説明

3−ヒドロキシプロピオン酸溶液の製造方法

【課題】微生物の培養により得られる3−ヒドロキシプロピオン酸(3HP)溶液に含まれうる乳酸および/またはエタノールを低減する手段を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明の3HPの製造方法は、有機化合物の存在下で、3−ヒドロキシプロピオン酸生成能を有し、かつ、乳酸および/またはエタノールの生成能が負に制御されてなる微生物を培養し、3−ヒドロキシプロピオン酸溶液を得ることを有し、3−ヒドロキシプロピオン酸溶液において、3−ヒドロキシプロピオン酸の全質量に対し、乳酸の含有率は1.2質量%以下である、および/または、エタノールの含有率は1質量%以下であることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、3−ヒドロキシプロピオン酸溶液の製造方法、ならびに当該方法で得られた3−ヒドロキシプロピオン酸溶液からアクリル酸および吸水性樹脂を製造する方法に関する。特に、本発明は、培養により得られる3−ヒドロキシプロピオン酸を含む培養液に含まれうる副生成物を低減する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
地球温暖化防止および環境保護の観点から、炭素源としてリサイクル可能な生物由来資源を従来の化石原料の代替として用いることが注目されている。例えば、汎用化成品、プラスチックおよび燃料生産の原料として、トウモロコシや小麦等の澱粉系バイオマス、サトウキビなどの糖質系バイオマス、および菜種の絞りかすや稲わら等のセルロース系バイオマス等のバイオマス資源を原料として利用する方法の開発が試みられている。また、バイオマス由来の糖類の利用以外にも、木質系バイオマスをガス化して得られる一酸化炭素と水素とを原料として利用する方法や、木質系バイオマスをガス化してメタノールを合成する方法についても検討・報告されている。このように、バイオマスから得られる糖類以外にも、様々な原料から汎用化成品を合成する技術が望まれている。
【0003】
3−ヒドロキシプロピオン酸(3−hydroxypropionic acid:3HP)およびそのエステルは、脂肪族ポリエステルの原料として有用な化合物であり、また、これから合成されるポリエステルは生分解性の地球にやさしいポリエステルとして注目されている。3HPは、通常、アクリル酸に対する水の付加により、またはエチレンクロロヒドリンとシアン化ナトリウムとの反応により製造される。アクリル酸を水和する反応は平衡反応であるため、反応率が制御されるという問題がある。また、エチレンクロロヒドリンの場合は、毒性の強い物質の使用が必要であり、さらに加水分解工程を追加しなくてはならない。この場合、塩化ナトリウムおよびアンモニウム塩が大量に生じるという問題もある。
【0004】
3HPは、脱水することによりアクリル酸を製造することができる。アクリル酸は、主にアクリル酸エステル製造の中間体として使用されており、アクリル酸エステルはコーティング剤、仕上げ剤、ペイント、接着剤の製造に使用され、吸着剤や洗浄剤用添加剤の製造にも使用されている。また、アクリル酸を部分中和させ、架橋性モノマーと共重合させることで吸水性樹脂を製造することもできる。アクリル酸の代替製造法としては、アクリロニトリルの硫酸による加水分解が知られている。しかし、この方法では、硫酸アンモニウム廃棄物が大量に生成し、それに伴うコストのために商業的には実施されていない。
【0005】
3HPは微生物の培養により生産可能なことが報告されている。例えば、特許文献1では、3HP生成能を有さない大腸菌に遺伝子組換えにより3HP生成能を付与し、得られた組換え微生物を3HPの発酵生産に用いる方法が開示されている。
【0006】
一方、非特許文献1および2では、3HP生成能を元来保有する微生物を3HPの発酵生産に用いる方法が開示されている。具体的に、非特許文献1では、Deusulforibrio属細菌を用いて、非特許文献2では、Lactobacillus属細菌を用いて、3HPの発酵生産が行われている。
【0007】
このような微生物の培養による3HPの生産方法では、3HP以外に発酵副生成物が生成しうる。例えば、乳酸、エタノール、酢酸、1,3−プロパンジオール、プロパノール、プロピオン酸等が3HP以外の副生成物として生成するとの報告がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】国際公開第2008/027742号パンフレット
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Qatibi AI et al.,Current Microbiology,1998,36,283−290
【非特許文献2】Sobolov M et al.,J. bacteriol,1960,79,261−266
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上述のように、微生物の培養により得られる未精製の3HP溶液は発酵副生成物を含みうるが、3HPを脱水処理してアクリル酸を製造する場合、これらの副生成物の存在が問題となる場合がある。
【0011】
特に、発酵副生成物のうち、3HPの異性体である乳酸は、触媒存在下で加熱すると脱水反応によりアクリル酸を生成することが知られているが、一方で、乳酸は3HPに比べて加熱したときに副反応が進行しやすいため、反応器や流路の閉塞や、触媒のコーキングの原因となり、安定的に反応を継続できないという問題を引き起こす。また、乳酸は加熱すると、容易に環化反応を起こし、二量体であるラクチドを形成しうる。ラクチドは重合しやすいため、反応器や流路の閉塞の原因となる。また、反応ガスと共に捕集されて反応液に混入すると、加水分解を起こして乳酸や乳酸ダイマーを生成し、製品のアクリル酸の純度を低下させる要因ともなる。加えて、乳酸は副反応によってプロピオン酸やアセトアルデヒドを副生しうる。プロピオン酸はアクリル酸との分離が困難で、アクリル酸の純度低下の原因となる。またアセトアルデヒドは、反応器内で重質化することにより閉塞の原因となるだけでなく、アクリル酸中に混入すると安定性を損ない、着色や純度低下しやすくなるため、保管が困難になる虞がある。
【0012】
また、発酵副生成物のうち、エタノールは、反応器内で脱水反応を起こし、エチレンを生成したり、それ以外にもブテン類やその他の重合性不飽和結合を有する炭化水素類を生成したりする。これらの重合性不飽和結合を有する生成物が重合すると、反応器や流路の閉塞を引き起したり、触媒のコーキングにより触媒活性の低下を引き起こす原因となる。
【0013】
以上のように、微生物の培養により3HPを製造する場合、培養の際に副生した乳酸やエタノールが、その後のアクリル酸製造工程における脱水反応に使用される反応管の閉塞や、触媒のコーキングの原因となったり、得られるアクリル酸の純度低下や着色の原因となることが課題であった。
【0014】
そこで、本発明は、上記事情を鑑みてなされたものであり、微生物の培養により得られる3−ヒドロキシプロピオン酸溶液に含まれうる乳酸および/またはエタノールを低減する手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を行った結果、乳酸および/またはエタノールの生成能が負に制御されてなる微生物を用いて培養を行うことにより、3HP溶液中に含まれる乳酸および/またはエタノールを低減することができることを見出し、本発明を完成させた。
【0016】
すなわち、上記目的は、有機化合物の存在下で、3−ヒドロキシプロピオン酸生成能を有し、かつ、乳酸および/またはエタノールの生成能が負に制御されてなる微生物を培養し、3−ヒドロキシプロピオン酸溶液を得ることを有し、3−ヒドロキシプロピオン酸溶液において、3−ヒドロキシプロピオン酸の全質量に対し、乳酸の含有率は1.2質量%以下である、および/または、エタノールの含有率は1質量%以下であることを特徴とする、3−ヒドロキシプロピオン酸溶液の製造方法によって達成される。
【発明の効果】
【0017】
