説明

魚肉練り製品の製造方法

【課題】 魚肉材料の坐り工程における温度管理を適切に行うことで、製造工程を複雑化させることなく、得られる魚肉練り製品に優れた弾力性を付与でき、様々な材料魚種に適用できて食感をより好ましいものとすることができる魚肉練り製品の製造方法を提供する。
【解決手段】 擂潰後の肉糊状材料を一旦昇温させて所定の温度まで到達させた後、徐々に温度を低下させる坐り工程を実施することから、適切なゲル形成を可能にすると共に戻りを起りにくくし、最終的に得られる練り製品の弾力を高めることができ、従来方法では単一魚種使用や無晒しの場合に弾力を付与しにくかった魚種を用いても、冷凍すり身を用いた場合に匹敵する適度な弾力を得られ、練り製品としての商品価値を高められると共に、弾力の点で練り製品に利用しにくかった魚種についても、安定した品質で弾力も良好な練り製品として有効に活用できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主原料としての魚肉に食塩を加えて擂潰して得られる肉糊(すり身)を成形し、加熱してゲル化させて行う魚肉練り製品の製造方法に関し、特に、坐り工程での温度管理を適切に行うことで弾力性に優れた練り製品が得られる製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
魚肉を主原料とした各種練り製品(かまぼこ、ちくわ等)は、一般に魚肉に食塩を加え、さらに調味料等を加え擂潰(らいかい)し、得られる肉糊(すり身)を成形し、加熱してゲル化させることによって製造している。練り製品はその独特の歯ごたえなど食感に特徴があるが、こうした食感は、魚肉すり身中のタンパク質の持つ特殊な性質を最大限に活かした練り製品独特の製造工程により、適度な弾力を生じさせることで得られるものである。練り製品の製造工程は、各工程で機械を用いるなど作業そのものには工夫や改良を加えられて高能率化してきたものの、基本プロセスは従来の伝統的な手法そのままである。
【0003】
この製造工程において練り製品の弾力に大きな影響を与えるものの一つに、加熱処理がある。擂潰で得られた肉糊(すり潰された魚肉からタンパク質が溶け出した粘度の高いゾル)を、50℃以下の低い温度で所定時間(一般的には20℃以下の低温で長時間、又は30〜50℃の高温で短時間)加熱することで、タンパク質に網目構造を生じさせて強い弾力を有するゲルに変化させる、いわゆる「坐り」の工程は、製品の弾力に最も大きく関係するものであり、これで得た弾力を最終の製品状態までなるべく維持することが求められる。
【0004】
この坐りの後、さらに高温で加熱すると、熱変性により網目構造が丈夫になり、弾力の強い製品となる。ただし、坐りで生じた網目構造が加熱途中などで50〜70℃の温度とされた場合、約60℃の至適温度を持つタンパク質分解酵素が働いて網目構造を崩壊させる反応が生じる。これがいわゆる「戻り」であり、この「戻り」を経たものは弾力を失って製品としての価値が低下することとなる。
【0005】
これら坐りと戻りの各現象は、使用する原料の魚種によってその発生状態が異なるだけでなく、同じ魚種でも鮮度や原料の処理方法、水晒し方法等により変化が生じる。練り製品で良好な弾力を得るには、こうした坐りと戻りを適切にコントロールし、坐りで最大限弾力を増強させる一方、戻りを抑制することが必要となる。
【0006】
練り製品の製造における坐り工程としては、上記のように一般に20℃以下の長時間低温坐りと、30〜50℃の短時間高温坐りとがある。このような坐りを行う場合には、通常、坐り期間中の温度を一定に保つ方法を用いており、例えば、かまぼこ蒸し機の庫内温度が所定の温度に達した後、ケーシングしたすり身を蒸し機に入れ、庫内温度を所定の温度に保つ工程とされる。
【0007】
こうして得られる練り製品では、弾力の強い方が好ましい食感を与えることから、近年、練り製品の弾力の増強を図るため、加熱方法を改善したり、材料に弾力増強剤等を添加したりする各種手法が試みられている。このような魚肉練り製品の製造方法の例としては、特公平7−112422号公報、特開平8−009929号公報、特開平9−121817号公報、特開平11−299460号公報、特開平11−346725号公報等に開示されるものがある。
【0008】
これら従来の製造方法において、材料の組成や、坐り工程の継続時間、加熱方法はそれぞれ異なるものの、坐り工程で材料を一定時間所定温度に保持するという手法は共通となっている。
【特許文献1】特公平7−112422号公報
【特許文献2】特開平8−009929号公報
【特許文献3】特開平9−121817号公報
【特許文献4】特開平11−299460号公報
【特許文献5】特開平11−346725号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
従来の魚肉練り製品の製造方法は前記各特許文献に示される手法となっており、一定温度に維持する坐り工程を経ることで適度な弾力のある好ましい食感の魚肉練り製品が得られている。
