説明

高強度鋼板および溶接構造物

【課題】比確定低入熱量において、加工性と耐溶接熱影響部軟化性に優れた高強度鋼板、および、この鋼板を用いた溶接構造物を提供する。
【解決手段】質量%で、C:0.02〜0.08%、Si:0.05〜0.5%、Mn:0.5〜2.5%、S≦0.005%、Al≦0.010%、N:0.0020〜0.0060%を含有し、質量ppmで、Mg:5〜30ppm、Ca:10〜30ppmのいずれか、または、両方を含有し、かつ、質量%で、Tiを所定の式を満たす範囲で含有し、さらに、Nb、V、B、Taのうち2種以上を、別の所定の式を満たす範囲で含有し、残部がFeおよびその他不可避元素からなる鋼であって、その溶接熱影響部が、平均粒径rnm(ただしr≦1000)の粒子を、所定の式で計算される個数密度ρ’個/cm3で含有することを特徴とする高強度鋼板。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車の足回り部品、フレーム、ホイールなどに用いられる、加工性と耐溶接熱影響部軟化性に優れた高強度鋼板、および、この鋼板を用いて作製した溶接構造物に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の自動車軽量化要求の高まりから、自動車用鋼板の高強度化が進んでおり、特に、足回り部品や、フレーム、タイヤホイールなどで、高強度鋼板の使用が顕著である。しかし、これらの部材は、複雑な部品形状から、厳しい加工性が要求される。この要求に対しては、一般的な高強度鋼板では対応できず、特許文献1に示すような、フェライトとベイナイトを主相とした高い加工性、孔拡げ性を有する高強度鋼板が使用されている。
【0003】
一方で、これらの部材では、通常、プレス成形後にアーク溶接を行って、構造物とされるが、この際、溶接部は熱の影響を受け易い。特許文献1に示すような高加工性の高強度鋼板にアーク溶接を行うと、この熱影響部(以降、「HAZ」と記載する場合がある。)で強度が低下する、いわゆるHAZ軟化が生じる。
【0004】
この対策としては、設計の段階で、HAZ部の強度低下を前提とした部材設計を行って対応しているのが実情である。この結果、溶接構造物の設計自由度が制限されるのみならず、部材の軽量化に対して、大きな障害となる。
【0005】
この溶接熱影響部の軟化対策としては、例えば、特許文献2に示すような、Mo,Nb,Vなどの合金元素の添加が多数提案されている。これらは、いわゆる、焼入性を高める目的で添加され、溶接熱影響部がA3変態点以上に加熱された後に冷却される際に作用し、鋼板の強度を高める働きをする。
【0006】
しかし、自動車用鋼板として用いる、板厚が比較的薄い鋼板を溶接するような小入熱溶接において、A3変態点を超える熱影響部は、急加熱・急冷却となるため、このような元素を添加すると、逆に硬化が進み、溶接割れを引き起す懸念がある。
【0007】
さらに、特許文献1に示すような、フェライトとベイナイトを主相とする、高い加工性・孔広げ性を有する鋼板をアーク溶接し、その熱影響部を調査すると、軟化が生じているのは、母材側のA3変態点未満の加熱領域であることが解っている。このため、溶接時の熱履歴により、A3点以上に加熱・冷却されて焼入れが起こることを利用した、合金元素の添加では、HAZ軟化の抑制をすることはできない。
【0008】
また、同じく、溶接熱影響部の靭性改善として、特許文献3に示すような、微小析出物の導入による熱影響部の結晶粒径粗大化抑制が提案されているが、主に、板厚が10mm以上での大入熱溶接を対象としており、本発明が対象とする自動車用鋼板等の薄鋼板での小入熱溶接とは対象が異なる。
【0009】
さらに、この方法も、A3変態点以上に加熱されることが前提となっており、さらに、結晶粒粗大化抑制に必要とされる最低粒子密度は、本発明で対象とする個数密度に対して、大幅に少なく、明らかに技術が異なっている。
【0010】
【特許文献1】特開平6−293910号公報
