説明

高電圧電気ケーブル

【課題】ポリエチレンおよびスチレン系共重合体に基づく電気絶縁層を備えると共に、その厚さにわたって良好で均一な誘電特性を持つ電気ケーブルの提供。
【解決手段】導体要素2と、該導体要素2を取り囲む電気絶縁層4とを備える電気ケーブルに関する。該電気絶縁層は、ポリエチレンおよびスチレン系共重合体を含む混合物から得られる。該ポリエチレンは、重合の異なる条件下で生成され、結果として各フラクションについて異なる分子量となる、少なくとも2つのポリエチレンフラクションの混合物であるマルチモーダルなポリエチレンである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリエチレンおよびスチレン系共重合体に基づく電気絶縁層を有する電気ケーブルに関する。典型的には、本発明は、限定されるものではないが、高電圧または超高電圧の直流(HVDC;high or very high voltage direct current)および高電圧または超高電圧の交流(HVAC;high or very high voltage alternating current)のための電力ケーブルの分野に適用される。
【背景技術】
【0002】
これらの電力ケーブルは、典型的には、60キロボルト(kv)から600kvのためのケーブルである。
【0003】
特許文献1は、高電圧ないし超高電圧の直流(DC)電気ケーブルについて記述する。当該高電圧ないし超高電圧DC(HVDC)電気ケーブルは、中心の導体要素と、該中心の導体要素の周囲に同軸方向に、内側の半導電性シールドと、押出成形された電気絶縁層と、外側の半導電性シールドと、保護金属シールドと、外側の保護シースと、を順に備える。
【0004】
押出成型された電気絶縁層は、ポリエチレンおよびスチレン系共重合体を含む混合物からなり、該混合物におけるスチレンの含有量は、重量で11%から18%の範囲にある。それにもかかわらず、導体の周囲に当該混合物を押出成型するとき、そのように形成された電気絶縁層は、均一でない厚さとなり、よって表面は、外観上円筒形に見えない。その結果、電気絶縁層の誘電特性が影響を受け、当該層の厚さ全体にわたって誘電特性が同一にならない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】FR2805656
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、ポリエチレンおよびスチレン系共重合体に基づく電気絶縁層を備えると共に、その厚さにわたって良好で均一な誘電特性を持つ電気ケーブルを提案することによって、上記の問題を解決することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
そのため、本発明は、導体要素と、該導体要素を取り囲む電気絶縁層を備える電気ケーブルを提供し、ここで、当該電気絶縁層は、ポリエチレンおよびスチレン系共重合体を含む混合物から得られ、当該ポリエチレンは、マルチモーダルなポリエチレンである。
【0008】
本発明により、電気絶縁層の誘電特性は、驚くほど最適化される。当該層における電荷の量(すなわち、空間電荷)、より具体的には、当該層にいわゆる“トラップ(捕獲)”される電荷の量は、高電圧ないし超高電圧DCの場合に十分に最小化され、これによって、電気ケーブルが故障するというリスクを極めて低くすることができる。
【0009】
“マルチモーダル”なポリエチレンという用語は、重合の異なる条件下で生成され、結果として各フラクションについて異なる分子量となる、少なくとも2つのポリエチレンフラクションの混合物を意味するのに用いられる。マルチモーダルなポリエチレンが、異なる分子量の2つのみのポリエチレンフラクションを持つとき、このポリエチレンは“バイモーダル”であると呼ばれる。
【0010】
異なる分子量を持つ上記フラクションの化学的性質は同じであり、すなわち、ポリエチレンフラクションは、たとえば、エチレン系共重合体(コポリマー)のフラクションのみによって、またはエチレン系ホモコポリマー(homocopolymer)のフラクションのみによって構成されることができる。
【0011】
