説明

高送り切削用表面被覆超硬合金製エンドミル

【課題】高送り切削に使用しても、切刃の欠損をより確実に抑制することが可能な高送り切削用表面被覆超硬合金製エンドミルを提供する。
【解決手段】Coを主な結合相とする炭化タングステン基超硬合金よりなる切刃部を有し、この切刃部の表面に硬質皮膜が被覆された表面被覆超硬合金製エンドミルであって、この炭化タングステン基超硬合金における抗磁力Hc(kA/m)を16.0≦Hc≦34.0の範囲とし、かつ熱伝導度λ(W/m・K)を120−2Hc≦λ≦120の範囲とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特に高送り加工に用いて好適な高送り切削用表面被覆超硬合金製エンドミルに関するものである。
【背景技術】
【0002】
金型などの切削加工には、Coを主な結合相とする炭化タングステン(WC)基の超硬合金よりなるエンドミルが用いられている。このようなエンドミルとしては、軸線回りに回転される外形略円柱状のエンドミル本体の先端部が切刃部とされ、この切刃部の外周に形成された切屑排出溝の回転方向を向く壁面の辺稜部に切刃が形成された、いわゆるソリッドのエンドミルが、例えば特許文献1などを初めとして多く提案されている。また、このような超硬合金よりなるエンドミル本体の表面にTiの炭化物、窒化物、炭窒化物、TiとAlの複合炭化物、複合窒化物、複合炭窒化物、TiとAlとSiとの複合窒化物などの硬質皮膜を被覆した表面被覆超硬合金製エンドミルも、例えば特許文献2などを初めとして多数提案されている。
【特許文献1】特開2005−246492号公報
【特許文献2】特開2004−174616号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
ところで、近年、上述した金型などの切削加工においては高能率加工に対する要求が強くなってきており、特にエンドミルの送り速度を高めて高能率切削を行う、いわゆる高送り切削が多用されるようになっている。ところが、このような高送り切削用エンドミルでは当然にエンドミル本体に対する負担が大きく、特に切刃に欠損が生じ易いという問題がある。
【0004】
ここで、上記特許文献1記載のエンドミルでは、上記切刃のうち外周刃と底刃とが交差するコーナ刃をエンドミル本体の先端外周側に凸となるように湾曲させたラジアスエンドミルにおいて、このコーナ刃の逃げ角を外周刃の先端から底刃の外周端に向けて漸次減少させることにより、切刃強度を確保して高送り切削でも切刃に欠けやチッピングを生じることがないようにしている。一方、特許文献2記載のエンドミルでは、エンドミル本体を形成する超硬合金において結合相となるCoが微細Co粒分散組織となるようにして強靱性をもたせ、高送り切削条件で発生する強い機械的衝撃にも切刃にチッピングが発生するのを防いでいる。
【0005】
しかしながら、特許文献1のように切刃部の形状を改良したり、あるいは特許文献2のようにエンドミル本体を形成する超硬合金の組織を制御したりしたエンドミルでも、高硬度の被削材をより高い送り速度で高送り切削する場合には、切刃の欠損を十分に抑制することは困難であった。そこで、本発明は、このような高送り切削に使用しても、切刃の欠損をより確実に抑制することが可能な高送り切削用表面被覆超硬合金製エンドミルを提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
ここで、超硬合金製エンドミルの耐欠損性を高めるためには、一般的にはCo量を増加させて靱性を高めることが考えられる。ただし、Co量を増加させると超硬合金の硬度が低下し、耐摩耗性も低下するため、超硬合金におけるWC粒径を微粒化することにより硬度を高めることが考えられる。
【0007】
一方、本発明の発明者がこうしてCo量を増加させるとともにWC粒径を微粒化した種々の超硬合金製エンドミルによって様々な条件で高送り切削試験を重ねたところ、切刃にかなりの発熱が発生していることが認められた。そこで、本発明の発明者は、これらCo量およびWC粒径との関係で、超硬合金の母材が熱的損傷を受けることが高送り切削における切刃の欠損の要因となるのではないかと考え、エンドミル本体を形成する超硬合金について、そのWC粒径や主な結合相となるCo量、あるいは粒成長抑制剤の種類や量についてさらに様々な実験を行った結果、炭化タングステン基超硬合金においてこれらWC粒径およびCo量と関係する抗磁力と熱的損傷に関係する熱伝導度とが所定の範囲で特定の関係にあるときには、より送り速度の高い高送り切削の条件下でも優れた耐欠損性を発揮することができるという知見を得るに至った。
【0008】
本発明は、このような知見に基づいてなされたもので、Coを主な結合相とする炭化タングステン基超硬合金よりなる切刃部を有し、該切刃部の表面に硬質皮膜が被覆された表面被覆超硬合金製エンドミルであって、上記炭化タングステン基超硬合金における抗磁力Hc(kA/m)が16.0≦Hc≦34.0の範囲であり、かつ熱伝導度λ(W/m・K)が120−2Hc≦λ≦120の範囲であることを特徴とする。
【0009】
