説明

Co−Fe系軟磁性金属ガラス合金

【課題】これまで、本発明者らは、Co基バルク金属ガラス合金系を幾つか見出した。しか
し、実際に得られたバルク金属ガラス合金の強度と軟磁性はまだ不十分であり、実用的に
限界がある。
【解決手段】[(Co1-xFe)0.75B0.25-aSi]100-yMy(ただし、Mは、Nb,Zr,W,Cr,Mo,Hf
,V及びTiの中から選ばれる少なくとも1種の元素であり、かつ0.14≦x≦0.43、
0.03≦a≦0.07、1≦y≦4(原子%)である)で示されることを特徴とするCo-
Fe系軟磁性金属ガラス合金。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高いガラス形成能を有する低磁歪、高透磁率及び高強度を有するCo-Fe系軟
磁性金属ガラス合金に関する。
【背景技術】
【0002】
高透磁率の磁心材料として厚み5〜25μm程度のCo基非晶質合金の薄帯が知られて
いる(特許文献1)。多元素合金のある種のものは、組成物を溶融状態から急冷するとき
、結晶化せず、一定の温度幅を有する過冷却液体状態を経過してガラス状固体に転移する
性質を有していて、この種の非晶質合金は「金属ガラス合金」(glassy alloy)と呼ばれ
ている。
【0003】
薄帯やファイバーでしか得られなかったアモルファス合金をバルク状で作るという夢を
実現したのが「金属ガラス合金」である。すなわち、ガラス形成能が非常に高い合金が1
980年代にPd-Si-Cu合金で見出だされた。さらに、1990年になってから、実用的な
合金組成でガラス形成能が非常に高い合金が見出された。一般に、「アモルファス合金」
では加熱によりガラス転移点に到達する前に結晶化が進行してしまい、ガラス転移は実験
的には観察できない。
【0004】
これに対して、「金属ガラス合金」は加熱によって明瞭なガラス転移が観察され、結晶
化温度までの過冷却液体領域の温度範囲が数十Kにも達する。この物性を備えることによ
り初めて、冷却速度の遅い銅金型等に鋳込む方法によってバルク状のアモルファス合金を
作ることができるようになった。このようなアモルファス合金が、特に、「金属ガラス」
と呼ばれているのは、金属でありながら、酸化物ガラスのように安定な非晶質で、高温で
容易に塑性変形(粘性流動)できるためである。
【0005】
「金属ガラス合金」は、ガラス形成能が高い、すなわち、ガラス相からなる、より寸法
の大きな、いわゆるバルクの金属鋳造体を銅金型鋳造法等により溶湯から過冷却液体状態
において冷却凝固して製造できる特性を有するものであり、また、過冷却液体状態に加熱
して塑性加工できる特性を有するものであり、これらの特性を有しない、従来のアモルフ
ァス合金薄帯やファイバーなどの「アモルファス合金」とは本質的に異なる材料であり、
その有用性も非常に大きい。
【0006】
高ガラス形成能を示す合金系とし、1988年〜2004年にかけて、Ln-Al-TM、Mg-Ln-TM、Zr
-Al-TM、Pd-Cu-Ni-P、(Fe,Co,Ni)-(Zr,Hf,Nb)-B、Fe-Ga-P-C-B、Fe-B-Si-Nb、Co-Fe-Si-
B-Nb、Fe-Co-B-Si-M(ただし、Lnは希土類元素、TMは遷移金属、MはZr,Nb,Ta,Hf,Mo等の
金属を示す)系などの組成のものが本発明者らによって発見された。これらの合金系では
、直径又は厚さ1mm以上のバルク金属ガラスが作製できる。
【0007】
本発明者らは、これまでCo基金属ガラス合金を軟磁性材料として開発してきた(特許文
献2〜5)。例えば、特許文献4に示すものは、ガラス相を100%含む直径1mm以上
のバルク金属ガラスの作製ができる。
【0008】
【特許文献1】特開昭62−276810号公報
【特許文献2】特開平10−324939号公報
【特許文献3】特開2000−204452号公報
【特許文献4】特開2003−301247号公報
【特許文献5】特開2005−48217号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記の特許文献1記載の合金はB+Siの量が合計で25〜32at%であり、共晶点とはか
なり離れているので25μmの厚み程度の非晶質リボン材しか作製できなかった。上記の
