説明

3−ニトロ−4−アルコキシ安息香酸の製造方法

4−アルコキシ安息香酸および4−アルコキシ安息香酸に対して8重量倍以上の濃度40〜80%の硝酸を含む混合物を、30〜100℃の温度下で反応させる工程を含む、3−ニトロ−4−アルコキシ安息香酸の製造方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、4−アルコキシ安息香酸の選択的な3位ニトロ化による、3−ニトロ−4−アルコキシ安息香酸の製造方法に関する。
【背景技術】
3−ニトロ−4−アルコキシ安息香酸は、染料、顔料、医薬品などの製造のための中間体として重要な化合物である。特に3−ニトロ−4−メトキシ安息香酸(以下、3−ニトロアニス酸と称する)は、アゾ色素の合成においてジアゾ成分として広く使用される、Red KD Base(DB−40)、Red KL Base(DB−20)などの製造のための中間体として重要な化合物である。
一般に、4−アルコキシ安息香酸などの芳香族化合物のニトロ化は、濃硝酸と濃硫酸の混合物である混酸を用いて実施されている。
しかし、一般に行われている混酸によるニトロ化反応では、反応条件によっては、ジニトロ化合物などの副生成物が生成する。したがって、工業的規模で用いるために満足できるものではない。さらにこのような混酸を用いた方法では、多量の廃棄硫酸が生じ、環境に影響を与える可能性がある。
例えば、従来の4−アルコキシ安息香酸の3位ニトロ化による3−ニトロ−4−アルコキシ安息香酸の製法としては、ニトロ化反応に不活性な四塩化炭素などのハロゲン化炭化水素系の溶媒中にて、濃度60%の硝酸をニトロ化剤に用い、触媒量の硫酸の存在下にニトロ化を行う方法が知られている(亀尾貴、平嶋恒亮、「2,3の芳香族化合物の不活性溶媒中での硝酸ニトロ化」、科学と工業、1985年、第59巻、第2号、p.49−53)。
かかる方法は、ハロゲン化炭化水素系の溶媒を使用するため、環境面への影響が問題となる。また硫酸と硝酸を混合するため、反応物の再利用(即ち、ニトロ化剤である硝酸の回収)が困難である。また、酸性廃液が多量に出るという問題もある。
また、硫酸と4−アルコキシ安息香酸の混合物に硝酸を滴下し、10℃以下の冷却下でニトロ化反応を行う方法が知られている(特開昭55−31045号公報)。
この方法は、ニトロ化反応後に反応物を多量の冷水と混合し、3−ニトロ−4−アルコキシ安息香酸を析出させた後に回収することを含む。したがって、硫酸と硝酸を含む希薄な酸性廃水が多量に生じるという問題を有する。このような希薄な酸性廃水からニトロ化剤である硝酸を再利用のために回収するのは困難である。
さらに、ジニトロ化などの副反応を抑制するため低温で反応を行うために、反応に長時間を要する。また、工業的に製造する場合には冷媒の冷却に多大なエネルギーが必要である。
【発明の開示】
本発明の目的は、大量の硫酸と硝酸からなる酸性廃水を生じることなく、またハロゲン化炭化水素などの溶媒を使用することなく、かつジニトロ化合物などの副生成物を生じない、3−ニトロ−4−アルコキシ安息香酸を高収率で製造する方法を提供することにある。
本発明は、4−アルコキシ安息香酸および4−アルコキシ安息香酸に対して8重量倍以上の濃度40〜80%の硝酸を含む混合物を、30〜100℃の温度下で反応させる工程を含む、3−ニトロ−4−アルコキシ安息香酸の製造方法を提供する。
また、本発明は、上記方法によって得られた反応物を冷却する工程、および、析出した3−ニトロ−4−アルコキシ安息香酸を分離回収する工程を含む、3−ニトロ−4−アルコキシ安息香酸の製造方法を提供する。
また、本発明は、上記方法によって得られた反応物を昇温し均一な溶解液を得る工程、該溶解液を冷却する工程、および、析出した3−ニトロ−4−アルコキシ安息香酸を分離回収する工程を含む、3−ニトロ−4−アルコキシ安息香酸の製造方法を提供する。