本発明の方法によると、微生物の培養により得られる3−ヒドロキシプロピオン酸溶液に含まれうる乳酸および/またはエタノールを低減することが可能である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の3−ヒドロキシプロピオン酸の製造方法は、乳酸および/またはエタノールの生成能が負に制御されてなる微生物を用いて培養を行うことを特徴とする。従来の3HPの発酵生産では、微生物の培養により得られる未精製の3HP溶液中には、3HPの全質量に対し、通常、乳酸は6質量倍以上、エタノールは70質量%以上含まれていた。これは、有機化合物の存在下で3HP生成能を有する微生物を培養して3HPを得る際に、当該微生物の3HP生成能が機能するのと同時に、当該微生物が元来有する乳酸生成能および/またはエタノール生成能も機能するために、乳酸および/またはエタノールが不可避的に副生してしまうことによる。このような3HP溶液中の乳酸および/またはエタノールは、上述のように3HPからアクリル酸への脱水反応の際に反応するなどして、反応器や流路の閉塞や、触媒のコーキングの原因となったり、他の副生成物を生成してアクリル酸の純度低下や着色の要因ともなりうる。本発明によると、微生物の培養により得られる3HP溶液に含まれる、3HPの全質量に対する乳酸および/またはエタノールの含有率を、それぞれ、1.2質量%以下、1質量%以下に低減することができる。このように乳酸および/またはエタノールの含有率がこのような範囲であると、3HP溶液を脱水反応に供してアクリル酸とする際にも、反応管の閉塞や、触媒のコーキング、アクリル酸の純度低下や着色が抑えられ、高効率で高品質のアクリル酸を製造することが可能となる。加えて、乳酸および/またはエタノールの発酵生産を抑制することで、乳酸および/またはエタノールで消費される炭素量を低減することが可能となり、これにより3HPの収率を向上させることも可能となる。
【0019】
以下、本発明の好ましい形態を説明する。なお、以下では、所望の反応を触媒する酵素名または酵素遺伝子名を記載しているが、所望の反応を触媒できる酵素または酵素遺伝子であれば、その酵素名、酵素遺伝子名に関わらず、本明細書記載の酵素または酵素遺伝子と同様に利用することが可能である。
【0020】
<3−ヒドロキシプロピオン酸の製造方法>
本発明の3−ヒドロキシプロピオン酸溶液の製造方法は、有機化合物の存在下で、3−ヒドロキシプロピオン酸生成能を有し、かつ、乳酸および/またはエタノールの生成能が負に制御されてなる微生物を培養し、3−ヒドロキシプロピオン酸溶液を得ることを有し、3−ヒドロキシプロピオン酸溶液において、3−ヒドロキシプロピオン酸の全質量に対し、乳酸の含有率は1.2質量%以下である、および/または、エタノールの含有率は1質量%以下であることを特徴とする。本形態では、3HP生成能を有し、かつ、乳酸および/またはエタノールの生成能が負に制御されてなる微生物を用いることにより、有機化合物から3HPへの変換の際に同時に起こる、乳酸および/またはエタノールの生成そのものを抑制する点に特徴を有する。
【0021】
本形態において3HPの原料となる有機化合物(炭素源)は特に制限されない。例えば、糖、糖アルコール、アルコール、脂肪酸、カルボン酸、一酸化炭素、または二酸化炭素等が使用されうる。ここで、糖としては、特に制限されず、培養に使用される一般的な糖が使用でき、その生物種によって適宜選択される。例えば、グルコース、ラクトース、ガラクトース、フルクトース等の六炭糖類、キシロース等の五炭糖類、デンプンの加水分解等により得られた糖類、セルロース系バイオマスを糖化処理することにより得られる糖類などが使用できる。また、糖アルコールとしては、特に制限されず、培養に使用される一般的な糖アルコールが使用でき、その生物種によって適宜選択される。例えば、グリセリン、エリスリトール、D,L−トレイトール、D,L−アラビニトール、キシリトール、リビトール(アドニトール)、D−イジトール、ガラクチトール(ダルシトール)、D−グルシトール(ソルビトール)、マンニトール、ボレミトール、ペルセイトール、D−エリトロ−D−ガラクト−オクチトールなどが挙げられる。アルコールとしては、特に制限されず、培養に使用される一般的なアルコールが使用でき、その生物種によって適宜選択される。例えば、メタノール、エタノール、ポリビニルアルコールなどが挙げられる。脂肪酸としては、特に制限されず、培養に使用される一般的な脂肪酸が使用でき、その生物種によって適宜選択される。例えば、オクタン酸、ドデカン酸、酪酸、カプロン酸、デカン酸、などが挙げられる。カルボン酸としては、特に制限されず、培養に使用される一般的なカルボン酸が使用でき、その生物種によって適宜選択される。例えば、乳酸、酢酸、グルコン酸、プロピオン酸、蟻酸などが挙げられる。これらの有機化合物は、1種のみが単独で使用されてもよいし、2種以上が組み合わされて使用されてもよい。
【0022】
本形態において、3HP生成能を有する微生物として使用される微生物は、3HP生成能を元来有する微生物であってもよいし、3HP生成能を元来有しない微生物に遺伝子組換えにより3HP生成能を付与してなる組換え微生物であってもよい。また、3HP生成能を元来有する微生物の3HP生成能を、遺伝子組換えによりさらに強化してなる組換え微生物を用いても構わない。使用されうる微生物としては、例えば、Escherichia属、Lactobacillus属、Salmonella属、Klebsiella属、Propionibacterium属、Agrobacterium属、Anabaena属、Bacillus属、Bradyrhizobium属、Brucella属、Chlorobium属、Clostridium属、Corynebacterium属、Fusobacterium属、Geobacter属、Gloeobacter属、Leptospira属、Mycobacterium属、Mycobacterium属、Photorhabdus属、Porphyromonas属、Prochlorococcus属、Pseudomonas属、Ralstonia属、Rhodobacter属、Rhodopseudomonas属、Sinorhizobium属、Streptomyces属、Synechococcus属、Thermosynechococcus属、Treponema属、Archaeoglobus属、Halobacterium属、Mesorhizobium属、Methanobacterium属、Methanococcus属、Methanopyrus属、Methanosarcina属、Methanosarcina属、Pyrobaculum属、Sulfolobus属、Thermoplasma属、Acetobacterium属、Moorella属、Oligotropha属、Cupriavidus属、Chloroflexus属、Roseiflexus属、Erythrobacter属、Metallosphaera属、Sulfolobus属、Acidianus属、Sulfolobus属、Acidianus属、Stygiolobus属、Pyrolobus属、Alcaligenes属、Synechococcus属、Chloronema属、Oscillochloris属、Heliothrix属、Herpetosiphon属、Roseiflexus属、Thermomicrobium属、Clathrochloris属、Prosthecochloris属、Allochromatium属、Chromatium属、Halochromatium属、Isochromatium属、Marichromatium属、Rhodovulum属、Thermochromatium属、Thiocapsa属、Thiorhodococcus属、Thiocystis属、Phaeospirillum属、Rhodobaca属、Rhodomicrobium属、Rhodopila属、Rhodopseudomonas属、Rhodothalassium属、Rhodospirillum属、Rodovibrio属、Roseospira属、Hydrogenovibrio属、Hydrogenophilus属、Hydrogenobacter属、Oxobacter属、Peptostreptococcus属、Eubacterium属、Butyribacterium属、Rubrivivax属、Citrobacter属、Carboxydothermus属、Carboxydibrachium属、Carboxydocella属、Thermincola属、Thermolithobacter属、Thermosinus属、Desulfotomaculum属、Thermosyntrophicum属、Methanothermobacter属、Thermococcus属、Bacillus属、Saccharomyces属、Schizosaccharomyces属、Pichia属、Kluyveromyces属、Torulaspora属、Zygosaccharomyces属、Candida属に属する微生物が挙げられるが、上記以外の微生物も、勿論、利用可能である。これらの微生物は、1種のみが単独で使用されてもよいし、2種以上が組み合わされて使用されてもよい。
【0023】
本発明の一形態によると、上記微生物のうち、操作性、遺伝子組換えの容易さ、遺伝子発現系の有無、微生物の増殖速度、培養における知見などの観点から、Escherichia属に属する微生物、特に大腸菌(Escherichia coli)を用いることが好ましい。
【0024】
