説明

高純度水素の製造方法

【課題】エネルギー効率が高く、長時間にわたり高い水素回収率で高純度の水素を得ることが可能な高純度水素の新規製造方法を提供する。
【解決手段】脱水素反応器2中で芳香族炭化水素の水素化物の脱水素反応を行い、該脱水素反応により生成したガスをPd−Cuを主成分とする水素分離膜5を用いて精製する高純度水素の製造方法において、前記水素分離膜5を150℃以上350℃未満の第一の温度で運転し、(I)前記水素分離膜5の運転停止に際して、水素分離膜5を300℃以上であって且つ前記第一の温度より高い第二の温度に加温処理した後に該水素分離膜5の運転を停止するか、(II)前記水素分離膜5における水素回収率が低下した際に水素分離膜5の温度を300℃以上であって且つ前記第一の温度より高い第二の温度に昇温し、その後、該水素分離膜5の温度を150℃以上350℃未満の第一の温度に降温して運転を継続する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、芳香族炭化水素の水素化物を脱水素反応し、該脱水素反応で得られる生成ガスを水素分離膜を用いて精製して高純度水素を製造する方法に関し、特に、小型の設備で、長時間にわたり高い水素回収率で高純度の水素を得ることが可能な高純度水素の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、環境問題やエネルギー問題から、新しいエネルギー源として水素が有望視されており、例えば、水素を直接燃料として用いる水素自動車、あるいは水素を用いる燃料電池などの開発が進められている。該燃料電池は、小型でも高い発電効率を有しており、加えて騒音や振動も発生せず、さらには廃熱を利用することができるなどの優れた利点を有している。
【0003】
一方、水素をエネルギー源として利用するに当っては、燃料となる水素を安全にかつ安定的に供給することが欠かせない。これに対し、圧縮水素や液体水素として直接供給する方法、水素吸蔵合金やカーボンナノチューブなどの水素吸蔵材料を利用して水素を貯蔵及び供給する方法、メタノールや炭化水素を水蒸気改質して水素を供給する方法など、種々の方法が提案されている。
【0004】
また、これらに並ぶ水素の供給方法として、近年、水素吸蔵率が高く、水素吸蔵と水素供給を繰返し行い再利用が可能であるとの理由から、芳香族炭化水素の水素化物の脱水素反応により水素を供給する方法が注目されている。
【0005】
このような芳香族炭化水素の水素化物を用いた脱水素反応による水素の製造方法においては、通常、脱水素反応後の反応混合物には、水素ガスの他に、未反応の芳香族炭化水素の水素化物、脱水素反応により生成した芳香族炭化水素及び副生成物等が含まれているため、脱水素反応後に、反応混合物から気液分離により水素ガスを分離した後、更に水素の純度を上げるために、プレッシャースイング吸着(PSA)や水素分離膜を用いて水素ガスの精製を行う方法が提案されている(特許文献1、特許文献2参照)。
【0006】
更に、脱水素反応後の気相をそのまま水素分離膜に通して高純度水素を得る方法として、メンブレンリアクター方式の脱水素反応器を用いる方法が提案されている。これらは比較的低温で脱水素反応を行うことを目的としており、例えば、窒素ガスを共存させて水素分圧を下げ脱水素反応を起こりやすくする方法(特許文献3参照)、あるいは水素分離膜からの出口側を減圧にして水素回収の効率を上げる方法(非特許文献1参照)等が提案されている。
【0007】
また更に、本発明者らも、水素分離膜を備えた反応装置を用いて、PSAによる既存技術(水素回収率70−85%)と比較して高い水素回収率で高純度の水素を製造することに成功しており、具体的には、反応生成物の熱及び反応圧力を利用して効率よく且つ95%以上の高い水素回収率で99.999%以上の高純度な水素の製造に成功している(特願2005−49017号参照)。
【0008】
【特許文献1】特開2004−197705号公報
【特許文献2】特開2004−39351号公報
【特許文献3】特開2004−59336号公報
