説明

C3−C4アルコール耐性真核細胞

【課題】C3−C4アルコールを生産するのに適した真核細胞を提供する。
【解決手段】チオレドキシンを高発現させることで、C3−C4アルコール耐性が増強された真核細胞を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭素数が3〜4のアルコールに耐性を有するC3−C4アルコール耐性真核細胞、その作製方法及びその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
微生物を利用して発酵を行い、有用物質を生産する方法は、食品業界及び化学業界において多大な実績をあげている。なかでも、酵母(Saccharomyces cerevisiae)や麹菌などの真核細胞は、パン、アルコール飲料、工業用エタノール、乳酸の生産など、その用途は広く、種々の研究がなされている。近年、有限である石油資源を代替するべく、循環利用可能なエネルギー源から燃料及び工業用原料としてより有用なブタノールやイソプロパノールなどのC3−C4アルコールの生産技術が注目されている。
【0003】
既に、大腸菌によるC3−C4アルコールの生産が報告されている(非特許文献1)。また、コリネ型細菌によるイソプロパノールの生産技術も報告されている(非特許文献2)。一方、Saccharomyces属などの酵母においても、C3−C4アルコールを生産することが知られている(特許文献1、2)。
【0004】
【特許文献1】特開平11−235178号公報
【特許文献2】特表2007−533301号公報
【非特許文献1】Liaoら、Nature、Vol. 451, p86-89
【非特許文献2】Yukawaら、Appl. Microbaiol. Biothecnol. Vol. 77, p1219-1224, 2008
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記大腸菌やコリネバクテリウムなどのバクテリアは、扱いやすく代謝工学的にも有利である反面、代謝産物の高濃度生産が困難である問題がある。したがって、高濃度にC3−C4アルコールを生産することは困難であった。また、酵母などの真核細胞におけるC3−C4アルコール産生経路は、特殊な経路であり、10ppm〜50ppm程度の量しか得ることができず、C3−C4アルコールを燃料や工業用原料として使用することは実質的に不可能であった。
【0006】
酵母などの真核細胞は、バクテリアに比較して、一般に、各種ストレスに耐性能が高いと考えられている。したがって、真核細胞を遺伝子工学的に改変するなどしてC3−C4アルコールの高濃度生産が可能になれば、発酵によりC3−C4アルコールを効率よく得ることができると考えられる。
【0007】
しかしながら、本発明者らによれば、酵母はストレス耐性であるにも関わらずC3−C4アルコールに対しては耐性が低いことが判明した。すなわち、酵母などの真核細胞を利用して実用的なレベルでC3−C4アルコールを生産するには、真核細胞に対してC3−C4アルコールに対する耐性能を付与して、C3−C4アルコールの存在下での増殖能や発酵能を高める必要があることがわかった。
【0008】
そこで、本発明は、C3−C4アルコールを生産するのに適した真核細胞、その作製方法及びその利用を提供することを一つの目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、チオレドキシンに着目した。チオレドキシンは、抗酸化ストレスに応答するタンパク質として知られている。本発明者らは、チオレドキシンの発現量を増大させることで発現させることにより、その真核細胞のC3−C4アルコールに対する耐性能を増強できることを見出し、本発明を完成した。本発明によれば以下の手段が提供される。
【0010】
本発明によれば、チオレドキシンを高発現する、C3−C4アルコール耐性が増強された真核細胞が提供される。
【0011】
本発明によれば、チオレドキシンをコードする以下のいずれかのDNAを発現可能に保持する、C3−C4アルコール耐性が増強された真核細胞も提供される。
(1)配列番号1又は3で表される塩基配列からなるDNA
(2)配列番号1又は3で表される塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件でハイブリダイゼズし、かつ、チオレドキシン活性を有するタンパク質をコードするDNA
(3)配列番号1又は3で表される塩基配列と70%以上の同一性を有し、かつチオレドキシン活性を有するタンパク質をコードするDNA
(4)配列番号2又は4で表されるアミノ酸配列をコードするDNA
(5)配列番号2又は4で表されるアミノ酸配列と50%以上の同一性を有し、かつ、チオレドキシン活性を有するタンパク質をコードするDNA
(6)配列番号2又は4で表されるアミノ酸配列において1又は数個以上のアミノ酸変異を有し、かつ、チオレドキシン活性を有するタンパク質をコードするDNA
【0012】
さらに、前記C3−C4アルコールは、1−ブタノール、2-メチル-1-プロパノール及び2−プロパノールから選択される1種又は2種以上である前記真核細胞も提供される。前記真核細胞は酵母であってもよく、サッカロマイセス属酵母であってもよく、さらには、サッカロマイセス・セレビジエであってもよい。また、C3−C4アルコール生産用遺伝子組換え体の宿主用である、前記細胞も提供される。
【0013】
本発明によれば、上記(1)〜(6)のいずれかに記載のDNAを含む、C3−C4アルコール耐性が増強された真核細胞作製用の遺伝子組換え用DNA構築物が提供される。
【0014】
本発明によれば、上記(1)〜(6)のいずれかに記載のDNAを導入することを含む、C3−C4アルコール耐性が増強された真核細胞の作製方法が提供される。
【0015】
本発明によれば、C3−C4アルコール生産のための真核細胞のスクリーニング方法であって、C3−C4アルコールの生産に関与する遺伝子改変又は培養条件を付与した前記真核細胞を培養する工程と、前記工程におけるC3−C4アルコールの生産又はその生産量を検出する工程、
