値を示す変数であるが、上述した原理による快音化を図るためには、いずれも人間の耳80に到達した時点の音波のエネルギー値を基準にする必要がある。たとえば、式(1)における騒音スペクトルN(f)のエネルギー値は、騒音源10から離れれば離れるほど減衰する。また、重畳オーディオスペクトルA*(f)のエネルギー値は、実際には、図3に示す装置のオーディオアンプ210の信号増幅率およびスピーカ220からの距離に依存して定まる。また、式(4)における騒音平均スペクトルNav(f)のエネルギー値は、騒音信号採取段階(ステップS1)での騒音信号Nの採取場所に応じて異なる。
【0119】
このように、式(1)〜(11)において、同じ変数名で示される項であっても、エネルギー値の音圧計測基準が異なっていると、上述した原理に基づく正しい快音化を行うことはできない。たとえば、式(2)における|A(k,f)|は快音化段階で出力されるオーディオ信号Aのエネルギー値を示すものであるが、式(4)における|A(k,f)|は準備段階で差分信号Dを生成する際に用いたスペクトルのエネルギー値を示すものである。同様に、式(1)におけるN(f)は快音化段階で発生する騒音信号Nのエネルギー値を示すものであるが、式(4)におけるNav(f)は準備段階で差分信号Dを生成する際に用いたスペクトルのエネルギー値を示すものである。これらの音圧計測基準が異なっていると、同じ変数名の項でありながら、値が異なってしまうので、式(6)や式(11)を導くことはできない。
【0120】
マイクロフォンで収録した音響信号の音圧校正方法として、1000Hzを基準として周波数別にヒト聴覚感度の大小をプロットした等ラウドネス曲線(FletcherとMunsonによる実験、1930)を用いた聴感特性(A特性)に近づける正規化手法(ラウドネス補正)が一般に行われる。本願で提案する補正手法に、このような正規化手法に加えることもできる。これを適用すると、ヒトの聴覚感度が低い周波数帯では|A(k,f)|が大きくなり、ヒトの聴覚感度が高い周波数帯では|A(k,f)|が小さくなるため、快音化効果を維持しながら、より静かになるように制御することができる。
【0121】
したがって、実際には、何らかの基準を決め、音圧計測基準を統一する補正を行う必要がある。たとえば、図10に示す例のように、騒音源10とスピーカ220とが接近して配置されている場合には、これらの近傍位置に観測点Pを設定し、この観測点Pにおいて得られる実際の音圧レベルを基準とした補正を行うことができる。すなわち、騒音信号Nについては、騒音源10の直近の観測点Pにおけるエネルギー値を基準とし、重畳オーディオ信号A*(オーディオ信号Aと差分信号D)については、スピーカ220の直近の観測点Pにおけるエネルギー値を基準とする補正を行うことになる。
【0122】
この場合、図7の手順におけるステップS5の差分信号生成段階では、この観測点Pにおいて得られる実際の音圧レベルを基準としてNav(f)および|A(k,f)|を補正して差分演算を行い、ステップS6のオーディオ出力段階では、差分信号Dについては、観測点Pにおける音圧レベルが当該補正に応じた音圧レベルとなるように出力し、オーディオ信号Aについては、観測点Pにおける音圧レベルが当該補正に応じた音圧レベル以上(上述したように、倍率係数Gを、G=1もしくはG>1に設定する)となるように出力すればよい。
【0123】
より具体的に説明すれば、ステップS5で「|D(k,f)|=W(f)−Nav(f)−|A(k,f)|」なる差分演算を行う場合に、Nav(f)のエネルギー値は、観測点Pにおける騒音信号Nのエネルギー値を基準とした尺度とし、A(k,f)のエネルギー値は、スピーカからオーディオ信号Aを出力した場合に観測点Pにおいて得られるエネルギー値を基準とした尺度とすればよい。また、W(f)のエネルギー値は、|D(k,f)|の値ができるだけ負の値にならないような所定値に設定すればよい(前述したとおり、|D(k,f)|<0となる場合には、|D(k,f)|=0とする置換が行われる)。一方、ステップS6のオーディオ出力段階では、観測点Pにおいて、上記尺度のエネルギー値をもったオーディオ信号Aが得られ、これに応じた尺度の差分信号Dが得られるように、オーディオ信号Aおよび差分信号Dの出力を行えばよい。
【0124】
また、§2で述べた音脈分凝効果を更に付加する場合は、オーディオ信号Aを、観測点Pにおける音圧レベルが上記尺度に応じた音圧レベルのG倍となるように出力すればよい。別言すれば、所定の観測点Pにおいて観測される、騒音源が発生する騒音信号Nの時間平均スペクトルをNav(f)、目標雑音Wのスペクトル(時間的に不変な定常スペクトル)をW(f)、オーディオ信号Aのスペクトル(時間の関数となるスペクトル)をA(k,f)、所定の倍率係数をG(但し、G>1)としたときに、式(9)に示すとおり、|A*(k,f)|=(G−1)・|A(k,f)|+W(f)−Nav(f)で与えられるスペクトルA*(k,f)を区間kの関数としてもつ信号を、スピーカから、騒音信号Nに重ねて出力すればよい。
【0125】
もっとも、本発明の本来の目的は、人間の耳80の位置における合成音波信号ZのスペクトルZ(f)を目標雑音スペクトルW(f)に近づけることにあるので、理論的には、図10に示すように、人間の耳80の予想位置に観測点Qを設定し、この観測点Qにおいて得られる実際の音圧レベルを基準とした補正を行うのが理想的である。したがって、本発明を実施する環境において、快音化の恩恵を受ける人間の位置が特定できる場合には、当該人間の位置(より正確には、当該人間の耳の位置)に観測点Qを設定して、上記補正を行うようにすればよい。
【0126】
もちろん、実際の快音化段階では、人間の位置が観測点Qから外れていたとしても、騒音源10の位置とスピーカ220の位置とが接近していれば、騒音信号N,オーディオ信号A,差分信号Dの各信号成分が空間上を伝播してゆく上での音圧レベルの減衰率はほぼ同じになるので、観測点Q以外の位置に人間の耳80があった場合でも、理論的には問題は生じない。
【0127】
なお、数式(1)から(11)で示される理論が正確に実践されなくても、人間の耳に伝わる合成音波信号ZのスペクトルZ(f)を目標雑音スペクトルW(f)に近づける効果が完全に失われるわけではないので、本発明を実施する上で、上述した音圧基準の補正が正確に行われなかったとしても、快音化の効果は得られる。したがって、実用上は、ユーザが適宜、重畳オーディオ信号A*をスピーカから出力する際に、十分な快音化の効果が得られるように、その音量調整を行うようにすれば十分である。
【0128】
また、騒音源10が発生する騒音信号Nの音圧レベルが時間的に変動するような場合は、オーディオ出力段階S6で、騒音源10が発生する騒音信号Nの音圧レベルを測定し、その測定結果に基づいて、スピーカから出力されるオーディオ信号Aおよび差分信号Dの音圧レベルを自動調整することもできる。
【0129】
<<< §5. 本発明に係る快音化装置の具体的構成例 >>>
本発明に係る快音化装置は、図3に示すとおり、騒音源10が発生する騒音に対して快音化を図る機能を有しており、オーディオ信号供給部100とオーディオ出力部200とによって構成されている。
【0130】
ここで、オーディオ信号供給部100は、オーディオ信号Aを発生させるためのオーディオ信号データAdを格納したオーディオ信号データ格納部110と、所定の差分信号Dを発生させるための差分信号データDdを格納した差分信号データ格納部130と、オーディオ信号データAdと差分信号データDdとに基づいて、オーディオ信号Aと差分信号Dとを重畳した重畳オーディオ信号A*を発生させるための重畳オーディオ信号データA*dを生成する信号重畳部120と、この重畳オーディオ信号データA*dに基づいて、重畳オーディオ信号A*を再生する重畳オーディオ信号再生部140と、を有する。これらの各構成要素はデジタル信号を処理するデバイスによって構成され、オーディオ信号供給部100は、全体としてデジタルユニットを構成する。ただ、重畳オーディオ信号データ再生部140は、重畳オーディオ信号A*をアナログオーディオ信号としてオーディオ出力部200に対して出力する機能を有する。
【0131】
なお、重畳オーディオ信号データ再生部140には、必要に応じて、外部から与えられた再生停止指示に基づいて、重畳オーディオ信号A*の再生を停止する機能をもたせておくことができる。ユーザは、重畳オーディオ信号A*の再生による騒音低減が不要と考えたときには、重畳オーディオ信号再生部140に対して再生停止指示を与えればよい。もちろん、重畳オーディオ信号再生部140は、ユーザから再生開始指示が与えられた場合、再び重畳オーディオ信号A*の再生を開始できる。このとき、再生停止を行った時点で、重畳オーディオ信号データA*d上の再生停止位置を記憶する機能を設けておけば、再生開始指示が与えられたときに、当該再生停止位置から続きを再生することが可能になる。
【0132】
一方、オーディオ出力部200は、オーディオアンプ210とスピーカ220とを有し、重畳オーディオ信号再生部140で再生された音をスピーカから出力する機能を果たすアナログユニットである。結局、デジタルユニット100は、重畳オーディオ信号A*をアナログ信号の形で、このアナログユニットに対して供給する役割を果たすことになる。
【0133】
ここで、差分信号データ格納部130内に格納されている差分信号D(差分信号データDd)は、特定の騒音源10(この例の場合、特定のヘアードライヤー)が発生する騒音信号Nおよびオーディオ信号データ格納部110内に格納されている特定のオーディオ信号A(オーディオ信号データAd)との組み合わせを前提として作成された固有の信号である。そして、既に述べたとおり、
W(f):所定の目標雑音W(これまで述べた実施例の場合、ホワイトノイズ)の周波数分布を示す目標雑音スカラースペクトル(時間的に不変な定常スペクトル)、
A(k,f):オーディオ信号データ格納部110内にデータAdとして格納されているオーディオ信号Aの周波数分布を区間kの関数として示すオーディオ区間複素スペクトル、
Nav(f):騒音源10が発生する騒音信号Nの所定時間内の平均周波数分布を示す騒音平均スカラースペクトル、
D(k,f):差分信号Dの周波数分布を区間kの関数として示す差分区間複素スペクトル、
としたときに、式「|D(k,f)|=W(f)−Nav(f)−|A(k,f)|」が成り立つ。
【0134】
結局、この図3に示す快音化装置(ユニット100&200)は、特定のヘアードライヤー(騒音源10)が発生する騒音を快音化するために特化した装置ということになり、このヘアードライヤーと組み合わせて利用することが前提になる。
【0135】
図11(a) は、この快音化装置の利用形態の一例を示す正面図である。図の左側には騒音源10(ヘアードライヤー)が示され、右側には、本発明に係る快音化装置(ユニット100&200)が示されている。この快音化装置は、2枚のCD媒体を同時に装填し、同時に再生する機能をもった装置として構成されている。たとえば、第1のCD媒体にオーディオ信号データAdを収録しておき、第2のCD媒体に差分信号データDdを収録しておくようにすれば、これらのデータAd,Ddを重畳して、重畳オーディオ信号データA*dを作成し、スピーカから重畳オーディオ信号A*を出力することができる。この場合、装填された第1のCD媒体が、オーディオ信号データ格納部110として機能し、このCD媒体に収録された楽曲データが、オーディオ信号データAdとして機能する。また、装填された第2のCD媒体が、差分信号データ格納部130として機能し、このCD媒体に収録されたデータが、差分信号データDdとして機能する。
【0136】
このような快音化装置(ユニット100&200)を騒音源10(ヘアードライヤー)の近傍に配置すれば、ユーザに対して、騒音信号Nとともに重畳オーディオ信号A*を聞かせることができる。これにより、騒音の快音化が図れる点は、既に説明したとおりである。もちろん、CD媒体の代わりに、ICメモリやハードディスク装置などを各データの格納部として利用することも可能であり、そのような構成を採れば、装置をより小型化することが可能である。
【0137】
本願発明者は、本発明の効果を確認するために、人間に対して、騒音信号Nとともにオーディオ信号Aのみを聞かせた場合と、騒音信号Nとともに重畳オーディオ信号A*(オーディオ信号Aと差分信号Dとの重畳比率をG:1(G>1)として、音脈分凝効果が生じるようにした信号)を聞かせた場合とを、実際に比較してみる実験を行った。すると、前者の場合は、騒音に混じってオーディオ信号A(歌声)の再生音が聞こえる感じがするのに対して、後者の場合は、騒音や雑音が気にならなくなり、オーディオ信号A(歌声)の再生音が支配的に感じられる結果が得られた。このように、物理的には、騒音にオーディオ信号および差分信号が加わるため、音波のエネルギー量自体は増加することになるが、人間の脳の心理学的特性によって、実際に感じ取られる音はオーディオ信号Aが主成分となり、騒音源を効果的に快音化することが可能になる。
【0138】
このような快音化の方法をとれば、受動消音法のように、騒音源に吸音材などを付加する必要はなく、また、従来の能動消音法のように、高価なリアルタイム信号処理回路も必要ないので、比較的安価な費用で効果的な騒音対策を講じることが可能になる。実際、図11(a) に示す実施形態の場合、快音化装置(ユニット100&200)は、市販のCDプレーヤーやIC音楽プレーヤーに準じた構成で実現することができるため、製造コストは極めて安価である。また、本発明に係る快音化方法は、位相反転波によって騒音を物理的に打ち消すわけではないので、指向性が問われることもなく、室内/室外を問わず、種々の音響空間における騒音を、効果的にかつ低コストで快音化することができる。
【0139】
図11(b) は、本発明に係る快音化装置の別な構成例を示す正面図である。上述したとおり、図3に示す快音化装置(ユニット100&200)は、特定のヘアードライヤー(騒音源10)が発生する騒音を快音化するために特化した装置である。もちろん、発生する騒音の周波数特性が類似した別な装置と組み合わせて利用した場合でも、それなりの快音化効果は期待できるが、基本的には、準備段階で採取した特定の騒音信号Nを発生させる騒音源10と組み合わせて利用するのが前提となる。
【0140】
そこで、図11(b) に示す実施形態では、快音化装置(ユニット100&200)を1つの筐体に収容し、この筐体を、騒音源10であるヘアードライヤーに装着して利用できるようにしている。上述したとおり、ICメモリを各データの格納部として利用すれば、ヘアードライヤーに装着するのに適した小型の快音化装置を実現することができる。図示の例では、ヘアードライヤー10の握り部の下端に、着脱アダプター300を利用して、快音化装置の筐体を装着している。筐体内には、図3に示す装置のデジタルユニット100とアナログユニット200の双方が組み込まれており、筐体内のスピーカ220から重畳オーディオ信号A*が音波として出力されることになる。
【0141】
もちろん、ユニット100とユニット200との双方をヘアードライヤー10に装着する代わりに、一方だけを装着し、他方を別体として近傍に配置してもかまわない。たとえば、デジタルユニット100のみをヘアードライヤー10に装着し、アナログユニット200は室内に設置しておき、再生した重畳オーディオ信号A*をデジタルユニット100からアナログユニット200に対して無線送信するような形態をとることも可能である。あるいは逆に、デジタルユニット100を室内に設置しておき、アナログユニット200をヘアードライヤー10に装着し、重畳オーディオ信号A*を無線送信するような形態も可能である。要するに、図3に示す快音化装置の一部もしくは全部の構成要素を騒音源10に装着するための着脱アダプタ300を設けておけばよい。
【0142】
図11(c) は、本発明に係る快音化装置の更に別な構成例を示す正面図である。この例では、図3に示す快音化装置(ユニット100&200)が、騒音源10であるヘアードライヤーの内部に組み込まれている。図示の例では、ヘアードライヤー10の握り部に内蔵する形態をとっている。したがって、重畳オーディオ信号A*は、この握り部に内蔵されたスピーカ220から出力される。必要に応じて、握り部には、音波を通すための孔部を形成しておくとよい。
【0143】
この図11(c) に示す実施形態は、ユーザの立場から見れば、音楽再生機能付のヘアードライヤーということになる。内蔵された快音化装置の電源を、ヘアードライヤーの電源と連動させておけば、ユーザがヘアードライヤーのスイッチをONにすると、同時に音楽(重畳オーディオ信号A*)が流れる。しかも、当該音楽は、ヘアードライヤーが発生させる騒音を心理的に低減させる作用を有していることになる。
【0144】
もちろん、図11(b) に示す実施形態で説明したように、ユニット100とユニット200との双方をヘアードライヤー10に内蔵する代わりに、一方だけを内蔵し、他方を別体として近傍に配置してもかまわない(図11(b) に示す例と同様に、重畳オーディオ信号A*を無線送信する形態をとればよい)。要するに、図3に示す快音化装置(ユニット100&200)の一部もしくは全部の構成要素が騒音源10に内蔵されているようにすればよい。
【0145】
また、ここでは、騒音源10として、ヘアードライヤーを用いた例を示したが、本発明に係る快音化装置は、電気掃除機、電気シェーバー、エアコン、扇風機、冷蔵庫など、様々な電気製品(電力により駆動する機器)に組み込むことが可能である。この場合も、快音化装置の電源を電気製品の電源に連動させておけば、ユーザにとっての使い勝手が良くなる。要するに、本発明に係る快音化装置の一部もしくは全部の構成要素を電気製品に組み込むようにし、組み込んだ快音化装置が、当該電気製品自身が発生する騒音信号Nを用いて作成された差分信号Dを用いて重畳オーディオ信号A*を発生させるようにすればよい。
【0146】
<<< §6. 差分信号生成段階の詳細プロセス >>>
本発明に係る快音化方法の基本手順は、既に§3において、図7の流れ図を用いて説明した。ここでは、この基本手順の中のステップS5「差分信号生成段階」のより詳細なプロセスを、図12の流れ図を用いて説明する。
【0147】
図7のステップS5で行われる差分信号生成段階の処理は、ステップS2で算出した騒音平均スペクトルNav(f)と、ステップS3で採取したオーディオ信号Aと、ステップS4で設定した目標雑音スペクトルW(f)と、を用い、|D(k,f)|=W(f)−Nav(f)−|A(k,f)|なる差分演算によって、差分区間複素スペクトルの大きさ|D(k,f)|を求め、前述した方法で複素数の実部・虚部の各要素を求め、この差分区間複素スペクトルD(k,f)を前述した方法で時間軸に逆変換し差分信号Dを生成する処理である。
【0148】
§3で述べた実施形態の場合、Nav(f)およびW(f)は、時間によらず常に一定のスペクトルになるが、オーディオ区間複素スペクトルA(k,f)は、区間kの関数として与えられる複素スペクトルであり大きさと位相が時々刻々と変化する。したがって、上記差分演算も、時間軸上の所定の区間(フレーム)ごとに繰り返し実行されることになる。図12の流れ図は、このような繰り返しプロセスを示すものである。
【0149】
まず、ステップS51では、時間軸上に設定された複数の区間の番号を示すパラメータkが初期値1に設定される。以下のステップS52〜S56は、第k番目の区間について実行されるプロセスであり、ステップS57,S58を経てkが更新されながら、ステップS52〜S56のプロセスが繰り返されることになる。
【0150】
ステップS52では、オーディオ信号Aの第k番目(k=1,2,3... )の区間内の信号がオーディオ区間信号a(k,t)(tは時間軸のサンプリング番号、この例の場合、t=0,1,2,..., 4095であり、1区間の時間幅T内に4096個のサンプルが含まれる)として抽出される。図13は、このステップS52で行われる区間信号の抽出処理を例示する図である。図の上段に示されている波形は、オーディオ信号Aの波形であり、横軸に時間t、縦軸に振幅a(k,t)をとって示すものである。実際には、図3に示す装置の場合、オーディオ信号Aは、オーディオ信号データ格納部110内にオーディオ信号データAdというデジタルデータ(ここに示す実施例の場合、サンプリングレート:44.1kHz)の形式で格納されているので、ステップS52の処理は、このオーディオ信号データAdから第k番目の区間に相当する部分データを抽出する処理ということになる。
【0151】
図13に示す例では、時間軸t上に時間幅Tをもった複数の区間(フレーム)が設定されている。図の先頭部分に示されている矩形の内部は、時間幅Tをもった第1番目の区間によって切り出されるオーディオ区間信号a(1,t)を示している。また、ここで述べる方法では、時間幅Tをもった区間を、時間軸上で順にT/2ずつずらして配置することにより複数の区間を設定している。図13の下段には、このようにして各区間から抽出されるオーディオ区間信号の配置が示されている。すなわち、第1番目のオーディオ区間信号a(1,t)に対して、第2番目のオーディオ区間信号a(2,t)は半ピッチ「T/2」だけずれており、第2番目のオーディオ区間信号a(2,t)に対して、第3番目のオーディオ区間信号a(3,t)は半ピッチ「T/2」だけずれており、... 以下、同様である。
【0152】
この例では、時間幅T=4096/44100秒に設定している。これは、もとのオーディオ信号Aが、44.1kHzでサンプリングしたデジタルデータから構成されており、1区間に4096個分のサンプルが含まれるように時間幅Tを設定したためである。したがって、たとえば、オーディオ区間信号a(1,t)は、a(1,0),a(1,2),..., a(1,4095)という各サンプルデータの集合によって構成される。
【0153】
また、各区間からオーディオ区間信号a(k,t)を切り出す際には、いわゆるハニング窓を設定している。このハニング窓は、図14に示すようなハニング関数H(t)で定義されるものであり、各区間から切り出されたオーディオ区間信号a(k,t)には、このハニング関数H(t)が乗ぜられる。すなわち、各区間から切り出した信号に対して、
H(t)=0.5−0.5・cos(2πt/T)
なるハニング関数(但し、0≦t≦T)が乗算される。このような関数で定義されるハニング窓は、図14に示すように、時間幅Tをもった区間の左右両端では0、中央位置では1をとる関数(図の上下両カーブの垂直方向の距離)である。
【0154】
すなわち、区間の左端(t=0)ではH(0)=0,区間の右端(t=T)ではH(T)=0となり、区間中央(t=T/2)ではH(T/2)=1になる。1区間内の4096個分のサンプルのうち、第i番目のサンプルの振幅値には、ハニング関数H(i)が乗算されることになる(ここで、i/4096=t/T)。
【0155】
こうしてハニング窓を設定した第k番目の区間からオーディオ区間信号a(k,t)(ハニング関数を乗じたもの)を切り出す処理が完了したら、続いて、ステップS53において、このオーディオ区間信号a(k,t)に対してフーリエ変換を行い、オーディオ区間複素スペクトルA(k,f)を求める。ここで、「A(k,f)」は、第k番目の区間についてのフーリエ変換スペクトルを示し、値A(k,f)は、第k番目の区間内のオーディオ区間信号(ハニング関数により変形されたもの)に含まれる所定周波数fの複素強度値を示している(エネルギー値は、この複素強度値の2乗和で、その平方根値がノルム値になる)。
【0156】
前述したとおり、ここで述べる実施形態の場合、f=0〜22.05kHzという可聴域の周波数範囲に2048個の離散的な周波数を設定し、これら各周波数についてそれぞれエネルギー値を算出する処理を行っている。なお、実際には、フーリエ変換の演算は、実部と虚部とに分けて行われるので、ここでは、第k番目の区間についての実部のスペクトルを「Re{A(k,f)}」とし、虚部のスペクトルを「Im{A(k,f)}」とする。実際には、実部と虚部の各値は正負の極性をもち、極性は位相表現上において意味があるが、本願における説明では、便宜上、ノルム値|A(k,f)|で図示説明している。
【0157】
続くステップS54では、ステップS53で求められたオーディオ区間複素スペクトルA(k,f)と、図7のステップS2で算出された騒音平均スペクトルNav(f)と、ステップS4で設定された目標雑音スペクトルW(f)と、を用いて、|D(k,f)|=W(f)−Nav(f)−|A(k,f)|なる差分演算を行い、差分区間複素スペクトルの大きさ|D(k,f)|が算出される。
【0158】
実際には、この差分演算は、複素スペクトルのノルム値どうしで行われ、元の実部と虚部の絶対値比率と正負極性とを維持した状態で、差分演算後のエネルギー値を各要素に分配する処理を行う。具体的には、まず、|D(k,f)|=W(f)−Nav(f)−|A(k,f)|なる式に基づいてD(k,f)をスカラー差分で演算する。ここで、A(k,f)とD(k,f)は複素スペクトルであり、W(f)とNav(f)はスカラースペクトルである点に留意する必要がある。ここで、
|A(k,f)|={Re{A(k,f)}2+Im{A(k,f)}2}1/2
|D(k,f)|={Re{D(k,f)}2+Im{D(k,f)}2}1/2
とすると、D(k,f)の実部Re{D(k,f)}および虚部Im{D(k,f)}は、
Re{D(k,f)}=Re{A(k,f)}・|D(k,f)|/|A(k,f)|
Im{D(k,f)}=Im{A(k,f)}・|D(k,f)|/|A(k,f)|
で与えられる。
【0159】
次のステップS55では、ステップS54で算出された差分区間複素スペクトルD(k,f)を逆フーリエ変換して、第k番目の区間についての差分区間信号D(k)を求める処理が行われる。実際には、実部Re{D(k,f)}と虚部Im{D(k,f)}とに基づいて、逆フーリエ変換が行われ、差分区間信号D(k)が得られる。
【0160】
こうして得られた差分区間信号D(k)は、あくまでも第k番目の区間についての信号であるため、最終的には、複数の区間についての信号を合成する処理が必要になる。ステップS56の処理は、このような区間単位の信号を合成する処理であり、第(k−1)番目の区間までの合成結果に、第k番目の区間の差分区間信号D(k)を合成する処理になる。
【0161】
以上の処理が、ステップS57,S58を経て繰り返される。すなわち、k=1,2,3,... とkを1ずつ更新しながら、各区間について同様の処理が繰り返され、全区間についての処理が完了すれば、差分信号生成段階の処理は終了である。要するに、k=1,2,3,... と各区間について同じ処理を順次繰り返して行い、時間軸上で、各区間についての差分区間信号D(k)を合成することにより差分信号Dが得られることになる。
【0162】
なお、個々の区間についての合成処理は、逆フーリエ変換処理により得られた差分区間信号(k)を、時間軸上の各区間に対応する位置に配置して振幅を単純に加算することにより行うことができる。たとえば、ステップS56において、第(k−1)番目の区間までの合成結果に、第k番目の区間についての差分区間信号D(k)を合成する処理は、前者の波形と後者の波形が互いにT/2だけずれているので、時間軸上でT/2だけオーバーラップさせながら、振幅同士を単純に加算すればよい。
【0163】
このように、単純な加算により差分区間信号D(k)の合成が可能になるのは、ステップS52で各区間から信号を切り出す際に、図14に示すようなハニング関数を乗じているためである。このハニング関数H(t)では、任意のtについて、H(t)+H(t+T/2)=1が成立するので、第(k−1)番目の区間についての差分区間信号D(k−1)と、第k番目の区間についての差分区間信号D(k)とを時間軸上でT/2だけずらして加算すると、ハニング関数H(t)を乗じる前の振幅に対応した振幅値が得られることになる。
【0164】
<<< §7. 快音化方法の変形例 >>>
ここでは、§3で述べた本発明に係る快音化方法についての変形例をいくつか述べることにする。
【0165】
<7−1:オーディオ出力段階の変形例>
図7のオーディオ出力段階(ステップS6)は、実際に騒音源の快音化を図るために、オーディオ信号Aと差分信号Dとを、スピーカから、騒音信号Nに重ねて出力する段階である。図3に示す快音化装置を用いて、このオーディオ出力段階を実施する場合には、既に述べたとおり、信号重畳部120によって、オーディオ信号Aを発生させるためのオーディオ信号データAdと、差分信号Dを発生させるための差分信号データDdとに基づいて、重畳オーディオ信号データA*dを生成し、重畳オーディオ信号再生部140によって、生成した重畳オーディオ信号データA*dを再生し、最終的に、スピーカ220から、重畳オーディオ信号A*を出力すればよい。ここで、重畳オーディオ信号A*は、オーディオ信号Aと差分信号Dとを重畳した信号であるから、実質的には、スピーカ220からオーディオ信号Aと差分信号Dとが出力されたことになる。
【0166】
ただ、オーディオ出力段階(ステップS6)は、必ずしも上記方法で実施する必要はなく、オーディオ信号Aと差分信号Dとを、スピーカから、騒音信号Nに重ねて出力することができる方法であれば、どのような方法で実施してもかまわない。
【0167】
たとえば、オーディオ信号データAdを再生してアナログオーディオ信号Aを生成し、同時に差分信号データDdを再生してアナログ差分信号Dを生成し、アナログオーディオミキサーを用いて、アナログオーディオ信号Aとアナログ差分信号Dとを重畳するミキシング処理を行い、得られた重畳信号をスピーカに与えることにより、重畳オーディオ信号A*をスピーカから出力するようにしてもかまわない。あるいは、オーディオ出力部200内に予め2つのスピーカを用意しておき、オーディオ信号Aを第1のスピーカから出力し、差分信号Dを第2のスピーカから出力することも可能である。このような変形例についての具体的な装置構成は、§8−1で述べることにする。
【0168】
<7−2:目標雑音Wとしてピンクノイズ等を用いる変形例>
これまで述べてきた実施形態では、図7の目標雑音設定段階(ステップS4)において、ホワイトノイズを目標雑音Wとして設定した例を示したが、本発明で用いる目標雑音Wは、ホワイトノイズに限定されるものではなく、人間の脳が不快に感じない雑音であれば、その他の雑音を用いてもかまわない。
【0169】
図15は、図7の差分信号生成段階(ステップS5)で、目標雑音Wとしてピンクノイズを用いた場合の各スペクトルを示すグラフである。ここで、図15(a) は差分演算で用いる騒音平均スペクトルNav(f)、図15(b) は差分演算で用いるオーディオ区間複素スペクトル|A(k,f)|を示しており、これらの各スペクトルは、図8(a) ,(b) に示すものと全く同じである。一方、図15(c) は差分演算で用いる目標雑音スペクトルW(f)を示しているが、図8(c) の目標雑音スペクトルW(f)がホワイトノイズスペクトルであったのに対して、図15(c) の目標雑音スペクトルW(f)はピンクノイズスペクトルになっている。
【0170】
ピンクノイズは、「1/fゆらぎ」とも呼ばれているように、周波数fもしくは周波数fの対数値に反比例するエネルギー値をもつ雑音であり、そのスペクトルは、図15(c) に示すようなものになる。図16は、目標雑音Wとしてピンクノイズを用いた場合の具体的な演算処理を示すグラフである。演算器90によって、|D(k,f)|=W(f)−Nav(f)−|A(k,f)|なる差分演算を行い、差分スペクトルD(k,f)が求められる点は、これまで述べた実施形態と同様である。また、ここで用いるピンクノイズスペクトルも、時間によらず常に一定の定常スペクトルである点は、これまで述べたホワイトノイズスペクトルを用いた実施形態と同じである。ただ、目標雑音Wとしてピンクノイズを用いているため、得られる差分区間複素スペクトル|D(k,f)|の特性は、図9に示すホワイトノイズを用いた場合に得られる差分区間複素スペクトル|D(k,f)|の特性とは異なるものになる。
【0171】
このように、目標雑音Wとしてピンクノイズを用いた場合、快音化段階において、騒音はピンクノイズ化されることになる。一般に、ピンクノイズはホワイトノイズと同様に、人間にとって心地良いと感じられる雑音であるので、これまでの実施形態と同様に、騒音の快音化が行われることになる。もちろん、ホワイトノイズやピンクノイズ以外の雑音であっても、人間が不快に感じない雑音であれば、本発明における目標雑音Wとして利用することが可能である。
【0172】
<7−3:時間の関数となる目標雑音スペクトルを用いる変形例>
これまで述べてきた実施形態では、図7の目標雑音設定段階(ステップS4)において設定する目標雑音スペクトルW(f)を、時間的に不変な定常スペクトルとして設定しているが、目標雑音スペクトルW(f)は、必ずしも定常スペクトルである必要はなく、時間の関数となる変動スペクトルであってもかまわない。たとえば、前述したピンクノイズは、周波数fもしくはその対数値の逆数に比例するエネルギー値をもつ雑音であるが、比例係数を変えると、スペクトルの形状(図15(c) に示すグラフの傾斜)は変化する。したがって、たとえば、目標雑音スペクトルW(k,f)として、周波数fの逆数に対する比例係数が区間kに依存して変化するようなピンクノイズスペクトルを設定することも可能である。
【0173】
この場合、図16に示す騒音平均スペクトルNav(f)は、時間に依存しない定常スペクトルになるが、オーディオ区間複素スペクトルA(k,f)および目標雑音スペクトルW(k,f)は、いずれも区間kの関数となる変動スペクトルになるので、差分区間複素スペクトルD(k,f)を求める演算を行う際には、時間軸上で同一区間のスペクトルA(k,f)およびW(k,f)を用いる必要がある。
【0174】
<<< §8. 快音化装置の変形例 >>>
本発明の基本的実施形態に係る快音化装置については、既に、図3を参照しながら説明した。ここでは、この基本的実施形態に対するいくつかの変形例を図17〜図27を参照しながら説明する。なお、以下の変形例の説明では、先行して説明した実施形態と同一の構成要素については同一符号を付して説明を省略することとし、主として、新たに付加された構成要素あるいは改変された構成要素についての説明を行うことにする。
【0175】
<8−1:信号出力形態の変形例>
§7−1では、「オーディオ出力段階の変形例」を述べたが、ここでは、これに対応する具体的な装置構成を例示する。
