説明

高水和性苦土消石灰を有効成分とする難燃剤、その製造方法およびそれを配合した熱可塑性ポリマー

【課題】 熱可塑性樹脂および熱可塑性エラストマーの中でもとくに易燃性のポリオレフィン系材料に配合して、その材料に難燃性を与える難燃剤であって、入手しやすく廉価であるとともに、燃焼時に有毒なハロゲンガスが発生しないものを提供する。この難燃剤を配合した難燃性熱可塑性樹脂および難燃性熱可塑性エラストマーの組成物、とくに難燃性のエチレン・酢酸ビニル共重合体を提供する。
【解決手段】 高水和性苦土消石灰であって、MgOの水和率が60%以上のものを有効成分とする難燃剤。この難燃剤を、熱可塑性樹脂および熱可塑性エラストマーの中で、とくに易燃性のポリオレフィン系材料100重量部に対し、50〜250重量部、通常は50〜100重量部配合した難燃性組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高水和性苦土消石灰を有効成分とする難燃剤に関し、その製造方法をも包含する。本発明はさらに、この難燃剤を配合して難燃性とした熱可塑性ポリマー組成物にも関する。ここで、熱可塑性ポリマーには、熱可塑性の樹脂とエラストマーの両方が含まれる。本発明の難燃剤は、それを使用した難燃性の熱可塑性ポリマーの燃焼時に、有毒なハロゲンガスの発生がないことが、最大の利点である。この難燃剤を、熱可塑性ポリマーの中でもとくに易燃性のポリオレフィン系材料に配合したとき、最もよくその意義が発揮される。
【背景技術】
【0002】
熱可塑性ポリマーは、押し出し成形や射出成形など種々の方法によって、フィルム、シート、パイプ、容器、被覆電線、ケーブル、電子部品用材料そのほかの、さまざまな用途に向けられている。そのような熱可塑性ポリマーの中で、とくにポリオレフィン系のものは比較的燃焼しやすい材料であって、燃焼性の指標のひとつである酸素指数が、材料自体で、空気中の酸素濃度である約21%よりも低い値を示し、空気よりも酸素濃度の低い雰囲気中でさえ燃焼する。そのため、防災の観点からこれを難燃化することが、しばしば必要となる。
【0003】
さまざまなポリマー材料を難燃化するために、難燃剤を材料に配合することが広く行なわれている。配合される難燃剤は多種類に及ぶが、それらを大別すれば、ハロゲン系化合物(臭素系化合物・塩素系化合物)、リン系化合物、窒素含有化合物、水和金属化合物およびその他の無機化合物である。ハロゲン系化合物難燃剤は、少ない配合量で難燃性を高める能力を持つものの、燃焼時に有毒なハロゲンガスを発生させるという欠点も持ち、そのため、環境と安全の観点から、その使用が控えられつつある。とりわけ一部の臭素系化合物の使用は、欧州においてはWEEE指令およびRoHS指令に基づき、禁止されている。その影響もあって、日本を含め世界中で、ハロゲン系化合物を主成分とする難燃剤の使用は次第に避けられる傾向にある。
【0004】
リン系化合物難燃剤には、その一部に環境ホルモンとして作用するものや、ホスフィン類の有毒ガスを発生させるものもあり、これも使用に懸念がもたれている。水和金属化合物難燃剤は、ノンハロゲン系であって、現在では、エコケーブルの主要な難燃剤として使用されている。水和金属化合物の難燃性能は、脱水・吸熱反応や、酸化物層による断熱・酸素遮断効果にもとづく。代表的な水和金属化合物を挙げれば、水酸化マグネシウムは、350〜450℃の温度範囲において、熱分解により脱水し、吸熱する。一方、水酸化アルミニウムは、250〜350℃において熱分解して脱水し、吸熱する。
【0005】