を備える、スクリーニング方法が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明は、C3−C4アルコール耐性を有する、真核細胞、その作製方法及びその利用に関している。本発明の真核細胞は、チオレドキシンを高発現することにより、又は特定のチオレドキシンが発現されることにより、C3−C4アルコール耐性を有するようになる。したがって、C3−C4アルコールが、例えば、1wt/vol%以上、好ましくは2wt/vol%以上のレベルで存在していても、増殖能及び各種有用物質の産生(発酵)能を維持することができるようになる。チオレドキシンは、広く生物に存在するユビキタスタンパク質であり、その酸化還元活性に基づきタンパク質の活性や機能、性質を調節する機能を担っていると考えられる。しかしながら、エタノール耐性の発現に、チオレドキシンが関与することは全く知られていないし、ましてやC3−C4アルコール耐性の発現とチオレドキシンとの関係も全く検討されていない。以下、本発明の各種実施携帯
【0017】
(C3−C4アルコール耐性が増強された真核細胞)
本発明において真核細胞とは、特に限定しないが、動物細胞、植物細胞、真菌等が挙げられる。なかでも、C3−C4アルコールの生産を考慮すると、麹菌や酵母が挙げられる。麹菌としては、Aspergillus 属に属する菌が挙げられる。例えば、Aspergillus orizae、Aspergillus aculeatus、Aspergillus kawachii、Aspergillus awamori、Aspergillus saitoi、Aspergillus soya、Aspergillus nigar、Aspergillus tamari等が挙げられる。他に、Monascus anka、Monascus purpureus等のMonascus属に属する菌が挙げられる。さらに、Rhizopus oligosporus、Rhizopus javanicusなどのRhizopus属に属する菌やMucor rouxii等のMucor属に属する菌が挙げられる。
【0018】
酵母としては、Saccharomyces属、Candida属、Torulopsis属、Zygosaccharomyces属、Schizosaccharomyces属、Pichia属、Yarrowia属、Hansenula属、Kluyveromyces属、Debaryomyces属、Geotrichum属、Wickerhamia属、Fellomyces属、Sporobolomyces属等が挙げられる。工業的利用を考慮すると、Saccharomyces属、Candida属、Torulopsis属、Zygosaccharomyces属、Schizosaccharomyces属、Pichia属、Kluyveromyces属が好ましく、より好ましくは、Saccharomyces属である。より好ましくは、サッカロマイセス・セレビジエである。
【0019】
本明細書においてC3−C4アルコールとは、炭素数が3以上4以下のアルキル基を備えるアルコールを意味する。また、C3−C4アルコールは、第1級、第2級及び第3級アルコールのいずれであってもよく、1価、2価及び3価のアルコールのいずれであってもよい。典型的には1価のアルコールである。アルコールによる増殖・発酵阻害は、水酸基(OH)が細胞膜の流動性や機能維持を妨害することであると考えられる。チオレドキシンの発現により、1価のアルコールに対する耐性の向上が認められていることから、同様に水酸基が原因となる2価、3価アルコールによる増殖・発酵阻害も同様にチオレドキシンの発現により耐性の向上が認められる。C3−C4アルコールとしては、具体的には、1−プロパノール、2−プロパノール、1−ブタノール、2−ブタノール、2−メチル−1−プロパノール、2−メチル−2−プロパノール等が挙げられる。なかでも、1−プロパノール、2−プロパノール、1−ブタノール、2−ブタノール、2-メチル−2−プロパノールに対して耐性が発揮されることが好ましい。より好ましくは、1−ブタノール、2-メチル-1-プロパノール及び2−プロパノールである。
【0020】
真核細胞が耐性を有するのが好ましい培地中のC3−C4アルコール濃度は特に限定しない。C3−C4アルコールの種類にもよるが、2.0wt/vol%以上とすることができ、より好ましくは3.0wt/vol%以上とすることができる。
【0021】
真核細胞では、チオレドキシンが高発現されている。チオレドキシンは、高度に保存されたC−X−Y−Cの活性中心(特にX:Gly、Y:Pro)をもつ、約120kDaの電子伝達タンパク質であり、酵素などの他のタンパク質に存在するジスルフィド結合の酸化還元活性を有する。チオレドキシンとしては、このように定義付けされるものであれば特に限定しないで用いることができる。
【0022】
チオレドキシンは、真核細胞が本来的に有する内在性のものであってもよいし、遺伝子組換え等により発現される外来性のものであってもよい。また、チオレドキシンは、好ましくは真核生物由来のチオレドキシンである。なかでも、植物由来のチオレドキシンが好ましい。植物は、移動が不可能であることが多く、高いストレス耐性が期待できると考えられるからである。植物由来のチオレドキシンとしては、双子葉植物由来であっても単子葉植物由来であってもよい。例えば、アブラナ科シロイヌナズナ属の一年草であるシロイヌナズナ(学名:Arabidopsis thaliana)のTRX−h7(配列番号2、Gene Pept ID; AAO24572, Gene Bank ID; BT003140)やTRX-h8(配列番号4、Gene Pept ID; AAO39898, Gene Bank ID; BT003670)が挙げられる。
【0023】
チオレドキシンとしては、配列番号2又は4で表されるアミノ酸配列と一定以上の類似性及び/又は同一性を有し、かつ配列番号2又は4で表されるアミノ酸配列で表されるタンパク質と同一の活性を有しているものを用いることができる。チオレドキシンとしては、配列番号2又は4で表されるアミノ酸配列と60%以上の類似性があることが好ましく、より好ましくは70%以上であり、さらに好ましくは、80%以上であり、一層好ましくは90%以上であり、さらに一層好ましくは95%以上である。また、チオレドキシンとしては、配列番号2又は4で表されるアミノ酸配列と30%以上の同一性があることが好ましく、より好ましくは40%以上であり、さらに好ましくは50%以上である。さらには、70%以上の同一性があることがより好ましく、さらに好ましくは80%以上であり、一層好ましくは、90%以上であり、さらに一層好ましくは95%以上である。
