説明

Cu−Fe−P−Mg系銅合金および製造法並びに通電部品

【課題】導電性、強度、曲げ加工性、プレス打抜き性を高いレベルでバランス良く兼ね備えた通電部品用の銅合金材料を提供する。
【解決手段】質量%で、Fe:0.15〜0.7%、P:0.04〜0.5%、Mg:0.01〜0.5%であり、必要に応じてSn:0.5%以下を含み、残部が実質的にCu、かつ1.5≦Fe/P≦10、0.5≦Mg/P≦7、Fe+Mg≧0.25を満たす組成を有し、マトリクス中にFe−P系化合物およびMg−P系化合物がいずれも粒径1μm以下の範囲で存在し、かつ前記Mg−P系化合物の粒径0.2超え〜1μmの粒子が100μm2あたり0.3〜10個存在し、好ましくは最後に受けた冷間加工後に新たな再結晶が生じておらず、平均結晶粒径が20μm以下の金属組織を有する銅合金。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バスバー、自動車用コネクタ端子、電気・電子部品の端子等の通電部品用に適した銅合金であって、特に導電性、強度、曲げ加工性、プレス打抜き性を高いレベルでバランスさせたCu−Fe−P−Mg系銅合金およびその製造法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、自動車用ジャンクションボックス(以下「J/B」)等、極間の狭いバスバーには、強度、プレス打抜き性、コストに優れる黄銅が使用されていた。ただし、J/Bの小型化・高密度化が進むに伴いバスバー通電部も細線化されるようになり、黄銅では導電率が低い(約28%IACS)ことによるジュール熱の発生等、諸問題が生じた。
【0003】
このような問題に対応するため、導電率が45%IACS以上で、中強度を有する合金、例えば、Cu−1Ni−0.5Sn−0.05P(C19020合金)、Cu−0.7Mg−0.005P(C18605合金)、Cu−2.2Fe−0.13Zn−0.03P(C19400合金)等の銅合金が開発され、使用されている。この他にも、特許文献1〜10に示されるような高導電型の高強度銅合金が提案されている。
【0004】
【特許文献1】特開平10−130755号公報
【特許文献2】特開平11−343527号公報
【特許文献3】特開2000−54043号公報
【特許文献4】特開2000−239812号公報
【特許文献5】特開昭61−221344号公報
【特許文献6】特開昭61−67738公報
【特許文献7】第2956696号公報
【特許文献8】特表2003−501554号公報
【特許文献9】特公平6−35633号公報
【特許文献10】特開平11−256255号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら近年、自動車の軽量化・高性能化により電装品の回路数が増大する傾向が見られ、バスバーやコネクタには65%IACS以上好ましくは70%IACS以上の導電率を有する銅合金が望まれる。上記の既存銅合金(C19020合金、C18605合金、C19400合金)では導電率の面で昨今のニーズに対応できなくなってきた。
【0006】
また、バスバーの低コスト化・軽量化・小型化等の目的から、中継端子レス化の技術が主流となっている。中継端子レス化とは、従来バスバーとヒューズを接続させるために使用していた中継端子を無くし、新たにバスバー側に圧接方式のメス端子機能(音叉端子)を持たせたものである。つまりこの音叉端子は、バスバー側のプレスで打抜かれた端面を直接ヒューズに接触させて電気的な接続を維持するものであるため、バスバーに使用される材料には、プレスで打抜かれた端面の形状が安定して良好であることが望まれる。この点、上記既存銅合金や特許文献1〜5の銅合金では、プレス打抜き性(端面の形状)について十分な配慮がなされていない。
【0007】
さらに、バスバーやコネクタ等の通電部品には小型化等の要求に伴い、種々の形状に加工しうる優れた加工性が求められ、特に曲げ加工性に優れることが従来にも増して重要になってきた。特許文献6の銅合金は、Ni−P系析出物が生成する合金系により導電率向上、高強度化、および剪断加工性の改善を図ったものであるが、曲げ加工性に関しては必ずしも満足できるものではない。
【0008】
