説明

CVTベルト用エレメントの表面処理方法

【課題】 CVTベルト用エレメントにおける狭窄部を、キャビテーション噴流によって効率良く表面処理する。
【解決手段】 リング10を載せて巻き掛けるサドル面11,12の側部に、該サドル面11,12に対して垂直な方向に延びた首部6が設けられ、そのサドル面11,12と首部6との境界部分にサドル面1,12から円弧面状に窪ませたR部16が形成され、かつ互いに姿勢を揃えて相互に密着させられて整列されるCVTベルト用エレメント1の表面を処理する方法であって、前記R部16に連続する前記首部6の側壁面6Aに向けて、前記サドル面11,12側から、流速の変化に伴う圧力の変化によってキャビテーションを生じるキャビテーション噴流17を吹き付ける。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、互いに密着させて環状に配列され、その状態でリング(フープと称されることもある)が巻き掛けられて結束されることにより、無段変速機(CVT)用のベルトとされるエレメント(ブロックと称されることもある)の表面処理方法に関し、特に表面硬度の向上や洗浄などのための処理方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ベルト式の無段変速機は、ベルトに圧縮力を作用させてトルクを伝達するように構成されており、そのためにベルトは、所定の形状に形成した金属片であるエレメントを姿勢を揃えて環状に配列し、それらのエレメントをリングで結束した構造となっている。それらのエレメントは、相対的な位置を維持するために互いに密着状態で係合しており、これに対してリングによる結束のための荷重が作用している。そのため、加工誤差などが要因となって、エレメント同士を連結する係合部分とリングが巻き掛かる部分との寸法差やプーリーに対する接触位置の誤差などが生じると、エレメント同士がそれぞれの相対位置を規制された状態でリングによる結束のための荷重が掛かるので、その荷重がエレメントを変形させる荷重となることがある。
【0003】
そのため、従来では、エレメントにおける曲げ荷重や剪断荷重が作用する部分の強度を高めるために各種の処理がエレメントに施されている。例えば、特許文献1には、エレメントにおけるネック部の付け根の部分に形成されている凹部などの湾曲部もしくはコーナー部の靭性や疲労強度および衝撃強度を高くするために、ウォータジェット加工により表面を例えば50μm程度の厚さで削り取る方法が記載されている。また、特許文献2や特許文献3には、キャビテーション気泡が崩壊もしくは圧潰する際に生じる衝撃力によって金属材料や半導体材料あるいは金属部品などの表面改質を行い、また洗浄する方法が記載されている。
【0004】
【特許文献1】特開2003−56649号公報
【特許文献2】特開2006−255865号公報
【特許文献3】特開2000−263337号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に記載されているウォータジェット加工は、ガラスビーズを混入した水をノズルから高圧で投射する加工であり、ガラスビーズおよびその破壊片がエレメントに衝突してその表面を削り取る加工である。したがって、効率よく加工を行うためには、ガラスビーズの混入した水を加工対象部位にほぼ垂直に投射する必要がある。しかしながら、前述したエレメントにおけるネック部の付け根の部分に形成されている凹部を加工する場合、その凹部の開口側に頂部もしくは耳部と称される部分が張り出しているので、凹部に対してほぼ垂直となるようにノズルを配置することが困難であり、その結果、効率よく加工を行い得ない可能性がある。また、凹部に対して、エレメントの正面側もしくは裏面側からウォータジェットを投射できるが、その場合には投射方向が被加工面に対して平行に近い状態になるため、効率の良い加工を行うことができない。なお、複数のエレメントをその姿勢を揃えて互いに密着させて整列し、その状態でウォータジェットを凹部に向けて投射するとした場合、複数のエレメントの同時加工が可能であるとしても、配列されている中央部に位置するエレメントに対するウォータジェットの投射方向は、凹部における被加工面に対して更に平行に近くなり、その加工を必要十分に行うことができない可能性がある。
【0006】
さらに、ガラスビーズおよびその破壊片が凹部の表面を削り取るから、凹部の表面に打痕が生じることがあり、これが要因となってエレメントの疲労強度が低下し、その結果、エレメントの強度向上効果にバラツキが生じ、安定した強度向上効果を得られないおそれがある。また、ガラスビーズを消耗するから、ランニングコストが嵩み、さらには環境に対する負荷が大きくなる不都合がある。
