説明

高結晶性蛍光体の調製方法

【課題】優れた発光特性を有する高品質の蛍光体の製造に適した、硫化亜鉛系化合物半導体からなる蛍光体前駆体を提供すること。
【手段】亜鉛化合物、発光中心としてドープされる金属の塩、共付活剤、および、硫黄含有化合物を混合し、130℃以上240℃以下で反応させ、硫化亜鉛母材中に発光中心金属がより均質に分散された硫化亜鉛系化合物半導体からなる高結晶性蛍光体前駆体粒子を製造することによって上記課題を解決する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、II−VI族化合物半導体、特に、硫化亜鉛を母体とした高結晶性の蛍光体前駆体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
化合物半導体を主たる構成材料とする無機組成物は、蛍光、リン光などの発光材料、蓄光材料などの分野で用いられている。これらの材料の中には、電気エネルギーによって光を発する特性を有するものがあり、光源、あるいは、表示装置の表示部に使用されている。しかしながら、現在までに知られている材料では、電気エネルギーの光変換効率が不十分であり、そのため発熱、消費電力などの点で問題があり、その用途は限定されている。
【0003】
ところで、発光材料の分野では、青色蛍光体は、青色の単色光のみならず、白色の発光を得るための材料として有用であることが広く認識されている。そのため、発光中心となる金属元素をドープすることにより青色蛍光体(又はその前駆体)が得られることが知られている硫化亜鉛系化合物半導体は以前からこの分野で研究対象とされてきたが、硫化亜鉛系化合物半導体を利用して高品質の蛍光体の製造方法を開発するためには未解決な課題が数多く残されており、現在もなお精力的な研究が続けられている。
【0004】
蛍光体の製造に使用するためには硫化亜鉛粉末の粒子の大きさ及び形状の制御が問題となる。従来、高温固相合成法が最も一般的な製造方法として知られているが、この方法では粒子成長の制御が困難であった。共沈法、水熱合成法、エマルジョン法など各種溶液法については、単独相の硫化亜鉛粉末を合成した研究結果がないため硫化亜鉛粉末に活用できるかについては不明である。
【0005】
Murphyらは、液相による硫化亜鉛の形成に関して、硝酸亜鉛、硝酸及びチオアセトアミドの溶液内反応によって水溶液中に硫化亜鉛粒子を沈殿させた後、60℃でエージングすることで、約0.5〜2μmの硫化亜鉛球形粒子が得られることを報告している(非特許文献1参照)
Akincらは、亜鉛塩とチオアセトアミドを原料として使用して、種々の陰イオンの存在下で硫化亜鉛粒子が沈殿する様相を研究例を報告している。この時、反応温度を60℃〜70℃に設定し、各々硝酸塩、硫酸塩、酢酸塩イオンの存在下で硫化亜鉛粒子を合成した場合、1次粒子の大きさは約13nmであり、2次粒子は多結晶質粒子であったことを開示している(非特許文献2)
Ytaiらは、水熱合成法を利用した研究例を報告している。酢酸亜鉛と硫化ナトリウムを使用して150℃で硫化亜鉛粉末を合成し、約10時間の反応後に合成された粉末は平均6nmの非常に微細な粒子であると報告している。
【0006】
また、特開2005−306713号公報には、水熱合成条件下に、キレート配位剤としてEDTAなどを添加し、粒子成長を試みた例が開示されている(特許文献1参照)。
更に、特開2004−520260号公報には、同じ130℃〜230℃の水熱条件下で、チオアセトアミドを硫黄源として、水熱反応を行い、高結晶性の硫化亜鉛を生成させる方法も開示されている(特許文献2)
【非特許文献1】ジャーナル オブ ケミカル ソサイエティ ファラデイ トランザクションズ(Journal of Chemical Society, Faraday Transactions) 1 1984年 80巻 563−570項
【非特許文献2】セラミック トランザクション(Ceramic Transaction) 1990年 12巻 137−146項
【非特許文献3】マテリアル リサーチ ブレティン(Material Research Bulletin) 1995年 30巻 5号 601−605項
【特許文献1】特開2005−306713号公報
