説明

Al−Mg−Si系合金板の製造方法およびAl−Mg−Si系合金板、ならびにAl−Mg−Si系合金材

【課題】熱伝導性、導電性、強度に優れたAl−Mg−Si系合金板を簡単で少ない工程で製造する。
【解決手段】Si:0.2〜0.8質量%、Mg:0.3〜1質量%、Fe:0.5質量%以下、Cu:0.5質量%以下を含有し、さらにTi:0.1質量%以下またはB:0.1質量%以下の少なくとも1種を含有し、残部Alおよび不可避不純物からなるAl−Mg−Si系合金鋳塊を、熱間圧延し、さらに冷間圧延する工程を含む合金板の製造方法であって、熱間圧延後で冷間圧延終了までの間に、200〜400℃で1時間以上保持することにより熱処理を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、Al−Mg−Si系合金板の製造方法、およびこの方法によって製造されるAl−Mg−Si系合金板に関する。
【0002】
さらにこの発明は、Al−Mg−Si系合金板、特に熱伝導性、導電性、強度および加工性に優れたAl−Mg−Si系合金板およびその製造方法、ならびにAl−Mg−Si系合金材に関する。
【背景技術】
【0003】
PDP(プラズマディスプレイ)、LCD(液晶ディスプレイ)、ノートパソコン等シャーシやメタルベースプリント基板のように発熱体を内蔵または装着する部材材料においては、強度はもとより、速やかに放熱すべく優れた熱伝導性が要求される。しかも、昨今のこれら製品の高性能化、複雑化、小型化、発熱体の高密度化によって発熱量は飛躍的に増大し、益々熱伝導性と加工性の向上が希求されている。
【0004】
然るに、上記部材をアルミニウムで製作する場合、熱伝導性の高い材料としては、JIS 1100、1050、1070等の純アルミニウム系合金が適している。しかし、これらの合金は強度に難点がある。一方、高強度材料として採用されるJIS 5052合金は、純アルミニウム系合金よりも熱伝導性が著しく低い。また、Al−Mg−Si系合金は、熱伝導性が良く時効硬化により高強度も得られるが、圧延後高温で溶体化処理後時効処理するという複雑な工程が必要である。また、高い強度を得ても、曲げ加工性、張出加工性等の成形加工性が極端に低下するという欠点があった(例えば、特許文献1、2、3)。
【0005】
このような状況にあって、本出願人は、Al−Mg−Si系合金板の製造に際し、熱間圧延工程の圧延条件を規定することにより、熱伝導性と強度の両方を実現できる技術を提案し、溶体化処理および時効処理を行なわずとも所要の強度を得ることができた(特許文献4、5)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平8−209279号公報
【特許文献2】特開平9−1343644号公報
【特許文献3】特開2000−144294号公報
【特許文献4】特開2000−87198号公報
【特許文献5】特開2000−226628号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上記技術においては、熱間圧延工程の任意のパス工程において、パス前の材料温度、パス間の冷却速度、パス上がり温度、上がり板厚を制御し、さらにその後の冷間圧延における加工度を制御するという、複雑な条件管理を要するものであった。
【0008】
また、製造された合金板の加工性は市場の要求を十分に満たすものではなく、厳しい条件で成形加工する場合、加工設備や加工方法に格別の配慮を要するものであった。
【0009】
ところで、JIS 1000系から7000系のアルミニウム合金においては、熱伝導率と導電率とが良好な相関性を示すことが知られている。図2に示すアルミニウム合金における熱伝導率と導電率の関係を回帰分析すると、回帰式:y=3.5335x+13.525、決定係数:R=0.981が得られ、極めて高い相関性を示していることがわかる。従って、優れた熱伝導性を示すアルミニウム合金板は同時に優れた導電性をも兼ね備えるものであって、放熱部材材料として利用される他、導電部材材料としても好適に用いることができる。
【0010】
この発明は、上述した技術背景に鑑み、Al−Mg−Si系合金板を簡単で少ない工程で製造する方法を提供するとともにこの方法で製造されたAl−Mg−Si系合金板の提供を目的とする。
【0011】