また、本発明の他の一形態によると、上記微生物のうち、酸耐性能を有する微生物を用いることが好ましい。一例を挙げると、乳酸発酵において発酵中のpH調整を行わなくとも乳酸生成が可能であることが報告されている、Shizosaccharomyces pombeを宿主として利用することができる。これにより、3HP生成に伴って低下する培地中のpHを、NaOHやアンモニア等のアルカリ試薬を添加することで中性付近に調整しなくとも3HP発酵を継続することが可能となる。このような酸耐性能を有するShizosaccharomyces pombe等の微生物を利用した3HP発酵(3HP酸型発酵)を行う場合、発酵中のpH調整は必要なく、つまりアルカリ試薬の添加が不要となる。
【0025】
従来から一般的に行われている3HP塩発酵は、アルカリ試薬を添加してpHを中性付近に保ちながら発酵を行うものであり、発酵工程終了後の発酵液中の3HPは、塩の状態で存在する。3HP塩の状態で発酵液から3HPを回収しようとすると、3HPの回収率の低下や、続く3HPのアクリル酸への脱水反応における収率の低下等が問題となりうる。当該問題を解決する方法として、3HP塩発酵後に、3HP塩を3HPに変換してから3HPを回収する方法が提案されている。例えば、国際公開第2002/090312号パンフレットには、3HPアンモニウム塩を含む溶液にアミン系溶媒の添加、加熱によって3HPアンモニウム塩を3HPに変換し、アミン系溶媒に3HPを抽出する方法が開示されている。また、国際公開第2005/073161号パンフレットには、3HPカルシウム塩を含む溶液に第3級アミン溶媒を添加し、二酸化炭素を流加することによって3HPカルシウム塩を3HPに変換し、第3級アミン溶媒中に3HPを抽出する方法が開示されている。
【0026】
一方、上述の3HP酸型発酵は、発酵工程におけるpHを調整するためのアルカリ試薬が不要であり、また、アルカリ試薬の添加による発酵液の希釈化を行う必要もないため、発酵終了後の発酵液中の3HP濃度を高く保つことができる。さらに、3HP塩を3HPに変換する工程、およびこれに必要な熱エネルギーや二酸化炭素、酸性試薬等も不要である。このように、3HP酸型発酵は、原材料の削減、発酵工程以降の工程の簡略化、およびユーテリィティーの向上が可能であるため、3HP塩発酵と比較して非常に有利な方法である。
【0027】
低pHでも発酵が可能な、酸耐性能を有する微生物の一例として、上記ではShizosaccharomyces pombeの利用を記載したが、低pHでも発酵可能な能力を保有した微生物や、生成された3HPによる生育阻害に対する耐性を保有する微生物であれば、どのような微生物でも利用可能である。また、低pHでも発酵が継続するように改変した遺伝子組換え微生物、3HPによる生育阻害を抑制するように改変した遺伝子組換え微生物、低pHでも発酵が継続するように変異処理を施した変異株、または3HPによる生育阻害に対する耐性を向上させた変異株のいずれも利用可能である。低pHでも発酵が可能な微生物としてはShizosaccharomyces pombe以外には、Saccharomyces属、Kluyveromyces属、Pichia属、Torulaspora属、Zygosaccharomyces属、Candida属等の酵母、具体的には、Saccharomyces cerevisiae、Kluyveromyces marxianus、Kluyveromyces thermotolerans、Kluyveromyces lactis、Pichia pastoris、Candida sonorensisが例示できる。なお、当然のことながら、上述の3HP酸型発酵は、本発明の好ましい一形態に過ぎないため、本発明の製造方法として3HP塩型発酵を採用することも勿論可能である。
【0028】
また、本形態における3HP生成能を有する微生物として、メタン生成菌、硫黄酸化細菌、水素細菌、アンモニア酸化細菌、亜硝酸酸化細菌、鉄酸化細菌、緑色植物、藻類、ラン藻類、緑色硫黄細菌、紅色硫黄細菌等のカルビンベンソン回路、還元的TCA回路、アセチルCoA経路、3−ヒドロキシプロピオン酸経路等の炭素固定経路を有する生物を遺伝子組換えの宿主として利用することで、炭素源として、二酸化炭素および/または一酸化炭素を用いて3HPを発酵生産することも可能である。特に、生育速度の速さ、有機酸の生産速度等から、水素を酸化してエネルギーを獲得する能力を有するHydrogenobacter属、Acetobacterium属、Moorella属、Oligotropha属細菌を宿主として利用することが好ましい。これらの微生物は、1種のみが単独で使用されてもよいし、2種以上が組み合わされて使用されてもよい。
【0029】
さらに、本形態における3HP生成能を有する微生物として、乳酸等のカルボン酸を資化する微生物および/またはエタノール等のアルコールを資化する微生物を利用することも、また好ましい。このような微生物を用いると、培養において糖を炭素源として用いる場合、まずは糖が消費され、糖が枯渇した後、糖から発酵生産されたカルボン酸やアルコールが炭素源として利用されうる。よって、結果として培養液中に含まれるカルボン酸やアルコール含量を低下させることが可能となる。
【0030】
本形態おいて、3HP生成能を有する微生物として使用される微生物は、3HP生成能を元来有しない微生物に遺伝子組換えにより3HP生成能を付与してなる組換え微生物であってもよい。3HP生成能を元来有しない微生物に遺伝子組換えにより3HP生成能を付与する方法としては、国際公開第2001/016346号パンフレットに開示されている、Klebsiella pneumoniae由来グリセロールデヒドラターゼおよび大腸菌由来アルデヒドデヒドロゲナーゼを導入した遺伝子組換え大腸菌を用いたグルコースまたはグリセリンからの3−ヒドロキシプロピオン酸の発酵生成方法;国際公開第2008/027742号パンフレットおよび国際公開第2003/062173号パンフレットに開示されている、βアラニンを中間体としたグルコースからの3HP発酵生産方法;国際公開第2002/042418号パンフレットに開示されている乳酸を中間体としたグルコースからの3HP発酵生産方法等がある。また、本形態において、3HP生成能を有する微生物として使用される微生物は、3HP生成能を元来有する微生物の3HP生成能を、遺伝子組換えによりさらに強化してなる組換え微生物であってもよい。3HP生成能を強化する方法としては、3HPサイクルと呼ばれる炭素固定経路を保有するChloroflexus aurantiacusにおいて3−hydroxypropionyl−CoA synthetaseの活性を低下させる方法や、3HP生成に関与する酵素遺伝子の活性を向上させた微生物を利用する方法、Lactobacillus reuteriやKlebsiella pneumoniae等のグリセリンから3HPや1,3−プロパンジオールを発酵生産する能力を有する微生物において、3HP以外の代謝産物を生成する不要な代謝経路を遮断する方法や、3HP生成に必要なグリセリンの脱水反応を触媒可能な酵素や3−ヒドロキシプロピオンアルデヒドの酸化反応を触媒可能な酵素の活性を向上させる方法等がある。以上、3HP生成能を有する微生物の構築方法を列記したが、本形態はこれらの方法に限定されず、上記以外の方法で得られる組換え微生物を使用することも、勿論可能である。
【0031】
本形態において使用される微生物は、乳酸および/またはエタノールの生成能が負に制御されてなることを特徴とする。本形態において、微生物の有する乳酸および/またはエタノールの生成能を負に制御する方法は、特に制限されないが、例えば、乳酸デヒドロゲナーゼ活性および/またはピルビン酸デカルボキシラーゼ活性を負に制御する方法が挙げられる。ここで、乳酸デヒドロゲナーゼは、乳酸とピルビン酸との相互変換を触媒する酵素であり、また、ピルビン酸デカルボキシラーゼは、ピルビン酸を脱炭酸してアセトアルデヒドと二酸化炭素を生成する反応を触媒する酵素である。なお、ここで生じるアセトアルデヒドは、アルコールデヒドロゲナーゼにより、エタノールに変換されうる。
【0032】
乳酸デヒドロゲナーゼ活性および/またはピルビン酸デカルボキシラーゼ活性を負に制御する方法としては、具体的には、(1)乳酸デヒドロゲナーゼ遺伝子および/またはピルビン酸デカルボキシラーゼ遺伝子に欠失、置換、付加、または挿入による改変を行うことにより負に制御する;(2)乳酸デヒドロゲナーゼ遺伝子および/またはピルビン酸デカルボキシラーゼ遺伝子の発現制御因子を負に制御する;(3)乳酸デヒドロゲナーゼ遺伝子および/またはピルビン酸デカルボキシラーゼ遺伝子の発現を制御するプロモーター領域に変異を加え、転写量を低くする改変を行う;(4)乳酸および/またはエタノールの生成量が低くなった変異株を宿主として利用する;などの方法が挙げられる。これらの方法のうち、(1)乳酸デヒドロゲナーゼ遺伝子および/またはピルビン酸デカルボキシラーゼ遺伝子に欠失、置換、付加、または挿入により改変を行う方法であることが好ましく、このうち、乳酸デヒドロゲナーゼ遺伝子および/またはピルビン酸デカルボキシラーゼ遺伝子を欠失する方法であることがより好ましい。これらの方法は、当業者であれば、公知の手法を適宜使用することにより容易に行うことができる。