【0176】
図17に示す第1の変形例は、図3に示す基本的実施形態におけるデジタルユニット内の信号重畳部120の機能を、アナログユニット内へ移した例である。すなわち、デジタルユニットを構成するオーディオ信号供給部100A内に、オーディオ信号Aを発生させるためのオーディオ信号データAdを格納したオーディオ信号データ格納部110と、差分信号Dを発生させるための差分信号データDdを格納した差分信号データ格納部130と、が設けられている点は、図3に示す基本的実施形態と同じであるが、信号重畳部120および重畳オーディオ信号再生部140は設けられていない。その代わり、オーディオ信号データAdに基づいて、アナログ信号の形式のオーディオ信号Aを再生するオーディオ信号再生部141と、差分信号データDdに基づいて、アナログ信号の形式の差分信号Dを再生する差分信号再生部142と、が設けられている。
【0177】
結局、デジタルユニット側では、何ら信号の重畳処理は行われないことになり、重畳処理は、アナログユニット側に委ねられる。すなわち、アナログユニットを構成するオーディオ出力部200A内には、オーディオアンプ210の前段に信号重畳部215が設けられている。この信号重畳部215は、いわゆるアナログオーディオ信号のミキサー装置であり、オーディオ信号再生部141から得られる再生信号(オーディオ信号A)と差分信号再生部142から得られる再生信号(差分信号D)とを重畳して、重畳オーディオ信号A*を発生させる機能を果たす。この重畳オーディオ信号A*が、オーディオアンプ210で増幅され、スピーカ220から音波として出力される点は、図3に示す基本的実施形態と全く同様である。
【0178】
図18に示す第2の変形例は、図17に示す第1の変形例において、アナログユニットを構成するオーディオ出力部200Aを、オーディオ出力部200Bに置き換えたものである。デジタルユニットを構成するオーディオ信号供給部100Aの部分については、図17に示す第1の変形例と全く同じである。図17に示すオーディオ出力部200Aには、信号重畳部215が設けられていたが、図18に示すオーディオ出力部200Bには、信号重畳部215は設けられていない。
【0179】
その代わり、オーディオ出力部200Bは、オーディオ信号再生部141から得られるオーディオ信号Aを第1のスピーカ221から出力する第1のオーディオ出力部と差分信号再生部142から得られる差分信号Dを第2のスピーカ222から出力する第2のオーディオ出力部とを有している。すなわち、オーディオ信号Aは、第1のオーディオアンプ211で増幅され、第1のスピーカ221から音波として出力され、差分信号Dは、第2のオーディオアンプ212で増幅され、第2のスピーカ222から音波として出力される。結局、この第2の変形例は、装置内には、オーディオ信号Aおよび差分信号Dを重畳する構成要素を設けてはいないが、実際の三次元空間内で、音波として、オーディオ信号Aおよび差分信号Dを重畳する形態をとることになる。
【0180】
<8−2:複数オーディオ信号データの利用>
図19に示す第3の変形例は、図3に示す基本的実施形態に、更に、オーディオ信号&差分信号入力部106、オーディオ信号選択部115、音圧レベル調整部125を付加し、オーディオ信号データ格納部110内に複数のオーディオ信号データAdを格納し、差分信号データ格納部130内に複数の差分信号データDdを格納したものである。図19に示すオーディオ信号供給部100Bは、上記特徴を有するデジタルユニットということになる。
【0181】
図3に示す基本的実施形態では、オーディオ信号データ格納部110内に単一のオーディオ信号データAdのみしか用意されておらず、常に同一のオーディオ信号データAdに基づく重畳オーディオ信号A*が再生されることになるので、ユーザが飽きを感じる可能性がある。そこで、実用上は、図19に示す変形例のように、オーディオ信号データ格納部110内に複数n通りのオーディオ信号データAdが格納できるようにしておくのが好ましい。
【0182】
ただ、複数n通りのオーディオ信号データAdを用意した場合、差分信号データDdも各オーディオ信号データAdに対応して用意しておく必要がある。本発明の原理上、差分信号データDdは、特定の騒音信号Nと特定のオーディオ信号データAdとの組み合わせに対応した固有の周波数特性をもったデータになるので、再生対象となるオーディオ信号データAdごとにそれぞれ異なる差分信号データDdを用意する必要がある。そこで、差分信号データ格納部130内には、複数n通りのオーディオ信号データAdのそれぞれに対応した合計n通りの差分信号データDdが格納されている。
【0183】
複数n通りのオーディオ信号データAdのうち、再生対象となる第i番目(i=1〜n)のオーディオ信号データAdを選択するために、オーディオ信号選択部115が設けられている。オーディオ信号選択部115による選択方法は、自動選択でもよいし、外部からの選択操作に基づく手動選択でもよい。自動選択の場合は、複数n通りのオーディオ信号データAdを順番に選択してゆく方法をとることもできるし、ランダムに任意のオーディオ信号データAdを選択してゆく方法をとることもできる。手動選択の場合は、ユーザの選択操作などの外部入力によって指定された特定のオーディオ信号データAdを選択すればよい。
【0184】
こうして、オーディオ信号選択部115によって第i番目のオーディオ信号データAdが選択されると、選択されたオーディオ信号データAdが信号重畳部120へ読み出される。信号重畳部120は、この第i番目のオーディオ信号データAdについての第i番目の重畳オーディオ信号データA*dを生成するために、これに対応した第i番目の差分信号データDdを差分信号データ格納部130から読み出し、信号の重畳処理を行う。重畳オーディオ信号再生部140は、この選択された第i番目のオーディオ信号データAdに対応する重畳オーディオ信号データA*dを再生し、アナログオーディオ信号の形でオーディオ出力部200に対して出力する。
【0185】
このように、オーディオ信号データ格納部110内に複数のオーディオ信号データAdを格納するようにし、オーディオ信号選択部115によって選択して再生することができるようにしておけば、ユーザを飽きさせることなく、騒音に対する快音化が可能になる。しかも、個々のオーディオ信号データAdを再生する際には、それぞれ対応した差分信号データDdを用いた重畳処理が行われるため、いずれのオーディオ信号データAdを選択しても、十分な快音化効果が得られる。
【0186】
この第3の変形例には、更に、オーディオ信号&差分信号入力部106が設けられており、外部から与えられる新たなオーディオ信号データAdおよび差分信号データDdの組み合わせを入力し、それぞれオーディオ信号データ格納部110および差分信号データ格納部130に格納する機能を果たす。この機能により、デジタルユニット100B内に、新しいオーディオ信号データAdと、当該オーディオ信号データAdに対する重畳処理を行うために用いる新しい差分信号データDdとを追加することが可能になる。もちろん、必要に応じて、オーディオ信号&差分信号入力部106に、オーディオ信号データ格納部110内の不要なオーディオ信号データAdと、差分信号データ格納部130内の不要な差分信号データDdとを消去する機能をもたせておいてもよい。
【0187】
オーディオ信号&差分信号入力部106が外部からオーディオ信号データAdおよび差分信号データDdの組み合わせを取り込むための具体的な方法としては、CD,DVD,ICカードなどの情報記録媒体から読み込む方法、インターネットを利用してWeb配信で受ける方法、ラジオ放送などを利用してダウンロードする方法など、様々な方法を採用することができる。たとえば、図11(c) に示す例の場合、本発明に係る快音化装置はヘアードライヤー10に内蔵されているが、オーディオ信号&差分信号入力部106としてラジオチューナーを組み込んだ装置を用い、ラジオ放送を利用してダウンロードする方法を採用すれば、外部に対する配線などは不要になる。
【0188】
図19に示す第3の変形例には、更に、音圧レベル調整部125が設けられている。この音圧レベル調整部125は、外部からの手動設定操作に基づいて、「信号重畳部120による信号の重畳比率」もしくは「重畳オーディオ信号再生部140の再生信号レベル」またはその双方を調整する機能を有する。前掲の式(8)に示すように、「|A*(k,f)|=G・|A(k,f)|+|D(k,f)|」という形で、信号A(k,f)とD(k,f)との重畳比率をG:1(但し、G>1)に設定すると、§2で述べた音脈分凝効果が生じ、人間の脳には、オーディオ信号Aが支配的に感じられることは既に説明した。音圧レベル調整部125によって、重畳比率のパラメータとなる倍率係数Gを任意の値(但し、G>1)に設定できるようにしておけば、オーディオ信号Aの音圧レベルを調整することにより、音脈分凝効果の程度を調整することができる。
【0189】
一方、重畳オーディオ信号再生部140の再生信号レベルを調整した場合は、重畳オーディオ信号A*の音圧レベルが増減するので、オーディオ信号Aの音圧レベルと差分信号Dの音圧レベルの両方が増減することになる。本来、これらの音圧レベルは、騒音信号Nの音圧レベルに応じて、適正値が定められるべきものである。すなわち、信号N,A,Dの総和として得られる信号Zのスペクトルが目標雑音スペクトルW(f)になるよう、信号A,Dの音圧レベルが適正値に維持されている必要がある。そのため、§4で述べたように、快音化装置全体として、所定の観測点PやQにおける音波のエネルギー値を基準とした正規化が行われる。
【0190】
したがって、正しい正規化が行われていれば、重畳オーディオ信号A*は、騒音信号Nを快音化するための適正な音圧レベルでスピーカ220から出力されることになるので、音圧レベル調整部125による重畳オーディオ信号再生部140の再生信号レベル調整は、本来は不要である。しかしながら、何らかの原因で、騒音信号Nの音圧レベルに変動が生じた場合には、これに応じて、重畳オーディオ信号A*の音圧レベルを調整する必要があるので、ここに示す変形例では、そのような手動調整機能を音圧レベル調整部125にもたせている。ユーザは、必要に応じて、手動設定操作により、騒音が低減したと感じる適当な音圧レベルに調整を行うことができる。
【0191】
より具体的には、図11(b) や図11(c) に示す例のように、快音化の対象となる騒音源10が特定のヘアードライヤーであることが決まっており、しかも快音化装置が当該ヘアードライヤーに装着もしくは内蔵されている場合は、騒音源10が発生する騒音の音圧レベルも予想でき、当該騒音を快音化するために必要な重畳オーディオ信号A*の音圧レベルも予想できるので、音圧レベル調整部125を設けなくても、適切な音圧レベルで重畳オーディオ信号A*をスピーカ220から出力することができよう。しかしながら、図11(a) に示す例のように、騒音源10とは別体の快音化装置を、騒音源10の近傍に配置して利用する形態の場合は、両者の位置関係によって、適切な音圧レベルは変わってくる。このような利用形態では、音圧レベル調整部125を設けておくのが好ましい。
【0192】
<8−3:音圧レベルの自動調整>
図20に示す第4の変形例は、図19に示す第3の変形例に、更に、騒音信号採取部150、音圧レベル検出部160、電源制御部170、そして騒音収録マイク230を付加したものである。図20に示すオーディオ信号供給部100Cは、上記特徴を有するデジタルユニットということになる。
【0193】
騒音信号採取部150は、騒音源10が発生する騒音信号Nを採取する構成要素であり、実際には、騒音源10の近傍(所定の観測点)に設置された騒音収録マイク230が集音した騒音信号Nを電気信号として取り込む構成要素である。一方、音圧レベル検出部160は、騒音信号採取部150が採取した騒音信号Nの音圧レベルを検出する構成要素であり、検出した騒音の音圧レベルは音圧レベル調整部125に報告される。音圧レベル調整部125は、音圧レベル検出部160が検出した騒音の音圧レベルに基づいて、重畳オーディオ信号再生部140によって再生される重畳オーディオ信号データの再生音圧レベルを調整する。
【0194】
結局、この第4の変形例に係るデジタルユニット100Cは、騒音源10が発生する騒音信号Nの音圧レベルをリアルタイムで実測する機能を有しており、この実測値に基づいて、重畳オーディオ信号A*の音圧レベルを自動調整することができる。このため、上述したように、騒音源10が発生する騒音信号Nの音圧レベルが変化するようなケースでも、重畳オーディオ信号A*の音圧レベルが騒音を快音化するのに適したレベルになるように自動調整することが可能になる。
【0195】
たとえば、「温風/冷風」のモード切替や、「LO/HIGH」のモード切替があるヘアードライヤーの場合、動作モードによって発生する騒音の音圧レベルが変化することになる。動作モードが同じでも、周囲の温度や湿度によって、騒音の音圧レベルが変化するようなケースもあろう。図20に示す第4の変形例では、このようなケースにも柔軟に対応することが可能である。具体的には、図11(b) や図11(c) に示す例のように、快音化装置が騒音源10となるヘアードライヤーに装着もしくは内蔵されている場合、騒音収録マイク230も同様に所定箇所に装着もしくは内蔵されるようにしておけば、音圧レベル検出部160により、騒音源10が発生する騒音の絶対的な音圧レベルを検出することができるので、当該騒音を快音化するために必要な重畳オーディオ信号A*の音圧レベルを正確に予測して自動設定することが可能になる。
【0196】
なお、「温風/冷風」のモード切替や、「LO/HIGH」のモード切替によって、騒音信号Nの音圧レベルだけでなく、騒音スペクトルN(f)までもが変化する場合には、音圧レベル調整部125による音圧レベル調整では対応することはできない。すなわち、騒音スペクトルN(f)が変化した場合は、オーディオ信号Aに重畳する差分信号Dも異なるスペクトルをもった信号にする必要がある。したがって、このような場合に対処するためには、予め、騒音源10の動作モードごとに、それぞれ異なる差分信号Dを用意しておき、音圧レベル検出部160が検出した騒音の音圧レベルに基づいて、現在の動作モードを自動判別し、信号重畳部120が、判別された動作モードに対応する特定の差分信号Dを用いて重畳処理を行うようにしておけばよい。
【0197】
ここに示す第4の変形例のもうひとつの特徴は、電源制御部170の機能である。この電源制御部170は、デジタルユニット100C内の各構成要素および必要に応じてアナログユニット200内の各構成要素に対して、動作に必要な所定の電源を供給する基本機能を有しており、外部からのON/OFF操作により、各構成要素への電源供給を行ったり、これを停止したりする。すなわち、ユーザが電源制御部170に対してON操作を行うと、各構成要素への電源供給が行われ、この快音化装置は動作を開始する。一方、OFF操作を行うと、各構成要素への電源供給が停止され、この快音化装置は動作を停止する。
【0198】
この電源制御部170は、更に、外部からON操作が行われているにもかかわらず、この快音化装置を節電のための休止モードへ移行させる機能も有している。すなわち、図20に示されているとおり、電源制御部170には、音圧レベル検出部160から騒音の音圧レベルの検出値が与えられており、音圧レベル検出部160が検出した音圧レベルが所定のしきい値未満である状態が所定時間継続した場合には、騒音信号採取部150および音圧レベル検出部160を除く構成要素に対する電源供給を停止する休止モードへと移行し、音圧レベルが所定のしきい値を越えた場合に当該休止モードを解除する制御を実行する。
【0199】
すなわち、騒音収録マイク230を用いてリアルタイムで収録した騒音信号Nの音圧レベルが所定のしきい値未満となり、そのような状態が所定時間継続した場合には、電源制御部170によって、もはや騒音に対する快音化対策は不要との判断がなされ、節電が可能な休止モードへと自動的に移行することになる。この休止モードでも、騒音信号採取部150および音圧レベル検出部160には電源供給がなされているので(もちろん、電源制御部170には、OFF操作が行われるまで、常に電源供給が行われている)、騒音信号Nの音圧レベルは、休止モード中もリアルタイムで検出され続ける。したがって、音圧レベルが所定のしきい値を越えた場合には、休止モードを解除する制御を行うことができる。
【0200】
なお、休止モード中は、騒音信号採取部150および音圧レベル検出部160を除く構成要素すべてに対する電源供給を必ずしも停止する必要はなく、電力消費の大きい一部の構成要素に対する電源供給のみを停止するようにしてもかまわない。
【0201】
上述した「休止モード」は、リアルタイムで検出した騒音信号Nの音圧レベルに基づいて設定されるモードであるが、電源制御部170には、騒音源10の稼働状態に基づいて「待機モード」へ移行する機能も備わっている。
【0202】
すなわち、ヘアードライヤーなどの電気機器は、電力によって稼働する装置であり、そのような装置の稼働状態は、電気的にモニタすることが可能である。特に、図11(b) ,(c) に示すように、騒音源10が電力によって稼働する装置であり、かつ、快音化装置を当該騒音源10に装着もしくは内蔵して用いる利用形態をとる場合は、騒音源10から電源制御部170まで電気信号を伝達するための信号線を引けば(図20において、騒音源10から電源制御部170まで引かれた矢印が、この信号線を示している)、電源制御部170は、当該電気信号に基づいて、騒音源10の稼働状態をモニタすることが可能になる。したがって、電源制御部170は、そのモニタ結果に基づいて、待機モードへの移行制御を行うことができる。
【0203】
具体的には、電源制御部170は、モニタの結果、騒音源10が稼働停止状態にある場合には、電源制御部170以外の構成要素に対する電源供給を停止する待機モードへと移行し、騒音源10が稼働状態にある場合には、待機モードを解除する制御を行うことができる。結局、図20に示す変形例では、ヘアードライヤー10が稼働状態にある場合は、各構成要素への電源供給が行われるが、ヘアードライヤー10が稼働停止状態になると、電源制御部170以外の各構成要素への電源供給が停止し、節電を行うことができる。
【0204】
なお、待機モード中は、電源制御部170を除く構成要素に対する電源供給を必ずしもすべて停止する必要はなく、電力消費の大きい一部の構成要素に対する電源供給のみを停止するようにしてもかまわない。
【0205】
結局、図20に示す変形例に係る快音化装置(ユニット100Cとユニット200)では、休止モードおよび待機モードのいずれかのモードに移行した場合には、一部の構成要素に対する電源供給が停止し、重畳オーディオ信号A*の出力が停止することになる。その結果、騒音の音圧レベルが小さいときには、装置を休止モードとして電力を節約することができ、騒音源が稼働していないときには、待機モードに移行して電力を節約することができる。
【0206】
図21に示す第5の変形例は、図20に示す第4の変形例に、図17に示す第1の変形例で用いたアナログユニット200Aを適用するための変形を加えたものである。図21に示すオーディオ信号供給部100Dは、上記特徴を有するデジタルユニットということになる。
【0207】
すなわち、この第5の変形例では、オーディオ信号供給部100D内には、信号重畳部120および重畳オーディオ信号再生部140は設けられていない。その代わり、オーディオ信号データAdに基づいて、アナログ信号の形式のオーディオ信号Aを再生するオーディオ信号再生部141と、差分信号データDdに基づいて、アナログ信号の形式の差分信号Dを再生する差分信号再生部142と、が設けられている。デジタルユニット側では、何ら信号の重畳処理は行われないことになり、重畳処理は、アナログユニット側に委ねられる。
【0208】
オーディオ信号選択部115によって、複数n通りのオーディオ信号データのうち、第i番目(i=1〜n)のオーディオ信号データAdが選択されると、オーディオ信号再生部141は、選択された第i番目のオーディオ信号データAdを再生する。同時に、差分信号再生部142は、選択された第i番目のオーディオ信号データAdに対応する第i番目の差分信号データDdを再生する。
【0209】
一方、アナログユニットを構成するオーディオ出力部200Aは、図17に示すオーディオ出力部200Aと同じものであり、オーディオアンプ210の前段に信号重畳部215が設けられている。この信号重畳部215により、オーディオ信号再生部141から得られるオーディオ信号Aと差分信号再生部142から得られる差分信号Dとが重畳され、得られた重畳オーディオ信号A*が、オーディオアンプ210で増幅され、スピーカ220から音波として出力される。
【0210】
なお、音圧レベル調整部125は、ユーザの手動設定操作もしくは音圧レベル検出部160が検出した音圧レベルに基づいて、オーディオ信号再生部141の再生信号レベル(オーディオ信号Aの音圧レベル)と、差分信号再生部142の再生信号レベル(差分信号Dの音圧レベル)とを調整する機能を有している。たとえば、ユーザが、手動設定操作により、オーディオ信号Aの音圧レベルを差分信号Dの音圧レベルのG倍(G>1)になるように設定すれば、音脈分凝効果の調整を行うことができる。また、音圧レベル検出部160がリアルタイムで検出した騒音信号Nの音圧レベルに基づいて、オーディオ信号Aおよび差分信号Dの双方の音圧レベルを増減すれば、騒音の音圧レベルが変動を生じた場合にも、快音化を行うのに適正な音圧レベル調整を自動的に行うことができる。
【0211】
なお、音圧レベル調整部125による音圧レベルの調整操作は、オーディオ信号生成部141および差分信号再生部142に対して行う代わりに、アナログユニット200A内の信号重畳部215に対して行ってもかまわない。
【0212】
もちろん、この図21に示す第5の変形例に係る快音化装置において、アナログユニット200Aの部分を、図18に示すアナログユニット200B(2つのスピーカを用いるオーディオ出力部)に交換した構成をとってもかまわない。
【0213】
<8−4:差分信号データDdの作成機能>
図22に示す第6の変形例は、図3に示す基本的実施形態に、更に、騒音信号採取部150、差分信号作成部180、そして騒音収録マイク230を付加したものである。図22に示すオーディオ信号供給部100Eは、上記特徴を有するデジタルユニットということになる。
【0214】
騒音信号採取部150は、上述した第4,第5の変形例でも用いられていた構成要素であり、騒音源10の近傍(観測点)に設置された騒音収録マイク230が集音した騒音信号Nを電気信号として取り込む構成要素である。この第6の変形例の重要な特徴は、差分信号作成部180による差分信号作成機能である。差分信号作成部180は、図7の流れ図における準備段階(ステップS1〜S5)を実行する機能をもった構成要素であり、予め格納している目標雑音スペクトルW(f)と、オーディオ信号データ格納部110に格納されているオーディオ信号データAdと、騒音信号採取部150が採取した騒音信号Nと、に基づいて差分信号データDdを作成し、これを差分信号データ格納部130に格納する機能を有する。差分信号データDdの具体的な作成手順は、既に§3,§4で詳述したとおりである。
【0215】
これまで述べてきた快音化装置の実施形態は、装置内部に差分信号データDdを作成する機能を有していないため、予め外部で差分信号データDdを作成しておき、これを差分信号データ格納部130に格納する必要があった。これに対して、図22に示す第6の変形例では、差分信号作成部180が、騒音源10の発生する騒音信号Nの周波数特性と、オーディオ信号データ格納部110に格納されているオーディオ信号データAdの周波数特性とを解析し、騒音信号Nの周波数特性を、予め格納している目標雑音スペクトルW(f)に近づけるための差分信号D(差分信号データDd)を自動的に作成する機能を有している。
【0216】
この変形例の利点は、対応可能な騒音源が特定の騒音源に限定されず、どのような騒音源に対しても臨機応変に対応できる点である。たとえば、図22に示す例の場合、騒音源10は特定のヘアードライヤーであり、差分信号データ格納部130内に予め格納されている差分信号データDdは、この特定のヘアードライヤーが発生する騒音を、特定のオーディオ信号データAdを用いて快音化するために必要な固有の信号データである。したがって、騒音源が異なった場合、当該差分信号データDdをそのまま利用することはできない。しかしながら、そのような場合でも、差分信号作成部180によって、新たな騒音源に適した差分信号データDdを作成することが可能なので、そのような新たに作成した差分信号データDdを用いた対応が可能になる。
【0217】
たとえば、新たな騒音源10として、電気掃除機が出現したものとしよう。この場合、差分信号作成部180は、図7の流れ図に示されている準備段階(ステップS1〜S5)の処理を実行し、新たな差分信号データDdを算出する。すなわち、騒音信号採取部150によって、当該電気掃除機が発生する騒音信号Nを所定のサンプル期間だけ採取し(ステップS1)、その時間平均スペクトルとして、騒音スペクトルNav(f)を算出する(ステップS2)。一方、オーディオ信号データ格納部110に格納されているオーディオ信号データAdから、オーディオ信号Aを採取し(ステップS3)、予め格納している目標雑音スペクトルW(f)を差分演算に利用するために設定する(ステップS4)。そして、図12に詳述されている差分信号生成段階を実行し、差分信号データDdを算出する(ステップS5)。
【0218】
こうして新たに算出した差分信号データDdは、電気掃除機が発生する騒音を、特定のオーディオ信号データAdを用いて快音化するために有用な固有の信号データである。したがって、この新たな差分信号データDdを差分信号データ格納部130に格納し、信号重畳部120による重畳処理に利用すれば、電気掃除機が発生する騒音を効果的に快音化することが可能な重畳オーディオ信号A*を得ることができる。
【0219】
図23に示す第7の変形例は、図22に示す第6の変形例に、更に、オーディオ信号入力部116、オーディオ信号選択部115、音圧レベル調整部125、音圧レベル検出部160、電源制御部170を付加し、オーディオ信号データ格納部110内に複数のオーディオ信号データAdを格納し、差分信号データ格納部130内に複数の差分信号データDdを格納したものである。図23に示すオーディオ信号供給部100Fは、上記特徴を有するデジタルユニットということになる。
【0220】
図22に示す第6の変形例では、オーディオ信号データ格納部110内に単一のオーディオ信号データAdのみしか用意されていなかったが、図23に示す第7の変形例では、オーディオ信号データ格納部110内に複数n通りのオーディオ信号データAdが格納でき、オーディオ信号選択部115によって、任意のオーディオ信号データAdを選択して再生に供することができる。このような複数n個のオーディオ信号データAdの取り扱いに関しては、図19に示す第3の変形例と同様である。
【0221】
この第7の変形例には、オーディオ信号入力部116が設けられており、外部から与えられた新たなオーディオ信号データAdを入力し、オーディオ信号データ格納部110に格納する機能を果たす。この機能により、デジタルユニット100F内に、新しいオーディオ信号データAdを追加することが可能になる。もちろん、必要に応じて、オーディオ信号入力部116に、オーディオ信号データ格納部110内の不要なオーディオ信号データを消去する機能をもたせておいてもよい。
【0222】
オーディオ信号入力部116が外部からオーディオ信号データAdを取り込むための具体的な方法としては、第3の変形例と同様に、CD,DVD,ICカードなどの情報記録媒体から読み込む方法、インターネットを利用してWeb配信で受ける方法、ラジオ放送などを利用してダウンロードする方法など、様々な方法を採用することができる。しかも、この第7の変形例は、差分信号作成機能を有しているため、外部から新たなオーディオ信号データAdを取り込んだ場合でも、当該オーディオ信号データAdに対応する差分信号データDdを一緒に取り込む必要はない。
【0223】
すなわち、オーディオ信号選択部115によって、オーディオ信号データ格納部110内に格納されている複数のオーディオ信号データのうち、新たに外部から取り込まれた新規オーディオ信号データAdが初めて選択された場合、差分信号作成部180が、当該新規オーディオ信号データAdと騒音信号採取部150が採取した騒音信号Nとに基づいて、新たな差分信号データDdを作成し、作成した差分信号データDdを当該新たなオーディオ信号データAdに対応する差分信号データDdとして差分信号データ格納部130に格納する処理を行うことができる。
【0224】
一方、信号重畳部120は、当該新規オーディオ信号データAdについての重畳オーディオ信号データA*dを生成する際に、上記プロセスで新たに作成された差分信号データDdを用いた重畳処理を行えばよい。そうすれば、重畳オーディオ信号再生部140から出力される重畳オーディオ信号A*は、新たに外部から取り込まれた新規オーディオ信号データAdに基づく再生音でありながら、騒音源10が発生する騒音信号Nを効果的に快音化することができる。
【0225】
このように、この第7の変形例では、外部から取り込んだ任意のオーディオ信号データAdを利用することができ、しかも内部で差分信号データDdを作成することができるため、オーディオ信号データAdの入手プロセスは極めて広範になる。すなわち、外部からオーディオ信号データAdを取り込む際に、差分信号データDdを一緒に取り込む必要がないので、現在、一般のユーザがオーディオ信号データの入手に利用している様々なルート(たとえば、CDなどの媒体購入、Web経由のダウンロード、テレビやラジオ放送の録音、ライブ演奏の録音など)により、新たなオーディオ信号データAdの取り込みが可能になる。
【0226】
なお、騒音信号採取部150が採取した騒音信号Nの音圧レベルを、音圧レベル検出部160によって検出し、音圧レベル調整部125が、ユーザの手動設定操作もしくは音圧レベル検出部160が検出した音圧レベルに基づいて、「信号重畳部120による信号の重畳比率」もしくは「重畳オーディオ信号再生部140の再生信号レベル」を調整する機能を有する点、音圧レベル検出部160が検出した音圧レベルに基づいて、電源制御部170が休止モードへの移行制御を行って節電を行う点、電源制御部170が、騒音源10の稼働状態をモニタして待機モードへの移行制御を行って節電を行う点については、先行して述べた変形例と全く同様である。
【0227】
図24に示す第8の変形例は、図23に示す第7の変形例に、図17に示す第1の変形例で用いたアナログユニット200Aを適用するための変形を加えたものである。図24に示すオーディオ信号供給部100Gは、上記特徴を有するデジタルユニットということになる。
【0228】
すなわち、この第8の変形例では、オーディオ信号供給部100G内には、信号重畳部120および重畳オーディオ信号再生部140は設けられていない。その代わり、オーディオ信号データAdに基づいて、アナログ信号の形式のオーディオ信号Aを再生するオーディオ信号再生部141と、差分信号データDdに基づいて、アナログ信号の形式の差分信号Dを再生する差分信号再生部142と、が設けられている。デジタルユニット側では、何ら信号の重畳処理は行われないことになり、重畳処理は、アナログユニット側に委ねられる。
【0229】
オーディオ信号選択部115によって、複数n通りのオーディオ信号データのうち、第i番目(i=1〜n)のオーディオ信号データAdが選択されると、オーディオ信号再生部141は、選択された第i番目のオーディオ信号データAdを再生する。同時に、差分信号再生部142は、選択された第i番目のオーディオ信号データAdに対応する第i番目の差分信号データDdを再生する。
【0230】
一方、アナログユニットを構成するオーディオ出力部200Aは、図17に示すオーディオ出力部200Aと同じものであり、オーディオアンプ210の前段に信号重畳部215が設けられている。この信号重畳部215により、オーディオ信号再生部141から得られるオーディオ信号Aと差分信号再生部142から得られる差分信号Dとが重畳され、得られた重畳オーディオ信号A*が、オーディオアンプ210で増幅され、スピーカ220から音波として出力される。
【0231】
なお、音圧レベル調整部125は、ユーザの手動設定操作もしくは音圧レベル検出部160が検出した音圧レベルに基づいて、オーディオ信号再生部141の再生信号レベル(オーディオ信号Aの音圧レベル)と、差分信号再生部142の再生信号レベル(差分信号Dの音圧レベル)とを調整する機能を有している。たとえば、ユーザが、手動設定操作により、オーディオ信号Aの音圧レベルを差分信号Dの音圧レベルのG倍(G>1)になるように設定すれば、音脈分凝効果の調整を行うことができる。また、音圧レベル検出部160がリアルタイムで検出した騒音信号Nの音圧レベルに基づいて、オーディオ信号Aおよび差分信号Dの双方の音圧レベルを増減すれば、騒音の音圧レベルが変動を生じた場合にも、快音化を行うのに適正な音圧レベル調整を自動的に行うことができる。
【0232】
なお、音圧レベル調整部125による音圧レベルの調整操作は、オーディオ信号生成部141および差分信号再生部142に対して行う代わりに、アナログユニット200A内の信号重畳部215に対して行ってもかまわない。
【0233】
もちろん、この図24に示す第8の変形例に係る快音化装置において、アナログユニット200Aの部分を、図18に示すアナログユニット200B(2つのスピーカを用いるオーディオ出力部)に交換した構成をとってもかまわない。
【0234】
<8−5:信号重畳部の省略>
図25に示す第9の変形例は、図3に示す基本的実施形態をより単純化したものである。すなわち、図25に示すオーディオ信号供給部100Hは、重畳オーディオ信号データ格納部190と重畳オーディオ信号再生部140とによる単純な構成をとっており、信号重畳部120や差分信号データ格納部130という構成要素は省略されている。
【0235】