このようなわけで、水和金属化合物の配合により熱可塑性ポリマーを難燃化するに当っては、熱可塑性ポリマーの成形温度と熱分解温度を考慮し、適切な難燃剤を選択しなければならない。この観点からいえば、水酸化マグネシウムは400℃近辺で熱分解・燃焼する材料に使用するに適し、水酸化アルミニウムは300℃近辺において熱分解・燃焼する材料に適している。熱可塑性樹脂の具体的な熱分解・燃焼の温度は、ポリエチレンで約480℃、ポリプロピレンで約400℃、エチレン・酢酸ビニル共重合体で約370℃ないし約450℃であるから、これらに対しては通常、それぞれ水酸化マグネシウム、または水酸化マグネシウムと水酸化アルミニウムの併用が選択されている。ポリ塩化ビニルは約300℃で熱分解・燃焼するので、これに対しては水酸化アルミニウムが使用される。
【0006】
水酸化マグネシウムの資源としては、天然の鉱物であるブルーサイトがあるが、その産出は主に海外であるし、アスベストを含む場合があって人体への害が懸念されるから、あまり好適な資源ではない。水酸化アルミニウムは、ボーキサイトから製造されるが、国内のアルミニウム精錬が廃止される傾向にあり、副生する赤泥の廃棄処理の問題もあるなどしてその製造が海外に移り、国内では入手し難くなっている。
【0007】
熱可塑性ポリマーに水和金属化合物を配合して難燃性を与える場合、高い難燃性を求めようとすると、多量の配合が必要になる。しかし多量の配合は、熱可塑性ポリマーの物性および成形加工性の低下を招くから、配合量にはおのずから限界がある。この問題を軽減するために、近年では、水和金属化合物の微粒子化、粒子形状の制御、表面処理などの対策がとられている。そのほか、水和金属化合物に他の物質を難燃助剤として加えた難燃剤も開発されている。たとえば、粒子径および粒子形状を制御した水酸化マグネシウム難燃剤の提案(特許文献1)があり、水酸化マグネシウムをニッケル化合物で表面処理したものや、水酸化アルミニウムを硝酸塩で表面処理したものがある。
【0008】
最近の開発例では、水酸化マグネシウムとチタン化合物の加水分解物との複合難燃剤(特許文献2)がある。しかしこの難燃剤には、チタン化合物が比較的高価な材料であるという問題に加え、加水分解物中に生成する酸化チタンが光触媒能を有し、難燃剤を配合した熱可塑性合成樹脂の劣化を引き起こすという問題もある。
【0009】
水和金属化合物からなる難燃剤をポリオレフィン系材料に配合した例としては、ポリオレフィンに、水酸化アルミニウムまたは水酸化マグネシウムに加えてハロゲン系難燃剤および三酸化アンチモンを併用し、難燃性を高めた組成物が提案されている(特許文献3)が、この技術は、新しい難燃剤を提供したものではなく、既知の難燃剤を配合したものである。そのほかには、エチレン(共)重合体からなる熱可塑性ポリマーに水酸化マグネシウムまたは水酸化アルミニウムを配合し、難燃性を与えた組成物がある(特許文献4)。そこでは無機系難燃剤としてカルシウムとマグネシウムの水和物が挙げられているが、それらの具体的な性状は明示されていない。
【特許文献1】特開2007−016152
【特許文献2】特開2010−030882
【特許文献3】特許第2919299号
【特許文献4】登録第3364389号
【0010】
発明者らは、苦灰石を焼成し消化させて得た苦土消石灰を熱可塑性樹脂の難燃剤として使用することを着想し、苦土消石灰の熱分解挙動を調べて、これが難燃剤として有用であることを確認した。さらに発明者らは、焼成苦灰石中のMgOの適切な水和率、適切な粒子径などを追求して、難燃剤として好適な苦土消石灰を特定するとともにその製造方法を確立した。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の一般的な目的は、苦灰石を焼成し消化して得た苦土消石灰を有効成分とし、したがって有毒なハロゲンガスの発生がない、熱可塑性ポリマーの難燃剤と、その製造方法を提供することにある。本発明の特定的な目的は、熱可塑性ポリマーの中でも易燃性のポリオレフィン系の材料に対し、本発明の難燃剤を適用して、高い難燃性を有するにもかかわらず、成形性が損なわれることがない熱可塑性ポリマー組成物を提供することにある。本発明のより特定的な目的は、ポリオレフィン系のポリマー材料の中でも、とりわけ本発明の難燃剤が適切である、エチレン・酢酸ビニル共重合体に難燃性を付与した難燃性熱可塑性ポリマーを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の一般的な目的を達成する難燃剤は、苦灰石を焼成し消化して得た苦土消石灰であって、その中の酸化マグネシウムの水和率が60%以上である高水和性苦土消石灰を有効成分とする、熱可塑性ポリマー用の難燃剤である。