さらにこの発明は、上述した技術背景に鑑み、熱伝導性、導電性、強度および加工性に優れたAl−Mg−Si系合金板を簡単で少ない工程で製造する方法を提供するとともに、この方法で製造されたAl−Mg−Si系合金板の提供を目的とする。また、この発明は熱伝導性、導電性、強度および加工性に優れたAl−Mg−Si系合金材の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
前記目的を達成するために、この発明のAl−Mg−Si系合金板の製造方法は下記の構成を有するものである。
(1) Si:0.2〜0.8質量%、Mg:0.3〜1質量%、Fe:0.5質量%以下、Cu:0.5質量%以下を含有し、さらにTi:0.1質量%以下またはB:0.1質量%以下の少なくとも1種を含有し、残部Alおよび不可避不純物からなるAl−Mg−Si系合金鋳塊を、熱間圧延し、さらに冷間圧延する工程を含む合金板の製造方法であって、熱間圧延後で冷間圧延終了までの間に、200〜400℃で1時間以上保持することにより熱処理を行うことを特徴とするAl−Mg−Si系合金板の製造方法。
(2) 合金鋳塊において、不純物としてのMnおよびCrが、Mn:0.1質量%以下、Cr:0.1質量%以下に規制されている前項1に記載のAl−Mg−Si系合金板の製造方法。
(3) 熱処理は、熱間圧延後冷間圧延前に行う前項1または2に記載のAl−Mg−Si系合金板の製造方法。
(4) 熱処理は、冷間圧延中に行う前項1または2に記載のAl−Mg−Si系合金板の製造方法。
(5) 熱処理は、220〜280℃で1〜10時間保持することにより行う前項1〜4のいずれか一項に記載のAl−Mg−Si系合金板の製造方法。
(6) 合金鋳塊に対し、500℃以上で均質化処理を行う前項1〜5のいずれか一項に記載のAl−Mg−Si系合金板の製造方法。
(7) 熱処理後の冷間圧延を20%以上の加工度で行う前項1〜6のいずれか一項に記載のAl−Mg−Si系合金板の製造方法。
(8) 加工度は30%以上である前項7に記載のAl−Mg−Si系合金板の製造方法。
(9) 冷間圧延終了後、200℃以下で最終焼鈍を行う前項1〜8のいずれか一項に記載のAl−Mg−Si系合金板の製造方法。
(10) 最終焼鈍は、110〜150℃で行う前項9に記載のAl−Mg−Si系合金板の製造方法。
(11) 熱間圧延前に、材料温度を450〜580℃に予備加熱する前項1〜10のいずれか一項に記載のAl−Mg−Si系合金板の製造方法。
(12) 熱間圧延の任意のパス工程において、パス前の材料温度を450〜350℃とし、パス後の冷却速度を50℃/分以上とする前項1〜11のいずれか一項に記載のAl−Mg−Si系合金板の製造方法。
(13) 合金鋳塊中のSi含有量は0.32〜0.6質量%である前項1〜12のいずれか一項に記載のAl−Mg−Si系合金板の製造方法。
(14) 合金鋳塊中のMg含有量は0.35〜0.55質量%である前項1〜12のいずれか一項に記載のAl−Mg−Si系合金板の製造方法。
(15) 合金鋳塊中のFe含有量は0.1〜0.25質量%である前項1〜12のいずれか一項に記載のAl−Mg−Si系合金板の製造方法。
(16) 合金鋳塊中のCu含有量は0.1質量%以下である前項1〜12のいずれか一項に記載のAl−Mg−Si系合金板の製造方法。
(17) 合金鋳塊中のTi含有量は0.005〜0.05質量%である前項1〜12のいずれか一項に記載のAl−Mg−Si系合金板の製造方法。
(18) 合金鋳塊中のB含有量は0.06質量%以下である前項1〜12のいずれか一項に記載のAl−Mg−Si系合金板の製造方法。
(19) 合金鋳塊中のMn含有量は0.05質量%以下に規制されている前項1〜12のいずれか一項に記載のAl−Mg−Si系合金板の製造方法。
(20) 合金鋳塊中のCr含有量は0.05質量%以下に規制されている前項1〜12のいずれか一項に記載のAl−Mg−Si系合金板の製造方法。
【0013】
この発明のAl−Mg−Si系合金材は、下記の構成を有するものである。
(21) Si:0.2〜0.8質量%、Mg:0.3〜1質量%、Fe:0.5質量%以下、Cu:0.5質量%以下を含有し、さらにTi:0.1質量%以下またはB:0.1質量%以下の少なくとも1種を含有し、残部Alおよび不可避不純物からなり、導電率が55〜60%(IACS)であることを特徴とするAl−Mg−Si系合金材。
(22) 引張強さが140〜240N/mmである前項21に記載のAl−Mg−Si系合金材。
(23) 不純物としてのMnおよびCrが、Mn:0.1質量%以下、Cr:0.1質量%以下に規制されている前項21または22に記載のAl−Mg−Si系合金材。
