説明

高分子電解質膜の保管方法

【課題】高分子電解質膜を積層フィルムの形態で所定期間保管したとしても、燃料電池用として安定した特性を発現する高分子電解質膜の保管方法を提供する。
【解決手段】溶液キャスト法により製造される支持基材と高分子電解質膜とが積層された積層フィルムを用いる前記高分子電解質膜の保管方法であって、
前記積層フィルムにある前記支持基材に含有される有機溶媒の重量濃度をP(重量ppm)、保管期間をT(hr)としたとき、下記式(S1)及び(S2)の関係を満足する保管方法。
P≦5000 ・・・(S1)
P×T≦900000 ・・・(S2)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体高分子形燃料電池に使用される高分子電解質膜の保管方法に関する。
【背景技術】
【0002】
固体高分子形燃料電池(以下、場合により「燃料電池」という)は高電圧と大電流とが得られやすいため、自動車用稼動源等に期待されている。この燃料電池は、イオン伝導性を有する高分子電解質膜の両面に触媒層及びガス拡散層を配置し、さらにガスシール部材及び反応ガス流路及び電子伝導性を有するセパレータとを組み合わせてなる単セルを基本単位として構成されている。
前記燃料電池に用いられる高分子電解質膜の製造方法としては、通常溶液キャスト法と呼ばれる製造方法が用いられている(例えば、特許文献1参照)。これは高分子電解質を溶媒に溶解させた高分子電解質溶液を支持基材上に流延塗布した後、流延塗布して形成された膜から前記溶媒を除去し、前記支持基材上に高分子電解質膜を得る方法である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2008−159580号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、前記高分子電解質膜は前記溶液キャスト法により製造された後、直ちに燃料電池製造に使用されることは稀であり、通常、該溶液キャスト法で得られるような高分子電解質膜と支持基材とが積層された積層フィルムの形態で所定期間保管される。そして、所定期間経過した後、前記積層フィルムから前記支持基材を剥離して高分子電解質膜を得、この高分子電解質膜が燃料電池製造に供される。しかしながら、このようにして積層フィルムを所定期間保管した後、該積層フィルムから支持基材を除去して得られる高分子電解質膜は製造直後のものと比して、所望の特性が発現されない場合があった。このような問題を有しているにもかかわらず、これまで提案されている溶液キャスト法により得られる高分子電解質膜は、積層フィルムの形態で保管する検討はほとんど、なされていないのが現状であった。
そこで本発明の目的は、かかる状況に鑑みてなされたものであり、燃料電池等に使用される高分子電解質膜を、前記積層フィルムの形態で所定期間保管したとしても、燃料電池用として安定した特性を発現する高分子電解質膜の保管方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、上記目的を達成するべく鋭意研究を行った結果、本発明を完成するに至った。
即ち、本発明は、以下の<1>を提供するものである。
<1>高分子電解質を含む高分子電解質膜と、
支持基材と、が積層された積層フィルムを用いる前記高分子電解質膜の保管方法であって、
前記支持基材に含有される有機溶媒の重量濃度をP(重量ppm)、保管期間をT(hr)としたとき、以下の式(S1)及び(S2)の関係を満足する保管方法
P≦5000 ・・・(S1)
P×T≦900000 ・・・(S2)
【0006】
さらに本発明は前記<1>に係る好適な実施態様として、以下の<2>〜<9>を提供する。
<2>前記有機溶媒が、前記高分子電解質を溶解し得る有機溶媒である、<1>の保管方法;
<3>前記有機溶媒が、非プロトン性極性溶媒を含む、<1>又は<2>の保管方法; <4>10℃以上80℃以下の温度条件で保管する、<1>〜<3>のいずれかの保管方法;
<5>20%RH以上80%RH以下の湿度条件で保管する、<1>〜<4>のいずれかの保管方法;
<6>前記積層フィルムが長尺状のフィルムであり、巻芯に巻き取られた巻物の形態である、<1>〜<5>のいずれかの保管方法;
<7>前記高分子電解質膜が、イオン交換基を有する構造単位とイオン交換基を有さない構造単位とからなる高分子電解質である、<1>〜<6>のいずれかの保管方法;
<8>前記支持基材の材質が、ポリエステル系樹脂又はポリオレフィン系樹脂である、<1>〜<7>のいずれかの保管方法;
<9>前記高分子電解質膜が、波長が600nm以下の光に曝される時間をE(hr)としたとき、さらに、以下の式(S3)の関係を満足することを特徴とする請求項1〜8のいずれかに記載の保管方法。
E≦100 ・・・(S3)
<10>前記積層フィルムが、以下の(i)〜(iv)の工程を含む溶液キャスト法で得られた積層フィルムである、<1>〜<9>のいずれかの保管方法;
(i)前記高分子電解質を前記有機溶媒に溶解して高分子電解質溶液を調製する工程
(ii)連続的に走行している支持基材に、前記(i)で得られた高分子電解質溶液を連続的に流延塗布して、前記支持基材と高分子電解質を含有する層とが積層されてなる積層フィルム1を連続的に得る工程
(iii)前記(ii)で得られた積層フィルム1を、乾燥炉を通過させて、前記高分子電解質を含有する層に残存する前記有機溶媒を乾燥除去して、支持基材と高分子電解質膜中間体とが積層されてなる積層フィルム2を連続的に得る工程
(iv)前記(iii)で得られた積層フィルム2にある前記高分子電解質膜中間体に洗浄溶媒を接触させることで洗浄し、さらに乾燥させて、支持基材と高分子電解質膜とが積層されてなる積層フィルムを得る工程
【0007】
さらに本発明は前記いずれかの保管方法で保管された高分子電解質膜を用いる以下の<11>及び<12>を提供する。
<11><1>〜<10>のいずれかの保管方法で保管された前記積層フィルムから、前記支持基材を剥離して得られる、高分子電解質膜;
<12><11>の高分子電解質膜を備える、固体高分子形燃料電池;
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、積層フィルムの形態で高分子電解質膜を、所定期間保管したとしても、該高分子電解質膜の製造直後のものとほぼ同等の特性を有する高分子電解質膜を安定的に得ることが可能となる。また、該積層フィルムにある支持基材に含有される有機溶媒の重量濃度を適正化することにより、比較的長期間(たとえば80日間程度)保管することも可能となる。このように安定的に高分子電解質膜を積層フィルムの形態で保管できることは、燃料電池の工業的製造をより容易にするものであり、産業上の価値は極めて大きい。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】溶液キャスト法による積層フィルム製造の要部を表す断面模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明者は、溶液キャスト法により前記高分子電解質膜と、前記支持基材と、が積層された積層フィルムを製造すると、この溶液キャスト法に使用した高分子電解質溶液に含まれる有機溶媒の一部が支持基材中に浸出し、このように支持基材中に有機溶媒が特定量含有された積層フィルムは、長期間保管すると高分子電解質膜の特性を損ないやすいことを見出した。そして、溶液キャスト法により製造される前記積層フィルムにおいて、使用する高分子電解質溶液から前記支持基材へと浸出する有機溶媒の重量濃度P(重量ppm)と、保管期間T(hr)と、を前記式(S1)及び(S2)の関係を満たすように制御することで、該積層フィルムの形態で高分子電解質膜を保管したとしても、当該高分子電解質膜の特性、特に当該高分子電解質膜の燃料電池用として使用する際の必要特性が損なわれないということを見出すに至った。
また、本発明者は、前記式(S1)及び(S2)の関係を満たさないような条件で該積層フィルムを保管した場合、保管後の積層フィルムから支持基材を剥離等して得られる高分子電解質膜が、該高分子電解質膜の製造直後のものと比して所望の特性が発現されない原因に関し、さらに詳細に検討した。その結果、このような積層フィルムから高分子電解質膜を得ると、得られる高分子電解質膜は、折れ易くなって皺が生じたり、剥離痕が発生したり、するという現象が生じ、このような皺や剥離痕によって高分子電解質膜の特性が損なわれていることを見出すに至った。そして、該積層フィルムの製造において、特に支持基材中に浸出する有機溶媒の重量濃度と、保管時間と、を制御した特定条件で保管を行えば、前記積層フィルムを長期間経過した後、支持基材を剥離しても、このような皺や剥離痕の発生を劇的に減少できることを見出すことができた。なお、この有機溶媒の重量濃度とは、前記積層フィルムにある支持基材の総重量に対する該支持基材に含有される有機溶媒量の重量割合をいう。また、前記式(S2)において、PとTとの積(P×T)の単位は、重量ppm・hrになるが、本発明では簡単に表すために、この単位は省略することにする。
以下、本発明の保管方法に関し、積層フィルムの好適な製造方法、積層フィルムの保管条件、積層フィルムから高分子電解質膜を得る方法、得られた高分子電解質膜に関わる用途に関し、順次説明する。
【0011】
<積層フィルム及び溶液キャスト法による製造方法>
本発明の積層フィルムの高分子電解質膜に関し、該高分子電解質膜に含まれる好適な高分子電解質について、まず具体的に説明する。なお、該高分子電解質は高分子電解質膜の総重量に対して50重量%以上、好ましくは70重量%以上、特に好ましくは90重量%以上の割合で含むものである。
該高分子電解質は、イオン交換基を有するものが好ましい。その理由は、このようにイオン交換基を有する高分子電解質を用いて燃料電池用の高分子電解質膜を得たとき、該高分子電解質膜のイオン伝導性が良好になるためである。特にプロトン伝導性を発現するイオン交換基を有する高分子であると好ましく、そのようなイオン交換基としては、スルホン酸基(−SO3H)、スルホニルイミド基(−SO2−NH−SO2−)に代表される強酸性を有するプロトン交換基が挙げられ、これらの中でも特にスルホン酸基が好ましい。
なお、これらのプロトン交換基は、部分的に、あるいは全てが金属イオン等でイオン交換されて塩を形成していてもよいが、実質的に全てのプロトン交換基が遊離酸の形態であることが、燃料電池に使用する際には好ましい。また、該プロトン交換基が遊離酸の形態であると、後述する積層フィルムの製造において、高分子電解質溶液の調製がより容易になるという利点もある。
【0012】
前記高分子電解質がイオン交換基を有するものである場合、該イオン交換基の導入量は、高分子電解質単位重量当たりのイオン交換基数、即ちイオン交換容量で表して、0.5meq/g〜4.0meq/gが好ましく、1.0meq/g〜2.8meq/gであると、さらに好ましい。該イオン交換容量がこの範囲であると、得られる高分子電解質膜のプロトン伝導性や耐水性がより良好となり、いずれも燃料電池の使用される高分子電解質膜としての機能が優れるので好ましい。
【0013】
以下、好適なイオン交換基を有する高分子電解質に関し詳述する。
前記高分子電解質としては、ナフィオン(デュポン社の登録商標)に代表されるフッ素系高分子電解質や炭化水素系高分子電解質が挙げられるが、特に炭化水素系高分子電解質が好ましい。なお、ここでいう「フッ素系高分子電解質」とは当分野では周知の呼称であるが、本発明においては、高分子電解質の構成元素含有量で見た場合、フッ素原子の含有量が15重量%以上であるものをフッ素系高分子電解質、フッ素原子等のハロゲン原子の含有量が15重量%を下回るものを炭化水素系高分子電解質という。本発明に使用する炭化水素系高分子電解質としては、ハロゲン原子の含有量が1重量%以下であると、より好ましい。
【0014】
また、本発明の積層フィルムにある高分子電解質膜には、前記フッ素系高分子電解質と前記炭化水素系高分子電解質とを混合して使用することもできる。また、イオン交換基を有しない高分子電解質を混合して使用することも可能である。
この場合、該高分子電解質膜を構成する高分子電解質は、該高分子電解質の総重量に対して、炭化水素系高分子電解質の含有量が50重量%以上であると好ましく、70重量%以上であるとさらに好ましく、90重量%以上であると特に好ましい。このような含有量で炭化水素系高分子電解質を含む高分子電解質膜が好ましいが、該高分子電解質膜には、本発明の効果を妨げない範囲であれば、炭化水素系高分子電解質以外の高分子や添加剤等が含まれていてもよい。
【0015】
このような高分子電解質の具体例としては、例えば、下記の(A)〜(F)で表される高分子電解質が挙げられる。
(A)主鎖が脂肪族炭化水素からなる高分子に、イオン交換基が導入された高分子電解質;
(B)主鎖が脂肪族炭化水素からなり、主鎖の一部又は全部の水素原子がフッ素原子で置換された高分子に、イオン交換基が導入された高分子電解質;
(C)主鎖が芳香環を有する高分子に、イオン交換基が導入された高分子電解質;
(D)主鎖が、シロキサン基やフォスファゼン基等の無機の単位構造を有する高分子にイオン交換基が導入された高分子電解質;
(E)(A)〜(D)に使用する高分子の主鎖を構成する構造単位から2種以上を選び、それらを組み合わせた共重合体に、イオン交換基が導入された高分子電解質;
(F)主鎖や側鎖に窒素原子を含む炭化水素系高分子に、硫酸やリン酸等の酸性化合物をイオン結合により導入した高分子電解質
【0016】
より具体的には、前記(A)〜(F)の高分子電解質を例示する。なお、以下の例示においては、イオン交換基がスルホン酸基である場合を主として例示するが、このスルホン酸基を別のイオン交換基に置き換えたものでもよい。
前記(A)の高分子電解質としては、例えば、ポリビニルスルホン酸、ポリスチレンスルホン酸、ポリ(α−メチルスチレン)スルホン酸等が挙げられる。
【0017】
前記(B)の高分子電解質としては、特開平9−102322号公報に記載された炭化フッ素系ビニルモノマーと炭化水素系ビニルモノマーとの共重合によって製造された高分子を主鎖とし、スルホン酸基を有する炭化水素鎖を側鎖とし、共重合様式がグラフト重合であるスルホン酸型ポリスチレン−グラフト−エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体(ETFE)や、米国特許第4,012,303号公報又は米国特許第4,605,685号公報に記載された方法により得られる、炭化フッ素系ビニルモノマーと炭化水素系ビニルモノマーとの共重合によって作られたポリマーに、α,β,β−トリフルオロスチレンをグラフト重合させ、これにスルホン酸基を導入して固体高分子電解質としたスルホン酸型ポリ(トリフルオロスチレン)−グラフト−ETFE等も挙げられる。
【0018】
前記(C)の高分子電解質は、主鎖に酸素原子等のヘテロ原子を含むものであってもよい。このような高分子電解質としては、例えば、ポリエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリエーテルエーテルスルホン、ポリ(アリーレンエーテル)、ポリイミド、ポリ((4−フェノキシベンゾイル)−1,4−フェニレン)、ポリフェニレンスルフィド、ポリフェニルキノキサレン等の単独重合体のそれぞれに、スルホン酸基が導入されたものが挙げられる。具体的には、スルホアリール化ポリベンズイミダゾール、スルホアルキル化ポリベンズイミダゾール(例えば、特開平9−110982号公報参照)等が挙げられる。
【0019】
前記(D)の高分子電解質としては、例えば、ポリフォスファゼンにスルホン酸基が導入されたもの等が挙げられる。これらは、Polymer Prep.,41,No.1,70(2000)に準じて容易に製造することができる。
【0020】
前記(E)の高分子電解質は、ランダム共重合体にスルホン酸基が導入されたもの、交互共重合体にスルホン酸基が導入されたもの、ブロック共重合体にスルホン酸基が導入されたもののいずれであってもよい。例えば、ランダム共重合体にスルホン酸基が導入されたものとしては、特開平11−116679号公報に記載されたようなスルホン化ポリエーテルスルホン重合体が挙げられる。また、ブロック共重合体にスルホン酸基が導入されたものとしては、特開2001−250567号公報に記載されたようなスルホン酸基を含むブロックを有するものが挙げられる。また、特開2005−126684号公報や特開2005−139432号公報に記載された芳香族ポリエーテル構造を有し、イオン交換基を有するブロックとイオン交換基を実質的に有さないブロックとからなるブロック共重合体、国際公開WO2006/95919号公報に記載されたイオン交換基を有するポリアリーレンブロックを有するブロック共重合体等も挙げることができる。
【0021】
前記(F)の高分子電解質としては、例えば、特表平11−503262号公報に記載されたようなリン酸を含有させたポリベンズイミダゾール等が挙げられる。
【0022】
本発明に使用する高分子電解質としては、イオン交換基を有する構造単位とイオン交換基を有さない構造単位とからなる共重合体であると好ましい。このような共重合体を用いて得られる高分子電解質膜は、支持基材との間に適度の接着性が発現し、後述する積層フィルムの製造中においても、本発明の保管方法の保管期間中においても、支持基材と高分子電解質膜との間に剥がれ等が生じることを十分に防止できる傾向がある。また、このような共重合体であると、得られる高分子電解質膜が良好な機械強度を有するものが得られやすく、燃料電池用として有利であるという利点もある。なお、かかる共重合体に関し、2種の構造単位の共重合様式は、ランダム共重合、ブロック共重合、グラフト共重合又は交互共重合のいずれであってもよく、これらの共重合様式を組合わせたものでもよい。
【0023】
燃料電池用として良好な耐熱性を有する高分子電解質膜を得るためには、前記炭化水素系高分子電解質の中でも、主鎖に芳香環を有するものが好ましく、さらには主鎖を構成する芳香環を有し、且つ該芳香環に直接結合または他の原子もしくは原子団を介して間接的に結合したイオン交換基を有する炭化水素系高分子電解質が好ましい。特に、主鎖を構成する芳香族を有し、さらに芳香環を有する側鎖を有してもよく、主鎖を構成する芳香環か側鎖の芳香環の、どちらかの芳香環に直接結合したイオン交換基を有する炭化水素系高分子電解質が好ましい。
【0024】
好ましいイオン交換基を有する構造単位としては、下記式(1a)、式(2a)、式(3a)又は式(4a)(以下、「式(1a)〜(4a)」のように表記することがある)で表される構造単位であり、これらは高分子電解質中に2種以上含まれていてもよい。