【0013】
同じく本発明の一般的な目的の対象である難燃剤の製造方法は、苦灰石を焼成し、水を加えて消化し苦土消石灰とするに当たり、
(a)消化水の水比が0.4〜0.9の範囲である、
(b)消化終了後、熟成に移行するときの苦土消石灰の付着水分が5〜20重量%の範囲である、
の少なくとも一方、好ましくは両方を満たす条件下に、消化を実施する。消化に続く熟成は、雰囲気温度80〜120℃、時間12〜48時間の条件で実施することが好ましい。
【0014】
本発明の特定的な目的を達成する難燃性の熱可塑性ポリマー組成物は、熱可塑性樹脂または熱可塑性エラストマー100重量部に対し、その中の酸化マグネシウムの水和率が60%以上である高水和性苦土消石灰を有効成分とする難燃剤を50〜250重量部配合してなる、難燃性の熱可塑性ポリマー組成物である。本発明のより特定的な目的に関する難燃性の熱可塑性ポリマー組成物は、エチレン・酢酸ビニル共重合体であってその酢酸ビニル成分含有量が15%以上であるものの100重量部に対して、本発明の難燃剤を50〜250重量部、成形上有利には50〜100重量部配合してなる難燃性の熱可塑性樹脂組成物である。
【発明の効果】
【0015】
一般に熱可塑性樹脂は、350〜500℃の温度範囲において熱分解し、燃焼性ガスが発生して燃焼範囲が拡大して行く。この熱分解特性を示すデータとして、代表的なポリオレフィンであるポリプロピレン、エチレン・酢酸ビニル共重合体、低密度ポリエチレンおよびエチレン・アクリル酸エチル共重合体の示差熱分析曲線を、図1に示す。一方、水和金属化合物の熱分解・脱水特性を示すデータとして、苦土消石灰、水酸化カルシウム、水酸化マグネシウムおよび水酸化アルミニウムの示差熱分析曲線を、図2に示す。図1と図2とを対比すれば、高水和性苦土消石灰は、上記の熱可塑性樹脂が熱分解して燃焼性ガスを発生する温度領域において、脱水・吸熱反応を起こすことが明らかである。このように両者の熱に対する挙動が似ていることから、高水和性苦土消石灰を熱可塑性樹脂に配合した組成物は、熱可塑性樹脂の熱分解と同時に苦土消石灰の脱水・吸熱反応が起こって、難燃化効果を生じる。さらに、苦土消石灰の熱分解生成物が、断熱・酸素遮断・ガスバリア性能を発揮し、燃焼性ガスの発散を抑制し、燃焼を低減させて難燃化に寄与する。
【0016】
後記する実施例のデータが示すように、本発明の難燃性の熱可塑性ポリマー組成物は、高い難燃剤配合比率においても、熱可塑性ポリマーが本来有していた成形性を失わないから、種々の成形品への加工が容易である。本発明の難燃剤はハロゲン元素を含まないため、燃焼時にも、ハロゲンガスの発生という問題はない。苦土消石灰は国内で生産でき、安定的に供給され、かつ廉価な材料であるうえ、人体に有害なアスベストを含有しない。このように、本発明の難燃剤および難燃性の熱可塑性ポリマー組成物は、安全で効果的な環境対応型のものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
上記のように、本発明の難燃剤は、苦灰石(nCaCO・mMgCO)を焼成し、焼成物である焼成苦灰石(nCaO・mMgO)を水で消化(水和)させて得られる苦土消石灰を有効成分とする。焼成は、ロータリーキルンやシャフトキルンを用いて行ない、消化は消化機を用いて行なう。これらの工程のうち焼成は、苦灰石の焼成に関して既知の技術に従って実施すればよいが、消化は、在来の苦土消石灰よりも高い水和率を実現する必要があるので、後記する条件に合致するように実施する。
