説明

3価クロメート処理方法、3価クロメート液添加剤及び処理によって得られる部材

【課題】亜鉛メッキ後にクロメート処理液を用いて耐食性のある皮膜を形成する際、亜鉛メッキで被覆されなかったパイプ内面などの鉄素材がクロメート液に溶出することを抑制させ、溶出する不純物蓄積速度を減少させて、液の長寿命化を図った。
【解決手段】クロメート処理時に、クロメート液にあらかじめ腐食抑制剤として、環状構造を持つ有機化合物、不飽和化合物、窒素化合物、水酸基、カルボキシル基などを有する有機化合物を溶解しておくことにより、溶解した腐食抑制剤の効果を利用し,腐食抑制剤が金属表面に吸着されて、メッキで被覆されていないパイプ内面などの鉄素材がクロメート液に溶出することを抑制する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、3価クロメート処理方法、3価クロメート液添加剤及び処理によって得られる部材に関する。
【背景技術】
【0002】
亜鉛メッキ後、3価クロメート液を用いて耐食性のある皮膜を形成する際、クロメート液中に亜鉛メッキで被覆されていない金属素材がイオンとして溶出することを抑制させる方法がなかった。従来利用されてきた6価クロメート液はクロム酸が腐食抑制剤として働いて、鉄などを腐食しにくくしていたため腐食抑制剤を用いる必要がなかった。
【0003】
しかしながら、6価クロメートは有害であることから、それに代わって3価クロメート液が開発されてきた。3価クロメート液は亜鉛メッキに耐食性のある皮膜を形成する機能はあるものの、pHが2程度であるため、亜鉛メッキで被覆されていない被処理部材の鉄などの金属素材がイオンとなって溶解してしまう。従来の3価クロメート液組成では、金属の溶解を抑制する効果がなく、クロメート液の寿命は短いものであった。以下、従来の問題点について詳細に説明する。
【0004】
従来の方法としては、金属表面処理剤、金属表面処理液、これによって形成された耐食性着色皮膜、この耐食性着色皮膜を有する耐食性着色部品、およびこの耐食性着色部品の製造方法がある(特許文献1)。この方法は、6価クロムやフッ素化合物を使用せずに、従来の6価クロムを使用したクロメート処理と耐食性が同等もしくは同等以上であり、なおかつ優れた色調、外観の着色皮膜を提供するものであるが、市販の3価クロメート液を用いて、亜鉛メッキ後、耐食性のある皮膜を形成する機能を維持させながら、鉄などの金属素材の溶解を抑制させる効果はない。
【0005】
また、安定性を高めた6価クロムフリー表面化成処理用濃縮液組成(特許文献2)が提案されている。これは、クロムイオン、有機酸、および硝酸を含む濃縮液を貯蔵する際、ガス発生が見られない、貯蔵安定性に優れた3価クロメート処理に代表される化成処理用の濃縮液組成物であるが、亜鉛メッキ後、耐食性のある皮膜を形成する機能を維持させながら、鉄などの金属素材の溶解を抑制させる機能については全く開示されていない。
【0006】
3価クロメート液及びそれを用いた亜鉛ニッケル合金メッキ上に6価クロムフリー耐食性皮膜を形成する方法も提案されている(特許文献3参照)。これは、亜鉛ニッケル合金メッキに、3価クロメート液を用いて高い耐食性を有する3価クロメート皮膜を形成する方法を開示しているに過ぎず、要望されている亜鉛メッキ後、耐食性のある皮膜を形成する機能を維持させながら、鉄などの金属素材の溶解を抑制させるようなものではない。
【0007】
特許文献4に開示されている3価クロメート皮膜用仕上げ剤組成物及び3価クロメート皮膜の仕上げ方法では、キレート剤を利用している。絶縁性の低い、ネジ締付け性能に問題のない、優れた光沢と高耐食性を有する3価クロメート皮膜を得るための組成物とその方法が開示されている、要望されている亜鉛メッキ後、耐食性のある皮膜を形成する機能を維持させながら、鉄などの金属素材の溶解を抑制させる点については何らの開示がない。
