説明

高容量水素吸蔵合金

【課題】Ti一V−Fe系合金に他元素を添加し、フェロバナジウムなどのFeが混入した原料を用いても優れた水素吸蔵放出特性を有するBCC固溶型の高容量水素吸蔵合金を提供する。
【解決手段】一般式TiFeMo(a、b、c、dは原子量%表示、a+b+c+d=100、13≦a≦20、b≧59、0<c≦11、0<d≦10の関係を満たす)で表される組成を有し、体心立方構造を有する水素吸蔵合金とする。フェロバナジウムとTiに、Moを合金化させることにより、Feを高濃度含有するにもかかわらず、優れた水素吸蔵特性を有する高容量水素吸蔵合金が得られ、組成を適宜変化させることにより、プラトー圧力の制御が可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、BCC固溶型の水素吸蔵合金に関するものである。
【背景技術】
【0002】
水素吸蔵合金は水素を貯蔵する手段として期待されており、中でもBCC固溶型合金(以下、BCC合金)は水素吸蔵量が多いことから高容量水素吸蔵合金として注目されている。これまで様々な組成のBCC合金が見出されているが、概してTi、V、Cr及びMoから構成されている。BCC合金の実用上の課題として、酸素などの不純物の感受性が高く、元素によっては微量でも水素吸蔵性能の低下が現れる。したがって、BCC合金の製造には高純度な原料が必要となり、特に高純度Vを多く使用する組成でコストが高くなってしまう。
【0003】
フェロバナジウム(以下、フェロV)は高純度Vと比較して非常に安価であり、BCC合金の主原料としてフェロVを使用することができれば、原料コストを大幅に低減できる可能性がある。しかしながら、フェロVの中には製造プロセス上不可避的に多くのFeが含まれており、他にも酸素やAlなども含まれており、フェロVを原料に用いるとBCC母相中にFeや酸素が高濃度に溶解することとなる。BCC合金の代表であるTiCrV系合金にFeを添加すると水素移動量の減少、水素吸蔵速度の低下など水素吸蔵特性の低下が起こることから、一般にFeはBCC構成元素として好ましくないとされている。酸素は希土類元素などの酸素との結合力が強い元素を脱酸剤として少量添加することにより、BCC母相中から酸化物などの形で析出させて低減できるが、Feを化合物の形で析出させることは容易ではない。したがって、フェロVを用いて良好な水素吸蔵特性を有するBCC合金を作製するためには、Feを必須構成元素にした新規のBCC合金を見出す必要がある。
【0004】
例えば、特許文献1には、一般式TiFe(x=5〜30at%、y=40〜80at%、Z=5〜40at%)から成る三元合金が開示されている。BCC合金の多くは2段のプラトーを示し、1段目のプラトーは非常に低い圧力で現れ、また一般に2段目プラトーの方が1段目より有効水素吸蔵量が多い。したがって、BCC合金の水素吸蔵は2段目のプラトーを利用しているが、特許文献1ではTi−V−Fe合金の組成の調整により、1段目のプラトー圧を上昇させ両プラトーを0.1気圧〜700気圧で利用可能にしたものである。
【0005】
特許文献2には、Ti:33〜47at%、V:42〜67at%、Fe:2.5〜14at%からなる三元系合金が開示されており、−20℃で吸収、300℃で放出することで2.4wt%の性能が出たことが記載されている。
【0006】
特許文献3には、フェロ合金を使用した低コストで優れた水素吸蔵放出特性を有する、一般式AVa(A=Ti、Zrの1種または2種、Va:V、Nb、Taの1種または2種以上からなる周期律表Va族元素、B:少なくともFeを含み、さらにCr、Mn、Co、Ni、Cu、Al、Mo、Wの中から1種または2種以上であり、原子比で0≦x≦70、0≦y≦50、x+y+z=100であり、かつx/z=0.25〜2.0)から成る合金が開示されている。
【0007】
特許文献4にはフェロバナジウム合金を出発原料とした水素吸蔵合金の製造方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2004−43945号公報
【特許文献2】特開平6−93366号公報
【特許文献3】特開平11−335770号公報
【特許文献4】特開平2−10659号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、特許文献1に示される合金では、1段目のプラトー圧の上昇とともに2段目のプラトー圧も上昇するため、2段目のプラトー圧は数百気圧となり、両プラトーの利用は高圧対応可能な場合に限定されてしまうため、用途が大きく限定されるという問題がある。
【0010】