【非特許文献1】Catal Today, Vol.82, No.1, 119-125 (2003)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ところで、高純度水素の製造におけるエネルギー効率を高めるには、水素分離膜をなるべく低い温度で運転する事が好ましい。また、水素分離膜に使用される合金においては、使用温度が高いほど再結晶化による粒子成長が発生しやすく、膜強度の低下や水素透過性能の劣化などが起こるため、できるだけ低い温度で水素分離膜の運転を行う必要がある。しかしながら、長期間にわたり低い温度で水素分離膜の運転を行うと、水素分離膜における水素の回収率が運転中に徐々に低下したり、単純な運転停止方法では、次回起動した際の水素回収率が低下したりする問題がある。
【0010】
そこで、本発明の目的は、エネルギー効率が高く、長時間にわたり高い水素回収率で高純度の水素を得ることが可能な高純度水素の新規製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、芳香族炭化水素の水素化物の脱水素反応により製造される水素を主成分とする生成ガスの精製方法において、特に装置の運転条件に関して誠意検討を行った結果、水素分離膜の温度を350℃未満の低温度(第一の温度)で作動させる場合は、運転中あるいは運転終了時に当該膜を300℃以上であって且つ上記第一の温度より高い第二の温度に加熱処理することにより、運転中の加熱処理後あるいは次回起動時に再び高い回収率で高純度水素を製造できることを見出した。特に、水素分離膜の温度が150℃〜200℃の場合は、短時間で水素分離膜の水素透過性能が低下して水素回収率が低下するが、本発明の方法によれば、高い水素回収率を維持することができ、効率の良い運転が可能となる。さらには、当該膜に対し、運転終了時に水素雰囲気下において300℃以上であって且つ上記第一の温度よりも高い第二の温度で熱処理を加えることで、特段の後処理無しに、高い水素回収率で運転を継続できることを見出し、本発明を完成するに至った。すなわち、本発明は、下記1〜7に示す高純度水素の製造方法に関するものである。
【0012】
1.脱水素反応器中で芳香族炭化水素の水素化物の脱水素反応を行い、該脱水素反応により生成したガスをPd−Cuを主成分とする水素分離膜を用いて精製する高純度水素の製造方法において、
前記水素分離膜を150℃以上350℃未満の第一の温度で運転し、
前記水素分離膜の運転停止に際して、前記水素分離膜を300℃以上であって且つ前記第一の温度より高い第二の温度に加温処理した後に前記水素分離膜の運転を停止することを特徴とする高純度水素の製造方法。
【0013】
2.前記第一の温度が150℃以上300℃未満であることを特徴とする上記1に記載の高純度水素の製造方法。
【0014】
3.前記第二の温度が300℃以上450℃以下であることを特徴とする上記1に記載の高純度水素の製造方法。
【0015】
4.脱水素反応器中で芳香族炭化水素の水素化物の脱水素反応を行い、該脱水素反応により生成したガスをPd−Cuを主成分とする水素分離膜を用いて精製する高純度水素の製造方法において、
前記水素分離膜を150℃以上350℃未満の第一の温度で運転し、
前記水素分離膜における水素回収率が低下した際に前記水素分離膜の温度を300℃以上であって且つ前記第一の温度より高い第二の温度に昇温し、その後、該水素分離膜の温度を150℃以上350℃未満の第一の温度に降温して運転を継続することを特徴とする高純度水素の製造方法。
【0016】
5.前記水素分離膜における水素回収率が85%未満に低下した際に前記水素分離膜の温度を300℃以上であって且つ前記第一の温度より高い第二の温度に昇温することを特徴とする上記4に記載の高純度水素の製造方法。
【0017】
6.前記第一の温度が150℃以上300℃未満であることを特徴とする上記4に記載の高純度水素の製造方法。
【0018】
7.前記第二の温度が300℃以上450℃以下であることを特徴とする上記4に記載の高純度水素の製造方法。
【発明の効果】
【0019】