【0007】
一方、特許文献2や特許文献3に記載されているキャビテーション気泡による衝撃力を利用した方法では、ガラスビーズなどの固体を使用しないから、解放空間に向いている被加工面の処理を行う場合には、上述したウォータジェット加工によるような不都合は生じない。しかしながら、従来では、前述したエレメントにおける凹部などの狭窄部の処理もしくは加工に適用することは充分には探求されておらず、この点で開発の余地があった。
【0008】
この発明は上記の技術的課題に着目してなされたものであり、無段変速機用のエレメント(すなわちCVTベルト用エレメント)の耐久性向上や洗浄などの表面処理を効果的に行うことのできる方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
請求項1の発明は、上記の課題を解決するために、リングを載せて巻き掛けるサドル面の側部に、該サドル面に対して垂直な方向に延びた首部が設けられ、そのサドル面と首部との境界部分にサドル面から円弧面状に窪ませたR部が形成され、かつ互いに姿勢を揃えて相互に密着させられて整列されるCVTベルト用エレメントの表面を処理するCVTベルト用エレメントの表面処理方法において、前記R部に連続する前記首部の側壁面に向けて、前記サドル面側から、流速の変化に伴う圧力の変化によってキャビテーションを生じるキャビテーション噴流を吹き付けることを特徴とする方法である。
【0010】
請求項2の発明は、請求項1の発明において、前記キャビテーション噴流は、前記サドル面の表面側でかつ該サドル面に対して傾斜して前記R部に向けた方向に吹き付けることを特徴とするCVTベルト用エレメントの表面処理方法である。
【0011】
請求項3の発明は、請求項1または2の発明において、複数の前記CVTベルト用エレメントを、その姿勢を揃えてかつ相互に密着させて並べ、それらの整列された複数のCVTベルト用エレメントにおける前記首部の側壁面に向けて前記キャビテーション噴流を吹き付けることを特徴とするCVTベルト用エレメントの表面処理方法である。
【0012】
請求項4の発明は、請求項3の発明において、前記並列された複数のCVTベルト用エレメントと前記キャビテーション噴流とを、前記CVTベルト用エレメントの並列方向に相対的に移動させることを特徴とするCVTベルト用エレメントの表面処理方法である。
【0013】
請求項5の発明は、請求項1ないし4のいずれかの発明において、前記キャビテーション噴流を噴射するノズルを、前記首部の側壁面に対向させて前記CVTベルト用エレメントから離隔させてその側方に配置し、そのノズルから噴射されたキャビテーション噴流を案内部材によって前記首部の側壁面に向けて誘導することを特徴とするCVTベルト用エレメントの表面処理方法である。
【0014】
請求項6の発明は、請求項3または4の発明において、前記キャビテーション噴流を噴射するノズルを、前記首部の側壁面に対向させて前記CVTベルト用エレメントから離隔させてその側方に配置し、前記整列された複数のCVTベルト用エレメントにおける前記首部の側壁面が形成する連続面と相似の開口断面形状のスリット状通路と該スリット状通路から前記ノズルに向けた開いた傾斜誘導部とを有する案内部材によって、前記ノズルから噴射されたキャビテーション噴流を前記首部の側壁面に向けて誘導することを特徴とするCVTベルト用エレメントの表面処理方法である。
【0015】
請求項7の発明は、請求項1ないし6のいずれかの発明において、前記首部の側壁面に沿う位置に、前記キャビテーション噴流に交差する方向に搬送流を流すことを特徴とするCVTベルト用エレメントの表面処理方法である。
【0016】
請求項8の発明は、請求項7の発明において、前記搬送流は、連続的に流れる定常流であることを特徴とするCVTベルト用エレメントの表面処理方法である。
【0017】
請求項9の発明は、請求項7の発明において、前記搬送流は、間欠的に流れるパルス流であることを特徴とするCVTベルト用エレメントの表面処理方法である。
【0018】
請求項10の発明は、リングを載せて巻き掛けるサドル面の側部に、該サドル面に対して垂直な方向に延びた首部が設けられ、そのサドル面と首部との境界部分にサドル面から円弧面状に窪ませたR部が形成され、かつ互いに姿勢を揃えて相互に密着させられて整列されるCVTベルト用エレメントの表面を処理するCVTベルト用エレメントの表面処理方法において、複数の前記CVTベルト用エレメントを、その姿勢を揃えてかつ相互に密着させて並べてエレメント列を作り、そのエレメント列を少なくとも一部で湾曲させてCVTベルト用エレメントを扇状に開かせ、その開いた部分でCVTベルト用エレメント同士の間に、流速の変化に伴う圧力の変化によってキャビテーションを生じるキャビテーション噴流を吹き付けることを特徴とする方法である。
