説明

(P−P)配位した二リンドナー配位子を有するルテニウム錯体並びにその製造方法

本発明は、キラルな二リンドナー配位子を有するルテニウム錯体であって、当該ルテニウムが酸化状態(+II)を有し、当該キラルな二リンドナー配位子がルテニウムに対して二座のP−P配位を有する、ルテニウム錯体に関する。当該ルテニウム錯体は、2つの形態(カチオン性のタイプAおよび非荷電性のタイプB)において存在し、環状であり、並びに二リンドナー配位子を組み込んだ4〜6員環を有する。当該キラルな二リンドナー配位子は、ジホスフィン、ジホスホラン、ジホスフィット、ジホスホニット、およびジアザホスホランから成る群から選択される。さらに、配位子交換反応に基づく、タイプAおよびタイプBのルテニウム錯体の製造方法について説明する。当該Ru錯体は、有機化合物の製造における均一系不斉触媒作用のための触媒として使用される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、均一系触媒作用のためのルテニウム錯体、特に、キラルな二リンドナー配位子を有するP−P配位した環状ルテニウム錯体に関する。本発明はさらに、それらを製造する方法、並びに均一系触媒作用、特にエナンチオ選択的水素化、のための触媒としてのそれらの錯体の使用も提供する。
【0002】
キラルな二リンドナー配位子は、有機化合物のエナンチオ選択的水素化のための均一系触媒作用において使用される、触媒活性な金属錯体のための有益な配位子であることが見出された。使用される分野は、中間体もしくは活性化合物、例えば、医薬品、殺虫剤、香味料、または香料の製造である。
【0003】
エナンチオ選択的水素化において、これらの二リンドナー配位子は、好適な貴金属錯体と一緒に使用される。
【0004】
これらの水素化において使用される有機金属Ru化合物としては、例えば、[Ru(COD)Y2x、[Ru(NBD)Y2x、[Ru(芳香族)Y2x、または[Ru(COD)2−メチル−アリル)2](ここで、X=2;Y=ハロゲン化物、COD=1,5−シクロオクタジエン、NBD=ノルボルナジエン、芳香族=例えばp−クメンまたは別の芳香族ベンゼン誘導体)が挙げられる。
【0005】
欧州特許第1622920(B1)号では、フェロセニルジホスフィン配位子を有する遷移金属錯体について開示されている。しかし、ホスフィン配位子の特定のP−P配位を有する錯体については、記載されていない。
【0006】
(P−P)配位した二リンドナー配位子を有するRu錯体は、文献により公知である。
【0007】
M.SatoおよびM.Asai(J.of Organometallic Chemistry 508(1996)pp.121−127)は、dppf、BINAP、およびDIOP配位子を有するペルメチルシクロペンタジエニル−Ru(II)錯体について記載している。ペルメチルシクロペンタジエニル基により、これらの錯体は非常に安定であるが、接触水素化のための使用については説明されていない。
【0008】
C.Standfest−Hauser、C.Slugovcら(J.Chem.Soc.Dalton Trans.,2001,pp.2989−2995)は、同様にシクロペンタジエニル配位子を有し、さらにキレート性ホスフィノアミン配位子も有する環状Ru(II)半サンドイッチ錯体について報告している。これらの錯体は、シクロペンタジエニル配位子(「Cp配位子」)を含み、均一系不斉水素化のための触媒としての使用にはあまり適していない。それらは、通常、特定の触媒反応(すなわち、転移水素化)において使用されるが、その場合、Cp配位子は、触媒を安定化し、並びに触媒作用の際に金属に配位していなければならない。
【0009】
J.B.Hokeら(J.of Organomet.Chem.,1993,455,pp.193−196)は、BINAP配位子がRuと共に7員環を形成するルテニウム錯体について記載している。当該錯体は、1つのシクロペンタジエニル基を有する。それらは非常に安定しているが、接触水素化においてはほとんど活性を示さず、それらのいくつかは、Cp配位子が金属に非常に強く結合するために選択性を有さない。
【0010】
P.S.Pregosinら(Organometallics,1997,16,pp.537−543)は、MeO−BIPHEP配位子を含み、さらにシクロオクタジエニル基も有するルテニウム錯体について報告している。当該錯体は、複雑な方法によってのみ製造することができ、並びに非常に空気および湿気の影響を受けやすい。なお、接触水素化のための使用については記載されていない。BINAP配位子を含む同様の錯体が、S.H.Bergensらにより記載されている(Organometallics,2004,23,pp.4564−4568)。アセトニトリル錯体が合成中に単離されるが、これは触媒作用においてあまり活性ではない。
