説明

黄色ブドウ球菌の検出または同定方法および検出キット

【課題】黄色ブドウ球菌の存在の有無を迅速かつ簡便に検査することができる黄色ブドウ球菌の検出方法を提供すること。
【解決手段】黄色ブドウ球菌から放出されるIsaAを指標として検出を行う。具体的には、抗IsaA抗体を用いたELISA法、ドットブロット法、イムノクロマト法などにより検出を行う。IsaAを指標とする検出系は、黄色ブドウ球菌に対する特異性が非常に高いため、黄色ブドウ球菌を特異的に検出することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、黄色ブドウ球菌の検出または同定方法および検出キットに関する。
【背景技術】
【0002】
黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus:スタフィロコッカス・アウレウス)は、肺炎や様々な化膿性疾患、敗血症などを引き起こす身近な感染菌の一つである。近年、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)やバイコマイシン耐性黄色ブドウ球菌(VRSA)などの多剤耐性黄色ブドウ球菌による院内感染が数多く報告されており、その感染の有無を迅速、簡便かつ的確に検査できる検査方法の確立が強く望まれている。また、この菌は食中毒の主たる原因菌でもあり、食品衛生上の観点からも迅速、簡便かつ的確な検査方法の確立が望まれている。
【0003】
従来の黄色ブドウ球菌の検査方法として、例えば、卵黄加マンニット食塩寒天培地などの選択培地を用いた方法がある。この方法では、検体を培地に接種した後、1〜2日間培養し、黄色ブドウ球菌と思われるコロニーの数を計測する。したがって、この方法には菌の存在の有無を推定するまでに日単位の時間を要するという問題がある。
【0004】
また、MRSAの検査方法として、菌表面に存在するタンパク質を対象としてラテックス凝集法を行う方法も知られている。この方法では、ラテックス凝集法自体は簡便に行うことができるものの、事前に1〜2日間培養を行って多数の菌を確保しなければならない。したがって、この方法にも菌の存在の有無を推定するまでに日単位の時間を要するという問題がある。また、MRSAの菌株の中には、ラテックス凝集法で検出できないものも存在するという問題もある。
【0005】
また、食品などの食中毒が問題となる検査試料に対しては、黄色ブドウ球菌が産生するエンテロトキシンを指標とする検査方法も知られている。しかし、エンテロトキシンは菌増殖の後期に産生されるため、この方法には、菌の数が少ないときは菌の存在を検出することができないという問題がある。
【0006】
また、PCR法を用いた検査方法も知られている。この方法は、検出感度および特異性が高いものの、陽性の結果が出たとしてもそれが必ずしも増殖可能な菌の存在を意味するものではないという問題がある。さらに、この方法では特別な機器や手技を要するという問題もある。
【0007】
Immunodominant Staphylococcal Antigen A(以下、「IsaA」と略記する)は、2000年に初めて報告された、黄色ブドウ球菌の細胞壁に存在するタンパク質である(非特許文献1参照)。IsaAは菌体外に放出されることが知られており、黄色ブドウ球菌を培養した培養液上清にIsaAが存在することが本発明者らによって報告されている(非特許文献2参照)。
【非特許文献1】Lorenz U., OhlsenK., Karch H., Hecker M., Thiede A. and Hacker J., "Human antibody response during sepsis against targets expressed by methicillinresistant Staphylococcus aureus", FRMS Immunol. Med. Microbiol., Vol. 29 (2000), p.145-153.