ここで、炭化タングステン基超硬合金における抗磁力は、結合相であるCoの磁気特性に基づくものであり、Co量が同じであればWC粒径が小さいほど、すなわち超硬合金の硬度が高いほど個々のCoの磁区が細かく分割されてその数が多くなり、抗磁力も大きくなる。従って、エンドミル本体を形成する超硬合金の抗磁力が高くなると、硬度も増大して切刃の耐欠損性は向上するのであるが、この抗磁力が大きくなりすぎると、WC粒径が微粒化されすぎたり、あるいはCo量が少なすぎたりすることになり、エンドミル本体の靱性が不足して却って工具寿命を短縮することになるので、本発明ではこの抗磁力Hc(kA/m)を16.0≦Hc≦34.0の範囲としている。ちなみに、抗磁力Hc(kA/m)が16.0未満であると硬度が不十分で耐摩耗性が不足し、高送り切削を行うことはできない。
【0010】
一方、本発明の発明者による上記実験によると、超硬合金の熱伝導度は抗磁力が高くなるほど略これに比例して低下する傾向にあり、抗磁力が上記範囲内であっても抗磁力に対して熱伝導度が特定の範囲内でなければ、高送り切削条件下では切刃に発生した切削熱が発散されずに、超硬合金の硬度の向上による切刃の耐欠損性を熱的損傷が上回ってしまい、欠損を十分に抑制できないことが分かった。そこで、本発明では抗磁力Hc(kA/m)に対して熱伝導度λ(W/m・K)を120−2Hc≦λの範囲としており、これにより切刃の硬度、強度と熱伝導性、熱発散性とを調和させて欠損の発生を効果的に抑制することが可能となる。ただし、この熱伝導度が高すぎるとやはりCo量が少なくなりすぎることになって靱性の不足を招くため、本発明ではこの熱伝導度λ(W/m・K)の上限を120としている。
【0011】
なお、エンドミル本体は、切刃が形成されるその先端側の切刃部が少なくともこのような炭化タングステン基超硬合金により形成されていればよく、従って後端側のシャンク部等を含めてエンドミル本体全体がかかる炭化タングステン基超硬合金によって形成されていても勿論構わない。また、このような表面被覆超硬合金製エンドミルによる高送り切削としては、例えば35〜55HRC程度の硬さを有する鉄鋼材料を被削材とした場合に、切刃の外径(直径)Dが3mm以上のときには切刃1刃当たりの送り量が0.3mm/刃以上の送り速度、切刃の外径(直径)Dが3mm未満のときには同じく切刃1刃当たりの送り量がこの外径D(mm)に対して0.05×D/刃以上の送り速度となるような切削条件である。
【0012】
一方、超硬合金製エンドミルの切刃部の表面に被覆される硬質皮膜は、切刃の耐摩耗性を高めるとともに耐熱性および耐酸化性を改善することにより切刃の損傷を抑制し、耐欠損性を向上させるものであるが、このような硬質皮膜としては、Al、Si、Ti、V、Crのうちの1種または複数種の元素の窒化物または炭窒化物よりなる皮膜を、単層で、または複数層積層されて被覆されたものとすることが、切刃の耐欠損性を一層向上させるうえで望ましい。さらにまた、こうして硬質皮膜が被覆される上記切刃部の切刃にホーニング幅が5〜30μmのホーニング処理を施すことにより、さらに一層の耐欠損性の向上を図ることができる。
【発明の効果】
【0013】
以上説明したように、本発明によれば、エンドミル本体の切刃部を、所定の範囲の抗磁力と、これと特定の範囲の関係の熱伝導度とを有する炭化タングステン基超硬合金によって形成することにより、切刃の硬度および強度と切刃部の熱伝導性すなわち切削熱の発散性とをバランスさせて、確実かつ効果的に切刃の耐欠損性の向上を図ることができる。従って、被削材が高硬度であってもより高い送り速度で切削加工を行うことができ、近年の金型などの切削加工における高能率加工に対する要求をも十分に満足し得る高送り切削用表面被覆超硬合金製エンドミルを提供することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明の実施の形態について、具体的な実施例に基づいて説明する。
【実施例】
【0015】
本実施例では、原料粉末として平均粒径がそれぞれ0.3〜1.5μmのWC粉末、1.1μmのVC粉末、1.3μmのCr粉末、0.9μmのTaC粉末、および1.3μmのCo粉末を用いて、これらを次表1にそれぞれ示す配合組成で適宜配合した。ただし、この表1の配合組成における残部はWCである。
【0016】
そして、こうして配合した原料粉末それぞれを、アトライタにてアルコールを溶媒として原料粉末に対し1質量%のパラフィンワックスを加えて8時間混合し、混合後乾燥して得られた粉末を金型に充填して100MPaの圧力で所定の寸法の丸棒成形体にプレス成形し、次いで脱ワックス処理した後、1.3Paの真空中で1350〜1450℃に加熱昇温して1時間保持することにより焼結処理し、さらにこの焼結温度のままArを導入して雰囲気圧力を6MPaまで加圧した状態で1時間保持してHIP処理を施すことにより、表1に基体記号A〜Lで示す10種の丸棒状の超硬合金素材を得た。これらの素材の抗磁力および熱伝導度を測定した結果を、表1に合わせて示すとともに、その関係について図1に示す。なお、表1には、測定された抗磁力Hc(kA/m)に対する120−2Hcの値も合わせて示してある。また、この図1における符号Sの直線は、抗磁力Hc(kA/m)に対して熱伝導度λ(W/m・K)が120−2Hc=λの関係である場合を示している。
【0017】
【表1】