【0011】
A.Salzerら(Organometallics,2000,19,pp.5471−5476)は、(ビスペンタジエニル)Ru化合物を出発錯体とする、7員環のBINAP−ルテニウム錯体の製造について報告している。
【0012】
D.A.Dobbsら(Angew.Chem.2000,volume 112,pp.2080−2083)は、P−P配位したDuPhos配位子を有するルテニウム含有プレ触媒について記載している。当該環状化合物はRuハイブリッド種であり、並びに非荷電性のシクロオクタトリエニル配位子を有する。当該化合物は非常に影響を受けやすく、グローブボックス(不活性ガス:<1ppmの酸素を含有するAr)において製造されている。このような影響を受けやすい化合物は、産業上の使用にあまり適していない。
【0013】
国際公開第00/37478号には、第7族または第8族の遷移金属原子を含有し、かつジホスフィン配位子の両方のP原子が同時に中心原子に配位している遷移金属錯体について記載されているが、しかしながら、当該錯体は、単離されていないしキャラクタリゼーションもされていない。製造方法は記載されておらず、むしろ、当該錯体は、使用直前に配位子と適切な遷移金属塩とを反応溶媒中で組み合わせることによって生成される(「in−situ」)。これらのin−situ法は、従来技術である。これまで、in−situで生成される金属錯体の構造についての研究は、ほとんど実施されておらず、したがって、対応する錯体は単離されておらず、その代わりに、均一系触媒作用、特に接触水素化に対して、反応混合物中で直接使用されてきた。そのメカニズムに関する研究は、真の活性触媒種とは一致しないモデル系を用いて実施される。
【0014】
米国特許第6,455,460号には、適切なRu(II)錯体、キレート性ジホスフィン、および非配位性アニオンを含む酸を一緒にする工程を含む方法によって入手可能なルテニウム触媒について記載されている。当該反応は、酸素不含の雰囲気下において実行される。
【0015】
これまでに記載されている接触水素化法およびそれに使用される触媒の欠点は、特に、低い反応性、低いエナンチオ選択性、並びに貴金属含有触媒の高い消費量、すなわち低い「物質/触媒」(S/C)比である。その上、長い水素化時間を必要とする。さらに、記載された錯体の多くが、合成するのが難しく、空気の影響を受けやすく、産業上の使用にあまり適していない。
【0016】
したがって、本発明の目的は、上記の欠点を克服する、均一系不斉水素化のための改善された触媒を提供することである。さらなる目的は、本発明の触媒を製造するための好適な方法を提供することであった。特に、これらの方法は、工業的に使用可能で、環境に優しく、安価であるべきである。
【0017】
この目的は、本発明の請求項1において権利を主張するような、タイプAおよびタイプBのルテニウム錯体を提供することによって達成される。さらに、タイプAおよびタイプBの本発明の錯体を製造する方法を、請求項12および請求項22において提供する。当該錯体および方法の好ましい実施形態については、それぞれの従属請求に記載されている。
【0018】
本発明は、均一系触媒作用のための、P(1)−P(2)タイプのキラルな二リンドナー配位子を有するルテニウム錯体について説明する。当該錯体は、2つの異なるタイプ(タイプAおよびタイプB)の錯体であり、この場合、ルテニウムは酸化状態+IIを有し、かつ当該二リンドナー配位子はRuに対して二座のP−P配位を示す。本発明のルテニウム錯体は、環状であり、二リンドナー配位子を伴う4〜6員環を有する。
【0019】
これらのキラルな二リンドナー配位子を有する、明確に定義されたRu錯体についての研究において、驚いたことに、二リンドナー配位子の両方のP原子を同時に中心のRu原子へ配位させることが、特定の条件下において達成可能であることが見出された。これにより、その構造内に4〜6員環を有しかつ均一系触媒作用において非常に優れた触媒活性を示す環状Ru錯体が得られる。
【0020】
P−P配位の効果は、中央Ru原子と共に4〜6員環を形成することが立体的に可能な二リンドナー配位子P(1)−P(2)を使用することによって得られる。本発明の適用のために、異なるCp環上にホスフィン基を有するフェロセニルホスフィン配位子を含むRu錯体は、6員環を有する。フェロセン単位P−C−Fe−C−Pが、形成された環の利用可能な5つの環原子を成す。ここで使用された環員の付番を、図1に概略的に示す。