こうした従来の製造方法を用いて製造される一般的な練り製品には、大量に獲れるスケトウダラ等の魚を漁獲後直ちに加工した冷凍すり身が材料として用いられており、高い弾力を比較的生じやすい特徴を有するこの冷凍すり身を用いると、従来の製造方法と相俟って弾力の強い製品が得られる。しかし、冷凍すり身においては、すり身形成の際、弾力増強等に不要な成分を除去するための水晒しが行われており、この水晒しの過程で旨み成分も一部流出してしまうことから、練り製品製造の際には旨み成分を補う必要があった。このため、冷凍すり身を混入した練り製品は、後付けの旨み成分が主となって各魚種独特の風味に欠けた単調な味の製品となりがちであり、独自性のない似たような味の練り製品が市場で大半を占める状況を招いていた。
【0010】
こうした中、以前のような地域により漁獲される魚の違いに対応した味の違いを産み出すべく、前浜で漁獲された魚種を用いてかまぼこ等の練り製品を製造する試みが近年見られる。しかし、マアジ等、前浜で漁獲された魚種を、その旨みが最大限発揮されるように単一魚種で且つ無晒しのすり身として材料に用い、従来の製造方法で練り製品を製造すると、弾力の弱いものとなる場合がほとんどであり、弾力を重視する市販商品に適用することは困難であった。こうした魚種を用いて練り製品を製造する場合には、弾力を確保するために冷凍すり身等の混入が必須であり、冷凍すり身を混ぜた分、魚独特の旨みが弱まって地域特産品としての魅力に乏しいものになってしまうという課題を有していた。
【0011】
本発明は前記課題を解消するためになされたもので、魚肉材料の坐り工程における温度管理を適切に行うことで、製造工程を複雑化させることなく、得られる魚肉練り製品に優れた弾力を付与でき、様々な材料魚種に適用できて食感をより好ましいものとすることができる魚肉練り製品の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明に係る魚肉練り製品の製造方法は、魚肉に食塩を加えて擂潰して得られる肉糊状材料を、少なくとも坐り工程を経た上で加熱処理して練り製品を得る魚肉練り製品の製造方法において、前記坐り工程としての約60ないし120分の間に、前記肉糊状材料を初期温度約10℃以下の状態から、まず昇温させて材料中心部が約30ないし40℃となる最高温度状態に到達させ、引続き、坐り工程開始から所定時間間隔毎の材料中心部の測定温度を合計した積算温度の値が所定範囲内に収るようにしつつ、肉糊状材料全体を徐々に温度低下させていくものである。
【0013】
このように本発明によれば、擂潰後の肉糊状材料を一旦昇温させて所定の温度まで到達させた後、徐々に温度を低下させる坐り工程を実施することにより、適切なゲル形成を可能にすると共に戻りを起りにくくし、最終的に得られる練り製品の弾力を高めることができ、従来方法では単一魚種使用や無晒しの場合に弾力を付与しにくかった魚種を用いても、冷凍すり身を用いた場合に匹敵する適度な弾力を得られ、冷凍すり身を用いず食品添加物の添加もない、魚本来の風味を生かした練り製品を製造できることとなり、練り製品としての商品価値を高められると共に、弾力の点で練り製品に利用しにくかった魚種についても、安定した品質で弾力も良好な練り製品として有効に活用できる。
【0014】
また、本発明に係る魚肉練り製品の製造方法は必要に応じて、前記肉糊状材料を前記初期温度の状態で、初期雰囲気温度40ないし50℃とされた坐り用空間に配置し、当該坐り用空間内雰囲気の温度を空間外への自然放熱又は強制冷却により所定低下割合で徐々に低下させる状態とし、前記坐り工程として、肉糊状材料を、当該材料温度より初期状態で高くなっているが徐々に低下する雰囲気温度と平衡に達するまで昇温させた後、雰囲気温度のさらなる低下と共に温度低下させるものである。
【0015】
このように本発明によれば、坐り工程で肉糊状材料を所定温度変化状態に管理される坐り用空間に配置し、この坐り用空間内で肉糊状材料が昇温とそれに続く温度低下の過程を経ることにより、徐々に温度低下する坐り用空間で特別な工夫なしに肉糊状材料に対する適切な温度管理状態が得られることとなり、コストをかけることなく肉糊状材料に対し適切な温度変化を与えられ、確実にゲル形成を行わせて製品の弾力を高めることができ、また過度の加熱も起こり得ず肉糊状材料の劣化もなく、安定した品質の製品を低コストで製造できる。
【0016】
また、本発明に係る魚肉練り製品の製造方法は必要に応じて、前記肉糊状材料が、坐り工程の間に、前記最高温度として約32ないし36℃まで温められ、且つ坐り工程開始から10分間隔毎の材料中心部の測定温度を合計した前記積算温度が約245ないし292℃となるように前記最高温度状態から温度を低下させられるものである。
【0017】
このように本発明によれば、肉糊状材料を坐り用空間に配置して最高温度約32〜36℃に到達させ、さらに積算温度が約245〜292℃の範囲内となるように材料温度を低下させ、一定の温度帯を経る坐り工程とすることにより、徐々に温度低下する坐り用空間で肉糊状材料に対し適切な温度管理の下で坐りを行わせられることとなり、肉糊状材料におけるゲル形成を最適化して製品の弾力を安定した値とすることができ、優れた品質の製品を得られる。
【0018】
また、本発明に係る魚肉練り製品の製造方法は必要に応じて、前記坐り工程が、約90分間とされると共に、前記坐り用空間の初期雰囲気温度が約45℃とされ、前記肉糊状材料が、坐り工程の間に、前記最高温度として約34℃まで温められ、且つ最高温度状態から前記積算温度が約270℃となるように温度を低下させられるものである。
【0019】