【0019】
請求項11の発明は、請求項10の発明において、前記エレメント列を、前記CVTベルト用エレメントの配列方向に走行させつつ前記キャビテーション噴流を吹き付けることを特徴とするCVTベルト用エレメントの表面処理方法である。
【発明の効果】
【0020】
請求項1の発明で対象とするCVTベルト用エレメントは、リングを載せて巻き掛けるサドル面の側部に、サドル面に対して垂直な方向に延びた首部が形成されて、そのサドル面と首部との境界部分に、サドル面から円弧状に窪んだR部が形成されている。このR部は、滑らかに連続する面とすることにより応力集中を防止し、破断や亀裂を回避するとともに耐久性を向上させるための加工部分である。請求項1の発明では、そのR部の強度向上のためにキャビテーション噴流を使用する。そのキャビテーション噴流は、サドル面側から首部の側壁面に向けて吹き付ける。その過程でキャビテーションによる衝撃力が発生し、これがR部に作用する。特に請求項1の発明では、R部がサドル面に対して窪んでいてキャビテーション噴流がR部の表面に垂直に吹き付けられなくても、キャビテーション気泡の圧潰や再膨張によって生じる衝撃力は、気泡を中心としてほぼ球状に放射されるから、R部の表面に効率よく衝撃力を作用させることができる。また、R部は首部の側壁面に連続した部分であり、しかもその首部の側壁面に向けてキャビテーション噴流が吹き付けられるから、R部の近傍での圧力勾配が大きくなり、その結果、R部の近傍でキャビテーション気泡の発生と圧潰、ならびに再膨張が激しく生じ、大きい衝撃力をR部に作用させて、効率よくR部の表面処理を行うことができる。
【0021】
請求項2の発明によれば、キャビテーション噴流をR部に対して、より集中させることができるので、R部の表面処理の効果を向上させることができる。
【0022】
請求項3の発明によれば、キャビテーション噴流がCVTベルト用エレメントの厚さすなわち首部の側壁面の幅より広がる場合であっても、CVTベルト用エレメントがいわゆる積層された状態に並んでいて、キャビテーションが作用する面が広くなっているので、キャビテーション噴流を効率よく使用することができ、また、複数のCVTベルト用エレメントを同時に処理することができるので、処理効率を向上させることができる。
【0023】
請求項4の発明によれば、請求項3の発明と同様の効果に加えて、多数のCVTベルト用エレメントを連続的に処理することができる。
【0024】
請求項5あるいは請求項6の発明によれば、ノズルを首部の側壁面から離隔させてキャビテーション噴流を吹き付ける場合、首部の側壁面に到達する前に拡散したキャビテーション噴流を首部の側壁もしくはR部に集中させることができるので、処理効率を向上させることができる。
【0025】
請求項7の発明によれば、キャビテーションによる衝撃力に対して緩衝作用(クッション効果)を生じる気泡が、搬送流によって、R部もしくは首部の側壁面の近傍から排除されるので、R部の表面処理効率を向上させることができる。
【0026】
請求項8の発明によれば、キャビテーションによる衝撃力に対して緩衝作用(クッション効果)を生じる気泡を、より効果的に排除することができる。
【0027】
請求項9の発明によれば、キャビテーション噴流の吹き付け方向を間欠的に変化させることができるので、キャビテーションによる衝撃力の作用箇所の偏在を抑制して均質な処理を行うことができる。
【0028】
請求項10の発明によれば、CVTベルト用エレメントがその実際の使用状態と同様に整列されている状態であっても、その整列状態で一部が湾曲させられることにより、CVTベルト用エレメント同士の間に隙間が生じ、その部分にキャビテーション噴流を吹き付けるので、CVTベルト用エレメントの表裏両面の残留圧縮力を大きくし、また洗浄を行うことができる。
【0029】
請求項11の発明によれば、請求項10の発明と同様の効果に加えて、多数のCVTベルト用エレメントを連続的に処理することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0030】
