説明

Cr含有条鋼材の製造方法

【課題】スケール剥離性に悪影響を与えるCrを含有するCr含有条鋼材であっても、スケール剥離性を改善でき、表面性状に優れたCr含有条鋼材を製造する。
【解決手段】Crを0.10〜2.0%含む鋼片を加熱炉から取り出し、デスケーリングした後に、熱間圧延するCr含有条鋼材の製造方法であって、(a)前記加熱炉にて、鋼片の表面温度が800℃以上1150℃以下の温度域で15分以上加熱した後、その表面温度(抽出温度)が前記温度域にある鋼片を加熱炉から取り出し、(b)直ちにO濃度:10体積%以上の雰囲気中で、(b−1)鋼片の表面温度が1200℃以上1350℃以下の範囲内の温度(到達温度)となるまで、5℃/sec以上の昇温速度で前記鋼片を急速加熱し、(b−2)上記到達温度で0.1秒以上60秒以下保持した後、(c)デスケーリングすることを特徴とするCr含有条鋼材の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Cr含有条鋼材の製造方法に関するものであり、特に、スケール除去(以下、「デスケーリング」ということがある)により良好にスケールが剥離されて、表面性状に優れたCr含有条鋼材を熱間圧延で製造する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
自動車等に用いられる冷間圧延用鋼、軸受鋼などの条鋼製品は、強度を確保するためCrが添加されることが一般的である。この様なCr含有条鋼材も通常の鋼材と同様に、ビレット等を加熱した後デスケーリングが行われ、次いで熱間圧延して製造される。熱間圧延して製造される製品の表面品質に対する要求は年々厳しくなっている。しかし、鉄鋼を高温で加熱すると、表面に1次スケール(ウスタイト(FeO)、マグネタイト(Fe)、ヘマタイト(Fe)などのFe系酸化物で構成されるスケール)が形成される。またCrを含有する鋼種では、Crを含む鉄酸化物(サブスケール)が1次スケール/地鉄界面に形成される(以下では、1次スケールとサブスケールを併せて「スケール」と総称することがある)。このサブスケールは鋼との密着性が高いため、加熱後に高圧水によるスケール剥離(高圧水デスケーリング)を行っても、上記1次スケールはほぼ除去されるがサブスケールは残留し易い。この残留したサブスケールが熱間圧延時に鋼表面に押し込まれることによって、微細な表面疵や肌荒れなどの表面欠陥がしばしば発生する。
【0003】
この様な事情に鑑みて、デスケーリングによりスケールを良好に剥離して(以下、この様な特性を「スケール剥離性」ということがある)、スケールによる表面欠陥を抑制し、製品の表面品質を高める方法が種々提案されている。
【0004】
例えば特許文献1には、加熱炉にて比較的低温で加熱し、更にその後、誘導加熱装置(インダクションヒーター)にて、大気雰囲気で別途誘導加熱してから、鋼材表面部のスケールを除去する技術が開示されている。
【0005】
特許文献2には、スケール内の気孔の成長を促進させて剥離しやすいスケールを形成すべく、熱間圧延前の加熱時に、条鋼材に直接水を供給しながら一定温度で一定時間以上保持することが規定されている。また、特許文献3にも、スケール内の気孔の成長を促進させて剥離しやすいスケールを形成すべく、熱間圧延前の加熱時に2段階加熱を行っており、各加熱段階の加熱温度・時間および水蒸気濃度を規定している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2007−330984号公報
【特許文献2】特開2002−316207号公報
【特許文献3】特開2003−119517号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、特許文献1に記載の方法をCr含有条鋼材に適用すると、大気中で誘導加熱するため、Cr濃度の非常に高い、鋼材との密着性の高いサブスケールが、鋼材と1次スケールの間に形成されやすく、スケール剥離性を十分に向上することが難しいと考えられる。
