説明

ABS制御システム異常診断装置

【課題】本発明は、ABS制御システム異常診断装置に関し、ABS制御システムの異常を高精度に判定することが可能なABS制御システム異常診断装置を提供することを目的とする。
【解決手段】システム同定部10は、ABS制御時における制御入力(クランク軸の軸トルク)から制御出力(車輪の回転速度)までの車両挙動の動特性を記述する同定式を、ブレーキ圧の上昇状態、下降状態及び保持状態という合計3離散状態で切り替わるPWARXモデルとして同定を行う。現在状態推定部12及び車輪速推定部14は、同定したPWARXモデルを用いて現在状態及び車輪速を推定する。距離演算部16、帰属確率演算部18は、PWARXモデルのサブモデルを用いて距離、帰属確率をそれぞれ演算する。異常判定部20は、これらの推定値や演算値に基づいて、ABS制御システムの異常判定を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、ABS制御システム異常診断装置に関し、より詳細には、ブレーキ圧の制御状態に対応した関係等を利用して、ABS制御システムの異常判定を行うABS制御システム異常診断装置に関する。
【背景技術】
【0002】
車輪のホイールロックが起こりそうになると、車両に搭載されたECU(Electronic Control Unit)によってブレーキ圧の減圧制御がなされる。このため、ブレーキ圧は下降状態に制御される。そして、ブレーキ本体が正常に作動するブレーキ圧となると、その圧力を保持する制御がなされる。このため、ブレーキ圧の状態は保持状態に制御される。また、車輪が速く回りすぎるようになると、ECUによって増圧制御がなされる。このため、ブレーキ圧の状態は上昇状態に制御される。このようなABS制御システムについて、従来、例えば特許文献1には、システム制御を司る演算処理装置における障害の発生を検出した場合、障害発生後に回復すべき制御状態を、障害発生後の車両の状態に基づいて予測し他の演算処理装置に代替制御させる制御装置が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2007−245884号公報
【特許文献2】特開平8−142831号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、このような演算処理装置における障害の発生は、その後の代替制御に繋げる観点から高精度に診断できることが望ましい。また、演算処理装置だけでなく、ABS制御システム全体における障害の発生が高精度に診断できることが望ましい。この点に関し、従来の制御装置では、障害の発生を検出する手段について具体的な言及がないことから、障害発生後に回復すべき制御状態を誤る可能性を否定できない。したがって、演算処理装置を含むABS制御システムの異常を高精度に判定できる異常診断装置に対する要求があった。
【0005】
この発明は、上述のような課題を解決するためになされたもので、ABS制御システムの異常を高精度に判定することが可能なABS制御システム異常診断装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
第1の発明は、上記の目的を達成するため、ABS制御システム異常診断装置であって、
ABS制御時における制御入力及び制御出力の過去のデータが従うブレーキ圧の上昇状態、下降状態及び保持状態の3つのブレーキ圧状態に対応した夫々の確率分布を規定する未知パラメータを、これらの過去のデータに基づいて最尤推定法により推定し、推定した未知パラメータにより夫々の確率分布を特定する確率分布特定手段と、
特定後の前記夫々の確率分布に基づいて、前記過去のデータの各々が、前記3つのブレーキ圧状態の何れに属するデータであるかの判定を行い、3つのクラスタに分類するデータ分類手段と、
前記3つのクラスタの何れかのクラスタと、その他のクラスタとの境界で成立する境界条件の未知パラメータを、前記過去のデータに基づいて推定し、推定した未知パラメータにより前記境界条件を夫々特定する境界条件特定手段と、
所定の時刻における制御入力及び制御出力のデータと、前記所定の時刻よりも1ステップ先の時刻における制御出力のデータとの間に成立する3つの関係式の未知パラメータを、前記3つのブレーキ圧状態の夫々のデータに基づいて推定し、推定した未知パラメータにより前記3つの関係式を特定する関係式特定手段と、