(式中、Ar1〜Ar9は、互いに独立に、主鎖を構成する芳香環を有し、さらに芳香環を有する側鎖を有してもよい2価の芳香族基を表す。該主鎖を構成する芳香環か側鎖の芳香環の少なくともどちらかの芳香環に直接結合したイオン交換基を有する。
Z、Z’は互いに独立にカルボニル基又はスルホニル基を表し、X、X’、X”は互いに独立にオキシ基又はチオキシ基を表す。Yは直接結合もしくは下記式(100)で示される基を表す。pは0、1または2を表し、q、rは互いに独立に1、2または3を表す。

【0025】
また、好ましいイオン交換基を有さない構造単位としては、下記式(1b)、式(2b)、式(3b)又は(4b)(以下、「式(1b)〜(4b)」のように表記することがある)で表される構造単位であり、これらは高分子電解質中に2種以上含まれていてもよい。

(式中、Ar11〜Ar19は、互いに独立に側鎖としての置換基を有していてもよい2価の芳香族基を表す。Z、Z’は、互いに独立にカルボニル基又はスルホニル基を表し、X、X’、X”は互いに独立にオキシ基又はチオキシ基を表す。Yは直接結合もしくは下記式(100)で示される基を表す。p’は0、1又は2を表し、q’、r’は互いに独立に1、2又は3を表す。)

(式中、Ra及びRbは互いに独立に、水素原子、置換基を有していてもよい炭素数1〜10のアルキル基、置換基を有していてもよい炭素数1〜10のアルコキシ基、置換基を有していてもよい炭素数6〜18のアリール基、置換基を有していてもよい炭素数6〜18のアリールオキシ基又は置換基を有していてもよい炭素数2〜20のアシル基を表し、RaとRbが連結してそれらが結合する炭素原子と共に環を形成していてもよい。)
【0026】
式(1a)〜(4a)におけるAr1〜Ar9は、2価の芳香族基を表す。2価の芳香族基としては、例えば、1,3−フェニレン、1,4−フェニレン等の2価の単環性芳香族基、1,3−ナフタレンジイル、1,4−ナフタレンジイル、1,5−ナフタレンジイル、1,6−ナフタレンジイル、1,7−ナフタレンジイル、2,6−ナフタレンジイル、2,7−ナフタレンジイル等の2価の縮環系芳香族基、ピリジンジイル、キノキサリンジイル、チオフェンジイル等のヘテロ芳香族基等が挙げられる。好ましくは2価の単環性芳香族基である。
【0027】
また、Ar1〜Ar9は、置換基を有していてもよい炭素数1〜10のアルキル基、置換基を有していてもよい炭素数1〜10のアルコキシ基、置換基を有していてもよい炭素数6〜18のアリール基、置換基を有していてもよい炭素数6〜18のアリールオキシ基又は置換基を有していてもよい炭素数2〜20のアシル基で置換されていてもよい。
【0028】
式(1a)の構造単位におけるAr1及び/又はAr2、式(2a)の構造単位におけるAr1〜Ar3の少なくとも1つ以上、式(3a)の構造単位におけるAr7及び/又はAr8、式(4a)の構造単位におけるAr9には、主鎖を構成する芳香環に少なくとも一つのイオン交換基を有する。イオン交換基として、上述のようにカチオン交換基(強酸性基)がより好ましく、スルホン酸基がより好ましい。
【0029】
式(1b)〜(4b)におけるAr11〜Ar19は、2価の芳香族基を表す。2価の芳香族基としては、例えば、1,3−フェニレン、1,4−フェニレン等の2価の単環性芳香族基、1,3−ナフタレンジイル、1,4−ナフタレンジイル、1,5−ナフタレンジイル、1,6−ナフタレンジイル、1,7−ナフタレンジイル、2,6−ナフタレンジイル、2,7−ナフタレンジイル等の2価の縮環系芳香族基、ピリジンジイル、キノキサリンジイル、チオフェンジイル等のヘテロ芳香族基等が挙げられる。好ましくは2価の単環性芳香族基である。
また、これらの2価の芳香族基は置換基を有していてもよく、この置換基の説明は前記Ar1〜Ar9の場合と同様である。
【0030】
該炭化水素系高分子電解質は、構造単位として、前記の式(1a)〜(4a)のうち、いずれか1種以上のイオン交換基を有する構造単位と、前記の式(1b)〜(4b)のうち、いずれか1種以上のイオン交換基を有さない構造単位とを含む共重合体であることが好ましく、共重合様式としては前記のいずれでもよい。
【0031】
中でも、上述の2種の構造単位を、各々主として含むブロックを有する炭化水素系高分子電解質、すなわち、イオン交換基を有するブロック、及びイオン交換基を実質的に有さないブロックとを、それぞれ一つ以上有し、共重合形式がブロック共重合又はグラフト共重合の炭化水素系高分子電解質がより好ましく、さらに好ましくは共重合形式がブロック共重合の炭化水素系高分子電解質である。なお、グラフト重合とは、イオン交換基を有するブロックから構成された分子鎖に、側鎖としてイオン交換基を実質的に有さないブロックを有する構造の高分子であるか、イオン交換基を実質的に有さないブロックから構成された分子鎖に、側鎖としてイオン交換基を有するブロックを有する構造の高分子であることを意味する。
【0032】
ここで、「イオン交換基を有するブロック」とは、かかるブロックを構成する構造単位1個当たりに、イオン交換基が平均0.5個以上有するブロックであることを意味し、構造単位1個当たりで平均1.0個以上有しているとより好ましい。
一方、「イオン交換基を実質的に有しないブロック」とは、かかるブロックを構成する構造単位1個当たりに、イオン交換基が平均0.1個以下のセグメントであることを意味し、平均0.05個以下であるとさらに好ましく、平均0個すなわちイオン交換基が皆無であるブロックが特に好ましい。
【0033】
本発明に用いる炭化水素系高分子電解質が好適なブロック共重合体である場合、該ブロック共重合体としては、それを膜の形態にしたとき、この膜がミクロ相分離構造を形成するものが好ましい。ここでいうミクロ相分離構造とは、異種のポリマーブロック同士が化学結合で結合されていることにより、分子鎖サイズのオーダーでの微視的相分離が生じてできる構造を指す。例えば、透過型電子顕微鏡(TEM)で見た場合に、イオン交換基を有するブロックの密度がイオン交換基を実質的に有さないブロックの密度より高い微細な相(親水性ドメイン)と、イオン交換基を実質的に有さないブロックの密度がイオン交換基を有するブロックの密度より高い微細な相(疎水性ドメイン)とが混在し、各ミクロドメイン構造のドメイン幅すなわち恒等周期が数nm〜数100nmであるような構造を指す。好ましくは、その恒等周期が5nm〜100nmのミクロ相分離構造を形成している膜である。
前記のようなミクロ相分離構造を形成している膜は、イオン伝導性に係る親水性ドメインと、機械強度や耐水性に係る疎水性ドメインとを有し、これらの性能を高度に維持することができ、燃料電池用の高分子電解質膜として好適である。そして、このようなミクロ相分離構造を形成している高分子電解質膜は、該疎水性ドメインが支持基材との間に良好な接着性を発現し、該親水性ドメインが積層フィルムから支持基材を剥離する際に良好に作用することが期待される。
【0034】
該ブロック共重合体の代表例としては、例えば特開2005−126684号公報や特開2005−139432号公報に記載された芳香族ポリエーテル構造を有し、イオン交換基を有するブロックとイオン交換基を実質的に有さないブロックとからなるブロック共重合体、国際公開WO2006/95919号公報に記載されたイオン交換基を有するポリアリーレンブロックを有するブロック共重合体等が挙げられる。
【0035】
特に好ましいブロック共重合体としては、前記の式(1a)〜(4a)からなる群より選ばれるイオン交換基を有する構造単位から構成されるブロック(イオン交換基を有するブロック)と、前記の式(1b)〜(4b)からなる群より選ばれるイオン交換基を有さない構造単位から主として構成されるブロック(イオン交換基を実質的に有さないブロック)とを有するものが挙げられる。具体的に例示すると、下記の表1に示すブロックの組み合わせからなるものが挙げられる。
【0036】
【表1】

