説明

高珪素鋼板およびその製造方法

【課題】磁壁移動を阻害することなしに、結晶粒の成長を効果的に抑制することにより、高周波鉄損特性に優れる高珪素鋼板を得る。
【解決手段】質量%で、C:0.02%以下、Si:4.5%以上7.5%以下、Mn:2.0%以下、Al:3.0%以下、P:0.2%以下、N:0.02%以下およびO:0.02%以下を含有し、かつ1100℃以上1300℃以下の温度範囲において液相となる析出物を0.005%以上1.0%以下の範囲で含有し、残部はFeおよび不可避的不純物の組成とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、高周波鉄損特性に優れる高珪素鋼板およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
6.5%Si鋼に代表される高珪素鋼板は、磁気特性に優れ、特に磁歪が小さいため、変圧器やモータ、発電機など電気機器の鉄心材料として極めて優れた材料である。しかしながら、かような高珪素鋼板は、硬度が高く、脆いため、圧延加工の実施が困難であるところに問題があった。
【0003】
上記の問題を回避しつつ、高珪素鋼板を得る方法として、Siの拡散浸透処理法が知られている(例えば特許文献1および特許文献2)。
この方法は、低珪素鋼を溶製して、圧延により薄板化した後、SiCl4などのSi含有ガス雰囲気中にて焼鈍し、鋼板表面からSiを拡散、浸透させることによって、高珪素鋼板を製造するもので、この方法によれば、圧延性の問題を生じさせることなく高珪素鋼板を得ることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開昭61−129803号公報
【特許文献2】特開昭62−227075号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
一般的な3%Si鋼の場合、高周波鉄損特性は、結晶粒径の増加と共に劣化することが知られている。
一方、Siの拡散浸透処理は、1100〜1300℃の温度域において行われるため、Siの拡散浸透処理法により製造された高珪素鋼板の結晶粒は粗大化し、平均結晶粒径は板厚以上となるため、高周波鉄損特性の劣化が避けられない。
従って、Siの拡散浸透処理法により製造される高珪素鋼板においても、結晶粒の粗大化を抑制できれば、高周波鉄損特性の改善が期待できる。
【0006】
結晶粒の成長を抑制する金属学的手段としては、粒界偏析を利用する方法および微細析出物を利用する方法が知られている。
粒界偏析により結晶粒の成長を抑制する方法において、結晶粒成長抑制元素としてはSbやSn等が知られている。しかしながら、これらの元素は、磁気特性に悪影響を及ぼさないものの、Siの拡散浸透処理のような1100℃以上の高温では、結晶粒の成長抑制効果は極めて小さい。
【0007】
他方、微細析出物を利用する方法において、析出する析出物の量が同じであれば、析出物の平均径が小さいほど、結晶粒の成長抑制力が大きくなることが知られている。鋼中に微細に析出し、結晶粒成長抑制力が大きい析出物としては、例えばTi,V,Nb等の炭化物、窒化物などが知られている。一方、析出物は、磁壁移動を抑制し、磁気特性を劣化させる働きもある。かような磁壁移動抑制力は、析出物の平均径が小さいほど大きい。そのため、微細析出物を利用する方法では、結晶粒の成長は抑制できても、磁気特性はさほど改善されない。
【0008】
本発明は、上記の問題を有利に解決するもので、析出物を利用する方法において、磁壁移動を阻害することなしに、効果的に結晶粒の成長を抑制することにより、高周波鉄損特性を格段に向上させた高珪素鋼板を、その有利な製造方法と共に提案することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
さて、発明者らは、析出物による結晶粒の成長抑制作用について詳細な検討を行った。
その結果、微細析出物として従来から知られているTi,V,Nb等の炭化物、窒化物など、Siの拡散浸透処理中には固相として鋼中に存在する析出物に代えて、Siの拡散浸透処理温度域では液相となる析出物を用いたところ、所期した目的の達成に関し望外の成果が得られたのである。
すなわち、Siの拡散浸透処理中に液相として鋼中に存在する析出物は、
a)Siの拡散浸透処理中に固相として存在する析出物よりも、むしろ大きな結晶粒成長抑制力を有している、
b)サイズが大きいため、常温においても磁壁移動がほとんど阻害されない、
c)上記aとbの相乗効果により、高周波鉄損特性が著しく改善される
ことが新たに究明されたのである。
本発明は、上記の知見に立脚するものである。
【0010】
すなわち、本発明の要旨構成は次のとおりである。
(1)質量%で、
C:0.02%以下、
Si:4.5%以上7.5%以下、
Mn:2.0%以下、
Al:3.0%以下、
P:0.2%以下、
N:0.02%以下および
O:0.02%以下
を含有し、かつ1100℃以上1300℃以下の温度範囲において液相となる析出物を0.005%以上1.0%以下の範囲で含有し、残部はFeおよび不可避的不純物の組成になることを特徴とする高珪素鋼板。
