説明

高純度スポンジチタン粒の保管方法及びこれを用いた高純度チタンインゴット製造方法

【課題】 スポンジチタンへの吸湿、これによるチタンインゴットの酸素濃度増大の問題を簡単な操作で解決し、高純度チタンインゴットを経済的に製造する。
【解決手段】 クロール法により製造されたスポンジチタン塊の中央部を取り出し、破砕して得られたスポンジチタン粒を保管容器内に封入する際に、スポンジチタン粒が充填された保管容器内を40Pa以下まで減圧した後にその保管容器内に低湿度ガスを注入する。スポンジチタン塊の破砕開始から保管容器内の減圧開始までの所要時間を24時間以下に抑制する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高純度チタンインゴットの製造に有効な高純度スポンジチタン粒の保管方法、及びこれを用いた高純度チタンインゴット製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
半導体製造分野においては、高集積化の進捗が著しく、超LSIと称されるデバイスでは、1μm以下の微細パターンの加工が必要とされている。このような超LSI製造プロセスに使用される電極材料は、より高純度で高強度のものに移行しつつあり、モリブデン(Mo)、タングステン(W)、チタン(Ti)又はそれらのシリサイド(珪化物)などの高純度高融点金属材料が注目されている。なかでもチタンは優れた比強度、加工性及び耐食性を発揮することかから、特に有望とされている。
【0003】
現在、チタン材の製造方法として工業的に使用されているものは、いずれもルチル(TiO2 )又は合成ルチルなどを塩化して得られる四塩化チタン(TiCl4 )を中間原料として用いる還元法であり、マグネシウム(Mg)を還元剤として使用するクロール法、ナトリウム(Na)を還元剤として使用するハンター法及び溶融塩電解による電解法である。これらのなかでクロール法が生産性及び省エネルギーの観点から多用されている。クロール法により製造されたチタン材から高純度チタンインゴットを製造するまでの工程を図1に示す。
【0004】
クロール法によるチタン材の製造では、まず、密閉した鋼製の反応容器内にMgを装入し、容器内を不活性なアルゴンガスで置換した後、加熱してMgを溶融する。反応容器内の上部に設けられたノズルからTiCl4 を供給すると、TiCl4 がMgで還元されてTiが生成し、溶融物(溶融Mgと副生物である溶融MgCl2 )の中を沈降し、堆積して多孔質のスポンジチタン塊が形成される。
【0005】
還元反応が終了すると、反応容器の底部から前記溶融物(溶融MgCl2 )が抜き出されるが、スポンジチタンケーキの内部には多量の溶融物が残留している。この残留溶融物を除去するために、真空分離工程で溶融物を蒸発させて除去する。具体的には、反応容器を真空分離炉内に収容した後、反応容器の内部を真空状態にすると共に、反応容器の外部から加熱して、反応容器内のスポンジチタンケーキに含まれる未反応Mg及び残留MgCl2 を蒸発、分離する。未反応Mg及び残留MgCl2 を分離されたスポンジチタンは、バッチ毎に反応容器から略円柱状の塊として押し出される。
【0006】
製造されたスポンジチタン塊は切断、粉砕され、その粉末を押し固めることによりコンパクトやブリケットと呼ばれる圧縮成形体に加工される。製造された圧縮成形体は溶接により棒状に連結されて溶解原料とされる。そして、この棒状溶解原料が溶解されて金属チタンインゴットとされる。溶解法としては、消耗電極式真空アーク溶解(VAR)や電子ビーム溶解(EB溶解)などがあり、現在は効率等の点から前者の消耗電極式真空アーク溶解法が多用されている。
【0007】