【0018】
こうして得られた基体記号A〜Lの丸棒状超硬合金素材に対し、それぞれ研削加工によってその先端部に切屑排出溝を形成して切刃を研ぎ付けることにより、次表2に工具番号1〜12で示す同形同大の12種の2枚刃ボールエンドミルを製造した。なお、これらのボールエンドミルは、切刃の外径(直径)Dが6mmで、底刃R半径は3mmであり、切刃にはホーニング幅が5μmのホーニング処理を施した。さらに、これらのボールエンドミルの切刃部表面に、表2に組成と層厚をそれぞれ示す各硬質被覆層よりなる硬質皮膜をアークイオンプレーティング法によって被覆し、本発明に係わる実施例の表面被覆超硬合金製エンドミル(工具番号1〜6)と、これに対する比較例の表面被覆超硬合金製エンドミル(工具番号7〜12)を製造した。
【0019】
【表2】

【0020】
そして、これら実施例と比較例の表面被覆超硬合金製エンドミルにより、
被削材:SKD61(硬さ52HRC)、
エンドミル回転速度:16000min−1
送り速度:9600mm/min(1刃当たりの送り量0.3mm)、
切り込み量:軸方向0.3mm、ピックフィード1.8mm、
切削方式:ダウンカット、
冷却方式:エアブロー、
エンドミル突き出し長さ:21mm、
切削長:200m、
の切削条件で第1の切削試験を行い、切削長50mごとに切刃の損傷を観察して、0.2mmを越える摩耗幅の逃げ面摩耗が確認された場合、または0.2mmを越える大きさの欠損が切刃に発生した場合を寿命として、エンドミル寿命を判別した。この切削試験結果を表2に合わせて示す。
【0021】
従って、この表2の切削試験結果より、本発明に係わる実施例の工具番号1〜6のボールエンドミルでは切削長200m切削完了時でも寿命には達しておらず、すなわち0.2mmを越えるような逃げ面摩耗や切刃の欠損は認められていなかったのに対し、同じ硬質皮膜を被覆した比較例の工具番号7〜12のボールエンドミルでは、いずれも切削長200mmに達する前に欠損や摩耗により寿命となってしまった。このうち、抗磁力Hc(kA/m)が34.0を上回る基体記号Gよりなる超硬合金素材から製造された工具番号7のボールエンドミルでは切刃の靱性が乏しいために欠損が生じて寿命に達してしまい、逆に抗磁力Hc(kA/m)が16.0を下回る基体記号Iの超硬合金素材から製造された工具番号9のボールエンドミルでは耐摩耗性不足のため逃げ面摩耗の増大により寿命に達していた。一方、抗磁力Hc(kA/m)が16.0≦Hc≦34.0の範囲であっても、熱伝導度λ(W/m・K)が120−2Hcを下回る基体記号H,J,K,Lの超硬合金素材から形成された工具番号8,10,11,12のボールエンドミルでは、いずれも切刃の欠損により工具番号7,9のボールエンドミルよりも早期に寿命が費えていた。
【0022】
次に、表1に示した基体記号A〜Lの超硬合金素材から、研削加工により次表3に示す切刃外径D(直径)、底刃R半径、および切刃ホーニング量の工具番号13〜22の2枚刃ボールエンドミルを製造した。なお、これらのボールエンドミルにおいては、切刃部の表面に層厚が3μmの単層の(Al,Ti)N硬質被覆層よりなる硬質皮膜をアークイオンプレーティング法によって被覆した。従って、これらのボールエンドミルのうち、工具番号13,15〜17,19,21が本発明に係わる実施例の表面被覆超硬合金製エンドミルとなり、残りの工具番号14,18,20がこれに対する比較例となる。ただし、実施例のうちでも工具番号13のエンドミルはホーニング量が30μmを越える32μmであり、工具番号16のエンドミルはホーニング量が5μmを下回る2μmとされている。
【0023】
【表3】