【0014】
この発明のAl−Mg−Si系合金板は、下記の構成を有するものである。
(24) 前項1〜20に記載された方法で製造されたAl−Mg−Si系合金板。
(25) Al−Mg−Si系合金板は、放熱部材材料、導電部材材料、ケース材料、あるいは反射板またはその支持体である前項21〜24に記載のAl−Mg−Si系合金板。
(26) Al−Mg−Si系合金板は、プラズマディスプレイ背面シャーシ材、プラズマディスプレイ筐体またはプラズマディスプレイ外装部材である前項21〜24に記載のAl−Mg−Si系合金板。
(27)Al−Mg−Si系合金板は、液晶ディスプレイ背面シャーシ材、液晶ディスプレイベゼル材、液晶ディスプレイ反射シート材、液晶ディスプレイ反射シート支持材または液晶ディスプレイ筐体である前項21〜24に記載のAl−Mg−Si系合金板。
【発明の効果】
【0015】
この発明の方法が対象とするAl−Mg−Si系合金は、その組成を、Si:0.2〜0.8質量%、Mg:0.3〜1質量%、Fe:0.5質量%以下、Cu:0.5質量%以下を含有し、さらにTi:0.1質量%以下またはB:0.1質量%以下の少なくとも1種を含有し、残部Alおよび不可避不純物からなるため、熱伝導性および導電性に優れている。そして、このAl−Mg−Si系合金鋳塊を熱間圧延し、さらに冷間圧延する工程を含む合金板の製造方法において、熱間圧延後で冷間圧延終了までの間に、200〜400℃で1時間以上保持することにより熱処理を行うから、熱処理の間にMgSiが微細かつ均一に析出するとともに、圧延材料中に存在する加工歪みが減少する。そして、その後の冷間加工によって加工硬化し、成形加工性を損なわない範囲で高い強度が得られる。この熱処理は、所定温度に保持するだけの処理であるから、圧延工程管理範囲内で処理でき、従来の溶体化処理、焼入れ、焼き戻しといった別工程の複雑な処理を要さず、熱伝導性、導電性、強度および加工性を兼ね備えた合金板を簡単で少ない工程で製造することができる。
【0016】
さらに、合金鋳塊において、不純物としてのMnおよびCrが、Mn:0.1質量%以下、Cr:0.1質量%以下に規制されている場合は、さらに熱伝導性および導電性に優れた合金板となし得る。
【0017】
前記熱処理は、熱間圧延後冷間圧延前、または冷間圧延中のいずれに行っても上記効果を奏することができる。
【0018】
前記熱処理を220〜280℃で1〜10時間の保持で行う場合は、最も効率よく上記効果を奏することができる。
【0019】
また、前記合金鋳塊に対し500℃以上で均質化処理を行う場合は、合金組織を均質化させることができる。
【0020】
また、前記熱処理後の冷間圧延を20%以上、特に30%以上の加工度で行う場合は、加工硬化による十分な強度向上が達成される。
【0021】
また、前記冷間圧延終了後、200℃以下、特に110〜150℃で最終焼鈍を行うことにより、さらに強度を向上させるとともに、伸びも向上させることができる。また機械的諸性質を安定させることができる。
【0022】
また、前記熱間圧延前に、材料温度を450〜580℃に予備加熱する場合は、材料中に晶出物およびMg、Siが固溶されて均一な金属組織となり、この状態で圧延を開始することにより、最終製品の品質安定性が確保される。
【0023】
また、前記熱間圧延の任意のパス工程において、パス前の材料温度を450〜350℃とし、パス後に50℃/分以上で冷却する場合は、MgSiの粗大析出物の発生が抑制され、焼入れと同様の効果を得て最終製品の品質を安定させることができる。
【0024】
前記合金鋳塊において、Si含有量が0.32〜0.6質量%である場合は、特に強度と加工性のバランスのとれた合金板となし得る。
【0025】
また、Mg含有量が0.35〜0.55質量%である場合は、特に強度と加工性のバランスのとれた合金板となし得る。
【0026】
また、Fe含有量が0.10〜0.25質量%である場合は、加工性に優れかつ良好な耐食性も確保される。
【0027】
また、Cu含有量が0.1質量%以下である場合は、加工性に優れかつ良好な耐食性も確保される。
【0028】
また、Ti含有量が0.005〜0.05質量%である場合は、特に良好な加工性、熱伝導性および導電性が確保される。
【0029】
また、B含有量が0.06質量%以下である場合は、特に良好な加工性、熱伝導性および導電性が確保される。
【0030】
また、不純物としてのMn含有量が0.05質量%以下に規制されている場合は、特に優れた熱伝導性および導電性が確保される。
