説明

D−マンデル酸誘導体脱水素酵素

【課題】本発明は、D−マンデル酸誘導体に対して特異的に作用する新規酵素を提供することを課題とする。さらには、本発明は当該新規酵素を用いたD−マンデル酸誘導体の簡易測定方法を提供することを課題とする。
【解決手段】D−マンデル酸誘導体資化性菌より分離される、D−マンデル酸誘導体の脱水素酵素による。さらには、本発明の脱水素酵素と検体を混合し、触媒反応により発せされるシグナル、例えば還元化補酵素や触媒反応により発せられる電流を検出することによりD−マンデル酸誘導体を測定することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、D−マンデル酸誘導体に対する新規脱水素酵素に関する。さらには、当該新規脱水素酵素を用いて測定するD−マンデル酸誘導体の簡易検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
副腎髄質や交換神経節で生成されるカテコールアミン(ノルアドレナリン、アドレナリン)は、通常、生体内で代謝を受け最終産物としてバニリルマンデル酸(バニルマンデル酸ともいわれる。以下、単に「VMA」という場合もある。)となる(図1参照)。最終産物として生成したVMAは尿へ排出される。副腎髄質や交換神経節から発生する腫瘍では、カテコールアミンが過剰に産生され、これが代謝されるために必然的にVMAが高値となる。このような病態は小児においては神経芽細胞腫があり、小児癌として白血病についで患者数が多く、小児癌全体の約1割を占め、およそ10万人に8〜9人の割合で症状が出るといわれている。また、成人では褐色細胞腫が知られる。このことから尿中VMAは、これらの腫瘍マーカーとして測定されている。
【0003】
現在のVMAの測定方法としては、主にHPLC(高速液体クロマトグラフィー)が用いられている(特許文献1)。他に、薄層クロマトグラフによる方法、VMAを9−アンスリルジアゾメタンで処理してアンスリルメチルエステルのようにVMAを誘導体化した後、蛍光検出する方法(特許文献2)、酢酸エチル抽出後比色定量する方法、ガスクロマトグラフによる方法などが知られている。しかし、これらの方法では、被検試料中にタンパク質が混在すると、カラムにタンパク質が吸着するなどにより測定に支障をきたすため、除タンパク処理の必要があった。このように、従来の方法は尿中タンパク質を除去するために、抽出処理やイオン交換樹脂で分離し、その一部を測定に用いるなど、煩雑でコストのかかる方法であった。さらに、上記方法の場合は、溶離液などの溶媒などを多量に必要とすることから、コストのみならず環境面に対する問題も考えられる。また、HPLCにおいて、紫外吸光度検出器(UV検出器)を用いて測定する場合には、酸性蓄尿する必要があるといわれている。これは、微生物の繁殖を防いだり、pH環境によりVMAの極大吸収にずれが生じたりすることにより、検出感度が変わるなどの問題が挙げられる。上記の方法では、処理が煩雑であり、多くの検体を処理することも困難である。
【0004】
L−マンデル酸に対して、FMN(flavin mononucleotide)を補酵素とし、デヒドロゲナーゼ活性を有するRhodotorula graminis由来の酵素について報告がある(非特許文献1)。また、D−マンデル酸に対して、NAD(nicotinamide adenine dinucleotide)を補酵素とし、デヒドロゲナーゼ活性を有するRhodotorula graminis由来の酵素に関する報告がある(非特許文献2)。さらに、L−VMAデヒドロゲナーゼ活性を有するPseudomonas fluorescens A-312由来の酵素に関する報告もある(非特許文献3)。しかしながら、マンデル酸そのものはカテコールアミンの最終産物とはいえない。また、尿中に含有可能性のあるVMAは、D−VMAであり、L−VMAではない。D−VMAに作用する酵素は未だ報告されていない。従って、酵素反応を用いたD−VMAの簡易測定方法については未だ報告がない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平04−122855号公報
【特許文献2】特開昭64−59155号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Illias R. M. et al, Biochem. J.; 333: 107-105 (1998)