苦土消石灰は、式
nCa(OH)・(1−m)MgO・mMg(OH) (n・mは、物質量を示す)
であらわされ、ここで、nは原料ドロマイトの組成によって与えられ、mは消化の条件によって決定される。一般に建築材料や肥料として使用されている苦土消石灰は、消化が不完全なもので足りるため、上記の式におけるmの値が、たとえば0.3に満たないものが多いが、難燃剤として使用する場合は、水和金属化合物に対して大きな脱水・吸熱の性能が要求されるから、水和をより完全にし、mの値が1に近いことが必要である。
【0018】
ある苦土消石灰を、JIS R 9011「石灰の試験方法」によって分析した結果を表1に示す。
表1 苦土消石灰Aの化学分析値(重量%)

【0019】
表1の数値にもとづいて苦土消石灰AにおけるMgOの水和率を算出すると、つぎのとおりである。
1)Ig.Lossは、苦土消石灰に含まれる水酸基の量、二酸化炭素(脱炭酸したもの)および水分(付着水)の和を示している。したがって、水酸基の量は、次式で表わされる。
水酸基の量(重量%)=Ig.Loss−(CO+水分)=25.4−(5.9+0.3)=19.2
2)COは、苦土消石灰に含まれる炭酸カルシウム由来のものとみなす。したがって、苦土消石灰における消化されたCaOの量は、総CaO量と炭酸カルシウム由来のCaO量との差として表わされる。
消化されたCaO(重量%)=総CaO−(CO×56.1/44.0) ここで、56.1はCaOの式量であり、44.0はCOの分子量である。
3)CaOおよびMgOは、それぞれ等しい物質量のHOと反応する。すなわち、
CaO+HO→Ca(OH)、MgO+HO→Mg(OH)
また、CaOの水和反応性はMgOと比べて高いため、CaOが優先的に水和され、ついでMgOが水和されるという順序になる。したがって、CaOの消化に要した水の量は、消化されたCaOの物質量と水の分子量の積で示される。
CaOの消化に要した水の量(重量%)=(消化されたCaO/56.1)×HOの分子量=(41.6/50.1)×18=13.3
4)MgOの消化に要した水の量は、水酸基の量とCaOの消化に要した水の量との差で示される。
MgOの消化に要した水の量(重量%)=19.2−13.3=5.9
5)消化されたMgO量は、MgOの消化に要した水の物質量とMgOの式量との積で表される。
消化されたMgO量(重量%)=(5.9/18)×40.3=13.2
6)消化されなかったMgOの量は、MgOの総量と消化されたMgO量との差で求められる。
消化されなかったMgO量(重量%)=24.5−13.2=11.3
7)苦土消石灰の水和率(%)は、消化されたMgO量を総MgO量で除した値として導かれる。
水和率(%)=(13.2/24.5)×100%=53.9%
8)苦土消石灰中のMg(OH)の含有割合は、MgOの消化に要した水の物質量とMg(OH)の式量の積で表される。
Mg(OH)含有割合(重量%)=(5.9/18)×58.3=19.1
以上の算出方法によって、苦土消石灰におけるMgOの水和率およびMg(OH)の含有割合を求める。
【0020】
苦灰石を構成する炭酸カルシウムと炭酸マグネシウムの物質量比には、産地により若干の変動がある。後記する本発明の実施例で使用したものは、この物質量比が約6:4であり、したがって、それを焼成して得た焼成苦灰石は、ほぼ0.6CaO・0.4MgOの式で表わされる。これを水和するとき、理想的にはCaO(MgO)とHOとは等物質量で、
0.6CaO・0.4MgO+1.0HO=0.6Ca(OH)+0.4Mg(OH)
と反応する。したがって、焼成苦灰石(CaO・MgO)49.8gを水和するのに要する水(HO)の量は、18gである。ここで、一定量の焼成苦灰石を水和するのに用いる水の量を「水比」と呼び、この場合の 18/49.8=0.36 の値を「当量水比」という。上記の水和反応は発熱反応であって加えた水が蒸発するから、実際の製造に当っては、当量水比より多くの水を加える。炭酸カルシウムと炭酸マグネシウムの物質量比が6:4以外の苦灰石を使用する場合は、それに応じて「水比」および「当量水比」を調節すればよい。