【0031】
また、不純物としてのCr含有量が0.05質量%以下に規制されている場合は、特に優れた熱伝導性および導電性が確保される。
【0032】
この発明のAl−Mg−Si系合金材は、上記組成の合金であり、導電率が55〜60%(IACS)であるから、優れた熱伝導性および導電性を有する。
【0033】
また、引張強さが140〜240N/mmである場合は、強度と加工性とを兼ね備える。
【0034】
さらに、合金において、不純物としてのMnおよびCrが、Mn:0.1質量%以下、Cr:0.1質量%以下に規制されている場合は、さらに熱伝導性および導電性に優れた合金材板となし得る。
【0035】
この発明のAl−Mg−Si系合金板は、上述した方法で製造されたたものであるから、熱伝導性、導電性、強度および加工性に優れている。
【0036】
また、前記Al−Mg−Si系合金板は、放熱部材材料、導電部材材料、ケース材料、あるいは反射板またはその支持体として好適に用いられ、種々の成形加工が施され、上述の緒特性を発揮する。
【0037】
また、Al−Mg−Si系合金板は、プラズマディスプレイ背面シャーシ材、プラズマディスプレイ筐体またはプラズマディスプレイ外装部材として好適に用いられ、種々の成形加工が施され、上述の緒特性を発揮する。
【0038】
また、Al−Mg−Si系合金板は、液晶ディスプレイ背面シャーシ材、液晶ディスプレイベゼル材、液晶ディスプレイ反射シート材、液晶ディスプレイ反射シート支持材または液晶ディスプレイ筐体として好適に用いられ、種々の成形加工が施され、上述の緒特性を発揮する。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】この発明のAl−Mg−Si系合金板の製造方法において、一連の工程を示すフロー図であり、(A)は熱処理を熱間圧延後冷間圧延前に行う場合、(B)は熱処理を冷間圧延中に行う場合を示している。
【図2】アルミニウム合金における導電率と熱伝導率の関係を示す相関図である。
【発明を実施するための形態】
【0040】
この発明の方法が対象とするAl−Mg−Si合金組成において、各元素の添加意義および含有量の限定理由は次のとおりである。
【0041】
MgおよびSiは強度の発現に必要な元素であり、Si:0.2〜0.8質量%、Mg:0.3〜1質量%とする。Si含有量が0.2質量%未満あるいはMg含有量が0.3質量%未満では十分な強度を得ることができない。一方、Si含有量が0.8質量%、Mg含有量が1質量%を超えると、熱間圧延での圧延負荷が高くなって生産性が低下するとともに、耳割れが大きくなって途中工程でトリミングが必要となる。また、成形加工性も悪くなる。好ましいSi含有量は0.32〜0.6質量%である。また好ましいMg含有量は0.35〜0.55質量%である。
【0042】
FeおよびCuは、成形加工上必要な成分であるが、多量に含有すると耐食性が低下して合金板としての実用性に欠けるため、Fe含有量を0.5質量%以下、好ましくは0.35質量%以下に規制し、Cu含有量を0.5質量%以下、好ましくは0.2質量%以下に規制する必要がある。さらに好ましいFe含有量は0.1〜0.25質量%、好ましいCu含有量は0.1質量%以下である。
【0043】
TiおよびBは、合金をスラブに鋳造する際に結晶粒を微細化するとともに凝固割れを防止する効果がある。前記効果はTiまたはBの少なくとも1種の添加によって得られ、両方を添加しても良い。しかし、多量に含有すると、晶出物の量が多くなりかつ大きな晶出物が形成されるため、製品への加工性が低下する。加えて、熱伝導性および導電性が低下する。これらの理由により、Ti含有量は0.1質量%以下とする。好ましいTi含有量は0.005〜0.05質量%である。また、B含有量は0.1質量%以下とする。好ましいB含有量は0.06質量%以下である。
【0044】
また、合金鋳塊には種々の不純物元素が不可避的に含有されるが、MnおよびCrは熱伝導性および導電性を低下させる原因となるため可及的に少ないことが好ましい。不純物としてのMn含有量を0.1質量%以下、Cr含有量を0.1質量%以下に規制することが好ましい。特に好ましいMn含有量は0.05質量%以下、特に好ましいCr含有量は0.05質量%以下である。さらに好ましいMn含有量は0.04質量%以下、特に好ましいCr含有量は0.03質量%以下である。また、その他の不純物元素は、個々の含有量として0.05質量%以下であることが好ましい。
【0045】