このように本発明によれば、肉糊状材料を初期設定温度45℃の坐り用空間に配置して最高温度約34℃に到達させ、さらに積算温度が約270℃の範囲内となるように材料温度を低下させ、約90分間の坐り工程の間に肉糊状材料が定められた温度変化を経ることにより、徐々に温度低下する坐り用空間で肉糊状材料に対し最適な温度管理の下で坐りを行わせられることとなり、肉糊状材料におけるゲル形成を最適化して製品の弾力を最大限高めることができ、製品の食感を優れたものとすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明の一実施の形態について説明する。本実施の形態に係る魚肉練り製品の製造方法は、擂潰形成された肉糊状材料に対し所定の温度上昇、低下過程を含む坐り工程を実行し、これを経た材料を高温加熱処理して適度な弾力の魚肉練り製品を得るものである。
【0021】
練り製品の原料となる魚としては、マアジの他、マエソ、スケトウダラ、コノシロ、及びマサバ等を用いることができるものの、こうした魚種に限定されるものではなく、魚介類の中から一種類又は複数種類の組合せを使用することができる。
【0022】
前記マアジやマエソ等の近海で獲れる魚種を用いる場合、漁獲されたものをすり身として直ちに加工して新鮮な肉糊状材料を用いるが、前記スケトウダラを用いる場合、漁獲されたものを船上で加工処理して得られた公知の冷凍すり身を用いることとなる。この冷凍すり身においては品質安定化等を目的として当初から調味料を所定量混合される場合もある。なお、こうした魚肉から得た肉糊状材料の坐り工程のための、坐り用空間内雰囲気の初期設定温度や温度変化割合は、こうした魚種ごとの性質の差異を考慮して決定される。
【0023】
肉糊状材料に対する坐り工程では、坐り用空間となる加熱装置内部空間に肉糊状材料を導入するにあたり、あらかじめ装置内部空間を約40℃ないし50℃、好ましくは45℃程度に加温するようにしている。通常、擂潰時の10℃以下となっていた温度状態を維持したまま導入される肉糊状材料に対し、この材料温度より高い雰囲気温度として、坐り工程初期に肉糊状材料を適切に昇温させられるようにしている。
【0024】
こうして坐り工程では、その初期に肉糊状材料をより温度の高い装置内雰囲気で温度上昇させることとなるが、材料を最高温度すなわち雰囲気と平衡状態に到達させた後、雰囲気と共に徐々に温度を低下させることで、過度の加熱を防ぐことができ、従来の雰囲気温度を一定として材料を一定温度に維持する場合に比べて、戻りの発生が少なくなっているものと考えられる。
【0025】
次に、本実施形態に係る魚肉練り製品の製造方法による坐り工程について説明する。まず、前段の工程で食塩等を加え擂潰された肉糊状材料を、擂潰時と同様の低い温度に維持している状態で、あらかじめ加温により40℃ないし50℃、より好ましくは45℃程度の初期設定温度まで内部空間温度を上昇させた所定の坐り用加熱装置内に入れて静置状態とする。この時、外部への放熱等で前記加熱装置内部空間の温度が徐々に低下するように、加熱装置での加温は一切行わない状態としておく。
【0026】
加熱装置内では、当初、空間内雰囲気温度が材料温度より高いため、雰囲気温度が低下していく中でも、肉糊状材料は雰囲気中で温められて昇温することとなる。雰囲気の持つ熱により肉糊状材料を約32℃ないし36℃、より望ましくは34℃程度の最高温度まで上昇させることができるが、この時雰囲気も前記最高温度まで低下しており、肉糊状材料と雰囲気は温度平衡状態となる。こうして肉糊状材料が最高温度となって雰囲気温度と平衡に達した以降は、肉糊状材料が雰囲気により昇温することはなくなり、徐々に低下する雰囲気温度と共に材料温度は下がりはじめ、坐り工程の残り時間内でゆっくりと下がり続けることとなる。
【0027】
坐り工程の総継続時間は、60分ないし120分、より望ましくは90分とし、この坐り工程における開始時から10分ごとの各測定温度を坐り工程終了時まで積算した積算温度が、約245℃ないし292℃、より望ましくは約270℃となるように初期設定温度や温度低下の度合を調節する。肉糊状材料の温度低下を適切に行わせつつ、所定の時間が経過して坐り工程が完了となったら、材料を加熱装置から取出し、坐り工程より高温となる従来同様の最終加熱工程(本蒸し)を経由させ、魚肉練り製品を得ることとなる。
【0028】
こうして、従来同様の加熱装置を、初期設定温度に予熱した状態から、材料投入後は一切加熱を行わず内部が徐々に温度低下する非保温状態で使用することで、従来の坐り工程の後半が、材料を設定温度に到達させないまま徐々に温度低下させるプロセスに置き換わるのみであり、坐り工程を複雑化させることなく、魚肉練り製品に高い弾力を与えられ、優れた食感を得ることができる。
【0029】
このように、本実施の形態に係る魚肉練り製品の製造方法では、擂潰後の肉糊状材料を一旦昇温させて所定の最高温度まで到達させた後、徐々に温度を低下させる坐り工程を実施することから、適切なゲル形成を可能にすると共に戻りを起りにくくし、最終的に得られる練り製品の弾力を高めることができ、従来方法では単一魚種使用や無晒しの場合に弾力を付与しにくかった魚種を用いても、冷凍すり身を用いた場合に匹敵する適度な弾力を得られ、冷凍すり身を用いず食品添加物の添加もない、魚本来の風味を生かした練り製品を製造できることとなり、練り製品としての商品価値を高められると共に、弾力の点で練り製品に利用しにくかった魚種についても、安定した品質で弾力も良好な練り製品として有効に活用できる。
