BDNF(脳由来神経栄養因子)をベースとする眼科用製剤およびそれらの使用
本発明は、BDNF(脳由来神経栄養因子)をベースとする点眼剤の形態の眼科用製剤に関する。前記製剤は、視覚能力の低下を予防するためおよび正常な視覚機能を回復させるために、無傷の眼表面に局所的に投与でき、網膜、視神経、外側膝状体および視覚皮質の神経変性障害の予防および治療において有用である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
発明の技術分野
本発明は、脳由来神経栄養因子(BDNF)と粘度調整剤、好ましくは、TS−多糖類またはTSPとしても知られている、タマリンド種子から抽出されたガラクトキシログルカンとを含有する、点眼剤の形態の眼科用製剤に関する。
【0002】
前記製剤は、神経変性網膜障害、特に、網膜色素変性症、緑内障(先天性緑内障、小児緑内障、若年緑内障、成人緑内障、原発性開放隅角緑内障、原発性閉塞隅角緑内障、続発性緑内障、医原性緑内障および急性緑内障を含む)、加齢黄斑変性症などの加齢に関連した網膜症、血管性および増殖性の網膜障害、網膜剥離、未熟児網膜症(ROP)および糖尿病網膜症の予防および治療において有用である。これらの障害はすべて失明につながる。
【背景技術】
【0003】
従来技術
ニューロトロフィンは、神経細胞によって合成されるタンパク質であり、神経系に存在する多様な細胞の生存および正常な栄養を調節する。
【0004】
最もよく知られているのは、20世紀中頃にR. Levi-MontalciniおよびS. Cohenによって発見された、神経成長因子(NGF)である。
【0005】
タンパク質構造がNGFのものと構造的類似性を示す他の因子が、その後発見された。したがって、本発明者らは、BDNF、NT−3、NT−4/5およびNT−6ならびにNGFが属する種類のNGF因子(ニューロトロフィン)についてこれから検討する(最初の3つは、哺乳類の神経系において主に発現されるのに対して、NT−6は、硬骨魚において同定された、哺乳類の脳内にはない新種のニューロトロフィンである)。
【0006】
ニューロトロフィンを含む神経栄養因子は、それらを合成する神経細胞によって放出され、膜上の特異受容体に結合する。
【0007】
これらの多様なニューロトロフィンは、構造的に類似しているにもかかわらず、異なる受容体を通して、結果として異なる作用機序を通して作用する。
【0008】
神経栄養因子の、その特異受容体(NGFに対するTrkA;BDNFおよび部分的にはNT−4に対するTrkB;NT−3に対するTrkC)に対する結合により、事象が次々起こり、神経細胞による特異応答が誘発される。
【0009】
異なるニューロトロフィン受容体は、異なる領域でおよび異なる細胞中の同一領域内で発現され、特定の細胞内シグナル伝達経路を活性化する。したがって、論理的には、必ずしもすべての領域または神経細胞が4つのニューロトロフィンのそれぞれに応答できるわけではないことになる。その限定要因は、所与のニューロトロフィンの特異受容体の細胞分布である。
【0010】
ニューロトロフィンの原型であるNGFを合成および放出できる網膜細胞の分布、ならびにNGF受容体(TrkA)を発現する網膜細胞の分布は、きわめて限定されていると思われ、実際に、神経節細胞および星状膠細胞のサブグループに限定されている(Garciaら、2003)。
【0011】
EP1161256B1には、強膜、毛様体、水晶体、網膜、視神経、硝子体液および/または脈絡膜に影響を及ぼす障害の治療および/または予防を目的として無傷の眼表面に投与するための、200から500μg/mlのNGFを含有する眼科用製剤が記載されている。
【0012】
Lambiaseらによって報告されているように、これらの製剤は、NGFの網膜内レベルを上昇させるが、NGFが網膜に対する神経保護効果を果たせないことは実証できる。
【0013】
これは、Shiら(2007)によって近年報告された知見と一致する。NGFは、網膜内の2つの型の受容体、TrkAおよびP75に結合できる。TrkAおよびP75は、神経細胞の栄養および生存に対して逆の効果を及ぼす。したがって、外因性NGFは網膜に到達すると、網膜細胞に対して2つの対立した効果を誘発し、それらの効果は互いに相殺する傾向がある。
【0014】
そうでない場合には、BDNFは、その受容体TrkBと共に、哺乳類の網膜内で大量に発現される。網膜は、層状に配置された多数の型の細胞からなる。特に、BDNFは、網膜の内層に存在する、ドーパミン作動性細胞などのいくつかの神経節細胞およびアマクリン細胞によって合成される(Herzogら、1994;PerezおよびCaminos、1995;Hallbookら、1996;Herzogおよびvon Bartheld、1998;KarlssonおよびHallbook、1998;Bennettら、1999;PollockおよびFrost、2003;Sekiら、2003;ChytrovaおよびJohnson、2004)。
【0015】
BDNF受容体は、TrkBと呼ばれ、神経節細胞、アマクリン細胞およびミュラーグリア細胞を含む多数の型の網膜細胞において発現される(Jelsmaら、1993;CellerinoおよびKohler、1997;Di ポーロら、2000)。
【0016】
WO97/45135(特許文献1)は、水溶液または凍結乾燥物(Lyophilisate)の形態のBDNFの安定な医薬組成物に関する。その文献において、特に、従来技術に関する節において、BDNFは、網膜色素変性症を含む多様な障害の治療において有用なものとしてあげられている。特に挙げられている唯一の投与形態は、注射用製剤である。
【0017】
JP2003048851は、結膜上に点眼剤の形態で投与するための、BDNFをベースとする眼科用製剤に関する。開示されている製剤は、多様な粘度調整剤を含有し、BDNFを網膜に運搬するのに同様に有効であると記載されている。
【0018】
前記文献において報告されている活性の証拠は疑わしい。なぜならば、BDNFについて示されている濃度範囲はきわめて広く、1×10−2μg/μlと10μg/μlとの間の濃度範囲に相当する、0.001〜1重量/体積%であるが[請求項3、特許の範囲;該発明の詳細な説明の[0006]、段落3による]、報告されている例では、使用されている濃度は4×10−2μg/μlに相当する0.004%(重量/体積%)であり、すなわち、BDNFの網膜内レベルを高めかつ光に対する長期曝露によって誘発される網膜の変化を予防できる有効濃度、15μg/μl以上(本発明と一致する15〜200μg/μlの範囲内である)よりもかなり低いからである。JP2003048851においては、適用が、1日3回(10μl/適用、0.004%重量/体積)5日間繰り返され、1.2μg/日の用量および6μgの総用量に相当したことに留意するべきである。日用量および総用量を考慮に入れたとしても、それらは、神経保護効果を発揮するには低すぎる。実際には、光損傷を受けた網膜において神経保護効果を得るためには、本発明と一致して、150μgの最小総用量を局所的に投与しなければならない。もう1つの実験モデル、すなわち、緑内障を発症するマウスで得られた新しいデータにより、使用された3つのBDNF濃度(1、5および15μg/μl)のうちで最高濃度のもの(15μg/μl)のみが有効であることが確認されている。
【0019】
さらに、JP2003048851は、網膜の厚さを測定するように設計された組織学的技術(ヘマトキシリン−エオシンによる網膜切片の染色)によって検証された網膜保護効果に言及しているが、本発明において報告しているような、フラッシュ網膜電図記録によって測定される網膜機能の回復の実証は伴っていない。あらゆる治療の神経保護効力を網膜レベルで実証するためには、組織学的/形態学的技術で得られる結果のみでは不十分であることはよく知られており、網膜機能の回復の証拠も必要とされる。したがって、JP2003048851において、例中で報告されている濃度、およびより一般的には好ましい範囲の濃度の、外部から投与されたBDNFの眼科用組成物は、網膜機能を回復させることができる神経保護効果を発揮するのに十分な量で、眼表面から内部組織に移行できないと結論づけることができる。
【0020】
WO2006/046584(特許文献2)は、網膜色素変性症などの視覚細胞の病変を伴う障害の治療に有用な、架橋ゼラチンヒドロゲルを含浸させたHGF、BDNFまたはPEDFを含有する徐放性組成物に関する。特定の例において、これらの組成物は、0.001〜1000μgの間のBDNFの用量を含有するマイクロスフェアの形態を取り、眼内注射または網膜下インプラントによって投与できる。
【0021】
EP0958831には、BDNFを含む因子の群から選択される神経栄養因子を含有する眼科用組成物が記載されている。前記組成物は、例えば眼軟膏剤もしくは点眼液剤の形態で、外部から適用でき、またはコンタクトレンズとして配合することもできる。
【0022】
EP0958831に開示されている神経栄養因子の濃度は、0.0001から0.5%(重量/体積)まで、すなわち、1×10−3から5μg/lまでの範囲である。したがって、報告されている濃度範囲は、きわめて広範囲にわたる。EP0958831は、この濃度範囲において同様に有効であろう、BDNFを含む多様な神経栄養因子に関するものなので、一般性が高い。神経栄養因子は、異なる脳領域および個々の神経細胞においてそれらの生物学的効果を決定する受容体の密度および分布が異なるために、同一の濃度範囲であっても等しく有効ではないことが知られている。
【0023】
さらに、EP958831は、局所使用のための有効なBDNF濃度の範囲に関してきわめて曖昧で、不明確である。3頁44行目(段落0022および0033、請求項19および20を参照されたい)において2つの濃度範囲が示されており、これらは一致しておらず(範囲A最大、0.0001と0.5%(W/V)との間(10−3と5μg/μlの間の濃度範囲に等しい)、および範囲B、10−3と2×105μg/lとの間)、これらの2つの濃度範囲は明らかに一致していない。しかし、本発明によれば、BDNFの有効濃度は、15μg/μl以上(範囲15〜200μg/μl)、すなわち、EP958831において報告されている範囲A、すなわち、最大濃度範囲よりも高い。EP958831中の例は、0.02、0.04および10μg/lのBDNF濃度を特徴とする眼科用組成物に関する。この濃度は、本発明により、網膜内のBDNFレベルの上昇ならびに光損傷および緑内障損傷の双方の予防に有効であると判明した最も低い濃度、すなわち、15μg/μlよりもはるかに低い(1×106倍低い)。
【0024】
したがって、外部から投与される、EP958831において報告されている濃度のBDNFの眼科用組成物は、BDNFの網膜内レベルを上昇させかつ結果として治療効果を果たすのに十分な量では、眼表面から内部組織に移行できないと結論づけることができる。
【0025】
NT−4は、TrkBに結合する他のニューロトロフィンであり、網膜内で低いレベルで発現され、アマクリン細胞のサブグループ、すなわち、ドーパミンを合成するもののみに作用する(Calamusaら、2007)。
【0026】
BDNFまたはその受容体の欠如は、網膜機能における重篤な変化を引き起こす。例えば、TrkB受容体を欠いているマウス(ノックアウトマウス)は、光に対する網膜応答の完全な消失(フラッシュ網膜電図におけるb波の完全な欠如)を特徴とする(Rohrerら、1999)。
【0027】
LaVailのグループは、BDNFの眼内注射により、光損傷によって誘発される光受容体の形態学的変性が効果的に予防されるが、NGFの眼内注射では効果的に予防されないことを実証している。
【0028】
BDNFの眼内注射は他の神経栄養因子との併用で、視神経の病変に起因する網膜神経節細胞の損傷を低減させたが、BDNFが単独で、すなわち、他の神経栄養因子とは独立に、神経保護効果を果たせるかどうかはまだ明らかではない(Watanabeら、2003;Yataら、2007)。
【0029】
FGF2のような他の神経栄養因子は、光損傷によって引き起こされる形態学的変化を予防するのに同様に有効であることが判明しているが、BDNFとは異なり、それらの投与は、炎症反応に関連する因子を活性化するという望ましくない効果を有する(LaVailら、1987)。
【0030】
もう1つの神経栄養因子、CNTFも、光損傷に起因する形態学的変性を予防する(LaVailら、1978)。残念ながら、近年の実験により、CNTFをベースとする治療は、光に対する網膜応答を変化させ、したがって、その可能な治療的使用に一連の制約を課していることが実証されている(McGillら、2007)。