このような方法で半導体用配線材料用の高純度チタンインゴットを製造する場合、Fe、Cr、Niなどの金属不純物濃度、及び酸素濃度を低減する工夫が必要となり、Cr、Ni、Feなどの金属不純物については、反応容器からの汚染の占める比率が大きく、この観点から容器内面をFeにより構成すると共に、その内面と接するスポンジチタン塊の外面近傍等を除去する、いわゆる中心採りなどにより濃度低下が図られている。一方、酸素については、スポンジチタン塊を切断、粉砕する粉砕工程での大気中からの吸着水分の影響が大きいとされている。なぜなら、この粉砕工程では、作業が通常の開放型工場内で行われ、しかもスポンジチタンが細かく破砕され、その表面積が激増するためである。
【0008】
このような現状に鑑みて、スポンジチタン塊の粉砕工程、並びにこの工程で得られたスポンジチタン粒を溶解原料に加工する圧縮成形・溶接工程を「絶対湿度が10g−H2 O/m3 以下」、好ましくは「7g−H2 O/m3 以下」、更に好ましくは「5g−H2 O/m3 以下」の低湿度雰囲気下で実施することより、大気からの吸湿を抑制して酸素濃度を低減する低酸素チタン材の製造方法は、特許文献1により提示されている。
【0009】
また、スポンジチタン塊を切断、粉砕する粉砕工程以外でも、圧縮成形体を製造する工程でも顕著な水分吸収があることが分かり、その対策が特許文献2により提示されている。すなわち、スポンジチタン塊の切断、粉砕により得たスポンジチタン粒を圧縮成形体に加工する際の加工熱の放散に伴う収縮により大気中の水分が圧縮成形体に取り込まれ、それが圧縮成形体に残留するMgCl2 に吸収されることにより、圧縮成形体の酸素濃度が上昇する事象のあることが分かり、これを防ぐために、圧縮加工により温度上昇した圧縮成形体を、減圧容器内で減圧処理した後に低湿度雰囲気中に保持して冷却するのが、特許文献2により提示された対策である。
【0010】
スポンジチタン塊の粉砕工程、及びスポンジチタン粒の圧縮成形・溶接工程を低湿度雰囲気中で実施する前者の対策では、実質的に工場全体を低湿度雰囲気に保持する必要があり、現実性が低い。圧縮成形体を、減圧容器内で減圧処理した後に低湿度雰囲気中に保持して冷却する後者の対策では、効果にバラツキのあることが判明した。その原因については、後で詳しく述べるが、スポンジチタン塊を切断、粉砕して得たスポンジチタン粒の保管期間が関与していることが明らかとなった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開平10−259432号公報
【特許文献2】特開2008−95168号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明の目的は、スポンジチタン粒への吸湿、これによるチタンインゴットの酸素濃度増大の問題を簡単な操作で安定的に解決でき、不純物の少ない高純度チタンインゴットを経済的に製造できる高純度スポンジチタン粒の保管方法、及びこれを用いた高純度チタンインゴット製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
ところで、スポンジチタン粒における吸湿の大きな原因の一つが残留MgCl2 にあることは、特許文献2でも説明されている。その詳細は以下のとおりである。
【0014】
クロール法で製造されたスポンジチタン塊がMgCl2 を含んでいることは前述したとおりである。そのスポンジチタン塊は中心採りのあと、切断、破砕されて高純度スポンジチタン粒になり、表面積が激増する。表面積の増大による吸湿を防止するために、スポンジチタン粒は直ちに保管容器内に封入される。具体的には、図1に示されるように、保管容器内へスポンジチタン粒を充填した後、蓋により容器開口部を密閉する。引き続き、容器内を減圧排気し、低湿度ガスを注入する。すなわち、保管容器内の空間部分を低湿度不活性ガスで置換する。そして、この状態でスポンジチタンの保管や輸送などを行う。
【0015】
保管容器内に充填される高純度スポンジチタン粒の一粒ひとつぶはMgCl2 を含んでおり、破砕されて粒になった瞬間に粒表面だけは大気に触れるのを避け得ないので、粒表面に存在するMgCl2 は短時間で大気中の水分を吸収して無水MgCl2 から、結晶水を含む水和物〔MgCl2 ・nH2 O(n:結晶水の数で6,4,2のいずれか)〕になり、通常は、粒表面が大気中に存在する十分な量の水分と触れることから結晶水の数が、最も多い6水塩(MgCl2 ・6H2 O)になる。