【0033】
また、エタノールの生成能を負に制御する方法としては、ピルビン酸デカルボキシラーゼ遺伝子の欠損の他に、アセトアルデヒドデヒドロゲナーゼ遺伝子、アルコールデヒドロゲナーゼ遺伝子、ヘキソキナーゼ遺伝子の欠損でもエタノール生成能を負に制御することが可能である。
【0034】
例えば、遺伝子を欠失させる方法は公知の方法を使用できる。具体的には、標的遺伝子の任意の位置で相同組換えを起こすベクター(ターゲティングベクター)を用いて当該遺伝子を破壊する方法(ジーンターゲティング法)や、標的遺伝子の任意の位置にトラップベクター(プロモーターを持たないレポーター遺伝子)を挿入して当該遺伝子を破壊しその機能を失わせる方法(遺伝子トラップ法)、それらを組み合わせた方法等の当技術分野でノックアウト細胞、トランスジェニック動物(ノックアウト動物含む)等を作製する際に用いられる方法を用いることができる。また、欠失させたい遺伝子のアンチセンスcDNAを発現するベクターを導入する方法や、欠失させたい遺伝子の2重鎖RNAを発現するベクターを細胞に導入する方法も利用できる。当該ベクターとしては、ウイルスベクターやプラスミドベクター等が包含され、通常の遺伝子工学的手法に基づき、例えばSambrook,J et al., Molecular Cloning 2nd ed.,9.47−9.58,Cold Spring Harbor Lab. press(1989)等の基本書に従い作製することができる。また、市販されているベクターを任意の制限酵素で切断し所望の遺伝子等を組み込んで半合成することもできる。
【0035】
相同置換を起こす位置またはトラップベクターを挿入する位置は、欠失させたい標的遺伝子の発現を消失させる変異を生じる位置であれば特に限定されないが、好ましくは転写調節領域、より好ましくは第2エクソンを置換する。
【0036】
また、Gene Bridge社より販売されている、リコンビネーションタンパク質を利用した相同組換えによる遺伝子破壊系(Red system)を利用すれば、Escherichia、Salmonella、Shigella、Yersinia、Serratia、またはCitrobacter属細菌の、欠失させたい遺伝子のみを選択的に破壊した遺伝子破壊株を構築することが可能である。さらに、Sigma−aldrich社から販売されているグループ2イントロンを利用した遺伝子破壊システムであるTargeTron Gene Knockout Systemを利用することで、Escherichia 、Staphylococcus、Clostridium、Lactcoccus、Shigella、Salmonella、Clostridium、Francisella、Azospirillum、Pseudomonas、Agrobacterium属細菌の遺伝子破壊も可能である。
【0037】
Shizosaccharomyces pombeを宿主として利用する場合は、YEAST,1998;14(10),943−951に記載されている方法やNat Protoc.,2006;1(5),2457−64に記載されている方法等の公知の方法が利用可能であり、これらの方法を利用することで任意の酵素遺伝子を破壊することができる。
【0038】
ベクターの宿主への導入方法は、使用する宿主によって選定すれば良く、特に制限されない。例えば大腸菌では、ベクター導入に一般的に利用されている電気パルス法、カルシウムイオンを用いる方法、プロトプラスト法、エレクトロポレーション法等を利用することができる。
【0039】
本形態の3HP溶液の製造方法では、原料として利用する有機化合物の存在下で上記微生物を培養し、当該微生物が有機化合物を資化する過程で生成する3HPを培養液中に蓄積させることにより実施できる。
【0040】
培養に用いる培地および培養条件は、微生物の生育条件により選定すればよく、窒素源、無機イオンおよび必要に応じその他の有機微量栄養素を含有する通常の培地を用いることができ、特に限定されない。例えば、大腸菌においてはLB培地が例示できる。培養は、微生物(宿主)の生育に好適な条件で行われればよく、特に限定されない。例えば、大腸菌を宿主として利用する場合は、培養温度10℃〜45℃で、16〜96時間実施する。培養を連続的に行う場合には、培養は1週間〜3ヶ月間実施する。
【0041】
微生物の培養におけるpHは、3HPが効率的に発酵生産可能なpHであれば特に限定されない。酸耐性能を有する微生物を用いて培養を行う場合(3HP酸型発酵)、低pHでも発酵産物の生成が継続するため、アルカリ試薬を添加してpHを中性付近に調整することなく培養することが可能である。例として、Shizosaccharomyces pombeを宿主として利用する場合、培養開始時は使用する培地のpH(中性付近)から培養は開始するが、3HPの生成に伴って次第に培地のpHは低下する。pH2.5付近まで培地のpHが低下すると宿主の生育は抑制されるが、pH2.5以下、例えばpH1付近まで培地のpHが低下したとしても、培地中の炭素源は資化され、3HP生産は継続する。3HPの培地中の濃度が100g/Lを超えた段階で培養を終了すると、培地のpHは4未満となる。このように、発酵工程においてアルカリ試薬を添加せずに培養を行い、pH4未満の3HP発酵液を得ることで、発酵工程以降の工程、例えば、発酵液からの3HP回収工程に用いる場合に、前述のように、原材料の削減、工程の簡略化、およびユーティリティーの向上が期待できる。なお、この場合であっても、例えば微生物の生育などを考慮して、pHを適切な範囲に調整してもよい。
【0042】
一方、3HP塩型発酵を行う場合、使用する宿主の生育を妨害せず、3HPが効率的に発酵生産可能なpHを発酵期間中は維持することが望ましく、pHの維持には培養液から酸を分離するときの障害とならない試薬を用いて調整することが好ましい。例として、大腸菌を宿主として利用する場合、培養期間中pHは、5.0以上、好ましくは5.5以上で、10.0以下、好ましくは9.7以下に保持することが望ましい。pH調整には無機もしくは有機の、酸性またはアルカリ性物質、更にアンモニアガス等を使用することができる。炭酸ナトリウム、アンモニア、ナトリウムイオン供給源を添加してもよい。また、水酸化ナトリウム水溶液、水酸化カリウム水溶液、水酸化アンモニウム水溶液、水酸化カルシウム水溶液、炭酸カリウム水溶液、炭酸ナトリウム水溶液、酢酸カリウム水溶液等の一般的なアルカリ試薬を用いてもよい。
【0043】
窒素源は使用する微生物(宿主)の生育に適した窒素源を選定すればよく特に限定されない。例えば、アンモニア、塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム、リン酸アンモニウム等のアンモニウム塩の他、ペプトン、肉エキス、酵母エキス、コーンスティープリカー等の利用が挙げられる。また、無機物も同様に微生物の生育に適した窒素源を選定すればよく特に限定されない。例えば、リン酸第一カリウム、リン酸第二カリウム、リン酸マグネシウム、硫酸マグネシウム、塩化ナトリウム等が挙げられる。
【0044】
培養中は、カナマイシン、アンピシリン、ストレプトマイシン、テトラサイクリン、クロラムフェニコール、エリスロマイシン等の抗生物質を培地に添加してもよい。誘導性のプロモーターを用いた発現ベクターで形質転換した微生物を培養する場合は、インデューサーを培地に添加することもできる。例えば、イソプロピル−β−D−チオガラクトピラノシド(IPTG)、インドール酢酸(IAA)、アラビノース、ラクトース等を培地に添加することができる。
【0045】
本形態においては、微生物の培養は、好気的条件下で行われることが好ましい。本明細書において、「好気的条件」とは、分子状酸素の存在下での培養をいう。酸素供給などのために、通気、攪拌、振盪などを行ってもよい。培養に使用する装置としては、微生物の培養に通常使用される各種装置を使用できる。好気的条件下で3HPを製造することで、副生する有機酸やアルコールの生成を抑制することも可能となる。加えて、好気条件下で培養を行うことで嫌気条件下と比較して微生物の生育速度が速くなり、これにより3HPの生成速度も速くすることができる。
【0046】
本形態によると、微生物として乳酸および/またはエタノールの生成能が負に制御されてなる微生物を利用するため、得られる3HP溶液(培養液)に含まれる乳酸および/またはエタノールは、従来の培養により得られる培養液と比較して低減される。したがって、得られる3HP溶液は未精製のまま、アクリル酸の製造等に供することができる。