【0008】
また、特許文献2および3では、加熱炉での加熱温度・時間および加熱炉内の水蒸気濃度を制御してスケール剥離性の改善を図っている。しかし該方法では、スケール剥離性を十分改善することが難しい。更に上記特許文献2や特許文献3では、スケール剥離性を高めるべく、サブスケールに発生する気孔を増大させる、即ち、サブスケールの物理的な観点(形状)から改善を図っているが、スケール剥離性をより高めるには、サブスケールの化学的な観点(成分組成)から改善を図ることも重要であると考える。
【0009】
本発明は上記の様な事情に着目してなされたものであって、その目的は、スケール剥離性に悪影響を与えるCrを含有する条鋼材であっても、デスケーリング工程でスケールを十分に剥離でき、スケールによる表面欠陥が抑制されて、表面性状の良好なCr含有条鋼材を製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは前記課題を解決するために鋭意検討を重ねた結果、Cr含有条鋼材であっても、加熱炉での加熱温度を制御すると共に、加熱炉抽出直後に所定の条件で鋼片を急速加熱し、到達温度で所定時間保持すれば(好ましくは、該保持時の雰囲気を規定の雰囲気とすれば)、その後のデスケーリング工程でスケールを十分に剥離でき、表面性状に優れたCr含有条鋼材を熱間圧延で製造できることを見出した。
【0011】
即ち、本発明に係るCr含有条鋼材の製造方法は、Crを0.10〜2.0%(質量%の意味。鋼の化学成分において以下同じ。)含む鋼片を加熱炉から取り出し、デスケーリングした後に、熱間圧延するCr含有条鋼材の製造方法であって、
(a)前記加熱炉にて、鋼片の表面温度が800℃以上1150℃以下の温度域で15分以上加熱した後、その表面温度(抽出温度)が前記温度域にある鋼片を加熱炉から取り出し、
(b)直ちにO濃度:10体積%以上の雰囲気中で、
(b−1)鋼片の表面温度が1200℃以上1350℃以下の範囲内の温度(到達温度)となるまで、5℃/sec以上の昇温速度で前記鋼片を急速加熱し、
(b−2)上記到達温度で0.1秒以上60秒以下保持した後、
(c)デスケーリングするところに特徴を有する。
【0012】
前記(b−2)の到達温度で保持する工程の雰囲気は、O濃度:10体積%以上かつHO濃度:5体積%以上35体積%以下を満たす雰囲気であることが好ましい。
【0013】
前記鋼片としては、その成分組成が更に、Si:0.10〜0.40%、C:0.10〜1.50%、およびMn:0.01〜1.5%を満たし、残部が鉄および不可避不純物からなるものが挙げられる。前記鋼片は、更に、Mo:0.01〜0.40%を含むものであってもよい。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、サブスケールとして、地鉄との密着性に劣る脆いFeO主体の酸化層を形成できるため、デスケーリング工程でスケールを十分に剥離でき、表面性状に優れたCr含有条鋼材を熱間圧延で製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】図1は実施例1Aにおけるヒートパターンを示す図である。
【図2】図2は実施例1Bにおけるヒートパターンを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明者らは、スケール剥離性に悪影響を与えるCrを含有する条鋼材であっても、スケール剥離性を改善できる方法について既に提案しているが(例えば、特願2007−214025号)、デスケーリングにおいてスケールをより容易に除去すべく、更に鋭意研究を行った。その結果、次の様な思想に基づいてサブスケールの組成を制御すればよいとの着想を得た。即ち、サブスケールは、鋼材内部に酸化が進展する(内方酸化が進む)ことにより形成される内方酸化層である。この内方酸化の速度が遅い場合、Crがゆっくり濃化してCr濃度の高いサブスケールとなる。このCr濃度の高いサブスケールは、上述した通り鋼材との密着性が高いため好ましくない。