【0037】
表1に示すブロック共重合体の中でもさらに好ましくは、前記の<ウ>、<エ>、<オ>、<キ>、<ク>で表されるブロック共重合体であり、特に好ましくは、前記の<キ>、<ク>のブロック共重合体である。
【0038】
好適なブロック共重合体としては、以下に示すイオン交換基を有する構造単位から選ばれる1種又は2種以上の構造単位から構成されたブロック(イオン交換基を有するブロック)と、以下に示すイオン交換基を有さない構造単位から選ばれる1種又は2種以上の構造単位から構成されたブロック(イオン交換基を実質的に有さないブロック)とからなるブロック共重合体が挙げられる。なお、両セグメント同士は直接結合している形態でもよく、適当な原子又は原子団で連結している形態でもよい。ここでいうセグメント同士を結合する原子又は原子団の典型的なものとしては、2価の芳香族基、酸素原子、硫黄原子、カルボニル基、スルホニル基、芳香族基又はこれらを組み合わせてなる2価の基が挙げられる。
【0039】
以下、芳香環を有する好適な高分子電解質において、イオン交換基を有する構造単位の好適例を挙げる。なお、ここに示す例示においても、イオン交換基がスルホン酸基であるものを代表例として表すことにする。

(イオン交換基を有する構造単位)

【0040】
イオン交換基を有さない構造単位の代表例としては以下のとおりである。

(イオン交換基を有さない構造単位)

【0041】
前記ブロック共重合体としては、イオン交換基を有するブロックを形成する構造単位の繰り返し数m、イオン交換基を実質的に有さないブロックを形成する構造単位の繰り返し数n、はともに5以上であることが好ましい。好ましくは、5〜1000の範囲であり、さらに好ましくは10〜500の範囲である。繰り返し数がこの範囲であるブロック共重合体は、イオン伝導性と、機械強度及び/又は耐水性とのバランスに優れるため燃料電池用の使用に好ましく、また各々のセグメントの製造自体も容易であるという利点もある。
【0042】
前記例示の中でも、イオン交換基を有するブロックを構成する構造単位としては、(2)、(10)及び(11)からなる群より選ばれる1つ以上であると好ましく、その中でも(10)及び/又は(11)であると特に好ましい。このような(10)及び/又は(11)からなるブロック(イオン交換基を有するブロック)を有する高分子電解質は、優れたイオン伝導性を発現し得るものであり、当該ブロックがポリアリーレン構造となるために化学的安定性も比較的良好となる傾向がある。
また、イオン交換基を有さないブロックを構成する構造単位としては、(12)、(14)、(16)、(18)、(20)及び(22)からなる群より選ばれる1つ以上であると好ましい。このような構造単位からなるブロック(イオン交換基を実質的に有さないブロック)を有する高分子電解質は優れた寸法安定性を発現できるという利点もあり、燃料電池用の高分子電解質膜として有用なものとなる。
【0043】
また、該高分子電解質の分子量は、ポリスチレン換算の数平均分子量で表して、5000〜1000000であることが好ましく、中でも15000〜400000であることが特に好ましい。このような範囲の分子量の高分子電解質を用いることにより得られる高分子電解質膜は、その膜の形状を安定的に維持できる傾向がある。
【0044】
前記積層フィルムにある高分子電解質膜は、高分子電解質以外の添加剤を含んでいてもよい。好適な添加剤としては、耐酸化性や耐ラジカル性等の化学的安定性を高めるための安定化剤が挙げられる。該安定化剤としては、例えば特開2003−201403号公報、特開2003−238678号公報及び特開2003−282096号公報に例示されているような添加剤が挙げられる。あるいは、特開2005−38834号公報及び特開2006−66391号公報に記載されている下式

(r=1〜2.5、s=0〜0.5、繰り返し単位の添え字数字は繰り返し単位のモル分率を示す。なお、ホスホン酸基[−P(O)(OH)2]の添え字rはビフェニレンオキシ基1個当たりの平均置換基数を表し、ブロモ基[−Br]の添え字sはビフェニレンオキシ基1個当たりの平均置換基数を表す。)

(r=1〜2.5、s=0〜0.5、繰り返し単位の添え字数字は繰り返し単位のモル分率を示す。なお、ホスホン酸基[−P(O)(OH)2]の添え字rはビフェニレンオキシ基1個当たりの平均置換基数を表し、ブロモ基[−Br]の添え字sはビフェニレンオキシ基1個当たりの平均置換基数を表す。)
で示されるホスホン酸基含有ポリマーを安定化剤として含有することができる。
添加する安定化剤含有量は、高分子電解質膜中の高分子電解質に係るイオン伝導性や膜の機械強度等を損なわない範囲で選ばれるが、好適には高分子電解質膜総重量に対して20重量%以内である。安定化剤含有量が、この範囲であると、高分子電解質膜のイオン伝導性等の特性が維持され、かつ該安定化剤の効果が発現しやすい。
【0045】
<支持基材>
次に、前記積層フィルムに用いる支持基材に関し説明する。
該支持基材としては、溶液キャスト法を用いて高分子電解質膜を製造する際に実施する乾燥条件に耐えうる耐熱性や寸法安定性を有するものが好ましい。また、積層フィルムにおいて、前記高分子電解質膜と支持基材とが強固に接着せず、剥離し得る基材が好ましい。ここでいう「耐熱性や寸法安定性を有する」とは、溶液キャスト法に用いる高分子電解質溶液を流延塗布後、溶媒除去のための加熱処理においても、熱変形しないことをいう。
また、「耐溶剤性を有する」とは、高分子電解質溶液中の有機溶媒によって基材自身が実質的に溶け出さないことをいう。また、「耐水性を有する」とは、pHが4.0〜7.0の水溶液中において、基材自身が実質的に溶け出さないことをいう。更に「耐溶剤性を有する」及び「耐水性を有する」とは、溶媒や水に対して化学劣化を起こさないことや、膨潤や収縮を起こさず寸法安定性が良いことも含む概念である。なお、該溶液キャスト法に関わる好適な実施態様は後述する。
【0046】
前記支持基材としては、流延塗布される表面が樹脂で形成された支持基材が適しており、通常は樹脂フィルムが用いられる。
樹脂フィルムからなる支持基材としては、オレフィン系フィルム、ポリエステル系フィルム、ポリアミド系フィルム、ポリイミド系フィルム、フッ素系フィルム等が挙げられる。中でもポリエステル系フィルムやポリイミド系フィルムは、耐熱性、耐寸法安定性、耐溶剤性等に優れるため好ましい。ポリエステル系フィルムとしては、ポリエチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリブチレンテレフタレート、芳香族ポリエステル等からなるフィルムが挙げられ、中でもポリエステル系フィルムやポリオレフィンフィルムが前記の諸特性に留まらず、汎用性やコスト面から工業的に好ましい。
【0047】
ポリオレフィンフィルムは典型的には、その材質がポリエチレン系樹脂及び/又はポリプロピレン系樹脂のフィルムである。ここでいうポリエチレン系樹脂とは、エチレン又は主としてエチレンを含むオレフィンを重合して得られるものであり、低密度ポリエチレン(LDPE)、高密度ポリエチレン(HDPE)、直鎖状低密度ポリエチレン(LLDPE)、エチレン/α−オレフィン共重合体等が例示される。
【0048】
また、前記ポリプロピレン系樹脂とは、プロピレン又は主としてプロピレンを含むオレフィンを重合して得られるものであり、プロピレンの単独重合体、あるいはプロピレンモノマー単位を50モル%以上含むプロピレン共重合体(当該共重合体としては、プロピレンと、エチレン及び/又はα−オレフィン(プロピレンを除く)との二元又は三元共重合体が好ましい)が例示される。
【0049】
本発明に用いる支持基材としては、一つの好適な実施態様はポリエステル系フィルムであり、該ポリエステル系フィルムの中でも、ポリエチレンテレフタレートからなるフィルム(PETフィルム)又はポリエチレンナフタレートフィルム(PENフィルム)が特に好適である。このようなPETフィルムやPENフィルムは上述の好適な高分子電解質を含む高分子電解質膜に対し適度な接着性を発現することができる。そのため、本発明の積層フィルムを保管している際に、高分子電解質膜の一部が剥離するという不都合が生じ難い。その反面、このようなPETフィルムやPENフィルムは前記高分子電解質膜と比較的親和性が良好であることから、該高分子電解質膜製造に用いた高分子電解質溶液に含有される有機溶媒に対する親和性も比較的高くなる。したがって、このような有機溶媒はPETフィルムやPENフィルムに浸出し易くなる傾向がある。したがって、支持基材としてPETフィルムやPENフィルムを使用した場合に、本発明により保管期間を適正化することにより、安定的な特性を有する高分子電解質膜の保管が可能となる。したがって、支持基材としてPETフィルムやPENフィルムを使用した場合は、本発明の効果がより一層享受される。
また、本発明に用いる支持基材としては、例示したポリオレフィン系フィルムの中でも、特にポリプロピレン系樹脂からなるフィルム(PPフィルム)が特に好適である。このようなPPフィルムは、溶液キャスト法に使用する溶液組成物から有機溶媒を吸収する能力が極めて少ないので、前記式(S2)を満たすようにして長時間の保管が可能となる。
【0050】
また、前記支持基材は、前記高分子電解質溶液に使用される前記有機溶媒を極端に吸収しないのであれば、表面処理を施してもよい。このような表面処理としては、コロナ処理やプラズマ処理や、フッ素処理等が例示される。また、このような支持基材の表面処理により、該支持基材が前記高分子電解質溶液にある前記有機溶媒を極端に吸収しないように改質することも可能である。
【0051】
前記支持基材の厚みは、後述する積層フィルムの製造において適度な強度を有し、且つ該積層フィルムを巻物の形態で保持できる低度の柔軟性を有するものが好ましい。このような強度と柔軟性を考慮した場合、前記支持基材の厚みは10μm〜300μmが好ましく、該積層フィルムの製造のハンドリング性を良好にする点から、該厚みは50μm〜100μmが好ましい。
【0052】
次に、本発明の積層フィルムの製造方法について、工程ごとに説明する。本発明の積層フィルムは、工業的な量産性を考慮すると、長尺状のものが好ましく、かかる長尺状の積層フィルムが巻芯に巻き取られた巻物の形態であることがハンドリング性に優れるので好ましい。
【0053】
より具体的に例示される、好適な積層フィルムの製造方法は、以下の(i)〜(iv)の工程を含む、溶液キャスト法による方法である。特に、長尺状の積層フィルムを得る場合、以下のような連続的製造は極めて有用であり、工業的生産には望ましい。