【特許文献2】特開平5−186849号公報
【特許文献3】特開平11−124652号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、上記事情に着目してなされたものであり、その目的は、加工性と耐溶接熱影響部軟化性に優れた高強度鋼板、および、この鋼板を用いて作製した溶接構造物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明で対象としている、特許文献1に示すような、ベイナイトとフェライトを主相とするような高強度鋼板の溶接熱影響部において、A3変態点以下の温度領域で、結晶粒成長も生じないような短時間の急加熱・急冷によって強度の低下が起こる現象は、転位が開放されることによって起こるとしか説明できない。
【0013】
そこで、転位の開放を抑制する方法について鋭意検討した結果、本発明者らは、高温で安定な微細粒子を多数生成させると、転位の移動が妨げられ、転位の開放が抑制されて、強度低下が抑制され得ること、および、多数生成させる微細粒子として、酸化物と窒化物を活用することができること、を新たに見出した。
【0014】
本発明は、以上の知見に基づき完成されたものであり、下記を要旨とする。
【0015】
(1) 質量%で、C:0.02〜0.08%、Si:0.05〜0.5%、Mn:0.5〜2.5%、S≦0.005%、Al≦0.010%、N:0.0020〜0.0060%を含有し、質量ppmで、Mg:5〜30ppm、Ca:10〜30ppmのいずれか、または、両方を含有し、かつ、質量%で、Tiを、下記[1]式を満たす範囲で含有し、さらに、Nb、V、B、Taのうち2種以上を、下記[2]〜[5]式を満たす範囲で含有し、残部がFeおよびその他不可避元素からなる鋼であって、その溶接熱影響部が、平均粒径rnm(ただしr≦1000)の粒子を、下記[6]式で計算される個数密度ρ’個/cm3で含有することを特徴とする高強度鋼板。
【0016】
0.06<[%Ti][ppmN]<0.63 [1]
0.303<[%Nb][ppmN]<3.03 [2]
0.63<[%V][ppmN]<6.30 [3]
0.0006<[%B][ppmN]<0.006 [4]
0.33<[%Ta][ppmN]<3.35 [5]
ρ’≧ α r-1.6 α=6.9×1014(cm-3) [6]
但し、 [%Ti] :鋼中Ti濃度(質量%)
[%Nb] :鋼中Nb濃度(質量%)
[%V] :鋼中V濃度(質量%)
[%B] :鋼中B濃度(質量%)
[%Ta] :鋼中Ta濃度(質量%)
[ppmN]:鋼中N濃度(質量ppm)
【0017】
(2) 上記(1)に記載の高強度鋼板を成型加工した後、3kJ/mm未満の入熱量で溶接接合して作製したことを特徴とする溶接構造物。
【発明の効果】
【0018】
本発明によって、加工性と耐溶接熱影響部軟化性に優れた高強度鋼板、および、この鋼板を用いて作製した溶接構造物を提供することができる。したがって、本発明においては、工業上、大きな効果を期待することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
本発明について、以下、詳細に説明する。
【0020】
本発明の重要なポイントは、前述したとおり、A3変態点でも分解しない安定な微細粒子を、多数、鋼中に生成させて、溶接熱影響部の転位の移動を抑制し、HAZ軟化を抑制することである。そこで、微細な粒子を多量生成させる条件を検討した。
【0021】
通常、鋼中に存在する粒子としては、酸化物、窒化物、炭化物、硫化物などがある。このうち、硫化物は、本発明が対象とする高加工性高強度鋼板では、孔拡げ性に有害であるため、使えない。また、炭化物は、鋼中で、比較的低温で分解するため、本発明が対象とする溶接熱影響部で安定であるという条件に合致しない。そこで、本発明では、酸化物と窒化物を転位開放を抑制する粒子として活用することとした。
【0022】