【0031】
これらの結果は、網膜障害モデルにおける神経保護の目的では、神経活性分子の形態学的効果を評価するだけでは不十分であり、とりわけ、それらの分子が網膜機能に対する保護効果を発揮するかどうかを評価し、それらが視覚刺激に対する網膜細胞の応答を確実に損なわないようにするのが不可欠であることを示している。例えば眼球の穿孔、感染または出血を引き起こすリスクのために長期の慢性治療には適さない、眼内、網膜下または眼球後注射などのきわめて侵襲的な投与方法を避けて、網膜にBDNFを運搬するための非侵襲的な方法によって投与することができる新しいBDNF製剤を見つけることが現在必要とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0032】
【特許文献1】国際公開第97/45135号パンフレット
【特許文献2】国際公開第2006/046584号パンフレット
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0033】
本特許は、15と200μg/μlとの間の濃度範囲でBDNFを含有する多様な製剤での局所結膜適用を提案する。総BDNF用量は、治療する眼の大きさに応じて、投与あたり50と4000μgとの間であり、ヒトを含む、関与する動物種によって異なるであろう。
【0034】
この製剤は、粘度調整剤を含有することが好ましいであろう。前記粘度調整剤は好ましくは、500000と800000Daとの間の分子量および以下の構造式を有する、タマリンド種子から抽出されたガラクトキシログルカン(TS−多糖類またはTSP)である:
【0035】
【化1】
【0036】
本発明者らは、前記製剤が、投与あたりの指示濃度および用量で、網膜内BDNFレベルを有意に上昇させて、i)光に対する長期曝露によって誘発される網膜の変化およびii)緑内障における網膜の変化を予防することを実証する。
【0037】
TSPは眼表面の局所治療用の薬理学的活性分子を運搬することができることが以前に実証されている(Uccello−Barretta Gら、2008;Ghelardi Eら、2004;Burgalassi Sら、2000;Ghelardi Eら2000)。眼表面での製剤の保持時間を長くすることによって、活性分子の吸収の増加することが観察されている。TSPのこの特性は、すべて小分子である、抗生物質(ルフロキサシン、ゲンタマイシンおよびオフロキサシン)、抗ヒスタミン薬(ケトチフェン)および抗高血圧薬(チモロール)との併用で記載されている。
【0038】
BDNFのような組換えタンパク質を含有する薬理学的製剤の場合には、その活性成分は、タンパク質、すなわち、翻訳後修飾と、それが活性な3次元構造に至るまでのその空間的屈曲の調節とを受ける高分子量を有する分子である。タンパク質の生物活性は、それらの3次元構造に密接に依存する。これは、特異受容体とそれらを認識する酵素との相互作用、および結果として、標的細胞の生化学的過程に介入する能力が、それらの3次元構造に依存しているからである。このタンパク質の立体構造は、組換えタンパク質の存在環境によってかなり改変されることがある。したがって、組換えタンパク質を含有する製剤は、該タンパク質をその活性な立体構造で溶液中に確実に維持し、その安定性を保証しなければならない。
【0039】
本発明は、TSPが、製剤中のBDNFの安定性を保証し、表面での製剤の長い滞留時間によってその眼内吸収を増加させ、とりわけ、BDNFをその生物学的に活性な立体構造に維持することを実証する。
【0040】
本発明の概要
少なくとも15μg/μlの濃度のBDNFを含有する眼科用製剤は、光に対する長期曝露によって誘発される網膜の変化、および緑内障モデルにおける眼圧上昇と関連する網膜の変化を予防することを今回発見した。
【0041】
したがって、本発明は、脳由来神経栄養因子(BDNF)を含有する点眼剤の形態の眼科用製剤に関する。その好ましい態様によれば、本発明が関係する組成物は、TSPとして知られる、タマリンド種子から抽出されたガラクトキシログルカンを含有する。
【0042】
本発明はまた、網膜、視神経および外側膝状体の神経変性障害の予防および/または治療するための点眼剤の形態の薬剤の調製にBDNFを使用することに関する。
【0043】
本発明はさらに、網膜、視神経および外側膝状体の神経変性障害の予防および/または治療に使用するための、BDNFを含有する点眼剤の形態の眼科用製剤に関する。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】生理食塩水溶液中のBDNFの局所適用後の網膜(A)、視神経(B)および硝子体液(C)におけるBDNFレベルの測定。BDNFレベルをy軸に示す。BDNFレベルは、BDNFで処置した眼および生理食塩水溶液で処置した対照眼において測定した。*はこれらの差の有意性を示している。
【図2】カルボキシメチルセルロースナトリウムを含む溶液中のBDNFの局所適用後の網膜(A)、視神経(B)および硝子体液(C)におけるBDNFレベルの測定。表記法および記号については、図1を参照されたい。
【図3】TSPを含む溶液中のBDNFの局所適用後の網膜(A)、視神経(B)および硝子体液(C)におけるBDNFレベルの測定。表記法および記号については、図1を参照されたい。
【図4】BDNFの保有およびその網膜内濃度(pg/タンパク質のmg、x軸を参照されたい)の増加における、TSP、生理食塩水溶液(NaCl)およびカルボキシメチルセルロース(CMC)ナトリウムの効力の比較。TSP中(*)のBDNFを用いた局所処置後のBDNFの網膜内レベルは、生理食塩水溶液中およびカルボキシメチルセルロースナトリウム中のBDNFを用いた局所処置後のBDNFレベルと比較して、有意に増加した。このデータは、図1、2および3中のパネルAから得たものである。
【図5】TSPを含む溶液中のBDNFの局所適用後の網膜、視神経および硝子体液におけるBDNFレベルの動態。BDNFレベルは、処置後の最初の6時間(*)では有意に高く維持されている。
【図6】TSP中のBDNFの局所適用は、光損傷によって誘発される、網膜フラッシュ応答(フラッシュERG)の変化を低減させる。異なる輝度(cd/m2、x軸を参照されたい)のフラッシュによって誘発され、BDNFで処置した眼(黒色記号)またはTSPのみで処置した対照眼(光損傷を受けた対照、白色記号)によって記録される、網膜電図のb波の振幅(μV、y軸を参照されたい)を測定した。*はこれらの差異が有意であることを示している。
【図7】TSP中のBDNFでの局所処置は、光損傷後に残存する光受容体の数を増加させる。光受容体は、網膜断面においてヨウ化プロピジウムで標識する。使用する方法(光受容細胞体の列数の計測(図7B)または外顆粒層(ONL)の厚さの測定(図7C))にかかわらず、中心部および周辺部の網膜に存在する光受容体は、BDNFで処置した眼において、担体で処置した眼(対照)よりも有意に(*)多い。
【図8】生理食塩水溶液(NaCl)中のBDNFの局所適用は、光損傷によって誘発される、光に対する網膜応答における障害を低減する。表記法および記号の説明については、図6を参照されたい。
【図9】生理食塩水溶液中のBDNFでの局所処置は、光損傷後の光受容体の残存を増加させる。表記法および記号については、図7を参照されたい。
【図10】カルボキシメチルセルロースナトリウムを含む溶液中のBDNFの局所適用、および光損傷によって誘発される光応答の低下。表記法および記号については、図6を参照されたい。
【図11】BDNFで処置した眼および担体で処置した眼(対照)に対する光損傷後の光受容体残存に対する、カルボキシメチルセルロースナトリウムを含む溶液中のBDNFでの局所処置の効果。表記法および記号については、図7を参照されたい。
【図12】試験的マウス緑内障モデル、DBA/2Jマウス対正常マウス(C57bl/6J)、における眼圧(IOP、mmHg)の上昇。DBA/2JにおけるIOPの上昇は、月齢6.5カ月から有意(*)である。
【図13】正常マウス(C57bl/6J、暗色の棒)および緑内障発症マウス(DBA/2J)において、視覚的パターン(パターンERG、P−ERG;空間周波数=0.2C/deg、コントラスト90%からなる刺激)に対する網膜の応答を記録した。異なる濃度(1、5および15μg/μl)のBDNFで2週間処置した眼を刺激することによって、および、対照眼(CTRL)とみなす、担体で処置した眼を刺激することによって、P−ERGの応答の振幅(μV、y軸を参照されたい)を測定した。*はこれらの差の有意性を示している。P−ERGは、DBA/2Jマウスにおいて月齢7カ月で、すなわち、眼圧(IOP)の上昇後に記録した。
【図14】転写因子(Brn3b)に結合する蛍光抗体で標識した、緑内障発症DBA/2Jマウス(月齢7カ月)の網膜神経節細胞(全載標本)。A.左手のカラムは、中心部網膜(上段)および周辺部網膜(下段)における、TSP中のBDNFでの2週間の局所処置の効果を示している。BDNFでの処置後(左手のカラム)、標識細胞は、担体のみで処置した対照眼(CTRL)の網膜(右手のカラム)よりも多かった。B.緑内障発症マウス(DBA/2J;BDNFで処置した眼;担体で処置した眼、CTRL)および正常マウス(C57bl/6J)における、Brn3bで標識した神経節細胞(細胞個数/mm2で測定した密度、y軸上に示す)に対する、BDNFでの局所処置の効果の定量。
【発明を実施するための形態】
【0045】
本発明の詳細な説明
驚くべきことに、無傷の眼表面に、特に、結膜嚢内に、局所的に適用される、外因性の脳由来神経栄養因子(BDNF)を投与することにより、BDNFは、機能的レベルおよび形態学的レベルの双方で網膜細胞に対する神経保護効果を果たし、したがって、神経変性網膜障害の予防および/または治療を可能にすることが判明した。
【0046】
BDNFは、光受容体に対してだけでなく、神経節細胞、すなわち、(i)視覚中枢に線維を送っている網膜の最内層の細胞、(ii)視神経線維の細胞、および(iii)例えば外側膝状体などの、網膜外の視覚中枢の細胞に対しても、神経保護効力が実証されている。
【0047】
本発明は、BDNF(脳由来神経栄養因子)を含有する眼科用製剤に関する。
【0048】
前記眼科用製剤が含有するBDNFの濃度は、下限値の15μg/μlと200μg/μlとの間、好ましくは20と100μg/μlとの間、さらに好ましくは30と50μg/μlとの間の範囲であることができる。生物利用可能な総用量は、投与する眼科用製剤の体積および、ヒトを含む、治療する眼を所有している種に応じて、1投与あたり50と4000μgとの間であることができる。
【0049】
BDNFは、単独でまたは、β−遮断薬、プロスタグランジンおよび炭酸脱水酵素阻害薬などの他の活性成分と組み合わせて投与することができる。
【0050】
製剤は、点眼剤の形態で作製し、活性成分と相溶性でありかつ眼に許容される、薬学的に許容される担体中に、活性成分BDNF、または複数の活性成分を含む液剤、懸濁剤、ゲル剤または眼科用軟膏剤であってよい。
【0051】
薬学的に許容される担体は、好ましくは0.9%の塩化ナトリウムを含有する、生理食塩水溶液であってよい。
【0052】
少なくとも1種の薬学的に許容される担体、好ましくは、より急速に結膜から洗い流される生理食塩水溶液中での投与よりも、粘度により眼表面でのBDNF滞留時間を長くできるようにする、タマリンド種子から抽出されたガラクトキシログルカン(TSP)を製剤中に使用する場合には、改良BDNFの吸収レベルを増大できることも判明した。
【0053】
TSP濃度は、好ましくは0.05から2%(重量/体積−w/v)まで、さらにより好ましくは0.25から0.5%(w/v)まで変化できる。
【0054】
TPSは、透明で、粘弾性で、無菌であり、角膜保護に使用される。TSPはさらに、眼表面に持続性の薄膜を形成し、これが角膜および結膜を潤滑および湿潤させる。
【0055】
さらなる好ましい一態様によると、粘性化された(Viscosified)溶液は、ヒアルロン酸、さらに好ましくは、TSPと組み合わされたヒアルロン酸を含有する。
【0056】
ヒアルロン酸濃度は、好ましくは0.05%から0.8%%(w/v)まで、さらに好ましくは0.2から0.4%(w/v)まで変化できる。
【0057】
好ましい一実施形態によると、製剤は、0.9%NaClを含有する生理食塩水溶液中に15μg/μlの濃度でBDNFを含むことができる。
【0058】
さらなる好ましい一実施形態によると、製剤は、TSPを含む生理食塩水溶液、好ましくは0.25%溶液中に15μg/μlの濃度でBDNFを含有できる。