【0011】
(2)上記(1)において、1100℃以上1300℃以下の温度範囲において液相となる析出物が、Bi, AgおよびAg2Sのうちから選んだ1種または2種以上であることを特徴とする高珪素鋼板。
【0012】
(3)上記(1)または(2)において、鋼板の平均結晶粒径が板厚以下であることを特徴とする高珪素鋼板。
【0013】
(4)質量%で、
C:0.02%以下、
Si:4.5%未満、
Mn:2.0%以下、
Al:3.0%以下、
P:0.2%以下、
N:0.02%以下および
O:0.02%以下
を含有し、かつ1100℃以上1300℃以下の温度範囲において液相となる析出物を0.005%以上1.0%以下の範囲で含有し、残部はFeおよび不可避的不純物の組成になる鋼板に、Si含有ガス雰囲気中にて、1100℃以上1300℃以下、20秒以上30分以下のSi拡散浸透処理を施すことにより、鋼板のSi量を4.5%以上7.5%以下に高めることを特徴とする高珪素鋼板の製造方法。
【0014】
(5)上記(4)において、1100℃以上1300℃以下の温度範囲において液相となる析出物が、 Bi, AgおよびAg2Sのうちから選んだ1種または2種以上であることを特徴とする高周波鉄損特性に優れる高珪素鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、鋼中に、1100℃以上1300℃以下の温度範囲において液相となる析出物を適量含有させることにより、Siの拡散浸透処理中における結晶粒の粗大化を効果的に抑制することができ、その結果、高周波鉄損特性に優れた高珪素鋼板を安定して得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明を具体的に説明する。
まず、本発明において、鋼板の成分組成を前記の範囲に限定した理由について述べる。なお、成分に関する「%」表示は特に断らない限り質量%を意味するものとする。
C:0.02%以下
Cは、炭化物を形成し、高周波鉄損を劣化させる作用がある。特に含有量が0.02%を超えるとこの弊害が大きくなるので、C量は0.02%以下に制限した。
【0017】
Si:4.5%以上7.5%以下
Si量が4.5%未満では、十分な高周波鉄損特性が得られず、一方7.5%を超えると脆くなるので、Si量は4.5%以上7.5%以下の範囲に限定した。なお、Siの分布は、板厚方向に均一である必要はなく、板厚方向に平均で4.5%以上7.5%以下含有されていればよい。
【0018】
Mn:2.0%以下
Mnは、熱間圧延性の改善に寄与するので、含有されることが望ましいが、2.0%を超える添加はコストアップとなるばかりで、それ以上の改善効果を望めないため、Mnは2.0%以下に制限した。
【0019】
Al:3.0%以下
Alは、比抵抗を高めて鉄損を低減する有用元素であるが、含有量が3.0%を超えると冷間圧延性が劣化するため、Alは3.0%以下に限定した。
【0020】
P:0.2%以下
Pは、冷間圧延性を劣化させることから、0.2%以下に制限した。
【0021】
N:0.02%以下
Nは、窒化物を形成し、高周波鉄損を劣化させるため、極力低減することが望ましいが、0.02%以下であれば許容できるので、0.02%以下に制限した。
【0022】
O:0.02%以下
Oは、脆性を増加させるため、極力低減することが望ましいが、0.02%以下であれば許容できるので、0.02%以下に制限した。
【0023】
以上、基本成分について説明したが、本発明では、その他に、製造工程中(Si拡散浸透処理時)に粒成長抑制効果を果たしたのち、製品板では不純物として残存する析出物が存在する。
すなわち、1100℃以上1300℃以下の温度範囲において液相となる析出物を0.005%以上1.0%以下の範囲で含有している。かような析出物は、上記温度範囲のSi拡散浸透処理温度域において液相状態で存在し、かかる存在形態によりSiの拡散浸透処理時における結晶粒の成長を効果的に抑制するものである。
かような析出物量が0.005%未満では、結晶粒成長抑制力が小さいため、高周波鉄損の改善が十分でなく、一方1.0%超では析出物量が多すぎて磁璧移動抑制力が大きくなり、かえって高周波鉄損を劣化させる。
【0024】
上記したような、1100℃以上1300℃以下の温度範囲において液相となる析出物としては、Bi,Ag,Ag2Sなどが好適である。というのは、これらは、現在主流である連続鋳造法により、比較的容易に鋼中に分散させることが可能であり、1100℃以上1300℃以下の温度範囲において液相の析出物となるからである。これらは、単独で添加してもよいし、2種以上複合して添加してもよい。
なお、Bi析出物を利用する場合は、溶鋼中に金属Biを添加すればよい。また、Ag析出物を利用する場合は、溶鋼中に金属Agを添加すればよい。さらに、Ag2Sを利用する場合は、溶鋼中に金属Agを添加すると共に、Ag:1molに対して0.5molのSを含有させればよい。
【0025】
次に、本発明の製造方法について説明する。
まず、公知の製鋼方法、例えば転炉・真空脱ガス処理法により、所望の成分の鋼を溶製し、鋳造してスラブとする。