【0017】
これに対し、内方酸化の速度が速い場合には、Crの濃化が進まないうちにサブスケールが形成されるため、FeO(ウスタイト)主体のCr濃度が低いサブスケールが形成されると考えられる。このFeO主体のサブスケールは脆く地鉄と剥離しやすい。よって、内方酸化の速度を速めてFeO(ウスタイト)主体のサブスケールを形成すれば、スケール剥離性が改善するのではないか、との着想のもとで、内方酸化の速度を増加させるべく詳細な条件について更に検討を進めた。
【0018】
その結果、(鋼片を加熱炉で加熱後、抽出)→(デスケーリング)→(熱間圧延)を行う工程において、特に、加熱炉から抽出後に後述する急速加熱を行い、次いで到達温度で所定時間保持(急速加熱・保持)すれば、容易に破壊しやすいサブスケールを形成できると共に、形成されたサブスケールが破壊されやすくなり、スケール剥離性が飛躍的に改善することを見出した。更には到達温度で保持する工程を、O濃度やHO濃度の比較的高い雰囲気下で行うと、内方酸化の速度が更に速くなり、スケール剥離性が更に改善されることを見出した。
【0019】
以下、上記急速加熱・保持の条件を規定した理由について、上記加熱炉での加熱条件を規定した理由と共に詳細に述べる。
【0020】
〔加熱炉での加熱:鋼片の表面温度(加熱温度)が800℃以上1150℃以下である温度域で15分以上加熱〕
加熱炉での鋼片の表面温度(以下、温度および昇温速度については、全て鋼片の表面温度、鋼片の表面温度の昇温速度をいう。)が1150℃を超えると、1次スケールと鋼材がサブスケールを介して強固に密着するため、後述する急速加熱を施してもその効果が発現しにくい。よって加熱炉での加熱は1150℃以下で行う。生産性やエネルギー効率を高める点も併せて考慮すると、1100℃以下とすることが好ましい。
【0021】
一方、鋼片の表面温度が低すぎると、後述する急速加熱を行っても鋼片が十分に加熱されず、熱間圧延が出来なくなるほか、スケールの生成が不十分となり、却ってスケール剥離性を高めることが難しくなる。したがって、加熱炉での加熱温度は800℃以上とする。好ましくは850℃以上である。
【0022】
また上記加熱による効果を十分得るには、上記温度域で15分以上(好ましくは30分以上)加熱する。一方、上記温度域での保持時間が長すぎると、スケールロスが過剰となるほか、脱炭が著しくなるため、上記保持時間は180分以下とすることが好ましい。
【0023】
加熱炉における上記以外の条件については特に問わず、例えばヒートパターンとして、加熱開始から抽出まで上記温度域にある時間が15分間以上となるよう徐々に昇温させてもよいし、後述する実施例に示す通り、上記温度域まで昇温させた後、該温度域で15分以上保持する均熱帯を設けてもよい。また、加熱炉内の雰囲気は特に限定されず、例えばN、HO、CO、Oを、70体積%N−19体積%HO−10体積%CO−1体積%Oの割合で含む雰囲気とすることが挙げられる。
【0024】
〔1200℃以上1350℃以下の範囲内の温度(到達温度)までの昇温速度:5℃/sec以上〕
加熱炉にて上記温度で加熱後は、表面温度が上記温度域にある鋼片を加熱炉から取り出し(この加熱炉から取り出す(抽出)時の鋼片の表面温度を「抽出温度」という)、直ちに(約20秒以内)、該抽出温度から1200℃以上1350℃以下の範囲内の温度(到達温度)まで5℃/sec(秒)以上の昇温速度で加熱する(以下、該昇温速度で到達温度まで加熱することを「急速加熱」ということがある)。この急速加熱を施すことによって、スケールの成長応力を急速に高めて、容易に破壊しやすいサブスケールの形成や、形成されたサブスケールの破壊を促進させることができる。
【0025】