次に、転位開放を抑制する粒子の必要個数密度について検討した。なお、式の導出過程について、概要を、以下に記載する。
【0023】
まず、単位転位あたりの張力tは、せん断係数μと転位のバーガースベクトルbで、下記[7]式で定義することができる(例えば、日本金属学会編、転位論の金属学への応用(1960)、丸善、p11を、参照)。
t=μb2/2 [7]
【0024】
よって、鋼単位体積あたりの転位の総張力Tは、転移密度をρとして、下記[8]式で現わすことができる。
T=tρ=ρμb2/2 [8]
【0025】
一方、粒子間隔λの一対の粒子によって転位の移動が抑制されるときに転位に加わる抑制力T’は、下記[9]式で現わすことができる。
T’∝Kμb/λ [9]
【0026】
ここで、Kは、粒子に転位が遭遇する確率であり、転位の影響する幅B、粒子の平均粒径r、単位転位が存在する範囲(=サブグレイン径)dとすると、下記[10]式が成立する。
K∝d3ρ’2(r+B/2)4ρ0.5 [10]
【0027】
そして、T=T’であるから、
ρμb2/2=Kμb/λ=Kμb/(1/2rρ’)0.5
ρ’=ρ22/8rK2 [12]
であり、上記[10]式および[12]式より、
ρ’=(b2/8rd61/5ρ1/5/(r+B/2)8/5∝r-1.6 [13]
を導き出すことができる。
【0028】
したがって、転位とつりあっている場合の粒子の個数密度ρ’は、平均粒径rの−1.6乗に比例すると導出される。転位開放を抑制するためには、この密度以上の粒子が存在すればよいから、HAZ軟化抑制条件としては、下記[14]式のように現わすことができることが解った。
ρ’≧α r-1.6 [14]
【0029】
ここで、αは比例定数であり、実験的に求められる定数である。具体的には後述するが、平均粒子径と個数密度が異なる鋼板サンプルを溶接して継手とした後、引張試験を行って、破断部位の調査を行い、上記[14]式を、HAZ軟化抑制有無の境界線に当てはめることにより、α=6.9×1014を求めた。
【0030】
この関係を満たす個数密度であれば、平均粒径によらないことになるが、一方で、単位体積の鋼中に含まれる粒子の総体積(=体積分率)をwとすると、
w=3πρ’r.3/4であるから、下記[15]式が成立する。
ρ’∝ w r-3 [15]
【0031】
一定の体積分率の下で、上記[14]式を満たすためには、rは小さい方が有利であることが解る。つまり、限られた粒子生成量に対して上記[14]式を安定して満たすためには、微細な粒子とすることが重要である。
【0032】
一方、rが大きい場合も、個数密度を増加させれば、上記[14]式を満たすことは可能であるが、体積分率が非常に大きくなって、鋼の特性に悪影響を及ぼすことになる。rが1000nmの場合、上記[14]式から求まる個数密度と平均半径から体積分率を計算すると、0.003、つまり、0.3%が鉄以外の粒子で占められる結果となり、材質悪化の危惧がある。そのため、本発明では、平均粒径rを、1000nm以下とした。
【0033】
次に、これらの粒子を、微細かつ多数生成させる条件について、検討した。
【0034】
まず、酸化物を、微細かつ多数生成させるために、これら酸化物を構成する元素の量を増やす方法であるが、単に、量を増やすだけでは、粗大な酸化物を形成させる一方で、個数を増やすことが難しい。そこで、酸化物を微細化させることで酸化物の個数を増やす方法について検討を行った。
【0035】
この方法では、強脱酸元素の添加によって酸素濃度を低く調整して、酸化物の粗大化を防ぎ、さらに、凝固以降に生成する酸化物量が最大となるように、鋼中の濃度を調整することで、微細な酸化物を多数生成させることを可能とした。
【0036】
この際、生成する酸化物同士が化合物(複合酸化物)を形成する場合は、粗大化する傾向があるため、化合物を形成しない成分系とすることが望ましく、これらの条件を満たす元素として、Mg、Caが考えられる。一方で、Alは、MgともCaとも複合酸化物化合物を形成するため、極力、除外することが望ましい。