本発明の水素分離膜を用いた高純度水素の製造方法によれば、付帯設備を少なくした簡素な設備により、芳香族炭化水素の水素化物の脱水素反応を利用して、150℃以上350℃未満の低い水素分離膜温度(第一の温度)で純度99.99%以上の高純度水素を85%以上の高い水素回収率を維持しつつ連続的あるいは断続的に製造することができる。また、運転を停止する際に水素雰囲気下300℃以上であって且つ上記第一の温度よりも高い第二の温度で水素分離膜を熱処理する事により、次回起動する際に水素回収率が低下することなく、純度99.99%以上の水素を安定して継続的に製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下に、本発明の好適な実施の形態を、図1に基づいて具体的に説明する。しかしながら、本発明は、図1に示す形態に限定されるものではない。
【0021】
本発明の高純度水素の製造方法においては、原料となる芳香族炭化水素水素化物を貯蔵するタンク1から芳香族炭化水素水素化物をポンプ等でくみ上げ、予熱後、脱水素反応器2に供給して、脱水素反応を行うことが好ましい。ここで、芳香族炭化水素水素化物の予熱は、熱交換器3で行うことが好ましく、その熱源としては、燃料をバーナー4で燃焼して発生させた熱等を用いることができる。また、芳香族炭化水素水素化物の予熱には、図示しないが、水素分離膜5を透過しリサイクル用水素を抜き出した後の高純度水素や、水素分離膜5を透過せずに気液分離器6へ流れていくガス等を熱源として用いることもできる。なお、芳香族炭化水素水素化物の予熱は、上記した熱源の2つ又は3つを組み合わせて行ってもよく、この場合、複数の熱交換器を組み合わせて用いてもよい。
【0022】
また、水素製造設備の起動時に熱交換器3で十分な熱交換ができない場合は、バーナー4等の出力を調整して、脱水素反応器2及び水素分離膜5の温度をそれぞれ脱水素反応及び膜分離に十分な温度にすることにより、起動時間を短縮できる。起動の際には、触媒寿命を長くするために、図示しないが、別途畜圧器などに補充した水素をリサイクル用水素の流量が十分になるまで、脱水素反応器2に供給する事が望ましい。なお、運転を開始してリサイクル用水素の流量が十分になってからは、水素分離膜5出口の水素を脱水素反応器2入口に循環させても構わない。
【0023】
本発明に用いる芳香族炭化水素の水素化物としては、シクロヘキサン類、デカリン類が挙げられるが、脱水素反応後生じる芳香族炭化水素の安全性、取り扱いやすさから、置換基を持つものが好ましく、メチルシクロヘキサン、エチルシクロヘキサン、ジメチルシクロヘキサン、ジエチルシクロヘキサン、トリメチルシクロヘキサンなどのアルキルシクロヘキサン、メチルデカリン、エチルデカリン、ジメチルデカリン、ジエチルデカリンなどのアルキルデカリン、およびこれらの混合物を用いることが好ましい。なお、脱水素反応器2及び水素分離膜5の温度は、取り扱う芳香族炭化水素の沸点以上であることが望ましい。
【0024】
本発明に用いる脱水素反応器2には触媒を充填し、芳香族炭化水素水素化物を供給して脱水素反応を行わせる。ここで、脱水素反応器2への供給方式としては、芳香族炭化水素水素化物を液体で供給する方式、および予熱して気体で供給する方式のいずれをとることも出来るが、特には、固定床式反応器に気体で供給することが好ましい。
【0025】
また、脱水素反応器2に充填する脱水素反応触媒としては、白金、ルテニウム、パラジウム、ロジウム、スズ、レニウム、及びゲルマニウムよりなる群から選択される少なくとも1種の金属を多孔質担体に担持したものが好ましく、脱水素反応器2に供給する芳香族炭化水素水素化物の種類により、平均細孔径を適宜選択することが好ましい。すなわち、1環のシクロヘキサン類を用いる場合には、特に40〜80Åの平均細孔径を持つ触媒が好ましく、2環のデカリン類を用いる場合には、特に65〜130Åの平均細孔径を持つ触媒を選択することが好ましく、いずれも好ましい細孔径をもつ細孔の容量が全細孔容量の50%以上であることが好ましい。
【0026】
脱水素反応触媒の平均細孔径および細孔容量の比率を制御するには、触媒の担体としてAl23あるいはSiO2を用いることが好ましく、それぞれ単独で用いてもよいし、適当な割合で両者を組み合わせて用いてもよい。芳香族炭化水素水素化物が1環と2環の混合物である場合は、その組成により、好ましい平均細孔径をもつ触媒を混合して用いても良い。
【0027】
また、脱水素反応触媒における金属担持率は、0.001〜10質量%の範囲が好ましく、0.01〜5質量%の範囲が更に好ましい。金属担持率が0.001質量%未満では、十分に脱水素反応を進行させることができず、一方、10質量%を超えて金属を担持しても、金属の増量に見合う効果が得られない。