このように、導電性、強度、曲げ加工性、プレス打抜き性を高いレベルでバランス良く兼ね備えた通電部品用の銅合金材料を得ることは難しい。本発明はこれらの各特性を同時に改善した新たな銅合金材料を提供しようというものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するために本発明で提供される銅合金は、質量%で、Fe:0.15〜0.7%、P:0.04〜0.5%、Mg:0.01〜0.5%であり、必要に応じてSn:0.5%以下を含み、残部が実質的にCu、かつ1.5≦Fe/P≦10、0.5≦Mg/P≦7、Fe+Mg≧0.25を満たす組成を有し、マトリクス中にFe−P系化合物および粒径が0.2μmを超える粒子を含むMg−P系化合物がいずれも粒径1μm以下の範囲で存在する金属組織を有する。上記Mg−P系化合物の粒径0.2超え〜1.0μmの粒子が100μm2あたり0.3〜10個存在し、最後に受けた冷間加工後に新たな再結晶が生じていない平均結晶粒径30μm以下の金属組織を有するものが好適な対象となる。平均結晶粒径は20μm以下であることがより好ましい。また、導電率70%IACS以上の導電性、引張強さ400N/mm2以上の強度、板厚と等しい曲げ半径で90°曲げを行った際に割れが生じない曲げ加工性、プレス打抜きした際のエグレ率(後述)が5%以下となるプレス打抜き性を具備するものが好適な対象となる。この銅合金は、曲げ加工部とプレス打抜き部を有し、プレス打抜き端面を電気的接触に利用する通電部品に好適に使用される。
【0010】
ここで、「残部が実質的にCu」とは、本発明の効果を阻害しない範囲で上記以外の元素の混入が許容されることを意味し、「残部Cuおよび不可避的不純物からなる」ものが含まれる。「プレス打抜き端面」はプレス打抜きにより形成された断面である。
【0011】
Fe−P系化合物は原子割合でFeが最も多く含まれ、次いでPが多く含まれる析出相であり、組成式Fe3PまたはFe2Pの化合物を主体とするものである。Mg−P系化合物は原子割合でMgが最も多く含まれ、次いでPが多く含まれる析出相であり、組成式Mg32の化合物を主体とするものである。これらの化合物は例えば電子ビームを化合物粒子に当てる分析手法(EDX等)によって同定することができる。化合物の粒径は例えば電解研磨後にエッチングした断面内に存在する個々の粒子の径(最も長い部分)をSEM像の上で測定することにより定めることができる。SEM像の替わりにTEM像から求めることもできる。「化合物が粒径1μm以下の範囲で存在する」とは、当該化合物の個々の粒子の粒径が1μm以下の範囲に収まっていることをいう。
【0012】
このような銅合金の製造法として、鋳造時の冷却過程で700〜300℃域における鋳片の冷却速度を30〜200℃/min以上とする「鋳造工程」と、材料中心部が850〜950℃域に0.5h以上保持されるように鋳造材を加熱したのち熱間圧延を開始し、熱延最終パスを500〜700℃で終了させ、その後少なくとも500〜300℃域の平均冷却速度を5℃/sec以上として300℃以下の温度域まで急冷する「熱間圧延工程」と、加工率30%以上の冷間圧延を行ったのち400〜600℃で1h以上保持し、その後保持温度から300℃までの冷却速度を20〜200℃/hとして冷却する「冷間圧延→焼鈍工程」を有する製造法が提供される。特に、前記「冷間圧延→焼鈍工程」の後にさらに、加工率70%以下の範囲で冷間圧延を行ったのち250〜400℃域に加熱する「冷間圧延→歪取り焼鈍工程」を有する製造法を採用することができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、65%IACS以上、あるいは70%IACS以上の高い導電性と400N/mm2以上の高い強度を有し、かつ、曲げ加工性とプレス打抜き性を安定的に改善した銅合金が提供可能になった。したがって本発明は、J/Bに代表される自動車用バスバーや、端子など、各種電気・電子部品用通電材料として極めて優れたものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
発明者らの検討によれば、本発明の目的は、Cuマトリクス中においてP化合物を形成する金属元素(Fe、Mg)を適量含有したCu−Fe−P−Mg系銅合金において達成できることがわかった。以下、本発明を特定するための事項について説明する。
【0015】
〔化学組成〕