【特許文献2】特開2004−520260号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、非特許文献1及び2に開示されているような、100℃以下の比較的低温の温度条件の下で液相反応によって得られる硫化亜鉛生成物は、結晶性が低く、蛍光体として使用するためには、焼成などの手法で結晶化度を向上させる必要があった。その際、粒子成長を制御することは難しく、様々な大きさの粒子が生成してしまうという問題があった。
【0008】
また、非特許文献3および特許文献1に記載された水熱条件下での結晶成長方法でも、蛍光体の製造に適した十分な結晶化度は得られてはおらず、更に高結晶化のための操作が必要である。したがって、非特許文献1及び2の場合と同様、粒子成長の制御の点に問題があった。
【0009】
一方、特許文献2には、得られた硫化亜鉛微粉末の結晶化度に関して明確な記載がなく、結晶化度の程度に関しては不明である。仮に、高結晶化度であった場合、高結晶化生成物に、発光中心となる金属元素をドープすることになる。この時、フラックスの使用が必須であり、粒径は必然的に大きくなる。その結果、結晶化度は向上するものの、粒子内への発光中心金属の分散は不均一となるため、蛍光体として充分な性能を発揮できる生成物が安定して得られるとは考え難い。更に、ドーピングを実施するにあたり、大量のハロゲン化物(例えばハロゲン化ナトリウム)を添加するなど、反応設備に深刻な損傷をもたらす可能性のある工程を採用せざるを得ず、工業的な実施は極めて困難である。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、反応条件として比較的高い反応温度を採用して硫化亜鉛を母体とする蛍光体前駆体粒子の生成を試みたところ、予想外なことに、発光中心となるドープ金属および共付活元素を硫化亜鉛母材中に取り込んだ高結晶性の蛍光体前駆体粒子が直接得られることを見出し、本発明を完成させた。
【0011】
本発明には以下のような具体的な態様が包含される。
[1] 硫化亜鉛を母体とする、高結晶性の蛍光体前駆体の製造方法であって、亜鉛化合物、発光中心としてドープされる金属の塩、共付活剤、および、硫黄含有化合物を混合し、130℃以上240℃以下で反応させることにより前記蛍光体前駆体の粒子生成物を得ることを特徴とする製造方法。
[2] 亜鉛化合物が亜鉛の有機酸塩である前記[1]に記載の製造方法。
[3] 発光中心としてドープされる金属が、銅、銀、マンガン、金および希土類元素から選択される少なくとも1種類の金属元素である前記[1]又は[2]のいずれか1項に記載の製造方法。
[4] 共付活剤が、塩素、アルミニウム、ガリウム、インジウムおよびイリジウムから選択される少なくとも1種類の元素を含む化合物である、前記[1]〜[3]のいずれか1項に記載の製造方法。
[5] 硫黄含有化合物が、チオアミド類およびチオ尿素から選択される少なくとも1種の化合物である前記[1]〜[4]のいずれか1項に記載の製造方法。
[6] 亜鉛化合物、発光中心としてドープされる金属の塩および共付活剤に含まれる金属化合物の総当量以上となるように、前記硫黄含有化合物を添加する、[1]〜[5]のいずれか1項に記載の製造方法。
[7] 亜鉛化合物、発光中心としてドープされる金属の塩および共付活剤に含まれる金属化合物の総当量に相当する前記硫黄含有化合物を添加し、次いで、硫黄含有化合物が反応溶液中に過剰となるように前記硫黄含有化合物を追加的に添加する[1]〜[6]のいずれか1項に記載の製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、蛍光体の製造に適した高結晶性の前駆体粒子を入手することが可能である。また、硫化亜鉛母材の結晶粒子を生成させた後、発光中心金属(さらには共付活元素)をドープして蛍光体前駆体粒子を製造する従来の方法と異なり、本発明では、直接、中心金属元素などがドープされた硫化亜鉛系半導体化合物からなる蛍光体前駆体を生成させることができるため、ドープ金属が母体中に均一に分散された高品質の蛍光体を製造することが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下に本発明の詳細な説明を行う。