【0008】
更に、特許文献5に開示されている樹脂クロメート浴および表面処理鋼板(特許文献5参照。)では、浴寿命に優れた樹脂クロメート、および耐食性、塗料密着性および耐クロム溶出製に優れた皮膜を有する表面処理鋼板が提案されているが、浴の組成にクロム酸として6価のクロムイオンを含んでおり、従来の課題を何ら解決するものではない。
【特許文献1】特開2005−187925
【特許文献2】特開2005−179702
【特許文献3】特開2005−126797
【特許文献4】特開2005−23372
【特許文献5】特開平9−165686
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
すなわち、従来、3価クロメート液としては、絶縁性が低く、ネジ締め付け性がよく、優れた光沢と高耐食性、塗料密着性および耐クロム溶出性に優れた皮膜を得ることが検討されてきた。しかしながら、液の長寿命化については検討されてこなかった。3価クロメート液の成分は塩化クロム、硝酸クロムなどを主成分としたもので、それ以前に多用されてきた6価クロメート液のクロム酸に比べて価格が高い。それに加え、液寿命が6価クロメート液の1/2以下に低下しているためクロメート加工費が増さざるを得ない状況にある。
【0010】
液寿命が低下する主要原因は不純物の鉄濃度が増すことによって耐食性のある皮膜が形成されなくなることにある。鉄は亜鉛メッキの素材に使われている。亜鉛メッキすることによって、被処理部材の通常の表面は亜鉛で覆われる。しかし、例えば、パイプの内側、プレスによる板と板との接触内部など、電流の流れにくい箇所では亜鉛で覆われることがなく、鉄素地がそのまま剥き出しとなっている。したがって、被処理部材を3価クロメートの液に浸すと表面の鉄がイオンとなって溶解するので液寿命が低下する。
【0011】
本発明は、市販の3価クロメート液を用いて、亜鉛メッキ後、耐食性のある皮膜を形成する機能を維持させながら、鉄などの金属素材の溶解を抑制させてクロメート液の長寿命化を可能とする3価クロメート処理方法、3価クロメート液添加剤及び処理によって得られる部材を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上述目的を達成するため、本発明は以下のような特徴的な構成を備えている。
【0013】
(1)被処理部材を亜鉛メッキ後にクロメート液に浸して3価クロメート処理を行う3価クロメート処理方法において、
前記亜鉛メッキ後の前記被処理部材のうち被処理部材を前記クロメート液に浸したときに前記クロメート液に露出する金属表面を予め定めた腐食抑制剤で覆うようにした3価クロメート処理方法。
(2)被処理部材を亜鉛メッキ後に3価クロメート処理を行うために浸す3価クロメート液であって、前記被処理部材の亜鉛メッキが施されていない表面に対して腐食抑制効果を与える3価クロメート液添加剤。
(3)前記腐食抑制剤として、環状構造を持つ有機化合物、不飽和化合物、窒素化合物、水酸基、カルボキシル基などを有する有機化合物を用いる上記(1)または(2)の3価クロメート処理方法または3価クロメート液添加剤。
(4)前項腐食抑制剤は、(A)分子構造として環状炭化水素化合物であるピラゾリル基、またはフェニル基の単数または複数の官能基を有する薬剤、(B)脂肪族の飽和炭化水素化合物または不飽和炭化水素化合物としてメチル基、または、ビニレン基の単数または複数の官能基を有する薬剤、(C)窒素の含まれる炭化水素化合物としてアミノ基、トリアジニル基、または、トリアゾリル基の単数または複数の官能基を有する薬剤、(D)酸素の含まれる炭化水素化合物として水酸基、またはカルボキシル基の単数または複数の官能基を有する薬剤のうち少なくとも一つの薬剤を含む上記(1)乃至(3)のいずれかに記載の3価クロメート処理方法または3価クロメート液添加剤。