つぎのこの発明をより具体的に説明する。この発明で対象とする被処理材は、無段変速機のベルトに用いられるエレメントであり、これは、ファインブランキングなどの加工方法によって所定形状に形成された金属片である。特に応力の集中しやすい狭窄部を備えたエレメントである。その一例を図6に示してある。ここに示すエレメント1は、左右の両側面がテーパ状の傾斜面とされた基体部分である板部2を有し、そのテーパ状に傾斜した左右両側面が、プーリー3のベルト巻掛け溝に摩擦接触してトルクを伝達する摩擦面4,5とされている。
【0031】
その板部2の幅方向における中央部に、図での上方に延びた首部6が形成されている。その首部6の上端部には、板部2の幅方向での両側に傘状に延びた頂部7が一体に形成されている。したがって板部2の図での上側のエッジ部分と頂部7の図での下側のエッジ部分との間に、左右方向に開いたスロット部8,9が形成されている。このスロット部8,9は、互いに密着して環状に整列されたエレメント1を環状に結束する金属バンドであるリング10を挿入して保持させるための部分であり、したがって板部2の図での上側のエッジ部分が、リング10の接触するサドル面11,12となっている。
【0032】
このエレメント1は、環状に配列された状態でリング10によって結束され、その状態で駆動側および従動側のそれぞれのプーリー3に巻掛けられる。したがってプーリー3に巻掛けられた状態では、各エレメント1が、プーリー3の中心に対して扇状に拡がり、かつ互いに密着する必要があるので、各エレメント1の図での下側の部分(環状に配列した状態での中心側の部分)が薄肉に形成されている。すなわち、板部2の一方の面(例えば図6の(B)における左側面)における前記サドル面11,12より所定寸法下がった部分から下側の部分が削り落とされた状態で次第に薄肉化されている。したがって各エレメント1が扇形に拡がって接触する場合、その板厚の変化する境界部分で接触する。そして、その境界部分のエッジがロッキングエッジ13となっている。
【0033】
また、各エレメント1には、相対的な位置を決めるための凸部14と凹部15とが形成されている。すなわち、前述した首部6の延長位置(あるいは頂部7の中心部)には、一方の面側(図の例では、前記ロッキングエッジ13のある面側)に凸となる断面円形のディンプル14が形成されている。このディンプル14とは反対側の面に、隣接するエレメント1におけるディンプル14を緩く嵌合(挿入)させる有底円筒状のホール15が形成されている。したがってこれらのディンプル14とホール15とが嵌合することにより、エレメント1同士の図6の(A)での、左右方向および上下方向の相対位置を決めるようになっている。
【0034】
上記の図6に示す構成のエレメント1では、ディンプル14とホール15とによって図6での上下方向の位置が規制され、これに対してリング10の張力によってサドル面11,12に図6での下向きの荷重が作用する。そのため、ディンプル14あるいはホール15とサドル面11,12との間の寸法にバラツキがあった場合には、首部6を引っ張る方向の荷重が作用する。その場合、サドル面11,12が首部6の基端部から直角方向に延びているから、首部6とサドル面11,12との間に曲げモーメントが作用する。その曲げモーメントは、首部6とサドル面11,12の境界部となっているコーナー部で最大となるから、この部分での応力集中を防止するために、図6に示すように、そのコーナー部を円弧状に窪ませていわゆるR部16を形成している。したがって、R部16はサドル面11,12に対して窪んでいて、サドル面11,12と首部6の側壁面6Aとに滑らかに連続するように形成されている。また、R部16の開口側は前記頂部7によって被われた状態になっている。
【0035】
このR部16は、プレス加工によってエレメント1を打ち抜く際に併せて加工している。その場合、R部16の円弧面の表面粗さが粗いと、応力集中によってクラックが生じるなどの可能性がある。この発明に係る表面処理方法は、そのR部の内面の面粗さを向上させるとともに残留圧縮応力を向上させ、さらにはエレメント1の表面を洗浄するなどの処理を行う方法である。この発明の方法では、その表面処理のためのキャビテーション噴流を使用する。
【0036】
キャビテーション噴流は、水などの高圧の液体をノズルから噴射し、その噴射流の速度が速くなることによる圧力低下によって、液体の内部に溶存していた気体が気泡となり、あるいは液体自体の一部が気化して気泡を形成し、その後、流速の低下により圧力の上昇によって気泡が圧潰し、さらには気泡が再度生じる噴流であり、その気泡の発生および圧潰あるいは再膨張に伴って衝撃力を発生する噴流である。すなわち、キャビテーションを積極的に生じさせるように圧力や噴射速度などが制御された噴流である。このキャビテーション噴流は、気中で処理対象物に噴射してもよく、また液中で噴射してもよい。以下の例では、液中で噴射する例を示す。なお、キャビテーション噴流を使用する方法は、前述した特許文献1に記載されているウォータジェットによる方法とは異なり、ガラスビーズなどの固形物が衝突することによる衝撃力を利用するものではなく、気泡の発生・圧潰に伴う衝撃力を利用するものである。したがって、キャビテーション噴流を利用したピーニング処理をキャビテーション・ショットレス・ピーニング(CSP)と称することができ、以下の説明では、キャビテーション噴流をCSP噴流と記す。