【0028】
本発明で行う脱水素反応は、上記脱水素反応用触媒の存在下、LHSV:0.5〜4hr-1、反応温度:100〜500℃、好ましくは250℃〜450℃、反応圧力:常圧〜2MPaで、水素を流通させることにより実施される。水素流通量は、水素/芳香族炭化水素水素化物のモル比で0.01〜10の範囲が好ましい。水素を流通させて脱水素反応を行うと、水素を流通させない場合に比べ、副反応を抑えることが出来、水素を効率的に製造できるだけでなく、脱水素反応後回収される油を再度水素化して芳香族炭化水素水素化物として再利用する際に含まれる不純物を少なくすることが出来る。さらに、水素を効率的に製造するには、転化率85%以上になるように反応条件を選択することが好ましい。
【0029】
脱水素反応により生成するガスは、水素を主成分とするが、その他に、未反応の芳香族炭化水素水素化物、脱水素反応により生成する芳香族炭化水素、副反応により生じるメタン、エタン等の低級炭化水素、副反応により生じるアルキルシクロペンタンなどを含むことがある。しかしながら、都市ガス、灯油、ナフサ等の改質反応により水素を製造する場合に反応生成ガス中に含まれる一酸化炭素は、芳香族炭化水素水素化物の脱水素反応生成ガス中には含まれない。
【0030】
本発明の高純度水素の製造方法では、脱水素反応直後の気相を150℃以上350℃未満、好ましくは150℃以上300℃未満の比較的低い温度(第一の温度)に加熱された水素分離膜5を用いて、純度99.99%以上の高純度水素とする。本発明の高純度水素の製造方法では、脱水素反応直後の気相からの熱エネルギーによって150℃以上350℃未満に加熱された水素分離膜5を用いて、気液分離することなく精製するため、脱水素反応生成ガスの冷却と再加熱を要していた従来技術や高い温度で水素分離膜5の運転を行う方法に比べて、エネルギー効率が高い。
【0031】
一般に、水素分離膜5の温度が低いほど、水素分離膜5の水素透過性能が低下して水素回収率が低くなるが、圧力を上昇させることで150℃程度でも85%以上の水素回収率を維持する事ができる。既存技術で利用されているメタノール改質や水蒸気改質では、発生ガスに一酸化炭素が含まれ、該一酸化炭素が水素分離膜の表面に強く吸着して、水素透過性能が著しく低下するため、水素分離膜の温度を350℃以上にする必要があったが、本発明の方法では、発生ガスには水素と原料となる芳香族炭化水素の水素化物と脱水素反応により生成した芳香族炭化水素と副反応により生成した炭化水素類のみが含まれるため、水素分離膜5の温度が150℃以上350℃未満であっても、水素分離膜5が高い水素透過性能を示す。
【0032】
本発明に用いる水素分離膜(水素透過膜)5は、Pd−Cuを主成分とする膜である。該Pd−Cu膜は、たとえば、米国特許第3,439,474号に記載の方法により作製することが出来る。
【0033】
脱水素反応による生成ガスから、上記の水素分離膜5を通して純度99.99%以上の高純度水素を製造するに際して、水素分離膜5の温度が低い場合は高い入出差圧で、一方、水素分離膜5の温度が高い場合は低い入出差圧で、85%以上の高い回収率で水素を分離できる。例えば、水素分離膜5の温度が150℃の場合は、水素分離膜5の入出差圧を0.5MPa以上とすることで、85%以上の水素回収率を確保することができる。なお、水素分離膜5の温度が高いほど水素回収率が高まるが、350℃以上では、Pd−Cu膜表面の金属粒子の再結晶化が促進され、表面に大きな粒界が生じ易くなり、水素分離膜5の入出差圧を高くすると破断する可能性があり、また、450℃を超えると、Pd−Cu膜が長時間の加熱により劣化して機械的な強度が低下したり、反応生成物が膜表面で分解して炭素析出を起こし、その結果として水素回収率の大幅な低下を引き起こすことがあるため、できる限り低い温度で水素分離膜5を運転する事が望ましい。
【0034】
