高分子電解質膜の製造方法
【課題】製造工程の複雑化を抑えつつ、吸水および乾燥に伴う電解質膜の寸法変化率を抑制する。
【解決手段】高分子電解質を溶媒中に溶解させた電解質溶液を用意する第1の工程(ステップS100)と、電解質溶液を膜状に成形する第2の工程(ステップS110)と、膜状に成形した電解質溶液を、凍結乾燥に供する第3の工程(ステップS130)と、を備える高分子電解質膜の製造方法。
【解決手段】高分子電解質を溶媒中に溶解させた電解質溶液を用意する第1の工程(ステップS100)と、電解質溶液を膜状に成形する第2の工程(ステップS110)と、膜状に成形した電解質溶液を、凍結乾燥に供する第3の工程(ステップS130)と、を備える高分子電解質膜の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、高分子電解質膜の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高分子電解質膜は、スルホン酸基などのイオン交換基を有する高分子から成り、有するイオン交換基に応じた特定のイオンを選択的に透過させる性質を有し、例えば固体高分子型燃料電池における電解質層として利用される。このような高分子電解質膜は、湿潤状態となることにより高いイオン伝導性を示すが、高分子電解質膜は、一般に、吸水に伴って膨潤すると共に乾燥に伴って収縮して、寸法変化を起こす。電解質膜が寸法変化すると、寸法変化に伴って電解質膜の内部で応力が発生するため、電解質膜が寸法変化を繰り返すことによって電解質膜の劣化が引き起こされる。また、電解質膜が寸法変化すると、電解質膜を組み込んだ燃料電池などの装置において、電解質膜と共に組みつけられた他の部材に対して応力が働き、上記他の部材の劣化も引き起こされる。そのため、電解質膜および電解質膜を組み込んだ装置の劣化を引き起こす応力発生を抑制するために、高分子電解質膜の吸水あるいは乾燥に伴う寸法変化率の抑制が望まれていた。従来、高分子電解質膜の寸法変化を抑制するための構成の一つとして、イオン交換樹脂を含有した溶液に金属酸化物前駆体を添加して、この金属酸化物前駆体を加水分解および重縮合反応させて得た液体をキャスト成膜して電解質膜を製造する方法が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
【特許文献1】特開2002−231270
【特許文献2】特開2005−353534
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記のように高分子電解質に金属酸化物前駆体という異物を混合することにより電解質膜を物理的に補強する場合には、電解質膜に含まれる高分子電解質が膨潤あるいは収縮する性質自体は変わらない。そのため、電解質膜が吸水あるいは乾燥するときには、電解質膜内で高分子電解質の部分が膨潤あるいは収縮することにより応力が発生し、電解質膜の劣化が充分に抑制されない可能性があった。また、電解質膜に金属酸化物前駆体という異物を混合して加水分解および重縮合反応を起こさせる場合には、製造工程が複雑化するという問題を生じる。
【0005】
本発明は、上述した従来の課題を解決するためになされたものであり、製造工程の複雑化を抑えつつ、吸水および乾燥に伴う電解質膜の寸法変化率を抑制することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上述の課題の少なくとも一部を解決するためになされたものであり、以下の形態または適用例として実施することが可能である。
【0007】
[適用例1]
高分子電解質膜の製造方法であって、
高分子電解質を溶媒中に溶解させた電解質溶液を用意する第1の工程と、
前記電解質溶液を膜状に成形する第2の工程と、
膜状に成形した前記電解質溶液を、凍結乾燥に供する第3の工程と
を備える高分子電解質膜の製造方法。
【0008】
適用例1に記載の高分子電解質膜の製造方法では、膜状に成形した電解質溶液を凍結乾燥することにより、電解質溶液を構成する高分子電解質の分子を固定した状態で、溶媒を除去することができる。したがって、より多くの空隙を内部に備える高分子電解質膜を製造することができ、電解質膜の吸水・乾燥に伴う膜厚変化率を抑制することができる。
【0009】
[適用例2]
適用例1記載の高分子電解質膜の製造方法であって、さらに、前記第3の工程に先立って、前記第2の工程で成形した前記電解質溶液を乾燥させ、該電解質溶液中の前記溶媒の一部を除去する第4の工程を備える高分子電解質膜の製造方法。適用例2の高分子電解質膜の製造方法によれば、製造される高分子電解質膜内に形成される空隙量を制限することにより、高分子電解質膜におけるガス透過性を抑制することができる。
【0010】
[適用例3]
適用例2記載の高分子電解質膜の製造方法であって、前記第4の工程は、膜状に成形した前記電解質溶液の厚みが、予め設定した基準値となるまで乾燥させる工程である高分子電解質膜の製造方法。適用例3記載の高分子電解質膜の製造方法によれば、得られる高分子電解質膜の性質、例えば吸水・乾燥に伴う膜厚の変化率を、所望の状態にすることが可能になる。
【0011】
[適用例4]
適用例3記載の高分子電解質膜の製造方法であって、前記基準値は、前記第2の工程で成形した前記電解質溶液を乾燥させて、実質的に溶媒を含有しない絶乾電解質膜としたときの、該絶乾電解質膜の厚みの1.2〜3.0倍の厚みである高分子電解質膜の製造方法。適用例4記載の高分子電解質膜の製造方法によれば、得られる高分子電解質膜の吸水・乾燥に伴う膜厚の変化率を、充分に低く抑えることが可能になる。
【0012】
[適用例5]
適用例2ないし4いずれか記載の高分子電解質膜の製造方法であって、前記第4の工程は、膜状に成形した前記電解質溶液を加熱乾燥することによって、前記溶媒の一部を除去する工程である高分子電解質膜の製造方法。適用例5記載の高分子電解質膜の製造方法によれば、高分子電解質膜の製造の工程を迅速化することができる。
【0013】
[適用例6]
適用例1ないし5いずれか記載の高分子電解質膜の製造方法であって、前記第1の工程で用意する前記電解質溶液は、さらに空隙形成剤が混在されており、前記高分子電解質膜の製造方法は、さらに、混在された前記空隙形成剤を前記第3の工程以後において除去する第5の工程を備える高分子電解質の製造方法。適用例6記載の高分子電解質膜の製造方法によれば、空隙形成剤が存在した空間によっても、電解質膜が吸収した水を取り込むことができ、高分子電解質膜の吸水に伴う膜厚増加を抑えることができる。
【0014】
[適用例7]
適用例1ないし6いずれか記載の高分子電解質膜の製造方法であって、前記高分子電解質は、主鎖に芳香族炭化水素を備える炭化水素系電解質である高分子電解質膜の製造方法。適用例7記載の高分子電解質膜の製造方法によれば、主鎖に芳香族炭化水素を備える高分子電解質は、一般に脆性が高いため、本発明を適用することにより電解質膜の靭性を高める効果を、特に顕著に得ることができる。
【0015】
本発明は、上記以外の種々の形態で実現可能であり、例えば、本発明の高分子電解質膜の製造方法により製造された高分子電解質膜や、このような高分子電解質膜を備える燃料電池などの形態で実現することが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
A.電解質膜の製造方法:
図1は、本実施例の好適な一実施例としての、高分子電解質膜10の製造方法を表わす工程図である。また、図2は、本実施例の高分子電解質膜の製造方法により電解質膜を製造する途中の工程の様子を表わす説明図である。本実施例の高分子電解質膜10を製造する際には、まず、高分子電解質を含有する電解質溶液を用意する(ステップS100)。
【0017】
ここで、電解質溶液とは、高分子電解質を適当な溶媒に溶解させて成る溶液である。本実施例では、高分子電解質として、炭化水素系電解質を用いている。図3に、炭化水素系電解質の一例として、芳香族ポリエーテルケトンスルホン酸系の電解質の構造を示す。図3に示す電解質は、ポリエーテルエーテルケトンが重合した主鎖と、この主鎖に導入したイオン交換基としてのスルホン酸基とを備えている。高分子電解質としては、上記のような芳香族炭化水素から成る主鎖を備える炭化水素系電解質の他、直鎖状の炭化水素から成る主鎖を備える炭化水素系電解質を用いても良く、また、炭化水素系以外の電解質、例えばフッ素系樹脂から成る電解質を用いても良い。また、高分子電解質が備えるイオン交換基は、スルホン酸基以外であっても良く、例えば、ホスホン酸基、リン酸基、カルボキシル基であっても良い。高分子電解質を溶解させる溶媒は、用いる高分子電解質の種類に応じて適宜選択すれば良く、例えば電解質として上記した芳香族ポリエーテルケトンスルホン酸系の電解質を用いる場合には、ジメチルスルホキシド(DMSO)を用いることができる。用いる溶媒は、後述する凍結乾燥の工程における凍結乾燥の条件下で昇華点を有し、凍結乾燥により除去可能であれば良い。電解質溶液の濃度、すなわち高分子電解質と溶媒との割合は、この電解質溶液を用いた後述する成形の工程において、支障なく成形が行なえる充分な粘性および流動性を示すものであれば良い。
【0018】
電解質溶液を用意すると、次に、この電解質溶液を、基板上で膜状に成形する(ステップS110)。このときの様子を、図2(A)に示す。電解質溶液の成形は、例えば、キャスト法により行なうことができる。キャスト法とは、基板上において、成膜材料である電解質溶液を一定の厚みに延ばして乾燥させる周知の成膜方法である。ただし、ステップS110においては、乾燥の工程は行なっておらず、電解質溶液を一定の厚みの膜状に成形しただけである。既述したように、電解質溶液は充分な粘性を有しているため、電解質溶液を一定の厚みに延ばすことにより、電解質溶液を膜状に保持することができる。なお、ステップS110における成形の方法は、キャスト法以外の方法であっても良く、例えば、スピンコート法、バーコータやドクターブレードを用いる方法、あるいは噴霧法により成膜しても良い。
【0019】
次に、ステップS110で膜状に成形した電解質溶液を乾燥させて、電解質溶液中の溶媒の一部を除去する(ステップS120)。このときの様子を、図2(B)に示す。電解質溶液の乾燥は、例えば、成形した電解質溶液を加熱条件下に配置することにより行なうことができる。本実施例では、ステップS120において、膜状に成形した電解質溶液の厚みに基づいて乾燥の程度を調節しており、電解質溶液の厚みが、予め定めた基準の厚みT1となるように、乾燥を行なっている。本実施例では、この基準の厚みT1は、膜状に成形した同様の電解質溶液を、加熱乾燥のみによって完全に乾燥させて得られる電解質膜(絶乾電解質膜)の厚みT2に基づいて定められている。
【0020】