さらに、本発明は、上記方法によって得られた反応物を冷却する工程、析出した3−ニトロ−4−アルコキシ安息香酸を液相から分離し、液相を回収する工程、および液相中の硝酸濃度を40〜80%に調整し、反応に再利用する工程を含む、3−ニトロ−4−アルコキシ安息香酸の製造方法を提供する。
本発明の方法により、ハロゲン化炭化水素系溶媒などを用いることなく、また硫酸と硝酸からなる酸性廃水を生じることなく、高収率、高純度で3−ニトロ−4−アルコキシ安息香酸の製造が可能となる。
さらに、本発明の方法においては、4−アルコキシ安息香酸が選択的にモノニトロ化され、ジニトロ化合物などの副生成物が実質的に生じないか、あるいは生じるとしてもわずかである。
【発明を実施するための最良の形態】
本明細書において、「硝酸の濃度」は硝酸水溶液中の硝酸の濃度(重量%)を示す。
本発明の方法における原料としては下記式[I]で表される4−アルコキシ安息香酸が用いられる。好ましくは、4−メトキシ安息香酸(以下、アニス酸と称する)、4−エトキシ安息香酸、4−n−プロピルオキシ安息香酸、4−イソプロピルオキシ安息香酸、4−n−ブトキシ安息香酸などが用いられ、特に好ましくはアニス酸が用いられる。

[上記式中、Rは置換基を有してもよい、炭素原子数1〜6個を有する直鎖または分岐鎖の飽和アルキル基を意味する。置換基としては、ハロゲン原子、水酸基、メトキシ基、エトキシ基、カルボキシ基、メトキシカルボニル基、エトキシカルボニル基、シアノ基、ニトロ基、アミノ基、カルボニル基、チオカルボニル基などが挙げられる]。
本発明に用いる硝酸の濃度は、40〜80%が好ましく、50〜60%が特に好ましい。硝酸の濃度が80%よりも高ければ、副生成物が増加する問題が生じる。また、硝酸の濃度が40%よりも低ければ、反応に時間を要する。さらに、原料の転化率が低下し、それに伴い原料が目的物へ混入する可能性がある。
本発明の方法において、硝酸の使用量は4−アルコキシ安息香酸に対し8重量倍以上が好ましく、10〜20重量倍が特に好ましい。使用量が8重量倍より少ない場合は、均一な攪拌が困難であり、反応に時間を要する。また、副生成物の増加や、収率の低下などの問題が生じる可能性がある。なお、硝酸の使用量を20重量倍より多くしてもよいが、20重量倍以下の量を用いた場合より高い効果が得られるわけではない。また、反応器の利用効率の点などから、コスト高となる。
本発明の方法おいて、反応温度は30〜100℃が好ましく、60〜95℃が特に好ましい。この温度範囲においては、効率的に選択的なモノニトロ化反応が進行する。反応温度が30℃より低い場合は反応の進行が遅く、製造効率が低下する。反応温度が100℃より高ければ、副生成物が増加したり、脱炭酸が起こるため反応物が発泡するなどの問題が生じる。
硝酸濃度、原料に対する硝酸の倍率、および反応温度にも影響されるが、本発明の製法によるニトロ化反応は、0.2〜2時間行うのが好ましい。
本発明の方法は、いかなる圧力条件下においても実施可能であるが、通常、大気圧下で行うのが好ましい。
このようにして得られた3−ニトロ−4−アルコキシ安息香酸は、反応後に反応物を冷却することにより、結晶として析出される(晶析)。反応物の冷却による3−ニトロ−4−アルコキシ安息香酸の晶析は、反応後の懸濁液の状態から開始すればよい。または、反応後に反応物(懸濁液)を昇温し均一な溶解液とした後に冷却して晶析を行っても良い。後者の場合、限定的ではないが、80〜90℃に昇温すればよい。この場合、再結晶による精製効果により、より高品質の3−ニトロ−4−アルコキシ安息香酸が得られる。
反応後、冷却晶析された3−ニトロ−4−アルコキシ安息香酸は、遠心分離、フィルタープレスなどの常法により、液相と分離・回収される。
分離により得られた液相は、濃縮や、高濃度の硝酸の添加により、本発明の方法において用いられる好適な硝酸濃度に調整された後に再び反応に使用することができる。