【実施例】
【0030】
本発明に係る魚肉練り製品の製造方法を適用し、所定の魚種の魚肉を擂潰して得た肉糊状材料について、坐り工程で到達させる最高温度や積算温度を変えて魚肉練り製品を調製し、最終的に得られた魚肉練り製品の弾力を測定し、品質について比較した評価結果を説明する。
【0031】
本発明の坐り期間中の材料温度を最高温度に到達させてから徐々に低下させる実際の方法として、かまぼこ蒸し機の庫内温度が所定の設定温度に達した後、ケーシングしたすり身をかまぼこ蒸し機に入れると共に加熱を止めて、庫内雰囲気温度を徐々に低下させる方法を用いる。以下、この本発明の方法による坐りを改良坐りと呼称する一方、庫内温度を所定の設定温度に保つ従来同様の坐りを従来坐りと呼称する。
【0032】
まず、魚肉に食塩を加えて擂潰して得た肉糊状材料に対し、従来坐りと改良坐りの2通りの坐り工程を実施する際の、それぞれの坐り期間中における肉糊状材料の中心温度の経時変化を、坐りの初期の設定温度(以下、設定温度という)を45℃とし、且つ坐り時間を90分間とした条件について測定した。各坐り工程での庫内雰囲気温度の変化も同時に測定して得た各測定結果のグラフを図1に示す。
【0033】
従来坐りでは、40分経過すると設定温度に達し、一定であるのに対し、改良坐りでは、坐り期間中の温度が設定温度に到達せず、時間経過に伴って徐々に低くなっているのがわかる。坐り終了時の温度には外気温等によって変化するが、本測定時には、改良坐りを経た材料中心温度が従来坐りの場合の中心温度に対し約18℃低くなっている。
【0034】
ここで、第一の評価試験として、従来製造方法では練り製品として十分な弾力を得にくかったマアジを用いて、本発明の方法に基づく改良坐りと従来坐りの各坐り工程を経てそれぞれ練り製品の供試体を製造し、弾力を比較した。練り製品の弾力の強さは一般に官能評価やゲル強度の値の大小等による物理的な評価によって示されるが、本試験の場合、練り製品の弾力を示す値として一般的なゲル強度(単位g・cm)を用いて比較を行った。各ゲル強度は、供試体を加工した厚さ25mmの円柱状試料について、レオメータ((株)サン科学製CR−200、長径5mmの球状プランジャー使用)で破断強度(g)と凹み(cm)を測定し、これらの積をゲル強度(g・cm)の値として得ている。
【0035】
具体的な製造工程は、まず、無晒しのマアジのミンチ肉に食塩2%を添加し、45分間擂潰した。すり上がり温度は10℃以下、水分は79%とした。得られた肉糊状材料をポリ塩化ビニリデンケーシング(折径4.8cm)に詰め、結索後、改良坐りによる坐りを5通りの設定温度でそれぞれ90分間行った。坐り後の材料は、かまぼこ蒸し機(ヤナギヤ社製、3号B型)を使って90℃、40分間本蒸しを行い、冷却後、室温に戻して、練り製品として完成した各供試体のゲル強度を取得した。改良坐りでの設定温度を60℃、50℃、45℃、40℃、及び30℃としたものをそれぞれ実施例1、実施例2、実施例3、実施例4、及び実施例5としている。
【0036】
また、比較例として、前記各実施例と同じ肉糊状材料で、ケーシング詰め後に、前記改良坐りの代りに従来坐りで坐り工程を同じ90分間行い、坐り後各実施例と同様に本蒸し、冷却を行って得た5通りの供試体について、ゲル強度を得た。設定温度を60℃、40℃、35℃、30℃、及び25℃としたものをそれぞれ比較例1、比較例2、比較例3、比較例4、及び比較例5としている。
【0037】
各実施例及び比較例については、坐り開始から10分毎に温度を測定し、90分間の坐りを行っている間の肉糊状材料における中心温度の変化も得ている。この材料の中心温度は、各設定温度や経過時間によって、更に、坐りの方法によって異なった変化を示した。このうち、坐り開始から30分後、60分後の中心温度、また、坐り期間中の中心温度の最高温度、及び積算温度(坐り開始から10分毎に測定した各中心温度の合計値)を、取得したゲル強度と共に各実施例及び比較例それぞれについて表1に示す。
【0038】
【表1】

【0039】
表1に示されるように、改良坐りを行った実施例2〜4で、従来坐りの場合より高いゲル強度を得ていることがわかる。
続いて、坐り工程中の材料温度変化が最終的な製品状態でのゲル強度にどのような影響を与えているかを評価するために、上記の坐り開始から30分後、60分後の中心温度、並びに、坐り期間中の最高温度及び積算温度の、いずれの温度指標の値がゲル強度の値と最も密接に関連しているかを検討した。まず、表1のデータを基にして中心温度の各指標温度値(x)とかまぼこのゲル強度(y)の関係について回帰分析を行った。具体的には、各温度指標として得た温度をxとし、対応するゲル強度をyとして最小自乗法により近似曲線式(二次)をそれぞれ求めると共に、近似式の測定値との適合性を示す決定係数(R2)を導き、近似式から導けるゲル強度予測値の適合の度合を評価した。各温度指標毎に得られた決定係数を改良坐りおよび従来坐り別に表2に示す。
【0040】
【表2】

【0041】
表2に示すように、最高温度をxとした場合に決定係数が最も1に近くなり、得られた近似曲線の式から求められるゲル強度の予測値と実際の測定値が最も近い関係にあることがわかる。すなわち、最高温度を変数とした場合が最も真のゲル強度に近い値を算出できると言える。また、決定係数の値より、積算温度を変数とした場合も、これに次いで真のゲル強度に近い値を算出できると言える。そこで、練り製品の弾力を、積算温度と最高温度を用いて算出したゲル強度の予測値で評価してみた。