【0021】
【化1】

【0022】
キラルな二リンドナー配位子P(1)−P(2)は、概して、ジホスフィン、ジホスホラン、ジホスフィット、ジホスホニット、およびジアザホスホランから成る群から選択される。
【0023】
4員環の環状Ru錯体を製造するために好適な二リンドナー配位子の例としては、MiniPhosおよびTrichickenfootphosファミリーの配位子が挙げられる。
【0024】
5員環の環状Ru錯体を製造するために好適な二リンドナー配位子の例としては、DIPAMP、Norphos、PROPHOS、DuPHOS、Chiraphos、Bis−P*ファミリー、DepyPhos(またはDeguPhos)、RoPhos、CATAXIUM、ButiPhane、(1,2−エチレン)−BinaPhane、(1,2−フェニレン)−BinaPhane、Binapine、TangPhos、BPE、BasPhos、MalPhos、Me−KetalPhos、Helmchen配位子、PennPhos、UCAP、Hoge配位子、およびCNR−Phosのファミリーの配位子が挙げられる。しかしながら、本発明の適用範囲は、これらの配位子に限定されるものではない。
【0025】
6員環の環状Ru錯体を製造するために好適な二リンドナー配位子の例としては、BDPP(またはSKEWPHOS)、BPPFOH、MandyPhos、JosiPhos、FerroTANE Me−f−KetalPhos、Ferrocelane、Trifer、および(1,1’−フェロセン)−BinaPhaneのファミリーの配位子が挙げられる。しかしながら、本発明の適用範囲は、これらの配位子に限定されるものではない。
【0026】
本発明の好ましい実施形態は、5または6員環を有するルテニウム錯体を含む。好ましい配位子系は、5員環形成するDepyPhos(Deguphos)ファミリーの配位子と、6員環を生じるJosiphosおよびMandyphos配位子である。
【0027】
上記において示した二リンドナー配位子は、軸性、中心性、および/または面性キラリティーを有し得、並びに、多くの場合、市販されている。本発明の製造方法においてこれらの配位子を使用する場合、構造内に4〜6員環を有する環状Ru錯体が得られる。しかしながら、4〜6員環の形成が可能である限り、他のキラルな二リンドナー配位子も好適である。
【0028】
本発明はさらに、特定のRu出発化合物をキラルな二リンドナー配位子と反応させるかあるいはタイプAのルテニウム錯体をさらなる配位子と反応させる、タイプAおよびタイプBの本発明のルテニウム錯体を製造する方法も提供する。
【0029】
本発明のルテニウム錯体におけるP−P配位の効果は、中央のRu原子が酸化状態+IIであり、かつ少なくとも3つの非荷電性配位子LDを有する特定のRu出発化合物の使用により、本発明の製造方法において達成される。
【0030】
それは、以下の一般式:
【化2】

[式中、
−Ruは、酸化状態+IIであり、
−nは、n≧3に従う整数であり、
−LDは、非荷電性配位子であり、
−Zは、π−結合したアニオン性の開環ペンタジエニル配位子であり、
−E-は、オキソ酸もしくは錯酸のアニオンである]を有する。
【0031】
少なくとも3つの非荷電性配位子LDが、2電子ドナー配位子のクラス、例えば、第2級もしくは第3級ホスフィン(PR2HまたはPR3タイプの配位子、例えば、トリフェニルホスフィン)またはN複素環式カルベン配位子(NHC配位子として公知)に属する。配位子LDは、好ましくは、中心のRu原子に弱く結合している。これらの配位子のうちの少なくとも2つは、キラルな二リンドナー配位子との反応において置き換えられる。好適な配位子LDの例としては、ニトリル、イソニトリル、アルコール、エーテル、アミン、酸アミド、ラクタム、およびスルホンから成る群からの配位子、例えば、アセトニトリル(CH3CN)、ジエチルエーテル(DEE)、水(H2O)、またはアセトンなど、が挙げられる。テトラヒドロフラン(THF)、ジオキサン、ピリジン、イミダゾール、またはチオフェンのような環状配位子を使用することも可能である。異なるタイプの配位子を含む混合系も可能である。しかしながら、アセトニトリル(CH3CN)、ジエチルエーテル、水、およびアセトンから成る群からの溶媒配位子が好ましい。
【0032】
さらに、当該Ru出発化合物は、π−結合したアニオン性(すなわち、一価の負の電荷を有する)配位子Zを有する。配位子Zは、開環(すなわち、非環式の)ペンタジエニル配位子を包含する。そのような配位子は、置換または非置換であってもよい。それらは、非局在化したπ−電子系を有する。置換ペンタジエニル配位子は、一置換、二置換、または三置換であってもよい。