昇温速度が5℃/sec未満の場合は、上記効果が不十分となり、また高温域に曝される時間が長くなり、脱炭が進行するため好ましくない。上記昇温速度は10℃/sec以上とすることが好ましい。尚、昇温速度の上限は特に限定されない。
【0026】
〔急速加熱による到達温度域:1200℃以上1350℃以下〕
急速加熱による到達温度が高いほどスケールの成長が促進され、それに伴い成長応力が増加して、上述した通り、容易に破壊しやすいサブスケールの形成や、形成されたサブスケールの破壊が促進される。この様な効果を発現させるには、急速加熱による到達温度を1200℃以上とする必要がある。一方、到達温度が高すぎると、スケールが急成長し厚くなりすぎて、スケール剥離性が低下する。またスケールロスも多くなる。よって、到達温度の上限は1350℃とする。
【0027】
〔到達温度での保持時間:0.1秒以上60秒以下〕
上記到達温度まで急速加熱後、該到達温度で0.1秒以上保持することで、急速加熱により破壊されたサブスケールを介して、雰囲気中の酸素がスケールと鋼材の界面に導入され、界面の酸素ポテンシャルを高めて鋼材内部への内方酸化を促進させることができる。好ましくは上記保持時間を1秒以上、更に好ましくは3秒以上とする。一方、上記保持時間が60秒を超えると、内方酸化が過剰に進行し、スケールロスが増える。また内方酸化が過剰に進行してスケールが急成長し厚くなりすぎて、スケール剥離性が劣化する。よって上記保持時間を60秒以下(好ましくは30秒以下)とする。
【0028】
〔急速加熱・保持する雰囲気:O濃度が10体積%以上である雰囲気〕
急速加熱・保持する雰囲気中のO濃度を、加熱炉内よりも高くすることにより、内方酸化が促進され、Crの濃化が進まないうちにサブスケールが形成されるため、結果としてCr濃度の低い、FeO(ウスタイト)主体のCr濃度が低いサブスケールが形成されてスケール剥離性が向上する。このような効果を発現させるため、O濃度を10体積%以上とする。好ましくは20体積%以上である。尚、大気中ではO濃度が20体積%であり、大気中で所定時間保持すれば、上記効果が発現される。O濃度の上限は、酸化ロス防止の観点から30体積%とすることが好ましい。
【0029】
〔到達温度で保持する雰囲気:O濃度が10体積%以上かつHO濃度が5体積%以上35体積%以下である雰囲気〕
到達温度で保持する雰囲気は、上記観点からO濃度:10体積%以上を満たすと共に、HO濃度:5体積%以上35体積%以下を満たす雰囲気とすることが好ましい。
【0030】
O含有雰囲気で鋼材を酸化すると、鋼材側に向かって酸化が進む水蒸気酸化が生じる。この水蒸気酸化は、スケール表面で水分子が解離してプロトンを放出し、プロトンがスケール/鋼材界面でスケール中の酸素を奪い、再び水になり鋼材内方への酸化(内方酸化)が促進されることによって生じると言われている。到達温度で保持する際に、この様な水蒸気酸化の効果を組み合わせることで、脆いFeOを主体とした破壊し易いサブスケールがより形成され易くなり、スケール剥離性が飛躍的に改善する。該効果を十分に発揮させるには、雰囲気中のHO濃度を5体積%以上とすることが好ましい。より好ましくは10体積%以上である。一方、HO濃度が高すぎると、相対的に酸素分圧の低下を招く。HOはOよりも酸化作用が小さいため、HO濃度が増加し過ぎると雰囲気全体として酸化作用が減少し、スケール生成が促進されない。よって、HO濃度は35体積%以下とすることが好ましい。HO濃度はより好ましくは30体積%以下である。
【0031】
急速加熱・保持の実施形態として、例えば、加熱炉から鋼片を抽出後、直ちに(約20秒以内)鋼片搬送コンベア上に設置された高周波誘導加熱装置を用いて、例えば大気雰囲気で、規定の到達温度まで急速加熱した後、保温炉(大気雰囲気)にて上記到達温度で所定時間保持することが挙げられる。前記保持時の雰囲気をHO含有雰囲気とするには、上記保温炉内に、例えば上記O濃度およびHO濃度を満たす加湿空気を供給することによって実現することができる。