【0037】
次に、窒化物については、多くの場合、物質移動が遅い固体鉄中で生成するため、溶鋼温度で生成することが多い酸化物に比べ、成長速度が遅く、微細粒子が得やすい。そこで、さらに、微細粒子を多数分散生成させるために、同時に、複数の窒化物生成反応が起こるよう、添加元素のバランスについて検討した。すなわち、窒化物の構成元素であるTi、Nb、V、B、Taのバランスに関して検討した。
【0038】
その結果、あるN濃度に対して、同じ温度から窒化物の生成が生じる濃度になるように、2種以上の元素をバランスさせて添加することにより、複数の元素がNを奪い合いながら、窒化物を同時に生成するため、個々の粒子は、十分に成長できず、その結果、粗大化せず、結果として、数nmサイズの微細粒子が得られることを見出した。
【0039】
具体的には、下記[16]式に示す元素X(X=Ti,Nb,V,B,Ta)の窒化物XNの鋼中での生成反応より求めればよい。
X+N=XN KXN=aXN/aXN [16]
【0040】
現実的には、上記[16]式中の固体鋼中成分の活量ai、平衡定数KXNに関する測定値は皆無なため、溶解度積で代用したところ、下記[17]式に示す溶解度積で充分に代用できることが解った。
log([%X][%N])=A+B/T
[%X][%N]=exp(A+B/T) [17]
【0041】
上記[17]式において、X=Ti,Nb,V,B,Taに対して、それぞれ、A,Bが実験的に求められ、報告されている(例えば、T.Gladman: Physical metallurgy of microalloyed steels, 1997, London, The Inst. Materialsなどを参照。)。そして、析出温度Tを与えると、[%X][%N]の目安値を計算することができる。
【0042】
ここで、[%X]は、鋼中X濃度(質量%)、[%N]は、鋼中N濃度(質量%)である。
【0043】
次に、これらの検討結果を確認するために、表1(後出)をベースに成分を変化させた鋼板を作成し、アーク溶接を行って溶接継手を作製し、その後、継手引張試験を行って、破断部位の調査と、鋼中の粒子の調査を行った。
【0044】
粒子径、粒子個数密度は、試料の該当する箇所から抽出レプリカを作製し、それを、電子顕微鏡にて、10000倍で100視野以上(観察面積にして10000μm2以上)を観察し、カウントすることにより求めた。
【0045】
結果を、図1に示す。図1において、母材側で破断した比率が50%以上のものを、HAZ軟化抑制(図中、○印)とした。その理由は、後述する通り、HAZ部の強度が母材と同じ場合、母材破断率は50%となるからである。
【0046】
図1中には、上記[14]式の関係より、HAZ軟化有無の境界線を求めて図示した。図1の結果より、鋼中粒子の平均粒径と個数密度が、上記[6]式を満たすときに、HAZ軟化が抑制されることがわかる。
ρ’≧α r-1.6 α=6.9×1014(cm-3) [6]
ここで、
ρ’;鋼中粒子(晶析出物)個数密度(cm-3
r ;鋼中粒子(結晶析出物)平均径(nm)
【0047】
また、上記[6]式の関係を満たすためには、酸化物を微細分散させるために、Ca,Mgのいずれか、または、両方を含むことに加え、窒化物構成元素については、Tiに加え、さらに、Nb,V,B,Taのうち2種以上を添加量を調整して添加することが必要であることが解った。この際、微細分散効果を得るための濃度範囲を、析出開始温度を、Tiについては、1450℃とし、他の元素については、おおむね1000℃として算出される濃度範囲とすれば、同時析出を達成することができることが解った。
【0048】
したがって、濃度積の範囲として、最大10倍として、上記析出温度での計算値の100.5倍を上限とし、10-0.5倍を下限として、以下の範囲に設定した。
0.06<[%Ti][ppmN]<0.63 [1]
0.303<[%Nb][ppmN]<3.03 [2]