【0033】
好ましい置換ペンタジエニル配位子Zとしては、1−メチルペンタジエニル、2−メチルペンタジエニル、3−フェニル−ペンタジエニル、2,4−ジメチルペンタジエニル、または2,3,4−トリメチルペンタジエニルが挙げられる。
【0034】
閉環した環式芳香族性π系、例えば、置換もしくは非置換シクロペンタジエニル配位子などは、配位子Zとしては好適ではない。そのようなシクロペンタジエニル配位子は、高電子密度の芳香族π−電子系が存在するために、中央のRu原子に非常に強く結合することがわかっている。これは、触媒反応の際、例えば接触水素化において、反応剤の接近を妨げる。そのために、例えば、水素化反応において、水素化されるべき化合物によるRu原子への配位が困難となり、結果として、対応するRu錯体は、触媒として低い反応性を有することになる。
【0035】
本発明の方法に使用されるRu出発化合物は、一価の正の電荷を有するカチオンの形態において存在し、並びに対イオンとして、さらなる成分E-(オキソ酸もしくは錯酸のアニオン)を有する。アニオンE-の例としては、HSO4-、CF3SO3-、CIO4-、CF3COO-、CH3COO-、BF4-、B(アリール)4-、SbF6-、またはPF6-が挙げられる。
【0036】
好適なRu出発化合物の例としては、[Ru(2,4−ジメチルペンタジエニル)(CH3CN)3+BF4-、[Ru(2,4−ジメチルペンタジエニル)(H2O)3+BF4-、および[Ru(2,4−ジメチルペンタジエニル)(アセトン)3+BF4-が挙げられる。Ru出発化合物は、まず、文献から公知の処理工程によって、適切な配位子LDとの反応により、公知の市販されているRu前駆体化合物(例えば、ビス(η5−(2,4−ジメチルペンタジエニル)Ru)から製造することができる。
【0037】
上記において説明したRu出発化合物と、好適なキラルな二リンドナー配位子(以降、短縮してP(1)−P(2)と表記する)との反応から、本発明のRu錯体が得られることがわかっている。タイプAの錯体は、式(1):
式(1):
【化3】

による製造方法において、配位子交換によって形成される。
【0038】
タイプAの本発明のRu錯体は、式(1)によって得られる。この錯体は、カチオン性、すなわち、一価の正の電荷を有する。当該錯体の製造において、キラルな二リンドナー配位子は、上記において説明したRu出発化合物と反応し、配位子LDのうちの少なくとも2つが当該反応において置き換えられる。Ru出発化合物が3つ以上の配位子LDを有する場合、残りの配位子LDは、ルテニウムに配位したままである。これらの配位子は、その後の工程で、置き換えられ得るかまたは除去され得る。これにより、タイプBの本発明のRu錯体が得られる。
【0039】
タイプAおよびタイプBのRu錯体の製造は、好ましくは、シュレンク技術および酸素不含溶媒を用いて保護ガス雰囲気下で実施される。しかしながら、これは、すべての場合において必要というわけではない。
【0040】
タイプAを製造するには、通常、好適な溶媒中において、−80℃〜80℃の範囲の温度、好ましくは20〜60℃の範囲の温度、特に好ましくは室温(25℃)で、撹拌しながら二リンドナー配位子をRu出発化合物と反応させる。
【0041】
好適な溶媒は、塩化炭化水素、例えば、クロロホルム、塩化メチレン、トリクロロエタン、またはジクロロエタンなどである。しかしながら、好ましいのは、二極性の非プロトン性溶媒、例えば、アセトン、THF、またはジオキサンなど、の使用である。反応時間は、1時間〜48時間の範囲、好ましくは1時間〜24時間の範囲である。タイプAのRu錯体の製造では、わずかに過剰な量の配位子を使用することが有利であり得、この場合、当該過剰量は、(Ru出発化合物に対して)1〜10モル%の範囲であり得る。その後の単離、洗浄、および精製工程は、当業者には公知である。溶媒残留物を除去するために、当該錯体を減圧下で乾燥させる。
【0042】
本発明はさらに、タイプBのRu錯体も提供する。これらの錯体は、概して電気的に中性であり、P−P配位したキラルな二リンドナー配位子、π−結合したアニオン性ペンタジエニル配位子Z、および存在する場合には配位子LDのほかに、負の電荷を有する配位子LZも有する。この配位子LZは、配位子LDの1つを、アニオン、好ましくはハロゲン化物イオン(フッ化物イオン、塩化物イオン、臭化物イオン、またはヨウ化物イオン)、または擬似ハロゲン化物イオン(例えば、CN-、SCN-、シアン酸イオン、イソシアン酸イオンなど)で置き換えることによって導入される。
【0043】