【0059】
この点眼製剤は、無傷の眼表面に局所的に直接、すなわち、非侵襲的な方法で投与でき、眼内、網膜下および眼球後の注射などの侵襲的方法の使用を回避できる。特に、この製剤は、結膜嚢内に投与できる。この製剤は、眼帯としても、またはコンタクトレンズ中にも、配合できる。
【0060】
網膜は、部分的に隔離した中枢神経系の一部である。血液−網膜関門を含む多様な型の関門が存在し、それらは、大きな分子などの化合物が網膜に非特異的に拡散するのを防ぐ。局所的に適用された薬理活性化合物の眼内の透過は、角膜および結膜に位置する関門により、全身性吸収により、およびこれらの組織に存在する酵素によって生じる代謝性分解により、調節される。一度滴下されると、これらの薬理活性化合物は、下層にある組織を網膜まで透過するために、血液−網膜関門を含む、複雑な系の血液関門を越えて行かなければならない。
【0061】
さらに、網膜は、視神経線維の起点となる神経節細胞を通して、外側膝状体の背側部(dLGN)などの視覚中枢に視神経を介して連結されている。
【0062】
実験部分で実証するように、BDNFは、本発明に従って局所投与する場合、網膜まで運搬でき、機能的および形態学的の双方の観点から神経保護効果を果たすレベルまでその網膜内濃度を上昇させる。
【0063】
驚くべきことに、実験的証拠によって実証されるように、神経節細胞は、BDNFを順行輸送でき、その結果、BDNFが、神経節細胞の変性のみでなく視神経線維の変性、および外側膝状体などの網膜外視覚中枢への障害の拡大を予防および治療できることも判明した。
【0064】
本発明はまた、網膜、視神経および外側膝状体の神経変性障害、特に、失明につながる、変性性の網膜症(網膜色素変性症および緑内障など)、加齢に関連した網膜症(加齢黄斑変性症など)、血管性および増殖性の網膜障害、網膜剥離および未熟児網膜症(ROP)ならびに糖尿病網膜症の予防および/または治療を目的として、無傷の眼表面に局所投与するための点眼剤の形態の眼科用薬剤を調製するためにBDNFを使用することに関する。本発明による製剤は、網膜、視神経および外側膝状体の神経変性障害、特に、例えば、網膜色素変性症および緑内障(先天性緑内障、小児緑内障、若年緑内障、成人緑内障、原発性開放隅角緑内障、原発性閉塞隅角緑内障、急性緑内障、医原性緑内障および続発性緑内障を含む)の予防および/または治療に有用である。
【0065】
緑内障は、適切に治療しないと、神経節細胞の損失および視神経線維の進行性萎縮によって失明につながる、眼に影響を及ぼす一連の進行性障害のうちの1つである。
【0066】
緑内障は、直接に(力学的に)、または網膜内層に供給する網膜血管の虚血の誘発によって間接的に、神経節細胞および視神経線維を損傷する可能性がある、眼圧(IOP)の上昇を特徴とする。進行期において、緑内障は、網膜だけでなく、外側膝状体などの視覚中枢にも影響を及ぼす可能性があり、ついには視覚皮質が影響を受ける。
【0067】
有効濃度のBDNFでの治療は、光に対する長期曝露(光損傷)によって誘発される光受容体変性を予防および低減するのみでなく、光に対する網膜応答を保つことも判明した。さらに、実験的緑内障モデルの使用により、BDNFの局所適用が、動物緑内障モデルにおいて眼圧(IOP)の上昇によって生じる網膜神経節細胞の変性を予防することが実証されている。いずれの動物モデルにおいても、BDNFは、視覚刺激に対する網膜応答を変化させなかった。
【0068】
以下に示す例は、本発明をさらに例示するものである。
【実施例】
【0069】
製剤の例
・製剤1−生理食塩水溶液中のBDNF:0.9%NaClを含有する10μlの生理食塩水溶液に、150μgのBDNFを溶解する;
・製剤2−カルボキシメチルセルロースナトリウムを含む生理食塩水溶液中のBDNF:0.9%NaClを含有する5μlの生理食塩水溶液および5μlの0.4%カルボキシメチルセルロースナトリウムからなる溶液に、150μgのBDNFを溶解する。
【0070】
・製剤3−TSPを含む生理食塩水溶液中のBDNF:0.9%NaClを含有する5μlの生理食塩水溶液および5μlの0.5%TSPに、150μgのBDNFを溶解する。
【0071】
・製剤4−ヒアルロン酸(0.2%)を含む生理食塩水溶液中のBDNF:0.9%NaClを含有する5μlの生理食塩水溶液および5μlの0.4%ヒアルロン酸に、150μgのBDNFを溶解する。
【0072】
・製剤5−ヒアルロン酸(0.4%)を含む生理食塩水溶液中のBDNF:0.9%NaClを含有する5μlの生理食塩水溶液および5μlの0.8%ヒアルロン酸に、150μgのBDNFを溶解する。
【0073】
・製剤6−ヒアルロン酸およびTSP(I)を含む生理食塩水溶液中のBDNF:0.9%NaClを含有する5μlの生理食塩水溶液ならびに5μlの0.4%ヒアルロン酸および0.4%TSPに、150μgのBDNFを溶解する。
【0074】
・製剤7−ヒアルロン酸およびTSP(II)を含む生理食塩水溶液中のBDNF:0.9%NaClを含有する5μlの生理食塩水溶液ならびに5μlの0.8%ヒアルロン酸および0.4%TSPに、150μgのBDNFを溶解する。
【0075】
・製剤8−ヒアルロン酸およびTSP(II)を含む生理食塩水溶液中のBDNF:0.9%NaClを含有する5μlの生理食塩水溶液ならびに5μlの0.4%ヒアルロン酸および0.6%TSPに、150μgのBDNFを溶解する。
【0076】
バイオアッセイ
2.1 例−BDNFに基づく製剤での眼の6時間局所処置後の硝子体液、網膜および視神経におけるBDNFレベルの測定。
【0077】
・前述の、BDNFを含有する製剤1、2および3を使用した:
この試験は、アルビノラット(Wistarラット、Harlan、Italy)について行った。カルボキシメチルセルロースナトリウムを含む生理食塩水溶液中、またはTSPを含む生理食塩水溶液中のBDNFを、局所適用により、一方の眼の結膜嚢内に滴下すると共に、対照として使用する他方の眼は、BDNFを含ませて運ぶために使用する溶液(「プラセボ」)で処置した。
【0078】
・網膜、硝子体液および視神経におけるBDNFレベルの測定
これらの動物を、適用の6時間後、腹腔内ウレタン注射(20%)での深麻酔導入後に死滅させた。次いで、眼を摘出し、BDNFで処置した眼および担体溶液のみで処置した他方の眼(対照眼)の双方の硝子体液、網膜ホモジェネートおよび視神経ホモジェネート中のBDNFレベルを測定した。この測定は、イムノアッセイ(ELISA;BDNF Emaxイムノアッセイシステム、Promega、Madison、WI、USA)によって行った。外部から局所適用によって導入されたBDNFが、網膜細胞によって、特に、その線維で視神経を形成する網膜神経節細胞によって、吸収および運搬されるかどうかを確認するために、視神経におけるBDNFの量も測定した。
【0079】
図1中のチャートに示した結果は、生理食塩水溶液(0.9%NaCl)中のBDNFの局所適用で得られたものであり、網膜(A)、視神経(B)および硝子体液(C)における平均BDNF濃度値(pg/タンパク質のmgとして表す)で表している。
【0080】
この統計解析は、BDNFで処置した眼を対照眼と比較して、Studentのt検定で行った。すべての場合において、処置した眼と対照眼との間の差は、統計的に有意であった(*、p<0.05)。
【0081】
図2中のチャートに示した結果は、カルボキシメチルセルロースナトリウム(0.2%)を含む溶液中のBDNFの局所適用に関するものであるのに対し、図3中のチャートに示している結果は、TSP(0.25%)を含む溶液中のBDNFの局所適用で得られたものである。いずれの場合も、その統計解析は、BDNFで処置した眼を対照眼と比較して、Studentのt検定で行った。すべての場合において、処置した眼と対照眼との間の差は、統計的に有意であった(*、p<0.05)。
【0082】
図4は、使用した各種の溶液/担体について、網膜におけるBDNFの比較レベルを示している。この解析により、異なる溶液/担体の効力を同一のBDNF濃度(150μgのBDNFを含有する10μlの溶液)で比較することが容易になる。TSP中のBDNFでの局所処置は、使用した他の2種の製剤、すなわち、生理食塩水溶液中のBDNFおよびカルボキシメチルセルロースナトリウムを含む溶液中のBDNFよりも有意に高いBDNFの網膜内レベルを生じた(Studentのt検定*、p<0.05)。カルボキシメチルセルロースナトリウムを含む溶液中のBDNFでの局所処置は、網膜内BDNFレベルを上昇させるのに最も有効性の低いことが判明した。
【0083】
2.2 例−TSP中のBDNFを用いた眼の局所処置後の異なる時間における、網膜、硝子体液および視神経におけるBDNFレベルの測定
単回局所適用後に、網膜、硝子体液および視神経においてBDNFが高く維持される範囲を調べた。この試験は、網膜、視神経および硝子体液へのBDNFの強膜を横切る通過を促進するのに最も有効であると判明した、TSPを含有する担体を用いて行った。次いで、TSPを使用して、眼の局所処置後の網膜、硝子体液および視神経におけるBDNFレベルの動態を試験した。各試験群においてN=5の眼を処置した。BDNFを含有するTSPの0.25%溶液(150μgのBDNFを含有する10μlの溶液)の適用後に異なる時間間隔で網膜、視神経および硝子体液中のBDNF濃度を測定した。対照眼は、0.25%TSPを含有する担体溶液のみで処置した。この実験は、単回局所適用後のBDNFレベルの時間傾向を確認するために行った。このチャートは、適用の6、12および24時間後の網膜、視神経および硝子体液中の平均BDNF値(y軸;pg/ml)を示している。図5は、網膜内のBDNFレベルが、統計的に高く維持され、12〜24時間においてベースラインレベルに戻ることを示している。この統計解析は、Studentのt検定で行った。A*では、対照眼と比較してp<0.01。この実験の結果は、特にTSPをベースとする人工涙液で運ばれるBDNFでの長期処置において、網膜内で高いBDNFレベルを維持するのには、12時間毎に1回の局所適用で十分であることを示唆している。
【0084】
2.3 例−BDNFをベースとする製剤の局所適用の神経保護効果
結膜嚢内の局所適用による処置後のBDNFの神経保護効果を確認するために、動物モデルにおいて、光損傷によって網膜変性症が誘発される試験的モデルを使用した。このモデルは、強い光源に対する長期曝露によって誘発される網膜光受容体の変性を研究するために広く使用されている(La Vailら、1987;Rexら、2003)。光受容体の死は、アポトーシスによって生じ、また、視色素ロドプシンによる光子の過度の吸収によって引き起こされ、最終的に色素沈着した上皮細胞に関与する、色素再生サイクルの変化を導く。試験した実験動物モデルは、光に対するその光受容体の顕著な感受性を考慮して、アルビノラット(Suraceら、2005)であった。使用した実験プロトコルは、最初にLaVailのグループによって提案されたもの(LaVailら、1987)から変更(Rexら、2003)および拡張した。
【0085】
BDNFをベースとする以下の製剤を使用した:
a)0.25%TSP溶液中のBDNF(150μgのBDNFを含有する10μlの溶液)
b)生理食塩水溶液(0.9%NaCl)中のBDNF(150μgのBDNFを含有する10μlの溶液)
c)カルボキシメチルセルロースナトリウムの0.2%溶液中のBDNF(150μgのBDNFを含有する10μlの溶液)。
【0086】
ラットの眼を前記製剤で処置し、それらのラットに光損傷を受けさせた。対照眼は、担体溶液のみで処置した。各試験群においてN=4の眼を処置した。特に、6時間の処置後(BDNFで処置した眼および担体溶液のみで処置した対照眼)、これらのラットに、光に対する長期曝露を48時間受けさせた(動物光損傷モデル、光源強度1000lux)。光に対するこの長期曝露は、アルビノラットの網膜内の多数の光受容体の変性を誘発する。BDNFによって行われる神経保護は、光受容体の残存を評価するように設計された形態学的方法によって、および光に対する網膜応答を記録すること(フラッシュ網膜電図[ERG]、これは、網膜障害を患う患者における外側の網膜の機能的状態を評価するのに広く使用される)による機能的方法によって検証した。ラットでは、明順応条件下でERG応答の基礎を形成している錐体の数が少ないこと、およびアルビノラットでは、明順応条件におけるERGの振幅が減少していることを考慮して、ラットの網膜を主に構成している桿体の応答を表すフラッシュERGのみを暗順応適応条件下で記録した。この(暗順応の)フラッシュERGを、光損傷期間の終了の7日後に記録した。