【0037】
図1は、この発明に係る方法で上記のエレメント1の表面処理を行っている状態を模式的に示しており、エレメント1はその姿勢を揃えて互いに密着した状態に整列してある。これは、ベルトとして組み付けた状態とほぼ同様の状態であり、所定のエレメント1のディンプル14がこれに隣接する他のエレメント1のホール15に嵌合しており、またサドル面11,12および首部6の側壁面6Aは、隣接するもの同士が密に並んで、実質的に連続した面を構成しており、それに伴ってR部16は実質的に連続した溝を構成している。
【0038】
CSP噴流17は、上記のようにして連続した面を構成している前記首部6の側壁面6Aに向けて、ノズル18から噴射する。すなわち、首部6の側壁面6Aに前記CSP噴流17が吹き付けられる。これは、姿勢を揃えて整列したエレメント1を液中に沈めた状態で行う。その液体は、取り扱いや入手の容易性やコストなどの点で水(純水)が好ましいが、これに限られない。また、その水の温度および圧力は、常温・常圧でよいが、温度や圧力が所定の範囲内で高くなると処理効率が高くなることがあるので、テストピースを使用した予備実験で、処理に適した水温あるいは水圧を求めておくことが好ましい。
【0039】
CSP噴流17は、サドル面11,12に沿って前記側壁面6Aに向けて吹き付ける。すなわちスロット部8,9の内部を側壁面6Aに向けて噴射する。その場合、ノズル18は首部6の側壁面6Aに対して垂直である必要はなく、幾分、傾斜していてもよい。特に、CSP噴流17がサドル面11,12や頂部7に干渉しない範囲で、R部16の内面に向けて傾斜させることが好ましい。キャビテーションによる衝撃力をR部16に対して、可及的に集中させるためである。
【0040】
そのCSP噴流17の噴射圧力や流速、ノズル18と側壁面6Aとの距離、ノズル径などは、対象とする被処理物の材質だけでなく、残留圧縮力の増大や洗浄などの表面処理の目的によっても異なり、好適な値は実験によって求めることが望ましい。なお、ノズル18と側壁面6Aとの距離に関しては、図2に示すように、処理対象部位であるR部16がサドル面11,12より窪んでいて、その最も低い底面部(図2に符号Xで示す部分)の強度を向上させる場合には、その底面部Xとノズル18との距離が、側壁面6Aとノズル18との距離より幾分長くなるので、側壁面6Aなどの平面にノズル18を対向させて処理を行う場合よりもノズル18を側壁面6Aに近づける。炭素工具鋼からなるエレメント1におけるR部16の残留圧縮応力を増大させる場合、一例として、CSP噴流17の噴射圧力は30Mpa程度、ノズル18の距離は62mm程度、ノズル18の径は2mm程度とする。
【0041】
多数のエレメント1を上述したように密着させて整列した場合、R部16が構成する溝の長さが、CSP噴流17の径より大きくなるから、エレメント1の列とノズル18とを、エレメント1の配列方向(エレメント1の板厚方向)に相対的に移動させる。すなわち、CSP噴流17の吹き付け位置をエレメント1の配列方向に移動させる。こうすることにより、多数のエレメント1の連続処理を行うことができる。
【0042】
上記のノズル18から噴射されたCSP噴流17は、首部6の側壁面6Aに到達するまでの過程で、流速の増大に伴う圧力低下により、気泡が発生する。また、首部6の側壁面6Aの近傍では、流速の低下に伴う圧力の増大により、気泡が圧潰され、あるいは縮小する。特にCSP噴流17の衝突が生じる首部6の側壁面6Aの近傍では、CSP噴流17の圧力の増大が著しく、この部分での圧力勾配が大きくなる。このようにCSP噴流17ではその内部の気泡の発生と圧潰もしくは収縮ならびに再膨張に伴って衝撃力が発生する。すなわち、キャビテーションが生じる。その衝撃力は、気泡を中心とした全方向に向けて広がるが、圧力勾配の大きい前記側壁面6Aの近傍で特に激しく生じる。しかも、この部分に開口しているR部16は、いわゆる狭窄部となっていてその内面全体に対して垂直に近い角度で衝撃力が作用する。
【0043】