II−VI族化合物半導体は、母体化合物の格子中に発光中心となる各種金属・非金属イオン(共付活剤)を取り込むことによって蛍光体または蛍光体前駆体をとなることが知られている。本発明では、蛍光体前駆体の製造安定性を考慮し、特に、硫化亜鉛を母体とする化合物半導体(以下「硫化亜鉛系化合物半導体」という)を使用することが好ましい。
【0014】
ところで、本特許出願において「蛍光体前駆体」の用語は「蛍光体」とは区別して用られている。すなわち、「蛍光体前駆体」は、発光中心金属、共付活元素がドープされた化合物半導体であって、熱処理等が施される前の段階にあるものを意味する。これは、化合物半導体は、金属・非金属イオンがドープされた段階では蛍光体とはなり得ず、更に熱処理等が施されることにより初めて蛍光体としての特性を発揮することが可能となるため、このような蛍光体になる前段階の化合物半導体は前駆物質として蛍光体そのものとは区別することができるからである。
【0015】
本発明において、蛍光体前駆体の母体化合物の原料として用いられる亜鉛化合物は、特に限定されるものではないが、塩化亜鉛、臭化亜鉛、ヨウ化亜鉛などのハロゲン化物;硫酸亜鉛、硝酸亜鉛、リン酸亜鉛などの鉱酸塩;ギ酸亜鉛、酢酸亜鉛、プロピオン酸亜鉛、シュウ酸亜鉛、安息香酸亜鉛などの有機酸塩;および、亜鉛アセチルアセトネートなどの錯塩を用いることができる。化合物の安定性、入手容易性に加え、水の共存下に高温で使用される反応器の腐食を抑制する必要性をも考慮するならば、有機酸塩を使用することが好ましく、ギ酸亜鉛および酢酸亜鉛が特に好ましい。
【0016】
本発明では、蛍光体前駆体の形成時に発光中心金属が硫化亜鉛の結晶格子中に取り込まれる。発光中心としてドープされる金属は、銅、銀、マンガン、金および希土類元素の少なくとも1種類である。ドーピングのために使用される化合物としては、特に限定するものではないが、塩素、臭素、ヨウ素などのハロゲン化物;硫酸亜鉛、硝酸亜鉛、リン酸亜鉛などの鉱酸塩;ギ酸亜鉛、酢酸亜鉛、プロピオン酸亜鉛、シュウ酸亜鉛、安息香酸亜鉛などの有機酸塩;および、亜鉛アセチルアセトネートなどの錯塩を使用することができる。これらは、単独で使用しても、複数を混合して使用しても構わない。蛍光体中への陰イオンの残留性を考慮して、塩化物などのハロゲン化物、有機酸塩の使用が好ましく、更に使用する反応器の材質を考慮すると、有機酸塩がより好ましい。
【0017】
ドープされる銅、銀、マンガン、金および希土類元素の量としては、特に制限されるものではないが、通常、硫化亜鉛系化合物半導体100重量部に対して5〜20000重量ppmとするのが好ましく、10〜8000重量ppmとするのがより好ましい。
【0018】
本発明において、共付活剤としてガリウム、アルミニウム、インジウム、イリジウムを用いることが出来る。共付活剤の添加のために使用するガリウム、アルミニウム、インジウム、イリジウムの化合物としては、例えば、硫化ガリウム、硫化アルミニウム、硫化インジウム、硫化イリジウムなどの硫化物を直接使用することもできるし、塩化ガリウム、臭化ガリウム、塩化アルミニウム、臭化アルミニウム、塩化インジウム、臭化インジウムなどのハロゲン化物;硫酸ガリウム、リン酸ガリウム、硝酸ガリウム、硫酸アルミニウム、リン酸アルミニウム、硝酸アルミニウム、硫酸インジウム、リン酸インジウム、硝酸インジウム、硫酸イリジウム、リン酸イリジウム、硝酸イリジウムなどの鉱酸塩;炭酸ガリウム、重炭酸ガリウム、炭酸アルミニウム、重炭酸アルミニウム、炭酸インジウム、重炭酸インジウム、炭酸イリジウム、重炭酸イリジウムなどの炭酸塩;酢酸ガリウム、ギ酸ガリウム、プロピオン酸ガリウム、安息香酸ガリウム、酢酸アルミニウム、ギ酸アルミニウム、プロピオン酸アルミニウム、安息香酸アルミニウム、酢酸インジウム、ギ酸インジウム、プロピオン酸インジウム、安息香酸インジウム、酢酸イリジウム、ギ酸イリジウム、プロピオン酸イリジウム、安息香酸イリジウムなどの有機酸塩;および、ガリウムアセチルアセトネート、アルミニウムアセチルアセトネート、インジウムアセチルアセトネート、イリジウムアセチルアセトネートなどの錯塩等を挙げることができる。これらは、単独で使用しても複数を混合して使用しても構わない。
【0019】