ように、これまで、本発明者らは、Co基バルク金属ガラス合金系を幾つか見出した。しか
し、ガラス形成能が十分高くないため、現実には、直径1.5mm以上のCo基バルク金属
ガラスの作製が困難で、実際に得られたバルク金属ガラス合金の強度と軟磁性はまだ不十
分であり、実用的に限界がある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
そこで、本発明者らは、上述の課題を解決することを目的として種々の合金組成及び元
素の組み合わせの方法について探査した結果、 [(Co1-xFe)0.75B0.25-aSi]100-yM
y(ただし、Mは、Nb,Zr,W,Cr,Mo,Hf,V及びTiの中から選ばれる少なくとも1種の元素であ
り、かつ0.14≦x≦0.43、0.03≦a≦0.07、1≦y≦4(原子%)であ
る)で示され、ΔTx=Tx-Tg(ただし、Txは結晶化開始温度、Tgはガラス遷移温度)の式
で表される過冷却液体の温度間隔が35K以上で、換算ガラス化温度Tg/Tl(Tgはガラス遷
移温度、Tlは液相線温度(いずれも絶対温度))0.55以上を有し、本発明者らが従来
開発したものと比べてガラス形成能が高く、さらに、磁歪、透磁率等の磁気特性が優れ、
強度等の機械的特性にも優れたCo-Fe系金属ガラス合金が得られることを見出し、本発明
の完成に至った。
【0011】
本発明の合金は、飽和磁歪(λs)が6×10-6以下、1KHzでの透磁率(μe)が134
00以上、保磁力(Hc)が2A/m以下、 飽和磁束密度(T)が0.65T以上の極めて優れた軟
磁気特性を持つCo-Fe系バルク金属ガラス合金である。
【0012】
本発明のCo−Fe系バルク金属ガラス合金は、厚さ又は直径2mm〜4mm、室温で、圧
縮強度が3700MPa以上、伸び(ε)が1.5%以上、ヤング率が180GPa以上、ビッ
カース硬さ(荷重:100 g、保持時間:15 s)が1000Hv以上の機械的性質を有する超高
強度合金である。
【0013】
上記の合金組成において、単ロール液体急冷法により作製した厚さ0.2mmmmの薄帯
金属ガラスについて測定したΔTx=Tx−Tgの式で表される過冷却液体の温度間隔Δ
Txは35K以上である。また、換算ガラス化温度Tg/Tlが0.55以上である。
【0014】
この組成を持つ合金を用いて、銅鋳型鋳造法により作製した金属ガラスは、熱分析を行
う際、明瞭なガラス遷移及び結晶化による発熱が観察され、ガラス形成の臨界厚さ又は直
径の値は2mm以上であり、最大では4mmに達するので、銅鋳型鋳造法によって厚さ又
は直径2mm〜4mmの範囲でガラス相の体積分率が100%であるバルク金属ガラス合
金を容易に製作できる。
【発明の効果】
【0015】
以上説明したように、本発明のCo−Fe系金属ガラス合金は、ガラス形成能に優れ、ガラ
ス形成の臨界厚さ又は直径が2mm以上であり、最大では直径4mmの値を有する。従来
のリボン材は三次元部品の作製はできなかったが、本発明の合金は、このように、銅製鋳
型鋳造法により容易に金属ガラスを得られる高いガラス形成能を持つため、低磁歪、軟磁
性、高強度を有する大型の三次元構造の金属ガラス製品を実用的に作製することができる

【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
次に、本発明の実施の形態を説明する。本発明の上記合金組成は、基本的に下記5種の
元素を構成要素としている。Co:コバルト、Fe:鉄、M群元素:Nb, Zr, W, Cr, Mo,
Hf, V及びTi中から選ばれる少なくとも1種の元素、Si:けい素、B:ホウ素。
そして、式[(Co1-xFe)0.75B0.25-aSi]100-yMy(ただし、Mは、Nb,Zr,W,Cr,Mo,Hf,V
及びTiの中から選ばれる少なくとも1種の元素であり、かつ0.14≦x≦0.43、0
.03≦a≦0.07、1≦y≦4(原子%)である)で示される組成を有する。
【0017】
本発明のCo−Fe系金属ガラス合金において、主成分であるFeとCoは、本発明の
低磁歪、高強度バルク金属ガラス合金の基となる元素である。これらの5種の元素の内、
CoとFeの合計含有量は、上記の式に基づく計算により72〜74.25wt%であり