その結果、前述したウォータジェット加工などの固形物を使用した衝撃力あるいはそれ以上の衝撃力をR部16に作用させて、R部16の表面の残留圧縮応力を増大させ、また表面に付着している夾雑物を除去することができる。その場合、R部16に作用する衝撃力は、固体が衝突することによるものではないから、R部16の表面に打痕が生じることがない。そのため、エレメント1の疲労強度を向上させることができ、しかも疲労強度のバラツキを防止することができる。言い換えれば、安定した疲労強度の向上効果を得ることができる。
【0044】
CSP噴流17はノズル18から送り出された後に不可避的に広がり、特に液中ではその傾向が大きくなる。これに対してエレメント1におけるスロット部8,9の高さ(サドル面11,12に垂直な方向の寸法)が低い。さらに、ノズル18は首部6の側壁面6Aからの距離を確保するためにエレメント1から離隔させてその側方に配置する場合がある。そのために、CSP噴流17の一部がスロット部8,9に入り込まずに、R部16の近傍にまで供給されない可能性がある。このような場合、この発明における案内部材に相当する処理容器(治具)を使用することが好ましい。
【0045】
図3はその処理容器19を使用した方法の一例を模式的に示しており、この処理容器19は互いに密着させかつ姿勢を揃えて整列した複数のエレメント1を収容する容積を備えている。そして、内部で列をなしているエレメント1における一方のスロット部8に対応する箇所に、傾斜誘導部20と、その傾斜誘導部20からスロット部8に繋がるスリット状通路21とが形成されている。そのスリット状通路21は前記首部6の側壁面6Aが構成している連続した面とほぼ相似形状の開口断面形状をなす通路部分であり、その処理容器19の側面側での開口端部に傾斜誘導部20が繋がっている。その傾斜誘導部20は、ノズル18から噴射されて拡散したCSP噴流17を、首部6の側壁面6Aに向けて収束させて案内するための部分であり、したがってスリット状通路21の端部からノズル18に向けて広がった傾斜面として形成されている。図3では上下に広がった傾斜面とした例を示してあるが、これら限らずいわゆるラッパ状(円錐形状)に広がった形状であってもよい。
【0046】
ノズル18は、上記の傾斜誘導部20側でスリット状通路21の開口端に向けて位置し、そのノズル18からCSP噴流17を噴射する。なお、この操作は液中で行う。そのCSP噴流17の一部は不可避的に放射状に広がるが、傾斜誘導部20に沿って流れることにより、スリット状通路21に送り込まれ、さらにはエレメント1のスロット部8を通って首部6の側壁面6Aの近傍に到達する。その過程で前述したキャビテーションが生じ、その結果、R部16の表面処理が行われる。このように、ノズル18から噴射したCSP噴流17を無駄なく首部6の側壁面6Aに向けて送り込めるので、キャビテーションの効率を向上させ、ひいてはエレメント1の処理効率を向上させることができる。
【0047】
なお、前述したように、CSP噴流17をR部16に向けて傾斜させる場合があり、そのような場合には、図4に示す構成の処理容器19を使用することが好ましい。この図4に示す処理容器19は、傾斜誘導部20を構成している一方の傾斜面20aの傾斜角度を大きくするとともに、頂部7の端部に近い部分まで、処理容器19の内部に後退させ、また他方の傾斜面20bの傾斜角度を小さくしたものである。すなわち、ノズル18に近い方の傾斜面20aの角度が大きく、いわゆる立った状態になっており、また首部6の側壁面6A側に後退している。したがって、拡散したCSP噴流17をスロット部8に向けて収束させ易く、また後退していることにより、処理容器19との干渉を生じることなくCSP噴流17のスロット部8に対する傾斜角度を大きくすることができる。これに対して他方の傾斜面20bの角度が小さく、いわゆる寝た状態になっているので、CSP噴流17の流線と傾斜面20bとの間の角度が相対的に小さくなり、図4での下側に拡散したCSP噴流17を効率良くスロット部8もしくは前記側壁面6Aに向けて誘導することができる。
【0048】
ところで、キャビテーションは気泡の発生および圧潰もしくは収縮、あるいはその後の再膨張に伴って衝撃力が発生する現象であり、この発明の方法では、その衝撃力をR部16に伝播させてR部16の処理を行う方法である。その衝撃力の伝播は、気泡とR部16の表面との間に介在している流体を介して行われる。その衝撃力の伝播の用をなす流体に過剰な気泡が含まれていると、衝撃力によってその気泡が圧縮されるので、いわゆるクッション効果(緩衝作用)が生じ、R部16の表面に作用する衝撃力が相対的に小さくなってしまう。このような場合、図1に矢印で示す搬送流22を流す。この搬送流22は、R部16の近傍で、CSP噴流17に対して直交する方向に流れて、残留している気泡を運び去るためのものであり、CSP噴流17と同様の流体が使用される。また、搬送流22は、前記ノズル18と直交する方向に向けて配置した他のノズル(図示せず)から低圧の水などの流体を噴射させることにより生じさせることができる。なお、その圧力や流速は、CSP噴流17によるキャビテーションを阻害しない程度に設定し、これは実験によって予め求めることができる。また、搬送流22は、連続した流れである定常流であってもよく、あるいは間欠的に流れるパルス流であってもよい。