Feは、Pとの化合物を形成しマトリクス中へ析出することにより、強度向上に寄与する元素である。この効果を十分に発揮させるには0.15質量%以上のFe含有量を確保する必要がある。ただし過剰のFe含有はFe−P系化合物の粗大化による曲げ加工性の低下および導電率の低下を引き起こすので、Fe含有量の上限は0.7質量%に制限される。Fe含有量は0.2〜0.5質量%の範囲とすることがより好ましく、0.25〜0.45質量%が一層好ましい。
【0016】
Pは、一般的に銅合金の脱酸剤として寄与するが、本発明ではFe−P系化合物およびMg−P系化合物の析出によって強度およびプレス打抜き性の向上をもたらす。P含有量が0.04質量%未満では強度や打抜き性の向上作用が十分発揮されない。一方0.5質量%を超えると熱間割れが生じやすくなる。したがってP含有量は0.04〜0.5質量%の範囲とする必要がある。上限は0.5質量%未満に規定することができる。P含有量は0.05〜0.3質量%の範囲とすることがより好ましく、0.06〜0.2質量%が一層好ましい。
【0017】
さらにFeとPの含有量に関しては、Fe/P比(質量%の比)が1.5〜10となるように組成調整することが重要である。Fe/P比が1.5未満ではPの固溶量が増加して導電率の向上が不十分となりやすく、またFe−P系化合物の形成に消費されるPが減少することに伴ってMg−P系化合物の粗大化を招きやすくなり曲げ加工性が低下しやすい。またFe/P比が10を超えると過剰な固溶Feが増加し導電率の低下を招きやすい。Fe/P比は1.5〜5の範囲がより好ましく、2〜5、あるいはさらに2〜4の範囲が一層好ましい。
【0018】
Mgは、単体でも銅合金の強度向上に寄与する元素であるが、単体ではプレス打抜き性の向上効果を有しない。ところが、Pとの化合物を形成すると、プレス打抜き性の顕著な向上作用を発現することがわかった。Mg含有量が0.01質量%未満ではMg−P系化合物の生成量が少なく、プレス打抜き性の向上効果が十分に得られない。一方、過剰なMg添加は導電率の大幅な低下や曲げ加工性の低下を招き、また鋳造時に特別な雰囲気制御が必要となって製造コストの増大を招く。したがってMg含有量の上限は0.5質量%とする必要があり、0.5質量%未満に規定することがより望ましい。Mg含有量は0.05〜0.3質量%の範囲とすることがより好ましく、0.06〜0.25質量%が一層好ましい。
【0019】
さらにMgとPの含有量に関しては、Mg/P比(質量%の比)が0.5〜7となるように組成調整することが重要である。Mg/P比が0.5未満ではPの固溶量が増加して導電率が低下する。また、Mg/P比が大きくなりすぎるとMgの固溶量が増加して導電率が低下する。Mg/P比は0.5〜4の範囲がより好ましく、0.5〜4、あるいはさらに0.6〜2.5の範囲が一層好ましい。
【0020】
FeとMgの総量に関しては、Fe+Mg≧0.25となるように組成調整することが重要である。これより少ないと析出するP化物の総量が少ないため、強度、打抜き性が低下しやすい。Fe+Mg≧0.3にコントロールすることが一層好ましい。
【0021】
Snは、マトリクス中に固溶し強度向上に寄与するため、必要に応じて添加することができる。ただし、0.5質量%を超えてSnを添加すると強度が上昇する反面、導電率の低下が著しくなる。したがってSnを添加する場合は0.5質量%以下の範囲で行う。0.5質量%未満に規定することもできる。Sn添加による強度向上作用を十分に引き出すには0.01質量%以上のSn含有量を確保することが望ましい。特に好ましいSnの含有量範囲は0.03〜0.3質量%である。
【0022】
その他、Cuマトリクスに固溶する元素や、P化合物を形成する元素はできるだけ低減することが望ましい。具体的には、銅合金中に混入されうるZn、Ti、Al、Ni、Si、B、As、Sb、Ag、Pb、Be、Zr、Cr、Mn、Inなどは、個々の元素の含有量を0.1質量%以下好ましくは0.01質量%未満に抑え、かつこれらの合計含有量を0.2質量%以下好ましくは0.1質量%未満とすることが望ましい。このうちNiについては、Niの混入量が0.01%以上のときはMg/Ni≧20となるようにMg含有量を確保することが望ましい。そうしないとPがNi−P系化合物に消費され、本発明で必要とするMg−P系化合物の量を十分確保できない恐れがある。
【0023】
〔金属組織〕
