説明

高珪素鋼板の製造方法

【課題】著しいコスト高を招くことなく、優れた磁気特性、特に高周波数域で低鉄損の高珪素鋼板を製造できる方法を提供する。
【解決手段】質量%で、Si:5.0%以下、Mn:2.5%以下、残部Feおよび不可避的不純物からなり、かつFeの体心立方格子の[100]結晶軸を圧延面に垂直に射影した方向と圧延方向とのなす角のうち最小となるα角の平均値<α>が15°以下の方向性珪素鋼板に、圧下率40〜90%の冷間圧延を施して板厚0.03〜0.3mmとした後、浸珪処理を施し、前記方向性珪素鋼板の表面から板厚×0.1の深さまでの領域の平均Si濃度を5.5〜8.0%、板厚中心を挟んで板厚方向に板厚×0.1にわたる領域の平均Si濃度を2.0〜5.0%とすることを特徴とする高珪素鋼板の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、浸珪処理により磁気特性に優れた高珪素鋼板を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
変圧器、モータ、リアクトルなどの鉄心として使用される軟磁性材料には、高い磁束密度、低い鉄損が要求され、このような軟磁性材料としては珪素鋼板が用いられている。特に優れた磁気特性を有する方向性珪素鋼板は、Siを3.2質量%程度含有させ、二次再結晶により{110}<001>集積度の高い集合組織を形成させる方法により製造されている。
【0003】
さらに、エネルギー損失を一層低下させる目的で、例えば特許文献1には、1.0質量%以上4.0質量%未満のSiを含有する方向性珪素鋼板にSiCl4ガスを利用した浸珪処理を施し、Si量を4.0〜7.0質量%とした低鉄損の方向性珪素鋼板の製造方法が提案されている。また、特許文献2には、磁束密度B8の高い方向性電磁鋼帯(珪素鋼帯)を冷間圧して板厚150μm以下とし、一次再結晶焼鈍後、SiCl4ガスを利用した浸珪処理を施し、次いで非酸化性雰囲気下でSiを鋼中に拡散させ、{110}<001>集積度が高く、鉄損の低い極薄電磁鋼板(珪素鋼板)の製造方法が開示されている。
【特許文献1】特開昭63‐26329号公報
【特許文献2】特開平4‐63230号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1に記載の方法で得られた高珪素鋼板では、50〜60Hzの商用周波数での鉄損の改善は認められるものの、400Hz以上の高周波数での鉄損は十分に低くなかった。
【0005】
特許文献2に記載の方法では、実施例のすべてにSi濃度が6.5質量%になるまで浸珪処理を施しており、板厚全体にわたってSi濃度を6.5質量%まで高めないと鉄損改善の効果は小さく、また、そのため浸珪処理のコストは著しく高くなる。また、Si濃度を板厚方向に均一化することが必須であり、実施例では1000℃×5時間の長時間拡散処理を行っており、コスト増を招く。さらに、浸珪処理前に一次再結晶焼鈍が必要であることから、よりコスト高になる。以上のことから、特許文献2による極薄電磁鋼板は、工業的に生産することが困難である。
【0006】
本発明は、著しいコスト高を招くことなく、優れた磁気特性、特に高周波数域で低鉄損の高珪素鋼板を製造できる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、浸珪処理を用いた高珪素鋼板の製造方法について種々検討し、以下のことを見出した。
(1)Si:5.0質量%以下、Mn:2.5質量%以下で、α角の平均値<α>が15°以下の方向性珪素鋼板を適切な圧下率で冷間圧延し、浸珪処理により一次再結晶を行うとともに、Si濃度に板厚方向で傾斜をつけると、高周波数域における低鉄損を実現できる。ここで、α角とは、図1に示すように、結晶粒におけるFe体心立方格子の[100]結晶軸を圧延面に垂直に射影した方向(OA方向)と圧延方向とのなす角のうち最小となる角であり、X線回折(ラウエ法)などにより測定できる。