すなわち、この第9の変形例に係る快音化装置では、オーディオ信号Aと差分信号Dとを重畳する処理を行う必要はない。これは、重畳オーディオ信号データ格納部190内に、外部の装置で予め重畳処理を完了した重畳オーディオ信号データA*dが収容されているためである。すなわち、外部の装置において、予め、オーディオ信号Aを用意し、特定の騒音源から発生する騒音信号Nを快音化するためにオーディオ信号Aとともに出力すべき差分信号Dを生成しておき、これらを重畳した重畳オーディオ信号A*を生成するための重畳オーディオ信号データA*dを求めておき、これを重畳オーディオ信号データ格納部190に格納しておくのである。要するに、図3に示す装置において、信号重畳部120から出力される重畳オーディオ信号データA*dを、図25に示す装置における重畳オーディオ信号データ格納部190内に格納しておくことになる。
【0236】
結局、この第9の変形例に係る快音化装置は、元のオーディオ信号Aに対して所定の差分信号D(図7の流れ図に示す準備段階の手順で生成される差分信号)を重畳することにより得られる重畳オーディオ信号A*を発生させるための重畳オーディオ信号データA*dを格納した重畳オーディオ信号データ格納部190と、この重畳オーディオ信号データA*dを再生して重畳オーディオ信号A*を発生させる重畳オーディオ信号再生部140と、を有するオーディオ信号供給部100H(デジタルユニット)と、重畳オーディオ信号再生部140で再生された重畳オーディオ信号A*をスピーカから出力するオーディオ出力部200(アナログユニット)と、によって構成され、これまで述べてきた例に比べて、極めて単純な装置構成をとる。それでも、スピーカ220から音波として出力される重畳オーディオ信号A*は、図3に示す快音化装置から音波として出力される重畳オーディオ信号A*と全く同一のものになり、騒音信号Nを快音化する効果を有する。
【0237】
この第9の変形例は、特に、図11(b) や図11(c) に示す例のように、快音化装置を特定の騒音源に装着もしくは内蔵して利用する場合に最適である。ただ、既に重畳処理が完了している状態の重畳オーディオ信号データA*dを用いて再生を行うため、これまで述べた例のように、重畳比率を示すパラメータとなる倍率係数Gを調整することはできないので、外部の装置で重畳オーディオ信号データA*dを作成する段階において、適切な倍率係数Gを設定した重畳処理を行う必要がある。すなわち、音脈分凝効果を得るためには、重畳オーディオ信号データ格納部190内に、オーディオ信号Aと差分信号DとをG:1の比率(但し、G>1)で重畳することにより得られる重畳オーディオ信号A*を発生させるための重畳オーディオ信号データA*dを格納しておけばよい。
【0238】
結局、この第9の変形例に係る騒音源の快音化装置は、所定の観測点において観測される、騒音源が発生する騒音信号Nの時間平均スペクトルをNav(f)、目標雑音Wのスペクトル(時間の関数となるスペクトルもしくは時間的に不変な定常スペクトル)をW(f)、オーディオ信号Aのスペクトル(区間の関数となるスペクトル)をA(k,f)、所定の倍率係数をG(但し、G>1)としたときに、|A*(k,f)|=(G−1)・|A(k,f)|+W(f)−Nav(f)で与えられるスペクトルA*(k,f)をもつ信号を、スピーカから出力する装置ということになる。
【0239】
図26に示す第10の変形例は、図25に示す第9の変形例に、更に、重畳オーディオ信号入力部196、オーディオ信号選択部195、音圧レベル調整部126を付加し、重畳オーディオ信号データ格納部190内に複数の重畳オーディオ信号データA*dを格納したものである。図26に示すオーディオ信号供給部100Iは、上記特徴を有するデジタルユニットということになる。
【0240】
図25に示す第9の変形例では、重畳オーディオ信号データ格納部190内に単一の重畳オーディオ信号データA*dのみしか用意されていなかったが、図26に示す第10の変形例では、重畳オーディオ信号データ格納部190内に複数n通りの重畳オーディオ信号データA*dが格納でき、オーディオ信号選択部195によって、任意の重畳オーディオ信号データA*dを選択して再生に供することができる。
【0241】
また、この第10の変形例には、重畳オーディオ信号入力部196が設けられており、外部から与えられた新たな重畳オーディオ信号データA*dを入力し、重畳オーディオ信号データ格納部190に格納する機能を果たす。この機能により、デジタルユニット100I内に、新しい重畳オーディオ信号データA*dを追加することが可能になる。もちろん、必要に応じて、重畳オーディオ信号入力部196に、重畳オーディオ信号データ格納部190内の不要な重畳オーディオ信号データA*dを消去する機能をもたせておいてもよい。
【0242】
重畳オーディオ信号入力部196が外部から重畳オーディオ信号データA*dを取り込むための具体的な方法としては、先行する変形例で述べたような様々な方法が考えられる。ただ、オーディオ信号データAdが汎用性のある一般的なデジタルデータであるのに対して、重畳オーディオ信号データA*dは、特定の騒音源10が発生する騒音を快音化するのに適した固有の差分信号Dが重畳された固有のデジタルデータである。したがって、入手経路は、そのような固有のデジタルデータの配布元に限定されることになる。
【0243】
図26に示す第10の変形例には、更に、音圧レベル調整部126が設けられている。この音圧レベル調整部126は、外部からの手動設定操作に基づいて、重畳オーディオ信号再生部140によって再生される重畳オーディオ信号データA*dの再生音圧レベルを重畳する機能を有する。
【0244】
図27に示す第11の変形例は、図26に示す第10の変形例に、更に、騒音信号採取部150、音圧レベル検出部160、電源制御部170、そして騒音収録マイク230を付加したものである。図27に示すオーディオ信号供給部100Jは、上記特徴を有するデジタルユニットということになる。
【0245】
ここで、騒音信号採取部150が採取した騒音信号Nの音圧レベルを、音圧レベル検出部160によって検出し、音圧レベル調整部126が、この検出した音圧レベルに基づいて、重畳オーディオ信号再生部140によって再生される重畳オーディオ信号A*の再生音圧レベルを調整する機能を有する点、音圧レベル検出部160が検出した音圧レベルに基づいて、電源制御部170が休止モードへの移行制御を行って節電を行う点、電源制御部170が、騒音源10の稼働状態をモニタして待機モードへの移行制御を行って節電を行う点については、先行して述べた変形例と同様である。
【0246】
<<< §9. 具体的な実験結果 >>>
最後に、本発明に係る快音化方法を、3種類の騒音源について実施した具体的な実験結果を掲載しておく。いずれも、目標雑音スペクトルW(f)としてホワイトノイズスペクトルを用い、オーディオ信号Aと差分信号Dとの重畳比率を1:1に設定した場合の例を示している。
【0247】
図28および図29は、電気掃除機を騒音源とした実験結果を示すグラフである。すなわち、図28(a) の上段には、電気掃除機が発生する騒音信号Nの波形が示されており、下段には、快音化に用いる歌声のオーディオ信号Aの波形が示されている。いずれも横軸は時間軸、縦軸は振幅軸である。また、図28(b) の上段は、図28(a) の上段に示されている騒音信号Nについて、所定時間内の平均をとった騒音平均スペクトルNav(f)、図28(b) の下段は、図28(a) の下段に示されているオーディオ信号Aについて、上記所定時間内の平均をとったオーディオ平均スペクトルAav(f)である。いずれも横軸は周波数軸、縦軸はエネルギー値である。当然ながら、図28(b) の上段のスペクトルと下段のスペクトルとの間には何ら因果関係は見られない。
【0248】
一方、図29(a) の上段には、図25(a) の上段と全く同じ騒音信号Nの波形が示されている。これに対して、図29(a) の下段には、図28(a) の下段に示されているオーディオ信号Aに対して、図7の準備段階に示す手順(ステップS1〜S5)によって生成された固有の差分信号Dを重畳することにより得られた重畳オーディオ信号A*の波形が示されている。このグラフでも、横軸は時間軸、縦軸は振幅軸である。
【0249】
一方、図29(b) の上段には、図28(b) の上段と全く同じ騒音平均スペクトルNav(f)が示されている。これに対して、図29(b) の下段には、図29(a) の下段に示されている重畳オーディオ信号A*について、所定時間内の平均をとった重畳オーディオ平均スペクトルA*av(f)が示されている。いずれも横軸は周波数軸、縦軸はエネルギー値である。ここで、図29(b) の上段のスペクトルと下段のスペクトルとを比べると、上段のスペクトルNav(f)における隆起位置が、下段のスペクトルA*av(f)の陥没位置に一致している傾向が見てとれる。
【0250】
すなわち、上段のスペクトルNav(f)と下段のスペクトルA*av(f)とが相補的効果を生じ、両者の合成スペクトルがホワイトノイズスペクトルに近づく現象が生じていることになる。もちろん、上下両段のスペクトルのエネルギー値の和をとった場合に、完全なホワイトノイズスペクトルW(f)が得られるわけではないが、少なくとも、人間の耳が感じる合成音波の周波数特性は、ホワイトノイズの周波数特性に近づくことになる。実際、人間の耳で確認したところ、騒音信号Nに対する顕著な快音化効果が検知できた。
【0251】
図30および図31は、電気シェーバーを騒音源として、同様の実験を行った結果を示すグラフであり、図32および図33は、ヘアードライヤーを騒音源として、同様の実験を行った結果を示すグラフである。いずれの実験においても、人間の耳で確認したところ、騒音信号Nに対する快音化の効果が検知できた。
【0252】
本発明は、ヘアードライヤー、電気掃除機、電気シェーバーなどの生活者向け家電製品についての騒音軽減に利用することが可能である。また、オーディオ源として利用するオーディオ信号データとして、広告情報を含ませておくようにすれば、家電製品を使用するたびに、当該広告情報が重畳オーディオ信号として提示されることになるので、民放TV番組のCMと同程度以上の広告効果も期待できる。
【0253】
また、本発明は、複写機、プリンター、断裁機などのオフィス機器についての騒音軽減に利用することも可能である。この場合、オーディオ源として利用するオーディオ信号データとして、オフィス内の音声放送(インフォメーション)や新製品の機器の広告情報を用いるようにすれば、有効な情報伝達や広告配信が可能になる。
【0254】
更に、本発明は、高速道路の騒音、鉄道沿線の騒音、空港近郊の騒音、工場施設の騒音、街頭での騒音などを軽減するために利用することも可能である。具体的には、デジタルサイネージュ用のパネルを設置し、映像と併用した各種音声インフォメーション放送や、スポンサーによって配信された音声広告をオーディオ源のオーディオ信号データとして利用すればよい。街頭広告としては、これまで視覚的な広告手法が主であったが、本発明を利用することにより、音声を主とする広告手法が可能になる。音声は、注視することなしに伝達され、かつ、本発明によれば、騒音に遮られずに遠方まで伝達可能になるので、これまでにない新たな広告効果も期待できる。
【符号の説明】
【0255】
10:騒音源(ヘアードライヤー)
20:騒音収録マイク
30:信号遅延部
40:位相反転部
45:位相反転部
50:スピーカ
60:誤差収録マイク
70:誤差帰還部
80:人間の耳
90:演算器
100:オーディオ信号供給部(デジタルユニット)
100A〜100J:オーディオ信号供給部(デジタルユニット)
106:オーディオ信号&差分信号入力部
110:オーディオ信号データ格納部
115:オーディオ信号選択部
116:オーディオ信号入力部
120:信号重畳部
125,126:音圧レベル調整部
130:差分信号データ格納部
140:重畳オーディオ信号再生部
141:オーディオ信号再生部
142:差分信号再生部
150:騒音信号採取部
160:音圧レベル検出部
170:電源制御部
180:差分信号作成部
190:重畳オーディオ信号データ格納部
195:オーディオ信号選択部
196:重畳オーディオ信号入力部
200:オーディオ出力部(アナログユニット)
200A,200B:オーディオ出力部(アナログユニット)
210:オーディオアンプ
211:第1のオーディオアンプ
212:第2のオーディオアンプ
215:信号重畳部
220:スピーカ
221:第1のスピーカ
222:第2のスピーカ
230:騒音収録マイク
300:着脱アダプタ
A:オーディオ信号
A(k,f):オーディオ区間複素スペクトル(オーディオ信号Aの第k番目の区間の複素スペクトル)
Aav(f):オーディオ平均スペクトル(オーディオ信号Aの時間平均スペクトル)
Ad:オーディオ信号データ
A*:重畳オーディオ信号
A*(k):第k番目の重畳オーディオ区間信号
A*(k,f):重畳オーディオ区間複素スペクトル(重畳オーディオ信号A*の第k番目の区間の複素スペクトル)
A*d:重畳オーディオ信号データ
A*av(f):重畳オーディオ平均スペクトル(重畳オーディオ信号A*の時間平均スペクトル)
a(k,t):区間kから切り出したオーディオ区間信号
D:差分信号
Dd:差分信号データ
D(k):第k番目の差分区間信号
D(k,f):差分区間複素スペクトル(差分信号Dの第k番目の区間の複素スペクトル)
f:周波数
G:倍率係数(G>1)
H(t):ハニング関数
I:位相反転信号
Im{A(k,f)}:複素スペクトルA(k,f)の虚部
Im{D(k,f)}:複素スペクトルD(k,f)の虚部
i:オーディオ信号のサンプル番号
j:量子化された周波数の番号
k:区間番号
L:音波の伝搬距離
N:騒音信号
N(f):騒音スペクトル
Nav(f):騒音平均スペクトル(騒音信号Nのサンプル期間の時間平均スペクトル)
P,Q:観測点
R:残存信号
Re{A(k,f)}:複素スペクトルA(k,f)の実部
Re{D(k,f)}:複素スペクトルD(k,f)の実部
S1〜S5:流れ図の各ステップ(快音化の全体手順)
S41〜S46:流れ図の各ステップ(差分演算段階の処理)
T:区間の時間幅
t:時間
W:目標雑音信号
W(f):目標雑音スペクトル
X:音源
X(f):音源Xの時間平均スペクトル
Y:音源
Y(f):音源Yの時間平均スペクトル
Z:人間の耳に伝わる合成音波信号Z
Z(f):人間の耳に伝わる合成音波信号Zの時間平均スペクトル
【技術分野】
【0001】
本発明は、騒音源が発生する騒音に対して快音化を図る方法および装置に関し、特に、オーディオ源を利用して新たに発生させた音を騒音に重ね合わせることにより、人間の心理上、騒音を軽減させる技術に関する。
【背景技術】
【0002】
人間が社会生活を営む以上、家電製品、オフィス機器、工場施設、輸送機器などの様々な装置から生じる騒音を甘受せざるを得ないが、従来から、不快な騒音を可能な限り軽減する対策が考えられてきた。現在実用化されている騒音対策は、大別して、受動消音法と能動消音法とに分けられる。
【0003】
前者は、騒音源の筐体に吸音材などを付加して外部に騒音が伝達されるのを防ぐ手法であるが、筐体がかさばり、また、低音部の消音効果が弱いという欠点がある。
【0004】
一方、後者は、一般にANC(Active Noise Control)と呼ばれており、騒音を打ち消す成分をもった別な音波を故意に発生させ、騒音成分を低減させる手法である。たとえば、下記の特許文献1,2には、ダクト内を伝搬する音波に対して同音圧逆位相の音波を放射して、騒音を消すANCシステムが開示されている。また、下記の特許文献3には、自動車の車室内騒音を低減させる技術が開示され、特許文献4には、複写機の騒音を低減させる技術が開示され、特許文献5には、ジェットエンジンのための騒音低減技術が開示されている。更に、特許文献6には、騒音をキャンセルする機能を有するヘッドフォンが開示されている。
【0005】
このANCは、コンパクトな電子的機器を用いて実現可能であるが、マイクを用いて騒音をリアルタイムで採取し、これを解析して、当該騒音を打ち消す音波(位相反転した音波)をリアルタイムで生成する必要があるため、DSPなどの高速な信号処理回路が必要になり、コストがかかるという欠点がある。また、原理的に、高音部の消音効果が弱く、音波の位相を活用して消音を行うため、騒音低減の効果に指向性があるという問題もある。このため、ダクト、自動車内、ヘッドフォンなど、騒音方向を制御可能な閉鎖的な音響空間に適用が限定されているのが実情である。
【0006】
一方、最近は、人間の聴覚の生理学的特性を利用して、騒音を軽減させる新たな技術も提案されている。この技術は、騒音とは別な音波を発生させる点では、上記能動消音法と類似した手法を採るが、騒音そのものを物理的に減衰させるわけではなく、騒音に対してマスキング効果(人間の聴覚の生理学的特性に基づく効果)をもった別な音を聞かせることにより、人間が騒音を生理学的に聴取しにくくする手法ということができる。たとえば、下記の特許文献7には、騒音をマスクするためにMIDI信号音を流すことにより、室内の騒音を軽減する技術が開示されている。また、特許文献8には、プリンタ装置の不快な動作音を抑制するために意図的に雑音を付加する技術が開示されており、特許文献9には、ハードディスク装置の不快な動作音を抑制するために意図的に雑音を機械的に付加する技術が開示されている。また、下記の特許文献10には、車室内の騒音をマスキングできるように、オーディオ信号をフィルタ加工して再生する技術が開示されており、特許文献11には、自動車内での騒音レベルを検知して、適当な音量で音楽を鑑賞することができるように、自動的にオーディオ再生音量を重畳する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開昭63−276100号公報
【特許文献2】特許第2544899号公報
【特許文献3】特許第2663552号公報
【特許文献4】特開平7−281497号公報
【特許文献5】特許第3434830号公報
【特許文献6】特許第4417316号公報
【特許文献7】特表2004−510191号公報
【特許文献8】特許第2967400号公報
【特許文献9】特許第3365386号公報
【特許文献10】特許第2541062号公報
【特許文献11】特許第3287747号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述したとおり、古くから知られている受動消音法には、筐体がかさばり、低音部の消音効果が弱いという欠点がある。また、前掲の特許文献1〜6に例示されているような能動消音法には、高速な信号処理回路のためにコスト高となり、高音部の消音効果が弱く、騒音低減の効果に指向性があるという欠点がある。
【0009】
一方、特許文献7〜9で提案されている手法では、確かに騒音が聴取しにくくなる効果は得られるが、騒音レベルを上回るような無味乾燥な信号音(MIDI楽器音や意図的に付加した雑音)が流れることになり、長時間の使用に耐える快適な音響環境を提供するこはできない。また、特許文献10,11で提案されている手法は、自動車内で音楽鑑賞する際、車室内で音楽を聴きやすくすることが目的であるため、適用可能な音響空間が自動車内に限定されるという問題がある。
【0010】
そこで本発明は、室内/室外を問わず、種々の音響空間において様々な騒音源が発生する騒音を、効果的にかつ低コストで快音化することができる騒音源の快音化方法および快音化装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
(1) 本発明の第1の態様は、騒音源が発生する騒音に対して快音化を図る騒音源の快音化方法において、
騒音源が発生する騒音信号Nを採取する騒音信号採取段階と、
騒音信号Nの所定時間内の平均周波数分布に基づいて騒音平均スペクトルNav(f)を求める騒音平均スペクトル算出段階と、
オーディオ源が発生するオーディオ信号Aを採取するオーディオ信号採取段階と、
所定の目標雑音Wの周波数分布を示す目標雑音スペクトルW(f)を、時間的に不変な定常スペクトルとして定める目標雑音設定段階と、
時間軸上に複数の区間を設定し、第k番目(k=1,2,3... )の区間について、オーディオ信号Aの周波数分布をオーディオ区間複素スペクトルA(k,f)として求め、騒音平均スペクトルNav(f)および目標雑音スペクトルW(f)を用いて、|D(k,f)|=W(f)−Nav(f)−|A(k,f)|なる差分演算によって、第k番目の区間についての差分区間複素スペクトルD(k,f)を算出し(但し、|A(k,f)|はA(k,f)のノルム、|D(k,f)|はD(k,f)のノルム)、差分区間複素スペクトルD(k,f)を時間軸に逆変換した差分区間信号D(k)を求め、時間軸上で、各区間についての差分区間信号D(k)を合成することにより差分信号Dを生成する差分信号生成段階と、
オーディオ信号Aと差分信号Dとを、スピーカから、騒音信号Nに重ねて出力するオーディオ出力段階と、
を行うようにしたものである。
【0012】
(2) 本発明の第2の態様は、上述の第1の態様に係る騒音源の快音化方法において、
目標雑音設定段階で、目標雑音Wとしてホワイトノイズを用い、目標雑音スペクトルW(f)として、可聴周波数域にわたって同一のエネルギー値が定常的に維持される定常スペクトルを定めるようにしたものである。
【0013】
(3) 本発明の第3の態様は、上述の第1の態様に係る騒音源の快音化方法において、
目標雑音設定段階で、目標雑音Wとしてピンクノイズを用い、目標雑音スペクトルW(f)として、周波数fもしくは周波数fの対数値に反比例するエネルギー値が定常的に維持される定常スペクトルを定めるようにしたものである。
【0014】
(4) 本発明の第4の態様は、上述の第1〜第3の態様に係る騒音源の快音化方法において、
差分信号生成段階で、所定の観測点において得られる実際の音圧レベルを基準として、Nav(f)および|A(k,f)|を補正した差分演算を行い、
オーディオ出力段階で、差分信号Dを、観測点における音圧レベルが上記補正に応じた音圧レベルとなるように出力し、オーディオ信号Aを、観測点における音圧レベルが上記補正に応じた音圧レベル以上となるように出力するようにしたものである。
【0015】
(5) 本発明の第5の態様は、上述の第1〜第4の態様に係る騒音源の快音化方法において、
目標雑音設定段階で、目標雑音スペクトルW(f)として、時間的に不変な定常スペクトルを定め、
差分信号生成段階で、
時間軸上に複数の区間を設定し、オーディオ信号Aの第k番目(k=1,2,3... )の区間内の信号をオーディオ区間信号A(k)として抽出するステップと、
オーディオ区間信号A(k)をフーリエ変換してオーディオ区間複素スペクトルA(k,f)を求めるステップと、
目標雑音スペクトルW(f)と、騒音平均スペクトル算出段階で求めた騒音平均スペクトルNav(f)と、オーディオ区間複素スペクトルA(k,f)と、を用いて、|D(k,f)|=W(f)−Nav(f)−|A(k,f)|なる差分演算を行い、差分区間複素スペクトルD(k,f)を求めるステップと、
差分区間複素スペクトルD(k,f)を逆フーリエ変換して、第k番目の区間についての差分区間信号D(k)を求めるステップと、
を設定したすべての区間について行い、時間軸上で、各区間についての差分区間信号D(k)を合成することにより差分信号Dを生成するようにしたものである。
【0016】
(6) 本発明の第6の態様は、上述の第1〜第5の態様に係る騒音源の快音化方法において、
オーディオ出力段階で、オーディオ信号Aを発生させるためのオーディオ信号データAdと、差分信号Dを発生させるための差分信号データDdとに基づいて、オーディオ信号Aと差分信号Dとを重畳した重畳オーディオ信号A*を発生させるための重畳オーディオ信号データA*dを生成し、生成した重畳オーディオ信号データA*dを再生することにより、スピーカから、重畳オーディオ信号A*を出力するようにしたものである。
【0017】
(7) 本発明の第7の態様は、上述の第1〜第6の態様に係る騒音源の快音化方法において、
オーディオ出力段階で、騒音源が発生する騒音信号Nの音圧レベルを測定し、その測定結果に基づいて、スピーカから出力されるオーディオ信号Aおよび差分信号Dの音圧レベルを調整するようにしたものである。
【0018】
(8) 本発明の第8の態様は、上述の第1〜第7の態様に係る騒音源の快音化方法における騒音信号採取段階と、騒音平均スペクトル算出段階と、オーディオ信号採取段階と、目標雑音設定段階と、差分信号生成段階と、を専用プログラムを組み込んだコンピュータに実行させるようにしたものである。
【0019】
(9) 本発明の第9の態様は、騒音源が発生する騒音に対して快音化を図る騒音源の快音化方法において、
所定の観測点において観測される、騒音源が発生する騒音信号Nの時間平均スペクトルをNav(f)、目標雑音Wのスペクトル(時間的に不変な定常スペクトル)をW(f)、時間軸上に複数の区間を設定した場合の第k番目(k=1,2,3... )の区間についてのオーディオ信号Aの複素スペクトルをA(k,f)、所定の倍率係数をG(但し、G>1)としたときに、|A*(k,f)|=(G−1)・|A(k,f)|+W(f)−Nav(f)で与えられる複素スペクトルA*(k,f)を時間軸に逆変換した第k番目の区間についての区間信号を(但し、|A*(k,f)|はA*(k,f)のノルム)、時間軸上で合成することにより得られる信号を、スピーカから、騒音信号Nに重ねて出力するようにしたものである。
【0020】
(10) 本発明の第10の態様は、騒音源が発生する騒音に対して快音化を図る騒音源の快音化装置において、
オーディオ信号Aを発生させるためのオーディオ信号データAdを格納したオーディオ信号データ格納部と、
所定の差分信号Dを発生させるための差分信号データDdを格納した差分信号データ格納部と、
オーディオ信号データAdと、差分信号データDdとに基づいて、オーディオ信号Aと差分信号Dとを重畳した重畳オーディオ信号A*を発生させるための重畳オーディオ信号データA*dを生成する信号重畳部と、
重畳オーディオ信号データA*dに基づいて、重畳オーディオ信号A*を再生する重畳オーディオ信号再生部と、
重畳オーディオ信号再生部で再生された重畳オーディオ信号A*をスピーカから出力するオーディオ出力部と、
を設け、
W(f):所定の目標雑音Wの周波数分布を示す目標雑音スカラースペクトル(時間的に不変な定常スペクトル)、
A(k,f):時間軸上に設定された第k番目(k=1,2,3... )の区間についてのオーディオ信号Aの周波数分布を示すオーディオ区間複素スペクトル、
Nav(f):騒音信号Nの所定時間内の平均周波数分布を示す騒音平均スカラ−スペクトル、
D(k,f):第k番目の区間についての差分信号Dの周波数分布を示す差分区間複素スペクトル、
としたときに、式「|D(k,f)|=W(f)−Nav(f)−|A(k,f)|」(但し、|A(k,f)|はA(k,f)のノルム、|D(k,f)|はD(k,f)のノルム)が成り立つようにしたものである。
【0021】
(11) 本発明の第11の態様は、上述の第10の態様に係る騒音源の快音化装置において、
オーディオ信号データ格納部内に複数n通りのオーディオ信号データAdが格納されており、
差分信号データ格納部内にn通りのオーディオ信号データAdのそれぞれに対応した合計n通りの差分信号データDdが格納されており、
n通りのオーディオ信号データAdのうち、第i番目(i=1〜n)のオーディオ信号データAdを自動選択もしくは外部からの選択操作に基づいて手動選択するオーディオ信号選択部を更に設け、
信号重畳部が、第i番目(i=1〜n)のオーディオ信号データAdと、これに対応した第i番目の差分信号データDdとを重畳して、第i番目の重畳オーディオ信号データA*dを生成する処理を行い、
重畳オーディオ信号再生部が、選択された第i番目のオーディオ信号データAdに対応する第i番目の重畳オーディオ信号データA*dを再生するようにしたものである。
【0022】
(12) 本発明の第12の態様は、上述の第10または第11の態様に係る騒音源の快音化装置において、
騒音源が発生する騒音信号Nを採取する騒音信号採取部と、
騒音信号採取部が採取した騒音信号Nの音圧レベルを検出する音圧レベル検出部と、
手動設定操作または音圧レベル検出部が検出した音圧レベルに基づいて、「信号重畳部による信号の重畳比率」もしくは「各信号再生部の再生信号レベル」またはその双方を調整する音圧レベル調整部と、
を更に設けるようにしたものである。
【0023】
(13) 本発明の第13の態様は、上述の第12の態様に係る騒音源の快音化装置において、
音圧レベル検出部が検出した音圧レベルが所定のしきい値未満である状態が所定時間継続した場合に、騒音信号採取部および音圧レベル検出部を除く構成要素の一部もしくは全部に対する電源供給を停止する休止モードへと移行し、音圧レベルが所定のしきい値を越えた場合に休止モードを解除する電源制御部を更に設けるようにしたものである。
【0024】
(14) 本発明の第14の態様は、上述の第10または第11の態様に係る騒音源の快音化装置において、
騒音源が発生する騒音信号Nを採取する騒音信号採取部と、
予め格納している目標雑音スペクトルW(f)と、オーディオ信号データ格納部に格納されているオーディオ信号データAdと、騒音信号Nと、に基づいて差分信号データDdを作成し、これを差分信号データ格納部に格納する差分信号作成部と、
を更に設けるようにしたものである。
【0025】
(15) 本発明の第15の態様は、上述の第14の態様に係る騒音源の快音化装置において、
差分信号作成部が、
騒音信号採取部が採取した騒音信号Nの所定時間内の平均周波数分布に基づいて騒音平均スペクトルNav(f)を求める手段と、
オーディオ信号データ格納部に格納されているオーディオ信号データAdから発生するオーディオ信号Aの第k番目の区間についての周波数分布を示すオーディオ区間複素スペクトルA(k,f)を区間kの関数として求める手段と、
騒音平均スペクトルNav(f)および目標雑音スペクトルW(f)を用いて、|D(k,f)|=W(f)−Nav(f)−|A(k,f)|なる差分演算を行い、第k番目の区間についての差分区間複素スペクトルD(k,f)を算出する手段と、
差分区間複素スペクトルD(k,f)を時間軸に逆変換した差分区間信号D(k)を時間軸上で合成することにより得られる差分信号Dを発生させるための差分信号データDdを作成する手段と、
を有するようにしたものである。
【0026】
(16) 本発明の第16の態様は、上述の第14または第15の態様に係る騒音源の快音化装置において、
騒音源が発生する騒音信号Nを採取する騒音信号採取部と、
騒音信号採取部が採取した騒音信号Nの音圧レベルを検出する音圧レベル検出部と、
手動設定操作または音圧レベル検出部が検出した音圧レベルに基づいて、「信号重畳部による信号の重畳比率」もしくは「各信号再生部の再生信号レベル」またはその双方を調整する音圧レベル調整部と、
を更に設けるようにしたものである。
【0027】
(17) 本発明の第17の態様は、上述の第16の態様に係る騒音源の快音化装置において、
音圧レベル検出部が検出した音圧レベルが所定のしきい値未満である状態が所定時間継続した場合に、騒音信号採取部および音圧レベル検出部を除く構成要素の一部もしくは全部に対する電源供給を停止する休止モードへと移行し、音圧レベルが所定のしきい値を越えた場合に休止モードを解除する電源制御部を更に設けるようにしたものである。
【0028】
(18) 本発明の第18の態様は、騒音源が発生する騒音に対して快音化を図る騒音源の快音化装置において、
元のオーディオ信号Aに対して所定の差分信号Dを重畳することにより得られる重畳オーディオ信号A*を発生させるための重畳オーディオ信号データA*dを格納した重畳オーディオ信号データ格納部と、
重畳オーディオ信号データA*dを再生して重畳オーディオ信号A*を発生させる重畳オーディオ信号再生部と、
重畳オーディオ信号再生部で再生された重畳オーディオ信号A*をスピーカから出力するオーディオ出力部と、
を設け、
W(f):所定の目標雑音Wの周波数分布を示す目標雑音スカラースペクトル(時間的に不変な定常スペクトル)、
A(k,f):時間軸上に設定された第k番目(k=1,2,3... )の区間についてのオーディオ信号Aの周波数分布を示すオーディオ区間複素スペクトル、
Nav(f):騒音信号Nの所定時間内の平均周波数分布を示す騒音平均スカラースペクトル、
D(k,f):第k番目の区間についての差分信号Dの周波数分布を示す差分区間複素スペクトル、
としたときに、式「|D(k,f)|=W(f)−Nav(f)−|A(k,f)|」(但し、|A(k,f)|はA(k,f)のノルム、|D(k,f)|はD(k,f)のノルム)が成り立つようにしたものである。
【0029】
(19) 本発明の第19の態様は、上述の第18の態様に係る騒音源の快音化装置において、
重畳オーディオ信号データ格納部に、オーディオ信号Aと差分信号DとをG:1の比率(但し、G>1)で重畳することにより得られる重畳オーディオ信号A*を発生させるための重畳オーディオ信号データA*dが格納されているようにしたものである。
【0030】
(20) 本発明の第20の態様は、上述の第18または第19の態様に係る騒音源の快音化装置において、
重畳オーディオ信号データ格納部内に複数n通りの重畳オーディオ信号データA*dが格納されており、
n通りの重畳オーディオ信号データA*dのうち、第i番目(i=1〜n)の重畳オーディオ信号データA*dを自動選択もしくは外部からの選択操作に基づいて手動選択するオーディオ信号選択部を更に設け、
重畳オーディオ信号再生部が、選択された第i番目の重畳オーディオ信号データA*dを再生するようにしたものである。
【0031】
(21) 本発明の第21の態様は、上述の第20の態様に係る騒音源の快音化装置において、
外部から与えられた新たな重畳オーディオ信号データA*dを入力して重畳オーディオ信号データ格納部に格納する機能をもった重畳オーディオ信号入力部を更に設けるようにしたものである。
【0032】
(22) 本発明の第22の態様は、上述の第18〜第21の態様に係る騒音源の快音化装置において、
騒音源が発生する騒音信号Nを採取する騒音信号採取部と、
騒音信号採取部が採取した騒音信号Nの音圧レベルを検出する音圧レベル検出部と、
手動設定操作または音圧レベル検出部が検出した音圧レベルに基づいて、重畳オーディオ信号再生部によって再生される重畳オーディオ信号A*の再生音圧レベルを調整する音圧レベル調整部と、
を更に設けるようにしたものである。
【0033】
(23) 本発明の第23の態様は、上述の第22の態様に係る騒音源の快音化装置において、