0.63<[%V][ppmN]<6.30 [3]
0.0006<[%B][ppmN]<0.006 [4]
0.33<[%Ta][ppmN]<3.35 [5]
【0049】
次に、各成分の選定理由について説明する。なお、以降、各成分の含有量数値は、質量ベースである。
【0050】
Cは、強度確保に有効な元素であり、その作用を確保すべく、その下限を0.02%と設定した。一方、Cが過剰になると、鋼中にセメンタイトを形成し、孔拡げ性が悪化するので、好ましくない。このため、0.02〜0.08%とした。
【0051】
Siは、フェライト、ベイナイトの複合組織を得るために重要な元素であり、強度と延性の両立の点からも重要な元素であるため、本発明が対象としているような、高い加工性を有する高強度鋼板においては、0.05%以上は必要である。しかし、Si濃度を高くすると、後述するように、Tiの活量を高め、もって、Ti析出物の微細分散に有害となる。そこで、Ti析出物の微細分散を妨げない0.5%を上限とし、0.05〜0.5%とした。
【0052】
Mnは、強度を確保するのに必要な元素であって、最低、0.5%は必要である。しかし、多量に添加すると、強度が上昇しすぎて、本発明が対象とする加工性高強度鋼板の範囲を外れてしまうため、2.5%を上限とした。
【0053】
Sは、MnSを生成し、孔拡げ性を悪化させるので、低いほど好ましく、0.005%を上限とした(なお下限は0を含む)。
【0054】
Alは、通常、脱酸材として用いられるが、同時に、窒化物生成元素であり、本発明の重要なポイントである窒化物の微細分散化に対して悪影響を及ぼすので、低いほうが好ましい。そのため、不可避的に入る0.010%を上限とした(なお下限は0を含む)。
【0055】
Nは、窒化物生成のために重要な元素であり、低すぎると、窒化物個数密度を確保できないため、好ましくなく、0.0020%(20ppm)を下限とした。一方で、高すぎると、加工性、孔拡げ性を損なうので、0.0060%(60ppm)を上限とした。
【0056】
Ti、Nb、V、B、Taは、いずれも、窒化物生成元素であり、その成分バランスが、窒化物の微細分散に極めて重要である。このうち、Tiは、Alレスとした本発明鋼において重要な脱酸元素であると同時に、強力な窒化物生成元素であること、および、TiNが、最も高温まで安定であることから、これらの元素の中でも最も重要であるので、選択添加とせずに、必須とした。
【0057】
また、その濃度は、窒化物多数生成のため、前述の通り、[N]濃度との関係で、0.06<[%Ti][ppmN]<0.63とすることが必要である。また、Siは、Tiに対して強い相互作用を有しており、Si濃度が高くなると、この関係が成り立たなくなることから、上述の通り、Siの添加量には、上限が存在する。
【0058】
Nb、V、B、Taも、同様に、N濃度との関係で濃度が限定されるが、これらは、このうちから、2種以上添加すれば、2種以上の元素がNを奪い合いながら、窒化物が同時に生成するため、個々の粒子は十分に成長できず、その結果、粗大化せず、結果として、数nmサイズの微細粒子が得られることで、HAZ軟化抑制を達成することができるので、2種以上の元素の同時添加とした。
【0059】
なお、Nb、V、B、Taのうちの2種以上の元素の選択としては、上記[2]〜[5]式を満足する範囲で、任意に選択することが可能である。
【0060】
Ca、Mgは、重要な脱酸元素であるとともに、本発明を構成する微細粒子として機能する酸化物の構成元素であり、少なくとも、いずれか一方を添加する必要がある。その際の濃度範囲については、図2に、計算結果を示す通り、ある溶存濃度(原子状態で溶解している濃度)で、生成する酸化物量が最大となることが解っている。
【0061】
図2において、横軸[%O]0は、初期酸素濃度、縦軸Δ[%O]は、析出する酸化物量を酸素濃度に換算したものであり、曲線は、固相線温度で、[%O]0と平衡するCa、Mg、または、Ca+Mgが常温までの間に析出する酸化物量を示している。