【0087】
−製剤a)
図6は、暗順応適応条件下での輝度によるフラッシュERGのb波の振幅を示している。図6中のチャートで明らかに示されるように、局所的に適用されたTSP中のBDNFは、フラッシュへの網膜応答(フラッシュERG)に対する光損傷の影響を有意に低減する。実際に、BDNFで処置した眼の振幅(μVで表される平均振幅値)は、対照眼のものを有意に超える(*、p<0.05(一元配置ANOVA))。
【0088】
−製剤b)
図8は、暗順応適応条件下での輝度によるb波の振幅を示している。これらの結果は、生理食塩水溶液中のBDNFも、光損傷によって誘発される、光に対する網膜応答(フラッシュERG)の変化を低減できることを示している。BDNFで処置したラットの光損傷を受けた眼におけるb波の振幅は、対照眼について記録されたものを超える。生理食塩水中のBDNFで処置した眼の振幅(μVで表される平均振幅値)は、対照眼のものを有意に超える(*、p<0.05(一元配置ANOVA))。
【0089】
−製剤c)
図10は、暗順応の条件下での輝度によるb波の振幅を示している。この図より、カルボキシメチルセルロースナトリウムを含む溶液中のBDNFで処置した眼の振幅(μVで表される平均振幅値)は、最も高い輝度値でのみ対照眼のものを有意に超える(*、p<0.05(一元配置ANOVA))ことが示される。結論として、光に対する網膜応答の機能的回復の観点から、カルボキシメチルセルロースナトリウムは、光に対する網膜応答の障害の予防において、TSPおよび生理食塩水溶液よりも有効性が低いことが判明した。
【0090】
続いて、網膜の光受容体の変性に対する、前記BDNFをベースとする製剤での局所処置の効果を、フラッシュERGを記録した眼の網膜において評価した。
【0091】
光受容体変性に対する、BDNFでの局所処置の効果を、光損傷後に残存した光受容体の列数を計測することおよび光受容細胞体を含む網膜の外顆粒層(ONL)の厚さを測定することによって定量した。これらの測定を行うために、光受容体核をヨウ化プロピジウムで標識した。
【0092】
−製剤a)
図7に、得られた結果を示している。図7Aは、(0.25%TSP中の)BDNFで処置した眼および対照眼の網膜断面を示している。これらの測定を行うために、光受容体核をヨウ化プロピジウムで標識した。使用する方法(光受容細胞体の列数(図7B)または外顆粒層(ONL)の厚さ(図7C)の計測)にかかわらず、中心部および周辺部の網膜に存在する光受容体は、BDNFで処置した眼において、担体で処置した眼(対照)よりも有意に(Studentのt検定*、p<0.001)多い。
【0093】
その後、TSP中のBDNFは、結膜嚢内に局所的に適用されたときに、網膜を光損傷から保護することも実証された。
【0094】
−製剤b)
図9(A)は、(生理食塩水溶液、0.9%NaCl中の)BDNFで処置した右眼および生理食塩水溶液のみで処置した左(対照)眼の網膜断面を示している。光受容体変性に対する、BDNFでの局所処置の効果を、光損傷後に残存した光受容体の細胞体の列数を計測すること(図9B)または光受容細胞体を含む網膜の外顆粒層(ONL)の厚さを測定すること(図9C)によって定量した。処置した眼の網膜と対照眼の網膜との間の差(光受容体の列数またはONLの厚さの計数)は、中心部および周辺部の網膜の双方において有意であることが判明した(Studentのt検定*、p<0.001)。
【0095】
生理食塩水中のBDNFでの局所処置は、眼において光損傷後に残存する光受容体の数を対照眼と比較して増加させる。
【0096】
−製剤c)
最後に、光受容体変性に対する、BDNF(カルボキシメチルセルロースナトリウムを含む溶液中の)での局所処置の効果を、光損傷後に残存した光受容体の細胞体の列数(図11B)および光受容細胞体を含む網膜の外顆粒層(Outer Nuclear retina)(ONL)の厚さ(図11C)を測定することによって定量した。
【0097】
得られた結果を考慮して、光損傷後の光受容体変性の機能的回復および予防の観点から、TSP中および生理食塩水溶液中のBDNFでの局所処置は、光損傷に対して神経保護効果を及ぼすが、カルボキシメチルセルロースナトリウムを含む溶液中のBDNFでの処置は、同一のBDNF濃度での有効性がより低いと結論づけることができる。
【0098】
BDNFでの処置は、網膜における機能的変化を誘発せず、視覚刺激物質に対するその応答が損なわれることも実証された。
【0099】
2.4 例。試験的緑内障モデルにおいてBDNFの反復局所適用によって誘発される神経保護効果
緑内障は、多様な原因を有する網膜の変性性障害であり、様々な型がある(これは、年齢に基づいて、先天性緑内障、小児緑内障、若年緑内障または成人緑内障として;また、疾病原因に基づいて原発性緑内障:原発性開放隅角緑内障または原発性閉塞隅角緑内障;および、医原性緑内障を含む、他の障害によって誘発される続発性緑内障として、分類される)。最も一般的な形態の緑内障、すなわち、原発性開放隅角緑内障(POAG)は、眼圧上昇を特徴とする。眼圧上昇により、視神経の萎縮に関連した神経節細胞の機能障害およびその後の変性が引き起こされ、症状は緩やかな視力の喪失であり、失明に至る。上昇した眼圧(IOP)が、篩板内の視神経線維に機械的な障害ならびに視神経乳頭および網膜内層の虚血性変化を誘発するというのが一般的な仮説であるが、視神経の萎縮と共に神経節細胞の機能障害および変性を引き起こす機序は、まだ完全には明らかになっていない。近年、薬理学的治療は、IOPを低減することを目的としてきたが、かなりの数の患者が現在の薬理学的治療に対して抵抗性であり、視覚機能の進行性の不可逆的喪失に苦しんでいる。現在、視覚能力低下の予防および正常視力の回復を目的として網膜神経節細胞および視神経線維の神経保護を達成するように設計された薬剤はない。本特許において、本発明者らは、進行性の機能障害とそれに続く神経節細胞の変性および死に対抗するように安定な方法で網膜内BDNFレベルを上昇させるための、結膜嚢におけるBDNFによる局所治療の使用を提案する。この提案は、TrkBと称するBDNF受容体が神経節細胞内で発現されるという実証(Jelsmaら、1993)に部分的に基づいている。本発明者らは、仮説を検証するために、突発性緑内障の最も一般的な実験モデルである、DBA/2Jと称される二重変異マウス(Johnら、1998;Changら、1999)を使用した。DBA/2Jマウスは、2つの別個の遺伝子のホモ接合性変異を示す。1つ目は、メラノソームタンパク質をコードするチロシン関連タンパク質(Tyrp1−/−)であり、2つ目は、膜糖タンパク質(Gpnmb−/−)である。このマウスは、構造化された視覚刺激に対する網膜応答の進行性の喪失を伴う進行性の眼圧上昇を特徴とし、これは、内側の網膜/神経節細胞に依存している。ヒトおよび動物モデルにおいて、この網膜応答は、パターン網膜電図(P−ERG)と称される(Domeniciら、1991;VenturaおよびPorciatti、2006;Falsiniら、2008)。神経節細胞の機能障害に続いて、視神経線維の進行性の萎縮を伴う前記細胞の変性が起こる(Venturaら、2006)。図12に示されるように、このマウス緑内障モデル(DBA/2J)において、IOPは出生5カ月後に上昇し始める。6.5カ月で、DBA/2Jマウス(N=10)におけるIOPは、すでに、正常マウス(C57bl/6J;N=5)および月齢5カ月のDBA/2Jマウス(N=9)において測定されたものよりも有意に高いと思われる(t検定;*p<0.05)。図13中のチャートは、構造化された視覚刺激(刺激として使用した視覚的パターンは、空間周波数=0.2C/degおよび90%コントラストでの輝度のプロファイルであった)に対する内網膜/神経節細胞の応答の振幅(P−ERG)を、増幅器およびオンライン分析用のコンピュータに連結された角膜電極で記録されたものを示している。図13に示しているように、このP−ERGは、月齢7カ月のDBA/2Jマウス(CTRL、N=4)においてすでに変化している(P−ERG振幅における有意な減少;Studentのt検定、*p<0.05)。月齢6.5カ月から、すなわち、IOPが安定に上昇したときから(図12)、一方の眼にはTSP中のBDNF(48時間毎に1回の処置)および他方(対照眼)には担体の2週間の反復局所適用処置を行った。3つの異なるBDNF濃度:1、5および15μg/μlを使用した(1群N=4のDBA/2Jマウス)。ヒストグラムに示されるように、DBA/2Jマウスにおいて、15μg/μlの濃度のBDNF(0.25%TSPを含有する10μlの溶液中150μg、眼科用製剤a)での局所処置は、P−ERGの変化を予防した(処置した眼のデータを対照眼と比較されたい;Studentのt検定、*p<0.05)が、1および5μg/μlの濃度では予防しなかった。P−ERGの変化が、免疫組織化学的方法で標識した神経節細胞の変化と対応するかどうかを確認するために、本発明者らは、神経節細胞において発現される転写因子、Brn3bを使用した。この因子に関する変異体マウス(Brn3b−/−)は、神経節細胞の変化を伴う(Badeaら、2009)。図14Aは、神経節細胞を蛍光抗体で緑に標識して、共焦点顕微鏡法によって解析した、網膜標本の拡大を示している。DBA/2Jマウスの眼において、標識神経節細胞の数は、中心部および周辺部の網膜の双方で、明らかにより少ない。図14Bは、密度(細胞個数/mm2)の観点からの、標識された細胞の定量を示している。TSP中の15μg/μlの濃度のBDNFでの2週間の処置は、担体溶液のみで処置した対照眼と比較して、Brn3bで標識される細胞の減少を防止した(Studentのt検定、*p<0.05)。
【0100】
報告したデータから、BDNFでの反復局所処置は、神経節細胞の機能的変化を予防し、実験緑内障モデルにおいて網膜の視覚能力を回復させるという結論が導かれる。神経節細胞の機能に対する保護効果を発揮できるBDNFの最小有効濃度は、15μg/μlである。
【0101】
参考文献一覧
【0102】
【表1−1】
【0103】
【表1−2】
【0104】
【表1−3】
【0105】
【表1−4】
【0106】
【表1−5】
【技術分野】
【0001】
発明の技術分野
本発明は、脳由来神経栄養因子(BDNF)と粘度調整剤、好ましくは、TS−多糖類またはTSPとしても知られている、タマリンド種子から抽出されたガラクトキシログルカンとを含有する、点眼剤の形態の眼科用製剤に関する。
【0002】
前記製剤は、神経変性網膜障害、特に、網膜色素変性症、緑内障(先天性緑内障、小児緑内障、若年緑内障、成人緑内障、原発性開放隅角緑内障、原発性閉塞隅角緑内障、続発性緑内障、医原性緑内障および急性緑内障を含む)、加齢黄斑変性症などの加齢に関連した網膜症、血管性および増殖性の網膜障害、網膜剥離、未熟児網膜症(ROP)および糖尿病網膜症の予防および治療において有用である。これらの障害はすべて失明につながる。
【背景技術】
【0003】
従来技術
ニューロトロフィンは、神経細胞によって合成されるタンパク質であり、神経系に存在する多様な細胞の生存および正常な栄養を調節する。
【0004】
最もよく知られているのは、20世紀中頃にR. Levi-MontalciniおよびS. Cohenによって発見された、神経成長因子(NGF)である。
【0005】
タンパク質構造がNGFのものと構造的類似性を示す他の因子が、その後発見された。したがって、本発明者らは、BDNF、NT−3、NT−4/5およびNT−6ならびにNGFが属する種類のNGF因子(ニューロトロフィン)についてこれから検討する(最初の3つは、哺乳類の神経系において主に発現されるのに対して、NT−6は、硬骨魚において同定された、哺乳類の脳内にはない新種のニューロトロフィンである)。
【0006】
ニューロトロフィンを含む神経栄養因子は、それらを合成する神経細胞によって放出され、膜上の特異受容体に結合する。
【0007】
これらの多様なニューロトロフィンは、構造的に類似しているにもかかわらず、異なる受容体を通して、結果として異なる作用機序を通して作用する。
【0008】
神経栄養因子の、その特異受容体(NGFに対するTrkA;BDNFおよび部分的にはNT−4に対するTrkB;NT−3に対するTrkC)に対する結合により、事象が次々起こり、神経細胞による特異応答が誘発される。
【0009】