なお、フラクションの化学的性質が異なっていることも可能である。こうして、1つまたは複数のフラクションは、エチレン系コポリマーによって構成されることができる一方、他の1つまたは複数のフラクションは、エチレン系ホモコポリマーによって構成されることができる。
【0012】
好ましくは、電気絶縁層は、架橋されておらず、これによって、空間電荷密度を増加させる原因となる、架橋の副生成物が生じるのを回避することができる。
【0013】
より好ましい実施形態では、スチレンの上記混合物における含有量は、重量で10%を超えず、さらに好ましくは重量で9%を超えず、さらに好ましくは重量で8%を超えない。この上限により、当該絶縁層の厚さにわたって顕著で均一な誘電特性を得ることができると共に、良好な機械特性を保持することができるという利点が生じる。また、この上限により、導体要素の周りの電気絶縁層について、とりわけ10ミリメートル(mm)より大きい厚さについて、最適な一定の厚さを生成することができる。
【0014】
他の実施形態においては、当該混合物におけるスチレンの含有量は、電荷が、電気絶縁層において良好に行き渡ることを確実にするために、重量で4%より小さい。
【0015】
本発明の当該混合物で使用されるポリエチレンは、好ましくは、バイモーダルなポリエチレンである。さらに、ポリエチレンは、中密度または高密度のポリエチレンであることができ、これにより、本発明の電気ケーブルは、特に高電圧ないし超高電圧の直流電力ケーブルにおいて、80℃程度の高温で良好に動作することができる。
【0016】
本発明の当該混合物におけるスチレン系共重合体は、好ましくは、スチレンとブタジエンの共重合体、およびスチレンとイソプレンの共重合体から選択され、より具体的には、水素が添加された3−シーケンス(3連鎖)の共重合体(hydrogenated three-sequence copolymer)であることができる。
【0017】
具体的な一実施形態において、本発明の電気ケーブルの絶縁層は、少なくとも10mmの厚さを持つ。
【0018】
本発明の他の特徴及びその利点は、図1(これは、本発明の好ましい実施形態における電気ケーブルの透視図である)を参照してなされる本発明の電気ケーブルの、限定されることのない一例に関する以下の説明に照らして、明らかになるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の好ましい実施形態における電気ケーブルの透視図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
説明を明瞭にするため、本発明を理解するための本質的な要素のみが図示されており、また、これらは正しい寸法比で図示されているわけではない。
【0021】
図1に示される高電圧ないし超高電圧DC(直流)電力ケーブル1は、中心部の導体要素2と、該導体要素の周囲に同軸方向に、内側の半導電性シールド3と、電気絶縁層4と、外側の半導電性シールド5と、保護金属シールド6と、外側の保護シース7とを順に備える。
【0022】
このように、シールド3,5,6および外側の保護シース7を設けるのが好ましいが、本発明に従って作成されるのは、電気絶縁層4である。
【0023】
電気絶縁層4は、典型的には、導体要素2の周囲に押出成形される。保護構造は、金属シールド6および外側の保護シース7を備えるが、水で膨張するとともに半導電性であり、好ましくは外側の半導電性シールドと保護金属シールドの間に配置される保護ストリップ(図示せず)や、好ましくは外側の保護シース7の周囲に配置されるスチールワイヤからなる金属の補強材や、好ましくは外側の保護シース7の周囲に配置されるポリプロピレン糸のような、他の保護要素を含むこともできる。ケーブルの保護構造は、既知のタイプのものでよく、本発明の範囲外である。
【0024】
図1の例では、電気ケーブル1の電気的に絶縁された層4は、架橋されておらず、マルチモーダルなポリエチレンおよび水素添加された3−シーケンスのスチレン系共重合体の混合物から取得される。当該混合物におけるスチレンの含有量は、重量で10%を超えない。
【0025】
さらに、当該混合物は、たとえば押出成形機において作業している間に該混合物の劣化を制限するよう酸化防止剤を含んでもよい。
【0026】
本発明の混合物によって得られる利点を示すため、本出願人は、以下の表1に示すように、混合物から様々な同じ厚さのサンプルを作成した。これらのサンプルは、架橋されていない。
【表1】