また、特許文献2に示される合金は、前記のように、−20℃で吸収、300℃で放出することで2.4wt%の性能が得られているが、この吸放出条件は温度範囲が広すぎて現実的ではない。
【0011】
さらに、特許文献3に示される合金では、BCC以外の相が出現し易くなり、水素吸蔵量の低下を招くという問題がある。
【0012】
また、特許文献4に示される合金は、C14またはC15ラーベス型合金であり、BCC固溶型合金としての高容量水素の貯蔵性能を得ることができない。
【0013】
本発明は、上記事情を背景としてなされたものであり、Ti一V−Fe系合金に他元素を添加し、フェロVなどのFeが混入した原料を用いても優れた水素吸蔵放出特性を有するBCC固溶型の高容量水素吸蔵合金を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
すなわち、本発明の高容量水素吸蔵合金のうち、第1の本発明は、一般式TiFeMo(a、b、c、dは原子量%表示、a+b+c+d=100、13≦a≦20、b≧59、0<c≦11、0<d≦10の関係を満たす)で表される組成と不可避不純物とを有し、体心立方構造を有することを特徴とする。。
【0015】
第2の本発明の高容量水素吸蔵合金は、前記第1の本発明において、フェロバナジウムを主原料とすることを特徴とする。
【0016】
以下に、本発明における各元素の量比限定理由を記載する。なお、量比はいずれも原子%(以下、at%という)で、室温付近で10−2MPaから5MPaの圧力範囲で水素放出可能となる量比を示している。
【0017】
Ti:13≦a≦20
TiはフェロVの水素吸蔵能の改善に効果的だが、平衡水素圧力を低下させる効果があるため、下限を13at%、上限を20at%とする。なお、上記と同様の理由で下限を14.0at%、上限を18.0at%とするのが望ましい。
【0018】
V:
フェロVを原料としているため、Vの濃度はフェロVの量によって決まるが、VはBCC合金が室温付近で水素を吸放出するために必要な構成元素であり、また繰返し耐久性はVの含有率が高いほど良好である。その他の成分の量比の関係から下限は59at%である。なお、上記理由から下限を70at%とするのが望ましい。
【0019】
Fe:0<c≦11
フェロVを原料としているため、Feの濃度はフェロVの量によって決まるが、FeはTiやVと比べて原子サイズが小さいので、含有率が増加すると格子定数が減少する。これにより水素吸収の平衡水素圧力が上昇して、水素を吸蔵し難くなる。したがって、Feの量比は上限を11at%とする。また、上記理由から上限は10at%が望ましい。
【0020】
Mo:0<d≦10
Moは添加量が少量の場合、水素移動量を損なわずにプラトー圧力を上昇させることができるが、添加量が多すぎると水素吸蔵する成分が減って質量当たりの水素吸蔵量が低下するため、Moの量比は上限を10at%とする。なお、該Moの作用を十分に得るためには、Mo1.0at%以上が望ましく、また、上記理由から上限は7at%が望ましく、さらに上限は4.0at%が一層望ましい。
【0021】
体心立方構造
本願発明の水素吸蔵合金は、水素を吸蔵していない状態では体心立方構造、水素を吸蔵した状態で面心立方型の構造を有することで高い水素吸蔵性能を示し、高容量の水素を吸蔵・放出することができる。
【0022】
本願発明の水素吸蔵合金では、上記成分の他に、微量の不純物元素を含むものであってもよく、例えばフェロVの製造上不可避的に混入する、例えば酸素、窒素、Al及びSiなどを含有してもよい。不純物量としては0.2質量%以下が望ましい。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、フェロVとTiの合金に、さらにMoを合金化させることにより、Feを高濃度含有するにもかかわらず、優れた水素吸蔵特性を有する高容量水素吸蔵合金が得られる。また、組成を適宜変化させることにより、使用温度に応じたプラトー圧力の制御が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】フェロVまたは該フェロVにMoを添加した供試材のPCT特性線図(20℃)を示すものである。
【図2】フェロVまたは該フェロVにTiを添加した供試材のPCT特性線図(20℃)を示すものである。
【図3】フェロV−Ti13または該フェロV−Ti13にMoを添加した供試材のPCT特性線図(20℃)を示すものである。
【図4】フェロV−Ti15または該フェロV−Ti15にMoを添加した供試材のPCT特性線図(20℃)を示すものである。