ドープされるガリウム、アルミニウム、インジウム、イリジウムの量には特に制限はないが、過度に多量な場合にはコスト効率的ではない上に濃度消光の原因となる可能性があるので好ましくなく、他方、あまりに少なすぎる場合にも高い蛍光効率を引き出すことができないので好ましくない。したがって、通常、硫化亜鉛系化合物半導体100重量部に対して5〜5000重量ppmとするのが好ましく、10〜1000重量ppmとするのがより好ましい。
【0020】
本発明において、共付活剤としてハロゲンを用いることが出来る。ハロゲンを導入のために用いることのできる化合物としては、第四級アンモニウムのフッ化物、塩化物、臭化物;ナトリウム、カリウム、セシウムなどのアルカリ金属のフッ化物、塩化物、臭化物、ヨウ化物;マグネシウム、カルシウム、バリウムなどのアルカリ土類金属のフッ化物、塩化物、ヨウ化物;亜鉛、カドミウム、銅、マンガン、金などの遷移金属のフッ化物、塩化物、ヨウ化物などを挙げることができる。これらの化合物に由来するフッ化物イオン、塩化物イオン、臭化物イオン、ヨウ化物イオンのいずれかを単独で用いても、複数を混合して用いてもよい。色純度、安定性を考慮して、塩素を使用することが好ましい。
【0021】
ドープされるハロゲン元素の量には、特に制限はないが、あまり多すぎると、経済的ではない上に濃度消光を引き起こす可能性があり、またあまり少なすぎると、高い蛍光効率を引き出すことができないので、いずれの場合も好ましくない。したがって、通常、硫化亜鉛系化合物半導体100重量部に対して5〜5000重量ppmとするのが好ましく、10〜1000重量ppmとするのがより好ましい。
【0022】
本発明では、硫黄の供給源となる硫黄含有化合物として、有機硫黄化合物を使用することができる。硫化ナトリウム、硫化カルシウムなどのアルカリ金属硫化物又はアルカリ土類金属硫化物を用いて、硫化亜鉛系化合物半導体を調製することも出来るが、目的生成物中に、これらの硫化物に由来する残留金属が混入することに加え、混入した異種金属が硫化亜鉛系化合物半導体の格子内に取り込まれ、その結果硫化亜鉛系化合物半導体の結晶化度が向上しないため、好ましくない。本発明に用いることができる有機硫黄化合物としては、チオホルムアミド、チオアセトアミドなどのアミド類、チオ尿素などを使用することができる。入手容易性の観点から、チオアセトアミド、チオ尿素が好ましく、目的生成物からの除去の容易性の観点から、チオアセトアミドの使用が特に好ましい。
【0023】
本発明で使用する硫黄含有化合物の量には、特に制限はないが、硫化亜鉛系化合物半導体の生成効率を考慮して、通常、使用する亜鉛化合物、発光中心金属化合物および共付活剤の使用総量に対して当量以上となるように添加することが好ましく、結晶化度の向上及び結晶粒子の成長を考慮すると、1〜10当量の範囲、経済性、操作性を考慮して、1.1〜3当量の範囲で使用することが好ましい。添加の方法としては、亜鉛化合物に対して硫黄含有化合物の全量を一回で混合しても、数回に分けて混合しても構わない。更に、亜鉛化合物と硫黄元素含有化合物とを当量になるように混合し、反応の経過を見ながら、硫黄含有化合物が過剰となるように追加することもできる。
【0024】
本発明の実施のために使用する水は、理想的には金属元素及び非金属元素を含有しないことが望ましい。なぜなら、金属元素及び非金属元素が溶存する場合には、溶存元素が生成する硫化亜鉛系化合物半導体中に残留し、著しい蛍光収率低下をもたらす可能性があるからである。本発明の実施のために現実に使用する水は、蒸発残分が1000ppm以下となることが好ましく、さらに200ppm以下となることがより好ましい。したがって、蒸留精製水やイオン交換水を用いることが好ましく、ハロゲンなどの揮発性イオンを含まないという点を考慮すると、イオン交換水を用いることがより好ましい。
【0025】
本発明において、亜鉛元素、発光中心となる金属元素(銅、銀、マンガン、金および希土類元素)および共付活剤溶液の濃度には特に制限はないが、上記各成分の濃度が金属元素や共付活剤を導入するために使用する各化合物の溶解度に依存することは言うまでもない。上記各成分の濃度は、通常、0.01モル/L〜10モル/Lの範囲に調整されていればよく、操作性、反応容器の容積効率等を考慮して、0.05〜5モル/Lに調整することが好ましい。
【0026】