【0016】
しかし、この粒表面のMgCl2 水和物は、当初は粒表面に限定的に存在している。粒内部は多孔質構造であるため、粒表面に存在するMgCl2 水和物中の結晶水の粒内部への拡散は進み難い。また、当然のことながら保管容器は気密性が高く、保管中の大気の侵入はない。大気と触れたスポンジチタン粒は、保管容器内の低湿度ガスとの置換に際しての減圧処理だけでなく、保管後の圧縮成形体から溶接により棒状溶解原料を作製する際にも減圧処理を受け、更には溶解工程に際しても減圧処理を受ける。
【0017】
これらのため、粒表面のMgCl2 水和物は、6水塩(MgCl2 ・6H2 O)から4水塩(MgCl2 ・4H2 O)、4水塩(MgCl2 ・4H2 O)から2水塩(MgCl2 ・2H2 O)というように結晶水が段階的に減少することはあっても、チタンインゴットの酸素濃度に決定的な影響を与えることはないと、これまでは考えられていた。特許文献2に記載された対策において、スポンジチタン粒を圧縮成形体に加工する際の加工熱の放散に伴う収縮により大気中の水分が圧縮成形体に取り込まれる現象が、MgCl2 水和物と共に注目されたのには、このような背景が存在する。
【0018】
しかしながら、特許文献2に記載された対策は、製造される高純度チタンインゴットの酸素濃度低下に有効なのは事実であるが、多くの実験を重ねる過程で、その効果にはバラツキがあり、そのバラツキの原因を調査するべく更に多くの実験調査を重ねた結果、意外にも、スポンジチタン粒を保管容器内に充填して保管したときの保管期間が、高純度チタンインゴットの酸素濃度に影響していること、更には、その影響度は特許文献2に記載された対策の有無に関係ないことなどを、本発明者は突き止めた。
【0019】
すなわち、中心部採りされた高純度スポンジチタン塊は切断、破砕された後、直ちに保管容器内に封入され、その容器内は低湿度ガスと置換される。保管容器は気密性が高く、保管中の大気の侵入はない。スポンジチタン塊が破砕されて粒になった瞬間に粒表面だけは大気に触れるので、粒表面のMgCl2 は吸湿によりMgCl2 ・6H2 Oになる可能性はある。しかし、その結晶水に関しても、封入直後の減圧排気操作、更にはその後の溶解に至るまでの2回の減圧排気操作により、結晶水が減少する可能性のあることは前述したとおりである。それにもかかわらず、保管容器による保管期間が長くなるほど、高純度チタンインゴットの酸素濃度が上昇する傾向が見られるのである。
【0020】
その原因について、本発明者は更なる調査、考察を重ねた結果、次のような新事実を知るに至った。スポンジチタン粒の表面において一旦、水和物となったMgCl2 (MgCl2 ・6H2 O)は、直後の減圧排気操作によっても、水和数の減少は不完全であった。その結果、粒表面のMgCl2 水和物が保有する結晶水が、保管期間中に期間経過と共にゆっくりと粒内部へ拡散していき、最終的には粒内部のMgCl2 も水和物とすると共に、その水和数を増加させ、無水だった粒内部のMgCl2 を水和数が2,4,6のいずれかのMgCl2 水和物へ変化させる。
【0021】
一旦、水和物となった粒内部のMgCl2 は、減圧排気操作では元の無水MgCl2 には戻らないので、保管容器への密封の際の減圧排気操作はもとより、棒状溶解原料を作製する減圧排気操作や、これに続く溶解工程に際しての減圧排気操作の後でも、スポンジチタン粒表面及び粒内部にMgCl2 水和物がそのまま残ることになり、その結晶水が高純度チタンインゴットの酸素濃度を上昇させる原因となる。このため、高純度チタンインゴットの酸素濃度を低下させるためには、スポンジチタン粒表面で水和物となったMgCl2 の水和数を出来るだけ早い段階で下げること、すなわちMgCl2 水和物中の結晶水を出来るだけ早期に減少させること、これにより粒内部への結晶水の拡散を抑制すること、その結果として粒内部にできるだけ多くの無水MgCl2 を残すことが有効となる。