特定した前記境界条件の夫々に制御入力及び制御出力の現在値を含むデータを適用して、前記現在値を含むデータが前記前記3つのクラスタの何れかのクラスタと、その他のクラスタとの境界で成立する境界条件の未知パラメータを、前記過去のデータに基づいて推定し、推定した未知パラメータにより前記境界条件を夫々特定する境界条件特定手段と、
前記区分推定手段による区分結果を利用して、前記3つの関係式に前記現在値を含むデータを適用して1ステップ先の制御出力のデータを推定する出力推定手段と、
前記区分推定手段による区分結果及び/又は前記推定した1ステップ先の制御出力のデータに基づいて、ABS制御システムの異常を判定する異常判定手段と、を備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
第1の発明によれば、過去のデータをブレーキ圧の上昇状態、下降状態及び保持状態の3つのブレーキ圧状態に対応する3つのクラスタに分類し、3つのクラスタの何れかのクラスタと、その他のクラスタとの境界で成立する境界条件を夫々特定すると共に、この3つのクラスタのデータに基づいて3つの関係式を特定できる。特定した境界条件や関係式によれば、現在値を含むデータが上記3つのブレーキ圧状態のいずれに区分されるかを推定できると共に、1ステップ先の制御出力のデータを推定できる。したがって、現在状態の推定と、制御出力のデータとが推定できる。また、第1の発明によれば、このように推定した現在状態と、制御出力のデータに基づいて、ABS制御システムの異常を判定できる。したがって、ブレーキ圧の上昇状態、下降状態及び保持状態の3つのブレーキ圧状態を考慮して、ABS制御システムの異常を高精度に判定できる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】実施の形態のABS制御システム異常診断装置の機能ブロック図である。
【図2】ABS制御時におけるブレーキ圧の遷移状態を示す概念図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本実施の形態のABS制御システム異常診断装置は、車両に搭載されるECUの内部に構成されている。このため、図1を用いて、本実施の形態に係る装置の説明をする。図1は、ECUがABS制御システムの異常判定を行うABS制御システム異常診断装置として機能する場合の機能ブロック図である。
【0010】
図1に示すように、システム同定部10、現在状態推定部12、車輪速推定部14、距離演算部16、帰属確率演算部18及び異常判定部20から構成されている。システム同定部10は、データクラスタリング部22、分離超平面推定部24及びシステムパラメータ推定部26から構成されている。
【0011】
システム同定部10は、ABS制御時におけるクランク軸の軸トルク(実軸トルク)から車輪の回転速度(車輪速)までの車両挙動の動特性を記述する同定式を、ブレーキ圧の上昇状態、下降状態及び保持状態という合計3離散状態で切り替わる区分的アフィン自己回帰(Piece-Wise affine Auto-Regressive eXogeneous;PWARX)モデルとして同定を行うように構成されている。
【0012】
同定は、入力データである実軸トルク及び出力データである車輪速のそれぞれの時系列データを用いることにより行う。時刻kにおける実軸トルクの実測データをu(k)、車輪速の実測データをy(k)とする。ここで、時刻kを現在時刻とすると、これらの過去の時系列データは、u(k-1),u(k-2),・・・、y(k-1),y(k-2),・・・で表される。これら過去の時系列データは、ECUに記憶されているものとする。
【0013】
過去の時系列データに基づく車輪速の動特性がPWARXモデルに従うと仮定すると、実軸トルク及び車輪速の関係は次式(1)〜(3)で表される。
【数1】

上式(1)〜(3)は、それぞれブレーキ圧の(i)上昇状態、(ii)下降状態、(iii)保持状態にそれぞれ対応する。上式(1)〜(3)において、e(k)は式誤差である。また、上式(1)〜(3)において、右肩の添え字「T」は転置行列を意味する。また、x(k)は回帰ベクトルであり、過去の実軸トルク及び車輪速のデータを用いて、
x(k)=[y(k-1) ・・・ y(k-ny) u(k-1) ・・・ u(k-nu)]T ・・・(4)
により与えられる。上式(4)において、kは、k=1,2,・・・,Nの離散時刻の値であり、Nはデータ数である。また、自然数ny,nuは、それぞれモデルを記述するために必要な過去の時系列データの個数を表す。また、θ1、θ2及びθ3は、これらのモデルを規定する未知のパラメータである。
【0014】