音圧レベル検出部が検出した音圧レベルが所定のしきい値未満である状態が所定時間継続した場合に、騒音信号採取部および音圧レベル検出部を除く構成要素の一部もしくは全部に対する電源供給を停止して休止モードへと移行し、音圧レベルが所定のしきい値を越えた場合に休止モードを解除する電源制御部を更に設けるようにしたものである。
【0034】
(24) 本発明の第24の態様は、上述の第10〜第23の態様に係る騒音源の快音化装置において、
騒音源に内蔵されているか、または、一部もしくは全部の構成要素を騒音源に装着するための着脱アダプタを備えているようにしたものである。
【0035】
(25) 本発明の第25の態様は、上述の第24の態様に係る騒音源の快音化装置において、
内蔵または装着の対象となる騒音源が電力によって稼働する装置であり、
この騒音源の稼働状態をモニタして待機モードへの移行制御を行う電源制御部を更に備え、
電源制御部が、騒音源が稼働停止状態にある場合には、電源制御部以外の構成要素の一部もしくは全部に対する電源供給を停止する待機モードへと移行し、騒音源が稼働状態にある場合には、待機モードを解除する制御を行うようにしたものである。
【0036】
(26) 本発明の第26の態様は、上述の第10〜第25の態様に係る騒音源の快音化装置の一部もしくは全部の構成要素が組み込まれた電気製品において、当該快音化装置が、当該電気製品自身が発生する騒音信号Nを用いて作成された差分信号Dを用いて重畳オーディオ信号A*を発生させるようにしたものである。
【0037】
(27) 本発明の第27の態様は、騒音源が発生する騒音に対して快音化を図る騒音源の快音化装置において、
所定の観測点において観測される、騒音源が発生する騒音信号Nの時間平均スペクトルをNav(f)、目標雑音Wのスペクトル(時間的に不変な定常スペクトル)をW(f)、時間軸上に複数の区間を設定した場合の第k番目(k=1,2,3... )の区間についてのオーディオ信号Aの複素スペクトルをA(k,f)、所定の倍率係数をG(但し、G>1)としたときに、|A*(k,f)|=(G−1)・|A(k,f)|+W(f)−Nav(f)で与えられる複素スペクトルA*(k,f)を時間軸に逆変換した第k番目の区間についての区間信号を(但し、|A*(k,f)|はA*(k,f)のノルム)、時間軸上で合成することにより得られる信号を、スピーカから出力するようにしたものである。
【発明の効果】
【0038】
本発明では、予め、騒音源が発生する騒音信号Nとオーディオ源が発生するオーディオ信号Aを採取し、騒音信号Nのサンプル採取期間の時間平均をとった騒音平均スペクトルNav(f)が求められる。一方、ホワイトノイズ等、人間が不快に感じない目標雑音WのスペクトルW(f)を予め定めておく。そして、時間軸上に複数の区間を設定し、第k番目(k=1,2,3... )の区間についてのオーディオ信号Aの複素スペクトルA(k,f)が求められ、|D(k,f)|=W(f)−Nav(f)−|A(k,f)|なる差分演算によって、差分区間複素スペクトルD(k,f)のノルム(大きさ)|D(k,f)|が算出される。
【0039】
差分区間複素スペクトルD(k,f)の位相とオーディオ区間複素スペクトルA(k,f)の位相は変化しないとすれば、D(k,f)/|D(k,f)|=A(k,f)/|A(k,f)|が成立し、A(k,f)の実部をRe{A(k,f)}とすれば、D(k,f)の実部はRe{D(k,f)}=Re{A(k,f)}・|D(k,f)|/|A(k,f)|で与えられ、A(k,f)の虚部をIm{A(k,f)}とすれば、D(k,f)の虚部はIm{D(k,f)}=Im{A(k,f)}・|D(k,f)|/|A(k,f)|で与えられる。
【0040】
このようにして、D(k,f)が求まったら、この差分区間複素スペクトルD(k,f)を時間軸に逆変換して差分区間信号D(k)を求め、時間軸上で、各区間についての差分区間信号D(k)を合成することにより差分信号Dを生成し、オーディオ信号Aと差分信号Dとを、スピーカから、騒音信号Nに重ねて出力すれば、人間の耳には、騒音信号Nに重ねて、オーディオ信号Aと差分信号Dとが聞こえることになり、目標雑音Wに近い音が聞こえることになる。
【0041】
すなわち、時間軸上の第k番目の区間について、人間の耳に聞こえる音のスペクトルに着目すると、騒音信号Nの時間平均スペクトルN(f)と、オーディオ信号Aの複素スペクトルA(k,f)と、差分信号Dの複素スペクトルD(k,f)と、をスカラー的に重畳したものになるので、この人間の耳に聞こえる音のスペクトルをZ(f)とすれば、Z(f)=N(f)+|A(k,f)|+|D(k,f)|になる。これに、上記差分演算式|D(k,f)|=W(f)−Nav(f)−|A(k,f)|を代入すると、Z(f)=N(f)+|A(k,f)|+W(f)−Nav(f)−|A(k,f)|=N(f)+W(f)−Nav(f)となる。
【0042】
ここで、騒音信号Nの時間平均スペクトルN(f)が時間的に大きく変動せず、サンプル採取時に比べ全く変化しないと仮定すれば、騒音スペクトルN(f)は、騒音平均スペクトルNav(f)に等しくなるので、上記重畳したスペクトルは、Z(f)=W(f)となり、人間の耳に聞こえる音のスペクトルはホワイトノイズ等の目標雑音のスペクトルになり、人間には不快感は生じない。雑音Wとして、たとえば、ホワイトノイズを用いれば、騒音信号Nを人間の耳の中でホワイトノイズ化することができる。
【0043】
実際には、N(f)=Nav(f)なる式は、正確に成り立つわけではないが、一般的な騒音源から発せられる騒音信号Nの場合、任意の時間における騒音スペクトルN(f)は、サンプル採取期間の平均スペクトルNav(f)にかなり近いものになるので、人間の耳に聞こえる音は、かなりホワイトノイズ等の目標雑音Wに近いものになる。かくして、本発明によれば、室内/室外を問わず、種々の音響空間において様々な騒音源が発生する騒音を、効果的にかつ低コストで快音化することができる。
【0044】
また、オーディオ信号Aと差分信号Dとを重ねて出力する際に、オーディオ信号Aの音圧レベルをG倍(G>1)にすれば、N(f)=Nav(f)なる仮定の下で、人間の耳に聞こえる音のスペクトルは、Z(f)=W(f)+(G−1)・|A(k,f)|となる。これは、ホワイトノイズ等の目標雑音Wに、オーディオ信号Aが重なって聞こえることを示している。このため、音脈分凝による心理的効果によって、人間の耳には、オーディオ信号Aが強調して聞こえることになる。したがって、心理的に聴取される音はオーディオ信号Aが主成分となり、騒音源を効果的に快音化することが可能になる。
【0045】
本発明に係る方法は、受動消音法のように、騒音源に吸音材などを付加する必要はなく、また、従来の能動消音法のように、高価なリアルタイム信号処理回路も必要ない。単に、オーディオ信号Aと差分信号Dとを重畳してスピーカから出力すればよい。また、差分信号Dを生成する処理も、一般的なフーリエ変換処理および逆フーリエ変換処理を行う機能をもった回路やプロセッサによって行うことが可能である。したがって、本発明を利用すれば、比較的安価な費用で効果的な騒音対策を講じることが可能になる。しかも、本発明による方法は、位相反転波によって騒音を物理的に打ち消すわけではないので、指向性が問われることもなく、室内/室外を問わず、種々の音響空間において様々な騒音源が発生する騒音を、効果的にかつ低コストで快音化することができる。
【0046】
実用上は、差分信号Dを算出するプロセスを予め準備段階で行っておき、この準備段階の後の快音化段階において、オーディオ信号Aと差分信号Dとを重畳してスピーカから出力すればよいので、非常に単純な構成で本発明を実施可能である。あるいは、オーディオ信号Aに差分信号Dを重畳した重畳オーディオ信号A*を生成するための重畳オーディオ信号データA*dを、予めデジタル処理によって用意しておけば、この重畳オーディオ信号データA*dを再生してスピーカから重畳オーディオ信号A*を出力するだけの単純な構成で本発明を実施することも可能である。
【0047】
一方、快音化装置内に、騒音源が発生する騒音信号Nとオーディオ源が発生するオーディオ信号Aとを採取し、差分信号Dを生成する機能を組み込んでおけば、未知の騒音源に対しても、新たな差分信号Dを生成して対応することが可能になる。
【0048】
また、騒音源が発生する騒音の音圧レベルを検出する機能を装置に組み込んでおけば、オーディオ信号Aと差分信号Dとをスピーカから出力する際の音圧レベルを、騒音に対する快音化効果が得られる適正な値に自動調整することが可能になる。更に、騒音の音圧レベルをモニタして、電力節約を行う休止モードへ移行する機能を設けておけば、騒音の音圧レベルが小さいときには、装置を休止モードとして電力を節約することができる。また、騒音源が電力によって稼働する装置の場合、この騒音源の稼働状態を電気的にモニタして待機モードへの移行制御を行うようにすれば、騒音源が稼働していないときには、待機モードに移行して電力を節約することができる。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】従来の能動消音法(ANC:Active Noise Control)による騒音軽減化の基本原理を示す図である。
【図2】図1に示す能動消音法に、更にフィードバック制御を加えた方法の基本原理を示す図である。
【図3】本発明の基本的実施形態に係る快音化装置の基本構成を示すブロック図である。
【図4】本発明に係る快音化方法で利用する音脈分凝の現象を示すグラフである。
【図5】音脈分凝により、人間の心理的な音声の認識プロセスにおいて音脈の補間が行われる具体例を示す波形図である。
【図6】音脈分凝により、人間の心理的な音楽の認識プロセスにおいて音脈の補間が行われる具体例を示す譜面図である。
【図7】本発明に係る快音化方法の基本手順を示す流れ図である。
【図8】図7の差分信号生成段階(ステップS5)で用いられる具体的なスペクトルの例を示すグラフである。
【図9】図7の差分信号生成段階(ステップS5)で行われる具体的な演算処理を示すグラフである。
【図10】本発明に係る快音化装置を利用した場合に、人間の耳に到達する音波成分を示す図である。
【図11】ヘアードライヤーを騒音源として本発明に係る快音化装置を利用するいくつかの形態を示す図である。
【図12】図7の差分信号生成段階(ステップS5)のより詳細な手順を示す流れ図である。
【図13】図12のステップS52で行われるオーディオ区間信号の抽出処理を例示する図である。
【図14】図13に示す各区間に適用するハニング窓の一例を示す図である。
【図15】図7の差分信号生成段階(ステップS5)で、目標雑音Wとしてピンクノイズを用いた場合の各スペクトルを示すグラフである。
【図16】図7の差分信号生成段階(ステップS5)で、目標雑音Wとしてピンクノイズを用いた場合の具体的な演算処理を示すグラフである。
【図17】本発明の第1の変形例に係る快音化装置の基本構成を示すブロック図である。
【図18】本発明の第2の変形例に係る快音化装置の基本構成を示すブロック図である。
【図19】本発明の第3の変形例に係る快音化装置の基本構成を示すブロック図である。
【図20】本発明の第4の変形例に係る快音化装置の基本構成を示すブロック図である。
【図21】本発明の第5の変形例に係る快音化装置の基本構成を示すブロック図である。
【図22】本発明の第6の変形例に係る快音化装置の基本構成を示すブロック図である。
【図23】本発明の第7の変形例に係る快音化装置の基本構成を示すブロック図である。
【図24】本発明の第8の変形例に係る快音化装置の基本構成を示すブロック図である。
【図25】本発明の第9の変形例に係る快音化装置の基本構成を示すブロック図である。
【図26】本発明の第10の変形例に係る快音化装置の基本構成を示すブロック図である。
【図27】本発明の第11の変形例に係る快音化装置の基本構成を示すブロック図である。
【図28】電気掃除機が発生する騒音信号とオーディオ信号の波形(図(a) )およびスペクトル(図(b) )を示すグラフである。
【図29】電気掃除機が発生する騒音信号と重畳オーディオ信号の波形(図(a) )およびスペクトル(図(b) )を示すグラフである。
【図30】電気シェーバが発生する騒音信号とオーディオ信号の波形(図(a) )およびスペクトル(図(b) )を示すグラフである。
【図31】電気シェーバが発生する騒音信号と重畳オーディオ信号の波形(図(a) )およびスペクトル(図(b) )を示すグラフである。
【図32】ヘアードライヤーが発生する騒音信号とオーディオ信号の波形(図(a) )およびスペクトル(図(b) )を示すグラフである。
【図33】ヘアードライヤーが発生する騒音信号と重畳オーディオ信号の波形(図(a) )およびスペクトル(図(b) )を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0050】
以下、本発明を図示する実施形態に基づいて説明する。
【0051】
<<< §1. 本発明に係る快音化装置の基本構成 >>>
ここでは、本発明に係る快音化装置の基本構成を説明する。本発明は、人間の脳が行う音の認識処理の心理的特性を利用して、騒音を軽減させる原理に基づくものであり、騒音とは別な音波を発生させるという点では、能動消音法(ANC:Active Noise Control)と類似した手法を採る。そこで、まず、従来から利用されている能動消音法の基本原理を図を参照して説明する。
【0052】
図1は、従来の能動消音法による騒音軽減化の基本原理を示す図である。ここでは、説明の便宜上、騒音源10として、ヘアードライヤーを用いた例で説明を行う。図示のとおり、騒音源10となるヘアードライヤーからは騒音信号N(音波)が周囲に伝播されることになる。古くから行われてきた受動消音法では、この騒音源10の筐体に吸音材などを付加して外部に騒音が伝達されるのを防ぐ対策を施すことになるが、筐体がかさばり、低音部の消音効果が弱いという欠点があることは既に述べたとおりである。
【0053】
そこで、能動消音法では、この騒音信号Nを打ち消す成分をもった別な音波(位相反転信号I)を故意に発生させ、騒音信号Nに位相反転信号Iをぶつけることにより、両者を物理的に消滅させる手法を採る。もっとも、現実的には、従来の能動消音法を用いて図示のような構成で消音を行うことは不可能であり、ヘアードライヤーをダクト内に閉じ込めて、騒音波が所定方向にしか進行しないような制御を行うなど、非実用的な実験環境でないと騒音を打ち消すことはできない(後述する図2の構成をとる場合も同様である)。
【0054】
図1に示す例の場合、騒音収録マイク20によって、騒音源10の近傍で騒音信号Nを収録して電気信号に変換し、これを信号遅延部30で所定時間だけ遅延させ、位相反転部40で位相反転させた上で、スピーカ50から出力する。信号遅延部30では、騒音源10から、騒音信号Nと位相反転信号Iとの衝突位置までの音波の伝搬距離Lに相当する音波の伝搬時間に相当する時間差だけ信号を遅延させる処理を行う(電気信号の伝搬時間は、音波の伝搬時間に比べて非常に小さいので無視する)。
【0055】
位相反転信号Iが、騒音信号Nに対して、正確に位相反転した同一音圧レベルの信号であれば、理論的には、騒音信号Nを完全に打ち消すことができる。しかしながら、実際には、騒音信号Nに完全に同期した信号を取り出し、正確な位相反転信号Iを生成し、タイミングを正確に合わせて衝突させることは極めて困難である。そのため、図の右方に示すとおり、打ち消されずに残った残存信号Rが観測されることになる。このように、騒音信号Nを低減させる効果は得られるものの、完全に消し去ることはできない。
【0056】
図2は、図1に示す能動消音法に、更にフィードバック制御を加えた方法の基本原理を示す図である。この例では、残存信号Rを収録するための誤差収録マイク60を更に設け、誤差帰還部70によって残存信号Rを電気信号として採取し、これを位相反転部45に対してフィードバック信号として帰還させている。位相反転部45は、この残存信号Rの振幅が零になるように、位相反転信号Iに対するフィードバック制御を行う機能を有する。
【0057】
このようなフィードバック制御を行うことにより、騒音信号Nを更に低減させることが可能であるが、実際には、騒音信号Nを完全に打ち消すことはできない。また、図には、騒音信号Nが右方向にのみ伝搬した図が示されているが、実際には、騒音源10からは騒音信号Nが音波として四方八方に広がってゆくことになるので、これらすべての音波を物理的に消滅させることは不可能である。
【0058】
結局、従来の能動消音法では、空間上の特定位置についてのみ騒音の低減が図れるだけであり、騒音低減の効果に指向性があるという問題がある。また、高音部の消音効果が弱い欠点もある。更に、位相反転処理やそのフィードバック制御をリアルタイムで高速に行うためには、DSPなどの高価な信号処理回路が必要になり、コストがかかるという経済的な問題も生じる。このため、現状では、ダクト、自動車内、ヘッドフォンなど、騒音方向を制御可能な閉鎖的な音響空間での実用化が行われているにすぎない。
【0059】
さて、本発明に係る騒音源の快音化方法は、騒音とは別な音波を発生させる点において上記能動消音法と類似する。しかしながら、騒音そのものを物理的に減衰させるわけではなく、人間の脳の特性を利用して、人間が音として認識する騒音を心理的に軽減させる手法を採る。
【0060】
図3は、本発明の基本的実施形態に係る快音化装置の基本構成を示すブロック図である。この快音化装置は、騒音源10が発生する騒音に対して快音化を図る機能を有している。ここでも、騒音源10として、ヘアードライヤーを用いた例が示されている。
【0061】
この実施形態に係る快音化装置は、オーディオ信号供給部100とオーディオ出力部200とによって構成されている。オーディオ信号供給部100は、図示のとおり、オーディオ信号データ格納部110,信号重畳部120,差分信号データ格納部130,重畳オーディオ信号再生部140を有するデジタルユニットであり、内部の処理はすべてデジタル演算によって行われる。ただ、重畳オーディオ信号再生部140の出力段には、D/A変換器が組み込まれており、重畳オーディオ信号A*がアナログ再生信号として出力される。オーディオ出力部200は、図示のとおり、オーディオアンプ210とスピーカ220とを有するアナログユニットであり、重畳オーディオ信号再生部140から出力されたアナログ再生信号を音波として出力する機能を有する。
【0062】
オーディオ信号データ格納部110内には、オーディオ信号Aを発生させるためのオーディオ信号データAdがデジタルデータの形で格納されている。ここでは、人間の歌声を再生するためのオーディオ信号データAd(歌手の歌声を収録したコンテンツデータ)が、オーディオ信号データ格納部110内に格納されている場合を例にとって、以下の説明を行うことにする。
【0063】
一方、差分信号データ格納部130内には、差分信号Dを発生させるための差分信号データDdがデジタルデータの形で格納されている。この差分信号Dは、後述するように、目標雑音信号W,騒音信号N,オーディオ信号Aという3種類の信号に基づいて生成される信号である。ここで、「差分」という言葉を用いているのは、この差分信号Dが、人間の耳80に聞かせる音の周波数特性を目標雑音信号Wの周波数特性に近づけるための不足分を補う役割を果たすためである。大まかな概念としては、この差分信号Dは、「目標雑音信号Wのスペクトル」から、「騒音信号Nのスペクトルとオーディオ信号Aのスペクトルとの和」を差し引いて得られる差分スペクトルをもった信号ということになる。この差分信号Dも、可聴周波数域の信号という意味では、「オーディオ信号」の一種であるが、ここでは上記理由から、「差分信号」という用語を用いることにする。
【0064】
信号重畳部120は、オーディオ信号データ格納部110から読み出したオーディオ信号データAdと、差分信号データ格納部130から読み出した差分信号データDdとに基づいて、重畳オーディオ信号データA*dを生成する処理を行う。ここで、重畳オーディオ信号データA*dは、オーディオ信号Aに差分信号Dを重畳した重畳オーディオ信号A*を発生させるためのデジタルデータである。オーディオ信号Aも、差分信号Dも、基本的には音波の信号であり、重畳オーディオ信号A*は、オーディオ信号Aの振幅と差分信号Dの振幅とを加算することによって得られる信号である。
【0065】
上述したとおり、オーディオ信号供給部100はデジタルユニットであり、信号重畳部120による信号の重畳処理は、デジタル演算処理として行われる。なお、オーディオ信号A,差分信号D,重畳オーディオ信号A*は、デジタル信号の形態、アナログ信号の形態、物理的な音波信号の形態のいずれをとることも可能である。各信号の形態は、最終的に人間の耳80に到達する段階において、物理的な音波信号の形になっていれば、その前段階ではどのような形態をとっていてもかまわない。図3では、便宜上、オーディオ信号供給部100の内部処理段階では、各信号がデジタル信号の形をとっており、オーディオ出力部200の内部処理段階では、アナログ信号の形をとっているが、もちろん、本発明はこのような形態に限定されるものではない。
【0066】
また、ここでは、便宜上、信号自体を示す場合には、オーディオ信号A,差分信号D,重畳オーディオ信号A*と呼び、これらの信号情報を含むデジタルデータを示す場合には、それぞれオーディオ信号データAd,差分信号データDd,重畳オーディオ信号データA*dと呼ぶことにする(符号には、末尾にdを付してデジタルデータであることを明記する)。各データそれ自身はデジタル信号の形態をとり、これを再生することによりアナログ信号の形態を得ることができ、更にスピーカを通すことによって物理的な音波信号の形態が得られることになる。もっとも、本発明を技術思想として捉える上では、信号とデータとを特に区別する必要はなく、これらの実体は同一のものである。したがって、オーディオ信号データ格納部110にはオーディオ信号Aが格納され、差分信号データ格納部130には差分信号Dが格納され、信号重畳部120は、オーディオ信号Aに差分信号Dを重畳して重畳オーディオ信号A*を生成すると考えてもよい。
【0067】
重畳オーディオ信号再生部140は、この重畳オーディオ信号データA*dに基づいて重畳オーディオ信号A*を再生し、アナログ信号として出力する機能を果たす。このように、オーディオ信号供給部100は、最終的に重畳オーディオ信号A*をアナログ信号として出力し、オーディオ出力部200に与える処理を行う。オーディオ出力部200に与えられた重畳オーディオ信号A*は、オーディオアンプ210で増幅され、スピーカ220によって音波の形の重畳オーディオ信号A*として出力される。
【0068】
結局、人間の耳80には、騒音源10が発生する騒音信号Nと、スピーカ220から出力される重畳オーディオ信号A*との双方が、音波として伝搬される。重畳オーディオ信号A*は、騒音信号Nを物理的に打ち消す性質をもった音波ではないので、物理的な観点からは、騒音信号Nを減衰させるどころか、騒音信号Nに加えて、更に重畳オーディオ信号A*が加わることになり、人間の耳80に与えられる音波のエネルギー量は、かえって増加することになる。それにもかかわらず、騒音の快音化が行われるのは、人間の耳80の中で騒音信号Nと重畳オーディオ信号A*とが重なり合うことにより、合成音波信号のスペクトルが目標雑音信号Wのスペクトルに近似する効果が得られるためである。
【0069】
スピーカ220によって出力された重畳オーディオ信号A*は、「オーディオ信号データ格納部110内のオーディオ信号データAdを再生することによって得られる音波の形のオーディオ信号A」に、「差分信号データ格納部130内の差分信号データDdを再生することによって得られる音波の形の差分信号D」を重畳したものになる。したがって、人間の耳80には、騒音信号N、オーディオ信号A、差分信号Dという3種類の信号が音波として伝達されることになる。
【0070】
ここで、差分信号Dは、前述したように、「目標雑音信号Wのスペクトル」から、「騒音信号Nのスペクトルとオーディオ信号Aのスペクトルのスカラー値との和」を差し引いて得られる差分スペクトルをもった信号なので、人間の耳80に伝達される合成音波信号のスペクトルは、「目標雑音信号Wのスペクトル」に近似したものになる。目標雑音信号Wとして、人間の脳が心地良いと感じる雑音信号(たとえば、ホワイトノイズ)を設定しておけば、人間の耳80まで伝達される合成音波は、人間の脳が心地良いと感じる音になる。これが本発明の基本原理である。
【0071】
<<< §2. 音脈分凝の基本原理 >>>
本発明の基本原理は、上述したとおり、人間の耳80に伝達される合成音波のスペクトルを、「目標雑音信号Wのスペクトル」に近づけることにあるが、本発明では、更に快音化の効果を高めるために、音脈分凝(Auditory Stream Segregation)という心理学的な現象も利用している。ここでは、この音脈分凝という現象を簡単に説明しておく。
【0072】
この音脈分凝という現象は、もともと「カクテルパーティ効果」として知られている、人間の脳に生じる心理的な現象である。すなわち、種々雑多な人間が集まったカクテルパーティーでは、多数の人間の話声の合成音が「ガヤガヤ」したノイズとして感じられるが、その中に脳が音脈として認識できる特定の話声が混じっていると、その特定の話声が心理的に強めに聞こえてくる、という現象である。たとえば、多数の言語が飛び交うパーティーにおいて、自分が理解できる言語の会話のみが聞こえる理由は、この音脈分凝によって説明できる。要するに、物理的にはノイズに埋もれた弱い信号成分であったとしても、脳が何らかの意味を認識できる音脈であれば、心理的に強まり、ノイズから浮き出して認識されることになる。こうして、音脈分凝によって強められた特定の音に脳の注意が向けば、ノイズは気にならなくなる。
【0073】
この音脈分凝は、万人に等しく生じる現象ではなく、その程度には個人差がある。これは、ある音脈を意味のある音声や音楽として認識できるか否か、という脳の活動に深くかかわる心理学的な現象であるため、むしろ当然である。ただ、多数の被験者に対する実験の結果、程度の差はあるものの、大多数の人間に共通して生じる現象であることが知られている。
【0074】
図4は、この音脈分凝の現象を示すグラフである。いま、図4(a) に示すようなスペクトルX(f)をもった音を発生する音源Xと、図4(b) に示すようなスペクトルY(f)をもった音を発生する音源Yと、が存在し、物理的には、音源Xからの音と音源Yからの音との合成音が人間の耳まで到達する環境を考えてみる。ここで、音源Xは、自分が関心をもつ話題をテーマにした会話であるものとし、音源Yは、「ガヤガヤ」といった周囲の雑音であるものとしよう。一般に、音脈を認識できる特定の音の周波数特性は、図4(a) に示す例のように、いくつかのピークをもったスペクトルになり、背景雑音と感じられる音の周波数特性は、図4(b) に示す例(この例では、ホワイトノイズ)のように、広い周波数帯域に分布したスペクトルになる。
【0075】
図4(c) は、図4(a) に示す音源XのスペクトルX(f)と図4(b) に示す音源YのスペクトルY(f)とを同一のグラフに重ねて表示した図であり、図に実線で描かれたグラフは、物理的なスペクトルX(f),Y(f)を示している。したがって、人間の耳に伝達される物理的な音のスペクトルは、この実線で示されたグラフX(f),Y(f)を足し合わせたものになる。ところが、人間の脳が感じる音のスペクトルは、実線で示されたグラフとは異なるものになる。すなわち、上述した音脈分凝の現象により、音源Xの音が意味のある音脈として認識されるため、心理的には、実線グラフX(f)ではなく、破線グラフX(f)′のように強調されて聞こえることになる。
【0076】
結局、この図4(c) に示す例の場合、物理的には、実線で示すスペクトルX(f)をもった音と実線で示すスペクトルY(f)をもった音との合成音が人間の耳に提示されているにもかかわらず、心理的には、破線で示すスペクトルX(f)′をもった音と実線で示すスペクトルY(f)をもった音との合成音が聞こえるように感じる。すなわち、人間の脳には、音源Xからの音のエネルギーが実際よりも大きく感じられることになる。
【0077】
この音脈分凝の現象は、音源Xからの音が、ブロードなスペクトルをもった背景となる雑音(音源Yからの音、この例では、ホワイトノイズ)とともに提示されることによって起こる現象であるが、2つの音は、必ずしも時間的に同時に提示されなくてもよいことが知られている。図5は、このような実験結果を示すグラフである。
【0078】
いま、図5(a) に示すような波形をもった途切れ途切れの音を人為的に作成する。図示の例は、人間のしゃべり声を360ms単位の周期に分け、前半周期(180ms)はそのままとして、後半周期(180ms)は無音部分とする加工を施したものである。このような音を人間に聞かせると、無音部分によって音脈が分断され、内容を十分に聞き取ることはできない。ところが、後半周期(180ms)の無音部分をホワイトノイズに置換して、図5(b) に示すような波形をもった信号を作成し、これを人間に聞かせると、無音部分の音脈が補間され、内容を聞き取ることができるようになる。もちろん、後半周期には、本来のしゃべり声の情報は含まれていないが、ここにホワイトノイズを挿入することにより、脳が音脈を補間しやすい環境が醸成されたものと考えられる。
【0079】
このように、脳が音脈補間機能を有することは、音楽の分野でも古くから知られている。たとえば、図6(a) に示すような音符を順に演奏した場合を考える。ここで、上段の音符と下段の音符とは、互いに1オクターブ程度離れているものとし、時間軸上で、上段の音符と下段の音符とが交互に演奏される楽譜になっているものとする。この場合、実際に演奏されているのは、図6(a) に示すとおりの単旋律の音楽であるにもかかわらず、脳によって聴取される音は、図6(b) に示すような複旋律の音楽になることが知られている。すなわち、実際に演奏されている音符は、図6(b) の黒音符だけであるが、脳は勝手に図の白音符を補間することにより、上段の旋律と下段の旋律とが同時に演奏されているかのような認識を行うことになる。
【0080】
このように、音楽の分野における音脈分凝は、音楽家の間では古くから知られている現象であり、たとえば、バッハ作曲の「無伴奏バイオリン・パルティータNo.3」などの楽曲には、この音脈分凝の効果が活用されている。この図6に示す例の場合、ホワイトノイズなどの雑音成分の付加は行われていないが、図4,図5の例に示すとおり、ホワイトノイズなどのブロードな周波数特性を有する雑音成分を付加することにより、音脈分凝の効果は更に高まるものと考えられる。
【0081】
本発明では、人間の耳に伝達される合成音波のスペクトルを、人間が不快には感じない「目標雑音信号W」のスペクトルに近づけるとともに、更に、この「目標雑音信号W」に、人間が心地良く感じる「オーディオ信号A」の成分が加わるようにすることにより、騒音の快音化を効果的に図ることができる。
【0082】
<<< §3. 本発明に係る快音化方法の基本手順 >>>
ここでは、図7の流れ図に基づいて、本発明に係る快音化方法の基本手順を説明する。この快音化方法は、騒音源が発生する騒音に対して快音化を図る方法であり、図示のとおり、前半の準備段階と後半の快音化段階とによって構成されている。準備段階は、差分信号D(差分信号データDd)を生成するための段階である。一方、図7後半の快音化段階は、準備段階で用意された差分信号Dをオーディオ信号Aとともにスピーカから出力することにより、特定の騒音源10が発生する騒音信号Nを快音化する段階である。
【0083】
前半の準備段階は、騒音信号採取段階S1,騒音平均スペクトル算出段階S2,オーディオ信号採取段階S3,目標雑音設定段階S4,差分信号生成段階S5によって構成される。
【0084】
ステップS1の騒音信号採取段階は、特定の騒音源10が発生する騒音信号Nを採取する段階である。たとえば、図3に示す例の場合、騒音源10となるヘアードライヤーの近傍に騒音収録マイクを配置し、ヘアードライヤーの動作音を録音すればよい。録音した騒音は、デジタルデータの形式で保存しておくようにする。
【0085】
続くステップS2の騒音平均スペクトル算出段階は、ステップS1で採取した騒音信号Nの所定時間(サンプル期間)内の平均周波数分布に基づいて騒音平均スペクトルNav(f)を求める処理を行う段階である。たとえば、10秒間とか、5分間というように、予め平均をとるサンプル期間を定めておき、採取した騒音信号Nをフーリエ変換することにより得られるスペクトルの当該サンプル期間に関する平均を求める処理を行えばよい(符号「av」は、このようなサンプル期間における平均であることを示す)。
【0086】
サンプル期間は、騒音の時間変動周期を考慮して適宜決定すればよい。たとえば、ヘアードライヤーが騒音源である場合は、通常、さほどの騒音変動はみられないので、10秒間程度のサンプル期間を設定しておけば十分である。ただし、ヘアードライヤーの送風モードは温風・冷風・強風など複数用意されている場合があり、送風モードごとに騒音信号Nの特性が異なるため、送風モードを変化させた場合は、図7の一連の準備段階をやり直す必要がある。実際には、予め各送風モードに対応した複数の差分信号Dを準備しておくという運用方法をとることもできる。
【0087】
図8(a) は、このようにして得られた騒音平均スペクトルNav(f)の一例を示すグラフであり、横軸に周波数f、縦軸に個々の周波数fに対応するエネルギー値が示されている。このように、任意の音について、所定時間内の平均フーリエ変換スペクトルを算出する技術は、古くから行われている公知の技術であり、ここでは具体的な演算処理についての説明は省略する。
【0088】
一方、ステップS3のオーディオ信号採取段階は、オーディオ源が発生するオーディオ信号Aを採取する段階である。このオーディオ信号Aの採取も、騒音信号Nの採取と同様に、マイクによる収録作業で行うことも可能であるが、実際には、オーディオ源から直接採取する方法をとるのが好ましい。§1で述べたとおり、本発明で用いるオーディオ信号Aは、騒音信号N(および差分信号D)とともに人間に聞かせる可聴周波数域の音であり、人間が心地良く感じる音であれば、どのような信号を用いてもかまわない。
【0089】
ただ、実用上は、CDに収録された、あるいは、ネットワーク経由で配信された音楽のデジタルデータをオーディオ源として用いるケースが一般的であろう。その場合は、当該デジタルデータをそのままオーディオ信号データAdとして読み込めばよい。また、オーディオ源として、アナログ録音テープを用いる場合は、アナログ信号をデジタル信号に変換して取り込めばよい。なお、ステレオのオーディオ源の場合は、左右の音の合算値を用いてモノラル化して用いるようにする。