【非特許文献2】Sakata N., TerakuboS. and Mukai T., "SubcellularLocation of the Soluble Lytic TransglycosylaseHomologue in Staphylococcus aureus", Current Microbiology, Vol. 50 (2005), p.47-51.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述のように、従来の検査方法では、黄色ブドウ球菌の存在の有無を迅速かつ簡便に検査することができなかった。
【0009】
本発明は、かかる点に鑑みてなされたものであり、黄色ブドウ球菌の存在の有無を迅速かつ簡便に検査することができる黄色ブドウ球菌の検出または同定方法および検出キットを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、鋭意研究を行った結果、黄色ブドウ球菌が産生するIsaAを指標とすることで上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成させた。
【0011】
すなわち、本発明は、以下の黄色ブドウ球菌の検出または同定方法に関する。
【0012】
[1]検査試料中の黄色ブドウ球菌を検出または同定する方法であって、抗IsaA抗体を用いて黄色ブドウ球菌IsaAを検出するステップを含む、黄色ブドウ球菌の検出または同定方法。
[2]前記検査試料は、黄色ブドウ球菌を含みうる試料を1〜10時間培養した培養物である、[1]に記載の黄色ブドウ球菌の検出または同定方法。
[3]前記検査試料は、黄色ブドウ球菌を含みうる試料の非培養物である、[1]に記載の黄色ブドウ球菌の検出または同定方法。
[4]前記検査試料中の黄色ブドウ球菌は対数増殖期の菌である、[1]〜[3]のいずれかに記載の黄色ブドウ球菌の検出または同定方法。
[5]前記検出は、サンドイッチELISA法により行われる、[1]〜[4]のいずれかに記載の黄色ブドウ球菌の検出または同定方法。
[6]前記検出は、ドットブロット法により行われる、[1]〜[4]のいずれかに記載の黄色ブドウ球菌の検出または同定方法。
[7]前記検出は、イムノクロマト法により行われる、[1]〜[4]のいずれかに記載の黄色ブドウ球菌の検出または同定方法。
[8]前記検査試料は食品または食品を取り扱う器具のいずれかである、[1]〜[7]のいずれかに記載の黄色ブドウ球菌の検出または同定方法。
[9]前記検査試料は血液、咽頭拭い液やまたは化膿創からの分泌液のいずれかである、[1]〜[7]のいずれかに記載の黄色ブドウ球菌の検出または同定方法。
【0013】
また、本発明は、以下の黄色ブドウ球菌の検出キットに関する。
【0014】
[10]検査試料中の黄色ブドウ球菌を検出する検出キットであって、抗IsaA抗体を有する、黄色ブドウ球菌の検出キット。
【発明の効果】
【0015】
本発明により、黄色ブドウ球菌の存在の有無を迅速、簡便かつ的確に検査することができる。例えば、本発明を食品や食品を取り扱う器具の衛生検査に適用した場合、検査時間が短いため、黄色ブドウ球菌が食品中や器具上で増殖してしまう前に検査結果を得ることができる。さらに、キットを用いて検出することにより、特殊な機器や熟練した手技を必要とすることなく簡便に検査を行うことができる。また、本発明を血液などの体液試料を検査試料とする感染症検査に適用した場合、検査時間が短いため、病状の更なる悪化の前に原因菌を特定し、適切な抗菌剤の選択などの的確な治療方針を早期に決定することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明は、黄色ブドウ球菌の存在の有無を検出する際に、黄色ブドウ球菌が産生するImmunodominant Staphylococcal Antigen A(IsaA)を指標とすることを特徴とする。
【0017】
IsaAは、前述の通り、黄色ブドウ球菌の細胞壁および黄色ブドウ球菌の培養液上清において存在が確認されている、29kDaの外分泌性タンパク質である(非特許文献1および非特許文献2参照)。
【0018】