【0049】
上記の搬送流22を併用すれば、キャビテーションによって発生した衝撃力が、減衰されることなくR部16に作用するので、効率良く、R部16の表面処理を行うことができる。なお、搬送流22がパルス流の場合、CSP噴流17が吹き付けられる位置が間欠的に変化するので、キャビテーションによる衝撃力の作用箇所の偏在を防止もしくは抑制して均質な処理が可能になる。
【0050】
CSP噴流17による狭窄部の処理方法の他の例を説明する。前述したように、CVTベルト用エレメント1は、姿勢を揃えて、多数整列させられて使用され、またその製造過程での各種の処理は、多数のエレメント1を一括して行うことが好ましい。図5はCSP噴流17でエレメント1の洗浄を行っている状態を模式的に示しており、姿勢を揃えて整列させたエレメント1が、その整列状態を維持して走行するようにガイド部材23の内部に保持されている。このガイド部材23は、金属管や金属板あるいは線条材などによって構成することができ、その一部が湾曲した曲線路として構成されている。その湾曲部分は、整列されたエレメント1の頂部7側に曲率中心がある第1の湾曲部23aと、これとは反対側に曲率中心がある第2の湾曲部23bとの二種類があり、いずれの湾曲部23a,23bにおいても、整列されているエレメント1が扇状に開くようになっている。そして、各湾曲部23a,23bには、扇状に開いたエレメント1同士の間に向けてCSP噴流17を吹き付けるノズル18が配置されている。
【0051】
整列させた多数のエレメント1を図5に示すガイド部材23によって保持しつつそのガイド部材23に沿って走行させる。各湾曲部23a,23bの間のいわゆる直線部分では、各エレメント1が互いに密着しているが、湾曲部23a,23bでは、扇状に開いて曲率中心とは反対側で隙間が生じる。その隙間に向けたノズル18からCSP噴流17が噴射される。その結果、扇状に開いている一方のエレメント1の表面と他方のエレメント1の裏面との間でキャビテーションが生じ、それに伴う衝撃力が各エレメント1に作用する。このような衝撃力が、走行している各エレメント1に対して順次作用するので、エレメント1を連続して洗浄することができる。なお、曲率中心が頂部7側にある第1の湾曲部23aでは、頂部7同士が接触するとともに、これとは反対側から開くので、前述したロッキングエッジ13が隣接するエレメント1から離隔する。そのため、この湾曲部23では、CSP噴流17がロッキングエッジ13にも作用し、そのキャビテーションによってロッキングエッジ13の残留圧縮応力を増大させるなどの表面処理を行うことができる。
【0052】
なお、この発明は上述した具体例に限定されないのであって、対象とするエレメントは、二つのサドル面を備えた構成のものに限定されず、例えば一つのサドル面の両側に前述したR部16と同様のR部を備えた構成のCVTベルト用エレメントであってもよい。また、この発明では、複数のエレメントを一括処理する以外に、エレメントを一つずつバッチ処理することとしてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】この発明に係る方法を実施している状況を模式的に示す図である。
【図2】図1のII部を拡大して示す部分図である。
【図3】ガイド部材としての処理容器を使用した例を示す模式図である。
【図4】他のガイド部材としての処理容器を使用した例を示す模式図である。
【図5】整列させたエレメントの表裏両面を処理する場合の例を示す模式図である。
【図6】エレメントの一例を示す図であって、(A)は正面図、(B)は側面図である。
【符号の説明】
【0054】