次に、この発明の方法における一連の処理工程について、図1(A)(B)を参照しつつ詳述する。
【0046】
通常の圧延工程において、合金鋳塊は熱間圧延および冷間圧延を経て所要厚さの合金板に加工され、これらの工程間あるいは工程中に種々の熱処理が施される。この発明の方法においては、熱間圧延後で冷間圧延終了までの間に所定条件の熱処理がなされる。具体的には、前記熱処理は、熱間圧延後冷間圧延前(図1(A))、または冷間圧延中、換言すれば複数回行われる冷間圧延のパス間(図1(B))に行なわれる。なお、図1において、前記熱処理を二重線ブロックで示し、必須処理を実線ブロックで示し、任意に行われる処理を破線ブロックで示す。
【0047】
前記熱処理の目的は、MgSiを微細かつ均一に析出させるとともに、圧延材料中に存在する加工歪みを減少させることにある。そして、その後の冷間加工によって加工硬化させ、成形加工性を損なわない範囲で高強度の合金板を得ることができる。この熱処理は材料中に加工歪みが存在する状態で行うことが好ましく、図1(B)に示したように、熱間圧延後少なくとも1パスの冷間圧延をし、確実に加工歪みが存在する状態で行うことを推奨できる。
【0048】
前記熱処理は、200〜400℃で1時間以上保持することにより行う。200℃未満は上記効果を得るために長時間を要し、400℃を超えると粗大析出物が形成されて、最終製品における高強度および良好な成形加工性が得られない。さらに、450℃以上では、再結晶粒の粗大化が起こり、最終製品の成形加工性に悪影響を及ぼす。また、処理時間が1時間未満の場合も上記効果を得ることができない。好ましい熱処理条件は200〜300℃で1時間以上であり、さらに好ましくは220〜280℃で1〜10時間である。
【0049】
次に、前記熱処理以外の任意に行う処理および圧延について説明する。
【0050】
合金鋳塊への均質化処理は任意に行う。均質化処理は500℃以上で行うことが好ましく、合金組織を均質化することが出来る。
【0051】
熱間圧延に際しては、予備加熱により材料中に晶出物およびMg、Siを固溶させ、均一な金属組織にした上で行うことが好ましい。均一な金属組織で圧延を開始することにより、最終製品の品質安定性が確保される。予備加熱は450℃以上で行うことが好ましく、500℃以上が特に好ましい。一方、580℃を超えると共晶融解が生じるため、580℃以下で行うことが好ましい。
【0052】
熱間圧延の条件は限定されず、熱間粗圧延とその後の熱間仕上げ圧延等常法に従う。ただし、任意のパス工程において、パス前の材料温度を450〜350℃とし、パス後の冷却速度を50℃/分以上とすることが好ましい。これにより、パス前のMgおよびSiが固溶された状態から、パス後のMgSiの粗大析出物の発生が抑制され、焼入れと同様の効果を得て最終製品の品質を安定させることができる。パス前の材料温度が350℃未満ではこの時点でMgSiが粗大析出物となり、その後の焼入れ効果が得られない。また、温度が低いためにその後のパスの圧延性が著しく悪くなるとともに、パス上がり温度が低くなり過ぎて表面品質が低下する。一方、450℃を超えるとパス上がりで材料温度が十分低下せず焼入れの効果が不足する。パス前の材料温度は420〜380℃の範囲が特に好ましい。
【0053】
前記熱処理後に行う冷間圧延は、加工硬化により所定の強度を得るために加工度を20%以上とすることが好ましい。特に好ましい加工度30%以上である。なお、図1(B)に示した熱処理前の冷間圧延の加工度については、熱処理に供する材料に加工歪みを発生させることが目的であり、上記加工度によらずとも良い。
【0054】
さらに、要すれば冷間圧延した合金板を200℃以下で最終焼鈍する。低温での熱処理を行うことにより、材料中に残存する固溶されたMg、SiをMgSiとして析出させ、さらに強度を向上させるとともに、伸びも向上させることができる。また機械的諸性質を安定させる効果もある。特に好ましい焼鈍温度は110〜150℃である。
【0055】
この発明のAl−Mg−Si系合金板の製造方法によれば、所定の条件での熱処理とその後の冷間圧延により高い強度と良好な加工性が得られる。この熱処理は、所定温度に保持するだけの処理であるから、圧延工程管理範囲内で処理でき、従来の溶体化処理、焼入れ、焼き戻しといった別工程の複雑な処理を要しない。また、もとよりAl−Mg−Si系合金は熱伝導性、導電性は良好であるから、熱伝導性、導電性、強度および加工性を兼ね備えた合金板を簡単で少ない工程で製造することができる。
【0056】