タイプBのRu錯体は、好ましくは、配位子交換、例えばヨウ素でアセトニトリル分子を置き換えることにより、タイプ(A)の錯体から製造される(実施例2を参照のこと)。以下の式(2):
式(2):
【化4】

は、負の電荷を有する配位子LZ)によって、配位子LDを置き換えることを表している。
【0044】
式(2)による反応を実施するために、好適な溶媒、例えば、塩化炭化水素(例えば、クロロホルム、メチレンクロリド、トリクロロエタン、またはジクロロエタン)、アルコール、ケトン(例えば、アセトン)、または環状エーテル(例えば、THFまたはジオキサン)など、においてカチオン性Ru錯体(タイプA)を反応させる。しかしながら、水性溶媒混合物、特に二極性の非プロトン性溶媒と脱イオン水との混合物、の使用が好ましい。この場合、カチオン性Ru錯体(タイプA)を、例えば、アセトン/水(2:1)に溶解させ、0℃〜50℃の範囲の温度で、配位子LZと反応させる。配位子LZは、好ましくは、塩M+Zの形態、例えば、アルカリ金属ハロゲン化物またはハロゲン化アンモニウムの形態において添加される。一般的に、生成物は沈殿し、分離除去することができる。
【0045】
当該水性溶媒混合物は、環境保護および労働衛生上の理由から、工業的合成において特に好適である。驚いたことに、収量を減らすことなく、溶媒として、これまで使用されてきた塩化炭化水素と置き換えることができることが見出された。
【0046】
タイプA:
【化5】

およびタイプB:
【化6】

[式中、各場合において、
−Ruは、酸化状態+IIにおいて存在し、
−P(1)−P(2)は、キラルな二リンドナー配位子であり、
−nは、n≧3に従う整数であり、
−LDは、少なくとも1つの非荷電性配位子であり、
−Zは、π−結合したアニオン性の開環ペンタジエニル配位子であり、
−E-は、オキソ酸もしくは錯酸のアニオンであり、および
−LZは、少なくとも1つのアニオン性配位子であり、
並びに、当該キラルな二リンドナー配位子P(1)−P(2)は、二座のP−P配位を有し、かつルテニウムと共に4〜6員環を形成する]
の本発明のRu錯体は、プロキラルな有機化合物の不斉水素化のための効果的な均一系触媒である。
【0047】
タイプAおよびタイプBの本発明のRu錯体に共通する特徴は、錯体中にアニオン性の開環ペンタジエニル配位子が存在することである。驚いたことに、これにより、触媒作用、特に不斉水素化、において、Ru錯体のより高い反応性が得られることが見出された。開環ペンタジエニル配位子は、おそらく、閉環した配位子系、例えば、シクロペンタジエニルおよびシクロオクタジエニルなど、よりも容易に不安定化するので、そのことが、水素化されるべき基質分子が配位部位を利用することを可能にし得る。驚いたことに、配位子LDおよび/またはLZも非常に重要な役割を果たすということが見出された。おそらく、それらが配位部位を遮蔽するために、基質は特定の方法でしか金属に配位することができず、その結果として、エナンチオ選択性が高まる。
【0048】
したがって、タイプAおよびタイプBの本発明のRu錯体は、均一系不斉触媒作用、例えば多重結合のエナンチオ選択的水素化のための触媒として使用される。本発明の目的に対して、多重結合とは、炭素原子と、さらなる炭素原子との間の二重結合(C=C)、または酸素原子との間の二重結合(C=O)、または窒素原子との間の二重結合(C=N)である。
【0049】
さらに、本発明のルテニウム錯体は、他の不斉反応のための触媒としても使用することができる。これらは、C−C、C−O、C−N、C−P、C−Si、C−B、またはC−ハロゲンのカップリング反応を含む。その例としては、不斉環化反応、不斉オリゴマー化、および不斉重合反応が挙げられる。
【0050】
タイプAおよびタイプBの本発明のルテニウム(II)錯体は、定義された化合物として使用される。相対的に、in−situ法において二リンドナー配位子と一緒に使用されるRu錯体は、より乏しい触媒特性を示す。
【0051】
以下の実施例は、本発明を説明するものであるが、その範囲を制限するものではない。
【0052】
実施例
実施例1:
(η5−2,4−ジメチルペンタジエニル)(CH3CN)(Josiphos−SL−J212−1)ルテニウム(II)テトラフルオロホウ酸塩の調製
a)(η4−2,4−ジメチルペンタジエン−η2−C,H)(η5−2、4−ジメチルペンタジエニル)ルテニウムテトラフルオロホウ酸塩の調製