本発明者は、IsaAが黄色ブドウ球菌の増殖に伴って確実に産生されること、特にIsaAが黄色ブドウ球菌の増殖初期から産生されることを見出した(実施例1および実施例2参照)。また、本発明者は、免疫学的測定法を用いることで、黄色ブドウ球菌が産生するIsaAをごく微量な段階から検出できることも見出した。そして、本発明者は、黄色ブドウ球菌が産生するIsaAを免疫学的測定法により検出することで、黄色ブドウ球菌の存在の有無を従来技術に比べてより迅速、簡便かつ特異的に検出しうることを見出したのである。
【0019】
IsaAを免疫学的測定法により検出する際に用いる抗体は、黄色ブドウ球菌が産生するIsaAに結合しうる抗体(抗IsaA抗体)であれば特に限定されず、ポリクローナル抗体であってもよいしモノクローナル抗体であってもよい。これらの抗体は、必要に応じて酵素や蛍光物質などで標識されていてもよい。
【0020】
IsaAを検出する際に用いる免疫学的測定法は、特に限定されず当業者に公知の方法から適宜選択すればよい。例えば、サンドイッチELISA法やドットブロット法などの酵素免疫測定法を用いて検出する場合は、抗IsaA抗体を捕捉抗体とし、酵素標識抗IsaA抗体を検出抗体として当業者に一般的に知られている手順で行えばよい。後述する実施例1にドットブロット法を用いて検出した例を示し、実施例2にELISA法を用いて検出した例を示す。予備実験としてIsaAの検出感度を調べたところ、ドットブロット法では60pg、ELISA法では150pgと共に高感度であった(実施例1参照)。また、イムノクロマト法を用いて検出する場合には、抗IsaA抗体を捕捉抗体とし、金コロイド標識抗IsaA抗体を検出抗体として当業者に一般的に知られている手順で行えばよい。イムノクロマト法を用いることで検査時間をより短縮し(例えば、20分前後)、検査手順をより簡便にすることができる。これらの免疫学的測定法は、例えば「免疫実験法ハンドブック」(中島泉編、名古屋大学出版会)に記載の方法に従うことで実施可能である。
【0021】
本発明の検出系で検出しうる検査試料は、増殖可能な黄色ブドウ球菌を含みうるもの、または黄色ブドウ球菌が増殖したものであれば特に限定されず、目的に応じて様々なものを選択することができる。例えば、食品の衛生検査を目的とする場合は、当該食品またはその培養物を検査試料とすればよい。また、食品を取り扱う器具の衛生検査を目的とする場合は、当該器具の拭き取り試料またはその培養物を検査試料とすればよい。また、感染症患者の病原菌検査を目的とする場合は、当該患者の血液、咽頭拭い液もしくは化膿創からの分泌液などの体液試料またはその培養物を検査試料とすればよい。本発明の検出系では、食品や食品を取り扱う器具、体液試料などをそのまま培養することなく検査試料としても黄色ブドウ球菌を検出することができるが、これらを培養して培養液中で黄色ブドウ球菌を増殖させたものを検査試料としてもよい。これにより、培養液中のIsaAの量を増やすことができるため、より正確な検査結果を得ることができる。このように検査前に検査試料を事前に培養する場合であっても、黄色ブドウ球菌は増殖開始と同時にIsaAを産生するため、培養時間は従来技術(1〜2日)に比べてより短時間で十分である。例えば、検査試料は、黄色ブドウ球菌を含みうる試料を1〜3時間培養した培養物であってもよいし、1〜10時間培養した培養物であってもよい。同様に、検査試料は、試料中の黄色ブドウ球菌が対数増殖期初期であってもよいし、対数増殖期後期であってもよい。
【0022】
本発明の検出方法は、抗IsaA抗体を含むキットを用いて行うことができる。すなわち、本発明の検出系はキット化することができる。このような検出キットは、特別な検査設備を有しない多くの施設(加工現場や製造現場など)において特に有効であり、例えば食品の加工処理の各段階における黄色ブドウ球菌による汚染を極めて容易に熟練した手技を必要とすることなく検出することができる。
【0023】
例えば、イムノクロマト法用の検出キットとして、テストライン出現位置に抗IsaA抗体を固定化し、試薬含有部に金コロイド標識抗IsaA抗体を含ませたテストプレートが挙げられる。このようなテストプレート(検出キット)は、当業者に公知の方法を用いて製造することができる。このテストプレート(検出キット)を用いた検出手順の一例を以下に記す。