【0022】
本発明の高純度スポンジチタン粒の保管方法は、かかる知見を基礎として完成されたものであり、クロール法により製造されたスポンジチタン塊の中央部を取り出し、破砕して得られたスポンジチタン粒を保管容器内に封入する際に、スポンジチタン粒が充填された保管容器内を40Pa以下まで減圧した後にその保管容器内に低湿度ガスを注入するものである。
【0023】
また、本発明の高純度チタンインゴット製造方法は、この高純度スポンジチタン粒の保管方法を用いて高純度チタンインゴットを製造するものであり、前記保管方法により保管された高純度スポンジチタン粒を保管容器から取り出して圧縮成形体に加工し、その圧縮成形体を組み合わせて溶解原料とする際に、前記保管方法におけるスポンジチタン塊の破砕開始から保管容器内の減圧開始までの所要時間を24時間以下に抑制し、且つ保管容器からスポンジチタン粒を取り出して圧縮成形体に加工する際のスポンジチタン粒の大気暴露時間を48時間以下に抑制するものである。
【0024】
本発明の高純度スポンジチタン粒の保管方法、及び高純度チタンインゴット製造方法においては、スポンジチタン粒が充填された保管容器内を低湿度ガスと置換する際の減圧操作における到達圧力を40Pa以下とすることにより、スポンジチタン塊の破砕開始から保管容器内の減圧開始までの間にスポンジチタン粒表面のMgCl2 に吸収された水分が、粒内部へ拡散する前に減少する。具体的には、スポンジチタン粒表面におけるMgCl2 水和物が、6水塩(MgCl2 ・6H2 O)は4水塩(MgCl2 ・4H2 O)に、4水塩(MgCl2 ・4H2 O)は2水塩(MgCl2 ・2H2 O)にというように結晶水を減少させる。その結果、スポンジチタン粒の保管中に粒表面のMgCl2 水和物から粒内部へ拡散する水分量が抑制され、長期保管後も粒内部に無水MgCl2 が残り、条件によっては粒内部の広い範囲に無水MgCl2 が残り、粒全体におけるMgCl2 の保有水量が減少することから、そのスポンジチタン粒から製造される高純度チタンインゴットの酸素濃度が低下する。
【0025】
ここにおける長期保管とは、具体的には2カ月以上の保管であり、4カ月以上の保管を行った場合でも高純度チタンインゴットの酸素濃度低下効果が悪化することはない。
【0026】
ちなみに、スポンジチタン粒が充填された保管容器内を低湿度ガスと置換する際の減圧操作における到達圧力の従来値は100Pa以上、通常は500Pa程度であった。それは、ここにおける減圧操作の目的が、保管容器内に残留する大気と低湿度ガスとの置換による容器内空間中の水分除去にあり、その目的達成のためには500Pa程度の到達圧力で十分であったからである。
【0027】
保管容器内の減圧到達圧力を40Pa以下としたのは、40Pa超ではスポンジチタン塊の破砕開始から保管容器内の減圧開始までの間にスポンジチタン粒表面のMgCl2 に吸収された水分(結晶水)を効果的に減少させるまでには至らないからである。保管容器内の減圧到達圧力の下限については、結晶水除去の観点からはこの圧力は低いほどよいが、低くするためには設備コストが嵩む一方、格別に低くしなくても到達圧力保持時間を長くすることにより、結晶水除去を促進することができるので、特に規定しないが、処理効率の面から常識的には0.1Pa以上が望ましい。
【0028】
これらに加え、本発明の高純度チタンインゴット製造方法においては、スポンジチタン粒を保管するに際して、スポンジチタン塊の破砕開始から保管容器内の減圧開始までの所要時間を24時間以下に抑制し、且つ保管されたスポンジチタン粒を使用するに当たって、保管容器からスポンジチタン粒を取り出して圧縮成形体に加工する際のスポンジチタン粒の大気暴露時間を48時間以下に抑制することにより、高純度チタンインゴットの酸素濃度を更に低く抑制することができる。