また、上式(1)〜(3)に示すように、ブレーキ圧の上記(i)〜(iii)の状態は、回帰ベクトル空間上における分離超平面で分割されるものとする。分離超平面は、これらの状態の境界であり、次式(5)で表される。
【数2】

上式(5)において、aij及びbijは、分離超平面を規定する未知のパラメータである。
【0015】
データクラスタリング部22は、システム同定部10内に構成されている。データクラスタリング部22は、過去の時系列データを、それぞれの離散状態に対応するクラスタに分類するように構成されている。
【0016】
分類は、まず、観測データベクトルzk=(xT(k) yT(k))Tを定義する。そして、この観測データベクトルzkのN個の観測データz1,・・・,zNが、上記(i)〜(iii)のブレーキ圧状態に対応する正規分布からなる混合正規分布に従うと仮定する。
【0017】
混合正規分布は、パラメータΦ=(αiii;i=1,2,3)を用いて次式(6)のように表される。
【数3】

上式(6)及び(7)において、i=1,2,3は、それぞれ上記(i)〜(iii)のブレーキ圧状態に対応する離散状態である。また、μは、それぞれの離散状態に対応する正規分布の平均ベクトルを示す。同様に、Σは、それぞれの離散状態に対応する正規分布の共分散行列を示す。また、添え字「nz」は、観測データベクトルzkの次元数を示す。さらにdetΣは、Σの行列式を示し、行列の右肩の添え字「-1」は逆行列を意味する。
【0018】
混合正規分布のパラメータΦは最尤推定法により求めることができる。尤度関数
【数4】

を最大化するパラメータΦは、EMアルゴリズムを用いることにより推定することができる。EMアルゴリズムによれば、パラメータΦを反復的に計算することができる。
【0019】
求めたパラメータΦは、観測データの分類に用いられる。観測データの分類は、次のように行われる。まず、パラメータΦにより、離散状態に対応するそれぞれの正規分布を特定する。そして、各正規分布に観測データが帰属する確率を演算する。演算した帰属確率が最も高くなる部分分布に対応するクラスタに分類する。これにより、離散時刻k=1,2,・・・,Nに対応する観測データをそれぞれのクラスタC1,C2,C3に分類できる。
【0020】
分離超平面推定部24は、データクラスタリング部22同様、システム同定部10内に構成されている。分離超平面推定部24は、上記(i)〜(iii)のブレーキ圧状態を分割する回帰空間上の分離超平面のパラメータを推定するように構成されている。上式(5)により与えられる分離超平面のパラメータaij,bijは、ソフトマージンサポートベクターマシンを利用することにより推定できる。
【0021】
サポートベクターマシンは、与えられたデータが2つのクラスのどちらに属するかを判断することのできるアルゴリズムであり、全てのサンプルデータに対して正しいクラスが存在する(線形分離可能)ときに成立する超平面のパラメータaij,bijを調整する方法である。しかし、このような線形分離を実現する超平面は、1つに決まらない。そこで、超平面から各クラスまでの距離をマージン(1/||aij||)とし、このマージンを最大にするように超平面のパラメータaij,bijを決定する。
【0022】
ここで、全てのサンプルデータに対して常に正しいクラスが存在するとは限らない(線形分離可能でない)。このような場合には、サポートベクターマシンに分類誤差項を導入したソフトマージンサポートベクターマシンを利用する。すなわち、データが超平面を超えて反対側のクラスに入ってしまった場合に、その超えた距離νijkの総和を最小限にするように超平面のパラメータaij,bijを調整する。ソフトマージンサポートベクターマシンを利用すれば、パラメータaij,bijは、次式(8)に示す2次最適化問題を解くことにより推定できる。
【数5】

このように推定したパラメータaij,bijにより、パラメータE1,E2,E3,e1,e2,e3を特定する。特定したパラメータE1,E2,E3,e1,e2,e3は、ECUに記憶される。
【0023】
システムパラメータ推定部26も、データクラスタリング部22同様、システム同定部10内に構成されている。システムパラメータ推定部26は、データクラスタリング部22で分類した離散時刻に対応するデータを用いて、パラメータθ123を推定するように構成されている。パラメータθ123は、次式(9)により推定できる。
【数6】

上式(9)において、Niは、それぞれのクラスタCi(i=1,2,3)に含まれるデータ数を示す。このように推定されたパラメータθ1^,θ2^,θ3^は、ECUに記憶される。尚、添え字「^」は、推定値を表すものとする。以上により、システム同定部10では、ブレーキ圧の上昇状態、下降状態及び保持状態という合計3離散状態で切り替わるPWARXモデルの同定が行われる。