【0024】
まず、試料溶液(例えば、検査試料の培養液上清)をテストプレートの試料滴下部に滴下すると、試薬含有部に含まれる金コロイド標識抗IsaA抗体が溶解し、試料溶液中のIsaAと複合体を形成する。形成された複合体は展開部を毛細管現象により移動し、テストライン出現位置に固定化された抗IsaA抗体により捕捉され、金コロイドによる赤紫色のラインが出現する。ユーザは、この赤紫色のラインを目視により確認することで、試料溶液中のIsaAの存在の有無(すなわち、検査試料中の黄色ブドウ球菌の存在の有無)を判定することができる。
【0025】
本発明者がIsaAのアミノ酸配列についてホモロジー検索を行ったところ、表皮ブドウ球菌(Staphylococcus epidermidis:スタフィロコッカス・エピデルミディス)のゲノムの塩基配列から予想されるアミノ酸配列に、IsaAのアミノ酸配列と比較的高い相同性を有する領域が存在することが予想された。また、化膿レンサ球菌(Streptococcus pyogenes:ストレプトコッカス・ピオゲンス)にも、IsaAのC末端側に存在するSLT(soluble lytic transglycosylase)領域のアミノ酸配列と約70%の相同性を有するタンパク質が存在することが予想された。そこで、ブドウ球菌(Staphylococcus属の菌)およびレンサ球菌(Streptococcus属の菌)に対する特異性を調べたところ、本発明の検出系は、黄色ブドウ球菌に対する特異性が非常に高く、黄色ブドウ球菌を特異的に検出できる(同定できる)ことが確認された(実施例3参照)。また、本発明の検出系は、従来の検査方法では検出が困難であったクランピング因子を持たないMRSAをも検出できることも確認された(実施例3参照)。
【0026】
以上のように、本発明は、黄色ブドウ球菌が産生するIsaAを指標とするため、特別な機器や熟練した手技を必要とすることなく黄色ブドウ球菌の存在の有無を迅速かつ簡便に検査することができる。
【0027】
以下、本発明を実施例を参照して詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されない。
【実施例1】
【0028】
実施例1では、抗IsaA抗体を用いてドットブロット法により黄色ブドウ球菌を検出した例を示す。
【0029】
1.抗IsaA抗体の調製
[抗IsaA抗体の調製]
非特許文献2に記載の方法に従って調製した組み換えタンパク質His−IsaAとフロイント完全アジュバントと混合したものをウサギの皮下に注射した。以降、同じ操作をフロイント不完全アジュバントを用いて3週間ごとに4回繰り返して、His−IsaAでウサギを免疫した。最後の注射から2週間後にこのウサギの血液から抗血清を調製し、この抗血清からMabTrap Kit(アマシャムバイオサイエンス社)を用いてIgG抗体を精製した。さらに、この精製したIgG抗体をアフィニティー精製して抗IsaA抗体を調製した。この抗IsaA抗体は、必要に応じてFluoroTag FITC Conjugation Kit(シグマ社)を用いてFITC(fluorescein isothiocyanate)で標識した。
【0030】
[抗IsaA抗体の検出感度の確認]
ニトロセルロース膜に抗原捕捉抗体を含む溶液(20μg/ml、100μl)をスポットした。ここでは、His−IsaAで免疫したウサギの抗血清から精製したIgG抗体(Anti-IsaA IgG)およびそれをさらにアフィニティー精製した抗IsaA抗体(Anti-IsaA affinity purified IgG)を抗原捕捉抗体とし、免疫前のウサギ血清から精製したIgG(Pre-immune rabbit IgG)を抗体の対照とした。次いで、ニトロセルロース膜をBSA(ウシ血清アルブミン)でブロッキングし、洗浄した。ニトロセルロース膜の各スポットに系列希釈したHis−IsaA溶液を100μl滴下し、室温で1時間インキュベートし、洗浄した。次いで、ニトロセルロース膜をFITC標識抗IsaA抗体溶液(5μg/ml)中において室温で1時間インキュベートし、洗浄した。次いで、ニトロセルロース膜をアルカリフォスファターゼ標識抗FITC抗体(シグマ社、8000倍希釈)中において室温で1時間インキュベートし、洗浄した。最後に、ニトロセルロース膜を発色用基質NBT−BCIP(シグマ社)中において室温で10分間インキュベートして、シグナルを検出した。