(2)さらに、Sol.Al:0.0025〜0.0300質量%含有させた方向性珪素鋼板を用いると、磁気特性のさらなる改善を図れる。
【0008】
本発明は、このような知見に基づきなされたもので、質量%で、Si:5.0%以下、Mn:2.5%以下、残部Feおよび不可避的不純物からなり、かつFeの体心立方格子の[100]結晶軸を圧延面に垂直に射影した方向と圧延方向とのなす角のうち最小となるα角の平均値<α>が15°以下の方向性珪素鋼板に、圧下率40〜90%の冷間圧延を施して板厚0.03〜0.3mmとした後、浸珪処理を施し、前記方向性珪素鋼板の表面から板厚×0.1の深さまでの領域の平均Si濃度を5.5〜8.0%、板厚中心を挟んで板厚方向に板厚×0.1にわたる領域の平均Si濃度を2.0〜5.0%とすることを特徴とする高珪素鋼板の製造方法を提供する。
【0009】
冷間圧延前の方向性珪素鋼板には、さらに、質量%で、Sol.Al:0.0025〜0.0300%が含有されることが好ましい。
【0010】
また、さらに、Sb:0.005〜0.1%、Sn:0.005〜0.5%、Bi:0.001〜0.05%、Cr:0.01〜0.8%、Ni:0.01〜1.0%のうちから選ばれた少なくとも1種の元素を含有させることもできる。
【0011】
さらに、冷間圧延後の浸珪処理時に、鋼板温度が400〜700℃となる温度域を1秒以上20秒未満で昇温することが好ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、著しいコスト高を招くことなく、高周波数域で低鉄損の高珪素鋼板を製造できるようになった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下に、本発明の詳細を説明する。(なお、成分に関する「%」表示は、特に断らない限り質量%を意味するものとする。)
1)素材
本発明の高珪素鋼板の製造方法では、素材として、Si:5.0%以下、Mn:2.5%以下、残部Feおよび不可避的不純物からなり、かつFeの体心立方格子の[100]結晶軸を圧延面に垂直に射影した方向と圧延方向とのなす角のうち最小となるα角の平均値<α>が15°以下の方向性珪素鋼板を用いる。
【0014】
Siは、磁気特性を改善するのに有効な元素であるが、5.0%を超えると冷間圧延が困難になるため、5.0%以下とする。なお、2.0%以上とすることが好ましい。
【0015】
Mnも、磁気特性を改善するのに有効な元素であるが、2.5%を超えると飽和磁束密度が大きく低下し、鉄損が増大するため、2.5%以下とする。なお、0.01%以上とすることが好ましい。
【0016】
残部はFeおよび不可避的不純物である。
【0017】
平均値<α>が15°を超えると、冷間圧延、浸珪処理後に集合組織が劣化し、高周波数域において低い鉄損が得られないため、平均値<α>は15°以下とする。ここで、平均値<α>は、上述したように、例えばX線回折によるラウエ法により5mmピッチで、30mm×300mmの領域においてα角を測定し、それを算術平均したものである。
【0018】
このような素材としての方向性珪素鋼板は、公知の方法、例えば、上記のような組成の熱延鋼板を、冷間圧延後、脱炭焼鈍し、昇温速度を例えば10℃/hr以下に制御して高温でバッチ焼鈍して二次再結晶を起こさせる方法により製造できる。このとき、二次再結晶の駆動力としては、インヒビターや粒界エネルギーの差を利用できる。
【0019】
2)製造条件
素材の方向性珪素鋼板は、圧下率40〜90%で板厚0.03〜0.3mmに冷間圧延された後、浸珪処理を受ける。圧下率が40%未満あるいは90%を超えると、浸珪処理後の集合組織が劣化し、高周波数域において低い鉄損が得られない。板厚は、鉄損のうち渦電流損失を低減するために0.3mm以下に、また、0.03mm未満では渦電流損失低減の効果が飽和するとともにコスト増を招くので、0.03mm以上にする必要がある。