Fe−P系化合物は、マトリクス中に分散して存在することにより強度向上に寄与する。ただし、その粒子サイズのコントロールが重要である。種々検討の結果、鋳造―熱延工程の冷却速度、過熱条件を制御しなければ、粒径が1μmを超えるFe−P系化合物粒子が容易に生成し、曲げ加工性の大幅な低下が生じることが明らかになった。また、そのような粗大な粒子は強度向上にも寄与せず、Pの消費によりMg−Pの生成を抑制する。したがって、本発明の銅合金では粒径1μm以下の範囲でFe−P系化合物が分散していることが重要である。
【0024】
Mg−P系化合物は、本発明においてプレス打抜き性を向上させるために重要である。この化合物粒子がマトリクス中に分散していることにより、プレス打抜き面におけるエグレ率(後述)が低減され、当該部品は打ち抜かれた端面における電気的な接続が良好になる。Mg−P系化合物によりエグレ率が低減されるメカニズムについては現時点で十分解明されていないが、適度な大きさのMg−P系化合物粒子がプレス打抜き時の破断発生の起点や亀裂の伝播経路として機能し、結果的にプレス打抜き面の形状がフラットに近づくのではないかと推察される。上記のFe−P系化合物にはこのような機能は見出せない。
【0025】
上記Fe−P系化合物と同様、Mg−P系化合物も、その粒子の粒径が1μm以下である必要がある。これより大きな粒子の存在は曲げ加工性の弊害となる。また、プレス打抜き性の向上効果を十分に発揮させるには、粒径0.2μmを超えるMg−P系化合物粒子が存在していることが極めて有効であることがわかった。ただし粒径0.2μm以下のMg−P系化合物粒子が混在していても構わない。Mg−P系化合物の析出量は、後述のエグレ率が5%以下となる量が確保されていれば良いが、65%IACS以上、あるいは75%IACS以上といった高い導電率を得るためには、以下の析出物サイズ・量が必要である。具体的には、Mg−P系化合物が粒径0.2超え〜1μmの粒子が100μm2あたり0.3〜10個存在する組織状態とすることにより、プレス打抜き性を顕著に改善することができる。0.3個未満ではプレス打抜き性の改善が不十分となりやすく、10個を超えると曲げ加工性が悪くなりやすい。100μm2あたり1〜10個の範囲で存在することがより好ましい。ここで、粒径0.2超え〜1μmのMg−P系化合物粒子の100μm2あたりの個数は、試料の表面を電子顕微鏡(SEM)により倍率10000倍にてフォーカスを固定した状態で観察することによって粒径0.2超え〜1.0μmのMg−P系化合物の個数をカウントし、その個数に「100μm2/観察視野のトータル面積」を乗じることによって算出される。観察される粒子がMg−P系化合物であるかどうかは倍率を高くして判定するか、SEMに付属の分析手段(EDXなど)によって判定することができる。粒径は観察される粒子の長径を読み取る。観察視野のトータル面積は250μm2以上となるようにする。
【0026】
マトリクスの平均結晶粒径は最後の再結晶を伴う焼鈍後の段階において30μm以下に調整されていることが望ましい。好ましくは20μm以下である。この段階の平均結晶粒径の値は、最終的に冷間圧延および歪取り焼鈍を行った後の平均結晶粒径の値にほぼそのまま反映される。平均結晶粒径が大きくなりすぎると曲げ加工性の低下を引き起こしやすい。また、冷間加工されたのち新たな再結晶が生じていない金属組織を呈するものは特に高い強度を兼備する。結晶粒が加工方向に伸びていることが光学顕微鏡観察によって確認できる場合は「冷間加工された金属組織」を呈すると判断される。後述する歪取り焼鈍の温度が高すぎた場合などは「冷間加工された金属組織」の中に新たな再結晶粒の生成が認められるか、全体が新たな再結晶組織となる。このような場合、軟化が生じて400N/mm2以上といった高強度化を達成することは難しい。
【0027】
〔製造法〕
本発明の銅合金は、例えば以下のような一般的な時効硬化型銅合金の製造プロセスを利用して製造できる。
「溶解→鋳造→熱間圧延→(冷間圧延→中間焼鈍)→冷間圧延→焼鈍→冷間圧延→歪取り焼鈍」
目標板厚やライン構成に応じて、「冷間圧延→中間焼鈍」の工程を1回または複数回挿入することができる。また、冷間圧延前には面削、酸洗、脱脂などの工程が必要に応じて実施される。
ただし、前述のような金属組織にコントロールするには、合金組成を上述のように調整した上で、製造条件を以下に示すように工夫する必要がある。
【0028】
まず、「鋳造工程」において、鋳造された鋳片(スラブ、ビレット、インゴットなど種々の形態が含まれる)を冷却する際、700〜300℃域における鋳片の冷却速度を30〜200℃/min以上とする必要があり、30〜150℃/minとすることが望ましい。この段階での冷却速度が遅すぎると、特に粗大なFe−P系化合物が成長し、後の工程で粒径1μm以下の析出形態にコントロールすることが困難になる。その結果、曲げ加工性を安定して改善することが難しくなる。