(5)前記官能基を有する炭化水素化合物として、ピラゾール、ピラゾール−3,5−ジカルボン酸一水和物、4−アミノアンチピリン、5−アミノピラゾール−4−カルボニトリル、ビスピラゾロン、3,5−ジメチルピラゾール、3−アミノピラゾール−4−カルボン酸エチル、1−フェニル−3−メチル−5−ピラゾロン、3−メチルピラゾール、1−フェニル−3−ピラゾリジノン、1−フェニルピラゾール、シンナムアルデヒド、ケイ皮酸、塩化シンナモイル、シンナモニトリル、シンナミルアルコール、ケイ皮酸ベンジル、3−クロロケイ皮酸、4−クロロケイ皮酸、3,4−ジヒドロケイ皮酸、4−(ジメチルアミノ)−シンアムアルデヒド、ケイ皮酸エチル、3−フェニルプロピオン酸エチル、4−ニトロケイ皮酸エチル、4−フルオロケイ皮酸、3−ヒドロキシ−4−メトキシケイ皮酸、4−ヒドロキシケイ皮酸、t−3−メトキシケイ皮酸、ケイ皮酸メチル、α−メチルシンナムアルデヒド、α−メチルケイ皮酸、4−メチルケイ皮酸、2’−ニトロシンナムアルデヒド、2’−ニトロケイ皮酸、3’−ニトロケイ皮酸、4’−ニトロケイ皮酸、メチルイソオイゲノール、t−アネトール、オイゲノール、3−メチル−3−ブテン−1−オール、1,2,3−ベンゾトリアゾール、3,5−ジアミノ−1,2,4−トリアゾール、3−メルカプト−1,2,4−トリアゾール、3−ニトロ−1H−1,2,4−トリアゾール、4−フェニルウラゾール、1,2,4−トリアゾール、1H−1,2,4−トリアゾールナトリウム塩、3−アミノ−5−メルカプト−1,2,4−トリアゾール、3−アミノ−5−(メチルメルカプト)−1H−1,2,4−トリアゾール、3−アミノ−1H−1,2,4−トリアゾール、4−アミノ−1,2,4−トリアゾール、イタコン酸、アントラニル酸、エチレングリコール、グルタミン酸のうち少なくとも一つを含む上記(4)の3価クロメート処理方法または3価クロメート液添加剤。
(6)前記クロメート液に含まれる腐食抑制剤の添加量は0.001%以上10%以下である上記(1)乃至(5)のいずれかの3価クロメート処理方法または3価クロメート液添加剤。
(7)上記(1)乃至(6)の発明における前記3価クロメート処理で処理されて得られたことを特徴とする部材。
【0014】
すなわち、腐食抑制剤が金属表面に吸着する際、溶液に浸したときに吸着が起こり、鉄などの金属表面が腐食抑制剤で覆われる場合、金属から溶出するイオンの速度は時間経過によらず変わらない。一方、溶液に浸してから徐々に吸着が起こり、金属表面が覆われる場合、金属から溶出するイオンの速度は、初めのうちは腐食抑制剤に覆われていない箇所から金属イオンが溶出するため、初期には溶出速度が高く、時間が経過するに従って次第に溶出速度は低下する。クロメート時間は通常30から60秒程度であることから、溶液に浸したときに短時間で吸着が起こり、金属表面が腐食抑制剤で覆われる薬剤を利用する。腐食抑制剤として、環状構造を持つ有機化合物、不飽和化合物、窒素化合物、水酸基、カルボキシル基などを有する有機化合物を用いる。
【0015】