【0021】
具体的な消化工程は、まず焼成苦灰石を適宜のサイズに粉砕し、消化機に投入して所定量の水を加えることから始まる。数十分間消化反応させたのち、熟成機に移して、所定時間静置または撹拌する。熟成は、酸化マグネシウムの水和を完全にするために必要な工程で、水分を含んだ苦土消石灰を長時間「寝かせる」工程である。熟成がすんだら、苦土消石灰をエアセパレータやドライマイスタのような気流式の乾燥・分級機、および振動ミルやボールミルなどの粉砕機を用いて乾燥−粉砕−分級し、所定の粒度に調製したものを回収する。
【0022】
消化機で加えるべき水の量は、水比にして0.4〜0.9の範囲から選ぶ。0.4に達しない水比では、蒸発によって水が失われる結果、消化が不十分となる。MgOの消化を十分にするという観点からは、高い水比が有利であるが、水比が0.9を超えると、消化直後の苦土消石灰に付着している水が多く、そのため団粒化が起こり、流動性が悪くなって次工程への移送を困難にするとともに、乾燥に時間とエネルギーを要する。苦土消石灰の熟成の条件としては、消化終了後、熟成に移るときの付着水分量が5〜20重量%であることが望ましい。5重量%未満では、熟成中に水分が蒸発してしまい、水和が高度に進まない。20重量%を超えると、不適切に高い水比を採用した場合と同じ問題、すなわち団粒化などが生じる。
【0023】
容易に理解されるように、水比と消化終了後の付着水分量とは関連があり、適切な水比は適切な付着水分量を実現する上で有利である。水比と付着水分量の少なくとも一方、好ましくは両方の条件を満たした消化・熟成が、難燃剤として好適な高水和性苦土消石灰を与える。熟成時の雰囲気温度は、80〜120℃が適切である。熟成時間は12〜48時間が適切である。12時間に達しない短時間の熟成では消化が不完全になりやすく、一方で48時間を超える長時間の熟成をすると、消化は完全に行えるが、その間に水酸化カルシウムの炭酸化が進行するおそれがある。
【0024】
前述のように、本発明の難燃剤における酸化マグネシウムの水和率は、60%以上であることを要する。水和率はなるべく高く、100%に近いことが望ましい。水和率が高いことは水酸化マグネシウムの含有割合が大きいことを意味し、その脱水・吸熱がもたらす難燃性がより高いからである。建築や農業用材料として流通している在来の苦土消石灰は、MgOの水和率が60%以下であって、難燃剤として使用しても、効果は乏しい。
【0025】
本発明の難燃剤は、一次粒子径が0.2〜5μmの範囲にあることが好ましく、0.8〜2μmであることがより好ましい。微細であれば、熱可塑性ポリマーとの混合が容易であり、かつ、難燃性の熱可塑性組成物が高い成形性を有するからである。しかし、粒子径が極端に小さいものは工業的生産が難しく、コスト面で不利である。
【0026】
本発明の難燃剤は、そのまま熱可塑性ポリマーに配合しても、もちろん難燃性を与えるが、特定の有機化合物で表面処理することによって、難燃効果がより高くなる。有機化合物による表面処理は、親水的である難燃剤の表面を疎水性に変え、熱可塑性ポリマーとの親和性を向上させる。それにより、難燃剤の熱可塑性ポリマーに対する分散性が改善される。具体的な有機表面処理剤としては、有機酸無水物・α−オレフィン共重合体、アルコール類、シランカップリング剤、チタネートカップリング剤および脂肪酸が挙げられる。その中で、有機酸無水物・α−オレフィン共重合体がとくに好適である。難燃剤の有機表面処理には、拡散混合器(ヘンシェルミキサー、スーパーミキサー)、ボールミルおよびビーズミルの使用がこのましい。固体の表面処理剤を使用する場合は、あらかじめ加熱して融解しておくことが望ましい。
【0027】