【図5】フェロV−Ti20または該フェロV−Ti20にMoを添加した供試材のPCT特性線図(20℃)を示すものである。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本願発明の水素吸蔵合金は、常法により製造することができ、好適にはフェロVを用いて、Ti、Moとともに本願発明の組成となるように溶製する。例えば、アーク溶解法、高周波誘導溶解法等の溶解法を用いることができる。この際には、酸素混入を防止するために不活性ガス雰囲気や真空雰囲気で溶解を行うのが望ましい。また、上記溶解に際しては、フェロVに含まれる酸素をBCC母相中から低減する目的で、希土類元素などの脱酸剤を少量添加して、上記酸素を酸化物などの形で析出させて低減するのが望ましい。なお、溶製された水素吸蔵合金には、フェロVに不可避的に含まれる窒素、Al、Siなどの少量の不純物元素を含むものであってもよい。
本願発明の水素吸蔵合金は、上記成分調整をすることで溶製ままでも体心立方構造を有している。
【0026】
上記により得られた水素吸蔵合金は、凝固偏析を解消するために、均質化熱処理を行っても良い。均質化処理の条件は本発明としては特に限定されるものではないが、融点以下の高温で行うのが望ましい。なお、均質化処理では、合金表面の酸化を防止するために、不活性ガス、還元ガス雰囲気中または真空下で行うようにしてもよい。
【実施例1】
【0027】
以下に、本発明の実施例を説明する。
本実施例の全ての合金試料は、アルゴンアーク溶解装置を用いて、約20gのボタン状に作製した。ボタン状インゴットから切り出した一部をオートクレーブに入れ、400℃で1時間脱ガスした後、20℃まで下げ、初期圧力4.5MPaの水素を導入し水素化させた。水素吸収によるオートクレーブ内部の圧力低下が無くなったのを確認し、再度400℃で1時間脱ガスした後、20℃でPCT特性を測定した。PCT特性の測定はJISのH7201に準じた装置を用いて行った。以後で説明する最大水素吸蔵量と水素移動量について、最大水素吸蔵量は本実施例におけるPCT特性測定条件下(最高水素圧力4.2MPa)での水素吸蔵量の最大値、水素水素移動量は前記最大水素吸蔵量から10−2MPaでの水素吸蔵量を引いた値と定義する。
【0028】
図1はフェロVにMoを5および15at%添加したフェロV−Mo合金のPCT特性(20℃)を示すものである。フェロVは最大で水素を1.68mass%吸蔵したが、水素を放出する平衡水素圧力が低いため、0.06mass%と少量しか水素を放出しなかった。
フェロVにMoを5at%添加すると、最大水素吸蔵量はほとんど変わらないが、平衡水素圧力が上昇し、特に放出側の平衡水素圧力が10−2MPa以上となる部分が出現したため、水素移動量が0.83mass%に増加した。
フェロVにMoを15at%添和すると、Moを5at%添加した合金で水素移動量の増加に寄与した0.9〜1.7mass%の領域は本測定の最高圧力以上に上昇したため、最大水素吸蔵量および水素移動量が減少した。
したがって、フェロVにMoを添加すると平衡水素圧力の上昇が起こり、添加量によっては水素移動量をある程度増加させることができるが、Mo添加は基本的に平衡水素圧力を上昇させるだけであるので、本PCT測定条件ではフェロV−Mo合金の水素移動量は多くて1mass%程度と推察され、単にフェロVにMoを添加するだけでは水素移動量の改善には不十分であるといえる。
【0029】
図2はフェロVにTiを10〜20at%添加したフェロV−Ti合金のPCT特性(20℃)を示すものである。
Tiを10at%添加するとPCT線は右にシフト、即ち最大水素吸蔵量が増加した。またわずかではあるが放出側のPCT線が現れた分、フェロVより水素移動量が多かった。しかし、大きな改善は見られなかった。
Tiを13at%以上添加すると約1.8mass%以上で明確なプラトーが出現したが、ヒステリシスが大きすぎて実用的でない。Tiの添加量が13〜20at%の範囲では、Ti添加量が増加すると、平衡水素圧力の低下、最大水素吸蔵量の増加、ヒステリシス(水素吸蔵側と放出側の平衡水素圧力の差)の減少が見られた。但し、Ti添加量が20at%の合金では、放出側プラトーは途中で水素平衡圧力が10−2MPaを下回ったため、水素移動量が少なくなった。水素移動量はTi添加量が13at%〜15at%では添加量が多いほど増加したが、15〜18at%では1.95〜1.99mass%とほとんど変わらなかった。
【0030】
図3はフェロVにTiを13at%、Moを2および4at%添加したフェロV−Ti13Mo(x=0、2、4)のPCT特性(20℃)を示すものである。なお、これらのPCT特性からわかるように、測定圧力の関係で、1MPa以上で見られる吸蔵側のプラトーが途中で切れた形となっている。