【0042】
はじめに、改良坐りと従来坐りにおけるそれぞれの積算温度xとゲル強度yの関係を表す二次曲線の近似式(図2参照)、
y=−0.12589x2+67.628x−8181.9(改良坐り)
y=−0.012866x2+7.8096x−488.81(従来坐り)
から、ゲル強度の最大値を試算すると、改良坐りの場合は積算温度が268.60℃の時、ゲル強度が最大の900.46(g・cm)、従来坐りの場合は積算温度が303.50℃の時、ゲル強度が最大の696.32(g・cm)となった。
【0043】
同様に、改良坐りと従来坐りにおけるそれぞれの最高温度とゲル強度の関係を表す二次曲線の近似式(図3参照)、
y=−6.8913x2+467.61x−7028.6(改良坐り)
y=−0.98942x2+73.166x−656.11(従来坐り)
から、ゲル強度の最大値を試算すると、改良坐りの場合は、最高温度が33.928℃の時、ゲル強度は最大の903.84(g・cm)となった。また、従来坐りの場合は、最高温度が36.974℃の時、ゲル強度は最大の696.53(g・cm)となった。
【0044】
これらの計算結果から、所定の積算温度範囲及び最高温度範囲において、改良坐りが従来坐りに比べ、より高いゲル強度が得られ、練り製品におけるゲル強度向上に適していることが予想できる。
【0045】
前記改良坐りにおける積算温度とゲル強度の関係を表す近似式より、積算温度が約269℃の時、改良坐りのゲル強度が最大となることが想定される。そこで、第二の評価試験として、改良坐りにおいて材料温度を徐々に低下させると積算温度が約269℃となるよう最初の設定温度を適切に調整した場合に対し、設定温度の関係からそのまま温度を徐々に低下させるのみでは積算温度が約269℃より大きくなる場合や小さくなる場合において、坐りの途中で急激な温度変化を与え、結果として積算温度が約269℃になるようにする、すなわち、積算温度は一定ながら温度変化の過程を異ならせた場合では、ゲル強度が変化するか否かを評価した。本評価試験は前記第一の評価試験の試験条件における坐り工程のみ、温度変化状態の異なる5通りを実施して五つの供試体(実施例6〜10)を得、各々のゲル強度を取得するものである。
【0046】
実施例6として、設定温度45℃で改良坐りを90分行った場合の積算温度は270℃であり、これを比較の基準値とする。
次に実施例7として、設定温度55℃で改良坐りを90分間行ったものは、積算温度が324℃と高くなり過ぎた。そこで、実施例8として、設定温度55℃で改良坐りを50分間行った後、10℃の冷蔵庫で40分間温度を低下させて積算温度が約269℃になるよう調整したものを得た。
【0047】
一方、実施例9として設定温度30℃改良坐りを90分間行ったものは、積算温度が211℃と低くなり過ぎた。そこで、実施例10として、設定温度30℃改良坐りを40分間行った後、直ちに55℃改良坐りを50分間行って温度を高め、積算温度が約269℃になるよう調整したものを得た。これらについて実際に取得したゲル強度の値、及び同時に測定した材料の最高温度を表3に示す。
【0048】
【表3】

【0049】
表3における積算温度とゲル強度の関係を見ると、基準となる実施例6は積算温度が270℃で、ゲル強度は508(g・cm)であった。これに対し、実施例8、10を見ると、積算温度が269℃近くでも、ゲル強度は実施例8で293、実施例10で266(g・cm)と低くなった。一方、最高温度とゲル強度の関係は、実施例6の最高温度が33.5℃であるのと比較して、実施例7〜10は、26.1℃と低いか、40.5〜41.9℃と高くなっている。これらより、改良坐りで高いゲル強度の値を得る条件には、積算温度の値(約269℃)だけでなく最高温度の値(約33.9℃)も影響することがわかる。
【0050】
そこで、積算温度とゲル強度、及び最高温度とゲル強度の関係から、ゲル強度が最大値を示すための積算温度と最高温度の条件を検討した。
積算温度については、積算温度とゲル強度との関係の近似式(図2参照)から、積算温度268.60℃の時に最大のゲル強度値900.46(g・cm)が導ける。また、各積算温度の値を近似式に代入して得たゲル強度の予測値と実際の測定ゲル強度値との残差について標準誤差を求めると35.049であり、これより、標準誤差率は、
標準誤差÷ゲル強度最大値=35.049÷900.46=0.038923
となる。
【0051】
ゲル強度最大値の推定誤差の分布を正規分布と仮定し、推定誤差をゲル強度最大値が95%の確率で存在する範囲として求めると、推定誤差は、
±1.96×標準誤差率=±1.96×0.038923=±0.076289
となる。これらの結果より、誤差範囲は900.46×0.076289=68.695となり、ゲル強度最大値は、900.46±68.695と推定されることとなる。得られたゲル強度最大値の範囲の上下限値を用いて、前記近似式から積算温度の上下限値を計算すると、ゲル強度最大値の下限値から積算温度x=245.24又は291.96となり、ゲル強度が最大値を示す積算温度の範囲は、245〜292℃であると推定される。
