説明

1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オンを含有する水性組成物の製造方法

【課題】不溶性副生成物の濾過等による除去を必要としない簡易かつ経済的な1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オン含有水性組成物の製造方法を提供する。
【解決手段】不溶性副生成物であるN,N’−メチレンビス(1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オン)を含有する1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オン混合物を、アルカリ金属水酸化物存在下で加熱処理することを含む、1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オンを含有する水性組成物の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オンを含有する水性組成物の製造方法に関する。1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オンは抗菌剤、抗カビ剤等として有用な化合物である。
【背景技術】
【0002】
1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オンは抗菌剤、抗カビ剤等として有用な化合物であり、特に、微生物学的腐敗から水性媒質を保護するのに有効である。具体的にはラテックスの保護に適しており、例えば、アクリルおよびアクリレート等の塗料エマルジョンの保護のための防腐剤として使用されている。
【0003】
1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オンは水に対する溶解度が低く、取り扱いが容易でなかった。加えて、1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オンは感作性を有する化合物であることが知られており、その飛散性のために、多数の個体において感作を引き起こすことがある。したがって、取り扱いの容易さ、および取り扱い上の危険性の低減等のために、1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オンを、ジプロピレングリコール等の1種またはそれ以上の水混和性溶媒と水との混合物中でアルカリ金属塩に変換して、水性組成物とするのが一般的である(特許文献1)。
なお、1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オンの製造方法としては、2,2’−ジチオサリチル酸を塩素化してチオサリチル酸ジクロライドを得て、前記チオサリチル酸ジクロライドをアンモニアで処理することにより1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オンのアンモニウム塩を得て、これから1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オンが容易に単離されることが知られている(特許文献1)。
【0004】
また、工業的に有利に1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オンを製造する方法として、2−(アルキルチオ)ベンゾニトリル化合物とハロゲン化剤を水の存在下で反応させる製造方法が提案されている(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】米国特許第4188376号明細書
【特許文献2】特開平08−134051号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1の方法によると、比較的高価な2,2’−ジチオサリチル酸を用い、しかも反応工程数が多いため、工業的に満足できる方法とは言い難い。また、特許文献2の方法によると、従来よりも短い工程でかつ高収率で1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オンを得られるものの、副生成物が生成される場合がある。前記副生成物は、特許文献1等に開示されている一般に利用される1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オンを含有する水性組成物を製造する方法では不溶物となるため、濾過等による除去が必要である。
【0007】
したがって、工業的に有利な製造方法である2−(アルキルチオ)ベンゾニトリル化合物とハロゲン化剤を水の存在下で反応させる製造方法で得られた1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オンを用いて、1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オンを含有する水性組成物を簡易かつ経済的に製造する方法が望まれている。
【0008】
本発明は、前記の不溶性の副生成物を含有する1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オン混合物を用いて、簡易かつ経済的に1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オンを含有する水性組成物を製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記状況に鑑み、鋭意検討した。その結果、前記の不溶性の副生成物が、1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オンが2量化したN,N’−メチレンビス(1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オン)であることを見出した。さらに、本発明者らは、N,N’−メチレンビス(1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オン)を含有する1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オン混合物を、溶媒、およびアルカリ金属水酸化物存在下で加熱処理することにより、N,N’−メチレンビス(1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オン)が分解して、1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オンのアルカリ金属塩に変換されるため、不溶物が無くなり、濾過工程を経ることなく水性組成物を効率的に製造できることを見出した。溶媒は多くの反応工程でその反応を円滑に進行させ得るため、前記加熱処理においても溶媒を用いた。
【0010】
すなわち、本発明は、N,N’−メチレンビス(1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オン)を含有する1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オン混合物を、アルカリ金属水酸化物存在下に加熱処理することを含む、1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オンを含有する水性組成物の製造方法に関する。
【0011】
また、本発明は、前記加熱処理が溶媒中で行われる前記水性組成物の製造方法に関する。より具体的には、N,N’−メチレンビス(1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オン)を含有する1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オン混合物を、溶媒、およびアルカリ金属水酸化物存在下で加熱処理することを含む、1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オンを含有する水性組成物の製造方法に関する。