【0062】
図2に示す通り、Ca、Mgの単独添加時よりも、Ca+Mg添加とすることで、析出する酸化物量が増加し、そのピークは、[%O]濃度で6ppm程度、そのときのCa,Mg濃度(溶存濃度)は、それぞれ、10ppm、5ppmと計算された。
【0063】
ただし、実操業では、MgやCa等の強脱酸元素の溶存濃度の分析は困難であり、介在物として浮遊しているものも含めた濃度で管理されているので、鋼中成分の目標値としては、分布を持たせて、Mg:5〜30ppm、Ca:10〜30ppmとした。
【0064】
なお、本発明に係る鋼板の製造方法は、特に制限されることはなく、公知の方法に従って製造すればよい。例えば、上記の好適成分組成に調整した溶鋼を、連続鋳造法でスラブとしたのち、1100〜1250℃に加熱してから、熱間圧延を施せばよい。また、本発明による鋼板を用いた溶接構造物の製造方法についても、同様に、公知の方法に従って製造すればよく、例えば、上記方法で製造した鋼板を、プレス加工後、アーク溶接で接合すればよい。
【0065】
なお、本発明の鋼板は、適宜、所望の形状に成型加工されて、溶接接合され、溶接接合構造物とされる。本発明の鋼板は、微細粒子が多く生成しているため、溶接の際に、3kJ/mm未満の小入熱量で溶接接合しても、HAZ軟化を抑制することが可能である。
【0066】
また、3kJ/mm未満の小入熱量で溶接接合することを対象とする鋼板としては、例えば、その厚みが5mm以下のものが好適である。
【実施例】
【0067】
表1に示す化学成分の溶鋼を連続鋳造して鋼片を作製した。これらを、1100〜1250℃に再加熱したあと、熱間圧延により1.6〜5mmに圧延した。
【0068】
これら鋼板を、溶接入熱量が3kJ/mm未満のアーク溶接を用いて、重ね合わせ溶接した。その後、溶接継手部から引張試験片を切り出し、引張試験を、各3〜10回実施した。また、一部試料については、溶接後に、溶接線と垂直な面で切断し、その切断面において、HAZ部の硬度を、マイクロビッカース硬度測定器を用いて測定した。
【0069】
【表1】

【0070】
表1に、実施例および比較例の化学成分と溶接熱影響部において測定した鋼中粒子の平均粒径(円相当径)と個数密度、および、HAZ軟化抑制の有無を示す。また、簡便のため、実施例および比較例について、窒化物溶解度積の計算結果と、必要な粒子の個数密度の計算結果を、表2に示した。
【0071】
【表2】

【0072】
粒子径、粒子個数密度は、試料の該当する箇所から抽出レプリカを作製し、それを、電子顕微鏡にて、10000倍で100視野以上(観察面積にして10000μm2以上)を観察し、カウントすることにより求めた。また、HAZ軟化抑制については、引張試験において、HAZ部で破断せずに母材側で破断する回数の比率が50%以上の場合を軟化抑制とした。これは、以下の理由による。
【0073】
HAZ部の強度が母材に劣ればHAZ部で破断し、母材破断とはならない。一方、かりに、HAZ部の強度が母材より増加したとすると、母材でのみ破断することになる。もし、HAZ部の強度が母材側と同一であれば、確率的には、HAZ部破断と母材破断が1/2ずつ、つまり、母材破断率が50%となると考えられる。このことから、母材側で破断する比率が50%以上の場合を軟化抑制とした。
【0074】
ちなみに、HAZ部の硬度測定結果と母材破断率との関係を、表1の一部のサンプルについて調査した結果を、図3に示す。この図において、横軸ΔHv(%)は、母材部分の平均硬度に対するHAZ部の硬度の減少代の最大値を百分率で示したものであり、縦軸は、引張試験において引張試験回数のうち、母材破断となった回数の比率である。
【0075】
この図より明らかなように、硬度低下率が5%未満であれば、ほぼ100%母材破断となっている一方、15%以上になると、ほとんど、HAZ部で破断しており、HAZ軟化は抑制できていない。そして、この中間の硬度低下率10%で、母材破断率が、おおよそ50%となっている。