【0047】
具体的には、培養により得られる未精製の3HP溶液における乳酸の含有率は、3HPの全質量に対して、1.2質量%以下であることが好ましく、0.6質量%以下であることがより好ましく、0.1質量%以下であることがさらに好ましい。また、培養により得られる未精製の3HP溶液におけるエタノールの含有率は、3HPの全質量に対して、1質量%以下であることが好ましく、0.5質量%以下であることがより好ましく、0.1質量%以下であることがさらに好ましい。本発明においては、3HP溶液中の乳酸の含有率が1.2質量%以下である、または、エタノールの含有率が1質量%以下であることを必須とするが、より好ましくは、乳酸の含有率が1.2質量%以下であり、かつエタノールの含有率が1質量%以下である形態である。このように、3HP溶液に中の乳酸および/またはエタノールを低減することにより、アクリル酸製造工程における脱水反応に使用される反応器や流路の閉塞や、触媒のコーキング、得られるアクリル酸の純度低下や着色を効果的に防ぐことができる。
【0048】
本形態で得られる3HP溶液は、上述のように培養後に未精製のままアクリル酸の製造に供することも可能であるが、必要によりさらに精製を行ってもよい。3HPの精製法は当該技術分野において周知である。例えば、有機溶媒を用いる抽出、蒸留およびカラムクロマトグラフィーに反応混合物を供することにより、3HP溶液から3−ヒドロキシプロピオン酸を分離することができる(米国特許第5,356,812号)。また、限外濾過膜や水などの低分子のみが透過できるゼオライト分離膜などで3HP溶液の濃縮を行ってもよい。濃縮を行うことにより、水を蒸発させるためのエネルギーを低減することができる。さらに、3HP溶液を高速液体クロマトグラフィー(HPLC)分析にかけることにより、3−ヒドロキシプロピオン酸を直接同定することもできる。
【0049】
<アクリル酸の製造方法>
本発明は、また、上述の製造方法により得られる3−ヒドロキシプロピオン酸溶液中の3−ヒドロキシプロピオン酸を脱水処理することによる、アクリル酸の製造方法を提供する。本形態のアクリル酸の製造方法では、上述の製造方法により得られる3−ヒドロキシプロピオン酸を含む原料組成物を、触媒の存在下あるいは非存在下、加熱して脱水反応を起こし、アクリル酸を得る。脱水反応工程は特に限定されず、液相または気相での反応が可能である。また反応形式は回分式、半回分式、連続式のいずれも好適に使用できる。反応器としては、固定床反応器、流動床反応器、撹拌槽型反応器、膜反応器、押出流れ反応器、トリクルベッド反応器、反応蒸留塔等が例示できる。
【0050】
脱水反応に供する3HPを含む原料組成物は、3HPを含んでいればよく、これ以外にも3HPのエステルダイマーやエーテルダイマー等のオリゴマー成分を含んでいてもよい。さらに、微生物による培養により副生する、発酵副生成物が含まれていてもよい。
【0051】
また、3HPを含む原料組成物は、溶媒を含んでもよい。溶媒としては、3−ヒドロキシプロピオン酸を溶解可能なものであれば特に制限されない。例えば、水;メタノール、エタノール、ドデカノールなどのアルコール系溶媒;トルエンなどの炭化水素系溶媒;ジエチルエーテル、エチレングリコールジメチルエーテルなどのエーテル系溶媒;アセトン、メチルイソブチルケトンなどのケトン系溶媒;酢酸エチルなどのエステル系溶媒;トリカプリルアミン、トリデシルアミンなどのアミン系溶媒;ジメチルホルムアミド、N―メチルピロリドンなどのアミド系溶媒;などが挙げられる。これらの溶媒のうち、好ましくは水が使用される。これらの溶媒は、1種のみが単独で使用されてもよいし、2種以上が組み合わされて使用されてもよい。
【0052】
3HPを含む原料組成物における3HPの濃度は、当該組成物の全質量(溶媒を含む)に対し、5〜95質量%であることが好ましく、10〜90質量%であることがより好ましく、20〜90質量%であることがさらに好ましい。3HPの濃度を95質量%以下とすることにより、粘度の低下により原料組成物の取り扱いが容易になる。一方、3HPの濃度が5質量%以上とすることで、アクリル酸の生産効率を上げることができ、用役費の低減にも寄与できる。
【0053】
3HPの脱水反応は、触媒の存在下で実施してもよいし、触媒の非存在下で実施することも可能であるが、触媒の存在下で実施した方が、反応速度の向上や選択率の上昇が期待できるため、好ましい。脱水反応に用いられる触媒としては、3HPを脱水してアクリル酸とする反応を触媒する作用を有するものであれば特に限定されず、公知の触媒を適宜採用することができる。触媒としては、(1)塩類;具体的には、リン酸カルシウム、乳酸カルシウム、および3−ヒドロキシプロピオン酸カルシウム等;(2)酸触媒;具体的には、塩酸、硫酸、硝酸、リン酸等の鉱酸類、ケイタングステン酸、リンタングステン酸等のヘテロポリ酸類、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、ヒドロキシプロピオン酸等のカルボン酸類、塩酸、硫酸、リン酸またはヘテロポリ酸等の酸性化合物をシリカ等の担体に接触して得た触媒、リン酸水素ナトリウムやリン酸水素カリウム等のリン酸塩を担体に担持した触媒、酸性イオン交換樹脂、シリカ、アルミナ、シリカ/アルミナ、チタニア、ジルコニア、ゼオライト、およびその他のルイス酸またはブレンステッド酸等の固体酸触媒などの酸触媒;(3)塩基触媒;具体的には、酸化カルシウム等のアルカリ金属またはアルカリ土類金属の酸化物、水酸化ナトリウム、水酸化カルシウム等のアルカリ金属またはアルカリ土類金属の水酸化物、トリカプリルアミン、トリデシルアミン、およびトリドデシルアミン等のアミン類、塩基性イオン交換樹脂等が挙げられる。これらの触媒のうち、アルミナ、シリカ、シリカ/アルミナ、チタニア、ジルコニア、ゼオライト、リン酸やリン酸塩を担体に担持した触媒が好適に用いられる。
【0054】
脱水反応の反応温度は特に制限はないが、通常150℃〜500℃であり、好ましくは200℃〜450℃である。反応温度がこのような範囲であると、反応速度が速く、副反応も生じにくいため、アクリル酸の収率を高めることができる。また、脱水反応の反応圧力も特に限定されず、反応形式や反応条件を勘案して当業者が適宜決定することができる。例えば、反応圧力は10kPa〜1000kPaの範囲が好適であり、50kPa〜300kPaの範囲がより好ましい。
【0055】
以下、本形態における脱水処理の具体的な方法について、例を挙げて説明する。本形態の脱水処理の一例としては、3HPを含む原料組成物を加熱し、脱水反応を気相で行うことによりアクリル酸を得る方法が挙げられる。より具体的には、3HPを含む原料組成物を蒸発させ、気化した原料組成物を触媒を充填した反応器へ導入して脱水反応を行うことで、アクリル酸を得る。
【0056】
3HPを含む原料組成物を蒸発させる際には、3HPは沸点が高いため、また二量化等の副反応が進行しやすいため、効率よく蒸発させることが好ましい。蒸発に用いる蒸発器は、液体状態で供給される原料組成物に効率的に熱を伝えることができる構造を有するものであることが好ましい。このような蒸発器としては、例えば、水平管型や垂直管型の自然循環式蒸発器、強制循環式蒸発器等が挙げられる。また、蒸発器内の原料組成物の流路に、ラシヒリング、ベルルサドル、ディクソンパッキン等の単位充填容積当たりの表面積が大きな充填物を充填し、そこに原料組成物を供給することで、液体の表面積を大きくして蒸発させる方法も挙げられる。また、上昇液膜型、流下液膜型、撹拌液膜型等の薄膜式熱交換器を用いて液体の表面積を大きくして短時間で蒸発させる方法も挙げられる。さらに、スプレーやアトマイザー等を用いて当該組成物を細かい液滴にして分散させて蒸発させる方法も挙げられる。これ以外にも、加熱した原料組成物を蒸発室に供給し、気化させるフラッシュ蒸発器を使用する方法が挙げられる。フラッシュ蒸発器を用いた蒸発は、原料組成物を常圧または加圧下で加熱し、この加熱された液体状の原料組成物を減圧または常圧下の蒸発室に供給して、原料組成物を気化させることにより行われる。また、原料組成物を流動床式の蒸発器に供給して気化させてもよい。流動床式の蒸発器を用いた蒸発は、例えば、粒状の不活性固体を不活性ガスで流動化させ、加熱された流動床式蒸発器に原料組成物を供給し、気化させることによって行われる。さらに、上記の蒸発方法を適宜併用してもよい。例えば、スプレーで原料組成物を噴霧し、充填物を充填した蒸発器で原料組成物を気化させることもできる。
【0057】
蒸発を行う際の蒸発器の温度(蒸発器の設定温度)は150℃〜500℃が好ましく、200℃〜450℃がより好ましい。蒸発器の温度を150℃以上とすることにより、原料組成物が速やかに気化させることができる。また、蒸発器の温度を500℃以下とすることにより、3HPの副反応や加熱に必要なエネルギーの増大を抑えたり、当該組成物がコーキングを起こし炭素質の析出物が反応器内に付着して閉塞を起こすのを防ぐことができる。