図4は、ステップS110と同様に膜状に形成した電解質溶液を、加熱により完全に乾燥させて絶乾電解質膜を作製し、このような絶乾電解質膜に吸水させる様子を表わす説明図である。図4(A)は、電解質溶液を膜状に成形した様子を表わし、図4(B)は、成形した電解質溶液を加熱により完全に乾燥させて絶乾電解質膜を作製した様子を表わし、図4(C)は、絶乾電解質膜に吸水させて吸水量が最大になったとき、いわゆる満含水状態にしたときの様子を表わす。図4に示すように、成形した電解質溶液を乾燥させることにより、電解質溶液の厚みは次第に薄くなり、溶媒が実質的に含まれない絶乾状態になったときに最も薄くなる。このような絶乾電解質膜に吸水させると、吸水に伴って電解質膜全体が膨潤し、電解質膜は次第に厚くなる。電解質膜の厚さは、電解質膜が満含水状態のときに最も厚くなる。ステップS120において成形した電解質溶液を乾燥させる際の基準の厚みT1は、ステップS110と同様の厚さに成形した同様の電解質溶液を乾燥させた絶乾電解質膜の厚さT2の、1.2〜3.0倍の厚さとして設定されている。
【0021】
次に、溶媒の一部を除去した膜状の電解質溶液を、凍結乾燥に供し(ステップS130)、残余の溶媒を昇華させて除去し、高分子電解質膜10を完成する。このときの様子を、図2(C)に示す。凍結乾燥の際には、電解質溶液の急速凍結を行なっており、このように膜状に成形した電解質溶液を凍結させることにより、高分子電解質は、溶媒と混在するステップS120の状態における構造を維持したまま、固定される。このような電解質溶液を凍結乾燥することにより、高分子電解質は上記ステップS120の状態における構造を維持したまま、電解質溶液から溶媒だけが除去されて、高分子電解質膜10となる。上記のように、ステップS130では、高分子電解質の構造は固定されているため、得られる高分子電解質膜10の厚みは、溶媒が除去されるにもかかわらず、ステップS120からほとんど変化しない。これにより、絶乾電解質膜の厚みT2の1.2〜3.0倍の厚さとして設定された厚みT1を有する、乾燥状態の高分子電解質膜10を得ることができる。なお、電解質溶液中では、高分子電解質と溶媒とは均一に混合されているため、このときの構造を維持したまま溶媒だけを除去することにより、高分子電解質膜10は、溶媒が存在した場所に対応する均一な空隙を内部に有することになる。
【0022】
ステップS130により高分子電解質膜10を完成した後には、この高分子電解質膜10から基板を除去し、燃料電池など所望の装置に組み込めば良い。高分子電解質膜10を組み込んだ燃料電池の一例として、高分子電解質膜10を備える単セル15の概略構成を、断面模式図として図5に示す。単セル15は、高分子電解質膜10の両面に、触媒を備える電極であるアノード21およびカソード22を備える。また、電極を形成した上記電解質膜10を両側から挟持して、ガス透過性を有する導電性部材から成るガス拡散層23,24を備える。また、ガス拡散層23,24のさらに外側に、ガスセパレータ25,26を備えている。ガスセパレータ25とガス拡散層23との間には、水素を含有する燃料ガスが流れる単セル内燃料ガス流路47が形成され、ガスセパレータ26とガス拡散層24との間には、酸素を含有する酸化ガスが流れる単セル内酸化ガス流路48が形成される。
【0023】
以上のように構成された本実施例の高分子電解質膜10の製造方法によれば、電解質溶液を膜状に成形した後に、溶媒の一部を乾燥により除去し、その後に凍結乾燥を行なっている。凍結乾燥の工程においては、高分子電解質は、溶媒と混在する状態で固定されて、その後に溶媒のみが除去され、溶媒が存在した場所に対応する空隙が内部に均一に形成された高分子電解質膜が得られる。したがって、このような高分子電解質膜10が吸水したときには、吸水された水は、上記した内部の空隙内に取り込まれるため、電解質膜10全体の膨潤・変形が抑えられ、膜厚の変化率が抑制される。また、このように一旦吸水した高分子電解質膜10の含水量が減少するときには、高分子電解質膜10を構成する高分子電解質の分子が固定されているため、空隙内の水が減少しても、電解質膜10全体の収縮・変形が抑えられ、膜厚の変化率が抑制される。このように、本実施例の高分子電解質膜10の製造方法によれば、吸水および乾燥に伴う膜厚変化率の抑えられた高分子電解質膜10を得ることができる。
【0024】
高分子電解質膜10において、吸水および乾燥に伴う膜厚変化率が抑えられることにより、このような高分子電解質膜10を燃料電池等の装置内に組み付けて用いた場合には、高分子電解質膜10自身の劣化を抑制する効果が得られる。すなわち、上記装置内で固定された状態で高分子電解質膜10が膨張・収縮などの変形を繰り返すと、電解質膜10内部に応力が発生するが、膜厚変化率が抑えられることにより発生する応力が減少し、応力に起因する電解質膜10の劣化を抑制することができる。
【0025】
さらに、絶乾状態における膜厚を同じにして比較する場合には、電解質膜の吸水・乾燥に伴う膜厚変化率が抑えられることにより、電解質膜の吸水・乾燥に伴う膜厚変化量も抑えることができる。そのため、凍結乾燥を行なわず加熱乾燥のみによって製造した従来知られる電解質膜に代えて、絶乾状態での膜厚が同じである本実施例の電解質膜を用いて燃料電池などの装置を組み付ける場合には、装置全体の耐久性も向上させることができる。すなわち、高分子電解質膜10の変形量が抑制されることにより、上記装置内で電解質膜10と共に組みつけられた他の部材(例えば、電極21,22やガス拡散層23,24、あるいは電解質膜10の外周近傍に設けたガスシール部材)において、電解質膜10の変形に起因する応力の発生を抑制し、これら他の部材の劣化を抑えることができる。さらに、高分子電解質膜10の変形量が抑制されることにより、電解質膜10を備える装置において、上記変形に起因して装置内で生じる応力を吸収するための構造を不要とし、あるいは削減することができ、燃料電池等の装置全体の構成の複雑化を抑制することができる。なお、加熱乾燥のみによって製造した従来知られる電解質膜に代えて、本実施例の電解質膜を用いて燃料電池などの装置を組みつける場合に、絶乾状態での膜厚を同じにするのではなく、満含水状態における膜厚を同じにして比較する場合であっても、膜厚変化率が小さいことにより、通常は膜厚変化量も小さくなり、同様の効果が得られる。
【0026】
ここで、高分子電解質膜10における吸水および乾燥に伴う膜厚変化率が抑制される効果は、特に、凍結乾燥に供される高分子電解質が、溶媒中に溶解された溶液の状態であることによって得られる効果である。すなわち、溶液中に溶解された高分子電解質の分子は、溶媒中に均一に広がり、分子の配置に偏りがない状態となっている。このような状態で電解質分子を固定して凍結乾燥を行なうことで、イオン交換基を含む親水度の高い部分が形成する親水部と、主鎖を含む疎水度の高い部分が形成する疎水部とが溶液中で均一に分散し、等方的な(方向による偏りのない)相分離構造を有する電解質膜を作製することができる。このように等方的相分離構造を有する高分子電解質膜とすることにより、吸水に伴う膜厚変化率を、効果的に抑制できる。このような高分子電解質膜10の様子を、図6に模式的に示す。図6(A)は、等方的に配置された高分子電解質の主鎖が固定化されて凍結乾燥された様子を表わし、図6(B)は、図6(A)に示す電解質膜10が吸水した様子を表わす。
【0027】
これに対して、図4に示すように膜状に成形した電解質溶液を加熱により完全に乾燥させる場合には、電解質溶液中の溶媒量が減少するのに従って、電解質溶液中において、疎水性が高い部分と親水性が高い部分とに次第に分離する。このような相分離構造を形成する高分子電解質の分子は、溶媒の減少と共に膜厚方向に圧縮され、相分離構造は、膜面に略平行な方向に揃うようになって異方性を示し、得られる絶乾電解質膜においては圧縮方向に応力が発生した状態になる。このような絶乾電解質膜が吸水すると、電解質膜は膜厚方向に膨潤して、高分子電解質主鎖の張力とつりあうまで変形する。このような高分子電解質膜の様子を、図7に模式的に示す。図7(A)は、加熱乾燥によって作製された絶乾電解質膜において、高分子電解質の主鎖が異方的に配置されている様子を表わし、図7(B)は、図7(A)に示す絶乾電解質膜が吸水した様子を表わす。本実施例のように、分子の配置の偏りが抑えられた状態で電解質分子を固定し、凍結乾燥させることで、等方的な相分離構造を有する電解質膜を得ることが可能になり、膨潤時の膜厚変形率を抑制する効果を高めることができる。
【0028】
さらに、本実施例の高分子電解質膜の製造方法によれば、電解質溶液中の溶媒の一部が除去された状態になるまで膜状の電解質溶液を乾燥させ、その後に電解質溶液を凍結乾燥に供すれば良く、全体として乾燥のための工程を行なうだけで良い。したがって、電解質溶液に異物を混合し後に異物を除去する場合のように、製造工程が複雑化することがなく、簡素な工程によって、充分な空隙が均一に内部に形成された電解質膜を作製することができる。
【0029】
また、本実施例の高分子電解質の製造方法によれば、上記のように、相分離構造が、より等方的になることにより、高分子電解質膜におけるプロトン伝導性がさらに向上する効果が得られる。図8は、相分離構造に応じたプロトン移動経路の概念を模式的に表わす説明図である。図8(A)は、本実施例の高分子電解質の製造方法によって製造された、等方的な相分離構造を有する電解質膜の断面の様子を表わし、図8(B)は、膜状に成形した電解質溶液を加熱のみによって乾燥させた、異方的な相分離構造を有する電解質膜の断面の様子を表わす。加熱乾燥のみで製造した図8(B)の高分子電解質膜では、相分離構造全体が膜厚方向に圧縮されている。ここで、高分子電解質膜内をプロトンが移動する際には、プロトンは、複数の水分子と水和した状態で親水部内を移動する。そのため、図8(B)のように異方性の相分離構造を有する電解質膜では、プロトンは、膜厚方向に圧縮された相分離構造における疎水部を迂回しながら移動するため移動距離が長くなる。これに対して、図8(A)に示す本実施例の高分子電解質膜の製造方法により製造した電解質膜によれば、疎水部の迂回による移動距離の伸長が少なく、プロトン導電性を向上させることができる。
【0030】
また、本実施例の高分子電解質膜の製造方法によれば、電解質溶液中の溶媒の一部のみが除去された状態で、溶液中の高分子電解質の配置を固定しているため、電解質溶液を完全に乾燥させる場合に比べて、得られる電解質膜中での分子間の距離が長くなる。ここで、電解質膜は、電解質膜の比重が大きく分子間の距離が短いほど、分子間の相互作用が大きくなり、電解質膜の脆性が高まるという性質を有している。そのため、本実施例のように、分子間の距離がより長くなる状態で電解質分子を固定して電解質膜を作製することで、より靭性の高い高分子電解質を得ることが可能になる。
【0031】
