説明

高温状態における高分子材料の原子間力顕微鏡観察方法

【課題】高温環境下でのAFM測定は非常に熟練した操作技術とノウハウが必要である。特に、有機物である高分子材料は高温状態による結晶変化や熱膨張、そして相変化や軟化等のモルフォルジー変化が大きいため測定が難しく、高温環境下で放置していると低分子量成分がプローブに付着して安定した測定が出来ない場合もある。本発明は、簡便な方法により高温状態における高分子材料の原子間力顕微鏡観察方法を提供することを課題とする。
【解決手段】高分子材料の原子間力顕微鏡観察方法において、高温環境下で平衡状態の高分子材料試料を急速凍結し、該試料表面形状を固定化することを特徴とする高温状態における高分子材料の原子間力顕微鏡観察方法である。急速凍結の手段として、液体窒素、液体エタン、液体プロパンから選ばれる寒剤中に試料を浸漬することを特徴とする高温状態における高分子材料の原子間力顕微鏡観察方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、従来困難であった高温環境下における高分子材料の表面形状について原子間力顕微鏡観察を使って簡便に分析を行う方法である。
【背景技術】
【0002】
走査型プローブ顕微鏡(SPM:Scanning Probe Microscope)は、先端の尖った探針(プローブ)を使って試料表面を走査し、試料表面とプローブとの間の相互作用により表面状態を観察する広義の顕微鏡であり、その中で試料表面と探針の間を流れるトンネル電流を検出するものを走査型トンネル電子顕微鏡(STM:Scanning Tunneling Microscope)、原子間力を利用するものを原子間力顕微鏡(AFM:Atomic Force Microscope)と呼ぶ。ただし、STMは導電性がある試料に限られるが、AFMは試料に導電性は必要ないため、AFMは金属、半導体、有機物など非常に幅広く多種多様な分野で活用されている。
【0003】
AFMの特徴としては、プローブを取り付けたカンチレバーに働く力を測定するため、原子レベルの高い分解能による形状の他に電気、磁気、粘弾性、硬度などを同時測定することが出来る。また、AFMは大気中で測定可能であり近年の技術的進歩により液中や高温高湿の環境下でも測定できるようになった。
【0004】
特に、従来困難であった高温環境下でのAFM測定技術は、各種材料の高温状態における表面状態の観察を可能にしたため、今後、各方面での研究、開発での利用が予想される。
【0005】
しかしながら、高温環境下でのAFM測定は、プローブやカンチレバーなど検出装置の熱膨張や熱収縮により試料とプローブの相対位置の変化(熱ドリフト)や静電気の影響等があるため、非常に熟練した操作技術とノウハウが必要である。特に、有機物である高分子材料は高温状態による結晶変化や熱膨張、そして相変化や軟化等のモルフォルジー変化が大きいため測定が難しく、高温環境下で放置していると低分子量成分がプローブに付着して安定した測定が出来ない場合もある。
【0006】
これまでに発案されている高温環境下でのAFM測定は、特許文献1に記載されているような装置上の工夫が主たるものである。すなわち、高温環境下における探針・探針走査・駆動系とその回路系の耐熱性を改善したり検出器具の熱膨張係数を低くするなどのAFM装置上の工夫により熱ドリフトを抑制するものであるが、依然としてプローブの位置設定に熟練した技術とノウハウが必要である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平6−123744号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記の技術的背景を考慮してなされたものであり、簡便な方法により高温状態における高分子材料の原子間力顕微鏡観察方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するための手段として、請求項1に記載の発明は、高分子材料の原子間力顕微鏡観察方法において、高温環境下で平衡状態の高分子材料試料を急速凍結し、該試料表面形状を固定化することを特徴とする高温状態における高分子材料の原子間力顕微鏡観察方法である。
【0010】
また、請求項2に記載の発明は、前記急速凍結の手段として、液体窒素、液体エタン、液体プロパンから選ばれる寒剤中に試料を浸漬することを特徴とする請求項1に記載の高温状態における高分子材料の原子間力顕微鏡観察方法である。
【0011】
また、請求項3に記載の発明は、前記急速凍結後、直ちに乾燥空気雰囲気下に試料を移動することにより霜や結露の発生を抑制することを特徴とする請求項1または2のいずれかに記載の高温状態における高分子材料の原子間力顕微鏡観察方法である。
【発明の効果】
【0012】
以上のように、本発明の高温状態における高分子材料の原子間力顕微鏡観察方法によれば、高温状態の高分子材料を急速冷却させることで表面状態を固定化し大気中室温下でAFM測定できるため、高温環境下での熱ドリフトが起こらず、容易に高温状態であった高分子材料の表面形状をAFMで観察できる利点を有している。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の参考例におけるAFM像である。
【図2】本発明の実施例におけるAFM像である。
【図3】本発明の比較例におけるAFM像である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の好ましい実施形態について詳細に説明する。
本発明に関わる高温状態の高分子材料を作製する方法としては特に限定されないが、高分子材料が均一温度に平衡状態になる装置として、市販の加熱ステージや熱風循環式オーブン等が想定される。試料面の温度は特にAFMで観察する箇所であるため、加熱装置付属の温度計以外に放射温度計等で試料面が所定の温度に到達していることを確認することが望ましい。
【0015】
また、本発明において急速凍結とは、電子顕微鏡技術において一般的に知られる急速凍結を指す。急速凍結の方法としては市販の急速冷却装置を使用しても構わないが、一般的に1000K/s以上の冷却速度がないと溶融状態の高分子などは結晶成長が起こってしまう問題が起こる(日本顕微鏡学会編,電顕入門ガイドブック,学会出版センター,2004 参照)。そのため、本発明では1000K/s以上の冷却速度で急速凍結させるため、液体窒素や液体エタン、あるいは液体プロパン中に直接試料を浸漬するという簡便で好適な方法を選択することで、高分子の動きを物理的に止めた。
【0016】
さらに、急速冷却した高分子材料の試料を取り出し、そのまま大気中室温下に置くと、試料面に霜や結露が発生してしまい表面状態に影響を与える懸念があるため、本発明では一旦、乾燥空気雰囲気下に移動させて室温状態になるまで静置させておく。乾燥空気雰囲気は乾燥空気の気流下、あるいは充満した容器内であれば特に制限はなく、簡易的には乾燥デシケーターが想定される。
【0017】
一般的に急速冷却した場合の材料への影響としては、内部に存在する水の結晶化や応力歪みの発生などによる形状ダメージが懸念されるが、高分子材料の場合は、内部に存在する水の量は微量なので影響は殆ど無く、発生した応力歪みも前記の乾燥空気雰囲気下に移動させて室温状態になるまで静置させておくことにより緩和される。
【0018】
類似の観察方法としては、クライオSEM(Cryo−Scanning Electron Microscope)という方法がある。この方法は、生体組織など含水試料を本発明と同様に液体窒素などの寒剤を用いて試料を冷却し、装置に付属した低温ステージ上で凍結した状態で観察する装置である。この方法で使用される寒剤を用いた急速冷却装置は、本発明と同様な仕組みのものなので使用できる。また、クライオSEMと本発明の方法の大きな違いは、本発明ではSEMではなくAFMを使用する点と生体組織などの含水試料ではなく水分がほとんどない高分子材料を対象としている点である。
【0019】
SEMとAFMの違いは公知であり各々優れた点があるが、AFMの優位性という観点では、SEMは真空中で試料面にある程度導電性が必要であり2次元の形状が解析できるが、AFMは大気中で絶縁材料でも測定でき3次元の形状(高さ、段差、ラフネスなど)が解析可能で分解能もSEMと同等以上と言われている。また、本発明の対象が含水試料ではないので、急速冷却後、室温に戻しても水分の影響がない。
【0020】
次に、本発明を具体的な実施例を挙げて以下に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0021】
以下の実施例で表面観察を行ったAFM観察装置は、次の条件で測定した。
【0022】
<測定条件>
(AFM装置)MFP−3D−SA(アサイラムテクノロジー社製)
(測定条件) スキャンエリア:500nm×1μm
スキャンスピード:1.0Hz、測定方法:ACモード
【0023】
<参考例>
市販のPETフィルムをAFM装置付属の温度制御ステージ(品名:ポリヒーター)により200℃の高温環境下でAFM観察を行った。
【0024】
<実施例>
前記参考例で使用したPETフィルムを熱風循環式オーブン内で200℃の高温環境下に置き、試料表面温度が200℃になったことを放射温度計により確認後、液体窒素中に浸漬して約10秒後に取り出し、続いて乾燥デシケーター内に静置した。その後、乾燥デシケーター中から試料を取り出し、室温下でAFM観察を行った。
【0025】
<比較例>
前記参考例でAFM観察後、温度制御ステージを室温に設定して急冷した(設定冷却速度:−50度/分)。約30分後、実測温度が設定温度(室温)になったのでAFM観察を行った。
【0026】
次に、上記参考例、実施例、比較例で得られたAFM観察像(図1〜3)を解析した結果を表1に示す。
【0027】
【表1】