【0052】
同様に最高温度については、図3に示した最高温度とゲル強度との関係の近似式から、最高温度33.928℃の時に最大のゲル強度値903.84(g・cm)が導ける。また、二次曲線上の予測値と実際の測定値との残差について標準誤差を求めると9.4634であり、これより、標準誤差率は、
標準誤差÷ゲル強度最大値=9.4634÷903.84=0.010470
となる。
【0053】
ゲル強度最大値の推定誤差の分布を正規分布と仮定し、推定誤差をゲル強度最大値が95%の確率で存在する範囲として求めると、推定誤差は、
±1.96×標準誤差率=±1.96×0.010470=±0.020522
となる。これらの結果より、誤差範囲は903.84×0.020522=18.548となり、ゲル強度最大値は、903.84±18.548と推定されることとなる。得られたゲル強度最大値の範囲の上下限値を用いて、前記近似式から最高温度の上下限値を計算すると、ゲル強度最大値の下限値から最高温度x=32.287又は35.568となり、ゲル強度が最大値を示す最高温度の範囲は、32.3〜35.6℃であると推定される。
【0054】
続いて、第三の評価試験として、坐り時間を、練り製品業界で通常坐り工程として行われている90分の他、30〜120分にそれぞれ設定して坐り工程を実施し、得られるゲル強度について評価した。具体的には、本評価試験は前記第一の評価試験の試験条件における坐り工程のみ、改良坐りの設定温度を40、45、50、55℃の4通りとし、それぞれについてさらに坐り時間を30、60、90、120分とした坐りを行い、合計16通りの供試体を得、各々のゲル強度を取得するものである。
【0055】
坐り時における中心温度の積算温度(10分毎の測定温度の30、60、90、120分間の積算値)、最高温度とゲル強度の各測定値を表4に、設定温度とゲル強度との関係のグラフを図4に示す。なお、今回試験で得たゲル強度の値の一部(表4参照)が前記表1や表3の同条件での値とそれぞれ異なっているのは、材料であるマアジの産地と漁獲時期がそれぞれの評価試験の場合で異なり、練り製品素材としての性質が完全に一致しないことによる。
【0056】
【表4】

【0057】
表4及び図4に示すように、設定温度別のゲル強度の坐り時間による影響を見ると、設定温度55℃の例では、坐り時間が30分と60分の場合でゲル強度はほとんど変わらない値を示したが、90分の場合で前記より少し高く、また120分の場合で前記より低くなった。設定温度40℃と50℃の二例では同じ傾向を示し、坐り時間の増加につれてゲル強度が高くなった。設定温度45℃の例では坐り時間が90分の場合でゲル強度は最大値800(g・cm)を示し、坐り時間120分ではむしろゲル強度が654(g・cm)に低下する傾向を見せている。
【0058】
ここで、ゲル強度の最大値を得られる条件は、前記第二の評価試験の結果を受けての積算温度と最高温度の条件検討より、積算温度が245〜292℃、最高温度が32.3〜35.6℃の各範囲と推定されることから、表4の積算温度と最高温度の各値と、実測に基づくゲル強度との関係が、これらの推定された条件に合致しているか否かについて検討する。
【0059】
設定温度45℃で坐り時間60分の場合を見ると、最高温度が33.8℃で条件を満たすが、積算温度が183℃で低く条件を満たさず、且つゲル強度は706(g・cm)とやや低い値を示している。次に、設定温度45℃で坐り時間90分の場合を見ると、積算温度が270℃、最高温度が34.6℃で、ゲル強度が最大値を示す条件を共に満たしており、この場合ゲル強度は800(g・cm)と測定範囲内で最大値を示している。また、設定温度45℃で坐り時間120分の場合を見ると、最高温度が34.8℃で条件を満たすが、積算温度が350℃で高く条件を満たしておらず、且つゲル強度はやや低く654(g・cm)を示している。
【0060】
同様にして、その他の設定温度と坐り時間についても、積算温度と最高温度の各値とゲル強度の大小の関係を検討した結果、推定した積算温度と最高温度の条件を両方満たすと、実測に基づくゲル強度が高い値を示すことが確認でき、推定した条件が妥当なものであることがわかる。
【0061】
以上から、設定温度が40〜55℃、坐り時間が30〜120分の改良坐りを行った中で、ゲル強度が最大値を示す条件は、積算温度が245〜292℃、最高温度が32.3〜35.6℃の場合であり、その中でもゲル強度が最大値をとる可能性が極めて大となるのは、積算温度が269℃、最高温度が33.9℃の場合であるといえる。設定温度と坐り時間の条件については、実測に基づくゲル強度が最も高い値を示した、設定温度45℃、坐り時間90分が最も望ましい条件であることがわかる。
【0062】
次に、ここまでは無晒しのマアジのみを評価対象としてきたが、新たに第四の評価試験として、マアジ以外の魚種についても、改良坐りを経た場合にゲル強度向上の効果が見られるか否かの評価を行った。本評価試験は前記第一の評価試験の試験条件における坐り工程で、改良坐りの設定温度を45℃のみとする点以外の条件は同じとして、マアジ、マエソ、スケトウダラ、コノシロ、及びマサバの各魚種についてそれぞれ同条件で90分間の坐り工程を実施して五つの供試体を得、各々のゲル強度を取得した。なお、スケトウダラは市販の冷凍すり身A級を使用し、他の魚種は唐津湾地先で漁獲された新鮮魚を、水晒しは行わずにミンチ肉として使用した。