【非特許文献2】Baker D. P. et al, Biochem. J.; 281: 211-218 (1992)
【非特許文献3】Rosano C.L., Clin Chem.; 10: 673-677 (1964)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、D−マンデル酸誘導体に対して特異的に作用する新規酵素を提供することを課題とする。さらには、本発明は当該新規酵素を用いたD−マンデル酸誘導体の簡易測定方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、微生物が様々な有機化合物を代謝して生育できることに着目し、目的の酵素を得るために土壌サンプルから、D−マンデル酸誘導体資化性菌を探索した結果、D−マンデル酸誘導体に対してデヒドロゲナーゼ活性を有する酵素を見出すことに成功し、本発明を完成した。
【0009】
即ち本発明は、以下よりなる。
1.D−マンデル酸誘導体資化性菌より分離される、D−マンデル酸誘導体に作用する脱水素酵素。
2.D−マンデル酸誘導体資化性菌が、ロードスポリディウム(Rhodosporidium)属の酵母菌である前項1に記載の脱水素酵素。
3.前項1又は2に記載の脱水素酵素を用いることを特徴とする、D−マンデル酸誘導体の測定方法。
4.以下の工程を含む検体中のD−マンデル酸誘導体の測定方法:
1)前項1又は2に記載の脱水素酵素と検体を混合する工程;
2)検体に含有されるD−マンデル酸誘導体の酸化により発せされるシグナルを検出する工程。
5.D−マンデル酸誘導体の酸化により発せされるシグナルが、触媒反応により産生される還元化補酵素である、前項4に記載の測定方法。
6.D−マンデル酸誘導体の酸化により発せされるシグナルが、触媒反応により検出される電流である、前項4に記載の測定方法。
7.前項1又は2に記載の脱水素酵素を含む、D−マンデル酸誘導体検査用試薬。
8.少なくとも前項7に記載のD−マンデル酸誘導体検査用試薬を含み、さらに検査用緩衝液及び/又は補酵素を含むD−マンデル酸誘導体検査用試薬キット。
【発明の効果】
【0010】
本発明の脱水素酵素は、D−VMAやD−ジヒドロキシマンデル酸などのD−マンデル酸誘導体に対して効果的にデヒドロゲナーゼ活性を示す。L−VMAなどは、尿中には含まれないが、D−VMAは尿中に含有されるので、本発明の脱水素酵素を用いると尿中のD−マンデル酸誘導体をHPLCなどの手法を用いることなく、簡便に測定することができる。従来は、VMAの測定など煩雑であり、多検体を迅速に測定することが困難であったが、本発明の方法により、検体の前処理の必要がなく、低濃度でも正確に検出でき、多検体を迅速に測定可能となる。また、HPLC等の手法では、溶媒を用いる必要があったのに対し、本発明の方法では必要なく、安価かつ環境にやさしいVMA等の測定方法を提供することができる。さらに、VMAの検査はバニラアイスクリームのような菓子類に含まれるバニリンはVMAと構造が似ているために、HPLCなどの手法ではバニリンが偽陽性を示す場合があるが、本発明の脱水素酵素はバニリンに対して作用しないため、偽陽性の問題も生じない。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】カテコールアミン(ノルアドレナリン、アドレナリン)からVMAまでの代謝を示す図である。
【図2】Rhodosporidium paludigenum VMA4菌株の写真図である。
【図3】本発明の脱水素酵素をVMAに作用させたときの反応機序を示す図である。
【図4】マンデル酸及びマンデル酸誘導体の例を示す図である。
【図5】本発明の脱水素酵素の分子量を示す図である。(実験例1)
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明の脱水素酵素は、D−マンデル酸誘導体資化性菌より分離され、D−マンデル酸誘導体に対してデヒドロゲナーゼ活性を有する。本発明の脱水素酵素は、自然界より分離することができ、例えば土壌サンプル等からD−マンデル酸誘導体を資化する微生物を取得し、当該微生物より抽出して得ることができる。当該微生物は、具体的にはロードスポリディウム(Rhodosporidium)属の酵母菌であり、より詳しくはRhodosporidium paludigenum である。