本発明は、亜鉛メッキのクロメート液を使用する際、耐食性のある皮膜を形成する機能を維持しながら、クロメート液にメッキ素材が溶出することを抑制させるもので、クロメート処理時に、クロメート液にあらかじめ溶解しておいた腐食抑制剤の効果を利用し,亜鉛メッキで被覆されていないパイプ内面などの鉄素材がクロメート液に溶出することを抑制させることにより,クロメート液の不純物蓄積速度を減少させ長寿命化を図っている。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば,亜鉛メッキ後の3価クロメート処理の際、耐食性のある皮膜を形成する機能を維持させながら、鉄などの金属素材の溶解を抑制させることが可能である。また,使用する腐食抑制剤は、市販の3価クロメート液を維持管理する上で必要なpH、使用温度で利用できる。
【0017】
また、本発明は,亜鉛メッキ後の3価クロメート処理の際、耐食性のある皮膜を形成する機能のある市販のクロメート液に腐食抑制剤を少量添加するだけで済み、使用条件を変えることなく利用できる。3価クロメート処理が長寿命化することから廃液量が少なくなり、環境に調和した表面処理が可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明の実施例について説明する。
(3価クロメート液の特性と腐食抑制剤の条件)
腐食抑制剤としては、市販の3価クロメート液に予め添加しておき、通常の作業と同様の工程が実施できることが最良である。市販の3価クロメート液はpH2程度あることから、腐食抑制剤はpH2程度の酸性で沈殿せず、腐食抑制効果を発揮するものを選ぶ。また、3価クロメート液にはキレート剤として、シュウ酸、マロン酸、クエン酸、酒石酸、リンゴ酸、ケイ酸またはその塩などが含まれていることから、これら薬剤の性能を損なわないものを利用する。作業温度は30℃から60℃の指定された温度で腐食抑制効果が維持できることも必要である。
【0019】
(長寿命化のための腐食抑制剤の選定基準)
腐食抑制剤として利用できる官能基には、環状炭化水素化合物であるピラゾリル基を有するものがあり、例えば、ピラゾール、ピラゾール−3,5−ジカルボン酸一水和物、4−アミノアンチピリン、5−アミノピラゾール−4−カルボニトリル、ビスピラゾロン、3,5−ジメチルピラゾール、3−アミノピラゾール−4−カルボン酸エチル、1−フェニル−3−メチル−5−ピラゾロン、3−メチルピラゾール、1−フェニル−3−ピラゾリジノン、1−フェニルピラゾールがある。環状炭化水素化合物であるフェニル基を有するものがあり、例えば、1−フェニルピラゾール、ケイ皮酸メチル、ケイ皮酸がある。脂肪族の飽和炭化水素化合物であるメチル基を有するものがあり、例えば、1−フェニル−3−メチル−5−ピラゾロン、ケイ皮酸メチルがある。不飽和炭化水素化合物であるビニレン基を有するものがあり、例えば、シンナムアルデヒド、ケイ皮酸、塩化シンナモイル、シンナモニトリル、シンナミルアルコール、ケイ皮酸ベンジル、3−クロロケイ皮酸、4−クロロケイ皮酸、3,4−ジヒドロケイ皮酸、4−(ジメチルアミノ)−シンアムアルデヒド、ケイ皮酸エチル、3−フェニルプロピオン酸エチル、4−ニトロケイ皮酸エチル、4−フルオロケイ皮酸、3−ヒドロキシ−4−メトキシケイ皮酸、4−ヒドロキシケイ皮酸、t−3−メトキシケイ皮酸、ケイ皮酸メチル、α−メチルシンナムアルデヒド、α−メチルケイ皮酸、4−メチルケイ皮酸、2’−ニトロシンナムアルデヒド、2’−ニトロケイ皮酸、3’−ニトロケイ皮酸、4’−ニトロケイ皮酸、メチルイソオイゲノール、t−アネトール、オイゲノール、3−メチル−3−ブテン−1−オールがある。窒素の含まれる炭化水素化合物であるアミノ基を有するものがあり、例えば、アントラニル酸、グルタミン酸がある。また、窒素の含まれる炭化水素化合物であるトリアジニル基、トリアゾリル基を有するものがあり、例えば。