マグネチックスターラーを備える100mlのシュレンク管において、ビス(η5−2,4−ジメチルペンタジエニル)ルテニウム(UMICORE,Hanau社)1.1g(3.77mmol)を、ジエチルエーテル50mlに溶解させる。室温で、54%濃度のHBF4−Et2O溶液(Aldrich社製)0.51ml(3.77mmol)を、10分間かけて滴下により添加する。当該添加が完了した後、当該混合物を静置し、さらにHBF4−Et2Oを滴下により添加して、沈殿が完了したことを確認する。上澄み溶媒を除去し、固体をジエチルエーテルで2回洗浄する。淡黄色の残留物を、減圧下で乾燥させる。収量:1.43g(100%)。
b)アセトニトリル錯体である(η5−2,4−ジメチルペンタジエニル)(CH3CN)3ルテニウム(II)テトラフルオロホウ酸塩(出発化合物)の調製
工程a)で調製した(η4−2,4−ジメチルペンタジエン−η2−C,H)(η5−2,4−ジメチルペンタジエニル)ルテニウムテトラフルオロホウ酸塩0.41g(1.1mmol)を、アセトニトリル10mlに添加混合する。当該燈色の溶液を10分間撹拌し、溶媒を減圧下で除去して、燈色の固体を得る。収量:0.44g(100%)。
c)(η5−2,4−ジメチルペンタジエニル)(CH3CN)(Jcsiphcs−SL−J212−1)ルテニウム(II)テトラフルオロホウ酸塩の調製
マグネチックスターラーを備える50mlの丸底フラスコにおいて、前記アセトニトリル錯体の(η5−2,4−ジメチルペンタジエニル)(CH3CN)3ルテニウム(II)テトラフルオロホウ酸塩を、塩化メチレン15mlに溶解させ、Josiphos SL−J212−1(Solvias社製,バーゼル,スイス)200mg(0.38mmol)と一緒に室温で6時間撹拌する。次いで、n−ヘキサン50mlを、当該溶液に滴下により添加する。赤燈色の固体が沈殿し、それを濾別する。残留溶媒を、室温で減圧下において除去する。これにより、3種のジアステレオマーの混合物としての生成物を、収率:95%において得る。31P−NMRスペクトルにより、配位子のP−P配位(並びに、それによって六員環の存在)が示される。
キャラクタリゼーション:

d)接触水素化への使用
実施例1に記載したようにして調製した(η5−2,4−ジメチルペンタジエニル)(CH3CN)(Josiphos−SL−J212−1)ルテニウム(II)テトラフルオロホウ酸塩錯体を、E−2−メチル−2−ブテン酸の不斉水素化に使用する。当該水素化は、オートクレーブ内において、50barの水素圧下、溶媒:メタノール、温度:50℃で実施する。20時間の反応時間の後、水素圧を除去する。本発明による錯体は、エナンチオ選択的接触水素化のための触媒として使用する場合に、非常に良好な結果が得られる。
【0053】
実施例2
(η5−2,4−ジメチルペンタジエニル)(ヨード)(Josiphos SL−J212−1)ルテニウム(II)の調製
マグネチックスターラーを備える25mlの丸底フラスコにおいて、実施例1b)に記載したようにして調製したアセトニトリル錯体の(η5−2,4−ジメチルペンタジエニル)(SL−J212−1)(CH3CN)ルテニウム(II)テトラフルオロボホウ酸塩(150mg、0.18mmol)を、アセトン4mlおよび水2mlに溶解させ、ヨウ化リチウム(LiI、28.5mg、0.21mmol)と共に室温で3時間撹拌する。溶液は、室温において減圧下で、蒸発乾固する。残留物を1mlの水で3回洗浄する。これにより、ジアステレオメリック的に純粋な化合物の形態の生成物を得る。収率:90%。31P−NMRスペクトルにより、SL−J−212−1のP−P配位が示される。
キャラクタリゼーション:

接触水素化への使用:
実施例2に記載したようにして調製した(Josiphos SL−J−212−1)(ヨード)ルテニウム(II)錯体を、E−2−メチル−2−ブテン酸の不斉水素化に使用する。当該錯体において、エナンチオ選択的接触水素化のための触媒として、非常に良好な結果が得られる。
【0054】
実施例3
(η5−2,4−ジメチルペンタジエニル)(CH3CN)((R,R)−DepyPhos)ルテニウム(II)テトラフルオロホウ酸塩の調製
マグネチックスターラーを備える50mlのシュレンク管において、実施例1b)に記載したようにして調製したアセトニトリル錯体の(η5−2,4−ジメチルペンタジエニル)(CH3CN)3ルテニウム(II)テトラフルオロホウ酸塩を、塩化メチレン15mlに溶解させ、(R,R)DepyPhos(Digital Speciality Chemicals社製,トロント,カナダ)25mg(0.05mmol)と一緒に室温で半時間撹拌する。次いで、n−ヘキサン50mlを、当該溶液に滴下により添加する。黄燈色の固体が沈殿し、それを濾別する。残留溶媒を、室温で減圧下において除去する。ジアステレオメリック的に純粋な化合物の形態で、収率:98%の生成物を得る。31P−NMRスペクトルにより、配位子のP−P配位(並びに、それによって5員環の存在)が示される。