フェロV−Ti13合金にMoを添加すると、1.9mass%以上で見られる吸蔵側のプラトー圧力はほとんど変わらなかったが、放出側のプラトー圧力はMo添加量の増加とともに上昇し、ヒステリシス(水素吸蔵側と放出側の平衡水素圧力の差)が減少した。また、Mo無添加合金で見られる図示楕円状に囲んだ傾斜の緩やかな部分は、Mo添加により消失し、理想的なPCTの形状に近づいた。
したがって、フェロV−Ti13合金にMoを添加すると、最大水素吸蔵量を維持しつつ、PCT特性(平衡水素圧力および形状)を改善し、水素移動量が増加する。
【0031】
図4はフェロVにTiを15at%、Moを2および4at%添加したフェロV−Ti13Mo(x=0、2、4)のPCT特性(20℃)を示すものである。図3で示した合金よりTiの添加量が多いため、平衡水素圧力が低くなり、プラトー全域を測定できている。
フェロV−Ti15Mo合金は前述のフェロV−Ti13Moと類似した傾向を示した。Moを2at%添加すると、フェロV−Ti15Mo合金で見られる図示楕円状に囲んだ傾斜の緩やかな部分が消失し、最大水素吸蔵量が減少することなく、プラトー圧力が上昇したため、水素移動量が増加した。フェロV−Ti15Mo合金では、プラトー域の傾斜が大きくなりプラトーがやや途中で切れた形状になったため、計算上水素移動量が減少しているが、実質的にはフェロV−Ti15Mo合金と同程度の水素移動量を有していると推察される。
したがって、フェロV−Ti15合金にMoを添加すると、フェロV−Ti13合金と同様に、PCT特性(平衡水素圧力および形状)を改善し、水素移動量を増加する。
【0032】
図5はフェロVにTiを20at%、Moを2、4、7at%添加したフェロV−Ti20Mo(x=0、2、4、7)のPCT特性(20℃)を示すものである。前述のように、フェロV−Ti20合金の平衡圧力が低いため、放出プラトーは途中で切れている。フェロV−Ti20合金においても、Mo添加量が増加するとプラトー圧力が上昇し、測定される放出プラトーの幅が広くなった。しかしMoを4at%添加しても、水素圧力が10−2MPaに達するまでに放出プラトーは終了しなかった(放出プラトーの終了は吸収側のPCT線とほぼ重なるか否かで判断できる)。
さらにMoを添加したフェロV−Ti20Mo合金ではプラトー圧力が高くなり、水素圧力が10−2MPaに達するまでに放出プラトーがほぼ終了したが、プラトーの傾きが大きくなり、吸蔵側のプラトーが完全に終了しなくなったため、水素移動量がフェロV−Ti20Moとほぼ同じであった。このようなプラトーの傾きは、均質化熱処理により小さくすることができる。
以上のように、フェロVに適正量のTiを添加することにより、大幅にPCT特性を改善できるが、さらにMoを添加することによりPCT特性の更なる改善が可能となる。
【0033】
次に、上記条件で本発明材および比較材について最大水素吸蔵量と水素移動量とを測定した。表1に、本発明材および比較材の化学組成(原子量%)を示す。その他に、不可避の不純物を含んでいる。
表1から明らかなように、本発明材は、優れた最大水素吸蔵量と水素移動量とを示している。
【0034】
【表1】

【0035】
本発明合金の原料は特に限定されず、合金組成が上記一般式の組成範囲内で表されるのであればよい。但し、酸素などの侵入型元素は脱酸剤などの添加によりBCC母相中から可能な限り、好ましくは2000ppm以下に低減させる必要がある。
本発明合金の製造方法も特に限定されないが、均質な組織を有する方が平坦なプラトーが得られるので、均質な組織が得られる方法で製造するのが望ましい。
またフェロV−Ti−Mo合金のプラトー圧は、合金組成を変更することにより任意の圧力に制御可能であり、さらにAl、Cr、Mn、Nbなどを追加添加することによってもプラトー圧を制御できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式TiFeMo(a、b、c、dは原子量%表示、a+b+c+d=100、13≦a≦20、b≧59、0<c≦11、0<d≦10の関係を満たす)で表される組成と不可避不純物とを有し、体心立方構造を有することを特徴とする高容量水素吸蔵合金。
【請求項2】
フェロバナジウムを主原料とすることを特徴とする請求項1記載の高容量水素吸蔵合金。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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