【0090】
図8(b) は、このようにして採取されたオーディオ信号Aについて、時間軸上に設定された第k番目(k=1,2,3... )の区間の周波数分布を示すオーディオ区間複素スペクトルA(k,f)の一例を示すグラフである。ここで、|A(k,f)|は、複素スペクトルA(k,f)のノルム(大きさ)を意味する。図8(a) と同様に、横軸に周波数f、縦軸に個々の周波数fに対応するエネルギー値(ノルム)が示されている。図8(a) に示す騒音平均スペクトルNav(f)が、所定のサンプル期間内の平均周波数分布を示すスカラースペクトルであるのに対して、図8(b) に示すオーディオ区間複素スペクトルA(k,f)は、区間kの関数でスペクトルが複素数の値で位相情報をもつ周波数分布を示す。別言すれば、図8(b) に例示したオーディオ区間複素スペクトルA(k,f)は大きさと位相(図示していない)が時間とともに変動してゆくことになる。
【0091】
続くステップS4の目標雑音設定段階では、所定の目標雑音Wの周波数分布を示す目標雑音スペクトルW(f)が設定される。本発明において、目標雑音Wは、人間の耳に到達する合成音波の周波数特性を近づける目標となる音であり、人間が不快に感じない雑音であれば、どのような雑音を用いてもかまわない。ここでは、目標雑音Wとしてホワイトノイズ(白色雑音)を用いた実施例を説明する。ホワイトノイズは、広い周波数域にわたって各周波数成分が均一に含まれているノイズであり、そのスペクトルは、図8(c) に示すように、各周波数について同一のエネルギー値を示すグラフになる。なお、非可聴周波数域の特性は発明の作用に直接影響しないので、少なくとも可聴周波数域にわたって同一のエネルギー値を示すスペクトルをもったホワイトノイズを用いれば十分である。
【0092】
ここで述べる実施例の場合、可聴周波数域にわたって同一のエネルギー値が定常的に維持される定常スペクトルを、目標雑音スペクトルW(f)として設定している。すなわち、図8(c) に示す目標雑音スペクトルW(f)は、時間的に不変な定常スペクトルになり、時間が経過しても、このスペクトルのグラフは変化しない。もちろん、この場合、時間が経過しても変化しないのは、あくまでも雑音信号のスペクトル(周波数次元のグラフ)であり、雑音信号自体が時間的に全く変化しないわけではない。雑音信号の波形(時間次元のグラフ)は、絶えずランダムな変化を繰り返している。
【0093】
そして、準備段階の最後の段階であるステップS5では、差分信号Dを生成する差分信号生成段階が行われる。差分信号Dを生成する処理は、ステップS2で算出した騒音平均スペクトルNav(f)と、ステップS3で採取したオーディオ信号Aと、ステップS4で設定した目標雑音スペクトルW(f)と、を用いた差分演算によって行われる。具体的には、時間軸上に複数の区間を設定し、オーディオ信号Aの第k番目(k=1,2,3... )の区間における周波数分布を示すオーディオ区間複素スペクトルA(k,f)を区間kの関数として求め、|D(k,f)|=W(f)−Nav(f)−|A(k,f)|なる差分演算によって、差分スペクトルD(k,f)を区間kの関数として算出する。ここで、|A(k,f)|はA(k,f)のノルム(大きさ)、|D(k,f)|はD(k,f)のノルムである。そして、この差分スペクトルD(k,f)を時間軸に逆変換したD(k)を時間軸上で合成して差分信号Dを生成する処理を行えばよい。
【0094】
なお、エネルギー値|D(k,f)|が負になるスペクトルは存在しないので、上記差分演算において、特定の周波数値fについて、|D(k,f)|<0となった場合には、便宜上、|D(k,f)|=0とする置換を行うようにすればよい。このような置換により、§4で述べる基本原理からは多少逸脱しても、騒音を快音化するという本発明の作用効果が著しく損なわれることはない。したがって、実際には、実際には、|D(k,f)|<0となることが多少発生しても、人間がうるさく感じないように、必要十分な最小限のエネルギー値をもった目標雑音スペクトルW(f)を設定しておくのが好ましい。
【0095】
図9は、この差分信号生成段階(ステップS5)で行われる具体的な演算処理を示すグラフである。騒音平均スペクトルNav(f)は、既にステップS2で算出されており、目標雑音スペクトルW(f)は、既にステップS4で設定されているので、ステップS5では、オーディオ信号Aに対してフーリエ変換を行うことにより、オーディオ区間複素スペクトルA(k,f)を求め、演算器90によって、|D(k,f)|=W(f)−Nav(f)−|A(k,f)|なる差分演算を行い、差分区間複素スペクトルD(k,f)を求める処理が行われる。
【0096】
ここで、Nav(f)は、時間によらず常に一定のスカラースペクトルであり、W(f)も、ここに示す実施例では、定常スペクトルであるが、A(k,f)は、区間の関数として与えられる複素スペクトルであり、大きさと位相が時々刻々と変化する。したがって、この図9に示す差分演算は、時間軸上の所定の区間(フレーム)で繰り返し実行されることになる。§6で詳述する例の場合、約0.1sec 間隔で個々の区間が設定される。したがって、この場合、約0.1sec おきの区間ごとに、それぞれ差分区間複素スペクトルD(k,f)が得られる。このように、差分区間複素スペクトルD(k,f)は区間の関数として与えられる。
【0097】
こうして、差分区間複素スペクトルD(k,f)が得られたら、これを逆フーリエ変換し、差分区間信号D(k)を求めればよい。差分信号Dは、差分区間信号D(k)を時間軸上で合成した信号で与えられる。上例の場合、約0.1sec おきの区間ごとに逆フーリエ変換した波形が得られ、これらを時間軸上で順次合成することにより、オーディオ信号Aと同じ再生時間をもった差分信号D(実際には、デジタルデータの形式の差分信号データDd)が得られることになる。なお、このような逆フーリエ変換の方法も、古くから行われている公知の技術であり、ここでは具体的な演算処理についての説明は省略する。
【0098】
このステップS5で実行されるフーリエ変換処理や逆フーリエ変換処理は、実際にはデジタル演算によって行われる処理であるため、図9に示す各スペクトルNav(f),|A(k,f)|,W(f),|D(k,f)|は、いずれも周波数f軸上に設定された離散的な周波数について、それぞれエネルギー値を示すデータの集合によって構成されている。具体的には、ここに示す実施形態の場合、f=0〜22.05kHzという周波数軸上の範囲(可聴域の周波数範囲)に2048個の離散的な周波数を設定し、これら各周波数についてそれぞれエネルギー値を定義した演算を行っている。したがって、各スペクトルNav(f),|A(k,f)|,W(f),|D(k,f)|の実体は、これら2048通りの離散的な周波数について、それぞれエネルギー値を対応づけたデータの集合ということになる。
【0099】
したがって、演算器90によって実行される加算および減算も、実際には、これら離散的な周波数値のそれぞれについて実行される。たとえば、2048通りの周波数値の中の第j番目の離散値については、|D(k,j)|=W(j)−Nav(j)−|A(k,j)|なる差分演算が行われることになる。これにより、D(k,j)のスカラー値が決定したら、差分区間複素スペクトルD(k,f)の複素数値は次のように算出できる。差分区間複素スペクトルD(k,f)の位相とオーディオ信号の区間複素スペクトルA(k,f)の位相は変化しないとすれば、D(k,f)/|D(k,f)|=A(k,f)/|A(k,f)|が成立し、A(k,f)の実部をRe{A(k,f)}とすれば、D(k,f)の実部はRe{D(k,f)}=Re{A(k,f)}・|D(k,f)|/|A(k,f)|で与えられ、A(k,f)の虚部をIm{A(k,f)}とすれば、D(k,f)の虚部はIm{D(k,f)}=Im{A(k,f)}・|D(k,f)|/|A(k,f)|で与えられる。D(k,j)の複素数値が決定したら、フーリエ逆変換により、時系列の差分区間信号D(k)を算出でき、全ての区間において差分区間信号D(k)を時間軸上で合成すれば差分信号Dを算出できる。
【0100】
こうして、差分信号D(差分信号データDd)が得られたら、前半の準備段階は完了である。この前半の準備段階(騒音信号採取段階S1,騒音平均スペクトル算出段階S2,オーディオ信号採取段階S3,目標雑音設定段階S4,差分信号生成段階S5)は、実際には、コンピュータに専用の処理プログラムを組み込み、これを実行させることにより行うことができる。
【0101】
続く後半の快音化段階では、得られた差分信号Dをオーディオ信号Aとともに、スピーカから騒音信号Nに重ねて出力するオーディオ出力段階(ステップS6)が実行される。図3に示す実施形態の場合、人間の耳80には、オーディオ信号Aと差分信号Dとを重畳した重畳オーディオ信号A*が、騒音信号Nとともに到達することになる。
【0102】
この図7に示す基本手順における前半の準備段階と、後半の快音化段階とは、密接に関わりあっている。すなわち、前半の準備段階で作成された差分信号Dは、汎用性のある信号ではなく、ステップS1で採取した特定の騒音信号NとステップS3で採取した特定のオーディオ信号Aに組み合わせて利用することを前提とした固有の信号になる。したがって、後半の快音化段階では、当該特定の騒音信号Nを快音化の対象となる騒音として、当該特定のオーディオ信号Aとともに当該固有の差分信号Dをスピーカから出力する必要がある。別言すれば、本発明の作用効果は、人間の耳に対して、これら特定の騒音信号N、特定のオーディオA、固有の差分信号Dという組み合わせからなる合成音波を与えることにより奏されることになる。
【0103】
したがって、実用上は、準備段階において、騒音信号採取段階S1、騒音平均スペクトル算出段階S2、オーディオ信号採取段階S3、目標雑音設定段階S4、差分信号生成段階S5、を実行し、快音化の対象となる特定の騒音について、予め固有の差分信号Dを作成し、これを保存しておくようにすればよい。そして、準備段階に後続する快音化段階において、準備段階において用いたオーディオ信号Aと準備段階において生成された差分信号Dを用いて、オーディオ出力段階を行えばよい。
【0104】
騒音源10が発生する騒音信号Nに変わりがなければ、準備段階を1回だけ行って差分信号Dを作成しておけば、同じ差分信号Dを用いて、オーディオ出力段階を何回でも繰り返し行うことができる。また、前述したように、温風・冷風・強風など、複数の送風モードが用意されているヘアードライヤーを騒音源10とする場合には、それぞれのモードごとに準備段階を行い、モードごとに異なる騒音信号Nを採取して、モードごとに異なる差分信号Dを生成しておけばよい。快音化段階では、実際のヘアードライヤーの動作モードに応じて、対応する差分信号Dを選択して出力すればよい。
【0105】
同様に、オーディオ信号Aとして利用する楽曲が異なる場合にも、それぞれの楽曲ごとに準備段階を行い、楽曲ごとに異なる差分信号Dを生成しておけばよい。快音化段階では、実際にオーディオ信号Aとして出力する楽曲に対応した差分信号Dを選択して出力すればよい。
【0106】
<<< §4. 本発明に係る快音化方法の基本原理 >>>
ここでは、§3で述べた基本手順に従った方法により、騒音に対する快音化が可能になる基本原理を説明する。図3に示すように、本発明に係る快音化装置からは、重畳オーディオ信号A*が音波として出力され、人間の耳80には、騒音源10からの騒音信号Nとともに、重畳オーディオ信号A*が到達することになる。ここで、重畳オーディオ信号A*は、オーディオ信号Aに差分信号Dを重畳した信号であるから、結局、人間の耳80に伝達される音波は、図10に示すように、騒音信号N、オーディオ信号A、差分信号Dの合成波ということになる。しかも、差分信号Dは、目標雑音信号W(この例ではホワイトノイズ)の周波数成分から、騒音信号Nの周波数成分とオーディオ信号Aの周波数成分とを差し引いた差分に相当する周波数成分をもった信号であるため、騒音信号N、オーディオ信号A、差分信号Dの合成波の周波数成分は、目標雑音信号Wに近似したものになる。
【0107】
いま、人間の耳80まで伝達される合成音波信号をZとし、その時間平均スペクトルをZ(f)とすると、
Z(f)=N(f)+|A*(k,f)| (1)
が成り立つ。ここで、N(f)は騒音信号Nの時間平均スペクトルであり、A*(k,f)は区間kにおける重畳オーディオ信号A*の複素スペクトルである。重畳オーディオ信号A*は、オーディオ信号Aに差分信号Dを重畳した信号であるから、その複素スペクトルA*(k,f)は、オーディオ信号AのスペクトルA(k,f)に差分信号DのスペクトルD(k,f)をスカラー的に加え合わせたものになる。すなわち、
|A*(k,f)|=|A(k,f)|+|D(k,f)| (2)
が成り立つ。
【0108】
そこで、式(2)を式(1)に代入すれば、
Z(f)=N(f)+|A(k,f)|+|D(k,f)| (3)
が得られる。ところで、差分区間複素スペクトルD(k,f)は、図9に示されているとおり、
|D(k,f)|=W(f)−Nav(f)−|A(k,f)| (4)
なる差分演算によって求められたスペクトルである。そこで、式(4)を式(3)に代入すれば、次の式(5)が得られる。
Z(f)=N(f)+|A(k,f)|
+W(f)−Nav(f)−|A(k,f)| (5)
ここで、N(f)=Nav(f)とすれば、
Z(f)=W(f) (6)
を得る。
【0109】
上記式(6)は、図10において、人間の耳80まで伝達される合成音波信号Zの時間平均スペクトルZ(f)が、目標雑音信号WのスペクトルW(f)に等しくなることを示している。したがって、たとえば、目標雑音信号Wとしてホワイトノイズを用いたとすれば、合成音波信号Zは、図8(c) に示すような周波数成分をもった信号になる。一般に、ホワイトノイズは人間にとって心地良い音として聞こえる雑音であり、騒音信号Nの快音化が行われたことになる。
【0110】
もっとも、上記式(6)は、N(f)=Nav(f)との仮定の下で得られた式であり、実際には、N(f)はNav(f)に正確には一致しない。既に述べたとおり、N(f)は、騒音源10が発生する騒音信号Nのスペクトルであり、図7の手順のオーディオ出力段階S6(快音化段階)においてリアルタイムで得られ、時々刻々と変化してゆくスペクトルになる。これに対して、Nav(f)は、図7の手順の騒音信号採取段階S1(準備段階)でサンプルとして採取された騒音信号Nの時間平均スペクトルである。しかしながら、発生する騒音信号NのスペクトルN(f)が、時間的にそれほど大きな変動を生じない騒音源であれば、快音化段階においてリアルタイムで得られる騒音スペクトルN(f)は、準備段階で求めた騒音平均スペクトルNav(f)に近似すると考えてよい。
【0111】
したがって、一般的な騒音源(騒音スペクトルN(f)が時間的に大きく変動しない騒音源)の場合、近似的に上記式(6)が成り立つことになり、人間の耳80まで伝達される合成音波信号Zの時間平均スペクトルZ(f)は、目標雑音信号WのスペクトルW(f)に近似する。目標雑音信号Wとしてホワイトノイズを用いれば、騒音信号Nのホワイトノイズ化が図れることになる。これが本発明に係る快音化方法の基本原理である。
【0112】
以上、人間の耳80まで伝達される合成音波信号ZのスペクトルZ(f)を、目標雑音信号WのスペクトルW(f)に近づけることにより快音化を図る原理を説明したが、本発明では、更に、§2で述べた音脈分凝の効果を利用して、快音化を更に向上させることが可能である。その基本原理を、以下に式を用いて説明する。
【0113】
図10に示すとおり、スピーカ220から出力される重畳オーディオ信号A*は、オーディオ信号Aに差分信号Dを重畳した信号であり、これまでの説明では、その重畳比率は1:1に設定されていた。この場合、重畳オーディオ区間複素スペクトルA*(k,f)は、
|A*(k,f)|=|A(k,f)|+|D(k,f)| (7)
なる式で与えられることになる。ここでは、この重畳比率を、G:1(但し、G>1)に設定した場合を考えてみよう。すなわち、オーディオ信号Aの比率が、差分信号Dの比率よりも若干大きく設定されることになる。この場合、重畳オーディオ区間複素スペクトルA*(k,f)は、
|A*(k,f)|=G・|A(k,f)|+|D(k,f)|
(但し、G>1) (8)
になる。
【0114】
この式(8)に、式(4)を代入すれば、
|A*(k,f)|
=W(f)+(G−1)・|A(k,f)|−Nav(f) (9)
が得られ、この式(9)を式(1)に代入すれば、次の式(10)が得られる。
Z(f)=W(f)+(G−1)・|A(k,f)|
+N(f)−Nav(f) (10)
ここで、N(f)=Nav(f)とすれば、
Z(f)=W(f)+(G−1)・|A(k,f)| (11)
を得る。
【0115】
上記式(11)は、N(f)=Nav(f)との仮定の下で得られた式であるが、前述したとおり、発生する騒音信号NのスペクトルN(f)が、時間的にそれほど大きな変動を生じない騒音源であれば、式(11)は近似的に成り立つ式になる。この式(11)が意味するところは、人間の耳80まで伝達される合成音波信号ZのスペクトルZ(f)は、目標雑音信号WのスペクトルW(f)に(G−1)・A(k,f)なる複素スペクトルの大きさを加えたスペクトルに近似する、ということである。ここで、A(k,f)は、区間kにおけるオーディオ区間複素スペクトルであり、Gは、G>1なる倍率係数であるから、結局、合成音波信号Zは、目標雑音信号Wに、ゲインを(G−1)倍にしたオーディオ信号Aを加えた信号に近似することになる。
【0116】
ここで、オーディオ信号Aとして、音声や音楽の信号を用いれば、人間の脳は音脈を認識することができるので、§2で述べた音脈分凝の効果が生じることになる。すなわち、オーディオ区間複素スペクトルA(k,f)を、その時間的な変動を無視して平均化し、これを図4(a) に示す音源XのスペクトルX(f)と考え、目標雑音スペクトルW(f)を、図4(b) に示す音源YのスペクトルY(f)と考えれば、図4(c) に示すように、音脈分凝による心理的効果によって、人間の脳には、音源Xの音、すなわち、オーディオ信号Aが強調して聞こえることになる。結局、人間にとって心理的に聴取される音は、オーディオ信号Aが主成分となり、目標雑音Wはその存在が気にならなくなる。もちろん、騒音信号Nの存在も気にならなくなる。
【0117】
このような音脈分凝の効果を付加するには、図3に示す信号重畳部120が、オーディオ信号データAdと差分信号データDdとに基づいて、重畳オーディオ信号データA*dを作成する際に、重畳比率を1:1にするかわりに、G:1(但し、G>1)とすればよい。音脈分凝による心理的効果が加われば、騒音源を更に効果的に快音化することが可能になる。
【0118】
ところで、式(1)〜(11)の各項は、所定のスペクトルのエネルギー値を示す変数であるが、上述した原理による快音化を図るためには、いずれも人間の耳80に到達した時点の音波のエネルギー値を基準にする必要がある。たとえば、式(1)における騒音スペクトルN(f)のエネルギー値は、騒音源10から離れれば離れるほど減衰する。また、重畳オーディオスペクトルA*(f)のエネルギー値は、実際には、図3に示す装置のオーディオアンプ210の信号増幅率およびスピーカ220からの距離に依存して定まる。また、式(4)における騒音平均スペクトルNav(f)のエネルギー値は、騒音信号採取段階(ステップS1)での騒音信号Nの採取場所に応じて異なる。
【0119】
このように、式(1)〜(11)において、同じ変数名で示される項であっても、エネルギー値の音圧計測基準が異なっていると、上述した原理に基づく正しい快音化を行うことはできない。たとえば、式(2)における|A(k,f)|は快音化段階で出力されるオーディオ信号Aのエネルギー値を示すものであるが、式(4)における|A(k,f)|は準備段階で差分信号Dを生成する際に用いたスペクトルのエネルギー値を示すものである。同様に、式(1)におけるN(f)は快音化段階で発生する騒音信号Nのエネルギー値を示すものであるが、式(4)におけるNav(f)は準備段階で差分信号Dを生成する際に用いたスペクトルのエネルギー値を示すものである。これらの音圧計測基準が異なっていると、同じ変数名の項でありながら、値が異なってしまうので、式(6)や式(11)を導くことはできない。
【0120】
マイクロフォンで収録した音響信号の音圧校正方法として、1000Hzを基準として周波数別にヒト聴覚感度の大小をプロットした等ラウドネス曲線(FletcherとMunsonによる実験、1930)を用いた聴感特性(A特性)に近づける正規化手法(ラウドネス補正)が一般に行われる。本願で提案する補正手法に、このような正規化手法に加えることもできる。これを適用すると、ヒトの聴覚感度が低い周波数帯では|A(k,f)|が大きくなり、ヒトの聴覚感度が高い周波数帯では|A(k,f)|が小さくなるため、快音化効果を維持しながら、より静かになるように制御することができる。
【0121】
したがって、実際には、何らかの基準を決め、音圧計測基準を統一する補正を行う必要がある。たとえば、図10に示す例のように、騒音源10とスピーカ220とが接近して配置されている場合には、これらの近傍位置に観測点Pを設定し、この観測点Pにおいて得られる実際の音圧レベルを基準とした補正を行うことができる。すなわち、騒音信号Nについては、騒音源10の直近の観測点Pにおけるエネルギー値を基準とし、重畳オーディオ信号A*(オーディオ信号Aと差分信号D)については、スピーカ220の直近の観測点Pにおけるエネルギー値を基準とする補正を行うことになる。
【0122】
この場合、図7の手順におけるステップS5の差分信号生成段階では、この観測点Pにおいて得られる実際の音圧レベルを基準としてNav(f)および|A(k,f)|を補正して差分演算を行い、ステップS6のオーディオ出力段階では、差分信号Dについては、観測点Pにおける音圧レベルが当該補正に応じた音圧レベルとなるように出力し、オーディオ信号Aについては、観測点Pにおける音圧レベルが当該補正に応じた音圧レベル以上(上述したように、倍率係数Gを、G=1もしくはG>1に設定する)となるように出力すればよい。
【0123】
より具体的に説明すれば、ステップS5で「|D(k,f)|=W(f)−Nav(f)−|A(k,f)|」なる差分演算を行う場合に、Nav(f)のエネルギー値は、観測点Pにおける騒音信号Nのエネルギー値を基準とした尺度とし、A(k,f)のエネルギー値は、スピーカからオーディオ信号Aを出力した場合に観測点Pにおいて得られるエネルギー値を基準とした尺度とすればよい。また、W(f)のエネルギー値は、|D(k,f)|の値ができるだけ負の値にならないような所定値に設定すればよい(前述したとおり、|D(k,f)|<0となる場合には、|D(k,f)|=0とする置換が行われる)。一方、ステップS6のオーディオ出力段階では、観測点Pにおいて、上記尺度のエネルギー値をもったオーディオ信号Aが得られ、これに応じた尺度の差分信号Dが得られるように、オーディオ信号Aおよび差分信号Dの出力を行えばよい。
【0124】
また、§2で述べた音脈分凝効果を更に付加する場合は、オーディオ信号Aを、観測点Pにおける音圧レベルが上記尺度に応じた音圧レベルのG倍となるように出力すればよい。別言すれば、所定の観測点Pにおいて観測される、騒音源が発生する騒音信号Nの時間平均スペクトルをNav(f)、目標雑音Wのスペクトル(時間的に不変な定常スペクトル)をW(f)、オーディオ信号Aのスペクトル(時間の関数となるスペクトル)をA(k,f)、所定の倍率係数をG(但し、G>1)としたときに、式(9)に示すとおり、|A*(k,f)|=(G−1)・|A(k,f)|+W(f)−Nav(f)で与えられるスペクトルA*(k,f)を区間kの関数としてもつ信号を、スピーカから、騒音信号Nに重ねて出力すればよい。
【0125】
もっとも、本発明の本来の目的は、人間の耳80の位置における合成音波信号ZのスペクトルZ(f)を目標雑音スペクトルW(f)に近づけることにあるので、理論的には、図10に示すように、人間の耳80の予想位置に観測点Qを設定し、この観測点Qにおいて得られる実際の音圧レベルを基準とした補正を行うのが理想的である。したがって、本発明を実施する環境において、快音化の恩恵を受ける人間の位置が特定できる場合には、当該人間の位置(より正確には、当該人間の耳の位置)に観測点Qを設定して、上記補正を行うようにすればよい。
【0126】
もちろん、実際の快音化段階では、人間の位置が観測点Qから外れていたとしても、騒音源10の位置とスピーカ220の位置とが接近していれば、騒音信号N,オーディオ信号A,差分信号Dの各信号成分が空間上を伝播してゆく上での音圧レベルの減衰率はほぼ同じになるので、観測点Q以外の位置に人間の耳80があった場合でも、理論的には問題は生じない。
【0127】
なお、数式(1)から(11)で示される理論が正確に実践されなくても、人間の耳に伝わる合成音波信号ZのスペクトルZ(f)を目標雑音スペクトルW(f)に近づける効果が完全に失われるわけではないので、本発明を実施する上で、上述した音圧基準の補正が正確に行われなかったとしても、快音化の効果は得られる。したがって、実用上は、ユーザが適宜、重畳オーディオ信号A*をスピーカから出力する際に、十分な快音化の効果が得られるように、その音量調整を行うようにすれば十分である。
【0128】
また、騒音源10が発生する騒音信号Nの音圧レベルが時間的に変動するような場合は、オーディオ出力段階S6で、騒音源10が発生する騒音信号Nの音圧レベルを測定し、その測定結果に基づいて、スピーカから出力されるオーディオ信号Aおよび差分信号Dの音圧レベルを自動調整することもできる。
【0129】
<<< §5. 本発明に係る快音化装置の具体的構成例 >>>
本発明に係る快音化装置は、図3に示すとおり、騒音源10が発生する騒音に対して快音化を図る機能を有しており、オーディオ信号供給部100とオーディオ出力部200とによって構成されている。
【0130】
ここで、オーディオ信号供給部100は、オーディオ信号Aを発生させるためのオーディオ信号データAdを格納したオーディオ信号データ格納部110と、所定の差分信号Dを発生させるための差分信号データDdを格納した差分信号データ格納部130と、オーディオ信号データAdと差分信号データDdとに基づいて、オーディオ信号Aと差分信号Dとを重畳した重畳オーディオ信号A*を発生させるための重畳オーディオ信号データA*dを生成する信号重畳部120と、この重畳オーディオ信号データA*dに基づいて、重畳オーディオ信号A*を再生する重畳オーディオ信号再生部140と、を有する。これらの各構成要素はデジタル信号を処理するデバイスによって構成され、オーディオ信号供給部100は、全体としてデジタルユニットを構成する。ただ、重畳オーディオ信号データ再生部140は、重畳オーディオ信号A*をアナログオーディオ信号としてオーディオ出力部200に対して出力する機能を有する。
【0131】
なお、重畳オーディオ信号データ再生部140には、必要に応じて、外部から与えられた再生停止指示に基づいて、重畳オーディオ信号A*の再生を停止する機能をもたせておくことができる。ユーザは、重畳オーディオ信号A*の再生による騒音低減が不要と考えたときには、重畳オーディオ信号再生部140に対して再生停止指示を与えればよい。もちろん、重畳オーディオ信号再生部140は、ユーザから再生開始指示が与えられた場合、再び重畳オーディオ信号A*の再生を開始できる。このとき、再生停止を行った時点で、重畳オーディオ信号データA*d上の再生停止位置を記憶する機能を設けておけば、再生開始指示が与えられたときに、当該再生停止位置から続きを再生することが可能になる。
【0132】
一方、オーディオ出力部200は、オーディオアンプ210とスピーカ220とを有し、重畳オーディオ信号再生部140で再生された音をスピーカから出力する機能を果たすアナログユニットである。結局、デジタルユニット100は、重畳オーディオ信号A*をアナログ信号の形で、このアナログユニットに対して供給する役割を果たすことになる。
【0133】
ここで、差分信号データ格納部130内に格納されている差分信号D(差分信号データDd)は、特定の騒音源10(この例の場合、特定のヘアードライヤー)が発生する騒音信号Nおよびオーディオ信号データ格納部110内に格納されている特定のオーディオ信号A(オーディオ信号データAd)との組み合わせを前提として作成された固有の信号である。そして、既に述べたとおり、
W(f):所定の目標雑音W(これまで述べた実施例の場合、ホワイトノイズ)の周波数分布を示す目標雑音スカラースペクトル(時間的に不変な定常スペクトル)、
A(k,f):オーディオ信号データ格納部110内にデータAdとして格納されているオーディオ信号Aの周波数分布を区間kの関数として示すオーディオ区間複素スペクトル、
Nav(f):騒音源10が発生する騒音信号Nの所定時間内の平均周波数分布を示す騒音平均スカラースペクトル、
D(k,f):差分信号Dの周波数分布を区間kの関数として示す差分区間複素スペクトル、
としたときに、式「|D(k,f)|=W(f)−Nav(f)−|A(k,f)|」が成り立つ。
【0134】
結局、この図3に示す快音化装置(ユニット100&200)は、特定のヘアードライヤー(騒音源10)が発生する騒音を快音化するために特化した装置ということになり、このヘアードライヤーと組み合わせて利用することが前提になる。
【0135】
図11(a) は、この快音化装置の利用形態の一例を示す正面図である。図の左側には騒音源10(ヘアードライヤー)が示され、右側には、本発明に係る快音化装置(ユニット100&200)が示されている。この快音化装置は、2枚のCD媒体を同時に装填し、同時に再生する機能をもった装置として構成されている。たとえば、第1のCD媒体にオーディオ信号データAdを収録しておき、第2のCD媒体に差分信号データDdを収録しておくようにすれば、これらのデータAd,Ddを重畳して、重畳オーディオ信号データA*dを作成し、スピーカから重畳オーディオ信号A*を出力することができる。この場合、装填された第1のCD媒体が、オーディオ信号データ格納部110として機能し、このCD媒体に収録された楽曲データが、オーディオ信号データAdとして機能する。また、装填された第2のCD媒体が、差分信号データ格納部130として機能し、このCD媒体に収録されたデータが、差分信号データDdとして機能する。
【0136】
このような快音化装置(ユニット100&200)を騒音源10(ヘアードライヤー)の近傍に配置すれば、ユーザに対して、騒音信号Nとともに重畳オーディオ信号A*を聞かせることができる。これにより、騒音の快音化が図れる点は、既に説明したとおりである。もちろん、CD媒体の代わりに、ICメモリやハードディスク装置などを各データの格納部として利用することも可能であり、そのような構成を採れば、装置をより小型化することが可能である。
【0137】
本願発明者は、本発明の効果を確認するために、人間に対して、騒音信号Nとともにオーディオ信号Aのみを聞かせた場合と、騒音信号Nとともに重畳オーディオ信号A*(オーディオ信号Aと差分信号Dとの重畳比率をG:1(G>1)として、音脈分凝効果が生じるようにした信号)を聞かせた場合とを、実際に比較してみる実験を行った。すると、前者の場合は、騒音に混じってオーディオ信号A(歌声)の再生音が聞こえる感じがするのに対して、後者の場合は、騒音や雑音が気にならなくなり、オーディオ信号A(歌声)の再生音が支配的に感じられる結果が得られた。このように、物理的には、騒音にオーディオ信号および差分信号が加わるため、音波のエネルギー量自体は増加することになるが、人間の脳の心理学的特性によって、実際に感じ取られる音はオーディオ信号Aが主成分となり、騒音源を効果的に快音化することが可能になる。
【0138】
このような快音化の方法をとれば、受動消音法のように、騒音源に吸音材などを付加する必要はなく、また、従来の能動消音法のように、高価なリアルタイム信号処理回路も必要ないので、比較的安価な費用で効果的な騒音対策を講じることが可能になる。実際、図11(a) に示す実施形態の場合、快音化装置(ユニット100&200)は、市販のCDプレーヤーやIC音楽プレーヤーに準じた構成で実現することができるため、製造コストは極めて安価である。また、本発明に係る快音化方法は、位相反転波によって騒音を物理的に打ち消すわけではないので、指向性が問われることもなく、室内/室外を問わず、種々の音響空間における騒音を、効果的にかつ低コストで快音化することができる。
【0139】
図11(b) は、本発明に係る快音化装置の別な構成例を示す正面図である。上述したとおり、図3に示す快音化装置(ユニット100&200)は、特定のヘアードライヤー(騒音源10)が発生する騒音を快音化するために特化した装置である。もちろん、発生する騒音の周波数特性が類似した別な装置と組み合わせて利用した場合でも、それなりの快音化効果は期待できるが、基本的には、準備段階で採取した特定の騒音信号Nを発生させる騒音源10と組み合わせて利用するのが前提となる。
【0140】
そこで、図11(b) に示す実施形態では、快音化装置(ユニット100&200)を1つの筐体に収容し、この筐体を、騒音源10であるヘアードライヤーに装着して利用できるようにしている。上述したとおり、ICメモリを各データの格納部として利用すれば、ヘアードライヤーに装着するのに適した小型の快音化装置を実現することができる。図示の例では、ヘアードライヤー10の握り部の下端に、着脱アダプター300を利用して、快音化装置の筐体を装着している。筐体内には、図3に示す装置のデジタルユニット100とアナログユニット200の双方が組み込まれており、筐体内のスピーカ220から重畳オーディオ信号A*が音波として出力されることになる。
【0141】
もちろん、ユニット100とユニット200との双方をヘアードライヤー10に装着する代わりに、一方だけを装着し、他方を別体として近傍に配置してもかまわない。たとえば、デジタルユニット100のみをヘアードライヤー10に装着し、アナログユニット200は室内に設置しておき、再生した重畳オーディオ信号A*をデジタルユニット100からアナログユニット200に対して無線送信するような形態をとることも可能である。あるいは逆に、デジタルユニット100を室内に設置しておき、アナログユニット200をヘアードライヤー10に装着し、重畳オーディオ信号A*を無線送信するような形態も可能である。要するに、図3に示す快音化装置の一部もしくは全部の構成要素を騒音源10に装着するための着脱アダプタ300を設けておけばよい。