(i)前記高分子電解質を前記有機溶媒に溶解して高分子電解質溶液を調製する工程(調製工程)
(ii)連続的に走行している支持基材に、前記(i)で得られた高分子電解質溶液を連続的に流延塗布して、前記支持基材と高分子電解質を含有する層とが積層されてなる積層フィルム1を連続的に得る工程(塗布工程)
(iii)前記(ii)で得られた積層フィルム1を、乾燥炉を通過させて、前記高分子電解質を含有する層に残存する前記有機溶媒を乾燥除去して、支持基材と高分子電解質膜中間体とが積層されてなる積層フィルム2を連続的に得る工程(乾燥工程)
(iv)前記(iii)で得られた積層フィルム2にある前記高分子電解質膜中間体に洗浄溶媒を接触させることで洗浄し、さらに乾燥させて、支持基材と高分子電解質膜とが積層されてなる積層フィルムを得る工程(洗浄工程)
【0054】
まず、調製工程(i)において高分子電解質溶液を調製する。ここで該高分子電解質溶液に使用する有機溶媒としては、使用する1種又は2種以上の高分子電解質を溶解し得る溶媒が選ばれる。また、高分子電解質に加えて、高分子電解質以外の高分子、添加剤等の他の成分を用いる場合は、これら他の成分も共に溶解し得るものが好ましい。
かかる有機溶媒は、1重量%以上の濃度で高分子電解質を溶解し得る有機溶媒であり、好適には、当該高分子電解質を5〜50重量%の濃度で溶解し得る有機溶媒を用いることが好ましい。
なお、高分子電解質として2種以上の高分子電解質を用いる場合、用いた高分子電解質の合計を5〜50重量%以上の濃度で溶解し得る有機溶媒を用いる。また、この有機溶媒は、前記高分子電解質溶液を調整することが可能で、支持基材上に該高分子電解質溶液を流延塗布した後に、加熱処理により除去し得る程度の揮発性が必要である。
なお、高分子電解質溶液を調製する際に、高分子電解質を2種以上用いる場合や、高分子電解質以外の成分を併せて用いる場合、高分子電解質溶液を調製する際の仕込順序は特に制限されない。
【0055】
具体的に好適な有機溶媒を例示すると、ヘプタン、ヘキサン等の脂肪族炭化水素溶媒、トルエン、キシレン等の芳香族炭化水素溶媒、ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルアセトアミド(DMAc)、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)、ジメチルスルホキシド(DMSO)、γ-ブチロラクトン(GBL)等の非プロトン性極性溶媒、あるいはジクロロメタン、クロロホルム、1,2−ジクロロエタン、クロロベンゼン、ジクロロベンゼン等の塩素系溶媒、メタノール、エタノール、プロパノール等のアルコール類、エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、プロピレングリコールモノメチルエーテル、プロピレングリコールモノエチルエーテル等のアルキレングリコールモノアルキルエーテル、が好適に用いられる。これらは単独で用いることもできるが、必要に応じて2種以上の有機溶媒を混合して用いることもできる。中でも、非プロトン性極性溶媒を含む有機溶媒が好ましく、実質的に非プロトン性極性溶媒からなる有機溶媒が特に好ましい。ここでいう実質的に非プロトン性極性溶媒からなる有機溶媒とは企図せず含有される水分等を排除するものではない。該非プロトン性極性溶媒は、支持基材に対して親和性が比較的小さく、該支持基材に非プロトン性極性溶媒が吸収され難いという利点もある。また、前記した好適な高分子電解質であるブロック共重合体の溶解性が高いという点では、該非プロトン性極性溶媒の中でも、DMSO、DMF、DMAc、NMP、GBL又はこれらから選ばれる2種以上の混合溶媒が好ましい。
【0056】
高分子電解質を溶解し得る有機溶媒には、少なくとも1種、101.3kPa(1気圧)における沸点が150℃以上である有機溶媒を含むことが好ましい。前記高分子電解質を溶解し得る有機溶媒として沸点が150℃以下の有機溶媒のみを用いると、このような有機溶媒は揮発し易いことから、支持基材上に流延塗布して得られる高分子電解質を含む層が乾燥炉へと移動していく過程で、前記高分子電解質を含む層から有機溶媒が不均一に蒸散して、凹凸状の外観不良が発生するおそれがある。また、このような外観不良が発生した高分子電解質を含む層は、最終的に得られる高分子電解質膜にも残ることとなり、本発明の目的を損なうことになる。このような好適な沸点を有することからも、上述した非プロトン性極性溶媒は、前記高分子電解質溶液の調製に関し、好適な有機溶媒といえる。
【0057】
次に、塗布工程(ii)及び乾燥工程(iii)について説明する。
図1は、第1の実施形態の要部を模式的に示す断面図である。調製工程(i)で得られた高分子電解質溶液1を塗布装置2に配置し、送り出しボビン3から送り出され連続的に走行する支持基材10上に、前記高分子電解質溶液1を塗布装置2から流延塗布して、支持基材と高分子電解質を含む層からなる積層フィルム1(20)を連続的に形成する。ここで、支持基材10を走行させる手段としては、長尺の支持基材をボビンに備えた送り出しボビン3を強制回転させることで、塗布装置2への送り出す方式でもよいし、乾燥炉を通過した高分子電解質膜中間体と支持基材とからなる積層フィルム2を巻き取る巻き取りロール5(この巻き取りロールには、本発明の積層フィルムを巻き取り体で保持するための巻芯を備えている)を強制回転させることで、支持基材10を塗布装置2へと引き込む方式でもよいし、(i)、(ii)、(iii)で表される工程を連続して処理する途中に支持基材を走行させるためのガイドロール4を準備し、かかるガイドロール4を強制回転させる方式でもよい。
中でも、送り出しボビン3に巻き取られた形態で保持された支持基材10を連続的に送り出す方式が好ましく、さらには、送り出しボビン3が脱着可能であり、安定して連続に供給する機能を備えていれば特に好ましい。なお、支持基材10を塗布装置2へ供給する間、支持基材10に弛み等が発生しないように10〜1000N程度の張力を掛けておくことが好ましく、かかる張力は使用する支持基材10の種類によって適宜最適化できる。
【0058】
前記塗布装置2では、溶液キャストにより、走行する支持基材10上に前記高分子電解質溶液1を流延塗布する。流延塗布する方法としては、ローラーコート法、スプレイコート法、カーテンコート法、スロットコート法、スクリーン印刷法等の各種手段を用いることができるが、好ましくは、ダイと呼ばれる一定クリアランスが設けられた金型により、所定の幅及び厚みに賦型する方法が挙げられる。
このようにして走行している支持基材上に高分子電解質を含む層を形成せしめた積層フィルム1(20)が連続的に形成される。なお、「高分子電解質を含む層」とは、使用した高分子電解質溶液に含まれる高分子電解質、必要に応じて使用された添加剤及び流延時に揮発されず残存した有機溶媒を含有する層である。
積層フィルム1にある高分子電解質を含む層の層厚は、最終的に得られる高分子電解質膜の厚みが10〜300μmになるようにして決定することが好ましく、かかる高分子電解質を含む層の層厚は、支持基材10の走行速度、高分子電解質溶液1の固形分濃度(「固形分」とは、高分子電解質溶液1から溶媒等の揮発性の成分を除いたものを意味し、「固形分濃度」とは高分子電解質溶液全量に対する該固形分の重量濃度である)塗布装置における高分子電解質溶液の塗出量で調節することができる。
【0059】
前記のようにして連続的に形成された積層フィルム1は、乾燥工程(iii)を担う乾燥炉6へと誘導されるが、本発明の積層フィルムを製造するに当たっては、積層フィルム1(20)が形成された時点1から、当該積層フィルム1(20)が乾燥炉へと入炉する時点2までの時間をできるだけ短時間にすると好ましい。時点1から時点2までの時間を短時間にすれば、積層フィルム1(20)中で高分子電解質を含む層から、支持基材へと有機溶媒が移行することを十分防止し得るので、前記PETフィルムや前記PENフィルムのように前記高分子電解質溶液中の有機溶媒が吸収され易い支持基材を使用したとしても、支持基材中の有機溶媒の重量濃度を低くすることが可能となる。その結果、支持基材10の有機溶媒含有量(支持基材10への有機溶媒移行量)を低減することができる。なお、ここでいう時点1及び時点2とは、高分子電解質溶液1を塗布する前の支持基材10表面に任意の点を設定したとき、当該任意の点に高分子電解質溶液1を塗布された時点を時点1とし、この塗布された任意の点が乾燥炉6に入炉する時点を時点2とするものである。特に、支持基材10として前記有機溶媒に比較的親和性の高いPETフィルムやPENフィルムを用いた場合、時点1から時点2までの時間は、15分以内に設定することが好ましく、5分以内に設定することが好ましい。このような時点1から時点2までの時間を制御するには、前記塗布装置2と乾燥炉6までの配置距離及び支持基材10の走行速度を適宜最適化することで設定される。
【0060】
また、前記乾燥炉6の温度条件を最適化することでも、前記積層フィルム1(20)において高分子電解質を含む層から支持基材中へと有機溶媒が浸出することを抑制することができる。該乾燥炉6は通常、温風送風方式又は熱照射形式の乾燥炉であり、好適には40〜150℃の範囲で温度が設定されており、50〜140℃であることがより好ましい。なお、ここでいう温度とは、温風送風方式の乾燥炉の場合は温風の温度であり、熱照射形式の乾燥炉の場合は、加熱源の設定温度を意味する。
このように、所定の温度に設定された乾燥炉6を通過させることで、積層フィルム1の高分子電解質を含有する層にある揮発成分(主として、前記高分子電解質溶液1に使用した有機溶媒)を乾燥除去することで、該支持基材10上に高分子電解質膜中間体が積層された積層フィルム2(30)が連続的に得られる。
【0061】
本発明に用いる積層フィルムは、上記(iii)で示したように乾燥炉を通過して高分子電解質を含有する層にある揮発成分を除去した高分子電解質膜中間体を備えた積層フィルム2であってもよいが、当該高分子電解質を含有する層から有機溶媒を十分除去して得られる高分子電解質膜(中間体)の方が、前記積層フィルムから支持基材を除去して得られる高分子電解質膜を燃料電池に使用した場合、より良好な発電性能の燃料電池が得られるために好ましい。
【0062】
乾燥工程(iii)を経て得られた積層フィルム2(30)は、次工程(洗浄工程(iv))である洗浄溶媒による洗浄の効率を良好にするために、残存有機溶媒量をより低減しておくことが好ましく、前記有機溶媒量としては、当該積層フィルム2中、40重量%以下にすることが好ましい。積層フィルム2にある高分子電解質膜中間体の残存有機溶媒量としては30重量%以下が好ましく、25重量%以下がさらに好ましく、20重量%以下がより好ましい。なお、ここでいう残存有機溶媒量とは、積層フィルム2にある高分子電解質膜中間体の総重量を基準とするものである。
高分子電解質膜中間体に残存する有機溶媒量が40重量%より多いと、該高分子電解質中間体自体の強度が不十分になり易く、強度低下が著しい場合、積層フィルム2(30)を、巻き取りボビンを用いて巻き取ろうとすると、該高分子電解質膜中間体が破断するおそれもある。
【0063】
このように残存有機溶媒量を低減する点と、乾燥炉6における乾燥中に高分子電解質膜中間体が著しく劣化しない点との兼ね合いから、前記(ii)における乾燥炉中での滞留時間は50分以内であり、40分以内が好ましく、30分以内がより好ましい。一方、滞留時間の最小値は、実用的な範囲から言えば、5分以上が好ましく、10分以上がより好ましく、15分以上が特に好ましい。また、滞留時間が極端に短い条件で、高分子電解質膜中間体の有機溶媒を乾燥しようとすると、高分子電解質膜中間体の表面に凹凸等の外観不良が発生する傾向があり、本発明の保管方法により高分子電解質膜を保管したとしても、外観に優れた高分子電解質膜を得ることが困難になることがある。
【0064】
次に、洗浄工程(iv)について説明する。