さらに具体的には、受領番号FERM AP-21831で特定されるRhodosporidium paludigenum VMA4菌株より抽出し、得ることができる。Rhodosporidium paludigenum VMA4菌株は、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(〒305-8566 茨城県つくば市東1-1-1つくばセンター中央第6)に寄託申請され、平成21年7月30日に受領番号FERM AP-21831として受領されている。当該菌株の形状は、図2に示す如くである。当該菌株の分離源は土壌であり、コロニーは、周縁の形状は全縁、隆起状態は円錐状、表面の形状は平滑、光沢及び性状は輝光、湿性であり、色調は淡橙からサーモンオレンジである。また、グルコース、トレハロース、グルシトール、マンデル酸を資化する作用があり、VMAについても資化性が確認された。
【0013】
本発明の脱水素酵素を、D−マンデル酸誘導体を資化する微生物より分離する方法は、特に限定されないが、例えば以下の方法により得ることができる。まず、適当な土壌を菌株の分離源としてスクリーニングを行い、分離することができる。スクリーニングは、VMAを炭素源とする培地に採取した土を加え、VMAを利用しうる資化性菌を集積培養することにより可能である。その後、集積された菌体を、同様の組成の寒天培地上で独立したコロニー(シングルコロニー)をつくらせることにより分離することができる。多数分離された菌株をそれぞれ培養し、超音波などの破砕機で粗酵素液とした後、活性を確認することができる。これらの分離方法により、酵素の安定性、活性に優れた本発明のRhodosporidium paludigenum VMA4株が得られた。
【0014】
本発明の脱水素酵素は、菌体から抽出し、さらに当該抽出物から精製して得ることができる。なお、本発明の脱水素酵素は粗精製品であっても、測定時間を調整することで、VMAを測定することができる。
【0015】
上述の如く、マンデル酸、VMAを含む培地で培養した菌体を、遠心分離にて集菌後、各種緩衝液、例えば酢酸緩衝液、リン酸緩衝液、HEPES、クエン酸緩衝液、酒石酸緩衝液、トリス緩衝液、グリシン−NaOH緩衝液などの各種緩衝液、好ましくは酢酸緩衝液、リン酸緩衝液、トリス緩衝液、グリシン−NaOH緩衝液から選択されるいずれかの緩衝液に、適当な濃度、例えば約10w/v%となるように懸濁し、その後、超音波やフレンチプレスなどの方法により菌体懸濁液を処理することができる。破砕後の菌体残渣を遠心分離にて取り除き、得られた上清液を粗酵素液とすることができる。粗酵素液であっても、D−マンデル酸誘導体を測定することができる。
【0016】
本発明の脱水素酵素をさらに精製するために、上記菌体から抽出して得た粗酵素溶液を硫酸アンモニウム(硫安)を用いて塩析し、沈澱物を取得することができる。本発明の脱水素酵素を精製をさらに精製するために、塩析した後に、又は塩析は行なわないで、各種クロマトグラフィーを用いて精製することができる。具体的には、陰イオン交換クロマトグラフィー、疎水性相互作用クロマトグラフィー(HIC)、強陰イオンクロマトグラフィー、ゲルろ過クロマトグラフィー等を組み合わせることができる。例えばGE Healthcare社製のDEAE−セファロース(DEAE-sepharose)樹脂カラムによる陰イオン交換クロマトグラフィー、フェニルセファロース(Phenyl-sepharose)樹脂カラムを用いた疎水クロマトグラフィー、ResourceQ樹脂カラムを用いた強陰イオンクロマトグラフィー、及びSuperdexカラムを用いたゲルろ過クロマトグラフィーを適宜組み合わせて用いることができる。各種クロマトグラフィーにより精製して得られた酵素溶液を、SDS−PAGE法により分析し、最終的に単一のバンドが得られるまで精製することができる。
【0017】
得られた脱水素酵素のサブユニットの分子量は、約40,000であり、ネイティブ分子量は約80,000と見積もられ、本発明の脱水素酵素はホモダイマー構造からなる酵素と考えられる。サブユニットの分子量は、例えばSDS−PAGEにより、ネイティブ分子量は、例えばHPLCにより測定することができる。
【0018】
本発明は、上記脱水素酵素を用いることを特徴とする、D−マンデル酸誘導体の測定方法にも及ぶ。測定方法は、例えば以下の1)及び2)の工程を含む方法による。
1)本発明の脱水素酵素と検体を混合する工程。
2)検体に含有されるD−マンデル酸誘導体の酸化により発せされるシグナルを検出する工程。