【0024】
そして、こうして得られた表面被覆超硬合金製エンドミルについて、工具番号13,14のものに対しては表4の切削条件アに基づき、工具番号15〜18のものに対しては表4の切削条件イに基づき、工具番号19,20のものに対しては表4の切削条件ウに基づき、工具番号21,22のものに対しては表4の切削条件エに基づき、それぞれ切削長5mとして第2の切削試験を行い、その際の工具寿命を第1の切削試験の場合と同様の評価で判別した。この切削試験結果を、工具番号13,14のものについては表5に、工具番号15〜18のものについては表6に、工具番号19,20のものについては表7に、工具番号21,22のものについては表8に、それぞれ送り速度(1刃当たりの送り量)とともに示す。
【0025】
【表4】

【0026】
【表5】

【0027】
【表6】

【0028】
【表7】

【0029】
【表8】

【0030】
ただし、この第2の切削試験においては、工具番号13〜22の表面被覆超硬合金製エンドミルをそれぞれ3本ずつ用意して同一の各条件に基づいて3回の試験を行い、しかも切削長5mの切削試験を終了した時点で寿命と判定されていない場合には、次に1刃当たりの送り量を表5〜8に示したように順次増大させるようにして同じく切削長5mの切削試験を行い、こうしてすべてのエンドミルが寿命に達するまで切削試験を行った。表5〜8において○印は寿命に達していないことを示し、×印はそのときの送り速度(1刃当たりの送り量)で寿命に達したことを示しており、−印になっているのはその前の切削で寿命に達していることを示している。
【0031】
これら表5〜8の切削試験結果より、まず表5によれば、本発明に係わる実施例の工具番号13のエンドミルの方が、比較例となる工具番号14のエンドミルに比べて寿命が長く、しかも1刃当たりの送り量が大きい高送り切削となっても高い耐欠損性、耐摩耗性が発揮されているのが分かる。また、表6の結果からも、同様に本発明に係わる実施例の工具番号15〜17のエンドミルの方が、比較例となる工具番号18のエンドミルに比べて寿命が長いことが明らかであるが、これら実施例のうちでもホーニング量(ホーニング幅)が5〜30μmの範囲とされた工具番号15,17のエンドミルの方が、この範囲よりも小さなホーニング量とされた工具番号16のエンドミルよりも長寿命であった。さらに、こうして本発明に係わる実施例のエンドミルの方が長寿命であることは、表7,8に示したように切刃の外径(直径)が4mmや1mmの小径のエンドミルにおいても共通するものであった。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本発明の実施の形態における実施例と比較例に係わる超硬合金素材の抗磁力と熱伝導度との関係を示す図である。
【符号の説明】
【0033】
S 抗磁力Hc(kA/m)に対して熱伝導度λ(W/m・K)が120−2Hc=λの関係である場合を示す直線

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Coを主な結合相とする炭化タングステン基超硬合金よりなる切刃部を有し、該切刃部の表面に硬質皮膜が被覆された高送り切削用表面被覆超硬合金製エンドミルであって、
上記炭化タングステン基超硬合金における抗磁力Hc(kA/m)が
16.0≦Hc≦34.0
の範囲であり、かつ熱伝導度λ(W/m・K)が
120−2Hc≦λ≦120
の範囲であることを特徴とする高送り切削用表面被覆超硬合金製エンドミル。
【請求項2】
上記硬質皮膜は、Al、Si、Ti、V、Crのうちの1種または複数種の元素の窒化物または炭窒化物よりなる皮膜が、単層で、または複数層積層されて被覆されたものであることを特徴とする請求項1に記載の高送り切削用表面被覆超硬合金製エンドミル。
【請求項3】
上記切刃部の切刃にホーニング幅が5〜30μmのホーニング処理が施されていることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の高送り切削用表面被覆超硬合金製エンドミル。

【図1】
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【公開番号】特開2008−93800(P2008−93800A)
【公開日】平成20年4月24日(2008.4.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−280141(P2006−280141)
【出願日】平成18年10月13日(2006.10.13)
【出願人】(000006264)三菱マテリアル株式会社 (4,417)
【Fターム(参考)】