前記のように、(i)、(ii)及び(iii)[以下、「(i)〜(iii)」のように呼ぶことがある]の工程を経て得られる積層フィルム2(30)は、洗浄溶媒による洗浄され、前記残存有機溶媒量をより一層低減させる。かかる洗浄は、前記乾燥炉を通過した積層フィルム2(30)が、該洗浄溶媒を備えた洗浄槽に連続的に浸漬されることにより洗浄する形式でもよく、乾燥炉を通過した積層フィルム2を巻芯(図1における巻き取りボビン5に備えられた巻芯)で一旦巻き取った後、積層フィルム2を巻き取ったものを、この製造装置から外し、新たに、洗浄を担う洗浄装置に配して、前記洗浄を行ってもよい。なお、該洗浄装置としては、積層フィルム2を巻き取った巻き取りボビンから、積層フィルム2を連続的に送り出して、積層フィルム2を、洗浄槽に連続的に供給して洗浄する連続洗浄方式でもよく、積層フィルム2を巻き取った巻き取りボビンから積層フィルム2を枚葉に切断して、得られた枚葉の積層フィルム2を洗浄する枚葉洗浄方式でもよく、連続洗浄方式と洗浄枚葉洗浄方式とを組合わせて洗浄を行う方式でもよい。また、このような洗浄溶媒と積層フィルム2との接触には通常、洗浄溶媒を室温〜50℃程度にして実施できる。ただし、積層フィルム2を枚葉に切断した場合、本発明の積層フィルムを巻物の形態で得ることができなくなるため、積層フィルム2を、洗浄溶媒を備えた洗浄槽に連続的に浸漬させて洗浄する形式が特に好ましい。
【0065】
このように、積層フィルム2の洗浄について説明したが、洗浄装置は、本発明の連続製造方法を担う製造装置と別に準備することが、洗浄における操作性と、洗浄工程自体の工程管理が容易であることから好ましい。
【0066】
積層フィルム2を洗浄するための洗浄溶媒としては、前記高分子電解質溶液調製に好適な有機溶媒である、DMSO、DMF、DMAc、NMP又はGBLあるいはこれらの組合せからなる混合溶媒を使用した場合、これらの有機溶媒の除去効率を勘案して、水性溶媒が好ましく、水を用いることがより好ましく、純水又は超純水を用いることが特に好ましい。
【0067】
また、本発明者等は洗浄溶媒を用いて洗浄された高分子電解質膜に残存する有機溶媒、特に前記高分子電解質溶液調製に用いた有機溶媒が、当該高分子電解質膜に多く残存していると、支持基材等の支持基材を剥離する際に皺等の発生が生じ易くなることを見出している(特開2008−159580号公報参照)。特に、用いる高分子電解質が燃料電池用に好適な前記ブロック共重合体である場合、洗浄後の高分子電解質膜の総重量に対する残存有機溶媒を6000重量ppm以下にすることが特に好ましい。
高分子電解質膜の総重量に対する残存有機溶媒をこのような範囲にするためには、前記特開2008−159580号公報で本発明者等が提案したように、積層フィルム2が接触している間は、積層フィルム2から有機溶媒が洗浄され、洗浄溶媒中に溶出されたとしても、洗浄溶媒中の該有機溶媒含有量を2500重量ppm以下に維持するようにすることが好ましい。このような範囲で洗浄溶媒中の該有機溶媒含有量を維持するには、予め洗浄する積層フィルム2の通過量に対して、十分以上の洗浄溶媒を備えた浸漬槽を準備するか、該浸漬槽にある洗浄溶媒に新たに洗浄溶媒を追加、必要に応じて該浸漬槽から洗浄溶媒をオーバーフローさせる等して、該有機溶媒含有量を低く維持することが重要である。
また、該洗浄溶媒中に、該有機溶媒が6000重量ppmを越えるような高濃度で存在していると、該洗浄溶媒にある該有機溶媒が支持基材に吸収されることもあるので、該支持基材中に含有される有機溶媒を5000重量ppm以下に維持することが困難になることもある。
【0068】
また、このように高分子電解質溶液調製に使用した有機溶媒を除去するために実施される洗浄の前に、高分子電解質膜に含有される高分子電解質の特性向上を目的として、酸・アルカリ処理を行うこともできる。該高分子電解質がスルホン酸基等のプロトン交換基を有するものである場合、酸処理が特に好ましい。なお、この酸処理としては、前記(iii)を経て得られた積層フィルム2を、前記(iv)の洗浄を行う前に適当な酸性水溶液と接触させればよい。この酸性水溶液には通常、強酸(塩酸、硝酸、硫酸等)が用いられ、その濃度は0.5〜6規定(N)程度に調製しておくことが好ましい。
【0069】
(i)〜(iv)を経て得られる積層フィルムは、高分子電解質膜と支持基材とが積層されてなり、当該高分子電解質膜には高分子電解質溶液に用いた有機溶媒の残存量が十分低くなっている。一方、かくして得られた積層フィルムには、前記(iv)で使用した洗浄溶媒が含まれているので、適当な乾燥手段により、この洗浄溶媒を除去することができる。
例えば、洗浄溶媒として純水又は超純水を使用した場合、この乾燥手段としては、20〜80℃程度で送風及び加熱処理を行えばよい。かかる乾燥手段の温度は、使用した高分子電解質の種類や支持基材の種類により適宜最適化できる。
【0070】
かくして得られた積層フィルムは、該積層フィルムにある支持基材中の、前記高分子電解質溶液に使用された有機溶媒の重量濃度(P)が5000重量ppm以下であると好ましい。こうすることにより、前記積層フィルムはたとえば、7日間(168hr)保管したとしても、支持基材を除去して得られる高分子電解質膜は皺・剥離痕の発生を良好に防止することができるので、製造直後の高分子電解質膜とほぼ同等の特性を有するものとなる。この重量濃度は2000重量ppm以下がより好ましく、500重量ppm以下であるとさらに好ましい。なお、本発明の保管方法において、たとえば支持基材から高分子電解質膜に有機溶媒が移行することにより、該支持基材の有機溶媒の重量濃度(P)が変わることもあるが、ここでいう重量濃度(P)は、該積層フィルムの製造直後から該保管方法で保管された期間において、該重量濃度(P)が最大となる時点での重量濃度を指す。
【0071】
<高分子電解質膜の保管方法>
本発明の高分子電解質膜の保管方法は、上述のように高分子電解質膜と支持基材とが積層フィルムの形態で、該積層フィルムにある支持基材中の有機溶媒の重量濃度(P)が前記の範囲であることが必要である。
以下、本発明の保管方法の保管条件に関し説明する。該保管方法に係る保管温度は、10〜80℃の範囲が好ましく、20〜40℃であるとさらに好ましい。このような保管温度で保管するには、恒温状態を維持可能な保管室、たとえば恒温室内で保管すればよい。
また、本発明の保管方法に係る湿度条件は、20%RH〜80%RHの範囲が好ましく、20%RH〜60%RHであるとさらに好ましい。このような湿度条件で保管するには、たとえば、恒湿室中で保管すればよい。また、保管環境中に有機溶媒が存在する場合でも前記式(S1)及び式(S2)を満たす様に保管すればよい。
本発明において、保管期間T(hr)とは、積層フィルム製造直後からの保管期間であり、例えば、洗浄を行った高分子電解質膜と支持基材とが積層されてからの積算時間である。ここで用いる支持基材は、製膜工程で用いる支持基材を用いてもよいし、別の支持基材を用いてもよい。具体的には、上記(iv)の工程が終了してからの積算時間があげられる。保管期間T(hr)は、後述する時間E(hr)に関わらず、経過した時間を指す。保管期間T(hr)は、本発明の範囲を超えない範囲であればよいが、より外観不良が発生する確率を低めるため、2000hr以下であることが好ましい。より好ましくは1000hr以下、更に好ましくは500hr以下であり、特に好ましくは200hr以下である。
また保管期間T(hr)の下限は、より外観を向上させるため、ある養生期間を設けた方が、膜内の洗浄液(例えば水)の分布が均一となり、本発明の効果を十分享受でき、好ましくは0.25hr以上、より好ましくは3hr以上、更に好ましくは6hr以上であり、特に好ましくは12hr以上である。
前記式(S1)及び式(S2)を満たすようにして前記積層フィルムを保管すれば、100日間程度の長期間に渡って、積層フィルムを保管したとしても、得られる高分子電解質膜は、皺や剥離痕といった外観異常の発生を極めて良好に防止することができる。高分子電解質膜をこのように長期間に渡って保管し得る本発明の保管方法は、燃料電池の工業的生産をより容易にし、産業上極めて有用である。
【0072】
また、本発明の高分子電解質膜の保管方法は、前記式(S1)及び式(S2)を満たすことに加えて、以下の式(S3)を満たすことが好ましい。
E≦100 ・・・(S3)
ここで言う時間E(hr)は、高分子電解質膜製造直後から、保管期間が終了するまでの間に、例えば、支持基材上の高分子電解質膜が、波長が600nm以下の光に曝される時間の積算値である。具体的には、上記(iii)の工程以降に光に曝された時間があげられる。E(hr)は、製膜する際の乾燥工程および/または洗浄工程で、高分子電解質膜が、波長600nm以下の光に曝されていれば、この波長600nm以下の光に曝された時間は、時間E(hr)に含まれる。巻物の状態で波長600nm以下の光に曝された場合、光が高分子電解質膜まで到達しなければ、E(hr)には含まれず、また、波長600nm以下の光が遮蔽されていれば、E(hr)には含まれない。
高分子電解質膜が、波長が600nm以下の光に曝される時間E(hr)が長いと、高分子電解質膜の色調が変化したり、電解質膜が脆化したりする場合がある。
高分子電解質膜の色調が変化すると、光学式欠陥検査を行う場合、光の透過量が変化し、検査基準が変わる等、品質上の問題が発生し易くなり、また高分子電解質膜の脆化は燃料電池として使用した際の耐久性に大きく影響する。
波長が600nm以下の光に曝される時間E(hr)の範囲としては、100時間以下が好ましく、より好ましくは50時間以下、更に好ましくは20時間以下である。
【0073】
<高分子電解質膜の用途>
以下、前記高分子電解質膜は、燃料電池用のみならず、様々な分野での利用が期待される。
ここでは、前記高分子電解質に関し、燃料電池等の電気化学デバイスの隔膜として使用する場合を簡単に説明しておく。
そして、該高分子電解質膜は、皺等の外観異常が極めて防止された高分子電解質膜を製造できることから、該高分子電解質膜に所望の形状・寸法を確保した電極触媒層を形成し易くなっている。
【0074】
燃料電池、特にMEAは、高分子電解質膜の両面に、触媒及び集電体としての導電性物質を接合することにより製造することができる。
ここで触媒としては、水素又は酸素との酸化還元反応を活性化できるものであれば特に制限はなく、公知のものを用いることができるが、白金又は白金系合金の微粒子を用いることが好ましい。白金又は白金系合金の微粒子はしばしば活性炭や黒鉛などの粒子状または繊維状のカーボンに担持されて用いられる。
MEA製造の一例としては、カーボンに担持された白金を、高分子電解質としてのパーフルオロアルキルスルホン酸樹脂のアルコール溶液と共に混合してペースト化したものを触媒インクとして用い、該触媒インクを高分子電解質膜に塗布・乾燥することにより触媒層が得られる。具体的な方法としては例えば、J. Electrochem. Soc.: Electrochemical Science and Technology, 1988, 135(9), 2209 に記載されている方法等の公知の方法を用いることができる。集電体としての導電性物質に関しても公知の材料を用いることができるが、多孔質性のカーボン織布、カーボン不織布またはカーボンペーパーが、原料ガスを触媒へ効率的に輸送するために好ましい。
このようにして製造された本発明の燃料電池は、燃料として水素ガス、改質水素ガス、メタノールを用いる各種の形式で使用可能である。
【0075】
前記において、本発明の実施の形態について説明を行なったが、前記に開示された本発明の実施の形態は、あくまで例示であって、本発明の範囲はこれらの実施の形態に限定されない。本発明の範囲は、特許請求の範囲によって示され、更に特許請求の範囲の記載と均等の意味及び範囲内でのすべての変更を含むものである。
【実施例】
【0076】
以下に本発明を実施例により説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
尚、支持基材中の有機溶媒の重量濃度P(重量ppm)の測定にはイオンクロマトグラフを使用した。具体的には基材を専用ボードに秤り取り、自動試料燃焼装置(三菱化学アナリテック製 AQF-100)に導入し、基材を酸素で燃焼させ、吸収液に回収後、イオンクロマトグラフ(Dionex製 DX-500)で測定した。
測定対象とするイオンは、例えばDMSOであれば、燃焼後はSOとして、NMPはNOに変化して吸収液に捕集されるため、上記イオンクロマトグラフ(Dionex製 DX-500)にて、それぞれの対象とするイオンを測定した。
また、基材中の溶媒量の算出には、予め内部標準物質に(フッ化物イオン標準溶液(1000ppm、和光純薬製))を使用し、吸収液にフッ素濃度が2ppmになるように添加し、未使用の基材に、測定する溶媒(DMSO又はNMP等)を既定量添加した試料で検量線を作成しておいて試験サンプル分析結果と前記検量線から基材中の溶媒量を算出した。
【0077】
合成例1
WO2008/066188号パンフレットに記載の方法に従い、下記構造式で示される繰り返し単位を有するブロック共重合体の高分子電解質(BCP−1)を合成した。なお、n、mはそれぞれのブロックを構成する繰り返し構造のブロック共重合体中の重合度を示す。