【0020】
浸珪処理では、一次再結晶を行うとともに、Si濃度に板厚方向で傾斜をつけ、図2に示す板厚方向における表層と中心層のSi濃度を制御する必要がある。すなわち、表面から板厚×0.1の深さまでの領域である表層の平均Si濃度を5.5〜8.0%に、板厚中心を挟んで板厚方向に板厚×0.1にわたる領域である中心層の平均Si濃度を2.0〜5.0%にする。一般に、Si濃度が高くなると比抵抗が増加し、渦電流損失は低減するが、高周波数域では、渦電流は鋼板の表層付近を流れるため、本発明のように表層のSi濃度を高くすることにより渦電流損失を大きく低減できることになる。表層の平均Si濃度を5.5〜8.0%に、中心層の平均Si濃度を2.0〜5.0%にすることにより、最良な磁気特性が得られる。
【0021】
冷間圧延前の方向性珪素鋼板に、さらに、質量%で、Sol.Al:0.0025〜0.0300%を含有させると、浸珪処理後の集合組織が改善し、より良好な磁気特性が得られる。これは、鋼中に不可避的に含有されるNが、AlによりAlNとして析出し、冷間圧延時の双晶の発生を抑制するためと考えられる。
【0022】
Sol.Alを上記の範囲に制御する方法は、特に限定しないが、製鋼段階でのAl添加量の制御および/または素材の方向性珪素鋼板を得るまでの途中工程における焼鈍での脱Al量制御が、工業生産性の観点から有利である。この範囲にSol.Alを制御することにより、続く冷間圧延、浸珪処理後の集合組織が著しく改善される。
【0023】
また、冷間圧延前の方向性珪素鋼板に、さらに、Sb:0.005〜0.1%、Sn:0.005〜0.5%、Bi:0.001〜0.05%のうちから選ばれた少なくとも1種の元素を含有させると、その後の浸珪処理時や需要家での歪取焼鈍時に起こる鋼板への窒化による磁気特性の劣化を抑制できる。ただし、Sbが0.1%を、Snが0.5%を、Biが0.05%を超えると鋼板が脆化し、冷間圧延が困難になる。また、Cr:0.01〜0.8%、Ni:0.01〜1.0%のうちから選ばれた少なくとも1種の元素を含有させると、鋼板の比抵抗を高め、鉄損を低減する。ただし、Crが0.8%を超えると飽和磁束密度が低下し、Niが1.0%を超えると鋼板が硬化し、冷間圧延が困難になる。
【0024】
冷間圧延後の浸珪処理は、SiCl4ガスを含有する雰囲気中で鋼板を焼鈍する方法が最も適しているが、Siを含有する粉を鋼板表面に接触させて焼鈍する固体浸珪法で行うこともできる。浸珪処理の温度は、950〜1300℃が好ましいが、これは、950℃未満では浸珪に著しく時間がかかり、1300℃超えるとコスト増を招くのみならず、磁気特性の改善が認められないためである。
【0025】
浸珪処理時に、鋼板温度が400〜700℃となる温度域を1秒以上20秒未満で昇温することが好ましい。これは、400〜700℃となる鋼板温度が20秒以上となると磁気特性にとって好ましい集合組織がやや劣化する場合があるからである。なお、400〜700℃となる鋼板温度が1秒未満では、集合組織改善効果が飽和する。
【0026】
本発明の方法では、浸珪処理後の鋼板表面に絶縁皮膜を形成することもできる。
【実施例1】
【0027】
表1に示す成分、平均値<α>、板厚の素材である方向性珪素鋼板を、表1に示す圧下率で冷間圧延後、種々のSiCl4濃度の(N2+SiCl4)混合ガス中で、950〜1250℃の範囲で温度と処理時間を変え、浸珪処理を行い、鋼板No.1〜26を作製した。なお、浸珪処理時には、鋼板温度が400〜700℃となる温度域を15秒で昇温した。
【0028】
そして、上記した鋼板表層と中心層のSi濃度をX線マイクロアナライザーにより測定し、また、周波数5kHz、最大磁束密度0.15Tにおける交流鉄損をエプスタイン測定法により測定した。鉄損が6.0W/kg以下であれば、本発明とした。