1,2,3−ベンゾトリアゾール、3,5−ジアミノ−1,2,4−トリアゾール、3−メルカプト−1,2,4−トリアゾール、3−ニトロ−1H−1,2,4−トリアゾール、4−フェニルウラゾール、1,2,4−トリアゾール、1H−1,2,4−トリアゾールナトリウム塩、3−アミノ−5−メルカプト−1,2,4−トリアゾール、3−アミノ−5−(メチルメルカプト)−1H−1,2,4−トリアゾール、3−アミノ−1H−1,2,4−トリアゾール、4−アミノ−1,2,4−トリアゾールがある。酸素の含まれる炭化水素化合物である水酸基を有するものがあり、例えばエチレングリコールがある。酸素の含まれる炭化水素化合物であるカルボキシル基を有するものがあり、例えばイタコン酸、アントラニル酸、ケイ皮酸、グルタミン酸がある。
【0020】
腐食抑制剤機能を有する炭化水素化合物として、ピラゾール、ピラゾール−3,5−ジカルボン酸一水和物、4−アミノアンチピリン、5−アミノピラゾール−4−カルボニトリル、ビスピラゾロン、3,5−ジメチルピラゾール、3−アミノピラゾール−4−カルボン酸エチル、1−フェニル−3−メチル−5−ピラゾロン、3−メチルピラゾール、1−フェニル−3−ピラゾリジノン、1−フェニルピラゾール、シンナムアルデヒド、ケイ皮酸、塩化シンナモイル、シンナモニトリル、シンナミルアルコール、ケイ皮酸ベンジル、3−クロロケイ皮酸、4−クロロケイ皮酸、3,4−ジヒドロケイ皮酸、4−(ジメチルアミノ)−シンアムアルデヒド、ケイ皮酸エチル、3−フェニルプロピオン酸エチル、4−ニトロケイ皮酸エチル、4−フルオロケイ皮酸、3−ヒドロキシ−4−メトキシケイ皮酸、4−ヒドロキシケイ皮酸、t−3−メトキシケイ皮酸、ケイ皮酸メチル、α−メチルシンナムアルデヒド、α−メチルケイ皮酸、4−メチルケイ皮酸、2’−ニトロシンナムアルデヒド、2’−ニトロケイ皮酸、3’−ニトロケイ皮酸、4’−ニトロケイ皮酸、メチルイソオイゲノール、t−アネトール、オイゲノール、3−メチル−3−ブテン−1−オール、1,2,3−ベンゾトリアゾール、3,5−ジアミノ−1,2,4−トリアゾール、3−メルカプト−1,2,4−トリアゾール、3−ニトロ−1H−1,2,4−トリアゾール、4−フェニルウラゾール、1,2,4−トリアゾール、1H−1,2,4−トリアゾールナトリウム塩、3−アミノ−5−メルカプト−1,2,4−トリアゾール、3−アミノ−5−(メチルメルカプト)−1H−1,2,4−トリアゾール、3−アミノ−1H−1,2,4−トリアゾール、4−アミノ−1,2,4−トリアゾール、イタコン酸、アントラニル酸、エチレングリコール、グルタミン酸などのうちいずれか単数または複数を用いる。
【0021】
腐食抑制剤の添加量は0.001%以上10%以下であることが望ましく、3価クロメート処理によって得られたクロメート皮膜の耐食性は塩水噴霧試験で少なくとも6時間から96時間以内に白錆の発生しない皮膜を形成する機能を維持できる腐食抑制剤を選ぶ。
【0022】
腐食抑制剤は毒物および劇物取締法における毒物、劇物、および、有害物のいずれにも指定されておらず、しかも、消防法による危険物規則告示別表第4に規定する危険物、および、引火物のいずれにも該当しない。また、悪性の薬品臭を生じないものを選定すれば、環境に調和できる。
【実施例1】
【0023】
本発明では、亜鉛メッキの後に行う3価クロメート処理工程において、被クロメート素材を浸したときに金属表面が腐食抑制剤で覆われるようにした。本発明の3価クロメート液添加剤の長寿命化の効果確認するために次のような実験を行った。例えば、クロメート液として液温30℃の日本表面化学(株)TR−175を液量2ml用い、予め、1%硝酸に10秒間浸せき後、水洗した直径0.6mmの鉄線をその中に表面積2cm浸し、攪拌機で撹拌した。鉄の腐食速度を求めるため、10秒毎に溶液を0.025mlずつ採取した。採取した溶液には10%塩酸ヒドロキシルアンモニウム0.07ml、pH4.3緩衝溶液0.07ml、1%塩酸o−フェナントロリン0.07mlを加え、水で2.5mlとした後、510nmの吸光度を測定し、鉄の溶出濃度を求めた。