ただし、系内の圧力にもよるが、水素分離膜5の温度が150℃未満では、原料となる炭化水素類が液相となり、水素分離膜の表面を液体の皮膜が覆い、その結果、気相である水素が金属表面に吸着できず、極端に水素透過性能が低下することがあり、また、炭化水素類が気相として存在できる場合でも、水素分離膜5の温度が低すぎると十分な水素透過性能を示さず、差圧を高くしても目標値となる85%の水素回収率を保持できなくなる。そのため、効率的に水素を製造するには、水素分離膜を透過して回収される水素が脱水素反応生成ガス中の水素の85%以上となるように、膜の差圧と温度をコントロールすることが好ましい。
【0035】
本発明の高純度水素の製造方法において、水素分離膜5を150℃以上350℃未満、好ましくは150℃以上300℃未満の第一の温度で運転し、運転を終了する際には、タンク1からの原料の供給を停止した後、水素分離膜5の温度をバーナー4等の熱源を調整して300℃以上、好ましくは300℃から450℃であって且つ上記第一の温度よりも高い第二の温度に加温した後に、バーナー4等を停止して運転を終了する。加温停止からの冷却時間は外気温や断熱材の量などにより大きく変わるが、10分から30分程度の時間で水素分離膜5の表面温度が100℃未満となる。
【0036】
運転停止に際しては、図示しないが、系内を安全のために窒素パージしたり、触媒や水素分離膜を十分に乾燥するために、図示しないが、畜圧器などに補充した水素を循環させたりすることも可能である。なお、本発明の方法では、Pd単一組成の水素分離膜などを使用した場合と異なり、300℃以上の高温度から常温まで水素雰囲気下で降温してもPdの水素脆化が起こらないため、複雑な手順を踏まず直ちに、系内に水素ガスが存在するまま降温することが可能である。Pd単一組成の水素分離膜の場合は、窒素パージを行わないまま水素分離膜の温度を低下させると、水素がPd金属の内部に入り込み、短期間で水素分離膜の機械的な強度が低下する。
【0037】
また、水素分離膜5の温度を150℃以上350℃未満、好ましくは150℃以上300℃未満の第一の温度にして長期間の運転を継続する際は、水素回収率をモニターする、あるいは、予め調べた水素透過性能が低下する時間ごとに膜温度が一時的に300℃以上、好ましくは300℃から450℃であって且つ上記第一の温度よりも高い第二の温度となるように、脱水素反応の反応温度を上昇させるか、あるいは単純に膜温度が300℃以上、好ましくは300℃から450℃であって且つ上記第一の温度よりも高い第二の温度となるようにバーナー4等の出力を調整して、所定の水素回収率に回復した事を確認するか、予め調べた回復可能な時間だけ膜温度を上昇させた後に、元のより低い膜温度(第一の温度)での運転条件に戻すことにより、運転を継続する事が可能となる。一般に、水素透過率は、水素分離膜の温度及び差圧に比例して上昇する。ただし、水素分離膜を350℃以上の温度にさらすと、先に述べたように水素分離膜の再結晶化が促進され、徐々にではあるが水素分離膜5での水素回収率が低くなり、150℃以上350℃未満の低温での運転が困難になる。その場合は、水素分離膜の寿命を勘案しながら、高い水素回収率を保持できる350℃以上の温度で運転を行い、経済的に運転が成り立つ水素回収率及びエネルギー効率を満たさなくなった時が水素分離膜5の寿命と判断される。
【0038】
一般に水素分離膜5は、脱水素反応に供する原料により最適な運転温度が異なる。ここで、最適な運転温度とは、透過性能と膜温度とが比例関係を維持する水素透過量最大の温度を示すが、多くの場合、水素回収率が90〜95%程度となる最低の膜温度を示す。この最適な膜運転温度は、水素分離膜への脱水素により生じる芳香族分が膜に吸着する温度並びに生成油及び原料油の沸点に関連するものと推察される。例えば、一環芳香族化合物の中では、置換基が無いベンゼン(原料はシクロヘキサン)が同一温度では最も膜表面への吸着力が強く、置換基が増えるほど、また置換基の側鎖が長いほど膜表面への吸着力が弱まり、より低い膜温度での長時間運転が可能になる。また、既に述べたように、高い圧力で運転する場合に液相となるような条件では、膜表面が液膜で覆われて水素回収率が大幅に低下する。従って、第一の温度と第二の温度は、脱水素反応に供する原料の種類により異なり、反応圧力において、原料及び生成物の沸点以上であることが好ましく、さらに沸点以外の条件としては、原料の種類と経済性やエネルギー効率などを勘案して決められる水素回収率以上となる運転条件が望まれ、第一の温度は150℃以上350℃未満であり、第二の温度は300℃以上であり、第一の温度と第二の温度とは通常50℃から100℃程度の差がある。