【0078】
実験例1
合成例1で得られた、BCP−1をDMSOに溶解して、その濃度が8.5重量%の高分子電解質溶液を調製した。これを高分子電解質溶液(A)とする。
得られた高分子電解質溶液(A)を、スロットダイを用い、支持基材として用いるPETフィルム(巾330mm、長さ500m)に連続的に流延塗布して、連続的に乾燥炉(設定温度90℃、該乾燥炉の温度誤差は設定温度に対して−2℃以内であり、乾燥炉全体の温度分布(加熱ゾーン)は88〜90℃である)へと搬送し、有機溶媒(DMSO)を除去して、高分子電解質膜中間体(層厚10μm)をPETフィルム上に形成させ、積層フィルム1を得た。
このようにして得られた積層フィルム1にある高分子電解質膜中間体を、波長が600nm以下の光に曝された状態で、2N硫酸に2時間浸漬後、水洗を2時間行い、更に1時間風乾し、積層フィルム2を得た。
かくして得られた積層フィルム2を保管温度25℃、湿度50%RHの保管条件で遮光して2日(48hr)保管後、積層フィルム2からPETフィルムを剥離して除去し、高分子電解質膜1を得た。また、高分子電解質膜1が、波長が600nm以下の光に曝された時間Eは5時間であった。
この時の支持基材に含有される有機溶媒の重量濃度Pは380重量ppmであった。
【0079】
比較例1
実施例1と同一の手法で、積層フィルム2を得た後、実施例1と同一の保管条件で100日間(2400hr)保管した。その後、該積層フィルム2からPETフィルムを剥離して除去し、高分子電解質膜2を得た。また、高分子電解質膜2が、波長が600nm以下の光に曝された時間Eは5時間であった。
【0080】
実施例2
支持基材をポリプロピレンフィルム(OPP)に変えた以外は、実施例1と同様の手法で積層フィルム3を作製した。この積層フィルム3を、保管温度25℃、湿度50%RHの保管条件で、3日間(72hr)保管した。その後、該積層フィルム3からポリプロピレンフィルムを剥離して除去し、高分子電解質膜3を得た。また、高分子電解質膜3が、波長が600nm以下の光に曝された時間Eは5時間であった。
この時の支持基材に含有される有機溶媒の重量濃度Pは10重量ppmであった。
【0081】
実施例3
溶媒をNMPに変えた以外は、実験例1と同様の手法で積層フィルム4を作製した。この積層フィルム4を、保管温度25℃、湿度50%RHの保管条件で、3日間(72hr)保管した。その後、該積層フィルム4からPETフィルムを剥離して除去し、高分子電解質膜4を得た。また、高分子電解質膜4が、波長が600nm以下の光に曝された時間Eは5時間であった。
この時の支持基材に含有される有機溶媒の重量濃度Pは500重量ppmであった。
【0082】
実施例4
実施例3と同一の手法で、積層フィルム4を得た後、実施例3と同一の保管条件で、75日(1800hr)した。その後、この積層フィルム4からPETフィルムを剥離して除去し、高分子電解質膜5を得た。また、高分子電解質膜5が、波長が600nm以下の光に曝された時間Eは5時間であった。
【0083】
其々の実施例及び比較例で得られた積層フィルムにおいて、製造直後に支持基材から剥離して得られた高分子電解質膜の発電特性に対し、保管後の高分子電解質膜の発電特性が低下していなければ合格、低下していれば不合格とした。また、実施例1〜4は、脆化度合いが低く、十分な耐久性を有する。該評価結果を表2に示す。
【0084】
【表2】