【0024】
(現在状態推定部12)
現在状態推定部12は、特定したパラメータEi,ei(i=1,2,3)及び上式(4)を用い、現在のブレーキ圧状態が上記(i)〜(iii)のうちのどの状態にあるかを推定するように構成されている。具体的には、先ず、時刻k-1までのデータ履歴により推定したパラメータEi,eiと、このデータ履歴から生成した回帰ベクトルx(k)とから、EiTx(k)+eiをそれぞれ演算する。演算の結果、EiTx(k)+ei≧0を満たすパラメータEi,eiを特定する。特定したパラメータEi,eiに対応する状態が現在状態であると推定する。このように推定した現在状態は、ECUに記憶される。
【0025】
(車輪速推定部14)
車輪速推定部14は、特定したパラメータEi,ei及び上式(4)を用い、現在状態が上記(i)〜(iii)のうちのどの状態にあるかを推定し、その推定した現在状態に基づいて車輪速の推定値y^(k)を推定するように構成されている。
【0026】
現在状態の推定手法については、現在状態推定部12で行う手法と同一であるためその説明を省略する。推定した現在状態に対応する上式(1)〜(3)のARXモデルに、時刻k-1までのデータ履歴から生成した回帰ベクトルx(k)と、推定したパラメータθi^(i=1,2,3)とを導入する。こうすることで、車輪速の推定値y^(k)を推定する。このように推定したy^(k)は、ECUに記憶される。
【0027】
(距離演算部16)
距離演算部16は、パラメータEi,ei及び上式(4)を用い、dk=|EiTx(k+1)+ei|を演算するように構成されている。このdkは、時刻kの入出力データが式(5)で示される分離超平面からどの程度離れているかを示す距離に相当する。この距離は、具体的に、次のとおり演算される。まず、時刻k-1までの入出力データ履歴に時刻kの入力データu(k)と、時刻kの出力データの推定値y^(k)と加え、回帰ベクトルx(k+1)を生成する。そして、この回帰ベクトルx(k+1)と、時刻k-1までの入出力データ履歴により推定したパラメータEi,eiとから、dk=|EiTx(k+1)+ei|を演算する。このように演算したdkは、ECUに記憶される。
【0028】
(帰属確率演算部18)
帰属確率演算部18は、パラメータΦ、及び上式(7)を用い、時刻kにおける観測データベクトルzkが、上記クラスタCiのそれぞれに帰属する帰属確率αipi(zki,Σi)を演算するように構成されている。帰属確率は、先ず、データクラスタリング部22で定義した観測データベクトルzk同様、観測データベクトルzk=(xT(k) (y^)T(k))Tを定義する。そして、データクラスタリング部22で推定されたパラメータΦを用いて、帰属確率αipi(zki,Σi)をそれぞれ演算する。このように演算したαipi(zki,Σi)は、ECUに記憶される。
【0029】
(異常判定部20)
異常判定部20は、(i)現在状態推定部12で推定した現在状態、(ii)車輪速推定部14で推定したy^(k)、(iii)距離演算部16で演算した距離dk及び(iv)帰属確率演算部18で演算したαipi(zki,Σi)に基づいて、ABS制御システムの異常判定を行うように構成されている。
【0030】
(i)現在状態推定部12で推定した現在状態に基づく異常判定は、(a)現在状態推定部12で推定した現在状態と、実測した現在状態との比較及び(b)現在状態推定部12で推定した現在状態の遷移と、予め設定した遷移状態との比較により行われる。
【0031】
上記(a)の比較において用いられる実測状態は、推定時刻に対応する時刻における実際のブレーキ圧状態である。実際のブレーキ圧状態は、例えば、車輪の加速度dy/dtの時間変化によって判断できる。具体的に、ブレーキ上昇状態中であれば、車輪の回転加速度dy/dtは負の方向に増加するためdy/dt<0となる。一方、ブレーキ下降状態中であればその逆となるためdy/dt>0となる。同様に、ブレーキ保持状態中であれば車輪の回転加速度が変化しないため、dy/dt=0となる。したがって、離散時刻毎に推定した現在状態を観測し、推定した現在状態と比較する。そして、推定した現在状態と、現在状態とが一定時間乖離している場合には、ABS制御システムに異常があると推定できる。なお、ここでいう一定時間は、予め定めた判定時間であり、要求する判定精度に応じて自由に設定できる。ABS制御システムに異常があると推定された場合、異常判定部20は、エラー信号を発するものとする。