【0029】
「熱間圧延工程」では、熱延前の鋳造材(鋳片そのもの、または鋳片を所定サイズに切断したもの)を、その材料中心部が850〜950℃域好ましくは880〜950℃域に0.5h以上好ましくは1h以上保持されるように炉に入れて加熱保持する。これにより鋳造時に生じた析出相が再固溶し、組織が均質化される。この加熱が不十分であると鋳造で析出した粗大なFe−P系化合物が再固溶しないためPがFe−P系化合物に消費されたままとなり、打抜き性に寄与するMg−P系化合物の析出量が減少する。その後、材料を炉から取り出した後、熱間圧延を開始し、熱延最終パスを500〜700℃で終了させる。熱間圧延温度が500℃を下回ると、粒径1μmを超える粗大な化合物相の形成を招き好ましくない。また、700℃を超える温度で最終パスを終了させると、0.2〜1.0μmのMg−P化合物が得られず、十分な打抜き性が実現できない。熱延最終パス温度を500℃以上650℃未満とすることがより好ましい。パス間での材料温度の低下を防止するには、圧延途中の板を保温または加熱する設備をもつ熱間圧延機を使用することが有利である。熱延最終パスを終えた後、できるだけ早く材料を強制急冷することが望ましい。具体的にはローラーテーブル上で水冷するか、巻き取ったコイルを直ちに水中浸漬する方法が採用できる。このようにして少なくとも500〜300℃域の平均冷却速度を5℃/sec以上として300℃以下の温度域まで急冷することが重要である。この温度域での滞留時間が長くなると粒径1μmを超える粗大な化合物相が形成されてしまう。
【0030】
熱間圧延後には、通常、面削や酸洗などにより表面の酸化スケールを除去する操作が入る。その後、必要に応じて「冷間圧延→中間焼鈍」の工程を1回または複数回行った後、時効処理を行う。ただし、一定以上の加工率で冷間圧延された材料に対して時効処理を施すことが、本発明で規定する金属組織を得る上で極めて効果的である。本明細書ではこの工程を「冷間圧延→焼鈍工程」と呼んでいる。
【0031】
「冷間圧延→焼鈍工程」では、まず材料に加工率30%以上の冷間圧延を施す。その後、400〜600℃で1h以上保持し、その後保持温度から300℃までの冷却速度を20〜200℃/hとして冷却する焼鈍を施して再結晶化および時効処理を行う。上記加工率が30%に満たないと再結晶化が十分に進行しない場合があり、マトリクスの結晶粒径が一部粗大化したまま残って不均一な結晶粒組織となりやすく、導電性、曲げ加工性、プレス打抜き性に悪影響を及ぼす場合がある。また、析出核の生成が起こりにくく、Fe−P系化合物およびMg−P系化合物を微細に分散させる上で不利となる。この冷間圧延での加工率の上限は特に規定する必要はないが、通常、85%以下の加工率範囲で良好な結果が得られる。過剰に高い加工率に設定することは圧延機等に対する負荷を増大させ、望ましくない。焼鈍においては、再結晶粒の平均結晶粒径が20μm以下になるような条件を採用することが重要である。保持温度が400℃未満であったり、保持時間が1hに満たないと、析出量の確保や再結晶化が不十分になりやすく、好ましくない。430℃を超える保持温度とすることが特にプレス打抜き性を改善するための上記Mg−P系化合物の析出形態を実現する上で有利となる。保持温度が600℃を超えて高い場合は、Fe−P系化合物およびMg−P系化合物が十分に析出し難く、また結晶粒の粗大化が生じやすいので、好ましくない。保持時間が過剰に長いと生産性が低下するので、24h以下とすればよい。通常は1〜6h程度の保持で良好な結果が得られる。また、加熱保持後の冷却速度が速すぎると必要な析出物の生成量を十分確保できなくなるので、少なくとも300℃までの冷却速度を200℃/h以下とすることが望ましく、150℃/h以下とすることがより好ましく、120℃/h以下が一層好ましい。ただし、冷却速度を過剰に遅くすることは製造性の低下を招くので、20℃/h以上、好ましくは50℃/h以上とすればよい。
【0032】
以上のような製造条件を採用することで所望の金属組織が得られるが、その後、最終的な板厚調整や更なる強度向上のために、冷間圧延を行うことができる。ただしその場合、最終的に歪取り焼鈍を行うことが望ましい。本明細書ではこの最終的な冷間圧延および歪取り焼鈍の工程を「冷間圧延→歪取り焼鈍工程」と呼んでいる。