【0027】
混合物M−A、M−B、およびM−Cは、いわゆる“比較”のための混合物であり、混合物M−1が、本発明に従う混合物に相当する。
【0028】
比較混合物M−AおよびM−Bにおけるモノモーダルなポリエチレンは、ポリエチレンの分子重量分布がモノモーダルである、すなわち、当該ポリエチレンは、ただ1つのタイプのポリエチレンフラクションのみを持つ。
【0029】
表1における様々な材料は、以下のようにして得られた。
【0030】
・モノモーダルHDPEは、35057Eとしてダウケミカル(Dow Chemical)社により販売されているモノモーダルな高密度ポリエチレンである。
【0031】
・マルチモーダルHDPEは、XZ89204としてダウケミカル社により販売されているバイモーダルな高密度ポリエチレンである。
【0032】
・スチレン系共重合体は、スチレンの重量が30%のスチレン−ブタジエン−スチレン共重合体(SEBS)であり、G1652としてクラトンポリマー(Kraton Polymer)社により販売されている。
【0033】
M−A、M−B、M−CおよびM−1についてのそれぞれの材料が、押出成型機にロードされ、その後、それぞれの平面なサンプルM−A、M−B、M−CおよびM−1を得るようストリップに押出成型された。
【0034】
サンプルM−A、M−B、M−CおよびM−1の押出成型された層の誘電特性の特徴は、径が40mmおよび厚さが0.7mmを持つディスクを用い、電気的または熱的なストレスに対する材料の誘電特性を評価するのに適したいくつかの手法を実行することによって、判断された。
【0035】
1.トラップ(捕獲)される電荷密度
電気絶縁層にトラップされる電荷密度を見極めるために使用された方法は、当業者に周知の、いわゆる「ミラー(mirror)」方法である。
【0036】
この方法は、約11.6ピコクローン(pC)の点電荷密度を、走査型電子顕微鏡の助けを借りて、サンプルM−A、M−B、M−CおよびM−1の押出成形された層に注入することから成る。この方法は、S.Ouren. Jicable 2003 に出版された、H. Janah, J. Matallana, J.F.BrameおよびP. Mirebeauによる”Materials for HDVC extruded cables” という文献に詳細が記載されている。
【0037】
電荷密度は無限ではないので、電荷は、電気絶縁層内に自然に広がる。電荷密度が低くなるほど、DC電圧下での電気絶縁層の誘電特性は良好になる。
【0038】
この結果の詳細を、以下の表2に示す。トラップされた電荷の密度は、単位立方メートルあたりのクローン数(C/m)で表されている。
【表2】

【0039】
電荷が、サンプルM−A、M−B、M−CおよびM−1の電気絶縁層にトラップされる効率を見極めることが可能である。電気絶縁層に電荷を注入するとき、一部の電荷は、当該層の容積にわたって分散すると共に、残りの電荷がトラップされる。この残りの電荷が、上記のトラップされる電荷密度に相当する。
【0040】
こうして、上記の効率は、注入された電荷の総量に対するトラップされた電荷の量である。したがって、当該効率が低くなるにつれて、トラップされる電荷の量は少なくなり、よって、DC電圧下における電気絶縁層の誘電特性は良好になる。
【0041】
この結果の詳細は、以下の表3に示されている。当該効率は、パーセンテージで表されている。
【表3】