膜表面への吸着力が弱い芳香族化合物が生成する場合は、第二の温度を300℃程度とすることで十分に膜性能を回復させることができ、この場合、第一の温度を150〜200℃程度とすることで十分な水素回収率を得ることができる。ただし、第二の温度が450℃を超える場合には、長時間高温度で処理するとPd−Cu合金の機械的な強度が低下し、また、膜と接触する炭化水素類が膜表面で反応を起こし炭化物を膜表面に生成して透過を阻害する可能性があるため、450℃以下が好ましいが、短時間でかつ原料油を流通させない状況であれば特に問題は無く、運転圧力を常圧付近とすれば機械的な強度の問題も回避可能である。
【0039】
水素分離膜5を通して製造した純度99.99%以上の高純度水素は、燃料電池自動車あるいは定置用燃料電池等の燃料電池向け燃料として用いることができるが、定常運転においてはその一部を脱水素反応器2にリサイクルし、脱水素反応に必要な流通水素として用いることが望ましい。なお、高純度水素は、脱水素反応器2に導入する前に、予め熱交換器3を通して予熱しておくことが好ましい。
【0040】
脱水素反応に必要な流通水素としては、外部から導入される水素、脱水素反応器2から出る反応生成ガスの未精製ガス中に含まれる水素、水素分離膜5を透過しなかったガスに含まれる水素を用いることも出来るが、水素純度が低いと、リサイクルしているうちに水素以外のガスの濃度が高くなってしまい、水素流通下で脱水素反応を行うことの利点が十分に得られないので、水素分離膜5を透過させて得た純度99.99%以上の高純度水素を脱水素反応器2にリサイクルすることが好ましい。
【0041】
本発明において、脱水素反応生成ガスから水素分離膜5を通らずに回収されたガスは、気液分離器6に導入され、未反応の芳香族炭化水素水素化物、脱水素反応で生成した芳香族炭化水素および副反応により発生したアルキルシクロペンタンなどの液体と、水素およびその他のガスとに分離されることが好ましい。ガス中のその他のガスには、副反応により発生した低級炭化水素、分離しきれなかった液体のベーパーが含まれる。ここで、水素およびその他のガスは、たとえば脱水素反応器2の加熱のために、他の燃料と共にバーナー4で燃焼させるなどして、熱源の原料として用いることができる。一方、未反応の芳香族炭化水素水素化物、脱水素反応で生成した芳香族炭化水素および副反応により発生したアルキルシクロペンタンなどを含む液体は、回収油タンク7に回収され、再度水素化して芳香族炭化水素水素化物として再利用することができる。
【実施例】
【0042】
以下、実施例に基づいて本発明をより詳細に説明するが、本発明は、かかる実施例によってなんら制限されるものではない。
【0043】
(参考例1)
脱水素触媒として0.5%Pt/Al23触媒(平均細孔径72.9Å、全細孔容量に占める40〜80Åの細孔容量の割合60%)10cm3を固定床流通式反応装置に充填した。芳香族炭化水素の水素化物として99.99%のメチルシクロヘキサン(MCHX)を用い、触媒層温度380℃、反応圧力0.9MPa、液空間速度(LHSV)=2hr-1、水素/オイル比(H2/Oil)=3mol/molの条件下で脱水素反応を行った。反応装置からの出口ガスを気液分離し、生成ガスと回収油の組成をガスクロにより分析したところ、脱水素反応転化率93%、補正計算後(反応装置に導入した純水素ガスの量を差し引いた)発生ガス中の水素99.983%、メタン0.01%であった。
【0044】
(参考例2)
参考例1と同様の触媒25cm3を固定床流通式反応装置に充填し、高純度水素(99.999%)を流通させながら反応器を390℃まで電気炉で加熱し、原料油として参考例1と同様のMCHXを液空間速度(LHSV)=1hr-1、水素/オイル比(H2/Oil)=1.35mol/molの条件下で流通させ、反応器入口ゲージ圧力0.75MPaとなるように圧力を調整した。発生する水素の量が一定となり安定した状態の触媒層の温度は352℃であり、その時の反応装置からの出口ガスの組成は水素:トルエン(TOL):MCHX:TOL及びMCHX以外の炭化水素=80.06:17.94:1.77:0.23(vol%)であり、転化率は91%であった。