同様に、硫黄含有化合物の濃度に関しても、特に制限はないが、使用する化合物(例えば硫化剤)の種類および溶解度に依存することは言うまでもない。上記化合物の濃度は、通常、0.01モル/L〜10モル/Lの範囲に調整されていればよく、操作性、反応容器の容積効率等を考慮して、0.05〜5モル/Lに調整することが好ましい。
【0027】
本発明では、水の常圧における沸点以上の温度条件、即ち水熱条件下に実施する。本発明を実施する温度に特に制限はないが、特殊な反応器の使用は固定費の増加を招くため好ましくない。よって、コスト面を考慮し、本発明の方法は、通常、110℃〜250℃の範囲、好ましくは、120℃〜240℃の範囲、より好ましくは130℃〜200℃の範囲で実施される。
【0028】
本発明では、反応器内部の圧力は、反応条件によって容易に変動し得ることから、特に制限されるべきものではないが、通常、0.1MPa〜10MPaの範囲で実施することが可能であり、反応の操作性、安全性を考慮して、0.2〜5MPaの範囲で実施することが好ましい。
【0029】
反応器内の雰囲気は、特に制限されるものではないが、酸素が存在すると生成する硫化亜鉛系化合物半導体が酸化されやすくなるため、好ましくない。したがって、本発明の方法は、通常、硫化水素、窒素などの雰囲気下で実施する。
【0030】
本発明では、反応終了後、室温に冷却し、残留する硫化水素を除去した後、反応液を遠心分離、ろ過などの方法で除去し、更に、必要に応じて、イオン交換水で、洗浄する。洗浄した後、真空、熱風などの条件下に乾燥し、目的の硫化亜鉛系族化合物半導体からなる蛍光体前駆体を得ることが出来る。
【0031】
蛍光体前駆体は、更に焼成することにより、結晶化が促進され、蛍光体としての特性を発揮できるようになる。焼成する温度としては、硫化亜鉛系化合物半導体の結晶形が変化する温度以上、硫化亜鉛系化合物半導体が昇華する温度以下で実施する。具体的には、500℃以上、1250℃以下、好ましくは700℃以上、1230℃以下で実施する。
【0032】
焼成温度までの昇温速度は、特に限定されるものではないが、通常、2.0℃/分以上、40.0℃/分以下の速度で昇温する。昇温速度が速すぎると、炉体や硫化亜鉛系化合物半導体を入れる容器が破損することがあり、また、昇温速度が遅すぎると、生産効率が低下するだけでなく、融着などを起こし、粒子の形状がいびつになるため好ましくない。かかる観点から、2.5℃以上、30.0℃以下の昇温速度で実施することが好ましい。
【0033】
本発明において、焼成時に欠落する硫黄を補うために、硫黄を添加することが出来る。添加する量は特に限定されるものではなく、通常、硫化亜鉛系化合物半導体100重量部に対して、0.1〜100重量部、より好ましくは、1〜20重量部を添加するように実施される。
【0034】
本発明において、焼成時に、その他の試剤として、硫酸亜鉛などの亜鉛化合物、酸化ガリウム、硫酸銅などの熱還元によって、導電性を付与できる化合物を添加することもできる。これらの添加物の使用量もまた制限されるものではないが、通常、硫化亜鉛系化合物半導体100重量部に対して、0.1〜100重量部、より好ましくは、1〜20重量部を添加して実施される。
【0035】
本発明において、焼成は、1回または複数回実施しても構わない。複数回を行なう場合には、最終回はその前の回より低い温度で実施することが好ましい。低い温度で実施することで、結晶性が安定化し、蛍光体としての機能が高まる場合があるので好ましい。
【0036】
焼成終了後、得られた蛍光体粒子は、ドープされなかった余分のガリウム化合物や黒色化した金属化合物を除去するために洗浄を行なう。洗浄は、中性水や、酸性水が使用される。酸成分としては、特に限定されるものではないが、塩酸、硫酸、硝酸、リン酸などの鉱酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸などの有機酸、又はそれぞれの水溶液を使用することができる。これらは、単独で使用することも出来るし、複数を混合して使用することも出来る。
【0037】
硫化亜鉛系化合物半導体は、高濃度の酸性物質と接触すると分解することがあるので、酸性水を使用する場合は、通常0.1〜20重量%の水溶液で使用することが好ましく、1〜10重量%の水溶液を使用することがより好ましい。硫化亜鉛系化合物半導体の分解、表面へのイオン残留性を考慮すると、酢酸を使用することが好ましい。
【0038】