なお、本発明の方法においては硫酸や有機溶媒を使用しないため、液相中の硝酸を分離精製する必要はない。したがって、効率的に硝酸の再利用が行われる。
液相より分離された3−ニトロ−4−アルコキシ安息香酸は、高収率かつ高純度であり、水洗、乾燥された後に製品化され、これは、染料、顔料、医薬品などの製造のための中間体として好適に利用される。
なお、本発明の製造方法は、回分式でも連続式でも実施可能である。
【産業上の利用の可能性】
本発明の方法により得られる3−ニトロ−4−アルコキシ安息香酸は、染料、顔料、医薬品などの製造のための中間体として好適に利用される。
【実施例】
以下、実施例および比較例により本発明を詳細に説明する。
実施例、比較例において、得られた結晶の3−ニトロ−4−アルコキシ安息香酸の純度は、高速液体クロマトグラフィーにより分析した。
【実施例1】
本発明の方法による3−ニトロアニス酸の製造例
アニス酸10gを60%硝酸140gに懸濁し、これを90℃まで30分で昇温しアニス酸を完全に溶解し、この温度で、30分攪拌し反応を完了させた。その後の溶液状態の反応物を徐々に室温まで冷却し、結晶を析出させた。析出した結晶をろ過により回収し、得られた結晶を十分に水洗した後に乾燥し、白色結晶11.5gを得た(収率88.5%)。得られた結晶の3−ニトロアニス酸の純度は99.6%であった。
本発明の方法により、高収率、高純度で3−ニトロアニス酸を得ることができた。
【実施例2】
実施例1で得られた液相を本発明による製造方法に適応した例
実施例1で生成した3−ニトロアニス酸をろ過し、回収した後の残存液相に、98%硝酸を適当量加えて、硝酸濃度を60%に調整した。この濃度調整された液相141.1gにアニス酸8.9gを加えて懸濁し、以下実施例1と同様にして白色結晶11.6gを得た。加えたアニス酸に対する収率は99.4%であった。このように残存液相を濃度調整して再利用することによって実質的に100%に近い収率で3−ニトロアニス酸を得ることが可能であった。
また、得られた結晶の3−ニトロアニス酸の純度は99.5%であった。
本発明の方法においては、反応後の液相を再利用することで効率良く3−ニトロアニス酸を得ることができた。
【実施例3】
本発明の方法による4−エトキシ−3−ニトロ安息香酸の製造例
実施例1で用いたアニス酸を、4−エトキシ安息香酸10.9gに代えることの他は、実施例1と同様にして、白色結晶12.2gを得た(収率87.8%)。得られた結晶の4−エトキシ−3−ニトロ安息香酸の純度は99.4%であった。
【実施例4】
本発明の方法による4−n−プロピルオキシ−3−ニトロ安息香酸の製造例
実施例1で用いたアニス酸を、4−n−プロピルオキシ安息香酸11.8gに代えることの他は、実施例1と同様にして、白色結晶11.2gを得た(収率75.7%)。得られた結晶の4−n−プロピルオキシ−3−ニトロ安息香酸の純度は99.2%であった。
【実施例5】
本発明の方法による4−イソプロピルオキシ−3−ニトロ安息香酸の製造例
実施例1で用いたアニス酸を、4−イソプロピルオキシ安息香酸11.8gに代えることの他は、実施例1と同様にして、白色結晶11.8gを得た(収率79.8%)。得られた結晶の4−イソプロピルオキシ−3−ニトロ安息香酸の純度は99.4%であった。
【実施例6】
本発明の方法による4−n−ブトキシ−3−ニトロ安息香酸の製造例
実施例1で用いたアニス酸を、4−n−ブトキシ安息香酸12.7gに代えることの他は、実施例1と同様にして、白色結晶11.9gを得た(収率76.2%)。得られた結晶の4−n−ブトキシ−3−ニトロ安息香酸の純度は99.2%であった。
(比較例1)
低濃度の硝酸を用いた例
実施例1で用いた硝酸を、30%硝酸200gに代えること、および90℃での攪拌時間を5時間とすることの他は、実施例1と同様にして白色結晶7.8gを得た。得られた結晶の3−ニトロアニス酸の純度は90%であり、不純物として未反応の原料のアニス酸を10%含むものであった。