この発明の方法によって製造されたAl−Mg−Si系合金板は、上述した諸特性に優れているため各種成形加工に供される。例えば、放熱部材材料、導電部材材料、ケース材料、あるいは反射板またはその支持体として好適に用いられる。ここでいう放熱部材とは、熱交換器やヒートシンク、放熱フィンのように放熱を本来の目的とする部材の他、プラズマディスプレイ、液晶ディスプレイ、コンピュータ等の電子製品のシャーシやアルミニウムベースプリント基板またはメタルコアプリント回路基板のように発熱体を内蔵または装着し、主目的外に放熱性を要求される部材を含むものである。導電部材としては、バスバー材、各種電池端子材、燃料電池車およびハイブリッド車用キャパシタ端子材、各種電気機器の端子材、各種機械設備の端子材を例示できる。ケースとしては、携帯電話、PDA等の電池ケースおよび筐体、各種電子機器の筐体を例示できる。この発明の合金板は高強度で加工性も優れているから、薄肉でもケースとして十分な強度があり、ケースの軽量化や小型化が可能である。反射板としては、液晶直下型バックライト用光反射板、液晶エッジライト型ユニット用光反射板、電飾看板用反射板を例示できる。また、これらの反射板としてアルミニウム以外の素材を用いる場合の支持体としても用いられる。例えば、オレフィン系重合体、硫酸バリウム、炭酸カルシウム、酸化チタン等の無機充填剤を含む樹脂組成物を発泡させた多孔性樹脂シートを本発明のAl−Mg−Si系合金板に積層させた反射板を例示できる。前記多孔性樹脂シートはラミネーション加工や粘着テープ等によって支持体に積層される。また、反射板の素材として白色塗料が用いられることもあり、本発明の合金板を支持体とし、この支持体に白色塗料により白色塗装を施したものを反射板として用いる。また、放熱性、強度および軽量性が求められる部材として、コンピュータ、特に厳しい小型軽量化が求められるノート型コンピュータのキーボード基板、ヒートスプレッダープレート、筐体を例示できる。また、各種強度部材として好適に用いられる。
【0057】
さらに具体的用途として、プラズマディスプレイ背面シャーシ材、プラズマディスプレイ筐体またはプラズマディスプレイ外装部材といったプラズマディスプレイ関連部材、液晶ディスプレイ背面シャーシ材、液晶ディスプレイベゼル材、液晶ディスプレイ反射シート材、液晶ディスプレイ反射シート支持材または液晶ディスプレイ筐体といった液晶ディスプレイ関連部材の材料を例示できる。なお、前記プラズマディスプレイ背面シャーシ材は放熱板を兼ねるものである。
【0058】
本発明のAl−Mg−Si系合金材は、合金組成が上述したAl−Mg−Si系合金板と共通であって、導電率が55〜60%(IACS)となされて優れた導電性を有するものである。また、上述したように導電率と熱伝導率とは高い相関性を示すものであるから、優れた熱伝導性を有するものである。あるいはさらに、引張強さが140〜240N/mmでとなされたものは、強度と加工性とを兼ね備えたものである。引張強さが140N/mm未満では加工性が良好であっても強度が不足し、一方を240N/mm越えると強度が向上しても加工性が悪くなり、両者のバランスが低下する。このようなAl−Mg−Si系合金材は、例えば本発明のAl−Mg−Si系合金板の製造方法によって製造され、熱間圧延後で冷間圧延終了までの間に所定の熱処理を施すことにより、含有元素のFe、Mg、Siを適度に析出させる効果と、その熱処理による回復再結晶化によるその後の冷間加工度の減少効果とにより、上記範囲の引張強さが達成される。
【0059】
この発明の製造方法によれば、熱間圧延後で冷間圧延終了までの間に熱処理を施すという簡単な工程によって熱伝導性、導電性、強度および加工性に優れたAl−Mg−Si系合金板を製造できる。このため、これらの特性が要求される各種部材の製造において、簡単な工程でこれらの部材の性能向上を図ることができる。また、この発明のAl−Mg−Si系合金材は熱伝導性、導電性、強度および加工性に優れたものであり、これらの特性が要求される各種部材の材料として広範囲に利用できる。
【実施例】
【0060】
まず、後掲の表1〜5に示す各組成合金を常法により連続鋳造してスラブを製作した。このスラブに対し、580℃×10時間の均質化処理を施し、あるいは均質化処理することなく、面削した。これらの表に示す合金組成において、実施例1〜55および比較例1〜10は不純物としてのMn含有量およびCr含有量はいずれも0.1質量%未満であり、他の不純物元素はいずれも0.05質量%以下である。また、表4における実施例60Aと60BとはMn含有量およびCr含有量のみが相違し、その他の元素の含有量は共通であり、後述する製造工程も共通である。同様に、実施例61Aと61B、62Aと62B、63Aと63Bは、Mn含有量およびCr含有量のみが相違する。また、表4の各実施例における他の不純物元素はいずれも0.05質量%以下であった。