【0031】
図1は、抗IsaA抗体の検出感度を示す写真である。縦軸は各スポットに結合させた抗原捕捉抗体の種類を示し、横軸は各スポットに滴下したHis−IsaAの量を示す。この図に示されるように、二種類の抗体(Anti-IsaA IgG、Anti-IsaA affinity purified IgG)を抗原捕捉抗体とした場合には、60pg(0.06ng)のHis−IsaAを検出することができた。一方、対照IgG(Pre-immune rabbit IgG)を抗原捕捉抗体とした場合には、His−IsaAを全く検出することができなかった。このことから、抗IsaA抗体のIsaAに対する特異性が極めて高いことがわかる。
【0032】
2.黄色ブドウ球菌の検出
[培養液上清の調製]
黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)2PF−18株を40mLのTSB培地に接種して37℃で培養した。遠心分離により回収した菌を、約2×10細胞/mlとなるようにPBSに懸濁させた。この懸濁液を、接種菌量が所定の値(1×10細胞/ml、1×10細胞/ml、1×10細胞/ml、1×10細胞/ml、1×10細胞/ml)となるように10mlのTSB培地に加え、37℃で振とう培養を行った。培養を開始してから1時間ごとに培養液を採取した。採取した培養液は遠心分離し、上清を0.22μmのフィルターに通した後4倍に希釈した。
【0033】
[ドットブロット法]
ニトロセルロース膜に抗IsaA抗体を含む溶液(20μg/ml、100μl)をスポットした。次いで、ニトロセルロース膜をBSA(ウシ血清アルブミン)でブロッキングし、洗浄した。ニトロセルロース膜の各スポットに4倍希釈の培養液上清(それぞれ接種菌量および培養時間が異なる)を200μl滴下し、室温で1時間インキュベートし、洗浄した。次いで、ニトロセルロース膜をFITC標識抗IsaA抗体溶液(5μg/ml)中において室温で1時間インキュベートし、洗浄した。次いで、ニトロセルロース膜をアルカリフォスファターゼ標識抗FITC抗体(シグマ社、8000倍希釈)中において室温で1時間インキュベートし、洗浄した。最後に、ニトロセルロース膜を発色用基質NBT−BCIP(シグマ社)中において室温で10分間時間インキュベートして、シグナルを検出した。
【0034】
図2は、培養時間と培養液上清中のIsaAの量との関係を示す写真である。縦軸は各培養液上清の接種菌量(培養開始時における培養液単位量あたりの菌数)を示し、横軸は各培養液上清の培養時間を示す。
【0035】
図2において、接種菌量が1×10個/mlのときはわずか1時間の培養でシグナルを検出できることがわかる。同様に、接種菌量が1×10個/mlのときは3時間の培養でシグナルを検出でき、接種菌量が1×10個/mlのときは5時間の培養でシグナルを検出でき、接種菌量が1×10個/mlのときは7時間の培養でシグナルを検出することができる。このように、図2から、接種菌量が増加するとシグナルを検出できるまでの時間が短縮されることがわかる。すなわち、試料中に1×10個/ml程度の黄色ブドウ球菌が存在していれば、7時間の培養で黄色ブドウ球菌の存在を確認でき、試料中に1×10個/ml程度の黄色ブドウ球菌が存在していれば、わずか1時間の培養で黄色ブドウ球菌の存在を確認できる。
【0036】
以上のように、本発明の検出系は、試料中に黄色ブドウ球菌がごくわずかにしか存在しない場合であっても、最大でも10時間程度の培養で黄色ブドウ球菌を検出することができる。
【実施例2】
【0037】
実施例2では、抗IsaA抗体を用いてELISA法により黄色ブドウ球菌を検出した例を示す。
【0038】
1.抗IsaA抗体の調製
実施例1で調製した抗IsaA抗体を使用した。
【0039】
2.黄色ブドウ球菌の検出
[培養液上清の調製]