【0058】
原料組成物を蒸発させる際の好ましい形態は、加熱する際にガスを導入しながら蒸発させる形態である。原料組成物と共に、水や不活性気体等のガスを導入すると、3HPの蒸発が促進され、安定な反応を継続できるため好ましい。この際に使用されるガスとしては、窒素、ヘリウム、アルゴン、二酸化炭素、水蒸気またはそれらの混合物等を用いることができ、窒素または水蒸気が好適に使用される。なお、上記水蒸気には、原料組成物中に溶媒として含まれる水が気化した水蒸気も含まれうる。また、導入されるガスの量は、原料組成物中の3HPの全モル数に対して、0.5〜100倍のモル数のガスを使用することが好ましく、1〜50倍のモル数のガスを使用することがより好ましい。
【0059】
脱水反応が気相で行われる場合、原料組成物が蒸発した後に脱水反応が行われるが、原料組成物の蒸発後、脱水反応が行われる前に、上記を所定の温度に加熱または冷却する温度調整工程を経てもよい。また、蒸発器で気化させた原料組成物の蒸気を導管を通して連結した脱水反応器へと供給してもよい。あるいは、蒸発器と反応器を一体化されてなる装置を用いて蒸発および脱水反応を連続して行ってもよい。例えば、反応管に触媒を充填し、その上に表面積の大きい充填物を充填することにより、蒸発を充填物層で行った後、脱水反応を触媒層で行うことができ、蒸発および脱水反応を連続して行う形態も好ましい。さらに、1または複数の充填物層と、触媒を充填した多管式の反応器とを連結して、蒸発および脱水反応を連続して行うこともまた好ましい。
【0060】
3HPの脱水工程で使用する反応器は、反応器内に固体触媒を保持し、加熱することができるものであれば特に制限はなく、固定床式流通反応器や流動床式流通反応器等を当業者が適宜選択することができる。固定床式反応器は、反応器内に触媒を充填して加熱しておき、そこに原料組成物の蒸気を供給して反応を行うものである。原料組成物の蒸気は、上昇流、下降流、水平流いずれであってもよい。固定床式流通反応器のうち、特に熱交換の容易さから、多管式固定床反応器が好適に使用されうる。流動床式反応器は、反応器の中に粒状の触媒を入れ、原料組成物の蒸気や、別途供給する不活性ガス等で触媒を流動させながら反応を行うものである。触媒が流動しているため、重質分による閉塞が起こりにくいという利点を有する。また、触媒の一部を連続的に抜き出して、新しい触媒や再生した触媒を連続的に供給することもできる。
【0061】
脱水反応により得られる反応生成物は、液体として回収されうる。反応生成物を回収する方法は、特に制限されないが、例えば、反応生成ガスを熱交換器に導入し、反応生成ガスの露点以下の温度で凝縮する方法や、反応生成ガスを溶剤等に接触させて捕集する方法等により、アクリル酸を含む組成物として回収される。得られる当該組成物中のアクリル酸濃度は、その回収方法によっても異なるが、通常、組成物の全質量に対して5質量%〜90質量%である。
【0062】
また、本形態の脱水処理の他の一例としては、脱水反応を液相で行う方法が挙げられる。具体的には、反応器内の加熱された溶媒および/または触媒からなる液相に、液体状態の原料組成物を導入して、当該原料組成物を加熱することにより脱水反応を行う。液相での脱水反応を行う際の原料組成物には、溶媒が含まれていてもよい。このような溶媒としては、例えば、水;メタノール、エタノール、ドデカノールなどのアルコール系溶媒;トルエンなどの炭化水素系溶媒;エチレングリコールジメチルエーテル、トリエチレングリコールジメチルエーテルなどのエーテル系溶媒;アセトン、メチルイソブチルケトンなどのケトン系溶媒;酢酸エチルなどのエステル系溶媒;トリカプリルアミン、トリデシルアミンなどのアミン系溶媒;ジメチルホルムアミド、N―メチルピロリドンなどのアミド系溶媒;などが挙げられる。これらの溶媒のうち、好ましくは、水、エーテル系溶媒、ケトン系溶媒が使用される。これらの溶媒は、1種のみが単独で使用されてもよいし、2種以上が組み合わされて使用されてもよい。
【0063】
脱水反応において使用される触媒は、液相反応が可能な触媒であれば特に制限はなく、液体状の触媒または固体状の触媒のいずれも使用可能である。また、反応時に、溶媒に触媒が溶解されていてもよいし、溶媒中に触媒が分散している状態であっても構わない。この際に使用される溶媒としては、上述の原料組成物に含まれてもよい溶媒が例示される。
【0064】
脱水反応は、液相において原料組成物を触媒と接触させることで行われる。液相での反応の場合、原料組成物中の3HPの濃度が低下するので、3HPのオリゴマー化等の副反応を抑制することができ、アクリル酸収率を向上させることが可能である。また、液相の場合、液相から供給される熱により、反応で生成したアクリル酸や水が速やかに気化し、液相より除去される。これにより反応の平衡が移動するため、3HPからアクリル酸への変換率を高めることもできる。
【0065】
液相反応において、原料組成物を反応器へ導入する速度は、使用する触媒や反応温度により異なるが、反応液中のアクリル酸濃度が、反応液の全質量に対して、好ましくは1質量%以下、より好ましくは0.5質量%以下となる状態を維持できるように調整することが好ましい。反応液中のアクリル酸濃度が1質量%以下であると、平衡反応である脱水反応の反応速度が高く維持され、3HPからアクリル酸への変換を効率よく進めることができる。また、このように反応液中のアクリル酸濃度を低く保つことにより、生成したアクリル酸が副反応により消費されて、アクリル酸の収率が低下するのを防ぐこともできる。
【0066】
液相反応における好ましい形態の一つは、脱水反応後の反応生成物を気化させる際に、ガスを導入する形態である。ガスとしては、特に限定されないが、窒素、二酸化炭素(炭酸ガス)や空気等の非凝縮性のガス、水蒸気、過熱水蒸気等の凝縮性のガスを適宜用いることができる。これらのガスのうち、窒素、水蒸気、または過熱水蒸気を用いることが好ましい。これらのガスは、1種のみが単独で使用されてもよいし、2種以上が組み合わされて使用されてもよい。
【0067】
導入されるガスの温度は、非凝縮性のガスの場合、通常20℃〜350℃であり、反応温度の維持および生成ガスの凝縮の観点から、好ましくは50℃〜330℃、より好ましくは100℃〜300℃である。一方、凝縮性のガスの場合、導入されるガスの温度は、通常反応圧力における沸点〜350℃の範囲であり、反応温度の維持および生成ガスの凝縮の観点から、好ましくは反応圧力における沸点+20℃〜330℃の範囲である。
【0068】
導入されるガスの量は、原料組成物の全質量に対して、0.1〜100質量倍の範囲であればよく、好ましくは、0.5〜50質量倍の範囲である。導入されるガスの量が0.1質量倍以上であると、反応生成物からのアクリル酸の気化による除去効率を高め、反応収率を向上させることができる。一方、導入されるガスの量が100質量倍以下であると、反応器から流出するガスを冷却するのに用いるエネルギーを抑えることができる。
【0069】
本形態における脱水反応に用いられる反応器または反応装置は、反応生成物である水やアクリル酸を速やかに気化して除去することができるように、反応系に効率的に熱を与えることができるものであることが好ましい。例えば、反応器の壁面からの加熱に加えて、外部熱交換器に反応液を循環させてもよい。この際に使用できる熱交換器としては、例えば、液膜式の熱交換器が挙げられ、より具体的には、上昇液膜型、流下液膜型、撹拌液膜型等の公知の熱交換器が挙げられる。また、熱交換器そのものを反応器と使用してもよい。さらにまた、反応系内にガスを供給する場合には、加熱したガスにより熱を供給してもよい。
【0070】
脱水反応により得られる反応生成物は、冷却して液体として回収されうる。反応生成物を回収する方法は、特に制限されないが、例えば、反応生成ガスを熱交換器に導入し反応生成ガスの露点以下の温度で凝縮して得る方法や、または反応生成ガスを溶剤等の捕集剤に接触させて吸収する方法等により冷却して、アクリル酸を含む組成物を得ることができる。当該組成物中のアクリル酸濃度は5質量%〜90質量%である。
【0071】
また、本発明の方法で得られるアクリル酸を含む組成物は精製してもよく、精製を行う場合は、好ましくは、晶析工程を用いる。
【0072】
晶析工程は、アクリル酸を含む組成物を晶析装置に供給して結晶化させることにより、精製アクリル酸を得る工程である。なお、結晶化の方法としては、従来公知の結晶化方法を採用すればよく、特に限定されるものではないが、結晶化は、例えば、連続式または回分式の晶析装置を用いて、1段または2段以上で実施することができる。得られたアクリル酸の結晶は、必要に応じて、さらに洗浄や発汗などの精製を行うことにより、さらに純度の高い精製アクリル酸を得ることができる。