【0142】
図11(c) は、本発明に係る快音化装置の更に別な構成例を示す正面図である。この例では、図3に示す快音化装置(ユニット100&200)が、騒音源10であるヘアードライヤーの内部に組み込まれている。図示の例では、ヘアードライヤー10の握り部に内蔵する形態をとっている。したがって、重畳オーディオ信号A*は、この握り部に内蔵されたスピーカ220から出力される。必要に応じて、握り部には、音波を通すための孔部を形成しておくとよい。
【0143】
この図11(c) に示す実施形態は、ユーザの立場から見れば、音楽再生機能付のヘアードライヤーということになる。内蔵された快音化装置の電源を、ヘアードライヤーの電源と連動させておけば、ユーザがヘアードライヤーのスイッチをONにすると、同時に音楽(重畳オーディオ信号A*)が流れる。しかも、当該音楽は、ヘアードライヤーが発生させる騒音を心理的に低減させる作用を有していることになる。
【0144】
もちろん、図11(b) に示す実施形態で説明したように、ユニット100とユニット200との双方をヘアードライヤー10に内蔵する代わりに、一方だけを内蔵し、他方を別体として近傍に配置してもかまわない(図11(b) に示す例と同様に、重畳オーディオ信号A*を無線送信する形態をとればよい)。要するに、図3に示す快音化装置(ユニット100&200)の一部もしくは全部の構成要素が騒音源10に内蔵されているようにすればよい。
【0145】
また、ここでは、騒音源10として、ヘアードライヤーを用いた例を示したが、本発明に係る快音化装置は、電気掃除機、電気シェーバー、エアコン、扇風機、冷蔵庫など、様々な電気製品(電力により駆動する機器)に組み込むことが可能である。この場合も、快音化装置の電源を電気製品の電源に連動させておけば、ユーザにとっての使い勝手が良くなる。要するに、本発明に係る快音化装置の一部もしくは全部の構成要素を電気製品に組み込むようにし、組み込んだ快音化装置が、当該電気製品自身が発生する騒音信号Nを用いて作成された差分信号Dを用いて重畳オーディオ信号A*を発生させるようにすればよい。
【0146】
<<< §6. 差分信号生成段階の詳細プロセス >>>
本発明に係る快音化方法の基本手順は、既に§3において、図7の流れ図を用いて説明した。ここでは、この基本手順の中のステップS5「差分信号生成段階」のより詳細なプロセスを、図12の流れ図を用いて説明する。
【0147】
図7のステップS5で行われる差分信号生成段階の処理は、ステップS2で算出した騒音平均スペクトルNav(f)と、ステップS3で採取したオーディオ信号Aと、ステップS4で設定した目標雑音スペクトルW(f)と、を用い、|D(k,f)|=W(f)−Nav(f)−|A(k,f)|なる差分演算によって、差分区間複素スペクトルの大きさ|D(k,f)|を求め、前述した方法で複素数の実部・虚部の各要素を求め、この差分区間複素スペクトルD(k,f)を前述した方法で時間軸に逆変換し差分信号Dを生成する処理である。
【0148】
§3で述べた実施形態の場合、Nav(f)およびW(f)は、時間によらず常に一定のスペクトルになるが、オーディオ区間複素スペクトルA(k,f)は、区間kの関数として与えられる複素スペクトルであり大きさと位相が時々刻々と変化する。したがって、上記差分演算も、時間軸上の所定の区間(フレーム)ごとに繰り返し実行されることになる。図12の流れ図は、このような繰り返しプロセスを示すものである。
【0149】
まず、ステップS51では、時間軸上に設定された複数の区間の番号を示すパラメータkが初期値1に設定される。以下のステップS52〜S56は、第k番目の区間について実行されるプロセスであり、ステップS57,S58を経てkが更新されながら、ステップS52〜S56のプロセスが繰り返されることになる。
【0150】
ステップS52では、オーディオ信号Aの第k番目(k=1,2,3... )の区間内の信号がオーディオ区間信号a(k,t)(tは時間軸のサンプリング番号、この例の場合、t=0,1,2,..., 4095であり、1区間の時間幅T内に4096個のサンプルが含まれる)として抽出される。図13は、このステップS52で行われる区間信号の抽出処理を例示する図である。図の上段に示されている波形は、オーディオ信号Aの波形であり、横軸に時間t、縦軸に振幅a(k,t)をとって示すものである。実際には、図3に示す装置の場合、オーディオ信号Aは、オーディオ信号データ格納部110内にオーディオ信号データAdというデジタルデータ(ここに示す実施例の場合、サンプリングレート:44.1kHz)の形式で格納されているので、ステップS52の処理は、このオーディオ信号データAdから第k番目の区間に相当する部分データを抽出する処理ということになる。
【0151】
図13に示す例では、時間軸t上に時間幅Tをもった複数の区間(フレーム)が設定されている。図の先頭部分に示されている矩形の内部は、時間幅Tをもった第1番目の区間によって切り出されるオーディオ区間信号a(1,t)を示している。また、ここで述べる方法では、時間幅Tをもった区間を、時間軸上で順にT/2ずつずらして配置することにより複数の区間を設定している。図13の下段には、このようにして各区間から抽出されるオーディオ区間信号の配置が示されている。すなわち、第1番目のオーディオ区間信号a(1,t)に対して、第2番目のオーディオ区間信号a(2,t)は半ピッチ「T/2」だけずれており、第2番目のオーディオ区間信号a(2,t)に対して、第3番目のオーディオ区間信号a(3,t)は半ピッチ「T/2」だけずれており、... 以下、同様である。
【0152】
この例では、時間幅T=4096/44100秒に設定している。これは、もとのオーディオ信号Aが、44.1kHzでサンプリングしたデジタルデータから構成されており、1区間に4096個分のサンプルが含まれるように時間幅Tを設定したためである。したがって、たとえば、オーディオ区間信号a(1,t)は、a(1,0),a(1,2),..., a(1,4095)という各サンプルデータの集合によって構成される。
【0153】
また、各区間からオーディオ区間信号a(k,t)を切り出す際には、いわゆるハニング窓を設定している。このハニング窓は、図14に示すようなハニング関数H(t)で定義されるものであり、各区間から切り出されたオーディオ区間信号a(k,t)には、このハニング関数H(t)が乗ぜられる。すなわち、各区間から切り出した信号に対して、
H(t)=0.5−0.5・cos(2πt/T)
なるハニング関数(但し、0≦t≦T)が乗算される。このような関数で定義されるハニング窓は、図14に示すように、時間幅Tをもった区間の左右両端では0、中央位置では1をとる関数(図の上下両カーブの垂直方向の距離)である。
【0154】
すなわち、区間の左端(t=0)ではH(0)=0,区間の右端(t=T)ではH(T)=0となり、区間中央(t=T/2)ではH(T/2)=1になる。1区間内の4096個分のサンプルのうち、第i番目のサンプルの振幅値には、ハニング関数H(i)が乗算されることになる(ここで、i/4096=t/T)。
【0155】
こうしてハニング窓を設定した第k番目の区間からオーディオ区間信号a(k,t)(ハニング関数を乗じたもの)を切り出す処理が完了したら、続いて、ステップS53において、このオーディオ区間信号a(k,t)に対してフーリエ変換を行い、オーディオ区間複素スペクトルA(k,f)を求める。ここで、「A(k,f)」は、第k番目の区間についてのフーリエ変換スペクトルを示し、値A(k,f)は、第k番目の区間内のオーディオ区間信号(ハニング関数により変形されたもの)に含まれる所定周波数fの複素強度値を示している(エネルギー値は、この複素強度値の2乗和で、その平方根値がノルム値になる)。
【0156】
前述したとおり、ここで述べる実施形態の場合、f=0〜22.05kHzという可聴域の周波数範囲に2048個の離散的な周波数を設定し、これら各周波数についてそれぞれエネルギー値を算出する処理を行っている。なお、実際には、フーリエ変換の演算は、実部と虚部とに分けて行われるので、ここでは、第k番目の区間についての実部のスペクトルを「Re{A(k,f)}」とし、虚部のスペクトルを「Im{A(k,f)}」とする。実際には、実部と虚部の各値は正負の極性をもち、極性は位相表現上において意味があるが、本願における説明では、便宜上、ノルム値|A(k,f)|で図示説明している。
【0157】
続くステップS54では、ステップS53で求められたオーディオ区間複素スペクトルA(k,f)と、図7のステップS2で算出された騒音平均スペクトルNav(f)と、ステップS4で設定された目標雑音スペクトルW(f)と、を用いて、|D(k,f)|=W(f)−Nav(f)−|A(k,f)|なる差分演算を行い、差分区間複素スペクトルの大きさ|D(k,f)|が算出される。
【0158】
実際には、この差分演算は、複素スペクトルのノルム値どうしで行われ、元の実部と虚部の絶対値比率と正負極性とを維持した状態で、差分演算後のエネルギー値を各要素に分配する処理を行う。具体的には、まず、|D(k,f)|=W(f)−Nav(f)−|A(k,f)|なる式に基づいてD(k,f)をスカラー差分で演算する。ここで、A(k,f)とD(k,f)は複素スペクトルであり、W(f)とNav(f)はスカラースペクトルである点に留意する必要がある。ここで、
|A(k,f)|={Re{A(k,f)}2+Im{A(k,f)}2}1/2
|D(k,f)|={Re{D(k,f)}2+Im{D(k,f)}2}1/2
とすると、D(k,f)の実部Re{D(k,f)}および虚部Im{D(k,f)}は、
Re{D(k,f)}=Re{A(k,f)}・|D(k,f)|/|A(k,f)|
Im{D(k,f)}=Im{A(k,f)}・|D(k,f)|/|A(k,f)|
で与えられる。
【0159】
次のステップS55では、ステップS54で算出された差分区間複素スペクトルD(k,f)を逆フーリエ変換して、第k番目の区間についての差分区間信号D(k)を求める処理が行われる。実際には、実部Re{D(k,f)}と虚部Im{D(k,f)}とに基づいて、逆フーリエ変換が行われ、差分区間信号D(k)が得られる。
【0160】
こうして得られた差分区間信号D(k)は、あくまでも第k番目の区間についての信号であるため、最終的には、複数の区間についての信号を合成する処理が必要になる。ステップS56の処理は、このような区間単位の信号を合成する処理であり、第(k−1)番目の区間までの合成結果に、第k番目の区間の差分区間信号D(k)を合成する処理になる。
【0161】
以上の処理が、ステップS57,S58を経て繰り返される。すなわち、k=1,2,3,... とkを1ずつ更新しながら、各区間について同様の処理が繰り返され、全区間についての処理が完了すれば、差分信号生成段階の処理は終了である。要するに、k=1,2,3,... と各区間について同じ処理を順次繰り返して行い、時間軸上で、各区間についての差分区間信号D(k)を合成することにより差分信号Dが得られることになる。
【0162】
なお、個々の区間についての合成処理は、逆フーリエ変換処理により得られた差分区間信号(k)を、時間軸上の各区間に対応する位置に配置して振幅を単純に加算することにより行うことができる。たとえば、ステップS56において、第(k−1)番目の区間までの合成結果に、第k番目の区間についての差分区間信号D(k)を合成する処理は、前者の波形と後者の波形が互いにT/2だけずれているので、時間軸上でT/2だけオーバーラップさせながら、振幅同士を単純に加算すればよい。
【0163】
このように、単純な加算により差分区間信号D(k)の合成が可能になるのは、ステップS52で各区間から信号を切り出す際に、図14に示すようなハニング関数を乗じているためである。このハニング関数H(t)では、任意のtについて、H(t)+H(t+T/2)=1が成立するので、第(k−1)番目の区間についての差分区間信号D(k−1)と、第k番目の区間についての差分区間信号D(k)とを時間軸上でT/2だけずらして加算すると、ハニング関数H(t)を乗じる前の振幅に対応した振幅値が得られることになる。
【0164】
<<< §7. 快音化方法の変形例 >>>
ここでは、§3で述べた本発明に係る快音化方法についての変形例をいくつか述べることにする。
【0165】
<7−1:オーディオ出力段階の変形例>
図7のオーディオ出力段階(ステップS6)は、実際に騒音源の快音化を図るために、オーディオ信号Aと差分信号Dとを、スピーカから、騒音信号Nに重ねて出力する段階である。図3に示す快音化装置を用いて、このオーディオ出力段階を実施する場合には、既に述べたとおり、信号重畳部120によって、オーディオ信号Aを発生させるためのオーディオ信号データAdと、差分信号Dを発生させるための差分信号データDdとに基づいて、重畳オーディオ信号データA*dを生成し、重畳オーディオ信号再生部140によって、生成した重畳オーディオ信号データA*dを再生し、最終的に、スピーカ220から、重畳オーディオ信号A*を出力すればよい。ここで、重畳オーディオ信号A*は、オーディオ信号Aと差分信号Dとを重畳した信号であるから、実質的には、スピーカ220からオーディオ信号Aと差分信号Dとが出力されたことになる。
【0166】
ただ、オーディオ出力段階(ステップS6)は、必ずしも上記方法で実施する必要はなく、オーディオ信号Aと差分信号Dとを、スピーカから、騒音信号Nに重ねて出力することができる方法であれば、どのような方法で実施してもかまわない。
【0167】
たとえば、オーディオ信号データAdを再生してアナログオーディオ信号Aを生成し、同時に差分信号データDdを再生してアナログ差分信号Dを生成し、アナログオーディオミキサーを用いて、アナログオーディオ信号Aとアナログ差分信号Dとを重畳するミキシング処理を行い、得られた重畳信号をスピーカに与えることにより、重畳オーディオ信号A*をスピーカから出力するようにしてもかまわない。あるいは、オーディオ出力部200内に予め2つのスピーカを用意しておき、オーディオ信号Aを第1のスピーカから出力し、差分信号Dを第2のスピーカから出力することも可能である。このような変形例についての具体的な装置構成は、§8−1で述べることにする。
【0168】
<7−2:目標雑音Wとしてピンクノイズ等を用いる変形例>
これまで述べてきた実施形態では、図7の目標雑音設定段階(ステップS4)において、ホワイトノイズを目標雑音Wとして設定した例を示したが、本発明で用いる目標雑音Wは、ホワイトノイズに限定されるものではなく、人間の脳が不快に感じない雑音であれば、その他の雑音を用いてもかまわない。
【0169】
図15は、図7の差分信号生成段階(ステップS5)で、目標雑音Wとしてピンクノイズを用いた場合の各スペクトルを示すグラフである。ここで、図15(a) は差分演算で用いる騒音平均スペクトルNav(f)、図15(b) は差分演算で用いるオーディオ区間複素スペクトル|A(k,f)|を示しており、これらの各スペクトルは、図8(a) ,(b) に示すものと全く同じである。一方、図15(c) は差分演算で用いる目標雑音スペクトルW(f)を示しているが、図8(c) の目標雑音スペクトルW(f)がホワイトノイズスペクトルであったのに対して、図15(c) の目標雑音スペクトルW(f)はピンクノイズスペクトルになっている。
【0170】
ピンクノイズは、「1/fゆらぎ」とも呼ばれているように、周波数fもしくは周波数fの対数値に反比例するエネルギー値をもつ雑音であり、そのスペクトルは、図15(c) に示すようなものになる。図16は、目標雑音Wとしてピンクノイズを用いた場合の具体的な演算処理を示すグラフである。演算器90によって、|D(k,f)|=W(f)−Nav(f)−|A(k,f)|なる差分演算を行い、差分スペクトルD(k,f)が求められる点は、これまで述べた実施形態と同様である。また、ここで用いるピンクノイズスペクトルも、時間によらず常に一定の定常スペクトルである点は、これまで述べたホワイトノイズスペクトルを用いた実施形態と同じである。ただ、目標雑音Wとしてピンクノイズを用いているため、得られる差分区間複素スペクトル|D(k,f)|の特性は、図9に示すホワイトノイズを用いた場合に得られる差分区間複素スペクトル|D(k,f)|の特性とは異なるものになる。
【0171】
このように、目標雑音Wとしてピンクノイズを用いた場合、快音化段階において、騒音はピンクノイズ化されることになる。一般に、ピンクノイズはホワイトノイズと同様に、人間にとって心地良いと感じられる雑音であるので、これまでの実施形態と同様に、騒音の快音化が行われることになる。もちろん、ホワイトノイズやピンクノイズ以外の雑音であっても、人間が不快に感じない雑音であれば、本発明における目標雑音Wとして利用することが可能である。
【0172】
<7−3:時間の関数となる目標雑音スペクトルを用いる変形例>
これまで述べてきた実施形態では、図7の目標雑音設定段階(ステップS4)において設定する目標雑音スペクトルW(f)を、時間的に不変な定常スペクトルとして設定しているが、目標雑音スペクトルW(f)は、必ずしも定常スペクトルである必要はなく、時間の関数となる変動スペクトルであってもかまわない。たとえば、前述したピンクノイズは、周波数fもしくはその対数値の逆数に比例するエネルギー値をもつ雑音であるが、比例係数を変えると、スペクトルの形状(図15(c) に示すグラフの傾斜)は変化する。したがって、たとえば、目標雑音スペクトルW(k,f)として、周波数fの逆数に対する比例係数が区間kに依存して変化するようなピンクノイズスペクトルを設定することも可能である。
【0173】
この場合、図16に示す騒音平均スペクトルNav(f)は、時間に依存しない定常スペクトルになるが、オーディオ区間複素スペクトルA(k,f)および目標雑音スペクトルW(k,f)は、いずれも区間kの関数となる変動スペクトルになるので、差分区間複素スペクトルD(k,f)を求める演算を行う際には、時間軸上で同一区間のスペクトルA(k,f)およびW(k,f)を用いる必要がある。
【0174】
<<< §8. 快音化装置の変形例 >>>
本発明の基本的実施形態に係る快音化装置については、既に、図3を参照しながら説明した。ここでは、この基本的実施形態に対するいくつかの変形例を図17〜図27を参照しながら説明する。なお、以下の変形例の説明では、先行して説明した実施形態と同一の構成要素については同一符号を付して説明を省略することとし、主として、新たに付加された構成要素あるいは改変された構成要素についての説明を行うことにする。
【0175】
<8−1:信号出力形態の変形例>
§7−1では、「オーディオ出力段階の変形例」を述べたが、ここでは、これに対応する具体的な装置構成を例示する。
【0176】
図17に示す第1の変形例は、図3に示す基本的実施形態におけるデジタルユニット内の信号重畳部120の機能を、アナログユニット内へ移した例である。すなわち、デジタルユニットを構成するオーディオ信号供給部100A内に、オーディオ信号Aを発生させるためのオーディオ信号データAdを格納したオーディオ信号データ格納部110と、差分信号Dを発生させるための差分信号データDdを格納した差分信号データ格納部130と、が設けられている点は、図3に示す基本的実施形態と同じであるが、信号重畳部120および重畳オーディオ信号再生部140は設けられていない。その代わり、オーディオ信号データAdに基づいて、アナログ信号の形式のオーディオ信号Aを再生するオーディオ信号再生部141と、差分信号データDdに基づいて、アナログ信号の形式の差分信号Dを再生する差分信号再生部142と、が設けられている。
【0177】
結局、デジタルユニット側では、何ら信号の重畳処理は行われないことになり、重畳処理は、アナログユニット側に委ねられる。すなわち、アナログユニットを構成するオーディオ出力部200A内には、オーディオアンプ210の前段に信号重畳部215が設けられている。この信号重畳部215は、いわゆるアナログオーディオ信号のミキサー装置であり、オーディオ信号再生部141から得られる再生信号(オーディオ信号A)と差分信号再生部142から得られる再生信号(差分信号D)とを重畳して、重畳オーディオ信号A*を発生させる機能を果たす。この重畳オーディオ信号A*が、オーディオアンプ210で増幅され、スピーカ220から音波として出力される点は、図3に示す基本的実施形態と全く同様である。
【0178】
図18に示す第2の変形例は、図17に示す第1の変形例において、アナログユニットを構成するオーディオ出力部200Aを、オーディオ出力部200Bに置き換えたものである。デジタルユニットを構成するオーディオ信号供給部100Aの部分については、図17に示す第1の変形例と全く同じである。図17に示すオーディオ出力部200Aには、信号重畳部215が設けられていたが、図18に示すオーディオ出力部200Bには、信号重畳部215は設けられていない。
【0179】
その代わり、オーディオ出力部200Bは、オーディオ信号再生部141から得られるオーディオ信号Aを第1のスピーカ221から出力する第1のオーディオ出力部と差分信号再生部142から得られる差分信号Dを第2のスピーカ222から出力する第2のオーディオ出力部とを有している。すなわち、オーディオ信号Aは、第1のオーディオアンプ211で増幅され、第1のスピーカ221から音波として出力され、差分信号Dは、第2のオーディオアンプ212で増幅され、第2のスピーカ222から音波として出力される。結局、この第2の変形例は、装置内には、オーディオ信号Aおよび差分信号Dを重畳する構成要素を設けてはいないが、実際の三次元空間内で、音波として、オーディオ信号Aおよび差分信号Dを重畳する形態をとることになる。
【0180】
<8−2:複数オーディオ信号データの利用>
図19に示す第3の変形例は、図3に示す基本的実施形態に、更に、オーディオ信号&差分信号入力部106、オーディオ信号選択部115、音圧レベル調整部125を付加し、オーディオ信号データ格納部110内に複数のオーディオ信号データAdを格納し、差分信号データ格納部130内に複数の差分信号データDdを格納したものである。図19に示すオーディオ信号供給部100Bは、上記特徴を有するデジタルユニットということになる。
【0181】
図3に示す基本的実施形態では、オーディオ信号データ格納部110内に単一のオーディオ信号データAdのみしか用意されておらず、常に同一のオーディオ信号データAdに基づく重畳オーディオ信号A*が再生されることになるので、ユーザが飽きを感じる可能性がある。そこで、実用上は、図19に示す変形例のように、オーディオ信号データ格納部110内に複数n通りのオーディオ信号データAdが格納できるようにしておくのが好ましい。
【0182】
ただ、複数n通りのオーディオ信号データAdを用意した場合、差分信号データDdも各オーディオ信号データAdに対応して用意しておく必要がある。本発明の原理上、差分信号データDdは、特定の騒音信号Nと特定のオーディオ信号データAdとの組み合わせに対応した固有の周波数特性をもったデータになるので、再生対象となるオーディオ信号データAdごとにそれぞれ異なる差分信号データDdを用意する必要がある。そこで、差分信号データ格納部130内には、複数n通りのオーディオ信号データAdのそれぞれに対応した合計n通りの差分信号データDdが格納されている。
【0183】
複数n通りのオーディオ信号データAdのうち、再生対象となる第i番目(i=1〜n)のオーディオ信号データAdを選択するために、オーディオ信号選択部115が設けられている。オーディオ信号選択部115による選択方法は、自動選択でもよいし、外部からの選択操作に基づく手動選択でもよい。自動選択の場合は、複数n通りのオーディオ信号データAdを順番に選択してゆく方法をとることもできるし、ランダムに任意のオーディオ信号データAdを選択してゆく方法をとることもできる。手動選択の場合は、ユーザの選択操作などの外部入力によって指定された特定のオーディオ信号データAdを選択すればよい。
【0184】
こうして、オーディオ信号選択部115によって第i番目のオーディオ信号データAdが選択されると、選択されたオーディオ信号データAdが信号重畳部120へ読み出される。信号重畳部120は、この第i番目のオーディオ信号データAdについての第i番目の重畳オーディオ信号データA*dを生成するために、これに対応した第i番目の差分信号データDdを差分信号データ格納部130から読み出し、信号の重畳処理を行う。重畳オーディオ信号再生部140は、この選択された第i番目のオーディオ信号データAdに対応する重畳オーディオ信号データA*dを再生し、アナログオーディオ信号の形でオーディオ出力部200に対して出力する。
【0185】
このように、オーディオ信号データ格納部110内に複数のオーディオ信号データAdを格納するようにし、オーディオ信号選択部115によって選択して再生することができるようにしておけば、ユーザを飽きさせることなく、騒音に対する快音化が可能になる。しかも、個々のオーディオ信号データAdを再生する際には、それぞれ対応した差分信号データDdを用いた重畳処理が行われるため、いずれのオーディオ信号データAdを選択しても、十分な快音化効果が得られる。
【0186】
この第3の変形例には、更に、オーディオ信号&差分信号入力部106が設けられており、外部から与えられる新たなオーディオ信号データAdおよび差分信号データDdの組み合わせを入力し、それぞれオーディオ信号データ格納部110および差分信号データ格納部130に格納する機能を果たす。この機能により、デジタルユニット100B内に、新しいオーディオ信号データAdと、当該オーディオ信号データAdに対する重畳処理を行うために用いる新しい差分信号データDdとを追加することが可能になる。もちろん、必要に応じて、オーディオ信号&差分信号入力部106に、オーディオ信号データ格納部110内の不要なオーディオ信号データAdと、差分信号データ格納部130内の不要な差分信号データDdとを消去する機能をもたせておいてもよい。
【0187】
オーディオ信号&差分信号入力部106が外部からオーディオ信号データAdおよび差分信号データDdの組み合わせを取り込むための具体的な方法としては、CD,DVD,ICカードなどの情報記録媒体から読み込む方法、インターネットを利用してWeb配信で受ける方法、ラジオ放送などを利用してダウンロードする方法など、様々な方法を採用することができる。たとえば、図11(c) に示す例の場合、本発明に係る快音化装置はヘアードライヤー10に内蔵されているが、オーディオ信号&差分信号入力部106としてラジオチューナーを組み込んだ装置を用い、ラジオ放送を利用してダウンロードする方法を採用すれば、外部に対する配線などは不要になる。
【0188】
図19に示す第3の変形例には、更に、音圧レベル調整部125が設けられている。この音圧レベル調整部125は、外部からの手動設定操作に基づいて、「信号重畳部120による信号の重畳比率」もしくは「重畳オーディオ信号再生部140の再生信号レベル」またはその双方を調整する機能を有する。前掲の式(8)に示すように、「|A*(k,f)|=G・|A(k,f)|+|D(k,f)|」という形で、信号A(k,f)とD(k,f)との重畳比率をG:1(但し、G>1)に設定すると、§2で述べた音脈分凝効果が生じ、人間の脳には、オーディオ信号Aが支配的に感じられることは既に説明した。音圧レベル調整部125によって、重畳比率のパラメータとなる倍率係数Gを任意の値(但し、G>1)に設定できるようにしておけば、オーディオ信号Aの音圧レベルを調整することにより、音脈分凝効果の程度を調整することができる。
【0189】
一方、重畳オーディオ信号再生部140の再生信号レベルを調整した場合は、重畳オーディオ信号A*の音圧レベルが増減するので、オーディオ信号Aの音圧レベルと差分信号Dの音圧レベルの両方が増減することになる。本来、これらの音圧レベルは、騒音信号Nの音圧レベルに応じて、適正値が定められるべきものである。すなわち、信号N,A,Dの総和として得られる信号Zのスペクトルが目標雑音スペクトルW(f)になるよう、信号A,Dの音圧レベルが適正値に維持されている必要がある。そのため、§4で述べたように、快音化装置全体として、所定の観測点PやQにおける音波のエネルギー値を基準とした正規化が行われる。
【0190】
したがって、正しい正規化が行われていれば、重畳オーディオ信号A*は、騒音信号Nを快音化するための適正な音圧レベルでスピーカ220から出力されることになるので、音圧レベル調整部125による重畳オーディオ信号再生部140の再生信号レベル調整は、本来は不要である。しかしながら、何らかの原因で、騒音信号Nの音圧レベルに変動が生じた場合には、これに応じて、重畳オーディオ信号A*の音圧レベルを調整する必要があるので、ここに示す変形例では、そのような手動調整機能を音圧レベル調整部125にもたせている。ユーザは、必要に応じて、手動設定操作により、騒音が低減したと感じる適当な音圧レベルに調整を行うことができる。
【0191】
より具体的には、図11(b) や図11(c) に示す例のように、快音化の対象となる騒音源10が特定のヘアードライヤーであることが決まっており、しかも快音化装置が当該ヘアードライヤーに装着もしくは内蔵されている場合は、騒音源10が発生する騒音の音圧レベルも予想でき、当該騒音を快音化するために必要な重畳オーディオ信号A*の音圧レベルも予想できるので、音圧レベル調整部125を設けなくても、適切な音圧レベルで重畳オーディオ信号A*をスピーカ220から出力することができよう。しかしながら、図11(a) に示す例のように、騒音源10とは別体の快音化装置を、騒音源10の近傍に配置して利用する形態の場合は、両者の位置関係によって、適切な音圧レベルは変わってくる。このような利用形態では、音圧レベル調整部125を設けておくのが好ましい。
【0192】
<8−3:音圧レベルの自動調整>
図20に示す第4の変形例は、図19に示す第3の変形例に、更に、騒音信号採取部150、音圧レベル検出部160、電源制御部170、そして騒音収録マイク230を付加したものである。図20に示すオーディオ信号供給部100Cは、上記特徴を有するデジタルユニットということになる。
【0193】
騒音信号採取部150は、騒音源10が発生する騒音信号Nを採取する構成要素であり、実際には、騒音源10の近傍(所定の観測点)に設置された騒音収録マイク230が集音した騒音信号Nを電気信号として取り込む構成要素である。一方、音圧レベル検出部160は、騒音信号採取部150が採取した騒音信号Nの音圧レベルを検出する構成要素であり、検出した騒音の音圧レベルは音圧レベル調整部125に報告される。音圧レベル調整部125は、音圧レベル検出部160が検出した騒音の音圧レベルに基づいて、重畳オーディオ信号再生部140によって再生される重畳オーディオ信号データの再生音圧レベルを調整する。
【0194】
結局、この第4の変形例に係るデジタルユニット100Cは、騒音源10が発生する騒音信号Nの音圧レベルをリアルタイムで実測する機能を有しており、この実測値に基づいて、重畳オーディオ信号A*の音圧レベルを自動調整することができる。このため、上述したように、騒音源10が発生する騒音信号Nの音圧レベルが変化するようなケースでも、重畳オーディオ信号A*の音圧レベルが騒音を快音化するのに適したレベルになるように自動調整することが可能になる。
【0195】
たとえば、「温風/冷風」のモード切替や、「LO/HIGH」のモード切替があるヘアードライヤーの場合、動作モードによって発生する騒音の音圧レベルが変化することになる。動作モードが同じでも、周囲の温度や湿度によって、騒音の音圧レベルが変化するようなケースもあろう。図20に示す第4の変形例では、このようなケースにも柔軟に対応することが可能である。具体的には、図11(b) や図11(c) に示す例のように、快音化装置が騒音源10となるヘアードライヤーに装着もしくは内蔵されている場合、騒音収録マイク230も同様に所定箇所に装着もしくは内蔵されるようにしておけば、音圧レベル検出部160により、騒音源10が発生する騒音の絶対的な音圧レベルを検出することができるので、当該騒音を快音化するために必要な重畳オーディオ信号A*の音圧レベルを正確に予測して自動設定することが可能になる。
【0196】
なお、「温風/冷風」のモード切替や、「LO/HIGH」のモード切替によって、騒音信号Nの音圧レベルだけでなく、騒音スペクトルN(f)までもが変化する場合には、音圧レベル調整部125による音圧レベル調整では対応することはできない。すなわち、騒音スペクトルN(f)が変化した場合は、オーディオ信号Aに重畳する差分信号Dも異なるスペクトルをもった信号にする必要がある。したがって、このような場合に対処するためには、予め、騒音源10の動作モードごとに、それぞれ異なる差分信号Dを用意しておき、音圧レベル検出部160が検出した騒音の音圧レベルに基づいて、現在の動作モードを自動判別し、信号重畳部120が、判別された動作モードに対応する特定の差分信号Dを用いて重畳処理を行うようにしておけばよい。
【0197】
ここに示す第4の変形例のもうひとつの特徴は、電源制御部170の機能である。この電源制御部170は、デジタルユニット100C内の各構成要素および必要に応じてアナログユニット200内の各構成要素に対して、動作に必要な所定の電源を供給する基本機能を有しており、外部からのON/OFF操作により、各構成要素への電源供給を行ったり、これを停止したりする。すなわち、ユーザが電源制御部170に対してON操作を行うと、各構成要素への電源供給が行われ、この快音化装置は動作を開始する。一方、OFF操作を行うと、各構成要素への電源供給が停止され、この快音化装置は動作を停止する。
【0198】
この電源制御部170は、更に、外部からON操作が行われているにもかかわらず、この快音化装置を節電のための休止モードへ移行させる機能も有している。すなわち、図20に示されているとおり、電源制御部170には、音圧レベル検出部160から騒音の音圧レベルの検出値が与えられており、音圧レベル検出部160が検出した音圧レベルが所定のしきい値未満である状態が所定時間継続した場合には、騒音信号採取部150および音圧レベル検出部160を除く構成要素に対する電源供給を停止する休止モードへと移行し、音圧レベルが所定のしきい値を越えた場合に当該休止モードを解除する制御を実行する。