異なるニューロトロフィン受容体は、異なる領域でおよび異なる細胞中の同一領域内で発現され、特定の細胞内シグナル伝達経路を活性化する。したがって、論理的には、必ずしもすべての領域または神経細胞が4つのニューロトロフィンのそれぞれに応答できるわけではないことになる。その限定要因は、所与のニューロトロフィンの特異受容体の細胞分布である。
【0010】
ニューロトロフィンの原型であるNGFを合成および放出できる網膜細胞の分布、ならびにNGF受容体(TrkA)を発現する網膜細胞の分布は、きわめて限定されていると思われ、実際に、神経節細胞および星状膠細胞のサブグループに限定されている(Garciaら、2003)。
【0011】
EP1161256B1には、強膜、毛様体、水晶体、網膜、視神経、硝子体液および/または脈絡膜に影響を及ぼす障害の治療および/または予防を目的として無傷の眼表面に投与するための、200から500μg/mlのNGFを含有する眼科用製剤が記載されている。
【0012】
Lambiaseらによって報告されているように、これらの製剤は、NGFの網膜内レベルを上昇させるが、NGFが網膜に対する神経保護効果を果たせないことは実証できる。
【0013】
これは、Shiら(2007)によって近年報告された知見と一致する。NGFは、網膜内の2つの型の受容体、TrkAおよびP75に結合できる。TrkAおよびP75は、神経細胞の栄養および生存に対して逆の効果を及ぼす。したがって、外因性NGFは網膜に到達すると、網膜細胞に対して2つの対立した効果を誘発し、それらの効果は互いに相殺する傾向がある。
【0014】
そうでない場合には、BDNFは、その受容体TrkBと共に、哺乳類の網膜内で大量に発現される。網膜は、層状に配置された多数の型の細胞からなる。特に、BDNFは、網膜の内層に存在する、ドーパミン作動性細胞などのいくつかの神経節細胞およびアマクリン細胞によって合成される(Herzogら、1994;PerezおよびCaminos、1995;Hallbookら、1996;Herzogおよびvon Bartheld、1998;KarlssonおよびHallbook、1998;Bennettら、1999;PollockおよびFrost、2003;Sekiら、2003;ChytrovaおよびJohnson、2004)。
【0015】
BDNF受容体は、TrkBと呼ばれ、神経節細胞、アマクリン細胞およびミュラーグリア細胞を含む多数の型の網膜細胞において発現される(Jelsmaら、1993;CellerinoおよびKohler、1997;Di ポーロら、2000)。
【0016】
WO97/45135(特許文献1)は、水溶液または凍結乾燥物(Lyophilisate)の形態のBDNFの安定な医薬組成物に関する。その文献において、特に、従来技術に関する節において、BDNFは、網膜色素変性症を含む多様な障害の治療において有用なものとしてあげられている。特に挙げられている唯一の投与形態は、注射用製剤である。
【0017】
JP2003048851は、結膜上に点眼剤の形態で投与するための、BDNFをベースとする眼科用製剤に関する。開示されている製剤は、多様な粘度調整剤を含有し、BDNFを網膜に運搬するのに同様に有効であると記載されている。
【0018】
前記文献において報告されている活性の証拠は疑わしい。なぜならば、BDNFについて示されている濃度範囲はきわめて広く、1×10−2μg/μlと10μg/μlとの間の濃度範囲に相当する、0.001〜1重量/体積%であるが[請求項3、特許の範囲;該発明の詳細な説明の[0006]、段落3による]、報告されている例では、使用されている濃度は4×10−2μg/μlに相当する0.004%(重量/体積%)であり、すなわち、BDNFの網膜内レベルを高めかつ光に対する長期曝露によって誘発される網膜の変化を予防できる有効濃度、15μg/μl以上(本発明と一致する15〜200μg/μlの範囲内である)よりもかなり低いからである。JP2003048851においては、適用が、1日3回(10μl/適用、0.004%重量/体積)5日間繰り返され、1.2μg/日の用量および6μgの総用量に相当したことに留意するべきである。日用量および総用量を考慮に入れたとしても、それらは、神経保護効果を発揮するには低すぎる。実際には、光損傷を受けた網膜において神経保護効果を得るためには、本発明と一致して、150μgの最小総用量を局所的に投与しなければならない。もう1つの実験モデル、すなわち、緑内障を発症するマウスで得られた新しいデータにより、使用された3つのBDNF濃度(1、5および15μg/μl)のうちで最高濃度のもの(15μg/μl)のみが有効であることが確認されている。
【0019】
さらに、JP2003048851は、網膜の厚さを測定するように設計された組織学的技術(ヘマトキシリン−エオシンによる網膜切片の染色)によって検証された網膜保護効果に言及しているが、本発明において報告しているような、フラッシュ網膜電図記録によって測定される網膜機能の回復の実証は伴っていない。あらゆる治療の神経保護効力を網膜レベルで実証するためには、組織学的/形態学的技術で得られる結果のみでは不十分であることはよく知られており、網膜機能の回復の証拠も必要とされる。したがって、JP2003048851において、例中で報告されている濃度、およびより一般的には好ましい範囲の濃度の、外部から投与されたBDNFの眼科用組成物は、網膜機能を回復させることができる神経保護効果を発揮するのに十分な量で、眼表面から内部組織に移行できないと結論づけることができる。
【0020】
WO2006/046584(特許文献2)は、網膜色素変性症などの視覚細胞の病変を伴う障害の治療に有用な、架橋ゼラチンヒドロゲルを含浸させたHGF、BDNFまたはPEDFを含有する徐放性組成物に関する。特定の例において、これらの組成物は、0.001〜1000μgの間のBDNFの用量を含有するマイクロスフェアの形態を取り、眼内注射または網膜下インプラントによって投与できる。
【0021】
EP0958831には、BDNFを含む因子の群から選択される神経栄養因子を含有する眼科用組成物が記載されている。前記組成物は、例えば眼軟膏剤もしくは点眼液剤の形態で、外部から適用でき、またはコンタクトレンズとして配合することもできる。
【0022】
EP0958831に開示されている神経栄養因子の濃度は、0.0001から0.5%(重量/体積)まで、すなわち、1×10−3から5μg/lまでの範囲である。したがって、報告されている濃度範囲は、きわめて広範囲にわたる。EP0958831は、この濃度範囲において同様に有効であろう、BDNFを含む多様な神経栄養因子に関するものなので、一般性が高い。神経栄養因子は、異なる脳領域および個々の神経細胞においてそれらの生物学的効果を決定する受容体の密度および分布が異なるために、同一の濃度範囲であっても等しく有効ではないことが知られている。
【0023】
さらに、EP958831は、局所使用のための有効なBDNF濃度の範囲に関してきわめて曖昧で、不明確である。3頁44行目(段落0022および0033、請求項19および20を参照されたい)において2つの濃度範囲が示されており、これらは一致しておらず(範囲A最大、0.0001と0.5%(W/V)との間(10−3と5μg/μlの間の濃度範囲に等しい)、および範囲B、10−3と2×105μg/lとの間)、これらの2つの濃度範囲は明らかに一致していない。しかし、本発明によれば、BDNFの有効濃度は、15μg/μl以上(範囲15〜200μg/μl)、すなわち、EP958831において報告されている範囲A、すなわち、最大濃度範囲よりも高い。EP958831中の例は、0.02、0.04および10μg/lのBDNF濃度を特徴とする眼科用組成物に関する。この濃度は、本発明により、網膜内のBDNFレベルの上昇ならびに光損傷および緑内障損傷の双方の予防に有効であると判明した最も低い濃度、すなわち、15μg/μlよりもはるかに低い(1×106倍低い)。
【0024】
したがって、外部から投与される、EP958831において報告されている濃度のBDNFの眼科用組成物は、BDNFの網膜内レベルを上昇させかつ結果として治療効果を果たすのに十分な量では、眼表面から内部組織に移行できないと結論づけることができる。
【0025】
NT−4は、TrkBに結合する他のニューロトロフィンであり、網膜内で低いレベルで発現され、アマクリン細胞のサブグループ、すなわち、ドーパミンを合成するもののみに作用する(Calamusaら、2007)。
【0026】
BDNFまたはその受容体の欠如は、網膜機能における重篤な変化を引き起こす。例えば、TrkB受容体を欠いているマウス(ノックアウトマウス)は、光に対する網膜応答の完全な消失(フラッシュ網膜電図におけるb波の完全な欠如)を特徴とする(Rohrerら、1999)。
【0027】
LaVailのグループは、BDNFの眼内注射により、光損傷によって誘発される光受容体の形態学的変性が効果的に予防されるが、NGFの眼内注射では効果的に予防されないことを実証している。
【0028】
BDNFの眼内注射は他の神経栄養因子との併用で、視神経の病変に起因する網膜神経節細胞の損傷を低減させたが、BDNFが単独で、すなわち、他の神経栄養因子とは独立に、神経保護効果を果たせるかどうかはまだ明らかではない(Watanabeら、2003;Yataら、2007)。
【0029】
FGF2のような他の神経栄養因子は、光損傷によって引き起こされる形態学的変化を予防するのに同様に有効であることが判明しているが、BDNFとは異なり、それらの投与は、炎症反応に関連する因子を活性化するという望ましくない効果を有する(LaVailら、1987)。
【0030】
もう1つの神経栄養因子、CNTFも、光損傷に起因する形態学的変性を予防する(LaVailら、1978)。残念ながら、近年の実験により、CNTFをベースとする治療は、光に対する網膜応答を変化させ、したがって、その可能な治療的使用に一連の制約を課していることが実証されている(McGillら、2007)。
【0031】
これらの結果は、網膜障害モデルにおける神経保護の目的では、神経活性分子の形態学的効果を評価するだけでは不十分であり、とりわけ、それらの分子が網膜機能に対する保護効果を発揮するかどうかを評価し、それらが視覚刺激に対する網膜細胞の応答を確実に損なわないようにするのが不可欠であることを示している。例えば眼球の穿孔、感染または出血を引き起こすリスクのために長期の慢性治療には適さない、眼内、網膜下または眼球後注射などのきわめて侵襲的な投与方法を避けて、網膜にBDNFを運搬するための非侵襲的な方法によって投与することができる新しいBDNF製剤を見つけることが現在必要とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0032】
【特許文献1】国際公開第97/45135号パンフレット
【特許文献2】国際公開第2006/046584号パンフレット
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0033】
本特許は、15と200μg/μlとの間の濃度範囲でBDNFを含有する多様な製剤での局所結膜適用を提案する。総BDNF用量は、治療する眼の大きさに応じて、投与あたり50と4000μgとの間であり、ヒトを含む、関与する動物種によって異なるであろう。
【0034】
この製剤は、粘度調整剤を含有することが好ましいであろう。前記粘度調整剤は好ましくは、500000と800000Daとの間の分子量および以下の構造式を有する、タマリンド種子から抽出されたガラクトキシログルカン(TS−多糖類またはTSP)である:
【0035】
【化1】
【0036】
本発明者らは、前記製剤が、投与あたりの指示濃度および用量で、網膜内BDNFレベルを有意に上昇させて、i)光に対する長期曝露によって誘発される網膜の変化およびii)緑内障における網膜の変化を予防することを実証する。
【0037】
TSPは眼表面の局所治療用の薬理学的活性分子を運搬することができることが以前に実証されている(Uccello−Barretta Gら、2008;Ghelardi Eら、2004;Burgalassi Sら、2000;Ghelardi Eら2000)。眼表面での製剤の保持時間を長くすることによって、活性分子の吸収の増加することが観察されている。TSPのこの特性は、すべて小分子である、抗生物質(ルフロキサシン、ゲンタマイシンおよびオフロキサシン)、抗ヒスタミン薬(ケトチフェン)および抗高血圧薬(チモロール)との併用で記載されている。
【0038】