【0033】
「冷間圧延→歪取り焼鈍工程」では、冷間加工率を70%以下の範囲とすることが望ましい。過剰に高い加工率に設定すると材料中の歪量が増加し、曲げ加工性が低下する。ただし、強度向上効果を十分に得るには20%以上の加工率を確保することが好ましい。歪取り焼鈍は、一般に連続焼鈍炉またはバッチ焼鈍炉で行われる。いずれの場合も材料の物温が250〜400℃となるように保持する。保持温度が250℃より低い場合は、歪みの除去効果が十分に得られず、特に冷間加工率が高い場合には曲げ加工性の改善が難しい。保持温度が400℃を超えると材料の軟化が生じやすく、好ましくない。保持時間は、連続焼鈍の場合は3〜120sec、バッチ焼鈍の場合は1〜24h程度とすればよい。焼鈍後の冷却過程では特段の急冷を行う必要はなく、炉外で放冷して構わない。
【実施例】
【0034】
表1に示す各組成の銅合金を製造して、合金組成の影響を調べた。
各合金を高周波溶解炉を用いてAr雰囲気中で溶解し、カーボン鋳型中へ鋳込んだ。この場合、700〜300℃域におけるインゴット中心部の冷却速度が約50℃/minになることを別途実験により確かめてある。得られたインゴットから厚さ30mm、幅40mm、長さ40mmの鋳造材を切り出し、これを900℃×1h保持したのち抽出し、熱間圧延に供した。このサイズの鋳造材の場合、900℃×1hの保持により、材料中心部は少なくとも880℃以上で0.5h保持されていることになる。熱間圧延の最終パスを700〜500℃で終了して熱延板を得た。熱延後には、熱延板を直ちに水中浸漬した。このとき、少なくとも500〜300℃域を平均冷却速度5℃/sec以上で通過したことになる。熱延板表面の酸化物を除去した後、加工率74%で冷間圧延し、次いで500℃で2h保持したのち炉内において2hで300℃まで冷却を行い、炉から出した。さらに加工率47%の冷間圧延を行った後、300℃で1h保持する歪取り焼鈍を行い、板厚0.64mmの供試材とした。
【0035】
【表1】

【0036】
各供試材から試験片を作製し、引張強さ、導電率、曲げ加工性、エグレ率を測定した。また、供試材の組織観察を行い、析出物のサイズを測定した。
【0037】
引張強さは、圧延方向に平行方向の引張試験片を用いてJIS Z2241に従って測定した。
導電率はJIS H0505に従って測定した。
曲げ加工性は、JBMA T307(日本伸銅協会規格)に準じたW曲げ試験方法によって、曲げ軸が圧延方向に対し平行方向(BW)となる曲げ試験を実施してMBR/t(tは板厚)により評価した。MBR/t値が1.0以下であれば通電部品用素材として良好な曲げ加工性を有していると評価され、0.5以下であれば厳しい加工にも耐えうる優れた曲げ加工性を有すると評価される。
【0038】
エグレ率は、プレス打抜き性を評価する指標である。図1にプレス打抜き部分の断面写真を例示する。エグレ率とは、プレス打抜き端面(図1の部品では左側の面)に形成された「破断面」に対応する部分の欠損の大きさ(深さ)Aを板厚tで除した値をパーセント表示したものである。この値を求めるためのプレス打抜き試験は、クリアランス3〜10%(例えば8%)の条件で打ち抜いた場合の値が採用できる。ただし、
クリアランス=(パンチとダイの隙間)/(材料の板厚)×100
である。
ここではクリアランス=8%とし、円パンチで打ち抜かれた打抜き面の圧延方向に対して垂直な方向と平行な方向の2箇所について各N=2で測定した計4箇所の平均値をエグレ率とした。このエグレ率が5%以下であれば、打抜き端面を電気的接触に利用する通電部品用素材として良好なプレス打抜き性を有すると評価され、3%以下であることが特に好ましい。
【0039】
平均結晶粒径は、加工率74%の冷間圧延を行った材料に対して付与した焼鈍(再結晶を伴う最終の焼鈍)後における試料表面について研磨およびエッチングを行った後、光学顕微鏡により組織観察を行って求めた。具体的には約15300μm2の観察視野をランダムに3視野を選択し、切断法により求め、その平均値を使用した。