【0032】
上記(b)比較において用いられる遷移状態は、通常のABS制御時におけるブレーキ圧の状態の遷移規則として予めECUに記憶されているものである。この遷移規則について図2を用いて説明する。
【0033】
図2に示すように、ABS制御時においては、ブレーキ圧の状態が3つの状態間を遷移する。また、この状態遷移については、図2の実線で示すように、同一の状態間の遷移、下降状態と保持状態との間の遷移又は保持状態と上昇状態との間の遷移のいずれかとなる。このため、現在状態推定部12で推定されるブレーキ圧状態についても、図2に示す状態遷移となるはずである。しかしながら、図2の点線で示すように、推定されるブレーキ圧状態が上昇状態から下降状態へと遷移するような場合には、通常のABS制御時の遷移規則とは異なる事象が発生していることが考えられる。
【0034】
したがって、図2の実線で示すような状態遷移を遷移規則としてECUに記憶しておき、現在状態推定部12で推定した現在状態の遷移と比較する。そして、図2の点線で示すような遷移規則にない事象が検出された場合には、ABS制御システムに異常があるものと推定できる。このような場合、異常判定部20は、エラー信号を発するものとする。
【0035】
(ii)車輪速推定部14で推定したy^(k)に基づく異常判定は、推定したy^(k)と、時刻kにおける実際の車輪速の実測データy(k)とを比較することにより行われる。具体的には、これらの値の差Δy=|y^(k)-y(k)|を演算し、予め定めた設定値(閾値)との比較を行い、Δyが一定時間に渡って閾値を超える場合には、ABS制御システムに異常があると推定できる。なお、ここでいう一定時間は、予め定めた判定時間であり、要求する判定精度に応じて自由に設定できる。ABS制御システムに異常があると推定された場合、異常判定部20は、エラー信号を発するものとする。
【0036】
(iii)距離演算部16で演算した距離dkに基づく異常判定は、この距離dkと、予め決められた設定値(閾値)とを比較することにより行われる。この閾値は、要求する判定精度に応じて自由に設定することが可能である。そして、距離dkが一定時間に渡って閾値未満であれば、現在状態推定部12や車輪速推定部14で推定する際に用いたデータの信憑性が低い可能性が認められる。このような場合、異常判定部20は、エラー信号を発するものとする。
【0037】
(iv)帰属確率演算部18で演算したαipi(zki,Σi)に基づく異常判定は、演算した帰属確率αipi(zki,Σi)のそれぞれを比較することにより行われる。上述したように、時刻kにおける車輪速の推定値y^(k)は、現在のブレーキ圧状態が上記(i)〜(iii)のうちのどの状態にあるかを推定し、その推定状態に基づいて推定されるものである。換言すれば、このy^(k)は、ブレーキ圧の上記(i)〜(iii)のいずれかの状態に対応するARXモデルを同定するデータに含まれることになる。すなわち、このy^(k)を用いて定義される観測データベクトルzk=(xT(k) (y^)T(k))Tは、その推定した現在状態に対応するクラスタCiに帰属する確率が最も高いことを意味している。したがって、演算したαipi(zki,Σi)が、一定時間に渡って閾値未満となるような場合、現在状態推定部12や車輪速推定部14で推定する際に用いたデータの信憑性が低いことになる。このような場合、異常判定部20は、エラー信号を発するものとする。
【0038】
このように、図1に示す診断装置の構成によれば、過去の時系列データに基づいて同定したPWARXモデルを用いて、現在の状態及び現在の車輪速を推定することができる。そして、これらの推定情報を用いてABS制御システムの異常を判定できるので判定の精度が高い。特に、上記(ii)(b)の遷移規則を単独の判定指標として用いた場合には、推定した車輪速のデータを参照するだけで異常判定を行うことができるため、判定の高速化を図ることが可能となる。加えて、ARXモデルを構築する際に用いたサブモデルにより演算した距離や帰属確率をも用いることにより、より精度の高い異常判定を行うことができる。
【0039】
なお、上述した実施の形態においては、入力データとして実軸トルクを利用したが、例えば増圧と減圧とを制御する電磁バルブに入力される電圧を用いることも可能である。この電磁バルブ入力電圧と実軸トルクとの組み合わせといった、入力データの2つ以上の組み合わせとして用いることも可能である。また、入力データ同様、出力データとして車両速度、車輪のスリップ率等を用いることも可能である。