【0024】
図1は1,2,3−ベンゾトリアゾール添加時の鉄の腐食速度を示す図である。また、図2は1−フェニルピラゾール、および、ケイ皮酸メチル添加時の鉄の腐食速度を示す図である。
【0025】
図1においては、クロメート液として日本表面化学(株)TR−175を用い、腐食抑制剤として1,2,3−ベンゾトリアゾールを使用した結果である。溶出濃度は撹拌によるばらつきがあり、20から30%の繰り返し誤差がある。しかし、◆、■で示した腐食抑制剤添加量0.1%以下の場合と、○、×、●で示した添加量0.3から0.5%の場合とでは、鉄溶出濃度に繰り返し誤差以上の差が生じている。腐食抑制剤濃度が低いとき、近似直線のY軸切片の値は約14であり、腐食抑制剤濃度が高い0.4%のとき約8である。いずれも近似直線の決定係数(R:相関係数の二乗値)は1に近い。もし、腐食抑制剤が吸着するのに時間がかかるのであれば、浸せき直後における鉄溶出速度は速くなり、近似直線からのずれが大きくなるはずである。しかしその傾向は僅かで、クロメート処理30秒後の鉄溶出量の10から20%程度である。
【0026】
このことから、溶液に浸した数秒間に吸着が起こって、鉄表面が腐食抑制剤で覆われていると考えられる。また、腐食抑制剤の効果を得るには0.3から0.5%の1,2,3−ベンゾトリアゾール濃度にすればよいことが分かる。
【実施例2】
【0027】
腐食抑制剤機能を有する炭化水素化合物の添加効果を確かめるため、クロメート液として日本表面化学(株)TR−175を用いて実験を行った。図2の■には0.3%の1−フェニルピラゾール、◆には0.01%のケイ皮酸メチルを添加したときの腐食抑制効果を示した。図3の×には0.03%ケイ皮酸メチルの添加効果を示した。
【0028】
図4はイタコン酸添加時の鉄の腐食速度を示す図、図5はアントラニル酸添加時の鉄の腐食速度を示す図及び図6はエチレングリコール、およびグルタミン酸ナトリウム添加時の鉄の腐食速度を示す図である。
【0029】
図4の●には0.3%イタコン酸の添加効果を示した。図5の×には0.3%アントラニル酸の添加効果を示した。図6には、あらかじめ0.2%の1,2,3−ベンゾトリアゾールを加えたものに0.2%エチレングリコールを添加したものを−、0.2%グルタミン酸ナトリウムを添加したものを○で示した。これらの炭化水素化合物はいずれも腐食抑制効果がある。
【実施例3】
【0030】
各種市販品における鉄の腐食抑制効果を確認するため、実施例2で、鉄腐食抑制効果の高かった、1−フェニルピラゾールが他の市販3価クロメート液の鉄腐食抑制に有効かどうか調べた。市販の3価クロメート液として、日本表面化学(株)製TR−173、荏原ユージライト(株)製TRIVALENT300、同TRIVALENT600、ユケン工業(株)製YFA、アイコーケミカル(株)製C−8000について検討し、結果を図7に示した。日本表面化学(株)製TR−175は重複するが、他の市販品と比較しやすいため掲げてある。液温は仕様書に沿って、アイコーケミカル(株)製C−8000が40℃、荏原ユージライト(株)製TRIVALENT600が60℃で、その他は30℃とした。
【0031】
図7は各種市販品に0.3%1−フェニルピラゾールを添加した液と無添加の液おける鉄の腐食速度を示す図である。
図7において、数字と記号は以下を示す。
173:日本表面化学(株)製TR−173
175:日本表面化学(株)製TR−175