BDNFのような組換えタンパク質を含有する薬理学的製剤の場合には、その活性成分は、タンパク質、すなわち、翻訳後修飾と、それが活性な3次元構造に至るまでのその空間的屈曲の調節とを受ける高分子量を有する分子である。タンパク質の生物活性は、それらの3次元構造に密接に依存する。これは、特異受容体とそれらを認識する酵素との相互作用、および結果として、標的細胞の生化学的過程に介入する能力が、それらの3次元構造に依存しているからである。このタンパク質の立体構造は、組換えタンパク質の存在環境によってかなり改変されることがある。したがって、組換えタンパク質を含有する製剤は、該タンパク質をその活性な立体構造で溶液中に確実に維持し、その安定性を保証しなければならない。
【0039】
本発明は、TSPが、製剤中のBDNFの安定性を保証し、表面での製剤の長い滞留時間によってその眼内吸収を増加させ、とりわけ、BDNFをその生物学的に活性な立体構造に維持することを実証する。
【0040】
本発明の概要
少なくとも15μg/μlの濃度のBDNFを含有する眼科用製剤は、光に対する長期曝露によって誘発される網膜の変化、および緑内障モデルにおける眼圧上昇と関連する網膜の変化を予防することを今回発見した。
【0041】
したがって、本発明は、脳由来神経栄養因子(BDNF)を含有する点眼剤の形態の眼科用製剤に関する。その好ましい態様によれば、本発明が関係する組成物は、TSPとして知られる、タマリンド種子から抽出されたガラクトキシログルカンを含有する。
【0042】
本発明はまた、網膜、視神経および外側膝状体の神経変性障害の予防および/または治療するための点眼剤の形態の薬剤の調製にBDNFを使用することに関する。
【0043】
本発明はさらに、網膜、視神経および外側膝状体の神経変性障害の予防および/または治療に使用するための、BDNFを含有する点眼剤の形態の眼科用製剤に関する。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】生理食塩水溶液中のBDNFの局所適用後の網膜(A)、視神経(B)および硝子体液(C)におけるBDNFレベルの測定。BDNFレベルをy軸に示す。BDNFレベルは、BDNFで処置した眼および生理食塩水溶液で処置した対照眼において測定した。*はこれらの差の有意性を示している。
【図2】カルボキシメチルセルロースナトリウムを含む溶液中のBDNFの局所適用後の網膜(A)、視神経(B)および硝子体液(C)におけるBDNFレベルの測定。表記法および記号については、図1を参照されたい。
【図3】TSPを含む溶液中のBDNFの局所適用後の網膜(A)、視神経(B)および硝子体液(C)におけるBDNFレベルの測定。表記法および記号については、図1を参照されたい。
【図4】BDNFの保有およびその網膜内濃度(pg/タンパク質のmg、x軸を参照されたい)の増加における、TSP、生理食塩水溶液(NaCl)およびカルボキシメチルセルロース(CMC)ナトリウムの効力の比較。TSP中(*)のBDNFを用いた局所処置後のBDNFの網膜内レベルは、生理食塩水溶液中およびカルボキシメチルセルロースナトリウム中のBDNFを用いた局所処置後のBDNFレベルと比較して、有意に増加した。このデータは、図1、2および3中のパネルAから得たものである。
【図5】TSPを含む溶液中のBDNFの局所適用後の網膜、視神経および硝子体液におけるBDNFレベルの動態。BDNFレベルは、処置後の最初の6時間(*)では有意に高く維持されている。
【図6】TSP中のBDNFの局所適用は、光損傷によって誘発される、網膜フラッシュ応答(フラッシュERG)の変化を低減させる。異なる輝度(cd/m2、x軸を参照されたい)のフラッシュによって誘発され、BDNFで処置した眼(黒色記号)またはTSPのみで処置した対照眼(光損傷を受けた対照、白色記号)によって記録される、網膜電図のb波の振幅(μV、y軸を参照されたい)を測定した。*はこれらの差異が有意であることを示している。
【図7】TSP中のBDNFでの局所処置は、光損傷後に残存する光受容体の数を増加させる。光受容体は、網膜断面においてヨウ化プロピジウムで標識する。使用する方法(光受容細胞体の列数の計測(図7B)または外顆粒層(ONL)の厚さの測定(図7C))にかかわらず、中心部および周辺部の網膜に存在する光受容体は、BDNFで処置した眼において、担体で処置した眼(対照)よりも有意に(*)多い。
【図8】生理食塩水溶液(NaCl)中のBDNFの局所適用は、光損傷によって誘発される、光に対する網膜応答における障害を低減する。表記法および記号の説明については、図6を参照されたい。
【図9】生理食塩水溶液中のBDNFでの局所処置は、光損傷後の光受容体の残存を増加させる。表記法および記号については、図7を参照されたい。
【図10】カルボキシメチルセルロースナトリウムを含む溶液中のBDNFの局所適用、および光損傷によって誘発される光応答の低下。表記法および記号については、図6を参照されたい。
【図11】BDNFで処置した眼および担体で処置した眼(対照)に対する光損傷後の光受容体残存に対する、カルボキシメチルセルロースナトリウムを含む溶液中のBDNFでの局所処置の効果。表記法および記号については、図7を参照されたい。
【図12】試験的マウス緑内障モデル、DBA/2Jマウス対正常マウス(C57bl/6J)、における眼圧(IOP、mmHg)の上昇。DBA/2JにおけるIOPの上昇は、月齢6.5カ月から有意(*)である。
【図13】正常マウス(C57bl/6J、暗色の棒)および緑内障発症マウス(DBA/2J)において、視覚的パターン(パターンERG、P−ERG;空間周波数=0.2C/deg、コントラスト90%からなる刺激)に対する網膜の応答を記録した。異なる濃度(1、5および15μg/μl)のBDNFで2週間処置した眼を刺激することによって、および、対照眼(CTRL)とみなす、担体で処置した眼を刺激することによって、P−ERGの応答の振幅(μV、y軸を参照されたい)を測定した。*はこれらの差の有意性を示している。P−ERGは、DBA/2Jマウスにおいて月齢7カ月で、すなわち、眼圧(IOP)の上昇後に記録した。
【図14】転写因子(Brn3b)に結合する蛍光抗体で標識した、緑内障発症DBA/2Jマウス(月齢7カ月)の網膜神経節細胞(全載標本)。A.左手のカラムは、中心部網膜(上段)および周辺部網膜(下段)における、TSP中のBDNFでの2週間の局所処置の効果を示している。BDNFでの処置後(左手のカラム)、標識細胞は、担体のみで処置した対照眼(CTRL)の網膜(右手のカラム)よりも多かった。B.緑内障発症マウス(DBA/2J;BDNFで処置した眼;担体で処置した眼、CTRL)および正常マウス(C57bl/6J)における、Brn3bで標識した神経節細胞(細胞個数/mm2で測定した密度、y軸上に示す)に対する、BDNFでの局所処置の効果の定量。
【発明を実施するための形態】
【0045】
本発明の詳細な説明
驚くべきことに、無傷の眼表面に、特に、結膜嚢内に、局所的に適用される、外因性の脳由来神経栄養因子(BDNF)を投与することにより、BDNFは、機能的レベルおよび形態学的レベルの双方で網膜細胞に対する神経保護効果を果たし、したがって、神経変性網膜障害の予防および/または治療を可能にすることが判明した。
【0046】
BDNFは、光受容体に対してだけでなく、神経節細胞、すなわち、(i)視覚中枢に線維を送っている網膜の最内層の細胞、(ii)視神経線維の細胞、および(iii)例えば外側膝状体などの、網膜外の視覚中枢の細胞に対しても、神経保護効力が実証されている。
【0047】
本発明は、BDNF(脳由来神経栄養因子)を含有する眼科用製剤に関する。
【0048】
前記眼科用製剤が含有するBDNFの濃度は、下限値の15μg/μlと200μg/μlとの間、好ましくは20と100μg/μlとの間、さらに好ましくは30と50μg/μlとの間の範囲であることができる。生物利用可能な総用量は、投与する眼科用製剤の体積および、ヒトを含む、治療する眼を所有している種に応じて、1投与あたり50と4000μgとの間であることができる。
【0049】
BDNFは、単独でまたは、β−遮断薬、プロスタグランジンおよび炭酸脱水酵素阻害薬などの他の活性成分と組み合わせて投与することができる。
【0050】
製剤は、点眼剤の形態で作製し、活性成分と相溶性でありかつ眼に許容される、薬学的に許容される担体中に、活性成分BDNF、または複数の活性成分を含む液剤、懸濁剤、ゲル剤または眼科用軟膏剤であってよい。
【0051】
薬学的に許容される担体は、好ましくは0.9%の塩化ナトリウムを含有する、生理食塩水溶液であってよい。
【0052】
少なくとも1種の薬学的に許容される担体、好ましくは、より急速に結膜から洗い流される生理食塩水溶液中での投与よりも、粘度により眼表面でのBDNF滞留時間を長くできるようにする、タマリンド種子から抽出されたガラクトキシログルカン(TSP)を製剤中に使用する場合には、改良BDNFの吸収レベルを増大できることも判明した。
【0053】
TSP濃度は、好ましくは0.05から2%(重量/体積−w/v)まで、さらにより好ましくは0.25から0.5%(w/v)まで変化できる。
【0054】
TPSは、透明で、粘弾性で、無菌であり、角膜保護に使用される。TSPはさらに、眼表面に持続性の薄膜を形成し、これが角膜および結膜を潤滑および湿潤させる。
【0055】
さらなる好ましい一態様によると、粘性化された(Viscosified)溶液は、ヒアルロン酸、さらに好ましくは、TSPと組み合わされたヒアルロン酸を含有する。
【0056】
ヒアルロン酸濃度は、好ましくは0.05%から0.8%%(w/v)まで、さらに好ましくは0.2から0.4%(w/v)まで変化できる。
【0057】
好ましい一実施形態によると、製剤は、0.9%NaClを含有する生理食塩水溶液中に15μg/μlの濃度でBDNFを含むことができる。
【0058】
さらなる好ましい一実施形態によると、製剤は、TSPを含む生理食塩水溶液、好ましくは0.25%溶液中に15μg/μlの濃度でBDNFを含有できる。
【0059】
この点眼製剤は、無傷の眼表面に局所的に直接、すなわち、非侵襲的な方法で投与でき、眼内、網膜下および眼球後の注射などの侵襲的方法の使用を回避できる。特に、この製剤は、結膜嚢内に投与できる。この製剤は、眼帯としても、またはコンタクトレンズ中にも、配合できる。
【0060】
網膜は、部分的に隔離した中枢神経系の一部である。血液−網膜関門を含む多様な型の関門が存在し、それらは、大きな分子などの化合物が網膜に非特異的に拡散するのを防ぐ。局所的に適用された薬理活性化合物の眼内の透過は、角膜および結膜に位置する関門により、全身性吸収により、およびこれらの組織に存在する酵素によって生じる代謝性分解により、調節される。一度滴下されると、これらの薬理活性化合物は、下層にある組織を網膜まで透過するために、血液−網膜関門を含む、複雑な系の血液関門を越えて行かなければならない。
【0061】
さらに、網膜は、視神経線維の起点となる神経節細胞を通して、外側膝状体の背側部(dLGN)などの視覚中枢に視神経を介して連結されている。
【0062】
実験部分で実証するように、BDNFは、本発明に従って局所投与する場合、網膜まで運搬でき、機能的および形態学的の双方の観点から神経保護効果を果たすレベルまでその網膜内濃度を上昇させる。
【0063】
驚くべきことに、実験的証拠によって実証されるように、神経節細胞は、BDNFを順行輸送でき、その結果、BDNFが、神経節細胞の変性のみでなく視神経線維の変性、および外側膝状体などの網膜外視覚中枢への障害の拡大を予防および治療できることも判明した。
【0064】
本発明はまた、網膜、視神経および外側膝状体の神経変性障害、特に、失明につながる、変性性の網膜症(網膜色素変性症および緑内障など)、加齢に関連した網膜症(加齢黄斑変性症など)、血管性および増殖性の網膜障害、網膜剥離および未熟児網膜症(ROP)ならびに糖尿病網膜症の予防および/または治療を目的として、無傷の眼表面に局所投与するための点眼剤の形態の眼科用薬剤を調製するためにBDNFを使用することに関する。本発明による製剤は、網膜、視神経および外側膝状体の神経変性障害、特に、例えば、網膜色素変性症および緑内障(先天性緑内障、小児緑内障、若年緑内障、成人緑内障、原発性開放隅角緑内障、原発性閉塞隅角緑内障、急性緑内障、医原性緑内障および続発性緑内障を含む)の予防および/または治療に有用である。
【0065】
緑内障は、適切に治療しないと、神経節細胞の損失および視神経線維の進行性萎縮によって失明につながる、眼に影響を及ぼす一連の進行性障害のうちの1つである。
【0066】
緑内障は、直接に(力学的に)、または網膜内層に供給する網膜血管の虚血の誘発によって間接的に、神経節細胞および視神経線維を損傷する可能性がある、眼圧(IOP)の上昇を特徴とする。進行期において、緑内障は、網膜だけでなく、外側膝状体などの視覚中枢にも影響を及ぼす可能性があり、ついには視覚皮質が影響を受ける。