【0042】
表2および表3の結果は、本発明に従う混合物M−1が、混合物M−A、M−BおよびM−Cに比べて、驚くほど良好な誘電特性を示す、ということを表している。こうして、混合物M−1は、DC電圧下においてケーブルの電気絶縁層にトラップされる電荷の量および密度を最小化することを可能にし、これにより、ケーブルが故障するリスクを極めて低減することができる。
【0043】
2.ケーブルの動作温度の関数としての抵抗率
抵抗率を見極めるのに使用される方法は、118th Insulated Conductor Committee Meeting, Fall 2005におけるP. Mirebeau, H. Janah, J. Metallana (Nexans, France), J.C.Filippini (IRLAB, Grenoble, France), およびR.Coelhoによる”Resistivity measurements on insulating polymers: the problem of conduction currents under high voltage”という出版物に記載されている。
【0044】
温度の関数としての抵抗率のばらつきが大きくなるにつれ、ケーブルが動作している間に電気絶縁層において確立される温度の傾きによって生成される空間電荷が多くなる。したがって、温度の関数としての抵抗率のばらつきをできる限り小さくすることが重要である。
【0045】
この結果の詳細は、以下の表4に示されている。
【表4】

【0046】
サンプルM−1における7.5%のスチレンの付加が、サンプルM−Bにおける15%のスチレンの付加に比べて、温度の関数としての抵抗率のばらつきを顕著に制限することができる、ということがわかる。
【0047】
3.電荷がトラップされるポテンシャル井戸の深さ
ポテンシャル井戸(potential well)の深さを見極めるのに使用される方法は、いわゆる“熱刺激電流(thermo-stimulated currents)”の方法であり、これは、J. Appl. Phys., Vol. 41, No.3, pp. 2365-2375, 1970においてR.A. Cresswell, M.M.Perlmanによる”Thermal currents from corona-charged mylar”に記載されている。
【0048】
この方法は、サンプルM−A、M−B、M−CおよびM−1を、70℃において、1ミリメートルあたり40キロボルト(kv/mm)の電界に置き、その後、該電界下でそれらを冷やすことを含む。その後、電位計を介して短絡させ、温度を25℃から130℃まで徐々に、1分あたり2℃のレートで上昇させる。
【0049】
電流が、温度の関数として観察され、そこから、電荷がトラップされるポテンシャル井戸の深さを推定することが可能である。ポテンシャル井戸の深さが小さくなるほど、DC電圧下での電気絶縁層の誘電特性は良好になる。
【0050】
この結果の詳細は、以下の表5に示されている。ポテンシャル井戸は、電子ボルト(eV)で表されている。
【表5】

【0051】
サンプルM−1における7.5%のスチレンの付加が、サンプルM−A、M−B、M−Cに比べ、特にM−Bに比べて、ポテンシャル井戸の深さが非常に小さくなっていることがわかる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
導体要素(2)と、前記導体要素を取り囲む電気絶縁層(4)と、を備える電気ケーブルであって、
前記電気絶縁層は、ポリエチレンおよびスチレン系共重合体を含む混合物から取得され、
前記ポリエチレンが、マルチモーダルなポリエチレンである、電気ケーブル。
【請求項2】
前記混合物におけるスチレンの含有量は、重量で10%を超えず、好ましくは重量で9%を超えない、請求項1に記載の電気ケーブル。
【請求項3】
前記ポリエチレンは、バイモーダルなポリエチレンである、請求項1または2に記載の電気ケーブル。
【請求項4】
前記ポリエチレンは、中密度または高密度のポリエチレンである、請求項1から3のいずれかに記載の電気ケーブル。
【請求項5】
前記スチレン系共重合体は、スチレンとブタジエンの共重合体およびスチレンとイソプレンの共重合体から選択される、請求項1から4のいずれかに記載の電気ケーブル。
【請求項6】
前記スチレン系共重合体は、水素が添加された3−シーケンスの共重合体である、請求項1から5のいずれかに記載の電気ケーブル。
【請求項7】
前記電気絶縁層は、少なくとも10mmの厚さを持つ、請求項1から6のいずれかに記載の電気ケーブル。

【図1】
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【公開番号】特開2009−302049(P2009−302049A)
【公開日】平成21年12月24日(2009.12.24)
【国際特許分類】
【外国語出願】
【出願番号】特願2009−129823(P2009−129823)
【出願日】平成21年5月29日(2009.5.29)
【出願人】(501044725)ネクサン (81)
【Fターム(参考)】