1…エレメント、 6…首部、 6A…側壁面、 7…頂部、 8,9…スロット部、 10…リング、 11,12…サドル面、 13…ロッキングエッジ、 16…R部、 17…CSP噴流、 18…ノズル、 19…処理容器、 20…傾斜誘導部、 21…スリット状通路、 22…搬送流、 23…ガイド部材、 23a…第1の湾曲部、 23b…第2の湾曲部。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リングを載せて巻き掛けるサドル面の側部に、該サドル面に対して垂直な方向に延びた首部が設けられ、そのサドル面と首部との境界部分にサドル面から円弧面状に窪ませたR部が形成され、かつ互いに姿勢を揃えて相互に密着させられて整列されるCVTベルト用エレメントの表面を処理するCVTベルト用エレメントの表面処理方法において、
前記R部に連続する前記首部の側壁面に向けて、前記サドル面側から、流速の変化に伴う圧力の変化によってキャビテーションを生じるキャビテーション噴流を吹き付けることを特徴とするCVTベルト用エレメントの表面処理方法。
【請求項2】
前記キャビテーション噴流は、前記サドル面の表面側でかつ該サドル面に対して傾斜して前記R部に向けた方向に吹き付けることを特徴とする請求項1に記載のCVTベルト用エレメントの表面処理方法。
【請求項3】
複数の前記CVTベルト用エレメントを、その姿勢を揃えてかつ相互に密着させて並べ、それらの整列された複数のCVTベルト用エレメントにおける前記首部の側壁面に向けて前記キャビテーション噴流を吹き付けることを特徴とする請求項1または2に記載のCVTベルト用エレメントの表面処理方法。
【請求項4】
前記整列された複数のCVTベルト用エレメントと前記キャビテーション噴流とを、前記CVTベルト用エレメントの整列方向に相対的に移動させることを特徴とする請求項3に記載のCVTベルト用エレメントの表面処理方法。
【請求項5】
前記キャビテーション噴流を噴射するノズルを、前記首部の側壁面に対向させて前記CVTベルト用エレメントから離隔させてその側方に配置し、そのノズルから噴射されたキャビテーション噴流を案内部材によって前記首部の側壁面に向けて誘導することを特徴とする請求項1ないし4のいずれかに記載のCVTベルト用エレメントの表面処理方法。
【請求項6】
前記キャビテーション噴流を噴射するノズルを、前記首部の側壁面に対向させて前記CVTベルト用エレメントから離隔させてその側方に配置し、整列された前記複数のCVTベルト用エレメントにおける前記首部の側壁面が形成する連続面と相似の開口断面形状のスリット状通路と該スリット状通路から前記ノズルに向けた開いた傾斜誘導部とを有する案内部材によって、前記ノズルから噴射されたキャビテーション噴流を前記首部の側壁面に向けて誘導することを特徴とする請求項3または4に記載のCVTベルト用エレメントの表面処理方法。
【請求項7】
前記首部の側壁面に沿う位置に、前記キャビテーション噴流に交差する方向に搬送流を流すことを特徴とする請求項1ないし6のいずれかに記載のCVTベルト用エレメントの表面処理方法。
【請求項8】
前記搬送流は、連続的に流れる定常流であることを特徴とする請求項7に記載のCVTベルト用エレメントの表面処理方法。
【請求項9】
前記搬送流は、間欠的に流れるパルス流であることを特徴とする請求項7に記載のCVTベルト用エレメントの表面処理方法。
【請求項10】
リングを載せて巻き掛けるサドル面の側部に、該サドル面に対して垂直な方向に延びた首部が設けられ、そのサドル面と首部との境界部分にサドル面から円弧面状に窪ませたR部が形成され、かつ互いに姿勢を揃えて相互に密着させられて整列されるCVTベルト用エレメントの表面を処理するCVTベルト用エレメントの表面処理方法において、
複数の前記CVTベルト用エレメントを、その姿勢を揃えてかつ相互に密着させて並べてエレメント列を作り、そのエレメント列を少なくとも一部で湾曲させてCVTベルト用エレメントを扇状に開かせ、その開いた部分でCVTベルト用エレメント同士の間に、流速の変化に伴う圧力の変化によってキャビテーションを生じるキャビテーション噴流を吹き付けることを特徴とするCVTベルト用エレメントの表面処理方法。
【請求項11】
前記エレメント列を、前記CVTベルト用エレメントの配列方向に走行させつつ前記キャビテーション噴流を吹き付けることを特徴とする請求項10に記載のCVTベルト用エレメントの表面処理方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−246638(P2008−246638A)
【公開日】平成20年10月16日(2008.10.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−92401(P2007−92401)
【出願日】平成19年3月30日(2007.3.30)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)