、CoとFeの割合は、Co,Fe元素の原子数の合計を1とするときのFeの原子数比
を示すxの値を0.14≦x≦0.43、より好ましくは、0.20≦x≦0.40とす
る。
【0018】
上記の式において、Feの含有量を定めるxが0.14未満では、ΔTx、Tg/Tlが減少し
、ガラス形成能が低下し、機械的強度、磁気特性も十分ではない。xが0.43を超える
と、図1に示すように、λsが6×10-6超になり、磁気特性が劣化する。
【0019】
本発明の上記合金組成において、半金属元素B, Siは、アモルファス相の形成を担う元
素であり、安定なアモルファス構造を得るために重要である。BとSiはともに含有される
必要があり、一方が上記組成範囲から外れると、ガラス形成能が劣り、バルクガラス合金
の形成が困難である。本発明合金の組成では、B+Siの量が合計で24.0〜24.75at
%であり、共晶点に近い。
【0020】
本発明の上記合金組成式において、M元素の添加はガラス形成能の向上に有効である。
本発明の合金組成においては、Mは1原子%以上4原子%以下の範囲で添加する。この範
囲を外れて、Mが1原子%未満であると過冷却液体の温度間隔ΔTxが消滅するために好ま
しくなく、4原子%よりも大きくなると飽和磁化とガラス形成能が減少するために好まし
くない。
【0021】
図2に示すように、Fe含有量の増加によって、示差走査熱量計曲線(DSC曲線)上のガ
ラス遷移の程度を示す吸熱量の面積ΔHが増加する。Fe含有量を示すxが0.1, 0.2, 0.3及
び0.4の合金組成では、ΔH (J/g) がそれぞれ1.7, 4.3, 6.8及び10.8である。
【0022】
これらの合金組成について、図3に、示差熱分析曲線(DTA曲線)を示す。Fe含有量の
増加に従って、DTA曲線上の二つの吸熱ピークが少しずつ接近し、Fe含有量を示すxが0.4
の合金組成では、二つの発熱ピークが一つのように重なり、合金組成が共晶点に近づき、
液相線温度Tlが低下し、換算ガラス化温度Tg/Tlが増加する。Fe含有量を示すxが0.1, 0.
2, 0.3及び0.4の合金組成では、Tg/Tlがそれぞれ0.551, 0.562, 0.573及び0.580である。
したがって、ガラス形成能はFe含有量の増加に従って増大することが分かる。
【0023】
図4は、透磁率(μ)の周波数依存性を示す。図4に示すように、Fe含有量の増加
によって、透磁率は低下する。Fe含有量を示すxが0.1, 0.2, 0.3及び0.4の合金組成では
、周波数1kHzでのμは、それぞれ32500, 25900, 14800及び13400であり、高い透磁
率を有することが分かる。また、周波数の増加によって、透磁率が低下する。
【0024】
本発明の上記合金組成において、組成域からのずれにより、ガラス形成能が劣り、溶湯
から凝固過程にかけて、結晶核が生成・成長し、ガラス相に結晶相が混在した組織になる
。また、この組成範囲から大きく離れると、ガラス相が得られず、結晶相となる。
【0025】
本発明の上記合金組成において、ガラス形成能が高いため、銅鋳型鋳造すると直径最大
4mmの金属ガラス丸棒が作製できるが、同様な冷却速度で、回転水中紡糸法により、直
径0.55mmまでの細線、アトマイズ法により、直径0.6mmまでの粒子の金属ガラ
スを作製できる。
【実施例】
【0026】
実施例1〜8、比較例1〜4
以下、実施例に基づき本発明を具体的に図面を参照して説明する。表1に示すような組
成になるように材料を調製し、銅鋳型鋳造法を実施し、バルク合金を得た。図5に、銅鋳
型鋳造法により直径2〜4mmの合金試料を作製するのに用いた装置を側面から見た概略
構成を示す。
【0027】
まず、アーク溶解により所定の成分組成を有する溶融合金を作り、これを先端に小孔(
孔径0.5〜4mm)を有する石英管3に充填し、高周波発生コイル4により加熱溶融した。そ
の後、その石英管3を直径1.5mm,2mm,2.5mm,3.5mm,4mmの垂直
な孔5を鋳込み空間として設けた銅製鋳型6の直上に設置した。次いで、石英管3内の溶
融金属1をアルゴンガスの加圧(0.1〜1.0 Kg/cm2)により石英管3の小孔2から噴出し
、銅製鋳型6の孔に注入してそのまま放置して凝固させて直径1.5mm,2mm,2.