【0199】
すなわち、騒音収録マイク230を用いてリアルタイムで収録した騒音信号Nの音圧レベルが所定のしきい値未満となり、そのような状態が所定時間継続した場合には、電源制御部170によって、もはや騒音に対する快音化対策は不要との判断がなされ、節電が可能な休止モードへと自動的に移行することになる。この休止モードでも、騒音信号採取部150および音圧レベル検出部160には電源供給がなされているので(もちろん、電源制御部170には、OFF操作が行われるまで、常に電源供給が行われている)、騒音信号Nの音圧レベルは、休止モード中もリアルタイムで検出され続ける。したがって、音圧レベルが所定のしきい値を越えた場合には、休止モードを解除する制御を行うことができる。
【0200】
なお、休止モード中は、騒音信号採取部150および音圧レベル検出部160を除く構成要素すべてに対する電源供給を必ずしも停止する必要はなく、電力消費の大きい一部の構成要素に対する電源供給のみを停止するようにしてもかまわない。
【0201】
上述した「休止モード」は、リアルタイムで検出した騒音信号Nの音圧レベルに基づいて設定されるモードであるが、電源制御部170には、騒音源10の稼働状態に基づいて「待機モード」へ移行する機能も備わっている。
【0202】
すなわち、ヘアードライヤーなどの電気機器は、電力によって稼働する装置であり、そのような装置の稼働状態は、電気的にモニタすることが可能である。特に、図11(b) ,(c) に示すように、騒音源10が電力によって稼働する装置であり、かつ、快音化装置を当該騒音源10に装着もしくは内蔵して用いる利用形態をとる場合は、騒音源10から電源制御部170まで電気信号を伝達するための信号線を引けば(図20において、騒音源10から電源制御部170まで引かれた矢印が、この信号線を示している)、電源制御部170は、当該電気信号に基づいて、騒音源10の稼働状態をモニタすることが可能になる。したがって、電源制御部170は、そのモニタ結果に基づいて、待機モードへの移行制御を行うことができる。
【0203】
具体的には、電源制御部170は、モニタの結果、騒音源10が稼働停止状態にある場合には、電源制御部170以外の構成要素に対する電源供給を停止する待機モードへと移行し、騒音源10が稼働状態にある場合には、待機モードを解除する制御を行うことができる。結局、図20に示す変形例では、ヘアードライヤー10が稼働状態にある場合は、各構成要素への電源供給が行われるが、ヘアードライヤー10が稼働停止状態になると、電源制御部170以外の各構成要素への電源供給が停止し、節電を行うことができる。
【0204】
なお、待機モード中は、電源制御部170を除く構成要素に対する電源供給を必ずしもすべて停止する必要はなく、電力消費の大きい一部の構成要素に対する電源供給のみを停止するようにしてもかまわない。
【0205】
結局、図20に示す変形例に係る快音化装置(ユニット100Cとユニット200)では、休止モードおよび待機モードのいずれかのモードに移行した場合には、一部の構成要素に対する電源供給が停止し、重畳オーディオ信号A*の出力が停止することになる。その結果、騒音の音圧レベルが小さいときには、装置を休止モードとして電力を節約することができ、騒音源が稼働していないときには、待機モードに移行して電力を節約することができる。
【0206】
図21に示す第5の変形例は、図20に示す第4の変形例に、図17に示す第1の変形例で用いたアナログユニット200Aを適用するための変形を加えたものである。図21に示すオーディオ信号供給部100Dは、上記特徴を有するデジタルユニットということになる。
【0207】
すなわち、この第5の変形例では、オーディオ信号供給部100D内には、信号重畳部120および重畳オーディオ信号再生部140は設けられていない。その代わり、オーディオ信号データAdに基づいて、アナログ信号の形式のオーディオ信号Aを再生するオーディオ信号再生部141と、差分信号データDdに基づいて、アナログ信号の形式の差分信号Dを再生する差分信号再生部142と、が設けられている。デジタルユニット側では、何ら信号の重畳処理は行われないことになり、重畳処理は、アナログユニット側に委ねられる。
【0208】
オーディオ信号選択部115によって、複数n通りのオーディオ信号データのうち、第i番目(i=1〜n)のオーディオ信号データAdが選択されると、オーディオ信号再生部141は、選択された第i番目のオーディオ信号データAdを再生する。同時に、差分信号再生部142は、選択された第i番目のオーディオ信号データAdに対応する第i番目の差分信号データDdを再生する。
【0209】
一方、アナログユニットを構成するオーディオ出力部200Aは、図17に示すオーディオ出力部200Aと同じものであり、オーディオアンプ210の前段に信号重畳部215が設けられている。この信号重畳部215により、オーディオ信号再生部141から得られるオーディオ信号Aと差分信号再生部142から得られる差分信号Dとが重畳され、得られた重畳オーディオ信号A*が、オーディオアンプ210で増幅され、スピーカ220から音波として出力される。
【0210】
なお、音圧レベル調整部125は、ユーザの手動設定操作もしくは音圧レベル検出部160が検出した音圧レベルに基づいて、オーディオ信号再生部141の再生信号レベル(オーディオ信号Aの音圧レベル)と、差分信号再生部142の再生信号レベル(差分信号Dの音圧レベル)とを調整する機能を有している。たとえば、ユーザが、手動設定操作により、オーディオ信号Aの音圧レベルを差分信号Dの音圧レベルのG倍(G>1)になるように設定すれば、音脈分凝効果の調整を行うことができる。また、音圧レベル検出部160がリアルタイムで検出した騒音信号Nの音圧レベルに基づいて、オーディオ信号Aおよび差分信号Dの双方の音圧レベルを増減すれば、騒音の音圧レベルが変動を生じた場合にも、快音化を行うのに適正な音圧レベル調整を自動的に行うことができる。
【0211】
なお、音圧レベル調整部125による音圧レベルの調整操作は、オーディオ信号生成部141および差分信号再生部142に対して行う代わりに、アナログユニット200A内の信号重畳部215に対して行ってもかまわない。
【0212】
もちろん、この図21に示す第5の変形例に係る快音化装置において、アナログユニット200Aの部分を、図18に示すアナログユニット200B(2つのスピーカを用いるオーディオ出力部)に交換した構成をとってもかまわない。
【0213】
<8−4:差分信号データDdの作成機能>
図22に示す第6の変形例は、図3に示す基本的実施形態に、更に、騒音信号採取部150、差分信号作成部180、そして騒音収録マイク230を付加したものである。図22に示すオーディオ信号供給部100Eは、上記特徴を有するデジタルユニットということになる。
【0214】
騒音信号採取部150は、上述した第4,第5の変形例でも用いられていた構成要素であり、騒音源10の近傍(観測点)に設置された騒音収録マイク230が集音した騒音信号Nを電気信号として取り込む構成要素である。この第6の変形例の重要な特徴は、差分信号作成部180による差分信号作成機能である。差分信号作成部180は、図7の流れ図における準備段階(ステップS1〜S5)を実行する機能をもった構成要素であり、予め格納している目標雑音スペクトルW(f)と、オーディオ信号データ格納部110に格納されているオーディオ信号データAdと、騒音信号採取部150が採取した騒音信号Nと、に基づいて差分信号データDdを作成し、これを差分信号データ格納部130に格納する機能を有する。差分信号データDdの具体的な作成手順は、既に§3,§4で詳述したとおりである。
【0215】
これまで述べてきた快音化装置の実施形態は、装置内部に差分信号データDdを作成する機能を有していないため、予め外部で差分信号データDdを作成しておき、これを差分信号データ格納部130に格納する必要があった。これに対して、図22に示す第6の変形例では、差分信号作成部180が、騒音源10の発生する騒音信号Nの周波数特性と、オーディオ信号データ格納部110に格納されているオーディオ信号データAdの周波数特性とを解析し、騒音信号Nの周波数特性を、予め格納している目標雑音スペクトルW(f)に近づけるための差分信号D(差分信号データDd)を自動的に作成する機能を有している。
【0216】
この変形例の利点は、対応可能な騒音源が特定の騒音源に限定されず、どのような騒音源に対しても臨機応変に対応できる点である。たとえば、図22に示す例の場合、騒音源10は特定のヘアードライヤーであり、差分信号データ格納部130内に予め格納されている差分信号データDdは、この特定のヘアードライヤーが発生する騒音を、特定のオーディオ信号データAdを用いて快音化するために必要な固有の信号データである。したがって、騒音源が異なった場合、当該差分信号データDdをそのまま利用することはできない。しかしながら、そのような場合でも、差分信号作成部180によって、新たな騒音源に適した差分信号データDdを作成することが可能なので、そのような新たに作成した差分信号データDdを用いた対応が可能になる。
【0217】
たとえば、新たな騒音源10として、電気掃除機が出現したものとしよう。この場合、差分信号作成部180は、図7の流れ図に示されている準備段階(ステップS1〜S5)の処理を実行し、新たな差分信号データDdを算出する。すなわち、騒音信号採取部150によって、当該電気掃除機が発生する騒音信号Nを所定のサンプル期間だけ採取し(ステップS1)、その時間平均スペクトルとして、騒音スペクトルNav(f)を算出する(ステップS2)。一方、オーディオ信号データ格納部110に格納されているオーディオ信号データAdから、オーディオ信号Aを採取し(ステップS3)、予め格納している目標雑音スペクトルW(f)を差分演算に利用するために設定する(ステップS4)。そして、図12に詳述されている差分信号生成段階を実行し、差分信号データDdを算出する(ステップS5)。
【0218】
こうして新たに算出した差分信号データDdは、電気掃除機が発生する騒音を、特定のオーディオ信号データAdを用いて快音化するために有用な固有の信号データである。したがって、この新たな差分信号データDdを差分信号データ格納部130に格納し、信号重畳部120による重畳処理に利用すれば、電気掃除機が発生する騒音を効果的に快音化することが可能な重畳オーディオ信号A*を得ることができる。
【0219】
図23に示す第7の変形例は、図22に示す第6の変形例に、更に、オーディオ信号入力部116、オーディオ信号選択部115、音圧レベル調整部125、音圧レベル検出部160、電源制御部170を付加し、オーディオ信号データ格納部110内に複数のオーディオ信号データAdを格納し、差分信号データ格納部130内に複数の差分信号データDdを格納したものである。図23に示すオーディオ信号供給部100Fは、上記特徴を有するデジタルユニットということになる。
【0220】
図22に示す第6の変形例では、オーディオ信号データ格納部110内に単一のオーディオ信号データAdのみしか用意されていなかったが、図23に示す第7の変形例では、オーディオ信号データ格納部110内に複数n通りのオーディオ信号データAdが格納でき、オーディオ信号選択部115によって、任意のオーディオ信号データAdを選択して再生に供することができる。このような複数n個のオーディオ信号データAdの取り扱いに関しては、図19に示す第3の変形例と同様である。
【0221】
この第7の変形例には、オーディオ信号入力部116が設けられており、外部から与えられた新たなオーディオ信号データAdを入力し、オーディオ信号データ格納部110に格納する機能を果たす。この機能により、デジタルユニット100F内に、新しいオーディオ信号データAdを追加することが可能になる。もちろん、必要に応じて、オーディオ信号入力部116に、オーディオ信号データ格納部110内の不要なオーディオ信号データを消去する機能をもたせておいてもよい。
【0222】
オーディオ信号入力部116が外部からオーディオ信号データAdを取り込むための具体的な方法としては、第3の変形例と同様に、CD,DVD,ICカードなどの情報記録媒体から読み込む方法、インターネットを利用してWeb配信で受ける方法、ラジオ放送などを利用してダウンロードする方法など、様々な方法を採用することができる。しかも、この第7の変形例は、差分信号作成機能を有しているため、外部から新たなオーディオ信号データAdを取り込んだ場合でも、当該オーディオ信号データAdに対応する差分信号データDdを一緒に取り込む必要はない。
【0223】
すなわち、オーディオ信号選択部115によって、オーディオ信号データ格納部110内に格納されている複数のオーディオ信号データのうち、新たに外部から取り込まれた新規オーディオ信号データAdが初めて選択された場合、差分信号作成部180が、当該新規オーディオ信号データAdと騒音信号採取部150が採取した騒音信号Nとに基づいて、新たな差分信号データDdを作成し、作成した差分信号データDdを当該新たなオーディオ信号データAdに対応する差分信号データDdとして差分信号データ格納部130に格納する処理を行うことができる。
【0224】
一方、信号重畳部120は、当該新規オーディオ信号データAdについての重畳オーディオ信号データA*dを生成する際に、上記プロセスで新たに作成された差分信号データDdを用いた重畳処理を行えばよい。そうすれば、重畳オーディオ信号再生部140から出力される重畳オーディオ信号A*は、新たに外部から取り込まれた新規オーディオ信号データAdに基づく再生音でありながら、騒音源10が発生する騒音信号Nを効果的に快音化することができる。
【0225】
このように、この第7の変形例では、外部から取り込んだ任意のオーディオ信号データAdを利用することができ、しかも内部で差分信号データDdを作成することができるため、オーディオ信号データAdの入手プロセスは極めて広範になる。すなわち、外部からオーディオ信号データAdを取り込む際に、差分信号データDdを一緒に取り込む必要がないので、現在、一般のユーザがオーディオ信号データの入手に利用している様々なルート(たとえば、CDなどの媒体購入、Web経由のダウンロード、テレビやラジオ放送の録音、ライブ演奏の録音など)により、新たなオーディオ信号データAdの取り込みが可能になる。
【0226】
なお、騒音信号採取部150が採取した騒音信号Nの音圧レベルを、音圧レベル検出部160によって検出し、音圧レベル調整部125が、ユーザの手動設定操作もしくは音圧レベル検出部160が検出した音圧レベルに基づいて、「信号重畳部120による信号の重畳比率」もしくは「重畳オーディオ信号再生部140の再生信号レベル」を調整する機能を有する点、音圧レベル検出部160が検出した音圧レベルに基づいて、電源制御部170が休止モードへの移行制御を行って節電を行う点、電源制御部170が、騒音源10の稼働状態をモニタして待機モードへの移行制御を行って節電を行う点については、先行して述べた変形例と全く同様である。
【0227】
図24に示す第8の変形例は、図23に示す第7の変形例に、図17に示す第1の変形例で用いたアナログユニット200Aを適用するための変形を加えたものである。図24に示すオーディオ信号供給部100Gは、上記特徴を有するデジタルユニットということになる。
【0228】
すなわち、この第8の変形例では、オーディオ信号供給部100G内には、信号重畳部120および重畳オーディオ信号再生部140は設けられていない。その代わり、オーディオ信号データAdに基づいて、アナログ信号の形式のオーディオ信号Aを再生するオーディオ信号再生部141と、差分信号データDdに基づいて、アナログ信号の形式の差分信号Dを再生する差分信号再生部142と、が設けられている。デジタルユニット側では、何ら信号の重畳処理は行われないことになり、重畳処理は、アナログユニット側に委ねられる。
【0229】
オーディオ信号選択部115によって、複数n通りのオーディオ信号データのうち、第i番目(i=1〜n)のオーディオ信号データAdが選択されると、オーディオ信号再生部141は、選択された第i番目のオーディオ信号データAdを再生する。同時に、差分信号再生部142は、選択された第i番目のオーディオ信号データAdに対応する第i番目の差分信号データDdを再生する。
【0230】
一方、アナログユニットを構成するオーディオ出力部200Aは、図17に示すオーディオ出力部200Aと同じものであり、オーディオアンプ210の前段に信号重畳部215が設けられている。この信号重畳部215により、オーディオ信号再生部141から得られるオーディオ信号Aと差分信号再生部142から得られる差分信号Dとが重畳され、得られた重畳オーディオ信号A*が、オーディオアンプ210で増幅され、スピーカ220から音波として出力される。
【0231】
なお、音圧レベル調整部125は、ユーザの手動設定操作もしくは音圧レベル検出部160が検出した音圧レベルに基づいて、オーディオ信号再生部141の再生信号レベル(オーディオ信号Aの音圧レベル)と、差分信号再生部142の再生信号レベル(差分信号Dの音圧レベル)とを調整する機能を有している。たとえば、ユーザが、手動設定操作により、オーディオ信号Aの音圧レベルを差分信号Dの音圧レベルのG倍(G>1)になるように設定すれば、音脈分凝効果の調整を行うことができる。また、音圧レベル検出部160がリアルタイムで検出した騒音信号Nの音圧レベルに基づいて、オーディオ信号Aおよび差分信号Dの双方の音圧レベルを増減すれば、騒音の音圧レベルが変動を生じた場合にも、快音化を行うのに適正な音圧レベル調整を自動的に行うことができる。
【0232】
なお、音圧レベル調整部125による音圧レベルの調整操作は、オーディオ信号生成部141および差分信号再生部142に対して行う代わりに、アナログユニット200A内の信号重畳部215に対して行ってもかまわない。
【0233】
もちろん、この図24に示す第8の変形例に係る快音化装置において、アナログユニット200Aの部分を、図18に示すアナログユニット200B(2つのスピーカを用いるオーディオ出力部)に交換した構成をとってもかまわない。
【0234】
<8−5:信号重畳部の省略>
図25に示す第9の変形例は、図3に示す基本的実施形態をより単純化したものである。すなわち、図25に示すオーディオ信号供給部100Hは、重畳オーディオ信号データ格納部190と重畳オーディオ信号再生部140とによる単純な構成をとっており、信号重畳部120や差分信号データ格納部130という構成要素は省略されている。
【0235】
すなわち、この第9の変形例に係る快音化装置では、オーディオ信号Aと差分信号Dとを重畳する処理を行う必要はない。これは、重畳オーディオ信号データ格納部190内に、外部の装置で予め重畳処理を完了した重畳オーディオ信号データA*dが収容されているためである。すなわち、外部の装置において、予め、オーディオ信号Aを用意し、特定の騒音源から発生する騒音信号Nを快音化するためにオーディオ信号Aとともに出力すべき差分信号Dを生成しておき、これらを重畳した重畳オーディオ信号A*を生成するための重畳オーディオ信号データA*dを求めておき、これを重畳オーディオ信号データ格納部190に格納しておくのである。要するに、図3に示す装置において、信号重畳部120から出力される重畳オーディオ信号データA*dを、図25に示す装置における重畳オーディオ信号データ格納部190内に格納しておくことになる。
【0236】
結局、この第9の変形例に係る快音化装置は、元のオーディオ信号Aに対して所定の差分信号D(図7の流れ図に示す準備段階の手順で生成される差分信号)を重畳することにより得られる重畳オーディオ信号A*を発生させるための重畳オーディオ信号データA*dを格納した重畳オーディオ信号データ格納部190と、この重畳オーディオ信号データA*dを再生して重畳オーディオ信号A*を発生させる重畳オーディオ信号再生部140と、を有するオーディオ信号供給部100H(デジタルユニット)と、重畳オーディオ信号再生部140で再生された重畳オーディオ信号A*をスピーカから出力するオーディオ出力部200(アナログユニット)と、によって構成され、これまで述べてきた例に比べて、極めて単純な装置構成をとる。それでも、スピーカ220から音波として出力される重畳オーディオ信号A*は、図3に示す快音化装置から音波として出力される重畳オーディオ信号A*と全く同一のものになり、騒音信号Nを快音化する効果を有する。
【0237】
この第9の変形例は、特に、図11(b) や図11(c) に示す例のように、快音化装置を特定の騒音源に装着もしくは内蔵して利用する場合に最適である。ただ、既に重畳処理が完了している状態の重畳オーディオ信号データA*dを用いて再生を行うため、これまで述べた例のように、重畳比率を示すパラメータとなる倍率係数Gを調整することはできないので、外部の装置で重畳オーディオ信号データA*dを作成する段階において、適切な倍率係数Gを設定した重畳処理を行う必要がある。すなわち、音脈分凝効果を得るためには、重畳オーディオ信号データ格納部190内に、オーディオ信号Aと差分信号DとをG:1の比率(但し、G>1)で重畳することにより得られる重畳オーディオ信号A*を発生させるための重畳オーディオ信号データA*dを格納しておけばよい。
【0238】
結局、この第9の変形例に係る騒音源の快音化装置は、所定の観測点において観測される、騒音源が発生する騒音信号Nの時間平均スペクトルをNav(f)、目標雑音Wのスペクトル(時間の関数となるスペクトルもしくは時間的に不変な定常スペクトル)をW(f)、オーディオ信号Aのスペクトル(区間の関数となるスペクトル)をA(k,f)、所定の倍率係数をG(但し、G>1)としたときに、|A*(k,f)|=(G−1)・|A(k,f)|+W(f)−Nav(f)で与えられるスペクトルA*(k,f)をもつ信号を、スピーカから出力する装置ということになる。
【0239】
図26に示す第10の変形例は、図25に示す第9の変形例に、更に、重畳オーディオ信号入力部196、オーディオ信号選択部195、音圧レベル調整部126を付加し、重畳オーディオ信号データ格納部190内に複数の重畳オーディオ信号データA*dを格納したものである。図26に示すオーディオ信号供給部100Iは、上記特徴を有するデジタルユニットということになる。
【0240】
図25に示す第9の変形例では、重畳オーディオ信号データ格納部190内に単一の重畳オーディオ信号データA*dのみしか用意されていなかったが、図26に示す第10の変形例では、重畳オーディオ信号データ格納部190内に複数n通りの重畳オーディオ信号データA*dが格納でき、オーディオ信号選択部195によって、任意の重畳オーディオ信号データA*dを選択して再生に供することができる。
【0241】
また、この第10の変形例には、重畳オーディオ信号入力部196が設けられており、外部から与えられた新たな重畳オーディオ信号データA*dを入力し、重畳オーディオ信号データ格納部190に格納する機能を果たす。この機能により、デジタルユニット100I内に、新しい重畳オーディオ信号データA*dを追加することが可能になる。もちろん、必要に応じて、重畳オーディオ信号入力部196に、重畳オーディオ信号データ格納部190内の不要な重畳オーディオ信号データA*dを消去する機能をもたせておいてもよい。
【0242】
重畳オーディオ信号入力部196が外部から重畳オーディオ信号データA*dを取り込むための具体的な方法としては、先行する変形例で述べたような様々な方法が考えられる。ただ、オーディオ信号データAdが汎用性のある一般的なデジタルデータであるのに対して、重畳オーディオ信号データA*dは、特定の騒音源10が発生する騒音を快音化するのに適した固有の差分信号Dが重畳された固有のデジタルデータである。したがって、入手経路は、そのような固有のデジタルデータの配布元に限定されることになる。
【0243】
図26に示す第10の変形例には、更に、音圧レベル調整部126が設けられている。この音圧レベル調整部126は、外部からの手動設定操作に基づいて、重畳オーディオ信号再生部140によって再生される重畳オーディオ信号データA*dの再生音圧レベルを重畳する機能を有する。
【0244】
図27に示す第11の変形例は、図26に示す第10の変形例に、更に、騒音信号採取部150、音圧レベル検出部160、電源制御部170、そして騒音収録マイク230を付加したものである。図27に示すオーディオ信号供給部100Jは、上記特徴を有するデジタルユニットということになる。
【0245】
ここで、騒音信号採取部150が採取した騒音信号Nの音圧レベルを、音圧レベル検出部160によって検出し、音圧レベル調整部126が、この検出した音圧レベルに基づいて、重畳オーディオ信号再生部140によって再生される重畳オーディオ信号A*の再生音圧レベルを調整する機能を有する点、音圧レベル検出部160が検出した音圧レベルに基づいて、電源制御部170が休止モードへの移行制御を行って節電を行う点、電源制御部170が、騒音源10の稼働状態をモニタして待機モードへの移行制御を行って節電を行う点については、先行して述べた変形例と同様である。
【0246】
<<< §9. 具体的な実験結果 >>>
最後に、本発明に係る快音化方法を、3種類の騒音源について実施した具体的な実験結果を掲載しておく。いずれも、目標雑音スペクトルW(f)としてホワイトノイズスペクトルを用い、オーディオ信号Aと差分信号Dとの重畳比率を1:1に設定した場合の例を示している。
【0247】
図28および図29は、電気掃除機を騒音源とした実験結果を示すグラフである。すなわち、図28(a) の上段には、電気掃除機が発生する騒音信号Nの波形が示されており、下段には、快音化に用いる歌声のオーディオ信号Aの波形が示されている。いずれも横軸は時間軸、縦軸は振幅軸である。また、図28(b) の上段は、図28(a) の上段に示されている騒音信号Nについて、所定時間内の平均をとった騒音平均スペクトルNav(f)、図28(b) の下段は、図28(a) の下段に示されているオーディオ信号Aについて、上記所定時間内の平均をとったオーディオ平均スペクトルAav(f)である。いずれも横軸は周波数軸、縦軸はエネルギー値である。当然ながら、図28(b) の上段のスペクトルと下段のスペクトルとの間には何ら因果関係は見られない。
【0248】
一方、図29(a) の上段には、図25(a) の上段と全く同じ騒音信号Nの波形が示されている。これに対して、図29(a) の下段には、図28(a) の下段に示されているオーディオ信号Aに対して、図7の準備段階に示す手順(ステップS1〜S5)によって生成された固有の差分信号Dを重畳することにより得られた重畳オーディオ信号A*の波形が示されている。このグラフでも、横軸は時間軸、縦軸は振幅軸である。
【0249】
一方、図29(b) の上段には、図28(b) の上段と全く同じ騒音平均スペクトルNav(f)が示されている。これに対して、図29(b) の下段には、図29(a) の下段に示されている重畳オーディオ信号A*について、所定時間内の平均をとった重畳オーディオ平均スペクトルA*av(f)が示されている。いずれも横軸は周波数軸、縦軸はエネルギー値である。ここで、図29(b) の上段のスペクトルと下段のスペクトルとを比べると、上段のスペクトルNav(f)における隆起位置が、下段のスペクトルA*av(f)の陥没位置に一致している傾向が見てとれる。
【0250】
すなわち、上段のスペクトルNav(f)と下段のスペクトルA*av(f)とが相補的効果を生じ、両者の合成スペクトルがホワイトノイズスペクトルに近づく現象が生じていることになる。もちろん、上下両段のスペクトルのエネルギー値の和をとった場合に、完全なホワイトノイズスペクトルW(f)が得られるわけではないが、少なくとも、人間の耳が感じる合成音波の周波数特性は、ホワイトノイズの周波数特性に近づくことになる。実際、人間の耳で確認したところ、騒音信号Nに対する顕著な快音化効果が検知できた。
【0251】
図30および図31は、電気シェーバーを騒音源として、同様の実験を行った結果を示すグラフであり、図32および図33は、ヘアードライヤーを騒音源として、同様の実験を行った結果を示すグラフである。いずれの実験においても、人間の耳で確認したところ、騒音信号Nに対する快音化の効果が検知できた。
【0252】
本発明は、ヘアードライヤー、電気掃除機、電気シェーバーなどの生活者向け家電製品についての騒音軽減に利用することが可能である。また、オーディオ源として利用するオーディオ信号データとして、広告情報を含ませておくようにすれば、家電製品を使用するたびに、当該広告情報が重畳オーディオ信号として提示されることになるので、民放TV番組のCMと同程度以上の広告効果も期待できる。
【0253】
また、本発明は、複写機、プリンター、断裁機などのオフィス機器についての騒音軽減に利用することも可能である。この場合、オーディオ源として利用するオーディオ信号データとして、オフィス内の音声放送(インフォメーション)や新製品の機器の広告情報を用いるようにすれば、有効な情報伝達や広告配信が可能になる。
【0254】
更に、本発明は、高速道路の騒音、鉄道沿線の騒音、空港近郊の騒音、工場施設の騒音、街頭での騒音などを軽減するために利用することも可能である。具体的には、デジタルサイネージュ用のパネルを設置し、映像と併用した各種音声インフォメーション放送や、スポンサーによって配信された音声広告をオーディオ源のオーディオ信号データとして利用すればよい。街頭広告としては、これまで視覚的な広告手法が主であったが、本発明を利用することにより、音声を主とする広告手法が可能になる。音声は、注視することなしに伝達され、かつ、本発明によれば、騒音に遮られずに遠方まで伝達可能になるので、これまでにない新たな広告効果も期待できる。
【符号の説明】
【0255】
10:騒音源(ヘアードライヤー)
20:騒音収録マイク
30:信号遅延部
40:位相反転部
45:位相反転部
50:スピーカ
60:誤差収録マイク
70:誤差帰還部
80:人間の耳
90:演算器
100:オーディオ信号供給部(デジタルユニット)
100A〜100J:オーディオ信号供給部(デジタルユニット)
106:オーディオ信号&差分信号入力部
110:オーディオ信号データ格納部
115:オーディオ信号選択部
116:オーディオ信号入力部
120:信号重畳部
125,126:音圧レベル調整部
130:差分信号データ格納部
140:重畳オーディオ信号再生部
141:オーディオ信号再生部
142:差分信号再生部
150:騒音信号採取部
160:音圧レベル検出部
170:電源制御部
180:差分信号作成部
190:重畳オーディオ信号データ格納部
195:オーディオ信号選択部
196:重畳オーディオ信号入力部
200:オーディオ出力部(アナログユニット)
200A,200B:オーディオ出力部(アナログユニット)
210:オーディオアンプ
211:第1のオーディオアンプ
212:第2のオーディオアンプ
215:信号重畳部
220:スピーカ
221:第1のスピーカ
222:第2のスピーカ
230:騒音収録マイク
300:着脱アダプタ
A:オーディオ信号
A(k,f):オーディオ区間複素スペクトル(オーディオ信号Aの第k番目の区間の複素スペクトル)
Aav(f):オーディオ平均スペクトル(オーディオ信号Aの時間平均スペクトル)
Ad:オーディオ信号データ
A*:重畳オーディオ信号
A*(k):第k番目の重畳オーディオ区間信号
A*(k,f):重畳オーディオ区間複素スペクトル(重畳オーディオ信号A*の第k番目の区間の複素スペクトル)
A*d:重畳オーディオ信号データ
A*av(f):重畳オーディオ平均スペクトル(重畳オーディオ信号A*の時間平均スペクトル)
a(k,t):区間kから切り出したオーディオ区間信号
D:差分信号
Dd:差分信号データ
D(k):第k番目の差分区間信号
D(k,f):差分区間複素スペクトル(差分信号Dの第k番目の区間の複素スペクトル)
f:周波数
G:倍率係数(G>1)
H(t):ハニング関数
I:位相反転信号
Im{A(k,f)}:複素スペクトルA(k,f)の虚部
Im{D(k,f)}:複素スペクトルD(k,f)の虚部
i:オーディオ信号のサンプル番号
j:量子化された周波数の番号
k:区間番号
L:音波の伝搬距離
N:騒音信号
N(f):騒音スペクトル
Nav(f):騒音平均スペクトル(騒音信号Nのサンプル期間の時間平均スペクトル)
P,Q:観測点
R:残存信号
Re{A(k,f)}:複素スペクトルA(k,f)の実部
Re{D(k,f)}:複素スペクトルD(k,f)の実部
S1〜S5:流れ図の各ステップ(快音化の全体手順)
S41〜S46:流れ図の各ステップ(差分演算段階の処理)
T:区間の時間幅
t:時間
W:目標雑音信号
W(f):目標雑音スペクトル
X:音源
X(f):音源Xの時間平均スペクトル
Y:音源
Y(f):音源Yの時間平均スペクトル
Z:人間の耳に伝わる合成音波信号Z
Z(f):人間の耳に伝わる合成音波信号Zの時間平均スペクトル
【特許請求の範囲】
【請求項1】
騒音源が発生する騒音に対して快音化を図る方法であって、
騒音源が発生する騒音信号Nを採取する騒音信号採取段階と、
前記騒音信号Nの所定時間内の平均周波数分布に基づいて騒音平均スペクトルNav(f)を求める騒音平均スペクトル算出段階と、
オーディオ源が発生するオーディオ信号Aを採取するオーディオ信号採取段階と、
所定の目標雑音Wの周波数分布を示す目標雑音スペクトルW(f)を、時間的に不変な定常スペクトルとして定める目標雑音設定段階と、
時間軸上に複数の区間を設定し、第k番目(k=1,2,3... )の区間について、前記オーディオ信号Aの周波数分布をオーディオ区間複素スペクトルA(k,f)として求め、前記騒音平均スペクトルNav(f)および前記目標雑音スペクトルW(f)を用いて、|D(k,f)|=W(f)−Nav(f)−|A(k,f)|なる差分演算によって、第k番目の区間についての差分区間複素スペクトルD(k,f)を算出し(但し、|A(k,f)|はA(k,f)のノルム、|D(k,f)|はD(k,f)のノルム)、前記差分区間複素スペクトルD(k,f)を時間軸に逆変換した差分区間信号D(k)を求め、時間軸上で、各区間についての差分区間信号D(k)を合成することにより差分信号Dを生成する差分信号生成段階と、
前記オーディオ信号Aと前記差分信号Dとを、スピーカから、前記騒音信号Nに重ねて出力するオーディオ出力段階と、
を有することを特徴とする騒音源の快音化方法。
【請求項2】
請求項1に記載の快音化方法において、