特に、電解質膜10を構成する高分子電解質が、芳香族炭化水素から成る主鎖を備える炭化水素系電解質の場合には、電解質膜の靭性を高める効果が顕著に得られ、望ましい。すなわち、芳香族炭化水素は特に剛直な性質を有しており、近接する分子間で凝集エネルギが生じやすい性質を有しているため、電解質膜の比重を高めて分子間の距離を短くするほど脆性が高まりやすい。本実施例の高分子電解質膜の製造方法によれば、このような芳香族炭化水素系の電解質を用いる場合であっても、分子間の距離を長くして電解質分子を固定することにより、より靭性の高い電解質膜を製造することが可能になる。なお、高分子電解質膜の製造方法としては、本実施例のように高分子電解質を溶媒に溶解した電解質溶液を用いる方法の他に、高分子電解質を加熱して溶融させ、溶融状態で膜状に成形する方法(溶融成膜)も知られている。このような方法によっても、分子の配置の偏りを抑えた状態で成膜することにより、相分離構造における等方性が高められた電解質膜を製造することは可能であるが、芳香族炭化水素系の電解質は特にガラス転移点が高く、溶融成膜は困難である。本実施例の高分子電解質膜の製造方法によれば、溶媒に溶解させた電解質溶液の状態で成膜を行なうため、芳香族炭化水素系の電解質膜を製造する方法として、特に優れている。
【0032】
高分子電解質膜において、吸水および乾燥に伴う膜厚の変化率を抑えるためには、電解質膜が満含水状態になったときの吸水量に対応する空隙を、高分子電解質膜内に設けることが望ましい。絶乾状態の高分子電解質膜は、一般に、満含水状態にすることで、膜厚は2倍程度に増加する。そのため、ステップS120において溶媒の一部を除去する際の、膜状の電解質溶液の厚みの基準値T1を、絶乾電解質膜の膜厚T2の2倍程度とすることにより、電解質膜の吸水に伴う膜厚の変化率を効果的に抑制できると考えられる。ここで、既述したように、絶乾電解質膜を満含水状態にする場合には、電解質膜の内部において電解質分子の主鎖が張力を生じており、このような張力によって、電解質膜の膨張および吸水が抑制されている。電解質膜の吸水時に電解質膜内で生じるこのような張力は、電解質膜内に形成される空隙量が多いほど、小さくなると考えられる。そのため、ステップS120で電解質溶液から除去する溶媒量を少なくするほど(基準の厚みT1を厚くするほど)、出来上がった電解質膜内で吸水時に生じる張力が小さくなって、得られる電解質膜における吸水量の増加が引き起こされると考えられる。したがって、ステップS120における基準の厚みT1を、絶乾電解質膜の膜厚T2の2倍に設定して製造した高分子電解質膜であっても、吸水によりさらなる膜厚増加が生じると考えられる。そのため、本実施例では、膜厚変化率を効果的に抑制可能となるような、ステップS120における基準の厚みT1を、絶乾電解質膜の厚みT2の、1.2〜3.0倍の厚さとして設定しているが、基準の厚みT1は、T2の2倍を超える値に設定することにより、電解質膜を吸水させたときの膜厚変化率を抑制する効果を特に高めることができると考えられる。
【0033】
なお、ステップS120においては、乾燥により電解質溶液中の溶媒の一部を除去しつつ、厚みを測定する代わりに、除去される溶媒量を反映する他の基準値に基づいて乾燥状態、すなわち電解質溶液の厚みが基準の厚みT1に達したか否かを判断しても良い。例えば、厚みを測定する代わりに、加熱温度と加熱時間によって、乾燥状態を判断しても良い。
【0034】
また、ステップS120では、加熱によって電解質溶液中の溶媒の一部を除去したが、加熱を伴わない方法を用いても良い。例えば、処理の迅速化を要求しない場合には、加熱を行なうことなく減圧条件下において乾燥させても良い。凍結乾燥のように電解質分子の固定を伴う方法以外の方法であれば、ステップS120における乾燥の方法として用いることができる。
【0035】
B.乾燥の工程における基準膜厚の算出方法:
ステップ120において溶媒の一部を除去する際の基準となる電解質溶液の厚みT1を、絶乾電解質膜の厚みT2に基づいて設定する際に、絶乾電解質膜の厚みT2は、膜状に成形した電解質溶液を実際に乾燥させて求めるのではなく、計算により求めても良い。以下に、絶乾電解質膜の厚みT2と、このT2に基づいて定められる基準膜厚T1と、絶乾電解質膜を満含水状態にしたときの膜厚増加の程度の算出方法について説明する。
【0036】
濃度X(wt%/L)の電解質溶液を、Y(mm)の厚さにキャストして、乾固した場合(溶媒を完全に蒸発させた場合)、すなわち絶乾電解質膜としたときの膜厚T2は、以下の(1)式で表わすことができる。
【0037】
T2 = Y × X/100 …(1)
【0038】
したがって、ステップS120において溶媒の一部を除去する際の基準となる電解質溶液の厚みT1は、上記(1)式に基づいて求めた絶乾電解質膜の膜厚T2に対して、1.2〜3.0を乗じた値として設定することができる。
【0039】
上記のような膜厚T2を有する絶乾電解質膜を満含水状態にしたときの膜厚増加率、および膜厚増加量を、計算により求めることも可能である。絶乾電解質膜を満含水状態にしたときの膜厚増加率の計算方法を以下に示す。膜厚増加率、すなわち、絶乾電解質膜を満含水状態にしたときの膜厚増加量の、絶乾電解質膜の膜厚に対する割合は、以下の(2)式で表わすことができる。なお、以下の(2)式では、電解質膜内で生じる分子間力や既述した張力の影響は無視している。
【0040】
膜厚増加率=
(24×18))/(EW(g/mol)÷膜比重(g/mL)) …(2)
ただし、EW:高分子電解質のEW値、膜比重:乾燥状態での高分子電解質の比重、24:電解質膜において1個のスルホン酸基と水和する水分子の数、18:水の分子量、を表わす。なお、EW値とは、固体高分子電解質におけるイオン交換基(スルホン酸基)の等量重量、すなわち、イオン交換基の単位量(1mol)当たりの固体高分子電解質全体の乾燥重量の値をいう。EW値を膜比重で割ることにより、1molのスルホン酸基当たりの高分子電解質の乾燥時の体積(mL)が求められる。また、1個のスルホン酸基と水和する水分子の数と水の分子量とを乗じることにより、1molのスルホン酸基と水和する水分子の重量(g)が求まり、この値は、1molのスルホン酸基と水和する水分子の体積(mL)の値と等しくなる。吸水に伴う体積増加量は、吸収した水の体積に等しく、膜厚増加率は体積増加率に等しいと考えることにより、上記(2)式が導かれる。
【0041】
したがって、(1)式から求めた絶乾電解質膜の膜厚T2と、(2)式から求めた膜厚増加率とを積算することにより、絶乾電解質膜を満含水状態にしたときの膜厚増加量を算出することができる。
【0042】
例えば、EW値が500、比重が1.2、スルホン酸基1個と水和する水分子の数が24個である高分子電解質を用いる場合、(2)式より、膜厚増加率は、約104%であることがわかる。計算の内容をさらに具体的に以下に示す。スルホン酸基1molあたりの膜重量は、EW値より、500gとなる。この膜重量を膜比重で割ると、高分子電解質の体積は、417mLとなる。このとき、水和する水の量は24molであり、水和する水の重量は、24に水の分子量18を乗じて、432gとなるため、水和する水の体積は、432mLとなる。以上の結果より、絶乾状態の高分子電解質膜は、満含水状態になることで、417mLから432mL体積増加するため、体積増加率は約104%となる。体積増加率は、膜厚増加率とほぼ等しいと考えられるため、膜厚増加率も、理論的には104%となる。
【0043】
C.膜厚変化の測定と電解質膜の相構造:
電解質溶液を膜状に成形し、成形した電解質溶液を種々の条件で乾燥させた後に凍結乾燥を行なって、電解質膜を作製し、これらの電解質膜について吸水時の寸法変化および相構造を調べた結果を以下に示す。図9は、凍結乾燥に先立って行なわれた加熱乾燥の工程の条件を表わす説明図である。ここでは、図2に示した構造を有する芳香族炭化水素系の高分子電解質を用いると共に、溶媒としてジメチルスルホキシド(DMSO)を用い、電解質溶液を作製した(ステップS100)。このような電解質溶液1.0gを、アルミ皿上に滴下流延し(ステップS110)、膜状に成形した電解質溶液を複数用意した。その後、各々の膜状の電解質溶液を、昇温可能な恒温槽中に配置して、種々の条件で加熱乾燥を行ない(ステップS120)、液体窒素を用いて急冷した後に凍結乾燥を1時間行なった(ステップS130)。図9は、上記ステップS120における乾燥の条件を示している。なお溶媒として用いたDMSOは、融点が18.5℃であって常温で液体となり、また、凍結乾燥条件下において昇華性を示すため、凍結乾燥によって電解質溶液からほぼ完全に除去することができる。
【0044】
図9に示すように、膜状に成形した各々の電解質溶液について、まず、80℃で5分間加熱した。この状態の電解質溶液の一部を取り出し、凍結乾燥の工程に供して、サンプルAとした。その後、残余の電解質溶液について、さらに、2分間かけて90℃に昇温させ、90℃で5分間加熱した。その後、さらに2分間かけて100℃に昇温させ、100℃で5分間加熱を行なった。この状態の電解質溶液の一部を取り出し、凍結乾燥の工程に供して、サンプルBとした。その後、残余の電解質溶液について、さらに100℃で55分間(合計60分間)加熱を行ない、サンプルCとした。なお、サンプルCについては、上記した加熱乾燥の工程により、完全に乾燥された絶乾電解質膜になっていると考えられるため、加熱乾燥の工程のあとの凍結乾燥の工程は行なっていない。
【0045】
図10は、各サンプルについて、凍結乾燥後の厚みと、凍結乾燥して得た電解質膜を満含水状態にしたときの厚みとを測定した結果を示す説明図である。サンプルAについての結果を図10(A)に示し、サンプルBについての結果を図10(B)に示し、サンプルCについての結果を図10(C)に示している。サンプルA〜Cのいずれも、6個ずつ電解質膜を作製した。図10中、凍結乾燥後の膜厚(サンプルCについては加熱乾燥後の膜厚)はDryと表わし、これを水中に浸漬して満含水状態にした後の膜厚はWetと表わしている。膜厚は、触針式膜厚計を用いて測定した。
【0046】
成形した電解質溶液から加熱乾燥により除去された溶媒量が最も少ないサンプルAでは、凍結乾燥後の膜厚(Dry膜厚)の平均値は99.5μmであり、満含水状態の膜厚(Wet膜厚)の平均値は114.0μmであった。したがって、Dry膜厚の平均値とWet膜厚の平均値との差である膜厚変化量ΔTは14.5μmであり、膜厚増加率、すなわち、Dry膜厚の平均値に対する膜厚変化量ΔTの割合は、14.6%であった。このように、満含水状態になることで、Dry膜厚の14.6%に相当する厚み分、膜厚が増加した。
【0047】
加熱乾燥により除去した溶媒量がより多いサンプルBでは、凍結乾燥後の膜厚(Dry膜厚)の平均値は62μmであり、満含水状態の膜厚(Wet膜厚)の平均値は111.7μmであった。したがって、Dry膜厚の平均値とWet膜厚の平均値との差である膜厚変化量ΔTは49.7μmであり、膜厚増加率、すなわち、Dry膜厚の平均値に対する膜厚変化量ΔTの割合は、80.1%であった。このように、満含水状態になることで、Dry膜厚の80.1%に相当する厚み分、膜厚が増加した。
【0048】