このガスを350℃の膜厚25μmのPd−40Cu膜(水素分離膜)に、分離膜入口ゲージ圧力0.75MPa、分離膜出口ゲージ圧力0.0MPaで通して選択透過させたところ、運転開始1時間後において、水素純度は99.999%以上、水素回収率は95.8%であった。なお、以下の実施例1及び2並びに比較例1において水素分離膜により回収された水素の純度は全て99.999%以上であり、水素以外の物質は検出されなかった。また、運転開始6時間後の水素回収率は96.5%であった。反応終了に当たり、内部を窒素置換や乾燥処理することなく、原料となるMCHXの流通を停止し、直ちに反応炉の熱源を止めて反応器並びに膜温度を低下させて終了させた(RUN1-1)。
【0045】
引き続き翌日にRUN1-1と同様に上記装置を起動(RUN1-2)したところ、運転開始1時間後の水素回収率は96.5%であり、運転開始6時間後の水素回収率は96.0%であった。次に、RUN1-1と同様に停止操作を行い、RUN1-2を終了した。同様に翌日同一条件で上記装置を起動(RUN1-3)したところ、運転開始1時間後の水素回収率は96.2%、6時間後の水素回収率は96.5%であり、一連の起動停止運転において、水素回収率は±0.5%以内で変動するだけであり、起動停止並びに連続運転中に水素回収率の低下は観察されなかった。
【0046】
(比較例1)
参考例1と同様の触媒25cm3を固定床流通式反応装置に充填し、触媒層温度352℃、反応器入口ゲージ圧力0.75MPa、液空間速度(LHSV)=1hr-1、水素/オイル比(H2/Oil)=1.35mol/molの条件下でMCHXを脱水素反応したところ、転化率は91%であり、反応器出口ガス組成は参考例2とほぼ同一であった。このガスを250℃の膜厚25μmのPd−40Cu膜に、分離膜入口ゲージ圧力0.75MPa、分離膜出口ゲージ圧力0.0MPaで通して選択透過させたところ、運転開始1時間後の水素回収率は89.0%、運転開始6時間後の水素回収率は88.0%であった(RUN2-1)。反応終了に当たり原料供給を絶ち、反応器出口から液体分が出なくなる60分の間、水素流通下で膜温度を250℃に保持したまま系内を乾燥させて、さらに膜温度を250℃に保ちさらに60分間十分に水素雰囲気下で乾燥処理して終了した後に、膜の温度を常温までゆっくりと降下させて装置を停止した。
【0047】
引き続き、翌日同一条件で上記装置を起動した(RUN2-2)ところ、運転開始1時間後の水素回収率は88.0%、6時間後は85.1%であった。RUN2-1と同様な方法で装置を停止して終了し、翌日同一条件で上記装置を起動(RUN2-3)したところ、運転開始1時間後の水素回収率は83.0%、6時間後の水素回収率は78.5%であった。さらに、翌日RUN2-1と同一条件で上記装置を起動したところ、運転開始1時間後の水素回収率は78.0%であり、6時間後の水素回収率は73.5%まで低下していた(RUN2-4)。
【0048】
(実施例1)
参考例1と同様の触媒25cm3を固定床流通式反応装置に充填し、参考例2と同様に起動して、触媒層温度352℃、反応器入口ゲージ圧力0.75MPa、液空間速度(LHSV)=1hr-1、水素/オイル比(H2/Oil)=1.35mol/molの条件下でメチルシクロヘキサン(MCHX)を脱水素反応した。反応転化率は参考例2の4回の実験と同一の91%であり、反応器出口ガス組成は参考例2とほぼ同一であった。このガスを250℃の膜厚25μmのPd−40Cu膜に、分離膜入口ゲージ圧力0.75MPa、分離膜出口ゲージ圧力0.0MPaで通して選択透過させたところ、運転開始1時間後の水素回収率は92.5%、運転開始6時間後の水素回収率は87.5%であった(RUN3-1)。RUN3-1の終了に当たり、水素分離膜の温度を水素流通下で300℃まで昇温した後に、直ちに冷却して運転を停止した。翌日、RUN3-1と同様に上記装置を起動し、同一条件で運転を行ったところ、運転開始1hr後の水素回収率は89.0%に回復しており、また、運転開始6hr後の水素回収率も88.0%であった(RUN3-2)。
【0049】
以上の参考例2、比較例1、実施例1の起動停止実験結果を表1にまとめる。
【0050】
【表1】

【0051】
(実施例2)