実施例1と同様の手順で黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)2PF−18株を培養し、培養を開始してから1時間ごとに培養液を採取した。採取した培養液は遠心分離し、上清を0.22μmのフィルターに通した後2倍に希釈した。
【0040】
[ELISA法]
ELISAプレート(住友ベークライト社)の各ウェルに実施例1で調製した抗IsaA抗体のPBS溶液(20μg/ml)を100μl入れ、4℃で一晩インキュベートして、ELISAプレートの各ウェルを抗IsaA抗体でコーティングした。次いで、コーティングした各ウェルをPBSで洗浄した後、Super Block Blocking Buffer in PBS(ピアス社)を用いてブロッキングした。ブロッキングした各ウェルに2倍希釈の培養液上清を100μl入れ、室温で2時間インキュベートし、洗浄した。次いで、各ウェルにFITC標識抗IsaA抗体のPBS溶液(4μg/ml)を100μl入れ、室温で1時間インキュベートし、洗浄した。次いで、各ウェルにアルカリフォスファターゼ標識抗FITC抗体(ダコ・サイトメーション社)のPBS溶液(1:400)を100μl入れ、室温で1時間インキュベートし、洗浄した。最後に、各ウェルにp−ニトロフェニルリン酸基質溶液(シグマ社)を100μl入れ、室温で30分間インキュベートして、シグナルを検出した。
【0041】
図3は、培養時間と培養液上清中のIsaAタンパク質の量との関係を示すグラフである。図3において、横軸は培養時間を示し、縦軸は吸光度(OD405)を示す。また、「○」は接種菌量が1×10個/mlのときの結果を示し、「□」は接種菌量が1×10個/mlのときの結果を示し、「△」は接種菌量が1×10個/mlのときの結果を示し、「◇」は接種菌量が1×10個/mlのときの結果を示し、「×」は接種菌量が1×10個/mlのときの結果を示す。
【0042】
図3において、培養0時間の吸光度から算出した0.342(=平均値+3×標準偏差値)をカットオフ値とすると、接種菌量が1×10個/mlのときは1〜2時間の培養でシグナルを検出できることがわかる(図中○印参照)。同様に、接種菌量が1×10個/mlのときは2〜3時間の培養でシグナルを検出でき(図中□印参照)、接種菌量が1×10個/mlのときは4〜5時間の培養でシグナルを検出でき(図中△印参照)、接種菌量が1×10個/mlのときは6〜7時間の培養でシグナルを検出することができる(図中◇印参照)。したがって、ドットブロット法による検出と同様に、接種菌量が増加するとシグナルを検出できるまでの時間が短縮されることがわかる。すなわち、試料中に1×10個/ml程度の黄色ブドウ球菌が存在していれば、7時間の培養で黄色ブドウ球菌の存在を推定でき、試料中に1×10個/ml程度の黄色ブドウ球菌が存在していれば、わずか2時間の培養で黄色ブドウ球菌の存在を推定できる。
【0043】
以上のように、本発明の検出系は、試料中に黄色ブドウ球菌がごくわずかにしか存在しない場合であっても、最大でも10時間程度の培養で黄色ブドウ球菌を検出することができる。
【実施例3】
【0044】
実施例3では、抗IsaA抗体を用いた検出系の特異性について調べた結果を示す。
【0045】
1.抗IsaA抗体の調製
実施例1で調製した抗IsaA抗体を使用した。
【0046】
2.ブドウ球菌およびレンサ球菌の検出
[培養液上清の調製]
黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)6株(2PF−18株、CowanI株、クランピング因子(−)のMRSA4株)、それ以外のブドウ球菌5種(Staphylococcus capitis、S. epidermidis、S. haemolyticus、S. hominis、S. saprophyticus)および化膿レンサ球菌(Streptococcus pyogenes)のそれぞれについて、実施例1と同様の手順で一晩培養し、培養液を採取した。このとき、各培養液について吸光度(OD600)を測定して、各菌が対数増殖期終期〜定常期の状態であることを確認した。採取した培養液は遠心分離し、上清を0.22μmのフィルターに通した後50倍に希釈した。