【0032】
上記保持後は、直ちに(約20秒以内)デスケーリングを実施する。デスケーリングとしては、高圧水デスケーリングが一般的であるが、メカニカルデスケーリングを実施してもよい。
【0033】
その他の製造条件については特に限定されず、例えば、連続鋳造にてビレットを得た場合、該ビレットを加熱炉に導入し、予熱帯、加熱帯、均熱帯を経て、ビレットを規定の抽出温度まで昇温する方法が挙げられる。そして、該抽出温度でビレットを加熱炉から取り出し、上記の通り急速加熱・保持し、次いで高圧水デスケーラーでスケールを除去し、その後、粗圧延、仕上げ圧延、製品水冷、巻取りを順次経て鋼線材を得ることができる。
【0034】
尚、本発明は、強度を付与するために必要な元素であるがスケール剥離性に悪影響を与えるCrを含有する条鋼材を対象に、スケール剥離性を改善するものである。よって本発明は、Crを0.10%以上(好ましくは0.80%以上)含むCr含有条鋼材を対象とする。さらに本発明によれば、Crを多量に含有していても、スケール剥離性を良好にでき、Cr含有量は、例えば、1.0%以上、好ましくは1.10%以上、さらに好ましくは1.20%以上にすることもできる。この様にCrを添加すると、強度を向上させることができるが、Cr量が過剰になると、延性の確保が困難となるため、Cr量は、2.0%以下、好ましくは1.90%以下、更に好ましくは1.50%以下とする。
【0035】
本発明はCrに起因するサブスケールを制御するものであるため、熱間圧延材(条鋼材)として使用できる限り、Cr以外の鋼成分は特に限定されないが、Cr以外の元素とその量が、例えば、Si:0.10〜0.40%、C:0.10〜1.50%、およびMn:0.01〜1.5%を満たし、残部が鉄および不可避不純物からなるものが挙げられる。更に、Mo:0.01〜0.40%を含むものであってもよい。以下、上記各元素について説明する。
【0036】
〔Si:0.10〜0.40%〕
Siは、強度を確保するための重要な元素であり、冷間圧延用鋼(CH鋼)に最低限必要なSi量としてその下限を0.10%とすることが好ましい。一方、延性を確保する観点からは、Si量を0.40%以下とすることが好ましい。
【0037】
〔C:0.10〜1.50%〕
Cも、強度を確保するための重要な元素であり、0.10%以上含有させることが好ましい。一方、優れた冷間加工性を確保するにはC量を1.50%以下とすることが好ましい。
【0038】
〔Mn:0.01〜1.5%〕
Mnは、鋼材の強度および靭性を確保するために有用な元素であり、そのためにはMnを0.01%以上含有させることが好ましい。一方、鋼材の靭性および溶接性を確保する観点からは、Mn量を1.5%以下とすることが好ましい。
【0039】
上記Cr、Si、C、およびMn以外の残部は、鉄および不可避不純物であってもよい。不可避不純物として、例えば、原料、資材、製造設備等の状況によって持ち込まれる不純物が鋼中に含まれることは、当然に許容される。不純物として含まれるP、S、Cu、Niについては、下記に詳述する通り鋼材の表面性状や特性に悪影響を及ぼすことから、下記範囲内に抑えることが好ましい。
【0040】
即ち、Pの微量添加は鋼材の強度を高めるが、過剰に含まれると脆性が高まるため、P量は0.05%以下に抑えることが好ましい。Sは、Mnと反応して硫化物系介在物MnSを形成する。このMnSは熱間加工時に偏析して鋼材を脆化させ、鋼材割れを引き起こす。従ってS量を少なくすることが推奨される。S量は0.05%以下に抑えることが好ましい。
【0041】
Cuも不可避的に混入する元素である。1356Kで液相となり、熱間圧延時の変形中にオーステナイト結晶粒界に浸入して、表面割れを発生させる原因となる。よって、Cu量は0.30%以下(0%を含む)に抑えることが好ましい。Niも、不可避的に混入する元素であり、鋼材表面に不均一に濃化し、スケールの表面の凹凸を大きくしてスケール剥離性を悪化させる。この様な悪影響を抑制するため、Ni量も0.30%以下(0%を含む)に抑えることが好ましい。