【0029】
すなわち、前者の所要時間は、スポンジチタン粒の保管前の大気暴露時間である。この大気暴露時間を抑制することにより、スポンジチタン粒の保管前の粒表面におけるMgCl2 の吸湿が抑制されると共に、表面より若干深い表面近傍の水和数上昇が抑制されることにより、保管前の減圧排気操作による水分除去効果を高める。また、後者の大気暴露時間は、スポンジチタン粒の保管後、使用前の大気暴露時間である。この大気暴露時間を抑制することにより、スポンジチタン粒の保管後、使用前の粒表面におけるMgCl2 の吸湿が抑制される。これらの結果として、MgCl2 の吸湿による高純度チタンインゴットの酸素濃度上昇が抑制される。
【0030】
前者の保管前の大気暴露時間は24時間以下としたが、スポンジチタン粒表面におけるMgCl2 の吸湿抑制、これによる高純度チタンインゴットの酸素濃度上昇抑制の観点から、作業等に支障を生じない範囲内で短いほどよく、7時間以下が好ましく、5時間以下が更に好ましい。また、後者の保管後、使用前の大気暴露時間は48時間以下としたが、同じ観点から短いほどよく、14時間以下が好ましく、10時間以下が更に好ましい。
【0031】
ここで、前者の保管前の大気暴露時間より、後者の保管後、使用前の大気暴露時間の方が、許容度が大きい。これは、保管前の大気暴露により粒表面のMgCl2 に吸収された水分は、その後の長い保管期間中に粒内部へ拡散し粒内部の無水MgCl2 をMgCl2 水和物に変化させるのに対し、後者の保管後、使用前の大気暴露により粒表面のMgCl2 に吸収された水分は、その後の拡散期間が短いために高純度チタンインゴットの酸素濃度上昇への影響度が小さいからである。
【0032】
後者の保管後、使用前の大気暴露期間は、基本的に、保管容器からスポンジチタン粒を取り出して圧縮成形体に加工するまでの間であり、そのあとの溶解原料へ加工するまでの間は除外することができる。なぜなら、圧縮成形体においては、スポンジチタン粒が押し固められているため、結晶水の粒内部へ拡散が遅くなるからである。
【0033】
溶解原料は、具体的には消耗電極式真空アーク溶解(VAR)用の消耗電極や、電子ビーム溶解(EB溶解)用のバー材などであり、消耗電極式真空アーク溶解(VAR)では、大型の消耗電極を吊り下げるために強固な溶接が要求されるため、圧縮成形体における圧縮度は大きく、圧縮成形体になると結晶水の粒内部へ拡散は極端に遅くなる。このため、消耗電極式真空アーク溶解(VAR)を対象とする場合の保管後の大気暴露期間は、保管容器からスポンジチタン粒を取り出して圧縮成形体に加工するまでの間に限定しても、影響は特に少ない。
【0034】
本発明の対象は高純度スポンジチタン粒及びこれから製造される高純度チタンインゴットである。高純度スポンジチタン粒より要求純度が低い展伸材用スポンジチタン粒の平均粒径はD50で1〜8mm程度であるが、高純度スポンジチタン粒の平均粒径はD50で15mm以上と大きい。粒内部への結晶水拡散は粒径が大きいほど速度が遅くなるので(粒体積が大きくなるため)、粒径が大きい高純度スポンジチタン粒を対象とする本発明は非常に有効である。特に平均粒径がD50で25mm以上の場合は、粒内部の無水MgCl2 領域が一層大きくなり、粒内部への結晶水拡散もより遅くなるため、本発明の有効性は特に大きい。なお、高純度スポンジチタン粒の粒径が大きすぎると、圧縮成形体の形成や分析用のサンプリングが難しくなることから、平均粒径の上限についてはD50で300mm以下が望ましい。
【0035】
溶解原料は、具体的には消耗電極式真空アーク溶解(VAR)用の消耗電極や、電子ビーム溶解(EB溶解)用のバー材などである。消耗電極式真空アーク溶解(VAR)では、大型の消耗電極を吊り下げるために強固な溶接が要求されるため、圧縮成形体における圧縮度は大きく、圧縮成形体になると結晶水の粒内部へ拡散は極端に遅くなる。このため、消耗電極式真空アーク溶解(VAR)を対象とする場合の保管後の大気暴露期間は保管容器からスポンジチタン粒を取り出して圧縮成形体に加工するまでの間である。