【0063】
また、比較用として、前記改良坐りの場合と同じ各魚種を用いた肉糊状材料で、ケーシング詰め後に、前記改良坐りの代りに従来坐りで坐り工程を同じ90分間行い、坐り後前記同様に本蒸し、冷却を行って得た5通りの供試体について、各々ゲル強度を取得した。ただし、この従来坐りによる坐りを行うにあたっては、改良坐りと従来坐りとの比較を適切で且つ意味のあるものにするために、前記マアジの改良坐り同様に、従来坐りにおいてゲル強度の値を高くするための望ましい条件をあらかじめ検証し、この望ましい条件の下で従来坐りを行って製造した供試体を、改良坐りを経て得られた供試体との比較に用いている。
【0064】
従来坐りを経た供試体の製造に先立ち、まず、前記第一の評価試験で比較例として従来坐りで坐り工程を行ったマアジの各供試体ごとに得られている、坐り工程における肉糊状材料の30分後の中心温度、60分後の中心温度、最高温度、及び積算温度の四つの値(前記表1参照)のうち、いずれの温度指標の値がゲル強度の値と最も密接に関連しているかを検討した。この結果、従来坐りにおいても、表2に示される決定係数の値から、前記マアジの改良坐り同様、積算温度や最高温度を変数とした場合に、近似式から得たゲル強度の予測値が実測から得られる真のゲル強度により近くなると言える。この積算温度や最高温度について、ゲル強度予測値が最大値を示すための条件を求め、実測に基づくゲル強度との関係を検証する。
【0065】
従来坐りにおける積算温度とゲル強度の関係を表す前記近似式(図2参照)から、積算温度が約304℃の時、ゲル強度の最大値約696(g・cm)が導け、また、最高温度とゲル強度の関係を表す前記近似式(図3参照)から、最高温度が約37.0℃の時、ゲル強度の最大値約697(g・cm)が導ける。そして、前記マアジの改良坐りの場合と同様に、ゲル強度最大値の範囲上下限値を用いて、前記各近似式から積算温度の上下限値及び最高温度の上下限値を求めた結果、ゲル強度が最大値を示す積算温度の範囲は213〜394℃、最高温度の範囲は26.5〜47.5であるとそれぞれ推定できる。
【0066】
これらの条件に、前記表1の積算温度及び最高温度の各値と実測に基づくゲル強度との関係が合致しているか否かについてさらに検討すると、前記表1より、従来坐りの場合で、積算温度と最高温度の各値が両方とも、前記ゲル強度が最大値を示す範囲に含まれているのは、設定温度が40℃、35℃、30℃の三つの場合である。これらは、いずれも積算温度と最高温度の両方とも条件を満たし、ゲル強度はこれら以外の場合に比べて高い値を示している。特に、ゲル強度の最大予測値を導ける積算温度304℃及び最高温度37.0℃に最も近い積算温度(285℃)及び最高温度(35.1℃)となっている設定温度35℃の場合には、ゲル強度が715(g・cm)と従来坐り各例の中で最大値を示しており、その他の設定温度の場合における積算温度及び最高温度の各値とゲル強度の値との関係も合わせて見ると、前記マアジの改良坐りの場合同様、推定した各温度条件が妥当なものであることがわかる。
【0067】
よって、従来坐りを行うにあたり、積算温度と最高温度の各条件を満たす中で、実測に基づくゲル強度が最も高い値を示した設定温度35℃の条件を採用し、マアジ以外の魚種にも適用して坐り工程を実施することとする。なお、この従来坐りの場合においても、前記第一の評価試験の試験条件における坐り工程で、従来坐りの設定温度を35℃のみとする点以外の条件は同じとなり、各魚種についてそれぞれ同様に90分間の坐り工程を実施して五つの供試体を得ている。
【0068】
各坐り工程中、各魚種ごとに前記第一の評価試験の場合と同様に温度を測定した。改良坐りと従来坐りの両方の場合について、坐り期間中の各魚種ごとの最高温度及び積算温度を、取得されたゲル強度の値と共に表5に示す。また、魚種ごとのゲル強度の各取得値の比較グラフを図5に示した。
【0069】
【表5】

【0070】
表5に示すように、魚種の違いに関わりなく、改良坐り、従来坐りとも、積算温度と最高温度は基準となるマアジとほぼ同じような値を示しており、マアジ同様の坐り工程が進んでいることがわかる。少なくとも各坐り工程中の温度変化については、魚種の違いに関わりなくマアジと同様の傾向を示すと言える。また、各魚種毎の積算温度と最高温度は、いずれもゲル強度が最大値を示すための前記各温度範囲内にそれぞれ含まれており、マアジの場合の最適条件に基づく改良坐りの設定温度45℃、並びに従来坐りの設定温度35℃が、マアジ以外の前記各魚種に対してもマアジ同様の坐り工程を問題なく進行させられる適切な条件であることもわかる。
【0071】
ゲル強度については、図5に示すように、いずれの魚種においても改良坐りにより従来坐りの場合に比べ高い値を得られた。ただし、マアジ、マエソ、スケトウダラ、及びコノシロを用いて改良坐りを経た各供試体の場合で、比較対象の従来坐りの場合におけるゲル強度(図5中の右側棒グラフ)に比べ、大幅に高い値となったものの、マサバの改良坐りの場合では、従来坐りのものに比べてわずかに高い値に留まっていることがわかる。マアジとマエソは坐りやすく、且つ戻り難い魚種であるため、坐りの効果が大きく表れる一方、マサバは坐り難く、且つ戻り易い魚種であるために坐りの効果が少なかったものと考えられる。
【0072】
