説明

1,3,5−トリベンゾイルベンゼンの製造方法

【課題】1,3,5-トリベンゾイルベンゼンを、有機溶媒や酸・塩基触媒を用いることなく、環境負荷を与えないで化学合成できる方法を提供すること。
【解決手段】超臨界状態に近い高温高圧水環境において、触媒無添加で、フェニルエチニルケトンを環化三量化して1,3,5-トリベンゾイルベンゼンを製造することで課題が解決できた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機溶媒や触媒を用いることなく、1,3,5-トリベンゾイルベンゼンを製造する方法に関する。より具体的には、高温高圧水中、触媒無添加において、フェニルエチニルケトンを環化三量化して1,3,5-トリベンゾイルベンゼンを製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
1,3,5-トリベンゾイルベンゼンは、次世代の超機能材料・未来技術として注目される有機磁性体の研究において、出発原料として重要な位置を占めている。さらに1,3,5-トリベンゾイルベンゼンは、人工光合成の光捕集アンテナ系、ドラッグ・デリバリー・システムなど各種機能性デンドリマー(樹枝状構造を持つオリゴマーとポリマーのこと)の出発物質として合成化学上重要な位置を占めている。
【0003】
1,3,5-トリベンゾイルベンゼンを選択的に合成する方法として、本発明者らは、塩化メチレン中、塩基触媒としてジエチルアミンを用いたマイケル反応によるフェニルエチニルケトンの環化三量化を提供した(非特許文献1)。このように、従来の環化反応は、通常は有機溶媒中、酸・塩基触媒の添加の下で行なわれている。
【0004】
一方、超臨界状態またはこれに近い高温高圧水環境では、水は、常温常圧の有機溶媒に相当する低い誘電率を示し、更に高いイオン積も有することから、有機物に対して高い溶解性を示すことが知られている。また、高いH+やOH-濃度の反応場を形成できるため、従来有機溶媒中で酸・塩基触媒を用いて行なわれてきた有機合成反応を、多量の有機溶媒や酸・塩基触媒を用いることなく進行させ得る可能性が示唆され、代表的な求電子置換反応であるフリーデル・クラフツアルキル化及びアシル化について無触媒で進行することが報告されている(非特許文献2)。
【0005】
このような中で、本願発明者らは、環化反応を超臨界条件下で行なえることを見出し、既に特許出願した(特許文献1)。この発明は、スクワレンからトリテルペンへの環化のようなポリエン類の環化反応に関するものである。
【0006】
その他、マイケル反応を超臨界条件下で行なう方法は、特許文献2(環化化合物の製造方法)及び特許文献3(超臨界水又は亜臨界水中における不飽和化合物の変換方法)に記載がみられる。前者には、ブテノンとシクロヘキサン-1,3-ジオンとのマイケル反応に応用した例が記載され、後者には、α,β-不飽和カルボニルへの水のマイケル反応型付加反応の例が記載されている。
【0007】
しかし、次世代の超機能材料・未来技術として注目される有機磁性体の研究において、出発原料として重要な位置を占める1,3,5-トリベンゾイルベンゼンを有機溶媒や触媒を用いることなく、超臨界条件下で合成しようとする報告は従来なかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2008−162973号公報
【特許文献2】特開2005−206561号公報
【特許文献3】特開2006−199667号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】K. Matsuda, N. Nakamura, H. Iwamura, Chemistry Lett., 1765-1768 (1994)