【発明の効果】
【0036】
本発明の高純度スポンジチタン粒の保管方法は、スポンジチタン塊の中心採りを経て、切断、破砕により得られたスポンジチタン粒を保管容器内に充填したあと、その保管容器内を低湿度ガスと置換する際の減圧操作における到達圧力を40Pa以下とすることにより、スポンジチタン塊の破砕開始から保管容器内の減圧開始までの間にスポンジチタン粒表面のMgCl2 に吸収された水分が、粒内部へ拡散する前に減少するので、スポンジチタン粒の保管中に粒表面のMgCl2 水和物から粒内部へ拡散する水分量が抑制され、長期保管後も粒内部に無水MgCl2 が残る結果として、そのスポンジチタン粒から製造される高純度チタンインゴットの酸素濃度を低く抑制することができる。
【0037】
本発明の高純度チタンインゴット製造方法は、これに加えて、スポンジチタン粒を保管するに際して、スポンジチタン塊の破砕開始から保管容器内の減圧開始までの所要時間を24時間以下に抑制し、且つ保管されたスポンジチタン粒を使用するに当たって、保管容器からスポンジチタン粒を取り出して圧縮成形体に加工する際のスポンジチタン粒の大気暴露時間を48時間以下に抑制することにより、高純度チタンインゴットの酸素濃度を更に低く抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】クロール法により製造されたスポンジチタン塊から高純度チタンインゴットを製造するまでの工程の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0039】
以下に本発明の実施形態を、図1を参照して説明する。本実施形態では、クロール法によって製造されたスポンジチタン塊から、半導体用配線材料にも使用可能な高純度チタンインゴットが製造される。
【0040】
本実施形態では、まずクロール法によりスポンジチタン塊を製造する。ここでは、ステンレス鋼からなる還元反応容器の内面に鉄を用いて、Ni、Crなどの重金属による汚染を防止する。真空分離後に反応容器から略円柱状のスポンジチタン塊を取り出す。そのスポンジチタン塊から高純度部分を採取するために、スポンジチタン塊の中心部を取り出す。すなわち、Fe汚染の危険性のある、反応容器の内面と接していた外周部、更には上部及び下部を除外する。具体的には、反応容器から取り出された略円柱状のスポンジチタン塊の外周部、上部及び下部を200mm以上にわたって切除する。こうして、金属不純物の少ない高純度スポンジチタン塊が採取される。
【0041】
採取された高純度スポンジチタン塊を更に小さく切断し、破砕することにより高純度スポンジチタン粒とする。粒度調整後、高純度スポンジチタン粒をドラム缶からなる保管容器内に充填し、開口部を蓋で密封することにより、その高純度スポンジチタン粒を保管容器内に封入する。封入後、保管容器内を40Pa以下まで減圧排気する。到達圧力が従来は500Paであったが、これを40Pa以下とするために、従来のロータリー真空ポンプに加えてメカニカルブースターを追加設置し、ポンプから保管容器までの吸引配管距離も従来の150mから30mとする。また、保管容器内の圧力を正確に確認するために、吸引配管の容器接続部から10m以内のところに真空計を設置する。
【0042】
こうして保管容器内を40Pa以下まで減圧排気した後、その保管容器内に低湿度ガスを大気圧となるまで注入する。ここにおける減圧排気到達圧力は、結晶水の除去促進の観点からは低いほどよく、具体的には20Pa以下が望ましく、10Pa以下が更に望ましい。減圧排気到達圧力の下限については、前述したとおり0.1Pa以上が望ましい。保管容器内を減圧排気到達圧力に保持する時間については、やはり結晶水の除去促進の観点から1分間以上の保持が望ましく、5分間以上の保持が更に望ましい。この保持時間の上限については、工程処理速度の面から48時間以下が望ましく、8時間以下が更に望ましい。また、低湿度ガスとは、絶対湿度が0.5g/m3 以下のガスのことであり、0.1g/m3 以下のガスがより好ましい。ガス種としては希ガス、窒素ガスなどの非酸化性ガスが望ましく、Arガスなどの希ガスが特に望ましい。