【0073】
連続式の晶析装置としては、例えば、結晶化部、固液分離部および結晶精製部が一体になった晶析装置(例えば、新日鐵化学社製のBMC(Backmixing Column Crystallizer)装置、月島機械社製の連続溶融精製システム)や、結晶化部(例えば、GMF GOUDA社製のCDC(Cooling Disk Crystallizer)装置)、固液分離部(例えば、遠心分離器、ベルトフィルター)および結晶精製部(例えば、呉羽テクノエンジ社製のKCP(Kureha Crystal Purifier)精製装置)を組み合わせた晶析装置などを使用することができる。
【0074】
回分式の晶析装置としては、例えば、Sulzer Chemtech社製の層結晶化装置(動的結晶化装置)、BEFS PROKEM社製の静的結晶化装置などを使用することができる。
【0075】
動的結晶化とは、例えば、結晶化、発汗、融解を行うための温度制御機構を備えた管状の結晶器と、発汗後の母液を回収するタンクと、結晶器に粗アクリル酸を供給する循環ポンプとを備え、結晶器の下部に設けた貯蔵器から循環ポンプにより粗アクリル酸を結晶器の管内上部に移送できる動的結晶化装置を使用して晶析を行う方法である。また、静的結晶化とは、例えば、結晶化、発汗、融解を行うための温度制御機構を備えた管状の結晶器であり、下部に抜き出し弁を有する結晶器と、発汗後の母液を回収するタンクとを備えた静的結晶化装置を使用して晶析を行う方法である。
【0076】
具体的には、粗アクリル酸を液相として結晶器に導入し、液相中のアクリル酸を冷却面(管壁面)に凝固・生成させる。冷却面に生成した固相の質量が、結晶器に導入した粗アクリル酸に対して、好ましくは10〜90質量%、より好ましくは20〜80質量%になったら、直ちに、液相を結晶器から排出し、固相と液相とを分離する。液相の排出は、ポンプで汲み出す方式(動的結晶化)、結晶器から流出させる方式(静的結晶化)のいずれであってもよい。他方、固相は、結晶器から取り出した後、さらに純度を向上させるために、洗浄や発汗などの精製を行ってもよい。
【0077】
動的結晶化や静的結晶化を多段で行う場合、向流の原理を採用すれば、有利に実施することができる。このとき、各段階で結晶化されたアクリル酸は、残留母液から分離され、より高い純度を有するアクリル酸が生成する段階に供給される。他方、残留母液は、より低い純度を有するアクリル酸が生成する段階に供給される。
【0078】
なお、動的結晶化では、アクリル酸の純度が低くなると、結晶化が困難になるが、静的結晶化では、動的結晶化に比べて、残留母液が冷却面に接触する時間が長く、また、温度の影響が伝わり易いので、アクリル酸の純度が低下しても、結晶化が容易である。それゆえ、アクリル酸の回収率を向上させるために、動的結晶化における最終的な残留母液を静的結晶化に付して、さらに結晶化を行ってもよい。
【0079】
必要となる結晶化段数は、どの程度の純度が要求されるかに依存するが、高純度のアクリル酸を得るために必要な段数は、精製段階(動的結晶化)が通常1〜6回、好ましくは2〜5回、より好ましくは2〜4回であり、ストリッピング段階(動的結晶化および/または静的結晶化)が通常0〜5回、好ましくは0〜3回である。通常、供給される粗アクリル酸より高い純度を有するアクリル酸が得られる段階は、全て精製段階であり、それ以外の段階は、全てストリッピング段階である。ストリッピング段階は、精製段階から残留母液に含まれるアクリル酸を回収するために実施される。なお、ストリッピング段階は、必ずしも設ける必要はなく、例えば、蒸留塔を用いて、晶析装置の残留母液から低沸点成分を分離する場合には、ストリッピング段階は省略してもよい。
【0080】
動的結晶化および静的結晶化のいずれを採用する場合であっても、晶析工程で得られるアクリル酸の結晶は、そのまま製品としてもよいし、必要に応じて、さらに洗浄や発汗などの精製を行ってから製品としてもよい。他方、晶析工程で排出される残留母液は、系外に取り出してもよい。
【0081】
上記方法で製造されるアクリル酸は、アクリル酸エステル、ポリアクリル酸等のアクリル酸誘導体の原料として使用可能であることは公知となっていることから、上記アクリル酸の製造方法を、アクリル酸誘導体の製造方法におけるアクリル酸製造工程にすることも可能である。すなわち、一実施形態においては、上記方法によって得られたアクリル酸を部分中和して部分中和アクリル酸を製造し、これを必要であれば他のモノマーと(共)重合することにより、吸水性樹脂を製造することができる。したがって、本発明は、本発明の方法により製造されるアクリル酸を部分中和して部分中和アクリル酸を製造し、前記部分中和アクリル酸を架橋性モノマーと共重合することを有する、吸水性樹脂の製造方法をも提供する。ここで、上記部分中和および(共)重合は、公知の反応によって実施することができ、例えば、本発明の製造方法により得られたアクリル酸および/またはその塩を単量体成分の主成分(好ましくは70モル%以上、より好ましくは90モル%以上)とし、さらに0.001〜5モル%(アクリル酸に対する値)程度の架橋剤、0.001〜2モル%(単量体成分に対する値)程度のラジカル重合開始剤を用いて、架橋重合させた後、乾燥・粉砕することにより、吸水性樹脂が得られる。
【0082】
ここで、吸水性樹脂とは、架橋構造を有する水膨潤性水不溶性のポリアクリル酸であって、自重の3倍以上、好ましくは10〜1,000倍の純水または生理食塩水を吸水し、また、水溶性成分(水可溶分)が好ましくは25質量%以下、より好ましくは10質量%以下である水不溶性ヒドロゲルを生成するポリアクリル酸を意味する。このような吸水性樹脂の具体例や物性測定法は、例えば、米国特許第6,107,358号、米国特許第6,174,978号、米国特許第6,241,928号などに記載されている。
【0083】
また、生産性向上の観点から好ましい製造方法は、例えば、米国特許第6,867,269号、米国特許第6,906,159号、米国特許第7,091,253号、国際公開第01/038402号パンフレット、国際公開第2006/034806号パンフレットなどに記載されている。
【0084】
アクリル酸を出発原料として、中和、重合、乾燥などにより、吸水性樹脂を製造する一連の工程は、例えば、以下の通りである。
【0085】
本発明の製造方法により得られるアクリル酸の一部は、ラインを介して、吸水性樹脂の製造プロセスに供給される。吸水性樹脂の製造プロセスにおいては、アクリル酸を中和工程,重合工程,乾燥工程に導入して、所望の処理を施すことにより、吸水性樹脂を製造する。各種物性の改善を目的として所望の処理を施してもよく、例えば、重合中または重合後に架橋工程を介在させてもよい。
【0086】
中和工程は、任意の工程であり、例えば、所定量の塩基性物質の粉末または水溶液と、アクリル酸やポリアクリル酸(塩)とを混合する方法が例示されるが、従来公知の方法を採用すればよく、特に限定されるものではない。なお、中和工程は、重合前または重合後のいずれで行ってもよく、また、重合前後の両方で行ってもよい。アクリル酸やポリアクリル酸(塩)の中和に用いられる塩基性物質としては、例えば、炭酸(水素)塩、アルカリ金属の水酸化物、アンモニア、有機アミンなど、従来公知の塩基性物質を適宜用いればよい。また、ポリアクリル酸の中和率は、特に限定されるものではなく、任意の中和率(例えば、30〜100モル%の範囲内における任意の値)となるように調整すればよい。
【0087】
重合工程における重合方法は、特に限定されるものではなく、ラジカル重合開始剤による重合、放射線重合、電子線や活性エネルギー線の照射による重合、光増感剤による紫外線重合など、従来公知の重合方法を用いればよい。また、重合開始剤、重合条件など各種条件については、任意に選択することができる。勿論、必要に応じて、架橋剤や他の単量体、さらには水溶性連鎖移動剤や親水性高分子など、従来公知の添加剤を添加してもよい。
【0088】
重合後のアクリル酸塩系ポリマー(すなわち、吸水性樹脂)は、乾燥工程に付される。乾燥方法としては、特に限定されるものではなく、熱風乾燥機,流動層乾燥機,ナウター式乾燥機など、従来公知の乾燥手段を用いて、所望の乾燥温度、好ましくは70〜230℃で、適宜乾燥させればよい。
【0089】
乾燥工程を経て得られた吸水性樹脂は、そのまま用いてもよく、さらに所望の形状に造粒・粉砕、表面架橋をしてから用いてもよく、還元剤、香料、バインダーなど、従来公知の添加剤を添加するなど、用途に応じた後処理を施してから用いてもよい。
【実施例】
【0090】
本発明の効果を、以下の実施例および比較例を用いて説明する。ただし、本発明の技術的範囲が以下の実施例のみに制限されるわけではない。
【0091】
[比較例1−1]Chloroflexus aurantiacus由来マロニルCoAレダクターゼ導入大腸菌の構築および3HP発酵