【0042】
本発明のCr含有条鋼材は、必要に応じて下記に示す通りMoを更に含んでいてもよい。
【0043】
〔Mo:0.01〜0.40%〕
Moは、鋼材の強度を高めるのに有効な元素であり、該効果を発揮させるには、0.01%以上含有させることが好ましい。一方、Mo量が過剰になると、鋼材の延性が低下するため、Mo量は0.40%以下とすることが好ましい。
【0044】
本発明における条鋼材とは、棒状または線状の鋼材の総称であり、例えば自動車用の懸架ばね、弁ばね、軸受などに用いられうる。
【実施例】
【0045】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0046】
〔実施例1〕
表1に示す合金組成の鋼材を溶製し、φ10mm×12mmtの円柱状に切り出し加工したサンプルを用意した。このサンプルに対し、雰囲気制御が可能な高温圧縮試験機熱処理炉を用いて、下記の実施例1Aまたは実施例1Bに示す処理を施した後、各到達温度でデスケーリングを模擬してサンプルを圧縮し、スケールの除去を行って表面性状(スケール剥離性)を評価した。
【0047】
上記圧縮は、大気雰囲気で圧縮歪率50%、歪速度10mm/secの条件で行い、圧縮後はAr雰囲気で試料を常温まで急冷し、剥離後のスケール生成(2次スケール生成)を抑制した。圧縮後は、サンプル側面の外観をスキャナで取り込み、画像を2値化処理し、圧縮後のサンプルにおけるスケール残留部の面積率(残留スケール面積率)を算出した。そして、残留スケール面積率が20%以下の場合をスケール剥離性に優れていると判断した。
【0048】
【表1】

【0049】
(実施例1A)
実施例1Aでは、図1に示すヒートパターンで加熱し、圧縮(デスケーリング)を行ってスケール剥離性を評価した。
【0050】
具体的には、加熱炉雰囲気をN(残部)−1体積%O−10体積%CO−23体積%HOとし、表2のNo.1〜10については、1100℃で30分加熱し、1次スケールを生成させた後、大気雰囲気で、表2に示す昇温速度(x℃/sec)で表2に示す到達温度まで昇温させ、次いで、該到達温度で表2に示す時間保持した後、圧縮試験を実施した。圧縮試験の結果(残留スケール面積率)を表2に示す。尚、大気雰囲気において、O濃度は約20体積%、HO濃度は5体積%程度である。
【0051】
表2のNo.11は、1100℃で30分加熱した後、本発明で規定の急速加熱・保持を行うことなく圧縮試験を実施した例である。また表2のNo.12は、1200℃で30分加熱した後、本発明で規定の急速加熱・保持を行うことなく圧縮試験を実施した例である。
【0052】
【表2】

【0053】
表2より次の様に考察できる。No.1、2、4、6および7は、いずれも規定のヒートパターンで製造しているため、スケール剥離性に優れている。
【0054】
これに対しNo.3、5、および8〜12は、規定する少なくともいずれかの条件を満たしていないため、表面性状に劣るものとなった。詳細には、No.3および5は、到達温度までの昇温速度が遅いため、脆いサブスケールの形成やサブスケールの破壊が不十分となり、残留スケール面積率が高く、表面性状に劣っている。
【0055】
No.8は、到達温度が1200℃未満であるため、この場合もサブスケールの破壊が不十分となり、表面性状に劣っている。
【0056】
No.9は、到達温度で一定時間保持していないため、破壊したサブスケールを介した酸素の内方拡散が不十分となり、残留スケール面積率が高くなった。
【0057】
No.10は、到達温度での保持時間が長すぎるため、破壊したサブスケールを介した酸素の内方拡散が過剰に進んで、スケールロスが増えると共に、表面性状に劣るものとなった。
【0058】
No.11および12は、本発明で規定する急速加熱・保持を行っていないため、残留スケールがかなり多い結果となった。