【0043】
ここで重要なのは、保管容器内へスポンジチタン粒を充填した後の保管容器内の減圧排気到達圧力を40Pa以下と低くすることであるが、これ以外にも、高純度スポンジチタン塊の破砕開始から保管容器内の減圧開始までの所要時間、すなわち保管前の大気暴露時間を24時間以下、望ましくは7時間以下、更に望ましくは5時間以下と短く抑制することである。前者の対策により、高純度スポンジチタン粒の保管前に粒表面のMgCl2 に吸収された水分(結晶水)が除去され、保管中における粒内部への水分(結晶水)の拡散が抑制される。また、後者の対策により、高純度スポンジチタン粒の保管前における粒表面のMgCl2 への大気中の水分吸収そのものが抑制され、これも保管中における粒内部への水分(結晶水)の拡散抑制に寄与する。そして、いずれもが、最終的に製造される高純度チタンインゴットの酸素濃度低下に寄与する。
【0044】
こうして保管容器内への高純度スポンジチタン粒の封入が終わると、高純度スポンジチタン粒は使用時期がくるまで保管容器内で保管され、また保管容器と共に必要なところに運搬される。保管期間はまちまちであり、数カ月以上に達することも珍しくない。
【0045】
保管容器内の高純度スポンジチタン粒の使用時期がくると、保管容器から高純度スポンジチタン粒を取り出し、必要な手順を経て消耗電極式真空アーク溶解(VAR)用の消耗電極に使用されるコンパクトと呼ばれる半円盤、或いは1/4円盤の圧縮成形体とする。必要数の圧縮成形体を作製し、これらを円柱状に組合せ、減圧雰囲気中で溶接により接合して消耗電極となす。
【0046】
ここで重要なのは、高純度スポンジチタン粒を保管容器から取り出して圧縮成形体に加工するまでの保管後、使用前における高純度スポンジチタン粒の大気暴露時間であり、この大気暴露時間を48時間以下、望ましくは14時間以下、更に望ましくは10時間以下と短く抑制する。これにより、高純度スポンジチタン粒の保管後、使用前における粒表面のMgCl2 への大気中の水分吸収が抑制され、これ以後における粒内部への水分(結晶水)の拡散が抑制される。保管前の大気暴露時間の抑制に比べると効果は小さいものの、これもまた、最終的に製造される高純度チタンインゴットの酸素濃度低下に寄与する。
【0047】
最後に、完成した消耗電極を消耗電極式真空アーク溶解(VAR)に供して高純度チタンインゴットを製造する。消耗電極式真空アーク溶解(VAR)では、溶解炉内に消耗電極をセットし、炉内を一旦減圧して不活性雰囲気に置換する。そして、水冷銅モールド内の溶湯とその上に吊された消耗電極との間にアークを発生させ、そのアーク熱により消耗電極を下から順次溶融させて当該モールド内に鋳込みインゴットとする。必要に応じてこの溶解操作を2回、3回と繰り返す。2回目以降の溶解操作では、消耗電極の素材としてチタンインゴットを使用する。
【0048】
かくして、酸素含有量の少ない高純度チタンインゴットが製造される。
【実施例】
【0049】
上記実施形態において、同条件で製造した同一仕様の高純度スポンジチタン粒を使用し、その保管前の大気暴露時間、保管に際しての減圧到達圧力Pを種々変更して、高純度チタンインゴットを製造することにより、本発明の有効性を確認した。
【0050】
共通条件としては、保管容器は容量が200リットルのドラム缶である。高純度スポンジチタン粒の平均粒度はD50で100mmである。高純度スポンジチタン粒の保管容器への充填量は平均150kgである。保管容器内の減圧排気到達圧力Pの保持時間Tは30分である。保管容器へ注入する低湿度ガスは、絶対湿度が0.1g/m3 以下のArガスである。高純度スポンジチタン粒の保管容器による保管期間は、一部を除き3カ月である。保管後、使用前の大気暴露時間は48時間である。製造した高純度チタンインゴットの重量は5トンである。