【0028】
上記の表1の結果から、本発明に関わる実施例のAFM観察による表面形状の解析結果は、通常の高温環境下でAFM観察した参考例と同様であることが確認された。また、AFM装置付属の温度制御ステージで室温に急冷した比較例は、参考例および実施例と異なる結果が得られた。各AFM像を見ると、参考例(図1)および実施例(図2)は殆ど同様であったが、比較例はPETの球晶が大きく結晶成長していることが判った。
【0029】
以上から、高温状態の高分子材料を本発明方法による急速凍結等の前処理を行えば表面形状が固定され、室温下で容易にAFM観察できることを確認した。また、装置付属の温度制御ステージによる急冷では、冷却速度が遅いため球晶の成長が確認された。
【0030】
本発明の原子間力顕微鏡観察方法は、従来からのAFM観察の活用分野で利用できるが、特に各種産業分野で使用されている高分子材料の高温状態における表面形状を簡便な前処理により、室温下で容易にAFM観察できるようにする有効な方法である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
高分子材料の原子間力顕微鏡観察方法において、高温環境下で平衡状態の高分子材料試料を急速凍結し、該試料表面形状を固定化することを特徴とする高温状態における高分子材料の原子間力顕微鏡観察方法。
【請求項2】
前記急速凍結の手段として、液体窒素、液体エタン、液体プロパンから選ばれる寒剤中に試料を浸漬することを特徴とする請求項1に記載の高温状態における高分子材料の原子間力顕微鏡観察方法。
【請求項3】
前記急速凍結後、直ちに乾燥空気雰囲気下に試料を移動することにより霜や結露の発生を抑制することを特徴とする請求項1または2のいずれかに記載の高温状態における高分子材料の原子間力顕微鏡観察方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2012−63319(P2012−63319A)
【公開日】平成24年3月29日(2012.3.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−209593(P2010−209593)
【出願日】平成22年9月17日(2010.9.17)
【出願人】(000003193)凸版印刷株式会社 (10,630)