【0059】
(実施例1B)
実施例1Bでは、図2に示すヒートパターンで加熱し、圧縮(デスケーリング)を行ってスケール剥離性を評価した。
【0060】
具体的には、加熱炉雰囲気をN(残部)−0.5体積%O−10体積%CO−30体積%HOとし、1000℃で60分加熱して1次スケールを生成させた後、大気雰囲気で急速加熱(昇温速度15℃/sec、到達温度1250℃)を行い、該到達温度にて、表3に示す通り種々のO濃度(X体積%)及びHO濃度(Y体積%)の雰囲気下、5秒間保持し、その後に圧縮試験を行った。圧縮試験の結果を表3に示す。
【0061】
【表3】

【0062】
表3より以下の様に考察できる。即ち、No.13〜16は、O濃度を15体積%で一定とし、HO濃度を変化させた例である。これらの結果から、HO濃度が低すぎても高すぎても残留スケール面積率は増加することが分かる。
【0063】
一方、No.17〜19は、HO濃度を20体積%で一定とし、O濃度を変化させた例である。これらの結果から、雰囲気のO濃度の増加に伴い、残留スケール面積率は減少傾向にあることが分かる。
【0064】
No.21は、HO濃度は本発明で推奨する条件を満たすが、O濃度がかなり低いため、残留スケール面積率が高くなっている。
【0065】
No.20および22は、加熱保持雰囲気におけるO濃度及びHO濃度が共に本発明で推奨する条件を満たしていることから、残留スケールが少なく、スケール剥離性に優れている。
【0066】
[実施例2]
実操業を模擬して加熱およびスケール剥離を実施し、スケール剥離後の鋼材の表面性状を調べた。
【0067】
まず、下記の表4に示す鋼材を溶製し、鋳造して150mm角のビレットを得た。そして、加熱炉にて、加熱炉での保持温度(表5)まで昇温させ、該温度で30分保持する加熱を行った後、該温度の鋼片を加熱炉から抽出し、加熱炉に隣接されたインダクションヒーター(雰囲気:大気)にて、表5に示す到達温度まで表5に示す昇温速度で加熱する急速加熱を行った。インダクションヒーターから抽出後、大気雰囲気(窒素、酸素以外に水蒸気を5体積%程度含む)、または、O濃度およびHO濃度を調整した雰囲気下にて、上記到達温度で表5に示す時間保持した後、150MPaの高圧水デスケーリングを施し、次いで熱間圧延して直径8.0mmの鋼線材を製造した。尚、加熱炉の燃焼用ガスにはLNGガスを使用し、加熱炉雰囲気はいずれもN(残部)−1体積%O−10体積%CO−23体積%HOに調整した。インダクションヒーターから抽出した後の雰囲気の調整は、ビレットの周囲を覆うブースを設置し、ブース内壁に設置したノズルから酸素ガス、窒素ガス並びに水を導入することで行った。
【0068】
【表4】

【0069】
【表5】

【0070】
上記製造された各鋼線材のスケール起因の表面疵を評価するため、鋼線材の断面を100倍の倍率で光学顕微鏡観察し、表面疵の有無ならびに個数をカウントした。
【0071】
尚、本発明で対象とする表面疵とは、「疵深さが10μm以上に達する、スケール起因の表面疵」をいう。疵深さが10μm未満の疵は、表面疵としては認識されず、加工時に割れなどの問題を引き起こすことは実質的にないので、疵深さが10μm以上に達する疵のみを対象とした。また、スケール起因の表面疵であるかどうかの確認は次の方法によった。即ち、全表面疵の断面をEPMAマッピングにより500倍の倍率で分析し、Cr濃度が鋼線材全体の平均Cr濃度の2倍以上である領域を、サブスケール(FeCr)が押し込まれたスケール起因の表面疵であると判断した。
【0072】
表面性状の評価は、鋼線材の長手方向(鋼の圧延方向)に垂直な10箇所以上の横断面で観察される上記表面疵の個数を計測し、その平均値(表面疵個数の平均値)を下式(1)により算出し、下記の5段階に分類整理して評価した。そして、ランク1以下の場合を、スケール起因の表面疵に関して製品としては全く問題がないと評価した。これらの結果を表5に示す。