本発明の難燃剤は、任意の熱可塑性ポリマーに配合して難燃性を与えることができるが、とくにこの難燃剤が有用である熱可塑性ポリマーは、易燃性のポリオレフィン系材料である。具体的には、ポリエチレン、ポリプロピレン、エチレン・アクリル酸メチル共重合体、エチレン・アクリル酸エチル共重合体、ポリ塩化ビニル、ポリ塩化ビニリデン、ポリ酢酸ビニルおよびエチレン・酢酸ビニル共重合体などが挙げられる。とりわけエチレン・酢酸ビニル共重合体に適用したとき、すぐれた難燃効果が得られる。
【0028】
本発明の難燃剤を熱可塑性ポリマーに配合して難燃性の組成物を製造する方法としては、ミキシングロール、押出機型混練機、ロール混練機および高速二軸連続ミキサーなどによる溶融混練がある。これによりペレットを製造し、射出成形や押出成形など既知の技術によって加工し、製品とすることができる。
【実施例】
【0029】
高水和性苦土消石灰の製造
焼成苦灰石を下記の表2に示す条件で消化して、4種の苦土消石灰を製造した。熟成時間は、いずれも24時間である。表2において、サンプルAは比較例であり、B〜Dが実施例である。サンプルDの電子顕微鏡写真を、図3に示す。
【0030】
表2 苦土消石灰

【0031】
使用した材料
(A)熱可塑性ポリマーとして、下記の熱可塑性樹脂を使用した。
エチレン・酢酸ビニル共重合体(EVA) 東ソー(株)製
酢酸ビニルモノマー成分含有量が、それぞれ下記の量であるもの。
EVA−1:28%
EVA−2:15%
EVA−3:6%
ポリプロピレン(PP) 日本ポリケム(株)製
低密度ポリエチレン(LDPE) 東ソー(株)製
エチレン・アクリル酸エチル共重合体(EEA) 日本ポリオレフィン(株)製
ポリ塩化ビニル(PVC)およびポリ塩化ビニルコンパウンド(PVC−Cp)
ともに日弘ビックス(株)製 PVC:DOP:安定剤=100:50:2
(B)表面処理剤として、下記の有機化合物を使用した。
ステアリン酸 市販の試薬
無水マレイン酸とα−オレフィンとの共重合体 三菱化学(株)製
α−オレフィンは炭素数28以上
(C)参照例に用いた難燃用添加剤
水酸化マグネシウム 協和化学工業(株)製
水酸化アルミニウム 日本軽金属(株)製
炭酸カルシウム 三共精粉(株)製
三酸化アンチモン (株)鈴裕化学製
【0032】
難燃剤の表面処理
上記の表面処理剤を恒温器で100℃に加熱し、溶融させた。上記の苦土消石灰B〜Dの一部を拡散混合機の1種であるスーパーミキサー(加熱ジャケット付き)に装入し、撹拌しながら加熱して、120℃に達したところで上記の溶融した表面処理剤を加えて30分間撹拌した。撹拌を続けながら60℃に冷却し、表面処理された難燃剤を取り出した。このようにして、表3に示す本発明の難燃剤を得た。
【0033】
表3 難燃剤

【0034】
評価方法
以下の実施例における成形性および難燃性の評価項目は、つぎの2種である。
メルトフローレート:JIS K 7210
単位はg/10分 230℃×2.16kg
酸素指数:JIS K 7201「酸素指数法による高分子材料の燃焼試験方法」
酸素指数が21より大きい高分子材料は空気(酸素含有率21%)中で燃えにくく、小さいものは燃えやすい。一般に「自消性」といわれる高分子材料は、酸素指数が27以上である。
【0035】
試験片の調製法
a)EVA、PP、LDPEおよびEEAの試験片の製作
二軸押出機を用いて180〜230℃でポリマーと難燃剤とを混合し、射出成形機を用いて190〜235℃でストランド(棒)に成形する。ついで、それを切断してペレットをつくり、金型に入れて加熱溶融して試験片に成形する。
b)PVC
ミキシングロールを用いて160℃でポリマーと難燃剤とを混練りし、手動のプレス成形機で、200℃において試験片を成形する。
【0036】
実施例1〜3、参照例1〜3および比較例1