加熱乾燥により除去された溶媒量が最も多いサンプルCでは、凍結乾燥後の膜厚(Dry膜厚)の平均値は19.2μmであり、満含水状態の膜厚(Wet膜厚)の平均値は37.7μmであった。したがって、Dry膜厚の平均値とWet膜厚の平均値との差である膜厚変化量ΔTは18.5μmであり、膜厚増加率、すなわち、Dry膜厚の平均値に対する膜厚変化量ΔTの割合は、96.4%であった。このように、満含水状態になることで、Dry膜厚の96.4%に相当する厚み分、膜厚が増加した。
【0049】
図10に示すように、加熱乾燥の工程における溶媒の除去量が少ない状態で凍結乾燥を行なった電解質膜ほど、満含水状態になったときの膜厚増加率が小さいことが確かめられた。このような結果から、各サンプルの製造条件で製造された電解質膜同士を、Dry膜厚を揃えて比較した場合にも、サンプルC,B,Aの順で、膜厚増加量が小さくなるといえる。また、図10の結果より、各サンプルの製造条件で製造された電解質膜同士を、Wet膜厚を揃えて比較した場合にも、サンプルC,B,Aの順で、膜厚増加量が小さくなるといえる。具体的には、サンプルAの電解質膜のWet膜厚をサンプルCの電解質膜のWet膜厚37.7μmと揃えた場合の膜厚変化量ΔTは、14.5÷(114.0/37.7)≒4.8μmとなる。また、サンプルBの電解質膜のWet膜厚をサンプルCの電解質膜のWet膜厚37.7μmと揃えた場合の膜厚変化量ΔTは、49.7÷(111.7/37.7)≒16.8μmとなる。
【0050】
なお、膜厚変化の測定結果を図9に示した高分子電解質は、既述した膜厚増加率の算出方法で例示した高分子電解質と同様に、EW値が500、比重が1.2(g/mL)、イオン交換基であるスルホン酸基1molあたりの水和する水分子数が24個である。既述したように、絶乾電解質膜が満含水状態になるときの膜厚増加率は、張力や分子間力を無視して計算により求めた理論値は、104%であった。これに対して、図9にサンプルCとして示すように、絶乾電解質膜が満含水状態になるときの膜厚増加率を実験的に求めると、96.4%であった。このように、膜厚増加率の実測値は、計算による理論値とほぼ一致する値となることが確かめられた。
【0051】
図11は、上記したサンプルA〜Cの各々について、凍結乾燥後に(サンプルCについては加熱乾燥後に)膜厚方向に切断した薄片の様子を、透過型電子顕微鏡(TEM)により観察した像を示す説明図である。ここでは、像コントラストを得やすくするために、電子染色剤(四酸化ルテニウム、RuO4)を用いている。電子染色剤を用いることにより、親水基であるスルホン酸基の部分が主として黒く染まっている。図11(A)はサンプルAの像であり、図11(B)はサンプルBの像であり、図11(C)はサンプル(C)の像である。図11(A)では、染色されたパターンが、全体として等方的である様子が観察された。この図11(A)は、基材上に形成された電解質膜における基材から離れた表面近傍の様子を示しているが、サンプルAでは、電解質膜の厚み方向全体で、同様の等方的なパターンが観察された。図11(B)は、基材上に形成された電解質膜における基材近傍の様子を示しており、染色されたパターンは、大部分は等方的であるが、基材の近傍においては膜面に平行な方向に揃った異方性が認められた。図11(C)では、染色されたパターンが、全体として、膜面方向に平行な方向に揃った異方性を示す様子が観察された。この図11(C)は、基材上に形成された電解質膜における中心付近の様子を示しているが、サンプルCでは、電解質膜の厚み方向全体で、同様の異方的なパターンが観察された。
【0052】
D.変形例:
なお、この発明は上記の実施例や実施形態に限られるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において種々の態様において実施することが可能であり、例えば次のような変形も可能である。
【0053】
D1.変形例1:
実施例では、膜状に成形する電解質溶液は、高分子電解質と溶媒のみを含有することとしたが、異なる構成としても良い。例えば、ステップS120よりも後の工程で電解質膜から除去可能であって、電解質溶液中に均一に分散して電解質膜内で微小な空隙を形成する空隙形成剤を予め加えた電解質溶液を、ステップS100で用意して、膜状に成形しても良い。空隙形成剤を混合した電解質溶液を用いて実施例と同様の方法により、電解質膜を製造するならば、溶媒を含有する状態で電解質分子を固定して凍結乾燥することにより、溶媒が存在した場所に対応して電解質膜内部に形成される空隙に加えて、空隙形成剤が存在した場所に対応する空隙も、電解質膜内に形成させることができる。
【0054】
電解質溶液に混合する空隙形成剤としては、例えば、粒径100μm以下のショウノウ粒子を用いることができる。ショウノウ粒子は、ステップS130における凍結乾燥に伴う減圧により、昇華させ、除去することができる。上記のようなショウノウ粒子を電解質溶液中に均一に混合しておく場合にも、ステップS120において、実施例と同様にして定めた基準の膜厚T1となる状態にまで溶媒の除去を行ない、その後、凍結乾燥を行なうことで、実施例と同様の高分子電解質膜を製造することができる。
【0055】
上記した空隙形成剤として、イオン交換基に近接して存在するものを用いるならば、製造される高分子電解質膜において、吸水時に水が集まるイオン交換基の近傍に、水が充填される空隙を用意することができて望ましい。イオン交換基に近接して存在する空隙形成剤としては、例えば、水溶性ポリマから成る水溶性マイクロビーズを用いることができる。上記水溶性マイクロビーズを構成する水溶性ポリマとしては、例えば、ポリエチレンイミンや、ポリビニルアルコール、ポリエチレンオキシド、ポリアクリル酸を用いることができる。このような水溶性マイクロビーズは、例えば、ステップS130における凍結乾燥の工程の後に、得られた電解質膜を水中に浸漬することにより水に溶解させ、電解質膜から除去することができる。
【0056】
また、ステップS100において空隙形成剤として電解質溶液に混合する物質は、プロトンよりも大きな(バルキーな)イオンを生じ、プロトンとイオン交換する塩基性分子であっても良い。バルキーなイオンを生じる塩基性分子としては、例えば、トリエチルアンモニウムを用いることができる。このような空隙形成剤を電解質溶液に混合することで、電解質溶液中のイオン交換基の少なくとも一部において、上記バルキーなイオンでプロトンとイオン交換することができ、凍結乾燥の際に高分子電解質の分子を固定する際には、上記バルキーなイオンによって、イオン交換基の近傍により大きな空隙を確保することが可能になる。凍結乾燥の工程の後に、得られた高分子電解質膜を、プロトンを含有する溶液、例えば水に浸漬することにより、上記バルキーなイオンをプロトンに交換することができる。
【0057】
D2.変形例2:
実施例では、凍結乾燥を行なうステップS130に先立って、膜状に成形した電解質溶液中の溶媒の一部を除去する乾燥の工程をステップS120として行なっているが、このステップS120の工程は行なわないこととしても良い。ステップS120の工程を行なわない場合には、電解質溶液中の溶媒量がより多い状態で電解質分子が固定されて凍結乾燥が行なわれるため、得られる電解質膜中に、より多くの空隙を設けることができ、電解質膜の吸水に伴う膨張に起因する応力の発生を抑える効果を、より高めることができる。ただし、このように電解質膜の空隙率を高める(電解質膜における電解質分子の密度を小さくする)場合には、電解質膜におけるガス透過性が高まる可能性がある。電解質膜のガス透過性が高くなると、例えばこのような電解質膜を備える燃料電池の性能を低下させる可能性がある。そのため、例えばステップS120においては、膜状の高分子電解質溶液の厚みは、乾燥の工程を行なわない場合を含めて、絶乾電解質膜の厚みの1.2倍以上の厚みとすることが望ましく、得られる電解質膜のガス透過性に対する影響も考慮すると、既述したように絶乾電解質膜の厚みの1.2〜3.0倍の厚みとすることがさらに望ましい。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】高分子電解質膜10の製造方法を表わす工程図である。
【図2】電解質膜を製造する途中の工程の様子を表わす説明図である。
【図3】芳香族ポリエーテルケトンスルホン酸系の電解質の構造を示す説明図である。
【図4】絶乾電解質膜に吸水させる様子を表わす説明図である。
【図5】単セル15の概略構成を表わす断面模式図である。
【図6】高分子電解質膜10の様子を模式的に示す説明図である。
【図7】絶乾電解質膜の様子を模式的に示す説明図である。
【図8】プロトン移動経路の概念を模式的に表わす説明図である。
【図9】凍結乾燥に先立って行なわれた加熱乾燥の工程の条件を表わす説明図である。
【図10】高分子電解質膜の膜厚を測定した結果を示す説明図である。
【図11】サンプルA〜Cの各々のTEM像を示す説明図である。
【符号の説明】
【0059】
10…高分子電解質膜
15…単セル
21…アノード
22…カソード
23,24…ガス拡散層
25,26…ガスセパレータ
47…単セル内燃料ガス流路
48…単セル内酸化ガス流路
【技術分野】
【0001】
この発明は、高分子電解質膜の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高分子電解質膜は、スルホン酸基などのイオン交換基を有する高分子から成り、有するイオン交換基に応じた特定のイオンを選択的に透過させる性質を有し、例えば固体高分子型燃料電池における電解質層として利用される。このような高分子電解質膜は、湿潤状態となることにより高いイオン伝導性を示すが、高分子電解質膜は、一般に、吸水に伴って膨潤すると共に乾燥に伴って収縮して、寸法変化を起こす。電解質膜が寸法変化すると、寸法変化に伴って電解質膜の内部で応力が発生するため、電解質膜が寸法変化を繰り返すことによって電解質膜の劣化が引き起こされる。また、電解質膜が寸法変化すると、電解質膜を組み込んだ燃料電池などの装置において、電解質膜と共に組みつけられた他の部材に対して応力が働き、上記他の部材の劣化も引き起こされる。そのため、電解質膜および電解質膜を組み込んだ装置の劣化を引き起こす応力発生を抑制するために、高分子電解質膜の吸水あるいは乾燥に伴う寸法変化率の抑制が望まれていた。従来、高分子電解質膜の寸法変化を抑制するための構成の一つとして、イオン交換樹脂を含有した溶液に金属酸化物前駆体を添加して、この金属酸化物前駆体を加水分解および重縮合反応させて得た液体をキャスト成膜して電解質膜を製造する方法が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
【特許文献1】特開2002−231270
【特許文献2】特開2005−353534
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記のように高分子電解質に金属酸化物前駆体という異物を混合することにより電解質膜を物理的に補強する場合には、電解質膜に含まれる高分子電解質が膨潤あるいは収縮する性質自体は変わらない。そのため、電解質膜が吸水あるいは乾燥するときには、電解質膜内で高分子電解質の部分が膨潤あるいは収縮することにより応力が発生し、電解質膜の劣化が充分に抑制されない可能性があった。また、電解質膜に金属酸化物前駆体という異物を混合して加水分解および重縮合反応を起こさせる場合には、製造工程が複雑化するという問題を生じる。