【0051】
高純度スポンジチタン粒の保管前の大気暴露時間、及び保管に際しての減圧排気到達圧力Pが、高純度スポンジチタン粒の酸素濃度、特に圧縮成形体への加工直前の段階における高純度スポンジチタン粒の酸素濃度に及ぼす影響の調査結果を表1に示す。破砕直後の段階におけるスポンジチタン粒の酸素濃度は各例共通で185ppmであり、圧縮成形体への加工直前の段階における高純度スポンジチタン粒の酸素濃度の目標値は200ppmである。
【0052】
【表1】

【0053】
表1からわかるように、高純度スポンジチタン粒を保管容器により保管する際の容器内減圧圧力Pを40Paとすることにより、圧縮成形体への加工直前の段階における高純度スポンジチタン粒の酸素濃度が目標値をクリアする。保管期間を3カ月から5カ月に延長しても、この酸素濃度は上昇しない。減圧圧力Paを下げることにより、この酸素濃度はより低下する。高純度スポンジチタン粒を保管する前の大気暴露時間を短くするのも、この酸素濃度の低下に有効である。
【0054】
なお、表1の実験では調査していないが、別の実験により、減圧排気到達圧力Pの保持時間Tを長くすることによっても、圧縮成形体への加工直前の段階における高純度スポンジチタン粒の酸素濃度は低下すること、また高純度スポンジチタン粒を保管した後、使用する前の大気暴露時間を短くしても、この酸素濃度は低下するが、その程度は、保管前の大気暴露時間を短くするときと比べると小さいこと、更には、圧縮成形体への加工直前の段階における高純度スポンジチタン粒の酸素濃度の低下に伴って、高純度チタンインゴットの酸素濃度が低下することなどを確認している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
クロール法により製造されたスポンジチタン塊の中央部を取り出し、破砕して得られたスポンジチタン粒を保管容器内に封入する際に、スポンジチタン粒が充填された保管容器内を40Pa以下まで減圧した後にその保管容器内に低湿度ガスを注入する高純度スポンジチタン粒の保管方法。
【請求項2】
請求項1に記載の高純度スポンジチタン粒の保管方法において、スポンジチタン塊の破砕開始から保管容器内の減圧開始までの所要時間を24時間以下に抑制する高純度スポンジチタン粒の保管方法。
【請求項3】
請求項2に記載の高純度スポンジチタン粒の保管方法において、スポンジチタン塊の破砕開始から保管容器内の減圧開始までの所要時間を7時間以下に抑制する高純度スポンジチタン粒の保管方法。
【請求項4】
請求項1に記載の高純度スポンジチタン粒の保管方法により保管された高純度スポンジチタン粒を保管容器から取り出して圧縮成形体に加工し、その圧縮成形体を組み合わせて溶解原料とする際に、前記保管方法におけるスポンジチタン塊の破砕開始から保管容器内の減圧開始までの所要時間を24時間以下に抑制し、且つ保管容器からスポンジチタン粒を取り出して圧縮成形体に加工する際のスポンジチタン粒の大気暴露時間を48時間以下に抑制する高純度チタンインゴット製造方法。
【請求項5】
請求項4に記載の高純度チタンインゴット製造方法において、前記保管方法におけるスポンジチタン塊の破砕開始から保管容器内の減圧開始までの所要時間を7時間以下に抑制し、且つ保管容器からスポンジチタン粒を取り出して圧縮成形体に加工する際のスポンジチタン粒の大気暴露時間を14時間以下に抑制する高純度チタンインゴット製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2012−87373(P2012−87373A)
【公開日】平成24年5月10日(2012.5.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−235620(P2010−235620)
【出願日】平成22年10月20日(2010.10.20)
【出願人】(397064944)株式会社大阪チタニウムテクノロジーズ (133)
【Fターム(参考)】