さらに、ここまで食塩のみを添加物とした坐りについて評価してきたが、練り製品業界では澱粉等、他の添加物も加えることが一般的であることから、新たに第五の評価試験として、実際の練り製品に近い配合状態で供試体を製造し評価を行った。具体的には、無晒しのマアジのミンチ肉に市販のマアジすり身製品と同じ組成の食塩2.0%、全卵5.0%、澱粉3.3%および砂糖8.0%を添加し、45分間擂潰して肉糊状材料を得た。すり上がり温度は10℃以下、水分は79%とした。そして、得られた肉糊状材料をポリ塩化ビニリデンケーシング(折径4.8cm)に詰めて結索し、0℃の冷蔵庫で一時保管した後、これらを適宜取り出し、30、40、45、50、60、及び70℃の6通りの設定温度で改良坐りを90分間行った。坐り後のすり身は、かまぼこ蒸し機を使って90℃、40分間本蒸しを行ってかまぼこの供試体を得、これらを冷却後、室温に戻してゲル強度を取得した。この改良坐りの各設定温度と、得られた各供試体のゲル強度との関係を表6に示した。
【0073】
【表6】

【0074】
表6に示すように、改良坐りを経た各供試体は、30〜70℃の設定温度のいずれにおいてもゲル強度が600(g・cm)以上と比較的高い値を示している。その中でも、設定温度45℃の改良坐りを経た場合ではゲル強度が997(g・cm)と極めて高い値を示した。
【0075】
これら評価結果から、練り製品の坐り工程中の材料温度を低下させながら坐りを行う改良坐りにより、ゲル強度の高い練り製品が得られることが明らかとなった。ただし、こうした改良坐りを経て高いゲル強度を確保するためには、坐り工程中の積算温度と最高温度を適切な範囲内に収める温度管理も必要であることがわかった。
【0076】
以上により、本発明に係る魚肉練り製品の製造方法では、坐り工程において、所定の最高温度到達後に、所定の積算温度となるよう材料の温度を徐々に低下させることで、坐り後本加熱を経て最終的に得られた魚肉練り製品のゲル強度を高い値にすることができ、従来方法では弾力を得にくかった場合でも、高い弾力を有して食感に優れる魚肉練り製品を製造可能であることが確認できた。
【図面の簡単な説明】
【0077】
【図1】本発明に係る魚肉練り製品の製造方法における坐り工程での温度変化を示すグラフである。
【図2】本発明に係る魚肉練り製品の製造方法における坐り工程での積算温度と練り製品のゲル強度との関係を示すグラフである。
【図3】本発明に係る魚肉練り製品の製造方法における坐り工程での最高温度と練り製品のゲル強度との関係を示すグラフである。
【図4】本発明に係る魚肉練り製品の製造方法における坐り時間と練り製品のゲル強度との関係を示すグラフである。
【図5】本発明に係る魚肉練り製品の製造方法で得られた練り製品ゲル強度の、材料魚種毎の差異及び従来手法による製品との差異を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
魚肉に食塩を加えて擂潰して得られる肉糊状材料を、少なくとも坐り工程を経た上で加熱処理して練り製品を得る魚肉練り製品の製造方法において、
前記坐り工程としての約60ないし120分の間に、前記肉糊状材料を初期温度約10℃以下の状態から、まず昇温させて材料中心部が約30ないし40℃となる最高温度状態に到達させ、引続き、坐り工程開始から所定時間間隔毎の材料中心部の測定温度を合計した積算温度の値が所定範囲内に収るようにしつつ、肉糊状材料全体を徐々に温度低下させていくことを
特徴とする魚肉練り製品の製造方法。
【請求項2】
前記請求項1に記載の魚肉練り製品の製造方法において、
前記肉糊状材料を前記初期温度の状態で、初期雰囲気温度40ないし50℃とされた坐り用空間に配置し、当該坐り用空間内雰囲気の温度を空間外への自然放熱又は強制冷却により所定低下割合で徐々に低下させる状態とし、
前記坐り工程として、肉糊状材料を、当該材料温度より初期状態で高くなっているが徐々に低下する雰囲気温度と平衡に達するまで昇温させた後、雰囲気温度のさらなる低下と共に温度低下させることを
特徴とする魚肉練り製品の製造方法。
【請求項3】
前記請求項1又は2に記載の魚肉練り製品の製造方法において、
前記肉糊状材料が、坐り工程の間に、前記最高温度として約32ないし36℃まで温められ、且つ坐り工程開始から10分間隔毎の材料中心部の測定温度を合計した前記積算温度が約245ないし292℃となるように前記最高温度状態から温度を低下させられることを
特徴とする魚肉練り製品の製造方法。
【請求項4】
前記請求項3に記載の魚肉練り製品の製造方法において、
前記坐り工程が、約90分間とされると共に、前記坐り用空間の初期雰囲気温度が約45℃とされ、
前記肉糊状材料が、坐り工程の間に、前記最高温度として約34℃まで温められ、且つ最高温度状態から前記積算温度が約270℃となるように温度を低下させられることを
特徴とする魚肉練り製品の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−60968(P2007−60968A)
【公開日】平成19年3月15日(2007.3.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−250213(P2005−250213)
【出願日】平成17年8月30日(2005.8.30)
【出願人】(590003722)佐賀県 (38)
【Fターム(参考)】