EVA−1に対して、表2および表3に記載の難燃剤A、B−1またはB−2を、表4に示す割合で配合した難燃化EVAを製造した。比較のため、いずれも市販の、水酸化マグネシウム(平均粒子サイズ1μm)、水酸化アルミニウムまたは炭酸カルシウムを、これも表4に示す割合で配合した難燃化EVAも製造した。それらについて難燃性の評価を行なって、つぎの結果を得た。
【0037】
表4 難燃化EVA(その1)

【0038】
難燃化効果を酸素指数についてみると、実施例1、すなわち苦土消石灰Aを配合した難燃化EVAの値は、参照例2の水酸化マグネシウム配合材料と同等に得られ、実施例2および3、すなわち苦土消石灰B1またはB2を配合した難燃化EVAの酸素指数は、水酸化マグネシウムまたは水酸化アルミニウムを配合した参照例1および2のEVAに比べて向上している。これに対して、参照例3の炭酸カルシウム配合の場合は、難燃効果がほとんど得られていない。
【0039】
本発明の難燃化効果は、図1および図2に示す示差熱分析曲線において、エチレン・酢酸ビニル共重合体の燃焼温度帯と苦土消石灰の脱水・吸熱反応温度帯がきわめて近接しているためである。苦土消石灰Aと苦土消石灰Bとを、粒子サイズについて比較すると、前者よりも後者の粒子サイズが微細であること、および酸化マグネシウムの水和率がより高いことが、難燃性に寄与している。とくに苦土消石灰B2は、ステアリン酸で表面処理されているため、材料への分散性が改善されMFRに加えて酸素指数も、より改善されたレベルに達している。このように、本発明の難燃剤は、水酸化マグネシウムや水酸化アルミニウムのような既知の水酸化物系の難燃剤にくらべて、より高い難燃性をエチレン・酢酸ビニル共重合体に与えることができる。
【0040】
実施例4〜7
MgO水和率がより高い苦土消石灰を有効成分とする難燃剤を、おなじくEVA−1に配合した場合についてみると、表5のとおりである。
【0041】
表5 難燃化EVA(その2)

【0042】
実施例1〜3と実施例4および5とを比較すると、後者は酸化マグネシウムの水和率がより高い苦土消石灰Cを用いたため、難燃化EVAの難燃性がいっそう向上している。実施例6および7は、酸化マグネシウムの水和率がさらに高い苦土消石灰Dを有効成分とする難燃剤を配合した結果として、さらに難燃性が向上した難燃化EVAが実現している。とりわけ、ステアリン酸で表面処理した苦土消石灰D2を配合した実施例7においては、難燃剤の熱可塑性樹脂への分散性が改善された結果として、MFRおよび酸素指数がともに向上していること、実施例3にみたところと同じである。
【0043】
実施例8〜10および比較例2〜4
酢酸ビニルモノマー含有量が、上記EVA−1と異なって、15%および6%であるEVA−2およびEVA−3に対する、高水和性苦土消石灰による難燃効果を調べた。その結果は、表6に示すとおりである。
【0044】
表6 難燃化EVA(その3)

【0045】
表6のデータによれば、酢酸ビニルモノマーの含有量が多いEVAほど、高水和性苦土消石灰による難燃化効果が高く、酢酸ビニルモノマーの含有量が少ないEVAでは、難燃化効果が低い。つまり、本発明の難燃剤は、酢酸ビニルモノマーの含有量が多いEVAに配合したとき、その意義がいっそう高いことになる。また、無水マレイン酸・α−オレフィン共重合体による表面処理では、ステアリン酸による表面処理と比べて、MFRおよび酸素指数の両方に対する改善効果が高い。
【0046】
実施例11〜13および比較例5〜7
難燃剤としてD3が最も効果的であることがわかったので、これを、ポリプロピレン、低密度ポリエチレンおよびエチレン・アクリル酸エチル共重合体に配合し、得られた難燃化組成物の難燃性をしらべた。その結果を、表7に掲げる。
【0047】
表7 難燃化した他の熱可塑性樹脂

【0048】
実施例11、12および13で得られた酸素指数は、比較例8、9および10にみる、熱可塑性樹脂自体がもつ酸素指数とくらべて十分高く、難燃性が発現していることが明らかである。このように本発明の難燃剤は、エチレン・酢酸ビニル共重合体以外の熱可塑性樹脂に対しても有効である。