【0024】
なお、本明細書において同一性及び類似性とは、当該技術で知られているとおり、配列を比較することにより決定される、2以上のタンパク質あるいは2以上のポリヌクレオチドの間の関係である。当該技術で“同一性 ”とは、タンパク質またはポリヌクレオチド配列の間のアラインメントによって、あるいは場合によっては、一続きのそのような配列間のアラインメントによって決定されるような、タンパク質またはポリヌクレオチド配列の間の配列不変性の程度を意味する。また、類似性とは、タンパク質またはポリヌクレオチド配列の間のアラインメントによって、あるいは場合によっては、一続きの部分的な配列間のアラインメントによって決定されるような、タンパク質またはポリヌクレオチド配列の間の相関性の程度を意味する。より具体的には、配列の同一性と保存性(配列中の特定アミノ酸又は配列における物理化学特性を維持する置換)によって決定される。類似性は、後述するBLASTの配列相同性検索結果においてSimilarity と称される。同一性及び類似性を決定する方法は、対比する配列間で最も長くアラインメントするように設計される方法であることが好ましい。同一性及び類似性を決定するための方法は、公衆に利用可能なプログラムとして提供されている。例えば、AltschulらによるBLAST (Basic Local Alignment Search Tool) プログラム(たとえば、Altschul SF, Gish W, Miller W, Myers EW, Lipman DJ., J. Mol. Biol., 215: p403-410 (1990), Altschyl SF, Madden TL, Schaffer AA, Zhang J, Miller W, Lipman DJ., Nucleic Acids Res. 25: p3389-3402 (1997))を利用し決定することができる。BLASTのようなソフトウェアを用いる場合の条件は、特に限定するものではないが、デフォルト値を用いるのが好ましい。
【0025】
このような同一性及び/又は類似性を備えるチオレドキシンは、例えば、配列番号2又は4で表されるアミノ酸の配列をコードするDNA(たとえば、配列番号1又は3で表される塩基配列からなる)に対して、慣用の突然変異誘発法、部位特異的変異法、エラープローンPCRを用いた分子進化的手法等が挙げられる。また、タンパク質のアミノ酸の変異は自然界においても生じうる。本発明において発現が増強されるチオレドキシンは、このようにアミノ酸の欠失、置換、付加により配列番号2又は4で表されるアミノ酸配列が変異したタンパク質であって、配列番号2又は4で表されるチオレドキシンと同一のチオレドキシン活性を有するものであってもよい。なお、変異の数は、好ましくは10まで、より好ましくは5まで、最も好ましくは3までである。
【0026】
アミノ酸置換の例としては、保存的置換が好ましく、具体的には以下のグループ内での置換が挙げられる。(グリシン、アラニン)(バリン、イソロイシン、ロイシン)(アスパラギン酸、グルタミン酸)(アスパラギン、グルタミン)(セリン、トレオニン)(リジン、アルギニン)(フェニルアラニン、チロシン)。
【0027】
また、チオレドキシンとしては、当業者であれば、ストリンジェントな条件下でのハイブリダイゼーション技術などを用いて配列番号2又は4で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNA(たとえば配列番号1又は3で表される塩基配列)またはその一部をもとに、これと同一性の高いDNAを単離して、該DNAから配列番号2又は4で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質と同一のチオレドキシン活性を有するタンパク質を得ることも通常行い得る。
【0028】
ストリンジェントな条件は、当業者であれば、T.Maniatis,J. Sambrookらの実験書(Molecular Cloning, A Laboratory Manual、Cold Spring Harbor Laboratory、1982,1989、2001)等を適宜参照することにより決定することができる。
【0029】
なお配列番号2又は4で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質と同一のチオレドキシン活性とは、例えば、一般的なチオレドキシン活性であり、酸化還元酵素活性によって確認できる。なお、なお同一の活性という場合には、その程度は問わない。好ましくは、配列番号2で表されるアミノ酸配列からタンパク質のチオレドキシン活性の30%以上であり、より好ましくは、50%以上であり、さらに好ましくは、80%以上である。
【0030】
公共に提供される相同性検索プログラムによれば、配列番号2と上記同一性及び類似性を充足するチオレドキシンとしては、シロイヌナズナの他のチオレドキシンであるTRX−h8(配列番号4)、サッカロマイセス・セレビジエのTRX1及びTRX2等が挙げられる。
【0031】
真核細胞は、チオレドキシンをコードするDNAを発現可能に保持している。チオレドキシンをコードするDNAは、チオレドキシンをコードするものであれば特に限定しないが、好ましくは、上記したように、配列番号2又は4で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質のほか、これらと上記した一定の関係を有するタンパク質をコードするDNAが挙げられる。また、チオレドキシンをコードするDNAとしては、配列番号1又は3で表される塩基配列からなるDNAのほか、これらの塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件でハイブリダイゼズし、かつ、チオレドキシン活性を有するタンパク質をコードするDNA及び塩基配列1又は3で表される塩基配列に対して好ましくは、70%以上、より好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上の同一性を有し、かつチオレドキシン活性を有するタンパク質をコードするDNAが挙げられる。なお、こうした塩基配列には、塩基配列の少なくとも他のヌクレオチドに置換されて遺伝暗号の縮重に基づく塩基置換を含んでいてもよい。このようなヌクレオチド置換されたDNAは公知の方法により得ることができる。