参考例1と同様の触媒25cm3を固定床流通式反応装置に充填し、参考例2と同様に起動して、参考例2の反応条件でMCHXを脱水素したところ、反応装置からの出口ガスは参考例2と同一の組成であり、転化率は91%であった。このガスを250℃の膜厚25μmのPd−40Cu膜に、分離膜入口ゲージ圧力0.75MPa、分離膜出口ゲージ圧力0.0MPaで通して選択透過させたところ、1時間後の水素純度は99.999%以上、水素回収率は89.3%であった。膜温度を250℃として運転を6時間続けたところ、水素回収率は82.5%まで低下した。運転開始6時間後の水素回収率測定後すぐに膜温度を50℃/30分で昇温して300℃とし、300℃になると同時に直ちに膜の温度を250℃に設定したところ、15分後に膜温度は250℃に戻った。運転開始から7時間後の水素回収率を再び測定したところ、水素回収率は89.5%まで回復していた。
【0052】
以上の結果から、運転停止に際して水素分離膜の温度を300℃以上であって且つ第一の温度よりも高い第二の温度にするか、運転中に水素回収率が低下した際に水素分離膜の温度を300℃以上であって且つ第一の温度よりも高い第二の温度にすることで、水素分離膜における水素の回収率を回復させられることが分る。また、この方法であれば、定常運転では、水素分離膜の温度が350℃未満であるので、Pd−Cu膜表面の金属粒子の再結晶が促進されることがなく、水素分離膜の寿命を延ばすことができる。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】本発明の高純度水素の製造方法に好適な製造装置の一例を示す模式図である。
【符号の説明】
【0054】
1 芳香族炭化水素水素化物タンク
2 脱水素反応器
3 熱交換器
4 バーナー
5 水素分離膜
6 気液分離器
7 回収油タンク

【特許請求の範囲】
【請求項1】
脱水素反応器中で芳香族炭化水素の水素化物の脱水素反応を行い、該脱水素反応により生成したガスをPd−Cuを主成分とする水素分離膜を用いて精製する高純度水素の製造方法において、
前記水素分離膜を150℃以上350℃未満の第一の温度で運転し、
前記水素分離膜の運転停止に際して、前記水素分離膜を300℃以上であって且つ前記第一の温度より高い第二の温度に加温処理した後に前記水素分離膜の運転を停止することを特徴とする高純度水素の製造方法。
【請求項2】
前記第一の温度が150℃以上300℃未満であることを特徴とする請求項1に記載の高純度水素の製造方法。
【請求項3】
前記第二の温度が300℃以上450℃以下であることを特徴とする請求項1に記載の高純度水素の製造方法。
【請求項4】
脱水素反応器中で芳香族炭化水素の水素化物の脱水素反応を行い、該脱水素反応により生成したガスをPd−Cuを主成分とする水素分離膜を用いて精製する高純度水素の製造方法において、
前記水素分離膜を150℃以上350℃未満の第一の温度で運転し、
前記水素分離膜における水素回収率が低下した際に前記水素分離膜の温度を300℃以上であって且つ前記第一の温度より高い第二の温度に昇温し、その後、該水素分離膜の温度を150℃以上350℃未満の第一の温度に降温して運転を継続することを特徴とする高純度水素の製造方法。
【請求項5】
前記水素分離膜における水素回収率が85%未満に低下した際に前記水素分離膜の温度を300℃以上であって且つ前記第一の温度より高い第二の温度に昇温することを特徴とする請求項4に記載の高純度水素の製造方法。
【請求項6】
前記第一の温度が150℃以上300℃未満であることを特徴とする請求項4に記載の高純度水素の製造方法。
【請求項7】
前記第二の温度が300℃以上450℃以下であることを特徴とする請求項4に記載の高純度水素の製造方法。


【図1】
image rotate


【公開番号】特開2007−99528(P2007−99528A)
【公開日】平成19年4月19日(2007.4.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−287602(P2005−287602)
【出願日】平成17年9月30日(2005.9.30)
【出願人】(304003860)株式会社ジャパンエナジー (344)
【Fターム(参考)】