【0085】
また、実施例1で得られた積層フィルム2において、保管温度23℃、湿度50%RHの保管条件で、波長が600nm以下の光にT(hr)曝して保管した。膜の脆化度合いを調べる手法として重量平均分子量Mwを測定し、その維持率を算出した。Mw維持率の数値が高いほど、膜の脆化度合いが低い。評価結果を表2に示す。なお、積層フィルム2において、上記保管条件の下で、5〜115時間保管した場合、(S1)および(S2)の式を満たし、保管後の高分子電解質膜の発電特性が低下しない。
Mw維持率(%)=(光にE(hr)曝した後の積層フィルム2から剥離した高分子電解質膜のMw/実施例1で得られた光に5時間曝された積層フィルム2から剥離した高分子電解質膜のMw)×100
なお、重量平均分子量Mwは以下の条件で求めた。
【0086】
<分子量の測定>
下記条件でゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)による測定を行い、ポリスチレン換算を行うことによって高分子電解質の重量平均分子量(Mw)を測定した。
(GPC条件)
測定装置 :島津製作所社製 Prominence GPCシステム
・カラム:TOSOH社製 TSK gel GMHHHR−M1本
カラム温度:40℃
移動相溶媒:DMF(LiBrを10mmol/dm含有)
溶媒流量 :0.5mL/min
【0087】
【表3】