表面疵個数の合計数/測定断面数の合計数=1測定断面当たりの表面疵個数…(1)
(表面疵のランク)
・ランク0:表面疵個数の平均値が0個(疵なし)のもの
・ランク1:表面疵個数の平均値が0個超10個以下のもの
・ランク2:表面疵個数の平均値が10個超20個未満のもの
・ランク3:表面疵個数の平均値が20個以上30個未満のもの
・ランク4:表面疵個数の平均値が30個以上のもの
【0073】
表5より次の様に考察できる。即ち、No.23〜26は、SCR鋼を用い加熱炉からの抽出温度を変化させて検討した例であり、急速加熱・保持の諸条件はすべて規定を満たしている。このうちNo.23は、加熱温度(加熱炉からの抽出温度)が本発明で規定する温度よりも低いため、急速加熱によるスケール剥離性の改善が不十分であり、表面疵が不合格レベルとなった。No.26は、加熱温度(加熱炉からの抽出温度)が高すぎるため、加熱炉で生成したサブスケールを介して1次スケールと鋼材が強固に密着してしまい、急速加熱を行ってもスケール剥離性が改善されなかった。
【0074】
No.24、25、27、29、32、34は本発明の条件を満たしており、いずれも疵レベルは合格レベルとなった。
【0075】
No.28および30は、到達温度までの昇温速度が遅いため、表面疵が不合格レベルとなった。
【0076】
No.31は、到達温度が1200℃未満であるため、表面疵が不合格レベルとなった。一方、No.35は、到達温度が1350℃を超えるため、スケールが急成長し、スケール剥離性が悪化した。
【0077】
No.33は、到達温度に達した後、該到達温度で保持していないため、破壊したサブスケールを介した酸素の内方拡散が不十分となり、表面疵が不合格レベルとなった。
【0078】
No.36は、到達温度での保持時間が長すぎるため、破壊したサブスケールを介した酸素の内方拡散が過剰に進み、スケールが急成長し厚くなりすぎて、スケール剥離性が悪化する結果となった。
【0079】
No.37および38は、規定の急速加熱・保持を行わなかった比較例であり、いずれも疵レベルが高く不合格となっている。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Crを0.10〜2.0%(質量%の意味。鋼の化学成分において以下同じ。)含む鋼片を加熱炉から取り出し、デスケーリングした後に、熱間圧延するCr含有条鋼材の製造方法であって、
前記加熱炉にて、鋼片の表面温度が800℃以上1150℃以下の温度域で15分以上加熱した後、その表面温度(抽出温度)が前記温度域にある鋼片を加熱炉から取り出し、
直ちにO濃度:10体積%以上の雰囲気中で、鋼片の表面温度が1200℃以上1350℃以下の範囲内の温度(到達温度)となるまで、5℃/sec以上の昇温速度で前記鋼片を急速加熱し、上記到達温度で0.1秒以上60秒以下保持した後、
デスケーリングすることを特徴とするCr含有条鋼材の製造方法。
【請求項2】
前記到達温度で保持する工程の雰囲気は、O濃度:10体積%以上かつHO濃度:5体積%以上35体積%以下を満たす雰囲気である請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記鋼片は、更に、
Si:0.10〜0.40%、
C:0.10〜1.50%、および
Mn:0.01〜1.5%
を満たし、残部が鉄および不可避不純物からなるものである請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記鋼片は、更に、Mo:0.01〜0.40%を含むものである請求項3に記載の製造方法。

【図1】
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【図2】
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