スラブ成分は、Siを除いて、前記した製品の組成範囲と同じである。Siは、4.5%未満とする。というのは、Siが4.5%以上では、脆くて冷間圧延ができないからである。
ついで、スラブを熱間圧延により熱延板としたのち、冷間圧延により板厚:0.03〜0.50mmの冷延板とする。なお、熱延後、焼鈍を施してもよい。また、冷間圧延は1回でもよいし、中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延でもよい。さらに、冷間圧延後、焼鈍を施してもよい。
【0026】
このようにして製造された冷延板にSi拡散浸透処理を施す。このSi拡散浸透処理は、Si含有ガス雰囲気中にて、1100℃以上1300℃以下、20秒以上30分以下の条件で行い、鋼中のSi量を4.5%以上7.5%以下まで増加させる。ここに、処理温度が1100℃未満では、Si増加量が少ないばかりでなく、鋼板表面層のみしかSiが増加しない。一方、1300℃超では、温度が高すぎて鋼板表面が溶融してしまう。また、処理温度が20秒未満では、時間が短すぎてSi増加量が少ないばかりでなく、鋼板表面層のみしかSiが増加しない。一方、30分超では、結晶粒の粗大化が顕著となり、高周波鉄損特性が劣化する。
なお、Si含有ガス雰囲気としては、従来からSi拡散浸透処理に用いられる雰囲気であればよく、特に制限はされないが、SiCl4ガスを5〜50vol%の範囲で含有する雰囲気はとりわけ有利に適合する。
【0027】
上記したSi拡散浸透処理の後、公知の絶縁被膜被覆処理を施してもよい。
このようにして、製造された高珪素鋼板の平均結晶粒径は鋼板の板厚以下となり、高周波鉄損特性に優れている。
ここで、鋼板の板厚は0.03〜0.5mmである。また、平均結晶粒径は、鋼板を板面に平行に板厚中心まで研磨し、ナイタール腐食液により現出した結晶組織より求められた結晶の円相当径(直径)と定義する。
【実施例1】
【0028】
表1に示す成分組成になる鋼スラブを、熱間圧延後、冷間圧延により、最終板厚:0.03〜0.50mmの冷延板とした後、10%SiCl4+90%N2雰囲気中にて、1200℃,5minのSi拡散浸透処理を施して、鋼中Si量を表1に示す値に調整した。
その後、L方向およびC方向から、等量づつエプスタイン試験片を切り出し、750℃,2hの歪取焼鈍を施してから、高周波鉄損測定に供した。高周波鉄損は、周波数:10 kHz,最大磁束密度:0.1Tの時の鉄損W1/10kで評価した。
得られた結果を表1に併記する。
【0029】
【表1】

【0030】
同表から明らかなように、本発明に従い、析出物として1100℃以上1300℃以下の温度範囲において液相を呈するBi,AgおよびAg2Sを鋼中に適量含有させた場合には、良好な高周波鉄損特性を得ることができた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.02%以下、
Si:4.5%以上7.5%以下、
Mn:2.0%以下、
Al:3.0%以下、
P:0.2%以下、
N:0.02%以下および
O:0.02%以下
を含有し、かつ1100℃以上1300℃以下の温度範囲において液相となる析出物を0.005%以上1.0%以下の範囲で含有し、残部はFeおよび不可避的不純物の組成になることを特徴とする高珪素鋼板。
【請求項2】
請求項1において、1100℃以上1300℃以下の温度範囲において液相となる析出物が、Bi, AgおよびAg2Sのうちから選んだ1種または2種以上であることを特徴とする高珪素鋼板。
【請求項3】
請求項1または2において、鋼板の平均結晶粒径が板厚以下であることを特徴とする高珪素鋼板。
【請求項4】
質量%で、
C:0.02%以下、
Si:4.5%未満、
Mn:2.0%以下、
Al:3.0%以下、
P:0.2%以下、
N:0.02%以下および
O:0.02%以下
を含有し、かつ1100℃以上1300℃以下の温度範囲において液相となる析出物を0.005%以上1.0%以下の範囲で含有し、残部はFeおよび不可避的不純物の組成になる鋼板に、Si含有ガス雰囲気中にて、1100℃以上1300℃以下、20秒以上30分以下のSi拡散浸透処理を施すことにより、鋼板のSi量を4.5%以上7.5%以下に高めることを特徴とする高珪素鋼板の製造方法。
【請求項5】
請求項4において、1100℃以上1300℃以下の温度範囲において液相となる析出物が、Bi, AgおよびAg2Sのうちから選んだ1種または2種以上であることを特徴とする高珪素鋼板の製造方法。

【公開番号】特開2009−287121(P2009−287121A)
【公開日】平成21年12月10日(2009.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−196523(P2009−196523)
【出願日】平成21年8月27日(2009.8.27)
【分割の表示】特願2005−66894(P2005−66894)の分割
【原出願日】平成17年3月10日(2005.3.10)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】