【0088】
上記結果のように、支持基材と高分子電解質膜とが積層されてなる積層フィルムにおいて、使用する高分子電解質溶液から前記支持基材へと浸出する有機溶媒の重量濃度Pと保管期間Tを前記の式(S1)及び(S2)を満たすように制御することで、比較的長期間、該積層フィルムの形態で高分子電解質膜を保管したとしても、当該高分子電解質膜の特性、特に当該高分子電解質膜の燃料電池用として使用する際の必要特性が損なわれない固体高分子形燃料電池を得ることができる。
【符号の説明】
【0089】
1・・・高分子電解質溶液
10・・・ポリオレフィンフィルム、20・・・積層フィルム1、
30・・・積層フィルム2、40・・・積層フィルム3
2・・・塗布装置、5・・・巻取りボビン、6・・・乾燥炉、7・・・洗浄槽

【特許請求の範囲】
【請求項1】
高分子電解質を含む高分子電解質膜と、
支持基材と、が積層された積層フィルムを用いる前記高分子電解質膜の保管方法であって、
前記支持基材に含有される有機溶媒の重量濃度をP(重量ppm)、保管期間をT(hr)としたとき、以下の式(S1)及び(S2)の関係を満足することを特徴とする保管方法。
P≦5000 ・・・(S1)
P×T≦900000 ・・・(S2)
【請求項2】
前記有機溶媒が、前記高分子電解質を溶解し得る有機溶媒であることを特徴とする請求項1記載の保管方法。
【請求項3】
前記有機溶媒が、非プロトン性極性溶媒を含むことを特徴とする請求項1又は2に記載の保管方法。
【請求項4】
10℃以上80℃以下の温度条件で保管することを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の保管方法。
【請求項5】
20%RH以上80%RH以下の湿度条件で保管することを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の保管方法。
【請求項6】
前記積層フィルムが長尺状のフィルムであり、巻芯に巻き取られた巻物の形態であることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の保管方法。
【請求項7】
前記高分子電解質が、イオン交換基を有する構造単位とイオン交換基を有さない構造単位とからなる高分子電解質であることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の保管方法。
【請求項8】
前記支持基材の材質が、ポリエステル系樹脂又はポリオレフィン系樹脂であることを特徴とする請求項1〜7のいずれかに記載の保管方法。
【請求項9】
前記高分子電解質膜が、波長が600nm以下の光に曝される時間をE(hr)としたとき、さらに、以下の式(S3)の関係を満足することを特徴とする請求項1〜8のいずれかに記載の保管方法。
E≦100 ・・・(S3)
【請求項10】
前記積層フィルムが、以下の(i)〜(iv)の工程を含む溶液キャスト法で得られた積層フィルムであることを特徴とする請求項1〜9のいずれかに記載の保管方法。
(i)前記高分子電解質を前記有機溶媒に溶解して高分子電解質溶液を調製する工程
(ii)連続的に走行している支持基材に、前記(i)で得られた高分子電解質溶液を連続的に流延塗布して、前記支持基材と高分子電解質を含有する層とが積層されてなる積層フィルム1を連続的に得る工程
(iii)前記(ii)で得られた積層フィルム1を、乾燥炉を通過させて、前記高分子電解質を含有する層に残存する前記有機溶媒を乾燥除去して、支持基材と高分子電解質膜中間体とが積層されてなる積層フィルム2を連続的に得る工程
(iv)前記(iii)で得られた積層フィルム2にある前記高分子電解質膜中間体に洗浄溶媒を接触させることで洗浄し、さらに乾燥させて、支持基材と高分子電解質膜とが積層されてなる積層フィルムを得る工程
【請求項11】
請求項1〜10のいずれかに記載の保管方法で保管された前記積層フィルムから、前記支持基材を剥離して得られることを特徴とする高分子電解質膜。
【請求項12】
請求項11記載の高分子電解質膜を備えることを特徴とする固体高分子形燃料電池。

【図1】
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【公開番号】特開2010−186743(P2010−186743A)
【公開日】平成22年8月26日(2010.8.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−294378(P2009−294378)
【出願日】平成21年12月25日(2009.12.25)
【出願人】(000002093)住友化学株式会社 (8,981)
【Fターム(参考)】