【0032】
真核細胞は、好ましくは、チオレドキシンを高発現する。すなわち、チオレドキシンをコードするDNAを高発現可能に保持している。かかる真核細胞におけるチオレドキシンをコードするDNAの保持形態には、各種形態が挙げられる。例えば、内在性チオレドキシンの発現を増強するには、強力な誘導的プロモーターや構成的プロモーターの制御下に内在性チオレドキシンをコードするDNAを連結する構成を遺伝子組換えにより真核細胞に保持されていることが好ましい。また、適当なプロモーターの制御下に内在性チオレドキシンをコードするDNAを連結する構成のDNA断片の複数コピーが遺伝子組換えにより真核細胞に保持されていてもよい。このような構成のDNA断片を複数コピーが導入されて保持されていてもよい。また、外来性のチオレドキシンを真核細胞内で発現させることにより、チオレドキシンの発現を増強する場合には、適当なプロモーター、好ましくは、強力な誘導的又は構成的プロモーターの制御下に外来性のチオレドキシンをコードするDNAを連結した構成が遺伝子組換えにより真核細胞に保持されていることが好ましい。真核細胞は、遺伝子組換えにより内在性チオレドキシンと外来性チオレドキシンとの双方の発現が増強されていてもよい。このようなDNA断片は、相同組換え技術により真核細胞の染色体上に組み込まれていてもよいし、プラスミド等の染色体外DNAとして保持されていてもよいし、これらの双方であってもよい。かかる遺伝子組換えは、例えば、T.Maniatis,J. Sambrookらの実験書(Molecular Cloning, A Laboratory Manual、Cold Spring Harbor Laboratory、1982,1989、2001)等を適宜参照することにより当業者であれば実施することができる。また、細胞の種類に応じて適切なプロモーターも適宜選択される。例えば、酵母においては、3−ホスホグリセレートキナーゼ、グリセルアルデヒド−3−ホスフェートデヒドロゲナーゼ、アルコールデヒドロゲナーゼ等が挙げられる。
【0033】
例えば、このような真核細胞としては、チオレドキシンとして上記したシロイヌナズナTRX−h7又はTRX−h8若しくはこれらと一定以上の同一性及び/又は類似性を有するアミノ酸酸配列からなるタンパク質をコードするDNA等を適当なプロモーターの制御下に連結されたDNA構築物を染色体外あるいは染色体外に導入し保持させた酵母、典型的にはサッカロマイセス・セレビジエ等のサッカロマイセス属酵母が挙げられる。
【0034】
このような真核細胞は、実施例において示すように、培地中のC3−C4アルコールに対して耐性能を有し、C3−C4アルコールの存在下において、チオレドキシンの発現量が増大されているかあるいは特定のチオレドキシンが発現されていない場合に比較して増殖能が向上されている。すなわち、C3−C4アルコールの存在下における比増殖速度の低下が抑制されている。こうした真核細胞を、C3−C4アルコールを産生する真核細胞の遺伝子組換え体の宿主として用いることができる。かかるC3−C4アルコール耐性能を獲得した真核細胞は、C3−C4アルコール存在下であっても、増殖能の低下が抑制され、自身の産物であるC3−C4アルコールによる増殖能の低下が抑制され、従来よりも高濃度に培地中にC3−C4アルコールを生産させることができるようになる。
【0035】
(遺伝子組換え用DNA構築物)
本発明によれば、チオレドキシンをコードするDNAを含む、C3−C4アルコール耐性が増強された真核細胞作製用の遺伝子組換え用DNA構築物が提供される。DNA構築物は、上記した本発明で用いるチオレドキシンをコードするDNAであればよい。
【0036】
チオレドキシンをコードするDNAは、上記したように、配列番号1又は3で表される塩基配列からなるDNAほか、当該DNAとストリンジェントな条件でハイブリダイゼズし、かつ、チオレドキシン活性を有するタンパク質をコードするDNA、当該DNAと一定以上の同一性を有し、かつチオレドキシン活性を有するタンパク質をコードするDNA、配列番号2又は4で表されるアミノ酸配列をコードするDNA、当該アミノ酸配列と50%以上の同一性を有し、かつ、チオレドキシン活性を有するタンパク質をコードするDNA、当該アミノ酸配列において1又は数個以上のアミノ酸変異を有し、かつ、チオレドキシン活性を有するタンパク質をコードするDNAが挙げられる。
【0037】
なお、DNAは、cDNAのほか、ゲノムDNA、化学合成DNAも含まれる。遺伝暗号の縮重に従い、遺伝子から生産されるタンパク質のアミノ酸配列を変えることなく所定のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするヌクレオチド配列の少なくとも1つのヌクレオチドを他の種類のヌクレオチドに置換することができる。従って、本発明のDNAはまた、遺伝暗号の縮重に基づく置換によって変換されたヌクレオチド配列も含有する。このようなDNAは、公知の方法により合成することができる。
【0038】
DNA構築物は、チオレドキシンの発現を目的とした組換えベクターとして各種形態を採ることができる。組換えベクターは、例えば、チオレドキシンをコードするDNAを含む断片を適当な発現ベクター中のプロモーターの下流に連結することにより製造することができる。用いる発現ベクターは、酵母由来、真菌由来、昆虫ウイルス由来、脊椎動物ウイルス由来のいずれのベクターでも良いが、宿主として使用する真核細胞に適したものを選択する。
【0039】
微生物を宿主として使用する場合、これら微生物に適したプラスミドベクターが組み換え体DNAの複製可能な発現ベクターとして一般に用いられる。
【0040】