【0061】
実施例1、3〜9、11〜19、21〜24、26、28〜34、36〜44、46〜49、51、52、54、55、60A〜62Bおよび比較例6〜9については、図1(A)に示す工程で合金板を製作し、試験材とした。
【0062】
即ち、前記スラブを表1〜5に示す温度に予備加熱し、該温度で熱間圧延を開始した。そして、熱間粗圧延の最終パス工程において、パス前の材料温度を400℃とし、パス後80℃/分の速度で冷却した。
【0063】
次いで、前記熱間圧延板に対し表1〜5に示す温度と時間に保持して熱処理を施し、表1〜5に示す加工度で冷間圧延した。
【0064】
さらに、実施例3、28については130℃で4時間の最終焼鈍を行い、その他は最終焼鈍を行わなかった。
【0065】
また、実施例2、10、20、25、27、35、45、50、53、63A、63Bおよび比較例10については、図1(B)に示す工程で合金板を製作した。
【0066】
即ち、前記スラブを表1〜5に示す温度に予備加熱し、該温度で熱間圧延を開始した。そして、熱間粗圧延の最終パス工程において、パス前の材料温度を400℃とし、パス後80℃/分の速度で冷却した。
【0067】
次いで、前記熱間圧延板に対し、3パスの冷間圧延を行った後、表1〜4に示す温度と時間に保持して熱処理を施した。その後、表1〜5に示す加工度で冷間圧延した。
【0068】
さらに、実施例10、35については130℃で4時間の最終焼鈍を行い、その他は最終焼鈍を行わなかった。
【0069】
比較例1〜5については、市販の圧延板または押出型材を試験材とした。
【0070】
得られた各試験材について、引張強さ、熱伝導率、導電率、加工性を次の方法により評価した。評価結果を表1〜5に併せて示す。
【0071】
引張強さは、JIS5号試験片について、常温で常法により測定した。
【0072】
熱伝導率は、25℃でレーザーフラッシュ法により測定した。
【0073】
導電率は、IACS(20℃)に基づいて測定した。IACSとは、国際的に採択された焼鈍標準軟銅のことを指す。その体積抵抗率は1.7241×10−2μΩmであり、これを100%IACSと表す。
【0074】
加工性は、JIS Z 2248金属材料曲げ試験方法の5.3Vブロック法による90度曲げで、曲げ内側半径r=0mmによって判定した。判定区分は次のとおりである。
○:良好
△:わずかに割れが発生した
×:割れが発生した。
【0075】
【表1】

【0076】
【表2】

【0077】
【表3】

【0078】
【表4】

【0079】
【表5】

【0080】
表1〜5の結果より、この発明の条件で熱処理することにより、純アルミニウムに匹敵する高い熱伝導性、導電性と、JIS5052合金および6063合金に匹敵する高い強度とを兼ね備えたアルミニウム合金板を得られることを確認できた。また、加工性も良好であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Si:0.2〜0.8質量%、Mg:0.3〜1質量%、Fe:0.5質量%以下、Cu:0.5質量%以下を含有し、さらにTi:0.1質量%以下またはB:0.1質量%以下の少なくとも1種を含有し、残部Alおよび不可避不純物からなるAl−Mg−Si系合金鋳塊を、熱間圧延し、さらに冷間圧延する工程を含む合金板の製造方法であって、
熱間圧延後で冷間圧延終了までの間に、200〜400℃で1時間以上保持することにより熱処理を行うことを特徴とするAl−Mg−Si系合金板の製造方法。
【請求項2】
合金鋳塊において、不純物としてのMnおよびCrが、Mn:0.1質量%以下、Cr:0.1質量%以下に規制されている請求項1に記載のAl−Mg−Si系合金板の製造方法。
【請求項3】
熱処理は、熱間圧延後冷間圧延前に行う請求項1または2に記載のAl−Mg−Si系合金板の製造方法。
【請求項4】
熱処理は、冷間圧延中に行う請求項1または2に記載のAl−Mg−Si系合金板の製造方法。
【請求項5】
熱処理は、220〜280℃で1〜10時間保持することにより行う請求項1〜4のいずれか一項に記載のAl−Mg−Si系合金板の製造方法。
【請求項6】