【0040】
なお、上述した実施の形態においては、ABS制御システムの異常判定を、現在状態推定部12で推定した現在状態、車輪速推定部14で推定したy^(k)、距離演算部16で演算した距離dk及び帰属確率演算部18で演算したαipi(zki,Σi)に基づいて行ったが、これらの判定指標のうちの少なくとも2つを選択して異常判定を行ってもよい。ただし、選択する判定指標のうちの一方には、現在状態推定部12で推定した現在状態又は車輪速推定部14で推定したy^(k)が含まれるものとする。このように判定指標を選択すれば、PWARXモデルから推定される推定値に他の情報を加味して異常を判定できる。
【0041】
尚、上述した実施の形態においては、データクラスタリング部22において、混合正規分布のパラメータΦを推定し、上式(6)を特定することにより前記第1の発明における「確率分布特定手段」が、データクラスタリング部22において、観測データの分類を行うことにより前記第1の発明における「データ分類手段」が、分離超平面推定部24において、分離超平面のパラメータa,bを推定し、上式(5)を特定することにより前記第1の発明における「境界条件特定手段」が、システムパラメータ推定部26において、パラメータθ1^,θ2^,θ3^を推定し、上式(9)を特定することにより前記第1の発明における「関係式特定手段」が、現在状態推定部12において、EiTx(k+1)+eiを演算し現在のブレーキ圧状態がブレーキ圧の上昇状態、下降状態及び保持状態のいずれかの状態にあるかを推定することにより前記第1の発明における「区分推定手段」が、EiTx(k+1)+ei演算し現在のブレーキ圧状態を推定し、この推定結果を用いて車輪速の推定値y^(k)を推定することにより前記第1の発明における「出力推定手段」が、異常判定部20において、現在状態推定部12で推定した現在状態及び車輪速推定部14で推定したy^(k)に基づいてABS制御システムの異常判定を行うことにより前記第1の発明における「異常判定手段」が、それぞれ実現されている。
【符号の説明】
【0042】
10 システム同定部
12 現在状態推定部
14 車輪速推定部
16 距離演算部
18 帰属確率演算部
20 異常判定部
22 データクラスタリング部
24 分離超平面推定部
26 システムパラメータ推定部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ABS制御時における制御入力及び制御出力の過去のデータが従うブレーキ圧の上昇状態、下降状態及び保持状態の3つのブレーキ圧状態に対応した夫々の確率分布を規定する未知パラメータを、これらの過去のデータに基づいて最尤推定法により推定し、推定した未知パラメータにより夫々の確率分布を特定する確率分布特定手段と、
特定後の前記夫々の確率分布に基づいて、前記過去のデータの各々が、前記3つのブレーキ圧状態の何れに属するデータであるかの判定を行い、3つのクラスタに分類するデータ分類手段と、
前記3つのクラスタの何れかのクラスタと、その他のクラスタとの境界で成立する境界条件の未知パラメータを、前記過去のデータに基づいて推定し、推定した未知パラメータにより前記境界条件を夫々特定する境界条件特定手段と、
所定の時刻における制御入力及び制御出力のデータと、前記所定の時刻よりも1ステップ先の時刻における制御出力のデータとの間に成立する3つの関係式の未知パラメータを、前記3つのブレーキ圧状態の夫々のデータに基づいて推定し、推定した未知パラメータにより前記3つの関係式を特定する関係式特定手段と、
特定した前記境界条件の夫々に制御入力及び制御出力の現在値を含むデータを適用して、前記現在値を含むデータが前記前記3つのクラスタの何れかのクラスタと、その他のクラスタとの境界で成立する境界条件の未知パラメータを、前記過去のデータに基づいて推定し、推定した未知パラメータにより前記境界条件を夫々特定する境界条件特定手段と、
前記区分推定手段による区分結果を利用して、前記3つの関係式に前記現在値を含むデータを適用して1ステップ先の制御出力のデータを推定する出力推定手段と、
前記区分推定手段による区分結果及び/又は前記推定した1ステップ先の制御出力のデータに基づいて、ABS制御システムの異常を判定する異常判定手段と、
を備えることを特徴とするABS制御システム異常診断装置。

【図1】
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【図2】
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