【非特許文献2】K.Chandler等 AIChE J., 44,2080(1998)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、1,3,5-トリベンゾイルベンゼンの合成反応を、有機溶媒や酸・塩基触媒を用いることなく、環境負荷を与えないで化学合成できる方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、超臨界状態に近い高温高圧水環境において、触媒無添加で、フェニルエチニルケトンから1,3,5-トリベンゾイルベンゼンへの環化三量化反応が進行することを見出し、本発明に至った。
すなわち、本発明者らは、フェニルエチニルケトンから1,3,5-トリベンゾイルベンゼン類の環化三量化反応が、高温高圧水環境において、自発的に進行することを見出したものである。フェニルエチニルケトンを水中で数分間、200〜400℃に加熱すると、三量化反応が起こり、1,3,5-トリベンゾイルベンゼンが生成する。有機溶媒も酸・塩基触媒も添加しておらず、亜臨界または超臨界状態の水の低い比誘電率と高いイオン積のために、マイケル付加環化反応が円滑に進行したものと考えられる。
この手法は、有機溶媒や酸・塩基触媒を用いることがないので、低環境負荷の環境調和型プロセスであることに加え、生成物が水相と分離して取得できるため、分離取得工程の簡略化が達成できるという利点もある。
【0012】
また、本発明の反応は、フェニルエチニルケトンのフェニル基上及びエチニル基末端に、様々な置換基を導入した誘導体にも拡張できる可能性を持つ。また、フェニル基はナフチル基をはじめとする様々な芳香族炭化水素、ヘテロ芳香族グループに置き代えることも可能である。
さらにまた、本発明は、フェニルエチニルケトンのマイケル付加環化反応を用いているために、1,3,5-三置換体という位置選択的合成が可能であるという利点もある。すなわち、従来、遷移金属触媒を用いた一置換アセチレンの三量化では、位置選択性がなく、1,3,5-三置換体の他に1,3,4-三置換体も生成し、また、カルボニル基など触媒と反応する置換基は入れられなかった。それに対して本発明で採用するマイケル付加環化反応の機構からして、位置選択性が1,3,5-三置換体を与えるように限定されることにも大きな特徴がある。
【0013】
すなわち、本発明は、次に関するものである。
(1)高温高圧水中、触媒無添加において、フェニルエチニルケトンを環化三量化して1,3,5-トリベンゾイルベンゼンを製造する方法。
(2)温度200〜400℃、圧力1.55〜30MPaで反応させることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明の1,3,5-トリベンゾイルベンゼンの製造方法は、有機溶媒や酸・塩基触媒を用いないので、環境調和型の方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】実施例の生成物と標準物質のGS-MSスペクトル
【図2】実施例の生成物のNMRスペクトル
【図3】収率の経時変化を示すグラフ
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下に、本発明を具体的に説明するが、本発明はそれに限定されるものではない。
本発明の1,3,5-トリベンゾイルベンゼンの合成経路を下記に示す。
出発原料フェニルエチニルケトン(1)から、(2)を経由して、1,3,5-トリベンゾイルベンゼン(3)が合成される。