たとえば、酵母で本発明のDNAを発現させるためには、複製可能なベクターとして、たとえばYEp24を用いることができる。プラスミドYEp24はURA3遺伝子を含有しており、このURA3遺伝子をマーカー遺伝子として利用することができる。酵母細胞用の発現ベクターのプロモーターの例としては、3−ホスホグリセレートキナーゼ、グリセルアルデヒド−3−ホスフェートデヒドロゲナーゼ、アルコールデヒドロゲナーゼなどの遺伝子のプロモーター等が挙げられる。
【0041】
また、真菌で本発明のDNAを発現するための発現ベクターに用いられるプロモーター及びターミナーターの例としては、ホスホグリセレートキナーゼ(PGK)、グリセルアルデヒド−3−ホスフェートデヒドロゲナーゼ(GAPD)、アクチン等の遺伝子プロモーター及びターミネーターが挙げられる。適した発現ベクターの例としては、プラスミドpPGACY2、pBSFAHY83等が挙げられる。
【0042】
なお、組換えベクターの作製、組換え体宿主としての酵母等の取り扱いに必要な一般的な操作は、当業者間で通常行われているものであり、たとえば、T.Maniatis,J. Sambrookらの実験書(Molecular Cloning, A Laboratory Manual、Cold Spring Harbor Laboratory、1982,1989、2001)等を適宜参照することにより当業者であれば実施することができる。
【0043】
(C3−C5アルコール耐性が増強された真核細胞の作製方法)
本発明のアルコール耐性が増強された真核細胞の作製方法に関する。本発明の作製方法は、遺伝子組換え技術を用いて、内在性又は外来性のチオレドキシンをコードするDNAを誘導的又は構成的なプロモーターの制御下に連結して宿主真核細胞に導入することによって、チオレドキシンの発現量を増大させた真核細胞を得る工程を含んでいる。上記のとおり、チオレドキシンをコードするDNAの真核細胞に対する導入形態は特に限定しないで、染色体上であっても染色体外であってもよい。なお、かかるチオレドキシンコードDNAの導入に際しては、上記組換えベクターを、リン酸カルシウム法、DEAE-デキストラン法、カチオン脂質媒介法、エレクトロポレーション法、リポフェクション法等、感染、または他の方法によって行われ得る。このような手法は、上記した実験書等に記載される。
【0044】
(C3−C4アルコール生産に適した真核細胞のスクリーニング方法)
本発明は、また、C3−C4アルコール生産に適した真核細胞のスクリーニング方法に関する。本発明のスクリーニング方法は、C3−C4アルコール耐性が増強された真核細胞に対して、C3−C5アルコール生産に関与する操作、より具体的には、C3−C4アルコール生産の増大に関連する可能性のある遺伝子改変又は培養条件を付与して前記真核細胞を培養する工程と、前記真核細胞によるC3−C4アルコールの生産又はその生産量を検出する工程と、を備えることができる。本発明のスクリーニング方法によれば、遺伝子組換えによりC3−C4アルコールを生産するのに適した真核細胞を得ることができる。ここで、遺伝子改変とは、導入又は破壊する遺伝子の種類、当該遺伝子が連結されるプロモーターの種類、遺伝子の導入形態(染色体上か染色体外か、ターゲティングかランダム導入か、多数導入か単数導入か等)等を含んでいる。
【0045】
3−C4アルコール生産に適した真核細胞としては、アルコール発酵を行う酵母や麹菌が挙げられる。これらの真核微生物は、エタノールのほかに、C3−C4アルコールをエタノールにたいして極微量ではあるが生産しているからである。
【0046】
3−C4アルコール耐性が増強された真核細胞に対してC3−C4アルコール生産に関与する遺伝子に改変を施すには、イソプロパノールに関する上記非特許文献1、2等に記載のクロストリジウム・アセトブチリカム等に由来の酵素群の導入が挙げられる。また、ブタノールに関する文献(Applied Microbiol. Biotechol. 2008/08/03 Jan;77(6):1305-1316)に記載のクロストリジウム・アセトブチリカム等に由来の酵素群の導入が挙げられる。また、例えば、イソブタノールの生産に関して、分岐鎖アミノ酸のアミノ基転移酵素の構造遺伝子の発現量を増大させることなどの遺伝子改変が挙げられる。具体的には、BAT1又はBAT2の構造遺伝子を含む多コピープラスミドによる遺伝子導入が挙げられる(特開平11−235178号公報)。種々の遺伝子改変を行うための遺伝子組換えは、上記した実験書等に記載されている。またC3−C4アルコールを得るための培地に特定のアミノ酸を添加するなどの培養条件を変更することが挙げられる(特表2007−533301号公報)。
【0047】
次に、こうした遺伝子改変を施した前記真核細胞を培養してC3−C4アルコールの生産又はその生産量を検出する。真核細胞を培養するための条件は、C3−C4アルコール生産増大の可能性のある条件として特別に付与する培養条件以外については、細胞の種類に応じて適宜選択することができる。宿主である真核細胞の増殖を維持する炭素、窒素、および必須ミネラルの吸収可能供給源を含む任意の適切な栄養培地中で、遺伝子改変の種類や宿主である真核細胞が備えるC3−C4アルコール耐性の増強に必要なチオレドキシンの産生を生じる遺伝子発現を開始するために必要な条件(例えば、誘導プロモーターを用いる場合の温度、pH、特定化合物の添加等)を備えるようにすることができる。
【0048】
3−C4アルコールの検出は、公知の方法により可能である。例えば、ガスクロストグラフィー及び高速液体クロマトグラフィー等を用いることができる。
【0049】
以下、本発明を、実施例を挙げて具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0050】
(酵母染色体導入用遺伝子組換えベクターの構築)
シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)由来の3種類のチオレドキシン遺伝子(TRX−h7、TRX−h8、PRX2)をサッカロマイセス・セレビジエにて高発現させるための染色体導入用遺伝子組換えベクターを構築した。本実施例にて構築した3種類のベクターをそれぞれpBHPH−HOR7−TRXh7、pBHPH−HOR7−TRXh8及びpBHPH−HOR7−PRX2と命名した(図2、図3〜図5)。以下、本実施例におけるベクター構築工程の詳細を図1〜図5に基づいて説明する。なお、ベクター構築手順はこれに限定されるものではない。ベクター構築における一連の操作は、一般的なDNAサブクローニング法に準じて行い、一連の酵素類はタカラバイオ社の製品を利用した。