接触水素化への使用:
実施例3に記載したようにして調製した錯体を、E−2−メチル−2−ブテン酸の不斉水素化に使用する。当該水素化は、オートクレーブ内において、50barの水素圧下、溶媒:メタノール、温度:50℃で実施する。20時間の反応時間の後、水素圧を除去する。当該錯体において、エナンチオ選択的接触水素化のための触媒として、非常に良好な結果が得られる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
均一系触媒作用のための、キラルな二リンドナー配位子を有するルテニウム錯体であって、一般式:
【化1】

または
【化2】

[式中、
−ルテニウムは、酸化状態+IIで存在し、
−P(1)−P(2)は、キラルな二リンドナー配位子であり、
−nは、n≧3に従う整数であり、
−LDは、少なくとも1つの非荷電性配位子であり、
−Zは、π−結合したアニオン性の開環ペンタジエニル配位子であり、
−E-は、オキソ酸もしくは錯酸のアニオンであり、かつ
−LZは、少なくとも1つのアニオン性配位子であり、
かつ該キラルな二リンドナー配位子P(1)−P(2)は、二座のP−P配位を有し、かつ該ルテニウムと共に4〜6員環を形成する]
を有するルテニウム錯体。
【請求項2】
前記キラルな二リンドナー配位子P(1)−P(2)が、ジホスフィン、ジホスホラン、ジホスフィット、ジホスホニット、およびジアザホスホランから成る群から選択される、請求項1に記載のルテニウム錯体。
【請求項3】
4員環が存在し、かつ前記キラルな二リンドナー配位子P(1)−P(2)が、MiniPhosおよびTrichickenfootphos配位子から成る群から選択される、請求項1または2に記載のルテニウム錯体。
【請求項4】
5員環が存在し、かつ前記キラルな二リンドナー配位子P(1)−P(2)が、DIPAMP、Norphos、PROPHOS、DuPHOS、Chiraphos、Bis−P*ファミリー、DepyPhos(またはDeguPhos)、RoPhos、CATAXIUM、ButiPhane、(1,2−エチレン)−BinaPhane、(1,2−フェニレン)−BinaPhane、Binapine、TangPhos、BPE、BasPhos、MalPhos、Me−KetalPhos、Helmchen配位子、PennPhos、UCAP、Hoge配位子、およびCNR−Phos配位子から成る群から選択される、請求項1または2に記載のルテニウム錯体。
【請求項5】
6員環が存在し、かつ前記キラルな二リンドナー配位子P(1)−P(2)が、BDPP(またはSKEWPHOS)、BPPFOH、MandyPhos、JosiPhos、FerroTANE Me−f−KetalPhos、Ferrocelane、Trifer、および(1,1’−フェロセン)−BinaPhane配位子から成る群から選択される、請求項1または2に記載のルテニウム錯体。
【請求項6】
Dが、非荷電性2電子ドナー配位子であり、かつアセトニトリル(CH3CN)、ジエチルエーテル、水、アセトン、テトラヒドロフラン、ジオキサン、ピリジン、イミダゾール、およびチオフェンから成る群からの溶媒配位子である、請求項1〜5のいずれかに記載のルテニウム錯体。
【請求項7】
Zが、置換された開環ペンタジエニル配位子であり、かつ1−メチルペンタジエニル、2,4−ジメチルペンタジエニル、または2,3,4−トリメチルペンタ−ジエニルである、請求項1〜6のいずれかに記載のルテニウム錯体。
【請求項8】
Zが、2,4−ジメチルペンタジエニルである、請求項1〜7のいずれかに記載のルテニウム錯体。
【請求項9】
-が、HSO4-、CF3SO3-、CF3CO2-、CH3CO2-、CIO4-、BF4-、B(アリール)4-、SbF6-、またはPF6-から成る群からのアニオンである、請求項1〜8のいずれかに記載のルテニウム錯体。
【請求項10】
Zが、ハロゲン化物および疑ハロゲン化物から成る群からの少なくとも1つのアニオン性配位子である、請求項1〜9のいずれかに記載のルテニウム錯体。
【請求項11】
Zがヨウ化物であり、Zが2,4−ジメチルペンタジエニルであり、かつE-がBF4-である、請求項1〜10のいずれかに記載のルテニウム錯体。
【請求項12】
一般式:
【化3】

[式中、
−Ruが、酸化状態+IIであり、
−nが、n≧3に従う整数であり、
−LDが、非荷電性配位子であり、
−Zが、π−結合したアニオン性の開環ペンタジエニル配位子であり、かつ
−E-が、オキソ酸もしくは錯酸のアニオンである]
のRu出発化合物を、キラルな二リンドナー配位子P(1)−P(2)と反応させる、請求項1〜9のいずれかに記載のルテニウム錯体(タイプA)の製造方法。