【0005】
本発明は、上述した従来の課題を解決するためになされたものであり、製造工程の複雑化を抑えつつ、吸水および乾燥に伴う電解質膜の寸法変化率を抑制することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上述の課題の少なくとも一部を解決するためになされたものであり、以下の形態または適用例として実施することが可能である。
【0007】
[適用例1]
高分子電解質膜の製造方法であって、
高分子電解質を溶媒中に溶解させた電解質溶液を用意する第1の工程と、
前記電解質溶液を膜状に成形する第2の工程と、
膜状に成形した前記電解質溶液を、凍結乾燥に供する第3の工程と
を備える高分子電解質膜の製造方法。
【0008】
適用例1に記載の高分子電解質膜の製造方法では、膜状に成形した電解質溶液を凍結乾燥することにより、電解質溶液を構成する高分子電解質の分子を固定した状態で、溶媒を除去することができる。したがって、より多くの空隙を内部に備える高分子電解質膜を製造することができ、電解質膜の吸水・乾燥に伴う膜厚変化率を抑制することができる。
【0009】
[適用例2]
適用例1記載の高分子電解質膜の製造方法であって、さらに、前記第3の工程に先立って、前記第2の工程で成形した前記電解質溶液を乾燥させ、該電解質溶液中の前記溶媒の一部を除去する第4の工程を備える高分子電解質膜の製造方法。適用例2の高分子電解質膜の製造方法によれば、製造される高分子電解質膜内に形成される空隙量を制限することにより、高分子電解質膜におけるガス透過性を抑制することができる。
【0010】
[適用例3]
適用例2記載の高分子電解質膜の製造方法であって、前記第4の工程は、膜状に成形した前記電解質溶液の厚みが、予め設定した基準値となるまで乾燥させる工程である高分子電解質膜の製造方法。適用例3記載の高分子電解質膜の製造方法によれば、得られる高分子電解質膜の性質、例えば吸水・乾燥に伴う膜厚の変化率を、所望の状態にすることが可能になる。
【0011】
[適用例4]
適用例3記載の高分子電解質膜の製造方法であって、前記基準値は、前記第2の工程で成形した前記電解質溶液を乾燥させて、実質的に溶媒を含有しない絶乾電解質膜としたときの、該絶乾電解質膜の厚みの1.2〜3.0倍の厚みである高分子電解質膜の製造方法。適用例4記載の高分子電解質膜の製造方法によれば、得られる高分子電解質膜の吸水・乾燥に伴う膜厚の変化率を、充分に低く抑えることが可能になる。
【0012】
[適用例5]
適用例2ないし4いずれか記載の高分子電解質膜の製造方法であって、前記第4の工程は、膜状に成形した前記電解質溶液を加熱乾燥することによって、前記溶媒の一部を除去する工程である高分子電解質膜の製造方法。適用例5記載の高分子電解質膜の製造方法によれば、高分子電解質膜の製造の工程を迅速化することができる。
【0013】
[適用例6]
適用例1ないし5いずれか記載の高分子電解質膜の製造方法であって、前記第1の工程で用意する前記電解質溶液は、さらに空隙形成剤が混在されており、前記高分子電解質膜の製造方法は、さらに、混在された前記空隙形成剤を前記第3の工程以後において除去する第5の工程を備える高分子電解質の製造方法。適用例6記載の高分子電解質膜の製造方法によれば、空隙形成剤が存在した空間によっても、電解質膜が吸収した水を取り込むことができ、高分子電解質膜の吸水に伴う膜厚増加を抑えることができる。
【0014】
[適用例7]
適用例1ないし6いずれか記載の高分子電解質膜の製造方法であって、前記高分子電解質は、主鎖に芳香族炭化水素を備える炭化水素系電解質である高分子電解質膜の製造方法。適用例7記載の高分子電解質膜の製造方法によれば、主鎖に芳香族炭化水素を備える高分子電解質は、一般に脆性が高いため、本発明を適用することにより電解質膜の靭性を高める効果を、特に顕著に得ることができる。
【0015】
本発明は、上記以外の種々の形態で実現可能であり、例えば、本発明の高分子電解質膜の製造方法により製造された高分子電解質膜や、このような高分子電解質膜を備える燃料電池などの形態で実現することが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
A.電解質膜の製造方法:
図1は、本実施例の好適な一実施例としての、高分子電解質膜10の製造方法を表わす工程図である。また、図2は、本実施例の高分子電解質膜の製造方法により電解質膜を製造する途中の工程の様子を表わす説明図である。本実施例の高分子電解質膜10を製造する際には、まず、高分子電解質を含有する電解質溶液を用意する(ステップS100)。
【0017】
ここで、電解質溶液とは、高分子電解質を適当な溶媒に溶解させて成る溶液である。本実施例では、高分子電解質として、炭化水素系電解質を用いている。図3に、炭化水素系電解質の一例として、芳香族ポリエーテルケトンスルホン酸系の電解質の構造を示す。図3に示す電解質は、ポリエーテルエーテルケトンが重合した主鎖と、この主鎖に導入したイオン交換基としてのスルホン酸基とを備えている。高分子電解質としては、上記のような芳香族炭化水素から成る主鎖を備える炭化水素系電解質の他、直鎖状の炭化水素から成る主鎖を備える炭化水素系電解質を用いても良く、また、炭化水素系以外の電解質、例えばフッ素系樹脂から成る電解質を用いても良い。また、高分子電解質が備えるイオン交換基は、スルホン酸基以外であっても良く、例えば、ホスホン酸基、リン酸基、カルボキシル基であっても良い。高分子電解質を溶解させる溶媒は、用いる高分子電解質の種類に応じて適宜選択すれば良く、例えば電解質として上記した芳香族ポリエーテルケトンスルホン酸系の電解質を用いる場合には、ジメチルスルホキシド(DMSO)を用いることができる。用いる溶媒は、後述する凍結乾燥の工程における凍結乾燥の条件下で昇華点を有し、凍結乾燥により除去可能であれば良い。電解質溶液の濃度、すなわち高分子電解質と溶媒との割合は、この電解質溶液を用いた後述する成形の工程において、支障なく成形が行なえる充分な粘性および流動性を示すものであれば良い。
【0018】
電解質溶液を用意すると、次に、この電解質溶液を、基板上で膜状に成形する(ステップS110)。このときの様子を、図2(A)に示す。電解質溶液の成形は、例えば、キャスト法により行なうことができる。キャスト法とは、基板上において、成膜材料である電解質溶液を一定の厚みに延ばして乾燥させる周知の成膜方法である。ただし、ステップS110においては、乾燥の工程は行なっておらず、電解質溶液を一定の厚みの膜状に成形しただけである。既述したように、電解質溶液は充分な粘性を有しているため、電解質溶液を一定の厚みに延ばすことにより、電解質溶液を膜状に保持することができる。なお、ステップS110における成形の方法は、キャスト法以外の方法であっても良く、例えば、スピンコート法、バーコータやドクターブレードを用いる方法、あるいは噴霧法により成膜しても良い。
【0019】
次に、ステップS110で膜状に成形した電解質溶液を乾燥させて、電解質溶液中の溶媒の一部を除去する(ステップS120)。このときの様子を、図2(B)に示す。電解質溶液の乾燥は、例えば、成形した電解質溶液を加熱条件下に配置することにより行なうことができる。本実施例では、ステップS120において、膜状に成形した電解質溶液の厚みに基づいて乾燥の程度を調節しており、電解質溶液の厚みが、予め定めた基準の厚みT1となるように、乾燥を行なっている。本実施例では、この基準の厚みT1は、膜状に成形した同様の電解質溶液を、加熱乾燥のみによって完全に乾燥させて得られる電解質膜(絶乾電解質膜)の厚みT2に基づいて定められている。
【0020】
図4は、ステップS110と同様に膜状に形成した電解質溶液を、加熱により完全に乾燥させて絶乾電解質膜を作製し、このような絶乾電解質膜に吸水させる様子を表わす説明図である。図4(A)は、電解質溶液を膜状に成形した様子を表わし、図4(B)は、成形した電解質溶液を加熱により完全に乾燥させて絶乾電解質膜を作製した様子を表わし、図4(C)は、絶乾電解質膜に吸水させて吸水量が最大になったとき、いわゆる満含水状態にしたときの様子を表わす。図4に示すように、成形した電解質溶液を乾燥させることにより、電解質溶液の厚みは次第に薄くなり、溶媒が実質的に含まれない絶乾状態になったときに最も薄くなる。このような絶乾電解質膜に吸水させると、吸水に伴って電解質膜全体が膨潤し、電解質膜は次第に厚くなる。電解質膜の厚さは、電解質膜が満含水状態のときに最も厚くなる。ステップS120において成形した電解質溶液を乾燥させる際の基準の厚みT1は、ステップS110と同様の厚さに成形した同様の電解質溶液を乾燥させた絶乾電解質膜の厚さT2の、1.2〜3.0倍の厚さとして設定されている。
【0021】
次に、溶媒の一部を除去した膜状の電解質溶液を、凍結乾燥に供し(ステップS130)、残余の溶媒を昇華させて除去し、高分子電解質膜10を完成する。このときの様子を、図2(C)に示す。凍結乾燥の際には、電解質溶液の急速凍結を行なっており、このように膜状に成形した電解質溶液を凍結させることにより、高分子電解質は、溶媒と混在するステップS120の状態における構造を維持したまま、固定される。このような電解質溶液を凍結乾燥することにより、高分子電解質は上記ステップS120の状態における構造を維持したまま、電解質溶液から溶媒だけが除去されて、高分子電解質膜10となる。上記のように、ステップS130では、高分子電解質の構造は固定されているため、得られる高分子電解質膜10の厚みは、溶媒が除去されるにもかかわらず、ステップS120からほとんど変化しない。これにより、絶乾電解質膜の厚みT2の1.2〜3.0倍の厚さとして設定された厚みT1を有する、乾燥状態の高分子電解質膜10を得ることができる。なお、電解質溶液中では、高分子電解質と溶媒とは均一に混合されているため、このときの構造を維持したまま溶媒だけを除去することにより、高分子電解質膜10は、溶媒が存在した場所に対応する均一な空隙を内部に有することになる。
【0022】
ステップS130により高分子電解質膜10を完成した後には、この高分子電解質膜10から基板を除去し、燃料電池など所望の装置に組み込めば良い。高分子電解質膜10を組み込んだ燃料電池の一例として、高分子電解質膜10を備える単セル15の概略構成を、断面模式図として図5に示す。単セル15は、高分子電解質膜10の両面に、触媒を備える電極であるアノード21およびカソード22を備える。また、電極を形成した上記電解質膜10を両側から挟持して、ガス透過性を有する導電性部材から成るガス拡散層23,24を備える。また、ガス拡散層23,24のさらに外側に、ガスセパレータ25,26を備えている。ガスセパレータ25とガス拡散層23との間には、水素を含有する燃料ガスが流れる単セル内燃料ガス流路47が形成され、ガスセパレータ26とガス拡散層24との間には、酸素を含有する酸化ガスが流れる単セル内酸化ガス流路48が形成される。