【0051】
(プレベクターpBHPH−HOR7Pの作製)
一般的なDNAサブクローニング法に従って、プレベクターpBHPH−HOR7Pを構築した。プレベクター構築のスキームを図1及び図2に示す。最初に、サッカロマイセス・セレビジエのNRBC2260株(独立行政法人製品評価技術機構の登録菌株である。)のゲノムDNAを鋳型にPCR反応を行い、相同組換えに必要なRPB9遺伝子(増幅末端に制限酵素Apa I、Kpn I、サイトを付与した)、RCS1遺伝子(増幅末端に制限酵素SacI、NotIサイトを付与した)を単離した。増幅の際に使用したオリゴヌクレオチドプライマーの塩基配列は以下の通りであった。
【0052】
RPB9−F(配列番号5):ata tat ggg ccc gtg cta aga tca gga ttt ttt cat g
RPB9−R(配列番号6):ata tat ggt acc caa gag cag att cta ggt aga acg
RCS1−F(配列番号7):ata tat gag ctc gac gca ctc cga tgc tgc taa cca c
RCS1−R(配列番号8):ata tat gcg gcc gcc gat ata tgt aat ata ata aga acg
【0053】
PCR反応には、増幅酵素しての増幅断片の正確性が高いとされるKOD plusDNAポリメラーゼ(東洋紡株式会社製)を使用した。調製した酵母NRBC2260株のゲノムDNA0ng、オリゴヌクレオチドプライマー50pmol、10×KOD反応用バッファー5μl、25mM MgSO4 2μl、2mMdNTPmix 5μl、KODplusポリメラーゼ1.0ユニットを加えた合計で50μlの反応溶液をPCR増幅装置Gene Amp PCR System9700(PE Applied Biosystems社製)によってDNA増幅した。PCR増幅装置の反応条件は、96℃2分の熱処理後、96℃で30秒、53℃で30秒、72℃で60秒の3つの温度変化を1サイクルとし、これを25サイクル繰り返し、最後に4℃とした。本反応試料5μlを、1%TBEアガロースゲル(0.5μg/mlのエチジウムブロマイド含有)にて電気泳動し、本ゲルを254nmの紫外線照射(フナコシ社製)によってDNAのバンドを検出し、適切に遺伝子増幅が行われたことを確認した。
【0054】
単離した各遺伝子断片を、各種制限酵素にて処理した。制限酵素反応液の組成は、常法に従った。次に、pBHPH−PTベクター(ハイグロマイシン遺伝子発現型ベクター、図1上段)を制限酵素ApaI、KpnI処理によりRPB断片を導入し(図1中段)、続いて制限酵素SacI、NotIによりRCS1断片を順次導入し、pBHPH−RPB−RCSベクター(図1下段)を構築した。
【0055】
続いて特開2003−379076号公報に開示されるpBTRP−HOR7P−LDHベクターを、制限酵素NotI、SpeIで処理し、得られたHOR7遺伝子プロモーターを含む断片を取得した。本断片を、上記にて構築したpBHPH−RPB−RCSベクター中に連結させ、プレベクタープレベクターpBHPH−HOR7P(図2上段)を構築した。
【0056】
(チオレドキシン遺伝子を導入した最終ベクターの構築)
上記のとおり構築したプレベクターpBHPH−HOR7Pを制限酵素SpeI、BamHI処理した。続いて、TRXh7(Gene Pept ID; AAO24572, Gene Bank ID; BT003140)、TRXh8(Gene Pept ID; AAO39898, Gene Bank ID; BT003670)、PRX2(Gene Pept ID; AAG46826.1, Gene Bank ID; AF332463)の各遺伝子にターミネーターを付与した3種類の遺伝子断片TRXh7−T、TRXh8−T、PRX2−Tを連結し、3種類の最終ベクターpBHPH−HOR7P−TRXh7、pBHPH−HOR7P−TRXh8、及びpBHPH−HOR7P−PRX2を作製した(図2下段)。各最終ベクターの詳細なマップを図3〜5に示す。
【0057】
なお、上記一連のDNA連結反応は、LigaFast Rapid DNA Ligation(プロメガ社製)を用い、詳細は、付属のプロトコールに従った。また、Ligation反応溶液のコンピテント細胞への形質転換には、大腸菌JM109株(東洋紡社製)を使用した。いずれの場合も、抗生物質アンピシリン100μg/mlを含有したLBプレート下でコロニー選抜を行い、各コロニーを用いたコロニーPCRを行うことで、目的のベクターであるかどうかを確認した。なお、エタノール沈殿処理、制限酵素処理等の一連の操作は、既述の実験書(Molecular Cloning, A Laboratory Manual、Cold Spring Harbor Laboratory、1982,1989、2001)に従った。
【実施例2】
【0058】
(チオレドキシン遺伝子発現株の単離)
宿主として、実施例1で用いた酵母NRBC2260株を用いた。この酵母をYPD培養液10mlにて30℃で対数増殖期(OD600nm=0.8)まで培養し、これにFrozen-EZ Yeast Tranforamation IIキット(ZYMO RESEARCH社製)を用いてコンピテントセルを作製した。キット添付のプロトコールに従い、このコンピセントセルに実施例1で作製した3種類の染色体導入型ベクターを制限酵素ApaI、SacIで処理して遺伝子導入した。これらの形質転換試料を洗浄後、100μlの滅菌水に懸濁させてハイグロマイシン選抜培地(最終ハイグロマイシン濃度50μg/ml)に塗沫し、それぞれについて30℃、静置培養下で形質転換体の選抜を行った。
【0059】
得られたそれぞれのコロニーを新たなハイグロマイシン選抜培地で再度単離し、したがって、生育能を安定に保持している株を形質転換株候補とした。次に、これらの候補株をYPD培養液2mで一晩培養し、これにゲノム調製キットGenとるくん酵母用(商標、タカラバイオ株式会社製)を用いてゲノムDNAを調製した。調製した各ゲノムDNAを鋳型にPCR解析を行い、各チオレドキシン遺伝子の有無が確認できたものを形質転換体株とした。