300:荏原ユージライト(株)製TRIVALENT300
600:荏原ユージライト(株)製TRIVALENT600
YFA:ユケン工業(株)製YFA
8000:アイコーケミカル(株)製C−8000
【0032】
図7の△は市販品のみ、■は0.3%1−フェニルピラゾールを加えたものを示した。市販品のみのものに比べて、腐食抑制剤を加えると、日本表面化学(株)製TR−173は1/1.6に、日本表面化学(株)製TR−175は1/1.7に、荏原ユージライト(株)製300は1/3.5に、荏原ユージライト(株)製TRIVALENT600は1/1.3に、ユケン工業(株)製YFAは1/2.9に、アイコーケミカル(株)製C−8000は1/2.4に鉄溶出量を低減する効果がある。
【実施例4】
【0033】
腐食抑制剤を加えて処理したクロメート皮膜がJIS H8502塩水噴霧試験で耐食性を有することを確かめるため、日本表面化学(株)製TR−173、TR−175にそれぞれ、0.3%1−フェニルピラゾールを添加した液と市販品のみの液を用意して、5×5cmに切り出した鉄試験片に、5ミクロンの亜鉛メッキを行い、1%硝酸に10秒間浸せき後、水洗し、腐食抑制剤添加液と市販品のみ液のそれぞれを30℃とし、45秒間クロメート処理した。クロメート処理の終わった試験片について、腐食抑制剤を添加したものとしないものとでは、いずれも外観上の差が認められなかった。得られたそれぞれの試験片について、96時間塩水噴霧試験を行った。塩水噴霧試験後、いずれも白錆、赤錆の発生は認められなかった。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】1,2,3−ベンゾトリアゾール添加時の鉄の腐食速度を示す図である。
【図2】1−フェニルピラゾール、および、ケイ皮酸メチル添加時の鉄の腐食速度を示す図である。
【図3】ケイ皮酸メチル添加時の鉄の腐食速度を示す図である。
【図4】イタコン酸添加時の鉄の腐食速度を示す図である。
【図5】アントラニル酸添加時の鉄の腐食速度を示す図である。
【図6】エチレングリコール、およびグルタミン酸ナトリウム添加時の鉄の腐食速度を示す図である。
【図7】各種市販品に0.3%1−フェニルピラゾールを添加した液と無添加の液おける鉄の腐食速度を示す図である。
【符号の説明】
【0035】
173:日本表面化学(株)製TR−173
175:日本表面化学(株)製TR−175
300:荏原ユージライト(株)製TRIVALENT300
600:荏原ユージライト(株)製TRIVALENT600
YFA:ユケン工業(株)製YFA
8000:アイコーケミカル(株)製C−8000
△:各市販品のみ
■:各市販品に0.3%1−フェニルピラゾール添加

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被処理部材を亜鉛メッキ後にクロメート液に浸して3価クロメート処理を行う3価クロメート処理方法において、
前記亜鉛メッキ後の前記被処理部材のうち被処理部材を前記クロメート液に浸したときに前記クロメート液に露出する金属表面を予め定めた腐食抑制剤で覆うようにしたことを特徴とする3価クロメート処理方法。
【請求項2】
被処理部材を亜鉛メッキ後に3価クロメート処理を行うために浸す3価クロメート液であって、前記被処理部材の亜鉛メッキが施されていない表面に対して腐食抑制効果を与えることを特徴とする3価クロメート液添加剤。
【請求項3】
前記腐食抑制剤として、環状構造を持つ有機化合物、不飽和化合物、窒素化合物、水酸基、カルボキシル基などを有する有機化合物を用いることを特徴とする請求項1または2に記載の3価クロメート処理方法または3価クロメート液添加剤。