【0067】
有効濃度のBDNFでの治療は、光に対する長期曝露(光損傷)によって誘発される光受容体変性を予防および低減するのみでなく、光に対する網膜応答を保つことも判明した。さらに、実験的緑内障モデルの使用により、BDNFの局所適用が、動物緑内障モデルにおいて眼圧(IOP)の上昇によって生じる網膜神経節細胞の変性を予防することが実証されている。いずれの動物モデルにおいても、BDNFは、視覚刺激に対する網膜応答を変化させなかった。
【0068】
以下に示す例は、本発明をさらに例示するものである。
【実施例】
【0069】
製剤の例
・製剤1−生理食塩水溶液中のBDNF:0.9%NaClを含有する10μlの生理食塩水溶液に、150μgのBDNFを溶解する;
・製剤2−カルボキシメチルセルロースナトリウムを含む生理食塩水溶液中のBDNF:0.9%NaClを含有する5μlの生理食塩水溶液および5μlの0.4%カルボキシメチルセルロースナトリウムからなる溶液に、150μgのBDNFを溶解する。
【0070】
・製剤3−TSPを含む生理食塩水溶液中のBDNF:0.9%NaClを含有する5μlの生理食塩水溶液および5μlの0.5%TSPに、150μgのBDNFを溶解する。
【0071】
・製剤4−ヒアルロン酸(0.2%)を含む生理食塩水溶液中のBDNF:0.9%NaClを含有する5μlの生理食塩水溶液および5μlの0.4%ヒアルロン酸に、150μgのBDNFを溶解する。
【0072】
・製剤5−ヒアルロン酸(0.4%)を含む生理食塩水溶液中のBDNF:0.9%NaClを含有する5μlの生理食塩水溶液および5μlの0.8%ヒアルロン酸に、150μgのBDNFを溶解する。
【0073】
・製剤6−ヒアルロン酸およびTSP(I)を含む生理食塩水溶液中のBDNF:0.9%NaClを含有する5μlの生理食塩水溶液ならびに5μlの0.4%ヒアルロン酸および0.4%TSPに、150μgのBDNFを溶解する。
【0074】
・製剤7−ヒアルロン酸およびTSP(II)を含む生理食塩水溶液中のBDNF:0.9%NaClを含有する5μlの生理食塩水溶液ならびに5μlの0.8%ヒアルロン酸および0.4%TSPに、150μgのBDNFを溶解する。
【0075】
・製剤8−ヒアルロン酸およびTSP(II)を含む生理食塩水溶液中のBDNF:0.9%NaClを含有する5μlの生理食塩水溶液ならびに5μlの0.4%ヒアルロン酸および0.6%TSPに、150μgのBDNFを溶解する。
【0076】
バイオアッセイ
2.1 例−BDNFに基づく製剤での眼の6時間局所処置後の硝子体液、網膜および視神経におけるBDNFレベルの測定。
【0077】
・前述の、BDNFを含有する製剤1、2および3を使用した:
この試験は、アルビノラット(Wistarラット、Harlan、Italy)について行った。カルボキシメチルセルロースナトリウムを含む生理食塩水溶液中、またはTSPを含む生理食塩水溶液中のBDNFを、局所適用により、一方の眼の結膜嚢内に滴下すると共に、対照として使用する他方の眼は、BDNFを含ませて運ぶために使用する溶液(「プラセボ」)で処置した。
【0078】
・網膜、硝子体液および視神経におけるBDNFレベルの測定
これらの動物を、適用の6時間後、腹腔内ウレタン注射(20%)での深麻酔導入後に死滅させた。次いで、眼を摘出し、BDNFで処置した眼および担体溶液のみで処置した他方の眼(対照眼)の双方の硝子体液、網膜ホモジェネートおよび視神経ホモジェネート中のBDNFレベルを測定した。この測定は、イムノアッセイ(ELISA;BDNF Emaxイムノアッセイシステム、Promega、Madison、WI、USA)によって行った。外部から局所適用によって導入されたBDNFが、網膜細胞によって、特に、その線維で視神経を形成する網膜神経節細胞によって、吸収および運搬されるかどうかを確認するために、視神経におけるBDNFの量も測定した。
【0079】
図1中のチャートに示した結果は、生理食塩水溶液(0.9%NaCl)中のBDNFの局所適用で得られたものであり、網膜(A)、視神経(B)および硝子体液(C)における平均BDNF濃度値(pg/タンパク質のmgとして表す)で表している。
【0080】
この統計解析は、BDNFで処置した眼を対照眼と比較して、Studentのt検定で行った。すべての場合において、処置した眼と対照眼との間の差は、統計的に有意であった(*、p<0.05)。
【0081】
図2中のチャートに示した結果は、カルボキシメチルセルロースナトリウム(0.2%)を含む溶液中のBDNFの局所適用に関するものであるのに対し、図3中のチャートに示している結果は、TSP(0.25%)を含む溶液中のBDNFの局所適用で得られたものである。いずれの場合も、その統計解析は、BDNFで処置した眼を対照眼と比較して、Studentのt検定で行った。すべての場合において、処置した眼と対照眼との間の差は、統計的に有意であった(*、p<0.05)。
【0082】
図4は、使用した各種の溶液/担体について、網膜におけるBDNFの比較レベルを示している。この解析により、異なる溶液/担体の効力を同一のBDNF濃度(150μgのBDNFを含有する10μlの溶液)で比較することが容易になる。TSP中のBDNFでの局所処置は、使用した他の2種の製剤、すなわち、生理食塩水溶液中のBDNFおよびカルボキシメチルセルロースナトリウムを含む溶液中のBDNFよりも有意に高いBDNFの網膜内レベルを生じた(Studentのt検定*、p<0.05)。カルボキシメチルセルロースナトリウムを含む溶液中のBDNFでの局所処置は、網膜内BDNFレベルを上昇させるのに最も有効性の低いことが判明した。
【0083】
2.2 例−TSP中のBDNFを用いた眼の局所処置後の異なる時間における、網膜、硝子体液および視神経におけるBDNFレベルの測定
単回局所適用後に、網膜、硝子体液および視神経においてBDNFが高く維持される範囲を調べた。この試験は、網膜、視神経および硝子体液へのBDNFの強膜を横切る通過を促進するのに最も有効であると判明した、TSPを含有する担体を用いて行った。次いで、TSPを使用して、眼の局所処置後の網膜、硝子体液および視神経におけるBDNFレベルの動態を試験した。各試験群においてN=5の眼を処置した。BDNFを含有するTSPの0.25%溶液(150μgのBDNFを含有する10μlの溶液)の適用後に異なる時間間隔で網膜、視神経および硝子体液中のBDNF濃度を測定した。対照眼は、0.25%TSPを含有する担体溶液のみで処置した。この実験は、単回局所適用後のBDNFレベルの時間傾向を確認するために行った。このチャートは、適用の6、12および24時間後の網膜、視神経および硝子体液中の平均BDNF値(y軸;pg/ml)を示している。図5は、網膜内のBDNFレベルが、統計的に高く維持され、12〜24時間においてベースラインレベルに戻ることを示している。この統計解析は、Studentのt検定で行った。A*では、対照眼と比較してp<0.01。この実験の結果は、特にTSPをベースとする人工涙液で運ばれるBDNFでの長期処置において、網膜内で高いBDNFレベルを維持するのには、12時間毎に1回の局所適用で十分であることを示唆している。
【0084】
2.3 例−BDNFをベースとする製剤の局所適用の神経保護効果
結膜嚢内の局所適用による処置後のBDNFの神経保護効果を確認するために、動物モデルにおいて、光損傷によって網膜変性症が誘発される試験的モデルを使用した。このモデルは、強い光源に対する長期曝露によって誘発される網膜光受容体の変性を研究するために広く使用されている(La Vailら、1987;Rexら、2003)。光受容体の死は、アポトーシスによって生じ、また、視色素ロドプシンによる光子の過度の吸収によって引き起こされ、最終的に色素沈着した上皮細胞に関与する、色素再生サイクルの変化を導く。試験した実験動物モデルは、光に対するその光受容体の顕著な感受性を考慮して、アルビノラット(Suraceら、2005)であった。使用した実験プロトコルは、最初にLaVailのグループによって提案されたもの(LaVailら、1987)から変更(Rexら、2003)および拡張した。
【0085】
BDNFをベースとする以下の製剤を使用した:
a)0.25%TSP溶液中のBDNF(150μgのBDNFを含有する10μlの溶液)
b)生理食塩水溶液(0.9%NaCl)中のBDNF(150μgのBDNFを含有する10μlの溶液)
c)カルボキシメチルセルロースナトリウムの0.2%溶液中のBDNF(150μgのBDNFを含有する10μlの溶液)。
【0086】
ラットの眼を前記製剤で処置し、それらのラットに光損傷を受けさせた。対照眼は、担体溶液のみで処置した。各試験群においてN=4の眼を処置した。特に、6時間の処置後(BDNFで処置した眼および担体溶液のみで処置した対照眼)、これらのラットに、光に対する長期曝露を48時間受けさせた(動物光損傷モデル、光源強度1000lux)。光に対するこの長期曝露は、アルビノラットの網膜内の多数の光受容体の変性を誘発する。BDNFによって行われる神経保護は、光受容体の残存を評価するように設計された形態学的方法によって、および光に対する網膜応答を記録すること(フラッシュ網膜電図[ERG]、これは、網膜障害を患う患者における外側の網膜の機能的状態を評価するのに広く使用される)による機能的方法によって検証した。ラットでは、明順応条件下でERG応答の基礎を形成している錐体の数が少ないこと、およびアルビノラットでは、明順応条件におけるERGの振幅が減少していることを考慮して、ラットの網膜を主に構成している桿体の応答を表すフラッシュERGのみを暗順応適応条件下で記録した。この(暗順応の)フラッシュERGを、光損傷期間の終了の7日後に記録した。
【0087】
−製剤a)
図6は、暗順応適応条件下での輝度によるフラッシュERGのb波の振幅を示している。図6中のチャートで明らかに示されるように、局所的に適用されたTSP中のBDNFは、フラッシュへの網膜応答(フラッシュERG)に対する光損傷の影響を有意に低減する。実際に、BDNFで処置した眼の振幅(μVで表される平均振幅値)は、対照眼のものを有意に超える(*、p<0.05(一元配置ANOVA))。
【0088】
−製剤b)
図8は、暗順応適応条件下での輝度によるb波の振幅を示している。これらの結果は、生理食塩水溶液中のBDNFも、光損傷によって誘発される、光に対する網膜応答(フラッシュERG)の変化を低減できることを示している。BDNFで処置したラットの光損傷を受けた眼におけるb波の振幅は、対照眼について記録されたものを超える。生理食塩水中のBDNFで処置した眼の振幅(μVで表される平均振幅値)は、対照眼のものを有意に超える(*、p<0.05(一元配置ANOVA))。
【0089】
−製剤c)
図10は、暗順応の条件下での輝度によるb波の振幅を示している。この図より、カルボキシメチルセルロースナトリウムを含む溶液中のBDNFで処置した眼の振幅(μVで表される平均振幅値)は、最も高い輝度値でのみ対照眼のものを有意に超える(*、p<0.05(一元配置ANOVA))ことが示される。結論として、光に対する網膜応答の機能的回復の観点から、カルボキシメチルセルロースナトリウムは、光に対する網膜応答の障害の予防において、TSPおよび生理食塩水溶液よりも有効性が低いことが判明した。
【0090】
続いて、網膜の光受容体の変性に対する、前記BDNFをベースとする製剤での局所処置の効果を、フラッシュERGを記録した眼の網膜において評価した。
【0091】
光受容体変性に対する、BDNFでの局所処置の効果を、光損傷後に残存した光受容体の列数を計測することおよび光受容細胞体を含む網膜の外顆粒層(ONL)の厚さを測定することによって定量した。これらの測定を行うために、光受容体核をヨウ化プロピジウムで標識した。
【0092】
−製剤a)
図7に、得られた結果を示している。図7Aは、(0.25%TSP中の)BDNFで処置した眼および対照眼の網膜断面を示している。これらの測定を行うために、光受容体核をヨウ化プロピジウムで標識した。使用する方法(光受容細胞体の列数(図7B)または外顆粒層(ONL)の厚さ(図7C)の計測)にかかわらず、中心部および周辺部の網膜に存在する光受容体は、BDNFで処置した眼において、担体で処置した眼(対照)よりも有意に(Studentのt検定*、p<0.001)多い。
【0093】
その後、TSP中のBDNFは、結膜嚢内に局所的に適用されたときに、網膜を光損傷から保護することも実証された。