析出物に関しては、歪取り焼鈍後の材料について、SEMに付属のEDXにより析出物の同定を行い、Fe−P系化合物とMg−P系化合物の存在有無を調べた。その結果、全ての実施例についてはFe−P系化合物およびMg−P系化合物が存在することが確認された。また、個々の粒子について、SEM画像から長径を測定してその値を当該粒子の粒径とし、粒径1μmを超える粒子の有無を調べた。約250μm2の観察視野をランダムに3視野を選択し、全ての視野において粒径1μmを超える粒子の存在が認められない場合は「無」と表示し、いずれかの視野に粒径1μmを超える粒子が存在している場合は「有」と表示した。Mg−P系化合物についてはさらに粒径0.2μm超え〜1μmの粒子が存在しているかどうかについても調べた。上記3視野のうち全ての視野に粒径0.2μm超え〜1μmのMg−P系化合物粒子が存在している場合は「有」と表示し、それ以外の場合を「無」と表示した。また、より詳細にMg−P系化合物の析出状態を調べるために、100μm2あたりに存在する粒径0.2μm超え〜1μmのMg−P系化合物の個数を測定した。具体的には、SEMにより倍率10000倍にて歪取り焼鈍後の材料の表面を観察した。任意の3視野について、フォーカスを固定した状態で粒径0.2超え〜1μmのMg−P系化合物の個数をカウントし、その合計個数に「単位面積100μm2/3視野のトータル観察面積256.92μm2」を乗じることによって100μm2あたりの個数を算出した。
これらの結果を表2に示す。
【0040】
【表2】

【0041】
表2からわかるように、本発明で規定する組成を有する実施例1〜9の銅合金では、引張強さ400N/mm2以上、導電率70%IACS以上、曲げ加工性MBR/t値0.5以下、エグレ率5%以下の特性が得られ、通電部品用素材として望まれる強度、導電性、曲げ加工性およびプレス打抜き性を高いレベルでバランス良く兼ね備えた銅合金が実現できた。
【0042】
これに対し、比較例1はFe含有量が高すぎたことにより粗大なFe−P系化合物が析出し、曲げ加工性に劣った。比較例2はFe含有量が少なく、Fe/P比が小さくなりすぎたことにより粗大なMg−P系化合物が形成され、曲げ加工性が著しく低下した。比較例3はP含有量が低すぎたためP化合物の析出が不十分となり、過剰な固溶Feおよび固溶Mgの存在により導電率が低くなった。比較例4はFeが含有されていないためMg−P系化合物が粗大化し、曲げ加工性が著しく低下した。比較例5はMgが含有されていないためMg−P系化合物が存在せず、エグレ率が高くなってプレス打抜き性に劣った。比較例6はNi含有量が0.1%を超えて多かったため導電率が低く、また固溶量が増加したため、曲げ加工性が悪かった。比較例7はMg含有量が0.5%を超えて多かったため導電率が低く、また0.2超え〜1μmのMg−P系化合物の存在量が多くなって曲げ加工性に劣った。比較例8はMg+Feの総量が少ないため、強度が低く、エグレ率が高くなってプレス打抜き性に劣った。
【0043】
次に、上記実施例1と同じ組成の銅合金を用いて、製造条件の影響を調べた。なお、比較例18は、熱間圧延後に「加工率74%で冷間圧延→380℃で5h保持→所定の速度で冷却→炉から取り出す」という工程を2サイクルし、最後に「加工率47%の冷間圧延→300℃で1h保持する歪取り焼鈍」の工程にて板厚0.64mmの供試材としたものである。各合金の製造条件を表3に、また得られた材料の特性を表4に示す。
【0044】
【表3】

【0045】
【表4】

【0046】
実施例1、実施例10、実施例11はいずれも本発明規定範囲の製造条件で製造したものであり、通電部品用素材として望まれる強度、導電性、曲げ加工性およびプレス打抜き性を高いレベルでバランス良く兼ね備えた銅合金が実現できた。
【0047】
これに対し比較例9では「鋳造工程」において700〜300℃域のインゴットの冷却速度を10℃/minと遅くコントロールした。実験に用いた規模のインゴットでは普通に鋳込んだ場合に700〜300℃の冷却速度が30〜150℃/min(適正条件)になる。このため大量生産現場で特段の冷却を行わなかった場合の遅い冷却速度を模擬的に作り出す目的で、シリコニット炉を用いてインゴットを炉内で冷却することにより10℃/minの冷却速度にコントロールした。その結果、鋳造の段階で粒径1μmを超える粗大なFe−P系化合物が生成してしまい、曲げ加工性に劣った。比較例10は鋳造後水冷を行い700〜300℃の冷却速度を300℃/minとした。冷却が強かったため、熱衝撃によりインゴット表面及び断面に割れが確認され、鋳造以下の通板を中止した。比較例11は「熱間圧延工程」での加熱温度が800℃と低いため、粗大なFe−P系化合物が残留し、曲げ加工性が低下した。