【化1】


【0017】
本発明において出発原料となるフェニルエチニルケトン(1)は、市販の1-フェニル-2-プロピン-1-オール (4)の酸化によって得ることができる。

【化2】

【0018】
高温高圧水は、常温常圧の有機溶媒に相当する低い誘電率を示すが、本発明者らは、温度200〜400 ℃以上、圧力1.55〜30MPaの高温高圧水環境でフェニルエチニルケトンから1,3,5-トリベンゾイルベンゼンへの環化三量体化が進行することを見出した。
【実施例】
【0019】
以下には、実施例によって本発明を具体的に説明するが、本発明はそれに限定されるものではない。
【0020】
[出発原料フェニルエチニルケトンの合成]
市販の1-フェニル-2-プロピン-1-オール (4) の酸化を行った。0.26 g(2.0 mmol)の1-フェニル-2-プロピン-1-オールをジクロロメタン25 mlに溶かした溶液に過マンガン酸カリウム1.0 g(6.3 mmol)と活性二酸化マンガン3.0 g(34.5 mmol)を擂った均一な粉末を15分以上かけゆっくり加え、常温下で18.5 時間反応を行った。反応後、濃縮し、水・メタノール混合溶液により再結晶を行って、フェニルエチニルケトン(1)を得た。(4)から(1)への酸化反応は転化率100%で進行した。
【0021】
[1,3,5-トリベンゾイルベンゼンの合成]
<反応手順>
超臨界水を用いた1,3,5-トリベンゾイルベンゼンの合成には、回分式反応器(SUS316製、内容積2.1 cm3)を用いた。反応温度は200, 250, 300, 400 ℃とし、純水およびフェニルエチニルケトンの仕込み量はそれぞれ0.739g(41 mmol)と0.0133 g(0.1 mmol)、水/フェニルエチニルケトンの物質量比は400となる。その後、反応管を所定温度に設定した金属溶融塩浴内に投入し反応を開始した。反応時間は1〜10 分(昇温時間30秒を含む)の範囲で行い、所定時間経過後、反応器を冷水にて冷却し反応を停止させた。反応後の生成物は固体として得られるが、定量分析のためには反応管内にメタノールを添加して均一相とした後回収した。
【0022】
<分析手段>
生成物の定性にはGC-MS,NMRを、定量にはHPLCを用いた。用いた分析機器、分析条件は下記のとおりである。
(GC-MS)
島津製作所社製ガスクロマトグラフ質量分析装置(GCMS-QP2010)を使用
カラム DB-5MS 膜厚0.25um 長さ30m 内径0.25mm ID
カラムオーブン60℃
注入量2μl
気化室温度325℃
分析条件 60℃で4min 保持→20℃/min で280℃まで昇温、その後45min 保持
線速度28cm/秒
パージ流量3mL/分
スプリット比100
イオン源温度250℃
(NMR)
Bruker 社製核磁気共鳴装置(NMR-Avance-400)
(HPLC)
島津製作所社製高速液体クロマトグラフ分析装置(Prominence HPLC20)
カラム Shim-Pack FC-ODS 75×4.6mm
カラムオーブン温度 40度 検出波長 270nm
流量 1.0ml/min
キャリアー 質量割合 アセトニトリル:純水=1:1
【0023】
<結果>
図1に、生成物のMSスペクトルを、図2にNMRスペクトルを示した。
1H NMR:8.47(s, 3H, 2,4,6-CH), 7.91-7.96(m, 6H, o-CH), 7.71-7.57 (m, 9H, p,m-CH)
MSスペクトルの結果(図1上)は、MSの1,3,5-トリベンゾイルベンゼンのデータベース(図1下)と一致し、NMRのスペクトル(図2)は、本発明者らが報告したスペクトル(非特許文献1)と一致したことから、目的物1,3,5-トリベンゾイルベンゼンの生成が確認できた。
【0024】
表1、図3には、各温度における1,3,5-トリベンゾイルベンゼンの収率の経時変化を示した。
【表1】

図3から300℃〜400℃では顕著な反応時間の依存性が見られず、収率はそれぞれ約29%〜約41%であった。
なお、収率(wt%)は、生成した1,3,5-トリベンゾイルベンゼン(g)/投入したフェニルエチニルケトン(g)×100で算出した。
一方で、200℃では反応時間1minで収率13%弱であったのに対し、時間の経過とともに増加し、反応時間7minでは、本実験での最大収率である65%を得た。
250℃では、中間的挙動を示した。
【産業上の利用可能性】
【0025】
以上のとおり、本発明によって、高温高圧水中、触媒無添加において、フェニルエチニルケトンから1,3,5-トリベンゾイルベンゼンへの環化三量化反応が位置選択的に進行することが分かった。1,3,5-トリベンゾイルベンゼンは、次世代の超機能材料・未来技術の出発原料として重要な位置を占めるので、環境調和型に合成できることは有用である。また、本発明の反応は、フェニルエチニルケトンのフェニル基上及びエチニル基末端に、様々な置換基を導入した誘導体にも拡張できる可能性を持つ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
高温高圧水中、触媒無添加において、フェニルエチニルケトンを環化三量化して1,3,5-トリベンゾイルベンゼンを製造する方法。
【請求項2】
温度200〜400℃、圧力1.55〜30MPaで反応させることを特徴とする請求項1に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−202620(P2010−202620A)
【公開日】平成22年9月16日(2010.9.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−52999(P2009−52999)
【出願日】平成21年3月6日(2009.3.6)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 「第41回(平成20年度)日本大学生産工学部学術講演会 講演概要」(平成20年12月6日 日本大学生産工学部生産工学研究所発行)
【出願人】(899000057)学校法人日本大学 (650)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】