【0023】
以上のように構成された本実施例の高分子電解質膜10の製造方法によれば、電解質溶液を膜状に成形した後に、溶媒の一部を乾燥により除去し、その後に凍結乾燥を行なっている。凍結乾燥の工程においては、高分子電解質は、溶媒と混在する状態で固定されて、その後に溶媒のみが除去され、溶媒が存在した場所に対応する空隙が内部に均一に形成された高分子電解質膜が得られる。したがって、このような高分子電解質膜10が吸水したときには、吸水された水は、上記した内部の空隙内に取り込まれるため、電解質膜10全体の膨潤・変形が抑えられ、膜厚の変化率が抑制される。また、このように一旦吸水した高分子電解質膜10の含水量が減少するときには、高分子電解質膜10を構成する高分子電解質の分子が固定されているため、空隙内の水が減少しても、電解質膜10全体の収縮・変形が抑えられ、膜厚の変化率が抑制される。このように、本実施例の高分子電解質膜10の製造方法によれば、吸水および乾燥に伴う膜厚変化率の抑えられた高分子電解質膜10を得ることができる。
【0024】
高分子電解質膜10において、吸水および乾燥に伴う膜厚変化率が抑えられることにより、このような高分子電解質膜10を燃料電池等の装置内に組み付けて用いた場合には、高分子電解質膜10自身の劣化を抑制する効果が得られる。すなわち、上記装置内で固定された状態で高分子電解質膜10が膨張・収縮などの変形を繰り返すと、電解質膜10内部に応力が発生するが、膜厚変化率が抑えられることにより発生する応力が減少し、応力に起因する電解質膜10の劣化を抑制することができる。
【0025】
さらに、絶乾状態における膜厚を同じにして比較する場合には、電解質膜の吸水・乾燥に伴う膜厚変化率が抑えられることにより、電解質膜の吸水・乾燥に伴う膜厚変化量も抑えることができる。そのため、凍結乾燥を行なわず加熱乾燥のみによって製造した従来知られる電解質膜に代えて、絶乾状態での膜厚が同じである本実施例の電解質膜を用いて燃料電池などの装置を組み付ける場合には、装置全体の耐久性も向上させることができる。すなわち、高分子電解質膜10の変形量が抑制されることにより、上記装置内で電解質膜10と共に組みつけられた他の部材(例えば、電極21,22やガス拡散層23,24、あるいは電解質膜10の外周近傍に設けたガスシール部材)において、電解質膜10の変形に起因する応力の発生を抑制し、これら他の部材の劣化を抑えることができる。さらに、高分子電解質膜10の変形量が抑制されることにより、電解質膜10を備える装置において、上記変形に起因して装置内で生じる応力を吸収するための構造を不要とし、あるいは削減することができ、燃料電池等の装置全体の構成の複雑化を抑制することができる。なお、加熱乾燥のみによって製造した従来知られる電解質膜に代えて、本実施例の電解質膜を用いて燃料電池などの装置を組みつける場合に、絶乾状態での膜厚を同じにするのではなく、満含水状態における膜厚を同じにして比較する場合であっても、膜厚変化率が小さいことにより、通常は膜厚変化量も小さくなり、同様の効果が得られる。
【0026】
ここで、高分子電解質膜10における吸水および乾燥に伴う膜厚変化率が抑制される効果は、特に、凍結乾燥に供される高分子電解質が、溶媒中に溶解された溶液の状態であることによって得られる効果である。すなわち、溶液中に溶解された高分子電解質の分子は、溶媒中に均一に広がり、分子の配置に偏りがない状態となっている。このような状態で電解質分子を固定して凍結乾燥を行なうことで、イオン交換基を含む親水度の高い部分が形成する親水部と、主鎖を含む疎水度の高い部分が形成する疎水部とが溶液中で均一に分散し、等方的な(方向による偏りのない)相分離構造を有する電解質膜を作製することができる。このように等方的相分離構造を有する高分子電解質膜とすることにより、吸水に伴う膜厚変化率を、効果的に抑制できる。このような高分子電解質膜10の様子を、図6に模式的に示す。図6(A)は、等方的に配置された高分子電解質の主鎖が固定化されて凍結乾燥された様子を表わし、図6(B)は、図6(A)に示す電解質膜10が吸水した様子を表わす。
【0027】
これに対して、図4に示すように膜状に成形した電解質溶液を加熱により完全に乾燥させる場合には、電解質溶液中の溶媒量が減少するのに従って、電解質溶液中において、疎水性が高い部分と親水性が高い部分とに次第に分離する。このような相分離構造を形成する高分子電解質の分子は、溶媒の減少と共に膜厚方向に圧縮され、相分離構造は、膜面に略平行な方向に揃うようになって異方性を示し、得られる絶乾電解質膜においては圧縮方向に応力が発生した状態になる。このような絶乾電解質膜が吸水すると、電解質膜は膜厚方向に膨潤して、高分子電解質主鎖の張力とつりあうまで変形する。このような高分子電解質膜の様子を、図7に模式的に示す。図7(A)は、加熱乾燥によって作製された絶乾電解質膜において、高分子電解質の主鎖が異方的に配置されている様子を表わし、図7(B)は、図7(A)に示す絶乾電解質膜が吸水した様子を表わす。本実施例のように、分子の配置の偏りが抑えられた状態で電解質分子を固定し、凍結乾燥させることで、等方的な相分離構造を有する電解質膜を得ることが可能になり、膨潤時の膜厚変形率を抑制する効果を高めることができる。
【0028】
さらに、本実施例の高分子電解質膜の製造方法によれば、電解質溶液中の溶媒の一部が除去された状態になるまで膜状の電解質溶液を乾燥させ、その後に電解質溶液を凍結乾燥に供すれば良く、全体として乾燥のための工程を行なうだけで良い。したがって、電解質溶液に異物を混合し後に異物を除去する場合のように、製造工程が複雑化することがなく、簡素な工程によって、充分な空隙が均一に内部に形成された電解質膜を作製することができる。
【0029】
また、本実施例の高分子電解質の製造方法によれば、上記のように、相分離構造が、より等方的になることにより、高分子電解質膜におけるプロトン伝導性がさらに向上する効果が得られる。図8は、相分離構造に応じたプロトン移動経路の概念を模式的に表わす説明図である。図8(A)は、本実施例の高分子電解質の製造方法によって製造された、等方的な相分離構造を有する電解質膜の断面の様子を表わし、図8(B)は、膜状に成形した電解質溶液を加熱のみによって乾燥させた、異方的な相分離構造を有する電解質膜の断面の様子を表わす。加熱乾燥のみで製造した図8(B)の高分子電解質膜では、相分離構造全体が膜厚方向に圧縮されている。ここで、高分子電解質膜内をプロトンが移動する際には、プロトンは、複数の水分子と水和した状態で親水部内を移動する。そのため、図8(B)のように異方性の相分離構造を有する電解質膜では、プロトンは、膜厚方向に圧縮された相分離構造における疎水部を迂回しながら移動するため移動距離が長くなる。これに対して、図8(A)に示す本実施例の高分子電解質膜の製造方法により製造した電解質膜によれば、疎水部の迂回による移動距離の伸長が少なく、プロトン導電性を向上させることができる。
【0030】
また、本実施例の高分子電解質膜の製造方法によれば、電解質溶液中の溶媒の一部のみが除去された状態で、溶液中の高分子電解質の配置を固定しているため、電解質溶液を完全に乾燥させる場合に比べて、得られる電解質膜中での分子間の距離が長くなる。ここで、電解質膜は、電解質膜の比重が大きく分子間の距離が短いほど、分子間の相互作用が大きくなり、電解質膜の脆性が高まるという性質を有している。そのため、本実施例のように、分子間の距離がより長くなる状態で電解質分子を固定して電解質膜を作製することで、より靭性の高い高分子電解質を得ることが可能になる。
【0031】
特に、電解質膜10を構成する高分子電解質が、芳香族炭化水素から成る主鎖を備える炭化水素系電解質の場合には、電解質膜の靭性を高める効果が顕著に得られ、望ましい。すなわち、芳香族炭化水素は特に剛直な性質を有しており、近接する分子間で凝集エネルギが生じやすい性質を有しているため、電解質膜の比重を高めて分子間の距離を短くするほど脆性が高まりやすい。本実施例の高分子電解質膜の製造方法によれば、このような芳香族炭化水素系の電解質を用いる場合であっても、分子間の距離を長くして電解質分子を固定することにより、より靭性の高い電解質膜を製造することが可能になる。なお、高分子電解質膜の製造方法としては、本実施例のように高分子電解質を溶媒に溶解した電解質溶液を用いる方法の他に、高分子電解質を加熱して溶融させ、溶融状態で膜状に成形する方法(溶融成膜)も知られている。このような方法によっても、分子の配置の偏りを抑えた状態で成膜することにより、相分離構造における等方性が高められた電解質膜を製造することは可能であるが、芳香族炭化水素系の電解質は特にガラス転移点が高く、溶融成膜は困難である。本実施例の高分子電解質膜の製造方法によれば、溶媒に溶解させた電解質溶液の状態で成膜を行なうため、芳香族炭化水素系の電解質膜を製造する方法として、特に優れている。
【0032】
高分子電解質膜において、吸水および乾燥に伴う膜厚の変化率を抑えるためには、電解質膜が満含水状態になったときの吸水量に対応する空隙を、高分子電解質膜内に設けることが望ましい。絶乾状態の高分子電解質膜は、一般に、満含水状態にすることで、膜厚は2倍程度に増加する。そのため、ステップS120において溶媒の一部を除去する際の、膜状の電解質溶液の厚みの基準値T1を、絶乾電解質膜の膜厚T2の2倍程度とすることにより、電解質膜の吸水に伴う膜厚の変化率を効果的に抑制できると考えられる。ここで、既述したように、絶乾電解質膜を満含水状態にする場合には、電解質膜の内部において電解質分子の主鎖が張力を生じており、このような張力によって、電解質膜の膨張および吸水が抑制されている。電解質膜の吸水時に電解質膜内で生じるこのような張力は、電解質膜内に形成される空隙量が多いほど、小さくなると考えられる。そのため、ステップS120で電解質溶液から除去する溶媒量を少なくするほど(基準の厚みT1を厚くするほど)、出来上がった電解質膜内で吸水時に生じる張力が小さくなって、得られる電解質膜における吸水量の増加が引き起こされると考えられる。したがって、ステップS120における基準の厚みT1を、絶乾電解質膜の膜厚T2の2倍に設定して製造した高分子電解質膜であっても、吸水によりさらなる膜厚増加が生じると考えられる。そのため、本実施例では、膜厚変化率を効果的に抑制可能となるような、ステップS120における基準の厚みT1を、絶乾電解質膜の厚みT2の、1.2〜3.0倍の厚さとして設定しているが、基準の厚みT1は、T2の2倍を超える値に設定することにより、電解質膜を吸水させたときの膜厚変化率を抑制する効果を特に高めることができると考えられる。
【0033】