目標雑音設定段階で、目標雑音Wとしてホワイトノイズを用い、目標雑音スペクトルW(f)として、可聴周波数域にわたって同一のエネルギー値が定常的に維持される定常スペクトルを定めることを特徴とする騒音源の快音化方法。
【請求項3】
請求項1に記載の快音化方法において、
目標雑音設定段階で、目標雑音Wとしてピンクノイズを用い、目標雑音スペクトルW(f)として、周波数fもしくは周波数fの対数値に反比例するエネルギー値が定常的に維持される定常スペクトルを定めることを特徴とする騒音源の快音化方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の快音化方法において、
差分信号生成段階で、所定の観測点において得られる実際の音圧レベルを基準として、Nav(f)および|A(k,f)|を補正した差分演算を行い、
オーディオ出力段階で、差分信号Dを、前記観測点における音圧レベルが前記補正に応じた音圧レベルとなるように出力し、オーディオ信号Aを、前記観測点における音圧レベルが前記補正に応じた音圧レベル以上となるように出力することを特徴とする騒音源の快音化方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の快音化方法において、
目標雑音設定段階で、目標雑音スペクトルW(f)として、時間的に不変な定常スペクトルを定め、
差分信号生成段階で、
時間軸上に複数の区間を設定し、オーディオ信号Aの第k番目(k=1,2,3... )の区間内の信号をオーディオ区間信号A(k)として抽出するステップと、
前記オーディオ区間信号A(k)をフーリエ変換してオーディオ区間複素スペクトルA(k,f)を求めるステップと、
前記目標雑音スペクトルW(f)と、騒音平均スペクトル算出段階で求めた騒音平均スペクトルNav(f)と、前記オーディオ区間複素スペクトルA(k,f)と、を用いて、|D(k,f)|=W(f)−Nav(f)−|A(k,f)|なる差分演算を行い、差分区間複素スペクトルD(k,f)を求めるステップと、
前記差分区間複素スペクトルD(k,f)を逆フーリエ変換して、第k番目の区間についての差分区間信号D(k)を求めるステップと、
を設定したすべての区間について行い、時間軸上で、各区間についての差分区間信号D(k)を合成することにより差分信号Dを生成することを特徴とする騒音源の快音化方法。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載の快音化方法において、
オーディオ出力段階で、オーディオ信号Aを発生させるためのオーディオ信号データAdと、差分信号Dを発生させるための差分信号データDdとに基づいて、オーディオ信号Aと差分信号Dとを重畳した重畳オーディオ信号A*を発生させるための重畳オーディオ信号データA*dを生成し、生成した重畳オーディオ信号データA*dを再生することにより、スピーカから、前記重畳オーディオ信号A*を出力することを特徴とする騒音源の快音化方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載の快音化方法において、
オーディオ出力段階で、騒音源が発生する騒音信号Nの音圧レベルを測定し、その測定結果に基づいて、スピーカから出力されるオーディオ信号Aおよび差分信号Dの音圧レベルを調整することを特徴とする騒音源の快音化方法。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれかに記載の快音化方法における騒音信号採取段階と、騒音平均スペクトル算出段階と、オーディオ信号採取段階と、目標雑音設定段階と、差分信号生成段階と、をコンピュータに実行させるためのプログラム。
【請求項9】
騒音源が発生する騒音に対して快音化を図る方法であって、
所定の観測点において観測される、騒音源が発生する騒音信号Nの時間平均スペクトルをNav(f)、目標雑音Wのスペクトル(時間的に不変な定常スペクトル)をW(f)、時間軸上に複数の区間を設定した場合の第k番目(k=1,2,3... )の区間についてのオーディオ信号Aの複素スペクトルをA(k,f)、所定の倍率係数をG(但し、G>1)としたときに、|A*(k,f)|=(G−1)・|A(k,f)|+W(f)−Nav(f)で与えられる複素スペクトルA*(k,f)を時間軸に逆変換した第k番目の区間についての区間信号を(但し、|A*(k,f)|はA*(k,f)のノルム)、時間軸上で合成することにより得られる信号を、スピーカから、前記騒音信号Nに重ねて出力することを特徴とする騒音源の快音化方法。
【請求項10】
騒音源が発生する騒音に対して快音化を図る装置であって、
オーディオ信号Aを発生させるためのオーディオ信号データAdを格納したオーディオ信号データ格納部と、
所定の差分信号Dを発生させるための差分信号データDdを格納した差分信号データ格納部と、
前記オーディオ信号データAdと、前記差分信号データDdとに基づいて、前記オーディオ信号Aと前記差分信号Dとを重畳した重畳オーディオ信号A*を発生させるための重畳オーディオ信号データA*dを生成する信号重畳部と、
前記重畳オーディオ信号データA*dに基づいて、前記重畳オーディオ信号A*を再生する重畳オーディオ信号再生部と、
前記重畳オーディオ信号再生部で再生された前記重畳オーディオ信号A*をスピーカから出力するオーディオ出力部と、
を備え、
W(f):所定の目標雑音Wの周波数分布を示す目標雑音スカラースペクトル(時間的に不変な定常スペクトル)、
A(k,f):時間軸上に設定された第k番目(k=1,2,3... )の区間についての前記オーディオ信号Aの周波数分布を示すオーディオ区間複素スペクトル、
Nav(f):前記騒音信号Nの所定時間内の平均周波数分布を示す騒音平均スカラースペクトル、
D(k,f):前記第k番目の区間についての前記差分信号Dの周波数分布を示す差分区間複素スペクトル、
としたときに、式「|D(k,f)|=W(f)−Nav(f)−|A(k,f)|」(但し、|A(k,f)|はA(k,f)のノルム、|D(k,f)|はD(k,f)のノルム)が成り立つことを特徴とする騒音源の快音化装置。
【請求項11】
請求項10に記載の快音化装置において、
オーディオ信号データ格納部内に複数n通りのオーディオ信号データAdが格納されており、
差分信号データ格納部内に前記n通りのオーディオ信号データAdのそれぞれに対応した合計n通りの差分信号データDdが格納されており、
前記n通りのオーディオ信号データAdのうち、第i番目(i=1〜n)のオーディオ信号データAdを自動選択もしくは外部からの選択操作に基づいて手動選択するオーディオ信号選択部を更に備え、
信号重畳部が、前記第i番目(i=1〜n)のオーディオ信号データAdと、これに対応した第i番目の差分信号データDdとを重畳して、第i番目の重畳オーディオ信号データA*dを生成する処理を行い、
重畳オーディオ信号再生部が、選択された前記第i番目のオーディオ信号データAdに対応する前記第i番目の重畳オーディオ信号データA*dを再生することを特徴とする騒音源の快音化装置。
【請求項12】
請求項10または11に記載の快音化装置において、
騒音源が発生する騒音信号Nを採取する騒音信号採取部と、
前記騒音信号採取部が採取した騒音信号Nの音圧レベルを検出する音圧レベル検出部と、
手動設定操作または前記音圧レベル検出部が検出した音圧レベルに基づいて、「信号重畳部による信号の重畳比率」もしくは「各信号再生部の再生信号レベル」またはその双方を調整する音圧レベル調整部と、
を更に備えることを特徴とする騒音源の快音化装置。
【請求項13】
請求項12に記載の快音化装置において、
音圧レベル検出部が検出した音圧レベルが所定のしきい値未満である状態が所定時間継続した場合に、騒音信号採取部および音圧レベル検出部を除く構成要素の一部もしくは全部に対する電源供給を停止する休止モードへと移行し、前記音圧レベルが所定のしきい値を越えた場合に前記休止モードを解除する電源制御部を更に備えることを特徴とする騒音源の快音化装置。
【請求項14】
請求項10または11に記載の快音化装置において、
騒音源が発生する騒音信号Nを採取する騒音信号採取部と、
予め格納している目標雑音スペクトルW(f)と、オーディオ信号データ格納部に格納されているオーディオ信号データAdと、前記騒音信号Nと、に基づいて差分信号データDdを作成し、これを差分信号データ格納部に格納する差分信号作成部と、
を更に備えることを特徴とする騒音源の快音化装置。
【請求項15】
請求項14に記載の快音化装置において、
差分信号作成部が、
騒音信号採取部が採取した騒音信号Nの所定時間内の平均周波数分布に基づいて騒音平均スペクトルNav(f)を求める手段と、
オーディオ信号データ格納部に格納されているオーディオ信号データAdから発生するオーディオ信号Aの第k番目の区間についての周波数分布を示すオーディオ区間複素スペクトルA(k,f)を区間kの関数として求める手段と、
前記騒音平均スペクトルNav(f)および目標雑音スペクトルW(f)を用いて、|D(k,f)|=W(f)−Nav(f)−|A(k,f)|なる差分演算を行い、第k番目の区間についての差分区間複素スペクトルD(k,f)を算出する手段と、
前記差分区間複素スペクトルD(k,f)を時間軸に逆変換した差分区間信号D(k)を時間軸上で合成することにより得られる差分信号Dを発生させるための差分信号データDdを作成する手段と、
を有することを特徴とする騒音源の快音化装置。
【請求項16】
請求項14または15に記載の快音化装置において、
騒音源が発生する騒音信号Nを採取する騒音信号採取部と、
前記騒音信号採取部が採取した騒音信号Nの音圧レベルを検出する音圧レベル検出部と、
手動設定操作または前記音圧レベル検出部が検出した音圧レベルに基づいて、「信号重畳部による信号の重畳比率」もしくは「各信号再生部の再生信号レベル」またはその双方を調整する音圧レベル調整部と、
を更に備えることを特徴とする騒音源の快音化装置。
【請求項17】
請求項16に記載の快音化装置において、
音圧レベル検出部が検出した音圧レベルが所定のしきい値未満である状態が所定時間継続した場合に、騒音信号採取部および音圧レベル検出部を除く構成要素の一部もしくは全部に対する電源供給を停止する休止モードへと移行し、前記音圧レベルが所定のしきい値を越えた場合に前記休止モードを解除する電源制御部を更に備えることを特徴とする騒音源の快音化装置。
【請求項18】
騒音源が発生する騒音に対して快音化を図る装置であって、
元のオーディオ信号Aに対して所定の差分信号Dを重畳することにより得られる重畳オーディオ信号A*を発生させるための重畳オーディオ信号データA*dを格納した重畳オーディオ信号データ格納部と、
前記重畳オーディオ信号データA*dを再生して前記重畳オーディオ信号A*を発生させる重畳オーディオ信号再生部と、
前記重畳オーディオ信号再生部で再生された前記重畳オーディオ信号A*をスピーカから出力するオーディオ出力部と、
を備え、
W(f):所定の目標雑音Wの周波数分布を示す目標雑音スカラースペクトル(時間的に不変な定常スペクトル)、
A(k,f):時間軸上に設定された第k番目(k=1,2,3... )の区間についての前記オーディオ信号Aの周波数分布を示すオーディオ区間複素スペクトル、
Nav(f):前記騒音信号Nの所定時間内の平均周波数分布を示す騒音平均スカラースペクトル、
D(k,f):前記第k番目の区間についての前記差分信号Dの周波数分布を示す差分区間複素スペクトル、
としたときに、式「|D(k,f)|=W(f)−Nav(f)−|A(k,f)|」(但し、|A(k,f)|はA(k,f)のノルム、|D(k,f)|はD(k,f)のノルム)が成り立つことを特徴とする騒音源の快音化装置。
【請求項19】
請求項18に記載の快音化装置において、
重畳オーディオ信号データ格納部に、オーディオ信号Aと差分信号DとをG:1の比率(但し、G>1)で重畳することにより得られる重畳オーディオ信号A*を発生させるための重畳オーディオ信号データA*dが格納されていることを特徴とする騒音源の快音化装置。
【請求項20】
請求項18または19に記載の快音化装置において、
重畳オーディオ信号データ格納部内に複数n通りの重畳オーディオ信号データA*dが格納されており、
前記n通りの重畳オーディオ信号データA*dのうち、第i番目(i=1〜n)の重畳オーディオ信号データA*dを自動選択もしくは外部からの選択操作に基づいて手動選択するオーディオ信号選択部を更に備え、
重畳オーディオ信号再生部が、選択された前記第i番目の重畳オーディオ信号データA*dを再生することを特徴とする騒音源の快音化装置。
【請求項21】
請求項20に記載の快音化装置において、
外部から与えられた新たな重畳オーディオ信号データA*dを入力して重畳オーディオ信号データ格納部に格納する機能をもった重畳オーディオ信号入力部を更に備えることを特徴とする騒音源の快音化装置。
【請求項22】
請求項18〜21のいずれかに記載の快音化装置において、
騒音源が発生する騒音信号Nを採取する騒音信号採取部と、
前記騒音信号採取部が採取した騒音信号Nの音圧レベルを検出する音圧レベル検出部と、
手動設定操作または前記音圧レベル検出部が検出した音圧レベルに基づいて、重畳オーディオ信号再生部によって再生される重畳オーディオ信号A*の再生音圧レベルを調整する音圧レベル調整部と、
を更に備えることを特徴とする騒音源の快音化装置。
【請求項23】
請求項22に記載の快音化装置において、
音圧レベル検出部が検出した音圧レベルが所定のしきい値未満である状態が所定時間継続した場合に、騒音信号採取部および音圧レベル検出部を除く構成要素の一部もしくは全部に対する電源供給を停止して休止モードへと移行し、前記音圧レベルが所定のしきい値を越えた場合に前記休止モードを解除する電源制御部を更に備えることを特徴とする騒音源の快音化装置。
【請求項24】
請求項10〜23のいずれかに記載の快音化装置において、
騒音源に内蔵されているか、または、一部もしくは全部の構成要素を騒音源に装着するための着脱アダプタを備えていることを特徴とする騒音源の快音化装置。
【請求項25】
請求項24に記載の快音化装置において、
内蔵または装着の対象となる騒音源が電力によって稼働する装置であり、
この騒音源の稼働状態をモニタして待機モードへの移行制御を行う電源制御部を更に備え、
前記電源制御部が、前記騒音源が稼働停止状態にある場合には、前記電源制御部以外の構成要素の一部もしくは全部に対する電源供給を停止する待機モードへと移行し、前記騒音源が稼働状態にある場合には、前記待機モードを解除する制御を行うことを特徴とする騒音源の快音化装置。
【請求項26】
請求項10〜25のいずれかに記載の快音化装置の一部もしくは全部の構成要素が組み込まれた電気製品であって、前記快音化装置が、当該電気製品自身が発生する騒音信号Nを用いて作成された差分信号Dを用いて重畳オーディオ信号A*を発生させることを特徴とする電気製品。
【請求項27】
騒音源が発生する騒音に対して快音化を図る装置であって、
所定の観測点において観測される、騒音源が発生する騒音信号Nの時間平均スペクトルをNav(f)、目標雑音Wのスペクトル(時間的に不変な定常スペクトル)をW(f)、時間軸上に複数の区間を設定した場合の第k番目(k=1,2,3... )の区間についてのオーディオ信号Aの複素スペクトルをA(k,f)、所定の倍率係数をG(但し、G>1)としたときに、|A*(k,f)|=(G−1)・|A(k,f)|+W(f)−Nav(f)で与えられる複素スペクトルA*(k,f)を時間軸に逆変換した第k番目の区間についての区間信号を(但し、|A*(k,f)|はA*(k,f)のノルム)、時間軸上で合成することにより得られる信号を、スピーカから出力することを特徴とする騒音源の快音化装置。
【請求項1】
騒音源が発生する騒音に対して快音化を図る方法であって、
騒音源が発生する騒音信号Nを採取する騒音信号採取段階と、
前記騒音信号Nの所定時間内の平均周波数分布に基づいて騒音平均スペクトルNav(f)を求める騒音平均スペクトル算出段階と、
オーディオ源が発生するオーディオ信号Aを採取するオーディオ信号採取段階と、
所定の目標雑音Wの周波数分布を示す目標雑音スペクトルW(f)を、時間的に不変な定常スペクトルとして定める目標雑音設定段階と、
時間軸上に複数の区間を設定し、第k番目(k=1,2,3... )の区間について、前記オーディオ信号Aの周波数分布をオーディオ区間複素スペクトルA(k,f)として求め、前記騒音平均スペクトルNav(f)および前記目標雑音スペクトルW(f)を用いて、|D(k,f)|=W(f)−Nav(f)−|A(k,f)|なる差分演算によって、第k番目の区間についての差分区間複素スペクトルD(k,f)を算出し(但し、|A(k,f)|はA(k,f)のノルム、|D(k,f)|はD(k,f)のノルム)、前記差分区間複素スペクトルD(k,f)を時間軸に逆変換した差分区間信号D(k)を求め、時間軸上で、各区間についての差分区間信号D(k)を合成することにより差分信号Dを生成する差分信号生成段階と、
前記オーディオ信号Aと前記差分信号Dとを、スピーカから、前記騒音信号Nに重ねて出力するオーディオ出力段階と、
を有することを特徴とする騒音源の快音化方法。
【請求項2】
請求項1に記載の快音化方法において、
目標雑音設定段階で、目標雑音Wとしてホワイトノイズを用い、目標雑音スペクトルW(f)として、可聴周波数域にわたって同一のエネルギー値が定常的に維持される定常スペクトルを定めることを特徴とする騒音源の快音化方法。
【請求項3】
請求項1に記載の快音化方法において、
目標雑音設定段階で、目標雑音Wとしてピンクノイズを用い、目標雑音スペクトルW(f)として、周波数fもしくは周波数fの対数値に反比例するエネルギー値が定常的に維持される定常スペクトルを定めることを特徴とする騒音源の快音化方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の快音化方法において、
差分信号生成段階で、所定の観測点において得られる実際の音圧レベルを基準として、Nav(f)および|A(k,f)|を補正した差分演算を行い、
オーディオ出力段階で、差分信号Dを、前記観測点における音圧レベルが前記補正に応じた音圧レベルとなるように出力し、オーディオ信号Aを、前記観測点における音圧レベルが前記補正に応じた音圧レベル以上となるように出力することを特徴とする騒音源の快音化方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の快音化方法において、
目標雑音設定段階で、目標雑音スペクトルW(f)として、時間的に不変な定常スペクトルを定め、
差分信号生成段階で、
時間軸上に複数の区間を設定し、オーディオ信号Aの第k番目(k=1,2,3... )の区間内の信号をオーディオ区間信号A(k)として抽出するステップと、
前記オーディオ区間信号A(k)をフーリエ変換してオーディオ区間複素スペクトルA(k,f)を求めるステップと、
前記目標雑音スペクトルW(f)と、騒音平均スペクトル算出段階で求めた騒音平均スペクトルNav(f)と、前記オーディオ区間複素スペクトルA(k,f)と、を用いて、|D(k,f)|=W(f)−Nav(f)−|A(k,f)|なる差分演算を行い、差分区間複素スペクトルD(k,f)を求めるステップと、
前記差分区間複素スペクトルD(k,f)を逆フーリエ変換して、第k番目の区間についての差分区間信号D(k)を求めるステップと、
を設定したすべての区間について行い、時間軸上で、各区間についての差分区間信号D(k)を合成することにより差分信号Dを生成することを特徴とする騒音源の快音化方法。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載の快音化方法において、
オーディオ出力段階で、オーディオ信号Aを発生させるためのオーディオ信号データAdと、差分信号Dを発生させるための差分信号データDdとに基づいて、オーディオ信号Aと差分信号Dとを重畳した重畳オーディオ信号A*を発生させるための重畳オーディオ信号データA*dを生成し、生成した重畳オーディオ信号データA*dを再生することにより、スピーカから、前記重畳オーディオ信号A*を出力することを特徴とする騒音源の快音化方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載の快音化方法において、
オーディオ出力段階で、騒音源が発生する騒音信号Nの音圧レベルを測定し、その測定結果に基づいて、スピーカから出力されるオーディオ信号Aおよび差分信号Dの音圧レベルを調整することを特徴とする騒音源の快音化方法。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれかに記載の快音化方法における騒音信号採取段階と、騒音平均スペクトル算出段階と、オーディオ信号採取段階と、目標雑音設定段階と、差分信号生成段階と、をコンピュータに実行させるためのプログラム。
【請求項9】
騒音源が発生する騒音に対して快音化を図る方法であって、
所定の観測点において観測される、騒音源が発生する騒音信号Nの時間平均スペクトルをNav(f)、目標雑音Wのスペクトル(時間的に不変な定常スペクトル)をW(f)、時間軸上に複数の区間を設定した場合の第k番目(k=1,2,3... )の区間についてのオーディオ信号Aの複素スペクトルをA(k,f)、所定の倍率係数をG(但し、G>1)としたときに、|A*(k,f)|=(G−1)・|A(k,f)|+W(f)−Nav(f)で与えられる複素スペクトルA*(k,f)を時間軸に逆変換した第k番目の区間についての区間信号を(但し、|A*(k,f)|はA*(k,f)のノルム)、時間軸上で合成することにより得られる信号を、スピーカから、前記騒音信号Nに重ねて出力することを特徴とする騒音源の快音化方法。
【請求項10】
騒音源が発生する騒音に対して快音化を図る装置であって、
オーディオ信号Aを発生させるためのオーディオ信号データAdを格納したオーディオ信号データ格納部と、
所定の差分信号Dを発生させるための差分信号データDdを格納した差分信号データ格納部と、
前記オーディオ信号データAdと、前記差分信号データDdとに基づいて、前記オーディオ信号Aと前記差分信号Dとを重畳した重畳オーディオ信号A*を発生させるための重畳オーディオ信号データA*dを生成する信号重畳部と、
前記重畳オーディオ信号データA*dに基づいて、前記重畳オーディオ信号A*を再生する重畳オーディオ信号再生部と、
前記重畳オーディオ信号再生部で再生された前記重畳オーディオ信号A*をスピーカから出力するオーディオ出力部と、
を備え、
W(f):所定の目標雑音Wの周波数分布を示す目標雑音スカラースペクトル(時間的に不変な定常スペクトル)、
A(k,f):時間軸上に設定された第k番目(k=1,2,3... )の区間についての前記オーディオ信号Aの周波数分布を示すオーディオ区間複素スペクトル、
Nav(f):前記騒音信号Nの所定時間内の平均周波数分布を示す騒音平均スカラースペクトル、
D(k,f):前記第k番目の区間についての前記差分信号Dの周波数分布を示す差分区間複素スペクトル、
としたときに、式「|D(k,f)|=W(f)−Nav(f)−|A(k,f)|」(但し、|A(k,f)|はA(k,f)のノルム、|D(k,f)|はD(k,f)のノルム)が成り立つことを特徴とする騒音源の快音化装置。
【請求項11】
請求項10に記載の快音化装置において、
オーディオ信号データ格納部内に複数n通りのオーディオ信号データAdが格納されており、
差分信号データ格納部内に前記n通りのオーディオ信号データAdのそれぞれに対応した合計n通りの差分信号データDdが格納されており、
前記n通りのオーディオ信号データAdのうち、第i番目(i=1〜n)のオーディオ信号データAdを自動選択もしくは外部からの選択操作に基づいて手動選択するオーディオ信号選択部を更に備え、
信号重畳部が、前記第i番目(i=1〜n)のオーディオ信号データAdと、これに対応した第i番目の差分信号データDdとを重畳して、第i番目の重畳オーディオ信号データA*dを生成する処理を行い、
重畳オーディオ信号再生部が、選択された前記第i番目のオーディオ信号データAdに対応する前記第i番目の重畳オーディオ信号データA*dを再生することを特徴とする騒音源の快音化装置。
【請求項12】
請求項10または11に記載の快音化装置において、
騒音源が発生する騒音信号Nを採取する騒音信号採取部と、
前記騒音信号採取部が採取した騒音信号Nの音圧レベルを検出する音圧レベル検出部と、
手動設定操作または前記音圧レベル検出部が検出した音圧レベルに基づいて、「信号重畳部による信号の重畳比率」もしくは「各信号再生部の再生信号レベル」またはその双方を調整する音圧レベル調整部と、
を更に備えることを特徴とする騒音源の快音化装置。
【請求項13】
請求項12に記載の快音化装置において、
音圧レベル検出部が検出した音圧レベルが所定のしきい値未満である状態が所定時間継続した場合に、騒音信号採取部および音圧レベル検出部を除く構成要素の一部もしくは全部に対する電源供給を停止する休止モードへと移行し、前記音圧レベルが所定のしきい値を越えた場合に前記休止モードを解除する電源制御部を更に備えることを特徴とする騒音源の快音化装置。
【請求項14】
請求項10または11に記載の快音化装置において、
騒音源が発生する騒音信号Nを採取する騒音信号採取部と、
予め格納している目標雑音スペクトルW(f)と、オーディオ信号データ格納部に格納されているオーディオ信号データAdと、前記騒音信号Nと、に基づいて差分信号データDdを作成し、これを差分信号データ格納部に格納する差分信号作成部と、
を更に備えることを特徴とする騒音源の快音化装置。
【請求項15】
請求項14に記載の快音化装置において、
差分信号作成部が、
騒音信号採取部が採取した騒音信号Nの所定時間内の平均周波数分布に基づいて騒音平均スペクトルNav(f)を求める手段と、
オーディオ信号データ格納部に格納されているオーディオ信号データAdから発生するオーディオ信号Aの第k番目の区間についての周波数分布を示すオーディオ区間複素スペクトルA(k,f)を区間kの関数として求める手段と、
前記騒音平均スペクトルNav(f)および目標雑音スペクトルW(f)を用いて、|D(k,f)|=W(f)−Nav(f)−|A(k,f)|なる差分演算を行い、第k番目の区間についての差分区間複素スペクトルD(k,f)を算出する手段と、
前記差分区間複素スペクトルD(k,f)を時間軸に逆変換した差分区間信号D(k)を時間軸上で合成することにより得られる差分信号Dを発生させるための差分信号データDdを作成する手段と、
を有することを特徴とする騒音源の快音化装置。
【請求項16】
請求項14または15に記載の快音化装置において、
騒音源が発生する騒音信号Nを採取する騒音信号採取部と、
前記騒音信号採取部が採取した騒音信号Nの音圧レベルを検出する音圧レベル検出部と、
手動設定操作または前記音圧レベル検出部が検出した音圧レベルに基づいて、「信号重畳部による信号の重畳比率」もしくは「各信号再生部の再生信号レベル」またはその双方を調整する音圧レベル調整部と、
を更に備えることを特徴とする騒音源の快音化装置。
【請求項17】
請求項16に記載の快音化装置において、
音圧レベル検出部が検出した音圧レベルが所定のしきい値未満である状態が所定時間継続した場合に、騒音信号採取部および音圧レベル検出部を除く構成要素の一部もしくは全部に対する電源供給を停止する休止モードへと移行し、前記音圧レベルが所定のしきい値を越えた場合に前記休止モードを解除する電源制御部を更に備えることを特徴とする騒音源の快音化装置。
【請求項18】
騒音源が発生する騒音に対して快音化を図る装置であって、
元のオーディオ信号Aに対して所定の差分信号Dを重畳することにより得られる重畳オーディオ信号A*を発生させるための重畳オーディオ信号データA*dを格納した重畳オーディオ信号データ格納部と、
前記重畳オーディオ信号データA*dを再生して前記重畳オーディオ信号A*を発生させる重畳オーディオ信号再生部と、
前記重畳オーディオ信号再生部で再生された前記重畳オーディオ信号A*をスピーカから出力するオーディオ出力部と、
を備え、
W(f):所定の目標雑音Wの周波数分布を示す目標雑音スカラースペクトル(時間的に不変な定常スペクトル)、
A(k,f):時間軸上に設定された第k番目(k=1,2,3... )の区間についての前記オーディオ信号Aの周波数分布を示すオーディオ区間複素スペクトル、
Nav(f):前記騒音信号Nの所定時間内の平均周波数分布を示す騒音平均スカラースペクトル、
D(k,f):前記第k番目の区間についての前記差分信号Dの周波数分布を示す差分区間複素スペクトル、
としたときに、式「|D(k,f)|=W(f)−Nav(f)−|A(k,f)|」(但し、|A(k,f)|はA(k,f)のノルム、|D(k,f)|はD(k,f)のノルム)が成り立つことを特徴とする騒音源の快音化装置。
【請求項19】
請求項18に記載の快音化装置において、
重畳オーディオ信号データ格納部に、オーディオ信号Aと差分信号DとをG:1の比率(但し、G>1)で重畳することにより得られる重畳オーディオ信号A*を発生させるための重畳オーディオ信号データA*dが格納されていることを特徴とする騒音源の快音化装置。
【請求項20】
請求項18または19に記載の快音化装置において、
重畳オーディオ信号データ格納部内に複数n通りの重畳オーディオ信号データA*dが格納されており、
前記n通りの重畳オーディオ信号データA*dのうち、第i番目(i=1〜n)の重畳オーディオ信号データA*dを自動選択もしくは外部からの選択操作に基づいて手動選択するオーディオ信号選択部を更に備え、
重畳オーディオ信号再生部が、選択された前記第i番目の重畳オーディオ信号データA*dを再生することを特徴とする騒音源の快音化装置。
【請求項21】
請求項20に記載の快音化装置において、
外部から与えられた新たな重畳オーディオ信号データA*dを入力して重畳オーディオ信号データ格納部に格納する機能をもった重畳オーディオ信号入力部を更に備えることを特徴とする騒音源の快音化装置。
【請求項22】
請求項18〜21のいずれかに記載の快音化装置において、
騒音源が発生する騒音信号Nを採取する騒音信号採取部と、
前記騒音信号採取部が採取した騒音信号Nの音圧レベルを検出する音圧レベル検出部と、
手動設定操作または前記音圧レベル検出部が検出した音圧レベルに基づいて、重畳オーディオ信号再生部によって再生される重畳オーディオ信号A*の再生音圧レベルを調整する音圧レベル調整部と、
を更に備えることを特徴とする騒音源の快音化装置。
【請求項23】
請求項22に記載の快音化装置において、
音圧レベル検出部が検出した音圧レベルが所定のしきい値未満である状態が所定時間継続した場合に、騒音信号採取部および音圧レベル検出部を除く構成要素の一部もしくは全部に対する電源供給を停止して休止モードへと移行し、前記音圧レベルが所定のしきい値を越えた場合に前記休止モードを解除する電源制御部を更に備えることを特徴とする騒音源の快音化装置。
【請求項24】
請求項10〜23のいずれかに記載の快音化装置において、
騒音源に内蔵されているか、または、一部もしくは全部の構成要素を騒音源に装着するための着脱アダプタを備えていることを特徴とする騒音源の快音化装置。
【請求項25】
請求項24に記載の快音化装置において、
内蔵または装着の対象となる騒音源が電力によって稼働する装置であり、
この騒音源の稼働状態をモニタして待機モードへの移行制御を行う電源制御部を更に備え、
前記電源制御部が、前記騒音源が稼働停止状態にある場合には、前記電源制御部以外の構成要素の一部もしくは全部に対する電源供給を停止する待機モードへと移行し、前記騒音源が稼働状態にある場合には、前記待機モードを解除する制御を行うことを特徴とする騒音源の快音化装置。
【請求項26】
請求項10〜25のいずれかに記載の快音化装置の一部もしくは全部の構成要素が組み込まれた電気製品であって、前記快音化装置が、当該電気製品自身が発生する騒音信号Nを用いて作成された差分信号Dを用いて重畳オーディオ信号A*を発生させることを特徴とする電気製品。
【請求項27】
騒音源が発生する騒音に対して快音化を図る装置であって、
所定の観測点において観測される、騒音源が発生する騒音信号Nの時間平均スペクトルをNav(f)、目標雑音Wのスペクトル(時間的に不変な定常スペクトル)をW(f)、時間軸上に複数の区間を設定した場合の第k番目(k=1,2,3... )の区間についてのオーディオ信号Aの複素スペクトルをA(k,f)、所定の倍率係数をG(但し、G>1)としたときに、|A*(k,f)|=(G−1)・|A(k,f)|+W(f)−Nav(f)で与えられる複素スペクトルA*(k,f)を時間軸に逆変換した第k番目の区間についての区間信号を(但し、|A*(k,f)|はA*(k,f)のノルム)、時間軸上で合成することにより得られる信号を、スピーカから出力することを特徴とする騒音源の快音化装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【図25】
【図26】
【図27】
【図5】
【図28】
【図29】
【図30】
【図31】
【図32】
【図33】
【図2】
【図3】
【図4】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【図25】
【図26】
【図27】
【図5】
【図28】
【図29】
【図30】
【図31】
【図32】
【図33】
【公開番号】特開2012−63673(P2012−63673A)
【公開日】平成24年3月29日(2012.3.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−209149(P2010−209149)
【出願日】平成22年9月17日(2010.9.17)
【出願人】(000002897)大日本印刷株式会社 (14,506)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年3月29日(2012.3.29)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年9月17日(2010.9.17)
【出願人】(000002897)大日本印刷株式会社 (14,506)
【Fターム(参考)】
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