【請求項4】
前項腐食抑制剤は、(A)分子構造として環状炭化水素化合物であるピラゾリル基、またはフェニル基の単数または複数の官能基を有する薬剤、(B)脂肪族の飽和炭化水素化合物または不飽和炭化水素化合物としてメチル基、または、ビニレン基の単数または複数の官能基を有する薬剤、(C)窒素の含まれる炭化水素化合物としてアミノ基、トリアジニル基、または、トリアゾリル基の単数または複数の官能基を有する薬剤、(D)酸素の含まれる炭化水素化合物として水酸基、またはカルボキシル基の単数または複数の官能基を有する薬剤のうち少なくとも一つの薬剤を含むことを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の3価クロメート処理方法または3価クロメート液添加剤。
【請求項5】
前記官能基を有する炭化水素化合物として、ピラゾール、ピラゾール−3,5−ジカルボン酸一水和物、4−アミノアンチピリン、5−アミノピラゾール−4−カルボニトリル、ビスピラゾロン、3,5−ジメチルピラゾール、3−アミノピラゾール−4−カルボン酸エチル、1−フェニル−3−メチル−5−ピラゾロン、3−メチルピラゾール、1−フェニル−3−ピラゾリジノン、1−フェニルピラゾール、シンナムアルデヒド、ケイ皮酸、塩化シンナモイル、シンナモニトリル、シンナミルアルコール、ケイ皮酸ベンジル、3−クロロケイ皮酸、4−クロロケイ皮酸、3,4−ジヒドロケイ皮酸、4−(ジメチルアミノ)−シンアムアルデヒド、ケイ皮酸エチル、3−フェニルプロピオン酸エチル、4−ニトロケイ皮酸エチル、4−フルオロケイ皮酸、3−ヒドロキシ−4−メトキシケイ皮酸、4−ヒドロキシケイ皮酸、t−3−メトキシケイ皮酸、ケイ皮酸メチル、α−メチルシンナムアルデヒド、α−メチルケイ皮酸、4−メチルケイ皮酸、2’−ニトロシンナムアルデヒド、2’−ニトロケイ皮酸、3’−ニトロケイ皮酸、4’−ニトロケイ皮酸、メチルイソオイゲノール、t−アネトール、オイゲノール、3−メチル−3−ブテン−1−オール、1,2,3−ベンゾトリアゾール、3,5−ジアミノ−1,2,4−トリアゾール、3−メルカプト−1,2,4−トリアゾール、3−ニトロ−1H−1,2,4−トリアゾール、4−フェニルウラゾール、1,2,4−トリアゾール、1H−1,2,4−トリアゾールナトリウム塩、3−アミノ−5−メルカプト−1,2,4−トリアゾール、3−アミノ−5−(メチルメルカプト)−1H−1,2,4−トリアゾール、3−アミノ−1H−1,2,4−トリアゾール、4−アミノ−1,2,4−トリアゾール、イタコン酸、アントラニル酸、エチレングリコール、グルタミン酸のうち少なくとも一つを含むことを特徴とする請求項4に記載の3価クロメート処理方法または3価クロメート液添加剤。
【請求項6】
前記クロメート液に含まれる腐食抑制剤の添加量は0.001%以上10%以下であることを特徴とする請求項1乃至5のいずれかに記載の3価クロメート処理方法または3価クロメート液添加剤。
【請求項7】
請求項1乃至6に記載の発明における前記3価クロメート処理で処理されて得られたことを特徴とする部材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2007−239002(P2007−239002A)
【公開日】平成19年9月20日(2007.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−61484(P2006−61484)
【出願日】平成18年3月7日(2006.3.7)
【出願人】(506079320)神奈川県メッキ工業組合 (3)
【出願人】(000192903)神奈川県 (65)
【Fターム(参考)】