硝酸濃度が低い場合は、結晶の純度が低く、本発明の方法に比べて反応効率も低かった。
(比較例2)
高濃度の硝酸を用いた例
実施例1で用いた硝酸を、98%硝酸140gに代えること、および反応温度を80℃とすることの他は、実施例1と同様にして、白色結晶7.2gを得た。しかし、この結晶中には、目的の3−ニトロアニス酸は含まれず、2,4−ジニトロアニソールおよび2,4−ジニトロフェノールなどの脱炭酸を経て生成した化合物が主成分であった。
硝酸濃度が高い場合は、選択的なモノニトロ化反応による目的生成物が得られなかった。
(比較例3)
混酸を用いて室温で反応させた例
アニス酸10gを98%硫酸45gに懸濁し、氷冷した。これに60%硝酸8.4gおよび98%硫酸8.0gからなる混酸を約20分かけて、滴下した。滴下終了後、室温にて約1時間攪拌して、反応を完了させた。反応物を氷水200g中に注ぎ入れ、析出した結晶をろ過により回収した。十分水洗した後、乾燥して、肌色結晶11.9gを得た。得られた結晶の3−ニトロアニス酸の純度は70%であり、不純物として、2,4−ジニトロアニソールなどを含んでいた。
得られた結晶の純度は低く、ろ過後の残存液相は再利用不可能なものであった。
(比較例4)
混酸を用いて冷却下で反応させた例
アニス酸10gを98%硫酸200gに溶解し、−5℃以下に冷却した。これに60%硝酸6.6gおよび98%硫酸50gからなる混酸を約45分かけて滴下した。このとき、発熱によって反応物の温度が0℃を超えることのないよう注意した。滴下終了後、約−5℃を保持しながら、1時間攪拌し反応を完了させた。反応物を氷500g中に注ぎ入れ、析出した結晶をろ過により回収した。十分に水洗した後、乾燥して、白色結晶12.6gを得た。得られた結晶の3−ニトロアニス酸の純度は95%であった。
得られた結晶の純度は低く、ろ過後の残存液相は再利用不可能なものであった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
4−アルコキシ安息香酸および4−アルコキシ安息香酸に対して8重量倍以上の濃度40〜80%の硝酸を含む混合物を、30〜100℃の温度下で反応させる工程を含む、3−ニトロ−4−アルコキシ安息香酸の製造方法。
【請求項2】
さらに、得られた反応物を冷却する工程、および、析出した3−ニトロ−4−アルコキシ安息香酸を分離回収する工程を含む、請求項1記載の3−ニトロ−4−アルコキシ安息香酸の製造方法。
【請求項3】
さらに、得られた反応物を昇温し均一な溶解液を得る工程、該溶解液を冷却する工程、および、析出した3−ニトロ−4−アルコキシ安息香酸を分離回収する工程を含む、請求項1記載の3−ニトロ−4−アルコキシ安息香酸の製造方法。
【請求項4】
さらに、得られた反応物を冷却する工程、析出した3−ニトロ−4−アルコキシ安息香酸を液相から分離し、液相を回収する工程、および、液相中の硝酸濃度を40〜80%に調整し、反応に再利用する工程を含む、請求項1記載の3−ニトロ−4−アルコキシ安息香酸の製造方法。
【請求項5】
4−アルコキシ安息香酸が、4−メトキシ安息香酸、4−エトキシ安息香酸、4−n−プロピルオキシ安息香酸、4−イソプロピルオキシ安息香酸および4−n−ブトキシ安息香酸からなる群から選択される、請求項1から4のいずれかに記載の3−ニトロ−4−アルコキシ安息香酸の製造方法。

【国際公開番号】WO2004/096750
【国際公開日】平成16年11月11日(2004.11.11)
【発行日】平成18年7月13日(2006.7.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−505912(P2005−505912)
【国際出願番号】PCT/JP2004/006055
【国際出願日】平成16年4月27日(2004.4.27)
【出願人】(000146423)株式会社上野製薬応用研究所 (30)
【Fターム(参考)】