【0019】
上記の測定方法において、被検試料は尿検体又は血液検体とすることができ、より好適には尿検体とすることができる。被検試料は、前処理として、遠心分離などにより共雑物を除去する工程により調製しても良いが、本発明の測定方法は、そのような前処理を行なうことなく、検体そのものについて簡便に測定可能であることが特徴のひとつである。従って、採取した尿検体や血液検体そのものを用いることができる。上記1)の工程で、例えば図3に示すような触媒反応が進み、D−マンデル酸誘導体の酸化により、補酵素の還元化が認められる。本発明の測定方法におけるD−マンデル酸誘導体に対する触媒反応により発せされるシグナルは、特に限定されないが、例えば還元化された補酵素、具体的にはNADHなどが挙げられる。また、他のシグナルとしては、触媒反応により検出される電流とすることができる。シグナルには、蛍光物質や発色性物質などの標識を付加しても良い。測定は、吸光度や発光度を分光光度計により測定することができ、あるいはシグナルが電流の場合には電流計により測定することができる。
【0020】
測定の際に使用する緩衝液は、特に限定されないが、例えば酢酸緩衝液、リン酸緩衝液、HEPES、クエン酸緩衝液、酒石酸緩衝液、トリス緩衝液、グリシン−NaOH緩衝液などの各種緩衝液を用いることができ、好ましくは酢酸緩衝液、リン酸緩衝液、トリス緩衝液、グリシン−NaOH緩衝液を好適に用いることができる。また、シグナル検出のために、例えば補酵素のNADを測定系に加えても良い。
【0021】
本発明の測定方法における測定対象物のD−マンデル酸誘導体は、尿や血液中に含有可能性のある物質であり、例えばL−マンデル酸誘導体とは区別される。本発明においてD−マンデル酸誘導体は、マンデル酸を基本骨格とする構造であればよく、特に限定されないが、例えばベンゼン環の3位及び4位の水素原子が、水酸基及び/又はメトキシ基に置換されているD−マンデル酸誘導体が好適であり、より好ましくは3位及び4位の水素原子が、いずれも水酸基に置換されているか、あるいは3位の水酸基がメトキシ基に置換されており、4位の水素原子が水酸基に置換されているものが特に好適である。このようなD−マンデル酸誘導体として、具体的にはジヒドロオキシマンデル酸あるいはバニルマンデル酸(VMA)が挙げられる。カテコールアミンの最終産物はVMAであり、測定対象物としては最も好適である。
【0022】
本発明は、上記の脱水素酵素を含む、D−マンデル酸誘導体の検査用試薬にも及び、さらには検査用緩衝液及び/又は補酵素を含むD−マンデル酸誘導体検査用試薬キットにも及ぶ。本発明の脱水素酵素を用いることで、VMAやジヒドロオキシマンデル酸などのカテコールアミン分解産物を測定することができる。
【0023】
例えば、D−マンデル酸誘導体検査用試薬キットには、5mMNAD含有50mMリン酸緩衝液及び本発明の酵素溶液を構成として含むことができる。この場合酵素の濃度は、特に限定されない。例えば、酵素の量が多ければ迅速に測定可能であり、少量の酵素であっても時間をかけることで測定可能である。酵素の純度についても、特に限定されず、例えば菌体から抽出したもの、若しくは少しだけ精製した粗精製品であってもよいし、高度に精製したものであってもよい。酵素の使用量は、測定時間、費用等との関係で、適宜決定することができる。例えば高純度に精製された酵素であれば、0.01mg/mL〜0.05mg/mLの酵素溶液により測定することができる。
【0024】
具体的な測定方法として、例えばNAD含有リン酸緩衝液800μl及び酵素溶液100μlを、測定用容器(セル)に加えて攪拌し、その後尿などの検体を100μl加えて測定を開始することができる。このとき、例えば図3に示すように、D−マンデル酸誘導体を酸化することにより生じるNADHを、340nmの吸光度で測定することで、簡便に測定することができる。上記具体的に示した条件では、測定時間は約1分程度である。
【0025】
なお、本発明は、脱水素酵素を産生しうる菌株にも及ぶ。具体的には、上述の受領番号FERM AP-21831で特定されるRhodosporidium paludigenum VMA4株にも及ぶ。
【実施例】
【0026】
本発明の理解を深めるために、以下に実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではないことは、いうまでもない。
【0027】