なお、ステップS120においては、乾燥により電解質溶液中の溶媒の一部を除去しつつ、厚みを測定する代わりに、除去される溶媒量を反映する他の基準値に基づいて乾燥状態、すなわち電解質溶液の厚みが基準の厚みT1に達したか否かを判断しても良い。例えば、厚みを測定する代わりに、加熱温度と加熱時間によって、乾燥状態を判断しても良い。
【0034】
また、ステップS120では、加熱によって電解質溶液中の溶媒の一部を除去したが、加熱を伴わない方法を用いても良い。例えば、処理の迅速化を要求しない場合には、加熱を行なうことなく減圧条件下において乾燥させても良い。凍結乾燥のように電解質分子の固定を伴う方法以外の方法であれば、ステップS120における乾燥の方法として用いることができる。
【0035】
B.乾燥の工程における基準膜厚の算出方法:
ステップ120において溶媒の一部を除去する際の基準となる電解質溶液の厚みT1を、絶乾電解質膜の厚みT2に基づいて設定する際に、絶乾電解質膜の厚みT2は、膜状に成形した電解質溶液を実際に乾燥させて求めるのではなく、計算により求めても良い。以下に、絶乾電解質膜の厚みT2と、このT2に基づいて定められる基準膜厚T1と、絶乾電解質膜を満含水状態にしたときの膜厚増加の程度の算出方法について説明する。
【0036】
濃度X(wt%/L)の電解質溶液を、Y(mm)の厚さにキャストして、乾固した場合(溶媒を完全に蒸発させた場合)、すなわち絶乾電解質膜としたときの膜厚T2は、以下の(1)式で表わすことができる。
【0037】
T2 = Y × X/100 …(1)
【0038】
したがって、ステップS120において溶媒の一部を除去する際の基準となる電解質溶液の厚みT1は、上記(1)式に基づいて求めた絶乾電解質膜の膜厚T2に対して、1.2〜3.0を乗じた値として設定することができる。
【0039】
上記のような膜厚T2を有する絶乾電解質膜を満含水状態にしたときの膜厚増加率、および膜厚増加量を、計算により求めることも可能である。絶乾電解質膜を満含水状態にしたときの膜厚増加率の計算方法を以下に示す。膜厚増加率、すなわち、絶乾電解質膜を満含水状態にしたときの膜厚増加量の、絶乾電解質膜の膜厚に対する割合は、以下の(2)式で表わすことができる。なお、以下の(2)式では、電解質膜内で生じる分子間力や既述した張力の影響は無視している。
【0040】
膜厚増加率=
(24×18))/(EW(g/mol)÷膜比重(g/mL)) …(2)
ただし、EW:高分子電解質のEW値、膜比重:乾燥状態での高分子電解質の比重、24:電解質膜において1個のスルホン酸基と水和する水分子の数、18:水の分子量、を表わす。なお、EW値とは、固体高分子電解質におけるイオン交換基(スルホン酸基)の等量重量、すなわち、イオン交換基の単位量(1mol)当たりの固体高分子電解質全体の乾燥重量の値をいう。EW値を膜比重で割ることにより、1molのスルホン酸基当たりの高分子電解質の乾燥時の体積(mL)が求められる。また、1個のスルホン酸基と水和する水分子の数と水の分子量とを乗じることにより、1molのスルホン酸基と水和する水分子の重量(g)が求まり、この値は、1molのスルホン酸基と水和する水分子の体積(mL)の値と等しくなる。吸水に伴う体積増加量は、吸収した水の体積に等しく、膜厚増加率は体積増加率に等しいと考えることにより、上記(2)式が導かれる。
【0041】
したがって、(1)式から求めた絶乾電解質膜の膜厚T2と、(2)式から求めた膜厚増加率とを積算することにより、絶乾電解質膜を満含水状態にしたときの膜厚増加量を算出することができる。
【0042】
例えば、EW値が500、比重が1.2、スルホン酸基1個と水和する水分子の数が24個である高分子電解質を用いる場合、(2)式より、膜厚増加率は、約104%であることがわかる。計算の内容をさらに具体的に以下に示す。スルホン酸基1molあたりの膜重量は、EW値より、500gとなる。この膜重量を膜比重で割ると、高分子電解質の体積は、417mLとなる。このとき、水和する水の量は24molであり、水和する水の重量は、24に水の分子量18を乗じて、432gとなるため、水和する水の体積は、432mLとなる。以上の結果より、絶乾状態の高分子電解質膜は、満含水状態になることで、417mLから432mL体積増加するため、体積増加率は約104%となる。体積増加率は、膜厚増加率とほぼ等しいと考えられるため、膜厚増加率も、理論的には104%となる。
【0043】
C.膜厚変化の測定と電解質膜の相構造:
電解質溶液を膜状に成形し、成形した電解質溶液を種々の条件で乾燥させた後に凍結乾燥を行なって、電解質膜を作製し、これらの電解質膜について吸水時の寸法変化および相構造を調べた結果を以下に示す。図9は、凍結乾燥に先立って行なわれた加熱乾燥の工程の条件を表わす説明図である。ここでは、図2に示した構造を有する芳香族炭化水素系の高分子電解質を用いると共に、溶媒としてジメチルスルホキシド(DMSO)を用い、電解質溶液を作製した(ステップS100)。このような電解質溶液1.0gを、アルミ皿上に滴下流延し(ステップS110)、膜状に成形した電解質溶液を複数用意した。その後、各々の膜状の電解質溶液を、昇温可能な恒温槽中に配置して、種々の条件で加熱乾燥を行ない(ステップS120)、液体窒素を用いて急冷した後に凍結乾燥を1時間行なった(ステップS130)。図9は、上記ステップS120における乾燥の条件を示している。なお溶媒として用いたDMSOは、融点が18.5℃であって常温で液体となり、また、凍結乾燥条件下において昇華性を示すため、凍結乾燥によって電解質溶液からほぼ完全に除去することができる。
【0044】
図9に示すように、膜状に成形した各々の電解質溶液について、まず、80℃で5分間加熱した。この状態の電解質溶液の一部を取り出し、凍結乾燥の工程に供して、サンプルAとした。その後、残余の電解質溶液について、さらに、2分間かけて90℃に昇温させ、90℃で5分間加熱した。その後、さらに2分間かけて100℃に昇温させ、100℃で5分間加熱を行なった。この状態の電解質溶液の一部を取り出し、凍結乾燥の工程に供して、サンプルBとした。その後、残余の電解質溶液について、さらに100℃で55分間(合計60分間)加熱を行ない、サンプルCとした。なお、サンプルCについては、上記した加熱乾燥の工程により、完全に乾燥された絶乾電解質膜になっていると考えられるため、加熱乾燥の工程のあとの凍結乾燥の工程は行なっていない。
【0045】
図10は、各サンプルについて、凍結乾燥後の厚みと、凍結乾燥して得た電解質膜を満含水状態にしたときの厚みとを測定した結果を示す説明図である。サンプルAについての結果を図10(A)に示し、サンプルBについての結果を図10(B)に示し、サンプルCについての結果を図10(C)に示している。サンプルA〜Cのいずれも、6個ずつ電解質膜を作製した。図10中、凍結乾燥後の膜厚(サンプルCについては加熱乾燥後の膜厚)はDryと表わし、これを水中に浸漬して満含水状態にした後の膜厚はWetと表わしている。膜厚は、触針式膜厚計を用いて測定した。
【0046】
成形した電解質溶液から加熱乾燥により除去された溶媒量が最も少ないサンプルAでは、凍結乾燥後の膜厚(Dry膜厚)の平均値は99.5μmであり、満含水状態の膜厚(Wet膜厚)の平均値は114.0μmであった。したがって、Dry膜厚の平均値とWet膜厚の平均値との差である膜厚変化量ΔTは14.5μmであり、膜厚増加率、すなわち、Dry膜厚の平均値に対する膜厚変化量ΔTの割合は、14.6%であった。このように、満含水状態になることで、Dry膜厚の14.6%に相当する厚み分、膜厚が増加した。
【0047】
加熱乾燥により除去した溶媒量がより多いサンプルBでは、凍結乾燥後の膜厚(Dry膜厚)の平均値は62μmであり、満含水状態の膜厚(Wet膜厚)の平均値は111.7μmであった。したがって、Dry膜厚の平均値とWet膜厚の平均値との差である膜厚変化量ΔTは49.7μmであり、膜厚増加率、すなわち、Dry膜厚の平均値に対する膜厚変化量ΔTの割合は、80.1%であった。このように、満含水状態になることで、Dry膜厚の80.1%に相当する厚み分、膜厚が増加した。
【0048】
加熱乾燥により除去された溶媒量が最も多いサンプルCでは、凍結乾燥後の膜厚(Dry膜厚)の平均値は19.2μmであり、満含水状態の膜厚(Wet膜厚)の平均値は37.7μmであった。したがって、Dry膜厚の平均値とWet膜厚の平均値との差である膜厚変化量ΔTは18.5μmであり、膜厚増加率、すなわち、Dry膜厚の平均値に対する膜厚変化量ΔTの割合は、96.4%であった。このように、満含水状態になることで、Dry膜厚の96.4%に相当する厚み分、膜厚が増加した。
【0049】
図10に示すように、加熱乾燥の工程における溶媒の除去量が少ない状態で凍結乾燥を行なった電解質膜ほど、満含水状態になったときの膜厚増加率が小さいことが確かめられた。このような結果から、各サンプルの製造条件で製造された電解質膜同士を、Dry膜厚を揃えて比較した場合にも、サンプルC,B,Aの順で、膜厚増加量が小さくなるといえる。また、図10の結果より、各サンプルの製造条件で製造された電解質膜同士を、Wet膜厚を揃えて比較した場合にも、サンプルC,B,Aの順で、膜厚増加量が小さくなるといえる。具体的には、サンプルAの電解質膜のWet膜厚をサンプルCの電解質膜のWet膜厚37.7μmと揃えた場合の膜厚変化量ΔTは、14.5÷(114.0/37.7)≒4.8μmとなる。また、サンプルBの電解質膜のWet膜厚をサンプルCの電解質膜のWet膜厚37.7μmと揃えた場合の膜厚変化量ΔTは、49.7÷(111.7/37.7)≒16.8μmとなる。
【0050】
なお、膜厚変化の測定結果を図9に示した高分子電解質は、既述した膜厚増加率の算出方法で例示した高分子電解質と同様に、EW値が500、比重が1.2(g/mL)、イオン交換基であるスルホン酸基1molあたりの水和する水分子数が24個である。既述したように、絶乾電解質膜が満含水状態になるときの膜厚増加率は、張力や分子間力を無視して計算により求めた理論値は、104%であった。これに対して、図9にサンプルCとして示すように、絶乾電解質膜が満含水状態になるときの膜厚増加率を実験的に求めると、96.4%であった。このように、膜厚増加率の実測値は、計算による理論値とほぼ一致する値となることが確かめられた。
【0051】
図11は、上記したサンプルA〜Cの各々について、凍結乾燥後に(サンプルCについては加熱乾燥後に)膜厚方向に切断した薄片の様子を、透過型電子顕微鏡(TEM)により観察した像を示す説明図である。ここでは、像コントラストを得やすくするために、電子染色剤(四酸化ルテニウム、RuO4)を用いている。電子染色剤を用いることにより、親水基であるスルホン酸基の部分が主として黒く染まっている。図11(A)はサンプルAの像であり、図11(B)はサンプルBの像であり、図11(C)はサンプル(C)の像である。図11(A)では、染色されたパターンが、全体として等方的である様子が観察された。この図11(A)は、基材上に形成された電解質膜における基材から離れた表面近傍の様子を示しているが、サンプルAでは、電解質膜の厚み方向全体で、同様の等方的なパターンが観察された。図11(B)は、基材上に形成された電解質膜における基材近傍の様子を示しており、染色されたパターンは、大部分は等方的であるが、基材の近傍においては膜面に平行な方向に揃った異方性が認められた。図11(C)では、染色されたパターンが、全体として、膜面方向に平行な方向に揃った異方性を示す様子が観察された。この図11(C)は、基材上に形成された電解質膜における中心付近の様子を示しているが、サンプルCでは、電解質膜の厚み方向全体で、同様の異方的なパターンが観察された。