【0094】
−製剤b)
図9(A)は、(生理食塩水溶液、0.9%NaCl中の)BDNFで処置した右眼および生理食塩水溶液のみで処置した左(対照)眼の網膜断面を示している。光受容体変性に対する、BDNFでの局所処置の効果を、光損傷後に残存した光受容体の細胞体の列数を計測すること(図9B)または光受容細胞体を含む網膜の外顆粒層(ONL)の厚さを測定すること(図9C)によって定量した。処置した眼の網膜と対照眼の網膜との間の差(光受容体の列数またはONLの厚さの計数)は、中心部および周辺部の網膜の双方において有意であることが判明した(Studentのt検定*、p<0.001)。
【0095】
生理食塩水中のBDNFでの局所処置は、眼において光損傷後に残存する光受容体の数を対照眼と比較して増加させる。
【0096】
−製剤c)
最後に、光受容体変性に対する、BDNF(カルボキシメチルセルロースナトリウムを含む溶液中の)での局所処置の効果を、光損傷後に残存した光受容体の細胞体の列数(図11B)および光受容細胞体を含む網膜の外顆粒層(Outer Nuclear retina)(ONL)の厚さ(図11C)を測定することによって定量した。
【0097】
得られた結果を考慮して、光損傷後の光受容体変性の機能的回復および予防の観点から、TSP中および生理食塩水溶液中のBDNFでの局所処置は、光損傷に対して神経保護効果を及ぼすが、カルボキシメチルセルロースナトリウムを含む溶液中のBDNFでの処置は、同一のBDNF濃度での有効性がより低いと結論づけることができる。
【0098】
BDNFでの処置は、網膜における機能的変化を誘発せず、視覚刺激物質に対するその応答が損なわれることも実証された。
【0099】
2.4 例。試験的緑内障モデルにおいてBDNFの反復局所適用によって誘発される神経保護効果
緑内障は、多様な原因を有する網膜の変性性障害であり、様々な型がある(これは、年齢に基づいて、先天性緑内障、小児緑内障、若年緑内障または成人緑内障として;また、疾病原因に基づいて原発性緑内障:原発性開放隅角緑内障または原発性閉塞隅角緑内障;および、医原性緑内障を含む、他の障害によって誘発される続発性緑内障として、分類される)。最も一般的な形態の緑内障、すなわち、原発性開放隅角緑内障(POAG)は、眼圧上昇を特徴とする。眼圧上昇により、視神経の萎縮に関連した神経節細胞の機能障害およびその後の変性が引き起こされ、症状は緩やかな視力の喪失であり、失明に至る。上昇した眼圧(IOP)が、篩板内の視神経線維に機械的な障害ならびに視神経乳頭および網膜内層の虚血性変化を誘発するというのが一般的な仮説であるが、視神経の萎縮と共に神経節細胞の機能障害および変性を引き起こす機序は、まだ完全には明らかになっていない。近年、薬理学的治療は、IOPを低減することを目的としてきたが、かなりの数の患者が現在の薬理学的治療に対して抵抗性であり、視覚機能の進行性の不可逆的喪失に苦しんでいる。現在、視覚能力低下の予防および正常視力の回復を目的として網膜神経節細胞および視神経線維の神経保護を達成するように設計された薬剤はない。本特許において、本発明者らは、進行性の機能障害とそれに続く神経節細胞の変性および死に対抗するように安定な方法で網膜内BDNFレベルを上昇させるための、結膜嚢におけるBDNFによる局所治療の使用を提案する。この提案は、TrkBと称するBDNF受容体が神経節細胞内で発現されるという実証(Jelsmaら、1993)に部分的に基づいている。本発明者らは、仮説を検証するために、突発性緑内障の最も一般的な実験モデルである、DBA/2Jと称される二重変異マウス(Johnら、1998;Changら、1999)を使用した。DBA/2Jマウスは、2つの別個の遺伝子のホモ接合性変異を示す。1つ目は、メラノソームタンパク質をコードするチロシン関連タンパク質(Tyrp1−/−)であり、2つ目は、膜糖タンパク質(Gpnmb−/−)である。このマウスは、構造化された視覚刺激に対する網膜応答の進行性の喪失を伴う進行性の眼圧上昇を特徴とし、これは、内側の網膜/神経節細胞に依存している。ヒトおよび動物モデルにおいて、この網膜応答は、パターン網膜電図(P−ERG)と称される(Domeniciら、1991;VenturaおよびPorciatti、2006;Falsiniら、2008)。神経節細胞の機能障害に続いて、視神経線維の進行性の萎縮を伴う前記細胞の変性が起こる(Venturaら、2006)。図12に示されるように、このマウス緑内障モデル(DBA/2J)において、IOPは出生5カ月後に上昇し始める。6.5カ月で、DBA/2Jマウス(N=10)におけるIOPは、すでに、正常マウス(C57bl/6J;N=5)および月齢5カ月のDBA/2Jマウス(N=9)において測定されたものよりも有意に高いと思われる(t検定;*p<0.05)。図13中のチャートは、構造化された視覚刺激(刺激として使用した視覚的パターンは、空間周波数=0.2C/degおよび90%コントラストでの輝度のプロファイルであった)に対する内網膜/神経節細胞の応答の振幅(P−ERG)を、増幅器およびオンライン分析用のコンピュータに連結された角膜電極で記録されたものを示している。図13に示しているように、このP−ERGは、月齢7カ月のDBA/2Jマウス(CTRL、N=4)においてすでに変化している(P−ERG振幅における有意な減少;Studentのt検定、*p<0.05)。月齢6.5カ月から、すなわち、IOPが安定に上昇したときから(図12)、一方の眼にはTSP中のBDNF(48時間毎に1回の処置)および他方(対照眼)には担体の2週間の反復局所適用処置を行った。3つの異なるBDNF濃度:1、5および15μg/μlを使用した(1群N=4のDBA/2Jマウス)。ヒストグラムに示されるように、DBA/2Jマウスにおいて、15μg/μlの濃度のBDNF(0.25%TSPを含有する10μlの溶液中150μg、眼科用製剤a)での局所処置は、P−ERGの変化を予防した(処置した眼のデータを対照眼と比較されたい;Studentのt検定、*p<0.05)が、1および5μg/μlの濃度では予防しなかった。P−ERGの変化が、免疫組織化学的方法で標識した神経節細胞の変化と対応するかどうかを確認するために、本発明者らは、神経節細胞において発現される転写因子、Brn3bを使用した。この因子に関する変異体マウス(Brn3b−/−)は、神経節細胞の変化を伴う(Badeaら、2009)。図14Aは、神経節細胞を蛍光抗体で緑に標識して、共焦点顕微鏡法によって解析した、網膜標本の拡大を示している。DBA/2Jマウスの眼において、標識神経節細胞の数は、中心部および周辺部の網膜の双方で、明らかにより少ない。図14Bは、密度(細胞個数/mm2)の観点からの、標識された細胞の定量を示している。TSP中の15μg/μlの濃度のBDNFでの2週間の処置は、担体溶液のみで処置した対照眼と比較して、Brn3bで標識される細胞の減少を防止した(Studentのt検定、*p<0.05)。
【0100】
報告したデータから、BDNFでの反復局所処置は、神経節細胞の機能的変化を予防し、実験緑内障モデルにおいて網膜の視覚能力を回復させるという結論が導かれる。神経節細胞の機能に対する保護効果を発揮できるBDNFの最小有効濃度は、15μg/μlである。
【0101】
参考文献一覧
【0102】
【表1−1】
【0103】
【表1−2】
【0104】
【表1−3】
【0105】
【表1−4】
【0106】
【表1−5】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
脳由来神経栄養因子(BDNF)を少なくとも15μg/μlの濃度で含む、点眼剤の形態の眼科用製剤。
【請求項2】
BDNFが15から200μg/μlまでの範囲である、請求項1に記載の眼科用製剤。
【請求項3】
薬学的に許容される担体として生理食塩水溶液をさらに含む、請求項1または2に記載の眼科用製剤。
【請求項4】
生理食塩水が0.9%の塩化ナトリウムをさらに含有する、請求項1から3のいずれか一項に記載の眼科用製剤。
【請求項5】
薬学的に許容されるさらなる担体として、粘性化された溶液をさらに含む、請求項1から4のいずれか一項に記載の眼科用製剤。
【請求項6】
粘性化された溶液が、タマリンド種子から抽出された多糖類(TSP)を含む溶液である、請求項5に記載の眼科用製剤。
【請求項7】
TSP濃度が0.05から2%w/vの範囲である、請求項6に記載の眼科用製剤。
【請求項8】
ヒアルロン酸をさらに含む、請求項1から7のいずれか一項に記載の眼科用製剤。
【請求項9】
粘性化された溶液が、TSPおよびヒアルロン酸を含む、請求項5から8のいずれか一項に記載の眼科用製剤。
【請求項10】
網膜、視神経および外側膝状体の神経変性疾患の予防および/または治療に使用するための、BDNFを含む点眼剤の形態の眼科用製剤。
【請求項11】
網膜色素変性症の予防および/または治療に使用するための、請求項10に記載の眼科用製剤。
【請求項12】
慢性単性緑内障の予防および/または治療に使用するための、請求項10に記載の眼科用製剤。
【請求項1】
脳由来神経栄養因子(BDNF)を少なくとも15μg/μlの濃度で含む、点眼剤の形態の眼科用製剤。
【請求項2】
BDNFが15から200μg/μlまでの範囲である、請求項1に記載の眼科用製剤。
【請求項3】
薬学的に許容される担体として生理食塩水溶液をさらに含む、請求項1または2に記載の眼科用製剤。
【請求項4】
生理食塩水が0.9%の塩化ナトリウムをさらに含有する、請求項1から3のいずれか一項に記載の眼科用製剤。
【請求項5】
薬学的に許容されるさらなる担体として、粘性化された溶液をさらに含む、請求項1から4のいずれか一項に記載の眼科用製剤。
【請求項6】
粘性化された溶液が、タマリンド種子から抽出された多糖類(TSP)を含む溶液である、請求項5に記載の眼科用製剤。
【請求項7】
TSP濃度が0.05から2%w/vの範囲である、請求項6に記載の眼科用製剤。
【請求項8】
ヒアルロン酸をさらに含む、請求項1から7のいずれか一項に記載の眼科用製剤。
【請求項9】
粘性化された溶液が、TSPおよびヒアルロン酸を含む、請求項5から8のいずれか一項に記載の眼科用製剤。
【請求項10】
網膜、視神経および外側膝状体の神経変性疾患の予防および/または治療に使用するための、BDNFを含む点眼剤の形態の眼科用製剤。
【請求項11】
網膜色素変性症の予防および/または治療に使用するための、請求項10に記載の眼科用製剤。
【請求項12】
慢性単性緑内障の予防および/または治療に使用するための、請求項10に記載の眼科用製剤。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図8】
【図10】
【図12】
【図13】
【図7】
【図9】
【図11】
【図14】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図8】
【図10】
【図12】
【図13】
【図7】
【図9】
【図11】
【図14】
【公表番号】特表2013−510844(P2013−510844A)
【公表日】平成25年3月28日(2013.3.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−538434(P2012−538434)
【出願日】平成22年11月12日(2010.11.12)
【国際出願番号】PCT/IB2010/003220
【国際公開番号】WO2011/058449
【国際公開日】平成23年5月19日(2011.5.19)
【出願人】(512127279)エイチエムエフアールエイ ハンガリー リミテッド ライアビリティー カンパニー (1)
【氏名又は名称原語表記】HMFRA HUNGARY LIMITED LIABILITY COMPANY
【Fターム(参考)】
【公表日】平成25年3月28日(2013.3.28)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年11月12日(2010.11.12)
【国際出願番号】PCT/IB2010/003220
【国際公開番号】WO2011/058449
【国際公開日】平成23年5月19日(2011.5.19)
【出願人】(512127279)エイチエムエフアールエイ ハンガリー リミテッド ライアビリティー カンパニー (1)
【氏名又は名称原語表記】HMFRA HUNGARY LIMITED LIABILITY COMPANY
【Fターム(参考)】
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