【0012】
本発明により得られる水性組成物に含有される1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オンの量は、限定するものではないが、水性組成物総質量に対して10〜25質量%であることが好ましく、より好ましくは15〜25質量%である。
【0013】
本発明に用いられる、N,N’−メチレンビス(1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オン)を含有する1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オン混合物は、乾燥したものであってもよいが、取り扱い上の観点から、通常10〜20質量%の水を含有するペーストの形態であることが好ましい。N,N’−メチレンビス(1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オン)を含有する1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オン混合物に含有されるN,N’−メチレンビス(1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オン)の量は、前記混合物に含有される1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オンに対して10質量%以下であることが好ましい。
本発明に用いられるN,N’−メチレンビス(1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オン)を含有する1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オン混合物に含有されるN,N’−メチレンビス(1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オン)の量は、前記混合物をHPLC(高速液体クロマトグラフィー)にて測定することにより求められる。なお、特許文献2等で開示される工業的製法で得られる1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オンに含有されるN,N’−メチレンビス(1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オン)の量は、1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オンに対して0.001〜10質量%の範囲である。
【0014】
本発明に用いられるアルカリ金属水酸化物としては、水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等が挙げられる。これらの中でも水酸化ナトリウムが好適に用いられる。また、これらアルカリ金属水酸化物は、単独で使用してもよいし、あるいは2種以上を組み合わせて使用してもよい。前記アルカリ金属水酸化物は、通常、水と混合して水溶液として用いることが好ましい。
前記アルカリ金属水酸化物の使用量は該混合物に含有する1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オン 1モルに対して0.8〜1.05モルであることが好ましく、より好ましくは0.95〜1.02モルである。
【0015】
一般に、溶媒は反応の進行を円滑にするために用いられる。本発明にかかる製造方法における加熱処理において、必ずしも溶媒を用いる必要はないが、必要に応じて溶媒を用いることができる。前記加熱処理に用いられる溶媒としては、限定するものではないが、水性組成物としての使用に適した溶媒が好ましい。水性組成物としての使用に適した溶媒を用いることにより、効率的に使用に適した水性組成物を得ることができる。本発明にかかる製造方法における加熱処理に用いられる溶媒としては、例えば、水混和性溶媒等が挙げられる。本明細書中で用いられる用語「水混和性溶媒」は、水と混和可能な極性有機溶媒を示す。前記水混和性溶媒としては、ジプロピレングリコール、トリプロピレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリエチレングリコール、低級アルキルカルビトール、メタノール、およびエタノールからなる群より選択される少なくとも1種の水混和性溶媒が挙げられる。中でもジプロピレングリコールが好ましい。前記溶媒の使用量は加熱処理する際の混合物総質量に対して好ましくは65質量%以下であり、より好ましくは50〜65質量%であり、さらにより好ましくは50〜60質量%である。
【0016】
本発明にかかる水性組成物の製造方法における加熱処理の方法は、特に限定されないが、各成分を混合させた後、攪拌しながら行うことができる。加熱処理の温度は、好ましくは30〜100℃であり、好ましくは50〜100℃、より好ましくは60〜90℃である。加熱処理の時間は、加熱処理の温度およびN,N’−メチレンビス(1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オン)を含有する1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オン混合物に含有されるN,N’−メチレンビス(1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オン)の量により異なるが、通常0.5〜24時間である。
【0017】
各成分の混合方法は特に限定されないが、例えばN,N’−メチレンビス(1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オン)を含有する1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オン混合物を所望により溶媒と混合させ、攪拌しながら水酸化ナトリウム等のアルカリ金属水酸化物の水溶液を滴下する方法を用いることができる。
【0018】
本発明の製造方法により得られる水性組成物は、使用に適した1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オンの濃度にするために、溶媒を添加することができる。使用に適した1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オンの濃度としては、水性組成物総質量に対して10〜25質量%が好ましく、15〜25質量%がより好ましい。
【0019】
本発明の製造法により得られる水性組成物に添加する溶媒としては、限定するものではないが、ジプロピレングリコール、トリプロピレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリエチレングリコール、低級アルキルカルビトール、メタノール、およびエタノールからなる群より選択される少なくとも1種の水混和性溶媒が挙げられる。前記溶媒の使用量は、溶媒添加後の水性組成物の総質量に対して、好ましくは50〜65質量%であり、より好ましくは50〜60質量%である。
【0020】
本発明の製造方法によれば、水性組成物総質量に対して好ましくは10〜25質量%、より好ましくは15〜25質量%の量で1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オンが含有された水性組成物を簡易かつ経済的に得ることができる。また、前記したように、加熱処理の際に、溶媒として水混和性溶媒を用いることにより、さらに効率的に使用に適した水性組成物を製造することができる。
【0021】