【0029】
結果を表1に示す。本発明例である鋼板No.1、2、4、6〜10、12、13、16、19、20、23、24は、いずれも6.0W/kg以下の低い鉄損を示す。また、鋼板No.6〜9の結果を見れば明らかなように、Sol.Al量を0.0025〜0.0300%の範囲に制御することにより、より低い鉄損の得られることがわかる。
【0030】
【表1】

【実施例2】
【0031】
表2に示す成分を有し、平均値<α>が5〜8°、板厚が0.35mmの素材である方向性珪素鋼板を、圧下率71%で板厚0.10mmに冷間圧延後、(90%N2+10%SiCl4)混合ガス中で、1100℃で1minの浸珪処理を行い、鋼板No.27〜36を作製した。なお、浸珪処理時には、鋼板温度が400〜700℃となる温度域を表2に示す時間で昇温した。また、浸珪処理後の表層Si濃度は6.7%、中心層Si濃度は3.2%であった。そして、実施例1と同様に、鉄損を測定した。
【0032】
結果を表2に示す。鋼板No.27〜36は、いずれも本発明例であるが、浸珪処理時に鋼板温度が400〜700℃となる温度域を1秒以上20秒未満で昇温した鋼板No.27〜29やSb、Sn、Bi、Cr、Niの添加された鋼板No.32〜36では、より低い鉄損が得られることがわかる。
【0033】
【表2】

【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】α角の説明図である。
【図2】Si濃度を規定した板厚方向の領域(表層と中心層)を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、Si:5.0%以下、Mn:2.5%以下、残部Feおよび不可避的不純物からなり、かつFeの体心立方格子の[100]結晶軸を圧延面に垂直に射影した方向と圧延方向とのなす角のうち最小となるα角の平均値<α>が15°以下の方向性珪素鋼板に、圧下率40〜90%の冷間圧延を施して板厚0.03〜0.3mmとした後、浸珪処理を施し、前記方向性珪素鋼板の表面から板厚×0.1の深さまでの領域の平均Si濃度を5.5〜8.0%、板厚中心を挟んで板厚方向に板厚×0.1にわたる領域の平均Si濃度を2.0〜5.0%とすることを特徴とする高珪素鋼板の製造方法。
【請求項2】
冷間圧延前の方向性珪素鋼板が、さらに、質量%で、Sol.Al:0.0025〜0.0300%含有することを特徴とする請求項1に記載の高珪素鋼板の製造方法。
【請求項3】
冷間圧延前の方向性珪素鋼板が、さらに、質量%で、Sb:0.005〜0.1%、Sn:0.005〜0.5%、Bi:0.001〜0.05%のうちから選ばれた少なくとも1種の元素を含有することを特徴とする請求項1または2に記載の高珪素鋼板の製造方法。
【請求項4】
冷間圧延前の方向性珪素鋼板が、さらに、質量%で、Cr:0.01〜0.8%、Ni:0.01〜1.0%のうちから選ばれた少なくとも1種の元素を含有することを特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載の高珪素鋼板の製造方法。
【請求項5】
冷間圧延後の浸珪処理時に、鋼板温度が400〜700℃となる温度域を1秒以上20秒未満で昇温することを特徴とする請求項1から4のいずれか1項に記載の高珪素鋼板の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−50663(P2008−50663A)
【公開日】平成20年3月6日(2008.3.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−229109(P2006−229109)
【出願日】平成18年8月25日(2006.8.25)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】