【0047】
[ELISA法]
各培養液上清およびTSB培地(対照)を試料として、実施例2と同様の手順でELISA法による検出を行った。
【0048】
図4は、各菌の検出結果を示すグラフである。図4に示されるように、黄色ブドウ球菌の培養液上清では、MRSAも含めたすべての菌株について吸光度(OD405)が1.2以上の強いシグナルが検出された。また、S. epidermidisおよびS. haemolyticusでは0.4〜0.5程度の弱いシグナルが検出されたが、これらのシグナルは黄色ブドウ球菌で検出されたシグナルとは強度が明確に異なるため、試料の適切な希釈により容易に区別されうると思われる。一方、その他のブドウ球菌およびレンサ球菌の培養液上清では、シグナルがほとんど検出されなかった。
【0049】
以上のように、抗IsaA抗体を用いた検出系は、黄色ブドウ球菌に対する特異性が非常に高く、黄色ブドウ球菌を特異的に検出すること(同定すること)ができる。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明は、特別な機器を用いずに黄色ブドウ球菌の有無を迅速かつ簡便に検査することができるため、例えば食品の製造工場や医療施設などにおいて黄色ブドウ球菌による汚染を検査するのに有用である。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】抗IsaA抗体の検出感度を示す写真
【図2】黄色ブドウ球菌の培養時間と培養液上清中のIsaAの量との関係を示す写真
【図3】黄色ブドウ球菌の培養時間と培養液上清中のIsaAの量との関係を示すグラフ
【図4】本発明の検出方法の黄色ブドウ球菌に対する特異性を示すグラフ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
検査試料中の黄色ブドウ球菌を検出または同定する方法であって、
抗IsaA抗体を用いて黄色ブドウ球菌IsaAを検出するステップを含む、黄色ブドウ球菌の検出または同定方法。
【請求項2】
前記検査試料は、黄色ブドウ球菌を含みうる試料を1〜10時間培養した培養物である、請求項1に記載の黄色ブドウ球菌の検出または同定方法。
【請求項3】
前記検査試料は、黄色ブドウ球菌を含みうる試料の非培養物である、請求項1に記載の黄色ブドウ球菌の検出または同定方法。
【請求項4】
前記検査試料中の黄色ブドウ球菌は対数増殖期の菌である、請求項1に記載の黄色ブドウ球菌の検出または同定方法。
【請求項5】
前記検出は、サンドイッチELISA法により行われる、請求項1に記載の黄色ブドウ球菌の検出または同定方法。
【請求項6】
前記検出は、ドットブロット法により行われる、請求項1に記載の黄色ブドウ球菌の検出または同定方法。
【請求項7】
前記検出は、イムノクロマト法により行われる、請求項1に記載の黄色ブドウ球菌の検出または同定方法。
【請求項8】
前記検査試料は食品または食品を取り扱う器具のいずれかである、請求項1に記載の黄色ブドウ球菌の検出または同定方法。
【請求項9】
前記検査試料は血液、咽頭拭い液やまたは化膿創からの分泌液のいずれかである、請求項1に記載の黄色ブドウ球菌の検出または同定方法。
【請求項10】
検査試料中の黄色ブドウ球菌を検出する検出キットであって、
抗IsaA抗体を有する、黄色ブドウ球菌の検出キット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−31009(P2009−31009A)
【公開日】平成21年2月12日(2009.2.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−192404(P2007−192404)
【出願日】平成19年7月24日(2007.7.24)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り FEMS イムノロジー アンド メディカル マイクロバイオロジー 第49巻2号 平成19年3月発行(ブラックウェル パブリッシング リミテッド)
【出願人】(596165589)学校法人 聖マリアンナ医科大学 (53)
【Fターム(参考)】