本発明で得られる水性組成物は、従来から1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オンが使用されているいずれの適用においても用いることができ、特に限定されない。本発明の水性組成物を実際に使用する際は、微生物による腐敗から保護しようとする媒体中に適度な濃度となるように、添加される。媒体中の濃度は特に制限されないが、典型的には1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オンの濃度が1000ppm以下になるよう調整される。
【発明の効果】
【0022】
本発明によると、不溶性の副生成物であるN,N’−メチレンビス(1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オン)を含有する1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オン混合物を用いて、簡易かつ経済的に、1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オンを含有する水性組成物を製造することができる。
本発明によれば、従来、不溶物として濾過により除去、破棄していたN,N’−メチレンビス(1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オン)を1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オンのアルカリ金属塩に変換できるため、実質的に1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オンが増加することになり、廃棄物を有効に利用することができる。さらに、濾過工程を経ることなく簡易な操作で得られる水性組成物は抗菌剤、抗カビ剤等として用いることができる。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下に製造例、実施例および比較例により本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれら実施例のみに限定されるものではない。
【0024】
実施例1
攪拌機、温度計および冷却管を備えた内容積500mlのフラスコに、水11質量%を含む水性ペーストの、0.5質量%N,N’−メチレンビス(1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オン)を含有する1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オン混合物33.7g(1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オン、0.197モル)、ジプロピレングリコール82.5gを混合した。前記混合物を攪拌しながら30質量%水酸化ナトリウム水溶液26.8gを滴下後、水7.0gを添加した。
不溶物の有無を目視で確認したところ、前記混合液中に不溶物が確認された。前記混合液を攪拌しながら60℃で5時間保持したところ、不溶物は確認されなかった。
その後室温まで冷却し、濾過工程なしで不溶物の無い、1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オンを含有する水性組成物を得た。
得られた水性組成物中、1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オンは、0.198モルであった。
【0025】
実施例2
攪拌機、温度計および冷却管を備えた内容積500mlのフラスコに、水11質量%を含む水性ペーストの、5.0質量%N,N’−メチレンビス(1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オン)を含有する1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オン混合物35.8g(1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オン、0.20モル)、ジプロピレングリコール82.5gを混合した。前記混合物を攪拌しながら30質量%水酸化ナトリウム水溶液26.8gを滴下後、水7.0gを添加した。
不溶物の有無を目視で確認したところ、前記混合液中に不溶物が確認された。前記混合物を攪拌しながら90℃で5時間保持したところ、不溶物は確認されなかった。
その後室温まで冷却し、濾過工程なしで不溶物の無い、1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オンを含有する水性組成物を得た。
得られた水性組成物中、1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オンは、0.21モルであった。
【0026】
比較例1
実施例1と同様に各成分を混合後、混合物を攪拌しながら25℃で15時間保持した。この際、不溶物の有無を目視で確認したところ、不溶物が確認されたため、更に25℃で攪拌を継続したが、24時間経過後も不溶物が確認された。なお、前記不溶物は、N,N’−メチレンビス(1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オン)であった。また、25℃で15時間保持した後に目視で観察された不溶物の量と、25℃で24時間保持した後に目視で観察された不溶物の量との間に、顕著な変化は観察されなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
N,N’−メチレンビス(1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オン)を含有する1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オン混合物を、アルカリ金属水酸化物存在下で加熱処理することを含む、1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オンを含有する水性組成物の製造方法。
【請求項2】
前記加熱処理が溶媒中で行われる、請求項1に記載の水性組成物の製造方法。
【請求項3】
N,N’−メチレンビス(1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オン)を含有する1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オン混合物に含有されるN,N’−メチレンビス(1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オン)の量が、1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オンに対して10質量%以下である、請求項1または2に記載の水性組成物の製造方法。
【請求項4】
加熱処理の温度が30〜100℃である、請求項1〜3のいずれか一項に記載の水性組成物の製造方法。
【請求項5】
前記溶媒が、ジプロピレングリコール、トリプロピレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリエチレングリコール、低級アルキルカルビトール、メタノール、およびエタノールからなる群より選択される少なくとも1種の水混和性溶媒を含む、請求項2〜4のいずれか一項に記載の水性組成物の製造方法。

【公開番号】特開2012−214427(P2012−214427A)
【公開日】平成24年11月8日(2012.11.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−119412(P2011−119412)
【出願日】平成23年5月27日(2011.5.27)
【出願人】(000195661)住友精化株式会社 (352)
【Fターム(参考)】