本発明において、ドーピングされなかった銅、銀、マンガン、金および希土類元素をシアン化物溶液によって除去することも可能である。使用するシアン化物としては、入手容易性などの観点からシアン化ナトリウム、シアン化カリウムの使用が一般的であり、通常0.1〜1重量%の濃度の水溶液を硫化亜鉛系化合物半導体1gに対し、10〜100重量倍使用する。洗浄後は、シアンの残留を防ぐために、シアンが検出されなくなるまでイオン交換水で洗浄を行なうことが安全性の観点からも好ましい。
【0039】
洗浄して得られた蛍光体は、更に、真空、熱風などの方法で乾燥し、所望の蛍光体を得ることが出来る。蛍光体が形成されたことは、紫外線照射の量子効率によって確認することができる。量子効率とは、入射光による励起によって放出された光子の数と物質に吸収された入射光の光子の数の比であり、この数値が大きいほどドーピングの効果が高いことを意味する。量子効率は、分光光度計によって計測することが出来る。
【実施例】
【0040】
本発明を、以下に実施例を挙げて詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものでなく、本発明の技術的思想の範囲から逸脱することなく実施例を適宜修正、変更を加えて実施できることは言うまでもない。
【0041】
粉末X線回折測定は、株式会社リガク製 回転対陰極型X線回折装置 RINT−2400(回転対陰極:Cuターゲット)を使用して実施した。
また、ピークの半値幅および結晶子サイズの算出は、X線回折装置に付属する粉末X線回折パターン総合解析ソフト JADE6.0を使用して行った。
【0042】
蛍光体の量子効率測定には、日本分光株式会社FP−6500分光蛍光光度計を使用した。入射光の波長は350nmであり、量子効率の算出には同分光光度計に付属のソフトウエア(Spectra Manager for Windows(登録商標) 95/NT ver.1.00.00)を使用した。
【0043】
実施例1
チタン製300mlオートクレイブに、酢酸亜鉛2水和物32.93g(0.15モル)、チオアセトアミド16.91g(0.225モル)、酢酸11.25g(0.19モル)、酢酸銅1水和物31.95mg(0.16ミリモル)、硝酸ガリウム8水和物4.17mg(0.01ミリモル)を取り、150mlのイオン交換水を添加した。温度計ホルダおよび攪拌器をオートクレイブに装着し、反応容器内を窒素置換した後、200℃まで昇温させ、昇温後4時間加熱攪拌した。そのときの圧力は2MPaであった。4時間後、室温まで冷却し、遠心分離により反応液を除去し、イオン交換水500gで5回洗浄を行なった。洗浄終了後、100℃で12時間乾燥し、無色の微粉末生成物14.3gを得た。得られた硫化亜鉛系化合物半導体の粉末X線回折測定を行った。測定の結果得られた硫化亜鉛の特徴的なピーク(2θ=28.5°)の半値幅及び結晶子のサイズを表1に示す。
【0044】
実施例2
反応液中に含まれる化合物の濃度が1.5倍となるように各化合物の使用量を変更した以外は、実施例1と同様の手順に従い、無色の微粉末生成物を得た。粉末X線回折測定の結果を表1に示す。
【0045】
比較例1
実施例1において、酢酸を添加せず、エチレンジアミン4酢酸2ナトリウム2水和物55.33g(0.15モル)を添加した以外は、実施例1と同様の手順に従い、無色の微粉末生成物を得た。粉末X線回折測定の結果を表1に示す。
【0046】
比較例2
比較例1において、チオアセトアミドに代えて、硫化ナトリウム9水和物48.86g(0.225モル)を使用した以外は、比較例2と同様の手順に従い、無色の微粉末生成物を得た。粉末X線回折測定の結果を表1に示す。
【0047】
比較例3
実施例1において、酢酸亜鉛およびチオアセトアミド以外の化合物を使用せず、代わりに塩化ナトリウム6.13gを添加した以外は、実施例1と同様の手順に従い、無色の微粉末生成物を得た。粉末X線回折測定の結果を表1に示す。
【0048】
【表1】

【0049】