5mm,3.5mm,4mm、長さ50mmの鋳造棒を得た。
【0028】
表1に、実施例1〜8、比較例1〜4の合金組成及び示差走査熱量計を用いて測定した
ガラス遷移温度(Tg)、結晶化開始温度(Tx)、ΔTx=Tx−Tg、Tg/Tlを
示す。また、試料中に含まれるガラス相の率(Vf−体積分率(Vf−amo.)は、示差走査熱
量計を用いて、結晶化による発熱量を完全ガラス化した単ロール型液体急冷法による薄帯
との比較により評価した。さらに、圧縮破断強度(σf)、ヤング率(E)、硬さ(Hv)を
それぞれ、インストロン(Instron)試験機及びビッカース微小硬度計を用いて測定した結
果を示す。また、各実施例及び各比較例の鋳造棒のガラス化の確認をX線回折法及び試料
断面の光学顕微鏡観察で行った。得られた結果を表1にまとめて示す。
【0029】
本発明の実施例1〜8は、ΔTxは35K以上であり、また、換算ガラス化温度Tg/Tlが
0.55以上であるため、直径2mm〜4mmの鋳造塊でガラス相の体積分率(Vf−amo.
)は100%である。これに対して、比較例1の合金は、Fe 含有量を示すxが0.1未
満であり、本発明の合金組成範囲を外れるので、直径1.5mmの鋳造塊でガラス相の体
積分率100%のものであるが、直径2mmのものでは100%ガラス相が得られない。
また、比較例2の合金では、直径4mmの鋳造塊でガラス相の体積分率100%のもので
あるが、Fe含有量を示すxが0.43を超えたため、本発明の合金組成範囲を外れるの
で、磁歪(λs)は6×10-6超、保磁力(Hc)は2.0A/m超であり、透磁率が134
00未満になる。
【0030】
図6に、実施例1、2、3、4のバルクガラス合金のX線回折パターンを示す。いずれ
もガラス構造のハローパターンを示している。図7に、実施例1、2、3、4のバルクガ
ラス合金の外観写真を示す。金属ガラス合金特有の光沢を示している。
【0031】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明のCo−Fe基バルク金属ガラスは0.6T以上の飽和磁化があり、高透磁率が
得られるので、三次元の高透磁率磁心材料アンテナコア材やモータコア材などの高透磁率
磁心材料として特に有用である。また、高強度、高ガラス形成能を有するため、機能材料
(磁気材料)のみならず、構造材料としての利用も期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】実施例1、2、3、4により得られたリボン材磁歪のFe含有量依存性を示すグラフである。
【図2】実施例1、2、3、4により得られたリボン材の示差走査熱量計曲線を示すグラフである。
【図3】実施例1、2、3、4により得られたリボン材の示差熱分析曲線を示すグラフである。
【図4】実施例1、2、3、4により得られたリボン材の透磁率の周波数依存性を示すグラフである。
【図5】金型鋳造法により鋳造棒の合金試料を作製するのに用いる装置を側面から見た概略図である。
【図6】実施例1、2、3、4のバルクガラス合金のX線回折パターン図である。
【図7】実施例1、2、3、4のバルクガラス合金の大きさと外観形状を示す図面代用写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
[(Co1-xFe)0.75B0.25-aSi]100-yMy(ただし、Mは、Nb,Zr,W,Cr,Mo,Hf,V及びTiの中
から選ばれる少なくとも1種の元素であり、かつ0.14≦x≦0.43、0.03≦a
≦0.07、1≦y≦4(原子%)である)で示されることを特徴とするCo-Fe系軟磁性金
属ガラス合金。
【請求項2】
ΔTx=Tx-Tg(ただし、Txは結晶化開始温度、Tgはガラス遷移温度)の式で表される過冷
却液体の温度間隔が35K以上で、換算ガラス化温度Tg/Tl(Tgはガラス遷移温度、Tlは液
相線温度(いずれも絶対温度))が0.55以上であることを特徴とする請求項1記載のC
o-Fe系軟磁性金属ガラス合金。
【請求項3】
磁歪(λs)が6×10-6以下、1kHzでの透磁率(μ) が13400以上、保磁力(Hc)が
2A/m以下、飽和磁束密度(Is)が0.65T以上、の軟磁気特性を有することを特徴と
する請求項1記載のCo-Fe系軟磁性ガラス合金。
【請求項4】
厚さ又は直径2mm〜4mmの範囲でガラス相の体積分率が100%であることを特徴と
する請求項1記載のCo-Fe系軟磁性ガラス合金。
【請求項5】
室温で、圧縮強度が3700MPa以上、ヤング率が180GPa以上、ビッカース硬さ(荷重
:100 g、保持時間:15 s)が1000Hv以上であることを特徴とする請求項1記載のCo-Fe
系軟磁性金属ガラス合金。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2007−77441(P2007−77441A)
【公開日】平成19年3月29日(2007.3.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−265909(P2005−265909)
【出願日】平成17年9月13日(2005.9.13)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2005年3月29日 社団法人日本金属学会発行の「日本金属学会講演概要」に発表
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【Fターム(参考)】