Chloroflexus aurantiacus OK−70−fl(ATCC29365)株のマロニルCoAレダクターゼ(mcr)遺伝子の塩基配列(NCBI Accessoin Number:AY530019)を元に、下記のマロニルCoAレダクターゼの構造遺伝子領域を増幅するプライマーを設計した。
【0092】
【表1】

【0093】
上記プライマーを用いて、Chloroflexus aurantiacus ATCC29365株のゲノムDNAをテンプレートとしてPCR増幅を行い、Chloroflexus aurantiacus ATCC29365のマロニルCoAレダクターゼ遺伝子を取得した。取得したマロニルCoAレダクターゼ遺伝子を、PinPoint Xa−1ベクター(Promega社)のTacプロモーター下流にクローニングし、mcr/PinPoint Xa−1を構築した。Escherichia coli fusion blue(Takara社)のプロトコールに従って、構築したmcr/PinPoint Xa−1をヒートショック法により導入し、E.coli(mcr/PinPoint Xa−1)を取得した。
【0094】
E.coli(mcr/PinPoint Xa−1)をIPTG添加(最終濃度1mM)2wt/vol%グルコース添加M9培地(Difco社製)に植菌し、坂口フラスコを用いて37℃、120rpmで48時間好気培養を行った。培養上清100μLに2.5mM 2−Hydroxy−2−methyl−n−butyric acid溶液 200μL(内部標準液)を加えた。ヒドロキシカルボン酸ラベル化試薬(YMC社)の試薬A液 200μL、試薬B液 200μLを加え、よく混合した後、60℃、20分間処理した。ヒドロキシカルボン酸ラベル化試薬(YMC社)の試薬C液 200μLを添加し、よく混合した。60℃、15分間処理後、室温まで冷えたら0.45mmフィルターに通し、LC分析サンプルとして供した。
【0095】
得られたLC分析サンプルを以下の記載の条件で高速液体クロマトグラフィーでの分析に供し、3HPと乳酸の定量分析を行ったところ、3HP=0.15g/L、乳酸=0.34g/Lの生成が確認された。なお、エタノールの生成は確認されなかった。
【0096】
【表2】

【0097】
[実施例1−1]乳酸デヒドロゲナーゼ遺伝子破壊大腸菌の構築、mcr遺伝子導入乳酸デヒドロゲナーゼ遺伝子破壊大腸菌の構築および3HP発酵
pCOLADuet−1(Takara社)のカナマイシン耐性遺伝子(KmR遺伝子)を増幅するために以下のプライマーを用いてPCR増幅を行った。なお、各プライマーの5’末端には大腸菌の乳酸デヒドロゲナーゼ遺伝子(ldhA遺伝子)(NCBI Accessoin Number:NP_415898)の相同配列80bpが付加してある。
【0098】
【表3】

【0099】
PCR増幅により得られたKmR遺伝子を含むPCR増幅産物(1610bp)をEscherichia coli fusion blue(Takara社)のプロトコールに従ってヒートショック法により導入し、Km15ppm添加LB培地に塗扶した。得られたKm耐性大腸菌のコロニーPCRを以下のプライマーを用いて実施し、ldhA遺伝子が破壊された大腸菌を選抜した。ldhA遺伝子が破壊された大腸菌をldhA遺伝子破壊E.coliとして以降の実験に用いた。
【0100】
【表4】

【0101】
比較例1−1記載のmcr/PinPoint Xa−1を、ldhA遺伝子破壊E.coliに導入し、ldhA遺伝子破壊E.coli(mcr/PinPoint Xa−1)を構築した。ldhA遺伝子破壊E.coli(mcr/PinPoint Xa−1)をIPTG添加(最終濃度1mM)2wt/vol%グルコース添加M9培地(Difco社製)に植菌し、坂口フラスコを用いて37℃、120rpmで48時間好気培養を行った。得られた培養液を比較例1−1記載のヒドロキシカルボン酸ラベル化試薬(YMC社)を用いた分析に供し、3HPおよび乳酸の定量分析を行ったところ、0.2g/Lの3HPの生成を確認したが、乳酸の生成は確認されなかった。また、ヒドロキシカルボン酸ラベル化に供したものと同じ培養液を、E−キット D−乳酸/L−乳酸(株式会社J.K.インターナショナル)およびE−液状キット エタノール(株式会社J.K.インターナショナル)に供したところ、乳酸およびエタノールは検出されなかった(なお、E−キット D−乳酸/L−乳酸の乳酸の検出限界は0.3mg/L、またE−液状キット エタノールのエタノールの検出限界は1.8mg/Lである)。すなわち、得られた3HP溶液において、3HPの全質量に対して、乳酸の含有率は、多く見積もっても0.15質量%以下であり、エタノールの含有率は多く見積もっても0.9質量%であることが確認された。
【0102】
[実施例1−2]3HPを含む水溶液を用いた3HP脱水処理
実施例1−1で得た3−ヒドロキシプロピオン酸(3HP)を含む培養液をWO2002/090312記載の方法で、3HPの濃度が12質量%である水溶液を調整し、メトキノンを100質量ppmになるように添加した。
【0103】
内径10mmのステンレス製反応管に、高さ5cmで固体触媒としてγ−アルミナを充填し、その上にステンレス製の1.5mmのディクソンパッキンを蒸発層として積層した。反応管を電気炉にて300℃に加熱し、上記原料を毎時8.3gの速度で反応管の上部に供給した。同時に、毎時1.5Lの速度で窒素ガスを流した。
【0104】
反応管の下部から抜き出した反応ガスを、冷却捕集し反応液を得た。得られた反応液を液体クロマトグラフィーで分析したところ、3HPの転化率は99%、アクリル酸の収率は98モル%であった。また10日間保管しても着色は見られなかった。
【0105】
[比較例1−2]3HPおよび乳酸を含む水溶液を用いた3HP脱水処理
比較例1−1で得た3−ヒドロキシプロピオン酸および乳酸含む培養液をWO2002/090312記載の方法に供し、3HPを12質量%、乳酸を27重量%含む水溶液を得た。この水溶液を用いて、実施例1−2と同じように固体触媒を充填した反応管の上部に、毎時8.3gの速度で供給した。同時に、毎時1.5Lの速度で窒素ガスを流した。しかし供給の途中で反応管が閉塞し、アクリル酸の製造が困難となったため、水溶液の供給を停止した。なお、水溶液の供給を開始した初期に反応管から抜き出した反応ガスを冷却し、捕集した反応液を液体クロマトグラフィー分析したところ、アクリル酸の他に実施例1−2では検出されなかった未知の不純物が多数確認された。また捕集液は黄色く着色していた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機化合物の存在下で、3−ヒドロキシプロピオン酸生成能を有し、かつ、乳酸および/またはエタノールの生成能が負に制御されてなる微生物を培養し、3−ヒドロキシプロピオン酸溶液を得ることを有し、
前記3−ヒドロキシプロピオン酸溶液において、3−ヒドロキシプロピオン酸の全質量に対し、乳酸の含有率は1.2質量%以下である、および/または、エタノールの含有率は1質量%以下であることを特徴とする、3−ヒドロキシプロピオン酸溶液の製造方法。
【請求項2】
前記微生物は、乳酸デヒドロゲナーゼ活性および/またはピルビン酸デカルボキシラーゼ活性が負に制御されてなる微生物である、請求項1に記載の3−ヒドロキシプロピオン酸溶液の製造方法。
【請求項3】
前記微生物は、乳酸デヒドロゲナーゼ遺伝子および/またはピルビン酸デカルボキシラーゼ遺伝子が欠失されてなる微生物である、請求項2に記載の3−ヒドロキシプロピオン酸溶液の製造方法。
【請求項4】
前記培養は、好気条件下で行われる、請求項1〜3のいずれか1項に記載の3−ヒドロキシプロピオン酸溶液の製造方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項の製造方法により得られる3−ヒドロキシプロピオン酸溶液中の3−ヒドロキシプロピオン酸を脱水処理することを含む、アクリル酸の製造方法。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の製造方法により得られたアクリル酸を含む単量体成分を重合することをを含む、親水性樹脂の製造方法。
【請求項7】
前記親水性樹脂は、吸水性樹脂である、請求項6に記載の親水性樹脂の製造方法。

【公開番号】特開2012−213346(P2012−213346A)
【公開日】平成24年11月8日(2012.11.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−79929(P2011−79929)
【出願日】平成23年3月31日(2011.3.31)
【出願人】(000004628)株式会社日本触媒 (2,292)
【Fターム(参考)】