(参考例)D−マンデル酸誘導体の資化性菌の探索
本発明の脱水素酵素を取得するに際し、土壌を菌株の分離源としてスクリーニングを行った。VMAを炭素源とする培地に採取した土を加え、VMAを利用しうる資化性菌を集積培養した。その後、集積された菌体を同様の組成の寒天培地上で独立したコロニー(シングルコロニー)をつくらせることにより分離した。多数分離された菌株をそれぞれ培養し、超音波などの破砕機で粗酵素液とした後、脱水素酵素活性を確認した。これらにより酵素の安定性、活性に優れたRhodosporidium paludigenum VMA4株を得た。
【0028】
酵素活性は、以下の方法で行なった。5mMNAD含有50mMリン酸緩衝液を反応溶液とし、粗酵素溶液は、そのまま、又は必要に応じて適宜50mMリン酸緩衝液で希釈したものを酵素溶液とした。水に溶解した(±)バニリルマンデル酸(SIGMA社製)をVMA溶液(5mM)とした。反応溶液800μl及び酵素溶液100μlを測定用容器(セル)に加えて攪拌し、VMA溶液100μlを加えて測定を開始した。測定は分光光度計を用い、VMAの酸化に伴うNADHの生成を340mnの吸光度の増加として、酵素活性を測定した。活性1Uは1μmolのVMAを1分間に酸化する酵素量と定義した。抽出酵素液中のタンパク質を測定(Bradford法)し、1mgあたりの活性(比活性)として算出して比較した。酵素の安定性については抽出した粗酵素液を数日間の放置の後に再度測定することにより比較した。
【0029】
(実施例1)D−マンデル酸誘導体脱水素酵素の抽出
本実施例では、D−マンデル酸誘導体脱水素酵素の菌体からの抽出方法及び抽出物からの精製方法を示した。なお、本実施例の工程によらずとも、粗精製品であっても、測定時間を調整することで、VMAの測定は可能である。
【0030】
参考例で示す如く、VMAを炭素源とする培地で培養した菌体(Rhodosporidium paludigenum VMA4)を、遠心分離にて集菌後、50mMリン酸緩衝液に約10w/v%となるように懸濁した。その後、超音波やフレンチプレスなどの方法により菌体懸濁液を処理した後、破砕後の菌体残渣を遠心分離にて取り除いた。得られた上清液を、粗酵素溶液とした。
【0031】
上記菌体から抽出して得た粗酵素溶液から、本発明の酵素をさらに精製するために、各種クロマトグラフィーを用いた。本実施例では、具体的にはDEAE−セファロース(DEAE-sepharose)樹脂カラム(GE Healthcare社)による陰イオン交換クロマトグラフィー、フェニルセファロース(Phenyl-sepharose)樹脂カラム(GE Healthcare社)を用いた疎水クロマトグラフィー、ResourceQ樹脂カラム(GE Healthcare社)を用いた強陰イオンクロマトグラフィー、及びSuperdexカラム(GE Healthcare社)を用いたゲルろ過クロマトグラフィーの組合せにて行い、最終的にSDS−PAGE法にて単一のバンドとして得られることを確認した。
【0032】
得られた脱水素酵素のサブユニットの分子量は、SDS−PAGEにより確認した。分子量マーカーとの移動度の比較によりサブユニット分子量を見積もった結果、約40,000であった。また、ネイティブ分子量は、G-3000SWTM(東ソー)ゲルろ過カラムを用いたHPLCにより測定した。分子量マーカーとの溶出時間の比較から見積もった結果、分子量は80,000と見積もられ、SDS−PAGEの結果とあわせて検討した結果、ホモダイマー構造からなる酵素と考えられた。
【0033】
上記の方法にて、Rhodosporidium paludigenum VMA4より精製した標品について、至適測定pHとpHに対する安定性及び至適測定温度と安定性も測定した。pHに関しては、pH6−10で測定が可能であるが、最も測定に適するのはpH7−8であった。また、安定性はpH5−8で安定であったが、長時間の保存、測定にはpH7付近が適すると思われた。温度については30−50℃付近まで測定可能であるが、安定性が40℃以上では悪くなるため、それ以下で測定が適すると思われた。
【0034】
(実施例2)脱水素酵素を用いた測定
本実施例では、実施例1の方法で精製して得た脱水素酵素を用いて、各化合物に対するデヒドロゲナーゼ活性を確認した。