【0049】
実施例14および参照例4,5
ポリ塩化ビニルに対して難燃剤D3を添加したときの難燃性を、在来の難燃剤を使用した場合と比較した。結果は、表8に示すとおりである。本発明の難燃剤である苦土消石灰は、同量の水酸化アルミニウムを添加した場合よりも効果が高く、倍量の三酸化アンチモンを添加した場合に近い。アンチモンはレアメタルのひとつであり、三酸化アンチモンは高価な難燃剤である。これらの例にみるように、苦土消石灰で三酸化アンチモンを全面的に、または部分的に代替することができる。
【0050】
表8 難燃化したポリ塩化ビニル

【0051】
実施例15〜17
EVA−1に対して難燃剤D1を添加する割合を表9に示すように変えて熱可塑性組成物を製造し、それらの成形性および難燃性を測定した。結果を、表9にあわせて示す。EVA−1に対して重量で同等以下の難燃剤の添加で、高い難燃性が得られることがわかる。
【0052】
表9 難燃化EVA(その4)

【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】ポリオレフィン系材料の示差熱分析曲線
【図2】水和金属化合物の示差熱分析曲線
【図3】高水和性苦土消石灰Dの電子顕微鏡写真

【特許請求の範囲】
【請求項1】
苦灰石を焼成し消化して、その中の酸化マグネシウムの水和率を60%以上とした高水和性苦土消石灰を有効成分とする熱可塑性ポリマー用の難燃剤。
【請求項2】
苦土消石灰の一次粒子径が0.5〜5μmの範囲にある請求項1の難燃剤。
【請求項3】
苦土消石灰の粉末を、有機酸無水物・α−オレフィン共重合体、シランカップリング剤およびステアリン酸から選んだ表面処理剤の少なくとも1種で表面処理した請求項1または2の難燃剤。
【請求項4】
請求項1に記載の熱可塑性ポリマー用の難燃剤を製造する方法であって、苦灰石を焼成し、水を加えて消化し、ついで熟成して苦土消石灰とするに当たり、
(a)消化水の水比が0.4〜0.9の範囲である、
(b)消化終了後、熟成に移行するときの苦土消石灰の付着水分が5〜20重量%の範囲である、
の少なくとも一方を満たす条件下に消化を実施することを特徴とする難燃剤の製造方法。
【請求項5】
熟成を、雰囲気温度80〜120℃、時間12〜48時間の条件で実施する請求項4の難燃剤の製造方法。
【請求項6】
熱可塑性樹脂または熱可塑性エラストマー100重量部に対し、請求項1ないし3のいずれかに記載した難燃剤を50〜250重量部配合してなる熱可塑性樹脂または難燃性熱可塑性エラストマーの難燃性組成物。
【請求項7】
熱可塑性樹脂または熱可塑性エラストマー100重量部に対する難燃剤の配合量が、50〜100重量部である請求項6の難燃性組成物。
【請求項8】
熱可塑性樹脂または熱可塑性エラストマーが、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリ酢酸ビニル、エチレン・酢酸ビニル共重合体、エチレン・アクリル酸メチル共重合体、エチレン・アクリル酸エチル共重合体、ポリ塩化ビニルおよびポリ塩化ビニリデンから選んだ1種である請求項6または7の難燃性組成物。
【請求項9】
熱可塑性樹脂が、エチレン・酢酸ビニル共重合体であってその酢酸ビニル成分含有量が15%以上である請求項8の難燃性組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−207131(P2012−207131A)
【公開日】平成24年10月25日(2012.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−73744(P2011−73744)
【出願日】平成23年3月29日(2011.3.29)
【出願人】(000160407)吉澤石灰工業株式会社 (38)
【出願人】(592060237)株式会社鈴裕化学 (4)
【Fターム(参考)】