合金鋳塊に対し、500℃以上で均質化処理を行う請求項1〜5のいずれか一項に記載のAl−Mg−Si系合金板の製造方法。
【請求項7】
熱処理後の冷間圧延を20%以上の加工度で行う請求項1〜6のいずれか一項に記載のAl−Mg−Si系合金板の製造方法。
【請求項8】
加工度は30%以上である請求項7に記載のAl−Mg−Si系合金板の製造方法。
【請求項9】
冷間圧延終了後、200℃以下で最終焼鈍を行う請求項1〜8のいずれか一項に記載のAl−Mg−Si系合金板の製造方法。
【請求項10】
最終焼鈍は、110〜150℃で行う請求項9に記載のAl−Mg−Si系合金板の製造方法。
【請求項11】
熱間圧延前に、材料温度を450〜580℃に予備加熱する請求項1〜10のいずれか一項に記載のAl−Mg−Si系合金板の製造方法。
【請求項12】
熱間圧延の任意のパス工程において、パス前の材料温度を450〜350℃とし、パス後の冷却速度を50℃/分以上とする請求項1〜11のいずれか一項に記載のAl−Mg−Si系合金板の製造方法。
【請求項13】
合金鋳塊中のSi含有量は0.32〜0.6質量%である請求項1〜12のいずれか一項に記載のAl−Mg−Si系合金板の製造方法。
【請求項14】
合金鋳塊中のMg含有量は0.35〜0.55質量%である請求項1〜12のいずれか一項に記載のAl−Mg−Si系合金板の製造方法。
【請求項15】
合金鋳塊中のFe含有量は0.1〜0.25質量%である請求項1〜12のいずれか一項に記載のAl−Mg−Si系合金板の製造方法。
【請求項16】
合金鋳塊中のCu含有量は0.1質量%以下である請求項1〜12のいずれか一項に記載のAl−Mg−Si系合金板の製造方法。
【請求項17】
合金鋳塊中のTi含有量は0.005〜0.05質量%である請求項1〜12のいずれか一項に記載のAl−Mg−Si系合金板の製造方法。
【請求項18】
合金鋳塊中のB含有量は0.06質量%以下である請求項1〜12のいずれか一項に記載のAl−Mg−Si系合金板の製造方法。
【請求項19】
合金鋳塊中のMn含有量は0.05質量%以下に規制されている請求項1〜12のいずれか一項に記載のAl−Mg−Si系合金板の製造方法。
【請求項20】
合金鋳塊中のCr含有量は0.05質量%以下に規制されている請求項1〜12のいずれか一項に記載のAl−Mg−Si系合金板の製造方法。
【請求項21】
Si:0.2〜0.8質量%、Mg:0.3〜1質量%、Fe:0.5質量%以下、Cu:0.5質量%以下を含有し、さらにTi:0.1質量%以下またはB:0.1質量%以下の少なくとも1種を含有し、残部Alおよび不可避不純物からなり、導電率が55〜60%(IACS)であることを特徴とするAl−Mg−Si系合金材。
【請求項22】
引張強さが140〜240N/mmである請求項21に記載のAl−Mg−Si系合金材。
【請求項23】
不純物としてのMnおよびCrが、Mn:0.1質量%以下、Cr:0.1質量%以下に規制されている請求項21または22に記載のAl−Mg−Si系合金材。
【請求項24】
請求項1〜20のいずれかに記載された方法で製造されたAl−Mg−Si系合金板。
【請求項25】
Al−Mg−Si系合金板は、放熱部材材料、導電部材材料、ケース材料、あるいは反射板またはその支持体である請求項24に記載のAl−Mg−Si系合金板。
【請求項26】
Al−Mg−Si系合金板は、プラズマディスプレイ背面シャーシ材、プラズマディスプレイ筐体またはプラズマディスプレイ外装部材である請求項24に記載のAl−Mg−Si系合金板。
【請求項27】
Al−Mg−Si系合金板は、液晶ディスプレイ背面シャーシ材、液晶ディスプレイベゼル材、液晶ディスプレイ反射シート材、液晶ディスプレイ反射シート支持材または液晶ディスプレイ筐体である請求項24に記載のAl−Mg−Si系合金板。


【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2013−19055(P2013−19055A)
【公開日】平成25年1月31日(2013.1.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−190736(P2012−190736)
【出願日】平成24年8月31日(2012.8.31)
【分割の表示】特願2008−310395(P2008−310395)の分割
【原出願日】平成15年2月28日(2003.2.28)
【出願人】(000002004)昭和電工株式会社 (3,251)