説明

高分子電解セル劣化評価法

【課題】
トリチウム含有水の処理に使用され、放射性物質で汚染したフッ素樹脂系高分子電解膜のサンプリング作業を排除し、かつ遠隔での測定を実現することで、フッ素樹脂系高分子電解膜の劣化度合いを連続で、かつ一つの因子の測定により多元的に劣化度合いを評価する。
【解決手段】
トリチウム水を含む水の電気分解用固体高分子型電解槽を構成するプロトン(H+)伝導性のフッ素樹脂系高分子電解膜の主鎖の性能を示す強度及び導電性能を示し側鎖の性能を評価する指標であるイオン交換容量値の二つの指標が、劣化によって循環水中に溶出するフッ素イオン量と共に強い相関があることを利用し、フッ素イオン量の監視のみからフッ素樹脂系高分子電解膜の劣化度合いを多元的に評価する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、核融合炉などのトリチウム(三重水素、水素の放射性同位元素)取扱い施設において、トリチウム水が混在する水を電気分解する目的で使用されるフッ素樹脂系高分子電解膜の劣化測定に利用される。
【背景技術】
【0002】
核融合炉などの水素同位体取扱い施設では、トリチウム(T:三重水素、水素の放射性同位元素)が水の分子内に化学的に取り込まれたトリチウム水(HTO)が通常の水(H2O)に混入したトリチウム汚染水が大量に発生する。そのトリチウム汚染水を環境に排出するためには、排出する水中のHTOを除去すると共に、HTOから核融合炉の燃料であるTを回収する必要がある。この目的のために、トリチウム水濃縮システムとトリチウム水電解システムを組み合わせた複合システムによりトリチウム汚染水を処理する。上記複合システムのトリチウム水電解システムの代表例としてフッ素樹脂系高分子電解膜を用いた固体高分子電解槽が挙げられる(例えば、非特許文献1参照)。
【0003】
フッ素樹脂系高分子電解膜は強度を維持する機能を有するフッ素系高分子の主鎖からプロトン伝導を司る酸基(スルホン酸基、カルボン酸基等)を含むフッ素系高分子の側鎖が多く枝分かれする構成となっている。固体高分子電解槽の使用において、フッ素樹脂系高分子電解膜は放射線の存在化で比較的短期間で劣化するため、その度合いの把握は運転管理において最も重要となるが、劣化度合いを評価する方法は従来、定期的にサンプリングにより試料を取り出し、引っ張り試験等の破壊検査を繰り返すしかなかった。
【非特許文献1】"The water detritiation system of the ITER tritium plant", Y. Iwai, Y. Misaki, T. Hayashi, et al.,Fusion Sci. Technol., 41, 1126-1130 (2002)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来法には以下の課題がある。
第一の課題は破壊検査のためにサンプリング試料が必要なことにある。実システムではサンプリングのために装置を停止することは現実的でなく、別途装置でサンプリングを定期的に行い、運転時間と劣化の度合いに関する関係を積み重ねておく必要がある。しかしながら、運転条件の変更等に柔軟に対応することはできない。
【0005】
また、第二の課題は一つの検査では劣化度合いが評価できないことにある。フッ素樹脂系高分子電解膜の主鎖、側鎖はその劣化挙動が異なり、主鎖は機械的強度の測定、側鎖は化学的分析と異なった破壊検査を組み合わせて実施する必要がある。
【0006】
第三の課題は、サンプリング試料が放射性物質で汚染しているため、その試料の採取作業、機械的強度測定作業が困難であり、被爆防止対策等でコストが高くなることにある。
本発明は以上のような課題を解決するためになされたものであり、サンプリング作業を排除しかつ遠隔での測定を実現することで、フッ素樹脂系高分子電解膜の劣化度合いを連続で、かつ一つの因子の測定により多元的に劣化度合いを評価できる方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記のように、フッ素樹脂系高分子電解膜は、強度を維持する機能を有するフッ素系高分子の主鎖とプロトン伝導を司る酸基(スルホン酸基、カルボン酸基等)を含むフッ素系高分子の側鎖が多く枝分かれする構成となっており、いずれもフッ素系高分子であるため、膜の劣化が進んだ場合、どちらからも溶液中にフッ素イオンが溶出する。この現象及びフッ素イオン量はセンサーにより連続・遠隔で測定できることに着目し、高分子膜の主鎖および側鎖の性能を示す指標である強度及びイオン交換容量値を、膜の劣化によって水中に溶出するフッ素イオン量で評価することを発明した。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明は、放射性を持つトリチウム水を含む水を電気分解して水素ガスと酸素ガスを得る固体高分子型電解槽において、プロトン(H+)伝導性の固体電解質として用いるフッ素樹脂系高分子電解膜の劣化度合いを非破壊にて連続的に評価する方法である。
【0009】
フッ素樹脂系高分子電解膜は膜強度を維持する機能を有するフッ素系高分子の主鎖と、プロトン伝導を司る酸基(スルホン酸基、カルボン酸基等)を持つフッ素系高分子の側鎖から構成される。この電解膜は、放射線の存在下で比較的短期間で劣化することが知られており、定期的に劣化度合いを評価しなければならない。よって、定期的にサンプリングした試料により、引っ張り試験、イオン交換容量滴定等の破壊検査、オフライン検査が必要である。トリチウム水を扱う電解膜では、上記定期的サンプリングは、被爆の危険性等から、頻度・コストの面で非現実的である。