被検化合物として、(±)バニリルマンデル酸(SIGMA社製)、(D)マンデル酸(東京化成工業製)、(±)ジヒドロキシマンデル酸(SIGMA社製)、ノルアドレナリン(SIGMA社製)、ノルメタネフリン(SIGMA社製)、ホモバニリン酸(東京化成工業製)を用いた。各被検化合物は水を用いて溶解し、試料の終濃度は5mMであった。酵素は0.01mg/mL〜0.05mg/mL(1〜5U)となるように50mMリン酸緩衝液を用いて溶解した。反応溶液は、5mMNAD含有50mMリン酸緩衝液とした。
【0035】
反応溶液(NAD含有リン酸緩衝液)800μl及び酵素溶液100μlを、測定用容器(セル)に加えて攪拌し、その後上記化合物を含む試料溶液を100μl加えて測定を開始した。反応開始後1分間におけるNADHをシグナルとし、340nmの吸光度で測定した。
その結果、以下の表1に示すように、D−マンデル酸誘導体であるVMA及びジヒドロキシマンデル酸に対して酵素活性が確認された。マンデル酸及び各種カテコールアミン、及びホモバニリン酸に対しては、酵素活性は認められなかった。
【0036】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0037】
以上詳述したように、本発明の脱水素酵素は、D−VMAやD−ジヒドロキシマンデル酸などのD−マンデル酸誘導体に対して効果的にデヒドロゲナーゼ活性を示す。D−VMAは尿中に含有されるので、本発明の脱水素酵素を用いると尿中のD−マンデル酸誘導体をHPLCなどの手法を用いることなく、簡便に測定することができる。従来は、VMAの測定など煩雑であり、多検体を迅速に測定することが困難であったが、本発明の方法により、検体の前処理の必要がなく、低濃度でも正確に検出でき、多検体を迅速に測定可能となる。また、HPLC等の手法では、溶媒を用いる必要があったのに対し、本発明の方法では必要なく、安価かつ環境にやさしいVMA等の測定方法を提供することができる。VMAの検査はバニラアイスクリームのような菓子類に含まれるバニリンはVMAと構造が似ているために、HPLCなどの手法ではバニリンが偽陽性を示す場合があるが、本発明の脱水素酵素はバニリンに対して作用しないため、偽陽性の問題も生じない。
【0038】
D−VMAの高値を示す病態としては褐色細胞腫や神経芽細胞腫が挙げられ、低値を示す病態としては家族性自律神経失調症、シャイ・ドレーガー(Shy-Drager)症候群などが挙げられる。本発明の方法は、これらの病態の診断と経過観察を行なうのに有効である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
D−マンデル酸誘導体資化性菌より分離される、D−マンデル酸誘導体に作用する脱水素酵素。
【請求項2】
D−マンデル酸誘導体資化性菌が、ロードスポリディウム(Rhodosporidium)属の酵母菌である請求項1に記載の脱水素酵素。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の脱水素酵素を用いることを特徴とする、D−マンデル酸誘導体の測定方法。
【請求項4】
以下の工程を含む検体中のD−マンデル酸誘導体の測定方法:
1)請求項1又は2に記載の脱水素酵素と検体を混合する工程;
2)検体に含有されるD−マンデル酸誘導体の酸化により発せされるシグナルを検出する工程。
【請求項5】
D−マンデル酸誘導体の酸化により発せされるシグナルが、触媒反応により産生される還元化補酵素である、請求項4に記載の測定方法。
【請求項6】
D−マンデル酸誘導体の酸化により発せされるシグナルが、触媒反応により検出される電流である、請求項4に記載の測定方法。
【請求項7】
請求項1又は2に記載の脱水素酵素を含む、D−マンデル酸誘導体検査用試薬。
【請求項8】
少なくとも請求項7に記載のD−マンデル酸誘導体検査用試薬を含み、さらに検査用緩衝液及び/又は補酵素を含むD−マンデル酸誘導体検査用試薬キット。

【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図2】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−50336(P2011−50336A)
【公開日】平成23年3月17日(2011.3.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−203355(P2009−203355)
【出願日】平成21年9月3日(2009.9.3)
【出願人】(599035627)学校法人加計学園 (43)
【Fターム(参考)】