【0060】
得られた各形質転換体を、10%YPD培地にて静置培養し、48時間後の菌体を集菌し、E.N.Z.A RNAキットにてRNAを調製した。調製試料をもとにReverese−Transtript PCR(逆転写PCR)を実施して、6種類の遺伝子組換え酵母について、チオレドキシン遺伝子(TRX−h7、TRX−h8、PRX2)の遺伝子発現を確認した。なお、得られた形質転換体を、それぞれSaccharomyces cerevisiaeOC2−TRX-h7、OC2−TRX-h8及びOC2−TRX-h7株、及びOC2−PRX2株と命名した。
【実施例3】
【0061】
(チオレドキシン遺伝子発現株における1−ブタノール耐性の評価)
実施例1で用いた酵母NRBC2260株と実施例2で作製した各形質転換株における1−ブタノール耐性効果を評価した。
【0062】
各形質転換株を、前培養としてYPD培地5ml、30℃にて一晩培養した。続いて、新なたYPD培養液5mlに、1−ブタノール(和光純薬株式会社製)を最終濃度1.5%(wt/vol)になるように添加し、これにそれぞれの前培養菌株を初期OD値が0.01になるように加えて、30℃、72時間にわたって培養した。培養には、小型振とう培養装置TVS062CA(ADVANTEC社製)を使用し、OD660nmを60分おきに自動測定した。得られた各菌体の増殖曲線から一般的な手法に従って比増殖速度を求めた。各株の比増殖速度の結果を表1に示す。また、各株において、1−ブタノールを添加しない場合の比増殖濃度を100とし、添加により低減した増殖速度の低減割合(比増殖度の保持率)を下記の式に従って算出した。各株の比増殖速度の保持率を図6に示す。
比増殖速度の保持率(%)=添加後の比増殖速度/添加前の比増殖速度×100
【0063】
【表1】

【0064】
表1及び図6に示すように、1−ブタノールを培地に添加することで、酵母の成長が大きく抑制されることがわかった。しかしながら、チオレドキシン遺伝子TRX−h7及びTRX−h8を発現させた組換え酵母では、最終濃度1.5%(wt/vol)の1−ブタノール添加した場合における、比増殖速度の低減割合が低いこと、換言すれば、比増殖速度の保持率が高いことが確認された。このことから、チオレドキシン遺伝子TRX−h7及びTRX−h8は、1−ブタノール耐性の向上に寄与することが明らかとなった。特に、TRX−h7遺伝子は1−ブタノール耐性向上に寄与が大きいことがわかった。一方、チオレドキシン酸化酵素遺伝子PRX2では、比増殖速度の低下抑制効果が認められなかった。このことから、1−ブタノール耐性向上の付与は、全てのチオレドキシン酸化還元酵素遺伝子に共通した現象でないことがわかった。
【実施例4】
【0065】
(TRX−h7遺伝子発現株における1−ブタノール添加濃度の影響)
本実施例では、実施例3の結果から、既述の酵母NRBC2260株とOC2−TRX-h7株における1−ブタノール添加濃度に対する耐性効果を評価した。
【0066】
各菌株を、前培養としてYPD培地5ml、30℃にて一晩培養した。続いて新たなYPD培養液5mlに、1−ブタノールを最終濃度1.5、2.0及び2.5(いずれもwt/vol%)となるように添加して、これにそれぞれの前培養菌株を初期OD値が0.01になるように加え、30℃で72時間〜96時間にわたって培養した。培養には、小型振とう培養装置TVS062CA(ADVANTEC社製)を使用し、OD660nmを60分おきに自動測定した。得られた各菌体の増殖曲線から一般的な手法に従って比増殖速度を求めた。また、各株において、実施例3と同様にして1−ブタノールの添加により低減した増殖速度の低減割合(比増殖度の保持率)を算出した。比増殖速度の結果を表2に示し、各株の比増殖速度の保持率を図7に示す。
【0067】
【表2】

【0068】
表2及び図7に示すように、1−ブタノールの添加濃度が高くなるにつれ、培養の誘導期が長くなる傾向が観察されたが、比増殖速度としては、添加濃度に依存されない結果が得られた。2種類の酵母間での比較では、1−ブタノールを添加することにより、比増殖速度が低下したが、いずれの添加濃度であっても、OC2−TRXh7株の法がより高い比増殖速度保持率を示した。これらの結果から、TRX−h7遺伝子は、1−ブタノール耐性向上に寄与することが確認できた。
【実施例5】
【0069】
(TRX−h7遺伝子発現株におけるイソブタノール(2-メチル-1-プロパノール)及びイソプロパノール(2−プロパノール)への耐性の評価
本実施例では、TRX−h7遺伝子を導入することにより、1−ブタノールだけでなく他の高級アルコールに対する耐性向上に寄与するかどうかを調べるため、イソブタノール及びイソプロパノールについても検討した。
【0070】
実施例3と同様に、酵母NRBC2260株と、OC2−TRXh7株を、前培養としてYPD培地5ml、30℃にて一晩培養した。続いて新たなYPD培養液5mlに、イソブタノールを最終濃度2.5及び4.0(いずれもwt/vol%)及びイソプロパノールを最終濃度7.0及び8.0(いずれもwt/vol%)となるように添加して、これにそれぞれの前培養菌株を初期OD値が0.01になるように加え、30℃で72時間〜96時間にわたって培養した。培養には、小型振とう培養装置TVS062CA(ADVANTEC社製)を使用し、OD660nmを60分おきに自動測定した。得られた各菌体の増殖曲線から一般的な手法に従って比増殖速度を求めた。また、各株において、実施例3と同様にして各アルコールの添加により低減した増殖速度の低減割合(比増殖度の保持率)を算出した。各株の比増殖速度の結果を表3に示し、各株の比増殖速度の保持率を図8に示す。
【0071】
【表3】

【0072】
表3及び図8に示すように、TRX−h7遺伝子を導入することにより、イソブタノール及びイソプロパノールともに20%以上の耐性保持率の向上が認められた。また、添加濃度が高くなるにつれ、OC2株及びOC2−TRXh7株、いずれも増殖速度が低下するが、OC2−TRXh7株においては、非導入株に比べて、アルコール濃度による低下率が低いことがわかった。特に、4.0%イソブタノール添加時には、OC2株では全く増殖が認められなかったのに対し、OC2−TRXh7株では、速度が極めて遅いものの酵母の増殖が認められた。これらの結果からArabidopsis thaliana由来のTRX−h7遺伝子を導入することにより、C3アルコール及びC4アルコールに対する耐性向上に効果があることがわかった。