【0010】
本発明の方法は、高分子膜の主鎖および側鎖の性能を示す指標である引っ張り強度及びイオン交換容量が、劣化によって水中に溶出するフッ素イオン量と強い相関があることを利用するものである。連続・遠隔・オンラインで測定可能なフッ素イオン量測定を行うことで、放射性元素取り扱い環境下における上記定期的サンプリングを除外することができると共に、フッ素イオン量測定のみで、電解膜の劣化度合いを連続・多元的に評価することができる。
【実施例】
【0011】
以下、本発明に係る評価方法の実施例を添付図面に基づいて説明する。
図1にフッ素樹脂系高分子電解膜の構造と従来の劣化度合い評価法を示す。電解膜の劣化により、主鎖の切断と側鎖の主鎖からの脱離が生じるが、その現象は機械的強度値(引っ張り強度:最大点強度)の低下とイオン交換容量値の低下によりそれぞれ評価することが出来る。しかしながら、その測定には多くの工程が必要となる。
【0012】
図2に従来法で測定した引っ張り強度(最大点強度)とγ線照射線量の関係、及びγ線照射線量と溶存フッ素量の関係の実験データを示す。本実験ではDupont社製のNafionR (グレートN117)を10kGy/hの照射線量で照射し、実際の使用条件よりも時間あたりの照射線量が大きい加速試験を行った。最大点強度を評価する引っ張り試験は引っ張り試験規格(ASTMD-1822L)を用いた。フッ素濃度はイオン電極法で測定し、フッ素樹脂系高分子電解膜の単位乾燥重量あたりの溶存フッ素量に換算した。
【0013】
γ線照射量の増加と共に最大点強度は低下するが、フッ素樹脂系高分子電解膜の単位乾燥重量あたりの溶存フッ素量とγ線照射量には明確な相関(直線に近い相関)を有していることを見いだした。よって、溶存フッ素量により、主鎖の劣化度の指標となる最大点強度を予測できることが推察される。
【0014】
図3に最大点強度と溶存フッ素量の相関関係、及びイオン交換容量と溶存フッ素量の相関関係を示す。イオン交換容量測定の工程は図1に示しているが、詳細は以下となる。
(i) 試料として一定量の膜を切り取り、HCl溶液中に浸し、HCl溶液を何回か取り替えて、樹脂をH型にする。
【0015】
(ii) 試料片を蒸留水中に入れ、HClの浸出が認められなくなるまで十分に洗う。
(iii) 2NのNaCl溶液中に繰り返し浸し、H+とNa+を交換させ、液中に出たH+の全量を標準苛性ソーダ溶液で滴定する。
【0016】
図2で推察されたとおり、最大点強度と溶存フッ素量には明確な相関を有していることを見いだした。よって、本相関関係を利用することで溶存フッ素量の測定値から主鎖の劣化度合いを把握することができる。またイオン交換容量値と溶存フッ素量についても明確な相関を有しており、溶存フッ素量の測定値から側鎖の劣化度合いもまた把握することができる。
【0017】
上記のように、加速試験により事前に取得した相関関係(最大点強度と溶存フッ素量、及びイオン交換容量と溶存フッ素量)に基づき、運転中に連続的に測定できる溶存フッ素濃度の値から、フッ素樹脂系高分子電解膜の主鎖及び側鎖の劣化の度合いを常時また多元的に評価することが可能となった。
[発明の効果]
【0018】
本方法は、高分子膜の主鎖および側鎖の性能を示す指標である引っ張り強度(最大点強度)及びイオン交換容量値が、劣化に伴って水中に溶出するフッ素イオン量で把握できることを発見し、連続・遠隔測定が容易なフッ素イオン量を測定することでトリチウム汚染水等放射性元素取り扱い環境下におけるフッ素樹脂系高分子電解膜の劣化度合いに関する従来の評価手法の課題を克服し、電解膜劣化度合いを常時・多元的に評価
することを可能とするものである。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】固体高分子電解膜の構造と従来の劣化度合い評価方法とを示す図である。
【図2】従来法で測定した引っ張り強度とγ線照射線量との関係、及びγ線照射線量と溶存フッ素量との関係を示す図である。
【図3】最大点強度と熔存フッ素量との相関関係、及びイオン交換容量と溶存フッ素量との相関関係を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
放射性を持つトリチウム水を含む水の電気分解用固体高分子型電解槽を構成するプロトン(H+)伝導性のフッ素樹脂系高分子電解膜において、電解膜の主鎖の性能を示す強度及び導電性能を示し側鎖の性能を評価する指標であるイオン交換容量値の二つの指標が、劣化によって循環水中に溶出するフッ素イオン量と共に強い相関があることを利用し、フッ素イオン量の監視のみからフッ素樹脂系高分子電解膜の劣化度合いを多元的に評価する方法。
【請求項2】
連続・遠隔測定が容易なフッ素イオン量により、電解膜の劣化度を、試料サンプリングすることなく常時・監視評価する請求項1記載の方法。













【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−161083(P2006−161083A)
【公開日】平成18年6月22日(2006.6.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−352143(P2004−352143)
【出願日】平成16年12月6日(2004.12.6)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 社団法人 日本原子力学会、日本原子力学会 2004年秋の大会 予稿集 2004年8月5日発行
【出願人】(505374783)独立行政法人 日本原子力研究開発機構 (727)
【Fターム(参考)】