【0076】
したがって、母材側で破断する回数の比率が50%以上の場合を軟化抑制としていることから、目安としては、ΔHvが10%以下のものを軟化抑制と評価していることが解る。
【0077】
実施例1〜4は、脱酸方法が異っているが、Mg、Ca、Mg+Ca脱酸のいずれも、HAZ軟化が抑制されている。実施例5〜7は、Nb、V、B、Taのうち2種の組み合わせが異なっているが、これら2種の添加で、いずれも、HAZ軟化が抑制されている。ちなみに、実施例8では、Nb,V,Taの3種を、実施例9、10では、Nb、V、B、Taの4種全てを添加した場合であるが、同様に、HAZ軟化が抑制されており、2種以上添加すれば、HAZ軟化抑制効果が得られることが解る。
【0078】
これに対して、比較例1は、従来技術による高い加工性を有する高強度鋼板の例であるが、本発明による成分範囲に対して、Si、Al、および、[Ti][N]が、本発明の範囲外であるうえ、Nb、V、B、Taも添加されていない。この場合、表1に示すように、明確に、HAZが軟化する。
【0079】
比較例2〜6は、比較例1の成分をベースに脱酸を変更したものであるが、HAZ軟化が抑制されておらず、単に、Mg、Ca、Mg+Ca脱酸としただけでは不十分であることが解る。
【0080】
比較例7は、上記に加えてTi、Nbを変化させているが、Alが、本発明の範囲外であり、HAZ軟化抑制は不十分である。これに対して、比較例8は、Mg,Ca脱酸が適用されていない以外は、本発明の範囲内の成分であるが、やはり、HAZ軟化抑制が不十分である。比較例9は、[Ti][N]が範囲外、比較例10は、Ti以外の窒化物生成元素が1種のみであることが、本発明と異なるだけであるが、HAZ軟化は抑制できていない。
【0081】
以上のように、本発明が対象とするHAZ軟化抑制効果を得るためには、本発明の条件を満たす必要があることがわかる。
【図面の簡単な説明】
【0082】
【図1】HAZ軟化抑制の有無と鋼中粒子の平均径と個数密度の関係を示す図である。
【図2】Ca,Mg濃度と析出する酸化物量の関係を示す図である。
【図3】HAZ部の硬度低下率と母材破断率の関係を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.02〜0.08%、Si:0.05〜0.5%、Mn:0.5〜2.5%、S≦0.005%、Al≦0.010%、N:0.0020〜0.0060%を含有し、質量ppmで、Mg:5〜30ppm、Ca:10〜30ppmのいずれか、または、両方を含有し、かつ、質量%で、Tiを、下記[1]式を満たす範囲で含有し、さらに、Nb、V、B、Taのうち2種以上を、下記[2]〜[5]式を満たす範囲で含有し、残部がFeおよびその他不可避元素からなる鋼であって、
その溶接熱影響部が、平均粒径rnm(ただしr≦1000)の粒子を、下記[6]式で計算される個数密度ρ’個/cm3で含有する
ことを特徴とする高強度鋼板。
0.06<[%Ti][ppmN]<0.63 [1]
0.303<[%Nb][ppmN]<3.03 [2]
0.63<[%V][ppmN]<6.30 [3]
0.0006<[%B][ppmN]<0.006 [4]
0.33<[%Ta][ppmN]<3.35 [5]
ρ’≧α r-1.6 α=6.9×1014(cm-3) [6]
但し、 [%Ti] :鋼中Ti濃度(質量%)
[%Nb] :鋼中Nb濃度(質量%)
[%V] :鋼中V濃度(質量%)
[%B] :鋼中B濃度(質量%)
[%Ta] :鋼中Ta濃度(質量%)
[ppmN]:鋼中N濃度(質量ppm)
【請求項2】
請求項1に記載の高強度鋼板を成型加工した後、3kJ/mm未満の入熱量で溶接接合して作製したことを特徴とする溶接構造物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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