比較例12は「熱間圧延工程」での最終パス温度が800℃と高いことにより粒径が0.2μmを超え1μm以下のMg−P系化合物粒子が生成しなかったため、エグレ率が高くプレス加工性が低下した。比較例13は「熱間圧延工程」での冷却速度が1℃/secと遅いため、析出物が粗大化し、曲げ加工性が低下した。比較例14は「冷間圧延→焼鈍工程」での加工率が20%と低いことにより焼鈍時に再結晶が生じず、圧延組織が残留する混粒組織となったため、曲げ加工性及びプレス加工性が低下した。比較例15は「冷間圧延→焼鈍工程」での時効焼鈍における温度が700℃と高いことによりFe−P系化合物およびMg−P系化合物の析出が生じず、また結晶粒が粗大化したため、導電率が低く、曲げ加工性およびプレス加工性が低下した。比較例16は「冷間圧延→焼鈍工程」での時効焼鈍における温度が350℃と低いことによりFe−P系化合物およびMg−P系化合物の析出が十分ではなく、また再結晶が生じなかったため、導電率および曲げ加工性が低下した。比較例17は「冷間圧延→歪取り焼鈍工程」での歪取り焼鈍温度が500℃と高いことにより新たな再結晶が生じて材料が軟化し、強度が低くプレス打抜き性が低下した。比較例18は熱延終了温度が720℃と高いため0.2超え〜1.0μmのMg−P系化合物が得られておらず、プレス打抜き性が低下した。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1】エグレ率を説明するためにプレス打抜き部分の断面を示した図面代用写真。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、Fe:0.15〜0.7%、P:0.04〜0.5%、Mg:0.01〜0.5%、残部が実質的にCu、かつ1.5≦Fe/P≦10、0.5≦Mg/P≦7、Fe+Mg≧0.25を満たす組成を有し、マトリクス中にFe−P系化合物および粒径が0.2μmを超える粒子を含むMg−P系化合物がいずれも粒径1μm以下の範囲で存在する金属組織を有する銅合金。
【請求項2】
質量%で、Fe:0.15〜0.7%、P:0.04〜0.5%、Mg:0.01〜0.5%、残部が実質的にCu、かつ1.5≦Fe/P≦10、0.5≦Mg/P≦7、Fe+Mg≧0.25を満たす組成を有し、マトリクス中にFe−P系化合物およびMg−P系化合物がいずれも粒径1μm以下の範囲で存在し、かつ前記Mg−P系化合物の粒径0.2超え〜1μmの粒子が100μm2あたり0.3〜10個存在し、最後に受けた冷間加工後に新たな再結晶が生じていない平均結晶粒径30μm以下の金属組織を有する銅合金。
【請求項3】
さらにSn:0.5%以下を含む組成を有する請求項1または2に記載の銅合金。
【請求項4】
冷間加工されたのち新たな再結晶が生じていない金属組織を有する請求項1〜3のいずれかに記載の銅合金。
【請求項5】
平均結晶粒径が20μm以下の金属組織を有する請求項1〜4のいずれかに記載の銅合金。
【請求項6】
導電率70%IACS以上の導電性、引張強さ400N/mm2以上の強度、板厚と等しい曲げ半径で90°曲げを行った際に割れが生じない曲げ加工性、プレス打抜きした際のエグレ率が5%以下となるプレス打抜き性を具備する請求項1〜5のいずれかに記載の銅合金。
【請求項7】
鋳造時の冷却過程で700〜300℃域における鋳片の冷却速度を30〜200℃/min以上とする「鋳造工程」と、材料中心部が850〜950℃域に0.5h以上保持されるように鋳造材を加熱したのち熱間圧延を開始し、熱延最終パスを500〜700℃で終了させ、その後少なくとも500〜300℃域の平均冷却速度を5℃/sec以上として300℃以下の温度域まで急冷する「熱間圧延工程」と、加工率30%以上の冷間圧延を行ったのち400〜600℃で1h以上保持し、その後保持温度から300℃までの冷却速度を20〜200℃/hとして冷却する「冷間圧延→焼鈍工程」を有する請求項1〜6のいずれかに記載の銅合金の製造法。
【請求項8】
前記「冷間圧延→焼鈍工程」の後にさらに、加工率70%以下の範囲で冷間圧延を行ったのち250〜400℃域に加熱する「冷間圧延→歪取り焼鈍工程」を有する請求項7に記載の銅合金の製造法。
【請求項9】
請求項1〜6のいずれかに記載の銅合金からなり、曲げ加工部とプレス打抜き部を有し、プレス打抜き端面を電気的接触に利用する通電部品。

【図1】
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