【0052】
D.変形例:
なお、この発明は上記の実施例や実施形態に限られるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において種々の態様において実施することが可能であり、例えば次のような変形も可能である。
【0053】
D1.変形例1:
実施例では、膜状に成形する電解質溶液は、高分子電解質と溶媒のみを含有することとしたが、異なる構成としても良い。例えば、ステップS120よりも後の工程で電解質膜から除去可能であって、電解質溶液中に均一に分散して電解質膜内で微小な空隙を形成する空隙形成剤を予め加えた電解質溶液を、ステップS100で用意して、膜状に成形しても良い。空隙形成剤を混合した電解質溶液を用いて実施例と同様の方法により、電解質膜を製造するならば、溶媒を含有する状態で電解質分子を固定して凍結乾燥することにより、溶媒が存在した場所に対応して電解質膜内部に形成される空隙に加えて、空隙形成剤が存在した場所に対応する空隙も、電解質膜内に形成させることができる。
【0054】
電解質溶液に混合する空隙形成剤としては、例えば、粒径100μm以下のショウノウ粒子を用いることができる。ショウノウ粒子は、ステップS130における凍結乾燥に伴う減圧により、昇華させ、除去することができる。上記のようなショウノウ粒子を電解質溶液中に均一に混合しておく場合にも、ステップS120において、実施例と同様にして定めた基準の膜厚T1となる状態にまで溶媒の除去を行ない、その後、凍結乾燥を行なうことで、実施例と同様の高分子電解質膜を製造することができる。
【0055】
上記した空隙形成剤として、イオン交換基に近接して存在するものを用いるならば、製造される高分子電解質膜において、吸水時に水が集まるイオン交換基の近傍に、水が充填される空隙を用意することができて望ましい。イオン交換基に近接して存在する空隙形成剤としては、例えば、水溶性ポリマから成る水溶性マイクロビーズを用いることができる。上記水溶性マイクロビーズを構成する水溶性ポリマとしては、例えば、ポリエチレンイミンや、ポリビニルアルコール、ポリエチレンオキシド、ポリアクリル酸を用いることができる。このような水溶性マイクロビーズは、例えば、ステップS130における凍結乾燥の工程の後に、得られた電解質膜を水中に浸漬することにより水に溶解させ、電解質膜から除去することができる。
【0056】
また、ステップS100において空隙形成剤として電解質溶液に混合する物質は、プロトンよりも大きな(バルキーな)イオンを生じ、プロトンとイオン交換する塩基性分子であっても良い。バルキーなイオンを生じる塩基性分子としては、例えば、トリエチルアンモニウムを用いることができる。このような空隙形成剤を電解質溶液に混合することで、電解質溶液中のイオン交換基の少なくとも一部において、上記バルキーなイオンでプロトンとイオン交換することができ、凍結乾燥の際に高分子電解質の分子を固定する際には、上記バルキーなイオンによって、イオン交換基の近傍により大きな空隙を確保することが可能になる。凍結乾燥の工程の後に、得られた高分子電解質膜を、プロトンを含有する溶液、例えば水に浸漬することにより、上記バルキーなイオンをプロトンに交換することができる。
【0057】
D2.変形例2:
実施例では、凍結乾燥を行なうステップS130に先立って、膜状に成形した電解質溶液中の溶媒の一部を除去する乾燥の工程をステップS120として行なっているが、このステップS120の工程は行なわないこととしても良い。ステップS120の工程を行なわない場合には、電解質溶液中の溶媒量がより多い状態で電解質分子が固定されて凍結乾燥が行なわれるため、得られる電解質膜中に、より多くの空隙を設けることができ、電解質膜の吸水に伴う膨張に起因する応力の発生を抑える効果を、より高めることができる。ただし、このように電解質膜の空隙率を高める(電解質膜における電解質分子の密度を小さくする)場合には、電解質膜におけるガス透過性が高まる可能性がある。電解質膜のガス透過性が高くなると、例えばこのような電解質膜を備える燃料電池の性能を低下させる可能性がある。そのため、例えばステップS120においては、膜状の高分子電解質溶液の厚みは、乾燥の工程を行なわない場合を含めて、絶乾電解質膜の厚みの1.2倍以上の厚みとすることが望ましく、得られる電解質膜のガス透過性に対する影響も考慮すると、既述したように絶乾電解質膜の厚みの1.2〜3.0倍の厚みとすることがさらに望ましい。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】高分子電解質膜10の製造方法を表わす工程図である。
【図2】電解質膜を製造する途中の工程の様子を表わす説明図である。
【図3】芳香族ポリエーテルケトンスルホン酸系の電解質の構造を示す説明図である。
【図4】絶乾電解質膜に吸水させる様子を表わす説明図である。
【図5】単セル15の概略構成を表わす断面模式図である。
【図6】高分子電解質膜10の様子を模式的に示す説明図である。
【図7】絶乾電解質膜の様子を模式的に示す説明図である。
【図8】プロトン移動経路の概念を模式的に表わす説明図である。
【図9】凍結乾燥に先立って行なわれた加熱乾燥の工程の条件を表わす説明図である。
【図10】高分子電解質膜の膜厚を測定した結果を示す説明図である。
【図11】サンプルA〜Cの各々のTEM像を示す説明図である。
【符号の説明】
【0059】
10…高分子電解質膜
15…単セル
21…アノード
22…カソード
23,24…ガス拡散層
25,26…ガスセパレータ
47…単セル内燃料ガス流路
48…単セル内酸化ガス流路
【特許請求の範囲】
【請求項1】
高分子電解質膜の製造方法であって、
高分子電解質を溶媒中に溶解させた電解質溶液を用意する第1の工程と、
前記電解質溶液を膜状に成形する第2の工程と、
膜状に成形した前記電解質溶液を、凍結乾燥に供する第3の工程と
を備える高分子電解質膜の製造方法。
【請求項2】
請求項1記載の高分子電解質膜の製造方法であって、さらに、
前記第3の工程に先立って、前記第2の工程で成形した前記電解質溶液を乾燥させ、該電解質溶液中の前記溶媒の一部を除去する第4の工程を備える
高分子電解質膜の製造方法。
【請求項3】
請求項2記載の高分子電解質膜の製造方法であって、
前記第4の工程は、膜状に成形した前記電解質溶液の厚みが、予め設定した基準値となるまで乾燥させる工程である
高分子電解質膜の製造方法。
【請求項4】
請求項3記載の高分子電解質膜の製造方法であって、
前記基準値は、前記第2の工程で成形した前記電解質溶液を乾燥させて、実質的に溶媒を含有しない絶乾電解質膜としたときの、該絶乾電解質膜の厚みの1.2〜3.0倍の厚みである
高分子電解質膜の製造方法。
【請求項5】
請求項2ないし4いずれか記載の高分子電解質膜の製造方法であって、
前記第4の工程は、膜状に成形した前記電解質溶液を加熱乾燥することによって、前記溶媒の一部を除去する工程である
高分子電解質膜の製造方法。
【請求項6】
請求項1ないし5いずれか記載の高分子電解質膜の製造方法であって、
前記第1の工程で用意する前記電解質溶液は、さらに空隙形成剤が混在されており、
前記高分子電解質膜の製造方法は、さらに、混在された前記空隙形成剤を前記第3の工程以後において除去する第5の工程を備える
高分子電解質の製造方法。
【請求項7】
請求項1ないし6いずれか記載の高分子電解質膜の製造方法であって、
前記高分子電解質は、主鎖に芳香族炭化水素を備える炭化水素系電解質である
高分子電解質膜の製造方法。
【請求項1】
高分子電解質膜の製造方法であって、
高分子電解質を溶媒中に溶解させた電解質溶液を用意する第1の工程と、
前記電解質溶液を膜状に成形する第2の工程と、
膜状に成形した前記電解質溶液を、凍結乾燥に供する第3の工程と
を備える高分子電解質膜の製造方法。
【請求項2】
請求項1記載の高分子電解質膜の製造方法であって、さらに、
前記第3の工程に先立って、前記第2の工程で成形した前記電解質溶液を乾燥させ、該電解質溶液中の前記溶媒の一部を除去する第4の工程を備える
高分子電解質膜の製造方法。
【請求項3】
請求項2記載の高分子電解質膜の製造方法であって、
前記第4の工程は、膜状に成形した前記電解質溶液の厚みが、予め設定した基準値となるまで乾燥させる工程である
高分子電解質膜の製造方法。
【請求項4】
請求項3記載の高分子電解質膜の製造方法であって、
前記基準値は、前記第2の工程で成形した前記電解質溶液を乾燥させて、実質的に溶媒を含有しない絶乾電解質膜としたときの、該絶乾電解質膜の厚みの1.2〜3.0倍の厚みである
高分子電解質膜の製造方法。
【請求項5】
請求項2ないし4いずれか記載の高分子電解質膜の製造方法であって、
前記第4の工程は、膜状に成形した前記電解質溶液を加熱乾燥することによって、前記溶媒の一部を除去する工程である
高分子電解質膜の製造方法。
【請求項6】
請求項1ないし5いずれか記載の高分子電解質膜の製造方法であって、
前記第1の工程で用意する前記電解質溶液は、さらに空隙形成剤が混在されており、
前記高分子電解質膜の製造方法は、さらに、混在された前記空隙形成剤を前記第3の工程以後において除去する第5の工程を備える
高分子電解質の製造方法。
【請求項7】
請求項1ないし6いずれか記載の高分子電解質膜の製造方法であって、
前記高分子電解質は、主鎖に芳香族炭化水素を備える炭化水素系電解質である
高分子電解質膜の製造方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2010−7016(P2010−7016A)
【公開日】平成22年1月14日(2010.1.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−170407(P2008−170407)
【出願日】平成20年6月30日(2008.6.30)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年1月14日(2010.1.14)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年6月30日(2008.6.30)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】
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