【図面の簡単な説明】
【0073】
【図1】チオレドキシン遺伝子高発現のための染色体導入用ベクター構築スキームの前段を示す図である。
【図2】チオレドキシン遺伝子高発現のための染色体導入用ベクター構築スキームの後段を示す図である。
【図3】pBHPH−HOR7−TRXh7のマップを示す図である。
【図4】、pBHPH−HOR7−TRXh8のマップを示す図である。CBH II変異体によるPSC溶液の分解結果を示す図である。
【図5】pBHPH−HOR7−PRX2のマップを示す図である。
【図6】1−ブタノール1.5wt/vol%添加時のチオレドキシン導入株の耐性保持率を示す図である。
【図7】各種濃度で1−ブタノールを添加した時のチオレドキシン導入株の耐性保持率を示す図である。
【図8】2-メチル-1-プロパノール及び2−プロパノール添加時時のチオレドキシン導入株の耐性保持率をしたがって、すなわち、市販酵素製剤に対するCBH II変異体の添加効果の評価結果を相加予測値と実測値とから示す図である。
【配列表フリーテキスト】
【0074】
配列番号5〜8:プライマー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
チオレドキシンを高発現する、C3−C4アルコール耐性が増強された真核細胞。
【請求項2】
チオレドキシンをコードする以下のいずれかを発現可能に保持する、C3−C4アルコール耐性が増強された真核細胞。
(1)配列番号1又は3で表される塩基配列からなるDNA
(2)配列番号1又は3で表される塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件でハイブリダイゼズし、かつ、チオレドキシン活性を有するタンパク質をコードするDNA
(3)配列番号1又は3で表される塩基配列と70%以上の同一性を有し、かつチオレドキシン活性を有するタンパク質をコードするDNA
(4)配列番号2又は4で表されるアミノ酸配列をコードするDNA
(5)配列番号2又は4で表されるアミノ酸配列と50%以上の同一性を有し、かつ、チオレドキシン活性を有するタンパク質をコードするDNA
(6)配列番号2又は4で表されるアミノ酸配列において1又は数個以上のアミノ酸変異を有し、かつ、チオレドキシン活性を有するタンパク質をコードするDNA
【請求項3】
前記C3−C4アルコールは、1−ブタノール、2-メチル-1-プロパノール及び2−プロパノールから選択される1種又は2種以上である、請求項1又は2に記載の細胞。
【請求項4】
前記真核細胞は酵母である、請求項1〜3のいずれかに記載の細胞。
【請求項5】
前記酵母は、サッカロマイセス属酵母である、請求項4に記載の細胞。
【請求項6】
前記サッカロマイセス属酵母は、サッカロマイセス・セレビジエである、請求項5に記載の細胞。
【請求項7】
3−C4アルコール生産用遺伝子組換え体の宿主用である、請求項1〜6のいずれかに記載の細胞。
【請求項8】
以下のいずれかに記載のDNAを含む、C3−C4アルコール耐性が増強された真核細胞作製用の遺伝子組換え用DNA構築物。
(1)配列番号1又は3で表される塩基配列からなるDNA
(2)配列番号1又は3で表される塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件でハイブリダイゼズし、かつ、チオレドキシン活性を有するタンパク質をコードするDNA
(3)配列番号1又は3で表される塩基配列と70%以上の同一性を有し、かつチオレドキシン活性を有するタンパク質をコードするDNA
(4)配列番号2又は4で表されるアミノ酸配列をコードするDNA
(5)配列番号2又は4で表されるアミノ酸配列と50%以上の同一性を有し、かつ、チオレドキシン活性を有するタンパク質をコードするDNA
(6)配列番号2又は4で表されるアミノ酸配列において1又は数個以上のアミノ酸変異を有し、かつ、チオレドキシン活性を有するタンパク質をコードするDNA
【請求項9】
以下のいずれかに記載のDNAを導入することを含む、C3−C4アルコール耐性が増強された真核細胞の作製方法。
(1)配列番号1又は3で表される塩基配列からなるDNA
(2)配列番号1又は3で表される塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件でハイブリダイゼズし、かつ、チオレドキシン活性を有するタンパク質をコードするDNA
(3)配列番号1又は3で表される塩基配列と70%以上の同一性を有し、かつチオレドキシン活性を有するタンパク質をコードするDNA
(4)配列番号2又は4で表されるアミノ酸配列をコードするDNA
(5)配列番号2又は4で表されるアミノ酸配列と50%以上の同一性を有し、かつ、チオレドキシン活性を有するタンパク質をコードするDNA
(6)配列番号2又は4で表されるアミノ酸配列において1又は数個以上のアミノ酸変異を有し、かつ、チオレドキシン活性を有するタンパク質をコードするDNA
【請求項10】
3−C4アルコール生産のための真核細胞のスクリーニング方法であって、
3−C4アルコールの生産に関与する遺伝子改変又は培養条件を付与した請求項1〜7のいずれかに記載の真核細胞を培養する工程と、
前記工程におけるC3−C4アルコールの生産又はその生産量を検出する工程、
を備える、スクリーニング方法。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−68773(P2010−68773A)
【公開日】平成22年4月2日(2010.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−241600(P2008−241600)
【出願日】平成20年9月19日(2008.9.19)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【Fターム(参考)】