生成した結晶の状態を評価するために半値幅と結晶子サイズを算出した。半値幅が小さいほど結晶化度が高く、結晶子サイズが大きいほど結晶成長が進んでいると概ね評価することができる。比較例1は、結晶化のためにキレート剤を用いる方法との比較のため、又、比較例2は、硫化剤として有機硫黄化合物ではなく硫化ナトリウムを用いた方法との比較のために、それぞれ参照することができる。これらの比較例を、本発明に対応する実施例と比較すると、本発明の実施例の方が、比較例に比べ半値幅が小さく、又、結晶子サイズが大きくなっている。このことから、ドープ金属を含む、結晶化度が高い硫化亜鉛系化合物半導体の結晶を成長させるためには、キレート剤の使用はむしろ好ましくはないこと、また、硫化剤には有機硫黄化合物を使用することが好ましいことが分かる。
【0050】
参考例1
実施例1で得られた蛍光体前駆体10gに、塩化マグネシウム1.7g、酢酸銅22mgを添加し、硫黄3gを添加した後、窒素雰囲気下、900℃にて4時間焼成した。焼成後、固体粒子を10重量%酢酸水溶液200gで洗浄し、更にpHが6になるまで、イオン交換水で洗浄した。固体粒子を150℃にて15時間乾燥した。乾燥物7gに硫酸亜鉛1.75g、硫酸銅0.18g、硫黄0.7gを添加し、再び、窒素雰囲気下、700℃にて4時間焼成した。焼成後、固体粒子を10重量%酢酸水溶液200gで洗浄し、更にpHが6になるまで、イオン交換水で洗浄した。固体粒子を150℃にて15時間乾燥した。得られた蛍光体は発光色556nmであり、量子収率は50.2%であった。
【0051】
参考例2
比較例3で調製した蛍光体前駆体を用いた以外は、参考例1と同様に行なった。蛍光体の発色は540nmであり、量子効率は21.2%であった。
【0052】
上記参考例で得られた蛍光体の量子収率の値を比較すると、参考例1に用いた銅とガリウムのドーピング効果が、参考例2におけるドーピング効果を大きく上回っていることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明の製造方法によって得られる、ドープ金属が母体中に均一に分散され且つ高結晶性の蛍光体前駆体は、優れた蛍光特性を示す高品質の蛍光体を製造するための原料として有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
硫化亜鉛を母体とする高結晶性の蛍光体前駆体の製造方法であって、亜鉛化合物、発光中心としてドープされる金属の塩、共付活剤、および、硫黄含有化合物を混合し、130℃以上240℃以下で反応させることにより前記蛍光体前駆体の粒子生成物を得ることを特徴とする製造方法。
【請求項2】
亜鉛化合物が亜鉛の有機酸塩である請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
発光中心としてドープされる金属が、銅、銀、マンガン、金および希土類元素から選択される少なくとも1種類の金属元素である請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項4】
共付活剤が、塩素、アルミニウム、ガリウム、インジウムおよびイリジウムから選択される少なくとも1種類の元素を含む化合物である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項5】
硫黄含有化合物が、チオアミド類およびチオ尿素から選択される少なくとも1種の化合物である請求項1〜4のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項6】
亜鉛化合物、発光中心としてドープされる金属の塩および共付活剤に含まれる金属化合物の総当量以上となるように、前記硫黄含有化合物を添加する、請求項1〜5のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項7】
亜鉛化合物、発光中心としてドープされる金属の塩および共付活剤に含まれる金属化合物の総当量に相当する前記硫黄含有化合物を添加し、次いで、硫黄含有化合物が反応溶液中に過剰となるように前記硫黄含有化合物を追加的に添加する請求項1〜6のいずれか1項に記載の製造方法。

【公開番号】特開2009−161680(P2009−161680A)
【公開日】平成21年7月23日(2009.7.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−1945(P2008−1945)
【出願日】平成20年1月9日(2008.1.9)
【出願人】(506297717)クラレルミナス株式会社 (20)
【Fターム(参考)】