【請求項13】
前記キラルな二リンドナー配位子P(1)−P(2)が、ルテニウムと共に4〜6員環を形成する、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
前記キラルな二リンドナー配位子P(1)−P(2)が、ジホスフィン、ジホスホラン、ジホスフィット、ジホスホニット、およびジアザホスホランから成る群から選択される、請求項12または13に記載の方法。
【請求項15】
前記キラルな二リンドナー配位子P(1)−P(2)が、ルテニウムと共に4員環を形成し、かつMiniPhosおよびTrichickenfootphos配位子から成る群から選択される、請求項12〜14のいずれかに記載の方法。
【請求項16】
前記キラルな二リンドナー配位子P(1)−P(2)が、ルテニウムと共に5員環を形成し、かつDIPAMP、Norphos、PROPHOS、DuPHOS、Chiraphos、Bis−P*ファミリー、DepyPhos(またはDeguPhos)、RoPhos、CATAXIUM、ButiPhane、(1,2−エチレン)−BinaPhane、(1,2−フェニレン)−BinaPhane、Binapine、TangPhos、BPE、BasPhos、MalPhos、Me−KetalPhos、Helmchen配位子、PennPhos、UCAP、Hoge配位子、およびCNR−Phos配位子から成る群から選択される、請求項12〜14のいずれかに記載の方法。
【請求項17】
前記キラルな二リンドナー配位子P(1)−P(2)が、ルテニウムと共に6員環を形成し、かつBDPP(またはSKEWPHOS) BPPFOH、MandyPhos、JosiPhos、FerroTANE Me−f−KetalPhos、Ferrocelane、Trifer、および(1,1’−フェロセン)−BinaPhane配位子から成る群から選択される、請求項12〜14のいずれかに記載の方法。
【請求項18】
Dが、少なくとも1つの非荷電性2電子ドナー配位子であり、かつアセトニトリル(CH3CN)、ジエチルエーテル、水、アセトン、テトラヒドロフラン、ジオキサン、ピリジン、イミダゾール、およびチオフェンから成る群から選択される溶媒である、請求項12〜17のいずれかに記載の方法。
【請求項19】
Zが、置換された開環ペンタジエニル配位子であり、かつ1−メチルペンタジエニル、2,4−ジメチルペンタ−ジエニル、または2,3,4−トリメチルペンタジエニルである、請求項12〜18のいずれかに記載の方法。
【請求項20】
-が、HSO4-、CF3SO3-、CF3CO2-、CH3CO2-、CIO4-、BF4-、B(アリール)4-、SbF6-、またはPF6-から成る群からのアニオンである、請求項12〜19のいずれかに記載の方法。
【請求項21】
二極性の非プロトン性溶媒、例えば、アセトン、THF、またはジオキサンを溶媒として使用する、請求項12〜20のいずれかに記載の方法。
【請求項22】
タイプAのカチオン性ルテニウム錯体を、ハロゲン化物および疑ハロゲン化物から成る群からの負の電荷を有する配位子LZと反応させる、請求項1〜11のいずれかに記載のルテニウム錯体(タイプB)の製造方法。
【請求項23】
水性溶媒混合物、特に二極性の非プロトン性溶媒と水との混合物、を溶媒として使用する、請求項22に記載の方法。
【請求項24】
均一系不斉触媒作用、特に有機化合物の均一系不斉接触水素化のための触媒としての、請求項1〜11のいずれかに記載のルテニウム錯体の使用。
【請求項25】
C=C、C=O、またはC=N多重結合のエナンチオ選択的水素化のための触媒としての、請求項1〜11のいずれかに記載のルテニウム錯体の使用。

【公表番号】特表2011−516438(P2011−516438A)
【公表日】平成23年5月26日(2011.5.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−502262(P2011−502262)
【出願日】平成21年3月26日(2009.3.26)
【国際出願番号】PCT/EP2009/002204
【国際公開番号】WO2009/121513
【国際公開日】平成21年10月8日(2009.10.8)
【出願人】(501399500)ユミコア・アクチエンゲゼルシャフト・ウント・コムパニー・コマンディットゲゼルシャフト (139)
【氏名又は名称原語表記】Umicore AG & Co.KG
【住所又は居所原語表記】Rodenbacher Chaussee 4,D−63457 Hanau,Germany
【Fターム(参考)】